は じ め に 白紋羽病は多犯性の土壌病害であり,多くの果樹の根 部に寄生して樹を枯死に至らしめることから,果樹では 古くから重要病害とされている。本病に対する防除法と しては,罹病樹の根域土壌への化学合成農薬の灌注処理 が主体であるが,数年後には再発する場合が多く,再処 理を必要とし,多大な経費および労力がかかる。また多 量の薬液を土壌に処理することから,環境への影響も懸 念されており,新たな防除手段の開発が望まれてきた。 このような中,EGUCHI et al.(2008)によって,温水 を用いた白紋羽病罹病樹に対する治療技術が開発,実用 化された。本技術は,白紋羽病菌の高温耐性が低い性質 を防除に利用したもので,50℃の温水を土壌表面に点滴 処理し,深さ30 cm までの土壌を 35 ∼ 45℃に維持する ことで,樹体に影響を与えずに病原菌を殺菌するもので ある。温水を用いるため,化学合成農薬による防除に比 べ,環境への負荷は小さく,処理にも大きな労力を必要 とせず,生産現場からの期待が大きい。しかし現状,本 技術は平坦地に植栽されている果樹(リンゴおよびナ シ)を対象としたもので,傾斜地栽培の果樹では治療効 果が劣る場合があった。そこで,各地に多数存在する傾 斜地栽培の果樹においても安定して治療効果を得ること ができる温水治療技術の開発に取り組んだ。 本稿では傾斜地栽培における温水処理の問題点とその 改善策,および現地試験の結果について紹介する。なお 本試験は,新たな農林水産政策を推進する実用技術開発 事業「環境負荷低減を実現する果樹類白紋羽病の温水治 療法の確立(2010 ∼ 12 年)」の助成を受けて実施した。 以下に記載する試験では,温水処理機としてエムケー 精工株式会社で開発された専用機(EB―1000)を用い, 点滴器具には点滴チューブ(ユニラム17,ネタフィム 社製)を1.5 × 1.5 m の大きさに格子枠状に組み立てた 点滴器具を用いた。 I 傾斜地に植栽されたリンゴ樹の根域調査 現行の温水治療技術は,平坦地に植栽されたリンゴお よびナシ樹を対象としており,処理条件はこれらに対し て設定されたものである。傾斜栽培地に適した処理技術 の開発にあたっては,まず平坦地での処理条件が適用で きるかを検証しなければならない。特に防除効果に直結 する処理範囲が,平坦地と同じであるかを確認すること が必要と考えた。そこで,はじめに傾斜地栽培のリンゴ 樹の根部を掘り上げ,根域の分布状況を調査した。 2010 年には斜度約 10 度の現地 2 圃場において,樹齢 約15 年生の つがる /マルバカイドウ,約 10 年生の ふ じ/マルバカイドウの各 1 樹を掘り上げた。2011 年には 斜度約15 度の現地圃場において,樹齢約 8 年生の つが る/M.9/マルバカイドウを 4 樹掘り上げた。 いずれの調査樹においても,地中に垂直方向に伸びる 主根と主幹から水平方向に放射状に伸びる側根が観察さ れた。温水処理の対象となる側根は,地表面から深さ 30 cm 程度の範囲に傾斜に対してほぼ平行面状に多数分 布していた。これは平坦地に植栽されたリンゴ樹の根域 分布と同様であり,傾斜地に特有の根域分布は認められ なかった。このことから,傾斜地での温水処理において も平坦地での処理範囲が適用できると考えられた。この 範囲において均一な地温上昇が得られる処理法の開発を 目指し,以下の試験を行った。 II 傾斜地での温水処理による地温分布調査 これまでに傾斜地で実施した温水処理において,温水 の地下浸透が不十分となる事例や十分な防除効果が得ら れない事例があることを確認している。 そこで,傾斜地における温水処理の問題点を明らかに するため,2010 年に長野県果樹試験場内において斜度 10 度および 20 度の人工斜面を造成して温水処理を行い, 処理状況を観察調査するとともに,処理土壌の地温分布 を調査した。50℃の温水を大きさ 1.5 × 1.5 m の点滴器 具を用いて点滴処理した。処理中,器具内の3 点におい て地下30 cm の地温を測定し,地温が 3 点すべてにお いて35℃を超えた時点で処理を終了した。処理終了直 後 に,図―1 に 示 す 位 置 に お い て 地 下 10 cm お よ び
Improvement of Hot Water Treatment against White Root Rot in Sloping Orchard. By Ken-ichi KONDO and Tatsuo IHARA
