〔 論 説〕
「 払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と 当事者間の合意による選定
石 川 業
目 次
第 1章 序一本稿の課題
第
2章 すべての持分に比例的な財産分配における
「 払込資本 と留保利益の区別」の多様性 第
3章 一部の持分に対す る財産分配 ( 自己株式取引) における
「 払込資本 と留保利益の区別」の多様性 第
4章 結び
第
1章 序一 本稿の課題
いわゆる 「 資本 と利益の区別」には
2つの段階がある 日
'olつは,期間損益 計算上の区別すなわち 「 元入資本 ( ‑期首資本額士期 中資本取引額) と期間利 益の区別」であ り, もう
1つは,期間損益計算後の区別すなわち 「 払込資本
(2)と留保利益の区別
」である。 このこと自体はよく知 られているであろ うが, こ こで強調 したいことは, これ らはいずれ も,いわば理念 に とどまるものであっ て,具体的な会計処理までをも明 らかに して くれ るわけではない, とい うこと である ( 3 ) O
仮に 「 元入資本 と期間利益の区別」の重要性が認識 されていて も,た とえば,
‑21‑
新株予約権の発行対価を元入資本 と期間利益のいずれに加算するのか ( 4 ) ,また, 株式交付費を元入資本 と期間利益のいずれか ら減算す るのか
(5‑といった論点 は,なお議論の対象 とな り得るようである ( 6 ' Oひ とくちに 「 元入資本 と期間利 益の区別」といっても,その具体的な内容は多様であ り得るとい うことであろ う。
同様のことは,本稿が主たる検討対象 とする 「 払込資本 と留保利益の区別」
( 以下,単に 「 区別」 と呼ぶ ときは, こち らを指す)について もいえる。 この
「 区別」は,ある期間損益計算が終わった後に問題になるもの と考える と,それ に特有の論点 となるのは,株式会社における株主のような出資者に対する企業 財産の分配 ( 以下,単に財産分配 と呼ぶ)が行われる とき,払込資本ない し留 保利益をそれぞれ どのように減少 させるのか, とい うことである。そ してこれ が,一義的に決まるとは限 らないのである.
た とえば,分配優先株式に対 して,それにつき払い込まれた金額を超える財 産分配が行われる場合については,大きく次の
2つの会計処理が考え られてき た ( 7 ' 。 1つは,その超過額 を,留保利益か ら減算する会計処理 ( 株式種類別経 理 。発行持分説にもとづ く会計処理)である。 もう 1つは,その超過額 を,他 の種類株式ない し普通株式についての払込資本か ら減算する会計処理
(8'( 全株 式一体経理 ・主体持分説にもとづ く会計処理)である。
興味深いのは,どちらの会計処理を支持する立場にあって も,それぞれに 「 区 別」にもとづ くと考え られていた,とみることができる点である ( 9 ) .要するに,
「 払込資本 と留保利益の区別」 も多様であ り得る とい うわけである。
とくに, この 「 区別」については近年,その意義が問い直 されてきたが,そ こでは, これがまず理念 として必要であるか どうかにウェイ トが置かれていた ように思われる。そのため,「 区別
」の多様性についての意識は希薄で,その決 ま り方は多かれ少なかれ 自明ない し所与 とされていたようにも思われるのであ る ( ‑ o ) 。そ うであるな ら, 「 区別」の意義 をめ ぐる検討には,なお深まる余地が 残 されている といえるであろ うO とい うの も,いかなる 「 区別」に依るかで,
その意義が変わ り得るはずだか らである
(" ) 0
「払込資本 と留保利益 の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
このよ うな考え方に立 って,春稿は, とくにわが国現行会計制度のことを意 識 しなが ら財産分配のあ り方を
2つに分類 し,それぞれにい くぶん異なる 「 区 別」の多様性について論 じる。その
2つの分類 とは,まず次の第
2節で取 り上 げる,すべての持分 ( 株式)に対 して比例的に行われる財産分配 ( 平成
17年制 定の会社法にい う剰余金の配当)と,続 く第
3節で取 り上げる,‑部の持分 ( 秩 式)に対 して行われる財産分配 ( 典型的なケース として 自己株式の取得。前述 の分配優先株式のケースもこれに含まれる)である ( 1 2 ) 。
なお,ただ単に 「 区別」の多様性を指摘するだけでは検討を終えられないで あろ う。そ こで,上の検討の過程で,「 区別
」を決定づける要因についての私見 も示 してい くことに したい。
第
2
輩 す戒 竃の持分 g≡比例 的な財産分配 にお ける「 払込資本 と留保 利 益の区別」の多様性
第 1 節 払込資本 ・留保利益の減少の一般的な認識 ・測定基準 と 会計処理
。「 区別」の多様性
払込資本および留保利益の減少は理論上,財産分配が行われた ときに認識 さ れ,その分配額にもとづいて測定されると広 く考えられているように思われる
(13)0ただ, このような,いわば一般的な認識 。測定基準だけでは,具体的にどのよ うに払込資本ない し留保利益を減少 させるのかまでは決まらない
(14)。なぜな ら, 財産分配にもとづいた認識 。測定 さえ行えば,それぞれをどのよ うに減少 させ て も, この基準は満たされるか らである。
それで も,すべての持分に比例的な財産分配については,留保利益か ら先に 減 らす会計処理が広 く自然 と考えられてきたように思われる り 5 ) 。それはた とえ ば,払込資本
100と留保利益
100が計上 されている とき,当該財産分配が
100行われた とすれば,留保利益だ けを
100減少 させるとい う会計処理である。
この例は,持分を
1つ と考えれば, より理解 しやすいであろ うが ( ‑ 6 ㌧ 「 すべ ての持分」 とい う表現に合 うよ うに,持分が
2つ以上である場合を考えて も,
‑231
全体 として同じ会計処理結果 となる。つま り,上の例で持分が
2つであ り,そ の一方につき払込資本
80,他方につき払込資本
20である とすると,すべての 持分に比例的な合計
100の財産分配について,留保利益を持分に比例的に
80と
20
減少 させる, したがって合計で
100減少 させるのである。
このよ うな会計処理はおそ らく,払込資本は元手を表わす金額であ り,留保 利益はその元手か ら得 られたものを表わす金額である, とい うよ うな見方にも
とづ くのであろ う。持分が複数であるときには,その見方が各持分にあてはめ られる。これによって,すべての持分に比例的な財産分配全般について
‖7),留 保利益が先に減少 させ られ ることになるわけである ( 柑 ) 0
しか し私見によれば,正当化できそ うなのは, この会計処理だ けではない。
た とえば,上の例で,払込資本
100は特定の事業のために調達 された ものであ り,留保利益
