ロシアにおける盲ろう教育の展開 : 「子どもの家」での教育実践を支える教育観に着目して 利用統計を見る
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(2) たが,1930年に「ザゴールスク」という都市名に改められた。そのため,設立当初は, 「ザ ゴールスク子どもの家」と呼ばれていた。なお,今日では,1992年に再び, 「セルギエフ・ パサート」という都市名に戻ったため ,「セルギエフ・パサート子どもの家」と称される ようになる。. 2.1997年ころの「子どもの家」. V.N.チュールコフ *5(2004)によって,1997年ころの現状が示されている。なお, チュールコフは1997年に亡くなっている。. (1)「子どもの家」の役割 「子どもの家」は ,「ロシア盲ろう児リハビリテーションセンター」と改称し,就学前 年齢や学齢の盲ろう児を対象とした養育と教育を担っている 。「子どもの家」は,国の主 要な特別(治療的)機関の一つであり,社会保護省の管轄下にある。「子どもの家」での 教育,養育,生活にかかわる費用のすべては,国が負担している。被養育年齢の子どもは, 3歳から18歳で,定員は100人である。「子どもの家」に入所している子どもたちは,国内 のあらゆる地域から来ている。. (2)盲ろう児の障害の程度 視覚障害については,全盲,光を感じる程度から0.04までの視力がある場合,あるいは, 視力0.05‐0.2の弱視で,よりよく見える矯正視力のある場合や,視力がより高いが付随 的な障害(たとえば,視野の著しい狭窄を伴う場合),あるいは進行性の障害(たとえば, アッシャー症候群)がある場合である。聴覚障害については,ろう,または難聴で,補聴 器をつけても,ひとつながりの単語を知覚できない場合である。また,近年では,盲ろう 児以外の重複障害児も受け入れ始めている。このような子どもたちは,就学前年齢部門, 学齢部門,学習労働グループ,多様な重複障害児のためのグループのいずれかに入る。 障害の要因については,重度の風疹が原因という盲ろう児の存在が明らかである。今日 では,アッシャー症候群やマーシャル症候群を要因とする報告も含まれるが,新たに, チャージ症候群やロウ症候群にも関係づけられるようになった。このように,盲ろう児の 障害の要因は大きく拡大している。. (3)入所の決定 盲ろう児の入所は,臨床心理教育学的な検査を経て, 「子どもの家」の医学教育委員会, あるいは治療教育学研究所の重複障害児の教育内容と方法グループ実験室の決定に基づい て,「子どもの家」の施設長によって決定される。 盲ろうという障害の状態理解については,単に視覚と聴覚の疾患を盲ろうとするのでは. - 2 -.
(3) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). なく,子どもの特徴をより深く理解することが重視されてきた。その理解のために,以下 のような5点の基準が示されている。 1)保持しているか発達している残存視力や残存聴力のレベル。つまり,ろうか難聴,盲 か弱視。 2)障害が生じた時期。つまり,いつ視覚障害や聴覚障害が生じたかという,子どもの年 齢。 3)子どもの知的可能性の状態,反射運動器官の状態。 4)言語発達水準。つまり,子どもがどのような種類の言語を習得しているか,どの程度 の語彙量が保たれているか,盲ろうになった後に消えてしまったかどうか。 5)重複障害の発生を決定づけた原因。 そして,さらに,以下のサブカテゴリーのいずれかの場合と関連づけることを必要とし ている。 1)知的障害を伴う場合 2)一次性の言語障害がある場合 3)心理発達遅滞がある場合 4)反射運動器官系の運動障害がある場合 5)神経精神的領域のさまざまな障害がある場合. Ⅲ.「子どもの家」の教育内容. 1.1970年ころの教育課程. 「子どもの家」の教育は,欠陥学研究所(現在の治療教育学研究所)の盲ろう教育研究 室が作成した教育課程に基づいている。教育課程は,準備段階と学校段階に分かれている。 以下は ,『盲ろうあ児-行動形成過程での心理発達- 』(メシチェリャコフ,1974)を参 考としている。. (1)準備段階 準備段階での目的は,盲ろう児に衛生上の技能および身辺自立の習熟を形成し,身ぶり 表情*6や,個々の指文字としての音声書記言語*7の基礎を習得させることである。3歳児か ら入学できるが,2歳児で,特別許可を得て入学することもある。準備段階の教育期間は, 入学時の発達段階,視覚,聴覚,話し言葉の喪失をもたらした疾患の特徴で決まる。家庭 で準備教育を受けた者(欠陥学研究所職員の指導や助言に基づいて,家庭で教育を受けた 者を含む)は,準備段階からすぐに,あるいは1‐2年後に学校段階に移る。家庭教育が不 十分である盲ろう児の場合は,準備段階を終えるまでに4‐5年を要する。 教育計画の一事例を示す。準備段階第1グループ(1969年度)の教育計画の内容は以下. - 3 -.
