宿
曜
道
祭
祀
に
つ
い
て
の
一
考
察
ー
北
斗
本
拝
供
と
北
斗
法
1
戸
田
雄
介
-︹抄 録 ︺ 平 安 時 代 中 期 頃 に 密 教 か ら 発 生 し た 宿 曜 道 は 、 占 星 術 と 祭 祀 を も っ て 、 貴 族 社 会 や 鎌 倉 幕 府 で 活 動 し 、 人 々 に 大 き な 影 響 を 与 え た 。 今 日 、 そ の 活 動 は 徐 々 に 明 ら か に な り つ つ あ る が 、 宿 曜 道 の 祭 祀 に つ い て は 、 そ の 実 態 は 不 明 で あ る 。 そ こ で 本 稿 で は 、 宿 曜 道 の 祭 祀 の 一 つ で あ る 北 斗 本 拝 供 に つ い て 、 具 体 的 な 次 第 や 特 徴 に つ い て 考 察 す る 。 キ ー ワ ー ド 儀 礼 、 慶 算 、 北 斗 法 は じ め に 近 年 、 陰 陽 道 の 研 究 が 盛 ん で あ る 。 中 で も 、 鎌 倉 幕 府 と 陰 陽 道 の 関 係 を 扱 っ た 研 究 は 中 世 陰 陽 道 研 究 の 一 つ の 主 流 を 成 す も の で あ る 。 も と も と 、 鎌 倉 幕 府 の 宗 教 政 策 や 宗 教 行 事 の 研 究 は 、 鶴 丘 八 幡 宮 を 中 心 と し た 密 教 や 、 栄 西 に よ り も た ら さ れ た 禅 宗 と の 関 係 が 重 視 さ れ ( ) て き た が 、 こ れ ら に 次 ぐ 宗 教 的 勢 力 と し て 注 目 さ れ た の が 、 陰 陽 道 の 存 在 で あ っ た 。 鎌 倉 幕 府 と 陰 陽 道 に つ い て の 研 究 は 、 古 く は 木 村 進 氏 ・ 村 山 修 一 氏 ( 2 ) 等 の 研 究 が あ る が 、 近 年 に な り 、 新 川 哲 雄 氏 や 佐 々 木 馨 氏 、 赤 澤 春 彦 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 ( 二 〇 〇 八 年 三 月 ) 氏 等 が 研 究 を 発 表 し て い る 。 新 川 氏 は 、 陰 陽 道 が 幕 府 執 権 北 条 泰 時 に 及 ぼ し た 思 想 的 影 響 を 指 摘 ( m ) し 、 陰 陽 道 が 幕 府 の 宗 教 政 策 に 於 い て 担 っ た 役 割 を 明 ら か に し 、 佐 々 木 氏 は 、 幕 府 の 宗 教 儀 礼 が 陰 陽 道 と 密 教 と で 相 互 補 完 的 に 構 成 さ れ て ( 4 ) い た 事 を 指 摘 し て い る 。 ま た 、 特 に 赤 澤 氏 の 研 究 は ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ の 記 事 か ら 鎌 倉 に 下 っ た 陰 陽 師 達 が 幕 府 の 組 織 の 一 員 と 成 っ て 行 く 過 程 を 具 ( 5 ) 体 的 に 解 き 明 か し た も の で あ り 、 今 後 の 鎌 倉 幕 府 と 陰 陽 道 研 究 に と っ て 大 き な 意 味 を 持 つ も の で あ ろ う 。 さ て 、 近 年 の 陰 陽 道 の 研 究 に 於 い て 、 も う 一 つ の 主 流 を 成 す の が 、 陰 陽 道 に 於 け る 儀 礼 の 研 究 で あ る 。 陰 陽 道 儀 礼 に つ い て は 、 小 坂 眞 二 三 三宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) ( 6 ) ( 7 ) 氏 の 研 究 や 山 下 克 明 氏 の 研 究 が そ の 初 期 の も の で あ る 。 当 初 、 陰 陽 道 に 於 け る 儀 礼 研 究 は 資 料 的 制 約 も あ っ た が 、 村 山 修 一 氏 や 詫 間 直 樹 氏 ・ 高 田 義 人 氏 、 山 下 克 明 氏 等 に よ り 陰 陽 道 関 係 資 料 の 翻 刻 が 進 め ら ( ) れ 、 研 究 環 境 も 次 第 に 整 い つ つ あ る よ う で あ る 。 こ の 様 な 中 で 、 近 年 斎 藤 英 喜 氏 の 安 倍 晴 明 を 陰 陽 道 儀 礼 か ら 考 察 し ( 9 ) ( 10 ) た 研 究 や 、 田 中 勝 裕 氏 に よ る 反 閇 の 研 究 、 室 田 辰 雄 氏 に よ る 中 世 陰 陽 ( ) 道 の 儀 礼 書 で あ る ﹃ 文 肝 抄 ﹄ か ら の 儀 礼 分 析 、 西 岡 芳 文 氏 に よ る 金 沢 ( 12 ) 文 庫 の 聖 教 を 駆 使 し た 研 究 等 が 発 表 さ れ て い る 。 こ れ ら の 陰 陽 道 儀 礼 の 研 究 か ら 、 次 第 に 陰 陽 道 と 密 教 ・ 修 験 道 等 の 交 渉 が 明 ら か に な っ て 来 た の で あ る 。 こ の 事 は 、 2 0 0 7 年 夏 に 金 沢 文 庫 に 於 い て 、 企 画 展 ﹁ 陰 陽 道 × 密 教 ﹂ が 開 催 さ れ た 事 か ら も 、 こ の 分 野 で の 関 心 の 高 さ が ( ) う か が え る と こ ろ で あ る 。 こ の 様 な 儀 礼 研 究 に つ い て の 動 向 は 、 陰 陽 道 に 限 っ た 事 で は な い 。 昨 今 、 各 種 の 宗 教 研 究 に と っ て 、 儀 礼 の 研 究 が 不 可 欠 と な っ て い る 。 も と も と 、 各 種 儀 礼 は 政 治 と 密 接 に 結 び つ い て い た 為 、 歴 史 学 に 於 い て は 政 治 史 と の 関 連 で 研 究 が 進 め ら れ て き た も の で あ る 。 し か し 、 昨 今 の 儀 礼 研 究 で は 政 治 史 と の 関 連 で は な く 、 儀 礼 の 次 第 や 祭 文 等 を 用 い て 、 儀 礼 の 側 か ら 宗 教 そ の も の を 解 明 し よ う と す る 動 向 が 盛 ん で あ る 。 例 え ば 、 日 本 仏 教 史 研 究 に 於 い て は 、 法 会 の 研 究 が 注 目 さ れ て い る ( 14 ) ( 15 ) し 、 密 教 ・ 修 験 道 等 の 儀 礼 の 研 究 が 蓄 積 さ れ て い る 。 特 に 密 教 の 儀 礼 ( 16 ) ( 17 ) に つ い て は 、 阿 部 泰 郎 氏 、 田 中 貴 子 氏 等 の 国 文 学 か ら の ア プ ロ ー チ が 盛 ん で あ っ た が 、 歴 史 学 の 分 野 か ら も 松 本 郁 代 氏 の 研 究 が 最 新 の 成 果 三 四 ( ) と し て 発 表 さ れ て い る 。 ま た 神 道 研 究 に 於 い て も 古 く か ら 儀 礼 研 究 は 盛 ん で あ る が 、 近 年 、 中 世 神 道 の 分 野 に 於 い て 、 伊 藤 聡 氏 等 を 中 心 に ( 19 ) 多 く の 研 究 が な さ れ て い る 。 ま た 民 俗 宗 教 の 研 究 に 於 い て も 、 岩 田 勝 ( 20 ) 氏 の 中 国 地 方 の 神 楽 に 於 け る 祭 文 研 究 や 、 山 本 ひ ろ 子 氏 の 祭 文 研 究 や ( 21 ) 中 世 宗 教 儀 礼 研 究 等 が あ り 、 ま た 近 年 の も の と し て は 、 斎 藤 英 喜 氏 の ( 22 ) 土 佐 い ざ な ぎ 流 に 於 け る 祭 文 と 儀 礼 に 関 す る 研 究 等 が あ る 。 さ ら に 、 2 0 0 6 年 夏 に は 立 命 館 大 学 ア ー ト リ サ ー チ セ ン タ ー に 於 い て 、 ﹁ 儀 礼 ( 23 ) の 力 ﹂ と 題 さ れ た 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム が 開 催 さ れ 、 多 く の 注 目 を 集 め た 。 こ こ で 、 先 の 陰 陽 道 儀 礼 の 研 究 を 概 観 し て み る と 、 山 下 氏 の 研 究 は 政 治 史 の 文 脈 に よ る 陰 陽 道 儀 礼 の 研 究 に 当 た り 、 斎 藤 氏 や 田 中 氏 、 室 田 氏 の 研 究 は 儀 礼 か ら 陰 陽 道 を 解 明 し よ う と い う 試 み に 分 類 で き よ ^mo o さ て 、 こ の 儀 礼 と い う 視 点 で 先 の 鎌 倉 幕 府 を 見 た 場 合 、 鎌 倉 幕 府 で 執 行 さ れ た 儀 礼 が 如 何 な る も の で あ っ た の か は 、 従 来 の 密 教 や 禅 宗 を め ぐ る 研 究 で も 、 ま た 陰 陽 道 を め ぐ る 研 究 で も 今 だ 十 分 に 解 明 さ れ て ( 24 ) い る と は 云 い 難 い の が 現 状 で あ る 。 こ の 様 な 中 で 、 鎌 倉 幕 府 の 宗 教 儀 礼 に つ い て 考 え る 上 で 、 密 教 ・ 陰 (25 ) 陽 道 以 外 に も 重 要 な も の が あ る 。 そ れ は 宿 曜 道 で あ る 。 宿 曜 道 と は 、 平 安 時 代 の 中 期 頃 に 興 っ た 密 教 を 母 体 と す る 占 星 術 の 専 門 家 達 が 行 な っ た 職 能 の 事 で あ る ( こ の 占 い の 結 果 を 記 し た 文 書 を ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ と 呼 ぶ ) 。 ﹃吾 妻 鏡 ﹄ に は 四 代 将 軍 九 条 頼 経 の 頃 に 、 こ の 宿 曜 道 の 専 門 家 で あ る 宿 曜 師 珍 誉 の 名 が 散 見 す る 。 そ し て そ の 記 述 か ら は 、 珍 誉 が 幕 府 内 に 於 い て 、 陰 陽 師 と も 密 教 僧 と も 区 別 さ れ 、 ﹁ 幕