100はそれ とは別の事業のために残 された ものであるとする。 こ の場合,前者の事業の終了に伴 って
100の財産分配が行われるとき,その事実 に対応 させて払込資本を
100減少 させる, とい う会計処理 も正当化できるよう に思える (
19)( 払込資本 。留保利益の減少の一般的な認識 。測定基準 も満たされ る) 0
この会計処理は,任意積立金 ( ここでは,た とえば事業拡張積立金のように, 特定の事業 と関連づけられる任意積立金 ( 2 0 ' )の金額 を,その計上 目的が達成 さ れた ときに減少 させる とい う,すでに広 く認め られている会計処理 と共通点を もっている ( 2 ‑ ‑ 。このような会計処理 ( の考え方)によれば,留保利益 よりも先 に払込資本を減少 させることも,正当化 され得ると思われるのである ( 2 2 ' 。
このように,すべての持分に比例的な財産分配に限ってみて も,会計処理は
複数認められ ( 2 3 ) ,それに伴 って 「 区別 」 は多様 となるOそれは,払込資本お よ
び留保利益の減少についての一般的な認識 。測定基準が,会計処理を一義的に
導 くわけではないことに起因 している。具体的な会計処理ひいては 「 区別
」の
あ り方を決めるには,別の要因が必要になるわけである。
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
第
2節 払込資本 o留保利益の減少の会計処理
。r区 別 」を決定づける要因
前節で取 り上げたよ うな,正当化できる複数の会計処理の中か ら,実際上, 具体的な会計処理を決めてきたのは,私見によれば,当事者 ( 出資者 ( 株主) , 経営者 ( 取締役),債権者)( 2 4 )間の合意内容であった とみ られる。 より具体的
には,定款や創立総会,な らびに,株主総会における財産分配についての取決 め 申決議によって,また, とくに債権者 との闇では,個別の交渉や私的契約等 において,財産分配に先立ち,あるいは,財産分配の際に,株主資本の うちい ずれの項 目をどのように減少 させるのかについて当事者間で合意がなされる
(25)0そ して,実際に財産分配が行われる とき,その合意内容に従 って,払込資本な い し留保利益の減少についての会計処理が行われ,それに伴 って特定の 「 区別」
が決まってきた と考えられる
(26)0
もっとも,特定の当事者間で取引 ( 財のフロー)が生 じた とい う事実を手が か りに しただけで具体的な会計処理が決まらないのは,財産分配の場合に限ら れない。た とえば,社債権者‑の支出が,社債の元本返済に当たるのか,それ とも利息支払いに当たるのか とい うことを判定するための決め手 も,その当事 者間の合意内容であると思われ る。そ うであるな ら,財産分配についての会計 処理の決め手が当事者間の合意であることを, ことさらに強調する必要はない
と思われるか もしれない。
そのような合意が常にあれば,た しかにその とお りなのであろ う。 しか し, 株主資本におけるいずれの項 目をどのように減少 させるのかについて,当事者 間で合意がなされないまま財産分配が行われる取引 として, 自己株式の取得が ある。 この取引 も財産分配に当たるが,多 くの場合,一部の持分について行わ れるOそのため,本章で取 り上げた,すべての持分に比例的な財産分配につい て とは異なる会計処理が考えられる うえに,前述の合意がないことが一層,そ の会計処理ひいては 「 区別」を多様にするとみ られるのである。そこで, この ことについては,章を改めて論 じることに したい。
‑ 2 5 ‑
第
3葦 ‑部の持分 に対す る財産分配 (自邑株式取引)における
「 払込 資本 と留保利益め 区 別 」 の多様性 一部の持分に対する財産分配 としての自己株式取引における 「 払込資本 と留 保利益の区別」の多様性は, とくに資本金 。資本準備金の減少の認識基準に起 因する ( 2 7 ) 。払込資本 と呼ばれ ることもある資本金 .資本準備金は,私見によれ ば,実質的に当事者間の合意それ 自体によって減少する とみ られ ( 2 8 ) ,理論上の 払込資本 とは異な り,財産分配それ 自体にもとづいて減少するのではない。た しかに,前述のように,払込資本の減少にも合意が絡む と思われるが,そ こで はあ くまで財産分配がきっかけになるのであって,合意だ けで払込資本が減る
ことはない。
自己株式の取得は,資本金 。資本準備金を減 らす とい う当事者間の合意がな いまま行われ得ること,主にそのことが,以下に述べてい くような 自己株式取 引における 「 区別」の多様性をもた らす と考えられるのである。 このことを明 らかにするために,本章では, もっぱ らわが国現行会計制度を念頭に置きなが ら,ただ し,企業会計基準第
1号 「自己株式及び準備金の額の減少等に関する 会計基準」( 平成 1 4 年 2 月 21 日,最終改正平成 1 8 年 8 月 1 1日,企業会計基準 委員会。以下では, ( 必要に応 じて最終 「 改正前」あるいは 「 改正後」を付 し て)自己株式会計基準 と呼ぶ)の内容に必ず しも縛 られずに ( 2 9 ) , 自己株式取引 について考えられるい くつかの会計処理について論 じる ( 3 0 ) 0
第
1節 自己株式について想定される払込資本額 を
資本金額 ・資本準備金額か ら間接控除する会計処哩
自己株式の取得については,まず,とくに会計の立場か ら主張 されてきた (し
たがって 自然 と考えられることが多い) と思われ る会計処理 として,その取得
顔 ( の一部)を資本金 。資本準備金か らの間接控除額にする, とい うよ うな会
計処理が説かれている ( 川.この会計処理の背後にある考え方を,本章の冒頭で
述べた私見に立って説明すれば,次のよ うになる。
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
この会計処理においては,前章第 1節でふれたような,各株式 ( 持分)につ いての払込資本額 ( 3 2 'が想定 され, さらに資本金 。資本準備金が払込資本 と見 立て られている ( 3 3 ) 。そのため,自己株式の取得 とい うかたちで一部の持分に対 する財産分配が行われた とき( 3 4 ) ,た とえ当事者間の合意がない場合であっても, 当該株式についての払込資本額 ( 自己株式の取得額 ( 財産分配額)の一部に相 当する金額)は減少 した と判断 され る ' 3 5 ) oそ して,この判断を表現するために, 当該金額が資本金 ・資本準備金か らの間接控除額 とされるわけである。 ここで は,資本金 ・資本準備金の減少の認識基準, とくに,それ らが財産分配それ 自 体によっては減少 しないことが考慮に入れ られているように思われる。そ うで なければ ,間接控除 とい う会計処理は選ばれないであろ う
(36).
