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は じ め に 本歌取-は'いうまでもなく古歌の一句もんくは数句を取-用 いることによって'一首の歌の内容を複雑化せんとする修辞法で' ﹃新古今集﹄時代にもっとも盛んに行なわれたといわれている。藤 原定家は本歌取-の先駆的役割をつとめたと見られるが'彼が晩年 に撰んだ﹃新勅撰集﹄にも'- その影響下にあった人々の歌が多 -集 め ら れ て い る か ら ! 本 歌 取 り の 歌 が か な -収 め ら れ て い る . 以下この小論において'﹃新勅撰集﹄の本歌取-を調査することに よ-'それが'﹃新古今集﹄と﹃新勅撰集﹄との歌風の違いとどの ように関っているかを述べてみたいと思う。 といわれる﹃新古今集﹄ですら'約十三・六パーセント (小島吉雄 博士著﹃新古今和歌集の研究﹄) にとどまっていることを想起する とき'・﹃新勅撰集﹄における比率は注目に値しよう。 まず'﹃新勅撰集﹄に見える本歌取-の歌の内訳について述べて みよう。 i山 Lr L ﹃新勅撰集﹄には本歌取-の歌が百七十五首ほどある。総歌数 (岩波文庫本に従えば'千三百七十四首) に対する百分比を求めて みると'約十二・七パーセントとなる。本歌取-の歌が非常に多い L m リ ノ . 1 ^ '- 25 -本歌取-の歌の教よ-も本歌の数の方が少ないのは'同じ歌を本 歌に取っている場合があるからであ-'また'本歌取りの歌の中に は、二首を取-合せて詠んだものもあるので'総数はこの表におけ る総計ま-も減少する。 次に'誰の歌が多-本歌に取られているかというと'次のとおり である。 読人しらず六十一首'在原業平十首(うち一首二回本歌)'紀 貫之八首'壬生忠琴六首(うち一首三回本歌)'素姓法師六首 (うち一首二回本歌)'小野小町四首(うち二首各二回本歌)' 伊勢四首(うち一首二軌本歌)'僧正遍昭三首(うち二首各二 回本歌)'凡河内窮恒・曽爾好忠各三首'和泉式部二首(うち 一首三回本歌)'柿本人麿・大伴家持・菅原道真・源宗千・紀 友則各二首(以下省略) さらに'いかなる歌が二回以上本歌になっているかを調べてみる と'左のごと-である。(括弧内の数字は'﹃新勅撰集﹄における 本歌取-の回数を示す) (≡) あ-あげのつれな-みえし別れよ-あかつきばか-うき 物はなし(﹃古今集﹄ 壬生思考) (≡)むばたまのやみのうつつはきだかなる夢にい-らもまさ らざ-け-(﹃古今集﹄ 読人しらず) (≡)世の中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふ はせになる (﹃古今集﹄ 読人しらず) (≡)もろともに苔の下には朽ちずしてうづもれぬ名をみるぞ かなしき(﹃金葉集﹄ 和泉式部) (二)朝なさな草の上白-置-露の消なば共にといひし君はも (﹃万葉集﹄ 作者未詳) (二)白たへの袖の別れは惜しけども思ひ乱れてゆるしつるか ち(﹃万葉集﹄ 作者未詳) (二)花の色はうつ-にけりないたづらにわが身世にふるなが めせしまに (﹃古今集﹄ 小野小町) (二) かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをた まのをにせん(﹃古今集﹄ 読人しらず) (二)今こんといひしばか-に長月のあ-あげの月をまちいで つる哉(﹃古今集﹄ 素性法師) (二) いろみえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞあり ける (﹃古今集﹄小野小町) (二)あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世を ばうらみじ(﹃古今集﹄ 藤原直子) (二)あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしば しとどめん(﹃古今集﹄ 僧正遍昭) (二) おはかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいと なるもの (﹃古今集﹄ 在原業平) (二) たがみそぎゆふつけどりか唐衣たったのやまにを-はへ てな-(﹃古今集﹄ 読人しらず) (二)きみをおきてあだし心をわがもたばすゑのまつ山浪もこ えなん(﹃古今集﹄ 東歌)
' ltr L_ LP I -26 -\ (二)おもひがはたえずながるるみづのあわのうたかたひとに あはできえめや(﹃後撰集﹄ 伊勢) (二)唐錦枝にひとむらのこれるは秋のかたみをたたぬなりけ り(﹃拾遺集﹄ 僧正遍昭) (二)忘るなよほどは雲居にな-ぬとも空行-月のめぐりあふ ま で ( ﹃ 拾 遺 集 ﹄ 橘 忠 帝 ) (二)むねはふじ袖は清見が関なれや煩も波もたたぬ日ぞなき ( ﹃ 詞 花 集 ﹄ 平 祐 挙 ) 2 右の本歌取-の調査表を'﹃新古今集﹄のそれと比較してみるこ とにしよう。 小島吉雄博士の御調査に従えば'﹃新古今集﹄において頻繁に本 歌に取られているのは'(括弧内の数字は本歌取-抄回数である) (十)五月待つ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の番ぞする (﹃古今集﹄ 読人しらず) (七)月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの 身にして(﹃古今集﹄ 在原業平) (六)さむしろに衣かたしき今宵もや我をまつらむ宇治の橋姫 (﹃古今集﹄ 読人しらず) (五)忘るなよほどは雲居にな-ぬとも空行-月のめぐりあふ ま で (四)今こんといひしばか-に長月のあ-あけの月をまちいで つる哉 (≡)木の間よ-ち--る月の影見れば心づ-しの秋は釆にけ り(﹃古今集﹄ 読人しらず) (≡)世の中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふ はせになる (三)きみをおきてあだし心をわがもたばすゑのまつ山浪もこ えなん (三)わが庵は三輪の山もと恋し-はとぶらひ釆ませ杉立てる 門(﹃古今集﹄ 読人しらず) というのであるが'﹃新勅撰集﹄ には、「五月まつ」'「さむしろ に」,「木の間より」'「わが庵は」の歌を本歌とするものが一首も 見当らず'「月やあらぬ」の歌が一回'「忘るなよ」'「今こんと」、 「きみをおきて」の歌が二回本歌に取られているに過ぎない。 また'「新古今歌人は'在原業平の歌が一番好きであったという ことが出来る」と説かれているように、新勅撰歌人も'業平の歌に もっとも親英しているが'本歌になっている業平の歌を検討してみ ると、「月やあらぬ」の歌のごとき「綿々たる懐旧の情に溢れた感傷 的な'そしてさまざまな連想を誘起せしむべき歌」もあるけれども' ちはやぶる神世もきかずたったがはから紅に水く-るとは(﹃古 今 集 ﹄ ) という歌のような智巧的な歌が多数を占めている。 次に'新古今歌人は'業平についでは'柿本人麿の歌を愛好して いるが. '新勅撰歌人は'時代の新しい紀貫之の歌を時代の古い在原 業平に匹敵するほど好んでいたことがいえる。貫之の特質はもとよ
