1910年代における「公民教育」に関する実証的研究
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(2) . 19 1 0年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. 新. 田. は. じ. 和. め. 幸. に. 天皇制国家における体制的人間像形成の変容の問題については, 堀尾輝久氏によっ てその分析軸 が提出されている, 戦前日本の基本的な人間像の 「推移」(或は 「転換」) に関しては, とりわけ岩 9 62年) において集約的に論ぜられている. 波講座 「現代教育学」 ・5 (1 即ち, 絶対主義 -- 大衆デモクラシー-- ファ シ ズムの各歴史段階における構造的特質に照応 するところの, 臣民 -- 公民 -- 皇民という人間像の 「推移」 が図式化され, 同時にこれに即応 する教育的特質が現出することとなる, 天皇制国家においては 「厳密な意味での公民 (観念) の成 1 { } いが しかし一方で惹起する 「大正デモクラシーの現実」 と 「第四階級の出現」に 立の余地はな」 , よる階級的矛盾の顕在化とに対応する 「体制的反応」 としての教育勅語観・教育観の部分的修正の 必要性が生ずる. ここにおける支配層の 「改良主義的対応」 として臣民から公民への人間像の推移 が現実化する, この場合の 「公民」 は 「絶対主義的臣民でも近代的市民でもなく特殊日本的公民」 と規定され, この推移には 「形式的・限定的進歩性」 の側面を有しながら, しかしその本質は 「民 主主義的外型による民主主義の空洞化装置」 としての機能にあり, 「公民教育」 の本質はこれを受け て 「市民性 (自由) の対立物としての公民的資質・社会調和と義務観念の滴義」 をめ ざすところに 2 )(傍点は筆者) 上述の人間像の推移は 「市民性 (自由) ある{ 」 を媒介しないが故に 「容易」 に進 , , 3 〉 行し, 従っ てまた相互の間に密接な本質的連続性を認めることができる, とされる( .※ ※この人間像の 推移に関する内在的論理が提示されているのは以下の部分である.. …. このようにして, 『臣民』 から 『公民』 への移行は容易 であっ た. それは 『市民』 を 歴史的にも観念的にも媒介せず, それゆえにまた, ファ シズム期における 『公民』 /から 『皇 「. (国) 民』 への移行も容易 であっ た. 承詔必謹, 滅私奉公など皇民の属性は, 市民性 (自由) を媒介しない公民性強調の論理的帰結とさえいえよう. 付言すれば, 臣民 -- 公民 一一 皇民という人間像の推移は, その市民性 (自由) の否定, 全体への帰属感, 権利の否定と従順な義務観念の強調という点において重なり合い連続して い るの で あ る.」. 4 ) ( 「皇民は, 公民を媒介することによっ て大衆的規模において創出された臣民であっ た,」. このように, 堀尾氏によっ て基本的な分析軸が出されて久しいのであるが, これまで「公民教育」 のわが国における生成及び進化過程に関する実証レベ ルでの検討が必ずしも充分に行なわれている 910年代から192 0年代(明治末~昭和初頭)の「公民教育」の展開 を政策, といい難い. とりわけ,1 103.
(3) . 新. 田. 和. 幸. 実践の両側面において解明することが 「特殊日本的公民」 の本質を明確にする 上で重要な課題とな る,. 18 89(明治23) 年の 『教育ニ関スル勅語』 に結晶化した 基本的な人間像は, その後の歴史経過の 中での機能変化を余儀なくせ られ, やがて体制的人間像形成の補完装置として 「公民教育」 が位置 されてくる. 人間像形成があくまでも修身を機軸として行なわれることはいうまでもないが, しか し 「公民科」 という独立の教科がいわば修身の ぃ別動隊″ として公教育体系の中に導入されるまで に 「公民教育」 の役割が増大する, ※ 94 3(昭和1 8) 年ま でである, ※ 「公民科」 が一応独立的教科として存続するのは1 この過程において,「公民教育」 の内実も時代状況とともに変容することとなるが, この変容過 程 を「公民教育」の 思想・理論・政策・具体的実践等の全体に亘っ て把握されることが必要と なるが, 91 0年代 (明治末~大 正中期) を 「公民教育」 生成の時期として区分し, この時 小論はとりあえず1 期に展開された 「地方改良運動」 下の 「公民教育」 政策及び具体的実施形態・内容についての検討 を課題とする. なお, その際に, とくに以下の二論文がこの領 域に関する実証的研究の主なもの であると考え, これらに学びつつ, 且つ, 批判的に検討することを試みたい, ①大森照雄・森秀雄『わが国における公民科成立過程と成立後の展開』〈「東 京 学芸 大 学 紀要」 9 68年〉 0集第3部門, 1 第2 ②中野重人 『わが国に於ける公民科教育の 史的研究』(1)〈「宮崎大学教育学部紀要」 第30号, 1971 年〉 ,. ①は主として制度史的展開を中心としたものであり, ②は先述の堀尾氏の図式に 基本的に立脚さ れ, 「臣民から公民へという進歩性を評価する観点」 を重視し, 地方における 「公民教育」 的実践と 文部省の政策の 「進歩」 的側面を導出されよう としたものである,. 1. 「地方改良運動」 下の 「自治民育」 政 策. 「市制」「町村制」 成立以後, 地方,「自治」 は共同体の地主的有力者支配の確立を目途とし, これ をして 「権利要求の政治的エネルギーを中間的に 阻止・転換・ろ化」 する緩衝装置 (石田雄) たら しめ, 天皇制支配体制の底辺的基礎としての役割を強く担うことに なる. それ故に, 地方 「自治」 の振興は常に支配層によ っ て上から叫ばれるが,「自治的思想の欠如」の克服 手段としての教育・教 化の重要性もはやく から指摘されつつある, 1 2(明治35) 年に刊行された帝国教育会編,『公徳養成』 は, 従来の道徳教育が 「内心を基にし 90 たろ」 博多身庭世」 のための 「私徳」 に偏するものであると批判して, 「公徳」 思想の必要性を次の 如く論じている. 即ち, 「通常には自己及 び自己の家族より親戚朋友に及ぼし, 夫れより他人他国人己に及ぼすを自然の 順序なりとす, 然れども単に親疎遠近のみの関係を以て事を処理するときは, 社会公衆の為めに甚 5 ( ) と 「修身庭世」 の倫理が 「公共」 的場面で閉鎖的人間 だしき不幸不利益を生ずる場合ある べし,」 関係における利害にのみ求 心する弊害を指摘して,「一国-社会の維持井に其の進歩の為めには命脈 ともいふべき」 社会生活上のモラル= 「公徳」 の養成を急務とし, 一国一社会のために尽す遠心的 104.