とはいえ,そのよ うな間接控除によっても,会計上,資本金 ・資本準備金は 減少することになると思われる ( 3 7 ) 。固定資産についての減価償却累計額を,そ の取得価額か ら間接控除するとき,帳簿価額は当該減価償却累計額分だけ減少 するように,である ( 3 8 ) 。その点でこの会計処理は,資本金 。資本準備金の減少 の認識基準を満た しきれない。
そのこと自体 より, ここで重要なのは,本章 冒頭で述べた よ うに,資本金 ・ 資本準備金の減少について当事者間の合意がないことが,上の会計処理が考え 出される根拠になっていること,つま り,自己株式取引の会計処理ひいては 「 区 別 」 の多様性の根拠になっていることである ( 3 9 ) 。
第 2節 自己株式の取得額を
その他資本剰余金額 ・その他利益剰余金額か ら直接控除する会計処理 次に取 り上げたいのは, 自己株式の取得額 ( の総額)を,財産分配にもとづ いて減少 させることが可能な,その他資本剰余金 。その他利益剰余金の金額の みか ら直接控除する会計処理である
(40)。 この会計処理は,裏 を返 していえば,
自己株式の取得に伴 う財産分配額を,資本金 .資本準備金 (4利益準備金)の 金額か ら蕃接にも間接にも控除 しない会計処理である。 したがって, この会計
‑2 7 ‑
処理においては,資本金 ・資本準備金 (・利益準備金)の減少の認識基準が満 たされている。
そのような特徴をもつ, この会計処理 もやは り, とくに資本金 。資本準備金 が 自己株式の取得 とい う財産分配それ 自体によっては減少 しないか らこそ考え られてきた会計処理である といえる ( 4 1 ) 。つま り,本章冒頭で述べた ように,当 事者間の合意にもとづ く資本金 。資本準備金の減少の認識基準が, この会計処 理を導き出 し, 自己株式取引の会計処理を多様に している といえる。
ところで, この会計処理において もなお,その他資本剰余金 。その他利益剰 余金をそれぞれ どのように減少 させるかが問題 として残ると思われる ( 4 ㌔ ここ で, 自己株式の取得 とい うかたちでの財産分配, とい う事実だ けを手がか りと して会計処理が一義的に決ま らない とする と( 4 3 ㌔ それ らの減額方法については 当事者間の合意に委ねる とい うことも,
1つの方法 として考えられるように思 われる ( 4 4 ) 。当事者間の合意が根拠になって,資本金 。資本準備金 (・利益準備 金)か らの控除が行われないのだ とすれば,その他資本剰余金 。その他利益剰 余金か らの控除について も,当事者間の合意を根拠に してよい と思われる。む
しろ,そのほ うが一貫性があるようにも思えるのである。
それに対 して,上の第 1節の会計処理におけるの と同じような考え方を採 っ て
,自己株式の取得によってまず減少するのは,財産分配にもとづいて減少 さ せることができる,払込資本 と見立てたその他資本剰余金である ( 自己株式の 取得額が,その他資本剰余金の金額 を超える ときに,その他利益剰余金の金額 が減少する) , と考えることもできるか もしれない ( 4 5 ) 。 しか し,資本金 。資本 準備金は減少 させない とい うのでは,第
1節の会計処理の姿勢 と比べると不徹 底であ り,( 文字通 りの 「 資本剰余金 と利益剰余金の区別」の観点か らは ともか く
'46))「 払込資本 と留保利益の区別
」の観点か ら, どこまで意味があるのか疑 問が残る。
ただそれ も,あくまで第 1節の会計処理 と同様に,各株式 ( 持分)について
の払込資本額を想定 し, 自己株式の取得によって払込資本が減少するとい う考
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
え方に立つ限 りにおいて,であろ う。
た とえば,払込資本をいわば会社全体の元手 とみて,すべての持分について 比例的であるか,一部の持分に対す るかを問わず,財産分配が行われる ときに はまず留保利益 ( その他利益剰余金)を減 らす, とい う会計処理 も考え られな いわ けではないOまた,前章第
2節で述べた よ うな,「 区別」と特定の事業 とを 関連づける会計処理を, 自己株式の取得にも適用する場合には,資本金 。資本 準備金 (b利益準備金)を減少 させずに,その他資本剰余金 。その他利益剰余 金を減少 させ る会計処理 も正当化 し得る余地が残 る
(47)0
いずれに して も,本節の会計処理が,また多様な 「 区別」をもた らす とい う ことはいえるであろ う。そ してすでにふれた とお り,そ こか ら特定の 「 区別」
を決めるために,当事者間の合意が果たす役割は小 さくない と思 うのである。
なお,仮に本節の会計処理が採 られ る と, 自己株式の処分時には,通常の新 株発行時 と同様に資本金 。資本準備金を増加 させるのが 自然であるとい うよ う な見方がある H S ) 。この見方 に従えば,自己株式の取得 と処分 を行 うごとに,分 配可能額は減少 し,資本金 。資本準備金が増加することになる。見方によって は,その事態を避けることが,この会計処理を採 らない理由になるか もしれない。
第
3節 自己株式の取得額 を株主資本全体か ら間接控除する会計処理
自己株式取引についての会計処理の多様性 を表わす もの として最後に, 自己 株式の取得額 を,いわば暫定的に株主資本全体か ら間接控除する会計処理を取 り上げる。これは,原価法 と呼ばれる会計処理であ り
(49‑,自己株式会計基準に おいて採用 された ものであるとみ られ る ( 基準の文言 中で原価法 とい う用語は 使われていないが)
(50)0この原価法は, 自己株式取引に伴 う 「 区別」のあ り方を独特な ものにす る。
それを明 らかにするために, この会計処理については,他の会計処理について よりも一層,丁寧に検討することに したい。
‑29‑
本稿の見方 と原価法に もとづ く自己株式 「 取得 」 時の会計処理
本節 冒頭で述べた よ うな,原価法にもとづ く自己株式取得時の会計処理は, 本稿の見方 ( 「 区別」の決定について当事者間の合意が果たす役割に注 目する見 方)に立てば,次のよ うに説明することができる。
