子どもが誕生した瞬間は, 人にとって生物的存在から生物・関係的存在への転換点である。
ヒトは, 自分で食べることも, 身の危険から自らを守ることもできず, もっともヒトらしい特 徴といわれる二足歩行をせず, 言葉をもたない状態で出生し, 大人の関わりを必要不可欠とす る。 このような未熟な状態でも生存できるように用意された生物・遺伝的プログラムが, 大人 の関わりを必要とする関係的存在としてのヒトであるともいえる。
ヒトの子どもが未熟な状態で出生してくるにもかかわらず, この関係が誕生後に始まり, 養 育行動そのものが生物・遺伝的プログラムに組みこまれていないことが, ヒトの子育てを困難 にしているとともに, 生物学的親以外の大人や社会的システムによる養育を可能にしている。
ひとは, 誕生すると, 身近な人々とのやりとりを通して, 生物・関係的存在としての第一歩 がはじまる。 ひとは, このようなやりとりをする仕組みをもって生まれてくる。 この仕組みは, 発達心理学をはじめとする人間科学の学際的な領域で, 例えば, ビデオ記録されたものをコン ピューター分析するといったような科学技術に支えられて解明されてきた。 子どもの身近な人々 とのやりとりの仕組みは, 明らかにされるにつれて, 驚きと感動を覚えるほど, 実に巧妙であ ることが分かってきた。
ここでは, 人とのかかわりについて, 発達初期における人間関係の形成に焦点を当てるが, 生涯発達という観点からみると, 乳幼児期にある子どもと成人期にあり次の世代の養育にあた る親とのかかわりをとりあげることになる。
生理的早産がもたらすもの
進化の過程で, 人間の身体組織体制は複雑になり, 特に水準の高い脳髄が形成された。 立位・
二足歩行をするようになった人間には, さらに脳髄の進化がもたらされ, イメージ機能や認知 機能が著しく拡大することによって, 情動や言葉を介した高度なコミュニケーションをするよ うになったと考えられる。 手が歩くことから解放されることによって, 物をつかんだり, 動か したりなどの操作や身振りに手を自由に使うことができるようになった。 口は物をつかむこと
人とのかかわり *
−人間関係形成のはじまり−
人間福祉学入門③
石 井 富美子**
*Infant-Caregiver Relationship: the Origin of Human Relationship
**Tomiko ISHII (立正大学社会福祉学部人間福祉学科)
キーワード:乳児、 養育者、 関係的存在、 応答的環境
から解放されることによって, 発声や構音をしやすいように口周辺の筋肉や口腔の構造の変化 がもたらされたといわれている。
立位・二足歩行は脳髄の進化をもたらし大脳が大きくなる一方で, 立って二足の足 (脚) を 狭めて歩くため産道が狭くなった。 この矛盾を解決し, 頭の大きな胎児を安全に出産するため に, 人間には, 「生理的早産」 がもたらされてのではないかと, ポルトマン (Portomann, A) は指摘している。 さらに, 鳥類と哺乳類とを比較してみると, いずれの種においても身体組織 体制が複雑になり, 脳髄の形成が高くなるほど完成するまでの時間を長く必要とする。 鳥類で は養育期を長くする手段が用いられ, 哺乳類では胎生期を長くする手段がとられている。 しか しながら, 進化の最高峰にある哺乳類の人間においては, その水準の高さを達成するのにいず れか一方の手段では不足し, ふたつの手段を用いるようになったために胎生期間と養育期間の いずれもが長くなったと考えられている。
人間は最も高等な哺乳類であるにもかかわらず, 胎生期における身体組織体制の完成を待た ず, 「生理的早産」 という生物学的に特殊的な出産によって誕生する。 したがって, 出生時は 未完成の状態で, 感覚機能の成熟水準に比して運動機能が未熟である。 もっとも人間らしい特 徴のひとつとしてあげられる立位・二足歩行や言葉を介したコミュニケーションは, 身近な養 育者とのやりとりを通して, 人間社会の中で成長することで実現する。
人間における出生状態の生物学的特徴は, どのような意味をもっているのだろうか。 誕生し た時, 人間の運動機能は未熟で, 首がすわらず, 体を支えることも, 移動することもできない, 他の高等哺乳類に見られないほど無能力な状態にある。 それにもかかわらず, 本能的行動が著 しく少ない子どもは生存するために, 養育者に依存しなければならない。 親をはじめとする養 育者は, 飢え・渇き・苦痛を取り除くなど, 子どもの生理的要求に応えるものとして, 絶対的 に必要不可欠な存在である。
