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宇宙にかける「きぼう」

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(1)

宇宙航空研究開発機構

宇宙にかける「きぼう」

国際宇宙ステーション計画参加活動史

宇宙航空研究開発機構特別資料

JAXA Special Publication

2 0 1 1 年2月

(2)

国際宇宙ステーション(ISS)の完成形態 (JAXA/NASA 提供)

(2006 年 3 月 2 日開催の宇宙機関長会議(HOA)における NASA 提示資料に基づく)

http://iss.jaxa.jp/iss/about/config/

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国際宇宙ステーション(ISS)から撮影したエンデバー号(STS-130)(ISS へのランデブドッキング動作に入ってい る「エンデバー号のシルエット」と「太陽光で輝く地球の水平線と大気層」(2010 年 2 月 9 日撮影:NASA 提供)

http://spaceflight.nasa.gov/gallery/images/shuttle/sts-130/html/iss022e062672.html

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http://spaceflight.nasa.gov/gallery/images/shuttle/sts-132/html/iss023e051106.html

日本の JEM(きぼう)の全容 (エンデバー号(STS-127)がドッキング中の ISS から撮影)

(船内実験室、保管庫、船外実験プラットフォーム、「きぼう」ロボットアーム)(2009 年6 月26 日撮影:NASA 提供)

http://spaceflight.nasa.gov/gallery/images/station/crew-20/html/iss020e025622.html

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日本の JEM(きぼう)の船内実験室の内部の様子 (野口宇宙飛行士が ISS に長期滞在中に撮影)

(2010 年 5 月 24 日撮影:JAXA/NASA 提供)

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術の知識の集約が不可欠となった。その結果、規模が巨大化し、国際協力を中核にした大型プ ロジェクトの時代になった。ここで取上げる国際宇宙ステーションは正にその代表例の一つと云う ことが出来る。

この国際宇宙ステーション計画に参画した我が国は、日本の実験モジュール“きぼう”を国際 宇宙ステーションの一部として提供し、国際協同プロジェクトを推進してきた。開始以来 25 年の 歳月を経て、“きぼう”が稼働に入ったのは 2009 年である。それまでに、“きぼう”開発に関わった 人達の数は膨大になると思われる。

私は文部省(現文部科学省)における共同利用研究施設に長らく関わって来た一化学者であ る。しかし、その規模は国際宇宙ステーションの千分の一にも満たない研究組織の中で生きて来 た。その私が本書のような資料の編纂と云う身の丈を知らない提案をしたのは、宇宙を全く知らな い者が、「宇宙利用」の分野に飛び込んで本計画に命をかけた人々の話を聴いていて、「熱気に 満ちた国際宇宙ステーション建設の思い」を、完成を見た今生の声で残しておいて戴ければ、近 い将来編纂されるであろう「国際宇宙ステーション正史」の参考に供することが出来ると思ったか らである。そして更に、次世代のより大きな共同開発と利用への経験と教訓になると信じているか らである。

それが如何に大変であったのかを一言で言うことは難しいだろうし、文書としてそれを残すこと は、さらに困難が伴うと想像する。私は国際宇宙ステーション計画推進の中で、極めて僅かな時 間帯でしか実務を経験しておらず、本書編纂を提案すること自体僭越であるとは承知している。

しかし、困難を克服しつつ、文書化を熱心に周囲と関係者に呼びかけた。

本書編纂の作業はこの困難さを克服するための挑戦であった。本書は執筆者の多くが属して いる組織や昔属していた組織の公式的歴史書や年代記、正史ではなく、解説書でもない。国際 宇宙ステーション計画は現在進行中のプロジェクトで、2009 年に我が国の実験モジュールが本 体に組み付けを完了した状態とは言え、本格的な利用活動は今後である。プロジェクトとしては、

まだ終了していない。しかし、我が国の実験モジュール“きぼう”の完成を期に、国際宇宙ステー ションの建設に全力を投入された方々が活躍されている今これまでの過去を振り返ると、苦悩と 栄光を共に体験された生の声が聞ける適当な時期ではないかと判断した。

従って、中間報告的な有志の忘備録として本書を企画した。本来ならば“きぼう”開発に携わっ た膨大な人達一人一人にお声を掛けなければならないのだが、それが叶わず、執筆者を限定さ せて戴いた。然しながら、本資料の執筆者は国際宇宙ステーション計画を熟知しておられる方々 で、これ以上適当な方々を探すのは難しいものとも考えている。