あ 府 の 宿 曜 師 ﹂ と し て 活 動 し て い る 事 が わ か る の で あ る 。 先 に も 述 べ た 様 に 、 宿 曜 道 は 占 星 術 が そ の 職 能 の 中 心 で あ っ た 。 も ち ろ ん 占 い の 結 果 検 出 さ れ た 災 厄 を 祓 う 為 の 祈 祷 も 行 な っ て い た が 、 や は り 、 そ の 活 動 の 中 心 は 占 い で あ っ た の で あ る 。 し か し 、 ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に 記 録 さ れ る 珍 誉 の 活 動 の 中 心 は 、 占 い で は な く 祈 祷 だ っ た の で あ る 。 ま た 、 鎌 倉 ば か り で は な く 、 宿 曜 道 の 活 動 は 京 の 貴 族 社 会 で も 盛 ん で あ っ た が 、 そ こ で も 、 鎌 倉 期 の 宿 曜 道 の 活 動 は 祈 祷 が 重 き を 成 す 様 に な る の で あ る 。 こ れ は 、 院 政 末 期 か ら 鎌 倉 期 に か け て 、 宿 曜 師 の 活 動 が 、 祈 祷 を 中 心 と し た も の に な っ た 為 で あ る 。 こ の 事 は 既 に 拙 稿 に 於 い て 述 べ た 。 し か し 、 宿 曜 道 の 祈 祷 が ど の 様 な も の で あ っ た か に つ い て は 、 今 だ 詳 細 は 不 明 で あ る 。 そ こ で 本 稿 で は 、 宿 曜 道 の 祈 祷 が ど の 様 な 儀 礼 で あ っ た の か 、 そ の 具 体 像 に つ い て 考 え て み た い 。 ※ な お 、 宿 曜 道 の 祭 祀 は 資 料 上 、 数 種 類 が 確 認 出 来 る が 、 今 回 は そ の 中 の 一 つ で あ る 北 斗 本 拝 供 と い う 祭 祀 に つ い て 検 討 し た い 。 ま た 今 回 扱 う 資 料 で あ る が 、 宿 曜 師 が 祭 祀 の 次 第 等 を 書 き 残 し た も の が あ れ ば 良 い の で あ る が 、 残 念 な が ら そ の 様 な 資 料 は 現 在 管 見 の 限 り 見 つ か っ て い な い 。 宿 曜 師 の 書 き 残 し た も の と し て は 、 桃 裕 行 氏 が 蒐 集 、 分 類 し た ﹁宿 曜 勘 文 ﹂ 十 六 通 と 、 深 算 と い う 宿 曜 師 が 書 い た ﹃ 宿 曜 占 文 抄 ﹄ と い う 巻 子 本 が 確 認 出 来 る が 、 残 念 な が ら ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ は 占 い の 結 果 で あ り 、 ﹃ 宿 曜 占 文 抄 ﹄ は 一 部 翻 刻 が あ る も の の 、 全 体 を 確 認 す る 事 ふ が 困 難 な 資 料 で あ る 。 し か し 、 醍 醐 寺 文 書 中 に 興 味 深 い 資 料 が 残 さ れ て い る 。 そ れ は ﹃御 修 法 用 途 事 類 聚 記 ﹄ と い う 資 料 で あ る 。 詳 し く は 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 (二 〇 〇 八 年 三 月 ) 後 に 述 べ る が 、 こ の 資 料 中 に 慶 算 と い う 宿 曜 師 が 記 し た 北 斗 の 祭 祀 に 関 す る 注 進 状 が 転 載 さ れ て い る の で あ る 。 こ れ は 、 宿 曜 師 の 儀 礼 に 関 す る 意 識 を う か が う 事 が 出 来 る 貴 重 な 資 料 で あ る 。 ま た 永 正 十 五 年 ( 一 五 一 八 ) に 儒 者 の 東 坊 城 和 長 に よ り 編 纂 さ れ た ﹃諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ と い う 書 物 に は 宿 曜 道 祭 祀 の 祭 文 が 掲 載 さ れ て お り 、 こ れ も 宿 曜 道 の 祭 祀 を 考 え る 上 で 重 要 な ヒ ン ト を 与 え て く れ る は ず で (1M ) あ る 。 こ れ ら の 資 料 と 比 較 的 近 い 時 代 に 書 か れ た 密 教 の 事 相 書 等 の 宿 曜 道 に つ い て の 記 事 や 、 密 教 の 星 供 の 次 第 、 或 い は 貴 族 の 日 記 中 に 記 さ れ た 儀 式 の 次 第 等 を 使 用 し て 宿 曜 道 祭 祀 の 検 討 を 試 み た い 。 一 、 宿 曜 道 祭 祀 の 展 開 宿 曜 道 と は 、 暦 算 に よ る 天 体 の 運 行 か ら 、 個 人 の 運 命 を 占 う 術 で あ る 。 古 代 ・ 中 世 に 於 い て 、 星 は 個 人 の 運 命 を 掌 る も の と 考 え ら れ て い た 。 も ち ろ ん 、 宿 曜 道 に と っ て も 星 は 重 要 な 信 仰 対 象 で あ り 、 ま た 、 祭 祀 の 対 象 で も あ う た の で あ る 。 つ ま り 、 宿 曜 師 の 行 な う 祈 祷 は ﹁ 星 ﹂ を 供 養 す る 事 に よ り 個 人 の 運 命 を 好 転 さ せ る 事 が 目 的 だ っ た の で あ る 。 本 節 で は 宿 曜 道 の 儀 礼 に つ い て 具 体 的 に 述 べ る 前 に 、 宿 曜 道 の 祈 祷 が ど の 様 に 展 開 し た の か を 確 認 し た い 。 日 本 で の 星 辰 信 仰 は 、 古 く は 道 教 の 影 響 で 、 九 世 紀 に 宮 廷 行 事 で あ る 四 方 拝 に 、 生 年 干 支 に よ り 定 め ら れ る 北 斗 七 星 の 一 星 で あ る 本 命 星 三 五
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) を 拝 す る 儀 式 が 行 わ れ る 様 に な り 、 ま た 天 変 対 策 と し て 熾 盛 光 法 等 の 星 を 祀 る 密 教 修 法 も 行 わ れ る 様 に な る 。 当 初 、 こ れ ら の 修 法 は 国 家 の ( 32 ) 為 に 修 さ れ た も の で あ り 、 個 人 的 に 修 す 事 は 禁 止 さ れ て い た の で あ る 。 し か し 、 十 世 紀 後 半 期 か ら の 律 令 体 制 の 崩 壊 に 伴 い 、 不 安 定 な 権 力 構 造 や 一 族 内 外 の 政 争 に 翻 弄 さ れ 没 落 し た 中 ・ 下 級 貴 族 達 を 中 心 に 来 世 に 救 い を 求 め る 浄 土 教 が 広 ま っ て 行 く 。 又 、 一 方 で は 個 人 の 栄 枯 盛 衰 を 生 年 干 支 や 天 体 と の 関 係 に 見 い だ し 、 そ れ ら を 祀 る こ と で 現 世 に 於 い て 利 ( MM ) 益 を 得 よ う と す る 個 人 的 な 密 教 修 法 も 発 展 を 遂 げ た の で あ る 。 こ の 様 な 平 安 貴 族 社 会 の 動 向 を 背 景 に 発 展 し た の が 密 教 星 辰 供 で あ っ た の で あ る 。 ま た 、 山 下 克 明 氏 は 密 教 星 辰 供 が 、 陰 陽 道 と の 交 渉 の ( 34 ) 元 に 成 立 し た も の で あ る 事 を 指 摘 し て い る 。 こ の 様 な 星 辰 供 は 成 立 当 初 は 本 命 星 を 祀 る も の が 主 流 で あ っ た が 、 院 政 期 に 入 る と 北 斗 法 に そ の 主 流 が 移 っ て い き 大 北 斗 法 や 七 壇 北 斗 法 等 大 法 化 し て い く の で あ る 。 さ て 、 宿 曜 道 に よ る 祈 祷 は 述 べ て き た 様 な 密 教 の 星 辰 供 の 流 れ の 中 に 位 置 づ け る 事 が 可 能 で あ る 。 宿 曜 道 は 、 元 々 密 教 修 法 の 日 取 り を 印 度 由 来 の 暦 法 に よ り 求 め る 術 で あ っ た 。 そ れ が 貴 族 達 の 要 請 に 答 え 、 ホ ロ ス コ ー プ 占 星 術 で 個 人 の 運 命 を 占 い 、 ま た そ の 結 果 に 応 じ て 、 星 に 由 来 す る 災 厄 を 除 く 祭 祀 も 行 う よ う に な っ た も の で あ る 。 そ の 時 期 は 先 に 述 べ た 密 教 星 辰 供 の 成 立 と 期 を 一 に す る も の で あ っ た 。 実 際 、 宿 曜 師 が 星 の 祈 祷 を 行 な っ た 一 例 と し て ﹃ 後 二 条 師 通 記 ﹄ 永 長 元 年 ( 一 〇 九 六 ) 七 月 十 七 日 条 に 次 の 記 事 が あ る 。 召 明 算 、 先 日 勘 文 、 月 蝕 正 見 可 有 其 慎 、 已 以 見 之 、 子 細 可 申 、 月 三 六 曜 並 南 星 可 供 之 、 於 他 祈 者 可 有 御 定 、 記 事 で は 藤 原 師 通 に 明 算 が ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ を 根 拠 に 月 曜 供 等 の 実 施 を 勧 め て お り 、 ま た 続 く 同 年 七 月 二 十 日 に は 明 算 が 祈 祷 を 行 な っ て い る 事 が 確 認 で き る 。 こ こ か ら は 、 宿 曜 師 が 早 く か ら 星 辰 供 に 関 わ り を 有 し た 点 と 実 際 に ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に 従 い 宿 曜 師 自 身 の 手 に よ り 、 祈 祷 が 行 な わ れ て い た 事 が わ か り 興 味 深 い 。 さ て 、 宿 曜 師 に よ る 祈 祷 実 修 の 例 を 確 認 し た が 、 こ の 明 算 に と っ て の 祈 祷 に つ い て の 認 識 が 確 認 出 来 る 文 書 が あ る 。 そ れ は 、 先 の 祈 祷 の 翌 年 、 永 長 二 年 ( 一 〇 九 七 ) に 明 算 が 宿 曜 の 労 に よ り 、 西 大 寺 別 当 へ ( 35 ) の 就 任 を 願 い 出 た 申 文 で あ る 。 そ こ に は 伝 燈 大 法 師 位 明 算 誠 惶 誠 恐 謹 言 、 請 特 蒙 鴻 恩 、 任 道 葉 労 并 公 請 労 、 被 恤 補 元 興 寺 別 当 職 右 明 算 謹 検 案 内 、 依 奉 公 労 蒙 朝 恩 以 道 業 之 口 口 官 職 是 緇 素 承 前 之 例 也 、 爰 明 算 苟 伝 門 業 久 僅 御 口 口 、 所 謂 長 日 御 星 供 ・ 毎 年 御 勘 文 等 也 、 御 薬 有 無 ・ 御 慎 軽 口 口 兼 以 知 之 宿 曜 術 也 、 余 道 雖 妙 無 此 能 乎 、 上 古 聖 代 口 口 重 此 道 、 故 以 前 之 輩 皆 蒙 抽 賞 者 也 、 因 茲 仁 統 大 法 師 □ 西 大 寺 、 大 威 儀 師 能 算 先 補 西 大 寺 、 次 任 法 隆 寺 、 於 口 者 不 可 挙 而 計 、 適 浴 恵 露 誰 謂 非 分 望 請 鴻 恩 、 任 道 口 口 労 被 恤 補 元 興 寺 別 当 職 者 、 将 仰 奉 公 之 不 虚 口 、 明 算 誠 惶 誠 恐 謹 言 永 長 二 年 七 月 七 日 伝 燈 大 法 師 位 ﹁ 明 口 ﹂ と あ る 。 欠 字 等 も あ り 、 分 か り 難 い が 、 こ こ に 明 算 に と っ て の 宿 曜 道 に つ い て の 認 識 が 明 確 に 示 さ れ て い る の で あ る 。
