JFL環境の日本語作文授業におけるL1使用とL2使用
のピア・レスポンス活動の相違―中国の大学におけ
る中上級日本語専攻の学習者を対象に―
著者
趙 超超
号
26
学位授与機関
Tohoku University
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127966
論文内容要旨
JFL 環境の日本語作文授業における L1 使用と
L2 使用のピア・レスポンス活動の相違
―中国の大学における中上級日本語専攻の学習者を対象に―
東北大学国際文化研究科
国際文化研究専攻
趙超超
指導教員 副島健作 准教授
江藤裕之 教授
1 本研究の目的と構成 2010 年、中国国務院と中国教育部は、『国家中長期教育改革・発展計画綱要(2010-2020)』 (以下、『綱要』と省略)と『教育部関于全面提高高等教育質量的若干意見』(2012)(以下、 『若干意見』と省略)の中で、教育指導方法の革新、協働的な教育法を探求することを提 示した。これに関連し、近年、中国の大学日本語専攻作文教育の現場では、学習者の主体 性、協働性を強調するピア・レスポンスが注目を集めている。
これまで、Zhao(2010:13)、Yu & Lee(2014:36)、Yu & Hu(2017:25-35)など 研究によって、ピア・レスポンス実践での話し合いにおける L1 使用が活動プロセスや作 文内容における質の向上に役立つことが明らかになっており、また、L1 使用がそれに影響 を及ぼす原因として、「学習者の信念」「目標」「学習者の相互作用」が共通項として挙げら れている。
しかしながら、これらの研究はESL(English as a Second Language)や EFL(English as a Foreign Language)のものが多く、JFL(Japanese as Foreign Language)に L1 と L2 の使用についての比較がなされている研究はまれである。JFL 環境の中国の大学日本 語専攻作文教育の現場にピア・レスポンスを導入する際、話し合いにおける使用言語の選 択は1 つのポイントとなり得る。朱ほか(2014:261)は、中国の大学日本語専攻作文教 育では、ピア・レスポンスの実践中、学習者はL1 での話し合いには熱心であるが、L2 で の話し合いには熱心でないなどの問題点を現場の教師たち1が指摘したという、教師はどち らの言語を使用すべきかに困惑していることがうかがえる。したがって、この困惑を軽減 するため、L1 と L2 を比較しながら、どちらの言語によるピア・レスポンスが作文により よい効果を与えるか、その背後にある影響要素を検証することが必要であると考える。 以上のことをふまえ、本研究は、中国の大学日本語専攻作文教育で、L1 か L2 かどちら の言語によるピア・レスポンスがよりよい効果をもたらすかを検証することを目的とし、 下記のように研究課題を設定した。 課題 1 中国の四年制大学での日本語専攻教育における作文教育の問題点はあるか。あ るとすれば、具体的にどのような問題か。 課題 2 中国の大学における日本語専攻作文教育の日本語学習者のピア・レスポンスに おける使用言語は、L1 と L2 のどちらが効果的か、それぞれ、どのような影響 があるか。 1 朱ほか(2014:232):2013 年 12 月 8 日に「協働学習」をテーマとするシンポジウムに出席した L2 教師たちである。
2 課題 3 中国の大学における日本語専攻の学生への作文教育のピア・レスポンスにおけ る使用言語としてL1 と L2 による効果に及ぼす要因は何か。 本研究は、以下の全11 章より構成されている。 図1 本研究の全体構成 各章の関連づけは、まず第1 章から第 3 章にかけて、本研究の目的と研究課題を紹介し、 ピア・レスポンスの理論的背景と先行研究を概観し、研究方法を述べる。第4 章では中国 の大学日本語専攻作文教育に存在する問題を指摘し、学習者の事例分析から学習者のニー ズと作文指導への期待を見つけ出し、中国におけるピア・レスポンスの実践意義を探る。 