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鋼の舞働態におよぼす水素イオンおよび塩素イオンの影響

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(1)

鋼の舞働態におよぼす水素イオンおよび塩素イオンの影響

長 船 忠 夫*

(昭和57年4月30日受理)

The Effect・ of Hydrogen ion and Chlorine ion on Steel Passivation

Tadao OsAFuNE

(Received April 30, 1982)

 In this investigation, the effect of H+ ion and C1一 ion on the passivation reaction of steel was examined.

The following results can be summarized.

(1) The corrosi on rate of steel increased with increasing H+ ion.

(2) Passivation current density decreased with increasing H+ ion.

(3) Crrosion potential shifted to more noble potential with increasing H+ ion.

(4) Fl・ade potential shifted to more base potential with increasing H+ ion.

(5) Oxygen evolution potential shifted to more noble potential with increasing H+ ion.

(6) Adding Cl一 ion to aeid aq. solution, passivation £ilrn of steel was destroyed, and passivation current density   increased violently with increasing Cl一 ien.

1.緒

 鉄の酸溶液中の挙動として,最もよく検討されてきたも のの一つとして,:不働態挙動がある。電位的には充分反応 が進行しうるにもかかわらず,極度に腐食速度が低下して

しまう。

 この現象に関しては,従来多くの報告がみられるが,こ とに液中の水素イオン濃度および塩素イオン濃度との関係 については多くの興味ある実験結果がみられる。

 不働態現象の理論的機構に関しては,酸化皮膜説と吸着 説の両説が並存し,いずれの説をとるかにより,各現象に 対する理論上の裏付けが異ってくる。特に塩素イオンによ る不働態化反応の妨害現象についての理由づけも,上記の 両説のとり方により異った考え方が必要である。

 一方不働態に関する研究において,腐食環境と同時に,

材料自身の条件が問題である。鉄材料中のクUム等の含有

量と不働態挙動との関係についても,多くのデーターが発 表されてきている。しかしながら,これらのデーターは,

酸濃度の比較的低い溶液中での挙動についてのものがほと

んどで,pH値で示す程度の酸濃度についてのものが多い。

そこで本実験では,やや高い酸濃度の水溶液中でのデータ ーを得ることを目的として,鉄鋼の不働態挙動が,水素イ オン濃度および塩素イオン濃度とどのような関係があるか について検討した。

*金属工学科

2.. タ験装置および方法

 不働態現象を起させる鋼材試料は,S30Cで,18φの丸 棒を厚さ5㎜に切断し,丸棒製造中に生じる内部ひずみ

を除去するため,および組織内部の組織上の偏りを平準化

するため,850℃の炉中で30分間加熱し,空冷したものを

用いた。試料表面の黒皮を除去し,エメリーペーパーにて 研磨し,アセトンで脱脂洗浄し水洗を充分に行なった。

 試料の片面の中央部に直径5㎜の円形部分をとり,そ

れ以外の部分はエポキシ系樹脂で被覆して 腐食反応が起

らないよう処理した。

 腐食環境としては,特級試薬による硫酸酸性水溶液を用 いた。水素イオンの不働態への影響については.硫酸濃度 は0.2,0.4,0.6,0.8,1.0規定とした。液温は全て30℃

一定として,試料の挿入直前に腐食液を窒素ガスで充分に

脱気した。

(2)

 一方塩素イオンの影響については,試薬特級食塩を上記 硫酸酸性溶液に混合した。酸濃度は0.6規定とした。

 混合する食塩(Nac1)の濃度は0.001,0.002,0. 005,

0.01,0.05molの5種類とした。この場合も反応前および 反応中は窒素ガスを吹き込んで充分脱気を行った。

 実験装置をFig.1に示す。使用された腐食反応容器は,

北斗電工製のガラス容器1で,Model HX−102(口径,100 mm)である。験液量はIGOOmlとし,液面下50㎜に試

料の申心部を設定した。

A: Thermoregutator B: Thermometer し・しou田er eieCTroae D:Sampte electrode E: Luggin capMary

