徳島大学薬学部薬品素材学講座薬化学研究室(〒770 8505 徳島市庄町 178)
e-mail: ynagao@ph2.tokushima-u.ac.jp
本総説は,平成 13 年度日本薬学会賞の受賞を記念し
て記述したものである.
Development of New Reactions and Their Pharmaceutical Application
Based on the Molecular Structure Characteristics
Yoshimitsu NAGAO
Faculty of Pharmaceutical Sciences, University of Tokushima, Sho-machi, Tokushima 7708505, Japan
(Received September 17, 2001)
The author and his group have been developing new reactions based on molecular structure characteristics; ssym-metric bifunctional molecules, dipole-dipole repulsion, active amide structures, latent active species, orbital-orbital in-teractions, nonbonded inin-teractions, strained structures, allenic structures, etc. Various new reactions such as asymmet-ric aminolyses and Dieckmann-type cyclizations of prochiralssymmetric dicarboxylic diamides, asymmetric aldol-type reactions ontoghydroxybutenolides and asymmetric imine alkylations onto vacetoxy lactams using chiral Sn(II) eno-lates, asymmetric Pummerer-type reactions, cascade reactions and endo-mode cyclizations exploitinga,bunsaturated allenic esters and ketones, base- and palladium-promoted ring-expansion reactions, and syntheses ofasubstituted ser-ines and 1azabicyclo[1.1.0]butane have been achieved. These new reactions were applied to the synthetic development of new seed and lead compounds (SHenzyme inhibitors, tumor inhibitors, and antibiotics ) with the aim of synthesiz-ing new drugs. Asymmetric syntheses of (+)PrelogDjerassi lactonic acid methyl ester, (+)carbacyclin, ISPI (myriocin), (+)conagenin, Geissman-Waiss lactone, biapenem (a new carbapenem antibiotic), thienamycin-like g lactam, and bicyclic alkaloids were also achieved by utilizing these reactions. Evaluation and molecular design of the seed and model compounds for angiotensin II receptor antagonists, tumor inhibitors, and antibiotics have been investi-gated on the basis of QRSA and/or nonbonded S…X (X=O, N, S, halogens) interaction concepts.
