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フランシス・ポンジュと現代美術 : 『調停者ブラック』(Braque, le réconciliateur)を中心に

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(1)

フランシス・ポンジュと現代美術 : 『調停者ブラ

ック』(Braque, le reconciliateur)を中心に

著者

横道 朝子

雑誌名

年報・フランス研究

34

ページ

81-92

発行年

2000-12-25

URL

http://hdl.handle.net/10236/9424

(2)

フラ ンシス・ ポ ンジユと現代美術

喘 停者ブラック』

OL暉4ん

麗あ

麗崩側→ を中心に一

横道 朝子

は じめに

フランシス・ポンジュの第一詩集『 物の味方』(」酔

Paiμ

tt Jes ttases)は

192年

に発表 されるが、この詩集の成功がきつかけとなって、詩人はピカソ、 プラック、フォー トリエ、ジャコメッティといつた当時の画壇を代表する画家た ちと親交を結び、彼 らについてのテキス トに取 り組むようになる。この動機につ いては1967年に行われたフィリップ 0ソ レルスとの対談に詳 しいが、詩人は画 家のうちに「制作者 6uvrie→ 」としての共通のモラルを見出してお り、古い思 考形態に対抗 し、来るべ き状況の中で何を作 り出せばいいのかという同じ問題に 直面 している彼 らと親交を保つことが非常に有益であると考えていた。 しじつ、 この時期の詩人に画家との交流が与えた影響は非常に大きい。というのも、第二 次大戦後の時期 というのは、ポンジュの作品が大きな創作形式の変換を遂げた時 期であるが、画家の仕事に触な それについての考察を深める過程で、詩人は彼 自身の詩論を確立 していったように思われるか らである。詩人の画家論は『 同時 代のア トリエ』にИ

ttattα ヵ→ にまとめられているが、これらはポ ンジュ詩学が確立 してい く経緯を考察するために非常に有効である。本研究では、 ポ ンジュと同様に平凡な事物を対象 に作品を産み出すキュビスムの画家ジヨル ジュ・プラックを取上lス ポンジュとプラックに共通する制作のモラルを明らか に していきたい。

(3)

フランシス・ポンジュと現代美術

1.対

象 との関係

:浸

透作用

(mlpEむ

at10n) ポンジュとプラックは1944年、共通の友人であるジヤン・ポーランを介 して 知 り合つた。以来、二人の親交は画家の死まで途絶えることがな く、詩人はこの キュビスムの巨匠を「現代芸術の旗手」として尊敬 し続けた。画家論の中でもプ ラ ックについて書かれたものは数多いが、その中でも最も早い時期に書かれた 喘 停者プラック』 “

"9ucヵ

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,1946pは

、「 なぜ事物を描 くの か」「対象物 といかに関わるのか」というポンジュ詩学の最も重要な問題を取上 げている非常に重要な作品である。 このプラック論の冒頭で、詩人は芸術家にとって最も重要なのは、自分の特異 性 を表現する手段を獲得することであるとし、そのためには「 自分の特異性の中 に深 く入 り込むこと」、「 自分の方針を決めることが必要だ」と述べる。そ して「 自 分の方針」 としてプラックと詩人が見出した方法、それこそが「物に味方する」 ことなのである。以下の引用を見よう。

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宅 p.130) (我々は次のことに気がついた一我々を満足させるために、我々は、我々自身について、 あるいは、人間についての観念表現をあらわそうとすべきなのではなく、む しろ、外 の世界に、物の味方をすることに至らなければならないと。そして結局、人間にとっ て最も独自の歌を産み出す可能性が多いのはいつであるかと言えば、自分自身より他 のことにずっと気を取られているとき、自分自身よりはるかに世界について気を取ら れているような時である、ということを。)(下線部筆者) ポ ンジュ詩学の根本命題である「 物に味方する」 とい う立場が詩人の言葉で説 明され るのは このテキス トにおいてが初めてであ り、そのことは、詩人がプラ ッ クを彼 自身 と制作 のモラル を共有する芸術家 ととらえ、厚い信頼 を置いていたこ とを端 的にあ らわ していると言えるだろう。 それでは、 なぜ「 物に味方す る」 ことによって、人間は「 最 も独 自の歌 を生み

(4)

