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密教文化 Vol. 1994 No. 188 002武田 和昭「十三仏図の成立再考――岡山・木山寺蔵十王十本地仏図を中心として―― P29-60」

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Academic year: 2021

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(岡

)

一、 は じ め に ( 1 ) 筆 者 は か つ て 本 誌 第 一 六 九 号 (平 成 二 年 二 月 刊 ) に、 ﹁ 十 三 仏 図 の 成 立 に つ い て ﹂ の 拙 論 を 発 表 し た が、 そ の 中 で 十 三 仏 図 の 成 立 を つ ぎ の よ う に 論 じ た。 ま ず 陸 信 忠 筆 様 の 宋 画 十 王 図 が 請 来 さ れ、 そ れ を 模 し て わ が 国 で 十 王 図 が 作 ら れ、 そ の 十 王 に 本 地 仏 が 当 て ら れ た。 そ の 初 期 の 作 例 と し て 禅 林 寺 蔵 十 界 図 や 福 岡 ・ 誓 願 寺 蔵 十 王 図 が あ げ ら れ る。 そ し て、 そ れ ら 十 王 図 の 中 か ら 十 王 の 本 地 仏 が 取 り 出 さ れ て 一 幅 に 描 か れ た 香 川 ・ 神 護 寺 本 や 東 京 国 立 博 物 館 本 の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 ( 十 一 仏 図 ) の 成 立 を み た が、 こ の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 は 大 日 ・ 不 動 ・ 地 蔵 ・ 釈 迦 三 尊 ・ 阿 弥 陀 三 尊 な ど で 構 成 さ れ た も の で、 や が て そ れ に 阿 閾 如 来 と 虚 空 蔵 菩 薩 が 付 加 さ れ て、 福 井 ・ 万 徳 寺 本 の よ う な 整 然 と 配 列 さ れ た 曼 茶 羅 形 式 の 十 三 仏 図 が 成 立 し た と 推 論 し た。 そ の 成 立 過 程 の な か で 十 一 尊 曼 茶 羅 図 に 先 行 し て 一 〇 幅 本 十 王 図 か ら、 十 王 と 本 地 仏 の み を 抽 出、 集 成 し た 一 幅 本 の 図 が 存 在 す る で あ ろ う こ と を 考 え て い た が、 し か し そ の 時 点 で は、 そ の 種 の 図 を 見 い だ す こ と が で き な か っ た。 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 と こ ろ が ﹃ 岡 山 県 社 寺 所 有 資 料 調 査 報 告 書 ﹄ 3 ( 岡 山 県 教 育 委 員 会、 平 成 五 年 三 月 刊 ) の 中 に、 岡 山 県 真 庭 郡 落 合 町 の 真 ( 2 ) ( 3 ) 言 宗 の 古 刹、 木 山 寺 に ﹁ 遣 迎 二 尊 十 王 十 仏 図 ﹂ と い う 名 称 の 図 が 所 蔵 さ れ て い る こ と が 記 さ れ て お り、 興 味 深 く 感 じ ら れ、 早 速 に 実 査 し た と こ ろ、 木 山 寺 本 は 十 王 と そ の 本 地 仏 で あ る 十 仏 を 一 幅 に ま と め て 描 か れ て お り、 筆 者 の 想 像 し て い た 図 像 に 極 め て 近 い も の で あ っ た。 本 拙 論 で は、 木 山 寺 蔵 詮 王 十 本 地 仏 図 ( 以 下、 本 図 と い う ) の 図 像 の 持 つ 意 味 と 十 王 の 本 地 仏 か ら 十 三 仏 図 が 成 立 す る 過 程 で、 本 図 が は た し た 役 割 に つ い て 考 察 す る こ と に し た い。 二、 構 図 と 諸 尊 の 像 容 本 図 ( 図 1 ) は 絹 本 著 色、 縦 一 二 一 ・ ニ セ ン チ、 横 五 六 ・ 0 セ ン チ の 一 副 一 鋪 の 掛 幅 装 で あ る。 図 像 を み る と、 ま ず 図 の 上 部 に 阿 弥 陀 如 来 と 釈 迦 如 来 が 並 立 し、 そ の 下 部 に 十 王 と 仏 ・ 菩 薩 八 体 が 配 さ れ て い る。 各 十 王 の 傍 ら に は 短 冊 形 の 銘 記 欄 に ﹁ 初 七 日 秦 廣 王 大 日 ﹂ な ど と 記 さ れ て い る こ と か ら、 十 王 と そ の 本 地 仏 の 仏 ・ 菩 薩 十 体 を 表 し て い る わ け だ が、 そ の 配 置 を み る と 一 見 し て、 や や 雑 然 と し 図1十 王 十 本 地 仏 図 (岡 山 ・木 山 寺 蔵)

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た 印 象 を 受 け る。 も ち ろ ん 最 上 部 の 釈 迦 と 阿 弥 陀 が、 ひ と き わ 大 き く 描 か れ て い る の で、 こ の 二 尊 が 重 要 な 意 味 を 持 つ と み ら れ よ う。 こ こ で は 初 七 日 忌 か ら 三 年 忌 ま で の 忌 日 の 順 に、 そ の 像 容 を み る こ と に す る。 (初 七 日 秦 廣 王 大 日 ) 秦 廣 王-執 笏 戴 冠 で 権 福 衣 を 着 け 正 面 を 向 く。 大 日 如 来 -五 智 の 宝 冠 を 被 り、 左 手 の 人 差 し 指 を 右 手 で 握 り 蓮 台 上 で 右 足 を 上 に し て 結 蜘 跣 坐 す る 菩 薩 形 で、 い わ ゆ る 通 形 の 金 剛 界 大 日 如 来 で あ る。 ( 二 七 日 初 江 王 尺 迦 ) 初 江 王-執 笏 戴 冠 で 権 補 衣 を 着 け、 画 面 に 向 か っ て や や 右 に 向 く。 釈 迦 如 来 -画 面 の 最 上 部 左 側 に 踏 み 割 り 蓮 華 台 上 で、 右 手 は 屈 腎 し て 胸 前 で 施 無 畏、 左 手 は 垂 下 し て 与 願 印 を 示 す。 ( 三 七 日 宗 帝 王 文 殊 ) 宗 帝 王-執 笏 戴 冠 で 褄 禰 衣 を 着 け て 画 面 に 向 か っ て 半 ば 右 を 向 く。 文 殊 菩 薩 -右 手 に 剣、 左 手 は 屈 腎 し て 蓮 枝 を 持 つ。 蓮 枝 の 先 に は 開 敷 蓮 華 の 上 に 梵 筐 が み ら れ る。 頭 部 に は 五 髪 を 結 う い わ ゆ る 五 髪 の 文 殊 菩 薩 で 蓮 台 の 上 に 坐 し、 二 重 の 円 光 背 が み ら れ る。 ( 四 七 日 五 官 王 普 賢 ) 五 官 王 -執 笏 戴 冠 で 篠 福 衣 を 着 け て、 画 面 に 向 か っ て 大 き く 右 後 方、 つ ま り 後 ろ に 振 り 返 る よ う に 描 く。 普 賢 菩 薩-頭 部 に 宝 冠 を 戴 き、 右 手 に 経 巻、 左 手 は 屈 腎 し て 三 鈷 剣 を 乗 せ る 蓮 茎 を 持 つ。 ( 五 七 日 閻 魔 王 地 蔵 ) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 閻 魔 王-櫨 福 衣 を 着 け 正 面 に 向 き、 開 口 し 分 心怒 の 形 相 で、 右 手 は 人 頭 杖 を 持 ち、 左 手 は 腹 前 に 置 い て 五 指 を 開 く。 地 蔵 菩 薩 -左 手 は 腹 前 に 置 い て 宝 珠 を 乗 せ、 右 手 は 胸 前 で 錫 杖 を 執 る。 (六 七 日 攣 成 王 弥 勒 ) 攣 成 王-執 笏 戴 冠 で 櫨 禰 衣 を 着 け、 画 面 に 向 か っ て 半 ば 左 に 向 く。 弥 勒 菩 薩-左 手 は 左 膝 上 に 伏 せ て 置 き、 右 手 は 屈 腎 し て 胸 前 に お い て 五 指 を 伸 ば す。 ( 七 七 日 太 山 王 薬 師 ) 太 山 王-執 笏 戴 冠 で 櫨 福 衣 を 着 け、 画 面 に 向 か っ て 右 横 に 向 く。 薬 師 如 来 -左 手 は 腹 前 に 置 き、 掌 の 上 に 薬 壷 を 乗 せ る。 右 手 は 屈 腎 し て 胸 前 に 置 い て 五 指 を 伸 ば し た 施 無 畏 印 を 結 ぶ。 ( 百 箇 日 平 等 王 観 音 ) 平 等 王-執 笏 戴 冠 で 櫨 福 衣 を 着 け、 半 ば 左 に 向 く。 面 相 は 開 口 し て 分 心怒 の 形 相。 観 音 菩 薩-頭 部 に 宝 冠 を 被 り、 左 手 は 屈 腎 し て 未 敷 蓮 華 を 持 つ。 右 手 は 未 敷 蓮 華 に 添 わ す。 ( 一 周 忌 都 市 王 弥 陀 ) 都 市 王-執 笏 戴 冠 で 櫨 棺 衣 を 着 け、 半 ば 右 を 向 く。 阿 弥 陀 如 来-踏 み 割 り 蓮 華 台 上 で、 右 手 は 屈 腎 し て 第 一 ・ 二 指 を 捻 じ、 左 手 は 垂 下 し て 第 一 ・ 二 指 を 捻 じ た、 い わ ゆ る 来 迎 印 を 結 ぶ。 ( 第 三 年 五 道 転 輪 王 勢 至 )

