クメール語における頭子音連続の序列について
著者
桑本 裕二
雑誌名
東北大学言語学論集
号
21
ページ
19-32
発行年
2012-10-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130076
クメール語における頭子音連続の序列について*
桑本裕二
キーワード:クメーノレ語、 onsetcluster,聞こえ度階層、非口腔音、有気音,
.はじめに クメール語は、 CCV型または CCVC型の音節が豊富にみられ、これらの音節構造におけ る頭子音連続が多様であることを音韻的特徴としている。本稿は、クメール語の頭子音連続 の多様な分布を観察し、従来主流である聞こえ度階層による音節内の子音連続の序列を適用 した上で再検討し、発生する諸問題について考察しながら、聞こえ度階層以外のものも含め て頭子音連続の序列の基準について考察したものである。 音節においては、音節の端から中心に向かつて、聞こえがふさいものから大きいものへ序 列されるのがふさわしいとされる。これは聞こえ度階層 (sonority hierarchy, Selkirk 1984, Kenstowicz 1994, etc.)に従って、閉鎖音ー摩擦音ー鼻音ー側面音一わたり音ー母音の順にな り、たとえば頭子音連続の場合は、隣り合った2つの子音の間で、音節の端に近い先頭の子 音の方が聞こえ度が低いとより安定するというものである。クメール語の頭子音連続は、お おむねこの聞こえ度階層に従って分布していることが示されるが、これに従わない例も多く 存在する。上記聞こえ度階層は、通常調音様式に基づくものであるが、有声音の無声音にま さる共鳴性を考慮すると、有声性に基づく聞こえ度の差というものも想定することができ、 これまではあまりなされたことのない、有声性のみに基づく聞こえ度階層を頭子音連続の序 列に適応すると、階層への順応性は、調音様式に基づくものよりいっそう高まる。また、/h, 7/ などの非口腔音(喉頭音)が子音連続を形成することも、クメール語独特の特徴であるが、 これらは聞こえ度階層に従わない分布を示す。さらに、クメール語には有気性を有する有気 音があるが、有気音が頭子音連続を形成する要素となることも、他の言語にはあまり見られ ないクメール語独特の現象で、ある。有気音と対応する無気音の、頭子音連続における分布の 状況を観察すると、有気音は子音連続の最初の要素、つまり音節の端に近い位置にしかなれ ない傾向が強いことから、有気性と頭子音連続の序列に明かな相関関係があることになるが、 有気性と開こえ度は無関係であるから、有気性と子音連続の序列に関しては、聞こえ度階層 以外の基準でとらえる必要がある。非口腔音の口腔音に対する、また有気音の無気音に対す る、頭子音連続の序列上の基準には、 FeatureGeometry (素性幾何)理論1)(Clements 1985, Sagey1986, McCarthy 1988, 1994, Yip 1989, Rice 1993, etc.)に基づく素性構造の複雑さの基準を用い ると、両者は統一的にとらえることが可能となる。 本稿では、クメーノレ語の頭子音連続の豊富で複雑な分布から、これらの序列に対し聞こえ 度階層を基準にした場合、一般的な原則に合致して、大まかにはそれに従っているものの、 多くの説明できない例が散見されるため、聞こえ度階層自体を見直して、有声性のみに特化 すれば、その基準はより厳格なものになること、また、非口腔音、有気音などは聞こえ度階 層とは無関係に分布するため、別の基準として素性構造の複雑さを適用すると説明可能とな ることを論じる。
19-2. クメール語の言語特徴 2.1クメール語について クメール語は、オーストロアジア語族中のモン・クメール語族に属する。カンボジア王国 の公用語となっており、カンボジア圏内を中心にタイ、ベトナム、ラオスにも話者が分布し ている。「カンボジア語Jともいわれるが、この言語による言語名は“khmae"であり、これ に対して正書法で最後に書かれる /r/の音価を持つ文字(黙字になる)をそのまま写してフ ランス語に入り“khmer"、英語に入って“Khmer" になり、さらにこれが日本語に音訳されて 「クメール」となったので、「クメール語」を言語名として採用するのが本来的であるといえ る。ちなみに「カンボジア j は、クメール語では“kampu'ìci'~" であるが、この語形は公式的 なもので、たとえばカンボジア王国の公式名称のなかで使われている(坂本・峰岸 1988:1479、 上回 2002:69)。 言語類型論的な分類では、
s
v
o