(4) . 191 0年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. 6 ) 「自治の気風は此の能動 ( 思考及 び活動を要求する. 更に, 「公徳の基礎は実に自治の気風にあり」 的態度を要す, 而して此の態度を取らしめ, 公徳の基礎たる自治の気風を養成せんとせ ば 第一社 , 会国家の概念明かなるを要し, 第二社会 国家の一員として享有するを得べき権利及びそれに対する 義務の観念明かなるを要す 既に現今の教育制度に於ても,修身倫理の上より之れを説く上に , { 7 ) として社会国家 の一員と 又法制経済の方面より之れを注意せしむること・なり居るなり 」. …. …. しての臣民の能動的態度形成= 「自治」 的作風が強調されるの である , さて, 日露戦争後の新たな政治状況への対応として, 明治国家は 一方で市町村行政の国家統制 , を強化しつつ, 他方その枠内での 「自治」 を奨励し, 「公共心の発輝」 を唱導するの であるが ここ , における 「自治民育」 が 「地方改良」 政策の重要スローガンとなる 「地方改良」 政策の開始宣言た . 908(明治41 る1 ) 年の 「戊申詔書」 は, 「戦後日尚 浅ク庶政益々更張ヲ要ス宜ク上下心ラーニシ忠 実業ニ服シ勤倹産ヲ治メ惟し信惟し義醇厚俗ヲ成シ 華ヲ去り実ニ就キ荒怠相誠メ 自彊息マサ ルヘ シ」 と 「上下一致」「勤倹治産」 を鼓吹するが, これは内務省を中心とする国家官僚が指導助長する 報徳会の基本精神でもあった.「地方改良」政策遂行の先兵としての報徳会が果す役割に ついては云 うま でもないが, とくに報徳思想における-村一家観念が一国一家の家族国家観と結合し 地主的 , 共同体秩序の確立とこれを基盤とする天皇制官僚支 配体制強化のためのイ デオロ ギー的武器と して の意義は大きい. 「戊申詔書」 にうたわれる臣民としての時代状況に 応じた心がま ・えを, 平易な表現をかり てすれ 「 ば 忠君愛国の念 を以て国家の借金を返し往く方法を講じ一般上下相共に自己を犠牲として協 力実 8 { ) 行する」 精神(『自覚せよ』 , 第一銀行監査役土岐僅)となろうが , いずれの場合においても 臣民の 日常活動の総領域にわたっ て国家への犠牲奉公の精神が要請される したがっ てまた ここ で唱導 . , される 「自治」 とは, ー木喜徳郎内務次官 (1 90 9〈明治42〉 年 「地方改良講演集」 , なおこの後文部 大臣を経て内務大 臣となる) が強調する如く 「挙国一致の必要」 上その振興が急がれるの であり , 地方行政は 「己れの行政でなく して, 国家の行政」 を積極的に遂行するための装置であり 畢寛 , , それは国家のための.「自治」 に外ならない,.さらに, この 「自治」 を積極的に担う中心部 隊は地方 の 地 主 層 であ っ た ※ ,. このように, 国家が共同体における有力者支配を確立し, これを上からの政策浸透ルートの底辺 的基礎とし同時に下か らの国民のエネルギー吸収装置として, 強力な官僚支配を創出し 地主・国 , 家による収奪強化をはかろうとする国策の展開が 「地方改良運動」 であった この中で推進される , 「自治民育」 は, 「自治」 の名において国家への最大の自己犠牲心 (或は 「自発的服従心」 と称され る) の発揚を第一義的に 要請 する. 「愛国心」 はこの延長と して担保される , ※例えば 「愛知県農会報」1 909(明治42) 年1月号は 「農村振興の二大原動力」 と題した論説 の中で, 「町村振興」 の原動力は町村の公職に就きうる一個独立の 「公民」 たろ 「地主諸君」 及 び 「青年各位」 にあり, として次のように論じている . 「果して然らば真正に町村を振興せんには町村民全部の発動を要素とせ ざるべからず 見よ , 町村民にして自治を恩ひ 農村を愛しその業に忠実た らんには, たとへ町村長学校長を得ずと 9 ( ) も, 町村の振興易々として挙ぐるを得ん 」 . 「然り而して町村民の自治的 発動を必要なりとするも 町村振興の原動力としては必ずしも , 老幼を要せず,下層貧民 及び小作者を用ふるに及 ばざるべし 如何となれば是等は 必要は必要 . に相違なきも, 多くは町村の公職に就かず, 一個独立の公民たら ざるのみならず 或は公民 , l o { } となるに前途遼遠たれば, 町村振興上の原動力と 称すべからざるや明なり 」 . 105.
