Title
琉球王府の甘蔗作付制限についての考察
Author(s)
金城, 功
Citation
史料編集室紀要(19): 36-54
Issue Date
1994-03-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/7485
Rights
沖縄県立図書館史料編集室
金
城
功
琉
球
王
府
の
甘
庶
作
付
制
限
に
つ
い
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の
考
察
は
じ
め
に
明 治 二 一 年 ( 一 八 八 八 ) に 沖 縄 県 は 県 令 第 五 四 号 で 、 「 こ れ ま で 甘 煮 作 付 を 制 限 し て い た が 今 後 は そ の 制 限 を 解 く 」 こ と を 公 布 し て お り ' か つ て 作 付 制 限 が あ っ た こ と を 示 し て い る 。 作 付 制 限 に つ い て た ど っ て い く と ' 元 禄 l〇
年 ( l 六 九 七 ) の 令 達 に い き つ く こ と に な る 。 ﹃沖 縄 県 糖 業 論 ﹄ を 著 し た 仲 書 朝 助 は ' 元 禄 10
年 の 令 達 を ' 百 姓 に 対 す る 甘 煮 作 付 制 限 と み て 王 府 の 百 姓 に 対 す る 甘 煮 作 付 制 限 を 元 禄 10
年 と し た 。 そ の 後 糖 業 に 関 す る 歴 史 研 究 に か か わ っ た 人 た ち は 、 作 付 の 制 限 を 元 禄 一〇
年 の 令 達 に 根 拠 を 求 め て き た が ' 仲 原 善 忠 は 元 禄 10
年 の 令 達 は ' 直 接 百 姓 に 対 す る も の で は な く 地 頭 衆 の 甘 煮 作 付 を 制 限 す る 令 達 だ と し て い る 。 こ れ ま で 主 に 沖 縄 近 代 の 糖 業 の 歴 史 に つ い て 勉 強 し て き た が ' 近 世 の 糖 業 史 に つ い て は ' 深 -考 察 し て こ な か っ た 私 は ' 近 代 の 糖 業 に つ い て 記 述 す る に あ た り ' 仲 吉 朝 助 ' 安 次 富 松 蔵 等 の 研 究 成 果 を ふ ま え ' 元 禄 一〇
年 の 令 達 を 百 姓 に 対 す る 制 限 だ と 理 解 し て き た 。 が ' 改 め て 近 世 の 糖 業 を 勉 強 す る と 、 「法 式 」 (元 禄 一〇
年 ) の 中 の 砂 糖 の 制 限 は , 百 姓 36頭 高 に 応 じ て と 記 さ れ て は い る が ' 「法 式 」 全 体 の 中 で み た 場 合 ' 個 々 の 百 姓 へ の 制 限 で は な く 地 頭 衆 に 対 す る 制 限 だ と ' 理 解 し た 方 が よ い と 考 え て い る 。 令 達 は ' 百 姓 1 人 に 付 砂 糖 は 四 斤 六
〇
日 に 制 限 す る と し て い る 。 四 斤 六〇
日 の 砂 糖 を 生 産 す る 甘 庶 の 作 付 面 積 は と な る と ' せ い ぜ い 五 坪 前 後 の 畑 で あ る 。 五 坪 前 後 の 畑 に 甘 庶 を 栽 培 L t 製 糖 す る と な る と ' 百 姓 は ど の よ う な 方 法 を と っ た の だ ろ う か 。 技 術 的 な 面 か ら み て も 百 姓 一 人 当 り 四 斤 六〇
日 の 砂 糖 の 制 限 と い う の は ' 検 討 の 必 要 が あ る と 思 っ て い る 。 小 論 で は ' 先 学 の 研 究 成 果 を 整 理 し 、 甘 庶 作 付 制 限 が ど の よ う に な さ れ た の か ' 考 え て み た い 。 地 域 に つ い て の 規 制 も あ っ た こ と は ' そ の 時 々 の 令 達 や 置 県 後 の 「達 」 を み る と ' 理 解 で き る が ' い つ の 頃 か ら 規 制 が な さ れ た の か ' 甘 煮 と 欝 金 の 栽 培 が ど の よ う に 区 分 け さ れ て い た の か ' 今 1 つ は っ き り し な い 状 況 に あ る 。 こ れ ま で の 諸 先 学 の 成 果 を 整 理 す る と 共 に ' 問 題 の 所 在 を 指 摘 す る こ と に よ っ て 、 今 後 の 糖 業 研 究 の 一 ス テ ッ プ に し た い と 思 い こ の 小 論 を 研 究 余 滴 と し て ま と め て み る こ と に し た 。 ま た 、 琉 球 王 府 の 甘 煮 作 付 制 限 に つ い て の 私 の こ れ ま で の 考 え 方 ' 理 解 の 足 り な さ に つ い て も 訂 正 L t 補 足 す る こ と を も 心 が け た い と 思 っ て い る 。 先 学 の 研 究 成 果 を ま と め る 中 で ' 同 じ 史 料 を そ の 都 度 掲 載 す る こ と に よ っ て わ ず ら わ し さ が 増 え る と 思 っ て い る が ' ご 寛 恕 を こ う 次 第 で あ る 。 3 7先
学
の
研
究
成
果
仲 原 善 忠 は ' 甘 煮 作 付 制 限 に つ い て の 問 題 の 発 端 は 仲 書 朝 助 の ﹃沖 縄 糖 業 論 ﹄ で あ る と 述 べ て い る (﹃ 仲 原 善 忠 選 集 ﹄j 上 巻 四 二 五 ペ ー ジ ) 。 甘 煮 作 付 制 限 の こ と を 論 ず る に は ' 先 ず 仲 吉 朝 助 の 研 究 を み な け れ ば な ら な い こ と に な る 。仲 書 朝 助 は ' ﹃沖 縄 県 糖 業 論 ﹄ (明 治 四
〇