このように, 人間の子どもは誕生と同時に, 身体的には母体から分離してひとつの個体とな るが, 人とかかわることを必然とし, 人へ志向する生得的な欲求をもっているなど自分以外の 人とコミュニケートする準備性を前提とする関係的存在であるともいえる。 しかしながら, そ れに応える養育者のかかわりについても, 人間の場合, 幼いものへ志向する傾向はあるが, 生 得的な行動として準備されている基盤はきわめて脆弱である。 妊娠・出産の過程で, 他の哺乳 類のようにホルモン等の作用によって養育行動が解発されることは少ない。 養育行動も他の行 動と同様に社会の中で学習され, 実際の子どもとのやりとりを通して, 関係は形成されていく。
乳児の能動性とコミュニケーションの基盤
20世紀前半まで, 乳児の人間関係を形成していく主体は, 養育者の方だと考えられてきた。
誕生直後から, 養育者は子どもにとって意味のある存在ではない。 生まれたての乳児は, 飢え や渇きを満し, 痛みを和らげることは, すべて養育者の手をかりなければならない。 生理的な 要求を満足させてくれるのが, 養育者であることがくり返えされるうちに, 親は子にとって意
味のある存在になると考えられる。 つまり, 乳児は外界からの刺激を能動的に取り入れたり, 選択することのできない依存的, 受動的な存在とみなされた。 人間関係は養育者が主に子ども の要求を満すことで成立するのだとされた。 このような関係のとらえ方においては, 養育者は 乳児へのかかわりを, 主に身体的な世話を通じて行うことになる。 ところが, 20世紀後半に 入ってから, 生れたばかりの新生児でさえ 「有能な子ども」 なのだということが次々に実証さ れ, 能動的な存在としての乳児の姿が明らかにされるようになった。
乳児の知覚能力
誕生後, 約48時間は, 乳児は外界の刺激に敏感に反応しやすい状態にあり, その後よく眠る 時期に入るが, 生後1ヶ月以内にも落ち着いてまわりに注意をむけることができる覚醒状態が 20分ほど続くことが知られている。 この状態においては, 乳児の知覚能力は今まで考えられて きたよりはるかに高いことが明らかになってきている。
生れたての乳児の視力は, カメラに例えてみると, いわば固定焦点カメラのようなもので, その焦点距離は, およそ20−40cmといわれている。 その範囲に入ったものは, かなりはっき り見えているといわれている。 新生児は, 目の前の動くものに注目する。 乳児の覚醒状態にお いて, 例えば, 赤いボールをゆっくりと目の前で動かすと注意を向ける。 人の顔も正面では注 視しないが, 人の顔が視野の周辺に動くと, 追視しようとする。
ファンツ (Fantz, R. L) は, 生後5日以内の新生児と2−6ヶ月の乳児を対象として, 6 種類の視覚刺激を用いて実験したところ, 単純な図形より複雑な図形を, 中でも人の顔を一番 長く注視していることから, 無差別にものをみるのではなく, 選好性があることを見出した。
サラパテーク (Salapatek, P.) は, 人の顔の図版を1ヶ月児と2ヶ月児にみせ, 乳児の視線 の動き (視覚走査) をアイカメラで記録した。 その結果, 1ヶ月児では, 輪隔のごく限られた 部分に注視点が集まる傾向がみられ, 2ヶ月児では, 顔の内部, 特に目と口に視線が向けられ ていることが明らかになった。 この時期に人の顔への注目が高まる。
乳児の見える範囲が, 偶然にも, 養育者が乳児を抱っこして, 授乳をする時の養育者と乳児 との距離に相当する。 つまり, 生れた時から, 乳児は授乳されるたびに, 養育者の顔をはっき りとみていることになる。 しかも, いくつかの研究で明らかにされていることであるが, 乳児 は抱っこされるとはっきりと目を覚ます傾向がある。 新生児は比較的覚醒水準にあることは少 ないが, 授乳時には, 比較的長い覚醒水準が現れる。 したがって, 新生児は養育者の顔をはっ きりみる機会に多く恵まれていることになる。 生後3ヶ月になると養育者と他の人の顔とを区 別するようになる。
目と目を合わせること (eye-to-eye contact) は, 人がコミュニケーションをしていく上で, 重要な働きをしている。 目が合うということは, 私が見, 同時に私が相手から見られることで あり, <見る−見られる>という構造こそが, 目が合うことの本質であろう。
乳児の視線が顔の中の目に向けられる生後2ヶ月頃には, 確かに乳児は自分をみているとい
う感情を, 養育者に起こさせることが多くなり, 養育者は乳児と一体感をますます強めていく。