このような本書は、将来「正史」が企画される際に必ず参考にされるものと期待している。また、

読者が本資料を通読し、執筆者の教訓と経験を自己の教訓と経験にして頂くように希望している。

そして夢と希望を大きく持ち、次に来るであろう「地球を護る」全地球をあげての共同研究推進に つなげて戴きたいと願っている。

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第1章 緒論 井口洋夫、藤森義典 第2章 宇宙ステーション計画参加活動の全体経緯 齋藤勝利、吉村善範 第3章 国際宇宙ステーション計画における国際協力の法的枠組み 佐藤雅彦 第4章 日本の有人宇宙技術獲得の道のり 白木邦明、白川正輝 第5章 日本の宇宙実験システム JEM の技術開発 [Ⅰ]

―有人宇宙システム技術(与圧系)の開発と将来展望― 小野義雄 第6章 日本の宇宙実験システム JEM の技術開発 [Ⅱ]

―有人宇宙システム技術(曝露系)の開発と将来展望― 村上淳 第7章 JEM(きぼう)の利用促進並びに利用推進活動の変遷 清水順一郎 第8章 宇宙環境利用研究を推進する仕組みと技術 藤森義典 第9章 宇宙環境利用研究の経緯 ―生命科学分野― 高沖宗夫 第10章 宇宙環境利用研究の経緯 ―物質科学分野― 日比谷孟俊

第11章 先導的応用化・実用化研究の経緯 小林智之

第12章 JEM 曝露部利用(科学と技術開発)への取り組み 伊藤道夫 第13章 宇宙環境利用の開拓 ―人文社会科学分野の取り組み― 井口洋夫、清水順一郎 第14章 国際宇宙ステーション利用の今後の展開 白木邦明、白川正輝

録 -NASDA時代の副本部長経験者等への最終稿レビュー依頼の概要-

執筆者略歴

編集委員会の開催録 編集後記

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第 1章 緒 論

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目 次

1.1 編纂の趣旨...1-3 1.2 国際宇宙ステーション計画の概要と流れ...1-4 1.3 本書の構成と記述内容の流れ...1-7 1.4 今後の国際宇宙ステーション利用に対する期待... 1-10 1.5 未来への希望を載せた JEM(きぼう) ... 1-11 参考文献 ... 1-12

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1.1 編纂の趣旨

本書ではまず、国際宇宙ステーション(International Space Station 以下、ISS)計画全般の経緯 について説明する。我が国が宇宙基地計画(当時、ISS を「宇宙基地」と呼んでいた、ここでは以 下「ISS」に統一)に参加するに当たり、宇宙開発委員会宇宙基地特別部会(昭和 57 年、1982、8 月設置)報告が昭和 60 年(1985)4 月に取りまとめられ、ISS 計画への参加意義として、「高度技術 の習得」、「次世代の科学技術の促進」、「国際協力への貢献」、「宇宙環境利用の実用化の促 進」という 4 項目を掲げ、国としての取り組みが開始された[1]。これら参加の意義を眺めれば、ISS 計画への参加が、宇宙環境を利用する科学研究や技術開発のためだけに推進されたものでな いことが分かる。

しかしながら、多様な目標の中で、科学研究や技術開発の活動が、ISS 計画参加の大きな柱 であったことは論を待たない。学術研究の推進に向けた、我が国における共同利用の概念を歴 史的に見るならば、頭脳の共同利用として、「共同利用研究機関」という考え方と「組織の組み立 て方式」は、我が国において始まった。京都大学基礎物理学研究所を嚆矢とし、高エネルギー 物理学研究所、分子科学研究所、核融合研究所、、、等々へと拡大・発展してきた[2]。この共同 利用目的という観点から見れば、規模の大小は別として、現在建設完成直前の ISS も一つの国 際共同利用軌道上研究施設である。「共同利用」という思想が宇宙において国際化されるに至っ ている。

従って、ISS 計画に参加して、これまで共同開発活動、共同利用活動を進めてきた歴史的事実 や経緯(活動や苦労・やり甲斐等)を平易な文章で記録に留めておくことが、本書の最大の目的 である。これによって、将来も計画されると予想される地球規模の共同研究機関の基本概念の構 築やその実現に必ずや参考になると考える。