Key words―asymmetric induction; aldol-type reaction; imine alkylation; antibiotic; enzyme inhibitor; nonbonded in-teraction 1. 緒言 有機化学は,機能分子化学,分子生物学,分子薬 理学,分子遺伝学,タンパク工学等に深く浸透し, それらを巻き込んだ現代複合科学の主要部分を担っ ている.“分子”は当然,その“構造”と“機能” に密接に関連してきて“複合科学”を構築している. したがって現代有機化学は益々複合化及び精密化し ておりダイナミックである.そのような潮流にあっ て筆者は,有機化学における基礎研究を推進させ, 同時に薬学の独自性ともいうべき薬学的応用研究 (創薬研究)を展開している.基礎研究としては, 分子構造特性を発想源として独自の反応試薬を合成 開発し,反応基質として潜在的活性種を採用して新 反応の開発を行い,さらに独創的な新概念の確立も 目指している.他方,薬学的応用研究としても,分 子構造特性を基盤として,医薬品分子の評価や新規 医薬品の開発を志向しシード及びリード化合物の分 子設計と合成を行っている.また,基礎研究と応用 研究を積極的に連携させている.上述の研究戦略は Chart 1 に要約してあるが,研究戦術としてはヘテ ロ原子(N, S, Sn, Si, P, Al, B, Mg, Zn 等)や機能 性複素環の特性を活用している.以下に,受賞対象 となった研究業績の概略を 4 分野に大別して述べる. 2. プロキラルな s対称ジカルボン酸の分子非 対称化に基づく不斉誘導反応 筆者は,斬新な高選択的不斉誘導法の開発研究の 基本的戦略としてプロキラルな s対称ジカルボン 酸の活性ジアミド体への非酵素的アミノリシスをデ ザインした.すなわち,Chart 2 で示すようにプロ
Chart 1 Chart 2 キラル中心を有する s対称ジカルボン酸“Sym-metrick”に脱離能を有する独自のキラル試薬 4R MCTT を 2 分子共有結合させ活性ジアミド体にす ると,その分子は非対称分子“Pseudodissymmetric” となり,1 モル当量のピペリジンを用いたアミノリ シスに付すと新生不斉炭素原子を有するモノピペリ ジンアミド体“Asymmetric”が得られるという反 応設計である.1)これは,プロキラルな s対称ジカ ルボン酸の非酵素的な“Pseudodissymmetrization” “Asymmetrization”という独創的な新概念であ る.1―3)本反応設計に際しては,プロキラルな s対 称性ジカルボン酸分子,アミドカルボニル基とチオ カルボニル基間の双極子―双極子反発,活性アミド 構造等の分子構造特性を活用した.1―3) 21. 3メチルグルタル酸及びメソジカルボン 酸 の 不 斉 識 別 3 メ チ ル グ ル タ ル 酸 1 と 4R MCTT2 とを脱水縮合して得た 4RMCTT ジアミド 体 3 を塩化メチレン中 1 モル当量のピペリジンと処 理するとジアステレオ異性体の混合物 4,5 が生成 する.カラムクロマト上で分離すると,両ジアステ レオ異性体(収率 74%)が 88:11 の選択比で得ら れた.4 及び 5 を Sあるいは Rフェネチルアミン とのモニターアミノリシス(黄色が反応完了ととも に無色に変化)に付すと各々対応するエナンチオ異 性体 6 及び 7 が高収率で得られた.6,7 の立体化 学は,6 の X―線結晶解析並びに 4 の絶対配置既知 化 合 物 へ の 化 学 変 換 に よ っ て 決 定 し た (Chart 3).1,3)本法を駆使して,3 種のメソジカル ボン酸 8―10 の高ジアステレオ選択的不斉識別(98 ―84%)に成功した.2―5)その応用研究として,マ クロライド抗生物質の不斉全合成に有用な(+)プ レローグ・ジェラッシーラクトン酸メチルエステル 体の独創的簡便不斉合成を達成した(Chart 4).6,7) 22. 不斉 Dieckmann 型環化反応及び
Enantio-Chart 3 divergent Dieckmann 型環化反応 筆者らは独自 の分子非対称化の概念を進化させ,炭素―炭素結合 反応による 2 つのカルボキシル基の不斉識別に成功 した.この不斉 Dieckmann 型環化反応は酵素反応 ではなし得ない反応なので注目に値する.すなわ ち,プロキラルな s対称ジカルボン酸 10 を独自の キラル試薬 4SIPTT11 と脱水縮合させてジアミド 体 13 に誘導し,DMF 中 KH を用いた環化反応に 付し,濃縮して得た残渣を MeOH 中炭酸カリウム と処理すると,96%ee のビシクロ体 15 を 69%の収 率 で 得 る こ と が で き た . 本 不 斉 環 化 反 応 を 4S IPOT12 のジアミド体 14 を用いて行うと,77%ee の 15 を 98%の収率で得た(Chart 5).8)試みに両ジ アミド体 13,14 を X 線結晶構造解析に付したとこ ろ,Chart 5 に示すような結晶構造が明らかとなっ た.両分子構造はそれらのスペースフィリング分子 モデルの検証から,可成り剛直であることが推測さ れ,溶液状態でも結晶構造と同じ優先コンホーマで 存在していることが d7DMF 中の1HNMR 測定実 験から示唆された.しかしながら,Chart 5 に示し てあるように,13 と 14 の分子構造における 2 つの 置換基のコンホメーションは,キラル複素環部位の イオウ原子と酸素原子とが異なるだけで,13 の R 側置換基は pseudo equatrial 配位であり,S 側置換 基は pseudo axial 配位であるが,14 では各々の置 換基は全く逆の配位である.