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五 道 転 輪 王 -執 笏 戴 冠 で 櫨 棺 衣 を 着 け、 後 ろ を 振 り 返 る よ う に す る。 勢 至 菩 薩-宝 冠 を 被 り、 胸 前 で 合 掌 す る。 以 上、 構 図 と 像 容 に つ い て 略 記 し た が、 十 王 の 形 姿、 特 に 閻 魔 王 の 像 容 は 他 に 類 例 が 見 ら れ ず 興 味 深 く、 ま た 仏 菩 薩 の 一 部 に も 注 意 さ れ る べ き 点 が あ る の で、 こ れ ら に つ い て 考 察 し た い。 な お 阿 弥 陀 と 釈 迦 が 並 立 す る 構 図 に つ い て は 特 に 重 要 で あ る の で、 別 記 す る こ と と す る。 (1) 十 王 の 像 容 本 図 の 十 王 を み る と 秦 広 王 ・ 閻 魔 王 を 除 く と 他 の 八 王 は 右 を 向 く も の、 左 を 向 く も の、 振 り 返 る も の な ど 実 に 様 々 で 自 由 な 姿 に 表 さ れ る。 特 に 五 官 王 や 五 道 転 輪 王 は 半 身 に し て 何 か を 窺 う よ う に 後 ろ に 振 り 返 る な ど、 図 の 上 部 の 釈 迦 ・ 阿 弥 陀 が 並 立 ・ 対 称 的 で 礼 拝 画 的 な 構 図 を 見 せ る の に 比 較 し て、 あ ま り に も 不 釣 り 合 い で あ る。 さ て 現 存 す る 十 王 の 像 容 は 大 き く、 つ ぎ の よ う に 分 類 さ れ る。 ( 4 ) (1) 敦 煙 本 地 蔵 十 王 図 系 被 帽 地 蔵 菩 薩 を 中 心 に し て、 そ の 左 右 に 机 を 前 に し て 坐 す 十 王 ( 唐 服 ・ 戴 冠 ・ 執 笏 ) を 一 〇 体 配 す。 あ る い は 十 王 を 立 像 と す る。 図 の 下 部 に 金 毛 獅 子 と 道 明 和 尚 を 描 く。 五 道 転 輪 王 の み 甲 冑 形 と す る。 ( 5 ) (2) 陸 信 忠 筆 本 十 王 図 系 十 王 を 一 〇 幅 に 描 き 分 け る。 十 王 は 執 笏 せ ず、 衝 立 を 背 に し て 椅 子 に 座 し、 机 上 の 紙 に 筆 で 書 く 仕 草 を す る。 図 の 下 部 に 地 獄 の 獄 卒 の 責 め 苦 を 描 き、 十 王 の 多 く が 分 心 怒 の 相 を 示 す。 こ の 系 統 を 踏 襲 す る の が 禅 林 寺 蔵 十 界 図 や 兵 庫 ・ 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 極 楽 寺 蔵 六 道 絵 な ど の 十 王 で あ る。 ( 6 ) (3) 高 麗 ・ 李 朝 画 地 蔵 十 王 図 系 敦 燈 本 地 蔵 十 王 図 ( 立 像 十 王 図 系 ) を 典 拠 と す る も の で、 地 蔵 (高 麗 で は 被 帽 が 多 い。 ) を 中 心 に し て、 そ の 周 囲 に 執 笏 戴 冠 で 王 侯 服 を 着 け る 十 王 と 道 明 ・ 無 毒 鬼 王 ・ 伴 官 な ど 多 数 の 尊 像 を 配 す る。 た だ し 五 道 転 輪 王 の み 甲 冑 形 と す る。 以 上 は 広 く 知 ら れ る 十 王 図 中 の 十 王 で あ る が、 本 図 と 比 較 す る と 着 衣 ・ 持 物 な ど は 共 通 す る も の の 個 々 の 形 姿 が 大 ( 7 ) き く 異 な っ て い る こ と が 指 摘 さ れ よ う。 そ こ で さ ら に 博 捜 す る と 大 阪 ・ 弘 川 寺 蔵 地 蔵 十 王 図 ( 図 2 ) が 見 い 出 さ れ た。 弘 川 寺 本 の 十 王 と 本 図 の 十 王 と は、 ま ず 立 像 で あ る こ と、 執 笏 す る こ と、 そ し て 形 姿 が 自 由 で あ る こ と な ど の 点 で 酷 似 し て お り 興 味 深 い。 さ て 弘 川 寺 本 地 蔵 十 王 図 で あ る が、 こ れ に つ い て は い ま だ 詳 し い 解 説 が な さ れ て い な い の で、 簡 単 に 紹 介 し て お き た い。 図 の 最 上 部 に 雲 中 に 乗 る 三 体 の 人 物 の う ち 僧 形 で 右 手 に 錫 杖、 左 手 は 掌 を 下 に し て 宝 珠 を 持 つ の が 地 蔵 で あ る。 通 常 は 掌 を 上 に し て、 そ の 上 に 宝 珠 を 乗 せ る の と は 異 な り、 珍 し い。 地 蔵 の 背 後 に は 城 壁 ら し き も の が 描 か れ、 そ の 門 か ら 首 枷 を つ け ら 図2地 蔵 十 王 図 (大 阪 ・弘 川 寺 蔵)

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れ た 罪 人 が 獄 卒 に よ っ て 引 き 出 さ れ て い る。 な お 地 蔵 の 両 辺 に 赤 蛇 と 白 蛇 が 口 か ら 火 炎 を 吐 き 出 し て い る の は 印 象 的 で あ る。 図 の 中 央 部 に は 王 侯 服 で 執 笏 の 人 物 が 十 二 体 み ら れ る が、 前 列 の 十 体 は 十 王 で、 そ の 後 方 の 二 体 ( 笏 の 色 が 白、 帽 子 が 黒、 王 服 の 色 が 紫 ) は 伴 官 と 明 確 に 区 分 さ れ る。 そ の 後 ろ に は 女 人 二 体、 牛 頭 ・ 馬 頭 な ど 獣 頭 人 身 像 が 十 一 体 で あ る。 最 下 部 に は 針 山 を 巡 り な が ら 十 八 人 の 白 衣 を 着 け た 俗 人 が 合 掌 し な が ら 列 を 作 っ て い る。 そ し て、 そ の 先 頭 に は ﹁ 統 引 領 亡 鬼 使 者 ﹂ と 書 か れ た 幡 を 持 つ 人 物 が 白 馬 に 乗 り、 俗 人 を 振 り 返 る。 最 後 尾 に は 刀 を 持 つ 獄 卒 が 俗 人 を 追 い 立 て る よ う な 仕 草 を 示 し て い る。 こ れ ら 三 つ の 場 面 は 有 機 的 な 繋 が り を 持 ち 一 連 の も の と し て と ら え る こ と が で き、 そ の 意 味 す る と こ ろ は 獄 中 の 罪 人 が 地 蔵 に よ り 救 済 さ れ、 使 者 の 導 き に よ り 針 山 の 間 を 巡 っ て 娑 婆 に 戻 る と こ ろ を 十 王 が 眺 め て い る と 推 察 ( 8 ) さ れ る。 こ う し た 図 様 は 敦 煙 の 十 王 経 図 巻 の 十 斎 具 足 生 天 図 ( 図 3 ) と 関 連 す る と み ら れ る の で、 弘 川 寺 本 も 十 斎 具 足 生 天 図 と す る の が 適 切 で あ ろ う。 こ こ で 問 題 の 十 王 を 再 見 す る と、 画 面 向 か っ て 右 に 黒 の 王 服 を 着 る 王 は 正 面 を 向 き 顎 髭 が も っ と も 豊 富 で、 お そ ら く 閻 魔 王 で あ ろ う。 他 の 諸 王 は 真 横 を 向 く も の、 や や 後 方 に 振 り 向 く も の な ど 左 右 に そ れ ぞ れ 顔 を 向 け、 極 め て 自 由 な 振 る ま い を み せ、 本 図 と 酷 似 し て い る。 さ て 弘 川 寺 本 の 制 作 地 で あ る が 朱 ・ 緑 青 ・ 群 青 図3十 斎具足生 天図一 十王経 図巻 の うち一 (久保惣記念美術館) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 な ど で 濃 彩 に 描 か れ 渦 巻 く 雲 に は 隈 取 り が 濃 い こ と、 十 王 や 諸 人 物 が 南 宋 画 の 新 知 恩 院 蔵 六 道 絵 に 酷 似 す る こ と な ど 南 宋 時 代 (十 三 世 紀 ) の 制 作 と 見 ら れ、 陸 信 忠 筆 十 王 図 を わ ず か に 遡 る も の と み ら れ よ う。 な お 弘 川 寺 本 の 画 中 に は ( 9 ) ﹁ 備 前 □ 南 寺 常 □ ﹂ と あ り、 中 国 ・ 朝 鮮 画 が 集 中 す る 瀬 戸 内 海 沿 岸 の 寺 院 に 所 蔵 さ れ て い た こ と が 判 明 す る。 わ が 国 に 伝 来 し た 十 王 関 係 の 遺 品 は 陸 信 忠 筆 様 の 十 王 一 〇 幅 本 や 高 麗 ・ 李 朝 画 の 地 蔵 十 王 図 が よ く 知 ら れ て い る が、 こ の よ う に 説 話 的 な 図 像 も 舶 戴 さ れ て い た こ と は 意 義 深 い と い え る。 お そ ら く 本 図 の 如 き 姿 形 自 由 な 十 王 の 像 容 に、 何 ら か の 影 響 が あ っ た も の と 推 察 さ れ よ う。 た だ し、 そ の 着 衣 を み る と や や 変 化 が あ る。 本 図 の 場 合 い ず れ も 鰭 袖 を あ ら わ し、 ま た 閻 魔 王 ・ 秦 廣 王 ・ 宗 帝 王 ・ 変 成 王 に は 両 肩 に 背 子 を 着 け て お り、 陸 信 忠 筆 様 や 弘 川 寺 本 に は み ら れ ず、 注 意 を 要 す る。 こ の よ う な 着 衣 は、 京 都 国 立 博 物 館 蔵 閻 魔 天 曼 茶 羅 の 諸 尊 や 鎌 倉 時 代 の 天 部 形 に 散 見 さ れ る も の で、 わ が 国 で の 変 化 で あ ろ う。 (2) 閻 魔 王 わ が 国 で 描 か れ た 閻 魔 王 の 像 容 は、 例 え ば、 大 阪 ・ 長 泉 寺 本 や 滋 賀 ・ 聖 衆 来 迎 寺 本 に み ら れ る よ う に 王 服 を 着 け、 頭 部 に 王 冠 を 戴 き、 葱 怒 形 で 顎 に 髭 を た く わ え、 右 手 に 笏 を 持 つ の が 通 形 で あ る。 も ち ろ ん こ れ は 中 国 画 の 影 響 で あ 図4閻 魔 天 (胎蔵 界 曼 茶 羅 ・御 室版)