(キーワード:リンゴ,白紋羽病,温水点滴処理,傾斜地) * 現所属:長野県南信農業試験場
傾斜地栽培における温水治療技術の開発
近藤 賢一・伊原 竜夫
* 長野県果樹試験場 ミニ特集:果樹類白紋羽病の温水治療技術30 cm の地温を測定した。処理は各斜面において時期を 変えて各3 回行った。なお,場内圃場の土質は礫質,褐 色森林土で,試験は斜面造成後,約6 か月経過してから 実施した。 人工斜面で温水処理では,滴下した温水が浸透せずに 地表面を傾斜にそって流れ落ちる様子が観察された。10 度の斜面に比べ20 度の斜面において顕著であった。 処理直後の地温は,斜度10 度の斜面では測定部位お よび深さにかかわらず大半の地点で処理の目標温度であ る35℃に到達し(図―2),平坦地における処理との相違 は認められなかった。一方,斜度20 度の斜面では,地 下10 cm においては多くの地点が 35℃に到達したが, 地下30 cm においては点滴器具上辺の地温上昇が不足 する傾向が認められた(図―2)。3 回の処理ともに同様 の傾向が認められた。なお,点滴器具の中央部において も地温上昇が不足したが,これは点滴器具中央部の点滴 箇所数が不足していることが原因で,処理土壌の斜度に 起因するものではないことが明らかにされている。 以上の結果から,斜度10 度までの傾斜地では平坦地 と同じ処理方法によって目標とする地温上昇が得られる が,10 度を超える場合には,設置した点滴器具上辺の 地温上昇が不足する可能性があり,この対策が必要であ ると考えられた。 III 傾斜地での温水処理における地温上昇不足の 原因究明 斜度が10 度を超える傾斜地での温水処理において, 点 滴 器 具 上 辺 に お い て 地 温 上 昇 が 不 足 す る 原 因 を, 2011 年にモデル試験によって検討した。 容量約70 l のプラスチック製ボックス(幅 60 cm × 奥行き37 cm ×高さ 30 cm)で底面には排水用に穴を数 個あけた。以下,試験ボックス)に,約5 mm 目の篩で ふるった黒ボク土を軽く鎮圧しながら充てんした。ここ に温水処理で使用している点滴チューブ(ユニラム17) を1 本配置し(図―3),試験ボックスを水平または斜度 20 度の角度で設置した後に 60℃の温水を約 4 時間送水 した。このとき,土壌への点滴を1 箇所のみから行うよ うにした。土壌への温水の浸透状況などを観察調査する とともに,図―3 に示すように点滴部位を中心として, 外周約9 cm の位置におんどとり Jr.(T&D Corporation) を4箇所設置して,地下20 cmの温度を測定した。なお, 土壌は試験ごとに新しく充てんしなおした。 0 30 60 90 120 150 (cm) 10 30 50 80 100 120 140 1.5 m 0.6 m 0.2 m 点滴器具 (1.5×1.5 m) 上 下 傾斜 図−1 温水処理後の温度測定位置(図中の●印部分で測 定) 注1:点線枠の上辺と左辺の数字は,点滴器具の左上 端から温度測定位置までの距離(cm)を示す. 注2:大型点滴器具(後出)は,図中の点滴器具と中 心位置を変えずに設置. 上 下 傾斜 0 30 60 90 120 150(cm) 0 30 60 90 120 150 10 35.8 40.1 38.9 36.1 23.9 41.2 10 28.3 32.7 28.0 27.6 30.3 29.1 30 30 50 35.2 40.4 42.5 43.1 27.9 41.0 50 39.8 41.5 33.9 42.2 32.2 35.3 80 38.9 41.5 42.5 38.0 28.4 32.1 80 36.2 36.6 28.7 41.8 28.9 31.7 100 23.4 38.3 41.9 44.2 30.1 36.9 100 27.7 37.6 38.2 29.8 34.1 35.1 120 120 140 25.8 35.1 42.0 35.8 25.9 36.9 140 27.9 36.4 36.1 34.1 35.4 38.1 (cm) 斜度10 度 斜度20 度 図−2 人工斜面における温水処理後の地下 30 cm の地温(℃) 注1:図中の数字は 3 回処理した測定値の平均値. 注2:色塗りした部分は目標温度の 35℃を超えた箇所.