こ こ で 明 算 は 道 業 (宿 曜 道 の 業 ) の 内 容 を ﹁ 長 日 御 星 供 ﹂ と ﹁ 毎 年 御 勘 文 ﹂ で あ る 、 と 述 べ て い る 。 こ こ だ け で は 、 祈 祷 と ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ の 作 成 が 明 算 の 認 識 し た 宿 曜 道 で あ る 、 と 読 み 取 れ る が 、 直 後 に ﹁ 御 薬 有 無 ・ 御 慎 軽 口 口 兼 以 知 之 宿 曜 術 也 、 余 道 雖 妙 無 此 能 乎 ﹂ と い う 文 章 が 続 い て い る 。 こ れ は 意 訳 す れ ば 、 ﹁ 病 気 の 有 無 や 慎 み の 重 い 軽 い を 事 前 に 知 る 事 が 出 来 る の は 、 宿 曜 道 だ け で あ り 、 そ れ こ そ が 宿 曜 道 が 余 道 に 対 し て 優 れ て い る 。 ﹂ と い う 意 味 の 文 章 で あ る 。 こ こ で 、 明 算 の 認 識 し た 宿 曜 道 は 明 ら か に 祈 祷 よ り も ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に よ る 未 来 予 知 に 重 点 が 置 か れ て い る 事 が わ か る の で あ る 。 つ ま り 、 明 算 に と っ て は ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ 作 成 こ そ が 宿 曜 道 の メ イ ン で あ り 、 祈 祷 は そ れ を 補 完 す る も の と の 認 識 が あ っ た の で あ る 。 そ し て こ れ は 、 何 も 明 算 に 限 っ た 認 識 で は な か っ た で あ ろ う 。 天 皇 の ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ の 作 成 を 任 さ れ た 程 の 明 算 で あ る か ら 、 宿 曜 道 に 於 い て も 指 導 者 的 立 場 に あ っ た と 推 測 さ れ る 。 こ の 様 な 明 算 の 宿 曜 道 に つ い て の 認 識 は 、 当 時 の 宿 曜 師 達 に と っ て も 共 通 の も の で あ っ た と 考 え て 大 過 な い の で は な か ろ う か 。 繰 り 返 し に な る が 、 明 算 の 段 階 の 宿 曜 道 に 於 い て は 、 ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ の 作 成 こ そ が 宿 曜 道 独 自 の 技 能 で あ り 、 祈 祷 は あ く ま で ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ を 補 完 す る も の で あ る と の 認 識 が あ っ た の で あ る 。 さ て 、 宿 曜 師 が 星 辰 供 成 立 の 早 い 段 階 か ら 、 星 の 祈 祷 を 行 い つ つ も 、 あ く ま で ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ が そ の 活 動 の 中 心 で あ っ た 事 を 確 認 し た が 、 宿 曜 道 に と っ て そ の 後 も 祈 祷 は ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ の 補 佐 的 役 割 で あ っ た か と い う と 、 そ う で は な い 。 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 (二 〇 〇 入 年 三 月 ) 時 代 は 一 気 に 下 り 鎌 倉 時 代 。 ﹃ 民 経 記 ﹄ 文 永 四 年 ( 一 二 六 七 ) 十 月 廿 六 日 条 に 、 や は り 当 時 の 宿 曜 師 の 宿 曜 道 に つ い て の 認 識 が う か が え ( 36 ) る 記 事 が 載 る 。 以 下 に 引 用 す る と 今 日 宿 曜 師 任 憲 法 印 入 来 、 有 示 合 事 等 、 其 次 談 云 、 前 相 国 事 大 略 寿 限 也 、 当 年 行 年 勘 文 注 載 了 、 十 月 未 日 卯 酉 時 可 有 恐 之 由 勘 録 了 、 夏 秋 之 間 ま て ハ 相 府 も 可 相 慎 之 由 被 存 歟 、 而 及 今 月 殊 遠 行 、 或 吹 田 、 或 有 馬 、 匪 直 也 歟 、 於 有 馬 去 六 日 [己 未 ︼西 剋 所 悩 令 付 、 十 二 日 乙 丑 卯 剋 事 切 、 如 指 掌 、 此 事 雖 末 代 聞 食 驚 、 仙 洞 有 召 、 故 被 尋 仰 下 、 勘 録 之 旨 申 上 、 不 敵 之 由 有 沙 汰 云 々 、 於 寿 限 者 更 不 可 遁 之 趣 也 、 人 世 中 夭 又 是 多 、 於 祈 祷 之 験 者 此 時 事 歟 、 当 道 之 名 望 無 比 肩 之 輩 歟 、 可 貴 々 々 、 (後 略 ) と い う 記 事 で あ る 。 少 々 長 い の で 、 詳 細 は 省 く が 、 注 目 し た い の は 、 こ の 記 事 中 の ﹁ 於 寿 限 者 更 不 可 遁 之 趣 也 、 人 世 中 夭 又 是 多 、 於 祈 祷 之 験 者 此 時 事 歟 、 当 道 之 名 望 無 比 肩 之 輩 歟 、 ﹂ と 言 う 言 葉 で あ る 。 意 訳 す る と ﹁ 寿 命 は 逃 れ 難 い も の で は あ る が 、 そ の 様 な 時 こ そ 宿 曜 道 の 祈 祷 が 力 を 発 揮 す る 。 ﹂ と い う 意 味 で あ る 。 記 事 中 の 宿 曜 師 任 憲 は 祈 祷 の 験 力 を 殊 更 強 調 し て い る の で あ る 。 こ れ は 、 先 に 確 認 し た 明 算 の 宿 曜 道 の 認 識 と は 、 明 ら か に 食 い 違 っ た 主 張 で あ る 。 こ の 任 憲 と い う 宿 曜 師 も 様 々 な 記 録 に 顔 を 見 せ て お り 、 当 時 の 有 力 な 宿 曜 師 の 一 人 で あ っ た と 考 え ら れ る 人 物 で あ る 。 さ て 、 明 算 の 時 代 か ら 約 二 百 年 下 っ た 、 こ の 任 憲 の 時 代 迄 に ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に 並 ん で 祈 祷 も ま た 宿 曜 師 の 主 要 な 職 能 で あ る と 認 識 さ れ る 様 に な っ た 訳 で あ る が 、 で は 一 体 何 時 ご ろ に 宿 曜 道 の 祈 祷 が 重 視 さ れ る 三 七
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) 様 に な っ た の で あ ろ う か 。 こ の 問 題 に つ い て は 、 明 確 に 何 時 と 断 言 す る 事 は 不 可 能 で あ る が 、 一 つ の 契 機 と な る の が 、 院 政 末 期 か ら 鎌 倉 初 期 に 掛 け て の 珍 賀 と 慶 算 ( 37 ) の 活 動 で あ っ た 。 珍 賀 は 清 水 寺 の 辺 に 私 堂 で あ る 北 斗 降 臨 院 を 建 立 し 活 動 し 、 慶 算 は 珍 賀 の 様 な 拠 点 こ そ 不 明 で あ る が 、 自 ら 独 自 の 祭 祀 を 創 始 、 執 行 し 、 ど ち ら も 貴 族 層 を 中 心 に 多 く の 帰 依 を 受 け た 宿 曜 師 で あ っ た 。 こ の 両 人 の 活 動 し た 院 政 期 は 密 教 修 法 の 大 檀 化 ・ 多 檀 化 が 進 ん だ 時 期 で あ り 、 宿 曜 道 の 祈 祷 も そ の 流 れ に 沿 っ た 展 開 の 様 に も み え る 。 し か し 、 特 に 慶 算 に つ い て は 星 の 修 法 、 別 け て も 北 斗 の 修 法 に つ い て は 独 自 の 考 え 方 を も っ て お り 、 そ れ を 檀 超 だ け で は な く 、 当 時 の 密 教 の 僧 侶 に も 喧 伝 し て お り 、 積 極 的 に 星 に 関 す る 言 説 や 修 法 を リ ー ド し よ う と し た 節 が う か が え る の で あ る (後 述 ) 。 そ こ で 、 次 節 で は こ の 慶 算 の 行 っ た 宿 曜 道 祭 祀 の 一 つ で あ る 北 斗 本 拝 供 に つ い て 、 一 体 ど の 様 な 祭 祀 で あ っ た の か 、 そ の 具 体 的 な 次 第 等 に つ い て 考 え た い 。 二 、 北 斗 本 拝 供 と 北 斗 法 1 ﹃ 玉 葉 ﹄ か ら さ て 、 い よ い よ 北 斗 本 拝 供 の 具 体 的 な 内 容 に つ い て 考 え る 事 と し た い 。 具 体 的 な 方 法 と し て は 、 先 に も 述 べ た 様 に 密 教 の 星 供 の 次 第 等 を 用 い る が 、 こ れ は 宿 曜 道 が 元 々 は 密 教 の 一 環 で あ り 、 こ の 北 斗 本 拝 供 も 、 三 八 そ の 名 称 か ら 密 教 の 北 斗 法 と 相 互 に 影 響 が 有 っ た と 考 え ら れ る か ら で あ る ( 北 斗 本 拝 供 を 伝 承 し た 慶 算 の 門 派 は 元 々 興 福 寺 に 属 し 、 密 教 の 法 燈 と し て は 東 密 に 属 す の で 、 主 に 東 密 の 次 第 を 参 考 に す る ) 。 先 ず こ の 、 北 斗 本 拝 供 の 貴 族 社 会 で の 実 修 例 を 示 し 、 こ の 祭 祀 が 実 際 に 貴 族 社 会 に 於 い て 行 な わ れ た 祭 祀 で あ る 事 を 確 認 し た い 。 こ の 北 斗 本 拝 供 は 、 慶 算 の 時 代 ま で 史 料 中 に 執 行 例 は 見 当 た ら ず 、 ( ) 慶 算 に よ り 創 始 さ れ た 祭 祀 で あ る 。 慶 算 に よ る 北 斗 本 拝 供 の 執 行 は 、 彼 の 帰 依 者 の 一 人 で あ っ た 九 条 兼 実 の ﹃玉 葉 ﹄ の 中 に 見 る 事 が 出 来 る 。 先 ず ﹃ 玉 葉 ﹄ 建 久 八 年 ( = 九 七 ) 三 月 二 十 八 日 条 に 宿 曜 師 慶 算 来 、 召 前 使 授 文 殊 大 北 斗 経 、 為 本 拝 也 、 其 次 問 宿 曜 道 事 、 一 宮 多 星 入 人 運 不 傾 事 、 と あ り 、 さ ら に 続 い て 同 四 月 二 日 条 に は 今 日 巳 時 、 有 北 斗 本 拝 事 、 依 有 宿 曜 師 慶 算 申 也 、 仮 令 、 巳 年 生 人 、 巳 月 巳 日 巳 時 、 向 巳 方 、 拝 本 命 星 也 、 十 三 年 一 度 廻 遇 云 々 、 其 儀 、 着 衣 冠 、 ︻清 浄 新 衣 也 、 ︼持 念 誦 拝 之 前 、 敷 淨 薦 、 立 白 木 案 、 花 瓶 一 ロ 、 ︻差 時 花 、 ] 火 地 一 口 、 [熱 名 香 、 ︼小 幣 帛 九 本 、 ︻七 星 外 、 加 羅 計 料 鳥 羽 院 御 拝 時 、 如 此 云 々 、 ︼南 庭 儲 座 、 刻 報 降 -居 其 座 、 先 拝 本 命 星 武 曲 星 十 二 反 、 次 更 拝 七 星 、 各 一 反 、 ︻但 武 曲 星 、 加 今 一 拝 、 為 輔 星 也 、 又 七 星 外 、 羅 計 各 一 反 拝 之 、 ]次 帰 昇 、 中 宮 巳 御 歳 也 、 中 将 又 同 、 仍 各 有 此 拝 、 今 旦 先 洗 頭 也 、 と あ る 。 後 半 の 建 久 八 年 四 月 二 日 の 記 事 に は 、 北 斗 本 拝 供 の 次 第 が 比 較 的 詳
