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《創価 大学文学研 究科博士論文(社 会 学):審 査報 告概要》
中 国 の土 地 改 革
そ の意 義 と限界
葛 建廷
1.論 文 内容 の 要 旨
本 論 文 は,1928年 に湖 南 ・江 西 辺 界 ソ ビエ トが 毛 沢 東 に よ って形 成 され た 時 期 を 中 国共 産 党 に よ る土 地 革 命 の 出 発 と し,そ の後 の 抗 日戦 争 期,国 共 内 戦 期 に い た る1950年 代 ま で の 時 期 を 対 象 と し,主 と して 華 北,東 北 地 域 に お け る土 地 改 革 の 資 料,デ ー タ を丹 念 に調 べ る実 証 的 研 究 に よ って,中 国 土 地 改 革 に関 す る通 説 を覆 して い っ た,質 の 高 い研 究 論 文 で あ ろ う。
全 体 の 目次 は 以 下 の よ う に な って い る。
序 章 課 題 と方 法 は じめ に
第1節 中 国 土 地 革 命 研 究 の今 日的 意 義 第2節 先 行 研 究
第3節 本 論 の 構 成 第4節 方 法 論 と資 料
第5節 概 念 ・こ とば ・数 字 に つ い て 第1章 孫 文 の 土 地 思 想 の 分 析
第1節 三 民 主 義 の諸 矛 盾 と解 決 の 方 法 第2節 民 生 主 義 と 「平 均 地 権 論 」 第3節 民 生 主 義 の発 展 と 「平 均 地 権 論 」 第4節 「耕 者 有 其 田」 の 形 成
第5節 「耕 者 要 有 其 田」 と 「平 均 地 権 論 」 第2章 土 地 革 命 時 期 の土 地 改 革 分 析
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第1節 毛 の 土 地 革 命 路 線 の成 立 第2節 事 例 と して の 陳 西 の農 村 第3節 緩 徳 と米 脂 の土 地 所 有 状 況 第4節 土 地 の 小 作 関係
第5節 土 地 の 所 有 権 変 動 と そ の 趨 勢 第6節 土 地 所 有 権 の紛 争
第7節 農 村 お け る 階級 関 係 第3章 抗 日戦 争 時 期 の土 地 政 策
第1節 抗 日戦 線 と土 地 問 題
第2節 土 地 没 収 か ら減 租 減 息 へ の 転 換 第3節 「土 地 政 策 に 関 す る指 示 」 第4節 国共 合 作 の成 立,土 地 没 収 の 停 止 第5節 解 放 区 の 土 地 政 策
第6節 減 租 減 息
第7節 減 租 減 息 政 策 の 展 開 と問 題 点 第4章 解 放 戦 争 時 期 の土 地 改 革
第1節 反 好 運 動 と生 産 方 式 第2節 減 租 減 息 継 続 の 意 味 と限 界 第3節 五 四 指 示
第4節 す べ て の 農 民 の 「翻 身 」 第5章 中 国土 地 法 大 綱 の 特 徴 と性 質
第1節 「土 地 法 大 綱 」 の特 徴
第2節 「土 地 法 大 綱 」 規 定 の 極 左 的傾 向 と そ の 是 正 第6章 農 村 革 命 の 終 結
第1節 是 正 へ の 序 曲
第2節 中農 保 護 の原 則12月 会 議 と毛 報 告 第3節 左 傾 に よ る損 失 の 認 識 任 弼 時講 話 第4節 老 区,半 老 区,新 区 の 区 別
第5節 絶 対 均 分 政 策 の 放 棄 第6節 急 進 主 義 の終 息
中国の土 地改 革159
第7節 中 国 当 時 土 地 改 革 の理 論 第8節 農 村 革 命 の終 結
第7章 日中 比 較 の 視 点 か ら み る 中 国 土 地 改 革
第1節 日本 戦 前 の農 地 問 題 農 地 改 革 の必 然 性 第2節 日本 第 一 次 農 地 改 革
第3節 日本 第 二 次 土 地 改 革
第4節 日本 農 地 改 革 の 歴 史 的 な 意 義 と限 界 第5節 日本 改 革 の 目標
第6節 中 国 土 地 改 革 の 目標
第7節 農 地(土 地)改 革 の 日中 比 較 論 中国 土 地 改 革 欠 点 終 章
第1節 農 村 革 命 の方 法 論 につ い て 第2節 土 地 改 革 の意 義
2.論 文 審 査 の 要 旨
審 査 委 員 は,本 論 文 を精 読 し,以 下 の よ うに 評 価 した。
本 研 究 は,表 題 の テ ー マ につ い て 日 中米 な どの 先 行 研 究 を 積 み上 げ,中 国 で一 般 的 に主 張 され て き た 中 国革 命 は 共 産 党 の 主 導 した 土 地 革 命 を農 民 が支 持,広 範 な農 民 の 支 持 を 基 盤 に 内戦 に勝 利 した とす る通 説 を 従 来 の 研 究 業 績 か ら も跡 付 け た 。 そ の上 で 著 者 は,延 安 地 域 の 土 地 革 命 資 料 を発 掘 し,そ の 詳 細 な 検 討 に よ って,実 際 に行 わ れ た の は農 民 が 求 め た 土 地 均 分 で あ っ て, 土 地 の 国 有 化 で は無 か った こ と。 貧 農 路 線 の 急 進 政 策 は農 業 生 産 性 を 逆 に低 下 させ,生 産 力 を 引 き上 げ る と い う改 革 本 来 の 目的 と相 反 す る結 果 を 招 い た こ と。 実 際 に は 共 産 党 土 地 改 革 は 強 大 な 政 治 的 破 壊 力 を 発 揮 し中 国 の 伝 統 的 農 村 社 会 の権 力 構 造 を破 壊 しつ く した こ とを 明 らか に して い る。 通 説 を新 資 料 の 発 掘 に よ り新 た な解 釈 を 提 起 す る と い う典 型 的 な 国 際 関 係 論 研 究 で あ る
と言 う こ と が で き る。
本 論 文 で は,中 国 伝 統 の 「平 均 地 権 論 」 な どを 検 討 した 上 で,日 中 両 国 に 限 らず 英 文 文 献 も含 め 中 国 土 地 改 革 の 先 行 研 究 を 集 約,要 領 よ く論 点 を整 理 して 農 地 改 革 の 成 果 は革 命 戦 争 の 帰 趨 を 決 定 した と の現 在 の 通 説 を丹 念 に再