年 ) の 中 で ' 甘 煮 の 作 付 制 限 に つ い て ' 「 甘 煮 栽 培 反 別 ノ 制 限 」 の 項 を 設 け ' 次 の よ う に 述 べ て い る 。 糖 業 ノ 気 運 此 ノ 如 ク 開 進 セ ル ヲ 以 テ 蕉 作 ノ 拡 張 ハ 従 来 二 比 シ テ 猶 ホ 一 層 ノ 速 度 ヲ 加 へ 農 界 ハ 殆 卜 甘 煮 ヲ 以 テ 唯 1 ノ 有 利 作 物 ト ナ シ 遂 二 食 料 作 物 ノ 栽 培 反 別 漸 次 縮 小 セ ン ト ス ル ノ 形 勢 ナ リ シ 然 ル ニ 元 来 琉 球 ハ 絶 海 ノ 孤 島 ニ シ テ 当 時 交 通 甚 夕 少 ナ ク 1 旦 飢 経 二 遭 遇 セ ハ 殆 卜 救 フ へ カ ラ サ ル ノ 惨 状 ヲ 来 タ ス ノ 虞 ア ル ヲ 以 テ 元 禄 六 年 十 1 月 二 至 り 各 地 ノ 納 糖 額 卜 其 人 ロ ト ヲ 参 酌 シ テ 蕉 作 反 別 ヲ 左 ノ 如 ク 一 定 セ -(史 -) 砂 糖 欝 金 百 姓 頭 高 二 応 ジ 被 作 立 侯 砂 糖 ハ 百 姓 一 人 二 四 斤 六 十 日 欝 金 ハ 二 斤 三 十 日 ツ 、 惣 地 頭 ' 脇 地 頭 ' 自 分 喫 々 村 々 へ 此 員 数 タ ル へ シ 惣 地 頭 間 切 中 へ ハ 右 之 半 分 タ ル へ ク 候 尤 頭 高 之 外 御 免 之 方 ハ 別 条 タ ル へ キ コ ト (中 頭 法 式 帳 ) ( 八∼
九 ペ ー ジ ) 38 仲 吉 朝 助 は ' 元 撃 ハ 年 に 各 地 の 納 糖 額 と そ の 人 口 と を 参 酌 し て 蕉 作 反 別 を 1 定 に し た と し て ' 「 中 頭 法 式 帳 」 か ら 抜 き 出 し た 前 掲 史 料 (史 1 ) を 根 拠 に し て ' 甘 煮 作 付 面 積 を 一 定 に 制 限 し た t と 理 解 し て い る 。 元 撃 ハ 年 に 何 ら か の 制 限 を お こ な っ た t と い う こ と な の か ' あ る い は 制 限 条 項 が 含 ま れ て い る 「中 頭 法 式 帳 」 が 元 禄 六 年 に 令 達 さ れ た と い う こ と な の か ' 元 禄 六 年 の 出 所 は 今 の と こ ろ 不 明 で あ る 。 謝 花 昇 は ﹃沖 縄 糖 業 論 ﹄ (明 治 二 九 年 ) の 中 で 甘 煮 敷 地 の 制 限 に つ い て 次 の よ う に の べ て い る 。 糖 業 は 慶 長 元 和 寛 文 の 間 に 濫 腸 し 爾 来 逐 年 拡 張 せ る か 如 し 万 延 元 申 年 正 月 (今 を 去 る 三 十 七 年 前 ) 砂 糖 座 移 多 に し て 声 価 を 落 す を 以 て 甘 煮 敷 地 を 制 減 せ り (三 ペ ー ジ )右 の 記 述 だ け で は 甘 煮 敷 地 の 制 限 が ど の よ う に な さ れ た か 知 る こ と は で き な い が 、 万 延 元 年 ( 一 八 六
〇
)
に 何 等 か の 制 限 が な さ れ た こ と を 重 -み て い る よ う な 気 が す る 。 安 次 富 松 蔵 は ' 大 正 期 沖 縄 県 庁 の 県 史 編 纂 室 勤 務 の 時 に 、 ﹃ 旧 琉 球 藩 二 於 ケ ル 糖 業 政 策 ﹄ を 著 し ' そ の 中 で 甘 煮 作 付 制 限 に つ い て 次 の よ う に 記 述 し て い る 。 旧 琉 球 藩 ニ テ 何 レ ノ 時 代 ヨ -之 ヲ 制 限 セ シ ヤ ー 云 フ ニ 旧 琉 球 藩 旧 慣 書 類 中 頭 法 式 (田 舎 法 式 ) ニ 拠 レ バ 康 照 三 十 六 年 ( 1 六 九 七 尚 貞 王 二 十 九 ) ヨ -砂 糖 ノ 一 人 当 製 造 ヲ 確 定 セ シ 事 次 ノ 書 類 ニ テ 知 ル ヲ 得 則 チ ﹃中 頭 法 式 帳 ﹄ ニ ( 史 2 ) ママ ﹃ 砂 糖 欝 金 百 姓 応 頭 高 二 応 ジ 被 作 立 侯 砂 糖 ハ 百 姓 一 人 二 四 斤 六 十 日 欝 金 ハ 弐 斤 三 十 日 ツ 、 惣 地 頭 脇 地 頭 自 分 唆 村 村 江 可 為 此 員 数 惣 地 頭 間 切 中 二 老 右 ノ 可 為 半 分 侯 尤 頭 高 ノ 外 御 免 ノ 方 へ 可 為 別 条 事 ﹄ 右 ノ 記 録 以 前 ニ モ 類 似 規 定 ア -シ ャ ヲ 知 ル ニ 由 ナ ケ レ ト モ 予 ノ 知 レ ル 範 囲 内 ニ チ ハ 旧 藩 ニ テ 甘 庶 作 二 制 限 ヲ ナ セ ル 右 記 事 ヲ 以 テ 最 モ 古 キ モ ノ ト ス 則 チ 元 禄 十 年 ( 一 六 九 七 ) 十 1 月 十 日 ノ 記 事 ニ ハ ・・ ・︰ -・ (略 ) ( 史 3 ) 諸 地 頭 衆 荻 欝 金 作 立 候 畠 ノ 儀 地 頭 所 ノ 畠 1二 ア ロ ロ ロ ノ 儀 致 熟 談 請 合 ノ 上 百 姓 地 へ 茂 可 差 付 ノ 処 百 姓 費 障 相 構 作 毛 ノ 畠 不 □ 奪 取 荻 欝 金 植 付 侯 故 百 姓 中 月 次 ノ 飯 米 考 二 相 達 仕 致 迷 惑 由 候 間 以 来 右 鉢 ノ 仕 方 致 禁 止 通 康 照 三 十 一 申 年 ( 1 六 九 T・[ 二 ) 元 禄 五 年 申 渡 置 候 弥 以 右 通 被 相 心 得 得 君 達 ノ 方 於 有 之 者 早 速 可 致 披 露 事 (中 頭 法 式 ニ ヨ ル ) (中 略) 右 書 燥 ハ 康 照 三 十 1 年 則 チ 元 禄 五 年 (西 暦 1 六 九 二 年 ) ナ ル ヲ 以 テ 今 ヲ 去 ル 二 百 二 十 二 年 前 ナ -今 該 書 ヲ 見 ル ニ ﹃ 諸 (頭 脱 か ) 地 衆 荻 欝 金 作 立 侯 畠 ノ 儀 地 頭 所 ノ 畠 二 而 出 ﹄ ト 記 事 ア リ 考 フ レ バ 当 時 ノ 甘 煮 作 付 ヲ 全 部 二 地 頭 所 ノ 畠 ニ テ 作 立 ヲ 原 則 ト セ シ ケ レ ド モ 之 レ 単 二 地 頭 ノ 私 作 ノ 場 合 ヲ 規 定 セ ル モ ノ ニ テ 農 民 ノ 負 担 糖 迄 モ 地 頭 所 二 作 毛 ス ル -ノ 意 ニ ア ラ ザ ラン 則 チ 地 頭 ハ 私 作 ノ 甘 煮 ヲ 農 民 共 有 ノ 百 姓 地 二 及 ブ 可 カ ラ ズ ー ノ 命 令 ナ -解 ス ル ヲ 至 当 卜 信 ズ 殊 二 古 来 甘 煮 作 ハ 地 味 上 位 ニ ア ル 畑 (作 付 ハ 畑 ノ 、、、 ニ 作 レ -) ヲ 使 用 セ ラ レ 以 テ 之 ヲ モ 浸 入 セ ラ レ シ 農 民 二 苦 ヲ 大 ナ ラ シ ム ル ヲ 恐 レ テ カ ク モ 規 定 セ シ ナ ラ ン ( 帖 ﹃ 旧 琉 球 藩 二 於 ケ ル 糖 業 政 策 ﹄ ハ 昭 和 五 1 年 刊 ' 七 七