語順の孤立語である。また、「名調・形容調」という修飾関 係の語順になっている。 2.2クメール語の音韻の概要 クメール語を含むオーストロアジア語族の音韻特徴として、声調が存在しないということ がある。このことは、クメール語とその言語使用地域が隣接し、同じくオーストロアジア語 族に属しながら例外的に 6種類の声調を区別するベトナム語とは対称的であるが、ベトナム 語の場合、声調はシナ・チベット語族の言語との接触や独自の後天的な発展によって生じた とされる(冨田 1988:760f.)。クメーノレ語に存在する多様な頭子音連続については、他の多く のモン・クメール語族(ひいてはオーストロアジア語族)の諸言語同様、声調が存在しない ことが根拠になりうるといっていいだろう。 クメーノレ語の子音組織(音素)は以下の通りである(坂本・峰岸 1988:1481)。 (1) 両唇音 歯音 硬 口 蓋 音 軟 口 蓋 音 声門音 無声閉鎖音 p t c k ? 有声閉鎖音 b d 鼻音 町1 n J1n
有声摩擦音 V 流音 r 側面音 無声摩擦音 (f) s h /f/は外来語のみに表れる。 /c/は硬口蓋無声閉鎖音で、 IPAの [c]に相当する(口語で破 擦音[自になる場合もある )0/げははじき音の[けである。 クメール語の音節構造は、 CV,
CVC,
CCV,
c
c
v
c
の 4種類である。オンセットは義務的で 二重子音まで許容、コーダは単子音のみである。また、コーダでは有気音、有声音はそれぞ れ無気音、無声音に中和され、 /s/はM
になり、 /r/は消失する。母音は短母音、長母音、 20一二重母音があり、その他、声帯の緊張・弛緩による、緊喉母音/弛喉母音の区別があるが(弛 喉母音は“d
,
d"のように表記)、本稿では母音の詳述は割愛する。2
.
3
クメーノレ語の頭子音連続 クメール語のオンセットの重子音、頭子音連続は一部の例外を除き 2)2個までであるが、 そ の 種 類 は 多 様 で あ る 。 頭 子 音 連 続 C]C2の 分 布 は (2)に 示 す 通 り で あ る ( 坂 本 ・ 峰 岸 1988:1481)。
(2) c,
"
-
C
,
p t c k ? b d ロ1 n J!。
v r s h p。
。。。。 。 。。。 。。。。。
。。。 。。 。。 。。 。
c。
。。。。。。 。。 。。 。
k。。。 。。。。。。。。。。。。。
s。。 。。。。。。。。。 。。
?。
町1。。
。 。。。
。。。。
。
。。。 。
。。
。
※O
が実在するもの 本稿は、 (2) に示された頭子音連続について、その序列を統一的に説明できる基準を考察す る も の で あ る が 、 音 節 と 聞 こ え の 大 き さ は 非 常 に 関 連 が 強 い と さ れ て お り ( 窪 薗 ・ 本 間2
0
0
2
:
1
1
3
)
、まずこの基準に基づいて分析するものとする。 (2) の表中、目立った特徴として、非口腔音の /h/や/?/が子音連続に表れていることが 見てとれる。これは多くの他の言語にはあまりない現象であり、これらの分節音の特徴とと もに、子音連続においていかなるふるまいをするのかは興味深い。 C2が /h/になっているもののうち、 /ph,
th,
ch,
k
h/は音声的には子音連続ではなく、有気 音 [pb,
t,hCb,
kb]である。坂本・峰岸(1988:1481) は有気音は音素ではなく /ph,
出
,
ch,
kh/の ような子音結合であるという解釈をしている。したがって、 (1)の表中にも有気音は存在しな い。しかしながら、無気音、有気音を表す固有の文字がそれぞれ存在していること、単子音 としては“pa:"r
父」一“pba:"r
布jのような最小対立が観察されることなどから、本稿では、 無気音/有気音の区別は音素的なものとして扱う。クメール語の無気音/有気音の対立に関 しては、 3.4節で詳述する。しかし、 /mh,
lh/に限っては二重子音結合であり、有気音ではなし
、
。
有気音が子音連続を形成するのもクメール語に特有の現象のひとつである。有気音が頭子 音連続の序列にどのように関わり、それがどのような基準に支えられているのかを考察する ことは、非口腔音の場合と同様、非常に意味深いことといえる。 口腔音/非口腔音、無気音/有気音の区別には、聞こえ度は関連しない。よって、これら の分節音の頭子音連続における序列をめぐっては、聞こえ度階層とは別の基準を考える必要 がある。次の第
3
節で、クメール語の頭子音連続の序列について、聞こえ度階層を中心的な基準に しつつ、標準的な、調音様式に基づく聞こえ度階層を見直し、さらにその他の様々な基準の 関与の可能性について探る。 3.分析 3.0 本節では、前節2
.
