平成8年4月1日
右胸腔内に発生した巨大限局性胸膜中皮腫の1例
市立甲府病院外科、内科★ 青木孝學 松下明正 巾芳昭 加藤邦隆 村松昭 小田島弘明 六波羅明紀 川口哲男 六波羅明紀、川ロ哲男 【はじめに】 胸部X線写真(写真1):右中下肺野に 胸膜中皮腫は胸膜原発の希な腫瘍 均質な不透明像を認める。 の一つであり、病変が限局性の場合 胸部CT(写真2):右胸腔内によく 良性の経過をとることが多い。今回 enhanceされる巨大腫瘤を認める。腫 我々は右胸腔内に発生した巨大限局 瘤は右肺上下葉間に存在し、心嚢に接 性胸膜中皮腫の一例を経験したので してこれを圧排しているものの、境界 報告する。 は明瞭であり周囲組織への浸潤所見は 認めなかった。腫瘤周囲に胸水貯留を 【症例】 認めた。 患者:58歳男性(革製品製造業) 胸部MRI:T1強調像で腫瘤は周囲と 主訴:咳鰍および労作時息切れ 明瞭に境され、内部は充実性で不均一 家族歴:肝臓癌、膵臓癌 に描出された(写真3)。T2強調像では 既往歴:中耳炎、急性虫垂炎、喫 周囲の胸水と同様の高信号強度を呈 煙歴なし、アスベスト曝露歴なし。 し、腫瘤の内部には保持されている液 現病歴:平成7年8月初旬より乾性 体成分が多いことがわかった。また、 咳蹴があり、次第に労作時息切れが ガドリニウムで良く造影されることか 出現。近医で右胸部異常陰影を認め ら血流が豊富であると考えられた。 当院紹介された。経過中3ヶ月間に6 血管造影:右内胸動脈(写真4)、右下 kgの体重減少を認めた。 横隔膜動脈の血管造影でtumor stainを 認めた。肋間動脈造影ではtumor 入院時現症:右胸部中下肺野で呼 stainはなく、縦隔側胸膜の腫瘍への関 吸音聴取されず。他に異常なし。 与が示唆された。気管支動脈造影は行 入院時検査所見:血液生化学検査 われなかったため原発部位の特定はで 所見に異常値を認めず、WBC 600 きなかった。 0、ESR 4/15、 CRP(う。 CEA,CA19一 以上、腫瘍の大きさに比して臨床症 9,AFP,SCC,NSE,の各種腫瘍マーカー 状が少なく一一般検査所見に異常を認め は全て正常値。血液ガスはRoom ないことと、画像検査上、良性の可能 airでPaO267.0、 PaCO239.2、 pH7. 性の高い腫瘤病変であることから、限 49、BE+1.6。呼吸機能ではVC:184 局性の胸膜中皮腫を疑い、確定診断目 Oml、%VC:47%、 FEV1.0%:77%と、 的に肝生検用針を用いて経皮穿刺組織 拘束性障害を呈していた。胸腔穿刺 診を施行した。採取された組織は では淡血性でわずかに混濁した滲出 dense・celluler・lesionとloose 性の胸水が吸引された。参考値なが fibromatous lesionが混在する充実性組このため右胸腔内に発生した巨大限 局性胸膜中皮腫の術前診断にて、10 月13日、開胸手術を施行した。 【手術】 左側臥位、後側方切開にて、第6 肋骨床にて開胸し、さらに第5およ び第7肋骨を後方で追加切断し十分 な視野を確保した。胸腔内には希血 性の胸水1800mlが貯留していた。 腫瘍は表面が凹凸で毛細血管が非常 に発達し、充血した被膜に覆われて 易出血性だった。周囲との境界は明 瞭で胸壁および右肺との癒着はなか った。一方腫瘍には右肺上葉、中 葉、内胸動脈、下横隔膜動脈、から 栄養血管を含んだ計5本の太い索状 の巻き込みが認められた。これらの 索状組織を順次結紮切離して視野を 確保してゆくと、腫瘤は心嚢壁に広 基性に接していることがわかり、同 部の縦隔側胸膜原発であると考えら れた。術中に心嚢壁の合併切除も検 討したが、腫瘍と心嚢壁との境界は 肉眼的に明瞭であり、かつ容易に剥 離可能であったため、鈍的に剥離を 進め摘出した。術中腫瘍被膜の損傷 はなく、肉眼的には腫瘍の遺残なく 摘出しえた。 【病理】
摘出した腫瘍は22x20x13cm、17