-27 -り主知的な歌風にある。しかも'彼の歌を好んで取っているのはほ とんど当代の作者である。 さらに'新勅撰歌人は'﹃古今集﹄の誹讃歌をも本歌にしている。 誹讃歌は表現のおかしみ'内容の滑稽を主眼とするものだから'い うまでもなく機智的な歌である。これらは本歌の有する情趣よ-も'むしろ修辞的興味に引かれて利用されたものであって'このよ うな取-方は'新古今歌人にあま-見られないところであった。 これについで注意を惹-のは'﹃新勅撰集﹄における物語からの 本歌取-の歌が'﹃新古今集﹄に比して'はるかに少ないというこ とである。そのうえ'物語の歌にもとづ-作品ですら'たとえば' う し と お も ふ も の か ら ぬ る る そ で の う ら ひ だ -み ぎ に も な み や たつらん(藤原道家) のように'﹃源氏物語﹄須磨の巻の' I うしとのみひとへに吻は思はえでひだ-みぎにもぬるる袖かな に拠りながらt I本歌そのものも機智的要素を多分に含んでいる が - 智巧的な歌になっているがごと-である. こう見てくると'一般的に新勅撰歌人は'本歌取-にあたって' 物語的情趣の漂う「詠嘆的な感傷歌」を志向していなかったのだと いうことができよう。これは'﹃新勅撰集﹄の歌風を特色づける要 素として重要な意味を持つものと思われる。 3 では、本歌取-の歌が﹃新勅撰集﹄の歌風形成にいかに影響を及 ぼしているかについて考察してみたいと思う。 ﹃新勅撰集﹄の夏の部には橘を素材にした歌が四首収められてい るけれども' 五月まつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖の番ぞする からの本歌取りの歌はない。ところが'﹃新古今集﹄においては' 橘を主題とする歌の九首までがこの歌を本歌にしているのである。 したがって'﹃新古今集﹄ゐ橘の歌のほとんどが「感傷的物語的情 趣歌」となっている。﹃新勅撰集﹄の橘の歌が感傷的要素に乏し く,物語的情趣に欠けているのは'「五月まつ」の歌が一首の背景 になっていないことに帰せられよう。(﹃新勅撰集﹄における橘の 歌の特色は,﹃樟蔭国文学﹄第九号所載拙稿「新勅撰集四季部の題 について」に記しておいた。)かように'同一の素材を取-上げた 場合でも'作者がいかなる歌にもとづいて発想しているかによっ て'一首の風趣はすっか-異なったものになってしまうのである。 今度は、梅の歌に視点を移すことにしよう。 ﹃ 新 古 今 集 ﹄ に は 、 月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にし て というのを本歌もし-は背景とした歌が七首ほど見えるが、このう ちの四首までが月下の梅香を詠じた感傷的な歌である。かような梅 の歌は﹃新古今集﹄以前の勅撰集には存在しない。これがこの集の 歌風の特殊性や示すものであることは'小島吉雄博士が﹃新古今和 歌集の研究続篇﹄において詳細に述べておられるところである。
- 28 -一方'﹃新勅撰集﹄から月光に梅香を配した歌を数え出してみる と、すべて六首ある。そのうち本歌取-の歌は二首あって' むめがかも身にしむころはむかしにて人こそあらねはるの夜の つ き ( 藤 原 俊 成 ) Fむめがかもあまざる月にまがへつつそれとも見えずかすむころ かな (藤原道家) 前者は「月やあらぬ」の歌を'後者は﹃古今集﹄の読人しらずの 歌 ' 梅の花それとも見えず久方のあまざる雪のなべてふれれば を本にしている。 俊成の作は'業平の歌を本歌としているだけに懐旧的情緒は帯び ているが'﹃新古今集﹄の梅の歌に見出されるごとき幻想的で物語 的情趣の漂う妖艶美の風体には遠い。また'道家のは'古雅な歌を 本歌としながら智巧的な作品となっており'よ-整正の美を保って いるが、情緒的潤いには乏しい。 もっとも'﹃新勅撰集﹄にも' あ-あげの月はなみだに-もれども見し世に似たるむめのかぞ する (下野) のごとき'月下の梅の香気に対して懐旧の涙に潤う心情を吐露した あわれ深い作品もあるが'これとても小説的連想を伴なうとまでは いかないのである。 このように'﹃新古今集﹄の梅香の歌と﹃新勅撰集﹄のそれとの 間には表現内容の点においてすこぶる選庭があり'それは'いかな る歌を本歌に取るか'ないしはいかに取り用いるかに係っているよ うに思われる。 以上の考察を通じていえることは'新古今歌人に絶対的な人気の あった「五月まつ」'「月やあらぬ」ゐような歌に'新勅撰歌人は もはや興味を寄せなくなっていたということである。 4 なお'述べておきたいことは'藤原定家が橘や梅を主題にしてど のような歌を詠じているかということである。﹃拾遺愚草﹄には橘 の歌が二十四首ほどある。石田吉貞博士の区分(﹃藤原定家の研究﹄) に従えば'治承二年から建久七年に至る青荘年期の橘の歌は'鋭い 才智の閃きを見せながらも'がいして﹃古今集﹄以来の趣向を出て おらず'感傷的要素に乏しいのが多い。新吉今期(廷久八年∼元久 元年) において'すなわち'建久九年の夏に詠進した仁和寺宮五十 首をへて、正治二年院初度百首に至-、ここにはじめて「時間連続 的事象を詠みこんだ」橘の歌が作-出されたのである。このような 歌 の 中 に ' たが袖をはなたちばなにゆづ-けむ宿はい-よと音信もせで ( 正 治 百 首 ) があるが'これは「五月まつ」の歌のほかに'同じ-﹃古今集﹄の 読人しらずの、 あれにけりあはれい-よの宿なれや住みけむ人のおとづれもせ ぬ
