症例提示 板倉 淳講師(第 1 外科) 症例: N.T. 66 歳,男性 主訴:発熱,全身倦怠感 現病歴:平成 11 年 4 月,胆管癌に対して膵頭 十二指腸切除術を施行。術前の MR-CT では 三管合流部の閉塞と肝内胆管の拡張を認める (図 1)。手術材料では,肉眼的に三管合流部 を中心に 3.5 × 1.5 cm の白色調の境界不明瞭 な結節性病変を認めた(図 2)。組織学的に は,胆嚢管から三管合流部を中心として,乳 頭状および腺腔構造を呈する高ないし中分化 型の腺癌を認めた(図 3)。 平成 12 年 8 月,肝内側区域の転移巣に対し てラジオ波焼灼術を施行。その後,外来 fol-low 中の平成 12 年 11 月,CT 上肝内胆管の 拡張と多発性の小結節陰影を認めた。平成 13 年 1 月頃より体重減少,血糖コントロール の不良が認められ,3 月上旬より発熱,黄疸 も認めたため,3 月 21 日入院となる。 胆道癌取り扱い規約: Bm,C,Bs,乳頭 浸潤型,S0,Hinf0,H0,Ginf0,Panc0, Du0,V0,P0,N1(+),M(−),St(−), T1,StageII,DM0,HM0,EM0,CurA 第 49 回山梨医科大学 CPC 記録 日時:平成 13 年 9 月 1 日(水)午後 5 時 15 分∼ 6 時 45 分 場所:臨床講堂大講義室 司会:藤井秀樹助教授(第 1 外科)大井章史教授(病理学 1)
膵頭十二指腸切除術後,2 年経過し肝膿瘍から重症敗血症に
至り,肝不全死した 66 歳男性症例
要 旨:総胆管癌の術後 2 年で癌の再発および転移で死亡した症例です。原発腫瘍は三管合流部 を中心に存在し,粘膜内腔に乳頭状に発育し,深部では筋層に浸潤していた。癌は胆管粘膜内を 十二指腸側,肝側へ進展しており,左右の胆管分岐部を越えて,左胆管に in situ の腺癌を認めて いる。手術では左右の肝内胆管まで切除されている。再発腫瘍は空腸-胆管の吻合部を中心として いたが断端再発とするには再発までの期間が短か過ぎ,血行性の転移再発の可能性が高いと考え た。 図 1. MR-CP 像(平静 11 年 3 月 19 日撮影)三管 合流部より肝側に約 1.5cm にわたり,全周 性の肝管の狭窄と壁の不整像を認める。ま た肝内胆管の拡張がみられる。既往歴: 35 年前より高血圧,20 年前に尿路結 石,平成 1 年より糖尿病,平成 4 年十二指腸 潰瘍,平成 8 年,ASO で Y-graft,両側大腿 動脈形成術 家族歴:同朋に胆石,尿路結石あり 患者背景:喫煙歴 20 歳頃より 61 歳まで 20 本/ 日 , 飲 酒 歴 : ワ イ ン 2 杯 / 日 , 食 事 療 法 1760 kcal/日,インスリン療法 37 単位 入院時身体所見:身長 162.2 cm,体重 49.6 kg, 体温 38.2°C,脈拍 90/min 整,血圧 90/60 mmHg 意識清明,結膜に軽度貧血と黄染, 表在リンパ節触知せず,心音・肺音正常,腹 部:上腹部正中,右肋弓下に手術瘢痕,中等 度の腹水を認める。両下肢に浮腫を認める 入院時検査所見: TP 5.8 g/dl,Amy 25 IU/l, WBC 26.35 × 103/µl,Alb 1.3 g/dl,Lipa 11.6 IU/l,RBC 235 × 103/µl,ChE 27 IU/l, BUN 30 mg/dl,Hb 7.3 g/dl,T.Bil 2.9 mg/dl, Crt 0.98 mg/dl,Ht 22.4 %,D.Bil 2.0 mg/dl, UA 3.5 mg/dl,Plt 215 × 103/µl,ALP 788 IU/l,Na 131 mEq/l,APTT 39.8 sec,LAP 107 IU/l,K 3.3 mEq/l,PT-T 17.2 sec,γ-GTP 101 IU/l,Cl 98 mEq/l,PT % 46.2 %,ZTT, 25.0 KU,Ca 7.2 mg/dl,Fib 339 mg/dl, TTT 25.0 KU,IP 2.5 mg/dl,AT-Ⅲ 25 %, AST 38 IU/l,CK 16 IU/l,ALT 17 IU/l, CRP 12.4 mg/dl
