カ ズ オ ・ イ シ グ ロ ﹃ 日 の 名 残 り ﹄︵ 一 ︶
││ヘリテージ文化の影のもとで││
Kazuo I shigur o, Th e Re mains of t he Da y (1): U nder the S hado w of H eritage C ultur e
丹 治
愛
要 旨﹃日の名残り﹄︵一九八九︶には︑貴族の政治的・経済的没落︑田園風景とカントリー・ハウスのヘリテージ化︑大英帝国の衰退とアメリカ資本の浸透︑社会主義的な福祉国家の成立などの主題が内在している︒重要なのは︑一九五〇年代前後の歴史的コンテクストに関連するものとして提示されているそれらの主題が︑同時に︑マーグレット・サッチャーが政権を握っていた一九八〇年代の歴史的コンテクストとも深く関連しているということである︒そういうものとして﹃日の名残り﹄を︑ヘリテージ戦略によるナショナル・アイデンティティの強化/再構築というサッチャー政権の帝国主義的国家観と反動的歴史観を批判的に主題化している作品として解釈しようとするのが本論の目的である︒最後に︑﹃日の名残り﹄を原作としたジェイムズ・アイヴォリー監督の典型的ヘリテージ映画︵一九九三︶を原作と比較しながら解釈する︒
キーワードナショナル・アイデンティティ︑ヘリテージ文化︑ノスタルジア︑マーガレット・サッチャー︑ヘリテージ映画
一 サッチャリズムとヘリテージ産業 ︶1
︵
第二次世界大戦後のアトリー労働党政権︵一九四五│五一︶は﹁ゆりかごから墓場まで﹂と呼ばれる高福祉政策と
ともに︑石炭︑電力︑ガス︑鉄鋼︑鉄道︑運輸などの基幹産業の国有化という社会主義政策を推進する︒その後の
保守政権もその新しい方向を原則として踏襲する︵鉄鋼だけは民営化︶︒その結果︑一九六〇年代の英国は︑製造工
業が国際競争力を失うにつれて国際収支を悪化させていくが︑一九七三年のオイルショックのあと︑国家財政の逼
迫や失業率の上昇に直面することになる︒その一方で︑一九七四年から七九年までの労働党政権のもとで︑失業保
険が維持されたなかでの税金の上昇と給与の抑制が︑労働者の勤労意欲の低下と労働組合によるストライキの多発
を招くことになる︒いわゆる﹁英国病︵British disease︶﹂の症状である︒
一九七九年︑﹁英国病﹂の克服をめざして登場したサッチャーの保守党政権は︑﹁ヴィクトリア時代に還れ﹂とい
う旗印のもと︑セルフ・ヘルプと自由競争を原則とする市場原理に基づく︑﹁小さな政府﹂による新自由主義的政
策を大胆に推進していく
│
たとえば国有企業の民営化︑労働組合の弱体化︑財政支出︵とくに公共事業︑社会保障︑教育︑文化の分野で︶の削減︑税制改革︑規制緩和など ︶2
︵︒それと同時に︑一九八二年のフォークランド戦争にみられ
るように︑大英帝国の威光の復活を求めるかのような好戦的な外交政策をとる一方で︑ヨーロッパ統合にたいして
も英国としてのアイデンティティを最大限保持しようとするナショナリスティックな姿勢をつらぬく︒
要するに︑第二次大戦後の英国は︑製造工業における国際競争力の弱体化︑米ソ中心の冷戦的世界での政治的軍
カズオ・イシグロ『日の名残り』(一)
事的覇権の喪失︑植民地独立による帝国の解体︑旧植民地からの移民増加による多民族化︑福祉国家化による階級
社会の大変動といったさまざまな変化を体験していたのである︒そして英国の伝統的ナショナル・アイデンティテ
ィが徐々に掘り崩されていくそのような危機的状況のなかで︑サッチャー政権は︑﹁ヴィクトリア朝的価値観﹂へ
のノスタルジアとともに︑社会主義的な福祉国家から大英帝国へというナショナル・アイデンティティの反動的再
構築の夢をかきたてていたのである ︶3
︵︒
それとともにサッチャー政権は︑一九四六年にヘリテージ的資産を保存するという目的で政府によって設立され
ていた﹁国民土地基金﹂を︑一九八〇年︑﹁ナショナル・ヘリテージ・メモリアル基金﹂として再編し︑さらに
﹁イングリッシュ・ヘリテージ﹂と呼ばれる組織を設立することで︑ヘリテージ産業の振興を進める︒具体的には︑
イングランドの過去を喚起することによって︑ナショナル・アイデンティティを強化するとともに︑それをパッケ
ージ化し文化的商品として売り出すレジャー産業や観光産業などからなるヘリテージ産業を展開させていく︒
こうして︑﹁ヘリテージ﹂という言葉は国家の政治と産業の方向とかかわる︑そしてナショナル・アイデンティ
ティの定義にかかわる時代のキーワードとなり︑また︑そのような言葉として共感あるいは批判の対象となったの
である︒ヘリテージ映画は︑そのような状況のなかで︑﹁ナショナル・アイデンティティにかんする保守主義的な
ヴィジョン﹂と密接な関連をもつものとして︑そしてヘリテージ産業の一翼を担うものとして創造されたジャンル
なのである︒ヘリテージ映画とは︑以下のような特徴を共有するものと考えられている︒
︵一︶ヘリテージ映画は︑﹁第二次世界大戦以前の過去﹂︵Higson ﹇2003﹈ 10︶に物語を設定しているコスチューム・
フィルム/ピリオド・フィルム︵時代劇映画︶の一ジャンルであり︑第二次世界大戦以後の英国が体験した