それにもかかわらず生 成物ビシクロ体 15 の 3 つの不斉炭素原子の絶対配 置は同一という興味ある結果を得た.いずれにしろ, 13,14 のR 側エノレートの S 側活性アミドカルボ ニルへの求核攻撃は S 側エノレートの R 側活性ア ミドカルボニルへの求核攻撃よりも距離的に近いと いう有利さの結果であると考察している.ee の差 は,13 の“分子ゆらぎ”が 14 の“分子ゆらぎ”よ り小さいことに起因していると推測している.9) 関連実験として,Enantiodivergent Dieckmann 型 環化反応を開発した.10)すなわち,独自に開発した ジカルボン酸のハーフチオエステル体の化学選択的 Dieckmann 型環化反応(Chart 6)11)を駆使して, 酵素加水分解12,13)によって得たキラルなモノエステ ルカルボン酸 16 から誘導したハーフチオエステル 体 17 を LDA 又は AlCl3Et3N を用いた分子内環化
反応に付してキラルなビシクロ体 15 とビシクロチ オエステル体 18 を得た.18 のメタノリシスによっ て得た生成物は期待通り 15 の光学対掌体であった
Chart 4
Chart 6 Chart 7 (Chart 7).LDA ではチオエステルエノレートとエ ステルエノレートの平衡関係のなかで後者が脱離能 のより良いチオエステル側で有利に環化反応(律速 段階)を進行させ,AlCl3Et3N では両アルミニウ ムエノレート間の平衡は無く,エノール化の容易な チオエステルエノレートが優先的に形成されて環化 反応が進行したものと考察している.11) 23. (+)Carbacyclin の不斉全合成 前述の Pseudodissymmetrization 法,不斉 Dieckmann 型環 化反応等を駆使して得たキラルなビシクロ体 15 を 出発原料として,天然プロスタサイクリン(PGI2) の類似体で血小板凝集阻害作用を示す(+)Car-bacyclin19 の不斉全合成を達成した.合成経路は Chart 8 に示した通りである.14) 24. 新規ビスラクチムエーテル体を用いる a 置換セリン誘導体の合成開発と免疫抑制活性天然物 ISPI の不斉全合成 プロキラルな s対称アミ ノマロン酸ジエチルエステル体 20 を,キラルセリ ンカルバニオン等価体(Chart 9)として利用する 目的で,20 を D及び Lバリンと反応させてキラ ルなビスラクチムジエチルエーテルカルボン酸エチ ル エ ス テ ル 体 5S あ る い は 5R 21 を 改 良 型 Sch äolkopf 法によって合成した.15)5S21 を THF 中 nBuLi と処理してベンジルブロミドと反応させる と 97%de のベンジル体 22 が得られた.16)5R21 を THF 中 Sn(OTf)2NEthyllpiperidine と処理した後 キラルアルデヒドと反応させ直ちに TBDSOTf を 用いてシリル化すると>99%de の生成物 23 を得た. 5S21 の場合には MeCN 中 MgBr2Et3N と処理し 同様にキラルアルデヒドと反応させシリル化するこ とにより>99%de の生成物 24 を得ることができた (Chart 10).22 は1HNMR の NOE 実験により, 23 及び 24 は X 線結晶構造解析によって各々の立 体化学を決定した.22―24 は DIBAL 還元に付し て対応するアルコール体 25―27 に誘導し,さらに 塩酸と処理することにより各々キラルな a置換セ リン誘導体を好収率で得ることに成功した.本不斉 反応の結果,Sn(II)と Mg(II)の 21 への媒体機構
Chart 9 Chart 10 は異なり,前者ではスズ(II)エナミネート,後者 ではマグネシウム(II)エノレートを経てアルドー ル 型 反 応 が 進 行 し た と 考 察 し て い る . 反 応 機 構 (Felkin-Houk タイプ軌道相互作用)の詳細は原報 を参照されたい.15)他にも様々な a置換セリン誘 導体の合成法を開発した.16―20)
a置換セリン部を有する生理活性天然物として は,菌代謝産物がほとんどであり,筆者らは冬虫夏 草菌代謝産物の一種で免疫抑制作用を示す ISPI (Myriocin, Thermozymocidin)31 及び菌代謝産物の 一種で免疫調整作用を示す(+)Conagenin32 の不 斉全合成を達成した.21,22)本稿では ISPI の不斉全 合 成 の 概 略 に つ い て 述 べ る .21)そ の 合 成 戦 略 は Chart 11 に示してあるが,まず ISPI 分子を 3 つ の Segment A, B, C に分割する.各 Segment は対応 する前駆体 Precursor A, B, C から構築するが,全 前駆体は各々対称分子であるジエチルアミノマロ ネート 20,2ブテン1,4ジオール 33,1,8オクタ ンジオール 34 から合成する.