ISS 計画は、システムの開発、国際調整、システムの利用(環境利用を含む)等々多くの活動領 域を含み、それらの全体像を小さな書籍の形で纏める事は不可能に近い。本書では、ISS 計画 の一部分、即ち日本実験モジュール“きぼう”(Japanese Experiment Module 以下、JEM(きぼう)) を以て参加した我が国の活動を取り上げるが、それとても本書のような簡便な形で纏めることに は大変な困難が伴う。本書では出来る限り全体像が分るような記述を目指したが、ISS 計画の全 体を見るならば、触れていない話題や領域もあり、全てを網羅している訳ではない。ご承知のよう に、ISS は巨大な有人宇宙システムで、その設計・開発には多大な労力と時間を要している。しか し本書は、巨大な宇宙システムの技術的解説書を目指すものではないことをご理解願いたい。

本書においては、まず執筆者等の担当した業務、携わった研究や開発の中で、当事者が力を 集中した主な事項を編年的ないしは種別区分単位で記述し、主なイベントの時系列的展開と進 展を分かるようにする。イベントの記述と参考資料の提示等は、将来的に本書が「宇宙ステーショ ン計画参画活動正史の編纂」等、他の目的に利用されるとしても、十分資料価値があるようにと 考慮したからである。

次に、それらのイベントから得られた経験と教訓を記述する。従って、そこには執筆者個人の 判断や所感が入っていることをご容赦願いたい。ISS のような巨大な宇宙システムの国際協力に よる構築には、工学者、科学者だけでなく、法律家、行政官、外交官等々、自然科学系の専門家

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のみならず、人文・社会科学系の専門家も参画している。それらの多くの分野に共通な事項は、

広い分野から抽出された経験と教訓であり、それを対象とすれば本書に関する執筆者と読者各 位との対話が専門領域を越えて成り立つと考えている。それらの経験や教訓の源泉がイベント記 述に他ならない。

上述の内容をやや敷衍すれば、本書の記述においては次のような二つの柱が構成要素とな っている。第一は、ISS 計画参画の経緯を、多種多様な活動の年代記、基本的な事実関係のデ ータによって記述した部分である。我が国が ISS 計画へ参加を決定し、JEM(きぼう)の概念や形 状を確定し、JEM(きぼう)が ISS の一部として建設されるまでの社会的背景や経緯を概観する。さ らに、科学技術政策、国際調整、プログラム、技術的細目、利用計画、利用準備等々に関する審 議討論等と方針の決定、引き続いた JEM(きぼう)設計開発・製造プロセス、建設プロセス、利用 計画の立案と実施準備活動等を概観し、その過程での主な事項、イベント等に触れる。第二に は、第一を分析と考察のベースとした上で、各章の執筆者が研究開発業務や科学研究過程で 悩んだこと、学んだ事、挑戦したこと、経験した事等を記述し、次世代に向けた教訓やノウハウを 抽出、提言として、それらを出来る範囲で簡潔に纏める。

本書が編纂の対象とする期間は、ISS 計画への参加検討を開始した 1980 年代中頃から、JEM

(きぼう)の軌道上組立が開始された 2009 年 3 月(平成 21 年度末)までとする。概ね 25 年に及 ぶ期間を対象として、執筆者が直接関わった ISS 計画での業務を中心に、歴史的事実を正確に 把握できる範囲の事象を取り扱うこととしてある。従って、執筆者により取り扱う年代及び期間に 差異があり、内容的にも濃淡があることをご了解いただきたい。

本書は第一義的に行政府内の政策立案者、宇宙開発機関や利用研究機関で企画・計画を担 当する人達、組織の経営・運営責任者と中間管理職にある人達を主たる読者層として想定して いる。加えて、技術者、メデイア関係者、大学生、一般市井の人々が、広範な職種の人々の努力 の偉大さを知り、行政側のビッグサイエンスプロジェクトや宇宙活動を理解する上で、参考として 頂きたい。

今後の宇宙開発の巨大事業では、一国で賄うことが不可能なレベルに達していることに加え て、地球人としての意識や取り組みが求められることになり、この意味で国際協力による計画推 進が不可欠である。そのような時に本書が有意義な情報源となり、参考に供せられる事を目的と している。

1.2 国際宇宙ステーション計画の概要と流れ

ISS 計画の全貌をご理解頂くために図 1-1 を用意した。この図は ISS の年次的流れ、その過程 での主なイベント、及び、業務や仕事の主なものを示し、各章で記述される内容全体を鳥瞰出来 るようにしたものである。ISS・JEM(きぼう)概念の構築、計画立案、国際調整、打ち上げ組み立て、