3
節の(
2
)
に示したクメール語の頭子音連続について、 2つの連続子音 の序列について具体的に分析する。 3.1節では、音節構造のなかで最も基本的な概念となる 調音様式にもとづく聞こえ度階層と、音節の先頭付近での序列について検討する。3
.
2
節で は、従来の調音様式に基づく聞こえ度階層を見直し、有声性のみに着目した場合の聞こえ度 階層の序列を考える。3
.
3
節で非口腔音/h, ?Iを含む場合の特異性を指摘して、聞こえ度階 層とは無関係の、 FeatureGeometry理論による素性構造に基づく基準を検討し、 3.4節では無 気音/有気音の対立とそれらの分布について考察、/h, ?Iの場合と同様の素性構造に基づく基 準がその序列に有効に働いていることを指摘する。 3.1調音様式に基づく聞こえ度階層と頭子音連続の序列 音節と聞こえ度の関係については、 Selkirk(1984)が示した次のような一般化が知られてい る。 (3) Sonority Sequencing Generalization (Selkirk 1984・116)In any syllable, there is a segment constituting a sonority peak that is precededand/or
followed by a sequence of segments with progressively decreasing sonority values. この一般化に従えば、分節音は、音節の中心から端に向かつて聞こえが徐々に小さくなる、 つまり、端から中心に向かつては徐々に大きくなるように配列されることになる。 聞こえ度階層 (sonorityhierarchy)は、 Selkirk(1984), Kenstowicz (1994)などをもとにし、「聞 こえ小く聞こえ大」の順に配列するとおよそ (4)の通りとなり、音節の先頭付近、つまり 頭子音連続では (5)の序列に従う傾向が強いことが示される。 (4)聞こえ度階層 (Selkirk1984, Kenstowicz 1994, etc.) 閉 鎖 音 く 摩 擦 音 く 鼻 音 く 流 音 く わ た り 音 く 母 音 (5) σ[閉鎖音ー摩擦音ー鼻音一流音一わたり音ー母音 頭子音連続 C]C2がこの序列に従わず、聞こえ度が下降するのは、 (2)の表中、 C]が非閉 鎖音である Is
,
m
, 11の場合で、次の (6)の通りとなる。 (6) a./sCI Isp/: sPI';m 「橋」 Ist/: stu:c 「釣るj Isk/: sk::l : 「砂糖J2
2
Is1/:
。
ωk 「明日J Isb/: sbaek 「皮J Isdl: sdam 「右J (6種類) b./mCI Imt!: mte:h 「唐辛子」 Imc/: mcah 「主人」 Imd/: mda:i 「母J Ims/: msalm叩 「昨日」 Imh/: mho:p 「料理」 (5種類) c./ICI Ilp/: Ipきw 「カボチヤj 11k!: Ikき:i 「上品な」 111/: 11ョ: 「良し、」 Ilb/: Ibai 「有名な」 Ilm/: 1m占:m 「十分な」 111)/: Il)i.ac 「夕方J Ilv/: Ivi・3 「イチジクJ Ilh/: Ihol) 「パパイヤ」 (8種類) これら全てを加えると全部で19種類で、 (2)の表の可能な子音連続の組み合わせの合計 (0 を付した異なり数) 84種類から考えると、比較的低い割合であるといえる (19/84=22.6%)。 しかし、 (6a-c)のパターンを個々に見た場合は、 (7) a./sCIとなる全 11種類中、 6種類 → 6/11=54.5% b./mCIとなる全10種類中、 5種類 → 5/10=50.0% c./ICIとなる全8種類中、 8種類 → 8/8=100.0% であり、例外として無視することはできない。さらに、 (7a-c)を合算すると、 IsC,mC,
lCIの パターン全29種類中、 19種類 (19/29=65.5%)で、これらのパターンに限っては半数以上が 聞こえ度階層の序列に反することになる。したがって、この環境のもとでは聞こえ度階層に 従う傾向はむしろ弱し、ということになる。 IsCIが頭音節連続をなす場合に、 C が閉鎖音であれば聞こえ度が下降するが、これはたと えば英語に豊富にみられる。 (8) Isp/:w
_
ace,
w
_
ice,
w
_
ort,
.
.
.
1st!: 旦ate,
gart,
gay,
.
.
.