一部の持分に対する財産分配 としての自己株式取得が行われた とい う事実は, それだ けでは必ず しも,株主資本を構成するいずれの項 目の金額 をどのように 減少 させるのかを一義的に決めるような根拠にはな らない。 とい うのち,その 会計処理の決め手 となるのは当事者間の合意内容である と考え られ, 自己株式 の取得 自体は,そのような合意内容を表わ した り,伴 った りするわけではない か らである.そ こで, 自己株式の取得時には暫定的に,当該取得額 を,株主資 本における個別具体的な項 目か ら控除するための決め手がないことを表わす意 味で,株主資本全体か ら間接控除 してお くわけである。
後でふれるように, この他にも説明の仕方があ り得るのか もしれないが, 上
のよ うに,本稿の見方か らも原価法による自己株式の取得時の会計処理は説明 できるものであると思 う。 しか し他方で,次に述べるよ うに,その取得時の会 計処理の後に行われる,自己株式の処分時の会計処理については, 説明が難 しい。
本稿の見方 と原価法に もとづ く自己株式 「 処分
」時の会計処理
原価法によれば,自己株式の処分時には
(5日,保有中も引き続き暫定的な会計
処理を してある取得額を,その後に生 じる処分額か ら差 し引き,それ らの差額
を払込資本ない し留保利益の増減 として会計処理する ( プラスの差額であれば
払込資本ない し留保利益に加算 し,マイナスの差額であれば払込資本ない し留
保利益か ら減算する) 。ここでまず注 目したいのは,この会計処理を構成する下
の
3つの金額の関係である。
「 払込資本 と留保利益 の区別」の多様性 と当事者間の合意 による選定
「 イ ン ・フロー(
丑」 ( 払込資本お よび留保利益)
⇒ 「 ア ウ ト ・フロー」 (自己株式の取得額)
⇒ 「 イン 。フロー②」 (自己株式の処分額)
これ らの金額 は矢印 ( ⇒)が示す とお り,左上か ら右下,の順 に発生する。
原価法においては, 自己株式が処分 され る とき, 「 イン。 フロー②」か ら 「 ア ウ ト・フロー」が差 し引かれ るのである。
しか し, この会計処理は不 自然であるよ うに思える。 とい うの も, 「 ア ウ ト フロー
」は, 「 イ ン ・フロー①」があった ことを前提 として生ずるはずであ り ( その意味でこれ らは一連の取引であ り), したが って 「 イン 。フロー①」か ら
「 ア ウ ト。フロー」を差 し引 くのが 自然である と思われ るか らである ( 5 2 ) 。 本稿は,繰 り返 し述べてきたよ うに, 自己株式取引を含む財産分配の会計処 理の決定について, 当事者間の合意が果たす役害桐こ注 目している。 しか し,そ のよ うな見方 にあって も,原価法にもとづ く自己株式の処分時の会計処理を説 明す ることは難 しい。それは本稿において も,上述のフロー間の 自然な関係が 前提 としてまずあって,その うえで, 当事者間の合意内容が問題 になる と考え
られているか らである。
なお,原価法 については さらに,上述の差額 ( ‑自己株式処分額一 自己株式 取得額)をどのよ うに会計処理するのか ( プラスの差額であれば払込資本ない し留保利益にどの よ うに加算するのか,また,マイナスの差額であれば払込資 本ない し留保利益か らどのよ うに減算するのか) とい うことが議論の対象にな るOそ して,それ について示 されてきた結論は 1つではな く ( 5 3 ) , 自己株式取引 についての会計処理, さらに 「 区別」を,一層多様 にする要因 とな り得る.
ただ,そ もそ も,それ以前の 「自己株式処分額一 自己株式取得額」 とい う計 算 を説明できない本稿の見方か らは,それ らの差額の会計処理にど うい う意味 があるのか,ひいては,そ こか ら生まれて くる 「 区別」にどうい う意味がある のか もまた,説明が困難である。
ー31‑
本稿の見方 と原価法に もとづ く自己株式 「 消却」時の会計処理
原価法にもとづ く自己株式の処分時の会計処理はさらに, 自己株式が消却 さ れる場合の会計処理までふまえると,際立 ってみえる。原価法によれば, 自己 株式の消却が行われるとき,暫定的な会計処理を しておいたその取得額が,秩 主資本を構成する個別的な項 目か ら商接控除される ( 5 4 ) 。ここでは,同じ原価法 のもとでの会計処理であるにもかかわ らず, 処分時 とは異なって,上述のプロ‑
間の自然な関係が反映 されている ( 「 イン ・プロ…①」か ら 「 アウ ト。フロー
」が差 し引かれる)のである。
ただ, ここで確認 しておきたいことは,株式の消却 とい う事実それ 自体が, 株主資本を構成する個別的な項 目の金額 をそれぞれ どのように減少 させるかの 決め手になるわけではない, とい うことであるOその決め手は, ここまで と同 樵,当事者間の合意であると考え られる。
わが国では,株式の消却の際に,上述の会計処理の決め手 となる当事者間の 合意が得 られることとされてきた ( その現われが,「 改正前」自己株式会計基準 第
12項,第
44‑45項であった と解 される。その内容に関 しては本稿注
44参照) 0 その限 りにおいて,いいかえれば, 自己株式の消却に上述の当事者間の合意が 伴 う限 りにおいて,取得額についての暫定的な会計処理が解除され,確定的な 会計処理が行われると考え られるわけであるOそ して,その会計処理は上述の
とお り,本稿の見方か らみて, 自然である。
なお, この場合で も, ここまで明確に意識 してこなかったが,財のフロ‑そ のものによっては減少 しない資本金 4資本準備金 (。利益準備金)が計上 され ているときには,まず合意にもとづいてそれ らを減少 させ,それに伴って生 じ るその他資本剰余金 。その他利益剰余金か ら自己株式の取得額を差 し引 くとい
う会計処理が行われ ることになる。
以上のよ うに,原価法を本稿の見方か らみれば,上述の 「 ア ウ ト 。フロー
」を株主資本全体か ら暫定的に間接控除する点は認めることができるに して も,
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
当該 「 アウ ト。フロー」を 「 イン 。フロー②」か ら差 し引 く点は説明がつかな いO当該 「 アウ ト。フロー」はむ しろ,その原価法のもとで も自己株式の消却 時には可能であったように, 「 イン。 フロ‑①」を構成する株主資本の個別的な 項 目か ら,できれば早めに
(55 )控除され るのが 自然である。そのよ うな,いわ ば大枠の中で, 自己株式の取得 とい う事実 自体か ら具体的な会計処理が決まら ない としても,当事者間の合意によって,それを決めてもらえばよいであろ う( 5 6 ) .