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確 認 して い る。 先 行 研 究 を 十 分 に 積 み 上 げ た研 究 姿 勢 は 高 く評 価 で き る。
ま た 著 者 の 問 題 意 識 が 中 国 農 地 改 革 問 題 に一 貫 して集 約 され て い る こ と も 評 価 され よ う。 筆 者 は修 士 論 文 研 究 で,中 国土 地 改 革 を 戦 後 日本 の農 地 改 革
との 比 較 の視 点 か ら明 らか にす る意 図 を も って,修 士 論 文 「日本 の農 地 改 革 一 そ の 意 義 と限 界 一 」 を 執 筆 した。 そ こ で 日 中 の農 地 改 革 を 「上 か らの改 革,下 か らの 改 革 」 とい う視 点 で 捉 え よ う と考 え,占 領 軍 に よ る 日本 の 農 地 改 革 を 上 か らの 改 革,共 産 党 に よ る中 国 土 地 改 革 を農 民 の 要 求 に よ る下 か ら の 改 革 と して 把 握 しよ う と考 え た。 しか し現 実 の 農 地 改 革 は そ れ ほ ど単 純 な 運 動 で は無 く,日 本 の農 地 改 革 は実 は 「下 か らの 改 革 」 で は あ った の で は な い か との 結 論 に 達 す る。 筆 者 は 中 国 土 地 改 革 の 定 説 自体 に 疑 問 を抱 き,そ の 解 明 の た め に本 研 究 を 開始 して い る。
筆 者 の 比 較 の 視 点 は,中 国 改 革 政 策 自体 の評 価 に影 響 す る だ け で な く,今 後 追 求 さ れ る で あ ろ う東 ア ジ ア共 通 の 農 業 政 策 の 基 本 的 フ ォ ー マ ッ トに も結 び つ く重 要 な テ ー マ で あ る。 今 後 の 研 究 の深 化 と展 開 が 期 待 さ れ る。
ま た 筆 者 は,中 国 土 地 改 革 の革 命 戦 争 に お け る意 義 を,経 済 的合 理 性(生 産 力 の 拡 大)や 革 命 の大 義(土 地 国 有 化 ・公 有 化)で は な く,政 治 権 力 争 奪
と従 来 の 中 国社 会 の 権 力 構 造 破 壊 に 帰 結 させ て い る。 さ ら に農 民 が 求 め る 自 身 と家 族 の安 全 が,土 地 改 革 以 上 に 内 戦 の帰 結 を 決 定 す る重 要 な要 素 で あ っ た と主 張 した。 この 視 点 も従 来 の土 地 改 革 研 究 に付 け加 え られ た重 要 な 要 素 で あ ろ う。 農 民 自身 の心 理 を 組 み込 ん だ 分 析 は,現 時 点 で は実 証 性 の 面 で不 十 分 で は あ る が 今 後 の研 究 の 発 展 に 資 す る で あ ろ う。
以 上,本 論 文 は課 題 も少 な くは な い もの の,論 文 全 体 と して は,通 説 を適 確 に 整 理 し,新 た に発 掘 した 一 次 資 料 か ら得 られ た独 自の 分 析 と見 解 を加 え, 中 国 革 命 に与 え た 中 国農 地 改 革 の役 割 ・機 能 に 新 た な解 釈 を 加 え た 優 れ た論 文 で あ る と評 価 で き る。
同 時 に,以 下 の よ うな課 題 も指 摘 で き る。
筆 者 は,中 国 農 民 を も っぱ ら革 命 戦 争 の客 体 と して把 握 して い る。 しか し 農 民 自身 の 中 に も知 識 層 は 存 在 した は ず で あ り,革 命 戦 争 と農 民 の 関 係 を更 に 詳 細 に分 析 す る必 要 が あ る。 「上 か らの 革 命 」 「下 か らの 革 命 」 とい う見 方 に も現 れ て い るが,単 純 な 二 極 対 立 的 な と らえ 方 で は な く,よ り詳 細 な 社 会
中国の土 地改 革161
階 層 の 分 析 が必 要 と さ れ よ う。
ま た 第7章 「日 中比 較 の 視 点 か ら見 る 中 国土 地 改 革 」 で 主 張 さ れ る 「日本 農 地 改 革 は,軍 国 主 義 の 社 会 的 基 盤 で あ った地 主 制 度 解 体 の た め」,「中 国土 地 改 革 は地 主 制 度 を基 盤 とす る封 建 的社 会 制 度 を解 体 す るた め」 の主 張 は少 々 説 明 不 足 で あ り,明 快 な議 論 と論 点 の 提 起 が必 要 で あ る。 さ らな る筆 者 の研 究 と表 現 力 の 向 上 が 期 待 され る。
本 論 文 は筆 者 の 創 価 大 学 大 学 院 に お け る6年 間 の優 れ た 研 究 成 果 で あ る。
大 学 院 進 学 後 は,勉 学 と研 究 だ け で な く学 外 学 会 に お い て も積 極 的 に活 動 し, 内 外 の 学 者 と交 流 した。 帰 国 後 も継 続 した研 究 の 発 展 と学 術 交 流 が 期 待 で き る。
公 開 発 表 会 お よ び最 終 試 験 に お い て い くつ か の 問 題 点 や 課 題 が提 起 さ れ た が,葛 建 廷 君 は 的 確 か つ妥 当 な 回 答 を 行 い,さ ら に今 後 の 研 究 の方 向 性 も示
した 。
※ 以 上 は,創 価 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 委 員 会 に 提 出 さ れ た2012年1月11日 付 文 書 の 抜 粋 ・要 約 で あ る。
(文 責 ・主 査 林 亮 ・創 価 大 学 文 学 部 教 授)
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《創価 大学文学研 究科博士論文(社 会 学):審 査報 告概要》
新 生 ロ シアの ナ シ ョナル ・アイ デ ンテ ィテ ィー 再 構 築 を め ぐる諸 問 題
「国民正教」体制形成過程を中心とする国際社会学的考察
宮 川 真 一
Modernization,SecularizationandReligion:
AReconsiderationstandingintheAgeofCrisis NAKANOTsuyoshi
1.論 文 内容 の 要 旨
本 論 文 は,学 位 請 求 者 の 長 年 に わ た る現 代 ロ シ ア研 究 の 成 果 を基 礎 に,ソ ビエ ト連 邦 崩 壊 後 の ア イ デ ンテ ィテ ィー ・ク ライ シ ス の 状 態 か ら,ロ シ ア正 教 会 が 復 活 し,ロ シ ア 国 家 と ロ シア 正 教 との正 教 融 合 関 係 と もい うべ き 「国 民 正 教 」 体 制 お よ び 「国 民 正 教 」 イ デ オ ロ ギ ー が 新 た な ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィ テ ィー の 核 と して形 成 さ れ て きた こ とを 解 明 した もの で あ る。 全 体 の 構 成 は以 下 の とお りで あ る。
序 章 本 論 文 の 問 題 設 定 第1節 本 論 文 の 対 象 と 目的
第2節 本 論 文 の テ ー マ を め ぐ る先 行 研 究
第3節 本 論 文 の 方 法 的 視 座 国 際 社 会 学 と して の ロ シ ア地 域 研 究 第4節 本 論 文 の 構 成
第 一 部 問題 提 起
第1章 新 生 ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィテ ィー 一 分 裂 と崩 壊 一 第1節 問題 の 所 在
第2節 ナ シ ョナル ・ア イ デ ンテ ィ テ ィー と は何 か
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第3節 思 想 的 ア イ デ ンテ ィテ ィー 第4節 地 政 学 的 ア イ デ ン テ ィテ ィー 第5節 政 治 的 ア イ デ ンテ ィ テ ィー 第6節 宗 教 的 ア イ デ ンテ ィ テ ィー 第7節 民 族 的 ア イ デ ンテ ィ テ ィー 第8節 小 括
第 二 部 現 代 ロ シ ア に お け る ロ シア 正 教 会 の 台 頭 第2章 今 日の ロ シ ア正 教 会 と 国家 ・社 会
第1節 問題 の 所 在 第2節 ロ シア 正 教 会 小 史
第3節 ロ シア 正 教 会 と ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ン テ ィテ ィー 第4節 ロ シア 正 教 会 と国 家
第5節 ロ シア 正 教 会 と社 会 第6節 小 括
第3章 ロ シア 正 教 ナ シ ョナ リズ ム と反 カ ト リ ック政 策 ・運 動 第1節 問 題 の 所 在
第2節 現 代 ロ シ ア ・ナ シ ョナ リズ ム の構 図
第3節 ロ シア 正 教 会 にお け る ロ シ ア正 教 ナ シ ョナ リズ ム
第4節 ロ シア 正 教 会 外 郭 団体 に お け る ロ シ ア正 教 ナ シ ョナ リズ ム 第5節 ロ シア 極 右 団体 に お け る ロ シ ア正 教 ナ シ ョナ リズ ム 第6節 現 代 ロ シ ア に お け る反 カ トリ ッ ク政 策 ・運 動 第7節 小 括
第 三 部 上 か らの 「国民 正 教 」 体 制 形 成 と正 教 の 中心 化 過 程 第4章1997年 宗 教 法 と政 教 関 係 の 変 容
第1節 問題 の 所 在
第2節1990年 宗 教 法 の 特 徴 第3節1990年 宗 教 法 改 正 の動 き 第4節 改 正 賛 成 派
第5節 改 正 反 対 派
第6節1997年 宗 教 法 の 成 立
新 生 ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィ テ ィー 再 構 築 を め ぐる 諸 問 題165
第7節1997年 宗 教 法 の 特 徴 第8節1997年 宗 教 法 の 運 用 第9節 小 括
資 料 「良 心 の 自由 お よ び宗 教 団 体 に 関 す る」 ロ シ ア連 邦 法
第5章 公 教 育 に お け る正 教 教 育 の 導 入 一 「正 教 文 化 の 基 礎 」 コー ス を事 例 と して 一
第1節 問題 の 所 在
第2節 世 界 の 公 教 育 にお け る宗 教 教 育 第3節 現 代 ロ シ ア に お け る教 育 政 策 の変 化 第4節 現 代 ロ シ ア の 公 教 育 に お け る宗 教 教 育 第5節 「正 教 文 化 の 基 礎 」 コー ス
第6節 小 括
第 四 部 下 か らの 「国民 正 教 」 体 制 形 成 と非 正 教 の周 辺 化 過 程 第6章 極 右 団 体 「ロ シア 民 族 統 一 」 と反 ユ ダ ヤ主 義
第1節 問題 の 所 在
第2節 「ロ シア 民 族 統 一Jの 社 会 的性 格 第3節 「ロ シア 民 族 統 一 」 の 運 動 形 態 第4節 人 種 主 義 的 「民 族 共 同体 」 思 想
第5節 「ナ シ ョナ リズ ム」 と 「社 会 主 義 」 の結 合 第6節 正 教 と異 教 の 習 合
第7節 反 西 欧 文 明 と メ シ ア ニ ズ ム 第8節 小 括
第7章 新 宗 教 運 動 と反 カ ル ト運 動 一 オ ウ ム真 理 教 を事 例 と して一 第1節 問題 の 所 在
第2節 現 代 ロ シ ア に お け る オ ウム 真 理 教 の 活 動 第3節 反 カ ル ト運 動(社 会 次 元)
第4節 反 カ ル ト報 道(意 識 次 元) 第5節 反 カ ル ト政 策(政 治 次 元) 第6節 ノ」寸舌
資 料 ① オ ウ ム真 理 教 関 連 年 表
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資 料 ② 世 界 の 反 カ ル ト団 体 一 覧
第8章 第 二 次 チ ェチ ェ ン戦 争 と反 イ ス ラ ム報 道 一 マ ス メデ ィア の憎 悪 表 現 を事 例 と して一
第1節 問題 の 所 在 第2節 偏 見 と憎 悪 表 現
