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J.K.A.ムゼーウス「愛の信実-あるいはマルブルー風お伽話」訳・注・解題

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題   ライネ 川 (( ( とヴェーザー 河 (3 ( の間にハラ ーミュント伯爵 領 (4 ( があった。昔むかし のその昔にはザクセンの伯爵領のうち で飛び切りの一つだった。 黄 き ん 金 の指環 に 嵌 は まった真珠のように、あるいは、 多彩な葉っぱにぐるりを飾られた可愛 らしい花の蜜の貯蔵庫[ 雌 め 蕊 しべ ]のよう に、他の多くの伯爵領の真ん中に位し、 日の出の方角[東]ではポッペンブル ク伯爵領、日の入りの方角[西]では シ ャ ウ ム ブ ル ク 伯 爵 領、 真 昼 の 方 角 [ 南 ] は シ ュ ピ ー ゲ ル ベ ル ク 伯 爵 領、

愛の

ま こ と

――

あるいはマルブルー風お伽

(( (

ヨーハン・カール・アウグスト

・ムゼーウス著

鈴木滿

訳・注・解題

(2)

真夜中の方角[北]ではカーレンベルク伯爵領と境を 画 かく していた。エルダクゼ ン (( ( から程遠からぬ城の大手への登り路 の左手にある石段の基部の近くに城壁と 追 ア ー チ 持 がいまだに見られる。これらの遺物がハラーミュント伯爵家のかつては 壮 麗 堅 固 だ っ た 居 城 の 廃 墟 な の で あ る。 ハ イ ン リ ヒ 獅 デ ア ・ レ ー ヴ ェ 子 公 が (( ( 旅 の 道 連 れ で あ る 忠 義 な 獅 子 と と も に、 面 倒 見 の 良 い 魔 デーモン 物 の背中に乗ってパレスティナからブラウンシュヴァイ ク (( ( へある夜かの有名な騎行を行い、元気 潑 はつらつ 溂 かつ上上のご 機嫌でその地に到着し た (( ( 頃、あるいは、それよりさ ほ ど経ってはいない時期、ハラーミュントにハインリヒ 勇 デア・ヴァッケレ 敢 伯 が (( ( 奥方なるオルデンブルク伯爵家 出 ((( ( のユッタと暮らしていた。ユッタは徳と美の典型として同時代の人人から賞賛さ れ、あの素描集の著 者 ((( ( が、全 下 ニーダー ザクセンの市町村の、現在ご存命である美しくも立派な名流のご婦人方にああも賢 く割り当てることのできたさまざまな才能と完璧さを一身に兼ね備えていた。彼女の属する性[女性]の中でもかよ うに珠玉のごとき存在を妻にできたので、ハインリヒ伯爵は当然ながらこの世で一番幸せな夫であり、淑徳高きユッ タを、始祖アダムがあらゆる生きとし生ける者の母[エヴァ] ―― 彼らのごときたぐいはもはや見出されることは無 くなった ―― をあの楽園の罪無き世界で愛したように、確固不動の誠実さで愛していた。一方高貴な伯爵夫人も旦那 様にこよなく優しい愛情を傾けてかしずいた。この愛情たるや、見知らぬ形象を受け止める水銀塗料を背面に塗られ ていないぴかぴかに磨かれた鏡の硝子さながら純粋無垢。   こ の 素 晴 ら し い 夫 め お と 婦 の 好 み と 願 い は 悉 ことごと く お 互 い 同 士 の 穏 や か な 共 感 に 溶 け 合 い、 愛 が 心 の 吐 露 に 捧 げ る 懇 ねんご ろ な 数刻、互いに思いの 丈 たけ を 披 ひ 瀝 れき する時いつも二人が張り合うのは、男心と女心のいずれがより強く、より長続きのする 炎を燃やせるか、の一点のみ。そしてかような観念的論争はともすれば幻想の領域に滑り込むものだが、両人は現世 の愛の享楽だけに満足しなかった。人生は彼らの至福の大きさに対して余りにも無常迅速に過ぎる、と思われ、彼ら が最も好んだ語らいは通常、相思相愛の者たちが彼岸でどうなるかについての情感的 に ((( ( 宗教的な考察に関するものだ

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 った。女性らしい優しさが 迸 ほとばし るのに任せて伯爵夫人はしばしば夫に、あなたがいらっしゃらなければ天国の歓びも 不十分にしか味わえませぬ、私の守護天使と一緒でもあなたと別れて暮らすことの埋め合わせにはなりますまい、と 断言するのだった。将来霊魂がどこに滞留するかについての彼女の宗教的考えは不安と希望の間を揺れ動いていた。 信実の愛が再合一するための落ち合い場所を煉獄とすべきか、天国の前庭とすべきか、不案内だったからである。そ れから 黄 よ み 泉 の国には無数の住民がいるわけだから、勝手が分からなくて再会できないのでは、というさまざまな疑念 も念頭に浮かぶのだった。と申すのも、あの世のことどもに関するご婦人連の学説 ほ ど、天界の 階 ヒ エ ラ ル ヒ ー 級制度 についての 変てこりんで混乱した見解は容易に見つかるまいからね。 「ああ」と伯爵夫人は優しい愁いを籠めて再再言ったもの。 「 私 た ち 二 人 が 同 時 に 暗 い お 墓 に 入 っ て ま ど ろ み、 こ う も ぴ っ た り 絡 み 合 っ て い る 私 た ち の 魂 が 結 ば れ た ま ま、 守 護 天使様たちが、行く末はここ、とお決めになっていらっしゃる場所に急いで行けるよう、あの方たちのご配慮で決め られておりましたらねえ。そうすれば私どもの魂はお互いを楽しむという歓びを一瞬でも欠かさずに済みますのに」 。 なる ほ ど伯爵はこうした願いに賛同しはしたが、彼岸での再会に関しては奥方 ほ ど心配していなかった。彼の理論に よ れ ば、 天 界 の 警 察 は 極 め て 良 く 整 っ て い る の で あ っ た。 戦 いくさ 人 にん で あ る 彼 は 身 み 罷 まか っ た 霊 魂 の 行 く 先 を 秩 序 整 然 た る 陣 営に 譬 たと えた。そこではね、簡単に路が分かるのだよ、と。また、一生の長さの違いによって生じる別離も、早く戻り たいなあ、と願うのも快いし、無事帰宅すればこれまた嬉しい、国内旅行の折の数日みたいなものだろう、と彼には 思えた。伯爵は、あの世でも騎士道のもろもろの掟を忘れまいぞ、たとえ天界の途方も無い広がりを 数 あ ま た 多 たび 過 よ ぎっ て、無慮無数の 黄 よ み 泉 の国の亡霊たちの中から妻を探し出さねばならぬとしても、再び見つけるまでは憩うことはある まいぞ、と大いに意気込んだものである。   この対話が行われた部屋には当時の好尚に従って、食卓の装飾として 死 ト ー テ ン タ ン ツ の舞踏 が ((( ( 描かれていた。こうした恐ろしい

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群 像 の 一 つ に 、 気 の 置 け な い お し ゃ べ り に 打 ち 興 じ て い る 愛 し 合 う 一 組 の 男 女 の 図 が あ っ た 。 死 神 が 入 っ て 来 て 、 乙女 を輪舞に誘う。男の恋人の方は骸骨殿を目にすると、それまで可愛いひとを抱いていたらしい片腕をだらりと落とし、 相手から引き下がって、自分の傍らに座っている少女の体にもう一方の腕を絡ませ、その胸に顔を埋めるのである。 「 ご 覧 な さ い ま し、 い と し い 旦 那 様 」 と 伯 爵 夫 人 が 言 っ た。 「 男 の 方 の 信 ま こ と 実 が ど ん な も の か と い う 一 つ の 証 あかし で ご ざ い ますわ。女はこのような気紛れな恋はいたしませぬ。可愛いひとはまだ冷たくなっておりませぬのに、彼女の不実な 恋人の胸の聖なる火はもう消えてしまっている。ああ、 渝 かわ らぬ愛の記憶を持ってこの ひとは世を去って行く。もしいつの日にか恋人の亡霊がだれか他の女と連れ立ってい るのに出逢いましたら、憩いの園でのこのひとの平穏は乱されるのではないでしょう か 」。 こ う し た 物 思 い が ひ ど く 激 し く 伯 爵 夫 人 の 優 し い 心 に 影 響 を 及 ぼ し た の で、 胸 の 裡 うち でこれを嘆き悲しみ、静かな涙が彼女の 薔 ば ら 薇 色の頬を流れ落ちるのだった。空想 に浸りきっている愛妻のこうした悩みは温和な夫を心底動揺させたので、彼は優しい 言 葉 で こ う 相 手 を 慰 め た。 「 純 愛 と 申 す も の は 諸 行 無 常 の う ち に は 入 ら ぬ。 一 つ に 合 わさった二つの魂は、天国とこの地上との間に設けられている大いなる 濠 ほり でも分かつ ことは叶わないのだよ。我らの誓いのごとき誓いはあの世でも解消できはせぬし、我 ら を 揺 る ぎ 無 く 結 び 付 け て く れ る。 そ こ で ね、 そ な た が そ の 証、 そ の 徴 しるし を 持 て る よ うに、この身は良心と騎士の名誉に掛けて約束いたそう。もしそなたが ―― さような ことがありませぬよう、神よ、守りたまえ ―― 死によって我が身から連れ去られよう と、こなたは再縁など念頭に 上 のぼ すまいぞ。して、この身の方が先立つ場合は、同様の

