ジェンダーから見た平安文学と現代社会 : ラジオ講座「女と男」より
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(2) ジェンダーから見た平安文学と現代社会 −ラジオ講座﹁女と男﹂より−. 中. 島. 和 歌 子. ﹃枕草子﹄には、次のような文章がある≡一段物︶。. 生ひ先なく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらむ 人は、いぶせく、あなづらはしく息ひやられて、なほ、さ りぬべからむ人のむすめなどは、さし交じらはせ、世の有. はじめに. 草子﹄を中心に、ジェンダー︵社会的・文化的性差︶という視. り様も見せならはさまほしう、典侍︵ないしのすけ︶など. 私は平安文学を専攻しているので、本日は、その一つの﹁枕 点から作品を読み直すと、作者を含めてそこにどのような女性. ﹁女性と職勢. ではまず最初に、当時の女性. −. といっても貴族女性に限ら. れるが − と職業の関係について見ていきたい。. さてこの中に出てきた﹁典侍﹂というのは、宮中で天皇の側 近く仕える上級の国家公務員である。この文章は、全くの世間 知らずの専業主婦はもうーつで、貴族のお嬢さんでも世間を知. 像や男性像が浮かび上がってくるのか、またそれらは現代とど にてしばしもあらせばや、とこそおぼゆれ。 う関係するのか、といったことをお話ししたいと思う。 ここまで現代語に訳してみると、 1枕草子﹄は今から丁度千年前に書かれた作品である。作者 将来性が無く、ただひたすら、ささやかな家庭の幸せ、な が清少納言︵これは女房名、本名未詳、清原某子︶であることや、 んていうものを夢見ているような女性は、私には鬱陶しく ﹁春は曙﹂から始まることは、皆さんご存じだと思う。他に、 て、軽蔑すべき人のように思われます。やはり、それ相応 よく言われる﹁遠くて近いものは、男と女の伸﹂という青葉も、 の家の娘さんなんかには、宮仕えをさせて、世間の様子を ¶枕草子﹄に あ る ︵ 一 大 二 段 伽 ︶ 。 見習わせたくて、典侍などに、しばらくの問就かせたいと ね思われますよ。. ー45−.
(3) るべきだ、と言っているのである。勿論、世の有り様を知ると. ともだけれど︺. と、結婚におけるマイナス面を一旦認めている。が、しかし、 いっでも、ここでは、宮廷のしきたりを身につけたり、洗練さ れた宮廷文化に親しむことを指すにすぎない㈱。また、﹁しばし そのあとに弁護の言葉が続く。訳だけ言うと、 奥さんが典侍としての仕事で時々宮中に上がったり、天皇. の使者となって活躍するのは、夫にとっても晴れがましい ことでしょうし、そんなキャリアのある女性が、家庭に落. もあらせばや﹂ということは、いわゆる腰掛け就職を言ってい るのであって、臨界がある。しかし、ともかく宮仕えを 一 つまり女性が自分の家の外の社会で働くことを1積極的に認. ち着くことになるのは素晴らしいことではないですか。知. 但し、前述したように、いつかは仕事むやめることが前提に. 清少納言にとって、すべきものはものは宮仕え、というわけだ。. と弁護して、最終的には宮仕え経験を音える文章になっている。. イスができて役に畢つでしょう。. 識も豊富なので、. め て い る と いう点で、注目すべき文 章 で あ る 。 では清少納言がこのようなことを書いたのは、なぜなのか?. それは、当時、女性の宮仕えを非難する風潮があったからだと 考 え ら れ る 。この文章は、次のよう に 続 く 。 宮仕へする人を、あはあはしう、わるきことに言ひ思ひた る男などこそ、いとにくけれ。︹訳=宮仕えする女性のこ. なっているし、また官職も典侍などに限られている。これらは とを軽薄だとか、よく凄いとか言ったり思ったりしている 彼女の限界ではなく、︵私的な女房などは別として︶当時女性 男 な ん か、本当に痛に触ります よ 。 ︺ しかし、更にその後には、﹁確かに、それも一理ある。﹂と譲 が就くことができる公の職業の種類や期間が限られていた、と いうことである。この点では実は奈良時代のほうがまだ可能性. があった。九世紀になってから、女性の高位高官が減ってしまっ. 歩の青葉が続く。なぜ宮仕えする女性が軽薄だと言われても仕. 方の無い面があるのか、その説明の部分を要約すると、天皇陛. ていうのは、やっぱりよくないですね。︺﹂で始まる、女性の官. たのである㈲。﹃枕草子﹄には、﹁女こそ、なほわろけれ。︹訳=女っ. からの便など、あらゆる人々に姿を見られるから、というので. 一段㈱︶。. ここまでは﹃枕草子﹄の文章から、女性が外で仕事を持つこ. 二、女性の生き難さ. 職や位についての限界そのものを取り上げた文章もある︵一八. て、大切に迎える場合に奥ゆかしく感じられないのは、もっ. 人に見られていた女性は、男性がその人を奥様などと言っ. えむ、ことわりなれど︹訳=宮仕え経験をしてさんざん他. あ る 。 そ う して結婚相手としては、 上など言ひて、かしづき据ゑたらむに、心にくからずおぼ. 下や男性貴族はもちろん、宮中で働く下々の人や、同僚の実家. −46−.