試験ボックスを水平設置して処理を行った場合,点滴 ドリッパー(以下,ドリッパー)から滴下した温水は直 下の土壌から浸透し,ほぼ同心円状に浸透していった (図―4)。また,地温の上昇速度は測定位置にかかわらず おおむね等しく,処理4 時間後の地温は 25.5 ∼ 27.1℃ とほぼ同じとなったことから,温水は垂直方向に浸透し ながら均一に水平方向に広がっているものと考えられた (表―1)。一方,試験ボックスを斜度 20 度に設置した処 理では,滴下した温水は土壌表面を傾斜にそって流れ落 ちながら土壌へ浸透していった。土壌表面の濡れは,試 験ボックスを水平設置した場合と同様にほぼ同心円状に 広がっていったものの,その中心はドリッパー直下から 傾斜の下方向へずれた(図―4)。地温の上昇速度は測定 位置によって異なり,傾斜の上部(図―3 の測定位置②) で遅く,傾斜の下部(測定位置④)で早かった。処理約 4 時間後の地温も,測定位置①および③ではほぼ同じで あったが,測定位置②で低く,測定位置④で高かった (表―1)。これらのことから傾斜地の温水処理では,滴下 した温水が傾斜にそって流れ落ちながら浸透するため, 温水の浸透域が傾斜下方向にずれ,結果としてドリッパ ー直下の地温上昇が不足するものと考えられた。 上 下 傾斜 9 cm ① ② ④ ③ 点滴ドリッパー 【上面図】 30 cm 60 cm 37 cm 【黒ボク土を充てんしたプラスチックボックス】 点滴チューブ (ユニラム17) 図−3 モデル試験に用いた試験ボックスの概要 注1:【上面図】中の①∼④の位置で,深さ 20 cm の地温を測定. 試験ボックスを水平設置 試験ボックスを斜度20 度に設置 上 下 傾斜 図−4 モデル試験による温水の浸透状況
IV 傾斜地での温水処理に適した処理法の開発 点滴器具の上辺部に見られる地温上昇不足の主原因 が,滴下した温水が土壌表面を流れ落ちながら浸透し, 温水の浸透域が傾斜の下方向へずれることが明らかにな った。そこでこれを改善するために,次の手法の有効性 を検討した。 1 点滴器具の大型化による地温上昇不足の改善効果 点滴器具上辺の地温上昇が不十分となることから,器 具上辺の外部に点滴チューブを増設,すなわち処理範囲 を広げることで,改善効果が得られるかを検討した。 現行の点滴器具(大きさ1.5 m × 1.5 m,以下,従来 器具)の形状を参考に,大型化した点滴器具(大きさ 1.7 m×1.7 m,以下,大型点滴器具)を試作した(図―5, 口絵④)。 はじめに,2012 年に長野県果樹試験場内の斜度 20 度 の人工斜面において,従来器具および大型点滴器具を用 いて温水処理を行った。各処理において地温の測定位置 をできるだけそろえ,土壌条件の違いによる影響を最小 限にするため,器具の設置は中心位置をそろえて行っ た。処理は日を変えて行い,両器具とも2 回ずつ処理を 行った。処理の条件は前記同様としたが,処理の終了は 「点滴器具内の4 箇所で地下 30 cm の温度を測定し,い ずれかの3 箇所が 35℃を超えた時点あるいは 1 箇所が 45℃を超えた時点」とした。処理終了直後に図―1 に示 す位置において,地下30 cm の地温を測定した。 その結果,従来器具を用いた処理では器具上辺の地温 上昇が不十分となる傾向が認められた。器具上辺部に該 当する地温測定位置6 箇所のうち,処理 1 回目では 6 箇 所すべてで,2 回目では 5 箇所で目標温度に達しなかっ た(図―6)。この地温上昇不足は大型点滴器具を用いた 処理によって大幅に改善された。器具上辺部に該当する 地温測定位置の地温は,処理1 回目ではすべて目標温度 を超え,2 回目では 6 箇所中 1 箇所でわずかに目標温度 に達しなかった(図―7)。 次に,土壌条件などが異なる場合においても,大型点 滴器具により安定的な改善効果が得られるかを検討し た。試験は長野市,埴科郡坂城町,北佐久郡立科町の現 地圃場で行った。各圃場の概要は表―2 に示す通りであ る。この試験では,各圃場内のできるだけ斜度が同じで 近接する傾斜面を選んで処理を行った。結果の一例を 図―8 に示した。3 圃場で 4 処理の比較を行ったところ, すべての処理において従来器具では器具上辺の地温上昇 が不十分となる傾向が認められたが,大型点滴器具では これが改善され,処理範囲のほぼすべての位置で均一な 温度上昇が得られた。