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移民に関する新聞記事-明治三六・三七年-: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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Title

移民に関する新聞記事−明治三六・三七年−

Author(s)

田港, 朝和

Citation

史料編集室紀要(16): 33-61

Issue Date

1991-03-30

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/7366

Rights

沖縄県立図書館史料編集室

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移民 に関す る新 開記事- 明治36・37年 (史 料 紹介 )

-明

収鐘 にあ た っ て 明治 三六 二 二 七 両 年 の ﹃琉 球新 報 ﹄ の 記 事 の 中 から 移 民 に 関す る 記 事 を 全 部 収 録 し た 。 それ以前 の 記 事 に つい て は'本 紀 要 第 13 号 の 「沖 縄 最 初 の 移 民 に 関 す る 新 開 記事 」 (明 治 三 1 -三 五 年 を 検 索 ) で 紹介 した の で 参 照 し て ほ し い 。 沖 縄 の 移 民 の 歴史 が概観 で き る 基 礎 史 料 は現 在 の と こ ろ 新 聞 の 移 民 記 事 を お い て 他 に は な い よ う に お も わ れ る 。 こ れ ら の 記 事 を と お し て 移 民 の 歴史 の 流 れを 容 易 に たど る こ と が で き る 。 明治 三六 年 は 四 五 名 の ハ ワ イ 移 民だ け で あ る 。 こ の 移

民 は 沖 縄 にお け る 第 二 回 目 の 海 外 移 民 で あ るが'従 来 い わ れ て い る よ う に '当 山 久 三 の 斡 旋 に よ っ て 実 現 した こ と は 新 開 記 事 を み るか ぎ -間 違 い な い で あ ろ う 。 明治 三 七年 は '沖 縄 には じ め て 移 民会 社 の 業 務 代 理 人 が 出 現す る 年 で あ る 。 大 陸殖 民合 資 会 社 と 帝 国殖 民合 資 会 社 二 社 の 業 務 代 理 人当 山 久 三 ㌧東 洋 移 民合 資 会 社 の 業 務 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門' 仙台 移 民合 資 会 社 の 業 務 代 理人林 田 茂 太郎 の 三 人 (四 社 ) で ' か れら によ っ て ハ ワ イ 以外 に 初 め て フ ィ リ ピ ン (マ l二 フ )と メ キ シ コ へ の 移 民 が 送 り 出 さ れ て い る 。 こ の 業 務 代 理 人 (移 民 会 社 ) の 出 現 で 沖 縄 の 移 民 は軌 道 に

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の り 増 加 し て い く の で あ る 。 明 治 三 七 年 の 記 事 は 、 当 山 久 三 の 活 躍 が 目 に つ く 。 ハ ワ イ へ フ ィ リ ピ ン ( マ ラ フ ) へ の 移 民 募 集 や 移 民 奨 励 の た め の 講 演 会 を 開 -な ど 当 山 が い か に 移 民 事 業 に 情 熱 を 傾 け て い た か が よ く わ か る 。 収 録 に あ た っ て は ' 必 要 に 応 じ 注 を 付 し て お い た 。 回 其 筋 へ 願 書 を 差 出 し た る 由 (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 1 七 四 頁 収 録 。 (明 治 三 六 年 )

国 頭 郡 布 瞳 移 住 民 二 月 二 三 日 ︺ 国 頭 郡 よ り 布 瞳 へ 出 稜 の 為 め 移 住 せ ん と す る も の 数 十 名 あ -今 回 岡 山 県 帝 国 殖 民 会 社 の 業 務 代 理 人 出 張 し 移 住 の 手 続 に 就 き 打 合 中 の 由 に て 同 郡 よ り 移 住 希 望 の 者 都 合 四 十 二 名 に て 来 る 二 月 に 十 二 名 三 月 に 三 十 三 名 渡 航 せ ん 筈 な り と い ふ 制 布 瞳 移 民 の 出 発 ︹三 月 1 五 日 ︺ 前 号 記 載 の 国 頭 郡 金 武 間 切 四 十 五 名 布 瞳 移 住 の 件 は 許 可 に な り 本 日 出 港 の 便 船 よ り 出 発 す へ し と い ふ (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 1 七 四 頁 収 録 。

布 瞳 移 住 の 出 願 ︹三 月 二 二 日 ︺ 国 頭 郡 金 武 間 切 よ り 四 十 五 名 布 瞳 国 へ 移 住 の 目 的 に て 今 ㈲ 布 畦 移 民 ︹三 月 1 七 日 ︺ 今 回 其 筋 の 許 可 を 得 て 三 ケ 年 間 移 住 労 働 の 目 的 に て 北 米 合 衆 国 管 内 布 畦 国 へ 渡 航 の 面 々 は 既 報 の 如 -総 て 国 頭 郡 金 武 間 切 の 産 に て 与 那 城 梶 書 (明 治 八 年 生 ) 伊 芸 徳 弥 (仝 上 ) 宜 野 座 信 書 (仝 十 三 年 生 ) 仲 田 孫 三 (全 入 年 生 ) 仲 田 喜 一 (慶 応 三 年 生 ) 伊 芸 盲 亀 (明 治 十 年 生 ) 比 嘉 善 人 (仝 十 四 年 生 ) 宜 野 座 改 善 (仝 十 五 年 生 ) 当 山 仙 太 郎 (仝 七 年 生 ) 山 城 文 助 (仝 十 一 年 生 ) 仲 田 常 1 (仝 十 年 生 ) 仲 田 勝 兵 衛 (仝 六 年 生 ) 仲 田 孝 1 (慶 応 l 養 生 ) 当 山 信 松 (明 治 五 年 生 ) 仲 34

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移民に関する新開記事- 明治36・37年 田 豊 七 (仝 十 年 生 ) 当 山 信 太 郎 (慶 応 三 年 生 ) 仲 田 伝 一 (明 治 四 年 生 ) 山 城 岩 音 (仝 元 年 生 ) 宜 野 座 豊 明 (慶 応 三 年 生 ) 仲 田 徳 之 書 (仝 六 年 生 ) 伊 芸 次 郎 (慶 応 元 年 生 ) 池 原 金 太 那 (明 治 元 年 生 ) 宜 野 座 政 助 (仝 十 1 年 生 ) 当 山 亀 昌 (仝 十 一 年 生 ) 宜 野 座 鎌 二 (全 入 年 生 ) 仲 間 久 (仝 十 年 生 ) 宜 野 座 弥 蔵 (仝 六 年 生 ) 与 那 城 山 善 (十 二 年 生 ) 仲 田 丈 九 (仝 八 年 坐 ) 仲 間 弁 太 郎 (仝 十 四 年 生 ) 伊 芸 久 太 郎 (慶 応 三 年 生 ) 宜 (五 カ ) 野 座 文 兵 (仝 十 三 年 生 ) 伊 芸 事 1 郎 (仝 元 年 生 ) 小 橋 川 口 那 (仝 十 四 年 生 ) 仲 田 常 1 郎 (仝 ± 二 年 生 ) 仲 間 埋 蔵 (仝 十 年 生 ) 当 山 文 太 郎 (仝 十 三 年 生 ) 伊 芸 政 助 (仝 六 年 生 ) 与 那 城 久 助 (仝 十 四 年 生 ) 安 富 祖 束 八 (仝 八 年 生 ) 伸 田 平 之 助 (仝 五 年 生 ) 当 山 新 人 (仝 四 年 生 ) 宜 野 座 盛 1 (仝 十 年 生 ) 仲 田 新 書 (仝 十 三 年 生 ) 当 山 信 五 郎 (仝 七 年 生 ) の 四 十 五 名 に し て 外 に 当 山 久 三 も 事 情 視 察 の 為 め 渡 航 す べ L と い ふ (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 1 七 四 頁 収 録 。 ㈲ 布 畦 移 民 の 成 跡 ︹五 月 二 二 日 ︺ マ マ 金 武 間 切 の 当 山 久 蔵 氏 か 同 間 切 の 青 年 三 十 余 名 を つ れ 移 民 会 社 の 手 を 経 て 布 瞳 に 渡 航 し た る こ と は 既 に 報 道 し た る が 1 行 は 四 月 上 旬 布 瞳 に 着 し た り と 兄 へ 当 山 氏 が 同 島 ホ ノ カ ア ・ オ ボ レ ン と 云 ふ 耕 地 よ り 奈 良 原 知 事 宛 に 発 し た る 手 紙 あ り 同 島 移 民 の 状 況 を 察 す る に 足 る も の あ れ は 左 に 掲 載 す (前 略 ) 他 府 県 は 眼 病 者 多 数 な る に 引 啓 へ 沖 縄 に は 眼 症 な -且 つ 身 体 の 発 育 大 に 労 働 者 に 適 す る を 見 て 出 稼 移 民 日 本 1 と の 好 評 を 受 け 申 候 依 て 各 会 社 に は 之 よ り 大 に 沖 縄 に 手 を 出 す 筈 と 存 居 候 ホ ノ ル 、 港 よ り 帰 さ れ し も の 四 名 二 名 眼 病 1 名 手 病 1 名 尋 問 の 返 答 悪 し き 為 め に 侯 二 手 五 名 と 共 に 去 る 十 日 ホ ノ ル 、 港 よ り 乗 船 し 昨 日 午 前 五 時 当 地 へ 上 陸 耕 地 内 に 四 名 宛 宿 し 居 候 月 給 十 八 弗 (三 十 六 円 ) な れ ど 一 月 な り 二 月 な り 当 地 の 事 情 に 馴 れ 次 第 受 合 仕 事 を 致 せ は 優 に 一 日 二 円 二 三 十 銭 以 上 は 得 ら る ゝ 見 込 に 候 食 料 及 小 便 金 合 し て 十 四 五 円 を 要 す る な れ ば 目 下 は 月 二 十 円 の 外 送 金 出 来 ざ る 筈 に 候 半 年 も 過 ぎ は 三 十 円 位 は 送 金 容 易 に 相 出 来 申 侯 是 れ 総 て 閣 下 御 厚 情 の 御 蔭 と 大 に 感 謝 奉 り 居 候 本 島 は ホ ノ ル , 府 下 の 大 な る 島 に て 当 耕 地 は 本 島 中 の

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∵ .∴ ︰ 第 二 位 の も の と の 事 に候 気 候 は 丁 度 沖 縄 同 然 地 質 は 極 々 上 に て 牛 葦 は 大 根 の 大 き さも太 り砂 糖 き び も 雨 さ へ つ 、 け は 無 肥料 に て 出 来 る 由 き び種 は小笠 原 種 と 同 1 の も の に 侯 耕 地 の 1 日 製 造 糖 は千 五百 個 (百 二 十 斤 請 ) 位 なり と 云 ふ 耕 地 は 三里 四 万 位 の 由 に て 労 働 者 は 諸 所 に 部落 を な し 仕 事 の 方 向 に 依 り て 汽車 より 出 耕 し 午前 六時 仕事 に 就 き 午 後 四 時 及 至 四 時半 に了 る を 通例 と し 日 曜 日は 一 切 仕事 を為 さ 、 る なり 云 々 (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 1 八 三