第5 章から第 8 章にかけて、「中国の大学日本語専攻作文教育のL2 学習者のピア・レスポ ンスにおける使用言語としてL1 と L2 のどちらの言語のほうが効果的か、それぞれ、どの ような効果はあるか」を検討する。そのうち、第5 章は L1 と L2 によるピア・レスポンス が作文の内容面に与える影響を探り、第6 章は「論理的表現力」に対する L1 と L2 による ピア・レスポンスの影響についてさらに分析する。第7、8 章はそれぞれ発話機能とフィー 第1章 本研究の出発点と目的 第2章 ピア・レスポンスの理論的背景と先行研究 第3章 研究方法 第4章 学習指導要領から見た中国の大学日本語専攻作文教育の 第5章 作文における質的側面の発達 第7章 ピア・レスポンスの発話機能の特徴 第8章 フィードバックと作文推敲という観点から 第9章 ピア・レスポンスのプロセスへの学習者の意識について 第10章 ピア・レスポンス前後における作文学習への意識 第6章 ピア・レスポンスが「論理的表現力」に与える効果 第11章 全体の考察と結論 本研究の意義と目的 を明示する。 先行研究を読破し、ピア・レ スポンスの理論的背景と存 在する問題点をまとめる。 本研究の総合的考察を行い、得られた知 見を踏まえて方法論への提案を試みる。 今までの教育方法の問題点を探る ことで、ピア・レスポンス実践の必要 性を見つける。 どちらの言語によ るピア・レスポンス が有効であるか。 それぞれ、どういう 効果があるか。 ピア・レスポンスに おける使用言語と して母語と日本語 による効果に及ぼ す要因は何か。
3 ドバックの観点から、ピア・レスポンスにおける使用言語としてL1 と L2 による効果を探 る。第9、10 章は学習者のピア・レスポンスへの意識と作文学習への意識の分析を通して、 ピア・レスポンスにおける使用言語としてL1 と L2 による効果に及ぼす要因は何かを分 析し、さらに活動の改善方法を提示する。最後に、第11 章の総合的考察では、各章で述べ た要点をまとめ、中国の大学日本語専攻作文教育にピア・レスポンスを導入する方法論へ の提案を試みる。 第1 章 本研究の出発点と目的 第 1 章では、中国の大学日本語専攻作文教育の背景と実情を紹介し、L2 作文教育にお けるピア・レスポンスの必要性を検討し、中国の大学日本語専攻作文教育にピア・レスポ ンスの導入と実践上の明らかにしたうえで、本研究の目的と研究課題、論文の構成につい て紹介した。 池田(1999a:p36)の定義によれば、ピア・レスポンスとは、協働学習の理論を基盤に、 作文教育プロセスの中で学習者同士の小人数グループ(あるいはペア)でお互いの作文に ついて書き手と読み手との立場を交換しながら検討し合う作文学習活動である。ピア・レ スポンスは、他者とのやり取りを通してより多面的に深く考えさせるうちに、常に読み手 の視点を持ちながら自分の文章表現を見ることで、批判的・主体的な作文学習を促進する などの利点を持っている(Liu, Hansen2002:6 など)。 近年、『要綱』と『若干意見』は教育方法の革新を図ろうとするものだが、JFL 環境の中 国の大学日本語専攻作文教育におけるピア・レスポンスの実践は長い間推進されてこなっ た。実践においては使用する言語がピア・レスポンスの推進に影響を及ぼすため、本研究 では、中国四年制大学日本語専攻作文教育で、L1 と L2 のどちらの言語によるピア・レス ポンスがよりよい効果をもたらすかを明らかにすることを目的とする。 第2 章 ピア・レスポンスの理論的背景と先行研究 本研究で設定した研究課題を解決するために、これまでの L2 教育に関連する先行研究 を概観する必要がある。本研究では、ピア・レスポンスをめぐる3 つの理論――協働学習、 第二言語習得研究、社会文化理論を紹介し、L2 作文教育のピア・レスポンスの実践研究に おける新たな動態と問題をまとめた。さらに、ピア・レスポンスにおける使用言語につい ての先行研究を概観し、これまでの先行研究の問題点を明らかにした。そこから、L1 と L2