∼
七 九 ペ ー ジ ) 安 次 富 松 蔵 は 、 元 禄 五 年 に ( 史 3 ) が 令 達 さ れ た の を と り あ げ ' 地 頭 が 私 作 の 甘 煮 を 百 姓 地 に ま で 値 付 け て い る の を 禁 止 す る と い う も の で あ り ' 百 姓 に 対 す る 制 限 で は な い と し て い る 。 が ' 前 掲 ( 史 2 ) の 元 禄 一〇
年 の 令 達 に つ い て は ' 「 甘 煮 作 付 反 別 制 限 ノ 起 源 ハ 如 斯 元 禄 十 年 十 月 十 日 ノ 藩 令 ナ -」 と 明 記 し て い る の で ' 仲 吾 朝 助 と 同 じ よ う に 百 姓 へ の 甘 煮 作 付 制 限 は 元 禄 10
年 の 前 掲 へ史I
V ・ ( 史 2 ) の 令 達 に あ る t と 理 解 し て い た こ と に な る 。 し か し ' ま た 安 次 富 は 前 掲 書 の 中 で 田 地 方 の こ と に ふ れ て い る 。 田 地 方 は 明 和 三 年 ( 1 七 六 六 ) に 高 所 か ら 分 離 し た 役 所 で 、 そ の 主 管 事 務 は 農 務 に 関 す る こ と だ と 述 べ て い る 。 田 地 方 に も 他 の 役 所 と 同 じ く ' 規 模 帳 な る も の を 備 え て 農 務 関 係 の 事 務 を 処 理 し た 、 と 説 明 し て い る . そ の 田 地 規 模 帳 に は 砂 糖 に 関 す る の は ' 一 項 の み が あ る と か い て い る 。 安 次 富 は ' 規 模 帳 の 中 の 砂 糖 に 関 す る 1 項 を か か げ た 上 で 、 次 の よ う に 甘 庶 の 作 付 反 別 制 限 に つ い て 説 明 し て い る 。 (右 か ) 該 規 模 帳 ニ ハ 砂 糖 二 関 シ テ ハ 存 之 一 項 ノ -ナ レ ド モ 尚 ソ ノ 他 二 重 要 ナ ル 職 務 則 チ 康 照 三 十 六 年 十 一 月 以 降 甘 煮 作 秤 反 別 制 限 ヲ ナ シ テ 農 民 ノ 随 意 二 砂 糖 ヲ 製 造 ス ル コ -ヲ 禁 止 シ 若 シ コ レ ヲ 犯 ス モ ノ ア ル -キ ハ 田 地 奉 行 ヲ シ テ 厳 密 二 取 締 ヲ ナ サ シ メ タ -則 チ 田 地 奉 行 ヲ シ テ 春 秋 二 回 産 糖 間 切 ノ 農 園 ヲ 追 検 セ シ 若 シ 制 限 以 外 ノ 甘 煮 作 付 反 別 ヲ ナ セ ル 其 ノ (伐 か ) 疑 ア ル ト キ 二 々 実 地 測 量 ヲ ナ シ 制 限 外 ノ 反 別 ナ ル 時 ハ 制 限 外 ノ 作 付 反 別 ハ 甘 庶 ヲ 代 収 シ テ 飽 ク マ デ 甘 煮 作 付 反 別 制 法 ヲ 励 行 セ -0 (四 七 ペ ー ジ )仲 原 は 糖業 に つ い て 考 え る 中 で ' この 記 述 に つ い て ふ れ ' こ れ こ そ が作 付 反 別 の 制 限 で あ る が ' 決定 的 な 証 拠 は な い が、 元 禄 1
0
年 に 作 付 反別 の 制 限が なさ れ た で あ ろ う t と の 見当が つ い た t と の べ て い る (﹃ 仲原善 忠 選 集﹄ 上 巻 三〇
一 ペ ー ジ )0 安 次 富 は 百姓 に 対す る 作付 反 別 制 限 に つ い て ' 「法式 」 と は 別 の 史 料 と 思 わ れ る 史 料 を つ か っ て 記 述 し な が ら '先 に も ふ れ た よ う に 甘 煮 作 付制 限 の 根 拠 を元 禄 一〇
年 に 令達 され た 「 法 式 」 の 条項 に 求 め て い る 。 何 故 そ う した の か と い う 疑 問 が わ い て 来 る 。 県 境名安 興 は '伊波 普猷 と の 共 著 ﹃琉 球 之 五 偉 人 ﹄ の 中 で 製 糖 の 制 限 に つ い て 次 の よ う に 記 し て い る 。 琉 球 政 庁 に 於 て は 元 禄 十年 十 1 月 に '諸 間切法式帳 な る も の を 発布 し て 、 砂 糖 の 製造 高 を 制 限 し 或 特 例 を 除 -の 外 は ' 各 間 切 の 人 口 に 依 っ て ' 百 姓 壱 人 に 付 い て 一 ヶ 年 に 四 斤六 拾 目 宛 に 制 限 せ ら れ た の で あ る ' 其耕 作 地 域 は 島 尻 本島 の 十 五 ケ 間切' 中 頭 十 一 ケ 間切' 国 頭 三 ケ 間切 (金 武 本 部 今 帰 仁 ) 及 伊 江 島 に 限定 せ ら れ た の で あ る (旧 三 司 官 応 答 書 類 に 依 る ) (三 二 1 -三 l 三 ペ ー ジ ) 県 境 名 は ' 元 禄 一〇
年 に 百 姓 一 人あ たりの 年 間 製 糖高 を 制 限した と 記 し て い る が 、 地頭衆 へ の 制 限 に つい て は ふ れ て い な い 。 利 用 した 史 料 は 「 旧三 司 官 応 答 書 類」 で あ り ' 他 の 研 究 者が 利 用 した 「法 式 」 (中 頭 法 式 ・ 田 舎 法式) で はな い が ' 百 姓 に 対す る 製 糖高 の 制 限 そ の も のの 根拠 は ' 元 禄 10
年 発布 の 「 諸 間切 法式 帳」 に 求 めて い る .虞 境名 の あ げ た 「 諸 間切法式帳」 な る も の が' 前記 の 「法式 」 と同 じ も の と ' 思 っ て い る が' 欝金 のこ とと 地 頭衆 へ の 制 限 に つい て の こ と が ふ れ ら れ て な いの で ' 「 旧三司 官 応答書類」 の 中 に 「法式 」 と は 別 の も の が あ っ た の か なとも 思 わ れ る 。 県 境 名 は 、 製 糖 地 域 (甘 煮 作 付 地 域) の 制 限 に つ い ても 明 記し て い る 。県 境 名 の 論述 か ら す る と' 「諸 間切 法式帳」仰・ . . i .. の 中 に 記 さ れ て い る よ う な 感 を う け て い る が ' 仲 吾 ' 安 次 富 、 仲 原 は 「法 式 」 を 使 い な が ら ' 直 接 的 に は 地 域 の こ と に ふ れ て い な い こ と を 考 え る と ' 県 境 名 の 利 用 し た 「 旧 三 司 官 応 答 書 類 」 に 綴 ら れ て い た で あ ろ う と 思 わ れ る 「諸 間 切 法 式 帳 」 に つ い て の 疑 問 が わ い て 来 る 。 耕 作 地 域 を 制 限 し た の も ' 県 境 名 の 論 述 か ら し て 元 禄 一