(5) . 新. 2. 田. 和. 幸. 内務・文部両省による 「国民・公民」 育成策. 内務省 が主導する 「地方改良」 政策の中において, 青年団教育, 実業補習教育 或は通俗教育等具 体的な 「自治民育」 の手段をこれと切離すことは できない. ここにおいて内務・文部両省の密接な 910年代 連携が生ずるの であるが, この中に文 部行政の内務行 政への従属性をみるこ とができる.1 前半期に, 実業補習学校を勤労青少年大衆の教育機関として定着をはかる文 部省は, 実業補習教育 ) 年, 文部省は 「実業補習教育ニ関ス 91 0(明治43 の方向設定のために本格的に取組みつつある. 1 ル取調 書」 を出して以来実業補習教育 (及び青年団) についての 調査活動を継続している, 4) 年秋, 文部省実業学務局長 真野文二は, 実業補習教育に 関する調査を近々依 頼す 1 911(明治4 る旨を帝国農会々員に演述し, 調査案を配布 し※ 「今日の補習学校は どう云ふ処が悪いだらうか, …} と協力を求めたあ 又 どんな風にして行っ たら宜しいかと云ふ 詰り意見又は御希 望を伺いたい」 と, 以下の点についてとくに説明 を加えている. 中に 一寸申上げて置きたいのは 国民, 市町村民の 心得と云ふことが一番下に置いてあり 「 ます, 之は将来に於きまして斯う云ふ科目を補習学校に加へ たらどうかと云ふ考へで葱に特に取立 て・書いた訳でありまして, 是迄 でも修身と云ふ科目の内に教えてはありましたが一層夫よりも進 みまして国民たる義務とか, 市町村民の義務とか云ふ法制の 大要を教えると云ふこ とは必要ではあ るまいか, 詰りシチゼンシ ッ プと云ふやうな事柄になるの でありますが適当の言葉がありませぬの で国民市町村民の心得べきこと・致しましたが, 海外の実 業補習学校杯には 多く 此の点に力を用 ゐ て居るの で, 国民なり市 民なり町村民なりの心得べき事柄を若い時分に教え て置くと云ふことは必 要 であらう. 実業の智識を備へるには実業補習学校 で教えるの でありますが, 又立派な人間 を作る と云ふ主意に於て教えると云ふこ とは大事なこと・恩ひます, 既に国民教育 で尽して居るやう なも. …. の でありますが, 尚ほ進みまして其足ら ざるを補ふ と云ふ趣旨で充分に 実業補習学校 で教えるのは 1 2 { ) 」 どう であらうかと云ふので, 特に普通学科目の外に出して置きました この段階ではまだ 「国民市町村民の心得」の具 体的内容が示されているわけ ではない. しかし,文 部省が将来的方向 として, 後にみる 「公民科」 的教科の実業補習学校への導入を, 農会, 産業組合 等の有力者団体との合意に依りながら企図していること が真野の演述に伺われる. この 点で, 文部 省がかなり早期から準備を始めていることに注目 したい.. …. 実. 業. 補. 習. 教. 育. 回答者の所在地名称の. 所在地. 御記載を乞ふ. 名. に. 関. る. 問. 合. せ. 事. 項. 称 答. 問 -, 当業者の子弟、 店員、 煽 す人 職工、 徒弟等に対し其業務に心. す. 実 業 学 科 目. 普 通 学 科 目 修身、 国語、 算術、 地理、 歴史、 ,理科、 図画. 要なる知識技能を授くる為め貴. 国民市町村民 の心得 要. !. 否. 地実業の状況より観て如何なる 必要なる実業学科目を記 不必要なる学科目は扶殺せ 要否何れかを扶殺 科目を必要とせられるや. 106. 入せられたし. られたし. せられたし.
(6) . 1 91 0年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. ※この調査案は 『実業補習教育に関する問合せ事項』 というもので, 真野によれば 郡農会 , , 市町村農会, 織物協会, 水産組合, 貿易協会, その他各種団体向け のものである , この調査の内容は犬別して次の5項目 である, ① 必 要と する 科 目に つ いて. ②教授, 訓練の時期及び時数について ③実業補習教育の成績の良否について ④実業補習学校の設置状況について ⑤就学, 出席奨励の有効な方法について この中で, 上記の①項に関する調査紙の部分を示すと前頁下の如く である (なお, 紙面 . の つ ごう で横 書 き に 変 え た ) ,. 1 91 2(明治4 5) 年, 文部省は実業補習教育調査委員会を省内に設置し※ 実業補習教育に ついて , 各方面の意見を調査し封 研究をすすめた 同委員会は 「 実業補習教育調査 報告」 をまとめ, こ , さ ※ , れを1 91 3(大正2)年2月, 文部省実業学務局より刊行した 「本調査は本省依嘱の実業補習教育調 , 査委員の報告に係るものにして其の中 多少現行規程と相 容れ ざる所なきにあら ざれども大体に 於て 1 4 ( )と は実行に差支なきものなる が故に一日も速に世の参考に供せん為に之を刊行するものなり 」 , あるように, この 『調査報告』 は当面の実業補習教育実践上の手引き書としての性格をもっ ている ものといえる. これによれば, 「学科目」 を普通学科目と実業学科目とに大別されたものの中 普通 , 学科目においては 「修身, 国語, 算術, 地理, 歴史, 理科 (物理, 化学, 博物) 図画 英語等の中 , , より選択すべし, 但し修身科は成るべく 必須科目と し, 個人として必須なる諸徳目は勿論 国民市 , 1 5 ) と「国民市町村民の心得」を重視する方向を { 町村民として心得べき事項を併せ授くるを可とす.」 与えている. しかしまだこれを独立の科目として設定するま でに至っ ておらず この段階では 「修 , 身」 を必須とすべきことと, この中 で 「国民市町村民の心得」 に関する事項を取り扱う ことを指示 して い る に と どま っ て い る.. ※中野重人は 「その後文部省は大正2年に 実業補習教育調査会を設置して 実業補習教育の質 , 1 6 { } とされているが これは1 的改善を図るための報告書を発表し 」 91 2(明治4 5)年に , 設置された 「実業補習教育調査委員会」 のことをさしているものであろう . ※※全国の 実 業 補 習 学 校 に 対す る 調査項目の中 「国民市町村民の心得を授くるの要否」 の項 1 7 ) については 「之を課するを可とすと の答が殆ど全部であった」 とされている{ ,. …. 1 91 4(大正3)年7月には, 神戸市において文部省主催の実業補習講演会がはじめておこなわれ, 実業補習教育の急速な組織的拡大に伴う内容的充実に力を入れることになる, その後, 1 915(大正4) 年9月の内務・文部両大 臣訓令は青年団の目的を 「健全ナル国民善良ナ ル公民タルノ素養ヲ得シムル」 こととしているが, ここで従来の 「国民市町民」 が 「国民公民」 と 表現される. これについて内務大臣一木喜徳郎が,「即ち是等の青年は, 将来国民として又公民とし 1 8 { ) て, 国家に対し公共団体に対して果すべき義務を有する 」(『青年団指導者に望む』 )と云う ように, 国家に対する国民と地方 「公共団体」 に対する公民の義務とが範噂的に区別される. この 区別について, 1 91 0(明治43) 年から191 4(大正3年) までの地方官生活の中で, 青年団, 実業補. …. 習学校を直接指導した経験をもつ田沢義舗内務書記官は, 「公民教育」 が単に 「市町村民の教育」 の 1 9 ) それはさておき 田沢 側面のみに偏狭に受けとられる原因となっ ていることを批判しているが( , , 107.