し く 載 せ ら れ て お り 、 興 味 深 い が 、 こ れ に つ い て は 後 に 詳 し く 見 る 事 に し た い 。 こ の 、 一 連 の 北 斗 本 拝 供 執 行 に 関 す る 記 事 で 、 先 ず 目 を 引 く の が 、 そ の 祭 祀 が 執 行 さ れ た タ イ ミ ン グ で あ る 。 こ の 祭 祀 は 建 久 八 年 に 執 行 さ れ て い る が 、 こ の 前 年 は 、 九 条 兼 実 を は じ め と す る 九 条 家 の 人 々 に と っ て 、 あ る 事 件 が あ っ た 年 で あ っ た の で あ る 。 こ の 前 年 、 つ ま り 建 久 七 年 ( 一 一 九 六 ) に 九 条 家 に 起 き た 事 件 と は 、 ﹁ 建 久 七 年 の 政 変 ﹂ ( 39 ) と 呼 ば れ る 事 件 で あ っ た 。 事 件 の 概 要 は 、 京 で の 影 響 力 拡 大 を 目 指 す 、 源 頼 朝 が 娘 大 姫 を 入 内 さ せ よ う と 画 策 し た 。 し か し 、 源 頼 朝 が 頼 り に し た 九 条 兼 実 は 、 す で に 娘 任 子 を 入 内 さ せ て お り 、 大 姫 入 内 に は 積 極 的 で は な か っ た の で あ る 。 そ こ で 、 源 頼 朝 は 九 条 兼 実 の 政 敵 で あ り 後 白 河 法 皇 の 側 近 で あ っ た 、 源 通 親 と 謀 り 、 後 鳥 羽 天 皇 に 働 き か け 九 条 兼 実 を 関 白 の 座 か ら 引 き 摺 り 下 ろ し た の で あ っ た 。 ﹃玉 葉 ﹄ 建 久 八 年 四 月 二 日 の 記 事 に は 、 こ の 時 の 北 斗 本 拝 供 執 行 に 関 す る 具 体 的 な 理 由 は 記 さ れ て い な い が 、 ﹁ 其 次 問 宿 曜 道 事 、 一 宮 多 星 入 人 運 不 傾 事 、 ﹂ と い う 九 条 兼 実 の 慶 算 が 語 る 自 ら の 運 勢 に つ い て の 深 い 安 堵 や 、 祭 祀 の 次 第 を 詳 し く 日 記 に 書 き と め た 態 度 か ら は 、 慶 算 の 行 う 北 斗 本 拝 供 へ の 期 待 と 共 に 、 ﹁ 建 久 七 年 の 政 変 ﹂ か ら の 再 起 祈 願 が 祭 祀 執 行 の 理 由 で あ る 様 に 思 わ れ る の で あ る 。 少 し 話 し が 複 雑 に な っ た が 、 ﹃ 玉 葉 ﹄ か ら 北 斗 本 拝 供 の 実 修 例 を 挙 げ て み た 。 こ こ で は 、 祭 祀 執 行 の 背 景 に ﹁建 久 七 年 の 政 変 ﹂ が あ っ た が 、 そ の 次 第 の 内 容 や 九 条 兼 実 の 諮 問 の 内 容 か ら 見 て 、 星 に 関 す る 祭 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 ( 二 〇 〇 八 年 三 月 ) 祀 で あ る 事 は 間 違 い な い 様 に 考 え ら れ る 。 こ の 北 斗 本 拝 供 は 慶 算 の 死 後 、 そ の 弟 子 良 算 に よ り 、 鎌 倉 や 貴 族 社 会 で 修 さ れ て い る が 、 そ れ も い ず れ も 天 変 に よ る も の で あ り 、 広 く 星 に ま つ わ る 災 厄 を 除 く 目 的 で 修 さ れ た 祭 祀 で あ っ た 。 先 に 示 し た ﹃ 玉 葉 ﹄ 建 久 八 年 四 月 二 日 条 に 北 斗 本 拝 供 の 簡 単 な 次 第 が 記 さ れ て い た 。 そ こ で 、 次 は そ の ﹃ 玉 葉 ﹄ の 記 事 を 用 い 、 北 斗 本 拝 供 に 於 い て 、 ど の 様 な 順 序 で 何 が 行 わ れ た の か を 考 え て み た い 。 先 の ﹃ 玉 葉 ﹄ の 記 事 か ら 先 ず わ か る 事 は 、 北 斗 本 拝 供 は 願 主 の 生 年 十 支 と 同 じ 年 ・ 月 ・ 日 ・ 時 に そ の 干 支 の 方 角 に 向 か い 北 斗 七 星 中 の 本 命 星 を 拝 す る 祭 祀 で あ る と い う 事 で あ る 。 次 第 と し て は 、 ① 清 浄 で 新 し い 衣 冠 に 着 替 え る 。 ② 清 い 薦 ( こ も ) を 敷 く 。 ③ ② の 上 に 白 木 の 机 を 立 て る 。 ④ 花 瓶 に 季 節 の 花 を 挿 し ③ の 上 に 置 く 。 ⑤ 密 教 法 具 の 香 炉 に 名 香 を 焚 き ③ の 上 に 置 く 。 ⑥ 小 さ い 幣 を 九 本 ③ に 立 て る 。 ⑦ 南 庭 に 座 を 設 け 、 願 主 の 生 年 干 支 と 同 じ 時 刻 に 願 主 が そ の 座 に 着 く 。 ⑧ 先 ず 七 星 の 内 本 命 星 を 十 二 反 拝 す る 。 ⑨ 次 に 北 斗 七 星 の 各 星 を 一 反 ず つ 拝 す る 。 ⑩ さ ら に 本 命 星 を 一 反 拝 し 、 羅 喉 ・ 計 都 を 各 一 反 拝 す る 。 ⑪ 儀 礼 の 為 の 席 か ら 降 り る 。 記 事 の 内 容 か ら 以 上 の 順 序 で 北 斗 本 拝 供 が 進 行 す る 事 が わ か る 。 先 ず 儀 礼 に 臨 む 服 装 で あ る が 、 清 浄 で 新 し い 衣 を 着 け る と あ る 。 こ の 場 合 衣 冠 と あ る 事 か ら 、 施 主 の 服 装 で あ る 事 が わ か る 。 ま た 、 儀 礼 の 執 ( 40 ) 行 役 で あ る 宿 曜 師 の 服 装 は 、 ﹃ 覚 禅 鈔 ﹄ 北 斗 供 次 第 に ﹁ 阿 闍 梨 浄 衣 [白 色 ] ﹂ と あ る 事 か ら 、 こ れ に 準 じ た も の で あ っ た と 思 わ れ る 。 儀 礼 の 道 具 立 て と し て は 、 密 教 の 修 法 に 用 い る 香 炉 で あ る 火 蚫 や 、 三 九
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) 花 瓶 の 名 が あ る 事 か ら 密 教 で 大 壇 に 設 置 す る 火 蚰 を 中 心 に 据 え た 一 面 器 か 、 そ の 変 則 型 の 物 が 白 木 の 机 の 上 に 設 置 さ れ た も の と 考 え ら れ る 。 さ ら に こ の 机 の 上 に は 、 北 斗 七 星 と 羅 喉 ・ 計 都 が 来 臨 す る 幣 が 九 本 立 て ら れ る 。 幣 ご と に 供 物 が 捧 げ ら れ た も の と 考 え ら れ る が 、 ﹃覚 禅 鈔 ﹄ 北 斗 供 次 第 の 幡 幣 に つ い て の 記 述 に 茶 與 果 。 銭 形 前 。 次 茶 次 果 居 也 。 果 干 棗 吉 也 。 若 無 之 。 干 柿 等 可 宜 歟 。 と あ る 事 か ら 北 斗 本 拝 供 の 場 合 も 幣 の 前 に 紙 銭 ・ 茶 ・ 果 (干 棗 か 干 柿 ) 等 の 供 物 が 並 べ ら れ た の で あ ろ う か 。 次 い で 、 南 庭 に 設 置 し た 席 に 着 き 、 本 命 星 か ら 順 に 北 斗 七 星 を 拝 し て い く の で あ る が 、 一 体 ど の 様 な 順 序 で 本 命 星 以 下 の 星 を 拝 し た の だ ろ う か 。 こ の 問 題 に つ い て も ﹃ 覚 禅 鈔 ﹄ 北 斗 供 次 第 が ヒ ン ト を 与 え て く れ る 。 ﹃覚 禅 鈔 ﹄ 北 斗 供 次 第 の 蝋 燭 供 次 第 に 七 星 始 自 本 命 星 。 次 第 巡 指 之 。 仮 令 本 命 星 禄 存 星 。 ○ 先 禄 存 ○ 次 文 曲 ○ 次 廉 貞 ○ 武 曲 ○ 次 破 軍 ○ 次 貪 狼 ○ 巨 門 星 是 也 。 と あ り 、 さ ら に こ の 際 に 、 行 者 取 念 珠 結 七 星 印 。 毎 星 満 其 呪 。 と あ る 。 ﹃ 玉 葉 ﹄ の 北 斗 本 拝 供 次 第 に も ﹁ 持 念 誦 拝 ﹂ と あ り 、 星 を 拝 す る 時 真 言 を 唱 え た と 推 測 さ れ 、 北 斗 本 拝 供 の 北 斗 七 星 を 拝 す 順 序 も 、 先 の 北 斗 供 次 第 の 蝋 燭 供 次 第 に 相 当 す る と 考 え ら れ る 。 九 条 兼 実 の 場 合 は 本 命 星 が 武 曲 星 に あ た る の で 、 北 斗 七 星 を 拝 す 順 序 は 先 ず 武 曲 星 を 十 二 反 拝 し 以 下 破 軍 星 ・ 貪 狼 星 ・ 巨 門 星 ・ 禄 存 星 ・ 文 四 〇 曲 星 ・ 廉 貞 星 と 一 反 ず つ 拝 し 、 ﹁ 但 武 曲 星 、 加 今 一 拝 、 為 輔 星 也 ﹂ と あ る 事 か ら 、 さ ら に 一 反 武 曲 星 を 拝 し 、 最 後 に 羅 喉 ・ 計 都 の 順 で 北 斗 本 拝 供 の 儀 礼 が 進 行 し た も の と 思 わ れ る 。 こ の 北 斗 本 拝 供 の 儀 礼 の 次 第 は 、 あ く ま で 九 条 兼 実 が 自 ら 体 験 し た 儀 礼 の 次 第 、 様 子 を 書 き 留 め た も の で あ る 為 、 こ れ だ け で 北 斗 本 拝 供 の 何 た る か を 述 べ る の は 無 理 が あ る 。 し か し こ こ か ら 読 み 取 れ る 限 り 、 こ の 北 斗 本 拝 供 は 密 教 修 法 で あ る 北 斗 法 を ベ ー ス に し て 、 そ の 祭 祀 対 象 に 羅 喉 ・ 計 都 の 二 星 を 加 え さ ら に 本 命 星 へ の 供 養 を 強 調 し た 祭 祀 で あ る と い え る の で は な い だ ろ う か 。 し か し 、 密 教 修 法 の 北 斗 法 は 主 に 阿 闍 梨 が 執 行 し 、 施 主 は 後 に 巻 数 ( 41 ) を 受 け 取 る の が 一 般 的 で あ る が 、 こ の 北 斗 本 拝 供 は 施 主 九 条 兼 実 自 身 が 清 浄 な 衣 冠 に 着 替 え 、 南 庭 に 設 け た 座 に 降 り て 北 斗 七 星 を 拝 し て い る 。 つ ま り 、 施 主 が 儀 礼 に 参 加 し て い る の で あ る 。 こ の 点 も 北 斗 本 拝 供 の 特 徴 の 一 つ で あ ろ う 。 ま た 、 こ こ で は 南 庭 に 祭 祀 の 場 を 設 け て い る が 、 こ れ も 通 常 の 北 斗 法 と は 異 な る 点 で あ る 。 通 常 、 北 斗 法 は 寺 院 で 行 う か 、 施 主 の 邸 宅 で 行 な う 場 合 で も 殿 中 に 壇 場 を 設 け る も の で あ る 。 こ の 点 に つ い て は 、 陰 陽 道 祭 祀 を 行 う 際 に 南 庭 に 祭 場 を 築 く 例 が ( 42 ) あ り 、 施 主 参 加 の 点 と 共 に 密 教 修 法 よ り 、 む し ろ 陰 陽 道 祭 祀 と の 共 通 点 が う か が え る 所 で あ る 。 こ こ ま で は 九 条 兼 実 が ﹃玉 葉 ﹄ に 記 し た 北 斗 本 拝 供 に 関 し て の 記 述 か ら 、 北 斗 本 拝 供 の 次 第 を 考 察 し て き た が 、 次 い で ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ に 掲 載 さ れ る 祭 文 か ら 北 斗 本 拝 供 に つ い て 考 え て み た い 。
