Ni
フリー高窒素鋼の疲労特性におよぼす製造方法の影響
Effect of Manufacturing Processes on Fatigue Properties of Ni-Free High Nitrogen Steel
精密工学専攻
23号 三部真智
Masatomo Sanbe1.
緒言
大気中の窒素(N)は体積比で75 vol.%程度存在している無 色, 無臭および無害の気体元素である. Nはオーステナイト 安定化元素の中でもその作用が極めて強力な元素であり, 拡散速度が速く, マルテンサイト変態開始温度を著しく降 下させる効果がある. Nは固溶強化や結晶粒界に強化作用を もたらす. さらに, Nは稀少資源であるNiの代替元素として 省資源化, リサイクル性にも貢献する. また, SUS316L 鋼な どのオーステナイト系ステンレス鋼に含まれるNiはアレル ギーの原因となることがヨーロッパを中心に報告されてい る. したがって, Niの代わりにNによりオーステナイト組織 化を図ったNiフリー高窒素オーステナイト系ステンレス鋼
(Niフリー高窒素鋼)の研究が行われている. 高窒素鋼は通 常のオーステナイト系ステンレス鋼に比べて, 優れた機械的 特性, 耐食性を示すことが報告されている1), 2). さらに, Niフ リー高窒素鋼はアレルギーの原因となるNiを含まないため, 生体用金属材料としての使用が検討されている.
Niフリー高窒素鋼(≧1 mass% N, 以下mass%をすべて% と表記)の製造には, 固相窒素吸収法(以下, NA法), N2ガス 加圧式エレクトロスラグ再溶解法(以下, P-ESR法)などの 製造方法がある. NA法の長所は, 小型・複雑形状の製品の製 造が可能であり, 単純な技術であるため低コストなことであ る. 短所は, 長時間の熱処理による結晶粒の粗大化やマルテ ンサイト変態を起こしやすいため脆性破壊を生じること, ま た, 線材や薄板の使用には適しているが, バルク材の使用は 制限されることである. また, P-ESR 法の長所は, 大型で清 浄性に優れ, 不純物の少ない Ni フリー高窒素鋼の製造が可 能なことである. 短所は, 加工性・成形性が低いことや特殊 な溶解技術であるため製造コストが高いことである. このよ うに, それぞれの方法には長所と短所が指摘されており, 用 途や形状に応じて使い分けることが重要である.
これまでに, NA法やP-ESR法により製造されたNiフリー 高窒素鋼の機械的特性や耐食性などについては多数の報告 がされている 3). しかし, 疲労特性に関する報告は少なく, 生体環境下における腐食疲労に関する報告はほとんどない のが現状である. そこで本研究では, NA 法(Fe-24%Cr-2%
Mo-1%N)およびP-ESR法(Fe-23%Cr-1%Mo-1%N)により 製造した各合金を用いて, 大気中および擬似体液中における 疲労挙動を比較・検討することを目的とする.
2. 実験方法
2-1. 供試材
試料は高周波真空溶解装置を用いて, Fe-24Cr-2Mo合金(以 下, NA-0材)のインゴット(重量20 kg)を溶製した. また, P-ESR法によりFe-23Cr-1Mo-1N合金(以下, P-ESR材)のイ ンゴット(重量 20 kg)を溶製した.NA-0 材の製造工程を Fig.1(a)に, P-ESR材の製造工程をFig.1(b)に示す. Fig.1(a)に示
すように, NA-0材のインゴットは熱間・冷間加工を施し, 15
mmの丸棒を作製した. また, Fig.1(b)に示すように, P-ESR材 のインゴットは熱間鍛造圧延後, 15 mm 角材を作製した後, 1503 Kで30 minの溶体化処理を施した. その後両試料は, 機 械加工によりFig.2に示す平滑試験片を作製し, 引張試験片
および疲労試験片として用いた. 試験片は表面を600番研磨 紙で軸方向に研磨して用いた. NA処理は試験片加工後, 平 行部がオーステナイト単相になるように雰囲気炉を使用し て, 炉内に毎分2 Lの窒素ガスを流しながら1473 Kで259.2 ksで行った(以後NA-1材). また, NA処理時間の影響を調 べるために, 1473 Kで129.6 ksで行った試料(以後NA-2材)
を比較のために用いた.