(4) のとおりである。 1)継続して,日課時程に慣らす。 2)定位活動の教育:自分たちの部屋,廊下,洗面所,更衣室,食堂などにある事物の位 置について正確な表象をもたせ,食堂やトイレへ一人で行けるように指導する。自分 の物と他者の物を区別し,食事や授業中の自分の席がわかるようにする。 3)身辺自立の習熟の形成と発展:発達段階に応じて,トイレの使用,着脱衣,自力での 洗面や手洗い,正しく食事をすること,食後の後片付けなどを指導する。 4)遊びの指導:玩具と実物を対比すること,玩具の使い方を教える。 5)コミュニケーション手段の発達:日課時程の諸要素(食べる,寝る,着る,脱ぐ,行 く,洗う,トイレ)を表す身ぶりを理解し,自分でも身ぶりで表現できるように教え, 遊びのときの身ぶり(人形,玩具の家具や食器など)を教え,身ぶりによる指示(ボー ル,人形,茶碗,スプーンなどを持ってきなさい)を理解できるようにし,教授的な 遊びで身ぶりの能動的な使用を強化し,指文字で友だちや先生の名前の頭文字を呼ぶ ことを教える。 6)感覚運動能力の発達:塔の軸に輪を通すこと,マトリョーシカを集めたり分類したり すること,別々の小箱に棒や積み木を分類すること,ビーズを糸に通すことを教える。 点字や指文字によるコミュニケーションの習得を準備させるために,感覚運動能力を 高めるための初歩的学習を始める。すなわち,ペグを点字板に取り出して見本に従っ て並べること,指文字の形を模倣すること,点字が示されている円い厚紙を貼り付け たカードを分類することを教える。より簡単な事物を粘土で作ることを教える。活動 的な遊びや特別な練習で運動能力の発達を図る。. (2)学校段階 学校段階では,音声書記言語を教え,教科の知識や作業室で働く技能を習得することを 目的とする。教育期間は9年間を想定している。その期間で,初等教育4年間分の普通教育 を受ける。その後は,職業労働教育段階へ移行する。主要教科の教育課程について,表1 に示す。この教育課程を目安として,子どもの発達段階に応じた教育内容が検討される。 教育内容の順序や年次配分は,表1のとおりとは限らないことを前提としている。. - 4 -.