また本試験にあわせて,傾斜地に おける点滴器具の適正な設置法についても検討した。傾 表−1 平坦地および傾斜地を想定したモデル試験による地温の 推移(2011 年) ボックスの 設置状況 測定 位置 地温(℃) 処理開始時 約1.5 時間後 約 4 時間後 水平設置 ① ② ③ ④ 9.9 10.3 9.7 9.5 19.1 18.4 18.4 19.0 27.1 25.5 25.5 25.5 斜度20 度設置 ① ② ③ ④ 10.5 10.8 11.0 10.1 17.3 15.2 17.8 20.5 28.5 22.1 27.9 36.9 20 cm 40 cm 40 cm 40 cm 60 cm 50 cm 60 cm 従来器具 (1.5×1.5 m) 大型点滴器具 (1.7×1.7 m) 1.5 m 1.7 m 従来器具の処理範 従来器具の処理範囲 従来器具の処理範囲 図−5 従来器具と試作した大型点滴器具の模式図
斜地ではドリッパーから吐出した温水が点滴チューブを 伝って流れ落ちながら滴下する現象が頻繁に観察され, これがドリッパー直下の地温上昇不足を助長していると 考えられた。傾斜地の処理ではドリッパーから吐出した 温水が移動することなく,直下の土壌に滴下することが 必要となる。器具の設置に際しては,点滴チューブの長 辺が傾斜方向に対して直交するよう設置し,できるだけ 点滴チューブが土壌に直に密着するよう土壌表面の凹凸 をならす,あるいは下草を刈り取っておくことも重要で ある。 以上のことから,斜度10 度を超える傾斜地での温水 処理によって生じる点滴器具上辺の地温上昇不足は,大 型点滴器具の利用によって改善できることが明らかにな った。本器具による改善効果は壌土,砂壌土および壌∼ 埴土の圃場において認められ,土壌の違いによる影響は 小さいと考えられた。なお,この器具の大型化に伴い, 処理水量は1 時間当たり約 80 l 増加した。 V 大型点滴器具を用いた傾斜地圃場における 実証試験 2011 ∼ 12 年に傾斜地での大型点滴器具の実用性を評 上 下 傾斜 0 30 60 90 120 150(cm) 0 30 60 90 120 150 10 24.1 30.8 25.6 28.6 33.1 27.1 10 25.4 30.6 37.2 24.4 30.7 23.4 30 30 5035.6 33.3 35.7 38.4 30.1 35.1 5039.0 34.1 39.4 36.2 34.7 32.2 8035.4 35.6 38.9 29.8 38.7 35.6 8040.7 31.2 40.5 30.4 31.9 36.9 100 32.1 35.6 22.5 27.8 30.1 35.6 10039.8 40.7 28.7 20.3 23.8 36.9 120 120 140 35.8 33.4 35.0 44.0 38.5 45.1 14039.0 40.9 39.4 34.0 36.7 37.2 (cm) 処理1回目 処理2 回目 図−6 斜度 20 度の人工斜面において従来器具を用いて温水処理を行った直後の 地温分布(地下30 cm,℃) 注1:色塗りした部分は目標温度の 35℃を超えた箇所. 上 下 傾斜 0 30 60 90 120 150(cm) 0 30 60 90 120 150 10 36.7 35.0 40.6 35.4 35.4 39.8 10 38.0 35.6 40.9 39.0 34.637.0 30 30 50 36.0 32.0 43.4 32.3 41.0 35.5 50 39.3 33.1 41.1 39.7 38.5 34.2 80 26.7 41.0 36.1 24.1 32.2 35.0 80 29.3 37.2 38.9 34.8 29.9 38.1 100 35.4 41.1 31.3 29.7 26.7 31.9 100 34.1 35.5 42.2 36.1 31.8 30.1 120 120 140 43.8 42.2 36.1 32.2 38.0 39.4 140 36.6 41.8 39.9 32.6 29.6 42.8 (cm) 処理1回目 処理2 回目 図−7 斜度 20 度の人工斜面において大型点滴器具を用いて温水処理を行った直 後の地温分布(地下30 cm,℃) 注1:色塗りした部分は目標温度の 35℃を超えた箇所. 表−2 現地試験圃場の概要 試験場所 斜度 土性 備考 長野市 15 度 壌土 樹園地に隣接する裸地 埴科郡坂城町 10 ∼ 17 度 砂壌土 リンゴ園地(わい性台 木樹) 北佐久郡立科町 8 ∼ 11 度 壌∼埴土 リンゴ園地(マルバカ イドウ樹)