各合金の化学組成はTable 1に示す. NA-1材, P-ESR材とも に不純物であるNiの分析値は0.01 %以下であり, Nの分析値 は約1 %だった.
Fig. 1 Schematic diagrams of manufacturing processes.
Table 1 Chemical composition of NA-0, NA-1 and P-ESR materials (mass%).
Fe-23Cr-1Mo-1N (P-ESR) Fe-24Cr-2Mo (NA-0)
Ni
0.005
<0.01
<0.01 Cr
23.35 24.0 22.9
Mo
1.03 2.15 2.09
N
1.06 0.0007
1.1 Fe-24Cr-2Mo-1N (NA-1)
Fe
Bal.
Bal.
Bal.
Fe-23Cr-1Mo-1N (P-ESR) Fe-24Cr-2Mo (NA-0)
Ni
0.005
<0.01
<0.01 Ni
0.005
<0.01
<0.01 Cr
23.35 24.0 22.9 Cr
23.35 24.0 22.9
Mo
1.03 2.15 2.09 Mo
1.03 2.15 2.09
N
1.06 0.0007
1.1 N
1.06 0.0007
1.1 Fe-24Cr-2Mo-1N (NA-1)
Fe
Bal.
Bal.
Bal.
Fe
Bal.
Bal.
Bal.
φ9 φ4
10R
8 110
44 44
φ9 M12, 1.25 22
Fig. 2 Shape of specimen (mm).
H.F.
φ40 mm
C.F.
φ15 mm 1273 K
1473 K NA Treatment 129.6 ks or 259.2 ks, W.Q.
M.W.
(a) Fe-24Cr-2Mo
H.F.:Hot Forging, C.F.:Cold Forging, H.R.:Hot Rolling, M.W.: Macine Work and W.Q.: Water Quench
1473 K
H.F.
40 mm
Solution Treatment 1503 K×30 min, W.Q.
H.R.
15 mm
1503 K
M.W.
(b) Fe-24Cr-2Mo-1N
2-2. ミクロ組織と相の同定
NA 材, P-ESR 材の未使用の試験片平行部断面から厚さ 2 mm の試料を切り出し, 光学顕微鏡によりミクロ組織観察を 行った. なお, 腐食液は王水+エタノール(塩酸:硝酸:エタ ノール=3:1:0.1)を用いた. ミクロ組織観察の他にX線 回 折(XRD)装 置 を 使 用 し て相 の 同 定 を 行っ た. NA-1 材,
P-ESR材のXRD用試料として, 未使用の平滑試験片平行部
縦断面を切断して試料内部の相の同定を行った. 試料は, ア セトンを使用して超音波洗浄を行い, 十分に脱脂・洗浄を行 った. また, NA-1材において, 試験片平行部の窒素吸収深さ を確認するため, ミクロ組織観察に使用した試料を用いて硬 さ測定を行った. 硬さの測定は, マイクロビッカース硬さ試 験機を用いた.
2-3. 引張試験
引張試験は, インストロン型引張試験機(容量100 kN)を用 いて, 引張速度0.5 mm min-1で室温大気中で行った. 引張特 性は, 引張試験により得られた最大引張強さ(σUTS), 0.2 %耐 力(σ0.2), 破断伸び(δ)および断面減少率(φ)により評価 した.