独自に開発した 4S IPTT アセチルアミドのスズ(II)エノレート体を 用 い る 不 斉 ア ル ド ー ル 反 応 に よ っ て 得 ら れ る Precursor B23,24)と 34 から合成した Precursor C と を Schlosser 型 Wittig 反応に付して E 型オレフィン 体を得る.E 型オレフィン体のベンジルオキシメチ ル基をホルミル基に変換し Precursor A との MgBr2 Et3N を用いたアルドール型反応に付して重要中間 体を得る.その重要中間体の塩酸処理により ISP I31 の不斉全合成を達成する計画である.かくして Chart 12 に記した反応経路に沿って ISPI の不斉 全合成を達成した.従来報告されている不斉全合成 はすべて糖類を原料とした方法によるが,筆者らの 合成法は出発原料に 3 種の対称分子化合物を用い, 全不斉炭素原子を独自に開発した不斉アルドール型 反応を駆使して行っている点が特色であり独創的で ある. 3. キラルなチアゾリジンチオンアミド体のスズ エノレートを用いる不斉誘導反応の開発と創薬研究 光学活性医薬品の合成開発には精密合成化学を基 盤とする不斉合成法の導入が重要である.7)筆者ら は機能性複素環反応剤,各種 C4キラル 1,3チア ゾリジン2チオン(セレノン)及び C4キラル 1,3 オ キ サ ゾ リ ジ ン 2 チ オ ン を 開 発 し ( Chart 13),医薬品合成に有用な不斉誘導反応を展開して きた.25―28)本複素環反応剤は,市販のキラルな a アミノ酸から簡単に合成でき,平面性五員環による 不斉環境の明確な区別化が可能であり,高い e 値を 有する UV 吸収を示し(HPLC 及び TLC 分析に有 効),3アシルアミド体は活性アミド構造なので不 斉誘導反応後に様々の求核反応剤による化学変換が 容易であり,明確な黄色を呈していることを利用し 求核反応をモニター(黄色から無色に変化)できる など優れた分子構造特性を有している.26)特に 3ア セチル4Sあるいは 4RIPTT アミドのスズ(II) エノレートと各種アルデヒドとの不斉アルドール型 反 応 は 例 外 無 く 高 ジ ア ス テ レ オ 選 択 的 に 進 行 す る.27)したがって多くの天然物合成化学者に利用さ れている.エバンス試薬キラルオキサゾリドンのア セチルアミド体を用いた不斉アルドール型反応では 高ジアステレオ選択能は期待されない.27) ここでは,反応基質の分子構造特性として,潜在 的活性種 Latent Active Species に着目した反応例に ついて述べる.すなわち,gヒドロキシブテノリド の潜在的活性種として Zオレフィンアルデヒドカ ルボン酸及び vアセトキシラクタムの潜在的活性 種として環状アシルイミンを活用した(Chart 14). 31. gヒドロキシブテノリドを用いる不斉アル ドール型反応 3アセチル4SIPTT アミド 35 を THF 中低温下に Sn(OTf)2NEthyllpiperidine と処理してスズ(II)エノレート 36 に導き各種 g ヒドロキシブテノリド 37 と反応させたところ,高 収率(81―93%),高ジアステレオ選択的(97―99 %de)に対応するキラルな gアルキル化ブテノリ ド体 38 を得ることに成功した(Chart 15).29)立体 化学は生成物の X 線結晶構造解析によって決定し た.これらのキラルな生成物は医薬品や生理活性天 然物合成に有用である.筆者らは生成物 38(R1, R2=H)を出発原料とし短行程で,抗癌剤として有 望な天然物インジシンNオキシドの前駆体(+) Retronecine の重要合成中間体 Geissmann-Waiss ラ クトン体の不斉合成を確立した(Chart 16).29) 32. 4アセトキシアゼチジノンを用いる不斉ア ルドール型反応 筆者らは潜在的活性種として環 状アシルイミンに着目した.その最初の反応の試み は,当時,b ラクタム系抗生物質の合成分野で最大 の世界的関心事であった 1bメチルカルバペネム骨 格の不斉構築であった.国の内外で競ってその不斉 構築法の開発研究が展開されていたが,筆者らは先 駆的な不斉合成法の開発に成功した.26)すなわち, Chart 17 に示すように 3プロピオニルあるいは 3 メ ト キ シ ア セ チ ル 4S IPTT ア ミ ド 39 , 40 を THF 中低温下に Sn(OTf)2NEthyllpiperidine と処 理して対応するスズ(II)エノレート 41,42 に導
Chart 12 き,アセトキシアゼチジノン 43a 若しくはキラルな 3 位置換アセトキシアゼチジノン 43b と反応させた ところ,期待通りに反応は進行し所望の立体化学を 有するキラルなアゼチジノン誘導体 44a, b, 45 を 74―96%の収率,82―96%de で得ることに成功し た.30)それらの生成物の立体化学は,絶対配置既知 化合物への変換及び X 線結晶構造解析によって決 定した.