(4) 生が決まる女性の苦しみを嘆く青葉である。それより前の部分. とには、制度的にも社会通念としても、、制約があることについ となる。つまりこれは、浮き草のように㈱、他人の心次第で人 て述べてきた。では、家庭に入る道を進めば安心か?というと、. せらる、と。︹訳−1昔からよく言われていますよね。容色. 古︵いにしえ︶より称す。色衰ふれば、相︵あい⋮︶棄背. には、次のような青葉もある。. ︵他律的であった︶、ということについて. 実はそうとも言えなかった。次に、結婚をはじめ女性の人生が 自律的ではなかった. 述 べ た い と思う。. が衰えると、男に棄てられる、と。︺. は、︵﹁購蛤日記一等で語られているように︶通っていたわけで. 別の屋敷に住んだりした。しかし、その正妻以外の女性の所に. の︵宇治十帖では、新楽府﹁季夫人﹂が引用されるだけでなく、. いが、平安時代は楊貴妃とセットになっていて、﹃源氏物語︼. えられている佃。彼女のことは、現在ではあまり知られていな. ていたのは、漠の武帝の妻の一人、李夫人︵りふじん︶だと考. なお、昔の人もそう育ったという時に、白楽天が念頭に置い. ある。その女性達は、夫の訪れを待つしかなかった。また正妻 であっても、他の女性にその座が奪われることもあった㈱。程. ﹃藻書し李夫人伝が︶宇治の大君が容色の衰えを恐れる場面でも、. 平安時代の恋愛が、男が女の所へ通うことで成立することは 知られるとおりである。結婚後は妻の実家に住んだり、夫婦で. 度の差こそあれ、貴族の女性達は、男の心変わりを恐れる不安. 下敷きにされている帥。. 白楽天はこの﹁太行の路﹂以外にも、移ろいやすい人の心に. 定 な 立 場 にあったのだ。 さて、このような女性の生きにくさを詠んだ辞に、中国の唐 の 時 代 の 白楽天の﹁太行︵たいこ う ︶. その山脈を通る非常に進みにくく危険を伴う路を表わすが、こ. である柑。.帰らない夫を待ちわびる詩も多くあるが、帰らない. る女性、嫁ぎ先の意向で正式な婁として認めてもらえない女性、 自分の子を再婚した夫の元に残して去らねばならない女性など. 人生を左右される女性の苦しみを、詩に詠んでいる。若いころ は花のように美しいともてはやされたのに今は夫に冷淡にされ. の辞の冒頭には、﹁それも貴方の心に比べたら、まだしもなだ. 文集︼巻三㈹︶がある。﹁太行﹂とは、︵河南・河北・山西省に. らかだ﹂と善かれている。そして次のような旬がある。. 理由は心変わり以外に、兵士となって他国に出征した場合もあ る。漢詩のテーマとしては、むしケこちらが基本だが、いずれ. わたる︶大変険しい山脈の名前である。よって﹁太行の路﹂は、. 人、生まれて婦人の身と作︵な︶ る莫︵な︶かれ。百年の. にしても、妻は待つしかなかった。 中国最古の辞集¶詩経﹄. の地方民裔︵国風︶. にも多く見られ、. この﹁待つ女﹂をテーマとした詩︵閑怨辞、けいえんし︶は、. 苦楽、他人に由︵よ︶ る。︹訳1−人と生まれて、婦人にな. んかなるもんじゃない。生涯の楽しみも苦しみも、他人次 第 な んですから。︺. −47−.