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る こ と は 間 違 い な い。 つ ま り 陸 信 忠 筆 の 十 王 図 一 〇 幅 本 な ど 南 宋 画 を 典 拠 に し て 制 作 さ れ た こ と は 容 易 に 推 察 さ れ る で あ ろ う。 さ て 本 図 を み る と 先 述 し た よ う に 笏 を 持 た ず に 右 手 に 人 頭 憧 を 持 っ て い る。 こ の 人 頭 憧 を 持 つ 閻 魔 に つ い (10) て は、 中 野 玄 三 氏 が 密 教 の 閣 魔 天 か ら 浄 土 教 の 閻 魔 王 へ と 変 化 し て い く 過 程 の 中 で 明 ら か に さ れ た。 つ ま り 胎 蔵 界 曼 茶 羅 図 中 の 外 金 剛 部 院 南 方 に 配 置 さ れ る 閻 魔 天 は 菩 薩 形 で、 観 毬 座 上 の 水 牛 の 背 に 左 足 を 踏 み 下 げ 半 蹴 に 坐 し て 左 手 で 人 頭 憧 を 持 つ。 ( 図 4 ) こ の 種 の 作 例 と し て 醍 醐 寺 蔵 十 天 形 像 中 の 閻 魔 天、 醍 醐 寺 蔵 木 造 閻 魔 天 像 な ど が 知 ら れ、 ま た 十 二 天 屏 風 の 閻 魔 天 は 水 牛 は 見 ら れ な い が、 や は り 菩 薩 形 で 左 手 に 人 頭 橦 を 持 つ。 つ い で 神 護 寺 本 十 二 天 の 閻 魔 天 で は 宝 冠 に ﹁ 王 ﹂ の 字 が み ら れ る よ う に な る。 そ し て つ い に 京 都 国 立 博 物 館 本 や 園 城 寺 本 の 閻 魔 天 曼 茶 羅 図 (十 九 位 曼 茶 羅 ) は 葱 怒 形 の 閻 魔 天 に 変 化 し て い る。 以 上 の よ う な 変 遷 を 経 て 分 心怒 形 閻 魔 王 が 人 頭 憧 を 持 つ こ と が 明 ら か に さ れ た。 さ て 本 図 ( 図 5 ) で は 水 牛 に 乗 ら ず に 立 像 で 愈 怒 形 を 示 し て い る。 こ の こ と は 京 都 国 立 博 物 館 本 の 閻 魔 天 が 水 牛 と 離 れ 立 像 に な っ た と 解 釈 す 図5十 王 十 本地 仏 図 の 閻魔 王 (岡 山 ・木 山寺 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 る こ と も で き 浄 土 教 化 へ 更 に 一 歩 進 ん だ と み ら れ る が、 別 の 見 方 を す れ ば 先 述 し た 南 宋 画 の 弘 川 寺 本 地 蔵 十 王 図 の よ う な 立 像 十 王 の 閻 魔 王 に 単 に 人 頭 憧 を 持 た せ た よ う に も 受 け 取 れ る。 こ れ は 本 図 の 十 王 の う ち 閻 魔 王 以 外 の 諸 王 が、 か な り 自 由 な 姿 体 を 示 し 弘 川 寺 本 と の 関 連 が 濃 厚 で あ る こ と は、 そ れ を 示 唆 し て い る よ う に も 感 じ ら れ る。 た だ 閻 魔 王 の 開 口 葱 怒 の 誇 張 さ れ た 形 相 や 左 右 の 手 の 位 置 は、 鎌 倉 時 代 の 彫 刻 作 品 と 共 通 し て お り、 本 図 は こ の 時 代 を 反 映 し た も の と み ら れ よ う。 以 上 の こ と か ら 本 図 の 閻 魔 王 の 像 容、 つ ま り 人 頭 憧 を 持 つ こ と か ら 密 教 的 要 素 が 窺 え る と い え よ う。 (3) 普 賢 菩 薩 次 に 本 地 仏 を み る。 ほ と ん ど の 仏 ・ 菩 薩 の 像 容 は 通 形 で あ る が、 普 賢 菩 薩 が 珍 し い。 さ て 普 賢 の 像 容 は 次 の よ う な (11) も の が よ く 知 ら れ て い る。 (1) 象 の 上 に 乗 り、 胸 前 で 合 掌 す る。 (2) 象 の 上 に 乗 り 左 手 に 金 剛 鈴、 右 手 に 金 剛 杵 を 持 つ。 ( ﹃ 覚 禅 紗 ﹄ ) (3) 右 手 に 剣、 左 手 に 経 巻 を 持 つ。 (4) 両 手 で 蓮 茎 を 持 つ。 と こ ろ が 本 図 で は 右 手 に 経 巻、 左 手 に 蓮 華 上 に 火 炎 付 き 三 鈷 剣 の 乗 る 蓮 茎 を 持 っ て お り、 他 に 例 が 無 い。 左 手 に 三 鈷 剣 を 持 つ の は 胎 蔵 界 曼 茶 羅 の 中 台 八 葉 院 東 南 の 普 賢 に 確 認 さ れ、 そ れ に 関 連 す る も の と み ら れ る 東 大 寺 蔵 釈 迦 三 尊 十 六 羅 漢 図 中 に 確 認 さ れ る が 遺 例 は 殆 ど 無 い。 一 方、 普 賢 が 経 巻 を 持 つ 例 は 元 画 の 東 福 寺 蔵 釈 迦 三 尊 図 に み ら れ る く ら

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い で、 こ れ ま た 珍 し い。 本 図 の 場 合、 お そ ら く 胎 蔵 界 曼 茶 羅 中 の 普 賢 を 元 に し て、 宋 ・ 元 画 の 釈 迦 三 尊 の 普 賢 の 影 響 を 受 け た も の と み ら れ、 や は り 密 教 像 の 一 種 と い え よ う。 以 上 の よ う に 本 図 に 描 か れ た 十 王 や 十 仏 は、 全 体 的 に は 通 形 の 像 容 を 示 し て い る が、 閻 魔 王 や 普 賢 に 密 教 的 な 要 素 が 濃 厚 に 看 取 さ れ る こ と を 指 摘 し て お き た い。 三、 制 作 年 代 つ ぎ に 画 法 や 像 容 か ら 制 作 年 代 を 考 察 す る。 諸 尊 を み る と 画 法 は 仏 ・ 菩 薩 の 本 地 仏 が 皆 金 色 で 比 較 的 単 純 で あ る の に 対 し て、 十 王 は 朱 ・ 緑 青 ・ 群 青 な ど を 多 用 し、 さ ら に 衣 部 の 文 様 も 様 々 に 表 さ れ、 な か な か 多 彩 な 印 象 を う け る。 ま ず 本 地 仏 か ら み る こ と に す る が、 阿 弥 陀 ・ 釈 迦 ・ 薬 師 ・ 弥 勒 は 同 一 の 画 法 で あ る の で 阿 弥 陀 を 例 に と り、 記 す こ と に し た い。 肉 身 部 に は 金 泥 を 塗 り、 肉 身 線 は 張 り の あ る 均 一 な 朱 線 で 表 さ れ る。 頭 髪 部 は 群 青 を 塗 る。 髪 際 に は 比 較 的 太 い 緑 青 を 沿 わ し、 肉 髪 珠 に は 朱 を 塗 り、 白 毫 は 淡 朱 で 丸 く 表 し、 そ の な か に 白 土 を 塗 る。 眉 は 墨 線 で 長 く 淀 み な く 引 か れ る。 眼 は 上 瞼 ・ 下 瞼 線 と も 墨 線 で 表 し、 瞳 は 墨 を 塗 る。 眼 は 細 く わ ず か に 吊 り 上 が り 気 味 に 表 現 す る が、 上 瞼 線 を 比 較 的 太 く 引 く た め 落 ち 着 き の あ る 雰 囲 気 が 看 取 さ れ る。 鼻 は 短 め の 鼻 梁 を 引 き、 鼻 翼 は 丸 く 朱 線 で 表 す。 口 唇 は 朱 を 塗 り、 合 わ せ 線 は 墨 線 で あ ら わ す。 口 ひ げ ・ 顎 ひ げ に は 緑 青 を 塗 る。 衣 部 は 金 泥 を 塗 り、 切 金 で 卍 繋 ぎ 文、 麻 葉 繋 ぎ 文 ・ 立 涌 文 で 飾 る。 頭 部 に は 二 重 の 光 芒 が 十 一 条 放 射 状 に 切 金 で 表 さ れ、 頭 光 が 同 心 円 状 に 十 数 条 が 切 金 で 表 さ れ、 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 そ こ に 緑 青 を 塗 り 変 化 を 付 け る。 釈 迦 は 画 法 は も と よ り 着 衣 の 文 様 ・ 光 背 の 表 現 な ど す べ て 阿 弥 陀 と 同 一 で あ る。 ま た 文 殊 ・ 勢 至 ・ 薬 師 ・ 弥 勒 も 画 法 は 全 く 同 じ で あ る が、 衣 部 の 文 様 は 格 子 文 で 統 一 さ れ て い る。 つ ぎ に 大 日 ・ 観 音 ・ 地 蔵 ・ 普 賢 で あ る が、 こ れ は 先 の 阿 弥 陀 な ど と ほ ぼ 同 じ で あ る が、 た だ 肉 身 線 を 墨 線 で、 肉 身 部 が 黄 白 土 で あ る こ と が 異 な り、 ま た 特 徴 的 な の は 諸 尊 の 頬 に 淡 く 朱 の 照 り 隈 が 見 ら れ る。 衣 部 の 文 様 は い ず れ も 格 子 文 で あ る。 簡 単 に 諸 尊 の 画 法 を み た が、 阿 弥 陀 ・ 釈 迦 は 鎌 倉 時 代 後 期 以 降 に 盛 行 す る 皆 金 色 に 塗 ら れ、 衣 部 の 切 金 文 様 も 通 行 の 手 法 を 示 し、 面 相 部 は 目 尻 を や や 上 げ 気 味 に し て 厳 し さ を 表 し て い る。 頭 部 の 肉 髪 は や や 高 く 表 し、 ま た 髪 際 線 は 中 央 で ハ の 字 形 に し て 珍 し い。 こ の よ う な 中 央 部 の 表 現 は お そ ら く 宋 画 の 影 響 で あ ろ う が、 元 来 は 中 央 部 の 広 い 範 囲 で 一 端 下 方 に 下 が り、 中 心 部 で ハ の 字 と さ れ る も の で あ ろ う。 そ れ が や や 変 化 し て い る と こ ろ に 時 代 の 降 下 を 示 す。 以 上 の よ う に、 こ の 釈 迦 ・ 阿 弥 陀 の 二 尊 か ら 看 取 さ れ る の は、 鎌 倉 時 代 末 期 の 特 徴 と い え よ う が、 や や 平 板 的 な 印 象 を 受 け る の は 否 め な い。 他 の 諸 尊 に 目 を 移 す と、 特 に 文 殊 の 面 相 の 厳 し い 目 と キ リ ッ と 結 ん だ 口 が 一 段 と 目 立 つ。 こ れ は 奈 良 ・ 宝 山 寺 蔵 春 日 本 一 曼 茶 羅 図 ( 鎌 倉 時 代 末 期 ) の 諸 尊 に 酷 似 し て い る。 ま た 観 音 ・ 普 賢 ・ 文 殊 の 宝 冠 を み る と 正 面 頂 上 部 が 左 右 に 分 か れ る が、 こ れ も 鎌 倉 時 代 末 期 の 兵 庫 ・ 小 童 寺 蔵 阿 弥 陀 三 尊 二 十 五 菩 薩 来 迎 図 の 菩 薩 像 に 確 認 さ れ る も の で あ る。 ま た 薬 師 ・ 弥 勒 ・ 諸 菩 薩 な ど に み ら れ る 切 金 の 格 子 文 は 単 調 な 印 象 を 与 え る。 こ の よ う に 他 の 本 地 仏 か ら 考 察 す れ ば 鎌 倉 時 代 も 最 末 期 と い え よ う。