-四 頁 収 録 . ㈱ 外 国移 民 に関す る 注 意 二

月 三 日 ︺ 近来無 資 産 の 者 が外 国移 民 取扱 人 と詐 称 し中 頭其他 に 於 て 布 瞳 移 民 を 募 集 し 応 募 者 よ り 不 当 の 手 数 料 を 徴 収 し つ ゝ あ り と の 事 な り 果 し て 然 ら ば 容赦 す へ か ら さ る の 事 にし て 畢 寛 応 募 者 が 外 国移 民 の 手 続 き を 知 ら さ る に 由 る も の な れ は 責 に 外 国移 民 に 関す る 注 意事 項 を 記 し て 其参 考 に 供 せ ん に 布 瞳 其他 の 外 国 へ 移 住 せ ん と す る には 移 民 保護 法 な る 法 律 の 支 配を 受 け さ る へ か らす 右 規 定 に 依 れ は移住 に は 自 由 移 民と 移 民取扱 人 に 依 る も の と の 二 種 あ り自 由 渡 航 は 在 留 移 民 の 呼 寄 に 係 る 看 護 扶 養 若 は 家事 上 無 余 儀事 情 あ る も の な る 等 在 留 者 に 関 係 あ る も の な ら さ る へ か ら ざ る 筈 厳 重 な る 法 令 の 規定 あ り て 容 易 に 渡 航 し 難 -移 民 取扱 人 に 依 る 渡 航 は 募 集 に 応 じ 渡 航 す る こ と を 得 へ き も の な る を 以 て 最 も容 易 な り 故 に 先 つ 其 業 務 を 取 扱 ふ 為 め政府 の 許 可 を受 けた る 営業 者 に 依 頼 す る を 捷 径 なり便 宜 なり と す れ と も尚 は 相 応 の 準 備 と覚 悟 な か る可 か ら ず 左 に 其 事 項 を 掲 け ん ‖ 移 住 民 の 募 集 又 は 其 渡 航 を 周 旋 す る も の は 必 ず 移 民 取 扱 人 又 は 其 代 理人 に 限 る 事 C E移 民を 募 集 し又 は 其 渡 航 を 周旋 す る 営 業 者 に 依 頼 す る と す る も 渡 航費 凡 そ 二 百 円を 準 備 す る を 要す る 辛 目 右 渡 航 費 の 外 手 数 料 と し て 移 民 取扱 人 より弐 拾 円徴 収 せら る 、 事 ㈱ 身 体 に 病 症 (眼 病 を 含 む ) あ る も のは渡 航 又 は 上 陸 す る を 得 さ る も の な る 事 前 記 各 事 項 は 移住 希 望 者 の 最も留 意 し 遺 忘 す へ か ら さ る 緊 要 のこ と な り と す 而 し て 移 民取扱 人 な る も の は 外 務 大 36

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移民 に関す る新 聞記事- 明治36・37年 臣 の 許 可 を 受 け 保 証 金 額 壱 万 円 以 上 を 納 む る に 非 ら さ れ ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● は 営 業 を 開 始 す る を 得 さ る も の な り 又 代 理 人 に 於 て も 外 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 務 大 臣 の 許 可 を 受 け た る も の に し て 其 業 務 を 行 ふ と き は ● ■ ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 必 す 許 可 証 を 携 帯 せ さ る へ か ら さ る 等 の 規 定 あ り て 右 取 扱 人 代 理 人 を 許 可 す る に は 最 も 鄭 重 を 尽 し 保 護 の 実 を 挙 け ん こ と を 図 れ り 故 に 右 取 扱 人 又 は 代 理 人 以 外 に 於 て 移 民 取 扱 人 の 行 為 即 ち 移 民 の 募 集 又 は 渡 航 を 周 旋 す る も の は 弐 百 円 以 上 千 円 以 下 の 罰 金 に 処 せ ら れ 随 て 其 契 約 を な し た る も の 若 は 申 込 を な し た る も の と 錐 と も 自 然 其 申 込 又 は 契 約 は 無 効 と な る の 虞 あ り 最 も 注 意 を 要 す 又 移 民 取 扱 人 は 単 に 募 集 又 は 渡 航 の 周 旋 を な す も の な り を 以 て 渡 航 の 費 用 は 自 弁 す る む の な る こ と を 忘 る へ か ら す 或 は 取 扱 人 に 於 て 其 費 用 の 借 入 を 周 旋 せ し 例 な き に あ ら す と 錐 と も 至 て 稀 に し て 且 つ 非 常 の 暴 利 を 貧 る も の あ -と 云 ふ 故 に 必 す 其 渡 航 費 を 準 備 せ さ る へ か ら す 加 之 取 扱 人 よ -政 府 の 許 可 し た る 手 数 料 (重 に 弐 拾 円 ) を 徹 せ ら る ゝ 其 手 数 料 以 外 に 金 銭 物 品 を 受 く へ き も の に あ ら す 犯 す も の は 五 拾 円 以 上 五 百 円 以 下 の 罰 金 に 処 せ ら る 又 渡 航 者 は 出 港 地 (横 浜 ) 上 陸 地 (布 畦 ) に 於 て 身 体 検 査 を な し 疾 病 あ り 又 は 「 ト ラ ホ ー ム 」 に 雁 -た る も の は 渡 航 又 は 上 陸 を 禁 す る を 以 て 是 亦 注 意 を 怠 る へ か ら す 凡 そ 此 等 は 応 募 者 の 予 め 心 得 置 か さ る へ か ら さ る 要 件 な り 尚 は 二 言 す へ き は 目 下 本 県 に 於 て は 其 筋 の 許 可 を 受 け た る 外 国 移 民 取 扱 人 な る 者 並 に 其 代 理 人 な る 者 は 1 人 も あ る こ と な し 故 に 若 し 中 頭 其 他 の 地 方 に 於 て 布 瞳 移 民 取 扱 人 又 は 代 理 人 な ど ゝ 称 し 移 民 を 募 集 し 応 募 者 よ り 手 数 料 を 徴 収 し た り と せ は 是 れ 則 ち 詐 欺 の 取 扱 人 に し て 其 徴 収 し た る 手 数 料 は 即 ち 詐 欺 取 財 な り 手 数 料 を 詐 取 さ れ た る 応 募 者 は 宜 し -国 法 に 訴 へ て 其 詐 取 金 を 取 戻 す へ き な り 徴 収 者 を 対 手 取 り て 詐 欺 の 告 訴 を 為 す も 可 な -是 れ 被 害 者 が 善 後 の 一 策 な り と 知 る べ し 刑 移 民 取 扱 人 二

月 五 日 ︺ 前 号 に 於 て 本 県 に は 移 民 取 扱 人 な き 旨 記 載 し た れ ど も 聞 く 所 に 拠 れ ば 肥 後 孫 左 二 門 氏 は 東 洋 移 民 合 資 会 社 の 代 理 を 嘱 托 せ ら れ 左 の 通 り 外 務 大 臣 の 許 可 証 を 有 す と 云 ふ 但 し 過 日 中 頭 辺 に 於 て 布 畦 移 民 を 募 集 し た る は 全 く 別 人 に

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し て 詐 欺 師 な り 東 洋 移 民 合 資 会 社 業 務 担 当 社 員 佐 久 間 鋼 三 郎 明 治 三 十 五 年 十 月 二 十 七 日 附 願 鹿 児 島 県 平 民 肥 後 孫 左 衛 門 を し て 内 地 に 於 て 業 務 代 理 を 為 さ し む る 件 許 可 す 明 治 三 十 六 年 二 月 六 日 外 務 大 臣 男 爵 小 村 寿 太 郎 ㈱ 海 外 渡 航 者 の 無 料 検 査 二

月 一 七 日 ︺ 近 来 学 術 研 究 の 為 め 又 は 労 働 出 嫁 の 為 め 米 国 其 他 へ 渡 航 す る 者 漸 -其 数 を 増 加 し 来 -た る か 其 日 的 こ そ 異 な り た れ 一 は 学 問 を 以 て 一 は 労 働 を 以 て 其 国 の 文 明 を 助 け 其 国 の 富 を 増 す の 結 果 を 生 す る 事 な れ は 其 数 を 増 加 す る は 即 ち 一 国 の 進 歩 発 達 に 資 す る に 外 な ら さ る を 以 て 文 明 の 程 度 低 -し て 且 貧 乏 な る 我 日 本 国 就 中 其 甚 た し き 我 沖 縄 県 の 如 き 土 地 柄 に 在 り て は 此 程 海 外 渡 航 者 を 奨 励 す る の 必 要 あ り 近 来 此 種 の 渡 航 者 あ る を 見 る は 先 以 て 喜 し き 次 第 な る が 学 術 研 究 と い ひ 労 働 出 棟 と い ひ 共 に 海 外 万 里 の 異 郷 に 在 り て 為 す 事 な れ は 身 体 強 壮 な る 者 に あ ら さ れ は 其 目 的 を 達 し 得 へ か ら す 左 れ は 渡 航 前 に 予 め 身 体 を 検 査 す る 必 要 あ り 殊 に 英 日 的 労 働 に 在 る 者 は 予 め 身 体 の 検 査 を 十 分 に し 身 の 壮 健 を 確 め た る 後 渡 航 す る に あ ら さ れ は 取 扱 会 社 又 は 渡 航 後 不 合 格 と な り て 本 国 へ 送 還 せ ら れ 意 外 の 損 失 を 招 -事 あ り 何 れ に せ よ 海 外 渡 航 者 は 予 め 身 体 を 検 査 し 又 た 病 気 あ れ は 之 を 療 治 し 置 -の 必 要 あ り 此 等 海 外 渡 航 者 の 為 め 首 里 区 字 美 和 志 開 業 医 当 間 重 縁 氏 は 其 身 一 体 検 査 及 疾 病 治 療 等 本 紙 広 告 の 如 -一 切 無 料 に て 其 依 頼 38 に 応 す へ し と い ふ 奇 特 也 -㈲ 広 告 二

月 1 七 日 ︺ 海 外 渡 航 者 の 為 め 身 体 検 査 及 ひ 疾 病 治 療 等 1 切 無 料 に て 其 依 頼 に 応 す 鮒 璃 粥 医 師 -嘉 ㈹ 菅 山 久 三 氏 の 帰 県

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移民に関する新開記事- 明治36・37年 ︹ 一

月 二 三 日 ︺ 国 頭 郡 金 武 間 切 の 富 山 久 三 氏 は 本 年 春 移 民 状 況 視 察 の 為 め 布 暖 国 へ 出 張 し た る が 1 昨 日 の 便 船 よ り 帰 県 せ

-帥

布 瞳 渡 航 者 の 疾 病 治 療 二

月 二 三 日 ︺ 医 師 普 間 重 縁 氏 が 海 外 渡 航 者 の 為 め 身 体 検 査 亦 た は 疾 病 治 療 等 一 切 無 料 に て 依 頼 に 応 す る 旨 本 紙 へ 広 告 せ し ょ り 昨 今 は 布 瞳 渡 航 者 か 疾 病 治 療 を 受 -る も の 日 々 十 名 以 上 に 及 ふ と 云 ふ ㈹ 広 告 ︹二 月 二 三 日 ︺ ・ 移 民 年 齢 満 十 七 才 ヨ リ 四 十 三 才 位 マ テ ・ 取 扱 ハ 申 込 ノ 順 序 二 依 り 先 後 ス ・ 周 旋 ノ 下 調 べ ヲ 人 二 依 頼 ス ル コ ト ア ル モ 一 切 金 銭 無 開 係 音 山 移 民 取 扱 事 務 所 ㌘ 九 蛸 (注 ) 二 五 日 に も 掲 載 。 (明 治 三 七 年 ) ㈹ 広 告 ︹二 月 1 九 日 ︺ 布 畦 比 律 賓 行 移 民 募 集 ス 望 ノ 者 ハ 申 込 ア レ 那 覇 区 宇 久 米 八 十 九 番 地 帝 国 殖 民 会 社 移 民 取 扱 人 (注 ) 二 一 日 に も 掲 載 。 常 山 久 三 掴 帝 国 殖 民 会 社 の 移 民 募 集 ︹二 月 二 七 日 ︺ 岡 山 県 の 帝 国 殖 民 会 社 に 於 て は 今 回 マ lご フ 移 民 を 本 県 よ り 募 集 す る 事 と な -全 社 の 業 務 代 理 人 と し て 当 山 久 三 氏 左 の 如 -外 務 大 臣 の 許 可 を 受 け た り 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 執 行 社 員 竹 内 正 志 明 治 三 十 六 年 十 二 月 十 二 日 付 願 沖 縄 県 平 民 当 山 久 三 ヲ シ テ 内 地 二 於 テ 業 務 代 理 ヲ 為 サ シ ム ル ノ 件 許 可 ス 明 治 升 七 年 二 月 十 日