(5) その後も作り続けられて、︵特に中国大朝時代に作られたもの が︶﹃万葉集﹄以後の日本の歌人達にも影響を与えた個。例えば、. ある響. 以上、白楽天の﹁太行の路﹂を中心に、女性の人生が、容色. 月の有明の月を待ち出でつるかな﹂︵﹃古今集L恋歌四⊥ハ九一. またその弱い立場に対する喚きは、権力を持たない中下級の男. いうテーマが昔からあり、平安文学もそれを組承していること、. が衰えれば愛情を失うなどして、▲他人の心に左右されやすいと. 番・恩知らず/1百人一首Lニー番︶も、その一例であるM。. 性貴族︵官人︶達にも共通しており、彼らの嘆きが、︵待つ女︶. ﹃古今集一時代の素性法師の歌、﹁今来むと青ひしばかりに長. 小野小町も漢詩の影響を受けて、﹁花の色は移りにlナりないた. に託されていることを述べてきた。. の思い. の本文に戻り、女性と漢詩. 地位や、女性に対する優位を保証︵保障︶するものになってい. 当時、中国から来た漠詩文は男性のものとされ、男性の公の. おきたいと思うぺ. 文の知識︵漠才、からざえ︶ということについて、更に述べて. さて、ここでもう一度﹃枕草子L. 三、女性と漢詩文の知識. ︵開怨︶. づらに我が身世に経る眺めせしまに﹂ ︵﹃古今集L春歌下・一一. の枠を越えて、先程白楽天の辞で述べたように、女性の. 三番・選知らず/﹃百人一首︼九番︶を詠んだが個、この歌は︵待. つ女︶. 人 生 そ の ものを歌っている曾 ところで小町の歌は、生身の女性が我が人生経験をふまえて 詠んだものだが、男性が女性のことを詠むのはどういうわけな のか?これは﹁太行の路﹂の場合、作者自身が付けた注に、そ. の 理 由 が 示されている。. というのである。辞の末尾にもそのことが示され、﹁世渡りの. が漢詩文だった。貴族連の生活の場にはさまざまな形で漢詩文. し実際には、女性が和歌や物語を作る際に基づいたものの一つ. た糾。一方、女性は漢詩文をよく知らないことになっていて帥、. 路の困難さは、人情が移ろいやすいことにあるのだ。﹂と結ば. があって、日や耳からある程度のものが入ってきたのだ翳そ. 夫婦に借りて、以て君臣の終えざるを諷するなり。︹訳=. れている仰。一方、待つ女の恋歌を作った平安時代の男性歌人. して、︵原典を直接読んでいた紫式部は例外として︶多くの女. 女性が︵湊才を示したり︶自分で漠詩文の本︵漢籍︶を読んだり、. 達の中にも、自らの不遇をかこつ為にそれらの歌を詠んだ人々. 性がある程度の知識は身につけていた。よって、女性は漢詩文. 夫婦関係に借りて、主君と臣下との関係が最後までうまく. がいた的。よってこれらの詩歌における︵女︶は、主人の意向. を知らないものというのは、タテマエに過ぎなかったのである。. 漠詩文を作ったりすると不幸になる、とまで言われた讐しか. に振り回される宮仕えの男性をも含めて、受け身の生き方を余. 実際、和歌や会話に女性達も用いていた。そのことを﹁枕草子﹄. 続 き が たいことを風刺する。︺. 儀無くされた、社会的に弱い立場の人々を表わしているわけで. ー48一.
(6) の﹁香炉峯の雪﹂の段︵二八四段︶を例に見てみたい。. この段は、白楽天の辞の一節﹁香炉峯の雪は簾をま がふまえられている糾。短い章段なので、まず全文を読む。 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭穂に. みましょうよと誘ったのである。その時に、普通の言い方では −. と女房達がここでも育っている. 一. 日楽天の辞の一. なく、ちょっとしやれて当時の貴族なら女性でも大変よく知っ ていた. 節を使ったわけである。誰でもよく知っていることを答えても. 何の手柄にもならない。これは、大袈裟な知識のテストでは決 火起こして、物語などしてさぶらふに、﹁少納言よ、香炉 峯の雪、いかならむ﹂と仰せらるれば、御格子上げさせて、 してなく、さりげない日常会話にすぎないのだ響. ー. を越境した共犯者としての一体感も含まれて. ︵無縁のもの︶と. 変ユニークなのである。つまり、二人の心の結びつきの中には、. ていた漢詩文を、積極的に女性どうしで使ったという点が、大. 但し、単なる心の交流でなく、当時表向きは男性のものとされ. ここで大切なのほ、定子のしゃれた誘いに対して、清少納言 御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。人々も、﹁さること は知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、が、間髪を入れず応じることができた、二人の心の交流である。. この宮の人には、さべきなめり﹂と青ふ。 訳 し て み ると、 ある日、雪かがとてもたくさん降り積もったのだけれど、. ジェンダー. いうタテマエ. 女性は漢詩文を知らないもの. いつもと違って御前の格子をお下ろしして、炭根に火をお. いると言われている管. ー. こして、私たち女房はおしゃべりなんかをしながら、控え ていたところ、中宮嫌が﹁少納言よ、香炉峯の雪はどんな. しかし、この話に対する従来の評価は、女性なのに漢詩文の. 半端な知識しかなく、それをひけらかして喜んでいるとは軽薄. 様子かしら?﹂とおっしゃったので、他の人に格子を上げ. させてから、私が自分で簾を巻き上げたところ、中宮様は につこりなさいました。同僚達も、﹁そういうことは私た. だというものがほとんどであった。つまり、冷静に本文の表現. 知識があるのは立派だ、というものか、逆に、女性だから中途. ちも知っているし、歌なんかにまで改作して歌ったりもす. う当時のジェンダー戟、タテマエに長年囚われて、浅い批評を. るのに、中宮様の意図は思いもよらなかったわ。やっぱり、 を分析すべき学者でさえ、女性は漢詩文を知らないはず、とい このしゃれっけの多い宮様に仕える女房として、貴女は相. するに留まっていたと言えよう。. 清少納言の主人. −. が雪を. さてここまで、’枕草子﹄その他の古典作品に措かれた女性. 四、現代との接点. 応しいようね。﹂と言って感心しました。. −. 京都では昔も今も、雪は主として美しさを鑑賞するものであ る。それがこの日は、例外的に雨戸を閉めて部屋の中でおしゃ べりをしていたので、中宮定子. ー49−.
