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沖縄における昭和初期の標準語励行に関する研究 : 綴方教育との関わりから: 沖縄地域学リポジトリ

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(1)

Author(s)

梶村, 光郎

Citation

沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of

Humanities and Social Sciences(18): 67-79

Issue Date

2016-03-07

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/20447

(2)

〈論文〉

沖縄における昭和初期の標準語励行に関する研究

― 綴方教育との関わりから ―

 

梶村 光郎

要 約  小論は、1937 年以前の初等教育研究会と沖縄県下の校長會が進めた標準語励行が、 綴方教育にどのような影響を与えたかを、考察したものである。  初等教育会が進めた標準語励行は、移民出稼人の「紛事」の解決のためには、「正し い標準語」を自由に使用できることを目指して、具体的な指導方法の提案を伴いなが ら進められた。校長會の標準語励行は、沖縄県庁主導で組織的に進めようというもの であったが、実態は不明であった。これら二つの動向や文集等の分析を通じて、話方 教育において矯正を伴う具体的な標準語の指導が進められたが、沖縄では綴方教育に おいても「正しい標準語」を使用することが求められた。しかし、その一方で、綴方 教育においては、描写や個性尊重の観点から、標準語励行にも関わらず、必要に応じ て方言の使用が許容されていたことが明らかになった。 キーワード:標準語励行 綴方教育 方言  はじめに  小論は、1937(昭和 12)年以前の初等教育研究会と沖縄県下の校長會が進めた標準語励行が、 実際に綴方教育の指導方針や実践にどのような影響を与えたかを、沖縄標準語教育史研究の空 白を埋めるために、考察しようとするものである。 関連する先行研究には、『那覇市教育史通史編』(2002 年 ) 所収の阿波根直誠の「第二節 標 準語励行と言語生活」があるが、那覇市内の標準語励行に限定してその取り組みの一端が素描 されているだけで、綴方教育との関連では子どもの作品の紹介のみに終わっている。 それ以外の研究としては、『北中城村史第 7 巻』(2012 年 ) 所収の拙稿「第四節 北中城村 の近代教育の歩み」があるが、これは昭和初期の北中城地域の特色ある教育活動の一環として、 喜舎場尋常高等小学校の学校文集『わかまつ』第3号(1937 年2月発行)を取りあげて紹介し たものであり、標準語励行との関わりに焦点を当てて『わかまつ』第3号の内容を充分に考察 したものではない。そこで改めて小論では、学校文集や掲載されている作品などを手がかりと して、1937 年以前の昭和初期に展開された標準語励行の動きが綴方教育の指導方針や実践にど のような影響を与えたのかを考察する。

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1.標準語励行をめぐる沖縄県内の動向  「標準語励行大運動」以前の昭和初期の標準語励行の動きについては、沖縄県初等教育研究会 が 1928 年9月に開催した第 17 回研究集会において、移民出稼人問題を解決するために『島の 教育1 )』を作成して初等教育の改善に乗り出したことが、まず注目される。  「五 従来移民出稼人を目標とし、又移民出稼人の非難を出発点として本縣小学校教育の樹立 につき論ぜられたことは少ない。勿論普通語を励行せよ清潔整頓といふ様なことはやがましく 唱へられてきたが、それが多く人類として、また國民としての立場からであった為に時にその 必要感が薄いかの感がある。併し今日の如く移民出稼人が多く、而も缺点を多く有するが故に 他より排斥されるに至り、それが縣民の経済ひいては生活を脅かす問題であるに至っては普通 語の励行や清潔整頓服装の改善衛生思想の涵養の必要感が非常に大である。物事は必要感が大 であればある程その徹底を期する事が容易である。本縣小学校教育の徹底を移民といふ立場か ら出発した理由もここにある。2)」  これを見ると、沖縄からの移民出稼人に対する下記のような「非難」の原因が、沖縄の実態 に即した国民教育の不徹底にあり、そのことで移民政策や経済及び生活が脅かされているとい うことが反省されている。そのうえで沖縄県初等教育研究会が、「a.教育程度が低く教養が足 りない。/b.服装を異にし(特に婦人)容儀に対する観念が薄い。/c.言語の修練が不充 分である。/d.日常の礼儀作法を解しない。/e.衛生思想乏しく一般に不潔である。/f. 職業道徳が缺けて居る。/g.風俗習慣生活様式を異にす。3)」という「非難」の解決に取り組む ことが喫緊の課題と自覚されている。それでは、第 17 回初等教育研究会では、それらの課題を どのように改善しようとしたのだろうか。『島の教育』の標準語励行に関するところだけに限定 して見てみよう。 九 その他  1.言語―(普通語)―に関する訓練とその施設    委細は第二章にあり。   イ.児童の日常の言語應答に注意して次の指導矯正をなす。     語尾を明瞭にする。完結語を使ふ。自稱他稱の用語敬語。呼捨て、/     仇名、口笛で呼ぶ等の矯正、普通語の励行指導。   ロ.話方の時間を特設して言語修練普通語指導聴方教育をなす。   ハ.方言使用者名簿の調製記入をしてその指導に便す。   ニ.童話会その他言語発表を主にする催しをなす。  これは、修身訓練に関する箇所の「九 その他」の言語訓練に関する文言4 )である。これを見 て分かることは、言語訓練として矯正を要する言語を使用させないだけでなく、積極的に普通 語(=標準語)を話せるようになるための工夫が施されているということである。話方の時間 の特設や、言語発表の催しの開催、方言使用者名簿に基づき標準語=普通語の個別指導を行う ことは、そのことを示している。そしてそれは、何より「正しい標準語」を自由に使用できな ければ移民出稼人の問題が解決しないからである。それでは、「委細」の内容はどうなっている だろうか。「第三章 話方」の目次5 )を見てみよう。  