Isk!: scale,
鐙
Qool,
盆
irt,
このような例からは、この環境においては、頭子音連続が聞こえ度階層の序列に従っていな いということよりも、分節音 Islの音節内での特異性に注目すべきであろう。 Cjが Imlになる場合には、 C2がそれより聞こえ度の低い阻害音(閉鎖音と摩擦音)にな るのは、 Cjが Imlになる 10種類中 5種類である。つまり、この環境では聞こえ度階層の序 列に従わない例が半数になる。やはり、ここでも Iml (鼻音)の音節内での特異性が強調さ 一23-れる。コーダにおいては、日本語のモーラ鼻音の分布 (Kuwamoto2004)、ポルトガル語およ びフランス語の鼻子音と鼻母音の分布 (Kuwamoto2006,桑本 2007)における特異性が指摘 されており、音節の端ではオンセットもコーダと同様に特異にふるまっているとみなしてよ いと思われる。 C]が /1
1
になる場合は、ここにあげたI
s
C
,
mC,I
C
I
のなかでは、聞こえ度階層の序列に最 も従わない。I
I
C
I
となる全てのパターンが聞こえ度階層の序列に反している。 111のコーダに お け る 特 異 な ふ る ま い は 、 朝 鮮 語 に 関 し て Kuwamoto (2008)で 、 フ ラ ン ス 語 に 関 し て Kuwamoto (2011)で分析されているが、オンセットにおいても同じく聞こえ度階層の序列に 反して特異性を示している。C
]
がI
m
l
の場合、 111の場合に共通していることは、両者ともに共鳴音であることで、音 節の端(この場合オンセットの始まりの位置)にふさわしくない分節音であること 3)、また、 共鳴性のゆえに母音的なふるまいをすることなどが特異性の原因であると考えられるめ。ま た、有声性のみに基づく聞こえ度階層、つまり、有声音の聞こえ度は無声音にまさるという ことを考慮した場合に、I
m
l
も/11
も、少なくともクメール語を含む多くの言語において、対 応する無声音が存在しないために、対応する無声音のある「本来的な」有声音とはそのふる まいが異なっているということも考えられる。有声性と聞こえ度階層、頭子音連続の序列と の関連については、次節で分析する。 3.2有声性に基づく聞こえ度階層と頭子音連続の序列 聞こえ度階層の序列は、 3.1節 (4)にまとめた通りであるが、この表中には、無声音/有声 音の聞こえ度の差が表されていない5)。一方で、J
11越 (1999:92)、窪薗・本間 (2002:114)は閉 鎖音、摩擦音とそれぞれの無声音、有声音に対して聞こえ度の差を明示している。 (9)聞こえ度階層(細かい区別) 無 声 閉 鎖 音 〈 有 声 閉 鎖 音 く 無 声 摩 擦 音 〈 有 声 摩 擦 音 ・ (9)において、省略されている有声摩擦音以降は、共鳴音、わたり音、母音で、すべて有声 音である。J
11越 (1999)、窪薗・本間 (2002)の示した序列の一部、「有声閉鎖音〈無声摩擦 音」だけを唯一の例外とみなした場合6)、有声性のみに注目した聞こえ度階層は「無声音 〈 有声音」の順になり、無声音と有声音が頭子音連続をなす場合は、(10)の序列に従うのがよ りふさわしいという傾向が導き出せる。 (10) σ[無声音ー有声音 クメール語の頭子音連続において、 (10)の序列に従わないものについて考えてみる。 (2)に 示した C]C2の組み合わせのうち、 C]が有声音になっているのは 1m,
1/の 2つのみで、なお かつ C2が無声音になっているものは以下の通りとなる。 、 ‘ a J -l,
,
.