(5) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). 表1 学年 1. 2. 3. 学年別教育課程例(文献1を参考に筆者作成). 言語. 実物教育. 数学. 指文字で単語を綴ること,点字. 学校内の建物全体を覚える。たとえば,. 1‐100までの数唱,そ. の読み方と書き方を習得する。. 教室(床,壁,窓など),食堂(食器,食. れぞれの数を身ぶりや. 周囲にある事物の単語を指文字. 卓,椅子など),寝室(ベッド,ロッカー. 点字で表現することを. で覚え,指文字による簡単な指. など),洗面所(洗面台,蛇口など)があ. 学ぶ。カレンダーで,. 示を理解して実行すること,自. る。また,衣類,履物,野菜,動物など. 昨日,今日,明日とい. 分や他者の行為を簡単な文で表. のテーマ学習で事物の名称や機能を学ぶ。. う概念を身につける。. すこと,簡単な質問に答えるこ. 球,立方体,直方体の. とも含む。. 弁別と製作を学ぶ。. 指文字を用いて,さらに複雑な. 遠足,学校園や動物コーナーでの活動を. 指示を理解できるようにするこ. 行う。学校内の図書室,教員室などを覚. 100以上の加算(繰り上 げなし),曜日の概念,. と,自分の願望を表現すること,. える。家族,職業,果樹園,森などのテー. 円・正方形・三角形を. 質問に対して簡潔に答えること. マ学習を行う。季節や天候を学び,祝祭. 学ぶ。. を学ぶ。. 日行事に参加する。. 一定のテーマに基づいた会話を. 学校内のボイラー室,シャワー室,食堂. 100までの数の加算(繰. 学ぶ。また,その日の出来事を. の食べ物,食器などを学ぶ。衣類,履物,. り上げあり)で3桁にな. 指文字で表現することや,手紙. 家族などに関する名称をさらに学ぶ。農. る数を含め,1000以内. を書くことを学ぶ。. 村見学に行き,家畜や耕作機械を学ぶ。. の数の加算を学ぶ。数. 魚類,昆虫などのテーマ学習を行う。. 字,紙幣やコインの形, 量の単位を学ぶ。. 4. 質問と応答の形で自発的な会話. 学校の建物の全体像を描けるようにし,. 1000以内の減算を学び,. を行うこと,身近な他者に手紙. 各部屋の用途に関する知識を深める。遠. 減算の応用問題に取り. を書くこと,体験した出来事を. 足や見学によって,各種商店に関する知. 組む。. 叙述することを学ぶ。. 識を広げる。食べ物の形態,履物の素材 の弁別,四季や月などを学ぶ。. 5. 6. 7. 指示に対して,どのように遂行. 四季や植物に着目した自然カレンダーを. 長さの単位,簡単な乗. したかを詳細に述べること,指. 作る。ウサギや魚などの飼育をしたり,. 算,時間の単位を学ぶ。. 文字や点字で,読んだ本の内容. 植物を育てたりし,それぞれの知識を深. を叙述することを学ぶ。. める。. 学校や動物などのことに関して,. 四季ごとの天候や,天候と労働の関係を. 割り算,目方の単位を. 会話や作文で描写できるように. 学ぶ。都市と農村の比較,公共施設など. 学ぶ。. する。日記,遠足や見学の記録. について学ぶ。平地や丘陵などの表象を. を書く。. 形成する。. 建物の内部や動物の大小を比較. 天候と収穫,自然現象と四季などのテー. 簡単な小数や分数,100. 的に描写すること,テーマに基. マ学習を行う。磁石,方位,部屋や家な. 万以内の四則算,直線. づいた日記などを学ぶ。. どの見取り図(凹凸図)の描写,縮尺の. や線分を学ぶ。. 概念などを学ぶ。 8. 一つの質問に対する多様な返答,. 四季の特徴,森林の植物と庭園の植物な. 単位の換算,時間の単. 自分の構想による作文,テーマ. どのテーマ学習を行う。ジャガイモの栽. 位表などを学ぶ。. に基づく作文を学ぶ。. 培,朝・昼・夕方などの表象の形成を学 ぶ。. 9. 簡単な文学作品や科学に関する. 自然に関すること,人体のこと,国の歴. ローマ数字,面積,体. 書物を読んだり,自分や他者の. 史などを学ぶ。. 積を学ぶ。. 生活上の出来事を作文で書いた りする。. - 5 -.
