中学生における人権感覚及び人権行動に関する分析
An Analysis of Human-rights Sense and Behavior
in Junior High-school Students
橘川 真彦
KIKKAWA Masahiko【問題と目的】
人権教育(Human-rights Education)とは、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(2000)によ れば「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」(同法第2条)と定義されている。そして、「学 校、地域、家庭、職域その他の様々な場を通じて、国民が、その発達段階に応じ、人権尊重の理念に 対する理解を深め、これを体得することができるよう、多様な機会の提供、効果的な手法の採用、国 民の自主性の尊重及び実施機関の中立の確保を旨として行わねばならない」ことを基本理念としてい る(同法第3条)。 また、人権教育のための国連10年行動計画(1995∼2004)では、人権教育を「知識と技能の伝達並 びに態度の形成を通じて、人権という普遍的文化を構築することを目的とする研修、普及及び広報努 力である」と定義している。 さらに森(2000)は、人権教育について「人権を大切にしつつ、人権について教える教育であり、 人権という内容について教えること<人権についての教育、education on/about human rights>、人 権という価値観に応じた雰囲気や方法で教えること<人権を通じての教育、education in/through human rights>、教育を受ける権利の保障を進めること<人権としての教育、education as human rights>、人権に満ちた社会づくりを目指して教育を進めること<人権のための教育、education for human rights>などが含まれている」と説明している(英文は、筆者補足)。 このように見ると、人権教育は、その定義だけでなく目的や内容も、極めて多岐に渡り幅広く、ど の側面や部分に焦点を当てるかによって、教育目的も内容や方法も大きく異なる。本稿は、心理学的 データに基づく実証を重視する研究報告であるので、人権教育の定義や方向性にはあまり深入りせず、 論を先に進めることとする。 さて国は、人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(2000)を受けて、人権教育・啓発に関する 基本計画(2002)を策定し、人権教育・啓発を総合的かつ計画的な推進を図ってきている。この基本 計画では、「今日においても、生命・身体の安全にかかわる事象や、社会的身分、門地、人種、民族、 信条、性別、障害等による不当な差別その他の人権侵害がなお存在している。また、我が国社会の国 際化、情報化、高齢化等の進展に伴って、人権に関する新たな問題も生じてきている。すべての人々の人権が尊重され、相互に共存し得る平和で豊かな社会を実現するためには、国民一人一人の人権尊 重の精神の涵養を図ることが不可欠であり、そのために行なわれる人権教育・啓発の重要性について は、これをどんなに強調してもし過ぎることはない。」と人権教育の重要性を明示している。 また、同基本計画では、学校教育における人権教育の現状として、「教育活動全体を通じて、人権 教育が推進されているが、知的理解にとどまり、人権感覚が十分身に付いていないなど指導法の問題、 教職員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていない等の問題も指摘されてい る」と分析している。基本計画におけるこれらの指摘や分析事項等を踏まえ、2003年には学校におけ る人権教育を推進し、指導方法の望ましい在り方等について調査研究を行なう「人権教育の指導方法 等に関する調査研究会議」(文部科学省)が設置され、検討が進められた。調査研究会議は、2004年 に第一次とりまとめを行い、人権教育とは何かについて平易に提示し、2006年に第2次とりまとめを 行ない、指導方法の工夫・改善のための理論的指針を提供している。さらに2008年には、第三次とり まとめを行ない、第二次とりまとめが示した理論の理解を深めるための具体的な実践事例等の資料を 収集・掲載している。 これらのとりまとめでは、人権に関する知的理解だけでなく、「自分の大切さとともに他人の大切 さを認めること」ができるようになり、それが、様々な場面等で具体的な態度や行動に現れるように することを、人権教育の目標としている。また、人権教育を通じて育てたい資質・能力の一つとして、 人権感覚を強調して取りあげている。調査研究会議では、この人権感覚は、価値的・態度的側面と技 能的側面に関わるものであるとしており、それぞれについて、次のように記述している。価値的・態 度的側面には、「個人の尊厳をはじめ、自他の人権を尊重することの意義や必要性に対する肯定的な 評価と受容、責任感や共感性・連帯性、人権擁護の実現を目指す意欲や態度など」が含まれる。技能 的側面には、「知的諸技能と社会的技能など」が含まれ、前者の例として、「コミュニケーション技能、 合理的・分析的に思考する技能、偏見や差別を見きわめる技能など」を挙げ、後者の例として、「相 違を認めて受容する技能、協力的、建設的に問題解決に取り組む技能、責任を負う技能など」を挙げ ている。 一方、田渕(2006)は、人権教育で育てたい力として「人権侵害を傍観しない当事者意識、他者の人 権を尊重しようとする態度やスキル、自己の偏見に気付く柔軟な感性、自分をかけがいのない存在で あると認識する自尊感情など」を挙げている。その上で、これらの力を育成する取り組みとして、 「構造的な知識の伝達ではなく、具体的事例から人権問題を構造化、体系化する学習をそれぞれの発 達段階に応じて社会科や総合的な学習の時間に組み込むこと。身近な差別事象や社会風潮から健全な 社会批判力を社会科で育成すること。具体的な人権侵害事例や人権尊重事例をケーススタディーとし て学習することでリアルな社会認識を育成すること」を提案している。 基本計画や調査研究会議や田渕が指摘しているように、従来の人権教育はややもすると知的理解や 徳目的な理解にとどまり、真に自己の問題として捉えたり、人権尊重を実現したり人権上の問題解決