- 29 -の歌をも本歌としてお-'人生詠嘆的な感傷性の勝った歌になって いる。 ところが、ようや-歌風に変化を示しはじめた建保期(廷永元年 ∼承久三年)に入ると、橘を詠じた作品は'新吉今期のそれとは異 なる様相を示すようになる。この期においても、橘の歌は「五月ま つ」の歌にもとづいて詠まれているものの、一首の焦点が智巧的表 現美に置かれ'そのために感傷的要素はどちらかといえば乏し-な っているような歌が大半を占めている。このような傾向は晩年に至 るまでも変わっていない。関白左大臣家百首(貞永元年四月)の' 袖の香の花にやどかれほととぎす今もこひしき昔とおもはば に見られるがごと-である。 では'梅の歌はどうかといえば'六十首ほどの作のうち、新古今 歌風の中枢をなす月下の梅香を詠じた歌は八首(重奉和早卒百首・ 仁和寺宮五十首各一首'院初度百首二首'千五百番歌合・内大臣家 百首・百番歌合・権大納言家三十首各一首)ある。ところがへ 「月 やあらぬ」の歌が背景になっているのは' 梅の花にはひをうつす袖の上にのきもる月のかげぞあらそふ (﹃新古今集﹄ 正治百首) われぞあらぬ驚きそふ花の香は今もむかしのはるのあけぼの ( 楚 暦 二 年 院 二 十 首 ) の二首しかない。「複雑な小説的情趣が一首のうちに盛られて」い る前者に対し'後者は理智的技巧が浮き上っていて'感傷的な情趣 にはやや遠い観がある。つま-'月前の梅の匂いによって懐旧の心 が誘発され涙垂るの趣向は'「梅の花にはひをうつす」の歌にのみ 見出せるもので'残余の梅の歌はすべて「われぞあらぬ」のよノぅな 発想に赴いていーる。要するに'定家の梅の歌は新吉今期のそれを除 いて'橘の詠同様'感傷的要素をほとんど包含していないといえる のである。 5 上述のごとも 新勅撰歌人は「五月まつ」'「月やあらぬ」の歌 に対して冷淡であったが'定家もたいして愛好していなかったらし いことは'これらを本歌に取ることが比較的少ないことによって知 ることができよう。彼が好んで本歌にしている歌は' みちのくのしのぶもぢず-たれゆゑに乱れむと思ふわれならな くに (﹃古今集﹄ 源融) 花の色はうつ-にけ-ないたづらにわが身世にふるながめせし ま に のような智巧美の歌であを.また'新勅撰歌人が多-取っている 「あ-あげの」'「今こんと」七ども同傾向の歌である。これらの 歌は﹃近代秀歌﹄ (自筆本)や﹃秀歌体大略﹄などにも掲げられて い る か ら ' 定 家 の 愛 唱 す る と こ ろ で あ っ た ろ う と 思 わ れ る 。 か -て'定家の好みは智巧的な構成歌にあって'感傷的な行情歌になか ったらしいということになる。それは彼の理智的な資性から来てい るのであろう。そういう好尚にまかせて'彼は﹃新勅撰集﹄に'ど ちらかといえば感傷的要素に乏しい歌を本歌にしている作品を採録
ryIL¶ 叩 - 30 -したと考えられる。それもこの集の歌風を﹃新古今集﹄と大いに異 ならしめている要素の一つに数えることができるであろう。 本 歌 取 -一 覧 万 葉 集 白波の浜松が枝の手向ぐさ幾代までにか年の経ぬらむ(川島皇子) みくまののうらわのまつのたむけぐさい-よかけきぬなみのし らゆふ (七条院大納言) 采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹-(志貴皇子) あすかがはかはせのきりもはれやらでいたづらにふ-秋のゆふ かぜ (英昭法師) を漕ぎ (﹃新古今集﹄) 天ざかる夷の長道ゆ恋ひ来れば明石の門よ-大和島見ゆ (柿本人 磨 ) ゆふなぎにあかしのとよ-見わたせばやまとしまねをいづる月 か げ ( 内 大 臣 ) わ が や ど り せ ん ( ﹃ 新 勅 撰 集 ﹄ ) く ら し っ ( 同 ) 読 人 し ら ず 何処にかわれは宿らむ高島の勝野の原にこの日暮れなば(高市黒 ( 同 ) 人 ) -ればまたわがやどりかはたび人のからののはらのはぎのした つゆ (前内大臣) 阿部の島鵜の住む礎に寄する波間な-このころ大和し思ほゆ(山部 赤 人 ) いはのうへになみこすあべのしまつど-うきなにぬれてこひっ つぞふる(正三位家隆) 隠口の泊瀬切山の山のまにいきよふ雲は妹にかもあらむ(柿本人 磨 ) あきといへばものをぞおもふやまのはにいさよふくものゆふぐ れのそら(式子内親王) -淡 路 島 松 帆 の 浦 の 朝 な ぎ に 玉 藻 刈 り つ つ 夕 な ぎ に 藻 塩やきつつ--(笠金村) こぬひとをまつほのうらのゆふなぎにや-やもしほの身もこが れつつ (権中納言定家) 山の端にいきよふ月のいでむかとわが待つ君が夜は降らつつ (忌部 黒 麿 ) あまをぶねはつかの月のやまのはにいさよふまでも見えぬきみ かな(正三位家隆) かはづ鳴-甘南備河にかげ見えて今か咲-らむ山吹の花(厚見王) かはづな-神なびがはにさ-はなのいはぬ色をも人のとへかし ( 二 条 院 讃 岐 ) 秋の野を朝行-鹿の跡もなく思ひし君にあへる今夜か(賀茂女王) わがやどはかつちるやまのもみぢ葉にあさゆくしかのあとだに もなし(僧正行意) 落ちたざら流るる水の磐に触れよどめる淀に月の影見ゆ(作者未 罪 ) おちたぎつはやせのかはもいはふれてしばしはよどむなみだと む哉(権中納言長方)
- 31 I L ∨ l レ い . 道のべの草を冬野にふみ枯らし吾立ち待つと妹に告げこそ(作者未 詳 ) あふまでとくさをふゆのにふみからしゆききのみちのはてをし らばや(入道前太政大臣) み吉野の水隈が菅を編まなくに刈-のみ刈-て乱-なむとや(作者 未 詳 ) みよしののみくまがすげをか-にだに見ぬものからやおもひみ だれん(参議雅経) 朝なさな草の上白-置く露の消なば共に.