運用利用等、ISS の生い立ちから既に 30 年近くが経過している。

現在は過去からの延長上にあり、未来は現在の延長上にある。現時点で現代人が未来を作る ことは出来ない。ただ、現代人が未来をより良くするための知恵を出しておくことは出来る。本書 は現時点で纏めるものであるが、過去からの流れが現在に繋がり、そして未来に向かう道筋に立

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っている道路標識になることを念願している。

図 1-1 国際宇宙ステーション計画の主なマイルストーンと経緯

IGA: Intergovernmental Agreement、政府間協定 MOU: Memorandum of Understanding、了解覚書

FMPT: First Materials Processing Test、第1次材料実験、1992 飛行

IML: International Microgravity Laboratory 、 国 際 微 小 重 力 実 験 室 ( NASA: National Aero-Space Administration:アメリカ連邦航空宇宙局)の飛行プロジェクト

TT500: NASDA([注釈])の小型ロケットの名称、それを用いた微小重力実験名 TR-1A: NASDA の小型ロケットの名称、それを用いた微小重力実験名

図 1-1 に示してあるように、ISS は国際協力の計画として、開始以来四半世紀以上の時間が経 過している。その間に、ISS 計画を取り巻く国際的な社会・政治・経済等の周辺環境が大きく変化 し、また、その間、地上の科学研究の進歩と技術革新も目覚しいものであった。1980 年代中頃、

ISS 計画参加への時点で掲げられていた我が国の考え方(ISS 計画参加の意義と目標、及び、そ こで展開される宇宙環境利用の意義と目標)が、四半世紀という時間の経過の中で変遷を遂げ

[注釈] 宇宙開発事業団(NASDA:National Space Development Agency of Japan)、宇宙科学研究所 (ISAS:Institute of Space and Astronautical Science)、航空宇宙技術研究所(NAL: National Aerospace Laboratory)は 2003 年 9 月まで存続し、同年 10 月にこれら3機関が統合され宇宙航空研究開発機構

(JAXA: Japan Space Exploration Agency)となる。

[注釈]2 2010 年 3 月の宇宙開発機関長会議で合意され、我が国としては同年 8 月に決定。

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てきた。それらは、有人宇宙開発や宇宙環境利用に対する社会的・政治経済的な環境の変化に 対応するために、宇宙開発委員会等での審議を経てとりまとめられてきた「国の考え方の変遷」

であった。その変遷の主な「流れ」を図 1-2 に示しておく。この「流れ」は、本書の各章の内容:ISS の計画推進と、JEM(きぼう)の利用促進及び利用推進の枠組みや方策、並びに各論を理解する ための参考にして戴きたい。また、各時点において審議報告のポイントを表 1-1 に纏めてある。

詳しくは 7 章をご覧戴き、トピックによっては他の章をご覧ください。

図 1-2 国際宇宙ステーション計画の流れ

表 1-1 意義・目的の変遷の流れ 図 1-2 の番号

(参照する節) 意義・目的の変遷:強調されたポイントや考え方

(7.2.1 節)

宇宙科学・地球観測への寄与、宇宙環境利用研究の実用化、宇宙科学技術高度 化と科学技術一般への裨益、国際貢献

(7.2.3 節)

科学的知見の創造、社会発展・生活向上に役立つ地上研究へ寄与と貢献、広範 な技術の高度化、人類活動圏の拡大、地球社会の活性化

(7.2.3 節)

先端科学技術に挑戦、社会経済へ貢献、宇宙活動基盤強化

(7.2.4 節)

有人宇宙技術の蓄積、きぼうモジュールの着実な打ち上げ、民間活力の導入と運 用の効率化、優先度に応じて利用計画の見直し、運用・利用経費の大幅削減

(7.2.5 節)

有人宇宙技術等の高度化、社会経済基盤の拡充、科学的知見の創造、国際協力 の推進、運用・利用に関して官民協同体制の構築、利用計画重点化、新利用制度 の創設

(7.2.5 節)

ISS計画の推進は有人宇宙技術蓄積・産業応用可能な科学的知見創造に不可 欠、費用対効果比最大化のため民間活力の導入、利用の多様化、利用計画重点 化、運用・利用経費の削減、アジア諸国との共同利用促進