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 ことをそなたに期待いたす。いや、死後この 現 うつし 世 よ へ戻ることが意のままになるなら、 枷 かせ ・ 軛 くびき を持たぬ我が精神に二 人の 絆 きずな を銘記させ、そなたにそれを想い起こさせに参上いたそう。 約 やく 定 じょう の印に手を打つがよい、いとしい妻よ、我 ら の 絆 が 心 と 手 双 方 に よ っ て 永 と こ し え 久 に 確 約 さ れ る よ う に な 」。 こ の 提 案 は、 亡 く な っ た 者 た ち の 境 遇 に つ い て の 揺 れ 動 く諸説を基に、伯爵夫人がかねて組み立てていた感傷的な考えに見事に合致したので、まさに自分の心から出たもの のように思えた。あの世での彼女の愛がこのように保障されたので、奥方は大いに慰められ、大いに安堵し、死が奪 う時それを回復する、あの世間一般の再婚権をいそいそと放棄した。こうした結婚協定の象徴として伯爵夫人は二色 の絹布を ほ どけないよう固く縛って愛の結び目を作った。希望の色の緑と悲嘆の色の黒である。これは、後に残され た方が 渝 ること無き愛を胸にしつつ、やがて悼まれた方を元通り愛することができるようになろう、との希望を象徴。 これで彼女は二つの徴をこしらえた。一つは背の君のため。これをこちらは伯爵位を示す鎖に 飾 ブ ル ロ ー ク り紐 として結んだ。 一つは自分自身のため。これを彼女は頸飾りとして麗しい胸の谷間に身を隠す心臓型の 黄 き ん 金 細工に結び付けた。   その後間もなく伯爵は配下の騎士の面面のために素晴らしい饗宴を催し、日頃の習わしに従って、客人たちととも にたくさんの気晴らしや盛大な競技を行った。なにせ、贅沢と娯楽が大好きだったから。 竪 ハ ー ヴ 琴 奏者や 提 ヴァイオリン 琴 弾きが大 いに耳を愉しませ、ハラーミュント領内ではだれもかれも上機嫌で喜色満面だった。折しも優しいユッタが旦那様の 腕に 縋 すが り、陽気な踊のために美美しく装い、舞踏会を開始しようとした時、一人の伝令官が太鼓の響きを先導に城に 到着、傾聴を要請した。伯爵は、鎖 帷 かたびら 子 を 纏 まと った深刻な顔つきの男が何を申し入れに来たのか聴き取れるよう、すぐ さ ま 喧 やかま し い さ ん ざ め き に 静 粛 を 命 じ た。 伯 爵 夫 人 は 恐 怖 と 胸 苦 し さ に 色 蒼 あお 褪 ざ め た。 伝 令 官 の 知 ら せ が 彼 女 に は 梟 の 叫び、鴉の啼き 声 ((( ( のように思え、いとしい旦那様への宣戦布告か、一騎打ちの果たし状ではないか、と推し量ったの で。けれど、伝令官が招じ入れられ、その胸に実家の定紋が付いているのを目にすると、いくらか ほ っとした。さて、

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使 者 は 恭 うやうや し く 伯 爵 に 低 頭 し、 口 上 を 述 べ 始 め た。 「 オ ル デ ン ブ ル ク の 伯 爵 ゲ ル ハ ル ト、 殿 の 義 弟 に し て 相 互 相 続 契 約を交わせし盟友は、騎士道の慣わしに従い、三日後、殿の強いお腕、およびご家臣の騎士の方方もろともに、ゲル ハ ル ト と 断 交 い た せ し シ ュ テ デ ィ ン ガ ー の 輩 やから 討 ((( ( 滅 の 出 撃 に ご 加 勢、 お 味 方 を 賜 り た く、 切 に 懇 請 し た て ま つ る。 ゲ ル ハ ル ト の か よ う な し か る べ き お 願 い を ご 兄 弟 の 誼 よしみ に て ご 聴 許 戴 け ま す る な ら、 こ の お 返 し に 今 後 と も 何 で あ れ ご 随意のご奉仕を喜び勇んで相務める所存でござる」 。   ハインリヒ伯爵は伝令官にあっさりと相応の回答をし、たっぷり 被 かづ け物を与えて下がらせた。彼自身はそれからす ぐに舞踏の広間を後にした。かくして歓びの神殿は一挙に戦いの武器庫と化し、横笛吹きと竪琴奏者の柔媚な和音は 恐ろしい物の具の響きに取って代わられ、殿方征服を志していた輝かしい舞姫たちが憤慨したことに、折角の楽しみ 事は伝令官が介入したせいで、周知の椅子 合 バタイユ 戦 によるトゥーロンの大舞踏会( 1 )と全く同様不快なものになってし ま い、 急 転 直 下 め ち ゃ く ち ゃ に さ れ た 次 第 で あ る。 さ っ き ま で 白 し ろ が ね 銀 の 皿 に 載 せ た 焼 ル テ き 菓 子 や ((( ( 肉 パ ス テ ー テ 饅 頭 、 ((( ( 黄 き ん 金 鍍 め っ き 金 の 高 ポ カ ー レ 脚杯 に注がれた 葡 ぶ 萄 どう 酒を食卓に運ぶのに忙しかった下僕たちは、今度は主君とその騎士たちの装備を武器庫から運 び 出 す の に 熱 中。 甲 は 瞼 ヴ ィ ジ エ ー ル 甲 付 ((( ( き の 冑 かぶと 、 乙 は 堅 固 な 胸 甲 と し な や か な 臑 すね 当 あ て、 丙 は 鋼 は が ね 鉄 の 盾 を、 丁 は 槍 と 両 もろ 刃 は の 騎 士の大剣をという具合。優しいユッタは侍女たちの手助けを受けながら自身震える手で羽根飾りを整えた。これは冑 を覆い隠す ほ どのもので、背の君の紋章の色合い通りの赤と黒。それから伯爵は従士の介添えで甲冑を着用、 曙 あけぼの 初 そ め る と、 主 しゅ 馬 め の か み 頭 に 命 じ て 誇 ら か に 馬 ば 勒 ろく を 付 け ら れ た 軍 馬 を 牽 ひ き 出 さ せ、 扈 こ 従 じゅう の 家 来 と も ど も ひ ら り と 鞍 上 の 人 と な った。ああ、大事な夫が情愛籠めて麗しの伯爵夫人を抱き締め、その魅惑的な真紅の唇に苦い別れの 接 くちづけ 吻 をした時、 彼女は悲嘆の叫びを挙げ、 双 もろ 手 て を揉み絞り始めた。さながら 暁 あかつき 刻 どき 花咲き乱れる野に滴り落ちる露の天界の源泉のご とく、その目からは涙が生まれ、涙はいとも愛らしい頬に静かに注いだ。腕と腕をしっかり絡めて夫の唇に唇をぴた

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 りと合わせ、ご機嫌よろしゅう、この恐ろしい別離の言葉を口から出すことがどうしてもできぬ。伯爵はこうした感 傷的な状況を短縮し、妻の苦悩に満ちた情念から身を 捥 も ぎ放そうとしたが徒労だった。磁石のような力で夫人は夫を またまた高鳴る胸に引き寄せたが、漸く気を取り直し、物言う気力を回復した。    「おさらば、大事な背の君様」    「さらば、心底いとしいそなた」    「何千回もおさらばを」    「すぐまたそなたの 許 もと に戻ろう」    「ああ、いつそれが叶います」    「まこと、しかとは分からぬな」    「ねえ、いつごろとお考え」    「 復 オーステルン 活祭 に ((( ( はなんとか、と思うておって欲しいもの」    「ああ、あなた様を抱ければねえ」    「 降 プフィングステン 臨 祭 に ((( ( は必ずな。     また逢えるのだ。     別離などさてなに ほ どのことがあろう」   こ う し た 陰 鬱 な 挨 拶 を 交 わ し て 情 の 深 い 夫 妻 は 別 れ を 告 げ た。

