-56-川
端
康
成
の
文
長
短
数
川端康成は'現代日本の作家中'最も美しい文章を書-と 一般に思われている作家である。私も、その文章が好きであ り'かねてその特色を'少しでも科学的に調べてみたいと考 えていたのであるが'ここに'波多野完治氏の文章心理学の 助けを借りてささやかな調査を試みた報告が、この小文であ る 。 資料としは、﹃川端康成全集第六巻﹄(新潮社販)を用いる こととした。(同巻には'「掌の小説」百第が収められている。) 調査の方法は' ①「第六巻」全部で四百頁あるが、各頁一文の割合で抽出 する。文章は、各貢最後の完全なる文章とする。会話文、 引用文、又はそれの入るものは省-。 ⑧短篇百篇なので'最後が普通の貢の終りの行まで来てい ない所は全部頁数に入れない。会話文のみからなる頁も 除外する。そこから調査の対象になる文章は、小説の他 の文三百個となった。 ⑨三百個の文章について、書き出しから「こまで,「,」 中 根 千 賀 子 から「,」あるいは「。」までの字数を附記する。 ④三百個文の字数を合計し'その平均を算出する。 ⑤三百個の文章の同字数同士、同項にまとめ統計する。そ れを、「○-四」「五-九」山「十-十四」の様に五字ごと に切ってその頻度数を計算する。 ⑥度数分布表をもとにしてへ文長標準偏差を算出する。 ⑦「掌の小説」五第について以上①∼⑤までを統計算出 Lt標準偏差の代りに、各々の文長プロフィルを作る。 という方法をとった。さて、その結果'私が知り得たことは, 次のようなことである。 側、三百文の平均字数は二八・五字である。これによって 彼の文章の長さの平均がわかった。二八・五字は波多野 完治氏が調べられた現代小説の平均字数三四・五字同氏 著(﹃現代文章心理学﹄参照)に-らべて'いちじるし く短い事がわかる。また'彼の文章はあまり皮はずれし た長さの文は少ない。最もよ-使用される文長は十五字 ないし二十字台なのであって'字数の度数表を掲げると,-57-次のようになる。 7 1 3 1 1 5 5 6 8 7 3 8 7 8 4 5 3 7 5 2 3 4 5 6 7 8 9 0 2 2 2 2 2 2 2 2 3 2 3 4 3 3 3 5 6 3 3 7 8 3 3 3 6 3 2 3 3 1 3 4 l 1 3 1 1 2 1 9 0 3 4 1 2 3 4 4 4 4 5 6 7 8 4 4 4 4 4 9 0 1 2 3 4 5 4 5 5 5 5 5 5 3 3 2 1 1 1 1 1 1 。無論そのつもりだと直治はいきまいている。(十九字) 。相手は私に見せた小説のなかの娘であった。(十九字) 。下の兄の言うことはほんとうだったのだろうか。(二十 一 字 ) これらの文で、まず気のつ-事は句読点のない一続きの文 章だということである。修飾語的な表現が少なく、それは, o O o o o o o o 「弟の直次」とか「大分--離れていた」とか「私に見せ 0 0 0 0 0 0 0 た小説の中の娘」というように、具体的な言葉であって、 抽象的な概念を示す様なものは'右の例においては皆無で 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ある。また、「私に見せた小説の中の娘」の如き、普通二 文の内容を'修飾語利用により一文にまとめている。 ㈲'文長指数は八三(八二・六)である。それは、文長平 均同士の比較をより明白にする為に、 〓 J q , J ' ) ( ' [ ・ : ) . 3 . : i L J ) ・ H , . ・ ] : ・ ] : ・ , : ・ ︰ . ' ・ . . : 6 7 5 5 8 9 0 5 5 6 6 2 6 3 6 4 6 5 ⋮ 甲 ・ ・ ・ ・ ・ 5 7 -7 8 -8 1 3 i . . 5 × -0 0 この表示によってわかるどとく、 二十字前後の文章が、川 瑞の息に最もよ-合う文章といえるようである。その字数の 文を'﹃滝﹄から引用してみよう。 。弟の直治は二人の兄と大分年が離れている。(十九字) という式によって算出されるものであるが'川端康成の文責 指数を、他の作家と比較するとどういうことになるであろう か。いまう ﹃現代文章心理学﹄百六十三頁第二表に示されて いる諸作家と対比してみると'次のような結果が現われる。 次渇の表から、まずわれわれの注意をひ-ことは、川端康 成と芥川龍之介との共通点が非常に多いということである。 二人は、平均字数を同じ-し'他の誰よりも短い文章を書い ている。ただ、龍之介は、他の作家よりも目立って標準偏差 が低いのに対して、康成は、短文にもかかわらず、相当の変
康 成175.1 37. 5 71.4 49. 5 67. 8 70. 6 龍之介 春 夫 潤一郎 墜」亘 鴎 外 -58-化を示している。 ㈲'標準偏差は二l・四〇 変化係数は七五・一で ある。どんな風に長い 文章と'短い文章を交 ぜて行-か。この点に .作家の苦心と秘密が横 たわっているとも言え よう、その変化の幅を 知るのが標準偏差であ る。変化係数は、 v I 帥 × 1 . . か ら 求 め られる。Mは作家の平 均字数、Gは標準偏差 を示す。そこで変化係 数により各作家が'自 分なりにどの程度の文 章変化をおこなってい るかを知る事が出来る。 康成と他の作家達のそ れ ( ﹃ 現 代 文 章 心 理 学 ﹄ 参照)を比較して見よ う。 文 康成は誰よりも多 -変化ある文章で小 説をつづつているこ とがわかるのである。 個、文長序数は二四 字である。現代小 説の平均は二七字 である。彼の文章 は二四字を中心に 長短同数ずつ存在 する。これは余り 意味をなさない数 字だと私は思う。 しかし、この数字 も、彼の文章が最 も短い事をはっき りと示しているo 田、「掌の小説」の うち∵五第の作品
-59-について'前頁のどとき統計を取ってみた。なお、各篇 の字数分布表も作成してみたのであるが、その表示はこ こには略すこととして、康成の文長指数は年代によるは っきりとした変化は認められないといい得るようである。 三島由紀夫氏は'川端康成について述べたなかで、 「川端さんが名文家であることは正に世評のとおりだが、 川賭さんがついに文体を持たぬ小説家であるというのは' 私の意見である。なぜなら小説家における文体とは、世 界解釈の意志であり、鍵なのである。混沌と不安に対処 して'世界を整理し、区劃し'せまい造形の枠内へ持ち 込んで来るためには'作家の道具とては文体しかない。