Chart 13
Chart 14
Chart 16 Chart 17 33. 新規 1b置換カルバペネム抗生物質の合成 開発 新規な 1b置換カルバペネム抗生物質の高 選択的不斉全合成法の開拓は,新世代 b ラクタム 系合成抗菌剤開発という観点からチャレンジングな 研究課題であった.26,31)その不斉全合成戦略として, 4 連続不斉炭素原子 C1C5C6C8 の構築に際し, C1C5 の構築には不斉イミンアルキル化法を,C6 C8 の構築には不斉アルドール型反応を採用するこ とにした.特に不斉イミンアルキル化法による C1 C5 の構築の特色は,エノレートの R1基を種々変 えることにより,様々な 1b置換カルバペネム抗生 物質の合成開発が可能なことである.32―34)ペンダ ント部位の R2基としては様々な複素環を採用した が,本稿では s対称ビシクロトリアゾリウムを導
Chart 18 Chart 19 入した Biapenem46 について述べる(Chart 18). 全合成法としては,C6C8 の構築を行ってから C1 C5 の構築を行う方法とその逆の方法が可能であ り,筆者らは両方法で 1b置換カルバペネム骨格の 不斉構築を達成したが,本稿では,より合理的な前 者による全合成法について述べる.32―35) C6C8 の構築とは,キラルな 3TBDMS オキシ 4アセトキシアゼチジノン 43b の不斉合成である. Chart 19 に示すように 3ベンジルオキシプロピオ ン酸 47 を出発原料として,4RIPTT48 を用いた不
Chart 20 斉アルドール型反応,活性アミドの pアニシジン によるアミノリシス,村橋らによって開発された酸 化 的 ア セ ト キ シ 化 法 等 を 駆 使 し て 目 的 を 達 成 し た.34) Biapenem46 のペンダント部位になるメルカプト ビシクロトリアゾリウムクロリド 49 の合成は, Chart 20 に示すようにヒドラジン水和物を原料と する新規な実用的合成法を開発して行った.35) Biapenem46 の合成は,3TBDMS オキシ4アセ トキシアゼチジノンと 3プロピオニル4SIPTT ア ミドスズ(II)エノレートとの不斉アルドール型反 応によって得た光学的に純粋な活性アミド体 44b のイミダゾールによるアミノリシスを起点として, Chart 21 に示す一連の反応経路に従って目的を達 成した.32,34,35)Biapenem46 は結晶であり,その結晶 構造を X 線結晶解析で明らかにするとともに,ビ シクロトリアゾリウムの分子構造特性(トリアゾリ ウム CH の容易な重水素化,分子間 CO- 2…HC 水 素結合等)を解明した.35)また,Biapenem46 は化 学的に安定で,幅広い抗菌活性を示し,ヒト腎デヒ ドロペプチダーゼ I に対して極めて安定であること を実証し,さらに分子内非結合性 CO- 2…S 相互作 用を有していることも明らかにした.35) 筆者らは,Biapenem46 の他に Chart 22 に示すよ うな新規 1b置換カルバペネム抗生物質を合成し た.36―39)最近,2,3ジブロモプロピルアミン臭化水 素塩の nBuLi 処理による高歪み分子 1アザビシク ロ[1.1.0]ブタンの効率的合成法を開発した.40)1 アザビシクロ[1.1.0]ブタンを利用して日本ワイ スレダリーの研究陣が開発した新規経口 1bメチル カルバペネム抗生物質 L084 のペンダント部位構 築に有用なアゼチジンチオール体の簡便合成を行っ た(Chart 23).40) 34. 二環性アルカロイドの超短行程不斉全合成 潜在的活性種として 5 及び 6 員環状アシルイミンに 着目し,Chart 24 に示すような不斉イミンアルキ レーション,続く還元的環化反応による二環性アル カロイドの超短行程不斉全合成を計画した.すなわ ち,二種の 3v クロロアルカノイル4SIPTT アミ ド体 50(m=1, 2)のスズ(II)エノレートを 5ア セトキシ 5 員環ラクタム 51(n=1)あるいは 6ア セトキシ 6 員環ラクタム 51(n=2)と反応させる と,各々対応する 4 種のキラルなアルキル化ラクタ ム体 52 が 57―73%の収率で高ジアステレオ選択的 (91―98%de)に得られた.次いでこれらラクタム 体 52 を LiAlH4を 用 い た 還 元 反 応 に 付 し た と こ ろ , 一 挙 に ( - ) Trachelanthamidine53 , ( - ) Tashiromine54 , 二 環 性 生 成 物 55 並 び に ( - ) Epilupinine56 を 41―69%の収率で得ることに成功 した(Chart 25).41―43)従来の全合成では,多段階 の反応を要しており,本超短行程不斉全合成は画期 的である.なお,同様の手法でチエナマイシン様 g ラクタム 57 の最初の不斉全合成も達成した.44)