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つ ぎ に 十 王 を み る。 い ず れ も 肉 身 線 は 墨 線 で 肉 身 部 に は 黄 白 土 あ る い は 朱 を 塗 り、 衣 文 線 は 肥 痩 の あ る 墨 線 で 力 強 く 描 く。 衣 部 に は 朱 ・ 緑 青 ・ 群 青 な ど を 塗 り、 そ こ に 主 と し て 金 泥 線 で 文 様 を 描 い て い る が、 全 体 的 に や や 細 緻 さ に 欠 け る き ら い が あ る。 た だ 閻 魔 王 の 分 心 怒 の 形 相 に は 力 強 い も の が み ら れ、 他 の 諸 王 の 表 情 も な か な か 手 堅 い 描 写 で あ る。 以 上、 本 地 仏 や 十 王 の 画 法 な ど を み て き た が 適 当 な 基 準 作 が 見 い だ せ な い も の の、 制 作 年 代 は 十 四 世 紀 前 半 つ ま り、 鎌 倉 時 代 末 期 か ら 南 北 朝 時 代 初 期 と す る こ と に 異 論 は な か ろ う。 四、 本 地 仏 本 図 は 一 見 し て 図 の 上 部 の 釈 迦 如 来 と 阿 弥 陀 如 来 の 存 在 が と り わ け 印 象 深 い。 さ ら に 先 記 し た 銘 記 に み ら れ る よ う に、 十 王 と 本 地 仏 と の 関 係 が ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ の 配 列 と は 異 な る な ど 興 味 深 い 点 が み ら れ る。 こ こ で は 十 王 と 本 地 仏 と の 関 係 を 検 討 す る。 十 王 思 想 は 平 安 時 代 に す で に 確 認 さ れ、 さ ら に 鎌 倉 時 代 に 入 宋 僧 な ど に よ り 請 来 さ れ た 十 王 図 に よ っ て 隆 盛 と な っ (12) た こ と は、 す で に 多 く 論 じ ら れ 明 ら か に さ れ て い る。 そ れ は 陸 信 忠 筆 十 王 図 一 〇 幅 本 の 如 き 十 王 図 で、 こ れ は 初 七 日 忌 か ら 三 年 忌 ま で の 各 王 を 一 〇 幅 に 描 き わ け ら れ、 そ こ に は 王 と 判 官 そ し て 地 獄 の 責 め 苦 を 描 い て い る。 と こ ろ が 福 岡 ・ 誓 願 寺 本 や 京 都 ・ 二 尊 院 本 の 十 王 図 に な る と 図 の 上 部 に 本 地 仏 が 加 わ り、 変 化 を 示 し て い る。 さ て、 こ の 十 王 に 対 す る 本 地 仏 は、 わ が 国 で 創 出 し た と す る の が 通 説 と な っ て い る。 し か し 陸 信 忠 筆 と さ れ る 神 奈 川 ・ 称 名 寺 蔵 十 王 図 に、 す で に 本 地 仏 が 描 か れ て い る こ と か ら、 十 王 の 本 地 仏 は 中 国 起 源 で あ る こ と が 想 定 さ れ 再 考 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 の 必 要 に 迫 ら れ る。 ま ず こ の 問 題 か ら 考 察 し て み た い。 称 名 寺 の 十 王 図 は 十 王 図 一 〇 幅 本 の う ち の 後 半 の 五 幅 で あ る が、 濃 彩 な 賦 彩 や 画 中 の ﹁ 慶 元 府 車 橋 板 巷 陸 信 忠 筆 ﹂ の 銘 記 を み る と 香 川 ・ 法 然 寺 本 や 滋 賀 ・ 永 源 寺 本 な ど と 同 様 で、 南 宋 末 か ら 元 時 代 の 作 と す る こ と に 問 題 は な か ろ う。 そ し て 注 意 さ れ る の は、 先 述 し た よ う に、 こ の 図 の 上 部 に は、 つ ぎ の よ う に 仏 菩 薩 が 一 尊 つ つ 配 さ れ て い る。 六 七 変 成 王 -薬 師 如 来 ( 図 6 ) 七 七 泰 山 王 -楊 柳 観 音 百 日 平 等 王 -勢 至 周 年 都 市 王-普 賢 三 年 五 道 転 輪 王 -文 殊 こ れ は 通 形 知 ら れ る 本 地 仏 と は 異 な っ て い る こ と は 問 題 と さ れ る が、 そ れ は と も か く と し て 数 多 い 陸 信 忠 筆、 あ る い は そ れ に 類 す る 南 宋 画 の 十 王 図 に は 本 地 仏 を 表 す も の は 称 名 寺 本 以 外 に は 無 い。 こ の こ と か ら 本 地 仏 の み が、 わ が 国 で 描 き 加 え ら れ た 可 能 性 も 考 え ら れ よ う。 そ こ で、 こ の 図6十 王 図 一 変 成 王一 (神 奈 川 ・称 名 寺蔵)

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本 地 仏 を 像 容 ・ 画 法 の 両 面 か ら 考 察 し た い。 各 幅 に 描 か れ て い る 諸 尊 は と り わ け 大 き な 蓮 台 に 跣 坐 し、 袈 裟 が 長 く 蓮 台 に 懸 り、 右 肩 ・ 右 腕 を 覆 う 偏 杉 も 同 様 に 表 し て い る。 こ う し た 表 現 法 は 宋 ・ 元 画 に み ら れ る 特 徴 で あ る こ と を、 ま ず 指 摘 し て お き た い。 ま た 普 賢 は 先 端 に 梵 簾 を 乗 せ た 蓮 茎 を 持 ち、 文 殊 は 如 意 を 持 っ て い る。 こ の 組 合 わ せ は 宋 画 の 神 奈 川 ・ 建 長 寺 蔵 釈 迦 三 尊 図 や 滋 賀 ・ 成 菩 提 院 蔵 釈 迦 三 尊 法 華 経 宝 憧 曼 茶 羅 図 の 普 賢 ・ 文 殊 な ど 中 国 画 に 確 認 さ れ う る も の で あ る。 さ ら に 七 七 日 に は 左 手 に 水 瓶、 右 手 に は 楊 柳 枝 を 持 つ 楊 柳 観 音 と す る の も、 わ が 国 の 例 に は 無 く い か に も 中 国 風 と い え よ う。 ま た 彩 色 を み る と 薬 師 の 朱 衣 に 金 泥 円 文 を あ し ら う こ と、 普 賢 の 裳 に 見 ら れ る 淡 い ピ ン ク が 塗 ら れ て お り、 わ が 国 の も の と は 微 妙 に 異 な る。 そ し て 諸 尊 の 偏 杉 の 縁 を 帯 状 に 白 く 塗 る の も 宋 ・ 元 画 の 特 徴 で あ る。 さ ら に 身 光 に 青 色、 頭 光 に 緑 青 と す る の も わ が 国 に は 見 出 し が た く、 や は り 宋 画 の 建 長 寺 蔵 釈 迦 三 尊 図 が 同 様 で あ る。 こ の よ う に か な り 強 烈 に 宋 ・ 元 画 の 色 彩 が 濃 厚 で、 称 名 寺 本 の 本 地 仏 そ の も の も 当 初 の 像 と し て 差 し 支 え な い と み ら れ る。 た だ 諸 尊 の 面 相 を み る と 宋 画 の 特 徴 と さ れ る 鼻 梁 線 が 見 ら れ ず、 ま た 頭 光 が 身 光 内 に 描 か れ な い な ど 中 国 画 と す る に は 一 抹 の 不 安 を 抱 か せ る こ と も 否 め な い。 そ こ で 称 名 寺 本 以 外 に 中 国 の 作 品 図7楊 柳 観 音 図 (福 井 ・西 福 寺 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 (18) で 本 地 仏 を 表 し た 例 の 有 無 を 検 索 す る と、 大 足 石 窟 の な か の 地 獄 変 相 図 が 興 味 深 い。 こ の 石 窟 は 宋 代 に 開 か れ た も の で、 地 蔵 菩 薩 を 中 心 に し て そ の 左 右 に 十 王 像 が み ら れ、 そ し て 十 王 像 の 上 部 の 円 相 内 に 如 来 形 坐 像 が 表 さ れ て お り、 あ た か も 十 王 に 対 す る 本 地 仏 の よ う に み え る。 こ れ が は た し て わ が 国 に み ら れ る 本 地 仏 と 同 じ 意 味 あ い か ど う か は 直 ち に 判 明 で な い も の の、 各 十 王 に 対 応 す る も の と 解 釈 す る こ と は 許 さ れ よ う。 つ い で 宋 画 の 高 野 山 ・ 西 南 院 蔵 大 元 帥 明 王 図 あ る い は 岐 阜 ・ 永 保 寺 蔵 千 手 観 音 図 に も 図 上 部 の 円 形 内 に 如 来 形 が 描 か れ、 称 名 寺 本 十 王 図 と 同 様 の 表 現 と な っ て い る。 ま た 李 朝 時 代 初 期 の 福 井 ・ 西 福 寺 蔵 揚 柳 観 音 図 (図 7 ) に も 如 来 形 が 円 相 内 に 描 か れ て お り、 宋 画 の 影 響 と み て よ か ろ う。 さ ら に 興 味 深 い の は 高 麗 画 と さ れ る 静 嘉 堂 文 庫 蔵 十 王 図 は 閻 魔 王 幅 だ け で あ る が、 来 迎 雲 に 乗 る 被 帽 (14) (15) 地 蔵 が 描 か れ、 そ し て、 そ れ を 模 し た 和 歌 山 ・ 総 持 寺 蔵 十 王 図 (図 8 ) に も 同 様 に 被 帽 地 蔵 が 描 か れ、 も う 一 幅 に も 来 迎 雲 に 乗 る 勢 至 が み ら れ る。 以 上 の 考 察 か ら 判 断 す れ ば 若 干 の 問 題 を 残 す も の の、 結 論 的 に は 称 名 寺 本 十 王 図 を 有 力 な 根 拠 と し て、 十 王 の 本 地 仏 は 中 国 起 源 と 考 え る の が 自 然 で あ ろ う。 た だ 数 多 い 十 王 図 の う ち、 な ぜ 称 名 寺 本 の み 本 地 仏 が 描 き こ ま れ る の か と い う 事 実 を、 い か に 解 釈 す れ ば よ い の で あ ろ う か。 鎌 図8十 王 図 一 閻 魔 王 一 (和歌 山 ・総 持 寺 蔵)

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倉 時 代 に お け る わ が 国 と 寧 波 と の 密 接 な 交 流 関 係 か ら、 わ が 国 の 入 宋 僧 が 寧 波 の 職 業 画 家 に 特 注 し て 本 地 仏 を 描 き 加 (16) え さ せ た と す る 飛 躍 的 な 考 え も 浮 か ん で こ よ う が、 そ れ を 裏 付 け る も の は 今 の と こ ろ 見 い だ す こ と は で き な い。 し た が っ て 本 論 で は、 十 王 本 地 仏 は 中 国 起 源 で あ る 可 能 性 が 濃 い と い う 見 解 に 留 め 今 後 に 期 し た い。 つ ぎ に わ が 国 に 移 ろ う。 ま ず 両 者 の 関 係 を 示 す も っ と も 基 本 的 な 典 拠 は ﹃ 仏 説 地 蔵 菩 薩 発 心 因 縁 十 王 経 ﹄ ( 以 下、 ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ と 略 す ) あ る い は ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ で あ る。 ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ は 浄 土 僧 の 住 信 が 正 嘉 元 年 ( 一 二 五 七 ) 七 月 に 撰 述 し た が、 そ の 中 に ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ が 引 用 さ れ て い る こ と か ら ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ は そ れ 以 前 と さ れ、 お よ そ 十 二 世 紀 末 頃 に わ が 国 に お い て 成 立 し た と 考 え ら れ て い る。 さ て ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ の 本 地 仏 は 初 七 日 忌 か ら 順 次、 不 動 ・ 釈 迦 ・ 文 殊 ・ 普 賢 ・ 地 蔵 ・ 弥 勒 ・ 薬 師 ・ 観 音 ・ 阿 閾 ま た は 勢 至 ・ 阿 弥 陀 で あ る。 そ し て ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ で も ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ と 同 様 (六 七 日 忌 は 勢 至 )、 今 日 用 い ら れ る 定 型 化 の 基 本 と な っ て い る。 一 方、 日 蓮 述 と さ れ る ﹃ 十 王 賛 嘆 鋤 ﹄ で は 第 三 年 忌 阿 弥 陀 を 釈 迦 に 代 え て 二 七 日 忌 と と も に 釈 迦 が 重 複 し て い る が、 こ れ は ﹃ 法 華 経 ﹄ を 重 視 す る 日 蓮 宗 の 立 場 を 考 慮 す れ ば 容 易 に 理 解 で き よ う。 こ の よ う に 文 献 上 か ら み て、 初 期 の 段 階 に あ っ て は、 そ れ ぞ れ の 宗 派 に よ り、 適 当 に 組 合 わ せ ら れ て い た こ と が 判 明 す る。 こ の こ と は 特 定 の 宗 派 の 独 創 で は な い こ と を 示 し て い る の で は な か ろ う か。 つ ま り 中 図9十 王 十 本 地 仏 図 (京 都 ・正 法 寺 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 国 か ら の 伝 来 を 示 唆 し て い る と 解 釈 す る こ と も で き る。 ( 17 ) で は、 つ ぎ に 実 際 に 十 王 に 本 地 仏 が 配 さ れ た 古 例 を 検 討 す る。 こ れ に は 福 岡 ・ 誓 願 寺 蔵 十 王 図、 禅 林 寺 蔵 十 界 図、 ( 18 ) ( 19 ) 京 都. 正 法 寺 蔵 十 王 十 本 仏 図 ( 図 9 )、 水 尾 地 区 蔵 十 王 図)( 図 10 ) な ど が あ る。 こ れ ら を ま と め た の が 次 表 で あ る。 こ れ を み る と 誓 願 寺 本 や 禅 林 寺 本 な ど の 初 期 の 作 例 で は 通 形 の 配 列、 つ ま り ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ と は 異 な っ て い る こ と が 表 1 忌 日 ・ 十 王 ・ 本 地 仏 の 関 係 ※ 京 都. 正 法 寺 本 十 王 十 本 地 仏 図 の 銘 記 欄 中 の 銘 記 は、 剥 落 が 多 く 全 て は 確 認 で き な い が、 大 日、 釈 迦 な ど は 当 初 か ら 忌 日 が 記 さ れ て い な い。 た だ 十 仏 の 尊 像 は、 不 動 に 代 わ っ て 大 日 が 描 か れ る 以 外 は ﹃私 聚 百 因 縁 集 ﹄ と 同 じ で あ る の で、 い ち お う そ の 配 列 に 従 う こ と と し た。