(6) 2.1997年ころの教育内容. 1997年のころの教育内容については,V.N.チュールコフ(2004)によって示されて いる。. (1)主な教育課題 具体的な養育と教育の内容は,治療教育学研究所(従来の欠陥学研究所)と「子どもの 家」で作成された教育課程や学習指導要領に基づいている。それは,クラスでの授業 (1週間に30時間以上)や課外指導である。養育と教育は,特別な技術的手段が用いられ ている。特別な技術的手段とは,補聴器や光学的手段(顕微鏡,レンズ)やテレタクター (点字による電子手帳の機能を有する機器)のことをいう。 教育課題は,全体として,一般学校準備教育や労働準備教育があり,そのための道徳的 教育,知的発達や身体的発達のための内容が設定されている。これらの教育の本質は,実 際的生活に必要な知識,技能,習熟を培うことである。子どもの認識活動や実際的活動の 形成,空間定位の形成,さまざまな形式の音声書記言語の形成(指文字,残存視力が可能 であるならば大きな活字による筆記文字,点字,口話),相応の職業を教える社会日常的 環境に盲ろう児を参加させることである。 特に重要で複雑な教育課題としてあげられているものは,以下の4点である。 1)口話の形式 口話のための指導は,発音の形成,聴覚,触覚的振動感覚という知覚の発達を含んでい る。正しい発音の方法には,触覚的振動感覚,聴力の可能性の拡大が大きな役割を担って いる。常に,言語的な呼吸や,話し言葉の正しいテンポの獲得や,イントネーションの獲 得のための指導がおこなわれる。言葉の技術に関する授業で,その触覚的振動感覚は,子 どもの手を教師の喉に置いておこなわれる。このような場合,盲ろう児にとって,言葉の アクセントやテンポを知覚する可能性が現れる。そのことは,所有している音声書記言語 の明瞭性の形成にかなりの影響を与える。 聴知覚の発達に関する授業では,音声信号,楽器の音色,単語や単文の弁別に関する課 題が解決される。活動の中では,常に,集団用の補聴器や個人用の補聴器が使用されてい る。毎年,定期的に,子どもたちの聴力検査がおこなわれている。 また,それとは別に,より遅い時期に聴覚障害と視覚障害を有することになった子ども の活動が組み立てられる。彼らの口話は,完全に形成されているので,口話を明瞭化する ための指導の必要性はない。この場合,より重要なことは,話し言葉の能動性や,論理的 なアクセント,リズム,表現の豊かさ,イントネーションのニュアンスといった原則を守 る技術を保持し,触覚的振動感覚や残存聴力を用いた自己コントロールを子どもに教える ことである。. - 6 -.
(7) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). 2)読みの指導 盲ろう児に音声書記言語を教育するさい,読みの指導に大きな注意が払われる。盲ろう 児のような重複障害のある子どもは,読みの活動の目的的な形成を必要としている。読み に興味をもたせるために,身近な日常生活の出来事を書く課題を取り入れている。 また,E.L.ゴンチャローワの研究では,重複障害のある子どもの初期段階の活動に 対して,事物教育をとおした読みの指導という新しいアプローチが提起された。ゴンチャ ローワによる『重度の視覚障害と聴覚障害のある子どもに読み手としての活動を目的的に 形成することについての学習指導要領』(1996)は,低学年の盲ろう児に,読んだ事柄の 理解を保障するような知的活動の基本的な要素を形成することについて,具体的な指針を 与えたといわれている。 3)労働教育 初期段階の労働教育は,身辺自立と日常的な仕事の習熟を形成することに重点を置いて いる。その後は,労働教育の体系の中に,社会的に有益な仕事が取り入れられる。社会的 に有益な仕事では,自分自身のためだけでなく,他人のためにも何かを遂行し,喜びを味 わうことができる。盲ろう児の教育で,とりわけ道徳教育で著しい意味が見出されている。 盲ろう児は ,「子どもの家」の作業所やサークルで,一定の仕事をする。たとえば,少 女たちは縫製作業室で縫ったり裁断したりすることを学び,少年たちは木工と金工の仕事 を学ぶ。「子どもの家」には,さまざまな作業室(陶工,留め金作りなど),サークル(編 み物,パッチワークなど)がある。これらの種類の活動のどれに参加したとしても,盲ろ う児の人格的教育や美的教育に莫大な影響を与える。加えて,観察力の発達,労働・行動・ 日常生活での善悪についての表象の形成などに役立つ。. (2)「社会・生活オリエンテーション」の内容 1)「社会・生活オリエンテーション」の目的 「社会・生活オリエンテーション」(социально ‐ бытовая ориентация)は,盲ろう 児を,社会的,生活的な環境に参加させることを目ざしている。マリェーエワとチュール コフが確立した教育課程である。盲ろう児にとってわかりやすい実際的な技能や習熟の形 成を目的としている。たとえば,さまざまな種類の乗車切符を手に入れたり,必需品(日 用品)を買ったりすることの習得が目ざされている。 この教育課程が導入される以前,盲ろう児にとって,教科学習で得た知識は抽象的なも のであった。たとえば,金銭の問題を解くことができても,店で金銭を支払えなかったり, 単語や短文を話すことができても,品物の値段を尋ねたりすることができなかった。そこ で,盲ろう児が,労働,日常生活,休暇という社会的環境に良好に参加するための知識や 技能を習得するために ,「社会・生活オリエンテーション」という教育課程が組まれたの である。. - 7 -.