価するため,現地圃場において実証試験を行った。 試験は北佐久郡立科町および埴科郡坂城町の現地圃場 で行った。いずれの試験でも処理に先立ち,根部を軽く 掘り上げ,白紋羽病の罹病を確認した樹を供試した。 立科町の現地圃場では,斜度8 度または 11 度の斜面 に植栽された ふじ/マルバカイドウ(約 20 年生)を供 試し,2011 年 10 月 12 日に大型点滴器具および従来器 具を用いて,50℃の温水を処理した。処理中は器具内の 3 箇所において,地下 10 cm および 30 cm の地温を測定 し,終了後に図―1 に示す位置において地下 30 cm の地 温を測定した。処理8 か月後の 2012 年 6 月 22 日に処理 樹に対して,枝挿入法(EGUCHI et al., 2009)による診断 を行い,罹病の有無を調査した。また同年11 月 11 日に は供試樹の主幹から半径50 cm 程度の土壌を掘り上げ, 根部における罹病状況を調査し,防除効果を検討した。 両処理とも,地下30 cm の地温が 3 か所とも 35℃に 達した時点で終了し,処理時間はおおむね4 時間であっ た。処理終了後の地温は,従来器具を用いた処理におい て,器具上辺の地温上昇が不十分となった。無処理区の 樹では枝挿入法および掘り上げ調査で,白紋羽病菌の感 染が認められ,調査前後で樹勢は低下した(表―3)。大 型点滴器具により処理した樹では,両調査ともに白紋羽 病菌の感染は認められず,高い防除効果が確認された。 一方,従来器具によって処理した樹では,枝挿入法でわ ずかに病原菌が補足され,掘り上げ調査によっても主幹 部に菌糸付着が認められた。 坂城町の現地圃場では,斜度12 ∼ 18 度の斜面に植栽 された ふじ/マルバカイドウ(約 10 ∼ 15 年生)を供 試し,2012 年 6 月 22 日,23 日に大型点滴器具および従 来器具を用いて温水処理を行った(口絵④)。処理は各 器具ともに2 樹に対して行った。処理条件は前記試験と 同様とした。処理4 か月後の同年 10 月 30 日に,供試樹 の主幹から半径50 cm 程度の土壌を掘り上げ,根部に おける罹病状況を調査し,防除効果を検討した。 いずれの処理とも,地下30 cm の地温が 3 箇所とも 35℃に達した時点で終了し,処理時間はおおむね 5 時間 上 下 傾斜 0 30 60 90 120 150(cm) 0 30 60 90 120 150 10 36.3 34.6 33.3 36.5 33.4 32.3 10 35.2 37.5 35.9 37.3 35.0 34.5 30 30 50 36.8 36.3 38.0 38.2 40.3 38.1 50 39.4 42.5 40.3 37.3 36.3 40.9 80 31.7 37.3 34.138.2 37.8 27.5 80 27.6 43.3 35.6 43.1 39.0 38.1 100 38.5 ― 40.1 40.2 31.8 32.1 100 39.5 37.6 37.8 38.3 40.3 43.9 120 120 140 38.6 37.1 38.4 36.0 38.3 35.2 140 39.5 36.7 45.6 38.3 33.538.6 (cm) 従来器具 (斜度16 度) 大型点滴器具 (斜度17 度) 図−8 従来器具と大型点滴器具による温水処理直後の地温分布の比較(埴科郡 坂城町) 注1:色塗りした部分は目標温度の 35℃を超えた箇所,―は欠測. 表−3 傾斜地栽培樹に対する温水処理による白紋羽病防除効果(北佐久郡立科町) 試験区 使用した 点滴器具 供試樹数 斜度 処理前調査 (2011.10.12) 処理後調査 (2012.6.22,11.11) 樹勢b) 枝挿入法 掘り上げ調査a) 補足枝数/ 挿入枝数 菌糸付着量 健全根量 腐敗根量 樹勢 備考 主根 細根 温水処理区 大型器具 1 約11 度 4 0/12 0 0 4 1 4 従来器具 1 約8 度 4 1/12 1 0 4 1 4 菌糸付着は主幹部 無処理区 ― 1 約8 度 3 5/12 3 2 2 3 2 a)菌糸付着量,健全根量,腐敗根量 5:多←→無:0. b)樹勢 0:枯死,1:極めて弱い,2:やや弱い,3:普通,4:やや旺盛,5:旺盛.