これには, 乳児が養育者の目をよくみるようになることが大いに役立っている。 乳児も同じよ うに目をよく見るようになるのは, 目が興味深い対象であるから見るというよりもむしろ, 自 分の方に向かってくる相手のまなざしを感じ, 目を向けるのではないだろうか。 3ヶ月の乳児 は, 微笑しながら正面から顔を近づけると笑うが, 顔を近づけながら横顔を向けるとすぐに笑 わなくなり, とまどった表情をすることを, スピッツ (Spitz, R. A.) は見出している。 これ は, 乳児が自分に向かってくる相手のまなざしが感じられないからとも考えられる。
乳児の聴覚は発達が早く, 生れてすぐに人の声に近いピッチの音に対して敏感に反応する。
おとなの肉声より少し高い周波数域が最も感度が高く, 養育者が話しかけると, 体を大きく動 かして応えるというエントレインメント (entrainment) が出現することが知られている。
スターン (Stern, D.) はさまざまな角度からの発達初期の研究から, 乳児が生まれつき, 無様式感覚 (amodal perception) をもっていることを指摘する。 無様式感覚とは, 様式を超 えた, 様式のない感覚で, 声, まなざし, 身体の緊張などの強弱, 抑揚, リズムから情緒の本 質を知覚できるという。
乳児の同調する能力
乳児は広い意味で学習することが, 多くの研究によって実証されている。 条件づけによる学 習は比較的古くから知られており, 学習が成立すると反応が減少するという慣れの現象も早く から認められる。
模倣によく似ている動作が, 生後一週の新生児にも認められることが, バウアー (Bower, T. G. R.) によって示めされた。 乳児はおとなが口をあけたり, 唇をすぼめたり, 舌を出した り, 目を見開いたり, 手を開いたり, 指を動かしたり, 首をつき出したりなど, それぞれの動 作を繰り返すうちに, 乳児は同様の動作をすることができたという。 これは, 乳児が相手の動 作を自分の動作に対応づける模倣のようにみえるが, 意図的なものではなく, 一種の反射のよ うなものと考えられ, 共鳴動作と呼ばれている。 共鳴動作は大人にも起こるといわれている。
特に, 養育者は乳児の動作をみると, 無意識のうちに反射的に乳児と同じ動作を返しているこ とがある。
乳児が生得的にもっている表情には, 徴笑がある。 徴笑はごく初期には生理的なもので社会 的な意味はもっていないが, 生後2−3ヶ月ごろから, 周囲の人からの働きかけに対して徴笑 するようになり, これを社会的徴笑とよんでいる。 この過程では, おとなの微笑に対する乳児 の共鳴動作が基礎になっていると考えられている。
20世紀前半の情動についての研究では, 新生児には興奮状態しかなく, その後に情動は分化 するものであるとされたが, 近年では新生児は, 生得的に嫌悪, 興味, 満足などの情動をもっ ているといわれている。 その後, 3ヶ月ころまでに悲しみ, 驚き, 喜びなどの表情が現れ, 6 ヶ月ころまでに怒り, 恐れの表情が出現することが明らかにされた。
養育者は, 乳児の表情からいろいろな感情を読み取り, 養育行動をとっている。 このような 情動を介したやりとりは, 次第に密になっていく。 養育者は, 例えば, 乳児の発声に対して身 振りで応えるといったように, 乳児が示した情動とは異なった様式の言動で対応する情動調律 というかかわり方をよくするという。
乳児によって喚起される養育者の行動
ヒトの養育行動は, 他の高等哺乳類に比して, 生得的に準備されている基盤は弱いが, 私た ちが考えているよりも生物・遺伝的プログラムに規定されている面もある。
赤ちゃんらしさ, 微笑, 泣きへの養育者の行動
人間の赤ちゃんは, 全身に比べて頭が大きいこと, その割合において, 額が広く, 眼が大き いこと, 眼の位置が顔の中央線よりも下にあることなどの身体的特徴を持っている。 この特徴 は, 赤ちゃんらしさ (babyness) とよばれ, 養育行動を引き出す刺激になっていることが指 摘されている。 赤ちゃんの徴笑は, 快い感情をひき起こし, 微笑をもって応答するといった養 育行動を起こす刺激になる。 他方, 赤ちゃんが泣くと, 養育者は泣きやむように, 授乳をした り, おむつを取り替えたり, 声をかけたり, 揺ったりしてさまざまな働きかけをする。 これは, 泣きには必ず原因があり, そのために赤ちゃんは不快を感じているのだと養育者に思わせるか らである。 新生児の泣きは母親行動をひき出す効果をもっているが, 子どもがその効果を自覚 して, 意図的に泣くわけではない。 このように, 養育者は無意識のうちに, 乳児の赤ちゃんら しさに引きつけられ, かわいいと感じせられ, 微笑や泣きに誘われて, それほど意識すること なく養育行動をしている。