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第三章 話方  第一節 本縣と話方教育/第一項 本縣と言語/第二項 話方教授の目的/第三項 言語能 力不振の原因/第四項 話方教育の不備/第五項 具体案作成の問題  第二節 話方教育と施設経営/第一項 発音矯正に関する施設経営  第三節 話方教授と思想の表出/第一項 「表出」不備の原因の考察/第二項 普通語奨励々 行の方案/第三項 児童談話會/第四項 語彙拡張の方案/第五項 児童文庫の経営  第四節 聴方教授/第一項 聴方とは/第二項 聴方教育の教育的價値/第三項 聴方教授 の資料/第四項 聴方教授の方法/第五項 残された問題  第五節 話方教育/第一項 話方教授の様式/第二項 発表の自発的態度を要□するには/ 第三項 話方講話要綱/第四項 話方の材料/第五項 其他の問題 この目次からも窺えるが、『島の教育』では、沖縄県の話方教育の不備の原因が探求され、発 音矯正、思想の表出、普通語(標準語)励行の具体化、談話会の設置、語彙の拡張、児童文庫 の運営、聴方教授の資料や方法、話方教育の資料や方法等の観点から改善案が具体的に提案さ れている。その背景には、次のような認識がある。  「三.伯国赤松領事やマニラ総領事の意見書に見えてゐる、『普通語を解せざるため内地人よ り孤立し感情の行違ひを生じ、監督の言を解せずして不知の間に反則を行ひ紛事を惹起し云々』 によって今更言語能力の不充分なることを感付くまでもなく、移民の特別視される原因の一部 は、否寧ろ大部分は、言語の不修練といふことにその源を発してゐるのだ。と百も二百も承知 のことである。これではいかぬ。どうにかしなくてはならぬ。勿論、国民教育としても言語教 育には大なる精力と時間とを捧げなければならぬことは知ってゐるが、以上の如きかんばしく ない現状にある本縣としては、特に慎重な態度で再考三思、その救済の策を立てなければなら ないと思ふ。6)」  つまり、普通語(標準語)の修練の不足が内地出身者との間での「紛事」を生じさせた主要 な原因であることを踏まえ、「これではいかぬ。どうにかしなくてはならぬ。」という気持ちに なり、救済策として実効性のある話方教授の問題が検討されたのである。  具体案を検討する前提として、篠原助市著『教育辞典』のなかにある「話方教授の目的」に 関する記述をもとに、「話方教授の目的は、正しい発音により、自己の思想感情を正確明瞭に、 美的に表出せしむるにあり。/話方に対して他人の談話を正しく聞きとるを聴方といふ。話方 に於ては一般に教授上之を区分することなく、一生の話方は、自ら他生の聴方となることを以 て通常話方といへば聴方も含む。7)」ことを確認し、聴方教授を含めて話方教授について検討して いる。「第四節 聴方教授」が「第三章 話方」の目次構成に位置づけられたのはそのような理 由からである。  具体案は、篠原が提示する「一、正しき発音を練習せしむること。/二、正しく流暢に思想 感情を発表せしむること。/三、正しく要点を逸せずききとること。」という話方教授の指導の 観点から、第三項で「言語能力不振の原因」が探求されている。そこでは、「一、地理的に標準 語に接することが比較的少ない。/二、歴史的に標準語と類似点の少ない方言をもつてゐた。 また止むを得ない事情のため現在も大いに用ひつつある。/三、環境の影響から言語の修練に 敏感を缺き、或は熱心でない等。(中略)/四、学校教育に於ける言語教授の不充分、或は微温 的/これである。(後略)」という四点8 )が原因としてあげられている。