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外 務 大 臣 小 村 寿 太 郎 00 0 0 0 移 民 の 取扱 定 員 は 当 分 の 内布 畦 は 毎 月 甘名 内 外 ' マ l ご フ は 毎 月升名 内 外 に し て 四 五 六 の 三 ケ月 は 一 千 人を 募 集 す 0 0 る 予 定 なり と い ふ 布 瞳 行 は上 陸 の 際 に 要す る 見 せ 金 の 外 0 0 0 に 旅 費 百 三 十 円を 要 し マ ニ ラ 行 は 七 八 十 円 を 要 す る 由 な 0 0 -仕事 は 布 瞳 は 甘 煮植 、 草 取等 に て マ ニ ラ は 建築 工 事 、 鉄 道 工 事 等 なり給 料布 畦 は 自 分賄 に て 最 下級 井 口 円 ' マ ニ ラ は 向 ふ 鮪 に て 最 下 級 三 十 二 円 な-布 畦 は 生 活費 月十 0 0 0 0 〇 四 五 円を 要 す る と の 事 な り 移 民 の 旅 費 は 確 実 な る 返済方 法 さ へ あ れ は 社 員 よ -貸 与 す へ しと い ふ マ l二 フ 移 民 は国 頭 郡 よ り 凡 そ 五 百 名 許 り も志 望者 あ る 由 に て 移住 地 視察 の 為 め同 郡 の 大 城孝 蔵 氏 去 二 十 日 神 戸 発 の 便 船 に て マニ ラ に 出 発 した る 由 なり (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 一 九 ∼ 二

頁収 録 。 御 出 来 相 成 度 候 也 仙台 移 民合資 会 社 代 理 人 林 田 茂 太 郎 (注) 六 ' 八 '

一 四 ' 1 六 日 に 掲 載 。 ㈹布 畦 移 民 の 安 着 ︹三月 六 日 ︺ 仙台 移 民会 社 の 取 扱 ひ に て 去 二月 二 十 四 日 神 戸 を 発 した る 本 県 人 十 六 名 は 一 昨 四 日 無 事 布 瞳 へ 著 した る 由

広 告 ︹三月 二

日 ︺ 移 民 申 込 之 際 金 銭 ヲ 払 ノ 事 一 切無 用 ナ リ 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 (注 ) 二 二 日 に も掲 載 。 富 山 久 三 個 特 別広 告 ︹三月 二 日 ︺ 布 瞳 行自 由 移 民取 扱 候 間 希 望 ノ 御 方 ハ 那覇 区池 畑 旅 館 ニ ㈹ 特 別広告 ︹四 月 七 日 ︺ 布 畦 マニ ラ 移 民 取扱 侯 間 御 希 望 者 は那 覇 区池 畑 旅 館 に 御

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移民 に関す る新開記事- 明治36・37年 光 来 被 下 候 也 仙 台 移 民 合 資 会 社 代 理 人 林 田 茂 太 郎 (注 ) 九 、 二 日 に も 掲 載 。 仙 台 移 民 会 社 の 取 扱 に 係 る 布 畦 行 の 本 県 人 人 名 は 去 十 六 日 の 沖 縄 丸 よ り 出 発 せ り と い ふ (注 ) 沖 縄 丸 印 郎 訂 折 削 大 島 ' 鹿 児 島 , 神 戸 ' 大 阪 行 (四 月 十 五 日 広 告 ) 0 ㈹ マ ニ ラ 移 民 ︹四 月 七 日 ︺ 帝 国 殖 民 会 社 の 取 扱 に て 本 日 の 便 船 よ -五 十 名 の 移 民 出 発 の 筈 銅 マ ニ ラ 移 民 の 出 発 ︹四 月 一 七 日 ︺ 帝 国 殖 民 会 社 の 事 務 取 扱 貞 普 山 氏 取 扱 に 係 る 本 県 の マ ニ ラ 移 民 百 十 一 名 先 日 の 球 陽 丸 よ -出 発 せ り (注 ) 「先 日 の 球 陽 丸 」 と は 四 月 十 四 日 午 后 四 時 出 港 の 同 船 の こ と か 。 鋤 マ ニ ラ 移 民 と 希 望 者 ︹四 月 二 五 日 ︺ 大 里 間 切 に て は 今 回 マ ニ ラ 移 民 を 希 望 し 居 る も の 三 十 余 名 に 及 び 居 る 由 な る か そ れ 等 は 大 抵 中 学 校 よ り # (5%3 ,%J at L た る も の か 亦 た は 中 学 師 範 両 校 の 入 学 試 験 に 落 弟 し た る も の な り と 云 ふ

布 畦 移 民 の 出 発 ︹四 月 一 九 日 ︺ 幽 広 告 ︹五 月 三 日 ︺ 願 書 用 紙 代 金 若 -は 申 込 手 数 料 と し て 金 銭 を 徴 収 す る も の 有 之 由 な れ ど も 斯 る 依 頼 を な し た る こ と 1 切 之 れ な し 菅 山 移 民 取 扱 事 務 所 (注 ) 五 日 に も 掲 載 。

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糾 特 別 広 告 ︹五 月 五 日 ︺ 来 る 六 日 名 護 に 於 て 健 康 診 断 施 行 候 に 付 国 頭 郡 移 民 申 込 の 御 方 は 仝 所 へ 参 集 有 た し 富 山 移 民 取 扱 事 務 所 鍋 大 陸 殖 民 会 社 業 務 代 理 人 ︹五 月 五 日 ︺ 帝 国 殖 民 会 社 の 業 務 代 理 人 富 山 久 三 氏 は 今 回 更 に 大 陸 殖 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 た る の 出 願 を 為 し 外 務 大 臣 の 許 可 を 受 け た る 由 同 会 社 は 東 京 新 橋 に 在 り 資 本 金 五 千 万 円 に し て 毎 月 の 取 扱 定 員 布 瞳 は 百 七 十 1 名 ' マ ニ ラ は 七 十 余 名 な り と い ふ 因 に 記 す 同 氏 の 依 頼 な り と 称 し 首 里 那 覇 其 他 の 各 地 に 於 て 手 数 料 を 徴 収 す る 者 も あ る 由 な れ と も 是 れ 皆 な 詐 欺 に し て 移 民 希 望 者 は 必 ず 直 接 に 代 理 人 (代 理 人 は 外 務 大 臣 の 許 可 証 を 有 す ) に 依 頼 す る を 安 全 な る 由 な り 鯛 特 別 広 告 ︹五 月 七 日 ︺ 旅 券 下 附 出 願 書 ハ 間 切 役 場 ノ 手 続 ヲ 経 テ 当 所 へ 御 差 出 相 成 度 シ 菅 山 移 民 取 扱 事 務 所 銅 特 別 広 告 ︹五 月 1 1 日 ︺ 布 畦 行 マ ニ ラ 行 自 由 移 民 取 扱 候 間 御 希 望 の 御 方 は 那 覇 西 池 畑 旅 館 へ 御 出 被 下 皮 候 仙 台 移 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 (注 )

' 一 五 日 に も 掲 載 . 林 田 茂 太 郎 42 幽 メ キ シ コ 移 民 ︹五 月 二 二 日 ︺ 当 地 の 肥 後 孫 左 衛 門 氏 は 兼 て 本 県 人 を 移 民 と し て 海 外 に 送 ら ん と の 希 望 あ り 先 年 東 京 の 東 洋 移 民 合 資 会 社 の 本 県 代 理 人 と し て 外 務 大 臣 の 許 可 を 得 た る 事 既 報 の 如 し 今 般 弥 よ -「 メ キ シ コ 」 行 移 民 数 百 名 を 募 集 す る 由 仝 会 社 は 旧 日 本 書 佐 移 民 会 社 の 後 身 に し て 政 吉 佐 秦 1 郎 、 佐 久

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移民 に関す る新開記事- 明治36・37年 間 貞 二 一氏 の 創 立 にか 、 り 近 藤廉 平 '加 藤 正 義 '岩 永 省 三 浅 田 正文 '佐 久 間 鋼 三 郎 の 諸 氏皆 其 社 員 た り倫 敦 及 び 「 メ キ シ コ 」 府 に 支 店 を有 し 数 年 来濠 洲 、南 洋 ' 墨 西 可 等 の 移 民 事 業 に 従事 し 居 れり と 云 ふ 二 見丸 に て 来 押 せ る 全 社 々 員神 谷 忠 雄 氏 は巳 に肥 後 氏 と 共 に過 日 県庁 に 至 り諸 種 の 打 合 せ を な し た る 由 尚 は肥後 氏 は 近便 に て 東 京 店 来 れ る 狩 谷 氏並 に 検 査 医 田 中音 書 氏 を 伴、 ひ 名 護 間切 へ 右募 集 の 為 め出 張 す る 等 なり 十 三 日 出帆 の 運輸 丸 に て 名 護 に 出 張 ∵ 心 館 に 滞 在 中 な る か 予 想 外 の 応募 者 あ る 由 尚 は同社 は 去 る 明治 二 十 四 年 開 業 本邦 移 民業 の 卒 先者 と し て 充 分 の 経 験 を 有 し 最 も 確 実 な る 方 針 により業 務 を 経 営 懇 篤 に 其 の 移 民取扱 ひ を なす 委 し -は 本 日 の 特 別広 告 を 看 よ 銅 特 別広 告 ︹五 月 一 五 日 ︺ と リ ツ ピ ン マニ ラ 行 旅券 願 書 は 県 庁 よ り 一 応本 人 へ 返 附 相成 る 等 に 付 当 所 へ 差 出相 成 度 し 開 削 取 扱 事 務 所 (注 ) 一 七 日 に も掲 載 。 釦特 別広 告 ︹五 月 1 七 日 ︺ 移 民募 集 メ キ シ コ 行 移 民 募 集致 シ 候 間 御 望 ノ 方 ハ 至急 名 護 間切役 場 へ 御 出 可 被 下 候 五 月十 七 日 東 洋 移 民合資 会 社 業 務 代 理 人 名 護 二 心 館在 肥 後 孫 左 衛 門 鋤 移 民募 集 ︹五月 1 七 日 ︺ 巳 報 の 如 -肥後 孫左 衛 門 '狩 谷 三 市 ' 田 中音書 の 三 氏 は 鋤特 別広 告 ︹六 月 一 日 ︺ メ キ シ コ 行 移 民 六 月 1 日 ヨ リ 読 谷 山 間切 喜 納 材 二 於 テ 募 集 致 候 間 望 ノ 御 方 ハ 至急 御 出 可被 下 候

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東 洋 移 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門 (注 ) 三 日 に も 掲 載 。 鋤 メ キ シ コ 行 移 民 ︹六 月 九 日 ︺ 東 洋 移 民 合 資 会 社 本 県 業 務 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門 氏 の 取 扱 に か ゝ る 第 1 回 「 メ キ シ コ 」 行 移 民 は 愈 々 本 月 二 十 日 神 戸 に 向 け 那 覇 港 出 発 の 由 な れ ど も 尚 は 続 々 申 込 人 有 れ は 期 日 切 迫 の 為 折 角 の 希 望 を 空 ふ す る 事 な き 為 那 覇 及 び 名 護 の 二 ヶ 所 に て 体 格 検 査 を 執 行 す る 由 詳 し -は 本 日 の 広 告 に あ り 体 格 検 査 ハ 左 ノ 二 ヶ 所 二 於 テ 執 行 仕 候 二 付 何 レ ト モ 便 宜 ノ 所 へ 御 申 込 可 相 成 侯 明 治 三 十 七 年 六 月 九 日 那 覇 上 ノ 屋 東 洋 移 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門 国 頭 郡 名 護 間 切 大 兼 久 一 心 館 本 社 出 張 員 (注 )