三 、 北 斗 本 拝 供 と 北 斗 法 1 ﹁ 祭 文 ﹂ か ら 先 ず 、 こ の ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ は 東 坊 城 和 長 が 儒 者 と し て 祭 文 作 成 の 業 務 に 役 立 て る 為 に 古 今 の 祭 文 を 集 め た 、 謂 わ ば 祭 文 類 従 集 と で も い う べ き 書 物 で あ る 。 ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ に は 、 尊 星 王 法 ・ 天 曹 地 府 祭 ・ 東 方 清 流 祭 ・ 泰 山 府 君 祭 二 二 万 六 千 神 祭 ・ 天 地 災 変 祭 ・ 北 斗 本 拝 供 ・ 北 斗 法 ・ 大 属 星 供 ・ 南 方 高 山 祭 ・ 熾 盛 光 法 ・ 閻 魔 天 供 ・ 鎮 宅 法 ︻付 安 鎮 法 ︼ ・ 玄 宮 北 極 祭 ・ 妙 見 祭 ・ 本 命 元 神 祭 と 実 に 十 六 の 祭 祀 の 祭 文 が 載 せ ら れ て い る 。 こ れ ら の 祭 祀 は 、 書 物 の 性 格 か ら 個 人 の 祭 祀 と い う よ り も 、 基 本 的 に 護 国 的 な 意 味 合 い を 持 つ 祭 祀 で あ っ た 。 ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ の 書 き 出 し に は 諸 祭 文 故 實 事 祭 文 有 諸 法 、 [今 先 挙 十 六 箇 条 ]法 有 三 家 云 々 者 一 内 典 、 二 外 典 、 三 宿 曜 師 也 、 分 別 此 流 々 儀 先 大 道 也 、 と あ る 。 こ の 書 き 出 し に よ る と 、 祭 文 に は 諸 法 が あ り 、 そ れ は 内 典 ( 密 教 ) 、 外 典 (陰 陽 道 ) 、 宿 曜 師 の 三 つ の 流 儀 で あ る と し て い る 。 こ こ で は 詳 述 は 避 け る が 、 こ れ は 非 常 に 興 味 深 い 記 事 で あ り 、 現 在 認 識 さ れ て い る 以 上 に 宿 曜 道 の 影 響 が 大 き く 、 ま た 貴 族 社 会 に 浸 透 し て い た 事 を 感 じ さ せ る 記 述 で あ る 。 因 み に ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ に 収 録 さ れ て い る 宿 曜 道 祭 祀 の 祭 文 は 東 方 清 流 祭 ・ 北 斗 本 拝 供 ・ 大 属 星 供 ・ 南 方 高 山 祭 ・ 本 命 元 神 祭 の 五 祭 祀 で あ り 、 量 的 に も 内 典 ・ 外 典 に 決 し て 劣 る も の で は な い 。 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 (二 〇 〇 八 年 三 月 ) こ の ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ に 掲 載 さ れ る 北 斗 本 拝 供 の 祭 文 は 、 応 永 二 十 年 ( 一 四 = 二 ) に 称 光 院 の 勅 願 で 執 行 さ れ た 際 の も の で あ る 。 慶 算 の 時 代 の 北 斗 本 拝 供 の 姿 を 室 町 時 代 の こ の 祭 文 か ら 導 き 出 す の は 難 し い か も 知 れ な い 。 し か し こ こ で 祭 文 の 私 注 に 注 目 し た い 。 私 注 に は 、 こ の 祭 文 が 宿 曜 師 定 算 の 代 々 伝 え て い た 旧 草 を 元 に 作 成 さ れ た 事 が 記 さ れ て い る 。 こ の 定 算 は 、 慶 算 の 門 流 に 属 す 宿 曜 師 で あ る と 推 測 さ れ る 。 こ の 定 算 の 祭 文 は 慶 算 の 時 代 の 祭 文 の 形 式 を 伝 え て い る と 考 え て 大 過 な い の で は な い だ ろ う か 。 こ の 様 な 前 提 に 立 っ た 上 で 、 先 ず は す こ し 長 く な る が ﹃諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ に 載 る 北 斗 本 拝 供 の 祭 文 の 全 文 を 挙 げ た い 。 維 日 本 国 応 永 廿 年 歳 次 癸 巳 二 二 月 丁 巳 朔 廿 一 日 己 巳 吉 日 良 辰 、 天 子 [ 諱 ] 、 沐 浴 斎 戒 、 於 霊 験 勝 地 、 立 清 浄 星 壇 、 至 誠 供 祭 星 宿 諸 天 冥 道 、 殊 所 属 星 辰 部 類 眷 属 等 、 一 心 奉 請 大 聖 文 殊 降 臨 道 場 、 納 受 供 養 、 至 心 帰 命 常 三 宝 、 [ 已 下 例 文 略 之 、 廿 二 段 也 、 見 前 ] 、 一 心 奉 請 諸 天 護 法 冥 官 冥 道 天 神 地 祇 部 類 神 等 降 臨 道 場 、 受 供 養 、 皆 降 就 座 、 祈 献 尚 饗 、 天 子 [ 諱 ] 、 奉 設 礼 奠 、 敢 昭 告 大 聖 文 殊 、 梵 天 帝 釈 、 四 大 天 王 、 御 本 命 所 属 、 北 斗 七 星 、 二 曜 五 緯 、 暗 虚 二 星 、 十 二 宮 神 、 廿 八 宿 、 閻 魔 法 王 、 泰 山 府 君 、 五 道 冥 官 、 司 命 司 禄 、 天 神 地 祇 、 [ 已 上 可 為 例 文 ] 、 仰 惟 、 禀 乾 坤 之 気 、 生 天 地 之 間 、 以 今 茲 兮 、 告 算 尽 之 重 厄 所 慎 也 、 擇 縁 日 兮 、 設 本 拝 之 礼 禮 凝 誠 也 、 立 垂 冥 助 、 速 除 災 難 、 寿 考 者 偉 南 山 之 元 老 、 法 験 者 仰 北 斗 之 霊 神 、 宝 祚 長 久 、 睿 願 四 一
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) 忽 成 、 万 民 弥 浴 堯 年 之 化 、 百 姓 悉 溢 舜 日 之 恩 、 謹 啓 、 謹 重 啓 、 迎 邂 逅 之 良 辰 、 抽 祈 謝 之 懇 志 、 凶 者 避 海 隅 、 吉 者 満 天 下 、 謹 啓 、 謹 重 啓 、 三 献 礼 畢 、 五 更 深 移 、 乞 還 本 宮 、 永 護 卒 土 、 聖 運 與 松 栢 久 、 神 道 與 日 月 新 、 謹 啓 、 祭 文 全 体 の 内 容 と し て は 乾 坤 の 気 が 天 地 の 間 に 生 じ 、 寿 命 が 尽 き る 程 の 重 厄 を 告 げ る の で 、 霊 験 あ ら た か な 勝 地 に 清 浄 な る 星 壇 を 設 け 、 諸 仏 諸 神 を 始 め 本 命 星 以 下 星 宿 の 来 臨 を 請 い 、 供 物 を 捧 げ 供 養 し 凶 を 退 け 吉 と 為 す 事 を 祈 る も の で あ る 。 な お 、 祭 文 中 に あ る ﹁ [ 已 上 可 為 例 文 ] ﹂ 等 の 言 葉 は 祭 文 作 成 上 の 事 務 事 項 の 書 き 込 み で あ り 、 本 来 の 祭 文 に は な い 言 葉 で あ る 。 こ こ で 注 目 し た い の は 、 こ の 祭 文 に よ り 儀 礼 の 場 に 来 臨 す る 尊 格 の 顔 ぶ れ で あ る 。 北 斗 七 星 や 二 十 八 宿 ・ 十 二 宮 等 の 星 宿 や 、 文 殊 菩 薩 ・ 梵 天 帝 釈 ・ 四 大 天 王 等 と 共 に 閻 魔 法 王 を 始 め と す る 泰 山 府 君 ・ 五 道 冥 官 ・ 司 命 司 禄 等 の 冥 府 の 神 々 が 来 臨 す る の で あ る 。 ( 43 ) 確 か に ﹃宿 曜 儀 軌 ﹄ 等 に は 、 北 斗 七 星 と 共 に 泰 山 府 君 ・ 司 命 司 禄 を 供 養 す る 次 第 が あ る が 、 で は 何 故 、 北 斗 七 星 と 共 に 冥 府 の 神 々 を 供 養 す る の で あ ろ う か 。 中 国 の 説 話 集 で あ る ﹃捜 神 記 ﹄ に は 、 死 を 告 げ ら れ た 青 年 が 道 師 に 教 え ら れ 、 碁 を 打 つ 二 人 の 老 人 に 酒 と 鹿 肉 を 振 舞 っ た と こ ろ 十 九 歳 で 尽 き る は ず の 命 が 、 九 十 一 歳 に 書 き 換 え ら れ た 話 が あ る 。 実 は 碁 を 打 つ 二 人 の 老 人 は 死 を 掌 る 北 斗 と 生 を 掌 る 南 斗 だ っ た と い う の で あ る 。 四 二 ( 磁 ) 死 を 掌 る 北 斗 と 生 を 掌 る 南 斗 と い う 思 想 が 存 在 し た の で あ る 。 ( 45 ) こ の 思 想 を 背 景 に 日 本 で 成 立 し た の が 、 陰 陽 道 の 泰 山 府 君 祭 で あ っ た 。 泰 山 府 君 祭 は 冥 府 の 神 泰 山 府 君 を 祀 る 事 で 、 延 命 除 災 を 祈 願 す る 陰 陽 道 祭 祀 で あ る が 、 永 承 五 年 ( 一 〇 五 〇 ) に 行 わ れ た 、 泰 山 府 君 祭 の 祭 文 に 当 た る 都 状 の 中 に ﹁ 死 籍 削 北 宮 、 生 名 禄 南 簡 ﹂ と あ る 。 つ ま り 、 冥 府 の 神 泰 山 府 君 に 祈 る 事 で 北 斗 の 死 籍 を 削 っ て 南 斗 の 生 籍 に つ け る 事 を 祈 願 し て い る の で あ る 。 冥 府 の 神 に 祈 る 事 が 天 空 の 北 斗 七 星 に 作 用 す る の で あ る 。 