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F: Calomel electrode G: HaSO4 sotution

君9■  巳」 _ユー.一 ,AnA亀 r1・ VVUler馬O)一し

1: KCI saturated $olution

J: Selt bridge

K: Potentiostat Fig.1 Corrotion testing apparatus.

 potentiostatは島津製PS2形で設定電位による電流の

測定は卑電位から順次貴電位に移行させた。

 所定の電位に設定して30秒経過後の電流値を測定値とし た。設定電位の間隔は0.05voltとした。設定電位は,飽和 甘ff・ zz極基準である。なお電流値の測定にあたってはPS

2形付属の電流計では,その精度が不充分であるのでディ ジタルマルチメーターを接続して電流値を求めた。

 試料は毎回新しいものと取替えた。

3.実験結果および考察

3−Z不情態化におよぼす水素イオン濃度の影響

 Fig・2に硫酸酸性水溶液中での鋼の下働態化について鋼 の腐食表面での,電流電位曲線により求めた模式的なグラ フを示す。ここでEcorrは腐食開始電位であり, Epはピ ーク電位で,この電位において鋼材表面は最も活発に腐食 が進行している。さらに電位を貴方向へ移行すると,電流 値は振幅現象を呈する。この領域がいわゆる,sulfation領 域で,鉄鋼表面がSO42+イオンによるFeSO4膜の形成と,

  Ecorr Ep Ef r−t

  Electrode potential (V vs.SCE)

Fig.2 Typical passivation curve.

その皮膜が破られて腐食が進行しようとする動きとの競合 状態が続く。この電位幅および電流値は,試料の表面状態 による影響に加えて腐食液の酸濃度に大きく左右される。

酸化皮膜形成の力が,それを破壊する力に優り,腐食表面 はほぼ完全に酸化皮膜に覆われる。この時点で腐食電流は 激減する。このときの電位を,いわゆる,Flade電位Eアと いう。電位を更に貴方向へ移行すると,電流値は極小のま ま増加せず,横ばい状態を継続する。これが不働態化であ り,このとき示す電流値を不艶態保持電流Ipという。また

電流密度がピークとなるときの電位をEpで示し,そのと

きの電流密度を臨界電流密度といい,Ikで示した,腐食表 面上の電位を更に貴方向へ移行しつづけると,やがて皮膜 表面上で酸性領域における酸素の発生電位Eo2に達し,水 は分解して,酸素発生反応が現われる。

  2H20.02十4H+十4e一 Eo2==1.229v

 Fig.3には腐食液中の硫酸濃度とS30Cのアノード分極

曲線との関係を示した。図に示すように,活性態領域での 各濃度と曲線との間には差がほとんどみられず,いずれも 電位の増加にともなって,腐食速度は急増していく。しか し0.2規定とうすい硫酸濃度の場合には,腐食速度の上昇

速度がしだいにゆるやかになっていく。そしてFlade電位

では,いずれも急激な腐食速度の減少がみられるが,Flade 電位自体は,硫酸濃度の増加にともなって,卑方向へ移行 していく。また,不働態化している領域の電位幅は,硫酸 濃度が高くなるにつれて広くなっている。

 液中の硫酸濃度を0.2Nから1Nまで5通りについてア

ノード分極曲線を測定し,その曲線の臨界電流密度と水素

(3)

500

O  O      O  5  0  5

︵●・ε受くE︾書ω=8↑5﹄﹂30 ㎝⁝⁝〃〃T260ωα0︒しO

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ハゲ︑ ︐〃∬〜圏一︐

一1

   1    −O.6 O 1.0 2.O

     EIectrode potential (Vvs. SCE)

Fig.3 Passivation of steel (S30C) in sulfuric acid

   solution.