を図ったりする実践的態度や行動を形成するという面での取り組みやその成果は、十分とは言えない 現状にあることは確かである。学習者自身が自己の問題として人権問題を感じ、知識や建前だけの理 解に終始しないためには、人権学習の教材や話題を学習者自身にとって身近なものとして導入したり 展開したりすることが、重要である。 本研究では、中学生にとって身近な人権学習教材として、自分たちの学校や学年の人権感覚や人権 行動の現実そのものを扱う可能性について、検討することを主たる目的とする。具体的には、(1)人 権教材として利用可能な中学生用人権感覚尺度の作成を試みること、(2)身近な人権侵害の仮想場面 を設定して人権行動の測定を試みること、(3)人権感覚と人権行動の関係を明らかにすること、(4) 自尊感情・共感性と人権感覚との関係を明らかにすること、(5)自尊感情・共感性と人権行動との関 係を明らかにすること、(6)他人の人権侵害場面における行動と自分の人権侵害場面における行動と の関連を検討すること、である。これらの分析を通して、今後における中学校での人権教育の進め方 について、実証的なデータに基づき検討する。 ここでいう人権感覚(Human-rights Sense )とは、「生まれながらにして人間誰にでも保障されて いる基本的人権が、主として偏見や差別や誤った制度等により、妨げられている事態や妨げられそう な事態に出会ったとき、その不合理性や不当性に直感的に気づき認知する感覚」と、仮に定義してお くこととする。また人権行動(Human-rights Behavior)とは、「人権侵害場面に出会ったときや人権 侵害事態におかれているとき、その人権侵害解決や人権尊重に向けて主体的実践的に対応する行動」 を指すこととする。
【方 法】
1.調査対象者 公立中学校1校1∼3年生、431名(男子224名、女子206名、不明1名) 1年生138名(男子71名、女子67名) 2年生154名(男子78名、女子76名) 3年生139名(男子75名、女子63名、不明1名) 2.調査時期 2006年11月 3.調査手続き クラスごとの集団で実施し、調査用紙は学級担任が配布・回収した。 4.調査内容(1)中学生用人権感覚尺度
「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画(1997)、人権教育・啓発に関する基本計画 (2002)等において、我が国における人権問題に関する重要課題としてあげられている12の課題から、 具体的な場面や出来事として、約30項目を作成した。作成後、現職の小・中・高等学校教員5名に依 頼し、中学生が理解出る課題及び項目について、11項目を選択して頂き、表現の修正を行なった。な お、人権問題のような価値的・規範的な問題は、意識するしないにかかわらず、社会的望ましさによる回答の歪みを避けることはできない。また、同一方向の回答を連続して求めると、反応の構えが形 成される可能性が高い。そこで、回答における社会的望ましさによる反応を減じ、反応の構えを崩す ために、人権侵害とは言えないような区別や差異に関する場面や事項を表す項目を5項目用意し、項 目リストに挿入した。いわゆるfiller項目(充填項目)である。 したがって、質問項目としては計16項目なる中学生用人権感覚尺度を試行的に作成した。いずれも、 単に測定の精度を上げるためのだけの項目ではなく、中学生の人権教育教材として活用できる内容項 目を意図して作成・選択したものである。例えば、差別と区別の相違の理解、形式的平等と実質的平 等の理解などである。具体的項目は、表1を参照。 問い掛け文は、「次の1∼16の社会的ことがらについて、「4 とても問題」から「1 全然問題で ない」までの4つの中で、あなたの考えに一番あてはまる数字を○で囲んでください。」であり、4件 法で回答を求めた。ここでも、社会的望ましさの構えを少しでも減ずるため、また差別の判断基準の 個人差が大きい現実を踏まえ、差別であるかどうかは直接には聞かず、社会的に問題であるかどうか の個人の判断を求めた。
(2)自尊感情
ここでは、Rosenberg(1965)の定義「他者と比較することによって優越感や劣等感を感じることで はなく、自分自身で自己に対する尊重や価値を設定する程度」を採用した。山本・松井・山成(1994) 翻訳版、松原ら(2004)を参考に、中学生用として次の6項目作成した。「自分は価値のある人間だと 思う」「自分のことを「大切だ」と思うことができる」「自分にはよいところがある」「だいたい、自 分に満足している」「自分には自慢できるところがある」「自分はすばらしい人間だと思うことがある」。 「4.あてはまる」から「1.あてはまらない」の4件法で回答を求めた。α=.878であり、内的整合性に よる信頼性は高い。得点範囲は6∼24点。平均15.42、標準偏差4.41。(3)共感性
松原ら(2004)の定義「他者の感情や気持ちを相手の立場になって感じ取る能力や技術」を採用す るとともに、松原らを参考に、6項目作成した。自尊感情と同様に4件法で回答を求めた。相関分析の 結果、1項目を除き、「友達が感じている体や心の痛みを、一緒に感じることができる」「友達の喜び や悲しみの感情を、よみとることができる」「相手の気持ちになって考えることができる」「友達の悩 みを、まるで自分の悩みのように感じることができる」「その場ですぐに、友達の気持ちがわかるほ うだ」の5項目からなる共感性尺度を作成した。α=.868と信頼性は高い。得点範囲は5∼20点。平均 14.83、標準偏差3.26。(4)仮想場面における人権行動
人権侵害場面に出会ったときの行動について、仮想場面を設定して回答を求めた。具体的には、今 日、中学校において現実的で身近ないじめの様態として行なわれてきている「仲間はずれ」の問題を 設定した。回答は、択一式である。問は、「もしあなたがAとBのような場面に出会ったとしたらどのようにしますか。1∼6のうち一 番近いと思う数字を一つだけ選んで○で囲んでください。」である。 A.他人の人権侵害場面 クラスで、ある人がみんなから仲間はずれにされています。あなたなら・・・。 「1.気にしないようにする」「2.かわいそうだと思うけど、何もできない」「3.みんながいな いところでその人をなぐさめる」「4.先生に相談する」「5.みんなにやめろと言う」「6.クラス のみんなで話し合うようにする」。 B.自分の人権侵害場面 クラスで、あなたがみんなから仲間はずれにされています。あなたなら・・・。 「1.気にしないようにする「2.一人で、がまんする」「3.家の人に相談し、なぐさめてもら う」「4.先生に相談する」「5.自分からやめてくれという」「6.クラスのみんなで話し合うよう にする」。