フランシス・ポ ンジュと現代美術 出す ことがで きる」のだろうか。詩人の言説 を追お う。 83

1

糞髪掛

墨型

М

ttill:ini阜

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翼夏

:琴

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II:i肇

荀軽塾

::壁[│

もしも、各人にそれだけのことがうまくできたら、(万人によって作 られた)なんとい うポエジーだろう! すなわち、「 物 に味方す る」ことは、各人が 物 について持 つている鍮 「 人が いつで も頭の中に持 つているもの」を見出す きつかけ とな り、 この観念 を解放する だけで 自分の特異性 をあ らわすことがで き、それが詩 となる、 というのである。そ して、 この観念は以下の引用にあ らわされ る 場 工 による浸透作用 仙叩 珀嬰atlon) によって形成 され る。

DOぬ vim Omed魔 ,a hqdeneooOond gα tta― mot qu SefomeC"能

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Lろ

うか

?そ

の観念にはどんな言葉もまだ適合せず、そ

の観念は、今 までにそれを示すのに用い られた言葉の単純さに「対立」 している。生ま

(5)

フランシス 0ポ ンジュと現代美術 を見る目がな くなるとか

)?そ

れとも、絶え間ない沈殿によって作 られた、今までに 受け取つた印象の総和なのか

?学

問によってと同様、沈黙のうちに受け取つた印象の 総和なのか

?

ゆつくりして深い浸透作用の結果・・・それによって外の世界と中の世 界との区別がつかなくなって しまった浸透作用の結果だろうか

?

それによつて、飽和 し、表現 したい、吐き出したいという欲求、その観念を取 り払いたい、それを一つの美 的な物によって置き換えたいという欲求が生まれるような、そういうものだろうか ? その観念がひとたび伝達されたなら、その特徴はどのようなものか

?そ

の働きは

?こ

れらが、プラックのこの上ない小さなタプローさえもが提出し、解決 しているところの 様々な問題のい くつかである。(下線部筆者) しか し、 物 工 による「浸透作用」という言葉 こそ斬新 なものであつても、対象 と のあ る種の交感 によって 自分 自身を (再

)発

見するというのは取 り立てて新 しいこ とではな く、何 もポ ンジュの独創性 を示すことにはな らない。ただ、同時代のシュ ール レア リス トや ミシ ヨー、シャール と比較 し、表現の差異が どこか ら来 るのかを、 人 と 場 工 との関係 とい う側面のみに しぼって考察 すれば、それは、作用(働きかけ) の方向の違いにあると指摘 で きるだろう。以下、 この点について考察 してい く。 まず、ポ ンジュ以外 の場合 を見 よう。それ までの西洋の伝統 では、常に人が 物 に作用 して きた と言 つていいだろう。例えlよ ロマ ン派以降な ら人間の感情 を 物 に貼 り付 け、それ以前 な ら神話 やア レゴ リー的な要素 を貼 り付 けて きた。つ ま り、 か ら 物 エ ヘ と一方的である。それは、ポンジュと同年代の ミシヨーにおいても同様 で あ るように思われ る。 ミシ ヨーは彼 自身の無意識 を探求 す る手段 としてのみ、 オ 物 工 との交感 を求めるように思われ る。彼 は 物 工 に一方的に自分の感情 を貼 り付 け、 自分の感情 を対象物 に語 らせ ようとする。 したが つて、そこか ら明 らかにされるの は、常に 町e‐pめte」 でぁ り、究極的には 物 は詩人に包含されて しまう。こうい つた詩人と 場工の関係は、以下に引用する「海」(」レ “

Jと

題された短いテキス ト にも端的にあらわれている。

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(6)

フランシス・ポンジュと現代美術

85

(私の知っているもの、私のものであるもの、それははてしない海だ。

/21歳

になった とき、私は街の生活をのがれ、志願して船乗 りになつた。船にはいくつかの仕事があつ た。私は驚いた。私は船では人は海を眺めているのだ、いつまでも海を眺めているのだ、 と思つていたのだ。