(7) 凄いとか、男を待つしかないなどといった点では、今と昔とは. れたか?例えば、貴族女性は普通家族以外の男性には顔を見せ. 感じになっただろうか?千年前の昔と今とを比較してどう思わ. 像を見てきたっ以上のことから、皆さんはどのようなことをお. 言葉や映像による表現の世界が挙げられる。小説はもちろヰ. る。その再生産の場、あるいは媒体になるものの一つとして、. け入れたり、再生産に関与していることが少なくないと思われ. 千数百年も前からである。この中には我々が無意識のうちに受. 速されているということだ。千年、ル中国の古典を入れると、二. で古典文法の. この組合せは他にも大変多く、これらのアニメを通して子ども. があることに気付く餉。彼女は主人公の将来のお嫁さんである。. と、男の子三人に対して女の子はしずかちゃん一人という偏り. 主に登場する子.ども達の性別や役割という点に注目して見る. しかし、これほど浸透しているFドラえもん﹄を、ひとたび. も性別も関係ないのである。. 平安時代に行って、会話をしてきたい⋮﹂と言っていた。地域. 授業をしていたときにも、ある男子生徒が、﹁どこでもドアで. 耳にした。また一〇年前に高校︵兵庫県西宮市︶. 最近も、札幌の女子学生が、試験前に同じことをつぶやくのを. 女子高生が、﹁暗記パンがほしい⋮﹂と言った。そして、つい. 前に家庭教師をしていたときのこ七、定期試験を控えた神戸の. る。この漫画の影響力について少し述べると、私が一五年ほど. ども達の想像力を育むなど、好ましいとされる理由は十分にあ. し、ドラえもんのポケツトから取り出される種々の発明品で子. なったので、多くの方がご存じだろう。内容は暴力的ではない. ニメになっただけでなく、コマーシャルにも登場し、切手にも. 身近な例で亭っと、人気漫画の芦ラえむん﹄は、テレビア. 容易に溶け込みやすい、テレビ映像の力も大きいだろう帥。. 教科書や国語辞典、映画や漫画の他、それち以上に生活の中に. 全く違う。しかし、昔からあまり変わっていないという点も、 いくつかあったのではないだろうか?女性の社会的な活羅の場 が少ないこと、男性の視線に晒されていて、花でなくなれば冷 たくされること、夫が頼りで自立して生きることが難しいこと ⋮。更に、女性が漢詩文から遠ざけられるということは今では ないが、漢詩文を理科や数学などに置き換えるとどうだろう か?形を変えて残っているものもあるのだ。. ではなぜこのよ、つに変わらないのだろうか?︵女性の立場が それを考える前に、一つ断っ. 変わらないということは、男性の置かれた状況も基本的には変 わっていないということである︶. ておきたいのは、私は何も全点が外で働くべきだと言っている わけではない。女でも男でも、ある人が家にこもりたいという のを否定するわけではないのだ。個人ではなく、女はこうある べきだ、男守はこういうものだという規範があるのは窮屈では ないか、ということである。つまり、︵性別に限らず人種や身 体の特徴等々も含め︶生まれ待ったもので始めから生き方が制 ヽヽヽヽヽヽヽヽ 約されず、選択の幅が広がる、ということが、歴史の進歩では. な い か と 思う。 では、なぜこのように昔から変わらないか、という話に戻る と、変わらないということは、価値観や制度が再生産され、伝. ー50−.