日 本 に こ の 思 想 が 定 着 す る の は 九 世 紀 頃 で あ る が 、 (46 ) ﹃覚 禅 鈔 ﹄ 北 斗 法 に は 閻 魔 天 即 星 也 。 泰 山 府 君 同 之 天 門 師 泰 親 談 令 事 也 。 と あ る 。 つ ま り 閻 魔 天 と 泰 山 府 君 は 同 じ く 星 で あ る と い う の で あ る 。 さ ら に こ の 記 述 で 興 味 深 い の は 、 こ の 説 を 語 っ た の が 天 門 師 泰 親 で あ る 点 で あ る 。 天 門 師 泰 親 と は 、 安 倍 晴 明 五 代 の 孫 に 当 た る 人 物 で 、 慶 算 と ほ ぼ 同 じ 時 期 に 活 躍 し た 陰 陽 師 安 倍 泰 親 で あ っ た 。 先 の 説 が 泰 親 独 自 の 説 な の か ど う か は 定 か で は な い が 、 院 政 期 に は 陰 陽 家 の 説 で は 閻 魔 天 と 泰 山 府 君 は 同 じ 星 と さ れ 、 更 に 深 く 結 び つ い て い た の で あ る 。 ま た 、 密 教 に も 星 と 冥 府 を 強 く 結 び 付 け る 理 論 が 存 在 し た 。 ( 47 ) 亮 禅 述 ・ 亮 尊 記 の ﹃ 白 宝 口 抄 ﹄ 焔 魔 天 法 上 に 興 味 深 い 記 述 が あ る 。 人 頭 幡 者 具 五 根 。 五 根 即 五 行 精 也 。 又 是 北 斗 七 星 也 。 故 知 衆 生 善 悪 吉 凶 。 つ ま り 、 閻 魔 王 の 持 物 の 人 頭 幡 が 北 斗 七 星 で あ り 、 故 に 閻 魔 王 は 衆 生 の 善 悪 吉 凶 を 知 る 事 が 出 来 る と い う の で あ る 。 個 人 の 運 命 を 掌 る 本 命
星 を 含 む 北 斗 七 星 は 閻 魔 王 の 手 中 に 握 ら れ て い る 。 こ れ は 個 人 の 運 命 も ま た 、 閻 魔 王 の 手 中 に 有 る と い う 事 を 表 し て い る の で あ る 。 さ ら に ﹃白 宝 口 抄 ﹄ 焔 魔 天 法 上 に は 或 云 人 頭 幡 者 北 斗 七 星 也 。 是 閻 魔 王 生 死 之 根 源 。 善 悪 之 總 報 。 大 八 識 種 字 含 蔵 之 体 也 。 故 生 時 自 彼 所 来 。 死 時 至 彼 所 也 。 北 斗 七 星 者 一 切 衆 生 之 本 命 善 悪 之 吉 凶 。 皆 是 七 星 之 所 為 。 と あ る 。 つ ま り 閻 魔 王 は 人 間 の 生 死 の 根 源 で あ り 、 誕 生 時 は 閻 魔 王 の 所 よ り 生 ま れ 、 死 の 時 は ま た 閻 魔 王 の 所 へ 還 る と い う の で あ る 。 そ し て さ ら に 、 北 斗 七 星 は 人 間 の 本 命 星 と し て 吉 凶 善 悪 を 掌 っ て い る と い う の で あ る 。 こ こ で は っ き り と 人 間 の 命 の 根 源 者 で あ る 閻 魔 王 と 、 閻 魔 王 の 持 物 で あ り 善 悪 吉 凶 を 掌 る 北 斗 七 星 と い う 構 図 が 描 か れ る の で あ る 。 こ れ こ そ が 密 教 の 星 の 祭 祀 に 於 い て 冥 府 の 神 々 が 供 養 さ れ る 理 由 で あ る 。 そ し て こ れ ら の 言 説 は 、 天 空 の 星 々 と 冥 府 の 神 々 を 巡 る 密 教 と 陰 陽 道 の 競 合 に よ り 創 り 上 げ ら れ た と い っ て い い だ ろ う 。 そ し て 北 斗 本 拝 供 の 祭 文 で 冥 府 の 神 々 が 召 喚 さ れ る 理 由 は 、 宿 曜 道 も ま た こ の 様 な 理 論 を 自 ら の 祭 祀 に 取 込 ん だ 為 で あ ろ う 。 こ こ ま で 述 べ て 来 た 限 り で は 、 北 斗 本 拝 供 は 次 第 と い い 、 祭 祀 の 背 景 と な る 思 想 と い い 、 北 斗 法 と 陰 陽 道 の 祭 祀 を 繋 ぎ 合 わ せ た 、 亜 流 の 北 斗 法 に 過 ぎ な い 様 に 見 え る 。 し か し 、 こ こ で 注 目 し た い の は ﹃ 覚 禅 抄 ﹄ 北 斗 法 に 載 る 次 の 一 文 で あ る 。 そ こ に は 星 供 多 分 当 年 星 奉 供 也 。 但 宿 曜 勘 文 之 中 。 慶 厄 之 星 又 奉 供 之 。 と あ り 、 星 を 祀 り 閻 魔 王 に 延 命 を 請 う 前 提 と し て ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ が 必 要 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 ( 二 〇 〇 八 年 三 月 ) で あ る と し て い る の で あ る 。 そ し て こ の ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ の 作 成 は 正 に 宿 曜 師 の み が 成 し 得 る 職 能 で あ っ た の で あ る 。 こ の 様 に 考 え て み る と 宿 曜 師 に と っ て は 、 ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ を 作 成 し 得 る 職 能 を 有 す 自 ら こ そ が 、 天 空 の 北 斗 七 星 に 祈 る 事 で 凶 運 を 吉 運 と し 、 さ ら に そ の 北 斗 七 星 を も 手 中 に お さ め る 生 命 の 根 源 冥 府 の 王 、 閻 魔 法 王 以 下 冥 府 の 神 に 祈 り 延 命 を 請 う 祭 祀 を 行 う に 相 応 し い 存 在 と の 認 識 が あ っ た の で は な い だ ろ う か 。 つ ま り 、 北 斗 本 拝 供 は 北 斗 法 や 陰 陽 道 祭 祀 の 借 り 物 で は な く 、 そ れ こ そ が 、 北 斗 の 祭 祀 の 正 統 で あ る と の 認 識 が あ っ た の で は な い だ ろ う か 。 四 、 北 斗 本 拝 供 と 北 斗 法 1 ﹁ 注 進 状 ﹂ か ら こ こ に 、 北 斗 を 祀 る 祭 祀 に 関 す る 宿 曜 師 の 意 識 に つ い て 、 興 味 深 い 資 料 が 存 在 す る 。 そ れ は 先 に も 述 べ た ﹃ 御 修 法 用 途 事 類 聚 記 ﹄ と い う 資 料 で あ る 。 こ れ は 、 道 教 に よ る 嘉 禄 三 年 ( 一 二 二 七 ) の 奥 書 を 持 つ 醍 醐 寺 の 成 賢 が 執 行 し た 修 法 に 関 す る 用 途 を ま と め た も の で あ る 。 成 賢 は 遍 智 院 成 賢 と 号 し 、 二 度 ま で 醍 醐 寺 座 主 を 務 め た 人 物 で あ り 、 醍 ( 48 ) 醐 寺 に 於 け る 権 威 的 存 在 で あ っ た 人 物 で あ る 。 こ の 成 賢 に 、 慶 算 が 送 っ た 北 斗 法 に 関 す る 注 進 状 が ﹃御 修 法 用 途 事 類 聚 記 ﹄ に 収 め ら れ て い る 。 こ の 注 進 状 は 、 慶 算 自 身 が 北 斗 を 祀 る 次 第 や 、 ま た 自 ら の 立 場 に つ い て 言 及 し た 貴 重 な 資 料 で あ る 。 こ こ で 、 そ の 注 進 状 を 見 て み た い 。 一 宿 曜 師 慶 算 法 印 [ 少 納 言 ] 注 進 状 云 [ 師 主 遍 智 院 ■ ■ ] 四 三
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 (戸 田 雄 介 ) 注 進 来 五 月 七 日 可 被 修 北 斗 本 命 捧 供 事 件 法 者 人 生 之 後 十 三 年 一 度 廻 来 而 以 相 応 之 年 月 日 時 令 勤 修 也 所 謂 十 三 廿 五 卅 七 四 十 九 六 十 一 七 十 三 八 十 五 是 也 庭 上 調 如 法 供 具 尽 祭 礼 之 誠 奉 拝 供 本 命 星 及 虚 空 星 宿 也 修 之 者 則 非 退 当 年 之 厄 会 兼 消 十 三 年 之 災 禍 [ 云 々 ] 而 座 主 御 房 [御 行 年 四 十 九 ] 今 年 午 歳 五 月 午 月 七 日 午 日 也 攘 災 招 福 之 術 無 勝 此 法 寿 命 延 命 之 計 証 験 揚 焉 者 款 奉 始 代 々 国 主 不 嫌 貴 賎 毎 迎 此 縁 日 必 所 被 勤 修 也 仰 此 法 者 非 当 道 之 正 統 者 ■ 无 伝 之 者 則 吾 朝 行 恵 和 尚 之 慶 算 外 相 蓋 又 无 勤 行 之 業 也 少 し 長 い が 、 北 斗 の 法 は 、 十 三 年 に 一 度 巡 っ て く る 相 応 の 年 月 日 及 び 時 間 に 、 庭 上 に 供 物 を 捧 げ 、 本 命 星 と 他 の 北 斗 七 星 を 供 養 す れ ば 、 十 三 年 分 の 災 厄 を 消 去 出 来 る 、 と い う 内 容 で あ る 。 十 三 年 に 一 度 巡 っ て 来 る 祭 祀 の 日 取 り や 、 庭 上 に 如 法 の 供 具 等 の 言 葉 が 、 北 斗 本 拝 供 と の 共 通 点 を 感 じ さ せ る 。 こ の 注 進 状 は 北 斗 本 拝 供 に つ い て 延 べ て い る と 考 え ら れ る の で は な い だ ろ う か 。 こ こ で 、 慶 算 は こ の 北 斗 本 拝 供 に つ い て ﹁ 奉 始 代 々 国 主 不 嫌 貴 賎 毎 迎 此 縁 日 必 所 被 勤 修 也 ﹂ と 述 べ こ の 祭 祀 が 代 々 の 国 主 が 、 そ の 縁 日 に は 必 ず 行 っ て き た と そ の 由 緒 を 述 べ て い る が 、 こ の よ う に 述 べ る 事 に よ り 、 慶 算 は こ の 北 斗 本 拝 供 を 国 家 護 持 の 祭 祀 と し て 位 置 づ け 様 と し た の で は な い だ ろ う か 。 事 実 、 慶 算 の 死 後 で は あ る が 、 鎌 倉 中 期 に は 、 北 斗 本 拝 供 は 勅 命 を も っ て 国 家 的 な 天 変 の 祈 祷 と し て 修 さ れ る 様 に な る の で あ る 。 こ の 国 家 護 持 の 祭 祀 を 担 う と い う 事 は 、 重 要 な 事 で あ り 、 密 教 等 は 元 々 、 国 家 護 持 の 宗 教 と し て 位 置 づ け ら れ た 為 に 、 大 い に 発 展 し た の で あ る 。 ま た 陰 陽 道 に 於 い て も 、 元 々 個 人 の 延 命 や 増 益 の 為 四 四 に 修 さ れ て い た 祭 祀 が 、 天 皇 個 人 だ け で は な く 、 そ の 体 現 す る 国 家 を も ( 49 ) 対 象 に 行 な わ れ る 様 に な り 、 陰 陽 師 の 官 位 の 上 昇 等 を 招 い た の で あ る 。 