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1.3 本書の構成と記述内容の流れ

ISS 全体は勿論のこと、その一部である我が国の JEM(きぼう)モジュールでさえ巨大な有人宇 宙システムであるから、これを如何に記述したら理解してもらえるのかは難題であり、本書完成の 現時点で回答が出せているとは到底思えないが、読者の理解を助けるために、本書の構成の基 本的考え方と各章の概略について述べる。

まず、ISS 計画へ参加した我が国のプロジェクト全体を概観すると、システムの開発、即ち JEM の設計製造等、システム構築と利用に関する国際調整や政策審議、システムの利用、の三者に 大別されるから、それらに沿って章建てをするのが適当であると考えた。これは先に掲げた図 1-1 を見て頂くと分かるように、下に向かっての各行の名称、棒グラフ的に示した、業務名とプロ ジェクト名称等が、各章の内容や記述に対応している。

各章の記述は、第1章緒論に始まり、第14章が纏めである。この中で第2章から第6章までが システムに関する記述、第7章から第13章までがシステムの利用に関する記述となる。システム 全体の国際調整に関する法的な側面からの記述が第3章となっている。ISS 計画全体の流れと JEM(きぼう)の開発と運用利用に係わる政策の進展過程は第2章に、JEM(きぼう)の利用促進 及び利用推進に係わる政策・審議の過程は第7章に記述される。

以下に各章の記述内容を概観する。

第1章 緒論

本書編纂の趣旨、全体の章構成、各章の記述概要や読者への注意事項等々を、総合的 に紹介し、現在地球周回軌道を飛行している我が国の実験モジュール JEM(きぼう)が読者の 期待に応えることを念願している。

第2章 宇宙ステーション計画参加活動の全体経緯

本章では、米ソによる宇宙開発競争時代から、現在の ISS の時代に至るまでの主な事柄を 年代記的に纏めてある。我が国おいてはロケットや人工衛星開発を 1970 年代から本格的に 開始し、1980 年代になりスペースシャトル利用や ISS 計画に参画した。以後、30 年近くにわた り我が国の実験モジュール開発と利用計画を推進して来た。その期間中の主な事柄、イベン ト、問題等の中で主なものを時系列的に集大成した。

第3章 国際宇宙ステーション計画における国際協力の法的枠組み

本章では、参加各国が国際協力により ISS 計画を実現するための諸条件を定めた政府間 協定(IGA)を中心に、合意に至るまでの外交交渉経緯や各国事情、国連宇宙条約レジーム における位置づけ、主要条文の概要、内包する問題点や今後の課題等について解説する。

第4章 日本の有人宇宙技術獲得の道のり

本章では、スペースシャトル利用から始まった我が国の有人宇宙技術獲得は、ISS 計画参 画を通して着実に進められたこと、人間が宇宙で活動するに必要なシステムの開発技術、生 命維持・環境制御技術、運用管制技術、宇宙飛行士の選抜・訓練・健康管理技術、等々で当 初の目標を概ね達成していること、等を解説する。

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第5章 日本の宇宙実験システム JEM の技術開発 [Ⅰ]

-有人宇宙システム技術(与圧系)の開発と将来展望-

本章では、開発仕様が決まる前後の状況、与圧系の機能概要、開発終了に至るまでの経 緯、ならびに我が国としての有人宇宙技術獲得状況を解説する。さらに技術習得内容を考察 し、我が国として課題を指摘すると共に、将来への提言を示す。

第6章 日本の宇宙実験システム JEM の技術開発 [Ⅱ]

-有人宇宙システム技術(曝露系)の開発と将来展望-

本章では、多くのミッション要求に応えるため、曝露部の機能性能が仕様として決められた 頃より、開発完了に至るまでの経緯を構成要素毎に概観し、特に宇宙飛行士の船外活動との 整合性に留意したこと、開発過程で考案した不具合解析手法、機構潤滑技術、熱制御技術、

等々は他の産業分野に応用されていること、将来の宇宙システム設計に適用できること、等を 解説する。

第7章 JEM(きぼう)の利用促進並びに利用推進活動の変遷

本章では、宇宙開発政策大綱、宇宙開発委員会の決定等を受けて、宇宙開発機関が実施 して来た ISS・JEM(きぼう)の利用促進と推進の諸施策の流れを、1980 年代から現在に至るま で概観する。1990 年代後半に実施された当時の宇宙開発事業団の施策の推移、中央省庁 の再編と宇宙三機関の統合後に辿った経緯等々、世界及び我が国の政治経済情勢と社会 情勢の激変の中で進められた ISS・JEM(きぼう)の利用促進並びに利用推進の活動が、大き な制約と困難の中で進められ、現在に至っていることを解説する。