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伯爵は馬鎧を着せた駒に力一杯拍車を掛け、野外の春の耕牧地へ出ると ほ っと楽に息を吐いた。奥方の 懊 おうのう 悩 にきつく 胸を締め付けられていたからである。伯爵夫人はというと、城の 鋸 きょへき 壁 に登って行き、夫の兜から羽飾りが 靡 なび くのが遥 か彼方に見える間中、旦那様を想ってしくしくと 啜 すす り泣いた。それから自室に引き籠ると、断食と苦 行 ((( ( に身を 懲 こ らし、 ありとあらゆる聖者方、とりわけ天使ラファエ ル ((( ( に誓願し、昔青年トビ ア ((( ( の道連れになったように、旦那様の身に添 い、トビアの守護天使同様確実につつがなく生まれ故郷に連れ戻してくださいまし、と祈ったのである。伯爵夫人に はイルヴィンという名のとても綺麗なお小姓がいた。彼は宮中のもろもろの祝祭の折、それから夫人が教会に詣でる 時にはいつも、その裳裾を持つのだったが、これを彼女は伯爵とともに出征させ、主君の傍から決して離れず、忠実 な盾持ちとして随き従い、主君が戦争熱に浮かされて命を危険に曝そうとするようなことがあったら、愛のために身 の保全を考え、大胆不敵な冒険家みたいに危いことを試みないで下さい、と慎ましやかに思い出させるよう、と厳し く 言 い つ け た。 イ ル ヴ ィ ン は 麗 し い 女 にょ 性 しょう の 命 令 を 肝 に 銘 じ、 影 かげ 法 ぼう 師 し の よ う に 伯 爵 に く っ つ い て 廻 っ た。 こ の 勇 敢 な 戦士は、名誉と騎士道の掟が許す限りは忠実な小姓の勧告に従う、と誓ったからである。   伯爵夫人の感じでは夫の留守の日日はのろのろだらだらと打ち過ぎて行った。彼女は一刻一刻を数えた。太陽が西 の山山に沈むと嬉しかった。なぜなら一日が終わるたびに憧れの目標に一歩近づいた、と思ったからである。けれど も時の進行は 弾 はず み車のようなもの。はかない希望の息吹を吹きかけられても早く回転しはしないし、押し留めようと おせっかいな手が 輻 や の間に差し込まれても、その一定不変の動きが妨げられるわけではない。そういう次第で 復 オーステルン 活祭 は時間単位の要求通り、一時間早くも、一時間遅くもなくやって来たので、善良な伯爵夫人は日日の不当な遅滞にひ どく文句を言った。しかしハインリヒ伯爵は帰還しなかった。そこで夫人は今度は 復 オーステルン 活祭 から 精 プ フ ィ ン グ ス テ ン 霊降臨祭 までまたし ても時の計測を開始。それまでのまだまだ長い五十日が彼女には待ちきれない。五十日は胸一杯のいらいらした渇望

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 には永遠なのである。 「ああ」と奥方は溜め息をついた。 「 葡 ぶ 萄 どう の木にはまだ芽が出ない。風は枯れた藪の上でざわめ いている。ごつごつとしたハルツ山地はまだ雪の頭巾を被ったまま。そしてうちの旦那様がお戻りあそばす前に、森 は緑にならなくては、葡萄の木は花を付けなくては、ハルツのお山は冬衣装を脱ぎ捨てていなくてはいけないのねえ。 ああ、我が魂のいとしいお方、あなたはなんと長いことご勝利の月桂樹の木蔭にのんびり逗留なすってらっしゃるの。 独りぼっちのこの私は恨み焦がれて 憔 しょうすい 悴 しておりますのに」 。   こ う し て 情 愛 籠 め て か き く ど く う ち に も 夕 べ と 朝 あした は い つ も 一 日 と な り ((( ( 、 そ の 一 日 は 五 十 の 数 を 減 ら し て 行 っ た。 そして伯爵夫人の苦しみでさえも、希望に満ちた期待とまたしてもそれを裏切られるのではないかとの惧れとの間を 揺れ動きながら、延延と続く時間の一部を消してくれた。雪は溶けて川となり、葡萄はすくすく育ち、辺り一面に緑 の若葉が生い茂り、教会では「 創 ェ ニ ・ ク レ ア ト ル ・ ス ピ リ ト ゥ ス 造主〔つくりぬし〕なる精霊よ、来たりたまえ 」 ((( ( が歌われた。しかしハインリヒ伯 爵は相変わらず凱旋せぬ。   いつもは美と若さとともに一つ屋根の下に住みたがる軽やかな朗らかな心根の持ち主なのに、今や心煩う夫人の魂 は悲しい予感の数数に戦慄した。かつては陰鬱な心配ごとなど全く払いのけたのに、高貴な伯爵夫人がひたすら耽る の は 不 安 な 物 思 い だ け。 彼 女 は 蠱 こ 惑 わく の 朝 の 装 い を 纏 っ た 麗 し い 自 然 を 見 ず、 夜 ナ ハ テ ィ ガ ル 鶯 の ((( ( 柔 ら か く 甘 い 声 を 聞 か ず、 芳 かぐわ しい花の香を 嗅 か がず、城の花園の色とりどりの百花繚乱にも魅せられなかった。暗然としたその目はじっと伏せられ たまま、締め付けられたその胸から押し出されるのは高い嘆息。お付きの乙女たちは思い切って慰めることも、おし ゃべりで愉しませることも叶わず、しんと押し黙り、熱い涙を流して女主人の苦しみに同情するのが関の山。こうし た深い沈黙が破られるのは朝の挨拶の折、奥方様のご覧になった意味ありげな夢の数数を解釈するため。夢は時時は た だ 象 徴 的 に、 抜 け 落 ち た 一 本 の 歯 と か 一 連 の 数 え 珠 と か で 死 亡 と 悲 哀 の 涙 を 予 言、 ま た 時 時 は 直 ちょく 截 さい に 墓 場 と 棺 台

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の 間 を 彷 さ ま よ 徨 い、 盾 と 紋 章 の 掛 か っ た 柩 ひつぎ と か い っ た 身 分 に 相 応しい葬列を示すのだった。そして伯爵の館の明るい日中で さえこれと符節を合わせたようなことが起こった。真昼 刻 どき 、 婢 はしため 女 たちが奥方の食事の給仕をしていると、大きい音が部屋 中に響き、伯爵夫人は仰天して椅子から飛び上がった。何事 か、と見やれば、食器台に置いてあった伯爵常用の酒盃が上 から下へ転げ落ちたので、微塵に砕けてしまったのである。 居合わせた者たちは悉く蒼褪め、顔にまざまざと狼狽と驚愕 の 表 情 を 浮 か べ た。 そ し て 伯 爵 夫 人 は こ う 言 っ た。 「 あ あ、 神 様、 あ ら ゆ る 聖 人 様 方、 お 憐 れ み 下 さ い ま し。 こ れ は 旦 那 様 の こ と。 身 罷 ら れ た の だ。 お 亡 く な り に な っ た の だ。 死 ん で 冷 た く な っ て し ま わ れ た の だ 」。 彼 女 は そ の 時 か らというものもはや口を利くこともなく、啜り泣き、かきくどく他何もしなくなった。   それから三日後、夫人はなんとも名状しがたい異様な予感がした。何かひそやかな虫の知らせで、旦那様について の便りが来るだろう、と思ったのである。そこで彼女は物見の塔の高い張り出しに登り、伯爵が出立した折進んで行 った街道を一心不乱に眺めた。目を上げると一人の騎者がこちらへ疾駆している。まっしぐらにどんどんやって来る。 そしてその背後では尻尾が長く延びて跳ね上がったり、だらりと下がったり、さながら高い 檣 ほばしら の上で風に 弄 もてあそ ばれ ている燕尾旗のように靡いている。駒は黒馬、 騎 の り手は黒衣、駒の目指すはまさにこの城。大手門の前に着いた時、 ああ、ユッタはそれがイルヴィンであると分かった。黒い喪服に身を包み、丸い 鍔 つば 付き帽子から長い黒の 紗 しゃ [喪章] が馬の蹄まで垂れ下がっているのだ。 「ああ、イルヴィン、可愛い私の小姓」 。伯爵夫人は悲しみに身も世もなく高い