腫 瘍 マ ー カ ー : CEA 2.8 ng/ml, CA 19-9 1600 U/ml, DUPAN-2 540 U/ml, AFP 11 ng/ml 入院後経過: 3 月 22 日 食思不振に供なう全身衰弱著し いため,IVH 留置。38°C 台の発熱と胆道系 酵素の上昇,WBC,CRP 高値であることか ら,急性胆嚢炎の診断で MEPM 投与開始。 CT 上肝外側区域に径 5 cm の ring enhance を伴なう SOL を認め肝膿瘍と診断。その他 全肝に転移あるいは micro abscess と思われ る小結節陰影を多数認めた。MEPM 投与に より解熱するも,腹部膨満感,悪心,嘔吐強 く,X-P 上胃内容の著明な貯留を認めた。 3 月 29 日 Echo ガイド下で,肝外側区域の SOL に対して PTAD を施行。黄褐色壊死性 物質を含む内容液約 25 ml を吸引,培養では klebsiella, E.coli を検出した。その後も 38°C 前 後の弛張熱が持続。貧血も進行し胸・腹水の 貯留も認めた。 4 月 26 日 胸水穿刺 図 2. 膵頭十二指腸切除標本。三管合流部を中 心に 3.5 cm にわたり粗造な粘膜があり (矢印の間),中心に乳頭状腫瘍がみられ る。 図 3. 腫瘍のルーペ像。筋層を超えて浸潤する 腺癌を認める。この割面では左に見える 胆嚢管に癌は無い。
5 月 2 日 呼吸苦,喘鳴著明となる。意識レ ベル低下。 5 月 5 日 午前 9 時 5 分死亡確認。 病理所見と診断 大井章史教授(病理学 1) 剖検番号: 1407 死後 24 時間の解剖(開頭なし) 外表:皮膚に黄疸。腹部正中に 30 cm,左大腿 内側に 45 cm の手術瘢痕。 胸腔:左 900,右 1,400 ml の黄色胸水 腹腔: 1,400 ml の黄色腹水。腹膜の癒着中等度 腹部臓器:膵頭十二指腸切除がおこなわれてお り,胆管,膵,小腸は Whipple 法によって 再建されている。肝門部の空腸−胆管吻合部 に一致して,径 8.0 cm 大の腫瘍をみとめる。 (図 4)。肝には両葉に径 2 cm 大までの転移 性腫瘍が散在する。非腫瘍部の肝には壊死性 化膿性の胆管炎,および日本住血吸虫の石灰 化虫卵を認める。また肝動脈内にステントの 挿入がある。膵は慢性膵炎のため萎縮硬化す るが,膵管に閉塞はない。残胃の後壁,胃-空腸吻合部の輸出脚に潰瘍を認める。噴門部, 横隔膜下,腎動脈周囲のリンパ節に転移があ る。癌の腹膜播腫は認めない。 肺:重量左 850,右 720 g で,鬱血と水腫があ り,下葉は無気肺となっている。肺炎は見ら れない。径 1 cm 大までの転移性腫瘍が散在 する。 腎:重量左 127,右 110 g で,梗塞瘢痕が見ら れる他,動脈硬化性腎硬化症を呈する。 心: 350 g。冠動脈硬化は目立たない。 大動脈:粥状硬化が著明で,腎動脈分岐より左 右総腸骨動脈にかけて Y 字グラフトの挿入が ある。 前立腺:肉眼的に腫瘍を認めないが,組織学的 に腺癌を認める。 病理診断 主病変 胆管癌の再発および転移 1 . 総 胆 管 癌 に 対 す る 膵 頭 十 二 指 腸 切 除 + Whipple 法による再建後状態 (山梨医大病理部 60193 : Moderately differ-entiated tubular adenocarcinoma.