2-4. 疲労試験
疲労試験は, NA材およびP-ESR材の平滑試験片を用いて 室温大気中および擬似体液中で行った. Fig.3に擬似体液中疲 労試験の模式図を示す. 疲労試験は 100 kN の油圧サーボ型 疲労試験機を用いて, 応力比(最小応力と最大応力の比)を 0.1の荷重制御により, 荷重繰返し速度は室温大気中で20 Hz, 擬似体液中ではヒトの歩行周期に近い2 Hz で行った. 擬似 体液としてリン酸塩類緩衝液(以下, PBS(-))を用いた. 温度
を 37℃に制御して,溶存酸素は生体内の溶存酸素濃度に合わ
せるために, 試験中4 %O2+96 %N2ガスをバブリングして行 った. また, pHを7.5に制御して行った. 疲労試験後の破面 観察は走査型電子顕微鏡(SEM)により行った.
3. 実験結果
3-1. ミクロ組織と相の同定
NA-1材とP-ESR材のミクロ組織写真をFig.4(a)および(b)
に示す. NA-1材およびP-ESR材ともにオーステナイト単相
組織が観察された. 結晶粒径はP-ESR材がおよそ30 µmであ
った. NA-1材の結晶粒径はP-ESR材に比べて1桁以上大きい
約500 μmであった. また, NA-2材の結晶粒径もNA-1材と 変わらず約500 μmであった.
また, NA-1材およびP-ESR材のXRDパターンをFig.5に 示す. X線回折の結果, NA-1材およびP-ESR材ともにfccの 回折ピークのみが観察され, オーステナイト単相組織が確認 された. また, NA-2材もオーステナイト単相組織であった.
NA-1材, NA-2材のビッカース硬さ測定結果をFig.6に示す.
両試料の硬さは試料表面から中心部にかけて変化がなく, 試 験片平行部全体が単相になっていることを確認した.
ミクロ組織, XRD およびビッカース硬さ測定の結果から NA-1材, P-ESR材またNA-2材はともに完全にオーステナイ ト組織になっていることを確認して試験に供した.
3-2. 引張試験
Table 2にNA-1材, P-ESR材の機械的特性を示す. 引張強さ
はNA-1材およびP-ESR材ともに約1050 MPaであり大きな
変化は見られなかった. 0.2 %耐力は, NA-1材は約835 MPa, P-ESR材は約717 MPaでありNA-1材が約120 MPa高い値を 示した. このことから, P-ESR材はNA-1材に比べて加工硬化 が大きいことを示している. 破断伸び, 断面減少率は NA-1 材に比べてP-ESR材が2-3倍大きく, 延性に優れた性質を有 していた. また, NA処理時間の短いNA-2材の引張強度およ び破断伸び, 断面減少率はNA-1材とほぼ同じ特性であった.
3-3. 疲労試験 3-3-1. S-N 曲線
NA-1材ならびにP-ESR材の大気中およびPBS(-)中の応力 振幅(σa)と破断繰返し数(Nf)の関係をFig.7に示す. 同図か ら分かるように, NA-1材およびP-ESR材のS-N曲線は直線 で表された. NA-1材は, 105-106回で折れ曲がり点が存在して
Fig.3 Schematic diagram of fatigue test in PBS(-).
Fig.4 Optical microstructures of materials.
Fig.5 X-ray diffraction patterns of NA-1and P-ESR materials.
Fig.6 Depth profile of Vickers hardness of NA-1 and NA-2 specimens.
σ0.2(MPa) σUTS(MPa) δ(%) φ(%) Hv
NA-1 835 1059 21.3 20.7 379
P-ESR 717 1026 50.6 59.6 400
NA-2 860 1074 23.4 18.6 383
σ0.2(MPa) σUTS(MPa) δ(%) φ(%) Hv
NA-1 835 1059 21.3 20.7 379
P-ESR 717 1026 50.6 59.6 400
NA-2 860 1074 23.4 18.6 383
Temperature sensor Heater
4 %O2 +96 %N2 gas
Cyclic load
Fatigue specimen
PBS(-) Chamber
Vickers Hardness, Hv
40 50 60 70
Austenite phase(fcc)
Diffraction Angle(2θ/ °)
NA-1 P-ESR NA-2
(a) NA-1 (b) P-ESR
200 µm 200 µm
Table 2 Mechanical properties of NA-1 and P-ESR materials.