(8) 女戦士セーラームーンLなどのような戦う女の子や、︵主に、. 自然に受け入れていく可能性があるわけだ。もちろん、﹃美少. れた﹁遠くて近きもの﹂︵一六二段︶の他に、その反対の﹁近. 子Lのことを付け足しておきたい。﹃枕草子﹄には、最初にふ. 静が古典文学から離れてしまったが、最後にもう一言﹃枕草. 生産の輪を断ち切ることに繋がるだろう。. 戦うチームにおいて︶リーダー役の女性が登場するといった変. うて遠きもの﹂︵一大l段︶というものづくしもあって、そこ. 達が、男性がヰ心で、女性が優しい補佐役・脇役である世界を. 化も見られるが﹂男女比や役割分担、更には︵髪・目・胸・脚. には例えば、﹁思はぬはらから、親族の伸−伸介よくない兄. 弟や親戚の間柄﹂が挙げられている。しかし、女と男については、 ヽヽ 清少納言が﹁遠くて近きもの﹂のほうに入れたというところに、. 等の︶女性の外見の主流は、まだまだ変わらないようである。 またコマーシャルについても、ジェンダー視点を導入して見 ると、かなり固定化された男女の姿や家族の像が浮かび上がっ. 全集︼や角川書店﹁枕冊子全注釈しでは﹁男女の伸﹂となっ. 戦前まで流布本だった能田本系統︵小学館﹃日本古典文学. 注. 理解を深めていく希望があるように、私は感じるのだ⋮。. 糾. てくる。もちろん、一方で、家事をする男性、あるいはビール を飲む女性などの登場回数が増えてきたが、商品と直凄関係が なしに、胸や唇やスカートの下など、女性の身体の一部分のみ を強調したり、性的メッセージを暗示して男性の欲望に訴えた りするものが、依然として多いのも事実である。 というのが﹁常識﹂になっているようだが、これも. ︵底本は三巻本系統だが、部分的. とある。意味は同じ。なお、本稿での章段番号や本文は、石. 一般的に読まれている三巻本系統の﹁枕草子一には﹁人の伸﹂. ているが、現在、中学校や高等学校の教科書の本文も含めて. つまでも美しくあるべきだ、人に見られるものとして努力して. 田穣二氏訳注﹁角川文庫L. に拠った。但し現代語訳は、す. ︵蛇足だが︶ちなみに、T女性に年齢を開いてはいけない﹂. いるはずだ、ということが前線となっているからこそ、言われ. に能田本系統の本文を採用︶. 本段の直前の二〇段は、﹁清涼殿の丑真の. べて私見に拠る。. る青葉なのではないだろうか?囲. ㈲. 頭注には、﹁第二十段における宮中での感激的な体験から連. おわりに 是非このような身近なものを、ジェンダーー一社会的・文化 ヽヽヽヽヽヽ 的な男女の違い − に敏感になって、誰の視点でどう措かれて ヽヽヽヽヽヽヽヽ いるか、男女を入れ換えるとどうなるかなどを意執して、見直. 想して、女性宮仕え必須論の随想に移る。宮仕えには否定的. 中開自家︵藤原道隆家︶盛時の清少納言の活躍を語る日記的. してみて頂きたい。違った側面が見えてくることと思う。そし. な口ぶりの紫式部と対既約。﹂とある。. 章段である。萩谷朴氏校注﹃新潮日本古典集成﹄︵三巻本系統︶. てこのような一人一人による見直しが、昔から続く無意識の再. −51−.
(9) 話を記した¶栄花物語L. ︵作者未詳、女性︶巻二は、前妻の. ㈱ 本段では、典侍になると、宮中に出入りできる、祭の使に が、今日ではその重要性が注目されている。必ずしも授乳が なれるなどと言っており、二〇段との関係からいっても、﹁世 役目ではないこと、乳母子と主人の子供とは同い年ではない の有り様﹂に慣れるとは、天皇以下の高貴な人々に接し、宮 ことなどが明らかにされたのも、最近である。青海直人氏﹃平 廷のしきたりを知り、洗練された宮廷文化に親しむことだと 安朝の乳母達﹄ ︵世界思想社、一九九五年︶参照。 わかる。つまり、宮廷文化の水準を知るべきだと言っている ㈲ 例えば、藤原朝光は、男二人・女一人︵花山帝女御姫子︶ のであり、複雑な人間関係や政治の有り方、階級制度の不条 を生んだ正妻︵父は醍醐帝皇子重明親王、母は藤原師婦女・ 理などを指しているのではない。但し、清少納言がそれらに 登花殿尚侍豊子︶を捨てて、なぜか母子ほどの年齢差のある 気 づ か な かったか否かは、別問題 で あ る 。 藤原延光の未亡人︵藤原敦息女︶ の元に行ったという。