たいひし君はも(作者未 詳 ) めのまへ庭かはるこころをしらつゆのさえばともにとなにおも ひけん(二条院讃岐) わするなよきえばともにといひおきしすゑののくさにむすぶし らつゆ(入道前太政大臣) 白たへの袖の別れは惜しけども思ひ乱れてゆるしつるかも(作者未 詳 ) つらかりしそでのわかれのそれならでをしむをいそぐとしのく れ哉(正三位家隆) きぬぎぬのつらきわかれにたれな-てそでのわかれをゆるしそ 月も日吻甜紺撰(騒家長) みむろ(同) とこみやどころ(同) 月日はかはり行けども久にふる三諸の山のとつみやどころ(作者未 詳 ) くれやすきひかずもゆきもひさにふるみむろのやまのまつのし たをれ (前関白) あさくは人を患ふものかは (﹃大和物語﹄) 安積香山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はな-に (作者未 詳 ) いにしへの我とはしらじあさかやま見えしやまゐのかげにしあ らねば(蓮生法師) 堀江には玉敷かましを大君を御船こがむとかねて知-せば (橘諸 兄 ) 名にしおはばし-やみぎはのたま柳い-えのなみにみふねこぐ まで (入道前太政大臣) ゆらぐ (﹃新古今集﹄)読人しらず(同) 始春の初子の今日の玉等手に執るからにゆらく玉の緒(大伴家持) 手にとりてゆらぐたまのをたえざ-し人ばか-だにあひみてし がな (大炊御門右大臣) 古 今 集 な に は づ に さ く や こ の は な 冬 ご も -い ま は は る べ と き -や こ の 花 ( 王 仁 ) なにはづにきくやむかしのむめの花いまもはるなるうらかぜぞ ふ-(後京極摂政前太政大臣) ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほの包まきりけ-(源宗 千 ) ときはなるたままつがえも春くれば千世のひか-やみがさそふ らん(前左大臣) ももちどりさへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふ-ゆく(読
- 32-人しらず) みよしののやまのはかすむはるごとに身はあらたまのとしぞふ りゆ-(権大納言家良) 山ざくらわがみに-ればはるがすみ峯にもをにも立ちか-しつつ (読人しらず) やまざくらみねにもをにもうゑおかん見ぬよのはるを人やしの ぶと(入道前太政大臣) みわたせば柳桜をこきませて宵こぞ春の錦な-ける(素性法師) たかさごのをのへのさ-らたづぬればみやこのにしきい-へか すみぬ (式子内親王) この里にたびねしぬべし桜花ち-のまがひにいへぢわすれて (読人 しらず) か へ る さ の み ち こ そ し ら ね さ く ら ば な ら -の ま よ ひ に け ふ は く らしつ (大納言定通) 花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ(秦 性 法 師 ) うらむべき方こそなけれはるかぜのやどりさだめぬはなのふる さと (入道前太政大臣) 桜花と-ち-ぬともおもはえず人の心ぞ風もふきあへぬ (紀貫之) め の ま へ に か ぜ も ふ き あ へ ず う つ り ゆ く こ こ ろ の は な も い ろ は 見えけ-(前関白) 春風は花のあた-をよぎてふけ心づからやうつろふとみん(藤原好 風 ) た ち ま よ ふ よ し の の さ く ら よ ぎ て ふ け く も に ま た る る は る の や まかぜ (関白左大臣) 春ごとに花のさか-はあ-なめどあひみん事はいのちな-けり(読 人しらず) いのちあれてあひ見むこともさだめな-おもひしはるにな-に けるかな (殿富門院大輔) 花の色はうつ-にけ-ないたづらにわが身世にふるながめせしまに ( 小 野 小 町 ) はるの夜の月もあ-あげにな-にけ-うつろふはなにながめせ しまに (参議雅経) いたづらによそぢのさかはこえにけ-みやこもしらぬながめせ しまに (僧正行意) けさきなきいまだたびなる郭公花たちばなにやどはからなん(読人 しらず) ほととぎすこぞやどかりしふるさとのはなたちばなにさ月わす るな(正三位家隆) 天河もみぢをはしにわたせばやたなばたつめの秋をしもまつ (読人 しらず) あまのがはわたらぬさきのあきかぜにもみぢのはしのなかやた えなん (法印献円) 物ごとに秋ぞかなしきもみぢつつうつろひゆくをかぎ-とおもへば (読人しらず) あきのいろのうつろひゆくをかぎりとてそでにしぐれのふらぬ U
33 -ひはなし (入道前太政大臣) 月みればちぢにものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど ( 大 江 千 里 ) 月の色もさえゆ-そらの秋かぜにわが身ひとつと衣うつな-(承明門院小宰相) 久方の月の桂も秋は猶もみぢすればやて-まさるらむ(壬生忠等) 見るままにいろかはりゆ-ひきかたの月のかつらの秋のもみぢ 葉 ( 藤 原 資 季 ) なきわたるか-の涙やおちつらん物思ふやどのはぎのうへの露(読 人しらず) 萩のうへのか-のなみだをかこつともこひにいろこきそでやみ ゆらん(入道前太政大臣) 月草に衣はすらむあさ露にぬれてののちはうつろひぬとも(読人し ら ず ) おもかげは猶あ-あげの月くさにぬれてうつろふそでのあさつ ゆ (藤原教雅) さとはあれて人はふ-にしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる ( 僧 正 遍 昭 ) ぬしはあれど野とな-にけるまがき哉をがやがしたにうづらな -な-(前大僧正慈円) 秋風のふきあげにたてるしらぎ-は花かあらぬか浪のよするか(管 原 道 真 ) 時しあればさ-らとぞおもふはるかぜのふきあげのはまにたて L V るしら雲(正三位家隆) 心 あ て に を ら ぼ や を ら ん は っ し も の お き ま ど は せ る し ら ぎ く の 花 (凡河内窮恒) 月かげにいろもわかれぬしらぎ-はこころあてにぞをるべか-ける (右兵衛督公行) 龍田河紅葉乱れてながるめ-わたらば錦中やたえなむ (読人しら ず ) あまのがはわたらぬさきのあさかぜにもみぢのはしのなかやた えなん (法印献円) ちはやぶる神世もきかずたったがはから紅に水くくるとは(在原業 辛 ) あきはけふ-れなゐ--るたった河ゆ-せのなみもいろかほる らん(参議雅経) 山ざとは冬ぞさびしさまさ-ける人めも草もかれぬとおもへば(蘇 宗 子 ) 霜おかぬ人めもいまはかれはててまつにとひくるかぜぞかはら ぬ (大蔵卿有家) みよしのの山のしらゆきふみわけて入-にし人のおとづれもせぬ ( 壬 生 忠 等 ) いるひとのおとづれもせぬしらゆきのふかきやまぢをいづる月 か げ ( 前 関 白 ) 梅の花それとも見えず久方のあまざる雪のなべてふれれば(読人し ら ず )
