日本認知・行動療法学会 第44回大会 77
-不安の認知神経科学的研究:認知行動療法の発展につなげる
○(企画・司会者)金井 嘉宏1)、(企画・司会者)岡島 義2)、(話題提供者)梅田 聡3)、(話題提供者) 富田 望4)、(話題提供者)平野 好幸5)、(話題提供者)栗山 健一6)、(指定討論者)熊野 宏昭4) 1 )東北学院大学教養学部、 2 )東京家政大学人文学部、 3 )慶應義塾大学文学部、 4 )早稲田大学人間科学学術院、 5 )千 葉大学子どものこころの発達教育研究センター、 6 )滋賀医科大学精神医学講座 【企画趣旨】 認知神経科学は測定法や解析方法の発展によって, 新たな知見が次々と生み出されている。不安に関する 認知神経科学的研究も例外ではなく,メカニズムの理 解や治療効果の予測に活かすことができる。 本シンポジウムでは,身体反応などの内的な刺激に 対する認知処理に関する研究,認知行動療法の治療効 果予測に関する研究,睡眠が恐怖記憶の形成と消去に 及ぼす影響に関する研究について,基礎と臨床のそれ ぞれの視点から精力的に研究されている先生方にご講 演いただき,認知神経科学の発展を認知行動療法の発 展にどのようにつなげることができるかを議論した い。 【梅田 聡 自律神経活動と内受容感覚から探る不安 の生起メカニズム】 近年,神経科学的なアプローチからこころの機能に ついて探る「認知神経科学」が発展し,不安を含むさ まざまな精神症状の背後にある神経メカニズムが徐々 に明らかにされている。それらの研究が発展するにつ れ,あらためて見えてきた点は,不安などの精神症状 が起こるメカニズムを理解するためには,それらの症 状の背後にある脳活動をターゲットにしていただけで は不十分であり,身体活動の影響を十分に考慮するこ とが必要であるという点である。ここでいう身体活動 とは,心拍や血圧の変化,発汗の程度,胃や腸の状態 など,主に自律神経システムが制御する身体内部の活 動を意味する。特に,自身の身体内部状態の感覚であ る内受容感覚は,不安や抑うつなどの精神症状には深 い関係があることが知られている。神経科学的には, 内受容感覚に関連するセイリエンスネットワーク,す なわち,島皮質および帯状回前部の役割が注目されて おり,内受容感覚がどのようなメカニズムで不安や抑 うつなどの症状を生み出すかが多角的な観点から解明 されつつある。また,自律神経障害の症例の多くは, 不安や抑うつなどの精神症状を持つことも知られてお り,因果関係を含めたメカニズムの理解も徐々に進め られている。 本講演では,不安および抑うつにおける情動処理と 未来思考性に着目し,ニューロイメージング・神経/ 生理心理学・心身医学的観点の各アプローチによる研 究成果について紹介する。そして,それらの背後にあ る「脳-こころ-身体」の三者関係のダイナミクス, およびその調和的理解の重要性について述べる。 【富田 望・熊野宏昭 社交不安における自己注目と 他者への注意バイアスの統一的理解にむけた方法論の 提案】 社交不安症は,自己注目(自己への過度な注意)と 外部環境への注意バイアス(他者への過度な注意)と いう注意の問題が維持要因となっている(Clark & Wells, 1995; Rapee & Heimberg, 1997)。脳機能との 関わりが深い注意への介入は,薬物療法と心理療法の 中間に位置づけられる方法であるため,病態の性質上 対話中心の心理療法が継続しにくいという問題を打破 する治療法となることが期待できる。しかしながら, 自己注目と注意バイアスは別々に研究されることが多 く,支援に直接役立つような社会的場面での様子が十 分に測定されていない点も両者の統一的理解を困難に していた (Schultz & Heimberg, 2008)。そこで,社 会的場面において自己注目と注意バイアスが生じたと きの視線と脳の活動を測定し,両者の特徴を比較可能 な形で捉えることを目的とした一連の研究を行った。 なお,所属大学における倫理委員会の承認を得て実施 した。 研究 1 では,大学生38名を対象に,自己注目と注意 バイアスを教示によって生じさせた状態でスピーチ課 題を実施し,近赤外線スペクトロスコピーと視線追跡 装置を用いて脳活動と視線を測定した。その結果,自 己注目条件では,実行機能に関わる右前頭極が賦活 し,否定顔の聴衆を回避する視線の動きが示された。 注意バイアス条件では,表情認知に関わる左上側頭回 が賦活し,聴衆全体を見なくなる視線の動きが示され た。 研究 2 では,大学生40名を対象に,特別な教示をせ ずにスピーチ課題を実施した場合においても,社交不 安者には自己注目と注意バイアスを表す視線と脳の活 動が表れるのかを検討した。その結果,社交不安高群 において右前頭極と左上側頭回が賦活し,回避的な視 線の動きが示された。さらに,注意の時系列変化か ら,社交不安者は自己注目を中心に行っており,注意 バイアスは副次的に表れる可能性が考えられた。 大会企画シンポジウム 1日本認知・行動療法学会 第44回大会