イオン濃度との関係を示したのだがFig・4である。水素イ オン濃度の増加とともに,臨界電流密度は次第に増加して いくが,0.6規定ぐらいから,臨界電流密度の上昇速度は ゆるやかになり,ほぼ横ばいとなっていく。即ち,鋼材は 硫酸濃度を高くすれば,それにともなって必ずしも腐食速 度が増加していくとはいえない。

密度は,次第に小さくなっていく。つまり不働態化が一層 進むことがわかる。

︵麗∈憂くE︾盆q︒3℃覧9告O 09876

5

4

3

2.5

2

t.5

   l       O.2 O.4 O.6 O.8 t.O

         H+ion coficentration (N}

Fig.5 Relation between passivation current density    and H二+ion concentration.

 500

pt−

xO 400 E

V     L

.h一 500

8 250

ヒ 200

6

150

o o

o

  lOO

       O.2 O.4 O.6 O.8 1.O

        H響ion concen廿ro奮bn(N)

Fig.4 Relation between peak current density and H+

   ion concetration.

不働態電流密度についてこの傾向をみると,Fig.5にみ られるように,硫酸濃度の増加にともなって,不働態電流

 一般に臨界電流密度を示す領域すなわち,活性領域で

は,高級酸化皮膜でおおわれる1)といわれるが硫酸濃度が

高くなると鉄への酸化力が強くなり,Fe203の生成が速や

かに,かつ,完全に進むと考えられる。

次にアノード分極曲線上にみられる電位と水素イオン濃

0   .07    84    4

一      謄

︵国Oω.馴●︸﹀∈U

  0  9

  

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o o

      O.2 O.4 O.6 O.8 t.O

       H十ion cencentration {N)

Fig.6 Relation between corrosion potenti al and H+

   ion concentration.

(4)

度との関係について検討してみる。

 Fig.6に腐食電位におよぼす水素イオン濃度の影響につ いて示した。水素イオン濃度が増すにつれて,腐食電位は 貴方向へ移行している。これは腐食液中の水素イオン濃度 の増加とともに,鋼材の腐食面で局部電池形成により生じ るカソード極の水素過電圧が小さくなっていくと,アノー ド側の分極曲線との交点が,水素イオンの増加とともに,

貴方向へ移行していくためと考えられる。すなわち,低い 酸濃度ほど,鋼材の腐食は卑な電位で進むことがわかる。

800

 700

0600

SE 500

暮400 著

碧300

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g 200

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面 800

 OF o

−100

       O.2 O.4 O,6 O.8 1.O

        H+ion comentrafion C N}

Fig.7 Relation between Ep and H+ ion concentration.

 次に最高の腐食電流密度を示す電位すなわちpeak電位

およびFlade電位と酸濃度との関係をFig・7およびFig・8

に示す。peak電位およびFlade電位は水素イオン濃度の

増加とともに明らかに卑方向へ移行していく。水素イオン 濃度の増加とともに腐食面での酸化反応が活発となり,不 働態皮膜形成が活発に進行する。

 Schottkyは2),鉄の不働態化過程において,活性状態で は2価でとけ,溶解形態はFeOH+であ.り,不働態領域で は酸化物はFeO+なる3価の形でとけるものと仮定した。

その場合Flade電位はFeO+/FeOH+なる酸化還元系の平

衡電位に相当するとすれば,

    Ef=V,十RT/F ln [FeOH+]/[FeO+]

    Voは標準単極電位である。

となる。実測値の傾向から考えて,水素イオン濃度が増加

すると不働態皮膜の形成が進むので,FeOH+よりもFeO+

濃度の高いところで両イオンの平衡が保たれるとすると,

Efは次第に卑方向に移行することになる。

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1oo

900

 800

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Fig.8

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   O.2 O.4 O.6 O.8 ID

     H+ion coneentratien {N)

Relation between Flade potential and H+ ion

concentration.

       O.2 O.4 06 O.8 t.O

       Hやion concen奮rα打on 髄}    

Fig.9 Relation betwwn Oxygen evolution potential    and H+ ion concentration.