11・_.、」叩.・1 . . - 34 むめがかもあまざる月にまがへつつそれとも見えずかすむころ かな (前関白) 昨日といひけふと-らしてあすかがは流れてはやき月日なりけり ( 春 道 列 樹 ) とどめばやながれてはやきとしなみのよどまぬ水はしがらみも なし(入道二品親王道助) わたつうみのはまのまきごをかぞへつつ君がちとせのあ-かずにせ ん (読人しらず) あきをへてきみがよはひのありかずにかり田のいねもちづかつ むなり(入道前太政大臣) さくら花ちりかひくもれおいら-のこむといふなるみちまがふがに ( 在 原 業 平 ) もみぢばのちりかひくもるゆふしぐれいづれかみちとあきのゆ くらん(源有長) ふしておもひおきてかぞふる万代は神ぞしるらんわがきみのため ( 素 性 法 師 ) ふしておもひあふぎていのるわがきみのみ世はちとせにかぎら ざるべし(権大僧都良算) いのちだに心にかなふ物ならばなにかわかれのかなしからまし(し ろ め ) めぐりあはむわがかねごとのいのちだに心にかなふはるのくれ かは(侍従具定母) あまの原ふりさけみればかすがなるみかさの山にいでし月かも(安 ︰♪こ≠.ま 4 . L J . P r k こ L r , ヽ ︻ ユ 事 部 仲 麿 ) .いづこにもふりさけいまやみかさやまもろこしかけていづる月 か げ ( 源 家 長 ) わたの原やそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつ-舟 ( 小 野 笠 ) わたのはらやそしましろくふるゆきのあまざるなみにまがふつ りふね (正三位家隆) 名にしおはばいざこととはむ宮こど-わが思ふ人は有-やなしやと ( 在 原 業 平 ) わがおもふ人に見せばやもろともにすみだがはらのゆふぐれの そら(皇太后宮大夫俊成) このたびはぬきもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに (菅原 道 真 ) たむけやまもみぢのにしきぬきはあれど猶月かげのか-るしら ゆふ (正三位家隆) かたいとをこなたかなたによ-かけてあはずはなにをたまのをにせ ん(読人しらず) たがために人のかたいとよ-かけてわがたまのをのたえむとす らん(正三位家隆) かたいとのあはずはさてやたえなましちぎ-ぞ人のながきたま の を ( 下 野 ) わが恋を人しるらめやしきたへの枕のみこそしらばしるらめ(読人 しらず)
- 35 -あまの原ふ-さけみればかすがなるみかさの山にいでし月かも しら わがこひはなみだをそでにせきとめてま-らのほかはしる人も なし (関白左大臣) たねしあればいはにもまつはおひにけり恋をしこひばあはざらめや ち(読人しらず) 身をすててこひぬこころぞうかりけるいはにもおふるまつはあ るよに (八条院高倉) よひよひに枕きだめん方もなしいかにねしよかゆめにみえけん(読 人しらず) うちなげきいかにねし疎かとおもへどもゆめにも見えでころも へにけ-(大納言実家) おきへにもよらぬたまもの浪の、うへにみだれてのみや恋ひわた-な ん(読人しらず) いはみがたひとのこころはおもふにもよらぬたまものみだれか ねつつ (入道前太政大臣) 秋風の身にさむければつれもなき人をぞたのむ-るる夜ごとに (莱 性 法 師 ) わがこころやみのうつ・つはかひもなしゆめをぞたのむ-るる夜 ごとに (権大納言忠信) 恋ひわびてうちぬるなかに行きかよふ夢のただぢはうつつならなむ ( 藤 原 敏 行 ) 見るとなきやみのうつつにあくがれてうちぬるなかのゆめやた えなん (前関白) ゆふされば蛍よ-げにもゆれどもひかりみねばや人のつれなき(紀 友 則 ) きみだれのそらにもつきはゆ-ものをひか-見ねばやレる人の なき (藤原光俊) としをへてきえぬおもひはありながらよるの裸は猶こぼ-け-(紀 友 則 ) わするなよあさまのたけのけぶりにもとしへてさえぬおもひあ りとは(源有教) 白玉とみえし涙もとしふればからくれなゐにうつろひにけ-(紀貫 之 ) しらたまはからくれなゐにうつろひぬこずゑもしらぬそでのし ぐれに (内大臣) 秋ののにささわけしあさの袖よ-もあほでこしよぞひぢまき-ける ( 在 原 業 平 ) あひ見てもかへるあしたのつゆけさはささわけしそでにおと-しもせじ (大牢大弐重家) あ -あ け の つ れ な -み え し 別 れ よ -あ か つ き ば か -う き 物 は な し ( 壬 生 思 考 ) あかつきぞなほうきものとしられにしみやこをいでしありあけ のそら(藤原兼高) -れにもといはぬわかれのあかつきをつれな-いでしたぴのそ らかな (藤原信実) あかつきとうらみし人はかれはててうたてしぐるるあさぢふの やど(権大納言忠信)
- 36 -かきくらす心のやみにまどひにきゆめうつつとは世人さだめよ(荏 原 業 平 ) うつつともゆめともたれかさだむべき世ひともしらぬけさのわ かれは (権大納言芙国) むばたまのやみのうつつはさだかなる夢にい-らもまさらざ-け-(読人しらず) 見るとなきやみのうつつにあくがれてうちぬるなかのゆめやた えなん (前関白) わがこころやみのうつつはかひもなしゆめをぞたのむ-るる夜 ごとに (権大納言忠信) さりともとたのむもかなしむばたまのやみのうつつのちぎ-ば かりは(藤原永光) 君がなもわが名もたてじなにはなるみつともいふなあひさともいほ じ(読人しらず) つのくにのみつとないひそやましろのとはぬつらさは身にあま るとも(宮内卿) 枕より又しる人もなきこひをなみだせきあへずもらしつる哉(乎貞 文 ) わがこひはなみだをそでにせきとめてま-らのほかはしる人も なし(関白左大臣) 風ふけば浪打つ岸のまつなれやねにあらほれてなさぬべらな-(読 人しらず) まつがねをいそべのなみのうつたへにあらはれぬべきそでのう へ哉(権中納言定家) 今こんといひしばか-に長月のあ-あけの月をまちいでつる哉(秦 性 法 師 ) いまこむとたのめし人やいかならん月になくなくころもうつな り(前大納言隆房) こぬひとをなににかこたむやまのはの月はまちいでてさ夜ふけ にけり(藤原隆信) つのくにのなにはおもはず山しろのとはにあひみんことをのみこそ (読人しらず) つのくにのみつとないひそやましろのとはぬつらさは身にあま るとも(宮内卿) し き し ま の や ま と に は あ ら ぬ か ら 衣 こ ろ も へ ず し て あ ふ よ し も 哉 ( 紀 貫 之 ) あしびさのやまとにはあらぬ唐錦たったのしぐれいかでそむら ん ( 参 議 雅 経 ) あまのすむさとのしるべにあらなくにうらみんとのみ人のいふらん ( 小 野 小 町 ) こぎかへるそでのみなとのあまをぶねさとのしるべをたれかを しへし(源家長) 月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして ( 在 原 業 平 ) むめがかも身にしむころはむかしにて人こそあらねはるの夜の 月(皇太后宮大夫俊成) すまのあまのしほやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまき ま . A . ;
