ハングル手話とハングル指文字に関する研究 : その教育的利用の可能性 利用統計を見る
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(2) 指文字についての研究を進めている。小稿では隣国である,韓国および朝鮮半島における 手話・指文字の概略と,教育場面への導入について検討を試みる。. Ⅱ.ハングルとその構造. 朝鮮半島では,15世紀の半ばまで中国からきた漢字を使っていたが,支配階層の人や一 部の学者は難しい漢字を読めても,一般の人々は漢字を読むことができなかった。朝鮮王 朝第4代,世宗大王が学者たちと協力して ,“国民がたやすく習い,使えるように”と民 族固有の文字を作り,1446年10月9日「訓民正音」の名で公布したのがハングルである。 その原理は,次のようである。 子音字は発音器官の形をまねて,まず基本字「ㄱ(k)」,「ㄴ(n)」,「ㅁ(m)」,「ㅇ(o)」を 定め,これらに画を加えることによって,派生字を作った。例えば,「ㄱ( k)」は舌の根 が喉をふさぐ形を表しているが,これに一画足して「ㅋ(k h)」を作った。また, 「ㄴ(n)」 は舌先があごに付いている形を表すが,これに画を足して「ㄷ(t)」, 「ㅌ(t h)」, 「ㄹ(r)」 を作った。以下同様にして, 「ㅁ(m)」(むすんだ口の形)→「ㅂ(p)」,「ㅍ(p h)」 「ㅈ(t ʃ)」(前歯の形)→「ㅈ(t ʃ)」,「ㅊ(t ʃh)」 「ㅇ(o)」(のどの穴の形)→「ㅎ(h h)」 とした。 また,母音は天地陰陽説に基づいて,天を表す「・」,地を表す「ㅡ」,人を表す「ㅣ」 の3つを定め ,「 ㅡ 」と「 ㅣ 」を中心に上下左右に点(現行短い棒)を組み合わせて陰陽 の対称性を表した。すなわち,上を陽,下を陰,右を陽,左を陰として,上・右に点を付 オ. ア. ウ. オ. けた「ㅗ」「ㅏ」が陽母字,下・左に点を付けた「ㅜ」「ㅓ」が陰母音というようにした。 ハングルはアルファベットのように子音と母音を区別する音素文字であるが,音節(ひ と息で発音する音の単位)ごとに記す独創的で,科学的な文字である。1音節を初声,中 声,終声に分け,子音字は初声と終声に,母音字は中声に用いている。 子音字と母音字を組み合わせるという発想は画期的だが,実はどの組み合わせもみな使 われるというわけではない 。「 댜( tja)」「 됴(tjo)」「듀(tju)」のように文字にすること はできても,実際にはあり得ない音の組合せが何通りかある。ただし「 듀(tju)」は,最 近は「 Dual」などの英単語を表記する際に使われ始めている。ハングルの使われ方も時 代とともに少しずつ変化していると言える。 次にハングルの仕組みについて述べよう。 前述したように,ハングルは韓国語の音を表すために作られた表音文字である。19個の 子音字(基本子音14個,二重子音5個)と21個の母音字(基本母音10個,合成母音11個). - 106 -.
(3) 山梨障害児教育学研究紀要 第4号(平成22年2月1日). の組合せで成り立っており,ローマ字を並べるような順序でつづる。文字の種類には,子 音+母音,子音+母音+子音の2つのタイプがある。. 1.子音+母音の文字 例えば, 「シ」という音の場合,ローマ字表記をすると,子音 s と母音 i を並べることになるが,ハングルもこれと同じように,子音字 ㅅ ( s)と 母音字 ㅣ ( i)を組み合わせて 시 を表す。発音の順序で,最初にくる子音 を初声,2番目の母音を中声という。. 2.子音+母音+子音の文字 これは,1の子音+母音の文字に追加の子音が付いたタイプである。こ の最後の子音を発音の順序からみて,終声(パッチム)という。パッチ ムとは「支えるもの」という意味で,文字通り,1の子音+母音のタイプ の文字の下に付いて,支える格好になる。. 3.漢字の使用 現在韓国では,一般的に漢字はほとんど使われていない。かつては新聞の見出しなどに 漢字が多く見られたが,その割合はだんだん減ってきており,今ではほとんど見られない。 新聞や雑誌で漢字が使われるのは,固有名詞である。人名や地名,会社や団体などの固有 名詞のハングル表記に,カッコ書きで漢字が併記されることもある。 また,あまり有名でない言葉や専門用語,あるいは同音異義語があり,ハングル表記で は意味が分かりにくい場合に,補助的にカッコ書きで漢字を使ったりもする。漢字の字体 は,現在の日本で使われている新字体と同じものもあるが,画数の多いいわゆる旧字体も 使われているため,漢字の知識が足りない場合には,日本人でも読めないことがある。 地下鉄の駅名などには,ずいぶん前からハングル,アルファベットとともに漢字を書く ようになったが,これは中国,台湾,日本など漢字語圏に属する外国人を意識したもので ある。 学校教育では,1990年代までは,中学,高校で漢字,漢文の授業があったが,今では選 択制で,漢字の授業をとる生徒は少ないという。大学の勉強で読むような難しい本,特に 法律や歴史などの専門書にはよく漢字が出ているので,学生たちには漢字にハングルでル ビをふったりするなどの苦労が見られる。. Ⅲ.ハングル手話・ハングル指文字についての先行研究. ハングル手話・ハングル指文字とその教育的利用について論じた研究は,わが国では非. - 107 -.
