<シンポジウム>近年のリトアニアの歴史的自己像 :
記念行事をめぐって
著者
梶 さやか
雑誌名
関学西洋史論集
号
32
ページ
17-20
発行年
2009-03-26
URL
http://hdl.handle.net/10236/12877
近年の リ ト アニ アの歴史的自己像
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記念行事 をめ く
、
っ て
一
梶
さ や か
は じ めに 1991年 に独立 し た リ ト アニ アは、 民族的 リ ト アニ ア人 を基盤 と し たネ イ シ ョ ン形成 を行 っ て き た。 本研究 で は、 近年 の リ ト ア ニ アの歴史的自己像 自 ら の歴史 につ い て の認識一
を考察 し た い。 歴史的自己像は、 個人 や集団 のア イ デ ンテ イ テ イ、 価値体系 や志向 と 密接につ なが っ て い る。 他方 で、 歴史はネ イ シ ョ ンの統合ま たはネ イ シ ョ ンか らの排除の道具 と し て使われる。 そ こ で、 記憶 と 忘却 によ っ て歴史意識 を 涵養す る記念行事、 特に祝日 を通 じ て、 リ ト アニ アの歴史的自己像 を考察 し たい。 リ ト アニ アでは祝日のほかに公的な記念日 も存在す る が、 主要な記念日で あ る祝日、 特 に歴史 を記念す る世俗の祝日 に分析の的 を絞 る ' 。 な お、 バル ト 三国 の う ち リ ト ア ニ ア の状況 は他の 2 国 と やや異 な っ て い る。 リ ト ア ニ ア の歴史 は ラ ト ヴ イ ア や エ ス ト ニ ア で は な く 、 ポ ー ラ ン ド やべ ラ ル ー シ と 関係 が深 い。 ま た、 ロ シア人 マ イ ノ リ テ ィ の比率はバル ト 三国中最 も低 く 、 近年の独立運動 の 際 の主 た る 衝突 は、 元来 自国内 に住 ん で い る ポ ー ラ ン ド人 マ イ ノ リ テ ィ と のあ い だ で 起き た 2。 1 . リ ト ア ニ アの20世紀史につ いての認識 まずは 2 つの独立記念日か ら考察 を始めたい。 独立記念日の一方は、 1990年のソ連 か らの独立宣言 を記念す る 3 月11 日の 「 リ ト アニ ア独立回復の日」 で ある。 他方は、 1918年のタ リ バ (評議会) によ る リ ト アニ アの独立宣言 を記念す る、 2 月16日の 「 リ ト アニ ア国家回復の日」 で あ る。 両独立記念日の名称にあ る 「回復」 と い う 語は、 現 在の リ ト アニ ア共和国 と、 ロ シア帝国 に支配 さ れる以前の リ ト アニ ア国家、 そ し て何 よ り 戦間期の リ ト アニ ア共和国 と の連続性 を示 し てい る。 リ ト アニ ア政府は、 リ ト アニアは1944
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1990年 のあ いだ ソ連に 「占領」 さ れて い たが、 国家 の法的 な正当性 を戦 間期の リ ト アニ ア共和国か ら受け継 いで い る と も主張 し て い る。 こ の認識はエ ス ト ニアやラ ト ヴ イ ア と も共通す る。 以下 では、 リ ト アニ ア の20世紀史 について の理解が持 つ問題 を考 え た い。 第一 の問題は、 戦間期 と 現在の 2 つの リ ト アニ ア国家 の間の断絶 と 連続性 に関係す る。 現在、 一般に、 ソ連時代は リ ト アニ アのネ イ シ ョ ン形成に否定的 な も のと 捉え ら れて い る。 し か し、 戦間期 において リ ト アニ ア語話者の大多数は農民 で あ り、 彼 ら の 国民化 は完了 し て い な か っ た。 