第8章 宇宙環境利用研究を推進する仕組みと技術

本章では、ISS 利用計画は 1990 年当時、スペースシャトル利用計画と同時並行的に進めら れていたこと、利用計画は利用計画ワークショップ等を通じて作成されていたこと、等を説明 し、また、宇宙開発機関担当の大きな仕事として宇宙実験技術開発に取り組んでいて、それ らの技術水準の指標としては実験装置開発であるので、主な装置開発の推移を概観する。ま た、国際パートナー間で適宜開催された利用ミッションに関する協力調整会等の活動を報告 する。

第9章 宇宙環境利用研究の経緯-生命科学分野-

本章では、我が国の宇宙環境利用生物学・医学研究はスペースシャトル利用から始められ、

1990 年代にも着実に成果を上げて来ていることを記述する。また、宇宙実験へ向けた環境整 備(フロンテア共同研究、公募型地上研究、実験装置開発等)、並びに我が国における研究 コミュニテイの状況に触れ、今後の当該分野の展望を示す。

第10章 宇宙環境利用研究の経緯-物質科学分野-

本章では、物質科学分野が 1980 年代から欧米においても期待が先行して宇宙実験が開 始されたこと、その後、可変重力科学へと地道な見直しが掛けられたこと、等から説き起こし、

1990 年代には我が国においても宇宙環境利用シナリオなどの下で、利用研究推進策は講ぜ られこと、そして、世界的に大きく注目される成果も上げて来たこと、また、研究者の国際協力 による宇宙実験実施も進められていること、等を解説する。最後に、微小重力科学実験がシス

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テム工学的な面からのバックアップも不可欠との観点から、将来へ向けた可変重力科学の総 合的発展とその還元を図るべきことを提案する。

第11章 先導的応用化・実用化研究の経緯

本章では、ISS の民間企業による利用促進策は 1998 年度より施策実施が開始され、現在に 至っていること、当時までの諸外国の施策やプログラム例を参考としつつ、地上研究から宇宙 実験に至るまでの一貫した研究体制を産学官で構築し、実施して来たこと、等の経緯を概観 する。また、当該分野の研究テーマ領域、研究課題等は情報収集と調査、諮問委員会の意 見、宇宙開発機関の意向等を勘案して選択してきており、研究テーマ例として、タンパク質研 究を掲げ、そこでは将来の創薬に向けた貴重なデータ情報を獲得している成果を示す。最後 に、今後の ISS の多角的な利用可能性検討・利用発掘へ向けた活動も紹介する。

第12章 JEM 曝露部利用(科学と技術開発)への取り組み

本章では、我が国の実験モジュールの曝露部は、当初科学観測ミッション利用のみならず、

恒久的な前進基地としての有人支援利用が目的であったこと、その後、スペースシャトルの事 故、ISS 本体の見直し(米国)等があり、利用計画立案に影響があったことから記述する。そし て、当初の利用ミッション要求は科学観測、地球観測、通信、理工学実験と大きい4分類が設 定されて居て、第一期利用テーマも選定された経緯を概観する。そして第一期利用テーマの 開発を通して曝露部を利用する上での課題も顕在化し、それらの経験からすでにテーマ候補 も選定されている第二期利用の実現に向けて取り組むべき方向性に言及する。

第13章 宇宙環境利用の開拓-人文社会科学分野の取り組み-

本章では、人類がその活動領域を宇宙へ拡大し、宇宙で生活を営もうとしたとき、科学技術 以外の非物質面で、何が本質的な課題になるかのか、これに迫るための人文社会科学分野 のこれまでの調査研究等の活動を紹介、そこから明らかになってきた課題を示すことにより、

宇宙開発における人文社会科学分野が果たすべき役割と、同分野への期待について概説 する。このことにより、科学技術と人文社会科学の「連携」と「総合」が、宇宙への人類の活動 領域の拡大という人類史的な活動には不可欠な協働作業であることを強調する。そのことを 示すために、「宇宙に対する人類の取り組み」の発展段階に対応した「階層構造」を定義し、

各階層での「宇宙と人間」の関わりを想定しながら、人文社会科学分野の位置付けと機能とを 解説した。また、そのような取り組みの導入部で、「新しい社会:宇宙」の特徴を表現するため の芸術分野が果たす役割についても強調した。