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判 明 す る。 地 蔵 が 五 七 日 忌 に 配 当 さ れ る こ と は 閻 魔 王 と 地 蔵 と の 関 係 か ら 当 然 と み ら れ る が、 初 七 日 忌 を 大 日 と す る 例 が 多 い の は 留 意 さ れ よ う。 本 図 を は じ め 正 法 寺 本 ・ 禅 林 寺 本 な ど が 制 作 さ れ た 時 期 に は、 す で に ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ は 知 ら れ て い た は ず で あ る。 そ れ に も 係 わ ら ず 不 動 に 代 わ っ て 大 日 を 当 て、 し か も 本 図 の 場 合 に は、 図 の 中 央 に 配 し た の は よ り 密 教 色 を 強 め た と 解 し て よ か ろ う。 な お 本 図 で は 一 周 忌 都 市 王 に 阿 弥 陀、 第 三 年 五 道 転 輪 王 に 勢 至 を 当 て て お り、 通 形 と 逆 で 理 解 し が た い が 阿 弥 陀 三 尊 を 想 定 し た 場 合、 中 尊 を 阿 弥 陀 に し て そ の 両 脇 侍 に 観 音 ・ 勢 至 を 置 け ば、 こ う し た 配 列 も 理 解 さ れ よ う。 そ れ よ り も、 こ の 時 期 に は 十 王 と 本 地 仏 と の 関 係 が 固 定 さ れ て い な か っ た と 考 え る べ き で あ ろ う。 以 上 の こ と か ら 十 王 本 地 仏 配 当 は、 二 つ に 分 け ら れ る。 ま ず、 ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ や ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ を 遵 守 す る グ ル ー プ と そ れ 以 外 の グ ル ー プ、 つ ま り 大 日 如 来 を 配 当 す る も の に 分 類 で き る。 前 者 は ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ が 浄 土 僧 の 住 信 で あ っ た こ と や 二 尊 院 が 浄 土 宗 寺 院 で あ る こ と な ど か ら す れ ば 浄 土 系 と 言 え る か も し れ な い。 後 者 は 不 動 よ り も、 さ ら 図10十 王 図 の う ち(大 阪 ・水 尾 地 区 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 に 密 教 的 な 意 味 あ い の 強 い 大 日 を 前 面 に 表 現 し た も の で 密 教 系 と 解 釈 し て は ど う で あ ろ う か。 な お、 こ こ で 重 要 な こ と は 密 教 系 あ る い は 浄 土 系 で あ っ て も 釈 迦 三 尊 に は じ ま り、 阿 弥 陀 三 尊 で 完 結 す る と い う こ と が 確 認 さ れ る こ と で あ る。 (20) な お、 文 中 二 年 ( 一 三 七 三 ) の ﹃ 袖 日 記 ﹂ ( 山 城 常 楽 寺 蔵 ) に は 十 王 次 第 八 預 修 十 王 経 非 仏 説 註 之、 於 本 地 者 未 見 本 説、 傍 異 説 不 同、 大 躰 在 人 心 歎 と し て ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ や ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹄ に 従 う も の と、 別 論 を 記 し て い る が、 こ こ に は 大 日 は み ら れ ず、 つ づ い て 第 十 三 年 ハ 不 見 経 論、 然 而 普 通 ニ ハ 以 大 日 為 本 尊、 乗 廻 モ 彼 預 修 経 二 不 註 也 と し て、 第 十 三 年 忌 以 後 に 大 日 を 用 い て い る。 以 上 は 十 王 に 本 地 仏 が 配 当 さ れ る 初 期 の 段 階 で あ っ て、 室 町 時 代 以 降 は ﹃ 地 蔵 十 王 経 ﹄ ・ ﹃ 私 聚 百 因 縁 集 ﹂ に 統 一 さ れ る こ と は 周 知 の こ と で あ る。 五、 遣 迎 二 尊 次 に 阿 弥 陀 如 来 と 釈 迦 如 来 に つ い て み る が、 二 体 が 並 立 し て い る こ と か ら 発 遣 釈 迦、 来 迎 阿 弥 陀 の 関 係 が 想 起 さ れ る。 ( 図 11 ) さ て、 こ の 遣 迎 二 尊 を 顕 著 に 示 す も の に 二 河 白 道 図 が あ る。 こ れ は 唐 の 善 導 の ﹃ 観 無 量 寿 経 疏 ﹄ 巻 第 四、 上 品 上 生 に 貧 愛 ( 水 河 ) と 瞑 憎 ( 火 河 ) の 讐 喩 を 絵 画 化 し た も の で あ る こ と は 言 う ま で も な い が、 こ の 讐 喩 を 法 然 が ﹃ 選 択 本 願 念 仏 集 ﹄ で 説 く こ と か ら 浄 土 宗 で 重 用 さ れ、 そ の 遺 品 も 数 多 い。 こ の 現 世 (此 岸 ) 釈 迦 と 来 世 ( 彼 岸 ) 阿

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弥 陀 の 二 尊 信 仰 こ そ 中 世 浄 土 思 想 に 欠 く こ と の で き な い 重 要 な も の と い え よ う。 こ こ で こ の 遣 迎 思 想 を 反 映 し た 次 の 作 例 を 概 観 し て み た い。 (1) 京 都 ・ 遣 迎 院 蔵 木 造 釈 迦 及 阿 弥 陀 (21) 如 来 立 像 (22) (2) 奈 良 ・ 般 若 寺 蔵 石 造 笠 塔 婆 (23) (3) 香 川 ・ 本 山 寺 蔵 木 造 笠 塔 婆 ( 図 12 ) (4) 香 川 ・ 観 音 寺 蔵 釈 迦 発 遣 阿 弥 陀 来 (24) 迎 図 ( 図 13 ) (5) 大 阪 ・ 藤 田 美 術 館 蔵 釈 迦 阿 弥 陀 来 ( 25 ) 迎 図 ま ず(1) の 遣 迎 院 の 遣 迎 二 尊 の う ち 阿 弥 陀 は 快 慶 作 で あ る が、 釈 迦 は 別 の 手 に な る 鎌 倉 時 代 初 期 の 作 と さ れ る。 遣 迎 院 は 法 然 の 弟 子 証 空 開 山 の 浄 土 宗 で あ っ て、 こ の 二 尊 信 仰 こ そ 善 導、 法 然 の 思 想 を 如 実 に 反 映 す る も の と い え よ う。 (2) の 奈 良・ 般 若 寺 蔵 石 造 笠 塔 婆 二 基 は 弘 長 元 年 ( 一 二 六 一 ) の 造 立 で、 一 基 は 釈 迦 三 尊 と 胎 蔵 五 仏、 他 は 阿 弥 陀 三 尊 と 金 剛 界 五 仏 の 種 子 を 彫 っ て い る。 こ れ は 亡 き 父 の 三 回 忌 に あ た っ て 父 の 菩 提 の 為 と 現 存 の 母 の 後 世 の 為 に 造 立 し 図11十 王 十 本地 仏 図-部 分-(岡 山 ・木 山寺 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 た も の で あ る。 (8) の 香 川 ・ 本 山 寺 蔵 木 造 笠 塔 婆 も 興 味 深 い。 こ れ は 文 永 三 年 ( 一 二 六 六 ) 十 二 月 に 光 阿 弥 陀 仏 の 発 願 と す る 銘 が あ り、 表 面 に ﹁ 大 恩 教 主 釈 迦 牟 尼 如 来 妙 法 蓮 華 ﹂ に 始 ま り、 ﹁ 南 無 至 心 帰 命 頂 礼 西 方 極 楽 世 界 阿 弥 陀 観 音 勢 至 ﹂ と つ づ き、 そ し て ﹁ 若 見 此 塔 礼 拝 供 養 所 得 功 徳 如 上 所 取 要 言 之 無 願 不 満 現 世 安 隠 後 生 極 楽 ﹂ と あ り、 明 ら か に 現 世 安 隠 を 釈 迦 に、 そ し て 来 世 極 楽 を 阿 弥 陀 に 祈 願 し た こ と が 明 確 に 示 さ れ て い る。 こ の こ と か ら、 塔 上 部 の ダ ル マ 形 の 凹 み 二 ケ 所 に は、 お そ ら く 釈 迦 と 阿 弥 陀 の 二 尊 の 仏 像 が 置 か れ て い た も の と 推 察 さ れ よ う。 そ し て 釈 迦 に は ﹃ 法 華 経 ﹄ 信 仰 を 基 盤 と し た こ と が 窺 え る の は 重 要 で あ る。 (4) は 琴 弾 八 幡 宮 の 本 地 仏 と し て 伝 え ら れ る も の で あ る。 図 像 は 画 面 向 か っ て 左 上 か ら 阿 弥 陀 三 尊 の 来 迎 を、 右 下 に は 釈 迦 三 尊 を 配 し た も の で、 釈 迦 発 遣 阿 弥 陀 来 迎 図 と い え る が、 こ の 図 に 酷 似 す る の が 観 音 寺 か ら、 ほ ど 近 い 徳 島 ・ 雲 辺 寺 本 で あ る。 雲 辺 寺 本 は 阿 弥 陀 三 尊 で は な く、 阿 弥 陀 三 尊 二 十 五 菩 薩 図 で あ る 点 が 相 違 す る が、 い ず れ も 二 河 白 道 図 の 最 後 的 な 展 開 と 考 え ら れ て い る。 両 本 と も 鎌 倉 時 代 末 期 で あ る。 (8) の 藤 田 美 術 館 蔵 刺 繍 釈 迦 阿 弥 陀 来 迎 図 は、 画 面 向 か っ て 左 に 阿 弥 陀、 右 に 釈 迦 を 配 し、 そ の 下 部 に 観 音 ・ 勢 至 を 置 き、 最 下 部 に は 蓮 池 中 に 宝 塔 が 見 ら れ る が、 そ の 中 に は 二 仏 が 安 置 さ れ る。 こ の 宝 塔 内 の 二 仏 は 釈 迦 多 宝 仏 と 考 え ら れ る こ と か ら ﹃ 法 華 経 ﹄ に 基 づ く も の と 考 え ら れ よ う。 こ の こ と か ら 釈 迦 信 仰 つ ま り 現 世 安 隠 に は ﹃ 法 華 経 ﹄ 信 仰 図12木 造 笠 塔 婆 (香川 ・本 山 寺 蔵)