【結果及び考察】
1.人権感覚測定項目と尺度
結果は、表1に示した。4件法で回答を求めたが、いずれの項目ともに選択者0名の選択肢はないも のの、回答分布には大きな偏りがあることが特徴的である。人権教育が目指す期待される方向に回答 が偏っている。このことは人権教育の成果であり、中学生の人権感覚の正常さをあわわす結果であり、 むしろ歓迎すべき結果である。項目毎に、「とても問題」の割合の高い順に見ていくこととする。 最も割合が高い項目は、「10.血液型性格によって、会社の採用・不採用が決められる」の84.2% である。基本的人権のうちの職業選択の自由に関する項目である。項目内容は、就職差別の問題であ 表1 人権感覚項目別回答分布(%)及び基礎統計量り、現実に血液型により採否を決定した企業も存在し社会問題になったこともある。結果を見る限り、 就職における公平公正な選考・採用についての矛盾を、中学生はよく理解していると言える。マスメ ディアを通して毎日といってよいほど、血液型占いなどの非科学的な情報が流されている現状の割に、 調査対象校の生徒の多くは、冷静な判断をしている。人権教育の1つの成果として捉えたい。 二番目は、「9.外国人がアパートに住むのを拒否される」76.3%であり、基本的人権のうちの居住 移転の自由に関する項目である。現実に外国人、とりわけ白人以外の外国人がアパートなどに入居が 困難な現実が未だわが国には存在している。中学生は、このような外国人の居住移転の自由に対する 人権侵害に比較的敏感であると言えよう。 三番目には、「11.エイズ感染者が職場をくびにされる」64.7%が続く。我が国の場合、薬害エイ ズ問題が焦点となっており、エイズ感染者のほとんどは国の薬事行政の被害者である。それにもかか わらず、職場解雇されることは、明らかに人権侵害であることを、中学生は感覚的に理解していると いえよう。 四番は、「8.ある家系から生まれたという理由で結婚に反対される」63.1%である。この項目は、 部落差別(同和問題)や民族差別を扱った問題であり、婚姻の自由に関する項目である。多くの中学 生は、社会的に問題だと感じているが、少数とはいえ問題をして感じていない生徒も確かに存在する。 後者の反応を示す生徒がいることも念頭において、引き続き地道な人権教育を推進することが大切で ある。 五番目は、「14.犯罪被害者のプライバシーが守られない」59.4%である。犯罪被害者等をめぐる 問題として、マスメディアによる行き過ぎた犯罪報道によるプライバシー侵害や名誉毀損、過剰な取 材による私生活の平穏の侵害などがある。これらの現実を、中学生は鋭敏に問題を感じ取っていると 言える。 六番目は、「15.インターネットに、嫌な友達の悪口をわからないように書き込む」56.6%である。 2004年6月1日、長崎県佐世保市の小学6年生女児が、カッターナイフで同級生女児により切り付けら れ死亡した事件は記憶に新しい。加害女児は、ウエブサイト上の掲示板に身体的特徴を中傷する内容 を書かれたことを、犯行動機としている。今日、学校裏サイトが蔓延し、匿名性を利用したいじめや 誹謗中傷の温床になっている。被害者はそのために、不登校や自殺に追い込まれることさえある。イ ンターネットなど情報通信機器の利用法や犯罪被害に遭わない教育が今日、早急に求められている。 また、2007年1月19日、文部科学省はいじめの定義を見直すなかで「パソコン・携帯電話での中傷」 も具体的ないじめの種類に追加している。今回調査対象校の生徒は、5割以上が「とても問題」との 認識を示しており、人権感覚は好ましい方向にある。 七番目は、「4.学校で生意気な友達をみんなで無視する」49.7%である。七番目以降は「とても問 題」と強く問題を感ずる割合が50%を下回る。学校内での「無視」は人権侵害であるいじめの一つの 様態である。当該児童生徒の存在を否定する行為であり、当事者に大きな精神的ダメージを与える人
権侵害行為である。問題として感じていない生徒が1割強いることは、この調査対象校の一つの課題 であろう。 八番目は、「16.職業によって人の偉さが決まるという考え方」42.7%である。「職業に貴賤はない」 という言葉があるように、人の価値は職業や地位によって決定するのではなく、個人個人の生き方や 人間性、あるいは存在自体に価値があるいうことは、人権問題を理解する基本である。また、人を職 業や社会的地位や肩書きなどによって判断し、権威に対して無条件に服従する性格を、権威主義的パ ーソナリティ(authoritarian personality,Adorno, et al,1950)というが、このパーソナリティの持ち 主は、少数者や弱者に対し偏見を抱きやすいといわれる。近年我が国の学校教育においても、キャリ ア教育が浸透し始めているが、職業や働くことの意味や、社会的役割、職業選択の自由など、また人 の価値や評価の意味づけなど、人権教育の視点に立った教育の展開が望まれる。 九番目は、「5.いじめは、いじめられる人に原因があるという考え方」42.4%である。いじめの原 因は、決していじめられる被害者にあるのではなく、いじめを行なう加害者にあることは明白である。 もちろん、加害者は、学校や家庭で承認欲求が満たされていなかったり、自己存在感が感じられてい なかったり、欲求不満のはけ口として、報復する力のない弱者や少数者に攻撃の矛先を向けるである。 いわばこれを持って、いじめる側も現代社会の被害者であるとする論もあるが、人権侵害の視点から は理由が何であれ、許される行為ではない。このことは、いじめ問題の解消や人権尊重教育の点から も、学校や教師は毅然とした態度で望むべきであり、児童生徒にも十分理解させておく必要がある。 一般に、差別問題や人権侵害は、差別されたり人権侵害されたりする集団や対象が存在するから生ず るのではなく、優越感や偏見をもつ差別する側すなわち強者や多数者集団がいるから起こるのであ る。 十番目は、「3.「男は仕事」「女は家庭」という性別で、役割分担をする考え方」41.8%である。日 本国憲法は、法の下の平等を規定し、性差別を禁止(第14条)し、家族関係における男女平等につい ても規定(第24条)している。しかし今日でも、伝統的固定的な性別役割分担意識が根強く残存して いる。