慶 算 に 宿 曜 道 祭 祀 を 国 家 祭 祀 に 押 し 上 げ 様 と す る 意 図 が あ っ た と し て も 何 ら 不 自 然 で は な い の で あ る 。 ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ の 祭 祀 が 、 国 家 護 持 の 祭 祀 で あ る 事 は 先 に 述 べ た が 、 北 斗 本 拝 供 が そ こ に 挙 げ ら れ て い る 事 か ら も 、 慶 算 の 意 図 は 傍 証 出 来 る の で は な い だ ろ う か 。 次 に こ の 注 進 状 で 興 味 深 い の は 、 ﹁ 而 座 主 御 房 [御 行 年 四 十 九 ] ﹂ と い う 記 述 で あ る 。 こ の 注 進 状 に は 、 こ れ が 提 出 さ れ た 年 号 が 記 さ れ て い な い の で 、 断 定 は し か ね る が 、 ﹁ 座 主 御 房 ﹂ と は 、 誰 あ ろ う 成 賢 の 事 で は な い だ ろ う か 。 慶 算 は 、 醍 醐 寺 の 座 主 で あ る 成 賢 に 対 し て 、 北 斗 本 拝 供 を 執 行 し よ う と し た の で は な い だ ろ う か 。 果 た し て 、 こ の 祭 祀 が 実 際 に 執 行 さ れ た か ど う か は わ か ら な い が 、 ﹃御 修 法 用 途 事 類 聚 記 ﹄ に 収 め ら れ て い る と い う 事 は 、 少 な く と も 慶 算 の 意 見 が 無 下 に 退 け ら れ た と は 考 え ら れ な い で あ ろ う 。 北 斗 の 祭 祀 は 、 何 も 宿 曜 師 の み が 行 な っ た 修 法 で は な く 、 こ の 成 賢 自 身 も 北 斗 法 を 執 行 し て い る し 、 ま た 、 醍 醐 寺 に 於 い て は 、 世 俗 社 会 ( 50 ) と の 接 点 と し て 特 に 重 視 さ れ た 修 法 だ と い う 。 こ の 様 な 醍 醐 寺 の 座 主 に 対 し て 慶 算 が 北 斗 本 拝 供 に 関 す る 注 進 状 を 送 っ た 背 景 に は 、 当 時 の 密 教 界 に 於 い て 、 宿 曜 師 を 星 の 修 法 の 専 門 家 と 見 る 認 識 が あ っ た の で は な い だ ろ う か 。 ま た 、 慶 算 自 身 も 星 の 修 法 の 専 門 家 を 自 負 し て い た 事 が 、 先 の 注 進
状 の 後 半 部 分 の ﹁ 仰 此 法 者 非 当 道 之 正 統 者 ■ 无 伝 之 者 則 吾 朝 行 恵 和 尚 之 慶 算 外 相 蓋 又 无 勤 行 之 業 也 ﹂ の 文 章 か ら う か が え る 。 意 訳 す る と 北 斗 を 祀 る 法 は 当 道 (宿 曜 道 ) の 正 統 の 者 に し か 伝 え ら れ て い な い 。 日 、 本 で は 、 行 恵 和 尚 か ら 慶 算 ま で の 間 は 外 目 に は 執 行 さ れ な か っ た 祭 祀 で あ る 、 と い っ た 内 容 で あ る 。 つ ま り 、 慶 算 は 、 北 斗 本 拝 供 に つ い て 、 そ れ が 宿 曜 道 の 正 統 の 祭 祀 で あ る 事 と 、 行 恵 か ら 慶 算 に 至 る ま で の 間 は 密 に 相 伝 さ れ て 来 た 祭 祀 で あ る と 述 べ て い る の で あ る 。 北 斗 本 拝 供 が 慶 算 に よ り 創 造 さ れ た 祭 祀 で あ る 事 は 既 に 述 べ た が 、 先 の 一 文 は 慶 算 の 時 代 以 前 に 執 行 例 が 無 い 事 の 説 明 と 同 時 に 、 こ の 祭 祀 が 密 に 相 承 さ れ た ﹁ 秘 法 ﹂ で あ る 事 を 強 調 し て い る の で は な い だ ろ う か 。 ま た こ の 一 文 か ら は 、 密 教 の 北 斗 法 に 対 す る 、 慶 算 の 強 い 対 抗 意 識 が 読 み 取 れ る の で あ る 。 こ こ に 登 場 す る 行 恵 和 尚 に つ い て は 、 詳 細 は わ か ら な い が 、 宿 曜 道 を 日 本 に 伝 え た 人 物 と し て 、 先 の ﹃ 諸 祭 文 故 実 抄 ﹄ 所 収 の 東 方 清 流 祭 の 祭 文 に も 登 場 す る 人 物 で あ り 、 宿 曜 道 の 祖 師 的 な 人 物 の 一 人 と 考 え ら れ て い た 事 は 疑 い な い と こ ろ で あ る 。 と も あ れ 、 こ の 注 進 状 で 慶 算 は 、 自 ら の 行 う 宿 曜 道 の 祭 祀 、 北 斗 本 拝 供 こ そ が 正 統 の 北 斗 を 祀 る 法 で あ る と 主 張 し て い る の で あ る 。 こ の 様 な 慶 算 の 祭 祀 に 関 す る 認 識 と 、 喧 伝 が 第 一 節 で 述 べ た 、 宿 曜 ( 51 ) 道 の 祈 祷 が 展 開 し た 契 機 の 一 つ で あ っ た 事 は 疑 い な い で あ ろ う 。 そ し て 、 慶 算 に と っ て 北 斗 本 拝 供 は 陰 陽 道 祭 祀 や 北 斗 法 の 亜 流 で は な く 、 宿 曜 師 で あ る 自 ら し か 行 な う 事 が 出 来 な い 、 北 斗 法 を 超 え る 験 力 を 持 つ 宿 曜 道 独 自 の 祭 祀 で あ っ た の で あ る 。 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 ( 二 〇 〇 入 年 三 月 ) ま と め 以 上 、 慶 算 の 北 斗 本 拝 供 を 中 心 に 宿 曜 道 祭 祀 に つ い て 見 て き た が 、 先 ず 、 宿 曜 道 の 祭 祀 が 重 要 視 さ れ る 様 に な る の は 、 院 政 末 期 で あ っ た 。 今 回 取 り 上 げ た 北 斗 本 拝 供 は 、 ま さ に そ の 時 期 に 慶 算 に よ り 創 始 さ れ た 祭 祀 で あ っ た 。 こ の 北 斗 本 拝 供 は 北 斗 法 や 陰 陽 道 祭 祀 か ら 次 第 や 思 想 を 借 り て 構 成 さ れ て い る 様 に 見 え る 。 し か し 、 そ れ ら を 取 り 込 み 、 慶 算 に よ り 国 家 護 持 の 由 緒 を 付 さ れ 、 最 終 的 に は 密 教 の 北 斗 法 を 凌 駕 す る 真 の 北 斗 の 祭 祀 と し て 位 置 づ け ら れ る 様 に な る の で あ る 。 そ し て 、 そ の よ う な 宿 曜 道 の 祭 祀 を 成 立 さ せ た 重 要 な も の と し て ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に よ る 未 来 予 知 が あ っ た 事 を 忘 れ て は な ら な い の で あ る 。 ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ は 星 々 の 暦 算 上 の 運 動 か ら 、 生 命 の 根 源 者 閻 魔 王 の 掌 る 寿 限 を 知 る 手 段 で あ り 、 北 斗 本 拝 供 (宿 曜 道 祭 祀 ) は ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に 基 づ き 実 際 に 、 閻 魔 王 に 働 き か け 寿 限 を 操 る 手 段 で あ っ た の で あ る 。 第 一 節 の 明 算 に よ る 祈 祷 の 例 に 見 た 様 に 、 ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ は 宿 曜 道 の 祭 祀 に と っ て 不 可 欠 だ っ た の で あ る 。 こ の 様 な 、 ﹁ 宿 曜 勘 文 ﹂ に 裏 打 ち さ れ た 祭 祀 こ そ が 、 宿 曜 道 祭 祀 の 特 徴 で あ り 、 密 教 や 陰 陽 道 の 祭 祀 を 凌 駕 す る 最 大 の 武 器 だ っ た の で あ る 。 ︹注 ︺ ( 1 ) 鎌 倉 幕 府 の 宗 教 政 策 に つ い て は 、 多 く の 研 究 が あ る が 、 代 表 的 な も の を 四 五
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 ( 戸 田 雄 介 ) 挙 げ る 。 黒 田 俊 雄 ﹃顕 密 体 制 論 ﹄ 黒 田 俊 雄 著 作 集 第 二 巻 、 法 蔵 館 、 一 九 九 四 年 。 速 水 侑 ﹁ 鎌 倉 政 権 と 台 密 修 法 ﹂ ﹃日 本 中 世 の 諸 相 ﹄ 下 巻 、 吉 川 弘 文 館 、 一 九 八 八 年 。 佐 々 木 馨 ﹃中 世 仏 教 と 鎌 倉 幕 府 ﹄ 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 七 年 。 平 雅 行 ﹁鎌 倉 山 門 派 の 成 立 と 展 開 ﹂ ﹃大 阪 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 紀 要 ﹄ 四 十 巻 、 二 〇 〇 〇 年 。 同 ﹁ 鎌 倉 幕 府 と 延 暦 寺 ﹂ 中 尾 堯 編 ﹃中 世 の 寺 院 体 制 と 社 会 ﹄ 二 〇 〇 二 年 等 。 ( 2 ) 木 村 進 ﹁鎌 倉 時 代 の 陰 陽 道 の 一 考 察 ﹂ ﹃ 陰 陽 道 叢 書 ﹄ 中 世 、 名 著 出 版 、 二 〇 〇 〇 年 。 村 山 修 一 ﹃日 本 陰 陽 道 史 総 説 ﹄ 塙 書 房 、 一 九 入 一 年 。 ( 3 ) 新 川 哲 雄 ﹁ 鎌 倉 と 京 の 陰 陽 道 ﹂ ﹃季 刊 日 本 思 想 史 ﹄ 五 八 ' 1 10 0 1 年 。 ( 4 ) 佐 々 木 馨 ﹁ 鎌 倉 幕 府 と 陰 陽 道 ﹂ 佐 伯 有 清 編 ﹃日 本 古 代 中 世 の 政 治 と 宗 教 ﹄ 吉 川 弘 文 館 、 二 〇 〇 二 年 。 (5 ) 赤 澤 春 彦 ﹁ 陰 陽 師 と 鎌 倉 幕 府 ﹂ ﹃日 本 歴 史 ﹄ 四 九 六 、 二 〇 〇 三 年 。 (6 ) 小 坂 眞 二 ﹁ 禊 払 儀 礼 と 陰 陽 道 ﹂ ﹃早 稲 田 大 学 大 学 院 研 究 科 紀 要 ﹄ 別 冊 3 、 一 九 七 九 年 。 同 ﹁怪 異 払 と 百 怪 祭 ﹂ ﹃ 民 俗 と 歴 史 ﹄ 十 一 月 号 、 一 九 八 一 年 。 同 ﹁陰 陽 道 の 反 閇 に つ い て ﹂ ﹃陰 陽 道 叢 書 ﹄ 四 特 論 、 名 著 出 版 、 一 九 九 三 年 等 。 (7 ) 山 下 克 明 ﹃ 平 安 時 代 の 宗 教 文 化 と 陰 陽 道 ﹄ 岩 田 書 院 、 一 九 九 六 年 。 ( 8 ) 村 山 修 一 ﹃陰 陽 道 基 礎 史 料 集 成 ﹄ 東 京 美 術 、 一 九 八 七 年 。 