4 を比較しながら、どちらの言語によるピア・レスポンスが作文によりよい効果を与えるか、 その背後にある影響要素を検証する必要性を見つけた。 第3 章 研究方法 本調査は2015 年 3 月、中国の山東師範大学にて実施した。対象者は日本語学科の 3 年 生(日本語中・上級レベル)28 名とし、母語は中国語(普通話)、年齢は 19‐20 歳であ る。それぞれの日本語レベルはJLPT(Japanese-Language Proficiency Test 日本語能力 試験)のN1 または N1 に近いレベルであり、おおむね同等で大きなばらつきはない。ま た、個人差と文化背景が実験結果に影響を及ぼさないようにするため、調査対象者を探す 際に、半年以上の留学経験者やピア・レスポンス学習経験者を調査対象から除外した。対 象者を14 名ずつ、それぞれ日本語でピア・レスポンスを行うグループ(以下、「日本語で のピア・レスポンス」と省略)と母語でピア・レスポンスを行うグループ(以下、「母語で のピア・レスポンス」と省略)に分けた。各グループ内の学習者たちがそれぞれ円滑にコ ミュニケーションを取ることができるようにするために、調査者は実験前にクラスの代表 学生と授業の担当教師に聞き取り調査を行い、学習者の性格や人間関係を調べ、それを基 に各グループ内でさらに7 つのペアに分けた。 筆者が事前に作成した「研究協力についての同意書」を読んでもらい、署名と捺印をも らった後、調査を開始した。正規の授業時間内に調査を行うことは、通常の授業スケジュ ールを乱し、調査に参加しない学習者にとっても不公平であるという教育倫理上問題があ る。それを考慮し、授業時間外にクラス活動という名目で実施した。両グループは同じ教 室でクラス活動を受けており、教師からの指示は同様である。教室は十分な広さがあるた め、両グループの学習者は一定の距離を保つことができ、話し合う際の相互干渉を避ける ことができる状態であった。調査者は2 名である。その中の 1 名は筆者であり、学習者に 作文を書くための表現の教授、ピア・レスポンス活動のやり方の説明、作文テーマの提示、 活動中教室の巡回など主要な仕事を分担した。筆者は、「教師資格証明書」(高校・外国語) を取得しており、中国の学校外の日本語教育機関での教育経験を持ち、日本の大学でピア・ レスポンスを活用した授業を受けたことがある。今回の活動では、文章表現の指導方法、 授業のデザインをピア・レスポンス活動の実践がある教師の指導の下で事前に練習した。 もう1 名の調査者は大学院生で、原稿用紙の配分と回収、名簿記入など、活動のサポート を担当した。
5 実験では計4 回の教室活動がある。それぞれ 1 回は 60 分であった。1 回目の教室活動 はピア・レスポンスの導入として、調査者がピア・レスポンスの概念を説明し、例として 1 名の学習者とペアになりピア・レスポンス活動を模擬的に行いながら、そのやり方を説 明した。2・3・4 回目の教室活動はピア・レスポンス活動を実際に行うもので、最初の 30 分間を表現と作文テーマの説明と作文を書く時間にあて、それから 30 分間でピア・レス ポンスを行わせた。今回の調査は実験であるので、作文の質を確保するために、学習者に は活動時間内に作文を書かせた。教師はペアの話し合いを優先し、その際、作文の誤りを 正すだけのやりとりにならないよう促し、また日本語でのピア・レスポンスには、母語に ならないように注意を与える。筆者が作文のテーマを設定し、すべて意見文で統一した。 テーマの難易度がピア・レスポンス活動に影響を与えることを考慮し、学習者の日常生活 と緊密に関わりのあること、既存の言語知識や経験だけで討論が可能なことを基準に設定 した。また、各作文の文字数は800 字以上とし、特に上限は設けなかった。 より詳細なデータを得るために、実験が終わったら学習者に3 回のインタビューを行っ た。【1 回目】すべてのピア・レスポンス活動が終わったら学習者に一対一でインタビュー を実施し、ピア・レスポンス活動におけるL1/L2 の使用について調査対象者の感じたこ とに関するデータを収集した。【2 回目】学習者のピア・レスポンスや作文学習への意識に 関するより詳細なデータを得るために、実験が終わった 1 年後に、学習者に再生刺激法 (Stimulated recall)を取り入れたインタビューを行った。