都市 にはユ ダ ヤ人 や ポ ー ラ ン ド人 な どの民族的非 リ ト ア ニ ア人 が住 み、 公式 の首 都 で あ り な が ら 実 際 に は ポ ー ラ ン ド に支配 さ れて い た ヴ イ リ ニ ュ ス市 で も、 リ ト ア ニ ア人 は ご く 稀 で あ っ た。 1940年 に ソ連 に よ っ て返還 さ れた 同市で リ ト アニ ア人が多数派にな っ たのは、 ホロ コ ー ス ト と ポ ーラ ン ド人 の 「帰国事 業」 を経 た ソ連時代のこ と で あ る 3。 だ が、 住民や領域の変化 に も かかわ らず、 現在 一般的 な20世紀史の理解は戦間期の リ ト アニ ア と 現在の リ ト アニ ア を同一視 し、 他方 で ソ連時代に歴史の大 き な断絶 を見て い る。 近年、 ホロ コ ー ス ト やユ ダヤ人 の歴史に 関 す る研究 が増 え て い る と は い え、 こ う し た一般 の理 解は リ ト ア ニ ア人 の ナ チ ス= ド イ ツ への協力 や自発的 な ユ ダ ヤ人虐殺 を看過 す る 傾向 に あ る 4。 ま た、 ソ 連時代 に リ ト アニ ア社会の国民化 があ る側面 では進展 し たこ と に も目は向け ら れな い。 第二 の問題は、 2 月16 日の記念が戦間期の権威主義体制の指導者の顕彰につながる 点で あ る。 1918年 に独立宣言 に署名 し た タ リ バで指導的 な役割 を担 っ たのは、 の ちに 民族主義的 な独裁者 と な る A. スメ ト ナで あ る。 2 月16日は、 現行の世俗の祝日のな かで唯一戦間期か ら記念 さ れて い た。 し か し戦間期にお いて も、 左翼はその記念行事 の持つ保守的で ナ シ ョ ナ リ ステ イ ツク な性格 を懸念 し、 1920年の憲法制定の記念行事 を よ り 重視 し て いた 5。 2 . 「中世から 続 く 」 リ ト ア ニ ア リ ト アニ ア国家の起源に関わる も う一つの祝日が、 7 月 6 日の 「国家の日」 である。 中世 リ ト ア ニ ア の ミ ン ダ ウ ガ ス王 の戴冠 を 祝 う こ の日は、 エ ス ト ニ ア や ラ ト ウ' ィ ア よ り 格段 に古い リ ト アニ ア国家 の起源 を象徴 し て い る。 ミ ンダウ ガ スは1251年 に カ ト リ ッ ク の洗礼 を受け、 翌 々年 に リ ト アニ ア王 と し て戴冠 し た。 彼の暗殺後 リ ト アニ アは異 教 に戻 っ た が、 ミ ン ダ ウ ガ スは リ ト ア ニ ア史 の な か で 重 要 な 位置 を占 め て い る。 そ れ は、 彼が単 な る公で はな く 、 史上唯一 の リ ト アニ ア王 で あ り 、 国家 の創設者 と 見な さ れて い る か ら で あ る。 も う 一 つ の理由 は、 ミ ン ダ ウ ガ スの戴冠 が、 13世紀 に す で に リ ト ア ニ アが西 ヨ ーロ ッパ と 良好 な関係 を保持 し て い た証左 と な る か ら で あ る。 リ ト ア ニ アが N A T 0 や E U への加盟 を進めた際、 リ ト アニ アの西欧への帰属 を示 す歴史的 事象は盛 ん に記念 さ れた 6。 ミ ン ダ ウガ ス王 戴冠750周年記念が リ ト アニ アの N A T
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0 ・ E U 加盟の前年 の2003年 7 月 6 日 に祝われた際には、 ヴ イ リ ニ ュ ス市内 で ミ ンダ ウ ガ ス王 の記念碑 も除幕 さ れた 7。 し か し、 戴冠の日付 に関 し て歴史家 の意見が一致 し て いな い だ け で な く 、 こ の記念自体 も 現在の リ ト ア ニ アが そのま ま中世 にま で さ か のぼ る かのよ う な歴史 意識 を も た ら し かね な い。 