• 検索結果がありません。

What's EBM? 13 : EBMであるもの・EBMでないもの

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "What's EBM? 13 : EBMであるもの・EBMでないもの"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

病院図書館2004;24(1):24-25

W 肋 副 s 朋 朋 ? ⑬

EBMであるもの

1.人間を対象とした研究:医者はその方法を 知らない? これまでの連載では人間を対象とした研究の デザインやその注意点をいろいろな視点から紹 介してきました。バイアス、比較群(コント ロール)、分母、平均への回帰、誤差、プラセ ボ効果、ランダム化…こういった言葉に“親し み(?),,を感じられるようになったでしょう か。 さて「こういった研究の方法や注意点を医者 は理解している」と思われる方、どれくらいい らっしゃるでしょう…?「医者であればこう いったことを勉強してきているし、十分理解し ているはず」ということは、実はまったくの誤 解なのです。それは有名な偉い先生でも同様で す◎私の学生時代(昭和60年前後)は、実験室 で行うような研究の真似事は教わったものの、 現実の人間を対象とした研究一その多くは疫学 的な方法一は、ほとんど経験しませんでした。 そしてそれは卒業後の臨床研修中も同様でし た。研修中は、学会での症例報告に向けて比較 的まれな臨床経過をたどった1人の患者さんを 丁寧に診察し、過去の文献から類似の症例を探 して、考察をまとめることは指導されました。 し か し 、 あ る 程 度 の 数 を 集 め て 、 必 要 な 統 計 処 理を行い、過不足ない結論を導くようなトレー ニングは皆無でした。 最近でこそEBMを通して、医学生・若手医 なかやまたけお:京都大学大学院医学研究科 健 康 傭 報 学 助 教 授 nakayama@pbh、medkyoto-u、au、jp ●

EBMでないもの

中 山 健 夫

師が研究のデザインを学ぶ機会は増えてきてい るのですが、解剖学や生理学のように医者であ れば誰でも一定の知識を持っていると言えるレ ベルでは無いことは確かなのです。 私が言いたいことは、“医者が言っているこ と”を、それだけの理由で信じ過ぎてはいけな いということです。医者は自負心を強く持ち、 それが仕事を続けていく上で大きな力になって います。それは悪くすれば、自分の経験・信念 以外のものを軽視する態度に陥ります。そうす ると自分の経験した積み重ねだけが、その後の 判断の拠りどころになってしまいます。“症例 報 告 ” は 、 既 に ご 存 知 の よ う に 、 “ エ ビ デ ン ス・レベル"では最も低いところに置かれます。 これはもちろん、個々の症例を見ることの意味 が無いというわけではなく、症例報告だけから、 次のケースの意思決定に役立つ一般論を導くこ とには落とし穴が多い、ということを意味して いるものです。なぜ症例報告はエビデンスのレ ベルが低いのでしょうか?それは報告症例がそ の疾病の全体像からは偏ったケースに過ぎない こと(選択バイアス。もちろん1例報告であれ ば、それだけでも一般論に飛躍できないことは 明 ら か で す ) 、 そ し て 比 較 群 が 無 い た め 、 行 なった医療行為が有効であったか判断できない ことなどがあげられます。しかし、医師は出会っ た症例で通した経験を、その後の判断の根拠と しがちです。 Ⅱ、Sackettらの論文から “Evidence-basedMedicine,,という言葉が始 めて論文に現れたのは1991年です。カナダの臨 −24−

(2)