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が 反 映 し て い る こ と が 明 確 と な っ た。 確 か に ﹃ 法 華 ・経 ﹄ 巻 第 三 薬 草 喩 品 第 五 に は ﹁⋮⋮是 諸 衆 生。 聞 是 法 己。 現 世 安 穏。 後 生 善 庭。⋮⋮﹂ と し て 現 世 安 穏 と 後 に は 善 所 に 生 ま れ る こ と が 記 さ れ て お り、 こ の 善 所 が や が て 極 楽 に 結 び つ く の で あ ろ う。 以 上 の 作 例 を み て く る と、 遣 迎 二 尊 信 仰 は 浄 土 宗 に よ っ て 成 立 し た が、 そ の 後 は 密 教 系 寺 院 に お い て も 盛 ん に 信 仰 さ れ た こ と が 判 明 す る。 つ ま り 般 若 寺 の 石 造 笠 塔 婆 に は 両 界 曼 茶 羅 が み ら れ、 本 山 寺 蔵 木 造 笠 塔 婆 に も 密 教 系 の 種 子 が 数 多 く 確 認 さ れ る。 そ し て 本 山 寺 は 創 建 当 初 か ら 真 言 宗 で あ っ た こ と は 間 違 い な い。 さ ら に 二 河 白 道 図 か ら 展 開 し た 釈 迦 発 遣 阿 弥 陀 来 迎 図 を 所 蔵 す る 香 川 ・ 観 音 寺 も 徳 島 ・ 雲 辺 寺 も い ず れ も 真 言 宗 寺 院 で あ る。 も ち ろ ん 本 図 を 所 蔵 す る 木 山 寺 も 先 述 の よ う に 真 言 宗 で あ る。 お そ ら く 覚 鍍 に は じ ま る 真 言 宗 の 浄 土 教 化 と と も に、 積 極 的 に こ の 遣 迎 二 尊 信 仰 が 真 言 宗 内 で 受 容 さ れ た の で あ ろ う。 こ の こ と は、 十 王 思 想 を 基 盤 と す る 本 図 の 諸 尊 の 像 容、 例 え ば 先 述 し た 閻 魔 王 や 普 賢 菩 薩 に 密 教 的 な 要 素 を 見 い だ せ る こ と に も 通 じ て い る わ け で あ る。 こ の よ う な 観 点 に 立 て ば 阿 弥 陀 三 尊 の 観 音 が 蓮 台 を 持 た ず、 蓮 華 を 開 く 密 教 系 に 表 さ れ る こ と も 納 得 さ れ よ う。 さ て、 こ の 他 に も 板 碑 を 博 捜 す る と 釈 迦 阿 弥 陀 二 尊 信 仰 の 遺 例 が 次 の よ う に 知 ら れ 鱗 ・ 建 長 八 年 ( 一 二 五 六 ) 埼 玉 ・ 毘 沙 門 堂 二 尊 種 子 板 碑 図13釈 迦 発 遣 ・阿 弥 陀来 迎 図 (香 川 ・観 音 寺蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 ・ 弘 安 九 年 ( 一 二 八 六 ) 埼 玉 ・ 大 英 寺 二 尊 種 子 板 碑 ・ 正 和 元 年 ( 一 三 一 二 ) 神 奈 川 ・ 銭 洗 弁 財 天 双 式 板 碑 な ど が あ り、 こ れ ら は い ず れ も 現 当 二 世 の 功 徳 を 願 っ た も の で、 鎌 倉 時 代 後 期 に は 遣 迎 二 尊 の 思 想 が 広 く 普 及 し て い た も の と 知 ら れ る が、 そ れ は ま た 人 の 死 と 係 わ り を も つ も の と 換 言 で き よ う。 釈 迦 ・ 阿 弥 陀 を と り わ け 大 き く 表 現 す る 本 図 は、 こ の 二 尊 信 仰 を 主 眼 と し て 制 作 さ れ た こ と は 間 違 い な い。 六、 十 三 仏 図 と の 関 連 冒 頭 で 神 護 寺 本 の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 (図 14 ) に つ い て 触 れ た が、 そ の 図 像 を 一 瞥 す る と、 ま ず 最 下 段 に 不 動 と 地 蔵 を 相 対 さ せ、 二 段 目 に は 釈 迦 三 尊、 三 段 目 に 大 日 を 中 心 に し て 左 右 に 弥 勒 と 薬 師 を 配 し、 さ ら に 最 上 段 に は 阿 弥 陀 三 尊 を 置 い た 図 で あ る。 一 見 し て 諸 尊 が 単 純 に 集 会 し た 図 の よ う に み ら れ、 実 見 し た 当 初 は、 ・い ず れ か の 神 社 の 本 地 仏 を 集 成 し た 図 の よ う に も 考 え ら れ、 図 像 の 持 つ 意 味 に つ い て 明 確 に し え な か っ た が、 ﹃ 密 教 図 像 ﹄ 第 四 号 で 田 村 隆 照 氏 に よ っ て 紹 介 さ れ 図14十-尊 曼茶 羅 図 (香 川 ・神護 寺 蔵)

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た 滋 賀 ・ 石 山 寺 蔵 十 三 仏 図 と 図 像 的 に 類 似 す る こ 舞 判 明 し た。 石 山 寺 本 は 南 北 朝 時 代 の 制 作 で、 そ の 図 像 は 神 護 寺 本 の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 の 最 上 部 に 阿 悶 と 虚 空 蔵 を 付 加 し た 図 と 看 取 さ れ、 両 者 を 比 較 す る と、 不 動 ・ 地 蔵、 釈 迦 三 尊、 大 日-弥勒-薬 師、 阿 弥 陀 三 尊 と い う 諸 尊 の 組 合 わ せ の 共 通 点 が 見 出 さ れ た の で あ る。 こ う し た 図 像 構 成 の う ち 大 日 と 不 動 ・ 地 蔵 の 関 係 に つ い て 栄 西 の ﹃ 菩 提 心 別 記 ﹄ や 無 住 道 暁 の ﹃ 沙 石 集 ﹄ な ど を 参 考 と し て、 そ の 成 立 を 論 述 し た が、 そ の 時 点 で は 阿 弥 陀 三 尊、 釈 迦 三 尊 は 平 安 時 代 か ら 行 わ れ て い た 忌 日 斎 に み ら れ る 釈 迦 三 尊 ・ 阿 弥 陀 三 尊 か ら の 要 因 と み て 両 者 を 遣 (28) 迎 二 尊 と し て の 関 係 と み て い な か っ た。 と こ ろ が 十 三 仏 の 初 期 の 石 造 遺 品 で あ る 千 葉 ・ 羽 黒 十 三 仏 堂 の 種 子 板 碑 は 釈 迦 三 尊 と 阿 弥 陀 三 尊 の 種 子 と と も に、 そ の 下 部 に 残 り の 七 仏 の 種 子 を 表 し、 つ ぎ の よ う な 銘 が み ら れ る。 右 意 趣 者 沙 弥 道 妙 井 妙 一 尼。 為 逆 修 繕 根 所。 奉 造 立 石 仏 也。 依 之 現 必 威 七 分 全 得 之 報。 当 定 生 九 浄 土 之 嘉。 乃 至 法 界 平 等 利 益。 永 和 四 年 戦 卯 月 日 と あ っ て 現 世 に お い て は 七 分 全 得 の 報 い、 当 来 世 に は 九 品 の 浄 土 に 生 ま れ る こ と を 祈 願 し た も の で、 造 立 は 南 北 朝 時 代 の 永 和 四 年 ( 一 三 七 八 ) で 十 三 仏 板 碑 で は 最 古 ク ラ ス で あ る。 こ の 板 碑 は 遣 迎 二 尊 を 基 本 と し て お り、 本 図 と 密 接 な 関 係 が 推 察 さ れ よ う。 つ ま り 本 図 の よ う な 遣 迎 二 尊 信 仰 を 主 体 と す る 十 王 十 本 地 仏 も、 十 三 仏 の 成 立 に 多 大 の 影 響 図15十 三 仏 図 (滋賀 ・石 山 寺 蔵) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 を 与 え て い た こ と が 考 え ら れ る。 そ し て 先 述 し た 石 山 寺 本 十 三 仏 図 に も 明 確 に 釈 迦 三 尊 と 阿 弥 陀 三 尊 が 確 認 で き る と と も に、 さ ら に 遡 っ て 十 一 尊 曼 茶 羅 図 に も そ れ が み ら れ る。 こ の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 は か つ て 指 摘 し た よ う に、 人 の 死 に 係 わ る 忌 日 斎 の 本 尊 と さ れ て い た が、 こ こ に も 遣 迎 二 尊 信 仰 が 存 在 し て い た の で あ る。 つ ま り 本 図 の よ う な 図 が、 十 一 尊 曼 茶 羅 図 の 成 立 に 大 き な 影 響 を 与 え て い た こ と が 間 接 的 に 証 さ れ る の で あ る。 七、 十 王 十 本 地 仏 図 か ら 十 一 尊 曼 茶 羅 図 へ -結 び に か え て-仏 教 伝 来 後、 わ が 国 で は 死 者 に 対 し て 個 々 の 仏 菩 薩 な ど を 本 尊 と し て 供 養 し て き た が、 や が て 鎌 倉 時 代 初 期 に 中 国 か ら 宋 画 の 十 王 図 が 伝 来 し、 こ の ふ た つ が 融 合 し て、 複 雑 な 展 開 を 遂 げ な が ら 忌 日 斎 の 本 尊 が 成 立 す る。 本 図 の よ う な 十 王 十 本 地 仏 図 も、 そ の ひ と つ で あ ろ う。 そ し て 鎌 倉 時 代 末 期 に は 十 一 尊 曼 茶 羅 図 が、 続 い て 南 北 朝 時 代 に は 十 三 仏 の 成 立 が 確 実 に 確 認 さ れ る よ う に な る。 さ て こ の 十 三 仏 に つ い て は 板 碑 か ら の 研 究 が 先 行 し、 す で に 多 く の 優 れ た 研 究 が あ り、 概 ね そ の 成 立 論 は 完 成 し て い る よ う に 思 わ れ る。 そ れ に よ る と、 ま ず 鎌 倉 時 代 後 期 に 十 仏 の 板 碑 が つ ぎ (29) の よ う に 確 認 さ れ る よ う に な る。 ・ 正 和 四 年 ( 一 三 一 五 ) 千 葉 ・ 最 勝 院 の 十 仏 種 子 曼 茶 羅 板 碑 ・ 嘉 暦 三 年 ( 一 三 二 八 ) 埼 玉 ・ 花 井 家 の 十 仏 種 子 曼 茶 羅 板 碑 ・ 建 武 二 年 ( 一 三 三 五 ) 千 葉 ・ 檀 林 寺 の 十 仏 種 子 曼 茶 羅 板 碑