この性別役割分担意識を社会的に問題だと感ずる割合は、約4割であり、逆に問題を感じてい ない生徒は2割に達する。大人社会や家庭に根強い性別役割分担意識は、現代中学生にも反映されて いる。人権尊重を基盤とした男女平等観の形成を促す人権教育は、学校のみならず、家庭・地域など あらゆる分野においても同時に展開されねばその効果は望めないであろう。 最後の十一番目は、「13.刑を終えて出所してきた人が就職できない」39.7%である。刑を終えて 出所した人は、罪の償いを終え、罪への反省を持ちつつ更正への意欲を持つ場合が多い。しかし、国 民の中には、これら人々に対して根強い偏見があり、就職差別や住居確保の困難さなど、社会復帰に は厳しい現実がある。刑を終えて出所した人に対する人々の偏見を払拭し、社会復帰を支援する人権 意識や知識の浸透が望まれる。社会的に強く問題を感じる生徒は約4割、少し問題を感じるのも4割で あり、残り2割の生徒は問題と感じていない。この数値は、中学生においても、少なくない国民が抱
く偏見の影響を受けていることを物語っている。 なお、ここで、人権感覚尺度項目としてではなく、回答時の反応の構えを形成させず、社会的望ま しさによる反応を減ずるために設けられた区別や差異を表わす項目について記しておく。「1.小学1 年生の弟の方が、高校1年生の兄より小遣いが少ない」は、典型的な形式的平等論の誤りを理解させ るのにわかりやすい事例である。社会的に「全然問題でない」は62.2%と、6割の生徒が望ましい感 覚を持っている。人権教育において平等の概念を扱うとき、実質的平等と形式的平等の違いを、具体 的で身近な例を提示し理解させることが肝要である。 「6.お年寄りが、いきがいのために仕事を続ける」「7.目の不自由な人が盲導犬を連れてレスト ランに入る」は、それぞれ「全然問題でない」は58.4%、65.3%と、6割前後の生徒が望ましい判断を している。高齢者や障害者は保護されるべき弱者としてではなく、権利の主体として捉え、自己実現 と社会参加の機会を保障すべきであることは、高齢社会の到来やノーマライゼーションを目指す我が 国においては、学校における人権教育において理解させておくべき重要事項である。 ところで、差別とは、本人の努力や能力とは無関係に、社会的身分・門地・人種・民族・宗教・性 別などの属性のみで、分け隔てある不利な扱いをすることであることを、学校人権教育において最低 限理解させておく必要がある。逆に、分け隔てのある扱いだが、本人の努力により解決可能な事象は、 差別ではなく、区別や差異の問題であることも合わせて提示することが大切である。このことを意図 した項目が「2.高校入試の成績で希望する高校に入れない仕組み」及び「12.会社での仕事の成果 によって給料が違う」の2項目である。両項目ともに、今まで見てきた14項目とは異なり、回答に大 きなバラツキが見られた。前者の高校入試に関する項目では、望まれる回答である「全然問題でない」 は22.3%、「少し問題」32.8%、望ましくない回答である「とても問題」19.3%「少し問題」25.6%で あった。後者の業績に応じた成果配分型給与の項目では、「全然問題でない」は23.7%、「少し問題」 33.3%、「とても問題」24.4%「少し問題」18.6%であった。ほぼ似たような回答分布である。今回対 象となった中学生には、区別と差別の違いの理解がやや進んでいなかった結果であると解釈できる。 また、中学生にとって、区別と差別の意味的・社会的相違を理解することは困難な事象である可能性 も残されている。この点については、今後詳しく調査する必要がある。 次に、人権侵害を扱った11項目について、尺度化を試みた。IT相関を見ると、「9.外国人がアパ ートに住むのを拒否される」(外国人の人権、居住移転の自由).48、「8.ある家系から生まれたとい う理由で結婚に反対される」(部落問題・民族問題、婚姻の自由).47、「4.学校で生意気な友達をみ んなで無視する」(子どもの人権、いじめ).41、「15.インターネットに、嫌な友達の悪口をわから ないように書き込む」(インターネットによる人権侵害、いじめ).40に、比較的高い値が示されてい る。したがって、この尺度は、差別という社会的不合理を見抜く人権感覚を概ね測定していると考え られる。クローンバックの内的整合性による信頼性係数は、α=.730であり、やや高い信頼性係数が 得られている。経験的に11項目という項目数から期待される係数よりも値が低めなのは、項目レベル
での回答分布に大きな偏りがあることとと、項目として内容的に多様な人権問題を広く扱っているた め項目間の相関が低いことに、起因していると思われる。 尺度の平均、標準偏差は、表2に示した。尺度の得点範囲は、11∼44点であり、全体では平均 37.32、標準偏差4.47である。以上のことから、本人権感覚尺度は、filler項目(充填項目)の挿入を 含め、中学生にとって教材として身近で自己の課題としてなじみ深い教材として利用可能性が高いと 言えよう。 この人権感覚尺度得点を学年×性の2要因分散分析をしたところ、性別の主効果が認められ (F=13.61,df=1,p<.01)、女子38.12の方が男子36.58よりも人権感覚得点が高いことが示された。しかも、 その差は学年が進むにつれて大きくなる傾向が僅かながら示されている。この性別による人権感覚の 相違は、女子生徒自身が、女性差別の存在とその不合理さを学習したり感じたりしていることの反映 と思われる。男子生徒への、人権感覚を磨くための人権教育の工夫が求められる。学年の主効果は、 差の傾向が伺え(F=2.91,df=2,p<.10)、1・2年生よりも3年生の人権感覚得点が高い傾向にある。中 学時代を通しての人権学習の成果と捉えたい。なお、学年×性の交互作用(F=1.92,df=2,ns)は認めら れなかった。
2.仮想場面における人権行動
(1)他人の人権侵害場面