【3 回目】また、教育現場では、 実際の作文授業がどのように行われているかを理解するために、実験当時の L2 作文教育 方法をめぐって、実験3 年後の 2018 年に学習者 2 人にインタビューを行った。なお、得 られたデータの妥当性を確保するために、インタビューのデータやフィードバック、発話 データ、作文を照らし合わせた。学習者が実際にこのようなフィードバックを行ったか、 またこれを作文に反映したかをチェックした。また、学習者がインタビューで語ったこと を作文で証拠として見つけられるかを検証した。 分析方法としては、それぞれの研究課題に応じて、量的・質的な研究手法をとった。 第4 章 学習指導要領から見た中国の大学日本語専攻作文教育の問題点 第4 章では、授業における問題点を探り、中国の大学日本語専攻教育におけるピア・レ スポンス実践の必要性を見つける試みを行った。まず、2001 年の『基礎段階教育要綱』改 訂版 2000 年に刊行した『高学年段階教育要綱』の作文教育に関する記述を整理した。そ れから、教育現場では教師が教育要綱の規定通りに実践しているかを理解するために、実
6 験3 年後の 2018 年に実験に参加した学習者にインタビューを行った。その結果として分 かった中国の日本語専攻作文教育に存在する問題点は、以下の5 点である。 ①作文授業は言語の正確さに焦点を当てることで、学習者が新しい表現を試みる可能性 が低くなるだろう。②学習者の作文学習の動機と学習指導要領に規定されている目的が違 う。大学院受験を動機とする学習者は積極的に作文授業に参加しているが、単に単位を取 得することを動機とする学習者は作文学習への関心がないかもしれない。③日本語作文授 業は学校や学習者から十分に重視されていないのではないか。作文授業は選択科目として、 「読む・聞く」授業のように履修しなければならないものではない。④日本語作文授業は 日本人教師が担当することが多いでの、学習者間とのコミュニケーションが円滑でないな どの問題もある。そして、学習者は教師に強く依存していることもわかった。それにより、 教師からの支援を失ったら学習者は学習者間の相互作用によっての協働学習を不安がるこ とが推測できる。 今までの中国の大学日本語専攻作文教育方法の問題点を探ることで、今後のピア・レス ポンス導入の必要性を見つけることができた。 第5 章 作文プロダクトから見る L1 によるピア・レスポンスの有効性と特徴 第5 章では、作文プロダクトの観点から L1/L2 によるピア・レスポンスの効果を検証 した。量的(作文評価)分析および質的(作文例)分析の結果、ピア・レスポンスにおけ る話し合いでは、L1 使用は作文の内容的側面(中でも<叙述の詳細性>と<他者の視点 >)に有効で、言語形式に対してもマイナスの効果が見られなかったのに対し、L2 使用は 内容的側面に対する効果が減じており、1 回目の<文法の正確さ>のみにおいてよりプラ スな効果が示された。このことは、L2 との比較において、L1 使用のピア・レスポンスが より作文評価に有効に働くこと意味している。また、L2 使用のピア・レスポンスが 1 回目 のみの<文法の正確さ>に対して有効に働いたことは、L2 使用は学習者の言語化能力を 促進すると推測できる。 第6 章 L1 によるピア・レスポンスが「論理的表現力」に与える効果 第6 章では、中国の大学の高学年段階における日本語作文教育で、ピア・レスポンスに おける使用言語として母語と日本語のどちらの言語のほうが「論理的表現力」によい効果 を与えるかを検証した。調査では、中国四年制大学の日本語専攻学習者を対象にピア・レ スポンス活動を行い、その後、再生刺激法を取り入れたインタビューを行った。作文の論