であった。処理後の地温は前記試験同様,従来器具によ る処理において器具上辺の地温上昇が不足した。特に斜 度18 度の斜面での処理において顕著であった。処理 4 か月後に実施した調査では,いずれの樹においても明瞭 な樹勢の変化は認められなかった。しかし無処理の2 樹 では,主根および側根に菌糸付着が認められ,腐敗根の 発生もやや多かった(表―4)。大型点滴器具で処理した 樹では,2 樹ともに菌糸付着は認められず,腐敗根の発 生はわずかであった。一方,従来器具によって処理した 樹では,斜度18 度の斜面に植栽された樹において傾斜 上部の側根に菌糸付着がわずかに認められた。 これらのことから,傾斜地での温水処理において,大 型点滴器具を用いた場合,地温上昇不足は認められず, 高い防除効果が得られると考えられた。一方,従来器具 を用いた処理では,器具上辺の地温上昇不足が生じ,こ れに起因すると考えられる発病が認められた。傾斜地で の大型点滴器具の利用は実用性が高いと考えられた。 お わ り に 本研究では,これまで平坦地に植栽された果樹に対象 が限定されていた温水治療技術を,傾斜栽培地において も利用できるよう技術開発を行った。その結果,斜度が 10 度を超える傾斜地では,大型点滴器具を用いること で,平坦地での処理と同等の高い防除効果が得られるこ とを明らかにした。器具の大型化に伴い処理水量の増加 といった問題はあるものの,器具の改良のみで傾斜地に おける安定処理が可能となることから,本法は簡便な手 法と考えられ,今後現地への普及が期待される。 長野県ではこれまでに16 台の温水処理機が県下に導 入され,農業協同組合を中心に生産現場での活用が始ま っており,本技術に関する様々な課題がフィードバック されはじめている。傾斜栽培地への適用化のほかにも, 他病害への適用拡大やより持続性の高い処理法の開発, 大面積への処理が可能となる処理法の開発等が望まれて いる。今後も関係機関の協力を得ながら研究を続け,よ りよい技術を現地に提供していきたい。 引 用 文 献
1) EGUCHI, N. et al.(2008): J.Gen.Plant Pathol. 74 : 382 ∼ 389. 2) et al.(2009): ibid. 75 : 325 ∼ 330. 表−4 傾斜地栽培樹に対する温水処理による白紋羽病防除効果(埴科郡坂城町) 試験区 使用した 点滴器具 供試樹数 反復 斜度 処理前調査 (2012.6.22) 処理後調査 (2012.10.30) 樹勢a) 菌糸付着量 健全根量 腐敗根量 樹勢 備考 主根 細根 温水処理区 大型器具 2 1 2 約18 度 約15 度 3 3 0 0 0 0 4 3 1 1 3 3 従来器具 2 1 2 約18 度 約12 度 3 3 0 0 1 0 3 3 1 1 3 3 菌糸付着は傾斜上部の根 無処理区 ― 2 1 2 約8 度 約6 度 4 3 2 2 2 3 3 2 2 3 3 3 a)表3 b)と同じ.