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二 ㌧ 一 五 日 に 掲 載 。 狩 谷 三 市 44 鍋 広 告 ︹六 月 1 1 日 ︺ 上 神 ノ 処 帰 覇 ス 富 山 久 三

特 別 広 告 ︹六 月 九 日 ︺ 移 民 募 集 「 メ キ シ コ 」 行 移 民 愈 々 本 日 二 十 日 神 戸 へ 向 ケ 那 覇 港 出 発 致 侯 こ 付 渡 航 希 望 ノ 方 ハ 此 際 至 急 御 申 込 被 下 度 候 銅 特 別 広 告 ︹六 月 一 五 日 ︺ 布 瞳 行 ヒ リ ツ ピ ン 行 移 民 希 望 の 者 は 直 接 申 込 あ れ 大 陸 殖 民 合 資 会 社

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移民に関する新開記事- 明治36・37年 帝 国殖 民合資 会 社 業 務 代 理人 富 山 久 三 (注 ) 一 五 、 1 七 日 に も 掲 載 。 鋤 メ キ シ コ 移 民 の 出 発 ︹六 月 二三 日 ︺ 東 洋 移 民 会 社 の 取 扱 に 係 る 本 県 の メ キ シ コ 行 移 民 二 百 十 名 は 昨 日 の 便 船 に て 出 発 せ り 卵 特 別 広 告 ︹六 月 1 五 日 ︺ メ キ シ コ 国 行 移 民 乗 船 第 八永 田九 六 月 甘 一 日 (旧 五 月 八 日 ) 那覇港 出 船 国 頭 郡名 護 工 寄 せ 神 戸 へ 向 ケ 出 発 可 致 侯 東 洋 移 民合 資会 社業 務 代 理人 肥 後 孫 左 衛 門 (注 ) 一 七 、 1 九 日 に も掲 載 O ㈹ 中 頭 郡 の 移 民志 願者 ︹六 月 二三 日 ︺ マ マ 仝 郡 に て は ま 四 月 一 日 以来 の 移 民志 願者 は爪畦 二 十 四 人 マ ニ ラ 二 十 三人 亜米 利 加 一 人 な-と 云 ふ ㈹ 特 別 広 告 ︹六 月 一 九 日 ︺ 私 の 依 頼 なり と て 移 民申 込者 よ り 金 銭 を 徴 収 す る も の 有 之由 侯得 共 斯 る 事 一 切 無 之 侯 富 山 久 三 (注 ) 二 二 二三 日 に も掲 載 。 ㈱ 特 別 広 告 ︹六 月 二 七 日 ︺ メ キ シ コ 行 移 民 乗 船 永 田 丸 瀬底 島 附 近 ヱ 座 礁 セシ モ 無事 引卸 シ 船 体 少 シ ノ 損 所 ナ ク 廿 五 日 正 后 神 戸 へ 向 ケ 出 発致 侯 間 此 段 広 告 候 也 六 月甘 五 日 東 洋 移 民合資 会 社 業 務 代 理人 肥 後 孫 左 衛 門

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㈹ 広 告 ︹六 月 二 七 日 ︺ 布 瞳 行 自 由 移 民 那 覇 区 西 池 畑 旅 館 lT T 取 扱 候 間 希 望 ノ 御 方 ハ 御 光 来 被 下 度 候 仙 台 移 民 合 資 会 社 代 理 人 林 田 茂 太 郎 (注 )二 1九 日 ' 七 月 1 日 に も 掲 載 。 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 富 山 久 三 (注 ) 五 日 に も 掲 載 。 ㈹ 広 告 ︹六 月 二 九 日 ︺ 布 瞳 行 申 込 者 ハ 速 二 旅 券 下 附 出 願 ス 可 シ 近 便 ヨ リ 出 発 ス 富 山 久 三 (注 ) 七 月 一 日 に も 掲 載 。 個 特 別 広 告 ︹七 月 九 日 ︺ メ キ シ コ 移 民 諸 氏 は 七 月 六 日 神 戸 出 発 相 成 候 間 此 段 広 告 候 也 東 洋 移 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門 46 掴 特 別 広 告 ︹七 月 三 日 ︺ 移 民 希 望 者 は 羽 地 古 我 知 村 二 八 番 地 中 城 喜 舎 場 村 1 五 1 番 地 便 宜 の 所 へ 申 込 む へ し 大 陸 殖 民 合 資 会 社 ㈹ 農 家 の 子 弟 と 無 職 業 者 ︹七 月 七 日 ︺ 昨 今 各 郡 部 の 状 況 を 見 る に 農 家 の 子 弟 は 小 学 校 を 卒 業 す る も 職 業 な き に 苦 み 己 む な -父 兄 の 財 産 を 喰 ひ 尽 し 其 の マ マ 果 て は 爪 瞳 、 マ ラ フ 、 メ キ シ コ へ 渡 航 し て 活 計 を 営 ま ん と す る に 至 れ る こ と 是 れ 本 県 目 下 の 1 部 社 会 の 状 態 な り 今 1 般 農 家 の 家 庭 教 育 を 見 る に 子 弟 は 小 学 教 育 を 終 へ 中 等 教 育 の 初 歩 に て も 受 け ん か 忽 ち 農 業 は 厭 や に な り て 官

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i 叫 途 に 就 か ん など の 思想 を 起 し て 首 里 那覇 へ 出づ る 者 少 と せ ず 斯 る 勢 に て 進 まば 善 良 な る 農 業 者 を造 り 出 す こ とを 能 は ざ る や 必 せ -抑 も 此 の 如 き 現象 を 呈出 す るは 小 学 校 時代 に 農 業 上 の 趣 味 を解 せ ざ る も の 其 一 大 原 因た る べ し 果 し て 然 ら ば 如 何 にし て 此影 響 を免 れ んか 即ち 小 学 校 に て 出 来得 る 限 -他 の 諸 学科 と 連絡 し て 農 業 の 趣味 を 長 ぜ しめ 又 家 庭 に 於 て も 小 学 教育 と 相 侯 ち 精 神 的 或 は 物 質 的 方 法 に 由 り意 を 農業 の 点 に 用 ひん には 大 に 効 果 を収 む べ L と某 農 業 者 は 語 れ-(注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二二 四 頁収 録 。 ︹八月 一 一 日 ︺ 久 米 二 六 二 九番 地 (湖 城 ) 江 移 転 ス 常 山 久 三 移民 に関す る新開記事- 明治36・37年 齢 特 別広 告 ︹八月 五 日 ︺ 布 畦 移 民申 込 済 ノ 者 ハ 速 二 来 談 ア リタ シ 大 陸殖 民合 資 会 社 帝 国殖 民合資 会 社 業 務 代 理人 菅 山 久 三 ㈹ 特 別広 告 ㈹ 墨 国移 民 の 危険 (上 ) ︹九 月 五 日 ︺ ▲ 危 険 な る 炭 鉱 ▲ 七 百名 の 同 胞 の 運命 如 何 ▲ 内 二 百 余 名 は 本 県 人也危 険 至極 先 頃 本県 人 二 百余 名 が移 民会 社 の 取扱 に 拠 -て 墨 国 に 渡航 した る こ と 読 者 の 知 る 所 な-然 る に 米 国桑港 に 於 て 本邦 人 の 発行 せ る 1新 世 界 」 新 聞 七 月 二 手 日 及 八月 一 日 両 日 の 紙 上 に 危 険 な る 炭 鉱 と 遷 し墨 国 炭 鉱 の 危 険 な る 事 業 に 今 回 渡 航 の 本 邦 労 働 鉱夫 七百名 の 内 に 本 県 人 二 百名 も あ る 事 を 記 し て 其 運 命 を気 つ か へ り 同記 事 を掲 載 せ る 新 聞 二 葉 在 桑港 本 県 人 より 本 社 へ 寄 送 し来 り た る を 以 て 其 全 文 を 転載 し て 当 局者 及 ひ 我 同胞 の 注 意 を促 か さ ん と す 同新 開 七 月 三 十 日 の 紙 上 に 掲 けた る 記 事 は 左 の 如 し 過 日チ ャ イ ナ 号 に て 著 した る 墨 国行炭 鉱労 働 者 二 百 名 は

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マ マ 其 後 報 導 な し た る 通 -当 地 伊 藤 石 丸 一 柳 等 諸 氏 の 斡 旋 に ょ り て 無 事 仕 向 け 地 へ 出 発 し た る が 別 報 に よ れ ば 本 邦 移 民 会 社 は 郵 船 会 社 汽 船 曙 丸 を 貸 り 受 け 既 に 五 百 名 の 労 働 者 を 同 地 へ 輸 送 し 既 に 同 地 に 若 し 居 る 筈 な り 過 日 桑 港 に 来 り て 右 の 支 那 号 二 百 名 の 移 民 者 を 侯 た ず 墨 国 に 引 き 返 し 行 き た る 移 民 会 社 代 理 人 小 林 直 三 郎 は 仝 -右 五 百 名 の 移 民 始 末 な り と の こ と 然 る に 叢 に い と も 奇 怪 至 極 危 険 千 マ マ 万 な る 報 導 こ そ 表 ほ れ た -前 記 七 百 名 の 移 民 は メ キ シ コ ' コ -ウ エ ラ ー な る ア メ リ カ ン 、 コ ー ル 及 コ ー ク 会 社 の 炭 鉱 夫 と し て 出 発 し た る も の な る が 昨 年 十 二 月 三 日 頃 当 港 に 若 し た る 支 那 号 に は 墨 国 行 移 民 三 十 五 名 乗 -込 み 来 り り し が 其 仕 向 け 先 き は 矢 張 前 記 の ア メ リ カ ン ' コ ー ル 及 コ ー ク 会 社 な り L と 然 る に 当 事 其 移 民 と 同 乗 し 来 り た る 進 藤 氏 は 同 船 移 民 中 の 一 人 大 槻 岩 音 な る も の と 心 易 く な り 大 槻 か 当 地 出 発 豊 国 へ 行 き た る 後 互 に 書 簡 を 往 復 な し 居 た る が 程 も あ ら せ ず 大 槻 よ り は 1 大 非 報 を 斎 ら せ 来 り た り 即 ち 同 行 三 十 五 名 の 労 働 者 は メ キ シ コ よ り 数 百 哩 を 隔 て た る 荒 蕪 の 地 に 送 ら れ そ れ よ り 炭 鉱 に 使 役 せ ら る , こ と ゝ な り た る が 其 苛 酷 な る と 危 険 な る は 筆 紙 に 尽 し 難 -只 想 像 の 一 例 と し て 特 報 す べ き は 三 十 五 名 の 同 胞 中 就 働 後 1 ケ 月 に し て 生 存 す る も の 僅 か に 十 数 名 他 は 皆 炭 鉱 内 の 瓦 斯 に 窒 息 せ し め ら れ 又 は 炭 鉱 用 爆 発 物 の 為 め に 祭 れ 或 は 粗 雑 な る 小 屋 の 倒 れ た る に 圧 し 殺 さ れ 何 れ も 無 惨 の 最 後 を 遂 け た り と ぞ さ れ ば 右 の 大 槻 は 到 底 危 険 堪 へ 得 べ -も な け れ ば 一 夜 鉱 山 監 督 者 の 透 を 窺 ひ 暗 に 紛 れ て 其 場 所 を 逃 げ 延 び 目 下 豊 国