〇
年 頃 だ と 思 わ れ る が ' そ れ を 証 明 す る 史 料 が な い と い う の が 現 状 で あ る 。 樋 口 弘 は ' ﹃ 日 本 糖 業 史 ﹄ の 車 で 「甘 煮 作 付 反 別 ノ 制 限 」 の 項 を 設 け ' 甘 煮 の 作 付 制 限 に つ い て ふ れ て い る 。 即 ち ' 元 和 九 年 の 製 糖 始 ま り か ら ' 七 四 年 を 経 た 元 禄 10
年 10
月 10
日 に は ' 甘 煮 の 作 付 反 別 の 制 限 令 が 出 さ れ た t と 説 明 し て い る 。 ( 史 4 V l 砂 糖 植 付 全 百 姓 応 頭 高 被 作 立 候 ' 砂 糖 ハ 百 姓 一 人 二 四 斤 六 十 匁 ' 欝 金 ハ 二 斤 一二 十 匁 ヅ 、 惣 地 頭 脇 地 頭 優 々 村 々 へ 可 42 77 三 f 為 、 此 品 数 惣 地 頭 間 切 へ 者 右 ノ 可 為 半 分 ヲ 尤 頭 高 ハ 外 御 免 ノ 方 へ 可 為 別 条 事 (﹃ 中 頭 法 式 帳 ﹄ ) こ の 制 限 令 は 各 間 切 の 納 税 額 と ' 人 口 と を 参 酌 し て 判 定 し た も の で あ る 。 当 時 の 制 定 さ れ た 反 別 は 百 姓 1 人 に つ き ' 四 斤 六 十 匁 香 で ' 千 五 百 町 歩 内 外 と さ れ て い る 。 (六 三 ペ ー ジ ) 樋 口 は ' 「中 頭 法 式 帳 」 に あ る 甘 庶 作 付 制 限 の 条 項 を 、 地 頭 へ の 制 限 だ け で な -百 姓 に 対 す る 制 限 と み て い る 。 樋 口 が 利 用 し た (史4
) の 「中 頭 法 式 帳 」 か ら の 制 限 条 項 は 「 砂 糖 植 付 全 百 姓 応 頭 高 」 (傍 ・ は 引 用 者 が 付 す ) と な っ て い る 。 (史 I V ・ (史2
) の 条 項 と 同 じ も の だ と 思 わ れ る が ' 引 用 す る 際 に ' 「全 百 姓 」 と L t 百 姓 一 般 に 対 す る 制 限 と み て 論 を 展 開 し て い る 。 仲 原 善 忠 は ' 「「 砂 糖 の 来 歴 」 補 遺 」 (﹃ 仲 原 善 忠 選 集 ﹄ 上 巻 ) で ' 仲 書 朝 助 ' 安 次 富 松 蔵 ' 樋 口 弘 の 利 用 し た 前 掲( 史 I V (史
3
) ( 史4
) の 令 達 を も と に し 、 甘 煮 作 付 の 制 限 に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る 0 右 の 文 書 は 惣 地 頭 お よ び 脇 地 頭 が 自 分 の あ つ か っ て い る 間 切 (現 在 の 村 ) ま た は 村 (現 在 の 区 ) で 農 民 を 使 い 砂 糖 を 製 造 し ま た は ウ コ ン を 栽 培 す る 時 の 制 限 で 人 民 の 作 付 反 別 制 限 で は な い こ と は 明 白 で あ る 。 (﹃ 仲 原 善 忠 選 集 ﹄ 上 巻 四 二 五 ペ ー ジ ) 仲 原 は 「中 頭 法 式 帳 」 に あ る 百 姓 1 人 当 砂 糖 四 斤 六〇
日 云 々 と あ る 制 限 は ' 地 頭 衆 に 対 し て の 制 限 で あ る 、 と 結 論 を 下 し て い る 。 他 方 ' 一 般 の 作 付 制 限 が ど の よ う に な さ れ た か と い う こ と に つ い て ' 仲 原 は 次 の よ う に 記 述 し て い る 。 統 制 を 強 化 し た の は 嘉 永 元 年 ( 1 八 四 八 ) 以 降 で し か も ' そ の 期 間 も 案 外 短 か -' 実 質 的 に は 明 治 二 一年 ( 1 八 七 九 ) 迄 の 三 一 年 間 で あ っ た 。 統 制 を 強 化 し た と は い え ' そ れ は 「坪 例 」 を 媒 介 と し て 間 接 に 反 別 を 操 作 し た に す ぎ な か っ た 。 (﹃ 仲 原 善 忠 選 集 ﹄ 上 巻 四 三 三 ペ ー ジ ) み て き た よ う に 仲 原 善 忠 は ' 元 禄 一〇
年 の 製 糖 高 に つ い て の 制 限 は 百 姓 へ の そ れ で は な -地 頭 衆 に 対 す る 制 限 で あ っ た t と 結 論 づ け て い る 。 百 姓 へ の 制 限 は な か っ た か と い う と ' そ う で は な -「坪 例 」 な る も の を 設 け ' 例 の 上 げ 下 げ に よ っ て 砂 糖 の 製 造 量 を コ ン ト ロ ー ル し た t と 説 明 し て い る 。 仲 原 善 忠 は ' 作 付 反 別 の 制 限 で は な -統 制 と と ら え ' そ の 時 々 の 王 府 の お か れ た 財 政 上 の 状 況 に 応 じ て 統 制 に 緩 急 があ っ た と し 、 ま た ' 耕 地 の 地 味 等 に よ っ て 「 坪 例 」 が こ と な っ た と の べ て い る 。 具 志 頭 間 切 に 関 す る 史 料 を も と に し て 、 間 切 平 均 百 姓 一 人 当 り 三 五 斤 を 負 担 し て い た 、 と 説 明 し て い る 。 そ の こ と か ら し て も ' 元 禄 一
〇
年 の 令 達 に あ る 百 姓 1 人 当 り 四 斤 六〇
日
