「母性愛」信奉傾向と母親が抱く養育信念との関連
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第58巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.58,No.2. 平成20年2月 February,2008. 「母性愛」信奉傾向と母親が抱く養育信念との関連 江 上 園 子. 北海道教育大学旭川枚教育心理学研究室. The Relationbetween Mothers’Adherence to“MaternalLove’’. andTheirBeliefsofParenting EGAMISonoko. DepartmentofEducationalPsychology,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation,070−8621. 要 旨 本研究は,幼児を持つ母親を対象とし,養育信念に関する設問の自由記述回答と,江上(2005)で操作的 に定義し,尺度化した「母性愛」信奉傾向(社会文化的通念として存在する伝統的性役割観に基づいた母親 役割を信奉しそれにしたがって育児を実践する傾向)との関連性を調べることを目的とした。養育信念に関 する設問は,①子育てにおいて「こうするべきだ」と思われること,②母親として「こうあるべきだ」と考 えること,の二種類であった。これらについての自由記述をグループ化し,それぞれの群の「母性愛」信奉 傾向尺度得点の高低を調べた。その結果,設問(丑では子どもへの愛情や献身が重安だとする群の「母性愛」. 信奉傾向尺度得点が高いということが認められ,設問②でも母親は子どもの手本となる必要があるとする群 の「母性愛」信奉傾向尺度得点が高い傾向が見られた。これらの結果により,「母性愛」信奉傾向と母親が 抱く養育信念との関連が認められたとともに,「母性愛」信奉傾向尺度の構成概念妥当性の高さも示唆された。. 「母性」および「母性愛」は,一般的に「女性. を鳴らし,研究者がそれぞれの研究において何を. が母親として持っている性質」そして「母親の子. もって「母性」の指標としているのか,「母性」. どもに対する先天的な愛情」と認知されている。. をどう捉えているのか,ということによって,結. しかし実際のところ,「母性」・「母性愛」はそ. 論が大幅に異なってくる可能性があると指摘して. の概念の定義が曖昧であるとされている(例えば. いる。. 花沢,1992;大日向,1988)。また,「母性本能」・ 「母性意識」などという判別しがたい語が錯綜し. このようなことから,江上(2005)では「『母 性愛』信奉傾向」という概念を碇喝し,「社会文. ながらもそれぞれが自明のものとして扱われてい. 化的通念として存在する伝統的性役割観に基づい. る傾向が見られ,またそれぞれの研究においてそ. た母親役割を信奉しそれにしたがって育児を実践. の語を用いた根拠も見えにくくなっている(江上,. する傾向」と操作的に定義した。「母性愛」信奉. 2005)。戸田(1990)も,こういった状況に警鐘. 傾向」という概念の特徴としては,以下の三点が. 197.