そ う し た歴史意識が持つ問題の一 つ と し て、 カ ト リ ッ ク と し て洗礼 を受け た ミ ンダ ウ ガ スの記念 が、 過去 の リ ト ア ニ ア におけ る束方正教会や束 ス ラ ウ'の影響 の矮小化 に つ なが る こ と が挙げ ら れる。 束方へ領土 を拡大 し た リ ト アニ ア大公国 では、 貴族お よ び全住民 の多 数 を正 教従 の束 ス ラ ヴ人 (現在のべ ラ ル ー シ人 やウ ク ラ イ ナ人) が占 め て い た。 だが、 リ ト アニ アでは、 リ ト アニ ア大公国 を 「 リ ト アニ ア国家」 と 認識す る こ と で、 一般の人 々や歴史家 ま で も が、 歴史のなかの束 ス ラ ヴや正教の要素 を わき に おき、 リ ト アニ ア語話者や異教 (の ちの時代では カ ト リ ッ ク ) に関連す る要素 に注目 す る。 そ の背景 に は、 ソ ウ' ェ ト の公式 の歴史叙述 で は、 リ ト ア ニ ア大 公国 はロ シア に 統合 さ れ る べ き ル シ国家 と し て扱 われて い た こ と 、 そ し て現 在は べ ラ ル ー シの研究者 が リ ト ア ニ ア大公国はル シ= リ ト ア ニ ア国家 だ と 主張 し、 現在のべ ラ ルー シ国家 の萌 芽 と 見 な し て い る こ と への反発 も あ ろ う 。 も う一つの問題は、 中世のリ ト アニ ア大公国の称揚が近世史の軽視 と 表裏一体であ る点で あ る。 リ ト アニ アは中世 を通 じ て国家 の独立 を維持 し、 ヴ イ タ ウ タ ス大公の も と で束 ス ラ ヴの公国 の領域 も支配す る 「 バル ト 海か ら黒海へ」 広が る大国 と な っ た。 それゆえ、 中世は リ ト アニ アの黄金時代 と 称 さ れる。 だが、 ポーラ ン ド と 合同 し た近 世の評価は芳 し く ない。 近世の リ ト アニ ア大公国 と その貴族がポー ラ ン ド化 し たか ら で あ る。 ま た、 19世紀後半以 降 の リ ト ア ニ ア の近 代 ナ シ ョ ナ リ ズ ムは ポ ー ラ ン ド か ら の文化的自立 を求 めた。 独立後 の首都 ヴ イ リ ニ ュ ス を ポ ー ラ ン ド が占領支配 し た こ と も、 リ ト アニ ア人 の対 ポ ー ラ ン ド感情 を悪化 さ せた。 こ う し た反 ポ ー ラ ン ド的 な歴史 理解は、 リ ト ア ニ ア領内 のポー ラ ン ド人 マ イ ノ リ テ ィ と の関係が複雑化 す る一因 と も な っ て い る。 ま た、 リ ト ア ニ ア史は リ ト ア ニ ア語 を話す人 々の歴史 で あ る と い う 考 え のた め、 中 世 と 19世紀後半 のあいだには リ ト アニ ア史の断絶 と 空白力 あ る。 記念の対象 と な る の は、 ミ ン ダ ウ ガ スや ゲ デ イ ミ ナ ス、 ウ' ィ タ ウ タ ス な ど主 に中世 の君主 で あ る。 逆説的 な こ と に、 婚姻 を通 じ て ポ ー ラ ン ド と の連合 を開始 し た だけ で な く 、 リ ト アニ ア を キ リ ス ト 教 に改宗 し て西欧世界への道 を開 い た ヨ ガイ ラ や、 リ ト アニ アが西欧 の影響 を 強 く 受けた近世の君主 らは、 主要な記念の対象ではな い。 し か し、 最近、 歴史家のあいだで、 政治的 ・ 市民的 なネ イ シ ョ ン概念や多民族性が