大きな政治的・経済的・社会的変化などによって︑イングランド/英国のナショナル・アイデンティティが
掘り崩されつつあるという不安と動揺のなかで︑その強化ないし再構築のためにサッチャーが打ち出した反
動的な国家観と歴史観︑とくにそのヘリテージ戦略と同時代的な関連性をもっている︒
︵二︶ヘリテージ映画は文学的ヘリテージとしての英文学の正典的作品を原作とすることが多い︵Higson ﹇2003﹈16︶︒とくに﹁現代の支配的なイングランドのナショナル・アイデンティティが形成された﹂一八八〇年か
ら一九四〇年までの作家としてハーディ︑フォースター︑ウォーと︑﹁国家創世﹂のエリザベス朝時代のシ
ェイクスピア︑﹁ナショナル・ヘリテージの表象を提供する時代としてきわめて重要な﹂摂政時代のオース
ティンである︵op. cit. 26︶︒
︵三︶ヘリテージ映画は︑過去を商品化しようとするサッチャー政権のヘリテージ戦略と連動して︑階級的には
アパー・クラスかアパー・ミドル・クラスを中心に︑カントリー・ハウスとその周辺の田園風景︵とくに南
イングランド的な風景︶を︑時代考証的な正確さをもって︑また︑ロング・ショットを多用した美しい映像を
とおして︑ノスタルジックに表象する傾向が強い︒それは︑都市化・多民族化の反動として田園主義的イン
グランド像を愛好するという意味でリトル・イングランディズム的である︒
︵四︶その一方で︑﹁帝国﹂から小さな島国の﹁福祉国家﹂へという第二次大戦後のナショナル・アイデンティティ
変容の反動として︑第二次大戦以前の過去との連続性のなかに国家の現在を位置づけ︑またそこに将来への
国家の可能性を模索しようとするサッチャーの国家観と歴史観としばしば連動し︑﹁おおむね無批判な帝国
カズオ・イシグロ『日の名残り』(一)
のイメージを利用﹂︵Vidal 4︶している︒その点においては帝国主義的/ラージ・イングランディズム的であ
る︒
︵五︶ヘリテージ映画は︑イングランドの過去を︑その歴史的コンテクストから切り離して︑﹁イメージの膨大な
コレクション﹂として表象する傾向にある︒そのようなヘリテージ的傾向は﹁サッチャーの英国に限定され
るものではなく︑ポストモダン文化の示差的特徴である﹂︵Higson ﹇2006﹈ 95︶︒
以上のようなものとして︑へリテージ映画は︑サッチャー政権下の田園主義的・帝国主義的ナショナル・アイデ
ンティティとの共振のなかで創出され︑﹁福祉国家の水平化の傾向にたいする︑貴族的反動的ノスタルジアの勝利
を表象する﹂ヘリテージ文化の反動性の表現であるとしばしば批判されることになる︵Samuel 242︶︒しかしその一
方でそれはしばしば︑文学的ヘリテージとしてのチャールズ・ディケンズ︑ハーディ︑フォースター等の社会批判
的な作品を原作として用いている︒したがって﹃イングリッシュ・ヘリテージ︑イングリッシュ・シネマ﹄のなか
でアンドルー・ヒグソンが言うように︑﹁これらの映画がサッチャーの政治に疑う余地のないかたちで共鳴してい
ると述べれば︑それは間違いになるだろう﹂︒
ヘリテージ映画がサッチャーの反動的でノスタルジックな国家観・歴史観とどのような関係にあるのか
│
これは一概に決定できる問題ではない︒ひとつひとつの作品の具体的な解釈をとおして︑個別に決定するしかない問題
である︒以下︑カズオ・イシグロ﹃日の名残り﹄︵一九八九︶とその映画化︵一九九三︶の読解をとおして
│
まずは原作をあつかい︑その後︑それとの比較で映画を論じる
│
︑その作品がサッチャリズム的ナショナル・アイデンティティとどのような関連性をもっているかを探っていくことにする︒
二 偉大な執事
﹃日の名残り﹄の主人公︵そして語り手︶は︑一九一八年から一九五三年まで︑ダーリントン・ホールという︑オ
ックスフォードシャーにあるカントリー・ハウスで︑主人のダーリントン卿に仕えつづけた︑スティーヴンズとい
う名の執事である︒物語の現在である一九五六年にはすでにダーリントン卿は逝去しているが︑彼はダーリント
ン・ホールを購入したアメリカ人資産家のミスター・ファラディを新しい主人として︑そこで相変わらず執事の仕
事をつづけることになっている︒
執事としてのスティーヴンズの目下の仕事は︑主人の交代とともに大幅に減少した雇人の補充である︒そんな折
り彼は︑かつて有能な女中頭だったミス・ケントン︵現在はミセス・ベン︶から久しぶりに手紙を受けとり︑そこに
彼女の﹁結婚生活﹂の﹁破綻﹂の可能性︵五〇/六五︶ ︶4
︵と︑﹁ダーリントン・ホールにもどりたいという願い﹂︵一
〇/一九︶を読みとる︒そして不足している人員の補充という名目で︑彼女の住むコーンウォール州︵イングランド
南西部︶︑リトル・コンプトンまでの六日間のドライブに出かけるのである︒
﹁偉大な執事﹂だった父親を理想化するスティーヴンズは︑﹁偉大な執事とは何か﹂︵二九/四二︑一一九/一六二︶
を自問し︑独自の執事観
│
それは彼の職業観であるばかりではなく︑人生観とも人間観ともなる│
を創造し︑それを彼なりに実践しようと努める︒彼によると︑﹁偉大な執事﹂の第一の条件とは︑執事という﹁地位にふさわ