(3) 江 上 園 子. 挙げられる。. まずは,「母性愛」自体の存在の有無を問わな. 態度を規定するものとしての意味が見出されてい る(Belsky,1984;Luster,Rhoades,&Haas,. いという点である。江上(2004)は,「母性」・「母. 1989)。「母性愛」信奉傾向もその一種であるとは. 性愛」をめぐる研究を概観し,それらの結果を考. 言え,それは,江上(2005)で明らかにされたよ. 察した結果,女性および母親一般に「母性愛」が. うに,ある一定の傾向をあらわしたものであり,. 存在するのかどうかという議論は不毛であると考. 具体的に,個々の母親がどのような養育信念を. えた。そのため,「『母性愛』信奉傾向」は「母性. 持っているのかについて測定するものではない。. 愛」の有無に関してはどちらも前碇とはしないこ. そのため,「母性愛」信奉傾向を問題とするならば,. ととした。. 現在,子育て期である母親が抱く具体的な養育信. 次に,「母性愛」についてのポジティヴ・ネガ. 念について調べることも意義があると考えた。実. ティヴの意味づけを前もって行わないという点で. 際,母親はどのような養育信念を持っているのだ. ある。これについては,概念に対する研究者自身. ろうか。そこに個人差は見られるのだろうか。そ. のプラス・マイナスというイメージなどのバイア. してそれぞれの母親が抱く養育信念の特徴は,「母. スが,データにおける解釈と呈示に影響を与えう. 性愛」信奉傾向にも何らかの形であらわれるのだ. るという指摘(例えばGreenwald,Pratkanis,. ろうか。. Leippe,&Baumgardner,1986;Phares,1993)も. これに関して言えば,江上(2005)では,「母. なされている。さらに,「母性愛」概念に縛られ. 性愛」信奉傾向尺度の信頼性および基準関連妥当. て子どもとうまくかかわれない母親がいる一方. 性は検討されて認められてはいるものの,構成概. で,「母性」を自ら受け入れて“mothering’’を. 念妥当性は問題にされていない。そこで,それぞ. 楽しんでいる母親も存在する可能性も考慮される. れの母親が抱く養育信念の内容の違いによって,. ことから,本研究では,「母性愛」という概念に. 「母性愛」信奉傾向尺度得点に高低の差が認めら. ついて前もって正負のイメージを固めずに研究を. れれば,そしてその自由記述の内容の違いと「母. 進めていく。. 性愛」信奉傾向尺度の得点差との関連を理論的に. 「『母性愛』信奉傾向」の最後の特徴としては, 単に「子どもが好き」や「子どもは大事である」. という項目に代表されるような従来の概念とは異. 説明できるならば,構成概念安当性が検討できる と想定する。 したがって,本研究は,どのような養育信念を. なり,ある種の強迫的な思い込みを想定している. 持つ母親が「母性愛」信奉傾向とのかかわりが深. 点である。つまりは,母親が抱く子どもに対する. いと考えられるのか,具体的に言えば,どういう. 感情や具体的な行動ではなく,養育信念の一種で. 養育信念を持つ母親の「母性愛」信奉傾向が相対. あると考える。これは,「母性愛」を母親の感情. 的に高いのか(そして低いのか)ということを探. などの「状態」として捉えるのではなく,「母性愛」. ることを目的とする。また,その結果の特徴から,. というものに対する信念を抱いている程度を母親 の個人差として抽出するためである。さらに本研. 「母性愛」信奉傾向尺度の構成概念妥当性を検討 していきたい。. 究では行わないが,それが養育場面でどのような 影響を及ぼすかということの検証を,最終的には 方 法. 目指しているからである。 ところで,先述したように,「母性愛」信奉傾. 向もその一種であると想定されるが,「育児やし. 調査対象者. 2歳∼6歳の子どもを持つ母親183名であった。. つけについての思いや考え方」である養育信念に. 母親の平均年齢は,34.7歳(範囲:23−48歳,. 関しては,養育者の要因の中の一つとして,養育. SD=3.92)であった。就業状態は,常勤職が33. 198.