78 -【平野好幸 認知行動療法の治療効果予測に向けて:
脳画像研究からの検討】
認知行動療法(cognitive behavioral therapy: CBT)は,患者の認知や行動をより適応的なものへと 変容させていくことを援助する治療法であり,うつ病 や社交不安症などに対して薬物療法に劣らない治療効 果を発揮することがわかっている。 たとえば社交不安症の治療では,CBTあるいは薬物 療法それぞれ単独での治療に反応する患者は約半数で あ り 寛 解 す る 患 者 は さ ら に そ の 半 分 に と ど ま る (Blanco et al., 2010)など,CBTと薬物療法との併 用療法に比較して単独治療の効果は限定的であるこ と,薬物療法に抵抗性を示した患者にCBTを適用した 場合かなりの有効性が認められた(Wiles et al., 2013; Yoshinaga et al., 2016)ことなどから,CBT は薬物療法とは異なる作用機序を持っている可能性が 考えられる。また,本邦の医療現場において,CBTを 必要十分に提供できる医療機関や援助者の数は依然と して限られており,奏効する可能性が高いと判断され る患者に優先的にCBTを提供していくために,あらか じめ治療反応性を予測できる手法を確立することの意 義は大きいと考えられる。 これらの背景を踏まえ,CBTの作用機序の解明や治 療反応性の予測に関する知見の確立を目的とした脳画 像研究が多く行われてきた。うつ病では古くから機能 的磁気共鳴画像(functional MRI; fMRI)を用いた治 療効果予測因子の探索が行われており(Siegle et al., 2016),また,社交不安症でも,表情画像を見て いるときの後頭側頭領域の活動がCBTの治療反応性と 関連することが示唆され,これは治療前のLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)得点による推定よりも 精度が高いことが報告されている(Doehrmann et al., 2013)。近年,演者らは,強迫症に対するCBTの 治療抵抗性に関連するとされる自閉スペクトラム症の 併存を考慮したうえで,治療抵抗性に関与している脳 部位として左背外側前頭前皮質の灰白質体積が小さい ことを形態学的MRIにより同定し(Tsuchiyagaito et al., 2017),実行機能を担う背外側前頭前皮質の異常 が行動的・認知的な回避に関与するなど意思決定に影 響を及ぼしCBTの治療効果を減弱させている可能性を 報告した。 本講演では,上述したような,将来的により良く CBTの効果を得ることを目的として行われているCBTの 作用機序の解明や治療抵抗性を探索する脳画像研究に よる取り組みを紹介する。 【 栗 山 健 一 睡 眠 中 の 恐 怖 記 憶 強 化 プ ロ セ ス: PTSD・不安障害の発症・遷延病態と睡眠の関係】 PTSDや一部の不安障害には,恐怖記憶の固定化およ び消去不全が病態形成に深く関与していると考えられ ている。これらの疾患には高率に不眠が合併し,不眠 が上記病態を促進している可能性も示唆されている。 1950年代より,睡眠中にもかかわらず覚醒に極めて 類似した活動波が脳波上多相性に観察され,急速眼球 運動を伴うことよりREM睡眠と名付けられた。その後, 徐波睡眠中にも比較的覚醒に近い脳波活動が混在して いることが突き止められている。1990年代後半より, この睡眠中の脳波活動が記憶・学習機能と関連してい る可能性が指摘されるようになり,行動研究で,睡眠 中に記憶固定化プロセスが働いている傍証が次々と示 された。 恐怖記憶は,恐怖イベントに関わる生活史記憶と, イベントと恐怖感情との連結(association)記憶が 関わる複合記憶である。生活史記憶は睡眠中に固定化 され,イベントが想起しやすくなる一方で,エピソー ドと感情の連結はむしろ睡眠中に弱まり,イベント時 の感情的色彩は薄まる。しかし,PTSDを発症するほど の強大な恐怖感情を伴うイベントは,何らかの機序で 恐怖感情との連結が弱まらず,むしろ感情が主体的に 想起しやすくなる特徴を示す。 我々はトラウマ体験直後に睡眠を剥奪すると,その 後の情動記憶想起が減弱することを見出し,睡眠剥奪 法がPTSD発症予防に応用可能か検討を行っている。さ らに,睡眠中の記憶処理プロセスを,薬理学的手法を 用い操作し,恐怖消去学習を増強することでPTSDの治 療法を開発することを検討している。 大会企画シンポジウム 1