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こ こ に は 十 仏 の み で 十 王 は 見 ら れ な い。 お そ ら く 制 作 に さ い し て 十 王 の 表 現 が 困 難 な た め 省 略 さ れ た も の と み ら れ よ う。 こ れ ら を 基 礎 と し て 嘉 元 四 年 ( 一 三 〇 六 ) の 岡 山 ・ 膀 帯 寺 蔵 十 二 尊 石 橦、 延 文 四 年 ( 一 三 五 九 ) の 山 形 ・ 延 命 寺 蔵 十 二 尊 種 子 板 碑 な ど が 造 立 さ れ、 そ し て、 つ い に 建 武 二 年 ( 一 三 三 五 ) の 千 葉 ・ 檀 林 寺、 康 永 四 年 ( 一 三 四 五 ) の 埼 玉 ・ 慈 光 寺、 永 和 四 年 ( 一 三 七 八 ) 千 葉 ・ 羽 黒 十 三 仏 堂 蔵 の 十 三 仏 板 碑 が 成 立 す る の で あ る。 つ ま り 十 仏 板 碑 ← 十 二 尊 種 子 板 碑 ← 十 三 仏 板 碑 と い う 経 過 を み る こ と が で き る。 一 方、 絵 画 作 品 は ど う で あ ろ う か。 こ こ で 本 論 で 述 べ た こ と を 元 に、 十 王 図 伝 来 後 か ら 十 三 仏 図 の 成 立 ま で の 変 遷 を 整 理 す る と、 つ ぎ の よ う に な る。 (1) 宋 ・ 元 の 十 王 一 〇 幅 本 の 請 来。 ( 陸 信 忠 筆 な ど の 十 王 図 ) (2) 十 王 一 〇 幅 本 十 王 図 に 本 地 仏 が 付 加。 ( 称 名 寺 本 十 王 図 の 影 響 か ら 誓 願 寺 本 十 王 図、 禅 林 寺 本 十 界 図 の 成 立 ) (3) 一 幅 に 描 か れ た 十 王 十 本 地 仏 図 の 成 立 (京 都 ・ 正 法 寺 本 十 王 十 本 地 仏 図、 本 図 ) (4) 十 一 尊 曼 茶 羅 図 の 成 立 (神 護 寺 本 や 東 京 国 立 博 物 館 本 十 一 尊 曼 茶 羅 図 ) (5) 十 三 仏 図 の 成 立 ( 福 井 ・ 万 徳 寺 本、 滋 賀 ・ 石 山 寺 本 ) 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 以 上 の よ う な 経 過 と な る が、 (3) の 十 王 十 本 地 仏 図 は 板 碑 に お い て は 十 仏 種 子 曼 茶 羅 板 碑 に、 (4) の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 は 岡 山 ・ 膀 帯 寺 の 十 二 尊 石 瞳 に 相 当 さ れ る で あ ろ う。 つ ま り 絵 画 作 品 に お い て も 板 碑 と ま っ た く 同 様 の 展 開 を 示 し て い る こ と が 証 さ れ た の で あ る。 た だ し 大 日 如 来 の 存 在 は す で に 十 王 の 本 地 仏 の 段 階 で 確 認 さ れ、 巷 間 い わ れ る よ う に (5) の 十 三 仏 成 立 時 に 付 加 さ れ た も の で は な い こ と を 指 摘 し て お き た い。 と こ ろ で (3) と (4) を 比 較 す る と 一 見 し て 図 像 的 に は 異 質 の よ う に み え る。 つ ま り 十 一 尊 曼 茶 羅 に は 十 王 の 匂 い は、 ま っ た く 感 じ ら れ な い で あ ろ う。 し か し な が ら、 こ の 十 一 尊 曼 茶 羅 図 か ら 展 開 し た 香 川 ・ 威 徳 院 蔵 十 三 仏 図 ( 室 町 時 代 初 期 -図 15 ) の 諸 尊 の 銘 記 欄 に は、 ﹁ 地 蔵 菩 薩 閻 魔 王 五 七 日 ﹂、 あ る い は ﹁阿 弥 陀 如 来 五 道 転 輪 王 三 年 忌 ﹂ な ど と あ り、 明 確 に 十 王 を 意 識 し て い る こ と は 間 違 い な い。 し た が っ て、 十 一 尊 曼 茶 羅 に も 十 王 思 想 が 背 景 に 存 在 し て い る も の と 考 え ら れ よ う。 こ の よ う に み る と (8) か ら (4) へ の 変 化 は 図 像 的 に 十 仏 が 十 王 か ら 別 離 し、 独 自 の 思 想 を 元 に し て 劇 的 な 展 開 を 遂 げ た も の と み ら れ る。 そ れ は 大 日 ・ 不 動 ・ 地 蔵 な ど の 諸 尊 の 組 合 わ せ に よ る も の で あ る こ と は、 す で に 拙 論 ﹁ 十 三 仏 図 の 成 立 に つ い て ﹂ で 述 べ た が、 そ の 時 点 で は (3) に 該 当 す る 十 仏 図 の 作 品 が 知 ら れ ず、 論 述 で き な か っ た。 し 図15十 三 仏 図 (香 川 ・威 徳 院 蔵)

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か し な が ら、 こ こ に 本 図 の 存 在 を 提 示 す る こ と に よ り、 十 王 図 か ら 始 ま る 十 三 仏 図 へ の 変 遷 過 程 を 完 結 す る こ と が で き た よ う に 思 う。 そ の 意 味 か ら も 本 図 の 存 在 は 実 に 大 き い。 そ し て 十 三 仏 図 の 成 立 に は、 遣 迎 二 尊 信 仰 が 背 景 に 存 在 し た と い う こ と を 確 認 し て 結 び と し た い。 注 ( 1 ) 武 田 和 昭 ﹁ 十 三 仏 図 の 成 立 に つ い て 1 十 一 尊 曼 茶 羅 図 か ら の 展 開-﹂ (﹃ 密 教 文 化 ﹄ 一 六 九 号 平 成 二 年 二 月 ) ( 2 ) 木 山 寺 は 岡 山 県 真 庭 郡 落 合 町 木 山 に 所 在。 木 山 寺 の 歴 史 に つ い て は ﹃ 岡 山 県 社 寺 資 料 調 査 報 告 書 ﹄ 3 ( 岡 山 県 文 化 財 保 護 協 会 平 成 五 年 三 月 ) に 詳 し い。 ( 3 ) 本 図 は 前 記 注 2 ﹃ 岡 山 県 社 寺 史 料 調 査 報 告 書 ﹄ 3 で、 斎 藤 孝 氏 に よ っ て、 は じ め て 紹 介 さ れ た。 ( 4 ) 中 野 照 男 ﹃ 日 本 の 美 術 閻 魔 ・ 十 王 像 ﹄ (平 成 四 年 六 月 至 文 堂 ) に よ れ ば 敦 煙 請 来 の 十 王 像 に は、 つ ぎ の よ う な 十 王 経 図 巻 と 地 蔵 十 王 図 が あ る。 ◎ 十 王 経 図 巻 ・ フ ラ ン ス 国 立 図 書 館 本 ( ペ リ オ 将 来 ) ・ 大 英 博 物 館 本 ( ス タ イ ン 将 来 ) ・ 久 保 惣 記 念 館 本 ( 佐 藤 汎 愛 将 来 ) な ど 七 本 が 知 ら れ る。 こ こ に み ら れ る 十 王 は 一 王 ご と に、 机 を 前 に し て 伴 官 が 随 侍 し、 そ の 前 に 裁 判 を 受 け る 罪 人 が 描 か れ て い る。 ◎ 地 蔵 十 王 図 ・ ギ メ 美 術 館 本 ・ 大 英 博 物 館 本 ・ ニ ュ ー デ リ ー 国 立 博 物 館 本 な ど 十 三 本 が 知 ら れ る。 こ こ に み ら れ る 十 王 は 地 蔵 菩 薩 を 中 心 に、 そ の 両 脇 に 執 笏 戴 冠 の 王 が 机 を 前 に し て 描 か れ て い る。 ( 5 ) 陸 信 忠 筆 様 の 十 王 図 は 各 王 を 一 幅 ご と に 描 く も の で、 画 中 に ﹁ 慶 元 府 車 橋 石 板 巷 陸 信 忠 筆 ﹂ と 記 す る も の を 指 す が、 そ れ 以 外 に も 陸 仲 淵 あ る い は 金 大 受 と 記 す も の が あ る。 こ れ ら と 同 様 の 画 風 を 示 す が 無 款 の も の も み ら れ る。 現 存 作 品 と し て、 つ ぎ の も の が 知 ら れ る。 ・ 奈 良 国 立 博 物 館 本 ・ 福 岡 ・ 善 導 寺 本 ・ 滋 賀 ・ 永 源 寺 本 ・ 広 島 ・ 浄 土 寺 本 ・ 香 川 ・ 法 然 寺 本 な ど 十 三 例 が 知 ら れ る。 ( 6 ) 高 麗 ・ 李 朝 画 十 王 図 系 は 敦 煙 画 地 蔵 十 王 図 の 系 統 に 属 す 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 る も の で あ る が、 そ こ で の 十 王 は す べ て 立 像 で 執 笏 戴 冠 を し、 そ の 春 属 も 敦 煙 本 に 比 べ て 数 多 い。 現 存 作 品 と し て ・ 岡 山 ・ 日 光 寺 本 ・ 静 嘉 堂 文 庫 本 ・ 山 形 ・ 華 蔵 院 本 ・ 香 川 ・ 弥 谷 寺 本 (嘉 靖 二 十 五 年-一 五 四 六 ) ・ 広 島 ・ 光 明 寺 本 (嘉 靖 四 十 一 年-一 五 六 二 ) な ど 二 十 本 が 知 ら れ る。 ( 7 ) 大 阪 ・ 弘 川 寺 本 地 蔵 十 王 図 は ﹃ 仏 教 芸 術 ﹂ 一 一 九 号 ( 毎 日 新 聞 社 昭 和 五 士 二 年 八 月 ) で、 南 北 朝 時 代 あ る い は 朝 鮮 画 の 作 と し て 初 め て 紹 介 さ れ た。 そ の 後、 大 阪 市 立 博 物 館 ﹃ 南 河 内 の 文 化 財 ﹄ 展 図 録 で は 南 北 朝 時 代 の 作 と し て 解 説 さ れ て い る。 絹 本 著 色 縦 一 二 〇 ・ 〇 セ ン チ 横 五 二 ・ 五 セ ン チ。 ( 8 ) 十 斎 具 足 生 天 図 は、 十 王 経 図 巻 の う ち 最 後 に 亡 者 の 十 罪 悪 が 赦 免 さ れ、 地 蔵 菩 薩 に よ り 救 済 さ れ る 場 面 が 描 か れ て い る。 ( 9 ) 前 記 注 7 の 解 説 に よ る ( 10 ) 中 野 玄 三 ﹁閻 魔 天 か ら 閻 魔 王 へ ﹂ (﹃ 仏 教 芸 術 ﹄ 一 五 〇 号 毎 日 新 聞 社 昭 和 五 十 八 年 九 月 ) ( 11 ) 普 賢 菩 薩 の 像 容 は 山 本 勉 ﹃ 日 本 の 美 術 普 賢 菩 薩 像 ﹄ 三 一 〇 ( 至 文 堂 平 成 四 年 三 月 ) を 参 照 し た。 ( 12 ) 梶 谷 亮 治 ﹁ 日 本 に お け る 十 王 図 の 成 立 と 展 開 ﹂ (﹃ 仏 教 芸 術 ﹄ 九 七 号 毎 日 新 聞 社 昭 和 四 十 九 年 七 月 )。 中 野 玄 三 ﹃ 六 道 絵 の 研 究 ﹂ (淡 交 社 平 成 元 年 二 月 ) ( 13 ) 菊 竹 淳 一 ﹁大 足 宝 頂 山 石 刻 の 説 話 的 要 素 ﹂ ( ﹃ 仏 教 芸 術 ﹄ 一 五 九 号 毎 日 新 聞 社 昭 和 六 十 年 四 月 ) ( 14 ) 矢 島 新 ﹁沼 田 市 正 覚 地 蔵 十 王 図 と 十 三 仏 成 立 の 問 題 ﹂ (﹃ 群 馬 県 立 女 子 大 学 紀 要 ﹄ 平 成 二 年 三 月 ) ( 15 ) 和 歌 山 ・ 総 持 寺 蔵 十 王 図 は 三 幅 が 現 存。 絹 本 著 色、 各 縦 一 五 八 ・ 一 セ ン チ、 横 七 五 ・ 二 セ ン チ。 室 町 時 代 前 期 の 作。 閻 魔 王 幅 以 外 に は 来 迎 雲 に 乗 り 合 掌 す る 菩 薩 形 (勢 至 か ) が 描 か れ る 図 と 甲 胃 を 着 る 王 ( 五 道 転 輪 王 ) の 二 幅 が あ る。 後 者 の 図 下 部 に は 幼 年 か ら 老 人 に い た る 変 化 の 様 子 を 表 す、 い わ ゆ る ﹁ お い の さ か 図 ﹂ が 描 か れ て お り 興 味 深 い。 (図 16 ) ( 16 ) 特 別 展 図 録 ﹃ 中 世 庶 民 信 仰 の 絵 画 ﹂ (渋 谷 区 立 松 濤 美 術 館 平 成 五 年 九 月 ) 図 版 二 十 六 解 説。 (17 ) 福 岡 ・ 誓 願 寺 本 は 昭 和 五 十 二 年 三 月、 九 州 歴 史 資 料 館 開 催 の ﹃ 筑 前 今 津 誓 願 寺 ﹄ 展 図 録 を 参 照。 ( 18 ) 京 都 ・ 正 法 寺 蔵 十 王 十 仏 図 は 京 都 府 立 山 城 郷 土 資 料 館 ﹃ 八 幡 正 法 寺 の 絵 画 と 書 跡 ﹂ 展 図 録 (昭 和 六 十 二 年 四 月 ) に 掲 載 さ れ る。 絹 本 著 色、 縦 九 五 ・ 五 セ ン チ 横 三 八 ・ 五 セ ン チ。 鎌 倉 時 代 後 期 の 作。 図 の 下 半 分 に 十 王 が 王 侯 風 の 衣 装 に 執 笏 し、 上 半 分 に 本 地 仏 が 来 迎 雲 に 乗 り 降 下 す る 様 子 を 描 く。 本 地 仏 は 大 日 如 来 を は じ め、 い ず れ も 立 像 と し て い る。 描 写 は 細 密 で 注 目 す べ き 作 品 で あ る。 な お 金 沢 市 観 音 院 の 絹 本 著 色 十 王 図 (縦 九 一 ・ 八 セ ン チ 横 四 〇 ・ 〇 セ ン チ ) に も 十 王 の