、
I
m
C
/
:
I
m
t
,
mc,
ms,
mh/I
I
C
/
:
I
I
p
,
Ik,
,
i
I
Ih/ (4種類) (4種類)-24-これらはすべて (6)に示した調音様式に基づく聞こえ度階層の序列に違反するものに含まれ ているが、(11)のパターンを合計すると 8種類で、 (2)で示された C]C2の組み合わせ全体 (84種類)から考えると 8/84=9.5% という割合になり、調音様式に基づく聞こえ度階層の違 反の割合 (22.6%) をはるかにしのいで低いことになる。 さらに、 /m/ も/1/も対応する無声音/恥
1
1
が存在しないが、これは、 /m,l/の有声性 [voice] が自発的 (spontaneous)または内在的な音韻素性であって、対応する無声音の存在する/b, d/ とは区別する必要がある。 (2)が示す通り、対応する無声音の存在する/b, d/などの「本来 的なJ有声音が C]に来ることはクメール語の場合にはありえない。したがって、 /m,l/など の自発的な [voice]を有する場合を除けば、クメール語の頭子音連続において(10)の序列は 厳格に保たれているといっていい。これは、他の言語にも当てはまるような一般性の高い原 則であることを十分に予想できる。たとえば、よく知られている英語においても C]C2が「有 声音ー無声音」の序列となる頭子音連続は、 (11)のような C]が鼻音、流音になる場合を含 めても存在しない(注6)も参照のこと)。 3.3 Placeの有無と頭子音連続 2.2節 (1)に示したクメール語の子音組織の表のなかで、調音点が口腔内にないものは、 声門音の/h, '}/である。これらの分節音は喉頭音(laryngeals)とも呼ばれ、そのふるまいに おいて他の子音とは一線を画するとされる (Bessel& Czaykowska-Higgins 1992)。クメール語 においては、他の言語にはあまりみられない /mh,I,hp'}, s'}/など、/h, '}/を含む子音連続(本 稿では特に頭子音連続)があるのを特徴として、これらの音の特異性を際立たせている。 /h, '}/の素性構造上の特異性を、 FeatureGeometry理論でとらえるならば、 Labial(両唇性), Coronal(舌頂性) ,Dorsal(後舌性)などの口腔内の調音点をつかさどる素性を支配する上位 節点 (node)の Placeを、/h, '}/がその構造のなかに持っていないということで説明づけるこ とができる九 Placeがない素性構造は、 Placeのあるものに比べて構造が単純である。素性構造の単純な ものは、複雑なものより音節の端に立ちにくいと仮定し、それを Placeの有無に限定すると、 頭子音連続の序列に関して、次のような配列の傾向を想定できる。 (12) σ[Placeあり -Placeなし Placeの有一無は、聞こえ度階層の低ー高と一致するものではない。 Placeを持つ分節音が、 持たない分節音にまさって有する、いわゆる「子音らしさJは聞こえ度の低さを特徴づける [consonant]素性とはちがうものだからであるへ[consonant]は、一面的な見方をすれば、口 腔内の閉鎖性をつかさどるものであり、これが Placeを持つことと等価であるならば、たと えば Placeのないm
の閉鎖性を説明できないことになってしまう。また、 Placeを持たな い非共鳴音の/h, '}/に対し、それより聞こえの大きい共鳴音が Placeを持つということ自体 が矛盾していることになる。したがって、音節構造、特に音素配列を考える上で、 Placeの有 無は、聞こえ度階層の序列とは無関係の尺度であるへ クメール語の頭子音連続の中で、 (12)の序列に反するもの、つまり、「非口腔音一口腔音」 となっているものは、(13)で示した /?v/のパターンのみであり、しかも正書法に反して つ~v~i" のように/~/が挿入される(正書法に従えば /?v/ の子音連続で発音されるべきであ-25-る)。 (13) I?v/: 7avai 「イ可」 この一方で、頭子音連続の C1C2のうち、 C2が /h,71になっているものは、(14)が示す通り、 豊富に存在する。 (14) IChI: Iph
,
th,
ch,
kh,
mh,
IhI IC7/: Ip7,
0,
c7,
k7,
s7,
171 (ただし Iph,
th,
ch,
khlは実際には単子音 [ph,
th,
ch,
kh]) (13),
(14)から、頭子音連続における fPlaceあり一司PlaceなしJの序列は全く問題なく、妥当 であるといえる。そして、この基準が聞こえ度階層と全く無関係であることも頭子音連続の 序列を考える上で興味深いことである。 3.4有気音の頭子音連続におけるふるまい2
.
3
節で触れたが、クメール語の無声閉鎖音 Ip,
t,
c,
k/には異音として対応する有気音 [ph,
th,
ch,
kh]が存在する。2
.
2
節で示した子音組織の表(1)では有気音が示されていないが、こ れは坂本・峰岸(19
8
8
:1
4
8
1
)
による、有気音は無気音とそれに後続する泊/との子音連続で あるとし、う解釈に基づいている。しかしながら、 (15)で示されるように、文字は無気音、有 気音のそれぞれに対して異なるものとなっていることや、(16)のように、頭子音が単子音の 場合、無気音/有気音は最小対立をなすので、音素的な区別があるとみなすこともできる。 (15) [p]: tft
1
[ph]: 飼Ji [t]: 前ga
[th]:1
1
筒 [c]: 筒 口 [ch]:s
i
rn1 [k]: Ii筒 [kh]: ~w
(16) pa: 「父」 pha: 「布」 ta: 「祖父J tha: f-とし、う J ca: 「はし、」 cha: 「妙める」 ka: 「仕事J kha: 「巻くJ 頭子音連続においても、この無気音/有気音の対立は興味深い分布をなしている。頭子音 連続 C1C2において、無声閉鎖音は、本来的な無気音/有気音の別にかかわらず(つまり上 記 (l5)に示したどの文字を用いても)、 C2が/げの場合無気音 [p,
t,
c,
k] (17a)、それ以外の 場合は有気音 [ph,
th,
ch,
kh] となり (17b)、両者は相補分布をなす。 (17) a.12ram f5J 出 i f魚J fri・al) f歌う」-26-kraoi 「うしろ」 b.