この ㈲ 服藤︵ふくとう︶早苗氏﹃平安朝の母と子﹄︵﹃中公新書﹄. によると、地方長官の妻は、経済的. いふ書︵ふみ〓一巻﹂を中宮彰子に進講した話は有名。﹁文集山. 一九九一年︶参照。この頃までは、男性も色々な氏の人が活 家柄の良さと人柄の幼さ、後妻の聡明さにふれる。﹃大鏡こ作 躍していたが、藤原氏の独占が進んだことで排斥されてし 者未詳、男性︶兼通伝は、前妻が美しくて若いこと、後妻が まった。 醜くて年をとっているが財力があることにふれ、朝光はその ㈲ 冒頭は、﹁位こそ、なほめでたきものはあれ﹂。該当箇所の 豊かさに魅かれたのだ、と非難気味に語る。一方﹃栄花﹄は、 現 代 語 訳 は、以下のとおり。 朝光自身がいかに財力があるかを直前で語っているので、こ 女っていうのは、やはり良くないですね。宮中では天皇 のように解する余地は無い。両書の違いは、服藤氏の言われ の乳母が、典侍の俄についたり三位の位を貰ったりして るような成立年代の違いだけでなく、男女の価値観の遠いも 重々しい存在になれるけれど、そうはいってもかなり年 反映されているとみるべきだろう。田辺聖子氏r文事日記 齢がいってからのことで、どうなるものでもないし、ま −私の古典散歩﹂︵戎潮文庫﹄一九七人年︶参照。 た、そんな立場に立てる女性は殆どいないではありませ S ¶自民文集﹄巻三・四の諷静詩﹁新楽府﹂五〇首の一つ。 んか。地方長官の奥さんになって、夫と一緒に任国に下 本文は高木正一氏注占居易 上こ岩波書店串国許人選集L ることこそ、普通の身分の人の最高の幸せと思って、褒 一九五人年、新楽府を全て収める︶ に拠る。訓読は私に改め めたり羨ましがったりするのが、世間の相場のようです。 たところがある。なお﹃紫式部日記﹄中の、徽女が﹁楽府と 服藤氏︵注㈲と同じ︶. に豊かなだけでなく、赴任先で、重要な役割があったという。 の中でも平安時代に特に流行した部分の一つである。 また、乳母も、かつては女房の一種にすぎないとされていた ㈱ 小町の﹁わびぬれば身を浮き草の根を絶えて誘ふ水あらば. −52−.
(10) に関して、小沢正夫氏はF古今集の世界L.︵塙書房、一九六. 往なんむとぞ息ふ﹂︵﹁古今集一雄歌下・九三人番︶という歌. んもん︶ に李夫人の故事がよく引用されることなどが指摘さ. は﹁長恨歌﹂の基になっていること、女性の追善供養願文︵が. でも﹃藻善一李夫人伝が引かれていること、新楽府﹁季夫人﹂. ㈹. 楽府﹂の中の、﹁井底︵せいてい︶銀︵ぎんぺい︶を引く﹂、﹁母. ︵はは︶子に別る﹂。感傷詩を集めた巻一二には﹁婦人の苦. しみ﹂という患の辞もあり︵﹁長恨歌﹂の次の詩︶、冷淡になっ. た夫を恨む妻の言葉が綴られている。. において、後期万葉. 藤原氏は﹁小野小町の歌のことば﹂︵﹃和歌文学論集2古今. 集とその前後﹂風間書房、一九九四年︶. 字多醍醐朱雀朝篇L︵桜楓社、. 一九七三年︶にお車て、当歌や他の言今集︼の恋歌︵素性. 山口博氏は﹃王朝歌壇の研究. の相聞歌が、大朝開怨辞や﹃遊仙窟﹂ の問怨詩的表現を稲垣 的に摂取し、従来の寄物陳息型から正述心緒型に変化してい るとされる。. ㈹. れている。 ㈹ ﹁若いころは花のように美しいともてはやされた﹂は、﹁新 楽府﹂の中の﹁上陽白髪人﹂﹂﹁今は夫に冷淡にされる﹂は、﹁上 陽白髪人﹂もあてはまらないわけではないが、寧ろ﹁太行の路﹂ に合う。この箇所、若干混同があった。他は順に、同じく﹁新. 一年︶で、﹁浮草は中国の﹁洋﹂または﹁浮幹﹂であって、﹃遊. 仙窟﹄や六朝の詩文ではいつも放浪の人生にたとえられる植 物である。︵中略︶浮弊と萱草とは平安文学にもしばしば取. り入れられている。こういう場合に、これらの植物がよまれ た中国詩文のただ一つだけを取り出して、わが国の詩文はそ れを典拠としたのだとする考え方はよくないと思う。﹂と言 われている。今日の流行歌にも見られる昏喩の淵源である。 ﹁相﹂は﹁一方的に﹂の意。王錐の﹁竹里館﹂の結句﹁明 月来たりて相照らす﹂の例がよく知られるが、﹃枕草子﹂二 大三段で、定子と皇居中の清少納言が手紙で引用し合った開 怨辞の窺﹁長く相思ふ﹂︵﹃自氏文集一巻一二︶もその一例。. ﹁中国詩人選集Lほ、﹁この一句何にもとづくか詳らかで. はないが、r浜寺一挙夫人伝に夫人病篤かった時の青葉とし て﹁夫︵そ︶れ色を以て事︵つか︶うる者は、色蓑えて愛弛︵ゆ る︶ み、愛弛めば恩絶︵た︶ ゆ﹂とみゆ。