「A.クラスで、ある人がみんなから仲間はずれにされています。あなたなら・・・。どのように しますか。」という他人の人権侵害場面においての自分の行動を予測させ、回答を求めた。材題は、 中学生において今日身近に起こりうるいじめの一様態である仲間はずれである。結果は、表3に示し た。 最も割合が高い回答は、「2.かわいそうだと思うけど、何もできない」の38.8%である。この回 答は、かわいそうと同情はするものの、事態を傍観するのみで、解決に向けて行動を取ろうとしない 反応なので、「同情傍観型」と名付ける。これは、森田洋司ら(1995)によるいじめの4層構造のう ち、いじめを見て見ぬふりをする傍観者にあたる。傍観者はいじめを暗黙に支持し、いじめを促進す 表2 人権感覚尺度得点の学年別・性別平均値(標準偏差)る機能を果たすので、好ましい行動とは言えない。この好ましくない「同情傍観型」の生徒が約4割 と相対的に多いことは、本調査対象校の人権課題として指摘できる。このデーターを生徒に示して、 自分たちの人権課題を自分たちで解決するよう主体的な学習の材料とすべきであろう。 次いで、「3.みんながいないところでその人をなぐさめる」の29.7%が続く。被害者の心情を理 解し、心情的な支援をするので、「慰め型」と名付ける。被害者の心理的サポートをする意味では、 解決の方向は向きつつも、事態の根本的な解決に向けては、やや消極的な行動である。約3割の生徒 が該当する。 三番目は、「1.気にしないようにする」12.5%である。クラス内での仲間はずれに目を背け、現 実を見ようとしないので、「現実逃避型」と名付ける。約1割の生徒が回答している。不合理な人権侵 害事態の現実から目を背け見て見ぬふりをすることは、先の「同情傍観型」と同様に、いじめを暗黙 に認め、いじめを放置・促進するので、好ましい行動ではない。被害者の心情を推測しない点からは、 「同情傍観型」よりも、冷酷であり問題点の多い行動である。 解決に向けて、より積極的な行動である「4.先生に相談する」(教師相談型)8.9%、「5.みん なにやめろと言う」(アサーション型)7.5%、「6.クラスのみんなで話し合うようにする」(集団問 題解決型)2.6%(11名)は、それぞれ1割以下の回答である。解決に向けての努力や勇気や自己犠牲 などのエネルギー負担が大きくなるにつれて、その行動を取ると予想する割合は低くなるといえる。 この3つの行動型は、学級でのいじめや仲間はずれを解決するのに積極的に役立つ可能性が高い行動 である。偶然、他人の人権侵害場面に出会ったときに、このような行動をとっさに取ることは、現実 には困難であるかもしれない。しかし、自由な発言と人権を尊重する学級や学校の雰囲気作りや、集 団の問題を集団で問題解決しようとする学級や集団指導、ロールプレイなど模擬的な場面での人権行 動体験の積み重ねによる人権行動スキルの学習など、普段からの計画的で地道な人権教育の積み重ね により、人権問題解決の技能や意欲や態度を育むことは可能であろう。 回答分布を学年別に見ると、学年により行動型の割合が異なっている。学年別行動型の割合をχ2 検定すると(「集団問題解決型」の期待度数は5未満なので、「アサーション型」と合わせて、「直接 解決型」と名付ける)、有意な差が認められた(χ2=41.27,df=8,p<.01)。すなわち、「現実逃避型」 は2年生17.1%及び3年生12.4%の方が1年生7.4%よりも割合が相対的に高く、「同情傍観型」も2年 生48.7%及び3年生42.3%の方が1年生24.3%よりも高い傾向がある。反対に、「慰め型」は1年生43.4% の方が2年生21.1%3年生25.6%よりも明らかに高い割合である。「教師相談型」は、3年生11.0%が1 年生8.1%2年生7.9%よりも幾分高い傾向にある。「直接解決型」は1年生16.9%のほうが2年生5.3%3年 生8.8%よりも高い傾向にある。 1年生は、相手の心情を理解し支援しようとする態度が見られ、直接的に解決しようとする行動型 も2・3年生より強い傾向にある。しかし、2・3年生になると解決に対して消極的になる傾向が認めら れる。対人関係経験により、「現実逃避型」や「同情傍観型」方略が、自己保身にとって有利である
ことを学習してしまった結果なのであろう。本調査対象校固有の問題なのかは明らかでないが、一般 的に見られるのならば、中学校における人権教育上の課題として看過できない現象である。 性別でも、有意な差が認められた(χ2=50.35,df=5,p<.01)。すなわち、男子生徒が女子生徒より も相対的に割合が高い行動型は、「現実逃避型」男子20.0%女子4.4%、「同情傍観型」男子41.8%女 子35.8%、「アサーション型」男子10.0%女子4.9%であり、女子に高い行動型は、「慰め型」女子 37.3%男子22.3%、「教師相談型」女子15.2%男子3.2%である。性別により他人の人権侵害場面におけ る行動型に特徴が見られる。男子は冷ややかで消極的な対応を示す生徒が多いものの、同時に少数で はあるアサーション型という積極的行動を示す生徒もおり、反応が分かれる。女子では、被害者に対 する心情的な理解と支援や、教師に相談するなど、やや消極的な解決策ではあるが、解決に向けての 行動をとる生徒が、半数を超え男子よりも多い。女子の方が人権感覚が高いことの反映であろうか。
(2)自分の人権侵害場面
「B.クラスで、あなたがみんなから仲間はずれにされています。あなたなら・・・。どのように しますか。」という自分の人権侵害場面においての自分の行動を予測させ、回答を求めた。材題は、 (1)他人の人権と同様にいじめの一様態の仲間はずれである。結果は、表4に示した。 最も割合が高い回答は、「2.一人で、がまんする」の33.5%であり、3人に1人の割合である。 一人でがまんをし、仲間はずれがなくなるまで嵐の立ち去るのをじっと待つというある意味では早急 の問題解決を諦めている反応なので、「忍耐諦観型」と名付ける。仲間はずれの被害を被った場合の 現実の生徒の対応策が、反映されている回答と考えられる。耐え抜けるほどの強靱な精神を持ってい たり、仲間はずれが一時的で軽微なものであれば、自然解消策も有効かもしれないが、そうでない場 合の対応としては、孤立や不登校や引きこもりなど、重大な問題に発展しかねない。やはり、「忍耐 諦観型」では、早急で積極的な解決策とはならないであろうし、根本的ないじめの解決策とならな ( ) 表3 他人の人権侵害場面における行動 (注1)学年別行動型の検定、χ2=41.27,df=8,p<.01、集団問題解決型が期待度数5未満なので、 アサーション型と合わせて検定した。 (注2)性別行動型の検定、χ2=50.35,df=5,p<.01、「性別不明」回答の1名は、性別集計から除 いた。い。 二番目に高い回答は、「1.気にしないようにする」28.0%である。クラス内で自分が仲間はずれ にされている現実に目をそらして、現実から逃れようとするので、「現実逃避型」と名付ける。約3 割弱が回答している。