自己株式会計基準による原価法の説明
原価法にもとづ く自己株式の処分時の会計処理は,本稿の見方か ら説明 しき れなかった。そこで, 自己株式会計基準による説明に目を向けてみ よう。同基 準においては前述の とお り,原価法が採 られているとみ られ, とくに自己株式 の取得か ら処分に至るまでの会計処理については,次のような説明が行われて いる ( なお,項数は 「 改正後」 自己株式会計基準のものである) 0
まず,自己株式の取得時の会計処理については
,「自己株式を取得 したのみで は発行済株式総数が減少するわけではな く,取得後の処分 もあ り得る点に着 目 し, 自己株式の保有は処分又は消却までの暫定的な状態であると考え,取得原 価で一括 して純資産の部の株主資本全体の控除項 目とする方法が適切であると 考えた
」(32項) と説明されている。そ して, 自己株式の取得 と処分について は,これ らを 「 一連の取引 とみて
(57)会計処理することが適切であると考えた」
(36
項) と説明されている ̀ 5 6 ) 。その うえで, 自己株式の処分時の会計処理につ いての説明
(37‑43項) と,消却時の会計処理についての説明
(44‑46項)が加 え られてい く。
上のような 自己株式会計基準による説明 と,本稿の見方 との相違点 としてま ず気づ くのは,同基準においては, 自己株式の取得額について暫定的な会計処 理を行 う根拠 として,当該株式が消却 されたか否か ( その取得後の処分があ り 得るか否か)に着 目されていることである。 しか し,それ らのことは,フロー
にもとづ く概念であるはずの払込資本および留保利益が減少 したか否か とい う
‑33‑
ことの直接的な根拠 にはな らない と思われ る。 自己株式が消却 されていない状 態 ( その取得後の処分があ り得る状態)は,株式について暫定的な状態 とはい えて も,フローについて暫定的な状態ではない ( 5 9 ) 。 したが って,上のよ うな根 拠だ けであれば,少な くとも前の第
2節におけるよ うな会計処理 ( 自己株式が 消却 されたか否か とは無関係に行える会計処理)を採れない ことはないはずで ある
(60)0
また, 自己株式会計基準では, 自己株式の取得 と処分 とを一連の取引 とみ る のが適切である と述べ られているが,前述の とお り,一連の取引 としての自然 な組合せは, 「 ア ウ ト。フロー」 と 「 イ ン 。フロー②」 ( 自己株式の取得 と処分) ではな く, 「 イ ン 。フロー①」 と 「 ア ウ ト。フロ‑」 ( 払込資本 。留保利益の存 在 と自己株式の取得)であろ う。 したが って, これ も前述の とお り,株主資本 がフローにもとづ く払込資本 と留保利益か ら構成 され る とみ る限 り, 「 イ ン・ フ ロー②」か ら 「 ア ウ ト フロー」を差 し引 く会計処理は不 自然である と思われ る.
それに伴 って,当該差引計算か ら生ずる 「自己株式処分差額」の会計処理 ( 当 該差額 を基本的にはその他資本剰余金の金額 に加減算する
(37‑43項参照
)̀61')にどうい う意味があるのかについて疑問がある とい うことも,すでに述べた と お りである ( ( ' 2 ‑ 0さらに,本稿の観点か らなお正当化の余地がある自己株式の消 去叩寺の会計処理 も,そのよ うな処分時の会計処理に整合性が求め られている限 りは ( 自己株式を消却する場合は,その取得額 を,まずはその他資本剰余金の 金額か ら控除す る
(44‑45項参照) ) ,説明が難 しい ( 6 3 ) 。
自己株式会計基準が原価法を採 っている理 由
このよ うにみて くる と, 自己株式会計基準 も必ず しも,原価法の正当化に成 功 していないよ うに思 える。 もっとも,それは,上述のよ うなフローにもとづ く 「 払込資本 と留保利益の区別」の観点か らだ けの,一面的な評価に とどまる のか もしれない。
とい うの も, 自己株式会計基準は,財のフローそれ 自体によっては減少 しな
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
い とい う,資本金 。資本準備金 (。利益準備金)の減少の認識基準を満たす点 で,成功 している といえそ うだか らである。部分的にはすでに述べてきたこと であるが, 自己株式の消却時,その取得額は,資本金 。資本準備金 (o利益準 備金)か ら間接的にも直接的にも控除されることはない ( 「 改正後
」1日 2項)
(64)。 また, 自己株式の処分時,その処分額か ら取得額が差 し引かれ,その差額 につ いて確定的な会計処理が行われ るが, この場合にも,資本金 。資本準備金 (・
利益準備金)が減額 され ることはない ( 「 改正後
」9‑10項) 。 このよ うに,原価 法によれば,本章第 1節の会計処理 とは異なって,資本金 。資本準備金 (。利 益準備金)の減少の認識基準を満たす ことができる ( 自己株式の取得額が,秩 主資本全体か ら間接控除 され る とはいえ,分配可能額 に収まる限 りで)0
さらに他方で,本章第
2節の会計処理が採用 される場合 と比較する と, 自己 株式の取得 と処分を通 じての分配可能額の減少が抑え られ る点 も,見方によっ ては評価 され得るのか もしれない ( 6 5 ) 。すでに述べた とお り,本章第
2節の会計 処理においては, 自己株式の取得額が全額,分配可能額の減少額 になるのが 自 然である とみ られ る。それに対 して原価法によれば, 自己株式の取得 と処分を 通 じての分配可能額 の減少は,取得額が処分額 と相殺 され る分だ け,いいかえ れば, 処分額相当額だけ分配可能額が復活ない し増加することになるのである( 6 6 ) O
自己株式取引による分配可能額 の減少が抑制 されれば, 自己株式会計基準が 設定 され るきっかけになった平成
13年
6月改正商法か らの,自己株式の取得規 制緩和の実効性が促進 され る ( た とえば,ス トック ◎オプシ ョンの行使に備え て 自己株式を取得 してお く, とい う取引を行いやす くなる)ようである
(67) 。 こ のことは, 自己株式会計基準が原価法を採 っている,最 も強い理由になってい るのではないかO原価法が十分には説明 しきれない処理である とすれば,その ような見方 もそれほ ど的外れではないよ うに思える。
このよ うな,会計処理それ 自体の問題 とは別の事情は ともか くとして も,わ が国においては, 自己株式取引について考え られ る多様な会計処理の うち原価
‑ 3 5 ‑
法が選ばれ,それによって独特かつ難解な 「 払込資本 と留保利益の区別