- 37 -まつがねをいそべのなみのうつたへにあらはれぬべきそでのう 月(皇太后宮大夫俊 すまのあまのしぼやき衣をさをあらみまどほにあれや君がきまきぬ (読人しらず) すまのあまのまどほの衣夜やきむきうらかぜながら月もたまら ず ( 正 三 位 家 隆 ) 秋 は て て ( ﹃ 後 撰 集 ﹄ ) 読 今はとてわが身時雨にふ-ぬれば言のはきへにうつろひにけり(小 人しらず (同) 野 小 町 ) かくてよにわが身しぐれはふ-はてぬおいそのもりのいろもか はらで (源泰光) いろみえでうつろふものは/世の中の人の心の花にぞあ-ける(小野 小 町 ) 月草のうつろふいろのふかければ人のこころのはなぞしをるる ( 中 宮 但 馬 ) めのまへにかぜもふきあへずうつ-ゆ-こころのはなもいろは 見えけ-(前関白) あまのかるもにすむむしの我からとねをこそなかめ世をばうらみじ ( 藤 原 直 子 ) あらいそのたまものとこにか-ねしてわれからそでをぬらしつ るかな(式子内親王) はしわぴぬあまのかるもにしぼたれてわれからぬるるそでのう らなみ (侍従具定母) わたつみのわが身こす浪立ちかへ-あまのすむてふうらみつるかな (読人しらず) ノこころからわが身こすなみうきしづみうらみてぞふるやへのし ほかぜ (正三位家隆) しぐれつつもみづるよ-もことのはの心の秋にあふぞわびしき(読 人しらず) とへかしなしぐるるそでのいろにいでてひとのこころのあきに なる身を(宮内卿) 秋風のふきとふきぬるむきしのはなべて-さばの色かはりけり(読 人しらず) をぎの葉にふきとふ㌢ぬるあさかぜのなみださそはぬゆふぐれ ぞなき(入道前太政大臣) ぬるがうちにみるをのみやは夢といはんはかなきよをもうつつとは み ず ( 壬 生 忠 等 ) ぅっっのみゆめとは見えておのづからぬるがうちにはなぐさめ もなし(藤原親康) せをせけばふちとな-てもよどみけ-わかれをとむるしがらみぞな き (壬生忠等) とどめばやながれてはやきとしなみのよどまぬ水はしがらみも なし(入道二品栽王道助) 紫のひともとゆゑにむさし野の草はみながらあはれとぞみる(読人 しらず) むさしののはるのけしきもしられけ-かきねにめぐむくさのゆ か-に (前大僧正慈円) あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよをとめのすがたしばしとどめん ( 良 琴 宗 貞 )
あまつそらくものかよひぢそれならぬをとめのすがたいつかま ち見む(八条院高倉) あまつかぜ氷をわたるふゆの夜のをとめのそでをみが-月かげ ( 式 子 内 親 王 ) おはかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの ( 在 原 業 平 ) 身につもる老ともしらでながめこし月さへかげのかたぶきにけ る (法印慶忠) はらひかねくもるもかなしそらの月つもればおいのあきのなみ だに (侍従具定母) たれをかもしる人にせんたかさごのまつもむかしの友ならなくに ( 藤 原 興 風 ) つれなしとたれをかいはむたかさごのまつもいとふもとしはへ にけり(参議雅経) 風ふけどところもきらぬ白雲はよをへておつる水にぞあ-ける(凡 河内窮恒) しら雲のやへ山ざくらさきにけ-ところもきらぬはるのあけぼ の (入道前太政大臣) さきそめし時より後はうちはへて世は春なれや色のつねなる(紀貫 之 ) うちはへて世は春ならしふくかぜもえだをならさぬあをやぎの いと (内大臣) 世の中はなにかつねなるあすかがはさのふのふちぞけふはせになる (読人しらず) あすかがはかはるふちせもあるものをせ-かたしらぬ年のくれ 哉 ( 如 頗 法 師 ) あすかがはけふのふちせもいかならんきらぬわかれはまつほど ■ もなし (八条院高倉) さだめなきよにふるさとをゆ-水のけふのふちせはあすかかは らん(行念法師) 白雲のたえずたなび-峯にだにすめばすみぬる世にこそありけれ ( 惟 喬 親 王 ) はるは花ふゆはゆきとてしら雲のたえずたなびくみよしののや ま(入道前太政大臣) 世にふればうさこそまされみよしののいはのかけ道ふみならしてん (読人しらず) はなゆゑにふみならすかなみよしののよしののやまのいはのか けみち(権中納言長方) いかならんいははのなかにすまばかは世のうきことのきこえこざら む(読人しらず) よのうさやきこえこざらむおもかげはいはほのなかにお-れし もせじ(前大納言忠良) 久方のなかにおひたるさとなればひか-をのみぞたのむべらなる ( 伊 勢 ) ひさかたのかつらにか-るあふひぐさそらのひかりにいくよな るらん(権中納言定家) 8 3 4
- 39 -世の中はなにかつねなるあすかがはきのふのふちぞけふはせになる ら 野とならばうづらとなきて年はへんかりにだにやは君はこざらむ (読人しらず) ぬしはあれど野と尤-にけるまがき哉をがやがしたにうづらな -なり(前大僧正慈円) いざここにわが世はへなんすがはらやふしみのさとのあれまくもを し(読人しらず) ふるさとのあれまくたれかをしむらんわが世へぬべきはなのか げ哉(後京極摂政前太政大臣) 風ふけばおきつ白浪たった山夜半にや君がひと-こゆらむ(読人し ら ず ) こえじただおなじかざしの名もつらしたったのやまの夜半のし らなみ (法眼宗円) たがみそぎゆふつけどりか唐衣たったのやまにを-はへてな-(読 人しらず) しろ妙のゆふつけ鳥もおもひわびな-やたったの山のはっしも ( 正 三 位 家 隆 ) た っ た や ま も み ぢ の に し き を り は へ て な -と い ふ と -の し も の ゆふしで (行念法師) 