﹂と注する。藤原 克己氏は﹁紫式部と湊文学−宇治の大君と︵婦人苦︶−﹂︵¶国. 文論叢L一七、一九九〇年三月︶で、﹁このすぐ次の旬に﹁当. d〃. 8. 時の美人すら猶怨悔す﹂とあることや、自居易自身に新楽府 の五五五番、その父遍昭の七七〇・七七一番、兼寛王の七七 ﹁季夫人﹂の作があることを考えあわせればこれはまさしく 九番等︶ について、﹁六歌仙から古今に至る問の歌はr玉台 あの ﹁藻書︼外戚伝の季夫人の言葉﹁色裏而愛弛⋮今見我毀 新詠L的になっているのではないか﹂と言われている。 壊顔色非故、必長悪吐棄我﹂を、直接的にさすものであろう。﹂ 山口氏﹃開怨の詩人小町︼ ︵r三省堂選書﹄一九七九年︶。 とされる。本章は主に藤原氏の諸論を参照した。 注㈹藤原氏の論文。 注㈹藤原氏論文。その他、諸氏により、桐壷更衣臨終場面 本文は、﹁行路難︵こうろなん︶/水に在らず/山に在ら. ー53−. (9). ㈹ 帥.
(11) ㈹. ㈹. ず/只だ人情反覆の問︵かん︶ に在り﹂。. 和歌に表れた強い不遇意蝕︵訴嘆詞︶. で知られる曽弥好息. 果て、いかでか良く侍らむ﹂や、寡婦と凍った紫式部に対す る侍女達の陰口﹁御前はかくおはすれば、御幸ひは少なきな. り。なでふ女が真名書は読む﹂は一人歩きしてしまい、¶古. の未満花につい. は、その一人。丹羽博之氏﹁曽丹集と開怨辞﹂︵っ国文学研究ノー. ︵待つ女︶以外にも、r源氏物語し. の屏風の絵など。r伊勢集﹄. トL 〓ニ、一九八一年四月︶等参照。. 和歌の. 目からとは、唐絵︵からえ︶. 事談﹄の清少納言零落説話や、美鏡﹄道隆伝の、才女の正 妻高階貴子と三女の晩年の零落を語る部分の﹁女のあまりに 才かしこきは、もの悪しきと人申すなる﹂等に継承された。. ては、新開一美氏﹁源氏物語の女性像と漢詩文−帝木三帖か. ㈱. や﹁源氏物語﹄に﹁長恨歌﹂や王昭君の物語の絵画化の例が. 中古文学と藻文学. ⅡJ汲古書院、一九八七年︶等が、時流に迎合せず、貧窮に. 見える。耳からと曙男性貴族の朗詠、少年の漢籍学習︵教. ら未摘花・蓬生へ−﹂︵﹁和漢比較叢書4. 甘んじて生きる貧士の面影があることを指摘されている。こ. r自氏文集L巻一大﹁香炉峯下新たに山居を卜し草堂初め. 願文︵写経・造仏・追啓供養等において︶を読む声など。. 過儀礼等における﹃孝夢二史記﹄﹃藻書一等︶を読む声や、. 科書は﹁千字文一﹃蒙求﹄や類書等︶の声、漠学者が漠籍︵通. である。. ︵和. 糾. れらは社会劇違い︵ジェンダー︶としての︵女︶︵女性性、じよ せいせい︶. 榊 平安時代の男性は、中国に対した時は、︵和=女性性︶. 歌や仮名や天皇制に象徴される︶を示すが、女性に対した時. て成り偶たま東壁に虜す、五首﹂の第四首日の第四旬。第三・ 四旬︵領聯︶. は、海の向こうの本当の偉大なる︵唐︵から︶︶に成り代わっ て︵唐=男性性=公︶ ︵漠詩文や漢字︶を示さなくてはなら. 巻下・山屏や、﹃枕草子L完成直後に成立した﹃和藻朗詠集一. て・はねて﹂である。太田次男氏﹁自辞受容考−﹁香鐘峯雪. 巻下・山家に見える。﹁撥簾﹂の﹁撥﹂は、今は﹁かかげて﹂ と訓むが、当時は﹁まいて﹂が一般的であり、原義は﹁はらっ. ないという困難な立場にあった。千野香織氏﹁日本美術のジェ の漢詩に言及する場面での語. ンダー﹂︵﹁美術史h 〓二六、一九九四年三月︶参照。. ﹃土佐日記﹄や﹃源氏物語︼. り手の半可通の装い、﹁枕草子﹄日記的章段での清少納言の. 撥簾看﹂について−﹂︵﹃重文研究二二三、一九七四年二月︶、. ︵但し一三二段等. 漠才に対する男性貴族達の過度の感心など. ︵F国文学研究ノート﹄二五、一九九一年三. 世・近世の説話集を中心に−﹂︵¶国文論叢﹄一人、一九九一. 月︶、同﹁枕草子﹁香炉峯の雪﹂の段の受容をめぐつて−中. 受容の一端−﹂. 拙稿﹁枕草子﹁香炉峯の雪﹂の段の解釈をめぐつて−自辞. 拙稿﹁自詩語﹁撥簾﹂受容考−菅原道真を中心にー﹂。. 鍋. の藤原行成の場合は、彼女と心が通じ合った上での意識的か もの︶。. 女性の漠才と不幸を結び付けた最初で應る﹃紫式部日記h. は、漠才の有無そのものではなく、ひけらかす態度を批判し たものであったが、清少納言評の﹁そのあだになりぬる人の. 国. 一54−.