/船

はギソウを解かれた。海の人々の休業が始まつた。/く るりと 背中を向けると、私は出発 した。何も言わずに。海は私の中にあつた。永遠に私をとり まく海は。

/そ

れはどんな海か

?だ

が、それは私がどうしてもはつきりと述べることが できないことなのだ。) これに対 して、ポンジュの場合はこの作用の方向が全 く逆転する。すなわち、ポ ンジュの作品では、砺工が人に作用 し、人はその作用を受ける側であることが強調 されるのである。喘 停者ブラック』に戻 ろう。ブラックのテキス トの続 く部分で 述べ られる「その時の我々の1央楽の素材は最も身近な事物、我々がそれによつて最 も本格的に浸透されているところの 場工Jと いぅ記述が示すように、我々が 物 工 に よつて浸透され、作用を受けるのであ り、人間が 物工に作用を与えるのではない。 この作用を与える 場エー受ける人という関係は、詩人の創作の初期か ら晩年に至 るまで、あたかも通奏低音のようにポンジュ詩学を支えてお り、およそ 10年後に 書かれた以下のテキス トの中でも、この関係がさらに展開されている。

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)F山

(人と物 との関係は単に所有する、あるいは使用するといつた関係では全 くない。それ

は、非常に単純であるが、厄介でもある。/物は言うまでもないが、魂の外にある。し

か し、それ らは私 たちの頭の錘 にもな るのだ。それ は対格 に置かれ た関係 だ。

*

人間とはおかしなもので、自分自身の中に重心を持たない。/。我々の魂とは他動詞的 である。それには、直接目的語のように直に働きかける対象が必要なのである。

/問

題 なのは、(「所有」ではなく「存在」という)もつと重要な関係である。芸術家は他のど んな人間 よ り、そ こか ら荷重 を受け取 り、その衝撃 をはつ き りと示すのだ。)

(7)

86

フランシス・ポンジュと現代美術 この引用は、ポ ンジュにおいて人 と 物 の作 用の主客の関係 が全 く逆転 している ことを明 白にあ らわ してい る。 また、「 人 と 場 工 との関係 は単に所有する、あ るい は使 用するとい つた関係では全 くない。(中略

)物

工 は言 うまで もないが、魂 の外 にあ る」 とい う表現は、 ミシヨーの「 わた しのものである海」「 海は私の中にあっ た」とい う表現 と極 めて対照的であ り、この 場 工 との距離感 もこの二人の詩人の差 異 をよ り際立たせているように思われ る。 しか し、物 工 か ら人へ と向か う作用の方向だけでは、人 と 場 工 との関係 を十分説 明 したことにはな らない。なぜな らば、ポ ンジユにおいても、それが詩であるか ぎ り、人か ら 物 エ ヘ と向か う作用も同時に存在するか らである。すなわち、人間は 物 か ら作 用を受けることによつて 自分 に固有の観念 を獲得 し、それを解放することに よって、 自分 自身を表現す ることがで きるわけだが、その ことは、 物 のほ うも、 それ までの平凡で陳腐 な言い回 しか ら解放 され、新 しい言葉で語 られ るとい う受動 の作 用 も同時 に受けることになるのである。 したが つて、ポ ンジュにおける「 浸透 関係」は、「相互的」であると展開で きるだろう。こういつた対象物 との関係は、『 物 の味方』におさめ られた詩人の初期の詩篇に「相互浸透」(mterp“6tratЮ

n)と

い う言葉ですでに明確 にあ らわされている。以下の引用 を見よう。

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(Q pp・24‐25) たつむ りは湿つた土を好む。ススメー彼 らは土 に全身を くつつけて進む。彼 らは土を持ち運び

t食

べ、排泄する。土がかたつむ りを突 きぬけ、かたつむ りは土を突 きぬける。 は、それはいわば、相互関係にあるもの一つまり、受動の要素 と能動の要素であるが、 受動のほうが能動のほうを浸すと同時に養い、會勘 は食べ ると同時に移動 してい く、」と いった旦金Ё量生壺馳仏

)軒

欄邸 筆つ

この作品の標題「E∝argots」 が「衡由e」、 あるいはその古形である「e錮由e」

(8)