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 張り出しから呼び掛けた。 「どんな 報 し らせを持っておいでだ。言うがよい。殿はいかが召されたか」 。イルヴィンはす っ か り 泣 き 顔 で 声 を 張 り 上 げ る。 「 お お。 お 優 し く 情 の 深 い 奥 方 様、 ひ ど く 悪 い も の で ご ざ い ま す、 持 っ て 参 り ま し たお報らせは。大層たくさんの涙をお美しい 御 おん 眼 め は流さねばなりませぬ。花冠を黄金色のお 髪 ぐし からかなぐり捨て、薔 薇色のお召し物を黒い 粗 ア 毛織 と黒い紗にお着替え下さい。 ―― ハインリヒ伯爵様はご逝去あそばしました。死んで氷 のように冷たくなっておられまする」 。「おお、凶報の使者よのう」 。伯爵夫人は叫んだ。 「おお、苦悩と悲嘆に満ちた 報 ら せ よ の う 」。 こ う 言 う や い な や、 冷 た い 戦 慄 が 彼 女 の 四 肢 を 震 わ せ、 も ろ も ろ の 死 の 翳 かげ り に 五 感 は 全 て 朦 朧 と な り、両膝はわななき、彼女は気を失って、侍っていた腰元たちの腕の中に崩折れた。伯爵の死の報知が、それを確証 する弔鐘の鈍い調べと一緒に拡まると、ハラーミュント伯爵領全土に哀悼の声が高く響き渡り、宮廷の忠実な召使た ちは全ての領民ともどもに良きご主人様の死を嘘偽りなく嘆き悲しんだ。   さはさりながらあらゆる激情の中で心痛というやつは生活を破壊する傾向が最も小さい。あらゆる苦悩を泣いて泣 いてたやすく胸から押し流してしまう涙もろい性[女性]にあってはとりわけ然り。そういう次第で打ちひしがれた 寡婦は悲しみに負けはしなかった。背の君のいとしい亡魂がまだ永遠への旅路の中途にあるうち、憧れに翼を添えら れた彼女の霊が追いつけるよう肉体をかなぐり捨てたい、としきりに望みはしたけれども。しかしながらこのたびは その願いは叶わなかった。それにまた、そこに宿るよう割り当てられたこの魅力的な 住 す み か 処 を彼女の魂がかくも 性 せっかち 急 に 出たがったとしたら、真っ当なこととは言えませんよね。だって綺麗で快適な宿を 撥 は ねつけて野天で暮らすなんて元 来我儘勝手もいいとこ。いつ 何 なんどき 時 崩れるかもしれない 煤 すす ぼけた小屋、あるいはあばら家に住んでいるなら話は別だけ ど。それなら、こんなところから逃げ出したい、と思っても許せる。家の骨組みの 梁 はり がどれもこれもみしみし 軋 きし んで いる場合、どこぞの老女が解体工事を切望するとしたら、こうした妥当な要求にしかるべく反論するなんてできっこ

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ない。しかしうら若いぴちぴちした乙女が、脳裡の感傷的な弦の調子がどこか一本狂ってしまって、もしくは恋に破 れたために、墓場の臭いがぷんぷんするような 科 せ り ふ 白 を吐くのだったら、それは思い上がった 衒 てら いと申すもの。麗しの ユッタは、夫の道連れになろうと血管を開かせた賢人セネ カ ((( ( の妻のように、旦那様ともろともに死のう、と思った。 さてセネカの妻だが、夫はずっと早くに失血していたのに、自分には死がなかなか訪れなかったので、忠告に従い、 急いで傷に包帯させた。逃れ去った夫の霊魂はもうあまりにも先に行ってしまって、追いつけない、と考えたから。 激情の最初の嵐が穏やかな涙の雨に移行し、春秋に富む 寡 か ふ 婦 の 千 ち ぢ 千 に乱れた心がいくらか落ち着きを取り戻すと、彼 女は、旦那様の不幸な運命について詳しい報告を聴くため、忠実なイルヴィンを召し寄せた。   ユッタは、城で符節を合わせた事件が起こった同じ日の同じ刻限、伯爵たちの同盟軍がシュテディンガー人に対し 兵を進め、苛烈な戦闘を始めたことを知った。ハインリヒ伯爵は真っ先駆けて敵勢に突進したが、合戦の混乱の中で 敵の戦斧がその鎧を 劈 つんざ き、それから致命的な投げ槍が胸を貫通した、と。 「 迂 う 闊 かつ な子だこと」と伯爵夫人は小姓の言 葉を 遮 さえぎ った。 「万一殿が功名心に駆られ、我をお忘れになるようなことがあったら、私を愛していらっしゃることを 思い出させて差し上げるよう、そなたに固く言いつけはせなんだか。そなた、口を 噤 つぐ んでいてご意見申し上げなんだ の か え。 そ れ と も 旦 那 様 が そ な た の お 諌 いさ め に お 耳 を 潰 し て お ら れ た の か え 」。 「 そ の い ず れ で も ご ざ い ま せ ぬ、 奥 方 様 」 と イ ル ヴ ィ ン は 応 え た。 「 私 は ま だ 何 も か も お 話 し い た し て お り ま せ ぬ。 背 の 君 様 の 傍 ら に は 御 おん 弟 君 の オ ル デ ン ブルク伯爵ゲルハルト様が馬を進めておられました。前日漸く物の具をお付けになったばかり、これから武器をお試 し に な る と こ ろ。 勇 気 満 満、 血 気 溢 れ ん ば か り で 敵 の 槍 やり 衾 ぶすま に 突 入、 周 り を 取 り 囲 ま れ て し ま わ れ た の で す。 何 百 も の剣がどっと襲い掛かりましたので、羽根飾りは飛び散ってあえかな綿毛と化す始末。ハインリヒ伯爵様は義理の弟 御が危険に 曝 さら されているのに気づかれると、お乗りの 牡 ぼ ば 馬 を励まし、飛鳥のように救助に赴かれました。そこで私は

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 声 を 限 り に 叫 び ま し た。 『 お 控 え を、 殿、 お 控 え を。 い と し い 奥 方 様 を お 忘 れ な く 』 と。 し か し ご 主 君 は 私 の 言 葉 な ど 気 に も 留 め ず、 率 い る 騎 士 の 面 面 を 振 り 返 り、 こ う 言 わ れ た の で す。 『 掛 か れ、 お の お の、 余 に 続 け、 高 貴 な 若 武 者の命が 危 あや うい』 。たちまち殿は囲みの真っ只中、苦境の御弟君をきらめく盾で庇い、強い 腕 かいな を振るわれてびっしり 並んだ槍を右に左に 薙 な ぎ倒し、さながら収穫時に人夫の大鎌が実った麦の穂を刈り入れるよう。ゲルハルト伯爵様は ごったがえす中から自力でもがき出て、ご家来衆に乱戦から救われました。しかしお救いになった方は 斃 たお れ、死神の 餌食にされたのでございます。殿の 瞼 ヴィジエール 甲 を開きますと、あなた様へのご遺言をお受けいたしました。殿は私にお気 づ き に な り、 優 し く 私 を 見 つ め『 実 じつ の あ る 主 あるじ に は 実 の あ る 従 者 』 と か す か な 声 で お っ し ゃ り、 私 に 手 を 差 し 伸 べ ら れ ま し た。 『 イ ル ヴ ィ ン、 家 へ 帰 れ。 伯 爵 夫 人 に 余 の 今 こ ん じ ょ う 生 の 別 れ を 告 げ よ。 余 の こ と を あ ま り 泣 き 悲 し む 必 要 は 無 い、 と 申 せ。 か ね て の 約 やく 定 じょう 通 り だ。 あ あ、 そ な た が す ぐ に 余 の 許 に 来 て く れ た ら の う、 心 底 い と し い 余 の ユ ッ タ 』。 こ う 言 わ れ る な り 伯 爵 様 は 亡 く な ら れ ま し た。 私 は こ の 目 で し か と 見 届 け ま し た。 殿 の 清 い 魂 が 軽 や か な 影 の よ う な 形 を 取 り、 お 口 か ら 空 に 向 か っ て ふ わ ふ わ と 昇 っ て 行 か れ る の を。 そ し て こ れ が 起 こ っ た 時、 太 陽 は 中 天 高 く に ご ざ いました」 。   当 然 分 か る よ う に、 こ の 物 語 は 打 ち 拉 ひし が れ た 寡 婦 の 涙 腺 に 激 し く 作 用。 彼女は大声で 噎 むせ び 哭 な き、 啜り泣き、 苦く塩辛い涙でその目を泣き腫らした。 こ う し た 新 た な 心 痛 を 奥 方 様 に 与 え ま い と、 お 付 き の 女 性 た ち は 小 姓 に