0 100 200 300 400 500 600
0 1 2 1 0
Distance from Surface to Center, d / mm
surface center surface
NA-2 NA-1
いた. P-ESR 材ではその折れ曲がり点は 106-107回であり, NA-1 材に比べて1桁長寿命側に存在していた. また, 折れ 曲がり点より低サイクル側のS-N曲線の勾配は, NA-1材に比
べてP-ESR材の方が緩やかであった. P-ESR材の大気中にお
ける疲労寿命は, 比較的高い同じ応力振幅下で再試験を行っ た結果, 寿命が1桁〜2桁の範囲でバラツキを生じた.
NA-1材, P-ESR材いずれにおいて, PBS(-)中の強度は大気 中のそれと比べて, ほとんど変わらなかった. 両環境下の 107回疲労強度はNA-1材では約245 MPa, P-ESR材では約320 MPaであった. また, NA-1材とNA-2材の107回疲労強度に 大きな差は見られなかった.
3-3-2. 破面観察
NA-1材およびP-ESR材の大気中の疲労破面をFig.8(a), (b)に 示す. また, 両試料の PBS(-)中の疲労破面を Fig.9(a), (b) に 示す. 両試料とも大気中とPBS(-)中で破面に差は見られなか った. 全ての試料において, き裂は試験片表面から発生し, 発生点付近ではへき開状の破面を呈していた. また, NA-1材 は, 疲労き裂の伝ぱ領域を脱すると粒界割れを呈していた.
NA-1 材の結晶粒径は約 500 µm と非常に大きいことから, NA-1材の疲労破面はそれに対応して粗い破面を呈していた.
一方で, P-ESR材の結晶粒径は約30 µmと微細なことから,
P-ESR材の疲労破面は平坦な破面を呈していた. また, NA-1
材とNA-2材の疲労破面に大きな差は見られなかった.
4. 考察
4-1. 疲労強度におよぼす組織の影響
今回使用したNA-1材の結晶粒径は約500 µm, P-ESR材の 結晶粒径は約 30 µm である. 結晶粒径と強度の関係を表す Hall-Petchの法則に従えば, NA-1材の引張強さはP-ESR材の 約1/4になる. しかし, Table 2に示したようにいずれも引張
強さは約1050 MPaと変わらず, 0.2 %耐力については, NA-1
材に比べてP-ESR材が約120 MPa低い値になっている. この ように, 結晶粒径が約 20 倍異なっているにもかかわらず引 張強度に大きな変化が表れないことは今のところ不明であ る. 一般に, 疲労強度は引張強さと相関があり, 引張強さが 増加するにしたがい疲労強度も増加する. しかしながら,
Fig.7のS-N 曲線で示したように両試料の大気中の107回疲
労強度を比較すると, NA-1材のそれはP-ESR材のそれに比 べて約70 MPa低下している. その理由を考察するため, Fig.7 の縦軸の応力振幅を最大応力で整理した S-N 曲線を Fig.10 に示す.
Fig.7 S-N curves of NA-1 and P-ESR in air and in PBS(-).
Fig.10 Relationship between σmax and Nf with proof stress of the materials.
Fig.9 SEM of fractured surfaces of fatigued specimens.
Fig.8 SEM of fractured surfaces of fatigued specimens.