(4) 常に少ないと言える。韓国におけるろう教育や手話法については若干の文献において触れ られているが,多くの情報は見聞記や大会報告に頼らざるを得ない。 「聴覚障害」誌では1996年(Vol,51),10号において,ソウルで開かれた第5回アジア・ 太平洋聴覚障害問題会議を特集し,その参加報告を詳細に伝えている。そこでは隣国韓国 における,ろう教育,ろう学校,手話についての状況を垣間見ることができる。またそこ では,聴覚障害問題会議に「ろう教育」の情報がやや少なかったこと,日本の手話とよく 似た手話があったこと,韓国のろう学校生徒のアトラクションの見事さ等が伝えられてい る。 田上(1991)は ,「中国・韓国・日本の手話研究」として梅次 开 と鄭春恵との共著論文 を記している。ここでは両者と田上との私信を通して得られた情報を利用して,手話使用 の現状やその研究について触れられている。とくに韓国手話については,①1982年に「標 準手話辞典」が発行されたこと,②助詞を指文字で示していること,③福祉と宗教のつな がりが深いこと,④韓国の多くの,ろう学校では口語・手話併用で,韓国語対応手話が用 いられていること,等が知られる。しかし,この研究から得られるのも,断片的情報と言 わざるを得ないだろう。 おそらく韓国のろう教育と手話についてまとまった記述をしているのは,金七官(1998) による「韓国の聾教育と手話―聾学校教育課程の変遷を中心に―」であろう。金は,歴史 的にこの問題をたどりながら,①韓国手話の成立とその体系的な利用を1920年代末に求め, ②その後,日本語を中心とする口話主義の強化による,方法上の二重構造,③解放後もア メリカの影響を受け,口話法の継承,④1946年のハングル指文字の創案(尹伯元. ユンペ. ガン)を指摘した後,韓国手話史に大きな痕跡を残した資料「手話1963」をとりあげてい る。同書では序文に「手話が聾教育における歴史的遺物となり,口話法がこれに代わるこ とを期待する」と書かれているのにもかかわらず,手話への国民の深い関心を示している とし,現場での口話と手話の同時使用の二重構造を明らかにした。 さらに金は,その後の韓国手話の体系的利用について1970~80に至るトータルコミュニ ケーション理念の広がりと手話の出会いを,手話に対する認識の変化としてとらえている。 先行研究から知られることは,以上である。. Ⅳ.ハングル指文字とその利用. まず,ハングルの子音字,母音字の指文字形を図1に示す。 (『사랑의 수화교실(1995)』 より転写). - 108 -.
(5) 山梨障害児教育学研究紀要 第4号(平成22年2月1日). 図1. ハングル指文字(文献4より転写). 指文字でハングルを示す場合,①子音+母音の文字の場合は,はじめに子音字の指文字 を作り,次に母音字の指文字を作る。②子音+母音+子音の文字の場合も同様に順番に文 字を作っていく。一つの文字に一つの指文字を対応させるのではなく,初声,中声,終声 にそれぞれ対応させて指文字を作る。. - 109 -.