に 在 -事 実 は 大 槻 よ り 当 地 の 進 藤 氏 へ 其 窮 状 と 危 険 に 遭 遇 し た る を 報 じ 来 り た る 処 な

更 に

の地

に 同

ひ 行 き た る 当 時 の 契

者 は

小林

直 三

と 開 く に 至 っ て は 愈 々 危 険 至 極 な る 炭 鉱 を 云 ふ べ し 更 に 憎 む べ き は 此 度 当 地 理 由 の 労 働 者 が 総 て 琉 球 人 に し て 邦 語 を 解 せ ざ る も の た る こ と な り 吾 徒 は 右 の 移 民 を 契 約 し た る 東 洋 移 民 会 社 な る も の は 如 何 程 ま で 信 用 し 得 で き も の た る を 知 ら ず と 錐 も 現 在 其 代 理 人 た る 小 林 が 三 十 五 名 を 死 地 に 陥 入 れ お き な が ら 更 に 数 百 名 を 輸 送 し た る は 何 等 の 理 由 其 間 に 存 す る も の ぞ 吾 徒 は 本 邦 労 働 者 が 需 用 せ ら る 、 新 境 地 の 招 か る 、 は 悦 ぶ と こ ろ な り 但 そ れ 移 民 会 社 が 陰 険 な る 手 段 を 弄 し て 労 働 者 を 自 己 営 利 の 犠 牲 と な す こ と 其 48

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移民 に関す る新 聞記事- 明治36・37年 例 証 砂 か ら ず 刻 下 憂 慮 に 堪 へ ざ る は 合 計 七 百 名 の 本 邦 労 働 者 が 運 命 果 し て 奈 何 (八 月 1 日 の 記 事 は 次 号 の 紙 上 に 掲 -べ し ) (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 三 三

-四 頁 。 鋤 豊 国 移 民 の 危 険 (中 ) ︹九 月 七 日 ︺ ▲ 危 険 な る 炭 鉱 ▲ 同 胞 七 百 名 の 運 命 如 何 ▲ 内 二 百 余 名 は 本 県 人 な り 危 険 至 極 又 た 八 月 一 日 発 行 の 「新 世 界 」 新 聞 に は 危 険 な る 炭 鉱 後 報 て ふ 題 下 に 左 の 如 -記 せ り 先 週 琉 球 人 二 百 名 の 労 働 者 は 墨 国 炭 鉱 へ 輸 送 せ ら れ た る が 此 墨 国 な る ア メ リ カ ン ' コ ー ル 及 コ ー ク 会 社 の 炭 鉱 は 実 に 危 険 極 ま -な き 地 獄 谷 に し て 升 五 名 の 同 胞 は 本 年 春 危 地 に 陥 穿 せ ら れ 殆 ん ど 其 生 死 を 判 明 せ ざ る ほ ど の 怖 ろ し き 前 例 あ る こ と は 恰 も 前 々 号 の 紙 上 記 載 し 置 き た る が マ マ 既 記 大 槻 初 音 な る 移 民 は 1 行 の 甲 乙 種 々 な る 原 因 に て 悲 惨 の 最 後 を 遂 げ た る を 見 る に 危 険 身 に 迫 り 来 る を 以 て 遂 に 該 炭 山 を 夜 に 乗 じ て 逃 出 し 漸 く 1 身 の 安 全 を 得 た る 次 第 に て 同 人 へ 向 け 当 地 某 よ -其 知 人 に て 同 1 行 中 の 大 竹 惣 重 な る 移 民 の 安 否 を 聞 き 合 は せ た る と こ ろ 大 竹 は 去 三 月 甘 三 日 炭 鉱 に 於 て 焼 死 し た る こ と を 目 撃 せ り と の 確 報 あ り 現 に 大 槻 が 該 炭 山 を 逃 げ 出 す 当 日 の 如 き は 瓦 斯 の 破 裂 に よ -て 十 四 名 の 死 傷 者 を 出 し た り と さ れ ば 身 を 以 て 免 が れ た る 大 槻 か 同 船 な り し 知 己 新 道 氏 に 向 っ て

〇 よ り 発 し た る も の あ り 今 其 書 面 の 末 節 を 摘 録 せ ば (原 文 ) 「私 ハ ヤ ウ ハ ヤ ウ 右 の 炭 山 出 発 致 た れ ど も 何 処 に か 何 処 無 き 故 残 -の 友 人 共 は 毎 日 泣 を 払 て 考 へ 居 升 何 卒 向 後 此 者 を 御 救 助 被 下 る 御 神 が 世 界 に 御 座 い ま せ ん か 万 1 之 有 る 時 は 何 な る 約 定 で も 取 結 び 出 頭 致 升 」 貧 少 な る 文 字 文 を 為 さ す と 錐 も 其 神 を 祈 -て 世 に 訴 ふ る 処 を 考 ふ れ ば 実 に 涙 な -海 外 数 千 里 の 異 郷 荒 涼 た る 墨 国 の 野 に 叫 げ へ る 同 胞 の 移 民 を 念 へ は 誰 か 1 片 の 同 情 に 客 な る 者 ぞ 是 の 如 -に し て 先 発 三 十 五 名 の 同 胞 移 民 は 其 生 死 さ へ 判 明 せ ざ る は ど な -天 下 恐 ら -斯 の 如 き 危 険 地 獄 谷 あ ら む や 然 る に 今 回 二 百 名 の 沖 縄 人 を 輸 送 し た る は 右 の 地 獄 谷

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に し て メ キ シ コ な る ロ ー ス 、 エ ス ペ ラ ン ザ ス ' ク ー ルウ ヰ ラ ア メ リ カ ン ' コ ー ク 会 社 に 供 給 せ し も の な -今 其 当 事 者 に 就 き て 開 -と こ ろ に よ れ ば 此 移 民 を 募 集 せ し 東 洋 移 民 会 社 な る も の は 佐 久 間 某 な る も の 社 長 に し て 此 佐 久 間 は 当 地 東 洋 汽 船 の 伊 藤 氏 の 知 人 な り と や ら 伊 藤 氏 は 佐 久 間 よ り の 依 托 を 受 け さ て こ そ 石 丸 一 柳 両 人 に 托 し て 其 移 民 の 送 方 を 取 計 ら は し め た る も の な り と 右 東 洋 移 民 会 社 代 理 人 な る 小 林 直 三 郎 は 過 日 当 地 に 来 り 居 た る が 去 る 六 月 十 八 日 頃 本 邦 に 於 て 東 洋 汽 船 会 社 が 尾 城 汽 船 会 社 が 新 た に 購 入 し た る 大 汽 船 明 保 野 丸 を 借 り 入 れ 東 洋 移 民 会 社 が 募 集 せ し 墨 国 移 民 五 百 名 を 搭 載 し て 神 戸 を 出 帆 し 墨 国 サ ン タ ロ ザ リ ナ 港 へ 直 航 せ し も の 其 着 船 日 取 り 切 迫 し た る を 以 て 直 ち に 墨 国 へ 引 き 返 へ し 伊 藤 幸 次 郎 氏 に 其 後 事 を 托 し 置 き た り と 吾 徒 は 轡 に 声 明 せ し 如 -本 邦 労 働 者 移 民 の 新 境 地 を 招 き 海 外 に 移 住 せ し む る は 最 も 富 国 の 策 な り 此 点 に 於 て 移 民 を 奨 励 す べ き も 由 来 移 民 会 社 が 営 利 の 為 め に 移 民 を 危 地 に 陥 れ た る の 例 砂 L と せ ず 既 に 此 墨 国 炭 鉱 の 如 き 先 発 三 十 五 名 が 死 生 さ へ 判 然 せ ざ る ほ ど の 危 険 な る 地 へ 既 に 七 百 名 の 多 人 数 を 輸 送 し た る 責 任 は 彼 移 民 会 社 に あ -当 事 者 の 言 に 徴 す れ ば 一 噸 六 十 銭 の 割 合 ひ に て 移 民 会 社 に て 石 炭 採 掘 を 受 負 ひ た る も の 也 と そ が 事 実 な り や 否 哉 は 姑 -措 き 東 洋 移 民 会 社 が 単 に 労 働 者 を 猟 り 集 め て 1 人 幾 許 の 営 利 に 迷 ひ 生 死 の ほ ど は 関 せ ず 蔦 ' 跡 は 野 と な れ 山 と な れ と 邦 語 に も 通 ぜ さ る 可 憐 な る 沖 縄 人 を 売 り た る も の に 非 ざ る か 更 に 面 白 き 感 あ る は 豊 国 ま で 五 日 間 と 見 積 り 其 旅 程 中 の 食 料 1 人 前 1 日 分 金 四 十 五 銭 に て 1 行 の 監 理 人 通 弁 佐 藤 栄 三 郎 な る も の と 堂 本 商 店 の 間 に 契 約 せ ら れ た る が 聞 く と こ ろ に よ れ ば 麺 麹 及 び 鐘 詰 肉 類 の 貯 蔵 に 堪 ゆ る も の な -L と 一 日 分 四 十 五 銭 の 食 料 は 伸 々 立 派 な る 御 馳 走 な る べ し 十 銭 料 理 に 舌 鼓 打 て る 都 人 士 は 寧 ろ 移 民 が 賓 沢 な る に 驚 く な る べ し さ て も 亜 米 利 加 は 物 価 の 貴 き 国 な る か な 此 契 約 は 堂 本 佐 藤 の 間 に 結 ば れ て 堂 本 を 紹 介 し た る 石 丸 一 柳 な ん ど 一 切 関 せ ざ -L と ぞ 左 も あ る べ し 移 民 七 百 名 が 将 来 を 憂 ふ る も の は 本 紙 な り 希 -ば 杷 憂 と な り て 此 移 民 が 安 全 に 移 住 の 地 点 を 占 取 せ ん こ と を 祈 る 若 し 其 れ 先 発 三 十 五 名 と 悲 運 を 共 に す る 如 -ん ば 移 民 会 社 は 奈 如 な る 言 辞 を 以 て 生 霊 に 答 へ む と は す る ぞ 呼 々 50