(4) 「母性愛」信奉傾向と母親が抱く養育信念との関連. 名(18%),パートタイムが51名(27.9%),就業 していない者が97名(53%)であった。 調査手続き. 福岡県内の幼稚園及び保育園,合計3園に調査 への協力を依頼し,園ごとに質問紙を配布・回収 した。母薫別こはそれぞれアンケートへの回答が強. 制でないことを質問紙に明示した。調査は2001年 6月15日から同年7月6日の間に行った。 調査項目. 母子の年齢,母親の就業状態などのフェイス シート項目の他,以下の質問項目を設定した。 「母性愛」信奉傾向(12項目) 江上(2005). において作成した項目である(詳細はTablel参 照)。これらの項目について回答させる際,好ま しい,好ましくない,良い,悪いという答えは一 切ないということ,現在の考え,気持ちに一番近. いものを深く考えずに選ぶようにということを教 示し,「ぜんぜんそう思わない」から「まったく その通りだと思う」までの5件法で評定させた。. Tablel「母性愛」信奉傾向尺度12項目 1.母親であれば,育児に専念することが第一であ る。 2.育児は女性に向いている仕事であるから,する のが自然である。 3.わが子のためなら,自分を犠牲にすることがで きるのが母親である。 4.子どものためなら,どんなことでもするつもり でいるのが母親である。 5.子どもを産む母親だからこそ,子育ては何にも さしおいて母親が行うべきことである。 6.子どものためなら,たいていのことは我慢でき るのが母親である。 7.育児に専念したいというのが,女性の本音であ る。 8.何といっても子どもには産みの母親がいちばん 良いのである。 9.母親の愛情ほどに偉大で,気高く無条件なもの はない。 10.母親になることが,女性にとって存在のあかし と見なされる。 11.子どもを産んで育てるのは,社会に対する女性 のつとめである。 12.子どもが小さいうちは,母親は家庭にいて子ど ものそばにいてやるべきである。. 次に,以下の二つの設問を行い,それぞれ母親に 自由に回答するように求めた。なお,設問①にっ. て読み,内容や意味の近いもの同士をひとまとま. いては,183名中,121名が回答し,設問②につい. りにした上で上位概念を形成し,再び回答を読み,. ては,183名中,112名が回答した。また,どちら. 似た概念同士を結び付ける作業を何回か繰り返し. かにのみ答えた母親も若十名見られた。回答は,. た(自由記述回答の例は付録を参照)。そして最. 設問ごとに検討することとした。設問①および設. 終的に,自由記述回答の内容からグループの定義. 問②の設問内容は,以下の通りである。. を行い,心理学専攻の大学院生2名と定義と内容 との一致に関する確認を行い,グループを決定し. 設問① あなた自身が子育てにおいて「こうする べきだ」と思われることはありますか。 設問(卦 母親として「こうあるべきだ」と考えて おられることはありますか。. た。グループは,グループA:「自信を持った子 育て」,グループB:「しつけ重視」,グループC. :「子どもへの愛情・献身」,グループD:「子 どもの意思尊重」の4カテゴリに分類された。評 走者間一致率は打=.82であった。不一致である 回答については,協議の上,どのグループに属す. 結 果 設問①と設問②についてのすべての回答を,そ の内容から各カテゴリに分けた後,評走者間一致 率を出した。その後,それぞれのカテゴリにおけ. るか決定した。それぞれのカテゴリにおける人数 と説明,および具体例と「母性愛」信奉傾向の尺 度得点はTable2に示した。. 設問①と同様,設問②における112名分の自由. る「母性愛」信奉傾向尺度得点の差を調べた。. 記述回答をすべて読み,内容や意味の近いもの同. 自由記述回答の分析. 士をひとまとまりにした上で上位概念を形成し,. 設問①における121名分の自由記述回答をすべ. 再び回答を読み,似た概念同士を結び付ける作業. 199.