イ シ ョ ンの言語的な基準が相対化 し、 近世史への関心 も増大 し て いる。 リ ト アニ ア歴 史研究所所長 の A. ニ ク ジ ェ ンタ イ テ イ スは、 五月三日憲法がポーラ ン ド史 だけ で な く 、 リ ト ア ニ ア史 の業 績 と も な り う る と 述 べ て い る 8。 戦間期 に称揚 さ れた ウ' ィ タ ウ タ ス 9 と は異 な っ て、 ミ ン ダ ウ ガ ス には反 ポ ー ラ ン ド 的 な 含 意 が な い。 こ の点 も 現 在 の リ ト ア ニ ア の国際的 な立場 に合致 し て い る と い え る だ ろ う 。 おわ り に リ ト アニ ア では、 記念の対象 と な る歴史事象の選択は、 社会の要求や自 ら の歴史に ついて の認識、 国際関係に規定 さ れて い る。 だが、 近年 の リ ト アニ アの歴史的自己像 はいつ く かの問題 を抱 え て い る。 歴史は非常 に現実的、 政治的 な問題なので あ る。 日 本や多 く の西洋諸国 では、 過去 を現在の日的 のために用 い る こ と は批判の対象 と な ろ う 。 し か し、 国際的 な舞台 では、 自身 の歴史 を持つネ イ シ ョ ンは、 そ れを持 た な いネ イ シ ョ ン と 比 べて、 よ り 自己 の正当化 を はか る こ と がで き る。 暗黙 の う ち に、 そ し て 構造的 に、 既存 のネ イ シ ョ ンは新 た に出現 し たネ イ シ ョ ンに自身 の歴史 を持 つ よ う 要 求 し て い る こ と も、 我 々は意識すべき で あ る。
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註>
1 世俗の祝日にはこ こ で取 り 上げ る 3 つのほか、 5 月 1 日の 「労働者の日」 と 5 月第一日曜の 「母の日」 があ る。 ま た、 リ ト アニ ア には宗教的 な祝日 も存在す る。 2 以下 も参照。 佐藤主史 「 ソ連邦末期におけ る民族問題のマ ト リ ョ ー シ ュ カ構造分析一 リ ト ア ニ ア ・ ポ ーラ ン ド人問題のケ ース ス タ デ ィ ー」 『 ス ラ ヴ研究』 54、 2007年、 101-
130頁。3 T. Snyder, The Reconstruction of Nations・ Poland, Ukraine, Lithuania, Belarus, 1569-1999, New Haven-London, 2003, pp 92-95.
4 以下 を参照。 野村真理 「自国史の検証一 リ ト アニ アにおけ る ホロ コ ー ス ト の記憶をめぐ って一」
野村真理 ・ 弁納才一編 『地域統合 と人的移動 ヨ ーロ ッパと東 ア ジアの歴史 ・ 現状 ・ 展望 』
御茶の水書房、 2006年、 143
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176頁。5 V. Sirutavicius, “Sventes nacionalizavimas. “Tautos sventes” atsiradimas L ietuvos Respublikoje X X amziaus 4-ajame desimtmelyje”, Lieluvitj Atgimimo istor jjos studjjos, t.17, Nacionalizmas Ir emocl os ( zefuva lr en 1a -
M
a), 2001, p.135.6 A. Nikzentaitis, “Vasario 16-oj i Ir L ietuvos istorine kultiira”, Akiraia ai, 2004 vasaris, p 7. 7 L. Aleksiejiinas, “Karalius Mindaugas atgimsta granite”, Voruta, nr 21(519) , 2002, 1apkricio 9 d. 8 Nikzentaitis, “Vasario 16-oji”, p 7.
9 A. Ni entaitis, Witold i Jagie11o◆ Polacy i Litwini we wzaJemnym stereotypic, Poznan, 2000.