山川のおとにのみきくももしさを身をはやながら見るよしもがな ( 伊 勢 ) おもひ河身をはやながらみづのあわのさえてもあはむ浪のまも 哉 ( 正 三 位 家 隆 ) ぁふことの まれなる色に おもひそめ わが身メっねに あまぐ も の -( 読 人 し ら ず ) あふことはしのぶのころもあはれなどまれなるいろにみだれそ めけむ(権中納言定家) むつ言もまだつきな-にあけぬめ-いづらは秋のながしてふよは (凡河内窮恒) むつごともまだつきなくのあさかぜにたなばたつめやそでぬら すらん(八条院高倉) ふじのねのならぬおもひにもえばもえ神だにけたぬむなしけぶ-杏 ( 紀 乳 母 ) ふじのねのそらにやいまはまがへましわが身にけたぬむなしけ ぶりを(入道前太政大臣) しもとゆふかづらきゃまにふる雪のまな-時な-おもはゆる哉(大 歌 所 御 歌 ) しもとゆふかづらきゃまのいかならんみやこもゆきはまな-時 \なし(後京極摂政太政大臣) しもやたびおけどかれせぬきかきばのたちさかゆべき神のきねかも ( 神 あ そ ぴ の 歌 ) しもやたびおけどみどりのさかさばにゆふしでかけて世をいの る哉(日吉忠成) まきも-のあなしの山の山人とひともみるがに山かづらせよ(神あ そ ぴ の 歌 ) かけていのるそのかみやまの山びととひともみあれのもろかづ らせ-(参議雅経)
みきぶらひみかきと申せ宮木ののこの下露はあめにまされ-(東 敬 ) みや木ののこのしたふかきゆふつゆもなみだにまさるあきやな からん(平政村) きみをおきてあだし心をわがもたばすゑのまつ山浪もこえなん(東 敬 ) いたづらにい-としなみのこえぬらんたのめかおきしすゑのま つやま(源家長) ふるさとのひとに見せばやしらなみのき-よ-こゆるすゑのま つ山(藤原清輔) 後 撰 集 うちはへてはるはさばか-のどけきをはなのこころやいそぐなるら ん ( 清 原 深 養 父 ) うちはへてふゆはさばか-ながき夜に猶のこ-けるあ-あげの 月 ( 二 条 院 讃 岐 ) 日 の (﹃伊勢物語﹄) をしめどもはるのかぎりのけふのまたゆふぐれにさへな-にけるか な(読人しらず) けふのみとをしむこころもつきはてぬゆふぐれかざるはるのわ かれに (内大臣) ゆ く ほ た る -も の う へ ま で い ぬ べ -は あ き か ぜ ふ -と か -に つ げ こ せ (在原業平) しらつゆのたまえのあしのよひよひにあきかぜちか-ゆ-はた るかな(入道二品親王道助) しらつゆにかぜの′ふきし-あきののはつらぬきとめぬたまぞちりけ る (文屋朝康) む さ し の や ひ と の こ こ ろ の あ さ つ ゆ に つ ら ぬ き と め ぬ そ で の し らたま (前関白) おもひがはたえずながるるみづのあわのうたかたひとにあはできえ めや (伊勢) ながれてのなをさへしのぶおもひがはあはでもさえねせぜのう たかた (侍従具定母) おもひ河身をはやながらみづのあわのきえてもあはむ浪のまも 哉 ( 正 三 位 家 噌 た の む ( ﹃ 伊 勢 物 語 ﹄ ) や お く ら ゆきやらぬゆめぢにまどふたもとにはあまつそらなるつゆぞおきけ む(同) る (読人しらず) いかにせんゆめぢにだにもゆきやらぬむなしきとこのたまくら のそで (式子内親王) これを見よ人もすさめぬ恋すとてねをなくむしのなれるすがたを ( 源 重 光 ) いかにせんねをな-むしのからごろもひともとがめぬそでのな みだを(従三位範宗) あかつきのなからましかば白露のおきてわびしき別れせましや(紀 貫 之 ) あかつきのゆふつけどりもしらつゆのおきてかなしきためしに ぞな-(中宮少将)
しらつゆのたまえのあしのよひよひにあきかぜちかくゆくほた ← ∴ Z q J 帽 伊勢の海のあまのまてがたいとまなみながらへにける身をぞうらむ る (源英明) 伊勢のうみのあまのまてがたまてしばしうらみになみのひまは なくとも(正三位家隆) お と に き く 松 が う ら し ま け ふ ぞ 見 る む べ も 心 あ る あ ま は す み け り ( 素 性 法 師 ) 心あるあまのもしは木たきすてて月にぞあかすまつがうらしま ( 祝 部 成 茂 ) わかるれどあひもおもはぬももしきを見ざらん事やなにかかなしき ( 伊 勢 ) あすよりのなごりをなににかこたましあひもおもはぬあきのわ かれぢ(入道前太政大臣) 拾 遺 集 わが宿の梅の立枝やみえっらむ思ひのほかに君がきませる(乎兼 盛 ) やどからぞむめのたちえもとはれ骨るあるじもしらずなにには ふ ら ん ( 源 信 定 ) 花もみな散りぬる宿はゆ-春のふる里とこそな-ぬべらなれ(紀貫 之 ) ちる花のふるさととこそな-にけれわがすむやどのはるのくれ がた(前大僧正慈円) 逢坂の関のいはかどふみならし山たち出づるき-はらの駒(藤原高 逮 ) あふさかのせきふみならすかちびとのわたれどぬれぬはなのし らなみ(後京極摂政前太政大臣) 神なびのみむろの山を今日みれば下草かけて色づさにけり(曽爾好 忠 ) みむろやましたくさかけておくつL9にこのまの月のかげぞうつ ろふ (左近中将伊乎) 唐錦枝にひとむらのこれるは秋のかたみをたたぬな-け-(僧正遍 昭 ) からにしきむらむらのこるもみぢばや秋のかたみのころもなる らん(前中納言匡房) のこしおくあきのかたみのからにしきたちはてつるはこがらし のかぜ (権大納言宗家) 産の葉に隠れて住みし津の国のこやもあらはに冬はきにけ-(源重 之 ) しもがれはあらはに見えしあしのやのこやのへだてはかすみな りけり(待賢門院堀河) 紫の色にはさくなむきし野の-さのゆか-と人もこそ見れ(如覚法 節 ) むさしののはるのけしきもしられけ-かきねにめぐむくさのゆ かりに(前大僧正慈円) 有明の月のひか-をまつ程にわが世のいたくふけにけるかな(藤原 仲 文 )