Chart 21 Chart 22 4. 分子内非結合性相互作用を基盤とする薬物活 性分子の評価と設計並びに関連研究 筆者らは,一連の機能性複素環を活用する新反応 及び新規医薬品リード化合物の開発研究過程で,各 種非結合性相互作用[S…X(X=O, S, N, halogens, p), p…p, CH…p, CH…O,双極子―双極子反発] を見い出し,それらの証明と応用研究を展開してい る.45―49)
Chart 23
Chart 24
Chart 26 Chart 27 41. アンジオテンシン II 受容体拮抗剤及びモ デル化合物の分子構造特性 強力なアンジオテン シン II(AII)受容体拮抗作用に起因し血圧降下作 用を示す新規な 2アシルイミノ5エチルチアヂア ゾリン誘導体 58 は湧永製薬研究陣によって開発さ れた.50)筆者らは,2イミノチアジアゾリンにおけ る 2 位イミノ基のアシル置換基として各種オルト, メタ,パラ置換ベンゾイルイ基及び 5 位のアルキル 基に関する定量的構造活性相関 QSAR 研究に基づ き,58 を AII 受容体拮抗作用の最適化合物として 検証した(Chart 26).51)58 を含めた 3 種の AII 受 容 体 拮 抗 化 合 物 58 ― 60 の X 線 結 晶 構 造 解 析 (Chart 27)から,すべての化合物の結晶構造にお いて分子内非結合性 S…O Close Contact[各々の 非結合性 S…O 距離は S 原子と O 原子の van der Waals 半径の総和(SvdW)3.32Å より短い]が筆者 らによって確認され,非結合性 S…O 相互作用の存 在が強く示唆された.52)また,アシルイミノチアジ アゾリン部は関係する 4 原子からなる二面角の値か ら平面性であり,あたかも融合二環性[3.3.0]複 素環のごとくである.ちなみに 58 の S 原子を O 原 子に変えたアシルイミノオキサジアゾリン誘導体 61 の AII 受容体への親和性は,58 に比べ 1/8 に低 下した.そこで,58 と 61 のモデル化合物 62 及び 63 を合成し X 線結晶構造解析を行ったところ,期 待通り 62 において S…O Close Contact(2.670(4) Å)が認められたが,63 においても同様な O…O Close Contact ( 2.704 ( 4 ) Å vs O と O の SvdW 値 3.04Å)が確認された.それらの Close Contact 値 の比較から,明らかに S…O は大きな S 原子が関与 しているにもかかわらず,O…O より短い距離にあ る.62 及び 63 における可能な 3 種の分子構造につ き HF/321Gレベルでの ab initio MO 計算で算出 した各相対エネルギー差 DE 値の比較の結果,いず
Chart 28 れも X 線結晶構造解析にて得た構造が最安定で, 62 関連での各構造間のエネルギーギャップDE 値 は 63 関連でのそれらより大きいことが明らかとな り,分子内非結合性 S…O 相互作用の存在が計算化 学的にも支持された(Chart 28).52) 筆者はこのような非結合性相互作用が新規なフ ァーマコフォアとして薬物の分子設計や受容体・生 体高分子との分子認識に寄与するものと考え,さら なるモデル化合物の合成と分子構造特性の解明に興 味を覚えた.自由回転可能な 2 種の化合物,2トリ フルオロアセチルアミノ5nプロピルチアジア ゾール 64 及び5エチルオキサジアゾール 65 を合 成し X 線結晶構造解析に付したところ,64 では S …O Close Contact が認められ,分子間水素結合が 介在する二量体構造であった.他方,65 では O… O Close Contact は認められず,分子内及び分子間 の 水 素 結 合 が 介 在 す る 二 量 体 構 造 で あ っ た (Chart 29).52)この相違は注目に値する.そこで, 単量体 64 について 10°ごとの回転異性体構造の相 対エネルギー値を HF/321Gレベル ab initio MO 計 算 に 付 し て 算 出 し グ ラ フ を 作 成 し た と こ ろ , Chart 30 に示す結果が得られた.52)また本化合物の 0°, 90°, 180°ごとの回転異性体構造の相対エネル ギー値を,HF/312G, HF/321G, HF/631G, HF/6311+G各レベルの ab initio MO 計算に付 して算出した結果,Chart 31 に示すデータが得ら れた.52)いずれにしろ,X 線結晶構造解析で得られ た分子構造が最安定であることが実証された.これ らの計算化学の結果からも分子内非結合性 S…O 相 互作用の存在が強く支持された.他にトリフルオロ チオアセチルアミノチアジアゾール及びイミノチア ジアゾリン誘導体 66,67 の X 線構造解析により S …S Close Contact(S と S の SvdW 値 3.60Å より 短い)も確認した(Chart 32).