第14章 国際宇宙ステーション利用の今後の展開

本章においては、本書の総合的サマリーとして、JEM(きぼう)の組み立てフライト、日本人 宇宙飛行士の長期滞在等、補給機の打ち上げと宇宙ステーションへのドッキング等々、最近 ニュースにも取り上げられている話題を初めに瞥見し、1980 年代後半に我が国が ISS 計画に 参画するときに掲げた意義や目標が、現時点でどの程度達成しているか、自己評価を含めて 分析する。そして、ISS の運用も 2020 年まで延長することが国際的にも約束されたので、宇宙 開発基本計画に沿った計画の推進を図ること、従来から言われた科学成果創出、社会還元 型利用、先端技術開発等に止まらず、教育・人材育成とアジア諸国への知識力の展示・映写

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(Knowledge Projection)を推進すること、等を今後の展望とする。

一部の章を除いて、殆どの章は独立した内容になっている。説明や解説がその章内で完結す るようにしてある。従って、読者は各章のタイトルから判断して、自分の関心ある章を先に読んで 頂いても、脈絡は十分理解出来るような章内の記述と構成となっている。但し、第2章は ISS 計画 全体を概観してあるので、時系列的な ISS 計画の進展と展開を理解する観点から、各章の参考 文献としての役割を担っている。

1.4 今後の国際宇宙ステーション利用に対する期待

冒頭でも述べた如く、ISS は科学や技術のためだけのために建設されたわけではなく、多種多 様な目標と目的を持ってこれまで開発されて来た。これについては参加パートナー諸国も同じで ある。本項ではその中の一つ、科学と技術の面からの期待について触れる。

1980 年代中ごろに計画が開始され、爾来 25 年来の ISS が本格的な稼動期に入ったことは大 変喜ばしいことである。本章共同執筆者の一人が宇宙環境利用研究システムに参加して 10 年余 が経過した。そして思うことは、何としてでも今迄の蓄積を、厳しい選択を通して、実験に結びつ けてほしいとの個人的な願望を読者にお伝えすることだ。

1990 年代までの我が国の微小重力実験の数を見ると、例えば、今迄 6 分以上微小重力下で の実験は 218 件ある[3]。宇宙実験を目指した地上での準備実験としての公募地上研究では、応 募総数約 3000 件中 706 件が採択され、内評価の高いものが 15%程度存在し[4]、“きぼう”の運 用利用の開始を待ち望んでいた。度重なる運用利用の開始の延期という長い待機期間を経て稼 動し始めた“きぼう”ではあるが、第二期、第三期の“きぼう”利用の研究課題候補が、待機してき た公募地上研究の終了課題から創出されることが十分に期待できるのである。我々の期待が現 実身を帯びているとする根拠は、四半世紀も前に決断して参加し、それ以来、様々な困難を克 服し組立てられてきた ISS 及び JEM(きぼう)が、現在、地球周回の軌道上で運用されているという 輝かしい成果を、利用研究者が待ち望んできたからである。その全体の評価は現時点で簡単に は決められないと思う。目に見えるハード部分でのみで評価するのは容易だろうが、それ以外に 無形の形で得たものは、数え切れなくあることを忘れてはならないと思う。

ISS 計画の推進過程を見るとき、国際規模での共同開発や共同利用としては、日本がこれまで に推進してきたプロジェクトとは異質の内容も少なくない。その第一は参加した国の多さにある。

総計 15 ヶ国、その中に米国、ロシアが含まれていることもその特徴であろう。

その目的とする処は、人類の活動領域の拡大(多様な宇宙環境利用の展開)と地球周回軌道 以遠の宇宙進出を目指して、科学者や技術者に有人宇宙技術の研究開発や技術実証のための 機会を提供するとした点であろう。即ち、人類の夢を究極の目標に置いている。目標に一歩でも 近づくための原動力は科学と技術をおいて他にない。その力を培うための軌道上研究所“きぼ う”が実現している。

まもなく建設を完了して定常的な運用利用の段階に到達している現在、その計画段階から、ま た建設の最初の段階から携わった方々は、大型共同利用施設の建設というプロジェクトに関して 膨大な知識と経験を会得している。この ISS 計画は地球規模のプロジェクトとして、他に比肩する

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ものはない。この歴史的事実を、部分的とは言え、活動史として残すことによって、将来、かけが えのない地球を護るプロジェクト -例えば地球の気候変動に対処する国際プロジェクト- に 役立てることも、想定されるように思われる。