身をあきのわがよやいたくふけぬらん月をのみやはまつとなけ れど(参議雅経) 忘るなよほどは雲居にな-ぬとも空行-月のめぐ-あふまで (橘忠 玲 ) わすれじのちぎ-をたのむわかれかなそらゆく月のすゑをかぞ へて(後京極摂政前太政大臣) はるかなるほどはくもゐの月日のみおもはぬかたにゆきめぐり つつ (従三位範兼) わが事はえもいはしろの結び松千年をふとも誰か解-べき(曽爾好 忠 ) としふれど猶いはしろのむすぴまつとけぬものゆゑ人もこそし れ (左京大夫顕輔) 名のみして山は三笠もなか-け-朝日夕日のさすをいふかも(紀貫 之 ) しぐれにはぬれぬこのはもなかりけりやまはみかざの名のみふ -つつ (正三位知家) ぬす人の立田の山に入-にけ-同じかざしの名にやけがれむ(藤原 為 頼 ) こえじただおなじかざしの名もつらしたったのやまの夜半のし らなみ (法眼宗円) ますかがみそこなる影にむかひゐて見る時にこそしらぬ翁にあふ心 地すれ(読人しらず) のちの世をてらすかがみのかげを見よしらぬおきなはあふかひ もなし(蓮生法師) 恋すてふわが名はまだき立ちにけ-人知れずこそ思ひそめしか(壬 生 忠 見 ) ひとしれずしのぶのうらにや-しぼのわがなはまだきたつけぶ -かな(正三位家隆) いかにしてしばし忘れむ命だにあらばあふ夜のあ-もこそすれ(読 人しらず) こひしなぬ身のおこたりぞとしへぬるあらばあふよのこころづ よきに (権中納言定家) 恋ひ死なむ後はなにせむ生ける日の為こそ人の見まくはしけれ(大 伴 百 世 ) かれはててのちはなにせんあさぢふに秋こそ人をまつむしのこ ゑ ( 藤 原 教 雅 ) 忍ぶれば苦しか-け-しの薄秋のさか-にな-やしなまし_ (@観法 節 ) ひとめもるわがかよひぢのしのすすきいつとかまたんあきのさ か-杏(正三位知家) ひたぶるに死なば何かはさもあらばあれ生きてかひなき物思ふ身は (読人しらず) こひしなむのちのうき世はしらねどもいさてかひなきものはお もはじ(藤原隆信)
- 43 のちの世をてらすかがみのかげを見よしら き な は 座 長 カ 後 拾 遺 集 御田屋守けふはさ月にな-にけ-いそげや早苗おいもこそすれ(曽 爾 好 忠 ) み田やもりいそぐきなへにおなじくはちよのかずとれわがきみ のため (内大臣) あらざらむこの世のほかのおもひでにいまひとたびの逢ふ事もがな ( 和 泉 式 部 ) 如何せんいまひとたびのあふことをゆめにだに見てねぎめずも 哉(殿雷門院大輔) なほざりのそらだのめせであはれにもまつにかならずいづる月かな ( 小 弁 ) あだぴとをまつよふけゆくやまのはにそらだのめせぬありあけ の月(嘉陽門院越前) 金 葉 集 もろともに苔の下には朽ちずしてうづもれぬ名をみるぞかなしき ( 和 泉 式 部 ) こけのしたにくらせぬ名こそかなしけれとまればそれもをしむ ならひに (法眼宗円) わがふかくこけのしたまでおもひお-うづもれぬ名はきみやの こさん(尊円法師) もろぴとのうづもれぬ名をうれしとやこけのしたにもけふは見 るらむ(前大僧正慈円) 詞 花 集 むねはふじ袖は清見が関なれや個も波もたたぬ日ぞなき(平祐挙) いはねまはこころひとつにさわがれてけぷ-もなみもむねにこ そたて (宜秋門院丹後) そでのなみむねのけぶりはたれも見よきみがうき名のたつぞか なしき(後京極摂政前太政大臣) 新 古 今 集 かさきざの渡せるはしに置-霜のしろさをみれば夜ぞ更けにける ( 大 伴 家 持 ) かさきざのわたすやいづこゆふしものくもゐにしろきみねのか けはし(正三位家隆) 東路のみちのはてなる常陸帯のかごとばか-もあはんとぞおもふ (読人しらず) こえばやなあづまぢときくひたちおぴのかごとばかりのあふさ かのせき(郁芳門院安芸) 忘れじの行末まではかたければ今日をかぎ-の命ともがな(儀同三 司 母 ) わすれじのゆくすゑかたきよの中にむそぢなれぬるそでの月か げ ( 源 家 長 ) あまのとをおし明けがたの月みればうき人しもぞ恋しか-ける(読 人しらず)
- 44 いけにすむをしあげがたのそらの月そでのこはりになくなくぞ 見る (正三位家隆) 朝倉やきのまろどのにわがをればなのりをしつつ行くはたがこぞ ( 天 智 天 皇 ) き夜ふかみやまほととぎすなの-してきのまろどのをいまぞす ぐなる (右兵衛督公行) しら浪のよするなぎさによをつ-すあまのこなれば宿もさだめず (読人しらず) さとのあまのさだめぬやどもうづもれぬよするなぎさのゆきの しらなみ (八条院高倉) 河社しのにを-はへはすころもいかにはせばかなぬかひざらん(紀 貫 之 ) けふよ-はなみにを-はへなつごろもはすやかきねのたまがは のさと(前関白)
古今和歌六帖
時しまれ秋やは人に別るべきさるは夜寒になれる頃しも(壬生忠 琴 ) ひと-ねの夜ざむになれる月みれば時しもあれやころもうつな -(後京極摂政前太政大臣) 伊 勢 物 語 あらたまの年の三とせを待ちわびてただこよひこそにひまくらすれ (﹃続古今集﹄恋四 読人しらず) まちわびてみとせもすぐるとこのうへに猶かはらぬはなみだな -け-(入道前太政大臣) いにしへのしづのをだまき繰-かへし昔を今になすよしもがな --かへししっのをだまきいくたびもとはきむかしをこひぬひ ぞなき(御製) こも-江に思ふ心をいかでかは舟さす梓のさして知るべき(﹃続後 撰集﹄恋一読人しらず) しらせばやおもひい-えのたまがしはふねきすさはのしたにこ がると (源家長) 恋ひわびぬあまの刈る藻にやどるてふ我から身をもくだきつるかな (﹃新勅撰集﹄恋二 読人しらず) はしわぴぬあまのかるもにしぼたれてわれからぬるるそでのう らなみ (侍従具定母) から人の渡れど濡れぬえにしあれば 又あふ坂の関はこえなむ あふきかのせきふみならすかちびとのわたれどぬれぬはなのし らなみ (後京極摂政前太政大臣) 袖ぬれてあまの刈-はすわたつうみのみるをあふにてやまむとやす る(﹃新勅撰集﹄恋一在原業平) あまのかるみるをあふにてあ-しだにいまはなぎさによせぬな み哉(前大納言隆房) 秋かけていひしながらもあらなくに木の葉ふりしくえにこそありけ- 45 霊 れ(﹃新勅撰集﹄恋二 読人しらず) ひとごころこの葉ふりしくえにしあればなみだのかはもいろか はれけり(按察使兼宗) 咲 く 花 の し た に か く る る 人 を 多 み あ -し に ま さ る 藤 の か げ か も (﹃玉葉集﹄賀 在原業平) はるひきくふぢのしたかげいろみえてあ-しにまさるやどのい けみづ (正三位知家) 源 氏 物 語 うしとのみひとへに物は思はえでひだ-みぎにもぬるる袖かな(須 磨 ) うしとおもふものからぬるるそでのうらひだ-みぎにもなみや たつらん (前関白) しなてるや鳩のみづうみに漕ぐ舟のまほならねども逢ひ見しものを ( 早 蕨 ) にほのうみやかすみのをちにこぐふねのまほにもはるのけしき なるかな(式子内親王)