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退 出 す る よ う 言 い つ け た が、 伯 爵 夫 人 は、 留 ま れ、 と 手 で 合 図 を し た。 「 あ あ、 イ ル ヴ ィ ン、 可 愛 い 小 姓、 私 は そ な たのご主君のことをまだ十分聴かせてもらっておらぬ。更に語り続けよ。殿の 亡 なきがら 骸 は乱戦の最中、馬どもに踏み 躙 にじ ら れたのか、荒れ狂う敵に切り刻まれたのか、それとも、まこと勇猛果敢な騎士に相応しく大地に埋葬されたのか。可 愛 い 小 姓、 そ な た の 存 じ て お る 限 り を 語 っ て 聴 か せ る が よ い 」。 イ ル ヴ ィ ン は、 一 部 は 美 し い 伯 爵 夫 人 に 対 す る 同 情 から、一部は良き主君の死を哀悼して、乳と花のように白くそして赤い両の頬から滴り落ちるがままにしていた涙を 振 り 払 い、 こ の よ う に 口 上 を 述 べ 続 け た。 「 背 の 君 様 の ご 遺 骸 が 踏 み 躙 ら れ た り、 非 道 な 扱 い を 受 け た、 な ど と 思 い 誤りたまいませぬよう。伯爵方の同盟軍は戦場を確保、赫赫たる勝利を獲られました。合戦が終わりますと、伯爵方 はいずれも馬をこちらへお寄せになり、血盟のご兄弟であった殿を悼み、 亡 なきがら 骸 を聖遺物のように恭しく迎え取って、 いとも壮麗豪華に埋葬の儀を営まれました。ただ、殿のご心臓は別で、これは防腐措置を施すよう 医 くす 師 し どもに渡され た 次 第 で ご ざ い ま す。 と 申 し ま す の は、 貴 人 方 の 同 盟 は 決 定 な さ っ た の で す。 こ れ を 名 誉 の 使 者 に 託 し 早 さっ 急 きゅう に あ な た様にお届けいたす、と。全軍が小旗と槍を伏せて 佇 ちょりつ 立 し、騎士たちは剣の切っ先を掲げました。葬列が通り過ぎる 時、厳かに粛然として。軍鼓は鈍い告別の連打を響かせ、シャルマ イ ((( ( 吹きはこれに合わせて葬送行進曲を吹奏いたし ました。一人の 式 マ ル シ ャ ル 部卿 が黒い式杖を携えて先頭を進み、これに続くは四人の高位の騎士。最初の騎士は甲冑を、二番 目 の 騎 士 は 鋼 鉄 の 盾 を、 三 番 目 の 騎 士 は 輝 く 剣 を 捧 持、 四 人 目 は 何 も 持 ち ま せ ぬ。 こ れ は 喪 ト ラ ウ ア ー マ ン 者 で ((( ( 、 喪 服 を 纏 っ て 歩み、深い苦悩に首うなだれておりました。伯爵方と貴族の 殿 との 輩 ばら は、上に緑なす月桂冠を載せた、三十と二の紋章が 掛 か る 黒 布 で 覆 わ れ た 棺 に 随 き 従 い ま し た。 ご 遺 骸 が 墓 穴 に 釣 り 下 ろ さ れ、 喪 装 の 殿 輩 ご 一 同 が、 御 み 霊 たま 安 か れ、 と 天 ア ヴ ェ ・ マ リ ア 使 祝 辞 お よ び 主 パ ー テ ル ・ ノ ス テ ル 祷 文 を 黙 祷 し 終 わ り ま す と、 が さ つ な 墓 掘 り 人 ど も が 熊 手 で 土 を 搔 か き 寄 せ ま し た の で、 重 い 土 くれがくぐもった音を立てて棺の上に転げ落ち、その恐ろしい響きは死者をも目覚めさせそうで、私は胸を刺される

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 思 い で ご ざ い ま し た。 お 墓 の 墳 も り つ ち 土 に は 芝 草 が 張 ら れ、 三 本 の 石 の 十 字 架 が 立 て ら れ ま し た。 一 本 は お 頭 つむり の 方 に、 一 本はおみ足の方に、してもう一本は中央で、ここにドイツの戦士が埋葬されている、という追憶のため( 2 )」 。   忠実なイルヴィンのこうした詳しい報告は、その女主人の美しい目から更にまた新たな涙を誘い出したが、彼女は それでもなお満足せず、きちんと知っておきたくて堪らぬ無数の細かい状況を根掘り葉掘り 穿 せんさく 鑿 するのだった。なに せ懊悩している人人は自分たちの悲哀をより完全に描き上げたがるもの。そうすると苦しみは結局陰鬱な喜びを覚え、 これが一種の心の張りとして役立つ。イルヴィンは連日伯爵夫人に同じ話を繰り返 さなければならなかった。そして彼女は全くどうでもよいような 些 さ じ 事 に至るまで問 い質すのだった。たとえば、葬列の騎士たちが左の腕に巻いていた喪章の長さと幅 はどれくらいでした、とか、生地は 縮 クレープ 緬 それとも絹、とか、 悲 トラウアー・プフェールト し み の 駒 に ((( ( 使われ たのは 黒 あ お 馬 だったの、とか、 喜 フロイデン・プフェールト び の 駒 は ((( ( 白馬でしたの、でなけりゃ、 河 か わ ら 原 毛 げ 、 ((( ( 栗毛、 斑 ぶ ち 馬 だった、とか、あるいはまた、柩の把手は 錫 すず 鍍 め っ き 金 か、銀鍍金か、といっ たあんばいで、この類の興味ある話題がもっともっと。しかしだれ一人奥方を悪く 思う者はいなかった。なにしろ喪に服した宮廷のこと、こうなるとちょっと変わっ たことでも一同には逝去そのものより気をそそられることがよくあるものだからで。   伯爵の心臓の防腐保存を依託された薬剤師や外科医たちは、処置にたっぷり半年 を費やした。これに必要な香料は当時入手が難しく、異国のさまざまな土地から取 り寄せねばならなかったからか、医療 同 ツ ン フ ト 業組合 にあっては、 他 ひ と 人 様 さま を喰いものにす るとなると、極めて悠然と施術に取り掛かるのが習慣だったからか。その代わり心

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臓はみごとに香料漬けになたので、しまい込まれた壷は 香 ポ プ リ り箱 と ((( ( して 飾 コ ン ソ ー ル り棚 に置いたとしたって何の不思議も無かっ たことだろう。しかし愁いに満ちた寡婦はこの神聖な遺物をそんな軽佻浮薄な用途には使わず、林苑に 雪 ア ラ バ ス タ ー 華石膏 とイ タリア産の大理石で壮麗な記念碑を築かせた。その 天 てっぺん 辺 には伯爵が出陣した折の姿そのまま、完全武装の立像が 屹 きつりつ 立 。 枝 し だ 垂 れ 柳 ((( ( と 香 バルサム 膏 白 やまならし 楊 が ((( ( この 奥 おく 津 つ 城 き に蔭を落としていた。伯爵夫人はその基部の周りにたくさんの 素 ジャスミン 馨 と ((( ( 迷 まんねんろう 迭香 を ((( ( 植 え、 斑 はんがん 岩 の櫃に収めた夫の形見を碑の 玄 ホ ー ル 室 に置き、そのぐるりを毎日切り立ての花で手ずから飾るのだった。しばし ば 独 り で 嘆 き 悲 し み な が ら、 し ば し ば 小 姓 ― ― 伯 爵 の 逝 去 と 埋 葬 の 儀 式 の 顛 末 を 繰 り 返 さ な け れ ば な ら な か っ た が ―― に供させて、彼女は愛の信実の聖域に何時間も座っているのだった。ある時は黙りこくって何かに耳を傾け、あ る時は冷たく憂鬱にしんとして、ある時はもっと暖かな感情に浸され、苦悩と涙を降り注いで。時折彼女の感情は奔 騰して言葉となり、その音律美しい唇から死者への哀悼が溢れ出すのだった。   「いとしいあなたの魂が、この遺物 壷 ((( ( が納めている 現 うつし 世 よ のお体のうちで一番尊い部分の周りに漂っていらっしゃる なら、そして、それと気づかれずとも信実の愛の涙を見届けて下さっているなら、あなたの心の妻にお姿をお隠しに ならないで。あなたは目にこそ見えね喜んでおいでだ、という慰めを戴きたい、と切なく焦がれておりますこの妻に、 何か五官で分かる徴をお示しになって、あなたがいらっしゃることを私に感じさせて下さいまし。優しく撫でてくれ る 微 そよかぜ 風 になって、この泣き腫らした目を和やかに煽いで冷やして。それともこの洞窟の大理石の壁沿いに高い天井ま で 穹 ア ー チ 窿 が 谺 こだま する ほ ど厳かに轟轟と吹き上がってちょうだいな。   軽やかな 靄 もや に包まれて私の前をお歩きになって下さい。あなたが雄雄しい足取りでいつものように進んで行かれる のを私の耳が聴き取れるように。それとも、あなたのお姿を見て、私の目がもう一度無上の歓びを味わえるように。   ああ、死の沈黙とお墓の静けさが私の周りに立ち籠めている。そよとの風も吹かない。小さな葉っぱ一枚ざわめか

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 ない。命の息吹、命の気配はこそとも動かない。   天界とこの世の果てしない隔たりがあなたと私を隔てている。あなたの不死の魂が逍遥なさっているのはあのきら めく星の彼方。私のことなどもうお忘れになって。私の嘆きをお聴きにならぬ。私の涙をお数えにならぬ。私の苦し みを優しい愁いを籠めて見下ろすこともなさらぬ。   おお、悲しや。凶運が私たちの固い誓いの盟約を引き裂くとは。移り気なお方、あなた、私をお見捨てなのね。心 浮き浮きと青い気圏に昇って行ってしまわれるのね。惨めなこの私はと申せば、この鈍重な大地に繋がれて、あなた に随いては参れませぬのに。   ああ、私はあの方を失くしてしまった。 永 とこしえ 久 に失くしてしまった。全霊を挙げて愛していたひとを。ご愛情の 炬 たいまつ 火 が永遠の入り口で消えてしまったわけではない、という慰めを何かの徴で与えてやろうと、あの方の魂が下界へお戻 りになるようなことはありはせぬ。   森たちよ、私の嘆きを聴いておくれ。そして、おまえ、岩の子ども、忠実な谺よ、その嘆きを遥かな草原たちとさ らさらとせせらぐ泉たちに伝えておくれ。私が背の君を失くしてしまった、永久に失くしてしまった、と。   癒 いや し難い懊悩よ、この苦しみで一杯の心臓を 齧 かじ っておくれ。私の命を食べ尽くしておくれ。そうしたらお墓が私の 肉体を受け取るでしょう。私の責め苛まれた魂は不朽の住まいであの方にお目に掛かることでしょう。そしてもう愛 してはくださらないあの方を見つけて、永劫の時を悲しみ続けるでしょう」 。   まる 一 ひととせ 歳 というもの、悲嘆に 昏 く れる寡婦は来る日も来る日も記念碑に 詣 もう で続け、その心が生むさまざまの熱狂的な 思いつきに没頭した。彼女は相変わらず、夫の霊魂が愛に惹かされて天上の至福のお膝元を離れ、片時この下界に戻 って来て、何か徴を示し、自分に変わることのない誠実さを保証してくれるのではないか、とのひそやかな希望を育