(7) . 新. 田. 和. 幸. 91 6(大正5) 年5月,「公民科」 を独立の -教科として設定すべき である, と次のように論じて は1 い る.. 「補習教育の要素として公民教育の必要なることを唱導すれば, 勢公民科といふ一の科目を設置 することを主張せ ざるを得ない. 国語科等に於て公民的 教材を増加するといふ様な手ぬるい遣り方 で満足する訳には行か ない, どう しても独立した一科目を置いて, 徹底したろ教育を施す必要があ 2 0 { ) る と 思 ふ,」. す でにこの時期に, 国家官僚の中に, 実業補習学校を 「公民教育」 機関として位置づけ, 独立の 一教科としての 「公民科」 の設置 が強く意識されつつ あることは 注目されてよい. この ようにして, 「国民市町村民」 或は 「国民公民」 の育成が国策 ,の重要課題として 設定され, こ の課題が地方の内務官僚・文部官僚を通じて地方団体に 指導されつつ,「公民教育」的実 践は次第に 普 及 しつ つ あ る.. 3. 「公民教育」 的実践形態及 び内容. それでは, この期の「公民教育」的実践が如何なる形態と内容をもっ て展開されるのであろうか. (明治43) まず第一に,文部省が実業補習教育 及び青年会等への調 査活動を開始して間もない1910 年3月に刊行 した 「実業補習教育ニ関スル取調書」 を例にとっ てみる. この 「取調書」 は, その 『緒 言』 に 「本書ノ・小松原文部大臣暴ニ関西 九州地方学事視察ノ際該地方ニ於 ケル実業補習学校青年 曾 並農業科ヲ加設セル小学校等ニ就キ比較的其 成績佳良ナルモノ・状況ヲ調査報告セシメタルモノニ 係り斯種教育ノ参考資料ニ供センガ為メ 姑ニ之ヲ印行シタルモノナリ」 , とあるように実業補 習学 校, 青年会等の実 践指導上の範例を示したもの である. 例えば, 静岡県の 「優良実業補習学校」 である杉山農業補習学校は, 小学校教育の補習と実業教 育及 び 「報徳主義ニョリテ人格ヲ修養シ青年ノ風儀ヲ改善」 することを目的として掲 げている, さ らにその運営につい ては,「補習教育ノ普及 発達ヲ図ルハ地方青年団ヲ組織シテ之ト連絡ヲ親密ナラ 2 1 ) として杉山青年会を 組織して 「満十二歳以上ノ男子ニ シテ小学校ニ関係 ナキモ ( シムルニ在 り」 ノ・結婚ラナス迄ノ・必ズ会員タルノ義務アルモ ノトシ而シテ会員ノ・必ズ補習学校ニ出席スルノ責務 2 2 ( ) ている 報徳思想による 「人格修養」「風儀改善」 が教育上の眼目として位 ヲ有スルコト・定〆」 , 置され, 青年団の育成と実業補習学校の組織化とが 連動して推進され, 両者は同 一体的性格を帯び る, これは 「地方改良」 政策下において国家が勤労青少年大衆を 上から統一的に掌握していく過程 に符合するもの である, 又 「昨四十二年徴兵検査ノ際所轄郡長目ラ各壮丁ニ教育 勅語ノ暗記ヲ試ミ タ ルニ杉 山 部 落 ノ 出 身 者ニ 在 り テ ハ 概 ネ 全 部 暗記 ヲ 為 シ 従 テ 著 シ ク 他 ニ 優 ル ノ 成 績 ヲ 示 セ. …. 2 3 ( ) にみられるように この期の補習教育は壮丁 (予備) 教育と 未分化であり, 勅語, 勅 」 , 諭等の暗唱と角力, 柔道, 撃剣等 の体操がしばしば結 びつく. 或は 「勤務節約ノ思想ヲ養 成センガ タメニ本校 生徒及青年会員 一同ノ・毎年数回休日ヲ利用シテ共同 作業ヲ行ヒ相富賃金ヲ得其一部ヲ以. リ. テラ壮ニシ 一部ヲ報徳社ニ寄附シテ善種 金トシ残株ノ、之ヲ各自ニ配 テ軍隊入営者ニ鍵別ヲ贈典シテキ 2 4 ( ) 分シテ貯蓄セシメ … 」 というように 「共同作業」 を通じて共同一致, 勤倹貯蓄等の精神を培 養する. 一般に, この時期の実業補習学校や青年会の重 点目標としてあげられる 「共同心」 又は 「公共心」 の養成は, 「共同試作」「共同貯金」 にはじまり, 「学事 常肋」「道路改修」 「橋梁架設」「神社仏閣修 理」 等 「公共事業」 への労力奉仕や 「在営兵士の慰問」 「入退営者の送迎」 「軍人遺家族の繋助」 等 108.