(8) 2)教育課程の内容 従来の教科(言葉の発達,読み,算数など)は ,「社会・生活オリエンテーション」の 導入に伴って新たに組み立てられた。それは,4つの柱で構成されている。①主な教材: いわゆる基礎教材(読み,算数など)で,学年全体で取り組む最低限の教材,②補助教材 :必須でなく,発展的な学習を必要とする場合に有効な教材,③言語教材:基本語彙,典 型的な句と文を能動的に習得することが目ざされている教材,④技能と習熟:教育課程全 体を習得する過程で,活動を行うための重要な内容,である。 「社会・生活オリエンテーション」の視点や分野は,非常に多様である。具体例として, 公共の場所での行動,日常的なサービス(理容室,クリーニング,修理業など)の利用, さまざまな店での買い物,銀行での貯金,電話や郵便を利用するさい他者に支援を依頼す ること,医療機関や薬局の利用,基本的な礼儀について,があげられる。これらの学習活 動での,その活動にかかわる人々の行動は,盲ろう児にとって,最も身近な学習教材,つ まり社会的なモデルとなる。社会的なモデルを観察することは,その活動をさらに理解す るための手段となる。 3)導入後に得られた成果 「社会・生活オリエンテーション」を導入したことにより,子どもたちの学習への関心 は高まった。同時に,音声書記言語の語彙数を増やし,子どもの知的な視野を広げること ができた。 また,盲ろう児にとって大事なことは,自分の周りにいる人々が自分を支援してくれる ような関係を確保しておくことである。盲ろう児の場合,自分の生活体験すべてを,周囲 の他者に慣れたり,他者との関係に対等性を達成したりすることは非常に困難である。 「社 会・生活オリエンテーション」の視点で,他者とともに作業をすることや,自分より弱い 立場に置かれている人々(高齢者,病人の家族)への支援などの学習を取り入れたことは, その問題を解決するために有効であった。. 3.2005年ころの教育内容. ペレベルゼバ(2007)によって,2005年ころの教育内容が述べられている。それは, 2005年からみて2年前(つまり,2003年と推定)につくられた独自のプログラムについて の紹介であり,英語では「the Program of Correctional Course on Training Orientation and Mobility」と表記されている。以下,プログラムの内容について概要を示す。 (1)プログラムの6段階 プログラムは,6つの段階によって成り立つ。. - 8 -.