7 理構造の分析には、トゥールミンモデルを用いた。結果としては、日本語使用のほうは論 理的構造要素の数量の増加に役立つのに対し、母語使用のほうは論理的構造要素の数だけ ではなく、論理的構造の種類の増加に良い影響を与えることがわかった。その結果を最近 接発達領域と抑制仮説を援用して考察し、母語は批判的思考力を用い、学習者間の協働を 活かしているが、日本語は緻密な思考を抑制する一方、メタ言語力の練習のチャンスとな る。このように、中国の大学における日本語の作文教育のピア・レスポンスは、母語使用 のほうが「論理的表現力」によい影響を及ぼすかことが示唆された。 第7 章 活動プロセス分析から見た L1 によるピア・レスポンスの発話機能の特徴 第 7 章では、活動プロセスの観点から、推敲活動における学習者の相互作用を分析し、 L1/L2 によるピア・レスポンスの発話機能の特徴を明らかにすることを目的とした。分 析方法としてまず、L1 と L2 によるピア・レスポンスにおいて学習者の使った発話機能の 違いを比較した。次に、活動の回数の積み重ねによって変化を分析した。結果は、①「L1 でのピア・レスポンス」は【作文に関する発話機能】の割合が最も高いが、「L2 でのピア・ レスポンス」は【活動の管理に関する発話機能】の割合が最も高い。② L1 でピア・レス ポンスを行った時、初期のピア・レスポンスであっても、学習者が教師にあまり助言を求 めなかったことで、ピア・レスポンス活動に早く慣れた。一方、初期の活動では、L2 使用 のピア・レスポンスのほうが、<関係づくり>など流れの管理に関する発話機能の割合が より高いことがわかった。実験後期のピア・レスポンスにおいては、両グループともに、 使用した発話機能の種類や数量が増加しているが、大きな変化は見られなかった。ただし、 L2 使用の学習者は初期と比較し、感謝表現やほめ言葉が明らかに減少した。 以上の研究結果は、活動プロセス、ポライトネス理論の視点から考察されたものだが、 そこから、L1 使用のピア・レスポンスは満足感や達成感につながり、L2 学習の原動力に なる可能性があること、また、自分の「フェイス」が侵害されることより、どのように協 力し合って問題を解決するかを重んじることがわかった。それに比べ、L2 使用の学習者 は、相手からの意見を受け入れないとしても、反論することが難しいので相手に妥協した ままにしてしまった場合が多かった。 第8 章 記述フィードバックの観点から L1 によるピア・レスポンスの有効性と特徴 第8 章では、中国の大学における日本語専攻作文教育の日本語学習者学習者が、ピア・ レスポンス活動における使用言語として L1 と L2 の比較について、フィードバックと作
8 文推敲の観点から探った。収集された推敲前後の作文、ワークシート、およびプロトコル などのデータを分析した。結果として、フィードバック、作文推敲過程の発話プロトコル の分析から次のことが判明した。まず、L1 使用は意味レベルのフィードバックが比較的多 かったことがわかった。次に、作文推敲過程では、L1 使用のほうは学習者の自己内対話を 活発にし、推敲の広がりを促す。一方、L2 使用は、書き手は読み返しても、訂正箇所に限 定させていることがわかった。これらは、L1 使用が意味レベルの変更に関するフィードバ ックと、意味レベルの変更での作文推敲に有効に働くことを示唆している。 第9 章 L1 によるピア・レスポンスのプロセスへの学習者の意識について 第9 章では、L1/L2 によるピア・レスポンスを行った学習者のピア・レスポンスへの 意識について分析した。実験後、著者は2 グループの学習者にインタビューし、彼らが L1 またはL2 でのピア・レスポンスに満足しているかどうかを尋ねた。その結果、学習者は ピア・レスポンスにおけるL2 使用にも L1 使用にも満足しているが、L1 使用により満足 を覚えることがわかった。質的研究手法SCAT を用いてデータを分析したところ、学習者 がピア・レスポンスにおける L1 使用へのより満足を覚える理由は以下のとおりであるこ とがわかった。 ①ピア・レスポンスでの話し合いにおけるL2 使用と比較して、L1 使用の学習者は< 雰囲気が盛り上がる><気楽に勉強><学習の習慣化>などの意識を持ち、学習者はこ れらの点で満足し、L2 でのピア・レスポンスの不十分さを補うことができる。②また、 「L1 でのピア・レスポンス」の学習者の独特な満足理由は、<気づきを促す><印象深 い><収穫がある><成長思考>などである。