う。 じじつ、 この作 品で描かれているのは、かたつむ りであ り、同日寺に「書 く」 こ とで もあるのだ。引用 した 冒頭部分では、かたつむ りと土の関係 が詩人 と対象物の 関係 に置 き換 え られ、 この両者の関係は「 最 も趣味のよし沐目互浸透である」 とされ る。この 恥目互助 の関脈 は下線部でさ らに詳 しく述べ られ る。すなわち、林 作用 を受けるだけの「受動 の要素」が逆に「能動 の要素 を浸す と同時に養 う」 とい うように「能動の要素」に作用 を及ぼすのであ つて、結果、 この二つの要素は「相 互的」に作用 しあ うこととなる。この「相互浸透」の関係 を詩人 と 場工の関係 に当 てはめれば、詩人に描かれ る「 受動の要素」である 場 工 、詩人に「 固有の観念」を 与 えることによって詩人を描 くとい う能動の作用をするわけであ る。この『調停者 プラ ック』も、対象であるプラ ックについて語 ることによって、結局は詩人 自身の 詩論 を説明することになるとい う相互浸透の産物だ とみ なす ことがで きるだ ろう。 以上のように、プラ ックのテキス トをきっかけに、詩人 と画家がなぜ、平凡な事 物 を対象 に選び、それ といかに関わ つているのかをみて きた。物 に一方的に人間的 な要素 を貼 り付 けることをやめ、物か らの作用の受け皿 として存在 しは じめた とき か ら、人 と物はイ中直 りするわけである。このよう抵新 しい関係 を打 ち立て ることに よつて人 と物 を「調停する(仲直 りさせ る

)人

r∝onc五ateur」、それが プラ ックで あ り、 それは同時にポ ンジュの立場 にほかな らなか ったのであ る。 ポ ンジュは詩人 として活動 しは じめるのが遅 か ったが、詩人の しての活動の最初 期か ら、物 工 との関係 は非常に明確 に確 立されていて、このキユ ビスムの巨匠を詩 人 自身の詩論 を弁護 し、正当化 して くれる後 ろ盾、精神的パ トロンのように認識 し ていたように思われ る。

2.キ

ュ ビスム絵画 それでは、「 対象物 との相互浸透」の結果が、実際 に作 品で どの ようにあ らわさ れ るのか。非常に興味深いのは、同 じモラルを共有するこの二人の芸術家のそれぞ れの最初期 の表現形式 が酷似 していることであ る。 ポ ンジュの『 物の味方』に収録された最初期の作品は、詩人 自身が「爆弾形式」

(9)

(teme sous fome de bombe)と い う言葉で定義 しているように、非常に簡潔にまとま つてい ることを特徴 とする(4)。 そ して、対象の描写の特徴 と して才計商で きるのは、

詩人が対象物 をさまざまに分解 してい き、その分解 された対象 に非常に突飛なイメ ー ジを貼 り付 けてい くことである。「バ ン」Gレ ρ`敷〕 を見 よう。まず、テキス トの 冒頭では、硬い外皮の盛 り上が りがさまざまな山脈 に見立て られ る。

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れdes Andes。 (C,p。22)

(バンの表面はまず、それが引き起こすほとんどパノラマめいた印象によつて、驚異的

なのた。まるで、アルプス山脈

k

トロス山脈

kま

たは、アンデス山脈を手中に収めたか のようである。)

続 く部分で詩人の視線はバ ンの塊 を分解 し、 中の「mie」 と呼ばれる柔 らかい 部分に注がれ る。そ して、この部分にもさらに突飛なイメー ジが貼 り付 け られる。

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t a10rs

les mes desaun d h msse m dcvient tiable。¨(C,p。22-23)

(バンの身と名づけられるこのしまりがなくて冷たい下層土はスポンジと似た組織をも っている。葉

kあ

るいは花がそこでは、一度にくつついたシャム双生児のようである。 バンが固くなると、これらの花はじおれ、縮む。その時、花は互いに離れ、塊はそのた めに砕けやすくなる.) この対象 物の分解 は他 の多 くの作品において 同様 に行 われ る。「 オ レンジ(5)」 (五レ

zr)に

おける描写は、外皮か ら始 ま り、果肉、種 と、対象 を分解 しなが ら 進 んでい く。「黒 イチゴ(6)」

s″

において も、まず、いば らに守 られた黒 イチゴの全体像に注がれた詩人の視線は、黒 イチゴの房、房 を構成 する粒、その粒 の果肉、種 とい うように、対象の細部へ と分け入 ってい く。 分解され るのは事物 だけに とどまらない。多 くの詩人によって叙情的に歌われた 雨 もポ ンジュの作 品において描かれるのは、それがもた らす情景 でも、その情景 が 喚起す る心の状態でもない。雨は「 カーテ ン」か ら「 雨粒」の段階 にまで分解 され

(10)