(9) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). 1)第1段階:環境のサインと特性を理解するための確かな分析器に関するレディネスの 発達 子どもにわずかな残存視力や残存聴力があった場合,その残存視力や残存聴力を使った り,発達させたりすることにより,盲ろう児の知覚の可能性を広げる。ノンバーバルな音 を区別したり,反応したりする力や,残存視力を活かす道具を使う力を習得することは, より正確に環境と適切にかかわるために必要である。 触覚感覚,筋感覚,振動感覚,バランス感覚,空間定位,手や足の神経過敏の発達は, 視覚や聴覚による知覚に困難のある盲ろう児の発達を助ける。これを目的とした指導内容 の例として,床やカーペットの上を裸足で歩くときの感覚の違い,テープレコーダーや掃 除機などの振動に注意を払うことがある。 また,完全に聴覚も視覚も喪失している子どもに対しては,嗅覚を発達させることが必 要である。においは,環境を認識するための有力な情報となる。たとえば,盲ろう児にり んごを与えるとき,教師はその名前を伝えず,まずにおいを感じさせる。においによって, 目の前にある物が何かを判断させるようにする。 2)第2段階:身体オリエンテーション 「子どもの家」に入学する子どもたちは,時々身体のイメージをもっていなかったり, 身体の形や部位の目的を知らなかったりする。環境の知覚は ,「私である 」,「私が存在す る」という事実の理解や自己概念の拡大から始まる。教師は,子どもに,自分自身の身体, その部位,すなわち頭,2本の腕,左右,2本の足を感じることを教える。また,身体は, 立ったり,頭を横に曲げたりできるだけでなく,身体全部を横に曲げること,座ること, 寝ることなどができることを理解させる。 身体部位の主な機能を子どもに知覚させるために,たとえば,次のような指示をして手 の運動を教えることがある。 ①スプーンを手にしなさい。食べなさい。 ②グラスを手にしなさい。飲みなさい。 ③石鹸を手にしなさい。手を洗いなさい。 ④くしを手にしなさい。髪をとかしなさい。 ⑤帽子を手にしなさい。かぶりなさい。 ⑥ボールを手にしなさい。ボールで遊びなさい。. 3)第3段階:環境にある物についての概念を形成すること 教師は,盲ろう児の身の回りにある物を紹介したり,それらの性質を説明したりしなが ら,安全や信用の感覚を教える 。「子どもの家」で子どもたちが出会うすべてのものは, 子ども自身によって調べられる必要がある。その物自身は重要ではなく,その物の機能や, その物の実際的な使用をまず教える。たとえば,ボールは遊ぶものであること,ドアは開 けたり閉めたりするものであること,ベッドは寝るものであることなどである。. - 9 -.
(10) 4)第4段階:環境での定位を教えること 環境を直接肉体的に知覚する基礎を習得するための定位の技能は,今後,大人の援助な しに子どもが自立して動くことを準備させる機会を与える。 5)第5段階:ゆるやかな空間定位の発達。物を調べるときや定位での適切な姿勢やジェス チャーを形成すること。 適切な姿勢やジェスチャーの形成はプログラムの早い時期からすでに始まっている。単 純な物質を使用することを学びながら,子どもは,より複雑なものの使用を学んでいく。 6)第6段階:観察者と一緒におこなう定位 はじめに,子どもの手を握りながら,教師はすべての安全な機能や定位機能の多くを担 う。つまり,道の選択,移動の速さ,定位の目印である。教師が主導のとき,子どもは, 周囲を観察することに受身的である。しかし,今後,教師主導だった定位は,子ども自身 によっておこなわれていくことが目指されている。. (2)適応の技能習得を助ける環境の構成 1)子どもの個人活動の考慮を受け入れること 聴覚,視覚,そして残存視力や残存聴力のある子どものために,触覚の目印を使う。触 覚の目印は,手の使用だけでなく足の感覚も含む。 2)移動の道は熟考すべきである。沿って歩くことは考慮されるべきである。 単純さ,道のわかりやすさ,便宜さ,安全性,定位の目印の存在。定位の目印に関して, 「子どもの家」の教師は,すべてのシステムの統一をつくり出し続けている。それは,す べての部屋のドアにマークをしたり,壁に特別な目印の方向をつけたりすることを含む。 3)方法に応じて動くことは,日課に応じた行動から始める。 方法と行動との間にあるつながりを子どもに形成することは必要である。たとえば,食 事は,ダイニングルームに移動するための動機となりうる。その方法が受け入れられたと き,盲ろう児は「場所」と「行動」の理解を分けるための訓練が可能となる。 4)訓練の最初の段階での動きの方法は,不変であるべきである。 5)自立の要素のゆるやかな導入 子どもを部分的に自立させて歩かせることは重要なことである。 6)もし,子ども自身に何かをさせるなら,次もまた子ども自身でさせなければならない。 新たな道を歩くとき,彼の手を握ることは,彼が一人ではないこと,近くに誰かがいる こと,その人はすぐに助けることができる人であることを理解させることを意味する。慣 れた道を歩くときに,子どもの手を握ることは有害である。それは子どもを自立に導かな い。. (3)社会に適応するための学び 部分的に ,「子どもの家」の環境は,障害のある子どもたちのニーズに適応する。つま. - 10 -.