t
r
ka: 「花」止
bO:1) 「南J chma: 「猫J
世J10m 「手ムj 一方、C
2にはほぼ無気音しか来ることはない10)。 (18) 112るw 「カボチャJ ph!E~h 「家」 mcah 「主人」 skョ
:
「砂糖」 (17)からはC
)
における無気音/有気音の分布は、有気音に偏り、(18)か ら は じ は ほ ぼ 無 気音に限定されることがわかる。以上から、頭子音連続に見られる無気音/有気音の序列は、 (19)にほぼ従っていることになる。 (19) σ[有気音一無気音 3.3節で分析した非口腔音の場合と同様、この序列の基準にも、聞こえ度階層は関連しない。 Selkirk (1984)においても有気音に関する記述はなく、聞こえ度階層と有気性の関係ははっき り示されていない。また、クメール語の無気音/有気音の区別のある分節音 [p,t, c, k] / [p,hth, c,hkh]はすべて口腔音で Placeを持っているから、非口腔音の場合の Placeの有無も関連し ない。ただし、 FeatureGeometryの構造を考慮するならば、有気音は Placeに加えて Laryngeal も Root の下位節点として指定される構造を持ち、 Placeのみを持つ無気音よりも素性構造が 複雑であることになる。 McCarthy(1988)に基づくと、無気音と有気音の素性構造は、およそ 次のように図示し分けることができる。 (20) 無気音 有気音 n i wM
L
W M a z L m r c a e t β L Wo
l
-c
o h R P この素性構造の違いに基づけば、(19)は以下のように書き換えることができる。 (21) a[Laryngealあ り ーLaryngealなし-27-こうして、有気音が関わる頭子音連続の序列には、構造の複雑な分節音が単純なものに先行 するという点において、非口腔音が関わる序列と一致し、両者を総合すると、次のようにま とめることができる。 (22) σ[素性構造複雑ー素性構造単純 なお、英語の無声閉鎖音の有気音化の分布は、音節構造との関連において有気性に関する (19) (同時に (21)
,
(22日の序列を示唆するものである。英語において、語頭またはアクセン トのある音節のオンセットの無声閉鎖音 /p,t, k/は単子音の場合有気音になるが (23a)、/s/ に先行されて子音連続の後部要素になると無気音になる (23b)。 (23) a. pay[
.
!
t
eI] 「支払う」 ten [~En]r
10J cat [主~æt] 「猫」 b. space [S2eIs] 「空間」 start [s1o砂t] 「始まる」 skirt [ s主舎:t] 「スカート」 また、子音連続の前部要素になる場合も有気音化する。 (24) play[
.
!