フランシス・ポンジュと現代美術

て描 き分け られ る。以下は「 雨」

muDの

一部である。

89

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p.15) (雨は、それが降つているのを私が見つめている中庭では、実に種種 さまざまな様子を して落ちて くる。中央では、それは不連続なカーテ ン(または、網)だ。執拗 に、 しか し比較的ゆつ くりと、察するところ、かな り軽い水の滴 りとなって落ちて くる。無気力 な果て しないせわ しさと、純粋な流星の莫大な数の細粒である。左右の壁か ら少し離れ たところでは、もっと重い個々の水滴 とな り、一段 と大きな音を立てて落ちて くる。こ ち らでは、麦粒、あちらでは読豆の大きさに見える。また別のところでは、ほとんどビ ー球ほどの大 きさだ。窓の金棒や手す りの上では、雨は水平に流れているが、これらの 障害物の裏側では、凸状のキャンデ ィのようにぶ らさがる) さ らに対 象 の 分解 は そ の対 象 物 の シ エ フ イア ンに まで 及 ぶ 。「 体 操 選 手 」 で は 「

cnttm創

田」とぃぅ語がアルフアベットに分解され「G」 や「Y」 の形と体操 選手の姿の類似が述べられる。

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qucue a gauche。 (cE,p.33)

(Gが示すように体操選手は山羊ひげと口ひげをたくわえている。口ひげは狭い額の上 で巻き毛になっている髪の房とほとんどくつついて一つになっている。

/鼠

径部に二本 のひだをな しているレオター ドにびったりと体を包まれ、彼はYが示すように尖つた一 物を持つている、左側に。) 以上の引用が示す ように、詩人は対象 を分解 し、新 しいイメー ジで再構成 する。 さ らに、 この描写は、

1)対

象の極端 な単純化・歪曲化、

2)一

点集 中遠近法によ る空間描写の完全 な否定、

3)多

視点的イメージの結合、 とい う三点か ら特徴付け られ るが、 この特徴は まさ しくキュ ビスム絵画の定義そのものであ り、それはまさ にブラ ックの最初期の絵画、すなわち、分析的キュ ビスムと呼ばれた時代の絵画を

(11)

思わせるものがある。そのように詩人の作品をとらえると、多 くのバラグラフの頭 におかれる接続詞「mais」 は、あたかもキユビスム絵画の画面における「稜線」の ようにバラグラフを区切 り、全体の意味の流れを開ILしているように思われる。 この『 物の味方』が書かれた1930年代には、ポンジュはまだプラックをは じめ とする画家たちと親交がな く、絵画についてのテキス トも見つかつていない。プラ ックの創作活動についてみても、分析的キュビスムの時代を1910年頃に終え、パ ピエ・コレの時代を経て、「玉突 き台」の連作を手がけていた時期であ り、この表 現の共通点によって、キュビス トか らの影響を云々 しようというわけではない。し か し、

20世

紀初頭の芸術状況においてモデルニテの担い手であったキュビス トたち と、ポンジュが (画家たちの「革命」から20年ほど遅れることになるが)、 従来の 見方を変え、表現形態を変えるために採つた「最初」の表現方法が偶然にも多 くの 類似点 を持 つていた、 ということは非常に興味深いことだと思われる。 3。 キュビスムとの訣別 ―今後の研究課題 しか し、詩人が画家たちと知 り合い、彼等についてのテキス トを手がけ始めた

1940年

R詩

人の関心はこういつた最初期の「爆弾形式」というテキス トのあ り 方にはもうすでにな く、「詩的日記」

Go―

al p“tique)と いう新 しい形式を模索 していた。この形式の作品では、単語の羅列や詩の断片などがまとまりのない草稿 のような状態で提示され、作品は十数ベージにわたる長いものとなる。また、描写 の特徴 としても、先ほどの「爆弾形式」の作品で見 られたような、対象の分解、歪 曲化、突飛なイメージの貼 り付けは減つていき、その代わ りに、自己批評や、愛用 の リトレ辞典か らの長い引用が増えてい く。これは、詩人の関心が作品を一つの完 成 したオブジェとして提示することよ りも、作品ができあが りつつある創作過程そ のものを提示することに移つていつたことを端的にあ らわ している。この画家論を 手がけ始めた Ю “ 年当時、詩人はこの新 しい形式に対する関心を高めてい く一方 で、 どうしても確信は持つまでには至っていなかった(7)。 しか し、この形式に対 する確信を詩人に与え、それまで書 き溜めたこの形式の作品を第二詩集『 やむにや