(11) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). り,歩行者用道路,横のへり,手すりがある。しかし,すべての物に完全に目印をつける ことは適さない。自然な環境の状態に子どもを準備させることが,教師の最後の目標だか らである。自然な環境の状態は ,「子どもの家」の外側に存在し,そこには常に目印が存 在しない。視覚と聴覚のある人でさえ,つまずいたり落ちたりすることがある。それは, 似たような状況があったときに,それ以上の間違えを避けるための経験を与える。障害の ある子どもは,不都合な要因やそれらとの相互作用で起こりうる結果のための準備をしな ければならない。. Ⅳ.「子どもの家」の教育の歴史的発展とその意義. 今日に至るまでの約50年の間に示されてきた ,「子どもの家」の教育に関する資料は, そこで盲ろう児への教育が継続しておこなわれていることを意味する。本稿で取り上げた 3つの時期,つまり1970年,1997年ころ,2005年ころの「子どもの家」の実際を示す資料 より,共通している教育観がみえてくる。その特徴の要点は,以下の3点としてまとめる ことができる。 1)一定の日課を繰り返すことによる学習活動の展開 2)生理的欲求に基づいた事物の実際的な使用方法の指導 3)社会生活への適応や自立を見据えた段階的な教師の支援 これらは,サカリャンスキーやメシチェリャコフによって示された基礎理論が背景にあ るといえる。サカリャンスキーは,日常生活との関連,特に生理的欲求とのつながりをも とにした教授段階の確立,盲ろう児の能動性を意識した「教師と子どもの共同行為」とい う教育方法を示したことで知られている。そして,メシチェリャコフは,サカリャンスキー の理論に基づき,盲ろう児が人間的行動を形成するための条件や重要な課題を明確にした。 「子どもの家」の教育は,サカリャンスキーやメシチェリャコフの基礎理論を継承しなが ら,その時代の要請に応じて,よりよい教育方法の開発と工夫がおこなわれているといえ る。 「子どもの家」の教育が今日も継続しておこなわれ,そこでの教育が示されることは, 盲ろう児の発達の可能性を広げるだけでなく,教師の適切なかかわりの重要性を打ち出す ものである。さらに言えば,他の障害種別の子どもたちを対象とした教育にも活かす価値 があると考える。. 註釈 *1 Иван Афанасьевич Соколянский(1889‐1960) :ウクライナの欠陥学教育システム創立者の一人で ある。1923年に,ハリコフ・クリニック学校(ウクライナ)を開設する。また,1947年には,モスクワ の欠陥学研究所内に盲ろう教育研究室を設置し,1954年には,盲ろう児の教育実験グループをつくり, 盲ろう教育に関する研究活動に尽力する。. - 11 -.