は 百 姓 へ の 制 限 で は な い と 述 べ て い る 。 い つ の 時 点 で ど の よ う な 方 法 で ' 作 付 け の 制 限 を し た か に つ い て は ' こ れ ま で 明 確 に さ れ て い な い と い っ た こ と に な る 。 従 来 元 禄 一〇
年 に 出 さ れ た 「法 式 」 (中 頭 法 式 ・ 田 舎 法 式 ) に あ る 「 一 人 当 り 四 斤 六〇
日 云 々 」 を 百 姓 に 対 す る 制 限 と し て 理 解 し て き た た め に 、 甘 煮 の 作 付 制 限 に つ い て の 考 察 は 進 展 し な か っ た t と 思 っ て い る 。 仲 原 善 忠 は ' 元 禄 10
年 の 令 達 は 百 姓 へ の 制 限 で な い と 理 解 し た た め ' 作 付 制 限 に つ い て は 彼 以 前 の 研 究 者 と は 違 っ た 見 解 を 示 し て い る 。 仲 原 は ' 百 姓 へ の 制 限 を 制 限 と し て で は な -統 制 だ と の べ ' そ の 統 制 が 強 化 さ れ た の は 嘉 永 元 年 ( 一 八 四 八 ) 以 降 だ と 論 を 展 開 し て い る 。 仲 原 善 忠 が 作 付 の 統 制 強 化 を 嘉 永 元 年 以 降 だ と 結 論 を 出 し た 根 拠 に な っ た 史 料 は 、 次 の 令 達 だ と 思 わ れ る 。 ( 史 5 ) 近 年 焼 過 砂 糖 多 御 払 直 成 相 下 り 及 二 御 不 勝 手 に 1候 間 、 例 相 宜 敷 地 減 少 方 吟 味 を 以 可 二 中 上 ︼旨 被 二仰 渡 tl 役 人 中 へ も 吟 . . . (例 脱 か ) . 〇 . 味 さ せ 私 共 申 談 侯 処 ' 諸 間 切 井 伊 江 島 砂 糖 之 儀 ' 去 亥 年 御 相 用 侯 所 も 有 レ之 、 又 は 去 申 年 御 例 被 二 仰 付 置 譲 処 も 有 レ之 候 処 ' 亥 年 御 例 之 * ' 申 年 御 例 よ り 格 別 相 減 候 に 付 、 表 亥 年 御 例 に 36 .1仰 付 頑 地 相 細 め 侯 は ゞ ' 白 か ら 焼 過 砂 糖 出 来 少 御 払 直 成 相 進 吾 中 と 奉 レ 存 侯 、 尤 共 通 被 二 仰 付 寺 候 は ゞ ' 依 レ 年 上 納 高 筈 合 兼 供 儀 も 可 レ 有 レ之 ' 御 国 元 上 納 よ り 相 成 候 砂 糖 之 儀 ' 間 切 間 切 多 少 又 は 1 切 差 付 無 レ 之 所 も 有 レ之 ' 親 疎 相 見 得 申 候 間 ' 右 砂 糖 七 十 五 万 斤 之 分 は 、 以 前 の 通 表 差 付 被 11仰 付 一俵 は ゞ ' 夫 丈 補 助 相 成 ' 砂 糖 上 納 弁 達 方 之 支 相 成 間 数 と 存 申 侯 、 且 又 諸 間 切 荻 敷 之 儀 ' 去 申 年 惣 竿 入 # 11仰 付 J侯 処 ' 年 数 相 過 侯 に 付 て は 若 や 抜 数 等 可 レ有 レ 之 も 難 レ計 念 遣 存 申 侯 間 ' 此 節 竿 札 被 二 仰 付 一度 奉 レ存 候 ' 此 段 中 上 侯 ' 以 上 。 (註 ・ 荻 は 甘 煮 也 ) (引 用 者 注 -右 史 料 中 ・ 点 の 「格 別 相 滅 候 」 は 相 減 じ で は な -「増 」 で あ る ) 44`恥L ・ ■ ・ -・ 申 正 月 田 地 奉 行 湧 川 里 之 子 親 雲 上 武 富 里 之 子 親 雲 上 員 志 喜 親 雲 上 右 之 通 相 済 候 間 ' 委 曲 得 二其 意 、! 砂 糖 焼 出 方 之 儀 ' 兼 て 日 賦 差 出 置 候 通 相 仕 舞 ' 左 侯 て 荻 差 替 之 所 は 吃 と 差 急 ' 新 古 毎 度 役 〝 手 配 を 以 致 二 竿 入 一 坪 付 土 手 付 番 付 原 名 付 等 に て ' 帳 面 三 通 宛 相 総 ' 来 月 十 日 限 首 尾 可 二 申 出 頂 少 も 油 断 被 レ 致 間 数 侯 ' 以 上 。 申 正 月 二 十 六 日 三 手 奉 行 中 頭 島 尻 万 金 武 本 部 今 帰 仁 伊 江 島 下 地 役 地 頭 代 惣 耕 作 当 4 5 (朱 書 ) 本 文 遂 二 披 露 一侯 処 ' 都 て 各 吟 味 の 通 華 仰 付 頂 粂 t l 統 亥 年 坪 例 之 通 例 上 げ 有 レ 之 候 様 ' 左 候 て 先 年 御 国 元 へ 上 納 砂 糖 七 十 五 万 斤 ' 荻 敷 持 不 足 の 間 切 2 ' 申 出 次 第 差 付 御 免 腰 1仰 付 一候 ' 尤 荻 敷 惣 竿 入 之 儀 ' 最 早 程 過 候 に 付 ' 抜 敷 β 有 レ之 や ' 弥 此 節 1 替 干 乳 を 以 首 尾 可 レ被 .頂 出 頂 ' 以 上 。 申 正 月 (万 延 元 年 庚 申 ) 官 里 親 雲 上 演 比 嘉 親 方
(威 豊 十 申 年 正 月 公 義 よ り 仰 渡 日 記 書 抜 ) ( 史 料 の 。 点 ' ・ 点 は 引 用 者 が 付 す ) (﹃ 近 世 地 方 経 済 史 料 ﹄ 第 九 巻 四 二 ペ ー ジ ) 威 豊 一
〇
年 は 一 八 六〇
年 で 申 年 故 ' 右 史 料 中 o 点 を 付 し た 「去 申 年 」 「 去 亥 年 」 と は ' 「 嘉 永 元 年 -1 八 四 八 年 」 と 「嘉 永 四 年 = 一 八 享 年 」 と 比 定 し た . 依 っ て 仲 原 善 忠 が 甘 煮 作 付 制 限 の 強 化 を ' 嘉 奉 冗 年 ( 一 八 四 八 ) と し た の は , 「坪 例 」 が 1 八 四 八 年 に 示 さ れ た と い う こ と を 取 り 上 げ て の こ と で あ る 。 「坪 例 」 が 嘉 永 元 年 以 前 に は な か っ た の か と い う こ と に つ 小 て は ' 今 の と こ ろ な ん と も い え な い が ' 「 坪 例 」 の 上 げ ' 下 げ に よ っ て 作 付 面 積 を コ ン -ロ -ル し た と ' 仲 原 ほ 述 べ て い る 。 甘 庶 作 付 の 地 域 の 制 限 に つ い て は , 前 に 記 し た よ う に -名 安 興 は 嘉 一〇