」が出 来上がることになっている。そ してその主要な原因の 1つはやは り,財産分配 ( 自己株式の取得)それ 自体ではな くて当事者間の合意に もとづいて減少す る と い う, とくに資本金 。資本準備金の減少の認識基準にある とみ られ る。 このこ
とが,本稿に とって, より重要な ことである。
第 4 葦 結 び
私見によれば,「 払込資本 と留保利益の区別」には,財産分配をめ ぐる,出資 者 ・経営者のための任意的 。個別的な次元における利害調整に役立つ側面があ り得 る
(68)。その見地か らは, 「 区別」の決定について当事者間の合意が一定の 役割を果たす ことも不思議ではない
̀69)0もっとも,当事者の合意 さえあれば,いかなる 「 区別 」 も,またそれ をもた らす会計処理 も認め られ る とい うことではない。た とえば,大方が否定す るで あろ う, 自己株式の処分 によって留保利益の金額 を増加 させる とい うよ うな会 計処理は,一般 に認め られた会計原則ない し会計基準に採 り入れない といった 方法で,当事者に適用 させない ようにする必要があろ う ( 「 改正後」自己株式会 計基準
40項参照)。それ によって残 る,一般に認 め られた会計処理は 自然 と, 適切な場面での適用 を通 じて9当事者間で納得が得 られやすい 「 区別」をもた
らす ものになる と期待 され る。
他方で, 「 区別」 には情報提供に役立つ側面 もある とみ られている m) 。その 見地か らは,「 区別」が当事者間の合意によって左右 され得 る とすれば,批判 も 生 じるか もしれない。
しか し,た とえば経営者が,出資者や債権者に対 し,その当事者間で納得が 得 られやす く,いいかえれば,利害調整が円滑になるよ うに,すでに述べた よ
うな 「 区別」 と特定の事業 とを関連づける会計処理を提案す ること等を通 じて
事業運営に関わる意図を伝 えることで,結果 として もその 「 区別」について合
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
意が得 られた としよう。 このように, 「 区別」のあ り方に当事者間の意図。 合意 が反映 されるとすれば,それを排除 して財産分配につき画一的な会計処理を適 用 させるより, その合意に直接的に関わることができない投資家等の主体にとっ て 「 区別
」の情報価値が高まる可能性,すなわち, より望ま しい情報提供が行 われ る可能性 もあるのではないか ( 7 日 。そ うであれば, 「 区別」が情報提供に役 立つ側面をもつ とみる見地か らも,そ こに当事者間の合意を関わ らせることを 一概に否定できないはずである。
その検証 o 確認は今後の課題になるとして,現段階ではまず,「 区別」のあ り 方,ひいては,その意義が多様であ り得ることが認識 されるべきであろ うO仮 に,特定の意義を期待 して,「 区別」のあ り方をその意義 に合わせるように限定 して しまえば,実際に 「 区別」はその意義だけしか もてなくなって しま うか も しれない。その前に,順序 としては,他の 「 区別」のあ り方 と意義が確認 され てよい。それによって,会計基準のレベルにせ よ,本稿が とくに注 目してきた 当事者間のレベルにせ よ, より合理的に 「 区別」のあ り方を選定できるように なるはずである。
そのような見方か ら,本稿は,わが国で現実に採 られているわけではない会 計処理 ( ただ しその場合は多少な りとも正当化できそ うな会計処理) も取 り上 げて, 「 区別」の多様性を論 じてきた。 これによって,わが国における 「 区別」
は,多様な 「 区別」の うちの独特な lつで しかな く, したが って,その意義 も また,唯一のものではないことを明 らかに してきたっ もりである。
その過程では,できるだけ具体的な会計処理の内容にまで立ち入る作業を怠 らないように意識 してきた。そ うしなければ
,「 区別」が利用 されていることは わかっても,なぜ利用 されているのか,「 区 別 」は何を表わ しているのかまでは わか らない可能性が高 くなると考え られるか らである。それがわか らなければ,
「 区別」の選定の合理性は,あ り得べき水準 よりも低 くな りかねない。このよう な事態をより確実に避けるには,上のよ うな作業が必要であろ う。
ところで,その作業を通 じて,当初の 目論見か らすると思いがけずに気づい
…37…
た ことがあるOそれは, 「 区別」に対 して一般 に共有 されている と思われ る見 方,すなわち,払込資本は元手を表わす金額であ り,留保利益はその元手か ら 得 られた ものを表わす金額である (したがって後者が基本的に財産分配の対象 額 となる) とい うような見方が,一般的 とみ られる会計処理においてさえ,ス トレー トに,あるいは,少な くとも単純に反映 されているわけで もない とい う ことである (とりわけ,本稿第
3章第
1節お よび第
3節,な らびに,注
2iお よ び 3 5参照) 0
本稿の冒頭で述べた ように,現状では,「 区別」の多様性についての意識は希 薄で,その決ま り方は多かれ少なかれ 自明ない し所与 とされているよ うに思わ れる。その原因はもしかする と9上の一般的な見方が,当然に会計処理にも反 映 されている とい う予断があるか らなのか もしれない. しか し,本稿の検討に よれば,その予断が必ず しも正 しくなかったわけである。「 払込資本 と留保利益 の区別」の意義をめぐる検討に,なお深まる余地が残 されている とあ らためて 思 う所以である。
注
(1)ここでは とくに,中村忠 『資本会計論 〔増訂版
〕
』白桃書房,昭和50
年,5
‑6貢,お よび, 伊藤邦雄 『会計制度 のダイナ ミズム』岩波書店, 1 996
年,23
頁 (両文献 における 「資本 と 利益の区別」の 「第 1の意味」
「第2
の意味」)参照O( 2)
「払込資本」 といえば,株式会社 における株主のよ うな出資者によって,企業 ・会社に払 い込まれた金額 を意味す るのが一般的になっている と思われ る。本稿で も, もっぱ ら,そ の意味での払込資本が想定 されている。ただ,本文で も後でふれ るよ うに
,
「払込資本 と留保利益の区別」の前段階 と位置づ けた「元入資本 と期 間利益の区別」のあ り方は多様である とみ られ,それ に連動 して
,
「払込資 本 と留保利益の区別」 も (本文で取 り上げてい く財産分配によっていわば後天的にではな く,先天的に)多様 になる と考え られている。 このことか ら,本稿においては,