これらは日本のグループでは不可能であ る。 これらは、「L1 でのピア・レスポンス」の学習者がより満足できることを示している。 本章ではさらにその満足の理由を明らかにした。 第10 章 L1 使用のピア・レスポンス前後における作文学習への意識について 第 10 章では、ピア・レスポンスが学習者の作文学習への意識を変化させるかを検証す ることを目的とし、ピア・レスポンス前後の学習者の意識を分析し、作文学習への意識の 転換およびその要因を探った。ピア・レスポンス活動前後において収集したインタビュー のデータをSCAT と KJ 法を併用して分析した。その結果、L1 群(母語でピア・レスポン スを行うグループ)の学習者においての作文学習観は、より積極的、協働的に変わった。
9 それに対し、L2 群(日本語でピア・レスポンスを行うグループ)の学習者の持つ言語学習 観は、教師の役割を大きく捉えており、作文学習に対して受身的な意識を持っていること が観察された。その両群の変化の違いは、感情の要因、および協働学習の要因と言語使用 の要因による影響だと考えられる。 第11 章 全体の考察と結論 第11 章では、各章で述べてきたことの要点をまとめた。研究課題と合わせ、本研究の結 論を簡潔にまとめると、以下のようになる。 ➢ 研究課題1中国の大学日本語専攻作文教育における作文教育の問題点はあるか。ある とすれば、具体的にどのような問題があるか。 ⇒ 学習指導要領・学習者という 2 つの観点から調査を行った結果、① 学習指導要領と実 際の作文授業では「協働性」の育成の理念や指導方法において不足がある、② 実際の作文 授業で日本人教師が学習者間とのコミュニケーション不足などに問題がある、③ 学習者 は従来のテストの文化に影響され、教師を絶対的に信頼することで、教師からの支えを失 うと協働学習に対する不安が生じる、という問題点が存在していることが確認された。 ➢ 研究課題 2 中国の大学における日本語専攻作文教育の日本語学習者のピア・レスポ ンスにおける使用言語は、L1 と L2 のどちらが効果的か、それぞれ、どのような影 響があるか。 ⇒ 中国の大学日本語専攻作文教育のピア・レスポンスの話し合いにおける L1 による効果 がよりよいことがわかり、L1 使用の可能性を明らかにした。 【ピア・レスポンスにおける使用言語としてL1 と L2 による効果が同じ点】 ① ピア・レスポンス後の作文の得点は両グループとも高くなった。言語形式においては、 得点の差は開かず、両グループともに有効である。② 使用言語を問わず、学習者のピア・ レスポンス後の作文において論理的構造要素の変化が見られた。また、ピア・レスポンス 後の作文には「論理的表現力」が向上したことがわかった。③【表面の変化】に関するフ ィードバックは数量的にも割合でも【内容面の変化】に関するフィードバックより低い。 ④ 学習者はピア・レスポンスでの L1 使用にも L2 使用にも満足している。 【ピア・レスポンスにおける使用言語としてL1 と L2 による効果が異なる点】 ◆L1 使用◆ ① 推敲後の作文の得点をより高め、より有効である。特に内容面における作文の質的変 化が大きくなった。② L1 使用の学習者がより批判的思考力を用い、協働性もより高い。
10 ③ L1 使用の学習者は作文に関する発話機能が多い。話し合い中、学習者は厳しく質問を しあったり、積極的に話しあっていたりする。初期のピア・レスポンスであっても、教師 に助言を求めることは少なかった。④ 内容面の変化に関するフィードバックが多く、活動 の積み重ねにより増加の幅も大きかった。フィードバックの具体性、採用率がより高く、 最後の推敲成功率の向上に結びついた。⑤学習者はピア・レスポンスに対してより満足を 覚える。ピア・レスポンスへのより満足を覚える理由は、<雰囲気が盛り上がる>、<気 楽に勉強>、<学習の習慣化>などがある。⑥ L1 使用の学習者は作文学習に対する意識 が消極的意識からより積極的な意識へと変容した。 ◆L2 使用◆ ① 相手からのフィードバックや自分の推敲後作文に自信がなかった。② L2 使用の学 習者は活動の管理に関する発話機能の割合が比較的高い。