年 に な さ れ た と し て い る が , 他 の 研 究 者 46一 は 簡 単 に ふ れ て い る だ け で あ る 。 l 即 ち ' 耕 地 面 積 が 狭 い 上 に 田 が 多 い 地 域 に は 砂 糖 の 生 産 を 禁 じ た 。 ま た 、 宮 古 、 八 重 山 に は 砂 糖 以 外 に 特 産 も あ る の で ' そ の よ う な 地 域 に は 納 糖 の 制 を し か な か っ た t と 説 明 し て い る 。 こ の 説 明 か ら だ け で は , 甘 煮 作 付 の 地 域 別 制 限 を 元 禄 一〇
年 と 特 定 で き な い こ と に な る 。 (史5
) と し て 掲 載 し た 記 録 の 中 に ' 砂 糖 焼 出 し ' 荻 の 差 し か え に つ い て の 令 達 の 宛 先 が 「中 頭 島 尻 金 武 本 部 今 帰 仁 伊 江 島 」 と な っ て お り ' そ の 地 域 が 砂 糖 の 生 産 地 域 で あ っ た と い う こ と に な る 。 令 達 が 出 さ れ た 成 華〇
年 ( 一 八 六〇
)
の 時 点 で は ' 甘 煮 作 付 の 地 域 別 制 限 が あ っ た こ と に な る 。 こ れ ま で み て き た よ う に ' 琉 球 王 府 の 甘 庶 作 付 の 制 限 は ' 砂 糖 の 生 産 量 (斤 ) と 地 域 に つ い て な さ れ て い た こ と に な る 。」
至
"""
.妻
軽
量
を
「法
式
」
と
砂
糖
生
産
の
制
限
康 照 三 六 年 (元 禄 10
年 ' 1 六 九 七 年 ) に 「法 式 」 が 琉 球 王 府 か ら 令 達 さ れ た 。 砂 糖 生 産 の 制 限 (甘 煮 作 付 制 限 ) を 論 ず る 際 に ' 必 ず 用 い ら れ て き た 令 達 で あ る 。 「法 式 」 は ' ﹃沖 縄 県 史 料 ﹄ 前 近 代 Ⅰ (沖 縄 県 教 育 委 員 会 発 行 ) に 収 録 さ れ て い る が ' 時 に は 「中 頭 法 式 」 と 呼 ば れ ' 時 に は 「 田 舎 法 式 」 と 呼 ば れ て い る 。 そ の こ と に つ い て 、 ﹃沖 縄 県 史 料 ﹄ 前 近 代Ⅰ
の 解 題 で 高 良 倉 吉 氏 は ' 「法 式 」 に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「法 式 」 を 「中 頭 法 式 」 と 称 す る の は 正 し -な い 。 内 容 に 明 ら か の よ う に ' こ の 文 書 は 中 頭 に の み 限 定 し て 布 達 さ れ た も の で は な -' 琉 球 全 体 の 地 方 下 知 が 問 題 と さ れ て い る か ら で あ る 。 布 達 さ れ た も の が 中 頭 で 格 護 さ れ た た め に 「中 頭 法 式 」 の 名 称 が 付 さ れ た の で あ ろ う が ' 正 し -「 法 式 」 と 称 す べ き で あ る 。 「 田 舎 法 式 」 の 別 称 に つ い て は ' 「法 式 」 が 地 方 下 知 の あ り よ う を 定 め た こ と か ら お こ っ た と 思 わ れ る が t L か L t 「法 式 」 で は 王 府 支 配 の あ り か た ' 地 頭 の 下 知 体 制 の あ り か た も 重 要 な 内 容 を な し て い る の で ' 一 概 に 「 田 舎 」 の 字 を 冠 す る の は 妥 当 で は な い と い う こ と に な る 。 「法 式 」 が 王 府 布 達 の 際 の 原 題 で あ ろ う 。 (九 '1
0
ペ ー ジ ) 47 研 究 者 が 砂 糖 生 産 の 制 限 を 論 ず る 際 に 用 い て き た 「中 頭 法 式 」 や 「 田 舎 法 式 」 ' あ る い は 県 境 名 の い う 「諸 間 切 法 式 」 も ' 高 良 氏 が 論 ず る よ う に 「法 式 」 と い う こ と を 別 の い い 方 で 呼 称 し て い る と 理 解 し た 方 が よ い と 思 っ て い る 。 前 掲 の 史 料 と 重 複 す る が ' 「法 式 」 中 の 砂 糖 に 関 す る 条 項 を ﹃沖 縄 県 史 料 ﹄ 前 近 代 Ⅰ か ら 抜 き 出 す こ と に す る 。 札 ︿加 数 」 を g W . m N.i トトト ト賢 蔓 ( 史 6 ) ⑦ 一 諸 地 頭 衆 荻 欝 金 作 立 侯 畠 之 儀 地 頭 所 之 畠 二 而 於 致 不 足 ハ 年 貢 等 之 儀 致 熟 談 請 合 之 上 百 姓 地 江 も 可 差 付 之 処 百 姓 費 障 相 括 作 毛 之 畠 理 不 尽 大 集 取 荻 欝 金 植 付 侯 故 百 姓 月 次 之 飯 米 考 相 違 仕 致 迷 惑 由 侯 間 以 来 右 体 之 仕 方 堅 致 禁 止 康 艶 州三 十 l 申 年 丘 申 渡 置 候 弥 右 通 被 相 心 得 若 違 犯 之 老 於 有 之 者 早 速 可 致 披 露 事 ⑦ 1 砂 糖 欝 金 百 姓 応 頭 高 被 作 立 候 砂 糖 老 百 姓 壱 人 二 付 四 斤 六 拾 目 欝 金 ハ 弐 斤 三 拾 目 ツ ゝ 惣 地 頭 脇 地 頭 自 分 唆 之 村 江 可 為 此 員 数 惣 地 頭 間 切 中 江 老 右 之 半 分 可 為 尤 頭 高 之 外 御 免 之 方 ハ 可 為 別 条 事 ㊥ 一 右 砂 糖 焼 井 欝 金 作 立 候 達 夫 通 有 之 百 姓 迷 惑 仕 由 風 聞 二 付 日 暮 遣 相 定 置 侯 処 間 々 不 憲 法 召 遣 方 茂 有 之 由 去 年 申 出 候 故 (簡 ) 地 頭 衆 致 懸 引 候 得 ハ 人 夫 余 多 召 遣 儀 無 人 数 二 而 下 知 達 兼 油 断 ケ 間 数 有 之 二 付 間 切 砂 糖 了 間 迄 二 而 日 例 為 相 立 置 方 茂 一 有 之 由 申 出 侯 右 通 令 油 断 不 埼 二 而 日 数 取 侯 儀 者 還 而 百 姓 為 こ も 罷 成 間 敷 候 間 向 後 夫 上 中 下 見 合 憲 法 日 例 可 申 付 侯 尤 48 憲 法 相 定 置 候 而 も 下 知 悪 敷 候 得 ハ 仕 残 茂 可 有 之 侯 仕 残 連 次 日 迄 為 仕 取 侯 儀 ハ 不 成 合 儀 候 乍 此 上 次 日 迄 申 付 侯 ハ 、 致 地 頭 其 沙 汰 申 渡 候 間 各 致 見 聞 可 申 出 候 事 「法 式 」 中 直 接 砂 糖 に 関 す る 規 程 は 右 の 三 条 項 で あ る 。 