 Fig.9に酸素の発生電位と水素イオン濃度との関係を示 した。酸素の酸化還元反応は,

    02十4H+÷4e=2H20

酸素の発生電位Eo2.は

    Eo2==1. 23−O. 0591pH十〇. 0148Po2

で示されるため,理論上水素イオンの増加とともに,Eo2

は貴方向へ移行することが裏づけられる。Fig.9の電位の

値は上記のEo2に更に酸素の発生過電圧が加算されるため

に,更に平な値を示している。Fig.9から得られる水素イ

オン濃度(pH)と電位との勾配は一〇.070ぐらいで理論値と

(5)

ほぼよい一致をみている。

3−2不働態化におよぼす塩素イオンの影響

 鋼の腐食液中に塩素イオンを添加すると,一働雨下が妨 害される。本実験では0.6規定硫酸酸性水溶液に食塩(Naci)

を所定量加えた場合のS30C鋼材の不働態分極曲線がNacl

量の増加とともにどのように変化するかを検討した。

500

0

0

0 5

0

︵︒・EミくE︼惹窪︒で噸毎ヒ50

5

O.05 O.Ol     P,005 O.OOt     O.002

o

    一α6    0        置ρ       2ρ

      臼oc雪rodo poね鼎鰐ol VvsSCE}

Fig.le Effect of Cl一 ion on passivation of steel (30CO)

 Fig.10に上記の関係を得る曲線を示した。実験方法は全 て3−1項の水素イオン濃度の影響の場合と同じである。塩

素イオン濃度は腐食電位には,ほとんど影響を及ぼさない が,不軸心電流密度に対しては顕著な影響がある。すなわ ち,塩素イオンが0.001皿olでも加わると,不働王化は全 く破壊されてしまい,十分な不冷製化現象はみられない。

Fig.11に絶倒態電流が塩素濃度とともに,急激な増加を 示している状況を示した。塩素イオンの増加とともに急激 な電流密度の増加が認められるが,塩素イオンが高濃度に

なって0.005mol以上になると,次第にその増加の割合が

ゆるやかになってくる。つまり不働二化現象を破壊するの に必要な塩素イオン量は0.001〜0,002mo1で充分であるこ とがわかる。

500

 O  O      O

      5 0   5       一

︵醐εミくε︸h亀ωCO宅巴﹂コO

e

4.結

1

O O.OOI O.002 O.005 O.Ol O.05  Cl ton eoncentration {Mot}

Fig.11 Relation between passivation current density    a皿dC卜ion concentratio且。

 鋼材の不働四二反応におよぼす水素イオンと塩素イオン の影響について検討した。本実験では,酸濃度の高い領域

での挙動について調べ,pH値で示される比較的,酸濃度

の低い領域での挙動と比較検討した。その結果次のような 結論を得た。

 (1)鋼材の腐食速度は水素イオンが増すと増加する。酸   濃度のうすい領域では水素イオンの増加に対してほぼ   直線的に腐食速度は増加するが,0.4〜0.5規定と高度   に達すると,腐食速度の増加の度合はゆるやかになつ   ていく。

 (2)不働態化電流密度は永素イオンの増加とともに減少   するが,pH領域ではゆるやかに減少するのに対して,

  高濃度では,不旧態化電流密度は激減する。

 (3)腐食開始電位は水素イオンの増加とともにゆるやか   に貴方向へ移行する。

 (4)Flade電位は水素イオンの増加とともに卑方向へ移   行ずる。

 (5)酸素発生電位は水素イオンの増加とともに貴方向へ   移行する。

 (6)不働態化電流密度は塩素イオンの増加とともに急増   するが,O. 002molぐらいで,不働態化は破壊されてし   まう。

1)前田正雄;電極の化学(1961)231,応報堂

2) 同  上

3) H.H.Uhlig ; Corrosion and Corrosion control 71.

 産業図書

4)伊藤伍郎;腐食科学と防食技術(1970)18!コロナ社

s ) H.H.Uhlig, P.King ; J.Electrochem Soc. 106. 1 (1976)

6) D.T.Chin and S.Venkatash ; J.Electrochem. Soc. vol,

  126 1908 (1979)

7) D.T.Chin,Corrosion, vol, 35, 514 (1979)

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