床疫学者Guyattが、貧血の患者さんの事例を 通して、効率よく良質な診療を行なうためには、 患者さんの所見をきちんと把握し、過去の文献 を調べ、臨床疫学の知識を活用することが大切 であることを訴えました。わずか1ページのこ の小論がその後10年で世界を動かしました。そ の後、急速に展開されたEBMを巡る議論を整 理したのが1996年にSackettらがBMJ誌に発 表 し た 論 説 で す 。 そ こ で は ま ず 、 E B M と は "1t,saboutintegratingindividualclinicalex‐ pertiseandthebestextemalevidenCe.”すなわ ち「それは個人の臨床的な経験と外部の最善の エビデンスを統合することである」と述べてい ます。すっきりした定義ですが、個人の臨床経 験に頼る多くの医師にとって、「外部に最善の エビデンスがある」ということは決して素直に 認められるものではありませんでした。 こ の 論 文 を 抄 訳 で も う 少 し 紹 介 し て い き ま しょう。 「EBMは、個々の患者の臨床上の意思決定に、 最新で最善のエビデンスを、良心的(consci‐ entious)かつ明確に(expIicit)、思慮深く(ju‐ dicious)利用することである。 その哲学的起源は19世紀半ばのパリ、または それ以前にまで遡る…。個人の臨床的熟練(ま たは専門的技能)とは、個々の臨床医が臨床経 験・臨床行為を通じて狸得した技量と判断を意 味する。専門技能の増加は、特に効果的・効率 的な診断、個々の患者の苦境・権利・価値(選 好)に対する思慮深い把握とそれらの共感的な 利用によく反映される。最善の利用可能なエビ デンスとは、臨床にとって適切な研究を意味す る。多くは基礎医学に由来するが、特に患者に 焦点を当てた診察・診断検査の正確性・糖度、 予後因子の予測力、治療・リハビリ・予防計画 の 有 効 性 ・ 安 全 性 と い っ た 臨 床 研 究 に 由 来 す る。外部のエビデンスは、それまで認められて いた診断検査や治療を無効であると証明し、さ らに強力、正確、有効、そして安全なものに置 き換えていく。優れた医師は、個人の熟練と最 −25− 病院図書館2004;24(1) 善の利用可能なエビデンスを共に利用する。ど ちらか単独では不十分である」 さらに「EBMでないもの」として次のよう に続きます。 「EBMは料理本(cook-book)的医療ではな い。それは最善の外部のエビデンスを、臨床的 経験、そして患者自身の選択と統合するような ボトムアップ的なアプローチである。従って 個々の患者に独創性の無い料理本的医療を提供 するものではない。外部のエビデンスは、医師 の臨床的熟練に情報を与えるが、それにとって 替わることは出来ない。」 「医療サービスの購入者や経営者の中に、 医 療 費 削 減 の た め に E B M が 乗 っ 取 ら れ る

(hijack)かもしれないと心配する人がいる。

実際にEBMによって本当に有効な介入が採ら れたら、医療費はむしろ増加することもあり得 よう。」 「EBMはランダム化比較試験やメタ・アナリ シスだけで成り立つものではない。それぞれの 臨床的疑問にはそれぞれにあった研究方法があ り、それらのエビデンスを適切に利用する必要 がある。コホート研究などの観察研究は、治療 の有効性については誤った結論を導くことが多 い 。 一 方 、 ラ ン ダ ム 化 比 較 試 験 の シ ス テ マ ティック・レビューは、有効な情報となる可能

性が非常に高く、判断のための「黄金率(gold

standard)jとなる。」 …このようにEBMとは何か、そして何でな いのか、明快な解説が続きます。今、読み返し てもさすがにEBMを生み、育ててきたリーダー 達の主張に共感と敬服の念を深めます。次号で は、もう少しこの論文を通してEBMの実像を 紹介していきたいと思います。 参考文献 SackettDL,RosenbergWM,GrayJAetal.:Ev‐ idencebasedmedicine:whatitisandwhatit isn,t・BMJ、1996;312:71-2.

参照

関連したドキュメント

市場を拡大していくことを求めているはずであ るので、1だけではなく、2、3、4の戦略も

ƒ ƒ (2) (2) 内在的性質< 内在的性質< KCN KCN である>は、他の である>は、他の

喫煙者のなかには,喫煙の有害性を熟知してい

 毒性の強いC1. tetaniは生物状試験でグルコース 分解陰性となるのがつねであるが,一面グルコース分

いかなる保証をするものではありま せん。 BEHRINGER, KLARK TEKNIK, MIDAS, BUGERA , および TURBOSOUND は、 MUSIC GROUP ( MUSIC-GROUP.COM )

と言っても、事例ごとに意味がかなり異なるのは、子どもの性格が異なることと同じである。その

のとして初めてである (1) 。本件でも争点の( 1 )と( 2

 この地球上で最も速く走る人たちは、陸上競技の 100m の選手だと いっても間違いはないでしょう。その中でも、現在の世界記録である 9