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んでいた。彼女は毎回死者への哀悼を繰り返し、遺物壷の許で夫を偲んで新たな 涙を流した。こういう飛び抜けた愛の信実のお手本は近隣の人人を感動させた。 ハラーミュントの貞節なユッタの噂が語られる版図に住む 寡 や も め 婦 たちは皆、もう顔 も定かでなくなっていた死の獲物[亡き夫]のことを仕方なくもっとちゃんと思 い起こさざるを得なくなり、そのお蔭で、とっくの昔に忘れ去っていた伴侶のこ とが心楽しく記憶に 甦 よみがえ ったことも少なくなかった。相思相愛の男女でさえこの 霊廟で麗しい盟約を交わし、これによって誓いをより堅固に、より厳粛に結べた、 と思った。そして夥しい 恋 ミ ン ネ ジ ン ガ ー 愛詩人 や ((( ( 多感な乙女たちが美しい月明の宵宵にここに 群れ集い、ハラーミュントのハインリヒ 勇 デア・ヴァッケレ 敢 伯 と貞節なユッタの愛を歌うのだ っ た。 亭 て い て い 亭 と 聳 え る 香 バ ル サ ム 膏 白 や ま な ら し 楊 か ら は 夜 ナ ハ テ ィ ガ ル 鶯 が も ろ と も に 妙 な る 恋 の 訴 え を こ の 嫋 じょうじょう 嫋 とした歌唱に添えたもの。   もっとも詩人や彫刻家の寓意的な頭は、あらかじめよく考えて、希望を何か錨 みたいなもの[希望の拠り所]の上に置き、確固不動は支柱で表現、激しい情熱 には、頬を一杯膨らませた風の神とか荒れ狂う海の激浪を、彼らの具象的な描写 の代表として割り当てるけれども、こうした象徴の選択はしっかりした経験に基 づいてのことらしい。執拗な嵐だってしまいには飽きてしまうし、逆巻く大海原は再び鏡のような水面を取り戻す。 同様に想念の波瀾に富んだ活動も心の中で穏やかになり、息の長かった情熱もくたびれるもの。暗雲は消え失せ、地 平線はまた晴れ上がり、予報は、お日様が照って、からっとする、と告げてくれる。一年経つと、あえかなユッタの

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 哀悼の言葉が記念碑の 玄 ホ ー ル 室 から響いても、それは以前 ほ ど声高でも頻繁でもなくなった。天気が悪かったり、リュウ マチの発作のごく微かな徴候でもあったり、あるいは何か別の差し支えが生じたりすると、日参を休むようになった。 そして、これまでの習慣を回避する口実を思いつけないと、無感動に奥津城に赴くのだったが、これは尼さんが、止 むに止まれぬ気持ちから誓約を果たすというより、それが慣わしだから、てなわけでミサに参加するがごとし。目は 涙を流すのを嫌がり、胸は吐息を洩らすのを拒むようになった。押さえ付けられていた溜め息がまだ外に出ることが あっても、それは以前の情念の弱弱しい残響でしかない。いや、それが知らず知らずの感情の迸りであっても、骨壷 とは何の 所 ゆ か り 縁 もありはせぬ。そこで誠実なユッタは、その溜め息がいったい何を意味したのやら、胸に問うてみて、 顔を赤らめるのだった。そうこうするうち彼女は、哀悼することによって背の君の魂を現世に呼び戻して、婚姻契約 のあの秘密条項を改めて確認しよう、という熱狂的な考えと綺麗さっぱり縁を切った。   つまり善良な伯爵夫人が 己 おの が心と協議してみたところ、若い寡婦にあっては別段異常なことではないが、心変わり をつかまつり、以前その影響下に置かれていた遊星が沈み始め、別の星が地平線高くに昇って来て、その魅力をこれ に及ぼしつつある、ということを発見したわけ。黒い瞳のイルヴィンが、自分ではそれと知らずに、こうした変容を 起こしたのである。本来彼の役割はただ、部屋の扉が開かれると女主人の先払いをし、奥方が裳裾を持たせる時には、 これを捧げて随き従うだけに過ぎなかったのだが、主君が逝去してから、週に何回かは殿に弔辞を捧げるという副業 を も 兼 ね る よ う に な っ た。 、 悲 し み で 一 杯 の ユ ッ タ に 伯 爵 の 最 後 の 数 刻 に つ い て の 物 語 を 繰 り 返 さ ね ば な ら な か っ た が、弁才に長けていたので、彼女は耳を傾けて決して倦まなかった。彼はしょっちゅうこれまで記憶になかった小さ な逸話を思いつき、伯爵がいまはのきわに言ったりしたりしたことをきちんと整えたばかりでなく、魂が伯爵の肉体 か ら 去 る 数 瞬、 彼 が 何 を 考 え た よ う だ っ た か も 付 け 加 え た も の。 小 姓 は、 自 分 が 見 た、 と 主 張 す る 故 人 の 動 作 ・ 身 振

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り の 一 つ 一 つ を 解 釈 説 明、 そ れ か ら 何 か こ う 伯 爵 夫 人 の 耳 に 快 い も の を 引 き 出 す こ と が で き た。 す で に 死 と 生 が 争 っ て い た 時 も ま だ 殿 の ご 念 頭 に は 奥 方 様 の 魅 惑 の お 姿 が 浮 か ん で い ら し た の は、 殿 の 御 おん 眼 め か ら 読 み 取 る こ と が で き ま し た、 と 誓 言 す る こ と も あ れ ば、 幽 魂 が 奥 方 様 の 気 高 い お 苦 し み の 比 類 な い 魅 力 を ご 覧 あ そ ば し、 姿 は 見 え ず と も、 奥 方 様 の 優 美 な お 涙 を 典 雅 な 両 の 頬 か ら 接 く ち づ け 吻 で 取 り 去 る と い う 無 上 の 歓 喜 を お 感 じ に な れ ば よ い、 と 口 に し た り。 ま た あ る 時 は、 ど こ ぞ の 騎 士 が 栄 光 の 道 で 命 を 失 う よ う な こ と が あ り ま し た ら、 か ほ ど 愛 ら し い 御 眼 の 涙 を 注 が れ れ ば 何 と 幸 福 で ご ざ い ま し ょ う、 と 褒 め そ や し、 私、 こ れ ほ ど 貴 重 な お 涙 な ら そ の 一 粒 に 自 身の命を捧げても果報だと存じまする、と高高と言ってのけるのだった。   最 初、 懊 悩 が ま だ 新 た だ っ た う ち、 伯 爵 夫 人 は こ う し た 言 葉 に 大 し て 注 意を払わなかったが、その後は無邪気に楽しむようになり、しまいにはこれらの甘美な科白が何ともお気に召したの で、きちんと身じまいを調え、魅力をいや増しにして讃美者を誘い、故意にそれを引き出そう、との風情になった。 激しく夫を哀惜して容色を損なう苦痛を招き寄せたわけだが、このあらゆる盛りの魅力の破壊者はまことに控えめで、 彼女に対しては悲しい職務を遂行しなかったのである。 窶 やつ れた 双 そうぼう 眸 は頬の 薄 うす 紅 くれない の色合いと微妙に調和し、波打つ胸 の白鳥の輝きは黒い喪服とこよなく見事に対照を成したので、抗い難い魔力が彼女の麗しい容姿をぴったり包んだ。 何せ、その道の 通 つう の判断によれば、佳人は半ば愁いに沈んでいる方が、燦然と光輝に満ちている時より、効果が大で あることがしばしば、とのこと。色好みのイルヴィンのこと、もしこれ ほ ど夥しい魅力を目の当たりにして何も感じ