(5) 江 上 園 子 Table2 設問①におけるグループ説明と「母性愛」信奉傾向尺度得点 グループ名. 定義 及び 説明. 人数 平均値. 標準 偏差. 「こうするべき」というのはなく,自信を持って子どもと向き合う。. A:「自信を持った子育て」. 具体例 皮舛β存を摩っ㌣ヂど占と超すβ,ナバナ畠をの檻乙をい. 31. 32.0. 9.2. 37. 34.5. 8.8. 32. 37.4. 8.4. 121. 35.3. 8.9. 育児の中でも,子どもへの「しつけ」がとくに重要だと考える。. B:「しつけ重視」. 具体例 ヂど感のムつげぼ窟城 疹夢の善乙原ムぱろやんと離β C:「子どもへの愛情・献身」 子どもへの愛情の表現や子どもとの時間をつくることが大事だと考える。 21 38.6 7.8 具体例 ㌘きβガリヂど感と∵暦にいて嵩ゲ憲,スチノンブプヤプミュニターンタンカ沈着 子どもを一人の人間として信頼し,その意思の尊重が大事だと考える。. D:「子どもの意思尊重」. 具体例 ヂど占β身の老宕や存汐を居着する,ヂど占を庶厨する. 合. 計. Table3 設問②におけるグループ説明と「母性愛」信奉傾向尺度得点 グループ名. 定義 及び 説明. 標準 偏差. 「母親」としてのこだわりを持たないことが重要であると考える。. E:「こだわりからの脱却」. 具体例 顔必〟げか】ごとメ沈勇 身分β身が宰ぜ㌘あβごとメ牙夢. 29. 31.6. 8.4. 19. 38.2. 8.5. 44. 35.3. 9.3. 20. 35.6. 7.6. 112. 34.9. 8.8. 母親は,子どもの手本になり導いていく存在である必要があると考える。. F:「子どもの教育係」. 具体例 ヂど感の≠本とをβよブにすβ,都子ど感に夢好きカβべき7窃β 母親は,子どもを理解し慈しむような受容的な存在であると考える。. G:「受容的な存在」. 具体例 ヂど占のよき虜好穿てて渉クそい,好をするに占ヂど占仁愛盾を揮って頂ニブ. 「母親」という枠組みではなく人間一般としての美徳を自分に課す。. H:「人間としての要求」. 具体例 いつ打点逓て窃戊べき㌘あβ,心身と感躇疫㌘あタカい. 合. 人数 平均値. 計. を何回か繰り返した(自由記述回答の例は付録を 参照)。そして最終的に,自由記述回答の内容か. 「母性愛」信奉傾向尺度得点の差の検討. 設問①におけるグループ間での「母性愛」信奉. らグループの定義を行い,心理学専攻の院生2名. 傾向尺度得点の高低を比較するために,一元配置. と定義と内容との一致に関する確認を行い,グ. の分散分析を行った結果,グループの主効果が認. ループを決定した。グループは,グループE:「こ. められた(F(3,117)=3.25,p<.05)。Tukey. だわりからの脱却」,グループF:「子どもの教. 法による多重比較の検定により,グループAとグ. 育係」,グループG:「受容的な存在」,グループ. ループCとの得点の間に有意差が見られた(p<. H:「人間としての要求」の4カテゴリに分類し. .05)。したがって,グループC:「子どもへの愛. た。評走者間一致率は打=.80であった。不一致. 情・献身」の母親の方が,グループA:「自信を. である回答については,協議の上,どのグループ. 持った子育て」の母親よりも,「母性愛」信奉傾. に属するか決定した。それぞれのカテゴリにおけ. 向尺度得点が有意に高いということが認められた。. る人数と説明,および具体例と「母性愛」信奉傾 向の尺度得点はTable3に示した。. 設問②におけるグループ間での「母性愛」信奉 傾向尺度得点の高低を比較した結果,カテゴリの 主効果について,有意傾向が認められた(F. 200.