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(注 ) ﹃沖 縄 県 史﹄ 19 二三 四 -五 頁収 録 。 机 在 墨 国 本 県 民 に 就 き ︹九 月七 日 ︺ 別記 墨 国移 民 の 怪 聞 に 就 き東 洋 移 民 会 社 の 本 県 取 扱 人 た る 肥後 孫左 工 門氏 よ り 電報 に て 本 社 へ 問 合 せた るに 本 県 の 移 民 は 無事 に 職 業 に 従 事 し居 れ-と の 返 電あ り し 由左 れ と 墨 国 の 所 在 地 よ り 確 実 な る 報 道 あ る に あ ら ざ るよ -は 右 の 如 き 単 に 在 日 人 の 取扱 会 社 の 返 電 の み に て は 安 心 し かた し (注) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二三 五 頁収 録 。 移民に関す る新開記事- 明治36・37年 帰 墨 国移 民 の 危 険 (下 ) ︹九 月九 日 ︺ ▲ 移 民 四 百余 名 は 遂 に 送 還 せ ら る ▲ 本 県 移 民 の 消 息 は 尚 は不明 なり 「新 世 界」 は 前 号 に 連 載 せ る 記 事 の 外 に 八月十 日 の 紙 上 i 於 て 本 邦 移 民 等 は 前 記 の 如 -炭 坑 労 働 の 甚 た 危 険 な る を察 し 遂 に 腕 力 に 訴 へ て 東 洋 移 民会 社 の 在 メ キ シ コ 代 理 人 小林 直 三 郎 と 強談 の 結 果 五 百名 の 中 四 百 六十余 名 は 首 尾 よ く 本 邦 人 送 還 せら れた る 事 を 記 し 尚 は 本 県 移 民 に 就 て は 単 に目 的 地 に 達 した る 迄 の 報 道 に 接 した る の み にし て 未 た何等 の 詳 報 に 接 せ す 心 痛 に 堪 へ さ る 旨 を 附 記 せ-以 上 は 総 て 在 米 国桑港 に て 発 行 せ る 新 開 の 報 道 な る が尚 ほ 本 邦 に 於 て も 八月 三 十 日 発 行 の 東 京 日 々 新 聞 及 ひ 万朝 報 の 報 す る 所 左 の 如 し 東 洋 移 民会 社 の 取扱 に 係 る メ キ シ コ 移 民 四 百余 名 が送 還 せら れ て 横 浜 に 到着 し 東 京 に 押 寄 せ ん と し っ 、 あ -▲ 発端 佐 久 間鋼 三 郎 が 代 表 せ る 東 洋 移 民会 社 に ては 下 カ リ ホ ル ニ ヤ 州 メ キ シ コ 領 の 銅 山 に 労 働 者 を 送 る の 契 約 を結 び和 歌 山 '広 島 、熊 本 '沖 縄其 他 諸 県 よ-五 百

人 の 農 夫 を募 集 し六 月 十 八 日 東 洋汽 船会 社 の 所 有 汽 船 明 保 野 丸 (二 千 五 百 余 噸 )に 搭 載 し 神 戸 港 を 出帆 せ しめ 同船 は七 月十 六 日 を 以 て 下 カ リ ホ ル ニ ヤ 州 の 東 岸 に 到 着 の 移 民 を 上 陸 せ し めたり ▲ 移 民 の 拒 絶 元来 銅 山 に 於 て 要す る 鉱 夫 にし て 移 民会 社 の 送 -た る も の は 農 夫 な-此 事 た る 移 民 会 社 が 当 初 契 約 の 際 に 租 漏 の 処 あ り た る 結 果 にし て 先 方 は 当 然 の 主 張

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-な れ ば 農 夫 の 内 に 混 じ た る 四 十 九 人 の 鉱 夫 を 除 き 其 余 は 雇 人 を 拒 絶 し た り 此 れ 全 -移 民 会 社 の 責 任 に 帰 す べ き も の に し て 農 夫 は 仮 に 雇 入 れ ら る 、 を 得 る も 労 働 に 堪 ふ べ き に あ ら ず 依 て 総 代 を 選 み 会 社 の 代 理 人 に 談 判 す る こ と 、 な れ り ▲ 移 民 の 大 紛 擾 東 洋 移 民 会 社 の メ キ シ コ 代 理 小 林 某 に 対 し て 誤 判 せ ん と し た る に 小 林 は 無 責 任 に も 現 場 を 見 捨 て メ キ シ コ 首 府 に 逃 走 し た れ ば 移 民 は 途 方 に 暮 れ 義 に 一 大 紛 擾 を 醸 し た る を 以 て 銅 山 主 は 武 力 を 以 て 移 民 を 追 払 ひ し か ば 地 方 警 察 に て も 捨 置 か れ す 中 央 政 府 に 上 申 し 其 訓 令 を 仰 ぎ 応 急 手 段 を 取 る こ と に な れ -▲ 出 帆 差 止 メ キ シ コ 政 府 に 於 て は 応 急 手 段 と し て 今 や 帰 航 の 途 に 就 か ん と し っ 、 あ る 明 保 野 丸 の 出 帆 を 差 止 め 前 記 の 四 十 九 人 を 除 き 四 百 五 十 三 人 の 農 夫 を ば 同 船 に て 日 本 に 送 還 す る こ と に せ -だ も 前 記 鉱 夫 四 十 九 名 も 雇 入 れ は し た る も 紛 擾 の 際 に 十 余 名 は 生 命 行 方 共 に 不 明 と な り た り ▲ 移 民 の 帰 船 此 の 如 -メ キ シ コ 政 府 の 取 計 ひ に よ -移 民 は 着 船 よ り 十 一 日 を 紛 擾 に 費 し 七 月 甘 七 日 を 以 て 同 地 を 出 帆 帰 国 の 遠 に 就 き 八 月 二 十 七 日 横 浜 埠 頭 に 到 着 し た -彼 等 は 此 の 如 き 苦 痛 と 損 害 と を 受 け た る こ と の 仝 -莱 洋 移 民 会 社 に 在 る を 知 了 し 居 れ ば 直 に 上 陸 し て 同 社 に 押 寄 せ 談 判 す る 所 あ ら ん と せ L に 東 洋 移 民 会 社 は 早 -も 此 事 に 就 て 責 任 の 免 か れ 酢 き と 共 に 1 大 打 撃 を 受 く る を 予 知 し 其 防 禦 線 を 張 り た -▲ 会 社 の 上 陸 禁 止 運 動 移 民 会 社 の 佐 久 間 鋼 三 郎 は 移 民 の 着 船 に 先 ち 外 務 省 に 出 頭 し て 哀 願 す る 所 あ り 同 省 よ -横 浜 水 上 警 察 署 に 訓 示 し て 移 民 の 上 陸 を 差 止 め た -彼 等 移 民 は 往 復 六 十 日 以 上 を 船 中 に 費 し 食 物 及 ひ 飲 料 水 の 如 き も 十 分 な ら す 栄 養 不 良 に 陥 り 上 陸 を 欲 す る の 念 は 燃 る が 如 -殊 に 移 民 会 社 に 対 し て は 大 に 談 す る 所 あ ら ん と せ L に 無 情 に も 差 止 を 喰 ひ 目 下 警 察 官 と 交 渉 中 な り 云 々 上 記 の 如 き 四 百 余 名 送 還 せ ら れ た る 外 本 県 移 民 の 消 息 は 不 明 な れ と も 何 れ 其 詳 報 に 接 し 次 第 本 紙 に 掲 載 す へ し (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 三 五 -六 頁 収 録 。 52 銅 特 別 広 告

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W ・ ・-・ . ヽ 、、 ・ ・ ︹九 月 九 日 ︺ 五 七 両 日 の 琉 球 新 報 へ メ キ シ コ 移 民 危 険 と の 記 事 有 之 候 得 共 右 は 和 歌 山 ' 福 岡 、 鹿 児 島 、 宮 崎 ' 広 島 の 五 県 よ り メ キ シ コ 銅 山 へ 出 様 人 の 事 に し て 本 県 よ -出 棟 の 諸 氏 は 皆 無 事 相 働 被 居 候 旨 本 社 よ り 通 知 有 之 侯 間 移 民 諸 氏 の 御 親 族 御 安 心 相 成 度 右 広 告 候 也 ︹九 月 一 一 日 ︺ 父 兄 へ 告 -一 仝 地 よ -今 月 よ -減 給 と の 電 報 之 れ 有 り 侯 に 付 詳 細 の 報 告 来 る 迄 移 民 出 発 抑 ゆ 富 山 久 三 九 月 八 日 東 洋 移 民 合 資 会 社 代 理 人 肥 後 孫 左 衛 門 (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 三 七 頁 収 録 。 移民 に関す る新 聞記事- 明治36・37年 糾 特 別 広 告 ︹九 月 一 一 日 ︺ マ ニ ラ 移 民 よ り 六 月 分 よ -送 金 せ し 旨 中 越 之 れ あ れ 共 神 戸 沖 縄 間 銀 行 の 取 引 き 出 来 居 ら ず 神 戸 に て 受 取 更 に 送 金 手 続 き を な す 為 め 月 日 遅 延 に 相 成 る 筈 に 付 此 段 父 兄 へ 告 l1rp 九 月 十 日 常 山 久 三 個 特 別 広 告 鯛 本 県 墨 国 移 民 ︹九 月 1 五 日 ︺ 東 洋 移 民 会 社 か 本 県 よ り 募 集 し た る 「 メ キ シ コ 」 国 行 移 民 二 百 二 名 は 七 月 六 日 神 戸 出 発 海 上 無 意 同 月 甘 六 日 米 国 桑 港 着 同 升 1 日 1 同 炭 山 に 到 着 し 就 業 せ L に 1 時 煽 動 者 の 誘 拐 の 為 め 逃 走 を 企 て し も の あ り L も 其 の 筋 の 注 意 に 依 -全 -鎮 定 し 其 後 無 事 労 働 に 従 事 し 居 る 趣 に て 同 会 社 佐 久 間 鋼 三 郎 よ -本 県 知 事 に 宛 安 心 を 請 ふ と の 詳 細 な る 書 面 来 り た る 由 因 に 記 す 同 社 の 取 扱 移 民 中 紛 擾 の 結 果 送 還 し た る 同 国 「 コ -ウ エ ラ ー 」 な る 「 コ ー ル 」 及 「 コ ー ク 」 会 社 の 炭 坑 と 今 回 本 県 移 民 の 就 業 せ る 「 エ ス ペ ラ ン ザ ス 」 と は 非 常 に 土 地 隔 絶 し 居 り て 何 等 関 係 な し と な り (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 三 九 頁 収 録 。

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⋮ h II ⋮ 妄圭 ⋮を ⋮i弓 tI Mh H⋮ ︼董 ー⋮ ⋮ ⋮董 ji hを 醐 特 別 広 告 ︹九 月 1 九 日 ︺ マ ニ ラ 移 民 願 書 却 下 相 成 ル 筈 二 付 当 所 へ 持 参 相 成 度 シ 富 山 移 民 取 扱 事 務 所 大 陸 殖 民 合 資 会 社 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 富 山 久 三 梱 布 瞳 移 民 の 送 金 高 ︹九 月 一 九 日 ︺ 昨 三 十 六 年 当 山 氏 の 取 扱 に て 布 瞳 へ 渡 航 せ る 本 県 移 民 四 十 名 か 同 年 九 月 よ り 本 年 七 月 に 至 る 十 1 ケ 月 間 に 稼 ぎ 諸 0 0 0 0 0 0 0 0 雑 費 差 引 き 家 許 へ 送 金 せ る 総 金 高 は 七 千 八 百 三 十 一 円 に し て 内 十 七 名 は 二 百 円 以 上 二 百 五 十 八 円 以 下 の 送 金 者 ' 十 九 名 は 百 五 円 以 上 二 百 円 未 満 の 送 金 者 、 百 円 未 満 の 者 は 複 に 1 名 に 過 さ ず 之 を 平 均 す れ は 1 人 の 送 金 高 百 九 十 五 円 金 に し て 1 人 1 ケ 月 の 純 益 高 十 七 円 余 の 割 合 な -(注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 三 九 頁 収 録 。 醐 特 別 広 告 ︹九 月 二 五 日 ︺ 十 月 ヨ リ 毎 月 布 瞳 移 民 三 十 名 乃 至 五 十 名 宛 取 扱 榊 布 畦 移 民 と 馬 尼 刺 移 民 二