乳児に対する特徴的な行動
養育者が乳児の相手をしている時には, おとなに対しているのとは違った独特の行動がみら れる。 養育者が乳児にみせる表情には, 誇張がみられる。 表情は人により, また時と場合によっ て異なるが, 眼を大きく見開いたり, まゆ毛を思い切り上げたりして, できるだけ自分の表情 を豊かにして乳児に接する。 表情を時間的に誇張してゆっくり示すことも, しばしば認められ る。 これらのことは, コミュニケーションを展開していく上で, 乳児により明確な信号を提供 し, 乳児が表情を効果的に学習する手がかりとなる。
おとな同士では, お互いに見つめ会う時間が, 数秒以上になることはほとんどなく, 会話を している時も相手を見つめ続けることはない。 ところが, 乳児に対している養育者は, 30秒以 上も凝視することさえある。 母親は目を合わせたまま, 乳児に話しかけ, 授乳時間の70%は, 乳児を見ている。
乳児を相手にした会話では, 十分に間がとられるのが特徴である。 おとな同士の対話に比べ て, 養育者が乳児に話しかける時には発声より休止が長い。 これは実際には乳児の応答的な発
声はなくても, 養育者の方は乳児が何か発声しているように想像して一人語りしていると考え ると納得のいく長さである。
おとな同士では, 相手との間に少なくとも1m以上距離があるのがふつうで, それ以上に近 づくことがほとんどない。 けれど乳児を相手にした場合には, 互いの空間的距離がほとんどな いほど, 接近している。 これは養育者が様々な刺激や信号を乳児に提供する際, 乳児の能力と いうことを考え合わせれば, 的確にそれらが乳児に伝わるために必要な近さであると思われる。
おわりに
ここでは, 今までの人間科学の学問的成果に基づいて, 発達初期における人とのかかわりの 仕組みを見ることを通して, 人間関係の形成の基盤についての理解を深めてきた。 はじめに述 べたように, 子どもが生まれてから最初に人とのかかわりをもつのは一般的に親である。 おわ りに, 今日, 父親と母親が子どもを養育する状況は大きく変化していることにふれておきたい。
20世紀後半に入り70年代頃までは, 日本では次第に物質的生活が豊になっていく環境の中で 子どもの養育が行われた時代である。 この過程で, 父親は経済的な生活を支える仕事に専念し, 母親は育児に専念する 「子育てにおける性役割分業」 という形態が一般化した。 父親も母親も 青年期に確立した明確な価値観をもち, 時間的にも空間的にも子どもの身近に主たる養育者が いるという環境で育児が営まれた。 このことは, エリクソンが心理・社会的発達段階において, 成人が位置する発達期を生殖性 (種の保存) あるいは世代性 (次世代への継承) と特徴づけた ことにもみることができる。
今日, 寿命が著しく長くなり, 社会が大きく進展するとともに構造が変化し, 成人は青年期 に確立した価値観に基づいてそれ以降の自己実現をはかることができにくくなった。 価値観が 多様化するとともに流動化し, 将来を見通す生活モデルが成り立たなくなった。 子どもを養育 することは, 女性にとっても, 男性にとっても生き方の選択肢のひとつになりつつある。 生殖 技術の進歩により, 子どもをもつ時期もライフスタイルに合わせて選べるようになった。 子育 てが選択された場合でも, 父親も母親も, つねに変革と主体的な選択が求められる社会に身を おいて生活をしている。 今まで子どもを養育する主な場であった家庭も, そのあり方が多様化 してきたことを受け, 生後1ヶ月すぎから子どもの養育を支援する保育所をはじめとする社会 的な資源も充実してきた。
人間の子どもは人とかかわる志向性をもって誕生していくるが, 身近な人々とのやりとりを 通して, 人間社会において生活する中で人間関係は確かなのものになっていく。 この意味にお いて, 子どもが人間関係を形成していく過程には, 人的な応答的環境が大前提となろう。 子ど もをめぐる環境も, 大きく変動している。 従来, 子どもの生活の場であった家庭, 地域, 学校 に加えて, ITの技術革新により, バーチャルという第4の空間が出現した。 この空間は, あ る意味では, 家庭, 地域, 学校よりも応答的な空間であることを心にとめて置かなければなら ないだろう。
子どもの養育環境として脆弱化した家庭, 地域, 学校の再生をはかるために, 子育て支援を はじめさまざまな社会的資源が開発され, 活用されはじめている。 これからの課題として, 個々 の空間・場が開かれたものとなり, 全体として子どもの養育環境が人的に応答的な環境となっ ているかをみきわめていきたい。