第3節 マ ス メ デ ィア の チ ェ チ ェ ン報 道 第4節 米 国 同 時 多 発 テ ロ事 件(2001年) 第5節 モ ス ク ワ劇 場 占拠 事 件(2002年) 第6節 ロ シア 連 邦 下 院 選 挙(2003年) 第7節 北 オ セ チ ア学 校 占拠 事 件(2004年) 第8節 北 オ セ チ ア学 校 占拠 事 件1年 後(2005年) 第9節 小 括
終 章 結 論 と課 題
第1節 各 章 の 要 約 と解 明 点 第2節 本 論 文 の 結 論 第3節 今 後 の 課 題 と展 望 主 要 参 考 文 献 ・資 料 一 覧 あ とが き
2.論 文 審 査 の 要 旨
審 査 委 員 は,本 論 文 を精 読 し,以 下 の よ うに 評 価 した。
1991年 の社 会 主 義 体 制 崩 壊 後 に成 立 した ロ シ ア連 邦 は,ロ シ ア民 族 中心 の 新 生 国 家 と して 幾 つ か の課 題 に直 面 して い た。 そ の 中 で も,そ れ ま で 多 様 な 民 族 を 理 念 的文 化 的 政 治 的 に統 一 して き た社 会 主 義 ・マ ル ク ス主 義 的 イ デ オ ロギ ー が 廃 棄 され,ソ ビエ ト共 産 党 に よ る独 裁 体 制 が崩 壊 した後,い ま だ広 大 な 領 土 に住 む 多 数 の 国 民,複 数 の 民 族 を,い か に して 統 治 し,い か に して 国 民 と して の新 た な ナ シ ョナル ・ア イ デ ンテ ィテ ィ ー を 構築 して統 合 して い
くか と い う問 題 が,最 大 か つ 喫 緊 の 課 題 の一 つ で あ った。
本 論 文 は,こ の 新 生 ロ シ ア連 邦 に お け る 国民 統 合 の原 理,ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ン テ ィテ ィー が,い か な る要 素 と過 程 に よ って 再 構 築 され て き た か と い
新 生 ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィ テ ィー 再 構 築 を め ぐる 諸 問 題167
う重 要 か つ マ ク ロな 課 題 に取 り組 ん だ 意 欲 的 な 研 究 で あ る こ と を,ま ず 高 く 評 価 す る。
そ の 研 究 方 法 と して,従 来 の多 くの 研 究 が,歴 史 学,政 治 学,法 学 な ど の 単 一 学 問 領 域 に お け る一 面 的,部 分 的 に論 じた も の が 多 か っ た点 を 克 服 し, 宗 教 学,社 会 学,文 明論 な ど の成 果 を 取 り込 ん だ 「地 域 研 究 の 国 際 社 会 学 」 に,グ ロ ー カ リゼ ー シ ョ ン と い うダ イ ナ ミズ ム と関 連 づ けて 論 じ る と い う, 学 際 的 か つ 複 合 的 な 分 析 枠 組 み を形 成 して い った 点 も,従 来 の研 究 枠 組 み を 超 え た 斬 新 な方 法 的 視 座 と して評 価 で き る。
グ ロ ーバ ル 化 が 進 展 す る現 代 世 界 で は,各 国 に伝 統 宗 教 の 復 活 が 観 察 さ れ, ロ シア に お い て も社 会 主 義 体 制 下 で 抑 圧 さ れ て き た ロ シア 正 教 が復 権 して い る。 そ れ は単 に キ リス ト教 の 一 派 が 再 び発 展 して い る とい う現 象 で はな く, 新 生 の ロ シ ア 国 家 と緊 密 な 関 係 を結 び,公 教 育 に お け る 宗 教 教 育 の一 翼 を 占 め,ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・イ デ オ ロギ ー と して 国 民 を宗 教 的 文 化 的 に統 合 す る機 能 を果 た しつ つ あ る。 宮 川 氏 は,そ う した 動 向 を 「国 民 正 教 」 体 制 が形 成 され つ つ あ る と して,独 自 の分 析 枠 組 み を提 示 しつ つ,詳 細 に論 じて い る。
従 来 の 研 究 に欠 落 して い た 宗 教 社 会 学 的 分 析 を 導 入 した 成 果 が 現 れ て お り, 国 家 と宗 教,公 教 育 と宗 教,ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィテ ィ ー形 成 と宗 教 と の 関 係 に お い て,新 生 ロ シ ア の動 向 を 詳 細 に分 析 した 点 は 高 く評 価 で き る。
本 論 文 の マ ク ロな テ ー マ を 追 求 す るた め に,本 論 文 で は 国 家 な どの 上 か ら の 「国 民 正 教 」 体 制 形 成 の 動 き と,下 か らの動 向 を ダ イ ナ ミ ッ クに 分 析 して い る。 上 か らの 動 き を,ロ シ ア正 教 会 の 急 速 な 勢 力 拡 大 と社 会 政 策 の 導 入 に よ る国 家 や社 会 活 動 へ の 積 極 的 参 画,反 カ ト リ ック,反 西 欧 の運 動 な ど を通 した 正 教 ナ シ ョナ リズ ム の 核 と して の 台 頭 を,ま た1997年 宗 教 法 改 正 と政 教 関 係 の 緊 密 化,公 教 育 へ の 参 入 な どを 通 して分 析 し,下 か らの動 向 を 極 右 団 体 と反 ユ ダ ヤ主 義 的 国家 社 会 主 義 へ の 傾 倒,オ ウ ム真 理 教 な どへ の 反 カル ト 運 動 に よ る新 宗 教 の 周 辺 化 政 策,チ ェ チ ェ ン紛 争 に対 す るマ ス コ ミ報 道 に よ る 反 イ ス ラ ム意 識 の 増 幅 な ど を,そ れ ぞ れ 一 章 を 構 成 して 論 じて い る。 そ れ ぞ れ の 章 は,個 別 テ ー マ の 研 究 論 文 と して高 い 水 準 に達 して お り,一 部 は学 会 で 発 表 し,査 読 論 文 と して も掲 載 され て い る。 こ の よ うな ダ イ ナ ミ ック で マ ク ロな 分 析 と論 文 構 成 は 優 れ た もの と評 価 で き る。