右 の 三 条 項 は ' ㊦ ⑦ ㊥ と 順 序 よ -並 ん で い る 。 ( 史 6 ) の ㊦ は ' 地 頭 が 百 姓 と 相 談 の 上 と は い え ' 百 姓 地 に 甘 煮 を 栽 培 す る こ と は 禁 ず る と い う 条 項 で あ る 。 こ の こ と は 康 照 三 一 年 ( 一 六 九 二 ) に 申 し 渡 し て い る が ' そ れ に 違 犯 す る 地 頭 衆 が い た ら す ぐ に 訴 え で る よ う に と の 令 達 で あ る 。 そ の 条 項 を う け て ' ① の 条 項 で は 地 頭 衆 が 生 産 で き る 砂 糖 を 百 姓 の 頭 高 に 応 じ て 制 限 し て い る 。 ㊥ で は ' 砂 糖 製 造 ' 欝 金 作 立 の 時 の 地 頭 衆 の 達 夫 に つ い て 制 限 を 加 え て い る 。
t 「法 式」 の 中 の 砂 糖 に 関 す る 制 限 を み る と ' 地頭 衆 に 対 す る 規制 条 項 の 一 つ と し て 配 され て い る こ と に 気づ -0 砂糖 の 百姓 頭 高 に 応 じ た規 制 の 一 条 項 の み を 取 り 上げ て ' 従 来 甘 煮 作付 の 制 限 が 論 じ ら れ て き た き ら い が あ る が ' 「 法式」 全 体 の 中 に 砂糖制 限 のこ と が ' ど う 位置づ け られ て い るか と い う 視点 か ら の 検討 も 必 要 だと 思 っ て い る O 「法式 」 全 体 の 中 で みた 場合' 砂 糖 に 関 す る 「法式」 の 条 項 は '仲 原 善 忠 が指摘 した よ う に ' 地頭 衆 へ の 規制 と い う こ と に な る 。 「 法式」 は 、 冠 婚葬 祭 を 含 む百 姓 へ の 規 制 も 定 めて い る が ' 多 -の 条 項 が 地頭衆 の 対 百 姓 に 関 す る こ と に つ い て の 規 制 で あ る 。 こ れ ま で み て き た よ う に ' 「法 式」 の 中 に 百 姓自体 に 対す る 甘煮 作 付 の 制 限 に つ い て の 根 拠 を 見 つ け る こ と が で き な い と い う 結 論 に な る 。 百 姓 に 対 す る 砂 糖 生 産 高 の 規制 や 甘 煮 作 付 地域 の 制 限 に つ い て は ' そ の 根 拠 を 「法式 」 以外 に 求 め な け れ ば な らな い こ と に な る 。 49
甘
煮
作
付
制
限
に
つ
い
て
琉 球 王 府 が 「 法 式 」を 令達 し て 、 地頭衆 の 砂糖 生 産 制 限 を し た と 同 じ よ う に 、 間 切 へ の 制 限 も な さ れ て い た 。 制 限 の あ っ た こ と は 琉 球 処分 後 の 明治 二 1 年 ( l 八八 八 ) ' 県 は 県 令 第 五四 号 を 布 達 し て ' 「 こ れ ま で 甘 煮作 付 を 制 限 し て い た が今後 は そ の 制 限 を 解 -」 t と し た こ と に もあ らわれて い る 。 ま た '琉 球 処分後 各 間切 か ら 各役 所 を 経 由 し て 県 に 提 出 さ れ た 報告 書 に も甘庶作 付 坪数 の 制 限があ っ た こ と が書 か れ て い る 。 ﹃糖業 と 旧 慣 諸 制 度 ﹄ (仲吉 朝助編) に お さ め ら れ て い る 報告 書 の 1 例 を示 す こ と に す る 。◇ 美 和 志 間 切 制 度 御 届 真 和 志 間 切 旧 藩 中 甘 庶 坪 数 に 制 限 有 之 其 手 続 は 地 方 厚 薄 見 合 坪 に 何 合 実 と 被 定 置 取 締 方 は 挿 付 次 第 総 耕 作 当 に て 一 々 竿 入 差 過 (侯 か ) の 分 は 抜 捨 て さ せ 左 様 て 帳 面 製 置 田 地 方 春 廻 勤 の 勧 毎 敷 原 字 坪 付 番 付 等 に て 小 札 立 置 帳 面 引 当 勘 定 有 之 尤 も 兼 て 被 定 置 候 坪 例 に て 不 二 相 出 来 高 は 共 訳 願 書 取 仕 立 田 地 奉 行 奥 印 申 請 御 物 奉 行 方 へ 差 出 許 可 を 得 て 例 直 仕 た る 事 御 座 候 右 に 接 す べ き 書 類 は 及 二 紛 失 1申 侯 此 段 御 届 仕 慎 也 明 治 十 五 年 十 二 月 給 耕 作 当 新 垣 寓 仁 同 大 嶺 全 書 島 尻 役 所 御 中
(二
一
〇
ペ ー ジ ) ◇ 大 里 間 切 の 制 限 記 旧 藩 中 甘 煮 坪 数 に 制 限 有 之 趣 に 付 其 手 続 書 面 可 差 出 旨 御 達 之 趣 承 知 任 侠 右 は 本 県 の 儀 全 体 不 自 由 の 所 に て 人 民 等 日 食 専 ら 蕃 薯 を 以 て 取 続 罷 在 侯 に 付 甘 庶 坪 数 制 限 無 之 に 於 て は 飯 料 敷 差 支 侯 上 御 物 砂 糖 売 債 も 不 便 利 相 成 侯 所 よ り 制 限 申 付 置 次 第 御 座 候 依 而 旧 藩 中 右 に 接 べ き 書 類 写 相 副 此 段 御 届 任 侠 明 治 十 五 年 十 二 月 十 七 日 物 耕 作 当 平 良 道 則同 新 嘉 喜 善 助 地 頭 代 嶺 井 定 之 島 尻 役 所 御 中 ( 二 二 二 ペ ー ジ ) 両 間 切 の 報 告 書 の 中 味 の 具 体 的 な 記 述 の 仕 方 に つ い て は 異 な る 点 も あ る が ' 甘 煮 敷 の 坪 数 に 制 限 が あ っ た こ と は 共 通 し て い る 。 他 間 切 の 報 告 書 も 大 体 同 じ よ う に ま と め ら れ て い る 。 甘 庶 坪 数 の 制 限 が あ っ た こ と に つ い て は ' 前 に 記 し た 県 令 や 甘 庶 坪 数 の 制 限 に つ い て の 各 間 切 か ら の 報 告 書 で 確 認 で 一 き る が ' 何 年 に な さ れ た の か と い う こ と に な る と ' 「 先 学 の 研 究 成 果 」 の 項 で も ま と め た よ う に 明 確 に さ れ て な い よ う 5I に あ る 。 元 禄 一