詫 間 直 樹 ・ 高 田 義 人 ﹃陰 陽 道 関 係 史 料 ﹄ 汲 古 書 院 、 二 〇 〇 一 年 。 山 下 克 明 ﹁若 杉 家 文 書 ﹃ 反 閇 作 法 并 作 法 ﹄ ﹃ 反 閇 部 類 記 ﹄ ﹂ ﹃ 東 洋 研 究 ﹄ 一 六 四 号 、 二 〇 〇 七 年 。 ( 9 ) 斎 藤 英 喜 ﹃安 倍 晴 明 ﹄ ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 、 二 〇 〇 四 年 。 ( 10 ) 田 中 勝 裕 ﹁ ﹃小 反 閇 并 護 身 法 ﹄ の 一 考 察 ﹂ ﹃佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 ﹄ 第 三 三 号 、 二 〇 〇 五 年 。 同 ﹁ 反 閇 と 地 戸 呪 ﹂ ﹃佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 ﹄ 第 三 五 号 、 二 〇 〇 七 年 。 ( 11 ) 室 田 辰 雄 ﹁ ﹃文 肝 抄 ﹄ 所 収 荒 神 祓 に つ い て の 一 考 察 ﹂ ﹃佛 教 大 学 大 学 院 紀 四 六 要 ﹄ 第 三 五 号 、 二 〇 〇 七 年 。 ( 12 ) 西 岡 芳 文 ﹁ 式 盤 を ま つ る 修 法 ﹂ ﹃金 沢 文 庫 研 究 ﹄ 三 一 八 号 、 二 〇 〇 七 年 。 (13 ) 図 録 ﹃陰 陽 道 × 密 教 ﹄ 神 奈 川 県 立 金 沢 文 庫 、 二 〇 〇 七 年 。 ( 14 ) 仁 和 寺 紺 表 紙 小 双 紙 研 究 会 編 ﹃ 守 覚 法 親 王 の 儀 礼 世 界 ﹄ 勉 誠 社 、 一 九 九 五 年 。 奈 良 女 子 大 学 古 代 学 学 術 研 究 セ ン タ ー 設 立 準 備 室 編 ﹃儀 礼 に み る 日 本 の 仏 教 ﹄ 法 蔵 館 、 二 〇 〇 一 年 。 大 正 大 学 綜 合 佛 教 研 究 所 講 式 研 究 会 編 ﹃貞 慶 講 式 集 ﹄ 山 木 房 仏 書 林 、 二 〇 〇 〇 年 。 舩 田 淳 一 ﹁ 貞 慶 ﹃春 日 権 現 講 式 ﹄ の 信 仰 世 界 ﹂ ﹃ 日 本 文 学 ﹄ 五 三 号 、 二 〇 〇 四 年 。 ( 15 ) 阿 部 泰 郎 ・ 山 崎 誠 編 ﹃守 覚 法 親 王 と 仁 和 寺 御 流 の 文 献 学 的 研 究 ﹄ 勉 誠 社 、 一 九 九 八 年 。 覚 禅 鈔 研 究 会 編 ﹃覚 禅 鈔 の 研 究 ﹄ 親 王 院 堯 栄 文 庫 、 二 〇 〇 四 年 。 五 来 重 ﹃修 験 道 の 伝 承 文 化 ﹄ 名 著 出 版 、 一 九 八 一 年 。 宮 家 準 ﹃修 験 道 儀 礼 の 研 究 ﹄ 春 秋 社 、 一 九 八 五 年 等 。 ( 16 ) 阿 部 泰 郎 ﹁ 宝 珠 と 王 権 ﹂ ﹃岩 波 講 座 ・ 東 洋 思 想 、 日 本 思 想 2 ﹄ 岩 波 書 店 、 一 九 八 九 年 等 。 ( 17 ) 田 中 貴 子 ﹃外 法 と 愛 法 の 中 世 ﹄ 砂 子 出 版 、 一 九 九 三 年 等 。 ( 18 ) 松 本 郁 代 ﹃中 世 王 権 と 即 位 灌 頂 ﹄ 森 話 社 、 二 〇 〇 五 年 。 ( 19 ) 伊 藤 聡 ﹁伊 勢 灌 頂 の 世 界 ﹂ ﹃ 文 学 ﹄ 八 号 、 一 九 九 四 年 。 同 ﹁ 天 照 大 神 ・ 空 海 同 体 説 を 巡 っ て ﹂ ﹃東 洋 の 思 想 と 宗 教 ﹄ 第 一 二 号 、 一 九 九 五 年 等 。 ( 20 ) 岩 田 勝 ﹃神 楽 源 流 考 ﹄ 名 著 出 版 、 一 九 八 三 年 。 ( 21 ) 山 本 ひ ろ 子 ﹃変 成 譜 ﹄ 春 秋 社 、 一 九 九 三 年 。 同 ﹃異 神 ﹄ 平 凡 社 、 一 九 九 八 年 。 ( 22 ) 斎 藤 英 喜 ﹃ い ざ な ぎ 流 祭 文 と 儀 礼 ﹄ 法 蔵 館 、 二 〇 〇 二 年 。 ( 23 ) 二 〇 〇 六 年 九 月 一 四 日 ・ 一 五 日 に 立 命 館 大 学 ア ー ト リ サ ー チ セ ン タ ー で 開 催 。 (24 ) 鶴 岡 で 執 行 さ れ た 密 教 儀 礼 の 一 つ ﹁ 座 不 冷 本 地 供 ﹂ に つ い て 旦 ハ体 的 に 述 べ た も の と し て は 、 舩 田 淳 一 ﹁ 真 言 系 八 幡 講 式 と そ の 周 辺 ﹂ ﹃佛 教 文 学 ﹄
第 三 一 号 、 二 〇 〇 七 年 。 ( 25 ) 宿 曜 道 に 関 す る 主 な 研 究 は 、 桃 裕 行 ﹃暦 法 の 研 究 ﹄ (下 ) 桃 裕 行 著 作 集 8 、 思 文 閣 出 版 、 一 九 九 〇 年 。 前 掲 ( 7 ) 山 下 書 。 拙 稿 ﹁ 宿 曜 道 の 院 政 期 ﹂ ﹃佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 ﹄ 三 四 号 、 二 〇 〇 六 年 。 同 ﹁ 鎌 倉 幕 府 の 宿 曜 師 ﹂ ﹃佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 ﹄ 三 五 号 、 二 〇 〇 七 年 。 (26 ) 鎌 倉 で 活 動 し た 宿 曜 師 珍 誉 に つ い て は 、 図 録 ﹃ 中 世 の 占 い ﹄ 神 奈 川 県 立 金 沢 文 庫 、 一 九 八 九 年 。 兼 築 信 行 ﹁珍 誉 と そ の 世 系 ﹂ ﹃ 国 文 学 研 究 ﹄ 一 二 九 号 、 一 九 九 九 年 。 前 掲 ( 25 ) 拙 稿 ﹁ 鎌 倉 幕 府 の 宿 曜 師 ﹂ (27 ) 前 掲 ( 25 ) 拙 稿 ﹁ 宿 曜 道 の 院 政 期 ﹂ (28 ) ﹁ 宿 曜 勘 文 集 ﹂ 前 掲 ( 25 ) 桃 書 所 収 ( 29 ) 高 山 寺 典 籍 文 書 綜 合 調 査 団 編 ・ 葉 上 照 澄 監 修 ﹃ 高 山 寺 善 本 図 録 ﹄ 、 一 九 八 八 年 。 に 一 部 写 真 と 解 説 が 掲 載 。 堀 池 春 峰 ﹁ 道 鏡 私 考 ﹂ ﹃芸 林 ﹄ 八 之 五 、 一 九 五 七 。 に 道 鏡 伝 と 奥 書 が 翻 刻 。 梅 原 猛 ﹁ 日 本 と は 何 か ﹂ 、 ﹃朝 日 ジ ャ ー ナ ル ﹄ 、 32 号 、 一 九 九 〇 年 。 に 鎌 足 伝 ・ 道 鏡 伝 ・ 吉 備 真 備 伝 . 円 鏡 伝 及 び 奥 書 が 読 み 下 し で 紹 介 。 尚 、 筆 者 は ﹃宿 曜 占 文 抄 ﹄ 道 鏡 伝 に つ い て 日 本 文 学 協 会 第 二 六 回 研 究 発 表 大 会 ( 二 〇 〇 六 年 、 於 東 北 大 学 ) で 口 頭 発 表 を 行 な っ た 。 (30 ) 醍 醐 寺 文 書 第 一 五 七 函 四 号 (31 ) 東 京 大 学 史 料 編 纂 所 に 謄 写 本 、 神 宮 文 庫 に 写 本 が あ る 。 成 立 事 情 や 内 容 に つ い て の 研 究 に は 、 伊 藤 慎 吾 ﹁ 東 坊 城 和 長 の 文 筆 活 動 ﹂ ﹃ 国 語 と 国 文 学 ﹄ 第 八 二 巻 第 六 号 、 二 〇 〇 五 年 。 同 ﹁室 町 後 期 紀 伝 儒 の 祭 文 故 実 に つ い て 1 東 坊 城 和 長 を 中 心 に ー ﹂ ﹃国 語 国 文 ﹄ 第 七 二 号 第 八 巻 、 二 〇 〇 六 年 。 ( 32 ) 前 掲 ( 7 ) 山 下 書 ( 33 ) 速 水 侑 ﹃平 安 貴 族 社 会 と 仏 教 ﹄ 吉 川 弘 文 館 、 一 九 七 五 年 。 ( 34 ) 前 掲 ( 7 ) 山 下 書 佛 教 大 学 大 学 院 紀 要 第 三 六 号 ( 二 〇 〇 八 年 三 月 ) ( 35 ) 陽 明 文 庫 蔵 ﹃御 堂 御 記 抄 ﹄ 長 徳 元 年 紙 背 文 書 。 前 掲 ( 25 ) 桃 書 所 収 ( 36 ) ﹃民 経 記 ﹄ (大 日 本 古 記 録 ) ( 37 ) 珍 賀 と 慶 算 に つ い て は 、 前 掲 (25 ) 山 下 書 。 前 掲 ( 25 ) 拙 稿 ﹁宿 曜 道 の 院 政 期 ﹂ ( 38 ) 前 掲 ( 7 ) 山 下 書 ( 39 ) 多 賀 宗 隼 編 著 ﹃玉 葉 索 引 ・ 藤 原 兼 実 の 研 究 ﹄ 吉 川 弘 文 館 、 1 9 7 4 年 。 ( 40 ) ﹃大 日 仏 ﹄ 第 五 六 巻 ( 41 ) 富 田 正 弘 ﹁ 中 世 東 寺 の 祈 祷 文 書 に つ い て ﹂ ﹃古 文 書 研 究 ﹄ 一 一 号 、 一 九 七 九 年 。 (42 ) 例 え ば 、 ﹃小 右 記 ﹄ 永 祚 元 年 (九 入 九 ) 二 月 十 一 日 条 に は 、 泰 山 府 君 祭 が 南 庭 で 執 行 さ れ た 記 事 が あ る 。 ま た 、 ﹃ 山 王 霊 験 記 絵 ﹄ ( 日 枝 神 社 本 ) 等 の 絵 画 資 料 に も 、 陰 陽 道 の 祭 祀 の 場 面 は 庭 上 に 描 か れ る 例 が 多 い 。 (43 ) ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 二 一 巻 (必 ) 前 掲 (33 ) 速 水 書 ( 45 ) 安 倍 晴 明 に よ る 泰 山 府 君 祭 創 出 を 、 密 教 修 法 ﹁焔 魔 天 供 ﹂ と の 競 合 か ら 明 ら か に し た 研 究 に 、 前 掲 (9 ) 斎 藤 書 。 ( 46 ) ﹃大 日 仏 ﹄ 第 五 五 巻 ( 47 ) ﹃大 正 蔵 ﹄ 図 像 部 第 七 巻 ( 48 ) 西 弥 生 ﹁ 醍 醐 寺 成 賢 と 密 教 修 法 ﹂ ﹃日 本 歴 史 ﹄ 六 七 六 号 、 二 〇 〇 四 年 。 ( 94 ) 柳 原 敏 明 ﹁ 室 町 時 代 の 陰 陽 道 ﹂ 林 淳 ・ 小 池 淳 一 編 ﹃陰 陽 道 の 講 義 ﹄ 嵯 峨 野 書 院 、 二 〇 〇 二 年 。 ( 50 ) 西 弥 生 ﹃ 中 世 社 会 と 密 教 修 法 ﹄ ﹃ 日 本 女 子 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 紀 要 ﹄ 八 号 、 二 〇 〇 一 年 。 ( 51 ) 前 掲 ( 29 ) の 口 頭 発 表 に 於 い て 、 ﹃ 宿 曜 占 文 抄 ﹄ 道 鏡 伝 が 宿 曜 師 の 祭 祀 の 験 力 を 保 障 す る ﹁技 の 説 話 ﹂ と し て 成 立 し た 事 を 指 摘 し た 。 こ れ は こ こ で 述 べ た 宿 曜 師 に よ る 祭 祀 の 喧 伝 と も 、 密 接 に 関 わ る 事 で あ る 。 四 七
宿 曜 道 祭 祀 に つ い て の 一 考 察 ( 戸 田 雄 介 ) ︹ 引 用 資 料 出 典 ︺ ﹃小 右 記 ﹄ (大 日 本 古 記 録 ) ﹃後 二 条 師 道 記 ﹄ (大 日 本 古 記 録 ) ﹃玉 葉 ﹄ (国 書 刊 行 会 ) (と だ ゆ う す け 文 学 研 究 科 仏 教 文 化 専 攻 博 士 後 期 課 程 ) (指 導 " 斎 藤 英 喜 教 授 ) 二 〇 〇 七 年 十 月 十 日 受 理 四 八