月 二 1 日 ︺ 布 畦 移 民 及 ひ 馬 尼 刺 移 民 は 本 年 八 月 以 来 半 減 せ ら れ 即 ち ● ● ● ● 従 来 当 地 取 扱 の 布 畦 移 民 は 大 陸 殖 民 会 社 の 分 毎 月 百 十 二 名 を 五 十 六 名 に 帝 国 移 民 会 社 の 分 廿 名 を 十 名 に 滅 せ ら れ ● ● ● ● ● 又 馬 尼 刺 移 民 は 大 陸 殖 民 会 社 の 分 百 八 名 を 五 十 四 名 に 帝 国 移 民 会 社 の 十 六 名 を 人 名 に 減 せ ら れ た -是 れ 迄 馬 尼 刺 へ 出 し た る 移 民 は 外 務 省 よ -特 別 に 五 百 名 許 可 を 受 け し も の な る が 七 月 迄 は 月 給 三 十 六 円 の も の を 八 月 よ り 二 十 六 円 に 減 せ ら れ た -其 原 因 は 仝 地 民 政 庁 土 木 係 か 全 費 用 を 全 消 し 為 に 工 事 も 今 後 五 ケ 月 よ -永 -継 続 の 見 込 な き を 以 て 斯 の 如 -処 置 を 取 る に 至 り た り と い ふ 馬 尼 刺 か 斯 る 情 況 に な り し 為 め 移 民 取 扱 人 は ま 九 月 よ り 方 向 を 布 瞳 に 転 し 九 月 は 二 十 名 ' 十 月 は 三 十 名 、 十 1 月 は 四 十 名 を 取 扱 ふ の 予 定 に て 其 次 は 未 定 な り と い ふ 又 布 畦 移 民 は 去 54

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移民 に関す る新聞記事- 明治36・37年 七 月 以 来 は 外 務 省 の 方 針 仝 -1 変 し 仝 地 に て 永 住 稼 業 の 見 込 な き も の は 渡 航 せ し め さ る 事 と な り 可 成 は 夫 婦 全 行 す る か 又 は 従 来 農 業 に 従 事 し た る も の に 限 -て 渡 航 を 許 す 事 と な れ る よ し

l四

小 村 寿 太 郎 団 租 特 別 広 告 二

月 二 七 日 ︺ 今 二 至 り 官 庁 ヨ リ 移 民 取 扱 許 可 書 を 提 示 セ ヨ ト ノ 御 命 令 有 之 候 推 フ こ 小 生 二 村 シ 疑 念 ヲ 懐 ク 者 有 之 候 カ モ 難 計 候 二 付 更 二 許 可 書 ノ 全 文 ヲ 広 告 ス

送第

二号

大 陸 殖 民 合 資 会 社 業 務 執 行 社 員 (向 カ ) 副 社 長 日 尚 輝 武 明 治 三 十 七 年 二 月 十 六 日 附 願 沖 縄 県 平 民 富 山 久 三 ヲ シ テ 内 地 二 於 テ 業 務 代 理 ヲ 為 サ シ ム ル ノ 件 許 可 ス 明 治 三 十 七 年 三 月 二 十 五 日 外 務 大 臣 男 爵 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 執 行 社 員 竹 内 正 志 明 治 三 十 六 年 十 二 月 十 二 日 附 願 沖 縄 県 平 民 富 山 久 三 ヲ シ テ 内 地 こ 於 テ 業 務 代 理 ヲ 為 サ シ ム ル ノ 件 許 可 ス 明 治 三 十 七 年 二 月 十 日 外 務 大 臣 男 爵 小 村 寿 太 郎 田 (注 ) 二 九 日 に も 掲 載 。 二, r・) 鋤 富 山 久 三 氏 の 帰 庁 〓 1 月 一 九 日 ︺ 神 戸 へ 出 張 中 の 大 陸 殖 民 合 資 会 社 及 ひ 帝 国 殖 民 合 資 会 社 業 務 執 行 社 員 富 山 久 三 氏 は 1 昨 日 入 港 の 便 船 よ り 帰 県 せ 慣此 (港 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 四 四 頁 収 録 。

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⋮h hh⋮ ー㌣ . i .まー =l . ︰︰ 、 . 、 ︰ . t 出 港 の 沖 縄 丸 便 に て 出 発 せ り 桐 布 瞳 移 民 の 制 裁 〓 1 月 1 九 日 ︺ 布 瞳 移 民 に 対 す る 年 齢 の 限 度 は 従 来 十 八 歳 以 上 四 十 三 歳 迄 な -L も 今 回 日 本 移 民 同 盟 会 本 部 の 決 議 に 基 き 外 務 省 の 認 許 を 得 て 更 に 之 を 改 め 即 ち 去 月 よ り 十 五 歳 以 上 身 長 五 尺 以 上 に 限 る 五 十 歳 未 満 を 限 り て 取 扱 ふ 事 と な り て 近 来 米 国 へ 渡 航 す る も の , 中 一 旦 布 瞳 に 渡 航 し 更 に 米 国 へ 転 杭 の 手 段 を 取 り た る 事 実 発 覚 し て 営 業 の 1 部 を 停 止 せ し め ら れ た る 前 例 も あ れ ば 自 今 同 業 間 の 制 裁 を 厳 に し 特 に 防 禦 法 を 定 め 渡 米 労 働 者 に 対 し て は 直 接 其 筋 よ り 認 可 を 与 へ ず 又 各 移 民 取 扱 人 に 於 て も 所 謂 抜 懸 渡 米 者 に 注 意 を 加 へ 万 1 此 制 裁 を 侵 し て 渡 米 し た る 時 は 取 扱 人 及 本 人 よ り 金 百 円 を 支 払 は し む る こ と と し 己 に 主 務 省 の 認 可 を 経 た -と 云 ふ ㈹ 特 別 広 告 二 一 月 二 三 日 ︺ 布 瞳 移 民 十 二 月 分 取 扱 農 業 者 二 限 ル 那 覇 区 字 西 四 五 二 番 地 仙 台 移 民 合 資 会 社 業 務 代 理 人 林 田 茂 太 郎 (注 ) 二 五 日 に も 掲 載 。 ㈹ 特 別 広 告 ︹ 1 1 月 二 三 日 ︺ 1 自 今 布 畦 移 民 男 女 合 せ て 月 百 名 乃 至 二 百 名 で 募 集 ノ 所 人 員 不 足 ス 希 望 者 ハ 申 込 ア レ 富 山 久 三 (注 ) 二 五 日 に も 掲 載 。 ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 四 四 頁 収 録 。 56 糾 布 瞳 移 民 の 出 発 二 一 月 二 三 日 ︺ 仙 台 移 民 会 社 の 取 扱 に 係 る 布 瞳 行 の 本 県 移 民 七 名 は 昨 日 齢 特 別 広 告 二 一 月 二 七 日 ︺

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移民 に関す る新聞記事一 明治36・37年 ヒ リ ツ ピ ン 移 民 送 金 ' 五 ' 六 月 分 保 証 人 稔 氏 へ 送 附 ス ミ ' 八 月 分 現 金 未 着 七 月 ハ 送 金 ナ シ 父 兄 へ 告 グ 富 山 久 三 幽 特 別 広 告 ︹ 二 一月 三 日 ︺ 十 1 月 分 移 民 四 十 名 卜 十 二 月 分 移 民 七 十 名 ノ 内 三 十 名 卜 合 七 十 名 ハ 近 便 ヨ リ 出 発 ス ' 四 十 名 ト 1 月 分 移 民 一 石 名 ハ 未 定 移 民 へ 告 ク 常 山 久 三 (注 ) 五 日 に も 掲 載 。 榊 布 瞳 移 民 の 出 発 ︹ 〓 1月 五 日 ︺ 仙 台 移 民 合 資 会 社 の 取 扱 に 係 る 本 県 よ り の 移 民 人 名 は 1 昨 三 日 出 港 の 二 見 丸 に て 出 発 せ り ㈹ 時 世 小 観 ︹ 〓 1月 七 日 ︺ 墨 国 移 民 の 紛 擾 に つ き て 在 桑 港 同 情 生 果 然 墨 国 行 移 民 は 騒 擾 を 起 せ -所 謂 柔 順 な る 琉 球 移 民 に し て 監 督 者 の 説 諭 に も 服 せ す 巡 査 の 発 砲 を も 恐 れ ず 数 回 の 逃 亡 を 企 て 今 尚 は 紛 擾 中 な り と い ふ よ り 察 す れ ば 彼 等 の 働 き 居 る 炭 鉱 が 如 何 に 危 険 極 ま る 場 所 た る か を 知 る に 余 り あ り 吾 人 は 会 社 と 移 民 間 に 結 べ る 契 約 を 詳 細 に 知 ら さ る が 故 に 此 紛 擾 の 所 置 に つ き 早 計 に 論 断 を 下 す 能 は す と 錐 も 兎 に 角 会 社 に し て 彼 の 炭 坑 か 斯 -恐 る べ き 地 獄 ロ た る を 知 ら ば 必 ら ず 彼 等 を 安 全 な る 位 置 に 救 ひ 出 す へ き を 信 す る 者 な -若 し 然 ら ず し て 同 会 社 が 射 利 の 為 め に 飽 迄 彼 等 を 酷 役 せ ん か 吾 人 は 憐 む へ き 彼 等 同 胞 の 為 め 血 あ り 涙 あ る 志 士 仁 人 に 向 っ て 1 腎 の 労 を 惜 さ ら ん 事 を 切 希 す る も の な り 左 に 十 1 月 二 日 当 港 に て 発 行 の 「新 世 界 」 新 開 の 記 事 を 掲 載 し て 同 胞 の 参 考 に 供 す 日 く 東 洋 移 民 会 社 が 嚢 に 五 百 名 の 移 民 を 豊 国 ロ ー ' カ リ ホ ル ニ ヤ 州 ボ レ オ に 送 り て 大 失 敗 を 招 き 遂 に 之 を 本 邦 に 送 還

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す る の 止 む 可 か ら ざ る に 至 -今 尚 は 移 民 と 会 社 と の 間 に 紛 議 中 な り 東 洋 移 民 会 社 が 墨 国 ラ ス ペ ラ ン ザ ス に 向 け 琉 球 人 二 百 名 を 当 地 を 経 由 し て 送 致 し た る こ と を 当 時 本 紙 を こ の 沖 縄 県 人 移 民 が 移 民 会 社 の 甘 言 に 迷 は さ れ て 移 住 し 来 り L に 非 ざ る か 或 は 暢 気 千 万 な る 琉 球 人 が 過 労 の 働 き に 堪 ゆ べ L や 何 れ に し て 移 民 事 業 の 将 来 に 向 つ て 其 結 果 を 憂 ふ る と こ ろ あ -L が 果 し て 此 二 百 名 の 琉 球 移 民 は 毒 も 就 業 の 念 な き の み な ら ず 裸 体 洗 足 等 あ ら ゆ る 醜 態 を 演 じ た る 為 め 是 れ 亦 送 還 の 止 む 可 か ら ざ る に 至 る 可 L と の 事 な -L が 当 事 者 の 非 常 な る 苦 心 に て 兎 も 角 も 就 業 せ し む る 事 と な り 送 還 の 不 幸 を 再 ひ す る に 至 ら ざ り L も 遂 に 其 就 業 に 堪 へ ず 八 月 十 二 日 よ り 十 四 日 ま で の 間 に 就 て 三 四 十 名 乃 至 五 六 十 名 宛 の 団 体 を 造 り 数 回 逃 亡 を 企 て 監 督 者 の 説 諭 に も 服 せ ざ る を 以 て 遂 に 巡 査 は 之 を 制 止 せ ん が 為 め 発 砲 し た る 事 も 三 四 回 に 及 び 其 首 謀 者 数 名 は 獄 に 投 ぜ ら る 、 の 大 騒 ぎ と な り 今 に 混 雑 を 極 め 居 る 由 云 々 (注 ) ﹃沖 縄 県 史 ﹄ 19 二 四 四 頁 収 録 。 二 二 月 九 日 ︺ 何 分 の 通 知 ま で 布 畦 移 民 1 月 よ り 毎 月 男 百 名 (女 も 同 数 ) 募 集 す 希 望 者 は 速 に 申 込 あ れ 富 山 久 三 (注 )