(6) 「母性愛」信奉傾向と母親が抱く養育信念との関連. (3,108)=2.41,p<.10)。Tukey法による多. 点を比較した結果,設問①ではグループA:「自. 重比較の検定により,グループEとグループFと. 信を持った子育て」とグループC:「子どもへの. の得点の間に有意傾向が見られた(p<.10)。し. 愛情・献身」との間で有意差が認められた。つま. たがって,グループF:「子どもの教育係」の母. り,子育てにおいては何よりも子どもへの愛情と. 親の方が,グループE:「こだわりからの脱却」. 子どものために尽くすという気持ちが必要である. の母親よりも,「母性愛」信奉傾向尺度得点が高. という考え方のグループCが,子育ては十人十色. い傾向にあるということがわかった。. なので気にせず自信を持って向き合う方がいいと. 以上より,設問①では二つのグループ間で有意 な差が認められ,設問②では有意な差であるとは 言えないまでも,やはり二つのグループ間におい. いうグループAよりも「母性愛」信奉傾向が高い という結果であった。「母性愛」信奉傾向は江上 (2005)でも述べられている通り,「∼しなけれ. て有意傾向が見られた。それぞれの設問の回答に. ばならない」「∼であるのが当然である」などと. おける評走者間一致率の値を見ても,グループの. いうやや強迫的な特徴を持つものである。そのた. 分類に問題があるとは思えない。ゆえに,これら. め,とくにそのような自分自身に縛りを設けずに,. の結果を最終的なものとして,まずは,それぞれ. 「自信を持って」子育てをするとするグループA. の設問において有意差,あるいは有意傾向の見ら. がもっとも「母性愛」信奉傾向尺度得点が低いと. れたグループについて,その結果の解釈と理論的. いう結果は想定される通りである。これと関連し. な考察を行いたい。そしてその後,他のグループ. て,当たり前のように「子どもには献身的に尽く. については,なぜ有意な差,もしくは有意傾向が. すことが重要」そして「母親の愛情が何より大切」. 見られなかったのかということについても考察を. だとするグループCの「母性愛」信奉傾向尺度得. 試みる。. 点が高いことも,納得のいくものである。一方,. グループBは「母性愛」信奉傾向が定める母親役 考 察 本研究は,個々の母親が抱く具体的な養育信念. 割の信奉というよりも,「親としての責任」とい う面を重視していることから,得点に差がなかっ たものと思われた。また,グループDも,「子ど. と「母性愛」信奉傾向尺度との関連性を探ること. もを大切にする」という点ではグループCと同じ. と,それによって「母性愛」信奉傾向尺度の構成. であるが,どちらかといえば子どもを一個の独立. 概念妥当性を検討することが目的であった。. した人間としてとらえ,母親である自分とも対等. 母親の養育信念については,設問①:/ ̄あを.そ. に見なしている点で意味を違えているということ. 葺身㌦7眉て睾.おいで軋=ブナ眉べき為 と思ゎ. だろう。以上のように,設問①に関して母親が抱. 東名ことばあクますメ)。Jならびに設問②:√蜜. いている養育信念と「母性愛」信奉傾向との関連. 柑!ここ− ̄ ご・;∴・こ;・、、、Jユ.とヂー.・∴∴石−∴ざ√∼・こ;ご. を調べた結果を概観すると,「母性愛」信奉傾向. とばあクますカ)。Jに対する自由記述による回答. 尺度はその定義を反映していることから十分に妥. を分析することとした。これらの質問は,自由記. 当性が高いものであると考えられる。. 述なだけに,相当数の内容が得られた(付録を参. 次に,設問②であるが,グループE:「こだわ. 照のこと)。よって,母親はまさに,個人で何ら. りからの脱去ルとグループF:「子どもの教育係」. かの養育信念を持ちながら子どもと向き合い,育. との間で有意傾向が見られた。有意傾向であるこ. 児をしているということが明らかになった。そし. とから,断言はできないが,母親としてのこだわ. てそれらの回答は,いくつかのグループに分類す. りを持たないことが重要であるというグループE. ることができた。さらにその回答によって分類さ. が,母親は子どもの手本となるべきである,尊敬. れたグループごとの「母性愛」信奉傾向の尺度得. されるべきであるというグループFよりも「母性. 201.