〇
年 ( 一 六 九 七 ) の 制 限 を 甘 煮 作 付 の 制 限 と し て い る か と 思 う と ' 仲 原 善 忠 は 嘉 永 元 午 ( 一 八 四 八 ) の 「 坪 例 」 を 取 り 上 げ て 、 甘 煮 作 付 の 統 制 だ と 論 を 展 開 し て い る 。 元 禄 10
年 ( 1 六 九 七 ) の 制 限 は ' 先 に も 検 討 し た よ う に 地 頭 衆 へ の も の で あ っ た . 嘉 永 元 年 ( l 八 四 八 ) の 規 制 は ' 一 定 の 制 限 の 中 で の 「 坪 例 」 の 上 げ ' 下 げ に よ っ て ' 作 付 け の 坪 数 を 調 整 し て い る も の と 理 解 で き る 。 仲 原 善 忠 の あ げ た 一 八 四 八 年 の そ れ も 作 付 坪 数 の 制 限 と ほ う け と れ な い 。 こ こ ま で く る と 、 制 限 は い つ な さ れ た の か と い う こ と に な る 。 安 次 富 松 蔵 や 樋 口 弘 は 、 間 切 へ の 制 限 は 草 高 に 応 じ て お こ な わ れ た と 述 べ て お り ' そ の こ と か ら す る と 個 人 へ ′の 制 限 で は な く ' 間 切 へ の 割 当 で あ り ' 制 限 で あ っ た t と 考 え ら れ る 。 間 切 へ の 割 当 、 制 限 は 宝 暦 八 年 ( 1 七 五 八 ' 乾 隆 二 ≡ ) の こ と で は な か っ た か と 考 え ら れ る 。⋮ . . . 1 仲 書 朝 助 編 の ﹃糖 業 と 旧 慣 諸 制 度 ﹄ に 収 録 さ れ て い る 次 の 記 録 が 間 切 へ の 砂 糖 の 割 当 を 示 し た も の で は な い か と 思 わ れ る 。 覚 砂 糖 雑 -り 五 百 三 十 五 丈 六 尺 八 寸 同 ふ た い た 百 五 十 八 丈 四 尺 同 底 板 百 四 十 四 丈 T・r・ 右 は 乾 隆 廿 三 年 丑 入 切 高 被 召 定 置 候 処 遵 〝 御 所 帯 方 御 続 方 及 二 御 不 足 海 内 へ も 御 物 入 打 続 御 借 銀 相 増 御 本 済 と し て 諸 間 切 へ 砂 糖 焼 重 被 仰 付 置 候 故 人 切 高 に て 過 半 致 二 不 足 l年 々 手 形 を 以 納 方 申 渡 候 付 同 五 十 七 子 年 不 足 丈 は 表 仮 入 切 被 f 仰 付 置 候 処 道 光 十 寅 年 御 国 元 よ り 出 物 米 直 成 膏 を 以 砂 糖 上 納 被 仰 付 候 故 其 以 来 右 入 切 高 に て ほ 及 二 不 足 寺 〝 不 図 手 形 . 5 人 を 以 納 方 申 渡 候 処 共 通 に て は 不 締 之 儀 も 可 レ 致 二 出 来 .候 付 此 節 よ り 本 行 之 員 数 相 違 一 節 仮 入 切 被 仰 付 候 条 無 親 疎 賦 入 約 月 限 之 儀 は 入 切 同 前 申 渡 侯 様 取 納 奉 行 へ 申 渡 置 候 間 取 納 方 可 レ 被 二 申 渡 譲 以 上 亥 正 月 (嘉 永 四 年 辛 亥 ) 御 物 奉 行 (注 ・ 「右 は 」 と 表 示 さ れ て い る の は 砂 糖 樽 の 材 料 で あ る が ' 本 文 の 方 砂 糖 奉 行 は 砂 糖 の こ と に つ い て 記 述 さ れ て い る 。 収 録 の 際 に 錯 誤 が 生 じ た の だ ( l 九 二
-1
九 三 ペ ー ジ ) ろ う か . ) 右 の 記 録 に 出 て -る 「 入 切 高 」 と い う の が 各 間 切 に 割 り 当 て ら れ た 産 糖 高 で あ っ た t と 思 っ て い る 。 草 高 に 応 じ て 割 り 当 て た と い う の が 乾 隆 二 三 年 の 「 入 切 高 」 を 定 め た と い う こ と で は な か ろ う か 。 割 り 当 て ら れ た 「 入 切 高 」 の 砂 糖 を 製 造 す る た め の 甘 煮 作 付 坪 数 を 算 出 す る た め に ' 「 坪 例 」 が 用 い ら れ た こ と に なる 。 間 切 に 割 り 当 て ら れ た 高 を 村 に 割 り 当 て ' 村 で は 個 人 に 割 り 当 て る こ と に よ っ て ' 個 人 が 製 造 で き る 砂 糖 の 高 が 決 ま る こ と に な る 。 「 坪 例 」 を 用 い て 産 糖 高 を 割 る と ' そ の 個 人 の 作 付 坪 数 と い う こ と に な る 。 そ の 考 え 方 か ら す る と ' 当 然 間 切 ' 村 に よ っ て 個 人 当 り の 産 糖 高 に 相 違 が 生 ず る こ と に な る 。 仲 原 善 忠 が 取 り あ げ た 一 八 四 八 年 の 令 達 (前 掲 ( 史 5 ) ) は ' 間 切 に 割 り 当 て ら れ た 産 糖 高 を 確 保 す る た め の 作 付 面 積 を 「坪 例 」 を 用 い て 管 理 す る た め の も の で あ っ た の で は な い か t と 考 え て い る 。 産 糖 高 の 制 限 即 ち 作 付 坪 数 の 制 限 は ' 先 に み た と お り で あ る が ' 地 域 の 制 限 は 何 に そ の 根 拠 を 求 め た ら い い の か と い う こ と に な る 。 異 境 名 安 興 は ' 元 禄 一