L2 使用は控え目で、厳しい質問 を避けながら関係づくりに注意を払う傾向にある。ピア・レスポンスの内容より自分の話 したL2 が間違っているかどうかを意識する傾向がある。③ 初期の活動では<関係づくり >など流れの管理に関する発話機能の割合が高い。④ 内容面でのフィードバックは産出 されたが、より高いレベルの訂正への思考が抑制され、フィードバックの妥当性や具体性 がより低くなる。⑤<不安の軽減>、<作文学習に対する自律的な姿勢>という作文学習 への意識を示していない。 ➢ 研究課題 3 中国の大学における日本語専攻の学生への作文教育のピア・レスポンス における使用言語としてL1 と L2 による効果に及ぼす要因は何か。 ⇒ L1 と L2 使用のピア・レスポンスの効果が違う要因は、【表現力の向上】【動機・目標】 【学習信念・価値観】【協働性】【自律的学習】【思考力の促進】【文化背景】にまとめられ る。協働学習、第二言語習得理論、社会文化理論をふまえつつそれらの要因について考察 を行った。 次に、中国の大学日本語専攻作文教育において、ピア・レスポンスを実践するうえで注 意したほうがよい点を、授業のデザイン、ルーブリック、教師の役割の3 つの側面から提 案する。授業デザインに関しては、主に【事前活動】と【フィードバックの指導】、【ピア・ レスポンスにおける使用言語】について述べた。本研究は、ピア・レスポンスの学習プロ セスを評価するためのルーブリックを提案した。ルーブリックは、ダネル・スティーブン (2014、佐藤ほか訳)のルーブリックの作成手順に従い、文章の論理性を可視化する簡易 型トゥールミン・モデルの「議論分析チャート」(クルーシアスほか2004:42)を参考に して作った。そのルーブリックは学習者が作文学習プロセスへのメタ的認知を深めること、
11 教師がマクロ的・段階発展的視点で学習者の学習を見ることに役立てもらえればと考えて いる。次に、本研究は、ピア・レスポンスにおける1 つ目の教師の役割が、話題の提供者 からサポーターへと変わることであり、2 つ目の教師の役割が、学習者のニーズを理解し、 各学習者の学習目標を検討するために学習者の立場に立つことであると主張している。本 研究の提案は、批判的思考による情報の加工や作文の論理・構成に関する学習者間の協働 では慣れ親しんでいるL1 を活用し、語彙・文法などの言語修正の際には L2 を使用させ、 言語学習へのメタ的認知を育てられるようにすることである。 そして、L2 教育分野における本研究の学術的な特色として、次の 3 点が挙げられる。① 中国の大学日本語専攻作文教育におけるピア・レスポンスの使用言語について、あまり研 究されていないという学術的な空白を埋めることができた。中国の大学日本語専攻作文教 育にピア・レスポンスを用いる際のL1 が L2 よりよい効果があることを検証し、L1 使用 の可能性を明らかにした。② 従来の研究では、あまり目を向けてこられなかった中国の作 文教育においてピア・レスポンスを用いる意義を検討することにより,新たな示唆を得る ことができた。ピア・レスポンスは、教師にとっては段階発展的視点・巨視的な目で学習 者の学習を見ることができるものであり、学習者にとっては自律的・自主的学習のきっか けになるものである。③ 指導上の問題点や改善するための提案が不足している従来の研 究を乗り越え、中国の大学日本語専攻作文教育にピア・レスポンスを用いる際の方法論に ついて示した。さらに、本研究は中国の大学日本語専攻作文教育におけるL1 使用のピア・ レスポンスの可能性を明らかにすることを目的とする研究であるが、その研究成果は中国 の大学L2 教育全体と L2 教育全体の両方にとっても重要な意義を持つものである。 今後の課題として、大学1 年生から 4 年生の学習者の協働学習に対する観念や態度の変 化という縦断的の調査・研究を行っていきたい。 引用文献
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12
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