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 このなかで重視されたのが、「四、学校教育に於ける言語教授の不充分、或は微温的/これで ある。」ということである。これは、「第四項 話方教育の不備」のなかでさらに分析され、①「発 音」の故障、②「表出」が正確明瞭を欠く、③「表出者」が一部分に限られていたために表出 の機会が少なく、表出の態度に不確実、不鮮明を生じたこと、以上のこと9 )が問題点として指摘 されている。改善点として、「第二節 話方教育と施設経営」では、①「発音」の故障への対応 策としての施設経営が、医療以外での対応策として以下の様に 16 点1 0 )ほど示されている。 イ、始めに不良発見及び不良発音者の調査をして、結果を帳簿に整理して、系統的持続的矯 正方法の基礎を作っておかなければならない。 ロ、正しい矯正法をとるために発音不良の原因をも調査して、それに応じた正しい指導をな さなければならない。 ハ、教師は根気よく継続し、且つ親切丁寧に矯正せねばならなぬ。 二、読方教授、話方教授の前、数分間発音練習をなす。 ホ、児童発表の際不良のものがあればその都度矯正してやる。学習時間に於ても絶えず注意 を拂って、ゐることが肝要である。 ヘ、唱歌学習のときは特に有効であるから指導を怠らない。 ト、個人的に模範を示して矯正する。 チ、表情によって、矯正する。 リ、反復練習する。 ヌ、発音が特に不良であって、手間どるときは、基本練習、応用練習の両方に分けて適当な 時間に於て之を指導する。(中略) ル、発音不良者の団体を特別に指導矯正する。 ヲ、発音定期検閲を行ふ。(問題を提出して) ワ、普通語を奨励する。 カ、各学年、各学科の学習に於ては児童発表の機会を多くするやうに考慮する。 ヨ、自己の発音の不良に対しては、自ら進んで矯正する自発的習慣を養成する。 タ、掲示教育を利用する。(不良発音、訛語、方言直訳風の言葉を掲げる。)  ここに示されている「発音の故障」への対応策を見ると、まず発音の不良と不良者の調査を 行い、帳簿で整理しながら、系統的持続的矯正方法を採用することが挙げられていることが注 目される。それは、科学的に、且つ有効性のあるように、発音の不良へ対応しようとしている からである。次いで、正しい発音の矯正のために、発音の不良の原因を突き止め、その原因を 踏まえた科学的に正しい指導法を選択しようとしている。また、そうしたことを行いながら、 あらゆる教科や機会を捉えながら、不良発音の矯正と発音の練習を個別的にあるいは集団的に、 粘り強く行おうとしている。さらに、問題を提示して、発音の定期検閲を行うのは、「正しい標 準語」の修練の定着度を見るためである。普通語(=標準語)の奨励や児童発表の機会の保障は、 正しい発音に基づく思想感情の自由な表出・表現を促すうえで役立つ。これらの「発音の故障」 への対応策は、言語の修練が不足しているために、内地出身者との間で感情の行き違いを生じ て孤立し、結果的に「紛事」を起こしていることへの対策として、必要なことであると考えら れている。

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 次に、「発音の故障」への対応と共に大事なのは、「正しい標準語」を用いて、自由に思想や 感情を表出・表現して交流できるようになることである。だから、「第三節 話方教授と思想の 表出」で具体的な対応策を工夫している。この節では、まず第一項で「『表出』不備の原因の考察」 を行い、次にその原因に即した対応策を検討している。ここで原因と指摘されているのは、「1、 発音の不良もその一つであるが、さらに/2、普通語の使用になれてゐないこと、/3、普通 語は使用し得ても、その語彙が豊富でないため、時に応じその発表にまごつきを生じ、正確明 瞭美的なることができなかつたにちがいない。」という点1 1 )である。  学校以外で標準語に接したり使用したりすることがなく、もっぱら方言による言語生活を行 っているのが常態化している、この当時の沖縄の子どもたちの現実からすれば、標準語励行を 推進するうえで、これらの指摘は妥当だと思われる。そして、これらの原因に即する対応策と して、「1、普通語の奨励励行を計画すること。/2、話方教授の時間を必ず設けること。/3、 語彙拡張の方法を講ずること。/4、児童文庫の経営に工夫をこらすこと。/5、聴方教授の 充実を計ること。」という5点1 2 )が挙げられている。  これら5点に関し、さらに具体案が「第二項 普通語奨励励行の方案1 3 )」のなかで検討されて いる。  一、凡ての学習に於て教師は親切丁寧に言語の指導をしなければならない。(1,國語科の学 習のみに限らず、総ての教科目指導に際しては、誤用言語、方言直訳風の言語、不良発音、 語調の変体等の矯正指導に努め、2、応答談話は教師対児童児童対児童たるを問わず凡て 普通語を使用すること。以下3と4については省略。)  二、尋常一年では無理をせぬ範囲に於て成る可く早く方言の教授を切り上げるやうにつとめ たい。  三、言語の指導は特に低学年に於て意を用ひ、学級担任の配置もその人を得れば最も効果的 である。  四、普通語使用に対する児童の自覚心を喚起し、学友同志互いに忠告し合ひ、そうして指導 矯正するやうにしたい。  五、学校、教室の内外を問はず、学友間だけでは、普通語で用を辯じさせたい。  六、作業中児童は特に方言を使用し易いから、教師は注意して指導したい。  七、父兄の自覚を促し、自分には出来なくても子供には普通語の奨励をしてくれるまでには なってもらひたい。  八、婦人會、青年會、処女會、其の他に於て言語改良に関する講話もなし社會的自覚の喚起 に資して、一般知識の開発にもつとめたい。  九、國語週間を設定し、特に國語の使用に全力を注がしめたい。  十、方言使用者名簿を作り、言語教育の参考となすと共に、該簿を通して児童の誤った言語 を指導する。(設備)  十一、言語教材表を作り、それの活用をはかって言語の改良につとめる。(設備)  十二、言語の定期検閲を行ひたい。(問題提出法については、省略。)  十三、教師は方言を使用することなく、自ら児童に模範を示したい。  十四、朝會或は各学級に於て機會ある□(毎か?)に校長及び職員より普通語励行の講話及 び訓話をしたい。