「払込資本 と留保利益の区別」 にい う払込資本が,出資者 (株主)の払込み によるものだ けに必ず し も限定 され得 るわ けではな く, 国庫補助金 。工事負担金や新株予約権 の発行対価等の金額 も払込資本に含まれ得 る余地が残 されている。「払込資本 と留保利益の区別」 の多様性 と当事者間の合意に よる選定
要す るに本稿 は
,
出資者 (株主) に よって払い込 まれた金額 としての払込資本 を想定 し なが らも,それ を厳密 に定義す る とい う作業 には立 ち入 っていない。今後 に残 された課題 である。(3)伊藤,前掲書,22‑24頁参照。
(4)た とえば,斎藤静樹 「株式購入オ プシ ョンの会計基準 とその争点」『昏計』第170巻第 1 号 (2006年7月),野 口晃弘 「新株予約権 の表示方法 に内在す る会計 問題」『企業会計』第 58巻第9号 (2006年9月),お よび,乙改正太 ‑野 口晃弘 ‑須 田一幸 「新株予約権 の失効 に伴 う会計処理」 日本会計研究学会課題研究委員会 (委員長 須 田‑・幸)『会計制度の設計 に関す る実証研究 最終報告書』2006年9月,第 14牽参照。
実務対応報告第 19号 「繰延資産の会計処理 に関す る当面の取扱い」 (平成 18年8月
1
1日, 企業会計基準委員会)1
お よび3
(1)参照。(6)この こ とに関す る最近 の包括的な論功 として,万代勝信 「資本 ・利益 の区分 をめ ぐる歴 史的動 向 と理論一 資本取 引 と損益取 引の区分を中心 として」『企業会計』第 59巻第 2号
(2007年2月)参照。
(7)中村,前掲書,30‑32頁,76‑79頁,お よび,伊藤,前掲書,159‑160頁,第7章参照。
(8)厳密 には, 資本剰余金の金額 のみ を減 らす (わが 国現行会計制度 を想定 していえば,そ の他資本剰余金の金額 のみ を減 らす (資本金 。資本準備金の金額 は減 らさない))会計処理 である。 このこ とについては,本稿注 了に示 した文献 を参照 されたい。
( 9)
伊藤,前掲書,第7
章参照。( 1 0)
「区別」の意義 に関す る現時点までの検討 の,1
つの到達点であるよ うに思われ るokuda
,S. ,M.Sa ka ga mi ,a ndA.Shi i ba ,Va l ua t i o noft heP
rofi tAva i l a bl ef o rDi v ide nd
,日本会計研究学 会第64回大会 (2005年 9月), 自由論題報告配付資料,お よび,首藤 昭信 「債務契約 にお ける留保利益比率の意義」 日本会計研究学会課題研究委員会 (委員長 須田一幸)『会計制 度 の設計 に関す る実証研究 最終報告書』2006年9月,第9章 を参照。(
ll)野 口晃弘 「会社法計算規定 と資本会計 における諸 問題」 日本会計研究学会課題研究委員 会 (委員長 須 田一事)『会計制度 の設計に関す る実証研究 最終報告書』2006年9月,節 20章,395頁では, 同様 の問題意識が もたれている よ うに も思われ るが,他方でその意識 は,多様であ り得 る 「区別」 のあ り方 ・意義か ら, よ り合理的な ものを選び出そ うとす る 意識 とい うよ りは,特定 の意義 に 「区別」 のあ り方を合わせてい こ うとす る意識の よ うに み える。それ についての私見は,本稿第4
番の結びで示す ことにす るO(12)これ ら2つの財産分配に焦点 を絞 るこ とについては,江東審治郎 『株式会社法」]有斐閣,
‑
39‑
2006 年,234 頁,神 田秀樹 『 会社法 〔 第 8 版〕 』弘文堂,2006 年,249 頁,な らび に,企業 会計基準第
1号「自己株式及び準備金の額 の減少等に関す る会計基準」 ( 平成 1 4年 2 月 21
日,最終改正平成 1 8 年 8 月 1 1乱 企業会計基準委員会),第 29 項お よび第 33 項参照O ( 1 3) ここでは とくに, 中村,前掲書,27‑ 28 頁,30‑ 32頁,お よび,伊藤,前掲書,第 7 章参
照。
( 1 4)ここでは とくに,江東憲治郎他 「 連載 改正会社法セ ミナー 〔 第 4回〕pa r t l自己株式④」
『ジュ リス ト」 ]第 1 251
号( 2003 年 9 月 1 日) , 50‑ 53 貫参照。
( 1 5)最近では,た とえば,野 口,前掲論文,393‑ 394頁参照。
( 1 6)あるいは,本文で次に述べ るよ うに持分が 2つ以上である場合であって も,そのすべて を 1つの主体が所有 している場合 を考 えれば, よ り理解 しやすいであろ う。
( 1 7) 「 全般 について」 とは,まず持分が 1つの場合,そ して持分が複数で も 1 つの主体がそ れ らをすべて所有 してい る場合 ( 本稿注 1 6 参照) , さらに複数の持分 を複数 の主体が所有
している場合の 「 全般 について」, とい う意味である。
( 1 8) なお,本文では考 え られていないが,複数 の持分が, 同 じ権利 内容であって も,異なる タイ ミングで,ない し,異 なる発行価額 ・払込金額 で発行 され てい るよ うな場合 まで考 え る と,持分 に比例的 に留保利益 を減少 させ る会計処理 を画一的に用 いて よいのか, 見解は 分かれ るか もしれ ない ( ここでは詳 しく論 じる余裕 はないが, た とえば, 中村,前掲書, 30‑ 32 頁お よび 76‑ 79 頁 ( 発行持分説お よび主体持分説) ,伊藤,前掲書,56‑ 60頁 ( 持分均 衡理論) , 1 59‑ 1 60頁お よび第 7章 ( 発行持分説お よび主体持分説) ,な らび に,野 L l晃弘
「 商法改正 と資本会計 の再構築」『 合計』第 1 62 巻第 5
号( 2002 年 1 1月) ,2
ト22頁,注 ( 1 0) ( いわば,株主 ご との 「 払込資本 と留保利益 の区別」)を参照 されたい。 ちなみ に, この よ うな複雑なケースにまであま り気を配 らな くて済むのは,わが 国において も,いわゆ る株 主平等 の原則 ( 神 田,前掲書,63 頁に よれ ば,正確 には 「 株式平等の原則」)が採 られてい るおかげではないか と思 う) 0
とはいえ,それ らいずれ の見解 において も,払込資本は元手 を表わす金額であ り,留保 利益 はその元手か ら得 られた ものを表わす金額である, とい う一般的な見方 においては一 一 致をみているよ うに思われ る ( これ について も,上記の文献 を参照 されたい) 0
( 1 9)弥永真生教授は, 「 剰余金 と会社財産 との間に個別のひ も付 き関係はない
」(『「 資本」の