(1)他人の人権侵害場面での反応とは意味が異なり、他人の人権侵害の場合に は、自分がかかわりたくないという責任回避の姿勢が強いが、自分の人権侵害の場合は、人権侵害が これ以上エスカレートすることを避けるという被害拡大防衛の意味が強い。この2つの立場の違いに よる逃避行動の大きな意味の相違を指導者や保護者や周囲の生徒は理解しておくべきである。 三番目は、「5.自分からやめてくれという」と問題を直接解決しようと自己主張努力する「アサ ーション型」15.4%である。現実には自己主張するためには、勇気と努力が必要であるが、常日頃か らの意図的なロールプレイなど実践的スキルの訓練の積み重ねにより、現実場面に出会ったとき有効 に働くことは、予想される。 他者に相談し救いを求める回答は、それぞれ1割前後である。「4.先生に相談する」(教師相談型) 13.7%、「3.家の人に相談し、なぐさめてもらう」(家族相談・慰められ型)7.7%である。合わせる と約2割の生徒が、教師や保護者など、大人に相談し、解決を図る傾向を示唆している。本調査にお いて、選択肢を設定する際、「友達に相談する」も予定していたが、現職教員の経験からほとんどの 生徒がこの選択肢を集中的に選択するとの指摘を受けたので、あえて「友人相談型」は採用しなかっ た。 学校や学級内での生徒同士の人権侵害解決において、最も理想とされる教育的解決策は、「6.ク ラスのみんなで話し合うようにする」(集団問題解決型)である。自分の人権侵害問題をクラスの皆 で取り上げ、話し合いをすることには、青年前期の中学生にとっては恥ずかしく、また自分のプライ ド保持からして、耐えられないことなのかもしれない。そのことを裏付けるように回答したのは1. 7%(7名)に過ぎなかった。自己の正当な権利を守り、権利を行使することは、誰にでも与えられて いる当然の権利であり人権を尊重する基本であることを、学校や学級全体で共通理解でき、権利の主 張と行使ができる自由な雰囲気を醸成しておくことが、学校人権教育において今日強く求められる。 これら行動型の割合を学年別にみると、有意な差は認められなかった(χ2=12.80,df=8,ns、)。 性別にみると(「集団問題解決型」の期待度数は5未満なので、「アサーション型」と合わせて、(1) 他人の人権侵害同様、「直接解決型」と名付ける)、有意な差が認められた(χ2=21.90,df=4,p<.01)。 男子の方が女子よりも相対的の割合が高い行動型は、「現実逃避型」男子35.3%女子19.9%、「アサーシ ョン型」男子17.4%女子12.8%である。男子は現実逃避という消極的行動をとる生徒が女子よりも多 い反面、自己主張という積極的行動をとる生徒も女子よりも幾分多い。(1)の他人の人権侵害場面で の反応と同様の結果である。逆に、女子の方が男子よりも割合が高いのは、「忍耐諦観型」女子39. 3%男子28.4%、「家族相談・慰められ型」女子11.7%男子4.1%である。女子の方が男子よりも、我慢 したり解決を諦めたりする割合が10ポイントほど高いことは、注意を要する。いつでも誰でもが相談
しやすい学校環境を整備する必要性を示す数値であろう。
3.人権感覚と人権行動との関連
人権感覚の高低は、人権行動に影響を及ぼすのであろうか。もし正の方向に及ぼしているのであれ ば、人権感覚を磨くことが人権行動を促進する要因として考えられ、人権教育の目指す方向性が明ら かになる。しかし、影響が見られないのならば、人権行動を促す独自のスキルを磨く実践的なプログ ラムの開発が必要となる。 他人の人権侵害場面における人権行動型別に人権感覚得点を比較した結果は、表5に示した。1要 因の分散分析の結果、有意な差が認められた(F=9.37,df=5,p<.01)。教師相談型39.18、集団問題解決型 38.82、アサーション型38.25、慰め型38.24 の得点が高く、同情傍観型36.84がやや低く、現実逃避型 34.14が最も得点が低い。Tukeyの法による多重比較を行なったところ、問題解決に向けて積極的行動 型である教師相談型、集団問題解決型、アサーション型及びやや消極的ではあるが被害者の心情を理 解し心理的な支援をする慰め型の4つの行動型の間には得点の差は認められなかった。最も得点の低 い現実逃避型は、他の行動型よりも有意に低く、また同情傍観型は、最も得点の高い教師相談型より ( ) 表4 自分の人権侵害場面における行動 (注1)学年別行動型の検定、χ2=12.80,df=8,ns、集団問題解決型が期待度数5未満なので、ア サーション型と合わせて検定した。 (注2)性別行動型の検定、χ2=21.90,df=4,p<.01、集団問題解決型が期待度数5未満なので、ア サーション型と合わせて検定した。「性別不明」回答の1名は、性別集計から除いた。 表5 人権行動型別人権感覚得点−他人の人権侵害場面−も低い。 このことから、人権感覚の高い生徒ほど、解決に向けて望まれる積極的な行動をとり、人権感覚の 低い生徒は、現実から目を背け、不合理な人権侵害事態を見て見ぬふりをすることが明らかになった。 したがって、人権教育においては、人権感覚を磨くことが重要であり、他人の人権侵害場面に遭遇し たときの行動選択に正の影響を促す要因となることが推測できる。 次に、自分の人権侵害場面における人権行動型別に人権感覚得点を比較した結果は、表6に示した。 1要因の分散分析の結果では、有意な差が認められなかった(F=1.30,df=5,ns)。人権感覚が先に挙げ た他人の人権侵害場面での行動に影響を及ぼしていたこととは、対照的な結果である。 このことは、本研究で測定した人権感覚は、女性、外国人、子ども、部落問題・民族問題、エイズ 患者、犯罪被害者、刑を終えて出所してきた人々などの婚姻の自由、職業選択の自由、居住移転の自 由など、どちらかといえば他者の基本的人権に重点が置かれた項目からなる尺度であるので、自分の 人権侵害場面での行動と直接に結びつかなかったと解釈できる。自分の人権侵害場面での行動化を促 進する人権教育では、エンパワーメントに重点を置いた自己主張訓練やロールプレイなど、より実践 的な体験によるスキル訓練が必要になることを示唆する貴重な結果であるといえる。
4.自尊感情及び共感性と人権感覚との関連