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 十五、高学年児童に普通語指導番をおき、遊歩中その指導に當らせ、尚ほ次のことをなさし むる。(1、方言使用者名を記入し、/2、普通語使用者名を記入報告し、/3、多く使用 されつつある方言を調査させる。)  十六、普通語の使用を励行し、或は進歩良好の者を毎学期表彰する。  十七、方言乱用者は適當の制裁を與へ自覚心を喚起させる。  十八、蓄音機を備へ、朗読、標準レコード、童話レコード、其の他の教育的レコードを鑑賞 させる。  十九、其の他仕丁等も成る可く普通語の出来る者を採用し、普通語を励行せしむることは環 境を作ることとしていいことである。  二〇、児童談話會を開催すること。 これらの具体案からは、指導教員の能力・資質や、言語環境の整備等へも配慮しながら、正 しい標準語以外の言語を矯正指導し、時には制裁を加えたりしながら、子ども自ら標準語を自 覚して正しく使用できるようにさせようという意図が見える。また、文明の利器である蓄音機 を教具として用いるために備え、レコードを聞かせて、正しい標準語を聞かせるようにしよう としているのも、新しい動きの 1 つとして注目される。こうした配慮のうえに、標準語励行を 進めようとしたのが、『島の教育』における標準語励行の取り組みであったと言えよう。 次に注目されるのは、1936(昭和 11)年7月 29 日に那覇市で開催された県下の校長會議の 標準語奨励期成會の設立を求める答申の動きである。  この答申1 4 )には、「標準語奨励期成會」という題名が付され、「第一、標準語普及督励機関/第二、 學校教育方面/第三、家庭教育方面/第四、社会教育方面」という四つの節に分けて、具体的 な奨励案が記されている。標準語普及督励機関の節1 5 )では、県に標準語励行期成會を設置し、市 町村にその支部を置くことが提案されている。  学校教育方面の節1 6 )では、「一 國語教育を一層重視すること(1國語愛護國語尊重の精神の徹 底を計ること/2話方教育の徹底を期すること/3作文に依る表現能力の涵養に努むること/ 4児童生徒の課外読物の選擇普及に努むること)」、「二 標準語使用習熟の機會を多からしむる こと(1演説會▽童話會▽児童劇▽座談會の開催を頻繁ならしむること/2レコード映画の鑑 賞をなさしむること(但し標準語普及に障碍を来すレコードの鑑賞を禁ずること)/3善美な る音楽の普及を圖ること/4ラジオ中繼放送局の設置を速からしむること/5縣外旅行を奨励 すること/6長上名士訪問を奨励すること)」、「三 方言を言語学的に説明して標準語の理解に 資すること」、「四 郷土に即する課外読物の編纂をなすこと」、「五 作法教室を特設して作法 挨拶対話等に習熟せしむること」が提案されている。  家庭教育方面の節1 7 )では、「一 全國共通の子守唄の普及を図ること/二 家庭に於ても標準語 使用を励行すること/三 ラジオ設置を奨めること/四 家庭娯楽としてレコードの鑑賞をな さしむこと/五 新聞雑誌に親しましむること/六 日常使用する生活用語を取入れたる會話 本を各家庭に配布すること」が提案されている。母語である方言の使用が常態化しているこの 当時の沖縄において、六項目目の施策を除いて、どの程度具体化されたのかは不明である。し かし、これらの施策の背景には、母語である方言との接触・使用の頻度を減らし、標準語との 接触・使用の頻度を高め、「正しい標準語」を生活語として使用できるようにしたいという意図 があるように思われる。と同時に、このような施策を行うことで標準語生活が常態化するよう