20g。弾性硬の充実性腫瘍で全体に 境界明瞭な被膜に覆われ、割面は灰 白色の粘液腫状であり、一部には白 色の比較的硬度を増した部分も認め たが、腫瘍内腫瘍はなかった。 山梨肺癌研究会会誌 9巻1号 1996 本症例の病理組織は、dense cellularな部分(写真5a)と、 loose myxoid fibrousな部分(写真5b)より なり、全体に大小の弾性線維の乏しい 血管に富んでいた。被膜を越えて周囲 に浸潤する所見はなく、細胞学的な悪 性所見は認められず、solitary fibrous tumor of pleuraと診断された。 術後経過は良好。補助療法は特に施 行せず退院。現在外来通院で経過観察 中である。 【考察】 胸膜中皮腫は腫瘍の肉眼的な広がり からびまん性と限局性に大別される。 限局性胸膜中皮腫はMayo Clinicの25年 間の統計によれば、人口10万人あたり 2.8人の症例が認められた。胸膜中皮腫 は一般に悪性と良性の比が10:1と悪 性が多く、さらにそのほとんどがびま ん性の病変である。限局性胸膜中皮腫 のうち悪性のものは少なく約13%に認 められると報告されている。’1 限局性胸膜中皮腫は臓側胸膜由来が 70%、壁側胸膜由来が30%である。患 側に有意差はない。発症平均年齢は55 歳で男女比は2対1で男性に多い。悪性 びまん性胸膜中皮腫で認められている ようなアスベスト曝露歴との関連はな く、喫煙との因果関係もないと考えら れている。 腫瘍の発生母細胞については、最 近、電子顕微鏡や免疫組織科学的手法 によっていくつかの異なった意見が出 されるようになっており、本症例でも 病理組織診断はsolitary fibrous tumor of the pleuraとなった。’2噛}川瓦8イト4月1日 限局性胸膜中皮腫の多くは無症状で、 胸部X線写真で偶発的に発見されるものが 多い。本症例の様に腫瘤が大きくなった ことによる呼吸困難や咳鰍を呈する場合 があるが、特に特異的な所見はなく、喀 疾や血疾は少ないとされている。画像検 査でextra pleural signが確認できるような 症例であって、腫瘍の大きさに比して臨 床症状が少なく一般検査に異常を認めな い場合には、限局性胸膜中皮腫が強く疑 われるが、本疾患の術前確定診断は必ず しも容易ではない。経皮的針生検は本症 例では有用で、術前確定診断がついた が、一般には限られた組織小片では診断 困難である事が多いとされる。◆2 本疾患の治療としては、外科的切除が 唯一の方法であり、放射線療法や化学療 法で有効なものは知られていない。腫瘍 の遺残なく、必要に応じて周囲組織も十 分に切除することが望ましい。本症例で は異常なかったが、長期にわたって腫瘍 に圧排され虚脱していた肺が術後再膨張 した際に肺水腫をきたす例も報告されて おり、注意を要する。’3 根治切除し得た症例では一般に予後良 好であるが、組織学的に良性で根治的に 切除された症例でも悪性化をきたして再 発してくる場合が報告されており、厳重 な術後の経過観察が必要である。 ● ■ 【文献】 1) Robinson L, et al.:Localized pleural mesothelioma, The clinical spectrum. Chest 1994;106:1611−1615 2)田野正夫:限局型胸膜中皮腫、良性胸 膜中皮腫、desmoplastic diffuse mesothelioma.別冊日本臨床;呼吸器症候 群(上巻):811・814 3)相良勇三、他:摘出術中に再伸展性肺 水腫を併発した限局性胸膜中皮腫の1例. 日胸外会誌1993;41:1378・1382 写真1:胸部X線写真
「[1梨肺癌研究会会誌、9巻ly;・ 1996
5a
5b
写真5:病理組織 5a:dense cellular lesion 5b;myxoid fibrous lesion平成8年4月1日
写真2:胸部CT、 enhance(+)