会計一 商法 と会計基準の概念の相違』中央経済社,平成 1 5 年,1 93 頁)と述べてお られ るO
それ に対 して,本文で説明 した会計処理 においては,払込資本お よび留保利益 と,特定の
事業 に関わる財産 ( 資産)との間 ( 貸借対照表 の貸方 と借方 との間)の 「 ひ も付 き関係」が
まった くない とはいえないであろ うOそのよ うな違いは,本文では ( フローに もとづ く)紘
「払込資本 と留保利益の区別」の多様性 と当事者間の合意による選定
込資本お よび留保利益が想定 されているのに対 して,弥永教授は (ス トックにもとづ く)純 資産が資本金・準備金を超える金額 としての 「剰余金」を想定 してお られるか ら (弥永,節 掲書
,4‑ 6
頁参照)ではないか と思 う。いずれに しても
,
「ひ も付き関係」はまった く考え られないわけではないのであろ う。そ うであれば,それを考えようとするのか しないのか もまた,異なる 「区別」を生み出す こ とになる。なお,その 「ひ も付き関係」を考えるか否かはさらに,貸借対照表の表示方法にも影響 を与え得ると恩われるが, ここでは,その間題には立ち入 らない。
( 20)
配当平均積立金のよ うに,事業 と関連づけられるのではな く,財産分配のために計上 さ れるものは, ここでは考えられていない。( 2
1)この会計処理 と比較する と,荊述の, 自然 とみ られている会計処理 (一律に留保利益を 先に減 らす会計処理)は一見,払込資本お よび留保利益を特定の事業 と関連づけるのでは な く, とくに払込資本のほ うをいわば会社全体の元手 と考える会計処理のよ うにみえるか もしれない。た しかに,すべての持分に比例的な財産分配が行われる ときには,そのよ う にみることができるか もしれないが,一部の持分に対する財産分配 (自己株式の取得)が 行われる ときにまで,一貫 してそのよ うにみることができるわけではない. このことにつ いては,次の第3
章第1
節および注35
参照。( 22)
その他に考えられる根拠 について,野札 前掲 「会社法計算規定 と資本会計における諸 問題」,389‑ 391
頁参照。( 23)
本文で説明 した会計処理の他に,税法における,いわゆるプロラタ計算のように,財産 分配額を払込資本お よび留保利益か ら按分的に差 し引 く,いいかえる と,払込資本お よび 留保利益を ともに減少 させる会計処理 も考えられる (た とえば,宮崎裕子‑岩崎友彦‑辛 川雄士 「新会社法下における企業組織 と租税法( 6
・完) 剰余金の配当」『商事法務』第1 781 号 ( 2006 年 1
1月5
日), 38‑ 40
頁参照)O このよ うな会計処理 も,税法上,
「区別」に もとづ くもの と考えられているよ うであるが,そ もそ も,それを支える配当課税の考え方 にどこまで合理性があるのか,まった く疑問がないわけではない (た とえば,大 日方,節 掲書,第7章参照)。そのため本文では, この会計処理を取 り上げなかった。なお,これ と一見頬似する会計処理は,一部の持分に対する財産分配 (自己株式の取得) についても考え られ るが,その根拠 (次の第
3
章第1
節参照) と,本節で取 り上げている, すべての持分に比例的な財産分配にも適用 され る税法上のプロラタ計算の根拠 (宮崎‑岩 崎=平川,前掲論文, 38‑ 40
頁参照) とは異なるO( 24)
当事者は,時代や国,状況によって異な り得るであろ うが,ここでは現在のわが国のこ‑41‑
とが想定 され ている。本稿注
25
も参照 されたい。( 25)
ここでは とくに,法定の決議や手続 きだ けが想定 され ているわ けではないが,それ で も た とえば,平成1 7
年改正前商法375
条,376
条,289
条等,な らびに,平成1
7年制定会社 法447
条,448
条,449
条等 を参照す る と,イ メージは浮かびやすいであろ うO他方で,覗 確 に私的 ・任意的な次元で本文にお けるよ うな当事者 間 (とくに,企業 (本稿でい う出資 者お よび経営者) と債権者 との間)の合意 を考 える文献 として, た とえば,須 田一幸 『財 務会計の機能‑理論 と実証』白桃書房,2000
年,33‑ 3 4
頁,お よび,野 口晃弘 『条件付新株 発行の会計』 白桃書房,2004
年,401 41
頁 も参照 されたい。( 26)
財産分配についての会計処理 に, とくに出資者相互間の合意, さらに,出資者 と経営者 との間の合意が関わ る とい う本稿の見方 に とっては,安藤英義 『新版 商法会計制度論』白 桃書房, 1 997
年,第5
章が手がか りにな っている。( 27)
厳密 には,資本金 ・資本準備金 に加 えて,利益準備金の減少 の認識基準 も, 自己株式取 引にお ける 「区別」 を多様 にす る要 因になるOただ,本文で後述す るよ うに, 自己株式の 取得 によって, まず は払込資本 を減少 させ る会計処理が会計 の立場か ら自然である と考 え られ てきた とみ られ,その考 え方に とっては,払込資本 と見立てた資本金 。資本準備金の 減少 の認識基準が,最 も重要な論点 となるよ うに思われ る。その よ うな見方か ら,本文で は とくに,資本金 。資本準備金 を取 り上げている。( 28)
具体的な手続 き等 については,本稿注25
で も示 したが,平成1 7
年改正前商法375
条,376
条,289
条等,な らび に,平成1 7
年制定会社法447
条,448
条,449
条等参照。( 29)
なお,同基準 と密接 に関連す るもの として,企業会計基準適用指針第2
号 「自己株式及 び準備金の額 の減少等 に関す る会計基準 の適用指針」 (平成1 4
年2
月21
日,最終改正平成1 8
年8
月1
1日,企業会計基準委員会O以下では,自己株式会計基準適用指針 と呼ぶ)もあ る。 この 自己株式会計基準適用指針 には, 固有の論点 (た とえば,対価が金銭以外である 場合の 自己株式取得額 の算定等) も含 まれているが, ここでは,その うち本稿で とくに注 目され る認識基準 に関わ る指針( 5
項)等に必要 に応 じてふれ るに とどめ,もっぱ ら取 り上
げるのは, よ り基礎的な,対価が金銭である場合 を想定す るだ けで読む こ とができる (し たがって比較的,本稿 の問題意識か ら離れず に済みそ うな)基準本体 とす る。( 30)
ただ し,本稿 の課題 に滴 らして,
「払込資本 と留保利益 の区別」 に直接的に関わ る,い わゆる資本取引 として 自己株式取 引を扱 う会計処理だ けを取 り上 げ, いわゆ る資産説 は取り上げない。