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上 部 に 本 地 仏 が 描 か れ て い る。 ( 憩 ) 茨 城 市 水 尾 地 区 蔵 十 王 図 は 岡 山 県 立 博 物 館 編 ﹃ 恐 怖 と 救 済 ﹄ 展 図 録 ( 平 成 三 年 十 月 ) を 参 照 し た。 こ れ に よ れ ば 三 幅 対 の う ち の 二 幅 が 現 存。 南 北 朝 時 代 の 作。 (20 ) 山 城 常 楽 寺 蔵 ﹃ 袖 日 記 ﹄ は ﹃ 大 日 本 史 料 ﹄ 第 六 編 之 三 十 七 (東 京 大 学 史 料 編 纂 所 編 ) に 所 戴 さ れ る。 ( 21 ) 京 都 ・ 遣 迎 院 の 木 造 釈 迦 如 来 立 像 は 像 高、 九 八 ・ ニ セ ン チ、 木 造 阿 弥 陀 如 来 立 像 は 像 高 九 八 ・ 九 セ ン チ。 西 山 証 空 の 開 基。 ( 22 ) 奈 良 ・ 般 若 寺 蔵 石 造 笠 塔 婆 二 基 に つ い て は 川 勝 政 太 郎 ﹃ 石 造 美 術 入 門 ﹄ (社 会 思 想 社 昭 和 五 十 一 年 八 月 ) を 参 照 し た。 ( 23 ) 香 川 ・ 本 山 寺 蔵 木 造 笠 塔 婆 は 総 高 九 五 ・ 五 セ ン チ、 板 面 巾 一 五 ・ 二 セ ン チ、 板 面 厚 三 ・ 〇 セ ン チ。 で 板 面 の 両 面 及 び 側 面 に つ ぎ の よ う な 銘 文 が 陰 刻 さ れ て い る。 ( / は 改 行 を 表 す。 ) ( 表 面 ) 南 無 大 恩 教 主 繹 迦 牟 尼 如 来 妙 法 蓮 華 般 若 舗 普 賢 文 殊 観 音 弥 勒 地 蔵 龍 樹 等 一 切 三 寳 / 南 無 至 心 煽 命 礼 西 方 極 楽 世 界 阿 弥 陀 仏 観 音 勢 至 諸 菩 薩 清 浄 大 海 衆 願 共 諸 衆 生 往 生 安 楽 国 / 南 無 蹄 命 頂 礼 一 切 如 来 心 秘 密 全 身 舎 利 宝 筐 印 陀 羅 尼 経 / 経 日 若 此 塔 礼 拝 供 養 所 得 功 徳 如 上 所 説 取 要 言 之 無 願 不 満 現 世 安 穏 後 生 極 楽 / 我 昔 所 造 諸 悪 業 皆 由 無 始 貧 瞑 癬 従 身 語 意 之 所 生 一 切 我 今 皆 俄 悔 / 衆 生 無 邊 誓 願 度 福 智 無 邊 誓 願 集 法 門 無 邊 誓 願 覚 如 来 無 邊 誓 願 事 菩 提 無 上 誓 願 謹 (裏 面 ) 我 其 甲 願 依 今 身 蓋 未 来 際 □ 依 佛 両 足 尊 編 依 法 離 欲 尊 錦 依 僧 衆 中 尊 三 返 願 従 今 身 書 未 来 際 蹄 依 仏 寛 錦 依 法 寛 錦 依 僧 寛 三 返 / 礼 敬 諸 佛 称 讃 如 来 廣 修 供 養 俄 除 業 障 随 喜 功 徳 請 韓 法 輪 請 仏 住 世 市 随 佛 □ 恒 順 衆 生 普 皆 向 / 願 我 臨 欲 命 終 時 壷 除 一 切 諸 障 碍 面 見 彼 仏 阿 弥 陀 即 得 往 生 安 楽 刹 願 以 此 功 徳 普 及 於 一 切 我 等 與 衆 生 皆 共 成 仏 道 / 南 無 阿 弥 陀 佛 称 我 名 号 下 至 十 聲 若 不 生 者 不 取 正 覚 彼 佛 今 現 在 世 成 仏 當 知 知 本 誓 縦 願 不 虚 衆 生 念 必 得 往 生 / 方 今 於 此 仏 像 御 前 在 家 出 家 善 男 善 女 慮 作 是 念 為 度 衆 生 諸 佛 聖 衆 降 臨 此 庭 或 展 供 養 或 稻 名 号 願 諸 衆 生 同 生 浄 土 / 文 永 三 年 醸 畝 十 二 月 日 佛 子 光 阿 弥 陀 佛 敬 日 (側 面 ) 此 御 佛 者 為 念 仏 勧 進 諸 人 結 縁 之 奉 回 廻 也 自 五 条 京 極 ( 24 ) 香 川 ・ 観 音 寺 蔵 釈 迦 発 遺 阿 弥 陀 来 迎 図 は 絹 本 著 色 縦 一 一 三 ・ 〇 セ ン チ、 横 セ ン チ 四 〇 ・ 五 セ ン チ。 鎌 倉 時 代 末 期 の 作。 ( 25 ) 藤 田 美 術 館 蔵 刺 繍 釈 迦 阿 弥 陀 来 迎 図 は 浜 田 隆 ﹃ 日 本 の 美 術 来 迎 図 ﹄ 図 版 一 〇 三 を 参 照 し た。 ( 26 ) 遺 迎 二 尊 の 板 碑 に つ い て は ﹃ 国 史 大 辞 典 ﹄ ( 吉 川 弘 文 館 昭 和 五 十 四 年 三 月 ) 一 巻 六 一 五 頁 参 照。 ( 27 ) 田 村 隆 照 ﹁十 三 仏 図 像 と 十 王 本 地 仏-信 仰 資 料 の 図 像 学 ー ﹂ (﹃ 密 教 図 像 ﹄ 第 四 号 密 教 図 像 学 会 昭 和 六 十 一 年 三 月 ) を 参 十 三 仏 図 の 成 立 再 考

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密 教 文 化 照。 ( 28 ) 川 勝 政 太 郎 ﹁ 十 三 仏 の 史 的 展 開 ﹂ (﹃ 史 と 美 術 ﹄ 五 二 〇 号 史 美 術 同 放 会 昭 和 五 十 六 年 十 二 月 ) を 参 照。 ( 29 ) 前 掲 注 28 川 勝 政 太 郎 ﹁ 十 三 仏 信 仰 の 史 的 展 開 ﹂ を 参 照。 付 記 本 論 作 成 に つ き、 木 山 寺 住 職 高 峰 秀 清 師 に 多 大 の ご 教 示 ・ ご 高 配 を 賜 り ま し た。 記 し て 感 謝 の 意 を 表 し ま す。 ま た 香 川 ・ 本 山 寺 住 職 長 田 玄 哉 師、 大 阪 市 立 博 物 館 松 浦 清 氏、 京 都 府 立 山 城 郷 土 資 料 館 田 中 淳 一 郎 氏、 神 奈 川 県 立 金 沢 文 庫 津 田 徹 英 氏 に は 関 係 資 料 の 調 査 に つ い て ご 協 力 を 賜 り ま し た。 末 尾 な が ら 厚 く お 礼 申 し 上 げ ま す。 < キ ー ワ ー ド > 十 三 仏 再 考 ・ 木 山 寺 図 16 十 王 図 部 分 ( 和 歌 山 ・ 総 持 寺 蔵 )

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