二 、 一 五 ㌧ 一 七 ㌧ 一 九 日 と 掲 載 。 ㈹ 布 畦 移 民 の 出 発 二 二 月 1 五 日 ︺ 当 山 氏 の 代 理 取 扱 に 係 る 春 暖 行 労 働 移 民 十 1 月 分 四 十 名 十 二 月 分 三 十 名 は 本 日 出 港 の 球 陽 丸 便 に て 出 発 の 筈 な る か 之 を 地 方 別 に す れ は 左 の 如 し 首 里 区 国 名 島 尻 郡 十 八 名 中 頭 郡 十 四 名 国 頭 郡 珊 四 名 又 た 同 氏 の 取 扱 員 数 従 来 は 両 社 の 分 百 名 内 外 に 過 き き り し か 本 月 よ り は 増 加 し て 大 陸 移 民 会 社 の 分 百 六 十 七 名 (男 ) 帝 国 移 民 会 社 の 分 三 十 名 (男 ) を 取 扱 ふ 事 と な り 本 県 に て 希 望 者 あ れ は 其 範 囲 内 に 於 て 毎 月 募 集 す る と の 事 な り 58 ㈹ 特 別 広 告

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移民 に関す る新 開記事- 明治36・37年 ㈹ 墨 西 寄 通 信 ︹ 二 一月 1 九 日 ︺ 在 メ キ シ コ 演 元 生 ▲ 日 本 人 の 天 長 節 在 墨 日 本 人 と し 云 へ ば 本 県 移 民 二 百 余 名 熊 本 移 民 百 十 余 名 監 督 者 合 せ て 三 百 数 十 名 に て 全 日 午 前 九 時 よ り 食 堂 に 於 て 天 長 の 御 儀 式 を 挙 げ ま し た 先 づ 第 1 に 最 敬 礼 、 君 が 代 の 唱 歌 (三 唱 ) 各 監 督 者 の 祝 詞 、 演 説 、 東 洋 移 民 総 代 の 祝 詞 (宮 城 友 六 ) 熊 本 移 民 総 代 の 祝 詞 そ れ か ら 余 は 現 今 我 が 国 の 状 態 と 海 外 移 民 の 覚 悟 と 云 ふ 事 に 付 ひ て 口 演 致 し ま し た 右 移 る や 両 陛 下 万 歳 大 日 本 帝 国 移 民 万 歳 を 三 唱 し て 閉 会 致 し ま し た 尤 も 余 の 演 説 は 読 者 に 縁 の 遠 い 事 情 で は あ -ま す が 柳 か 以 て 海 外 移 民 一 班 の 思 想 を 追 想 せ ん 便 り も に や と 左 に 博 -な が ら 記 載 す る 次 第 で あ り ま す 今 日 此 の 盛 大 な る 天 長 の 御 儀 式 に 列 席 す る 事 の 出 来 ま し た の は 誠 に 此 の 徳 幸 の 光 栄 と す る 所 で ご ざ い ま す さ て 今 日 の 吉 日 に 臨 み ま し て 私 は 現 今 我 が 国 之 状 勢 と 云 ふ 事 と 又 た 我 等 海 外 移 民 の 覚 悟 と 云 ふ 事 に 付 ひ て 柳 か 述 べ た い と 考 へ ま す 先 づ 現 今 我 国 の 状 勢 と 申 し ま し た な ら ば 満 堂 之 御 方 の 御 承 知 の 通 -で 海 に 陸 に は た 野 原 に 谷 に 彼 の 逆 猛 な る 露 国 之 人 士 と 千 曳 を 交 へ 連 戦 連 勝 を 挙 げ つ 、 あ る 大 急 勢 の 場 合 で あ -ま し て 我 々 大 日 本 帝 国 国 民 た る も の 二 時 一 刻 も 脳 裡 を 放 す 事 の 出 来 な い 現 今 で ご ざ -ま す か 、 る 場 合 で あ り ま す か ら 畏 -も 我 両 陛 下 を 御 始 め マ マ と し 将 校 よ り 下 士 は た 人 般 国 民 に 至 る ま で 一 方 な ら ん 骨 折 を 致 し て お る 次 第 で あ -ま す 見 よ 海 陸 の 軍 人 は 千 里 の 異 郷 に 放 れ 寒 気 肌 を 努 -厳 冬 も 物 と せ ず 数 日 之 断 食 数 週 間 の 露 営 も 苦 と せ ず 弾 丸 雨 注 の 下 で 我 が 大 君 の 御 為 に 働 い て お る の で あ -ま す た ヾ に 軍 人 の み な ら ず 又 一 般 国 民 は と 申 し ま し た な ら ば こ れ 又 各 々 己 れ の 職 務 に 勤 勉 し そ れ 相 応 な る 貢 献 を 致 し て お る 次 第 で あ り ま す し か ら ば 我 々 移 民 た る 者 は 如 何 な る 覚 悟 を し た な ら ば よ か ろ う か と 申 し ま し た な ら ば 彼 の 軍 人 等 の 弾 丸 雨 注 の 下 で 刃 と 戦 ふ に の つ と -ま し て 我 々 は 朝 な 夕 な 風 の 日 も 雨 の 日 も か わ -な -如 何 に メ キ シ コ の 石 炭 が 堅 く あ ろ う と も つ ま り 不 捷 不 屈 如 何 な る 困 難 辛 苦 に も 接 ま ん と い ふ 所 の 精 神 を 堅 め て 以 て 石 炭 と 戦 ひ そ し て 1 厘 一 毛 た -と も 多 -外 国 の お 金 を 取 り て 多 大 の 金 員 を 我 国 へ 輸 入 す る の が 何 よ り

(29)

の 急 務 と 私 は 考 へ ま す 加 之 今 や 我 等 は 戦 勝 国 民 た る 以 上 は ツ マ リ 其 れ 相 当 の 意 気 を 以 て 活 動 し 此 後 尚 は 1 層 の 御 奮 励 あ り て 我 大 君 の 御 為 め に 尽 さ れ ん こ と 此 書 目 に 於 て 述 へ ま し た 次 第 て 御 さ -ま す ▲ 余 興 午 后 1 時 よ り 際 涯 な き 所 謂 草 又 草 な る 北 米 の 大 原 野 且 つ は 遠 -人 里 を 距 れ た る イ ト 物 寂 し け る 草 野 に 於 て 天 長 節 の 余 興 は 施 さ れ ま し た の で 一 同 参 集 し て 大 日 本 帝 国 々 旗 を 東 天 に 旅 し 誰 開 く 人 も な き 大 原 野 に 於 て 合 図 の ピ ス ト ル と 同 時 に 大 日 本 帝 国 移 民 万 歳 を 三 唱 し 八 尺 大 な る 軽 気 球 を は 我 本 国 の 方 へ 向 け 掲 揚 致 し ま し た ス ル ト 又 彼 所 て は 花 煙 此 処 て は 大 砲 の 音 と い ふ 有 様 で 大 に 賑 ひ ま し た 夫 か ら 徒 歩 競 争 三 回 ' 一 人 一 脚 二 回 ' 二 人 三 脚 三 回 、 盲 馬 ' 服 装 整 頓 競 争 ' 盲 目 の 瑳 拾 ひ ' 大 将 奪 ひ 等 種 々 の 競 争 を 催 し ま し た の で 夫 れ -賞 品 を 与 へ ら れ ま し た 尤 も 斯 -様 々 の 競 争 残 さ ず 1 よ -十 ま で 総 て 沖 縄 出 身 宮 城 友 六 氏 1 等 賞 を 得 ま し た の で 誠 に 外 人 の 注 意 を 引 き ま し た 暫 時 休 憩 の 後 ち 沖 縄 出 身 は 恋 し き 故 郷 へ 向 け 大 な る 軽 気 球 を 放 揚 致 し ま し た 航 路 天 涯 に 故 障 な -は 恐 ら く は 同 胞 の 頭 上 に 着 下 し た で あ ら う 斯 -て ビ ー ル の 大 会 三 百 余 名 を 三 十 棒 即 ち 三 十 名 で 一 棟 (代 十 四 五 円 ) 宛 を 傾 け 微 紅 を 帯 び 1 同 退 散 致 し ま し た の は 午 后 の 五 時 で 御 坐 い ま し た 如 何 に 書 は し き 事 で あ り ま し た ら う ㈹ 特 別 広 告 ︹

1

月 二 一 日 ︺ 来 ル 廿 四

( 絹 朋 細 は ) 左 ノ 諸 項

二付

談 話 ス 1 移 民 歴 史 ノ 概 略 1 移 民 ノ 種 類 其 利 益 一 布 畦 労 働 者 情 況 午 后 一 時 ヨ リ 普 天 間 宮 前 二 於 60 富 山 久 三 一 本 県 移 民 策 ノ 必 要 卜 其 現 在 (注 ) 二 三 日 に も 掲 載 。 ㈹ 布 畦 移 民 の 安 着 二 二 月 二 三 日 ︺ 去 十 月 二 十 九 日 当 地 出 発 の 本 県 移 民 宮 山 氏 取 扱 ) 甘 四 名 は 去 月 九 日 横 浜 解 蔑 海 上 志 な -同 十 九 日 布 畦 ホ ノ ル 、

(30)

移民 に関す る新 聞記事 - 明治36・37年 港 へ 上 陸 し 検 査 其 他 の 手 続 も 無 事 終 了 し 同 国 馬 瞳 島 パ イ ア 耕 地 へ 雇 は る 、 事 と な り 同 日 午 后 五 時 同 港 出 発 翌 二 十 日 午 前 七 時 頃 パ イ ア 耕 地 へ 安 着 し 船 中 の 疲 労 を 医 す る 為 め 一 両 日 は 休 憩 し 二 十 三 日 よ り 一 同 労 働 に 従 事 す る 事 と な れ り と い ふ 同 地 の 気 候 は 昼 夜 の 変 化 甚 た し -一 同 着 当 時 は 即 ち 十 一 月 下 旬 旧 の 十 月 中 旬 な る に 昼 十 二 時 頃 は 恰 も 沖 縄 の 旧 三 四 月 頃 の 気 候 の 如 -寒 冷 を 感 す と い ふ 同 耕 地 へ 沖 縄 人 の 労 働 は 今 回 か 始 め て の 事 と て 他 の 日 本 労 働 者 は 外 国 人 の 如 -珍 ら し -思 ひ 毎 日 尋 ね 来 -沖 縄 の 事 情 な と 間 ひ 試 み 1 行 は 其 応 答 に 由 ま る 程 な -と 1 行 二 十 四 名 三 個 の 小 屋 へ 分 棲 し 三 ヶ 所 の コ ッ ク の 賄 に て 食 事 を 為 し 賄 料 1 人 に 付 1 ケ 月 十 二 円 五 十 銭 位 な り と い ふ 又 た 同 地 の 物 価 は 沖 縄 の 四 五 倍 位 の 高 価 な り と い ふ 因 に 神 戸 ' 横 浜 に 於 け る 布 畦 移 民 取 扱 所 の 取 扱 は 丁 寧 に し て 一 点 の 間 然 す る 所 な -一 行 二 十 四 名 は 大 に 滴 足 せ -と 又 た 他 府 県 出 身 の 移 民 に し て 横 浜 に て 二 度 の 検 査 に 合 格 し た る も の か 春 暖 ホ ノ ル 、 府 に 至 り 充 血 の 為 め 不 合 格 と な り 日 本 へ 送 還 せ ら れ た る 者 四 名 あ り 他 人 な か ら 実 に 気 の 毒 の 至 に 堪 へ ず と 同 一 行 よ り の 私 信 あ り 此 等 は 移 民 希 望 者 の 兼 て よ -注 意 し 置 -へ き も の な

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