(8) . 191 0年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. の集 団 行動 を通 してお こな われる, 後にみられる 「国民公民の心得」 としての独自の教育 はまだ 分 化さ れ て い な い.※. ※なお, この 「取調書」 に 「公民教育」 なる表現がみられるのは, 広島県沼隈郡青年会の 「本 年度ヨリ曾員ニ欝シ公民教育ナル講習ラキ テナフノ計画アリ農閑ノ時期開催 セントス」「本年度 ヨリ巡回文庫及ビ公民教育講習曾開始ノ筈ナルニツキ郡費ノ補助ヲ受ケタリ」 との一例のみ であ る.. 「公民教育」 的実践が全国的に展開しはじめるのは,1 91 5~16年以後のことと思われる,「地方改 良運動」 の実動部隊である報徳会は, 機関誌「斯民」をもっ てこの運動の浸透 o 定着を企てるのであ る, 同誌1918(大正7) 年2月号は, 地方の 「公民教育」 実施に関する実例を掲載している, これ は 『地方改良実例を募集す』 シリー ズの中, 『公民教育の実施方法』 と題するものであり, この中の 数例はかなり具体的内容に立ち至って紹介されている. まず最初に, 奈良県生駒郡平群村の例を示すと, 小学校に於ては, とくに高等科で 「市町村, 郡 府県制の大要より, 名誉職, 自治団体の理事機関及執行機関のことを概説し, 自治体に対する義務 2 5 ( ) めて より, 社会の秩序を重じ, 国家の進運に貢献すべきこと, 産業, 貿易の状況等を知らし」 , 基礎的知識を習熟させるとともに, 学校生活中の訓練によって「公民的態度」の育成がはかられる, 即ち, 「訓練上に於ては誠実, 勤倹, 親切, 自治の四大要綱を定め, 自己としては誠実, 勤倹を旨とし, 他に対しては親切を根本とし, 之を自治に統括し, 以て忠良なる公民の養成に努力しつ・あり, 児童の学校生活は国家的生活・ 町村的生活に酷似し, 校長の監督指導宜しきを得て, 校規命令に 従ふの良習慣養はれ, 延て国家の主権者に服従し, 国憲を重んじ, 国法に従ふ精神を養ふ基礎とな るべきものなれば能く 此点に意を注ぎ, 児童の学校生活を営める間に, 自己又は自己所属の学級全 体の利益をも学校の為めには犠牲となさ ゞるべからざる場合に遭遇すべきことを, 其機会に応じて. …. 訓話し, 公共心の基礎訓練に資せんことに勉めつ)あり 尋常科学年及高等科児童には, 学級 自治会なるものを設け, 児童各自の 反省と其意 見により, 其学級児童の義務責任を自覚せしめ, 以 2 6 ( ) て活ける訓練を施せり,」 ここにおける 「公民の養成」 或は 「公共心の基礎訓練」 は, 学校 での団体生活を通して全体への 犠牲的奉公心を体得させることであり, 最終的には国家への絶対的服従の精神を培養することが根 幹となる. したがって, 学級 「自治」 もまた 「社会の秩序を重んじ, 国家の進運に貢献すべ きこと」 を前提として, それに対する義務観念の養成=自発的服従心の養成を専ら課題とする. 次に青年団については 「忠良なる自治公民たろの修養に資せん が為め, 十二歳より二十歳に至る までを義務会員とし, 必ず補習教育を受くる義務を負はしめ, 其他講演会, 演説討論会の開催, 図 書縦覧所及巡回文庫による読書趣味の滋養, 視察旅行, 体力養成の実行 (柔道, 剣道, 角力の中其 -を必ず実行するの義務を負はしむ) , 遺利の収拾と開拓と修繕等の奨励, 害虫の予防駆除, 共同試 作, 生産物品評会の開催, 公共事業の常助等を行ひつ・あり. 是等事業の実施に関しては会長たる 村長は, 顧問たる小学校長と協力し, 補習学校と連絡して熱心努力せるを以て, 着々其効果を収め 2 7 ( ) と 村長 校長を指導者とする青年会と実業補習学校を義務づけ 「自治公民」 とし つ) あり.」 , , , ての訓練が精力的に取組まれる, さらにまた 「自治団体の教育」 については 「戸主会」 , 「婦人会」 等においては, 「公民としての権 義」「民風の作興」「村治百般」 にわたっ て説き, その効果として 「納税成績の向上, 志願兵の増加, 109.