t
leI]r
(競技を)する、(楽器を)演奏する」 tram [~lem] 「列車」 cream [khli:m] 「クリーム」 (23) (24)の例において、有気音はすべて音節の先頭にあり、先頭にない場合は無気音となっ ている。この事実は、頭子音連続で「有気音ー無気音Jの序列に従う傾向を示しているとい える。 4. まとめ 以上、豊富な組み合わせが存在するクメール語の頭子音連続について、連続する2つの子 音の序列についての基準を検討してきた。 多くの言語で標準となっており、また多くの音韻論学者の問で支持されているように、音 節構造と聞こえ度の密接な関係、音節の端に向かうに従って聞こえ度が徐々に下がるような。 。
配列がもっともふさわしいとする基準は、クメール語の頭子音連続においてもおおまかには 有効であるが、なお、多くの反例も存在している。この基準は、阻害音(特に閉鎖音)が聞 こえ度の最も低い分節音として音節の端にふさわしく、最も聞こえ度の高い母音まで、徐々 に音節の中心へ向かう序列であり、調音様式に従う聞こえ度階層に基づく。聞こえ度の基準 を調音様式ではなく有声性に特化し、「聞こえ度の高一低」に対して口腔内の阻害性を無視し でもっぱら「有声音一無声音」に焦点を当てた場合は、この基準に合致する割合はさらに増 すことがわかった。しかもこの基準に反する場合は、頭子音連続
C
1C
2のC
1が共鳴音 1m,1I の場合だけで、これらの共鳴音には対応する無声音がなし、から、「本来的な」有声音とはいい がたい。一方、 Ib, dlなどの、対応する無声音のある「本来的な」有声音が、C
]
の要素にな ることは決してない。この意味において、クメール語においては有声性のみに基づく聞こえ 度階層による頭子音連続の序列は、極めて厳格に保たれているといえる。 非口腔音/h, ilが頭子音連続に含まれていることは、他の言語にはあまり見られないクメ ール語の特徴であるが、これらの頭子音連続における序列は必ずしも聞こえ度階層に従わな い。これらの分節音は、原則的にじにしか出現できないことから、「口腔音ー非口腔音」と いう頭子音連続の序列は厳格である。これは、聞こえ度階層に基づくものではなく、 Feature Geometryの素性構造における、 Placeの有無に基づくものとし、 iPlaceあり -Placeなし」と いう序列の基準を考えた。 有気音の頭子音連続での序列は「有気音ー無気音」にほぼ従っており、これに対しでも Feature Geometrγ の Laryngealの有無に基づくものとして iLaryngealあり -Laryngealなし」 という序列の基準を考えた。 非口腔音、有気音が頭子音連続に関わる場合の序列の基準として提示したものは、いずれ も素性構造の複雑さが関わり、両者をまとめて「素性構造複雑ー素性構造単純」とし、う序列 に一般化できるが、これが聞こえ度階層の関係しない基準であるという点で、本間(
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の 「聞こえ度階層に基づく音節理論に問題あり」とする指摘を支持するものとなっている。 音節内の子音連続の序列に関して、聞こえ度階層の基準は極めて有力ではあるものの、万 能ではない。本稿では、頭子音連続の豊富なクメール語の分析を通して、聞こえ度階層を有 声性のみに特化すれば、その厳格さは増すということ、また、非口腔音、有気音が頭子音連 続に関わる場合に特に顕著に示されたように、聞こえ度階層が関わらない基準として、素性 構造の複雑さが考えられうることを指摘した。 j主 *本稿は、PAIK
(関西音韻論研究会)2
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年7
月例会(
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年7
月1
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日、於神戸女学院大 学)における口頭発表に基づき、その後の考察を加えて大幅に修正したものである。PAIK
の例会では、世話役の田中真一氏をはじめ、窪薗晴夫氏、岩井康雄氏、吉田夏也氏、野津 健氏、竹安大氏、竹村亜紀子氏、大下貴史氏には議論に参加していただき、その後の論を 深めるにあたり貴重な意見を頂いた。感謝申し上げる。クメール語のデータのチェックに は、秋田工業高等専門学校のカンボジア人留学生イット・ウィサル氏(
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年3
月卒業) の協力を得た。なお、本稿は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究 (C),課題番 号2
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の研究成果の一部である。1) Feature Geometry (素性幾何)理論は、音韻素性が階層構造をもち、いくつかの音韻素性は お互いに関連性を持ってグループをなし、上位の接点 (node)に支配されるという構造を 基本にしたものである。 FeatureGeometry理論の発生と展開および多様性については、桑 本(1996:28ff.)に詳述されている。 2)三重子音連続は、タイ語からの借用語である“Ikhaon"
r
芝生」、サンスクリット語からの 借用語である“sthat"r
位置する」など Is出/を含むものおよび“strai"r
女性」など、外来 語に限られ、しかも口語では Isthatl→ Ithatl,