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になれば、崎濱商校長のいう「或る父兄は何故方言を使ふのが悪いかと逆に學校へ抗議を持ち 込んでくる1 8 )」ことへの対策ともなるであろう。  社会教育方面の節1 9 )では、「一 在郷軍人並に青年團員が率先して標準語を励行すること/二  各種の集會は標準語を以て話すこと/三 村芝居を標準語に依つてなさしむこと/四 軍歌並 に標準語に依つて表現せられたる歌謡を歌はしむる様奨励すること」が提案されている。ここ にも、標準語との接触・使用の頻度を高めるために方言の使用を否定する動きが見られる。標 準語励行の観点から芸能への干渉がなされることは新しい動きであり注目される。  以上のことを整理してみると、沖縄県下の校長會による「標準語奨励期成會」という名の答 申に見られる標準語励行は、標準語奨励期成會の本部と支部を組織して、学校教育、家庭教育、 社会教育の三つの領域において、母語である方言との接触・使用の頻度を減らし、標準語との 接触・使用の頻度を高め、「正しい標準語」を生活語として使用できるようにすることを目的と していたということになるだろう。校長會でこのような答申が決議されたということは、標準 語奨励期成會の組織化がどの程度実現したか不明であるが、校長たちの意識が変わった程度に 応じて、各学校での標準語励行がさらに強化されていく役割を果たすことになったことが推測 される。それでは次に、標準語励行が綴方教育の分野でどのように展開されたのか見てみよう。  2.沖縄における標準語励行と綴方教育  『島の教育』のなかでは、綴方教育における標準語励行について、章や節を立てて言及してい る箇所はない。だから、綴方教育にも関係すると考えられる文言を取り出し、それから標準語 励行と綴方教育の関係について考察していく。  『島の教育』では、「表出不備の原因」への対応策として、「1、普通語の奨励励行を計画すること。 /2、話方教授の時間を必ず設けること。/3、語彙拡張の方法を講ずること。/4、児童文 庫の経営に工夫をこらすこと。/5、聴方教授の充実を計ること。」の五点が指摘されていた。 これらは、発音に関してなされた指摘であるが、実は綴方教育にも関係する指摘だと思われる。 なぜならば、普通語(=標準語)には、話し言葉の他に書き言葉があり、奨励によって、どち らも自由に使用できるようになることが望ましいからである。話方教授の特設と聴方教授の充 実は、上述の篠原の指摘によれば一体的な施策であり、これらは同時に綴方教育における表記 指導と表現の指導に関係している。語彙拡張の方法の計画も、普通語で自由に思想や感情を表 現するうえで大事なことである。児童文庫の経営の主眼は、思想感情を養い、それを自由に表 現させることにあると思われる。そうであれば、標準語で書かれている表現から、何をどのよ うに標準語で表現すればよいかということを学ぶことができる。それ故、ここに指摘されてい る五つの対応策は、綴方にも関係するものであると言えるだろう。そして具体的には、これら 五つの対応策を具体化した「第二項 普通語奨励励行の方案」のなかの「一」から「六」まで の項目と「九」の項目が、綴方教育の場合にも該当する部分である。これらは、普通語(=標 準語)以外の言語を矯正指導し、「正しい標準語」を使用できるようにするための具体的な施策 だからである。これらの具体的な施策に基づく指導により、沖縄では綴方教育においても「正 しい標準語」によって表記されたり表現されたりすることが目指されていくことになったと思 われる。  このことは、『綴方教育』を主宰する菊池知勇が、沖縄の子どもの作品の方言の事例 2 0 ) (「よい 正月や、あ、さ、い、」/「うゝ、よい正月や、い、び、ん、や、」)を二つ紹介しながら付した、次の文言によっ

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ても裏付けられる。  「沖縄の児童の作品は、皆標準語で書かれてゐるために、方言とか土語とかいふべきものを殆 ど見ることが出来ず、ここに拾った二つくらゐのものであつた。これは、この縣の土語は日本 語としての傳統をもたないため、教育者たちが児童の文中にあらはれることを是認しない結果 標準語でいくのであらう。21)」  また、『綴方生活』の主宰者ともなった小砂丘忠義も、高知県での座談会で、沖縄の子どもの 作品が標準語で書かれていることを指摘している。  「(前略)各地の綴方中でも沖縄縣の綴方をよんでみるのに、感心に標準語で書いてゐる。如 何に標準語でかいてゐても、そこに沖縄の子供の生活母體たる地方色はでなければならぬと僕 は思ふ。22)」  さらに、『沖縄教育』の 1929(昭和4)年3月号には、仲西尋常高等小学校の事例のように「第 四 本校教育の方針」のなかに「三、移民教育=海外発展」を据えた学校経営の報告が見られる2 3 )が、 それ以外の学校においてもそのようなことと関連する、標準語励行を推進している学校の事例 が見られる。  たとえば、第二豊見城尋常高等小学校の場合、「三 、綴方話方」の指導方針として、次の 15 項目2 4 )が掲げられている。     1.綴方話方は程度に応じ尋一の第一學期より課すこと 2.自由選題を主として思想發表を自由ならしむること 3.思想の整理に留意し其の錯雑せざる様意を用ふること 4.問題の着想及描寫發表の指導をなすこと 5.範文自作文の鑑賞を多くし範文帖を備へしむ 6.正課指導時間内に於ては主として發表批評鑑賞をなさしめ観察記述は家庭にてなさしむ るを本体とす 7.観察指導を十分にし童謡俳句歌等を加味して指導すること 8.語彙の収得擴張に研究を重ね其の指導に努むること 9.正しく要点を逸せず流暢に思想感情を發表せしむること 10.各學科の学習に於ては児童の發表する機會を多くし不良發音語調に付き自ら進んで矯正 する自發的習慣を養成すること 11.各級に於て普通語の奨励励行を計畫すると共に語彙擴張の方法を講ずること 12.聴方指導の充実を圖ること 13.各学科指導に際し誤用言語、方言、直譯語、不良發音、語調変態等の矯正指導に努むる こと 14.方言使用者名簿を作り児童の誤った言語を指導矯正すること 15.話方の材料言葉使ひ態度等に就き指導すること 第二豊見城尋常高等小学校の標準語励行の施策は、「正しい標準語」以外の言語を矯正指導 するなど、『島の教育』における標準語励行の具体案と重なっている。このことは、『島の教育』 における標準語励行が掛け声だけのものでなかったことを証している。と同時に、8や 11 や 13 の項目などからも窺えるように、「正しい標準語」以外の言語の矯正指導、普通語の語彙の