102 103 104 105 106 107
450 500 600 700 800 900
Number of Cycles to Failure, Nf P-ESR:Fe-23Cr-1Mo-1N
NA:Fe-24Cr-2Mo-1N R=0.1
○ in Air (P-ESR), f=20 Hz
● in PBS(-) (P-ESR), f=2 Hz
□ in Air (NA), f=20 Hz
■ in PBS(-) (NA), f=2 Hz
σ0.2:835 MPa (NA)
σ0.2:717 MPa (P-ESR)
108 Maximum Stress, σmax/ MPa
Stress Amplitude, σa/ MPa
P-ESR NA
○ in Air (P-ESR), f=20 Hz
● in PBS(-) (P-ESR), f=2 Hz
□ in Air (NA-1), f=20 Hz
■ in PBS(-) (NA-1), f=2 Hz
△ in Air (NA-2), f=20 Hz
▲ in PBS(-), f=2 Hz 200
300 400 500
150102 103 104 105 106 107 108 Number of Cycles to Failure, Nf
NA:Fe-24Cr-2Mo-1N P-ESR:Fe-23Cr-1Mo-1N
R=0.1
20 µm Crack initiation site
333 µm
(b)P-ESR (σa=340 MPa, Nf=1.93×106 cycles, in air)
200 µm 100 µm
Crack initiation site
(a)NA-1 (σa=275 MPa, Nf=2.02×105 cycles, in PBS(-))
200 µm 20 µm
Crack initiation site
(b)P-ESR (σa=320 MPa, Nf=5.54×105 cycles, in PBS(-)) Crack initiation site
333 µm 100 µm
(a)NA-1 (σa=340 MPa, Nf=1.38×104 cycles, in air)
図中にはNA-1材およびP-ESR材の0.2 %耐力を合わせて 示している. 同図よりNA-1材のS-N曲線は全体に0.2 %耐力 以下の最大応力で疲労試験を行っているのに対して, P-ESR 材においては0.2 %耐力以上の最大応力でそれが行われてい ることが大きな違いである. オーステナイト系およびフェ ライト系ステンレス鋼の大気中107回疲労強度は, 0.2 %耐力 より高いことが中澤らによって報告されている 4).このこと
から, NA-1材の疲労挙動が特異であると考えられる.
NA-1材とP-ESR材は疲労試験前に, ミクロ組織観察およ
びX線回折により相の同定を行い, オーステナイト単相であ ることを確認して疲労試験を行っている. したがって, 上記 のように, 疲労試験条件が異なることおよび107回疲労強度 に大きな差を生じている原因は, 合金の製造プロセスによる 違いが影響したものと考えられる.
一般に, 引張強度は介在物や析出物などの影響を大きく受 けず, 材料全体の平均的な特性を示す. それに対して, 疲労 強度は介在物, 析出物および微視的な欠陥などの影響を受け やすく, その材料の最も弱い部分によって決定されることが 多い. NA-1材の熱処理は1473 Kで259.2 ks保持で高温で長 時間処理を行っている. そのため, NA 処理材の短所なって いる結晶粒の粗大化やCr2Nなどの窒化物の析出などが影響 して, 疲労強度が低下していると考えられる.
本研究では上記に示したNA-1材の窒化物の確認はしてい ない. 今後, NA 処理によって製造された材料の窒化物の析 出等に関して, 透過型電子顕微鏡(TEM)などによる詳細な 検討が必要と思われる.
NA 処理で作成された試料では, Nによって積層欠陥エネ ルギーが低下し, ひずみ誘起マルテンサイト変態を生じて疲 労強度が低下することが考えられる. その影響は疲労試験条 件において高い応力振幅で顕著に表れることが予想される.
そこで, その影響を確認するために, 疲労試験後の NA-1 材
および P-ESR 材を用いて XRD により確認した. その際,
NA-1材については, σaが340 MPaで疲労試験を行った試料 を用いた. また, P-ESR材については, σaが400 MPaの試料を 用いた.XRDの結果からは, NA-1材およびP-ESR材において, マルテンサイト相は確認できなかった. このことからその影 響は小さいと考えられる.
4-2. 疲労強度におよぼすNA処理時間の影響
NA処理により作製した試料は高温・長時間熱処理を行う ため, 粒の粗大化や窒化物等の析出が問題となる. そこで, NA-1の処理時間の半分であるNA-2材を用いてミクロ組織, 機械的特性および疲労特性を比較・検討した. 組織観察では 結晶粒の大きさは約 500 µm であり, 引張特性においても NA-1 材と差は見られなかった. また, 疲労強度においても 両試料で差がないことから窒化物等の影響もNA-1材と大き な差はないと考えられる. このことから, NA 処理による粒 の成長および窒化物等の析出は129.6 ksより前の早い段階で 飽和していると考えられる.