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総 じて,本 論 文 の テ ー マ で あ る 「国 家 と宗 教 」 に 関 す る問 題 は,現 代 ロ シ ア を 分 析 す る上 で 極 め て 重 要 な観 点 で あ る の もか か わ らず,ロ シア や 欧 米 に 比 較 して 日本 で そ の テ ー マ に本 格 的 に取 り組 ん で い る研 究 者 は少 な い 。 そ の 意 味 で,宮 川 氏 が 本 論 で この 困 難 な 課 題 に取 り組 み,新 生 ロ シ ア の統 合 原 理 を,ロ シ ア正 教 に よ る 「国 民 正 教 体 制 」 とい う新 しい概 念 で 解 き 明 か そ う と
した 試 み は,日 本 に お け る現 代 ロ シア 研 究 に と って 極 め て 高 い意 義 を 有 す る と言 え る。
〈 課 題 〉 同 時 に,以 下 の よ うな 課 題 も指 摘 され た。
本 論 で は分 析 上 の フ レー ム ・ワ ー クを 「上 か ら」 と 「下 か ら」 と に二 分 化 して い る が,こ の よ うな 捉 え 方 は,現 代 ロ シア 社 会 の分 析 や,そ こか ら導 き 出 され る結 論 を 単 純 化 しす ぎ る危 険 が あ る。 例 え ば 「上 か ら」 に つ い て も, 立 法(下 院),行 政(大 統 領 府 と政 府),司 法 の 動 向 に は そ れ ぞ れ無 視 で き な い違 い が あ り,そ れ らを分 け て論 じ る必 要 もあ る。 ま た,ロ シ ア正 教 会,マ ス メデ ィ ア もそ の 主 張 は一 様 で は な く,よ り精 緻 な調 査 と分 析 が求 め られ る。
一 方,上 か らの 国 民 正 教 体 制 形 成 の 動 向 の論 証 に比 較 して,下 か らの 動 向 と して 分 析 さ れ て い る諸 現 象 は,そ れ ぞ れ 興 味 深 い もの で あ るが,や や 周 辺 的 な 現 象 で も あ る。 ロ シ ア 国民 全 体 と して,「 国 民 正 教 」 体 制 へ の 移 行 を ど の よ う に評 価 し,支 持 ま た は 反 対 して い るか,必 ず し も明確 で は な い。 世 代 別, 職 業 別 の 世 論 調 査 な どの デ ー タ を さ ら に活 用 して い く必 要 が あ る。
結 論 と して,現 代 ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・アイ デ ンテ ィテ ィー は 「国 民 正 教 」 体 制 と い う統 合 原 理 を 中核 と して再 構 築 さ れ つ つ あ り,総 じて 「ユ ー ラ シ ア 主 義 」・「帝 政 ロ シ ア」 とい う性 格 を 強 め つ つ あ る と して い るが,や や 性 急 な 結 論 に持 って 行 き過 ぎ て い る印 象 が あ る。 「帝 政 ロ シ ア」 の 復 活 を 望 む 人 々 が 実 際 に ど の 位 い るか な ど,調 査 デ ー タ を示 す 必 要 が あ る し,む し ろ既 存 の 研 究 成 果 に よ る,そ の よ うな 分 析 枠 組 み 自体 へ の 批 判 的 検 討 が 必 要 で あ る と 考 え る。
さ ら に,現 代 ロ シ ア の統 合 原 理 を 論 ず る上 で,無 視 で きな い 問題 と考 え る
「チ ェキ ズ ム 」 と ロ シ ア正 教 との 関 連 が 論 じ られ て い な い。 ま た 現 代 ロ シ ア が 国 民 正 教 イ デ オ ロ ギ ー へ の 傾 斜 を 強 め て い る思 想 的 問 題 と して,カ トリ ッ クや プ ロ テ ス タ ン トを宗 教 的 背 景 と して 発 展 した 西 欧 近 代 や 啓 蒙 主 義 的 合 理
新 生 ロ シ ア の ナ シ ョナ ル ・ア イ デ ンテ ィ テ ィー 再 構 築 を め ぐる 諸 問 題169
主 義 へ の 否 定 が あ る と言 え る。
研 究 の 深 化 を期 待 した い。
これ ら点 につ い て,宮 川 氏 に今 後 の さ らな る
本 論 文 は,執 筆 者 の長 期 に わ た る緻 密 で広 範 な 研 究 成 果 を も とに,表 題 の テ ー マ で ま とめ あ げ た力 作 で あ る と評 価 で き る。 宮 川 氏 は 学 外 の諸 学 会 に お い て 活 発 に発 表 を 行 い,査 読 付 き論 文 も複 数 公 表 して い る。 今 後 の さ らな る 研 究 活 動 の展 開 が 期 待 で き る。
公 開 発 表 会 お よ び最 終 試 験 に お い て,上 記 の よ う な課 題 や 問 題 点 も提 起 さ れ た が,宮 川 氏 は的 確 か つ 妥 当 な 回 答 を 行 い,さ らに今 後 の 研 究 課 題 や 方 向 性 も適 切 に示 して い る。
※ 以 上 は,創 価 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 委 員 会 に 提 出 さ れ た2012年1月11日 付 文 書 の 抜 粋 ・要 約 で あ る。
(文 責 ・主 査 中 野 毅 ・創 価 大 学 文 学 部 教 授)
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《創価 大学文学研 究科博士論文(社 会 学):審 査報 告概要》
東亜 連盟運動 と石原苫兀
宗教思想運動 としての実証的研究
爾系 日蓮主義者
内村 琢也
1.論 文 内容 の 要 旨