(12)

フランシス・ポ ンジュと現代美術 まれぬ表現の欲苅

02″

ビ ル ′初 雨οn,195Dと して出版する決心をさせたのが、 この時期、詩人と交流を始めた現代画家たちの仕事であつた。中でも詩人とほぼ同 年代であるフォー トリエやジャコメッティからは多 くを得たように思われる。ポン ジュは彼 らのうちに制作者のモラルだけでな く、時代の共同意識のようなものも同 時に見ていたのではないか と思われる。それは、この同年代の画家論で取土げられ ている問題が、プラック論においてのそれと比べるとよ り深刻であることが物語つ ている。すなわち、プラック論では、詩人よりも年長の偉大な先達 として、20世紀 初頭の芸術状況の中でこのキユビスムの画家が及ぼ した影響を第二者的なまなざ しで評価 しているのに対 し、ジャコメッティ論では、第二次大戦後の「危機の時代」 を同日寺に生 きる芸術家 として、虚無や不条理など実存主義に近いテーマがとりあげ られているか らだ。次回の考察では、ジャコメッティ論を取上げ、詩人がこの同年 代の画家が仕事をいかに評価 し、そこか らどんな影響を受けたのか、さらには、戦 後の芸術状況の中で彼 らの仕事が どのように位置付けられるのかを考察 していき たい。

(13)

フランシス・ポンジユと現代美術 協 .々

d塊

解 籍 '遅 Ψ 難 世 義 」搬 るが、阿部良雄 (『ポ ンジュ 人・語・物』)、 筑摩書房、

1974年

:『フランシス・ ポ ンジュ詢 小沢書店、1996年

)の

訳業 か ら多 くを学んだ。 注 :

(1)ポ

ンジュ詩学の根本命題 については、この詩人自身の説明 よ り先にサル トル が有名 なポ ンジュ論「 人 と物」の中で次の ように説明 している。「 言葉 をそ れ までの陳腐 な用法か ら引 き離 し、我々の視線 を新 たな対象 に向け、物の厚 みが持つ無限の富を、言葉の意味の持つ無限の富によって表現 しなけ らばな らない。では、 この新 しい対象 とは何か

?ポ

ンジュの詩集の題名がその説 明 とな る。物は実在 す る。それを運命 として受け入れ (mpmdre sOn palti)、

物 に味方CPmdreleurpalti)す べ きである。そ して、我々は物について断固 と

してrdepalti‐pris)語 りだすべ く、あ ま りに人間的な性格 を持つ言辞 を放棄す

るであろう。物 すなわち非人間的なものについて語 りだすために。」

Jean‐

Paul飩

こ hOnme et les(力 αtts》 in Slir"α″ο

"」,P劉 町 1948.pp.264‐245。 (2)Henri MidhttШ、

"島

ε “ rliJ明に,ノ9イ併ノ9イイ,Parit Q山田二 1946,p.108

(3)Zbり

θ4 ευJ ra′ α,″響ィθ in ZИた″ `″ αИた甲 ″″, Ptts G州 ヒ田直L 1977.

(4)繋

ζ ジ蟹急 ソレルス との対談の中で、『 物の味方』 に収め られた最初期 の作 品について、「爆弾形式 」の作 品 と呼び、その爆弾を次のように定義 してい る。[¨.]une bOmbe qucje vonis p呵 題鴨d磁4‐dire quelTe chose de bmucoup plus dtt de beaucoup pl曖 疏 ,de bmucoup plus emmoe,une foisヴ on amlt

mis cn adion(Frawis PongG涯 ■」」ppe Soucls,D″τ″

“s ab島4g`αttθ Pttfノ″

Sbllatt Parit ChttinaKySaliL 1970。 pp。77‐78.

(5)C,pp.1)20。

(6)」ilbJild,pp。 17‐18.

(7)「

これ らの作 品がただの下書 きで しかないなんて、 もうそれほ ど確信 してい るわけ じゃない。確かなのは、僕はもう散文詩の形式 には満足 していない こと、 これ以外の (内面的で、叙事的な

?)形

式に向か つていることだ。 そ して、 も しか した ら、 これ らの作 品がその形式への道筋 を示 して くれる

こ とだ 。」Jcan Pauhn d FIa― Ponge,Cレπψ

9d解

1923‐

1968Jht

2 vol.1988.LI,p.301.

参照

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