4-3. 疲労特性におよぼす加工層の影響
Fig.7に示したP-ESR材の大気中のS-N曲線において, σa
が375 MPaおよび350 MPaの疲労寿命は2桁近くバラつい
ている. Fig.7のS-N曲線のように, 高応力振幅域においては 通常そのバラツキは小さい. 疲労試験条件が同じσaが 375 MPaの試料で寿命が短い試験片表面のSEM写真をFig.11に 示す. 試験片表面には多数のき裂が確認された. しかし, 長 寿 命 側 の 試 験片 表 面 に お いて き 裂 は 確 認で き な か っ た.
P-ESR材の試験片作成は、素材を再加熱と熱間鍛造を繰り返
し行い, 15 mmの角材に仕上げた後, 溶体化処理をして試験 片加工に供している. その際, バイトの刃先先端で局所的な 塑性変形が生じている. 通常, 機械加工により仕上げられた
試験片は, その表面層である加工層を除去して試験に用いる.
本試験においても同様の工程を踏んでいる. 今回用いた
P-ESR 材の試験片は, その加工層の除去に, むらを生じたこ
とが原因となったと考えられる. 一般に, P-ESR 材は難加工 材であることから, 機械加工の際, 切削抵抗が高く, そのた め加工による塑性変形領域が深くなっていることが考えら れる.
Fig.7で示したS-N曲線の勾配がNA-1材に比べて, P-ESR
材で緩やかになっている. このことは, 角田らが80 kg級高 張力鋼を用いて, 平滑材と切欠き材(Kt=3.5)を用いて疲労試 験を行った結果, 切欠き材のS-N曲線の勾配は平滑材に比べ て緩やかであることを報告している 5). その原因として, 平 滑材に比べ切欠き材のき裂発生寿命は非常に短くなってい ることを挙げている. P-ESR 材において, 上記に述べた理由 により, き裂発生寿命がNA-1材に比べて短いことがS-N曲 線の勾配を緩やかにしていると考えられる. 以上のことから, 十分な加工層の除去および加工後に溶体化処理を行うこと により, 低サイクル側のき裂発生寿命が長くなることで, 勾 配が急になり疲労寿命が改善されることが期待される.
5. 結言
NA処理とP-ESR法により作製したNiフリー高窒素鋼を
用いて, 大気中と擬似体液中において疲労試験を行い, 比 較・検討した結果, 下記のことが明らかになった.
(1) NA-1 材の大気中および擬似体液中の疲労強度に差はな
く, 107回疲労強度は約245 MPaであった. また, NA-2材の疲 労挙動においても差は見られなかった.
(2) P-ESR材の大気中および擬似体液中の疲労強度に差はな
く, 107回疲労強度は約320 MPaであった.
(3) NA材の疲労強度を向上させるためには, 結晶粒を微細化
すること, またNA処理技術のさらなる改善が必要である.
(4) P-ESR 材は機械加工の際の加工層の影響を大きく受ける
ことが明らかになった. 十分な加工層の除去および加工後に 溶体化処理を行うことにより, 疲労強度がさらに向上するこ とがうかがえた.
6. 参考文献
1) 片岡公太, 土山聡宏, 後藤秀人, 高木節雄: 粉体および粉 末冶金,46 (1999),1249-1255.
2) 相良雅之, 片田康行, 小玉俊明, 水流 徹: 日本金属学会 誌 67 (2003), 67-73.
3) 片田康行, 高木節雄: 第190回西山記念講座, 日本鉄鋼協 会(2006), 29-50.
4) 中沢興三, 角田方衛, 丸山」典夫: 日本金属学会誌, 63 (1999), 1600-1608.
5) 角田角衛, 丸山典夫: 鉄と鋼, 73 (1987), 117-123.
200 µm
Fig.11 SEM of parallel part of fatigued specimen of P-ESR.
σa=375 MPa, Nf=6.08×103 cycles