本 論 文 は,1939年9月 か ら1946年1月 に行 な わ れ た東 亜 連 盟 運 動 と,そ の 後 に 山形 県 で 展 開 さ れ た 「西 山村 つ く り」 を 研 究 対 象 と して い る。 東 亜 連 盟 運 動 研 究 は主 に石 原 莞 爾 研 究 の一・事 例 と して 主 に 日本 近 代 史 の分 野 に お い て,世 俗 的政 治 運 動 と して 研 究 さ れ て き た。 本 論 文 は,こ れ ま で余 り顧 み ら れ る こ と の な か った 宗 教 的 運 動 と して の 側 面 に 焦 点 を 当 て,特 に 「メ シ ア 的 救 済 運 動 」 とい う視 座 か ら分 析 す る こ と で,東 亜 連 盟 運 動 が 政 治 運 動 か ら宗 教 に 支 え られ た 文 化 ・生 活 運 動 に転 化 した経 緯 と そ れ に よ る変 容 を 解 明 し, そ の こ と が運 動 の 持 続 性,結 束 力,対 象 分 野 の 拡 大 を獲 得 して い った 事 実 を 実 証 的 に解 明 し よ う と試 み た もの で あ る。 全 体 の 構 成 は 以 下 の とお りで あ る。
序 章:対 象,目 的,方 法 第1節 研 究 対 象 と 目的
第2節 東 亜 連 盟 運 動 にお け る先 行 研 究 第3節 本 研 究 に お け る方 法 的立 場 第4節 本 稿 の 構 成
第1部 石 原 莞 爾 系 日蓮 主 義 者 と東 亜 連 盟 運 動
第1章 精 華 会 の 成 立 と展 開 一 草 創 期(1934年 〜1940年) 第1節 精 華 会 の 結 成 背 景
第2節 精 華 会 の 発 会 式 と精 華 会 発 会 式 大 会 第3節 精 華 会 の 再 出発
第2章 精 華 会 と東 亜 連 盟 運 動 一 転 換 期(1940‑1946年)
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第1節1940年3・4月 当 時 に お け る精 華 会 の 組 織 的 動 向 第2節 精 華 会 指 導 者 ・石 原 莞 爾 の 思 想 形 成
第3節 「立 正 安 国 と して の東 亜 連 盟 」
第3章 石 原 莞 爾 系 日蓮 主 義 者 と満 洲 に お け る東 亜 連 盟 運 動 第1節 満 州 東 亜 連 盟 誌 友 会 の結 成 と東 亜 連 盟 運 動 の 挫 折
第2節 石 原 莞 爾 系 日蓮 主 義 者 とそ の 活 動(1)奉 天 日蓮 主 義 研 究 会 を事 例 に
第3節 石 原 莞 爾 系 日蓮 主 義 者 とそ の 活 動(2)わ と う会 と伊 地 知 則 彦 の 活 動 を 中心 に
第H部 東 亜 連 盟 運 動 の 展 開
第4章 東 亜 連 盟 協 会 の結 成 と そ の 展 開 一 東 亜 連 盟 運 動 の 再 建 期 ・基 本 路 線 確 立 期
第1節1939年9月 か ら1941年6月 にか け て の 日本 に お け る組 織 形 成 と そ の特 徴
第2節 朝 鮮 東 亜 連 盟 本 部 の結 成 第3節 中 国 東 亜 連 盟 協 会 の結 成 第4節 第1回 全 国 支 部 代 表 者 会 議
第5節 東 亜 連 盟 促 進 議 員 連 盟 と東 亜 連 盟 協 会 へ の弾 圧
第5章 石 原 莞 爾 の 予 備 役 編 入 ・東 亜 連 盟 協 会 顧 問 就 任 と東 亜 連 盟 運 動 の展 開
第1節 石 原 顧 問 の東 亜 連 盟 改 革 の 基 本 方 針 立 案 一 そ の 経 緯 と提 唱 第2節 中央 参 与 会 員 第1回 全 国 会 議 一 会 運 動 の 方 向 転 換 一
第3節 東 亜 連 盟 協 会 改 革 の メ モ と第2回 全 国 中央 参 与 会 議 一 合 議 制 の導 入 一
第4節 日蓮 主 義 へ の 弾 圧 と東 亜 連 盟 運 動
第5節 東 亜 連 盟 協 会 にお け る会 費 制 度 の導 入 と 内部 紛 争 第6節 会 費 制 度 の導 入 以 降 の地 方 運 動
第6章 東 亜 連 盟 同志 会 へ の 会 称 変 更 と東 亜 連 盟 運 動 に お け る具 体 的 活 動 第1節 東 亜 連 盟 同志 会 期 に お け る組 織 変 容
東亜 連盟 運動 と石 原莞 爾系 日蓮 主義 者173
第2節 東 亜 連 盟 同志 会 の 各 種 運 動 第3節 皇 室 内 閣 樹 立 計 画
第7章 戦 後 に お け る東 亜 連 盟 運 動 一GHQの 占領 政 策 との 関 係 か ら一 第1節 戦 後 に お け る石 原 莞 爾 の 思 想 一 「軍 閥 政 治 の 打 倒 」 「民 主 主 義 の
確 立 」,「言 論 信 仰 の 自由 」,「非 武 装 論 」 を 中 心 に 第2節 石 原 莞 爾 の 「非 武 装 論 」 とそ の矛 盾
第3節GHQに よ る東 亜 連 盟 同 志 会 の解 散 第4節 「西 山村 つ く り」
終 章 総 括 と課 題
第1節 各 章 の 要 約 と解 明 点 第2節 全 体 の 結 論
第3節 今 後 の 課 題 と展 望
2.論 文 審 査 の 要 旨
審 査 委 員 は,本 論 文 を精 読 し,以 下 の よ うに 評 価 した。
本 論 文 は,宗 教 社 会 学 の 論 文 で あ る と 同 時 に,実 証 性 を 重 視 した 歴 史 学 的 研 究 と い う側 面 も強 い。 まず,後 者 にお け る評 価 は以 下 の 通 りで あ る。
従 来 の 近 現 代 史 歴 史 学 研 究 で は 日本 帝 国主 義 の 実 態 を 明 らか に す る と い う 意 識 が 強 く,そ の た め に石 原 の宗 教 思 想 的 側 面 は取 り上 げ られ て も軽 視 さ れ る か,あ る い は 侵 略 的意 図 を 糊 塗 す る もの と考 え られ て きた 。 しか し,い ず れ に して も,結 局 は石 原 の 思 想 あ るい は東 亜 連 盟 運 動 が,帝 国 主 義 で は あ る が 他 の 帝 国主 義 に は無 い 独 自 の面 を 持 っ て い た と い う複 雑 さ に突 き 当 た って 結 論 と して お り,そ の両 面 を 内在 的 且 つ 統 合 的 に捉 え る と い う点 で 弱 か った。
これ に対 し,本 論 文 の 第 一 の長 所 は,こ の 点 に正 面 か ら挑 ん だ こ とで あ る。
近 現 代 史 研 究 で は, 漠 と した多 種 多 様 な史 料 群 を読 み こみ 整 理 しな が ら一・