Istrail→ Israilのような子音削除がなされて おり、本来的なクメール語は二重子音までである(坂本・峰岸 1988:1482)。また坂本(1988) は、 Istrai/に対しては、子音削除形の Israilの他に Isatrailという母音挿入を伴う語形も 提示しているが、いずれにしても三重子音が避けられている。なお、本文で後述するが、 この場合の破裂音の後の治/は有気性を表し、音声的には“Ikhaon"は [Ikhaon]、“sthat"は [sthat]である。 3) Prince& Smolensky (1993:152)は、音節内の位置(音節の端あるいは中心)と分節音の聞こ え度に関して、音節の端には聞こえのより小さい分節音が適し、逆に音節の中心には聞こ えのより大きい分節音が適しているとして、 MARGIN/x (M/x:音節の端の分節音は x)、 PEAK!x (P/x:音節の中心の分節音は x)という制約に対して、次のような普遍的な序列が 調和的であると述べている。 M/t> M/d > ... > M/i> M/a P/a> P/i> ... > P/d> P/t これに従うと、聞こえの大きい共鳴音 1m,
I1などは、阻害音に比べると、音節の端の分節 音としてはよりふさわしくないということになる。これは、単一の分節音自体の音節の端 (または中心)でのふさわしさに関するものであり、連続した子音の配列に関する Selkirk (1984)の SonoritySequence Generalizationとは異なる一般化である。 4) コーダにおける共鳴音の母音的なふるまいについては、鼻音に関しては、 Kuwamoto(2006), 桑本 (2007)、側面音に関しては Kuwamoto(2011)を参照のこと。 5) Selkirk(1984:112)の聞こえ度の高さを数値化した表中からは、 Iv,
z,δ1 > If,
91> Ib, d, gl> Ip,
t, klとし、う序列を読み取ることができ、少なくとも表示された分節音に関しては無声音/ 有声音の区別を明示しているが、表示以外の音声に関してはわからないとしている。 Kenstowicz (1994:254)は 聞 こ え 度 階 層 に 関 し て 「 母 音 〉 わ た り 音 〉 流 音 〉 鼻 音 〉 阻 害 音jの序列を示しており、無声音/有声音どころか摩擦音と閉鎖音すら区別せず、まとめ て「阻害音 (obstruents)Jとしている。そして、聞こえの音韻的特質と音声的特質の相関関 係はいまだ解明されてないと述べ、詳しい分類を保留にしている。 6)ここに示した「有声閉鎖音ー無声摩擦音Jの順に序列されているような頭子音連続はクメ ール語にはなく、また、他の言語を観察しても滅多に表れることはない。たとえば英語に は、「有声閉鎖音Ib, d, glー無声摩擦音 If,
9, s,J, h/Jの順序の頭子音連続、たとえば/町工事dJ, 旬。/などは、)11越 (1999)、窪薗・本間 (2002)の示した聞こえ度階層の序列に合致してい ながら、全く存在しない。7) /h, 11が Placeを持たないということは、 Bessel& Czaykowska-Higgins (1992), Rose (1996) などの主張するところであるが、特に Rose(1996)は、さらに /h,11の Placeは口蓋垂音、 咽頭音などの非口腔音が当該言語の音韻目録に含まれていない場合に指定されないので あって、たとえば I
,
x
,"Hh, fllといった口蓋垂音、咽頭音が豊富にその音韻目録に含まれるアラビア語などは、これらの音と閉じく/h, 7/は Placeの指定を受けると主張している。 このことによって、 McCarthy(1988, 1994)の、/h, 7/が/ルIf, h, Ij,/と同じ「喉頭音類 (gutturals) J とし、うひとまとまりの自然類 (n鉱 山alclass) を形成して他の口腔音と並行的 にふるまうことが、 Place とその下位素性の [pharyngeal] の指定によるのだという主張と 矛盾を来すことなく共存できることになる。アラビア語の/h,7/における、喉頭音類とし ての Place指定に関しては桑本 (1996:83ff.)も参照のこと。 8) McCarthy (1988:105)の FeatureGeome町によると、[consonant] は、枝分かれした末端部の 下位素性ではなく、 Rootに内在する素性となっている。 9)本間 (2007)は、英語の音素配列に関して、従来主流であった聞こえ度階層の尺度を用な い理論を模索している。 10)数少ない例として、次のような語がある。:“mphei"'20J ;“lkhaon" ,芝居J,“stha:ni:" ,駅」 坂本・峰岸(1988)によると、有気音は、音素的には無声閉鎖音の、後続する治/との子 音結合とみなされるので、上記の諸例の頭子音連続はそれぞれ /mph,lkh, sth!という 3子 音連続となり、頭子音連続は本来的に二重子音まで、というクメール語特有の制限により 出現が限定されていることになる。 番参考文献 Bessel NicolaJ.and Ewa Czaykowska-Higgins (1992) Interior Salish evidence for placeless laryngeals. Proceedings 01 the annual meeting 01 the North Eastern Linguistic Society (NELS) 22:35-49. Clements (1985) The geometry ofphonological features. In: ColinJ.Ewen and Ellen M. Kaisse (eds.) Phonology Yearbook 2:225・252.Cambridge: Cambridge University Press. 本間猛 (2007) ,英語の音素配列について:聞こえ度階層に基づくか否か」西原哲雄・田中伸 一・豊島庸二編『現代音韻論の論点~ 239・257.名古屋:晃学出版. 川越いつえ (1999)W英語の音声を科学する』東京:大修館書庖. Kenstowicz
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