(12) *2 Александр Иванович Мещеряков(1923‐1974) :1955年より,欠陥学研究所の上級研究員として働 き始め,サカリャンスキーの研究に,一緒に取り組むようになる。サカリャンスキーの死後,サカリャ ンスキーの考えを継承しながら,盲ろう児の最初のコミュニケーション手段の発生という心理学的条件 の問題を中心とした研究をおこなう。盲ろう教育研究室を主導すると同時に,1963年には「ザゴールス ク子どもの家」を開設する。また,盲ろう教育のための学習指導要領を作成し,主要な科目の学習指導 要領の教材を出版する。 *3 Ольга Ивановна Скороходова(1911‐1982) :8歳(1919)のときの病気の後遺症により,視覚と聴 覚を失ってしまった盲ろう者である。ハリコフ・クリニック学校(盲ろう児を対象とした学校)に入学 し,サカリャンスキーによる系統的な指導を受ける。在学中に,身辺自立を習熟させ,音声書記言語を 習得した。1963年に, 「ザゴールスク子どもの家」を開設する。また,欠陥学研究所の研究員を務める。 *4 НИИ дефектологии(1943‐現在) :国の「教育科学アカデミー」と呼ばれる教育研究組織に含まれる 研究施設である。身体的・心理的な障害のある子どもの発達,訓育,教授・学習に関する領域の研究を おこなっている。現在は, 「治療教育学研究所」と改称する。 *5 Валерий Николаевич Чулков(1939‐1997) :ろう児,盲ろう児の教育分野で有名な専門家,心理学 修士,欠陥学研究所の上級研究員である。1968年より,欠陥学研究所の研究員を務め,1981‐1996年に, 盲ろう教育研究室を主導し,現代的な,盲ろう児の学習指導要領を作成する。また, 「社会・生活オリエ ンテーション」を導入する。 *6 盲ろう児は,触覚を用いることにより,多様な事物を知ることができるようになる。身ぶり表情は,事 物を触察する活動によって形成される。事物を扱う行為,事物触察活動,一人で事物を扱う行為という3 つの要素がある。 *7 「音声言語」と「書記言語」を総称した用語である。いわゆる「話し言葉」と「書き言葉」を意味する。 前者は,話し手の発話行動によって生じた音声による言葉を聞き手が理解するという一連のコミュニケー ション活動で機能する言葉を意味する。後者は,文字記号を使用することによって表現する言葉である。. 文献 1)А, И, Мещеряков(1974)Слепоглухонемые дети ‐ Развитие психики в процессе формирования поведения ‐,Педагогика, Москва. 2)И, А, Соколянский(1962)Обучение слепоглухонемых детей, Известия АПН РСФСР,121,15‐30. 3)坂本市郎(1984)盲聾唖児教育-三重苦に光を-,ナウカ. 4)В, Н, Чулков(1991)Социально ‐ бытовая ориентация как специальный принцип обучения слепоглухих детей, Дефектология,4,38‐42. 5)Pereverzava M,( V 2007)Teachiing Deafblind Orientation and Mobility,Materials of the 6th DBI European Conference Presov, Slovakia,2005,MAKING THE INVISIBLE VISIBLE,7‐15. 6)著者不明(2003)Александр Иванович Мещеряков, Дефектология,6,81‐82. - 12 -.
(13) 山梨障害児教育学研究紀要 第7号(平成25年2月1日). 7)著者不明(不明)Ольга Ивановна Скороходова - 90 лет со для рождения, Хроника. 8)著者不明(1998)Валерий Николаевич Чулков, Дефектология,2,96. 9)広瀬信雄(1989)サカリャンスキーの もう・ろう・あ児教育論-ソビエトにおけ る もう・ろう・あ児教育の基礎-,山梨大学教育学部研究報告,40,180‐187. 10)広瀬信雄(1996)メシチェリャコフの,もうろうあ児教育方法論,山梨大学教育学部 研究報告,46,175‐182. 11)広瀬信雄・千明弘美・宮井清香(2012)もう一人の奇跡の人-「オリガ・I・スコロ ホードワ」の生涯,新読書社.. - 13 -.
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かであろう。まさに UMIZ の活動がそれを担ってい るのである(幼児保育教育の “UMIZ for KIDS” による 3
ところが,ろう教育の大きな目標は,聴覚口話
「教育とは,発達しつつある個人のなかに 主観的な文化を展開させようとする文化活動
教育・保育における合理的配慮
婚・子育て世代が将来にわたる展望を描ける 環境をつくる」、「多様化する子育て家庭の
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