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 ないまんまだったら、目玉の持ち合わせがない、とか、お小姓なんかじゃない、ってことになる。この坊や、どの花 も自分のために咲いてるんだ、という蝶みたいな考えの持ち主。そうした花が垣を廻らした林苑育ちだろうと、草原 の野の花だろうと、どちらでもお構いなし。極彩色の羽のお蔭で、と彼は考えたもの。ぼくは垣根と壁を越えてひら ひら舞うことが許されてるんだ、と。当然ながら女主人に払っている崇敬の念のために、彼の情熱は心の格子の中に 閉じ込められていはしたが、目と目が合った時の顔の紅潮、仕草一つから彼女の意向を 忖 そんたく 度 しようとする努力、これ らを遂行しようする熱心さ、そして彼女が彼と打ち語らうたびに、いつも何か快いことを言おうとする欲求、これら が、女主人に対するこの並並ならぬ愛着には誓約した義務とは違った動機があることを十二分に暴露していた。そし て伯爵夫人は造作も無く、その属する性には当たり前の解釈学上の識別力を用いて、その秘密を悟った。こうした発 見は一向不愉快ではなかったので、彼女は、決して言葉で説明されることの無いこの沈黙の恋を、無邪気な気晴らし として ―― なぜなら、うら若い寡婦と申すものは雉 鳩 ((( ( の雌のようにしょっちゅう亡くなった連れ合いを偲んでくうく う 嘆 き 悲 し ん で い ら れ は し な い か ら ― ― 続 け よ う と し た。 と こ ろ が、 育 はぐく ま れ た 火 花 は 奥 方 の 胸 に 多 量 の 火 ほ 口 くち を 見 つ け、すぐに燃え上がって明るい炎になった。狡いイルヴィンは女主人の恋心に気づいてひそかに喜び、これまで夢見 ることを禁じていた空想が今や思案の真剣な対象となった。そして小姓らしいあつかましさで、もしかしたらいつの 日か奥方の夫になれるかも知れない、と思った。初めての恋の予感が彼の好色な心の中でこの考えを煽ったので、と ことんまで運試しをしてやれ、と 乾 けんこん 坤 一 いってき 擲 の勝負に出る決心をした次第。   ある時伯爵夫人のお伴をして記念碑に出かけた彼は、いつもは大抵長いこと愛のさまざまな情念について奥方とし んみり語らうのだったが、彼女の目つきや身ごなしから相手がこの哲学的論述をどのように応用しようか、と思い耽 っ て い る の を 察 知、 か ね て 準 備 の 主 題 に 素 早 く 移 行 し た。 「 奥 方 様 」 と 口 を 切 っ て「 人 は こ の 世 に 常 住 の 地 を 持 ち ま

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せぬし、なべてのものにはその時機がございます。このことを私、よくよく思案つかまつりました。それゆえなにと ぞ し か る べ く お 暇 いとま を 賜 り ま す よ う、 切 に お 願 い 申 し 上 げ ま す る。 子 ど も 靴 を 履 き 潰 し[ 大 人 に な り ] ま し た か ら に は、父祖の 先 た め し 例 に倣い、物の具を着け武器を執る潮時が参った、と思われますので。裳裾を捧げて上臈に随き従うの は こ れ か ら は も は や 私 に は 似 合 わ し く な い、 と 存 じ ま す る 」。 「 あ あ、 好 い 子 の イ ル ヴ ィ ン 」 と 伯 爵 夫 人 が 応 え る。 「 ど う し て か よ う に 突 然、 私 に 仕 え る の を 止 め る、 な ど と い う 気 に お な り だ。 私 が そ な た に 従 者 と し て き ち ん と し た 扱いをせなんだかえ。ありとあらゆる寵愛を振りまかなんだかえ。物の分かった女主人が召使に示すのが当然の 贔 ひ い き 屓 ぶりをのう。言ってご覧。何かそなたの気にお障りか。どうして私の許から去りたくなったの」 。        イルヴィン      あれこれ辛うてなりませぬ、      締め付けられる思いです、何やらこの身も存じませぬが、      辛うてならぬは心の苦しみ、      胸がきゅうっと切なくて。      広い世間に出て参らねば、      谷越え野越え一散に。      心が憧れ止まぬのは、      この地ハラーミュントにて      目にし見つけたものだけなのに。

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題   伯爵夫人には好い子のイルヴィンの苦悩がひどく胸にこたえた。もっとも、彼の状態に同情よりも喜びを覚えたの だが。ただもっとはっきりした説明を彼から得たいので、更にこう問い質した。 「どうして気持ちが落ち着かないの。 名誉と騎士の位に焦がれているの。それともこの寡婦相続 領 ((( ( の単調な暮らしに飽き飽きしたの。あるいは青年客気と やらに煽られてか。でなけりゃ当てにならない情熱の火花がそなたの胸に燃え出して、それがそなたを責め苛んでい るのかな。さあ、正直に言っておしまい。心の中に吹き荒ぶのはどんな嵐なのかをね」 。         こちら      思 おぼ し召しなら、そういたしましょう。      締め付けているのはこのお仕着せ。      従者としてのご奉仕はもうたっぷりといたしました。      憧れ止まぬは 主 あるじ の権限。      薔薇が花咲き、またかしこには      高貴な葡萄が実ろうとも、      何の役にも立ちませぬ。      見ているだけで手に取れぬなら、      楽しんでいると申せましょうか。

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  伯爵夫人はこうした言葉の意味を完全に理解したし、イルヴィンが胸中にどんな望み、願いを育んでいるか、はっ き り 悟 っ た。 小 姓 は こ れ を い か に も 美 ガ ニ ュ メ ー デ ス 少 年 ら ((( ( し い 気 質 か ら こ れ 以 上 あ か ら さ ま に 女 主 人 に 打 ち 明 け る の を 憚 っ た の だ。彼女は、礼節の掟に踏み込むことなく、その願望を続けさせたい、と思ったので、しぐさには後者を伝えること を、口には前者を実現することを委託した。いくらか恥らう風情で目を伏せ、蝶結びの 布 リ ボ ン 紐 を引っ張って整え、優し く 顔 を 赤 ら め て こ う 言 っ た。 「 薔 薇 は 花 咲 き、 葡 萄 は 熟 し ま す。 い ず こ の 胸 が そ れ で 身 を 飾 り た が っ て い る か、 い ず この口がこれを欲しがっているか、かけかまいなくね。その香りで爽やかな気持ちになり、それを見て愁いを忘れる だ け で そ な た に は 充 分。 物 の 分 か っ た 人 な ら 眺 め て 愉 し み、 う っ と り と し て 通 り 過 ぎ る も の。 物 の 分 か ら ぬ 輩 やから が、 届 き も し な い 葡 萄 の 房 を 取 ろ う と 手 を 伸 ば し た り、 薔 薇 を 手 た お 折 ろ う と し て 棘 とげ に 刺 さ れ た り す る の で す よ 」。 性 せ っ か ち 急 な イ ルヴィンにしてみれば、美貌の寡婦の口から出たこうした寓意的なお説教は、彼女が作ったしなの 情 パトグノミッシュ 念学的 表 ((( ( 現に比 べ、どうも期待が持てないものだった。あつかましい小姓は黙り込み、嘆息し、憂わしげに目を地面に落とした。奥 方は大層おもしろがってこの 身 パ ン ト マ イ ム 振り狂言 の真似をした。けれどそれからものの数日と経たぬうちこの 郷 ユンカー 士 は ((( ( 堂堂と物 の具に身を固めた。伯爵夫人が彼を武装させてやったのである。そして 物 ぶ っ こ 故 した主君の愛馬にひらりとまたがり、意 気揚揚と初めての武者修行に出で立った。   この不在、イルヴィンの恋にとって不利なわけではなく、むしろ有益だった。間もなく伯爵夫人は物寂しい寡婦相 続領での暮らしが退屈になった。哀悼を捧げる際、そこに同情して立ち会ってくれる人間がもはやいなくなったから である。彼女の苦しみはもう 糧 かて を見つけられなくなり、全く別のさまざまな考えが心を占領。かつてあんなに固く絡 み合った愛の結び目を解こうか、と真剣に思案し始めた。そして象徴的な意味合いを重視していたから、それが実行 可能かどうか、楽しい暇潰しとして試してみよう、と思いついた。独りぼっちの時、彼女は胸に下げている心臓型の