(6) Ⅴ.ハングル手話の概略とその利用. 1. 日本手話と類似している手話. ・ありがとう. ・なに? 図2. ・嬉しい. 日本手話と類似しているハングル手話. 「日本手話と韓国手話は70%類似している」と言われ,しばしば比較研究されているが, 両者の類似性(図2参照)ばかりに注目が集まり,両者の独自性についてはほとんど触れ られない。韓国だけでなく,中国,朝鮮半島,台湾などとも日本手話は共通する語彙が多 いとされているが,類似性ばかりに着目するのではなく,独自性に着目することで,ハン グル手話独特の特徴が明らかになるのではないかと考える。. 2.日本手話と類似していない手話. ・あなた 図3. ・元気?. こんにちは. 日本手話と類似していないハングル手話. - 110 -.
(7) 山梨障害児教育学研究紀要 第4号(平成22年2月1日). 日本人は「あなた」を示すとき,人差し指で相手を指すが,韓国人は人差し指で指され ることを嫌う。また,日本手話での「元気?」を韓国手話では「こんにちは」を意味する ように微妙な違いが散見される(図3参照)。. Ⅵ.韓国および朝鮮半島の学校教育におけるハングル手話・ハングル指文字の利用. 朝鮮半島において日本統治時代(1910~1945年)に建立された朝鮮ろう学校は現在,ソ ウルろう学校と名前を変え,国立のろう学校とされている。日本統治時代にこのろう学校 が建立された背景には一国家一言語という言語政策が関係しており,当時朝鮮半島は日本 の領土であったため,日本語教育と日本語手話教育が行われた。これらのろう学校には日 本からの移民ろう者がいたこともあり,多くの日本人のろう者が学んでいたが,日本人だ けでなく朝鮮人も一緒に机を並べて勉強をしていた。また,優秀なろう児は日本のろう学 校に留学していたという。また,朝鮮人のろう学校教諭は日本でろう教育を学び,自国で 実践していた。 ソウルろう学校においては,李昌浩牧師が日本のろう学校で手話法を視察し,ソウルろ う学校に導入している。ソウルろう学校で日本語手話を学んだろう者たちが,戦後,不就 学のろう者たちに日本手話を教えていったとのことである。 日本の敗戦後は朝鮮半島から多くの日本人が引き上げて行った。しかし,社会的インフ ラはそのまま残されたのである。ろう学校もその例に漏れず,現在でもろう学校として利 用されている。朝鮮半島では平壌ろう学校とソウルろう学校があったが,そのまま日本手 話による教育が行われ,新しい独自の韓国手話が加わる形で維持された。. Ⅶ.結びにかえて. 小論で述べたことを整理し今後の課題を記して,結びにかえたい。 1.日本語の指文字が一字一字対応であるのに対し,ハングル指文字は,一字を2つ以上の ハングル指文字の組み合わせによって示す。よってスピード,手話の運動量の点で,一文 字を表す上で欧米マニュアルアルファベット,日本語指文字にくらべ,エネルギーを要す る。 2.実際には,指文字は助詞・固有名詞を表現するのに多用される。 3.ハングル手話(対応手話)が教育の場面で用いられているが,日本語対応手話と類似 点を多く見出せる。これには,日本文化と韓国文化の親近性が背景にあること,音声・文 字日本語とハングル(韓国語,朝鮮語)そのものが,文法的,発音的に深いつながりがあ ることが大きな理由である。したがって対応手話同士の類似は当然といえる。. - 111 -.
(8) 4.歴史的な視点から,日本の口話法が韓国のろう学校にそのまま強いられていたことも 忘れてはならない。 なお今後の研究課題として,ネイティブ・スピーカーの用いるハングル手話の研究が何 よりも待たれる。また,ろう学校における教育課程と手話・指文字使用の関係,さらに寄 宿舎内における,ろう生徒同士のコミュニケーションにおける手話・指文字の使用状況に ついて実践的な検討が必要である。 さらに,ハングル対応手話,ハングル・ネイティブ手話においても本質的な特徴を明ら かにすることも研究課題として残されている。. 文献 1)田上隆司・梅次开・鄭春惠(1991)中国・韓国・日本の手話研究.特殊教育学研究, 29(1),47-52. 2)金七官(1998)韓国の聾教育と手話―聾学校教育課程の変遷を中心に―.手話コミュ ニケーション研究,28,21-29. 3)小畑修一(1996 )「第5回アジア・太平洋地域聴覚障害問題会議ソウル大会」報告. 聴覚障害,51(10),8-13,22-30. 4)노정처(1995)사랑의 수화교실.수헬사. 5)安垠姫(2007)韓国語学習スタートブック超入門編.J リサーチ出版. 6)木内明(2004)今すぐ話せる韓国語[入門編].ナガセ.. - 112 -.
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