(7) 江 上 園 子. 愛」信奉傾向が低いという結果から,これも,「母. わるものは相対的に希薄であり,むしろ養育者へ. 性愛」信奉傾向尺度の安当性を支持するものであ. のソーシャルサポートなどの社会文脈的要因を中. ると推察される。この場合,グループFは,「母. 心に据えたものの方が多数を占めつつある。した. 性愛」信奉傾向の持つ特徴のひとつであると考え. がって,養育信念を取り上げる際,本研究のよう. られる「育児に対する動機づけの高さ」を反映し. なものだけではなく,他の養育信念も含めて究明. ていると見ることができる一方で,現代の母薫別こ. することで,これまでとは異なる形で,母親の特. 見られる,子どもの「人格形成」をリードするべ. 徴の一つに光を当てることができるかもしれない。. きパーフェクトマザーを目指している(広田,. 次に,養育信念とは異なるが,養育態度に影響. 1999)姿のあらわれとも捉えられるからである。. を及ぼす養育者の要因として,養育者個人の「認. ところで,グループH:「人間としての要求」に. 知・評価的な目」を想定することも重要であると. は「母性愛」信奉傾向が高い,もしくは低いとい. 考える。これに関して,氏家・高濱(1994)は因. う特徴は見られなかったが,これも「母親として」. 果関係を想定せず,養育者たる当人の「現実知覚. というよりは「人間として」の美徳を自分自身に. =評価様式」の変化こそがその本人たちの適応状. 課していることから当然であると言える。しかし. 態を導いたとしている。したがって,われわれが. ながら,子どもを理解して愛情を示すような受容. 養育者についての研究を行う場合には,養育者の. 的な存在でありたいとするグループG:「受容的. 信念だけではなく養育者の認知や評価の面にもよ. な存在」についても,「母性愛」信奉傾向におけ. り目を向けていく必要があると言えるだろう。. る高低の目立った特徴が見られなかった。これは,. 最後に,本研究は具体的な養育信念についての. グループFと異なり,どちらかといえば受動的な. 自由記述にせよ「母性愛」信奉傾向尺度得点にせ. 意味を持つからではないだろうか。つまり,母親. よ,母親の養育の現実そのものを反映しているも. が子どもに対して意識的に働きかけるという能動. のとは言えないという点について考える。いわば,. 的な性質ではなく,子どもが主体であり,親とし. 養育信念はある意味,母親の「理想」を表現して. てそれを受け止めたいというあらわれであると思. いるものとも言えるわけであるが,それと母親の. われる。ゆえにこの結果より,「母性愛」信奉傾. 「現実」が一放しているか,していないかという. 向は母親から子どもに対する能動的な働きかけを. ことで,母親の精神的な健康や子育てへの動機づ. 重視するという意味を持つ可能性も示唆されよ. けはおそらく大きく異なることであると思われ. う。もっとも,設問②に関しては設問①ほど明解. る。溝田・住田・横山(2003)も,母親の母性観. な結果とは言えないが,それゆえにこのような有. における意識と行動が一致していれば,安定的に. 意義な考察が得られたとも言える。. 育児を行うことが出来,一致していなければ不安. ここで,本研究における課題および展望を述べ. な気持ちで育児を行うことになると述べている。. ることで結語とする。本研究では,母親による,. したがって,養育信念を問題とする場合,自分が. 子育てや母親としての自分についての養育信念に. 抱く養育信念のように自分が行動できているか,. 関する自由記述を求めたが,信念の中でも,例え. という側面について明らかにしていくことも有意. ば子どもの発達についての信念や,「しつけ」に. 義であると考えられる。. 特化した信念などの研究も散見される(例えば. これらの研究を通して,Belsky(1984)が唱. Miller,1988;Himelstein,Graham,&Weiner, えているように,養育信念,すなわち養育者の思. 1991)。そしてそれぞれの研究で,それらの信念. い込みや,認知・評価などの養育者の要因が養育. が養育態度に何らかの影響を与えるということが. 態度に与える影響の大きさを検証することができ. 示唆されている。しかし現状としては,育児に関. るだろう。. する研究では,養育者の要因にダイレクトにかか. 202.