人権感覚を育成する基盤となる心理的変数として、自尊感情及び共感性を取り上げ、それぞれの関 連性を検討する。結果は、表7に示した。自尊感情得点と人権感覚得点の相関係数は、r=.051(ns)で あり、関連性は認められなかった。前項で触れたことと関連するが、本研究の人権感覚尺度は、どち 表6 人権行動型別人権感覚得点−自分の人権侵害場面− 表7 自尊感情・共感性と人権感覚との相関係数らかといえば他者の基本的人権に重点が置かれた項目からなる尺度であるので、自分を尊重し大切に できる自尊感情と直接的な関連性が認められなかったと解釈できる。今日、人権教育においては、自 尊感情を高めるプログラムの開発と実践によって、人権感覚を育成することが重視されているが、他 者の人権を尊重する人権感覚と自尊感情とは、直接的には関連が薄いといえる。 一方、共感性得点と人権感覚得点とは、r=.205(p<.01)とやや低いが正の有意な相関が認められる。 他者の感情や気持ちを相手の立場になって感じ取る能力や技術は、本研究でいう他者の人権を尊重す る人権感覚を育成する基礎となる心理的変数であるといえよう。この点からも、共感性を高める人権 教育の展開が求められる。
5.自尊感情及び共感性と人権行動との関連
人権行動に影響すると思われる心理的変数として、自尊感情及び共感性を取り上げ、それぞれの関 連性を検討する。まず、他人の人権侵害場面における人権行動型別に自尊感情得点を算出し、比較し た結果は、表8に示した。1要因の分散分析の結果、行動型により自尊感情得点の平均値に有意な差 が認められた(F=4.19,df=5,p<.01)。アサーション型17.81、集団問題解決型17.27、教師相談型16.95の 得点が高い傾向にあり、慰め型15.29がやや低く、同情傍観型14.84及び現実逃避型14.74の得点が低い。 Tukeyの法による多重比較を行なったところ、問題解決に向けて積極的行動型の一つであるアサーシ ョン型の自尊感情得点は、慰め型、同情傍観型、現実逃避型の3つの消極的行動型の得点よりも有意 に高い。その他の行動型の間には、有意差は認められなかった。 このことから、他人の人権侵害場面に遭遇したとき、自尊感情の高い生徒は集団内で「やめろ」と 言うアサーション行動をとる可能性が高く、反対に自尊感情の低い生徒は、慰め、同情傍観、現実逃 避といった方略をとり、解決に向けての積極的行動がとれない傾向にあると言えよう。 次に、自分の人権侵害場面における人権行動型別に自尊感情得点を求めた結果は、表9に示した。 1 要 因 の 分 散 分 析 の 結 果 、 行 動 型 に よ り 自 尊 感 情 得 点 の 平 均 値 に 有 意 な 差 が 認 め ら れ た (F=12.94,df=5,p<.01)。自尊感情得点が高かったのは、家族相談・慰められ型18.07、集団問題解決型 17.29、教師相談型17.11、アサーション型17.06であり、現実逃避型はやや低く15.08、忍耐諦観型 表8 人権行動型別自尊感情得点−他人の人権侵害場面−13.46は最も得点が低かった。Tukeyの法による多重比較を行なったところ、自尊感情高得点の、家族 相談・慰められ型、集団問題解決型、教師相談型、アサーション型の4つの行動型間には差はなかっ たものの、集団問題解決型を除く家族相談・慰められ型、教師相談型、アサーション型はいずれも、 得点の低い現実逃避型及び忍耐諦観型よりも有意に得点が高い。最も得点の低い忍耐諦観型は、得点 のやや低い現実逃避よりも有意に低い。なお、集団問題解決型は、該当する人数が7人と少なくまた 自尊感情得点の分散が大きかったので、他の5つの行動型との間に有意な差は認められなかった。 これらのことから、自尊感情の高い生徒は、自分の尊厳を守るために自分の人権侵害場面では、自分 だけで解決するのではなく家族や教師に相談したり、自己主張により解決しようとしたり、積極的解 決策をとる傾向が強いことが示唆される。他方、自尊感情の低い生徒は、被害拡大を避けるために現 実逃避したり、人権侵害に一人で耐え自然解消をじっと待つという内向的な解決方略(忍耐諦観型) をとりやすいと言える。特に、自分の人権を守り、事態を解決するためには、忍耐諦観行動は、その 被害者本人の心理的負荷を考えると問題が多いことは明らかである。したがって、自分の人権侵害場 面に遭遇したときの対応を視野に入れた人権教育を展開するとき、自尊感情を育てることは不可欠で あることは、本研究結果から見ても明らかである。 共感性と人権行動との間にはどのような関係があるのであろうか。他人の人権侵害場面における人 権行動型別に共感性得点を算出し、比較した結果は、表10に示した。1要因の分散分析の結果、行動 型により共感性得点の平均値に有意な差が認められた(F=11.53,df=5,p<.01)。集団問題解決型17.00、 教師相談型16.74、アサーション型16.56の得点が高い傾向にあり、慰め型15.33が次に続き、同情傍観 型14.15及び現実逃避型13.17の得点が低い。Tukeyの法による多重比較を行なったところ、集団問題 解決型、教師相談型、アサーション型、慰め型の4行動型の間に有意な差はなかった。この4行動型 はいずれも、得点の低い同情傍観型及び現実逃避型よりも有意に共感性が高いことが特徴である。得 点の低い同情傍観型及び現実逃避型間には有意差はなかった。 このことから、他人の人権侵害場面に遭遇したとき、共感性の高い生徒は、積極的な解決策をとっ たり、教師に相談し解決を要請したりする場合と、同時に、「みんながいないところでその人をなぐ さめる」場合が、予測される。共感性の高い生徒ほど、解決の方略に違いはあっても、他人の人権侵 表9 人権行動型別自尊感情得点−自分の人権侵害場面−
害被害に共感し、何とか解決したり心理サポートをしようと試みる行動をとるといえる。逆に、共感 性の低い生徒は、同情傍観や現実逃避といった解決に向けての行動がとれない傾向にある。他人の人 権侵害場面において、解決に向けての人権行動をとる力量を形成するための基礎的資質として、共感 性は位置づけることができ、人権教育においても育成しておきたい人間として望まれる資質である。 次に、自分の人権侵害場面における人権行動型別に共感性得点を求めた結果は、表11に示した。1 要 因 の 分 散 分 析 の 結 果 、 行 動 型 に よ り 共 感 性 得 点 の 平 均 値 に 有 意 な 差 が 認 め ら れ た (F=5.06,df=5,p<.01)。共感性得点が高かったのは、集団問題解決型17.00、家族相談・慰められ型 16.26、アサーション型15.43、教師相談型15.39、であり、忍耐諦観型14.77及び現実逃避型13.81は得 点が低かった。Tukeyの法による多重比較を行なったところ、家族相談・慰められ型、アサーション 型、教師相談型の3行動型と、現実逃避型との間にのみ有意差が認められ、前者の3行動型の得点は 現実逃避型に比べ有意に高い。 共感性は、他人の人権侵害場面だけでなく、自分の人権侵害場面においても、家族や教師に相談を 持ちかけ解決を求めたり、相手に自己主張することにより解決を図ったりという対人関係の中での解 決方略の基礎として働くと考えられる。反対に、共感性の低い生徒は、他者に依存することがうまく できず現実逃避型方略を用いやすい傾向にあるといえるのではなかろうか。いずれにしても、共感性 は他者の人権侵害解決だけでなく、自己の人権侵害場面においても、解決に向けて有効に働く特性で あると思われ、人権教育において重視したい要因である。 表10 人権行動型別共感性得点−他人の人権侵害場面− 表11 人権行動型別共感性得点−自分の人権侵害場面−