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拡張の指導、発表批評鑑賞を通じての標準語による表記や表現の指導が綴方教育の方針として 位置づけられていたことが確認できるだろう。  一方、2や4の項目を見ると、「正しい標準語」以外の言語で綴方が書かれる場合があること が窺われる。2の項目は、自由選題法に基づき、綴方と話方において「主として思想發表を自 由ならしむること」、つまり自由に思想感情を表現できるような技術や能力を身につけることを 目標としている。3から9までの項目は、自由に綴方表現ができるようになるための施策である。 このような内容は、1924(大正 13)年4月に発行された『沖縄教育』第 135 号に、高良忠成 が執筆した「島尻郡校務研究会」の報告のなかの大里尋常高等小学校の「三綴方話し方」の方 針のなかですでに述べられている。ただ、大里尋常高等小学校の方針には、綴方教育の指導と いう固有の課題をこなすために「3。自由表現法の体得を主眼とするが故に特に尋常一二年生 に於ては両仮名の混用仮名遣の誤用は深く咎めず」とか、「方言の使用は敢えて咎めず」とかと いう方針が掲げられている2 5 )。しかし、第二豊見城尋常高等小学校の指導方針は、標準語励行を 優先させているために、「正しい標準語」以外の言語の使用を許容しないとして、大里尋常高等 小学校が掲げている方言等の使用を許容する項目を削除している。だから、第二豊見城尋常高 等小学校の綴方指導方針として方言の使用などの可能性はないように思われる。しかし、4の 項目にある描写については、見たこと、聞いたこと、したことなどをありのままに表現するこ とになるので、人物の描写や場面の描写をする場合、方言の使用等も許容される。その意味で、 第二豊見城尋常高等小学校の綴方指導方針にも「『正しい標準語』以外の言語で綴方が書かれる 場合があることが窺われる。」ということになる。 3.学校文集における標準語励行と方言 上述したように、標準語励行の影響が各学校の綴方教育の方針にも現れていた。一方、描写 や思想感情の自由なる表現の指導において、「正しい標準語」以外の言語の使用が許容される方 針が見られた。そこで、次に学校文集等を手がかりにして、綴方教育における標準語励行の影 響と方言使用の問題について見てみよう。 標準語励行の影響がはっきりと現れているのは、子どもの作品においてである。   普通語  六ノ一 仲本敬行   こんな土地の狭い沖縄ばかりに居てどうして出世ができよう。これから沖縄に産まれてく る子供はどんどん他府縣や海外にでなければならない。しかしでるには普通語が大切だ。沖 縄には沖縄だけの言葉があり、「かご島」には「かご島」だけの言葉がある。これは皆方言で ある。僕は言葉の内一番よいと思ふのは東京語と思ふ今學校でつかふ言葉はすなはち東京語 だ。所で沖縄人民の大方は皆方言をつかつてゐる。學校ではつかはないでも家ではつかつて ゐる。いつまでも方言をつかつてゐたら沖縄の人は他府縣の人にまけてしまふ。将来國の進 歩するにつれてぜひ沖縄の方言を改め、日本全國皆同じ言葉にしたいと僕は思ふ。あゝだが 将来沖縄語が改められ沖縄の人民がみな普通語をつかふ時はいつだらうか。/それには學校 ばかりでなく、家庭に於てもかならず普通語をつかうやうにすることだ。  この作品2 6 )は、阿波根直誠によれば、那覇市の松山尋常小学校の文集『フタバ』第3号(1931 年) に掲載されたものだという。内容は、標準語励行に関わる意見文である。上述した『島の教育』