つ の 論 を展 開 して い く こ と に な る が,石 原 の宗 教 に 関 す る史 料 も荘 漠 と した もの で あ り,そ れ を整 理 し筋 道 を つ けて い く作 業 は想 像 以 上 に難 し く,実 際 に これ ま で誰 も成 し得 な か っ た。 本 論 文 は,こ れ につ い て,適 切 な 時 期 区分 を 行 い な が ら記 述 す る こ と に成 功 して い る とい え よ う。
第 二 の 長 所 は,東 亜 連 盟 運 動 が1930〜1940年 代 の 日本 と い う時 代 的 ・地 理
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的 背 景 の 中 で 展 開 され た もの で あ る,と い う点 を 十 分 に 意 識 して い る こ と で あ る。 戦 前 期 の 日本 は,国 際 社 会 を 日本 の戦 国 時 代 に擬iして,ど の 国(戦 国 大 名)が 天 下 を 統 一 す るの か,と 考 え る傾 向 が あ っ た。 お そ ら く,石 原 も最 終 的 に 日 ・米 に よ る関 ヶ原 の 戦 い とい う もの を 措 定 し,そ の 前 段 階 と して ア ジア の 連 帯 に よ る東 亜 連 盟 の 必 要 性 を 強 調 した も の と思 わ れ る。 この よ うに, 当 時 の 日本 の一 部 エ リー トは非 常 に 切 迫 した危 機 感 を抱 い て お り,急 速 な 国 家 の 改 造 の必 要 性 を感 じて い た。 しか し,そ の 一・方 で多 くの 日本 国 民 は い ま だ 純 朴 で あ り,国 際 認 識 が 高 か った わ け で な か っ た。 そ の よ うな 中 で,東 亜 連 盟 運 動 は宗 教 的 ・文 化 的 側 面 か ら も大 衆 を惹 きつ け つ つ 国 際 的運 動 に ま で 発 展 させ よ う と した の で あ る。 本 論 文 は,こ の こ と を踏 ま え な が ら,東 亜 連 盟 運 動 の 社 会 的 側 面 を描 くこ と に成 功 して い る と い え よ う。
宗 教 社 会 学 に よ る研 究 と して は以 下 の 二 点 が 特 に評 価 で き る。 第 一 に,石 原 完 爾 の 宗 教 思 想,特 に そ の 日蓮 主 義 的 信 仰 に 注 目 して 詳 細 に分 析 し,か つ そ の 思 想 を担 った 「精 華 会 」 や 「わ と う会 」 の 運 動 内容 や 組 織 構 成,担 い手 の 階 層 を資 史 料 に基 づ い て 検 討 し,東 亜 連 盟 運 動 が 単 純 な いわ ゆ る政 治 運 動 で は な く,西 山 茂 の い う 「日本 に お け る近 代 メ シ ア運 動 」 と捉 え た 点 で あ る。
石 原 の 思 想 と行 動 が 合 理 的 に は理 解 しが た く,そ の結 果,彼 の評 価 も超 国家 主 義 者 で あ る,否,平 和 主 義 者 で あ った な ど大 き く分 か れ る。 核 兵 器 に よ る 最 終 戦 争 論 な ど は現 在 か ら見 れ ば狂 気 の 沙 汰 と しか 思 え な い面 もあ る。 こ の 非 合 理 性 や対 極 的 評 価 が生 じる の は,石 原 自身 が 彼 独 自の 日蓮 解 釈 に基 づ く 世 界 解 釈 を媒 介 に して,論 理 的 に は 矛 盾 す る 目標 を実 現 しよ う と した か らに ほ か な らな い。 本 論 文 は,石 原 の独 特 の 日蓮 主 義 と五 族 共 和 ・王 道 楽 土 建 設, 最 終 戦 争 論 な どの 世 俗 的政 治 的 思 想 の 内 実 と連 関 性 を 明 らか に した。 従 来 の 石 原 研 究 に は な い 極 め て 重 要 な貢 献 で あ る。
第 二 に,東 亜 連 盟 運 動 を4期 に分 け,そ れ ぞ れ の段 階 で の 指 導 的人 物 お よ び 信 奉 者,す な わ ち担 い手 た ち を諸 文 書,資 料 か ら割 り出 し,そ の 階 層 的属 性 を も可 能 な 限 り解 明 して い る点 で あ る。 そ の 結 果,政 治 運 動 が主 流 の 段 階 で は 地 方 名 望 家 層 や 企 業 家 が 多 か った の に対 し,宗 教 的理 念 が 表 に 出 て き た 段 階 で は,婦 人 や 学 生,そ して農 民 青 年 な どに 大 き く変 化 して い った こ と も 明 らか に な った 。 こ の点 は 重 要 で あ り,こ の運 動 が 政 治 運 動 か ら,い わ ゆ る
東亜 連盟 運動 と石 原莞 爾系 日蓮 主義 者175
新 宗 教 運 動 的 な 性 格 へ と変 貌 した こ とを 証 明 す る もの で あ る。
近 代 メ シ ア運 動 と は,近 代 化 ・西 欧 化 の波 が 押 し寄 せ て き た非 西 洋 地 域 に お い て,抑 圧 され た 民 衆 が,そ の現 実 的 苦 難 を 超 越 的 ま た は神 秘 的 手 段 や 目 標 に よ っ て克 服 しよ う とす る運 動 で あ り,日 本 近 代 史 に お いて は大 本 教,金 光 教,天 理 教 に 始 ま る新 宗 教 運 動 に 同 様 の性 格 を 見 る こ とが で き る。 そ の担 い 手 は非 エ リー ト層 で あ る こ と は い う ま で もな い。 石 原 完 爾 に率 い られ た東 亜 連 盟 運 動 が,同 様 の性 格 を 持 った 運 動 へ と変 貌 して い った こ とを 明 らか に した 本 研 究 は,歴 史 学,宗 教 社 会 学,さ ら に政 治 史 ・政 治 思 想 研 究 に と っ て 有 益 な 成 果 で あ り,高 く評 価 で き る。