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 黄金細工を開き、中にしまっておいた愛の信実の証を取り出し、長いことじっくり眺め、隠れた 縺 もつ れの脈絡を探り出 すと、紐をゆったりと ほ ぐして行った。彼女の器用な指はとても熱心に働いたので、外側の紐を緩めるのには本当に 成功。しかし中の芯となると、これはもうなんと工夫しようが骨を折ろうが全然受け付けない。とうとう根気が尽き てしまうと、仕事を仕上げずじまいにするは何としても厭だったので、よく切れる鋏を助太刀に頼んだ。これはアレ クサンドロス大王の剣が ゴ ルディオスの結び目を解くのに役立っ た ((( ( のと同じ奉仕をしてくれ、固く絡み合っていた愛 の結び目も解き得ることについてはもはや議論の余地は無かった。   善良な伯爵夫人の見解では、これで今やすぐにでも新たに結び目を作り、黄金の護符の中にしまいこむ権利をちゃ んと授かったわけ。なにしろ最初のがもう無いんだから。しかし、さて仕事に取り掛かろうか、というよりによって 一番まずい時に人騒がせな疑念が胸に 萌 きざ した。愛の結び目は、と彼女はひとりごちた。なにしろもともとこの世での 結び付きの象徴に過ぎないし、こうした絆は簡単に ほ どける。鋏が真似たことを死神がすでに大鎌でやったのだから。 でもあの世のことで立てた誓いについては多分事情が同じじゃない。心が二つに分かれていてどうして私、永劫の時 間を持ち堪えることができましょう。どっちも、全部に権利がある、と思っている二人の持ち主にしょっちゅうやい のやいのと責め立てられて、と。困り切った彼女は何日も不機嫌で憂鬱になった。そしてこうした良心の問題ではど うしたらよいか見当が付かなかったので、天上のことについては自分より詳しい知識がある、と信じている、さる尊 敬すべき 御 ご 仁 じん に心配ごとを持ちかけよう、と決心した。   エルダクゼンの修道院長は敬虔で深い学識があるとの評判だった。彼は精神界に関するどんなに先鋭な質問でもス コラ哲 学 ((( ( 派の叡智で解答することができた。だってね、縫い針の先より 尖 とん がってるものなんてありゃしないでしょう。 でもこの 熾 セ ラ ピ ム 天使 の ((( ( ようなお坊様は、どれ ほ どの数の天使がこの休み場に座れる か ((( ( 、講義できたんだ。だから天国にお

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ける婚姻の諸権利に関する情報だって、どうして提供できな いわけがあろうか。伯爵夫人は馬車の用意をさせ、不安に胸 を 轟 か せ な が ら 賢 い 修 道 院 長 の 許 に 赴 い た。 「 尊 師 様 」 と 彼 女 は 言 っ た。 「 妙 な 気 懸 か り が ご ざ い ま し て、 あ な た 様 の と ころに参りましたの。私にご助言とお教えを戴けますよう、 あ り て い に お 話 し 申 し 上 げ と う 存 じ ま す 」。 エ ル ダ ク ゼ ン の 修道院長は物事を哲学的に根掘り葉掘り 穿 せんさく 鑿 するにも関わら ず、美しい性[女性]はお嫌いではない。そこで心に懸かる よしなしごとを抱えて自分を頼って来るご婦人方に 慰 い 藉 しゃ を与 え る の は 大 の お 好 き。 と り わ け お 相 手 が 若 く て 綺 麗 な ら ね。 「 何 に 心 騒 が せ て お ら れ る な。 淑 徳 高 い 奥 方 様 」 と 彼 は 訊ねた。 「そなたのひそかな悩みを仰せられい。さすれば、神の下したもう慰めでお元気にさせてあげられるでな」 。 こ ち ら は 応 え る。 「 愛 が 私 に 無 理 強 い い た し ま し た 軽 は ず み な 誓 い に 苦 し め ら れ て お り ま す る。 私、 奥 津 城 の 彼 方 で も夫との婚姻の絆を新たにする、そしてそれを永遠に是認する、と約束いたしました。けれども人生の春の盛りの若 い 女 おな 子 ご は己が心を思うがままにしてもよろしいのでは。私、寡婦として青春を寂しく哀悼して過ごすべきでございま しょうか。叶えられるかどうか分かりもせぬ希望を待ち焦がれて。お教え下さいまし、尊師様、愛し合う者たちはい つの日にか再び愛の中で巡り会うのでございましょうか。それとも、この世で結ばれた約束事は全てあの世の暮らし で は 帳 消 し に な る の で し ょ う か 」。 「 も と よ り、 も と よ り 」 と で っ ぷ り 肥 え た 修 道 院 長。 「 な べ て こ の 世 の 盟 約 は エ デ ンの園では無効ですて。そりゃ分かり切ったことじゃ。それについてまだご疑念がおありかの。ご存じないのか、奥

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愛の信実──あるいはマルブルー風お伽話 ヨーハン・カール・アウグスト・ムゼーウス 著 鈴木滿訳・注・解題 方様。天界では求婚するもされるも無いのだて。至福の懐の中でどうして結婚など行われよう。結婚ちゅうのは悲哀 ですからな。だって ほ れ、この上なく幸せな結婚だって経験の証明するところによれば気まずい 一 いっとき 刻 があります。だ がの、 夫 め お と 婦 のいがみあいとか膨れっ面なんぞが平穏の住まう場所に似つかわしかろうか。あなた様がたの絆は死によ って引き裂かれた。あなた様は空の小鳥のように、あるいは、猟師の網から逃れた森の鹿のように、晴れて自由の身 でござる。したが、無思慮な誓約のために良心を苦しめておいでなら、それにも良いことを教えて進ぜましょう。聖 なる教会はあなた様をそれから解放する力を与えられておりまする。わしのこの貧しい修道院にご寄進賜れ。さすれ ばわしは司教様からあなた様に特免 状 ((( ( が出るようにご周旋つかまつろう。この世でもあの世でも罪を蒙ることなく、 必要な限り新たな契りを交わすことができる特免状をな」 。   かくして良心的なユッタは望み通り、亡くなった旦那様と結んだ例の結婚協定は 儚 はか ない妄想以外の何物でもない、 と教えられた。この世のものではなくなった愛についての彼女の学説は全く変容。軽率な誓いだったのだ、と考えて ほ っと気が休まり、修道院長との約束をきちんと履行、彼の貧しい修道院に寄進し、それから院長に案内されて豪奢 に銀器を並べた食卓に就いた。思いも掛けず鎖を外され、ひりひりするような自由を再び満喫している解放奴隷のよ うに、心浮き浮き晴れ晴れと。彼女の心願はただもうこれに尽きる。男前のイルヴィンが早く武者修行から戻って来 ればいいな、そしたらあのひとと愛の契りを交わしましょう。でも現世の境を越えてまでじゃない。また何かが起こ っても特免状が必要にならないようにね、うんぬん。輝かしい騎士の帰還は余りにも手間取り、募る憧れは恋の炎に ますます油を注いだ。   恋愛学校で是非が争われている難問の一つは、最初の恋と二番目の恋のどっちが強く力があるか、である。この問 題、決着を付けるのがまことに難しい。しかし、恋路の感覚を先刻ご承知のうら若い性急な寡婦となると、二番目の

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選択の方が愛の魔術的修練 期 ((( ( にあった最初の場合より常により激しくかっかと惚れ込むというのが妥当な経験則であ る。優しいユッタは情念を ほ ど ほ どに抑えることができなかったので、昔礼節の掟が女性に課した、淑徳と控えめな はにかみの慎ましやかな見せ掛けさえためらうことなくかなぐり捨てた。   「ああ、イルヴィン、私の目の慰めよ」と彼女は声高くあからさまに嘆息した。 「ああ、イルヴィン、こよなくいと しいひと。ああ、イルヴィン、渇きを癒すひと。なんとまあいつまでも戦の庭にぐずぐずしているの。葡萄はそなた のために熟し、薔薇はそなたのために花咲き、賞味しておくれ、と匂いを放っているのに。わたしの胸の周りで優し く戯れている 微 そよかぜ 風 さん、急いで私の騎士を追いかけて、私の愛の香をあのひとの鎧った胸に吹き込んでおくれ。あの ひとが闘いを忘れ、征服を求めて、愛の信実をかちえるようにね」 。   微風が親切にこの 音 おとずれ 信 を伝えてくれたのか、それとも若い騎士が自分なりの理由で帰途に就いたのか、そんなこと はどうでもいいよね。とにかくイルヴィン騎士は不意に帰参。あの大舞踏会このかた居城から追っ払われていたおお っ ぴ ら な 歓 喜 が 彼 と 一 緒 に ハ ラ ー ミ ュ ン ト へ ま た 立 ち 戻 っ た。 伯 爵 夫 人 は 喪 服 を 脱 ぎ、 こ の 立 派 な 騎 士 を 以 前 の 僕 しもべ としてでなく一人の貴人として出迎え、表敬のため盛大な饗宴を開き、 ほ んのちょっと前にはイルヴィン自身が奥方 に勧めた酒杯を彼に献じさせた。近隣から招かれた頭の良いご婦人方はこれについてなにくれとなく囁いたし、 炯 けい 眼 がん な人人は ―― 事がおのずと明らかになると、いつでもとうに分かっていた、と主張するものだが ―― 伯爵夫人とこの 優雅な騎士の間には色恋沙汰が始まったのであって、間もなく結婚式が挙げられて、それを実証するだろう、と推量 した。確かにこの人たち、 ほ んのちょっと前だったら、貞節なユッタが再縁しない、と百対一で賭けただろう。だが、 今となっては、そういう賭けをやってみようという者が見つかったら、喜んで逆の賭けを挑んだろう。周囲の四つの 伯爵領の住人はハラーミュントの伯爵夫人再婚の可能性と現実性に関する説を形而上学的思慮深さをもって討論した

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