6.他人と自分の人権侵害場面における行動の関連性
最後に、今まで見てきた他人の人権侵害場面における行動と、自分の人権侵害場面における行動と の関連について検討する。自他2つの場面における行動型の関連を示した結果が、表12である。なお、 χ2検定をした際、期待度数5未満のセルがあったので、他人の人権侵害場面、自分の人権侵害場面 ともに、「集団問題解決型」と「アサーション型」を合わせて「直接解決型」、自分の人権侵害場面の 「家族相談・慰められ型」と「教師相談型」を合わせて「相談型」とした。 両場面の関連性をχ2検定した結果、χ2=88.38,df=12,p<.01であり、有意な関連性が認められた。 CramerのV係数は.267(p<.01)であり、他人の人権侵害場面での行動と自分の人権侵害場面での行 動とは、強くはないものの有意な正の関係があると言える。 具体的には、他人の人権侵害場面で「現実逃避型」行動をとる者のうち64.2%は自分の人権侵害場 面においても「現実逃避型」行動をとり、「同情傍観型」、のうち42.1%、「慰め型」の36.6%は、それ ぞれ「忍耐諦観型」をとる。「教師相談型」のうち56.8%は自分の場面でも「相談型」をとり、「直接 解決型」の42.5%はやはり「直接解決型」行動をとる。自他の設定場面はもとより、それに伴う選択 肢の意味内容が異なるので、完全には一致しないものの、他人の人権侵害場面で解決に向けて積極的 な行動をとる生徒は、自分の侵害場面でも積極的な行動をとる傾向があり、逆に他人が遭遇している 人権侵害に対して消極的な生徒は、自分が人権侵害されても消極的であることが示されている。両場 面での行動間の因果関係を明らかにすることは、本研究では困難であるが、他人の人権侵害を解決し ようとする力を持つことは、自分が人権侵害に出会ったとき、解決向けて有効に働く可能性を示唆し ている。広く他者や社会における人権侵害を解決しようとする行動力・実践力を養うことは、最終的 には自分の人権侵害を跳ね返す力となりうると考えられる。 ( ) 表12 自・他の人権侵害場面における行動型の関係 (注)期待度数5未満のセルがあったので、他人の人権侵害場面、自分の人権侵害場面ともに、 「集団問題解決型」と「アサーション型」を合わせて「直接解決型」、自分の人権侵害場面 の「家族相談・慰められ型」と「教師相談型」を合わせて「相談型」とした。χ2=88.38, df=12,p<.01。【今後の課題】
本研究で作成された人権感覚尺度や、仮想場面における人権行動測定法を、実際に使用し、各学校 や学年の実態と課題を明らかにし、尺度や設問項目に基づいた指導を展開して、人権問題を身近で自 己に関する問題であることを気付かせる実践的な現場研究へと発展させる試みが、今後期待される。 また、中学生だけでなく、小学生、高校生用の教材の開発も望まれる。【要 約】
本研究は、中学生にとって身近な人権学習教材として、自分たちの学校や学年の人権感覚や人権行 動の現実そのものを扱う可能性について、検討することを主たる目的とする。具体的には、(1)人権 教材として利用可能な中学生用人権感覚尺度の作成を試みること、(2)身近な人権侵害の仮想場面を 設定して人権行動の測定を試みること、(3)人権感覚と人権行動の関係を明らかにすること、(4)自 尊感情・共感性と人権感覚との関係を明らかにすること、(5)自尊感情・共感性と人権行動との関係 を明らかにすること、(6)他人の人権侵害場面における行動と自分の人権侵害場面における行動との 関連を検討すること、である。質問紙調査法により、栃木県下の中学生1∼3年生431人を対象にし て得た調査データを分析した。 その結果は次の通りである。①11項目からなる人権感覚尺度は、差別という社会的不合理を見抜く 人権感覚を概ね測定しており、filler項目5項目の挿入を含め、中学生にとって教材として身近で自己 の課題としてなじみ深い教材として利用可能性が高いといえる。②人権感覚得点は、女子の方が男子 よりも高く、その差は学年とともに大きくなる傾向がある。③他人の人権侵害仮想場面における行動 では、「同情傍観型」が4割、「慰め型」3割、「現実逃避型」1割であり、解決に向けて積極的な行動で ある「教師相談型」「アサーション型」「集団問題解決型」は少数であった。④自分の人権侵害仮想場面にお ける行動では、消極的行動である「忍耐諦観型」が3割強、「現実逃避型」3割弱であり、積極行動で ある「アサーション型」「教師相談型」「家族相談慰められ型」もそれぞれ1割前後いた。しかし、「集 団問題解決型」は僅かであった。⑤人権感覚の高い生徒ほど他人の人権侵害場目において積極的な行 動をとり、低い生徒は見て見ぬふりをする傾向がある。⑥人権感覚は、自分の人権侵害場面での行動 との関連性は薄く、自分の人権侵害場面での行動化については、エンパワーメントに重点を置いたス キル訓練などによる必要性が示唆された。⑦人権感覚と自尊感情とは関連が薄いが、共感性とは正の 相関が見られる。⑧自・他の人権侵害場面での行動において、自尊感情の高い生徒は積極的行動をと り、低い生徒は消極的行動をとる傾向がある。⑨共感性は、他者の人権侵害解決に寄与するだけでな く、自分の人権侵害場面においても解決に向けて有効に働く。⑩他人の人権侵害場面での行動と自分 の人権侵害場面での行動とは、強くはないものの有意な正の関係がある。【引用・参考文献】
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