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等には、標準語励行を題材にするという方針は掲げられていない。しかし、『島の教育』の「第 二項 普通語奨励励行の方案」のなかに「四、普通語使用に対する児童の自覚心を喚起し、学 友同志互いに忠告し合ひ、そうして指導矯正するやうにしたい。」という項目があり、日常的に 移民出稼問題と結びつけて標準語励行の必要性や意義について指導していたならば、方言撲滅 論を主張する意見文を書く子どもがいてもおかしくはない。そして、このような綴方を文集に 掲載して読み合えば、「正しい標準語」で、綴方を書くことと、それを自由に使用できることの 意義と価値について教えることができるのである。  次に、中頭郡の喜舎場尋常高等小学校の文集『わかまつ』第3号(1937 年2月)のことにつ いて言及する。ここには、「思出」(六い 比嘉良清)、「姉と別れて」(六い 伊佐常清)、「思ひ出」 (高一い 喜屋武政一)という綴方が掲載されている。 「思出」は、筆者がカナダにいた時に、兄と遊んでいる最中に、自動車を所有している家の子 どもに誘われて自動車に乗ろうとしたが、見物人が多くて乗れなくて、一人で家に帰ってしまい、 兄に心配をかけたことを書いたものである。移民になって働けば、日本人でも自動車持ちにな れることを、教えてくれる作品でもある。「姉と別れて」という作品は、南洋の委任統治地の授 業の時に、結婚して南洋のポナペに行った姉を思い出して姉に会いたいと書いたものである。 もう一つの「思ひ出」は、ハワイで生活していたが、父の判断により沖縄に戻ってきたことと、 その沖縄の都会が貧弱で、またハワイに行きたい気持ちになることを書いたものである。 いずれも海外での生活の豊かさや、移民に関する情報を提供するものであり、それらに興味 や関心を持たせるうえで役立つ作品である。子どもたちが、これらを読んで、移民に興味や関 心を持てば、標準語の修練の必要を自覚するようになるであろう。その意味で、これらの作品 の掲載は、単に綴方教育の成果の発表や参考作品の提示という次元を越えた、海外移民の推奨 と標準語の修練の必要を促す隠れたカリキュラムを学習させるという面もあったと考えること ができる。  さらに、『わかまつ』第3号について言えば、掲載作品は、「綱引」という綴方を除けば、標 準語で書かれたものばかりである。このことは、綴方は標準語で書くという指導がなされてい るということである。上述の『島の教育』の「第二項 普通語奨励励行の方案」や「標準語奨 励期成會」の設置を求める校長會の答申でも掲げられていた綴方に関わる指導方針にも合致し ている。しかし、合致しているからといって、直ちにそこから標準語励行の影響で、綴方が標 準語で書かれたとは断定できない。なぜなら、小学校令施行規則(1900 年)の「第三條 國語 ハ普通ノ言語、日常須知ノ文字及文章ヲ知ラシメ正確ニ思想ヲ表彰スルノ能ヲ養ヒ兼テ智徳ヲ 啓發スルヲ以テ要旨トス」という規定2 7 )以降、綴方は「普通ノ言語」(=標準語)で書くように指 導されてきたからである。だから、この規定の面からだけでなく、もっと別な面からもそのこ とを求める理由が必要となるだろう。その点について言えば、『わかまつ』第3号には、海外で の生活の豊かさや、移民に関する綴方が掲載されている。だから、学校の子どもやその家族が 海外移民の体験者であるという事実があるのであり、移民問題の解決を教師達が意識しないこ とは考えられない。その意味で、『わかまつ』第3号に書かれた作品がほとんど標準語であった ことは、標準語励行の影響もあってのことだと言えるだろう。  那覇市の泊尋常小学校の『児童文集』(1930 年版)には、「おとどしい(おそろしい)やうに みえます。」という、「不正語」の他にそれを矯正した言葉も付されている「ざう」という作品2 8 ) が掲載されている。ところが、『とま里』第5号(1932 年版)には、矯正を必要とする作品は

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掲載されていない。どうして、そのような変化が起きたのだろうか。「普通語」という作品が同 じ那覇市内の学校から出現したことを考慮すると、泊校の綴方指導においても、標準語励行を 意識して、「正しい標準語」で書くことが、徹底されるようになったのかもしれない。この点に 関して、この当時「綴方教授不振の原因」の一つとして、「次には本縣は標準語に遠く離れてゐ る言葉を持ってゐることであります。それが寧ろ本縣の綴り方科の振るはない大きな原因とも なつてゐるのであります。29)」という指摘や、綴方が上手になるためには、「◇ふだんよくふつう ごをつかひなさい3 0 )」という指導語が使われていたことも関係しているかもしれない。特に、泊 校の教師の「◇ふだんよくふつうごをつかひなさい」という指導語は、「正しい標準語」による 話し言葉の使用となり、それが綴方の描写における会話の部分に反映することが考えられる。 そうだとすれば、全ての作品が標準語で表現されているということの背景には、教師の干渉(矯 正指導)の他に、そのようなことも関係しているのかもしれない。このことは、今後の課題で もある。ともあれ、『わかまつ』第3号には、「綱引」という方言を使用している作品が掲載さ れている。標準語励行の渦中にある状況のなかで、このことにはどのような意味があるのだろ うか。  「綱引」は、地域の行事である綱引きを見物し、決着がついた後に地域の人たちがたいこを打 ちながら踊っている様子を見て、興奮して眠れなかったことを書いたものである。そのなかに「サ アワサイ、サアワサイ」とか、「ヒャーヒャー」とかいう方言の掛け声も描写されている。方言 の掛け声がありのままに書かれていることで、綱引きの興奮や情景が伝わってくる作品である。 方言の使用の有効性が見てとれる作品である。このことは、標準語励行の徹底化が進んでいても、 綴方教育の教育内容と指導方法の論理を完全に覆せないことを教えている。さらに、次のよう な個性を尊重する綴方指導も、方言使用を許容することに繋がっていることを教えてくれる。  「安室先生は、作文を書くとき、しばしば模範文を紹介しました。当時流行の美文調の文章で はありませんでした。その模範文の中に、今でもはっきり覚えている言葉がありました。/『イ イ ウマグワー ヤッサーヤー』/という方言です。/ある農村の少年が、父とともに、ある 家のいい馬を見て、思わず感動したことを、個性豊かに自由に表現した言葉です。/安室先生 は、さすがにその部分をとらえて、『作文を書くときには、自分の思っていることや感じたこと を、方言でもいいから自由にのびのびと書くようにしなさい』と教えてくださいました。つまり、 個性を解放する作文こそ、立派な作文であることを私たちに教えたのです。/方言札時代の教 育とは思えないので、私は非常に驚きました。31)」  つまり、綴方教育の教育内容や指導方法の論理や、綴方教育が表現を媒介とする個性尊重の 教育であるという観点から、標準語励行下にも関わらず、必要に応じて方言の使用を許容する 実践を認めていたのである。  おわりに 沖縄県における、1937 年以前の標準語励行の動きには、沖縄県初等教育研究会の『島の教育』 によるものと、沖縄県下の校長會による「標準語奨励期成會」の設置を求めるものとがあった。 前者は、移民出稼人の「紛事」の解決のためには、「正しい標準語」を自由に使用できることが 必要ということで、話方教授と聴方教授の両面から具体的な指導方法の提案を伴いながら進め られた。後者は、沖縄県庁主導で組織的に、標準語励行を進めようという取り組みであったが、 その運動の実態は明らかにはならなかった。しかし、二つの動向の分析を通じて、矯正を伴う