(9) . 新. 田 和. 幸. …. 農業補習学校及女学校入学生の増加の外, 村民の意思相 疏通し, 協同一致の 2 8 { ) の実績を上げた としている 公民としての自覚心を起したろ等」 , .. 農事改良の実行. 精神を養ひ, 」 は, 小学校をはじめとして, 青年会, 実業補習学校, 戸主会, 婦人 かく して 「公民教育 (訓練) 会に至る全組織を網羅して推進される. そして, これらの教育・訓練は,「地方改良」 政策下に意識的に助 長される隣保組織による 共同体 的拘束の強化機能としても現出する. 長野県北佐久郡横鳥 村の 「五人組の設置」 の例はそれを特徴 的に 示 して い る.. 「本村は隣保団結共同の利益を保全し, 公民として法規命令を遵奉確守せしめんがため五人組合 の制を設け, 五戸乃至七戸を以て一組合とし, 其組合員中公民 権を有するものより正副伍長を推薦 せしめて, 村長之れを選任し, 各組合毎に 貯金をなさしめ, 伍長其任に当り 一面村治上教育衛生, 風紀, 葬儀, 婚姻, 軍人の入退営其他の事項を規定に より実行せ しめ, 此五人組合を以て周知及び 2 ( 9 } 実行機関となし, 村自治体の基礎となす.」 この 「五人組」 制度は, 横の連帯による相互監視・規制に, ぃ公民権を有する″ 組合の長を頂点と する縦の命令服従系統を導入することによっ て, 地主的支配秩序を貫徹し, 共同体の最底辺まで政 策浸透ルートを確立せんがために復活が企てられたもの である. こうした意味での 「村自治体の基 礎」 の上に立って 「村内青年会員, 軍人分会員, 報徳社員, 衛生組合員, 役場吏員, 学校職員, 村 内名誉職, 神宮僧侶等打っ て一団となし, 自治民育の機関として講習講話等を開催し, 又青年会を して毎年二回村勢の調査即ち生産消費其他統計に関する根本調 査をなさしめ, 会員をして村勢の状 3 0 ( } るのである 態を知 らしめ, 自治観念を癌養せしむ」 . さて, いま一つ共 同体秩序を支える力は在郷軍人会である.「億躯を鍛錬し更に一致勘力紀律を保 3 1 ) するための軍隊的訓練 (教練及び勅語 勅諭等の { 持し, 美風を養ひ, 且つは服従の美徳を助長」 , 読解) が 「公民訓練」 の重要な一環となる. 補習教育の延長として壮丁予 備教育がごく普通に結び つくのも, 軍隊的訓練が共同体における全人格的修養の目的に 符合するものだからである, 故にこ の方法は, しばしば日常の教育活動に組み込まれる. 三重県飯南郡射和村実業補習学校の例に 「毎 年十二月より翌年 三月に至る四箇月間, 各自一回公民的実業的事実の実地見学旅行を行ふに際し, 3 2 ( ) と あるよ 隊伍を組み,長及係を設けて用務を分嬉せしめ,秩序服従共同的活動等の習慣を養 、,」 うに, 命令服従的規律を本とする軍隊的 「自治」 が実業補習学校の実習訓練の場へとスライ ドする. のである, この意味で, 地方の在郷軍人会が 「公民訓練」 に果した役割は大きい. この 「地方改良実例」 中にみられる実業補習学校には すでに 「公民科」 が特設されているが, こ れらはいずれも 「市町村の公民」 として必要な事項 (「将来公民として心得べき必要なる事項, 即ち 3 3 { } ) の教授が中心となる, し 公民権, 選挙, 其他町村制, 法規命令, 及日常必須なる順届の書式等」 ではなく 「 として自己完結するの 公民科 「 公民教育 が 」 」 上述した如く かし, , 逆に, トータルな 人間形成過程の中に 「公民科」 がその部分として位置されるに す ぎないのである, 次に 「公民科」 が全国的に どのように設置されている かを具体的にみてみよう. 「公民教育(訓練) 」は 地方市町村の諸々の部面で展開された が, それが組織的, 系統的に行なわ れるのは, 「地方改良運動」 下 で一大教化組織網として拡大,充実が企てられた「実業補習学校」 にお い て であ る. こ こ では 1919(大 正 8)年3月の文部省による調 査 「実業補習教育に関する施設情況」 (文部省専門学務局) によ って, 「公民科」 の全国的な設置の状況を概観しておこう. これによれば, ①府県レベルで実業補習学校に 「公民科」 設置を定めているのは, 千葉, 栃木, 山梨, 青森, 福島, 福井, 富山, 和歌山, 岡山の9県 であり, ② 「公民科」 として独立してはいな 110.
(10) . 1 910年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. いが, この内容を 「修身」 中に包含して教授すること, としているのは, 東京, 静岡, 徳島, 秋田, 0府県である,又, ③ 「壮丁科」 或は 闘士丁科又ノ・公民科」 とし 山形,香川,鳥取,島根,広島,山口の1 て設置しているのは, 奈良, 三重, 岐阜の3県である,※ ※この点について, 大森・森は 「大正8年文部省は実業補習学校における公民教育の普及状況 を調査することになった, その結果によると全国の80%以上の実業補習学校で公民教育が実 3 4 ( ) とされているが 「実業補習教育に関する施設の状 施されていることが明らかになっ た,」 , 況」 そのものからはこのような事実を見出し難い. 中野重人はこのことについて,「大正8年 には, 実業補習学校において, 公民科あるいは法制経済の名称で公民教育を実施しているも 3 5 ( ) とさ れて いる の が 16 府 県に 達 して い る の であ る.」 ,. ①の例として「千葉県実業補習学校施設標準」(1 91 1月 8 日, 千葉県訓令第3 8〈大正7>年1 1号) は, 実業補習教育施設を 「忠良ナル国民健全ナル公民又ノ・賢良ナル主婦タルノ素養ヲ与フ ルヲ以テ 6 ( 3 ) と規定し 「本科ノ教科目ノ・修身国語算術農業トシ男子ノ為ニハ公民科及穏操女子ノ 目的トス」 , 為ニ裁縫家事ヲ加フ」 ることと定めている, 男子のための 「公民科及磯操」 と女子のための 「裁縫 家事」 の教科の明 瞭な区別は他県においても通例となっ ている. とくに男子の場合, 「公民科」 と同 時に体操 (角力, 柔道, 撃剣, 教練等を内容とする) が 「公民訓練」 の不可欠の要素とされている 3 7 ( } であり 点が注目されよう. この 「公民科」 は 「公民トシテ必要ナル法制上ノ事項ラキ 受クルモノ」 「建国ノ大義, 国体, 憲政, 自治制度, 町村経営, 国家及自治体ニ 対スル心得等」 がその内容とな る. ここ では 「公民」 として必須の 「法制大意」 が独自の領域として教授されるのであるが, 一方 で 「修身ノ・教育ニ関スル勅語ノ趣旨ニ基キテ生徒ノ徳性ヲ楠養シ実践ヲ指導シ特ニ公民科ト相僕チ テ忠君愛国ノ志操ヲ養フ コトラカムヘシ」(「教科及編成」) とあるように, 「忠君愛国」 観念の癌養 が究極目的とされることはいうま でもない, 富山県では, 教科を実業科, 普通科 (修身, 国語, 算術, 体操) , 「公民科」(法制経済等) と大別 基キ生徒ノ徳性ヲ 趣旨 滋養シ道徳ノ実践ヲ完カラ ニ して, ※ 修身においては 「教育ニ関スル勅語ノ シムルト共ニ建国ノ大義団体ノ観念ヲ徹底セシメ思想ノ癌養ニ努メ」 , 公民科においては「市町村公 民トシテ必要ナル法制経済ノ大意ヲ授ケ国家及自治体ニ対スル知識ノ培養ニ努ムルコト」 としてい 3 8 ) こ こ では 忠 君 愛 国 の 「思想の癌養」 と 「市町村公民」 として必要な法制経済的 「知識の培養」 る{ , とが, 「修身」 と 「公民科」 との間で分業化されている. ※このように 「公民科」 を普通科, 実業科の二科と区別し, これらと並置している例は福井県 であ る.. 「男子ニアリテハ普通科 (国語算術理科体操等) 公民科 (修身地理歴史, 法制経済等) 実業 科 (農業商業工業水産等一項以上) トシ女子ニ在りテハ普通科 (国語算術等) 家政科 (修身. 裁縫家事等) 実業科 (男子に同じ -- 筆者). …. 3 9 { ) 」. 6(大正5) 年9月 鳥取県訓令第37号に 「修身ノ・国民道徳ノ瓶養ニ努ムルト共ニ ②の場合は, 1 91 受クルコト」としているように, 修身中に「市町村公民の心得」 市町村ノ公民トシテ必要ナル心得ラキ を取り入れる形態で, 後の実業補習学校, 青年訓練所における 「修身及公民」 科に形式的につなが る も の であ る,. ③は, 奈良, 三重, 岐阜と和歌山の一部に集中しているが, これらの地域では在郷軍人会の活動 111.
(11) . 新. 田. 和. 幸. が活発だっ たことによるものと思われる. 岐阜県における実業補習教育実 施要項は 「善良ナル公民 タル素質ヲ養成スルハ実業補習学校 ノ任務ナリ故ニ克ク自主独立ノ精神ト公益 ノ為メニ自己ヲ捨テ ・共同一致スルノ美風トラ養成スルニ努ムヘシ又義勇奉公ヲ完スルカ為メニ軍人ニ下シ賜りタル勅 諭ノ御趣旨ヲ服麿シ武士的精神ヲ商養スルニ努ムヘシ」 とし 「男子ノ為メ壮丁科ヲ設ケ勅諭読法其 他入営ニ必要ナル事項ヲ授クル」 訓練を与え, 「教育勅語, 戊申詔書, 軍人ニ下シ賜りタル勅諭ヲ以 4 0 ) ここ では義勇公に奉ずる武士的精神と 「公益」 のため テ訓練ノ三経典トスル事」 と定めている( , の自己犠牲による 「共同一致」 の精神とが全く 符合するのである. それ故, 壮丁教育及び兵営生活 が忠良な 「公民」 育成の重要な手段とされるの である, かくの如く, この期における 「公民科」 は地方 「市町村の公民」 の育成を重点とする 点で, 後の 「国家の公民」 の養成のための 「公民科」 とは性格を異にする. しかしながら, これが共同体にお ける 「公民的訓練」 と強く結合し, 又しばしば 「修身」 科に包含され, 或は軍隊的訓練と未分化の 文に, かえって 「自治民育」 なる教化政策の中に有機的に位置 づく ことになるの であ 形態をとるが古 .. る,. む. す. び. ・ 「地方改良」 政策下の 「自治民育」 は国家的一大事業であり, 内務・文部両省の連動によ る教化 事業が強力に推進された. その際, 地方の官僚組織, 市町村長,′小学校長, 学校教員等の官治的末 端部分, 或は在郷軍人分会 (軍事組織) の一体的協力関係が不可欠であり, 青年団, 実業補習学校 等の教育,訓練はこ れらの強力なネ ッ トワークによる統制下に置かれる, そこ では 「国民公民」 と しての 「公共心」 の養成が現実的課題として設定される. いまだ 「公民教育」 に関する明確な国家 的基準が打ち出されるに 至らず, この段 階での実践面における 多様性をはらみながらも,「公共心」 の養成,「自治」 の発揚等を目標とする実践 が実際的に国家の政策的 意図に則り, 地方の有力者層支 配を眼目としたことは否定 できない. したがっ て, 「市町村公民」 としての智徳の養成を一応独自の領域として担うところの 「公民科」 の目的は, 究極的に ぃ国家のための自治″ に貢献するぃ自発的服従″ の精神育成をその骨 格とする, この場合 「公民」 は 「国民」 の下位概念として位置され, 「公民科」 は 「忠君愛国」 精神の癌養を目 的とする 「修身」 科に従属し, 同時に軍隊的訓練方 式が無制 限に侵入し, これが 「公民的訓練」 の 重要な手段とされるの である. 「公民科」 が, しばしば 「壮丁科」 と別称される如く, 「良兵ヲ養フ 91 7年,『軍隊教育令』) という 〈良兵=良民〉 の論理が 「市町村公民」 養成の ノ・印チ良民ヲ造ル」(1 軸となりうる, ここにおいて, 大森・森のように,「地方自治」 が 「本質的に中央の政治と対立する要素を含んで 文に, 「自治民育」 も 「国家主義的教育」(「臣民教育」) と 「対置される」 性格をもっ てい いる」 が古 た, 或は中野のように, 「公民教育」 は 「地方改良運動」 の中 で い下から″ 展開された 「公民教育運 動」 を起点とし, それは 「実際の地域社会の要求」 に基くもの であった, とされる如く 「公民教育」 の成立期にその 「進歩性」 を求めることはできない,… わが国に於ける 「公民教育」 は, 「地方改良」 政策の重要な環として 成立し, それは地主的・国家 的収奪を一層強固に確保する安全装置であっ た. ※大森・森は 「明治来年の 地方自治による地方振興は, 地方住民の自発的意志に基づくという 112.