ss, int,INFβ,ly0,v0,pn1,hinf0,ginf0, panc0,du0,pv0,N +,dm0,hm0,em0) 2.空腸−胆管吻合部に一致した再発腫瘍,径 8 cm 3.転移:肝,多発;肺,多発;リンパ節(胃 噴門,横隔膜下,腎動脈周囲) 4.黄疸 5.化膿性胆管炎 副病変 1.前立腺癌,潜在癌 2.大動脈粥状硬化症,人工血管置換術後 3.肺の水腫,胸水と下葉の無気肺 4.胃,空腸潰瘍 5.動脈硬化性腎硬化症,腎梗塞瘢痕 6.日本住血吸虫症 開頭なし 発言 大井章史教授(病理学 1) 手術所見では胆管粘膜に癌が広く進展してお り,胆管断端に癌の露出が無いことを術中の凍 結切片迅速診断で確認して,ギリギリの線で肝 内胆管を切離しています。しかし,胆管断端を 再検討してみますと,癌とは言えないまでもか なり異型のある胆管上皮が断端にみられます。 図 4. Whipple 法で再建された胆管,膵管およ び空腸。(空腸,★:膵,*)肝門部の空 腸-胆管吻合部に一致して,径 8.0cm 大の 腫瘍をみとめる。また,両葉に径 2cm 大 までの転移性腫瘍が散在する。
粘膜からの断端再発でないか気になります。 発言 松本由朗教授(外科学 1) 粘膜からの断端再発としては経過が早過ぎま す。すでに血行性の肝転移が存在していたので はないか。 発言 三井照夫先生(山梨県立中央病院外科) 私も粘膜からの断端再発としては経過が早過 ぎると思います。胆管癌がすでに転移していた か,血行性の転移が起こった可能性が高いとお もいます。 質問 大井章史教授(病理学 1) この症例で肝内胆管断端に癌がもし陽性であ ったなら,さらに追加切除できましたか。 回答 藤井秀樹助教授(外科学 1) この症例で,肝臓側胆管に癌の遺残が認めら れた場合,さらに,肝臓側胆管を追加切除する 必要がある。(本症例では,最初総肝管で切離 したが切離端に癌の遺残が認められたために, さらに左右肝管と内側区域の胆管を切離し,術 中の迅速病理診断で癌の遺残は無いことを確認 した。)この追加切除した時点で癌の遺残がい ずれか一方の胆管のみの場合は,根治性の面か ら肝切除が施行され,実際生存率も肝切除施行 例のほうが良好である。しかし,両側胆管切除 端になお癌が遺残する場合は切除肝を決定する ことは不可能であり,肝臓側胆管をさらに追っ て切除する必要が生じる。この際に重要なのが, 肝門部における plate system という概念の理解 である。図 5 に肝門部の脈管と plate system の 関係を示した。すなわち,肝門部の脈管は肝外 では腹膜に覆われている。左右に分岐する部位 に hilar plate があり,右側では cystic plate,左 側では umbilical plate に連続している。これら plate system から肝内に入ると 3 つの脈管が伴 走する Glisson 鞘となる。したがって,図のご とく前,後区域の胆管ならびに前,後外側区域 の胆管が合流した直後の胆管は肝外胆管として 肝実質を切除することなく切除可能である。 質問 大井章史教授(病理学 1) 胆管癌の粘膜内進展は術中迅速診断でもしば しば困難な例がありますが,術前の胆管癌の進 展範囲診断について教えて下さい。 討論 佐藤 公講師(内科学 1) 胆管癌の治療方針を決定するうえで,病変の 進展度診断は極めて重要であります。しかし, 胆管癌は胆管上皮を置換するような水平方向へ の浸潤と,胆管壁外およびグリソン鞘内の浸潤 の診断は,各種画像診断をもってしても,極め て難しいと言わざるを得ないのが現状です。粘 膜内進展部の組織学的な丈の高さは,0.5 mm 以下のことが多いとされ,こうしたわずかな胆 管癌浸潤の評価の試みとして,超音波内視鏡や 胆道鏡,胆管内超音波検査が用いられています。 しかし,狭窄や分岐といった複雑な構造を有す る胆道を十分に評価できるところまでは確立さ れていないのが現状で,今後の改良と工夫が望 まれています。 質問 大井章史教授(病理学 1) 本症例で肝転移巣に対して用いられたラジオ 波焼灼術について教えてください。 討論 板倉 淳講師(外科学 1) 肝細胞癌に対する経皮的な穿刺局所療法とし て microwave による凝固療法(MCT)が広く 行われている。しかし,MCT の問題点として, 一穿刺あたりの凝固範囲が小さく,多数回の穿 刺が必要であること,治療中に病変を echo で 図 5. 肝門部の脈管と plate system の関係。
評価することが困難であることなどから 2 cm 以上の病変に対する MCT の適応には問題があ った。そこで,導入されたラジオ波熱凝固療法 (RAF)は腫瘍内に挿入した電極からラジオ波 を照射し,電極周囲組織の誘電加熱により組織 を熱凝固させるもので,凝固範囲が広く,緩や かな熱凝固であるため,脈管侵襲が少なく,合 併症が少ないことがその利点と考えられてい る。一方,焼灼温度が低いことから,焼き残し の問題などが指摘されており,今後の検討が必 要である。今回,本症例では,再発病変がひと つであったこと,ドーム下にあり外科的アプロ ーチが困難であること,初回手術後の出血の際 に施行された固有肝動脈の塞栓術のため,経肝 動脈的な治療が不可能であったことなどから RAF による治療が選択された。