Chart 29 Chart 30 Chart 31 42. チアゾール及び関連誘導体の分子内非結合 性相互作用 多くの有機イオウ化合物において, 上述のような分子内非結合性 S…X(X=O, S, N) 相互作用はこれまでに多数報告されているが,薬物 活性分子については Goldstein らによる抗癌活性チ アゾールヌクレオシドに関する一連の報告など,若 干の研究がなされているにすぎない.52)筆者は,多 くの医薬品や農薬の分子内にイオウ原子が含まれて いること,多くの生物活性海洋天然物,ホタル発光 物質ルシフェリン,抗癌剤ブレオマイシン類にチア ゾール分子が含まれていることに注目し,チアゾー ル及び関連誘導体の分子構造特性を検討した.4S IPTT の脱硫化自己縮合反応によって合成したキラ ルな 3チアゾリジニル1,3チアゾリジン2チオ ン 体 68 の X 線 結 晶 構 造 解 析 に よ り S … S Close Contact を認めた.53)次いで,4 種のチアゾール誘 導体 69―72 を,Lシステインを用いた環化反応と 活性 MnO2を用いた酸化的脱水素反応を駆使して 合成した.トリチアゾール誘導体 72 は粉末状であ ったが,他の 3 種の化合物は結晶として得られたの で X 線結晶構造解析に付した.その結果 Chart 33 に 示 す よ う に , 各 々 S … O , S … N , S … Br 等 の Close Contact が確認され,それら非結合性原子間 距離は対応する S と O の SvdW 値 3.32Å,S と N の SvdW 値 3.35Å,S と Br の SvdW 値 3.65Å より 短かった.そこで,3 種のチアゾールモデル分子 73 ―75 の回転角度 theta deg が 0°から 180°に至る 30°ごとの回転異性体の相対エネルギー△E 値を ab initio MO 計 算 に 付 し て グ ラ フ を 作 成 し た .
Chart 32 Chart 33 Chart 34 vitro 抗腫瘍活性を示した. 43. チアジアゾリン誘導体の分子内非結合性 O …S…ハロゲン原子相互作用 イオウ原子とハロ ゲン原子間との分子内非結合性相互作用について は,計算化学的にその存在の可能性は提示されてい たが,従来その具体的な化合物の報告例は無かっ た.筆者らは,チアゾール誘導体 71 における S… Br 相互作用も含めて,分子内非結合性 O…S…X(X =Br,Cl,F)相互作用を有する新規なチアジアゾ
Chart 35
Chart 36
リン誘導体 76―78 の分子設計と合成開発に初めて 成功した.すなわち,化合物 76―78 を X 線結晶構 造解析に付したところ,期待通り全結晶構造におい て非結合性 S…O Close Contact と各々対応する S …Br,S…Cl,S…F 等の Close Contact が確認され た(Chart 35).それら非結合性原子間距離は,S と O の SvdW 値 3.32Å,S と Br の SvdW 値 3.65Å, S と Cl の SvdW 値 3.55Å, S と F の SvdW 値 3.27Å より明らかに短かった.すべての化合物の結晶構造 は,関係する 4 原子からなる二面角の値から平面性 であり,これらはあたかも融合五環性環状化合物と みなされ医薬品開発へ向けて大いに期待される新規 化合物である.54) 44. S…O 相互作用を有するキラルスルホキシ ド体の高立体選択的不斉 Pummerer 反応 分子 内非結合性 S…O 相互作用を有するスルホキシド体 に関する報告は従来多数報告されている.筆者らも 3 種のキラルスルホキシド誘導体 79―81 の X 線結 晶 構 造 解 析 に よ り , S … O 相 互 作 用 を 確 認 し た (Chart 36).一般的にキラルスルホキシド体の Ac2 O による不斉 Pummerer 反応は,アキラルなスル フラン中間体を経由するので高立体選択的に進行し ない.そこで,若干工夫された手法が報告されてい るが,一般的であるとは言い難い.筆者らは,上述 のアミドカルボニル基の O 原子とスルホキシドの S 原子間との分子内非結合性 S…O 相互作用に示唆
Chart 37