(12) . 191 0年代における 「公民教育」 に関する実証的研究. よりはむしろ中央政府の国家主義的富国政策の一環として奨励されたものであるとしても, 地方自治そのものは本質的に中央の政治と対立する要素を含んでいる したがっ て自治民育 , の場合にも, それは国家主義的教育換言すれば明治公教育における臣民教育と対置される教 ( 4 1 ) とされる 戦前の地方 「自治」 または 「自治民育」 の基本的性格に 育的性格を帯びた.」 , , ついては, 小論 「1, 『地方改良運動』 下の 『自治民育』 政策」 でふれたが, 「地方自治」 と 「中央の政府」 とが 「対立する」 要素, 可能性を否定しないが, その部面を 「本質」 的関係 としてとらえそこから 「臣民教育と対置される教育的性格」 へと短絡することはできない . 一方, 中野は次の如く論ぜられる , 「わが国の公民教育運動は資本主義の進展と明治憲政下にあっての地方自治の振興・発展を め ざす, 市町村における改良運動の中か ら台頭してきたものである すなわち, 実際の地域 ,. …. 社会の要求が公民教育運動のそもそもの出発点に位置づけられるということである . すくなくとも, そこ では公民教育の目的なり, 意義なり, また, その実施形態に ついて 当 , 初から明確な国家的基準を設定し, 直接的に上から文部省が奨励, 推進をはかっ たもの では なかったという こと であり, むしろ逆に, 各地域社会における自治民育の一環としての公民 教育運動の高揚が, 文部省をしてそれを無視しえず, 公民教育の国家的推進へと踏みきらせ 4 2 { ) て 行 っ た と い う こ と であ る,」. ここでは 「市町村における改良運動」「各地域社会における自治 民育」 が 「地域社会の要求」 を反映するものとして把えられ,「明確な国家的基準」 が設定されていないことを以て この , 期の 「公民教育」 を民間からの 「運動」 としておさえられる. しかし, 「地方改良」 「 , 自治民 育」 がまさに一大国策として強力に推進されたのは周知の事実であり, それが 「地域社会」 全体の利益を目 ざすものでなく, 地方の有力者層 の要求と合致するものであったことも自明 のことである. また 「当初から」 明確な 「基準」 が打ち出されないのは 「公民教育」(或は公 民科」) がいまだ独自の領域として分化していなかっ たからに外ならない. いずれにしても, 「公民教育」 の出発点を下からの 「運動」 を基調とされることに は無理があろう .. 〈注〉 (1) 岩波講座 『現代教育学』 ・5, 1 9 62年, 16 7頁. (2) 同 上, 168一169 頁 (3) 同上, 169頁 (4) 同上, 170頁 (5) 帝国教育会編 「公徳養成」54頁, 1902年 (6) 同上, 95頁. (7) 同上, 96頁 (8) 日本弘道会 「弘道」1913年1月号, 255頁 (9)「愛知県農会報」1 90 9年1月号, 3頁 (1 0 ) 同上, 4頁 (1 1 ) 真野文二 『実業補習教育の調査に就て』〈「帝国農会報」1 91 1年11月号, 15頁〉 2 ) 同上, 1 (1 5頁 (1 ) 同上, 1 3 6一1 7頁に掲載されているものである, (1 4) 千葉敬止 「日本実業補習教育史」117頁, 1 4年, 東洋図書 93 (1 5 ) 同上, 11 9頁 113.
(13) . 新. 田. 和. 幸. ) 中野重人 『わが国に於ける公民科教育の史的研究』(1)〈「宮崎大学教育学部紀要」30号, 1 1年, 64頁 (16 97 33頁による. (17 ) 千葉, 前掲書, 1 (18 )「斯民」191 6年1 0月号, 4頁 (19 ) 同誌1 9 17年7月号 『補習教育に於ける公民科の内容』{-) 参照 16年5月号, 36頁, 『農村に於ける補習教育の研究 (下の中) 』 (2 0 ) 同誌19 (2 1 ) 文部省 「実業補習教育ニ関スル取調書」1 910年3月, 2-3頁 (22 ) 同上, 3頁 (23 ) 同上, 3頁 (24 ) 同上, 3頁 (2 5 )「斯民」1 91 8年2月号, 52一5 3頁 (2 6 ) 同上, 53頁 4頁 (27 ) 同上, 53一5 (2 8 ) 同上, 54頁 (2 9 ) 同上, 46頁 0 (3 ) 同上, 46頁 (31 ) 同上, 56頁 (32 ) 同上, 54頁 (33 ) 同上, 45頁 0集, 第 (34 ) 大森照雄・森秀雄 『わが国における公民科成立の過程と成立後の展開』〈「東京学芸大学紀要」 , 第2 3 部 門, 1968年, 124 頁〉. (35 ) 中野, 前出, 56頁 (36 ) 文部省専門学務局 「実業補習教育に関する施説状況」191 9年3月, 50頁 (37 ) 同上, 55頁 18年2月) (38 )『富山県訓令甲第7号』(1 9 3頁 7 , 同上, 2 (39 ) 同上, 25 5頁 (40 ) 同上, 33 3頁 (41 ) 大森・森, 前出, 121頁 (42 ) 中野, 前出, 55頁 (本学 助 手・ 岩 見沢 分校). 114.
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