国 際 社 会 論 の 立 場 か らは,現 在 の 東 ア ジア共 同 体 構想 な ど に お け る ア ジ ア の一 員 と して の 日本 の生 き方 が 模 索 され て い る。 東 条 英 機 な ど が推 し進 め た 大 東 亜 共 栄 圏構 想 と,石 原 の 五 族 共 和 論 は異 な って お り,諸 民 族 の共 存 共 栄 を前 提 に して,い か に統 合 を は か って い くか と い う方 向 性 が 見 られ る。 石 原 や 東 亜 連 盟 運 動 の 成 功 と失 敗 を緻 密 に検 討 す る こ と は,今 日 の ア ジア を 中心
と した 国 際 関係 を 考 え る上 で 有 益 で あ る とい え る。
〈 課 題 〉 同 時 に,以 下 の よ うな 課 題 も指 摘 され た。
歴 史 学 研 究 と して の弱 点 は次 の 点 で あ る。 ま ず,荘 漠 と した史 料 を 整 理 し 筋 道 を つ け て い く作 業 は よ い と して,些 か 事 実 の 羅 列 に 終 わ って し ま っ て い る 箇 所 も散 見 され る。 た とえ ば,書 簡 を 引用 す る場 合,そ の 文 言 の 紹 介 に留 ま っ て しま い,そ の 背 景 に あ る意 図 を 見 落 と して い る な どで あ る。 ま た, 1930〜40年 代 の 日本 に対 象 を 特 化 した た め,視 点 が 個 別 的 ・特 殊 的 とな り, 社 会 学 的 な一 般 化 ・普 遍 化 に乏 しい と い う弱 点 も あ る。
しか し,研 究 の 現 状 か ら考 え れ ば ま ず 事 実 の 確 定 が重 要 で あ り,事 実 の あ る 程 度 の 積 み 重 ね の 上 に こそ 新 た な 解 釈 が 生 ま れ る こ と,そ して,一 般 的 ・ 普 遍 的 理 論 も,当 初 は個 別 的 ・特 殊 的 視 点 か らの もの で あ る場 合 もあ る こ と を 想 起 す れ ば,本 論 文 が い ま だ完 成 の 域 に は達 して い な い と い う指 摘 も で き る だ ろ う が,完 成 に近 づ く道 筋 を提 示 して お り,現 在 の研 究 状 況 で は,十 分 に博 士 論 文 と して の 価 値 を 有 す る もの と考 え る。
宗 教 社 会 学 研 究 と して は,西 山茂 らの 近 代 メ シ ア運 動 論,千 年 王 国 運 動 は, 西 欧 的 近 代 化 へ の 「対 抗 」 と い う性 格 を 持 って い る が,本 論 文 で は そ の 特 徴
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へ の 論 究 が少 な く,筆 者 の 認 識 も弱 い と感 じ る。 石 原 は 軍 人 と して 欧 米 の軍 事 的 侵 略 性 を そ れ な りに 問 題 視 して い た だ ろ う と考 え られ,ま た,こ の 運 動 が 日本 の み な らず,中 国 や 朝 鮮 に広 が っ た理 由 も,欧 米 の 植 民 地 化 へ の 対 抗 とい う側 面 が あ った か ら と考 え られ る。 こ の よ う な視 座 か らの検 討 が 必 要 で あ るが,今 後 の 課 題 と して 期 待 した い 。
国 際 社 会 論 と して も,東 亜 連 盟 研 究 の 中 に,現 在 の東 ア ジ ア共 同 体 構築 に つ な が る積 極 的 な 意 味 を 見 い だ し,過 去 の失 敗 を 未 来 へ の 糧 とす る方 向 を見 い だ して 欲 しい 。 ジ ョセ フ ・ナ イ の 主 張 す る コ ン ス トラ クテ ィ ビズ ム は,国 際 関 係 は基 本 的 に はパ ワー ・ゲ ー ム と して理 解 で き る が,人 間 の思 想 や 理 念 が 長 期 に歴 史 に 働 き か け た 場 合,個 人 が 歴 史 を 変 化 さ せ る可 能 性 を 有 す る と 述 べ て い る。 本 論 もパ ワー ・ゲ ー ム と して の 日 中関 係 に,石 原 の 日蓮 思 想 が い か に作 用 しえ た の か とい う観 点 を 加 え て再 構 成 す る と,よ り重 層 的 で 興 味 深 い 論 文 に な るで あ ろ う。
本 論 文 は,筆 者 の 創 価 大 学 大 学 院 にお け る研 究 成 果 を も と に ま とめ あ げ た 力 作 で あ る。 内 村 氏 は,学 外 全 国 学 会 で の活 発 な に研 究 発 表 や,研 究 論 文 の 公 表 も複 数 な して お り,今 後 の さ らな る研 究 活 動 が 期 待 で き る。
公 開 発 表 会 お よ び最 終 試 験 に お い て,い くつ か の 問題 点 や 課 題 が 提 起 さ れ た が,内 村 氏 は 的 確 か つ妥 当 な 回 答 を 行 い,さ ら に今 後 の 研 究 課 題 や 方 向性
も適 切 に示 す こ とが で き た 。
※ 以 上 は,創 価 大 学 大 学 院文 学 研 究 科 委 員 会 に 提 出 され た2012年1月11日 付 文 書 の 抜 粋 ・要 約 で あ る。
(文 責 ・主 査 中 野 毅 ・創 価 大 学 文 学 部 教 授)
創 価 大 学 文 学 研 究 科 社 会 学 専 攻 修 士 論 文 一 覧(2011年 度)
荒 井 大 助
増 田 妙 子 青 山 正 人
五十嵐
甲 斐
元
恵
愛
知 仁
バ ングラデ ィ シュ農村 社会 の教育 制度 の発展 とイ スラー ム教 ・ヒン ドゥー 教 の共 存 と宗 教 的 相 互 関係 〜 マ ドラ ・チ ャ ンチ タ ラを 中心 に〜
福 祉 の ま ち づ く りにみ るバ リア フ リー論
ロ シ アに お け る宗 教政 策 と ロ シア正 教 会 の動 向 につ い て
「ロシ ア正 教 会社 会 通念 原 則 」 を め ぐって
第 三 帝 国 の 「共 同 体 異分 子 」 弾圧
密 告 に よ って 弾圧 に参 加 した市 民
シ ンガ ポ ー ル にお ける宗 教 事 情 と華 人
1965年 か ら現 代 にか け ての 両者 の関 係 に つ いて
東 ア ジア共 同体 構 築 に お け る政策 と現 状 〜 日中韓 米 の政 策 を中 心 に 〜