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具体的な標準語の指導により、沖縄では綴方教育においても「正しい標準語」を使用すること が綴方指導の方針であったことは確認できた。次に、学校文集などの分析を行い、標準語励行 の影響が作品の題材や掲載等に反映していることが明らかになった。その一方で、綴方教育には、 描写や個性尊重の観点から、標準語励行にも関わらず、必要に応じて方言の使用を許容する実 践があったことも明らかになった。  なお、小論は沖縄大学の特別研究費の支援を受けて進めた研究である。支援に対して感謝す る次第である。 注 1)『島の教育』とは、地域共同体における教育という意味であり、家庭教育における母親の役 割になぞらえて、教員が島の教育を担うという意味合いをもっている。近藤健一郎が、『近代 沖縄における教育と国民統合』(2006 年)のなかで、この『島の教育』の構成と内容等につ いて考察している。 2)無署名「第一章 本研究題目に対する見解と解説」、『島の教育』、第 17 回初等教育会、1928 年、 「移4」頁。 3)無署名、「第二章 移民」、『島の教育』、「移 18」頁。 4)無署名、「第一章 修身訓練」、『島の教育』、「修 31」頁。 5)無署名、「第三章 話方(目次)」、『島の教育』、「目2」頁。 6)~ 13)無署名、「第三章 話方」、『島の教育』、「話1」~「話 11」頁。 14)~ 19)無署名、「縣下校長會議概況」、『沖縄教育』第 241 号、1936 年9月、86 ~ 87 頁。 20 ~ 21)菊池知勇、『児童言語学』、文録社、1937 年、613 ~ 614 頁。 22)小砂丘忠義、「高知地方綴方座談會」、『綴方生活』第3巻 10 号、1931 年9月、20 頁。 23)仲西尋常高等小学校、「學校経営案」、『沖縄教育』第 174 号、1929 年3月、21 頁。 24)第二豊見城小学校、「學校経営案」、『沖縄教育』第 174 号、1929 年3月、41 ~ 42 頁。 25)高良忠成、「島尻郡校務研究会」、『沖縄教育』第 135 号、1924(大正 13)年4月、73 ~ 74 頁。 なお、大里尋常高等小学校の綴方の方針については、拙稿「児童新聞『児童の産業』に関す る一考察―綴り方作品をてがかりとして―」(『沖縄大学人文学部紀要』第 14 号、2012 年3 月)を参照されたい。 26) 阿波根直成、「2 子どもたちの言語生活」、『那覇市教育史 資料編』、2000 年、353 ~ 354 頁。 27)文部省、「小学校令施行規則(抄)」、『国語教育史資料』(第5巻。東京法令)、1981 年、49 頁。 28)有銘キヨ、「ざう」、『児童文集』、泊尋常小学校、1930 年、32 頁。 29)波照間永伴、「綴り方の指導について」、『沖縄教育』第 192 号、1931 年 12 月号、56 頁。 30)仲地先生、「二年のつづり方」、『(復刻)とま里』第5号(1932 年版)、泊尋常小学校、1993 年、 21 頁。 31) 新垣政雄、「戦前の津覇校にこそ個性尊重の教育が」、『津覇小学校創立百周年記念誌』1994 年、311 頁。

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A study on the enforcement of the standard Japanese in Okinawa in the early years of

Showa Era with a special focus on

tudurikata-kyouiku

Mitsuro Kajimura

Abstract

This paper deals with what kind of influence the enforcement of the standard Japanese that Syoto-kyouiku-kenkyuukai and the Society of Principals and Head Masters in Okinawa had performed had on tudurikata-kyouiku before 1937.

The enforcement of the standard Japanese by Syoto-kyouiku-kenkyuukai aimed at enabling Okinawans to use the "correct standard Japanese" without difficulty in order to solve "the trouble" of emigrant working overseas or in mainland Japan. The enforcement of the standard Japanese by the Society of Principals and Head Masters in Okinawa was supported by Okinawa prefectural government and intended to do it systematically. Through the analyses on the two abovementioned organizations that enforced the standard language, it turns out that the instruction of the correct standard language was pushed forward in the process of educating how to speak in class. This enforcement applied even to the writing classes in Okinawa. It was revealed, however, that the use of dialects was permitted in spite of the enforcement. The reasons for admitting dialects were the idea that each individual was respected as a human and that students’ honest and sincere writing was thought much of in the writing classes.

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