(12) 鯛. 年三月︶。. 小森潔氏﹁﹃枕草子﹄・︵性差︶を適えて﹂. ︵¶王朝の性. と身体︻逸脱する物語︼L森静社、一九九大年︶参照。但し﹃枕. ︵明石書店、一. に基づく心身の抑圧から自. 草子︼ の中には自らの髪の状態、またそれが人からどのよう に見られるかを気にする場面が繰り返し出てくる。清少納言 も当時の美的規範︵ジェンダー︶ 伊藤良徳氏他編﹃教科書の中の男女差別b 九九一年︶、ことばと女を考える会1国語辞典にみる女性差別L. ︵三〓新書㌔一九八五年︶、子どものテレビの会編﹃テレ. いう青葉もある。これは﹃河港抄﹄が言うように﹃枕草子﹄. に﹁冷物︵中略︶老女化粧﹂とあるのに拠る。. にあるのではなく、ものづくしの一つ﹃十列︵とおつら︶﹄︵三 中歴一所引︶. の. ︹付記︺本稿は、平成九年度北海道・大学放送講座︵企画は北. 海道大学・北海道教育大学・メディア教育開発センター︶. の. ︵一〇月二六日午. うち、ラジオ講座﹁﹁女と男﹂−ジェンダーで解きあかす現. 代社会−﹂の第三回﹁ジェンダーと文学﹂. ︶. 後一〇時1一〇時三〇分放送、北海道放送HBCラジオ︶. 原稿に基づく。挨拶等を削除し、文末表現を改め、︵. で若干の補足を行い、注を施した。なお、感想をお寄せ下さっ た方々は勿論、拙い話をお聴き下さった方々に、厚く御礼申. ︵学陽書房、一九八一年︶・小倉千加子氏﹃ア. イドル時代の神静㌔同PARTⅡ㌔同完結編b︵朝日新聞社、. し上げる。また、本校公開講座委月金箱のテキストr﹁女﹂. ビと子どもL. 一九九〇I一九九二年︶・加藤春恵子/津金澤聴鹿氏循1女. と﹁男﹂﹄︵北大出版会、一九九七年︶所収の拙稿﹁ジェンダー. と文学−他の文化テクストも視野に入れつつ1﹂. ︵世界思想社、一九九二年、参考文献リスト. 付︶・村松泰子/ヒラリア・ゴスマン氏瑞¶メディアがつく. 稿と殆ど重複せず︶. 性とメディアL. るジェンダーL︵新曜社、一九九人年︶等参照。他に拙稿﹁﹁一. を函館としたのは、余市︵よいち︶町の間違いであった。こ. 五二貫において、詩人左川ちかの出身地. ︵内容は本. つの花﹂︵教育出版四年下︶とジェンダー﹂ ︵﹃国語国文学科. こに、お詫びと訂正をさせて頂く。富岡多恵子氏’さまざま. ︵r文春文庫﹄一九八四年︶参照。小楯文学館や札幌. の道立文学館には彼女を紹介するコーナーがある。. なうたL. 研究鎗文集b四三、一九九人年三月︶。. 受薄着の方︵女性︶から頂いた﹁双方向コミュニケーショ. の化粧。﹂と. ー55−. 由 で は なかった。 帥. 軸. その一方で、﹁すさまじきもの、姐 ︵おうな︶. ン回答用紙﹂に拠ると、この部分で、一緒に聴いて下さって いた中学一年の長男の方が、﹁むかつく﹂と感想を言われた そうだ。﹁まんがの中で女が差別されていることについて考 えてもみなかったらしく、男の立場から、いちいちそんなこ とを言わなくてもいいのにという感じ﹂であったという。 餉.
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