を得て,そのような相互作用は分子間でも可能であ る と 想 定 し た . キ ラ ル ス ル ホ キ シ ド 体 を N,N Dimethylacetamide (DMAC)あるいは N,NDime-thylformamide (DMF)中 Ac2OTMSOTf と反応さ せたところ,極めて高立体選択的に不斉 Pummerer 反応が進行し,各々対応する生成物(84―95%de あるいは 90%ee)を 73―82%の収率で得ることに 成功した(Chart 37).55)本不斉反応は,DMAC や DMF の O 原子とキラルスルホキシドの S 原子との 分子間非結合性 S…O 相互作用に起因するキラルス ルフラン中間体を経由して進行したものと考察して いる.ちなみに,81 の CH2Cl2中での同様な反応で は 27%de の生成物(85%収率)が得られるのみで ある. 5. アレン分子構造特性を基盤とするカスケード 反応,環化反応,環拡大反応 アレンは,その両末端炭素原子は sp2混成軌道 で,中央の炭素原子は sp 混成軌道の 1,2ジエン構 造である.化学反応的には,アレンは,三重結合性 と二重結合性の両反応性を示すが,置換基の p 電 子的及び孤立電子対的共役効果は,sp 炭素原子上 の p 軌道の直交性のために隣接の二重結合まで及 ばないという独特の分子構造特性を有している.こ れらの特性を活用して筆者らは様々な有用反応と創 薬シード化合物を開発した. 51. 多目的カスケード反応の開発 ジエチル マロネートの a 位にアルキニル基と様々な置換基 X の付いた化合物 82 を共役アレニルエステル体 83 の前駆体としてデザインし,ジエチルケトマロネー トやそのアセチルイミノ体を用いて様々な 82 を合 成した.82 を EtOH 中 1N KOH と処理すると 10 分以内に,加水分解・脱炭酸反応が進行し対応する 共役アレニルエステル体 83 を生成し,引き続き置 換基 R 及び X によって多目的な独特のカスケード 反 応 が 効 率 的 に 進 行 す る こ と を 明 ら か に し た (Chart 38).56―59)本反応により医薬品開発のための 新規シード化合物を得ることができた. 52. 共役アレニルケトン体を活用する分子内エ ンドモード環化反応 前節での a 位アセチルア ミノ置換共役アレニルエステル体 83(X=NHAc) の 5エンドモード複素環形成反応に示唆を得て, 各種共役アレニルケトン体 84,85 の Lewis 酸存在 下における 3 種のエンドモード環化反応を開発した (Chart 39).60―64)特に高歪み分子メタシクロファン の短い反応時間による高収率合成は注目に値する. 53. アレニルアルコール体の環拡大反応 ア レニルヒドロキシイソインドリノン誘導体 86 及び アレニルヒドロキシインダノン誘導体 87 を塩基存 在下に加熱すると,5 員環から 7 員環への環拡大反 応が進行した(Chart 40).65)3 種のアレニルヒドロ キシ体につき,Pd(0)触媒を用いた Cascade Car-bopalladation Ring Expansion 及 び Cascade HydropalladationRingExpansion を開発し種々反 応を試みたところ,5 員環から 6 員環への環拡大反 応に成功した.66―70)その概略は Chart 41 に示して ある.これらの環拡大反応による生成物は,医薬品 開発のための基本骨格となるものと期待している. 6. 結語 筆者の研究方針は,すべての研究課題の背景に “分子構造特性の活用”をコンセプトとしており, 基礎研究と薬学的応用研究(創薬)の連携を必然的 に図りつつ合目的な研究を推進することにある.そ
Chart 38 Chart 39 のなかで,長年一貫して着目してきた具体的な研究 上のこだわりは,s対称分子の分子非対称化であ り,潜在的活性種の活用である.また,全研究過程 で遭遇した分子構造解明には,積極的に X 線結晶 構造解析法を採用してきた.その経緯において,各 種非結合性相互作用を見い出すことができ,新たな
Chart 40 Chart 41 研究への展開に及ぶという幸運さも得ている.今後 は,ポストゲノム(機能性タンパク工学)や難病解 決型医薬品創出に向けての未来型複合科学を意識し て,新しい有機化学の構築と寄与にいささかでも努 力したいと望んでいる. 謝辞 上述の研究を遂行するに際し,終始暖か いご激励を賜りました恩師京都大学名誉教授・藤田 榮一先生,京都大学名誉教授・藤多哲朗先生に深甚 の謝意を表します.また,京都大学化学研究所・冨 士 薫教授による有益なご助言,徳島大学薬学部・ 渋谷雅之教授,落合正仁教授,佐野茂樹助教授,京 都大学化学研究所抗癌医薬開発研究部門及び徳島大 学薬学部薬化学研究室に在籍した多くの共同研究者 と学生諸氏による熱心な研究協力に心より感謝致し ます. REFERENCES
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