(8) 「母性愛」信奉傾向と母親が抱く養育信念との関連. 付 録. 引用文献. Belsky,J.(1984).TheDeterminantsofParenting:Apro−. 自由記述の部分の回答を,一部,紹介する。. CCSSModcl.ChildDcvclopmcnt,55,83−96. 江上園子(2004).「母性愛」から「『母性愛』信奉傾向」. ヘー実り多き実証研究に向けた「母性」概念再考の試. 設問(彰:「あなた自身が子育てにおいて『こうするべきだ』. と思われることはありますか。」. み−.お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間文. 化論叢,7,185−193.. ・人としての倫理・道徳感をしっかり幼少のうちから. 江上園了一(2005).幼児を持つ母親の「母性愛」信奉傾向 と養育状況における感情制御不全.発達心理学研究,16,. 教えていくべきだと思う。 ・どんな小さなことでもほめて愛して育てることが大 切だと毎日考えている。. 122−134.. Greenwald,G.,Pratkanis,R.,Leippe,R.,&Baumgardner, H.(1986).Underwhatconditionsdoestheoryob−. ・自分自身も大切にするべきである。 ・子どもを育てるのは他の人の助けを借りることも大. StruCtreSearChprogress?.PsychologicalBulletin,93,. 切だと思った(自分の視野が狭くなっていたことを. 216−229.. 実感した)ので,「こうするべき」だということは思っ. 花沢成一(1992).母性心理学.医学書院.. ていない。. Himelstein,S.,Graham,S.,&Weiner,B.(1991).An ・子どもに無私の愛情を持って潰すること。. AttributionalAnalysisofMaternalBeliefsaboutthe. ・自分でできることはなるべく自分でさせるべき。. ImportanceofChild−rearingPractices.ChildDevelop−. ・約束は絶対に守り,嘘はつかない。. ment,62,301−310.. ・善悪や痛み・思いやりはきちんと教えるべきである。. 広田照幸(1999).日本人のしつけは衰退したか−「教育 する家族」のゆくえー.東京:講談社.. Luster,T.,Rhoades,K.,&Haas,B.(1989).Therelation. betweenparentalvaluesandparentingbehavior:A testoftheKohnHypothesis.JournalofMarriageand. ・かわいさのあまり,いろんなことを曖昧にしたりし. ない。 ・「こうするべき」などという言葉は子育てには存在 しない。千人の親子がいたら,千通りである。何が. 良いか悪いかなどと誰にもわからない。. theFamily,51,139−147. Miller,S.A.(1988).Parents’beliefsaboutchildren’s COgnitive development.Child Development,59,. 設問②:母親として『こうあるべきだ』と考えておられ. ることはありますか。」. 259−285.. 溝田めぐみ・住田正樹・横山卓(2003).母親観と育児不 安.日本保育学会第56回大会発表論文集,333. 大日向雅美(1988).母性の研究−その形成と変容の過程 :伝続的母性観への反証−.川島書店.. Phares,Ⅴ.(1993).Fatherabsence,mOtherlove,and Otherfamilyissuesthatneedtobequestioned:Com−. ・今ある能力を正面から受け止め,それに合わせて対. 処していくべきだと思っている。 ・それぞれのあり方で良いのでは。 ・子どもは親の背中を見て育つということからも,私. 自身がまず幸せであることがとても大切だと思う。 母親が幸せなら,子どもも幸せだと思うから。. mentonSilverstein(1993).JournalofFamilyPsychol−. ・自信をもって行動するべき。. Ogy,7,293−300.. ・子育て以外の時間はなるべく自分のために使い,. 戸田まり(1990).母性形成と発達.発達の心理学と医学,. 1,3,303−311.. 人の人間として充実して生きること。 ・元気で明るい人間。. 氏家達夫・高濱裕子(1994).3人の母親−その適応過程 についての追跡的研究.発達心理学研究,5,123−136.. ・子どもに振り回されず,主導権は親にあることを理. 解させたい。 ・子どもは親の所有物ではない。一人の人間として見 ていくことが大事。. 付 記. ・ない。ナンセンスな育児書は山のようにあるが。 ・子どもがいつでも話をしてくれる間柄を作るべきだ. 本研究にご協力下さいましたお母様と幼稚園・保育園. と思う。. の先生方に,心より感謝申し上げます。 (旭川校講師). 203.
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