この言わば、人類がそう何度も経験することの出来ない ISS の建設とその運用利用の巨大プロ ジェクトの歴史を、主として科学と技術の面からの記録として残せるならば、その意義は将来必ず や評価されるであろう。幸い、ISS が完成をみている今、このプロジェクトに関係され、活躍された 方々の協力が得られる今、ISS 活動史編纂を実行する最良の時期と考えた。

この多彩な共同施設の建設に参加した方々は恐らく数千人以上になるのではなかろうか。幸 いにも、その中で中核として建設と運用利用の貴重な体験を持った人達が、万難を排して本書 の執筆活動及び編集活動に参加して下さったことは、誠に有難いことで、この記録が何年か先に 評価されることを期して待ちたい。その時にこそ、建設時の生の声-苦悩に満ちた判断も含め-

の本来の意味が、読者に伝わって行くことを信じている。

そして、今や定常稼働期に入った ISS と JEM(きぼう)が、これから生み出すであろう成果-宇 宙環境利用研究と技術開発の成果-を活用し、本書執筆者の教訓や反省を生かし、課題を克 服して次の展開に繋げて戴きたい。

1.5 未来への希望を載せた JEM(きぼう)

宇宙航空活動の歴史はその濫觴から今日に至るまで、限界への挑戦、画期的成果の追及で あった。20 世紀最後に登場した ISS は、参加パートナー全員にとって様々な意味で限界への挑 戦であったし、画期的な成果を追求してやまない活動であった。我が国が ISS へ参加する際に掲 げた参加の意義 「4項目」 は、関係者の献身的な努力無しには一歩たりと雖も前に進まなかっ た事柄である。現時点で 20 年以上前に掲げた参加の意義だけに捉われていては不十分と思わ れるから、更に新しい参加の意義も創り出さねばならない。国際協力や自然科学、法律等だけで はなく、人文社会科学全般、芸術的意義への広がりを今後の展望として期待している。

今後、定常的な運用利用の時代になっても、宇宙での挑戦の場、多種多様な成果を限りなく 追求する場であり続けることには変わらない。我が国の実験モジュール JEM(きぼう)は、我が国 の希望を載せて地球周回軌道を飛行している。

我が国の宇宙開発利用の活動は平和目的のためとされており、軍事技術開発と並行して開発 されては来なかった大変ユニークな開発方式で今日に至っている。この事により、我が国が ISS のパートナーとして遜色があったわけではなく、むしろ仕事を立派にこなすという言う意味で、今 や世界の最高峰に至っている。

然しながら、多くの点でまだまだ国家として、社会として、宇宙開発機関、研究機関ともども至ら ぬことは多く、ISS 計画からの反省材料も多い。何事によらず、予算の大小によらず、行なった研 究・技術開発は、その成否に関わらず、次の時代の人々が知りうる形で残すべきであり、その責 務の一端に本書が貢献出来ることを念願している。

各章においては、執筆者の経験した範囲でいかなる挑戦があったのか、いかなる画期的成果 を追求して来たのかに関して言及がある。然しながら、本書の執筆者ではカバーしきれていない テーマや課題・領域も沢山残っている。本書は ISS の建設とその利用に関して、ほんの一部を記

(19)

述するのみで、全てを記述してはいないことを再度お断りし、本書が引き金となって、ISS の構想、

企画、そして構築に携わった方々の薀蓄が正史に加えられることを心より期待したい。

なお、きぼうモジュールの概要、開発の経緯等に関しては、参考文献[5]に分かり易く記述されて いる。宇宙航空研究開発機構ホームページにおいて公開されており、読者は適宜それを参照頂 きたい。

参考文献

[1] 宇宙基地計画参加に対する基本構想 宇宙開発委員会宇宙基地計画特別部会報、1985 年 4 月

[2] 新たな全国共同利用研究体制の確立に期待する-国立大学法人化後の学際的・融合的究 のために-、松尾研究会報 Vol.13 2004、 財団法人松尾学術振興財団

[3] 井口洋夫監修 我が国の宇宙実験-成果と教訓-、平成 17 年(2005)3 月、宇宙航空研究開 発機構 日本マイクログラビテイ応用学会 Vol.22 Supplement 2005

井口洋夫監修 要覧版 我が国の宇宙実験―成果と教訓

[4] 審査会等からの報告、これら数値等は評価報告書の中で近々公開される。

[5]「きぼう」ハンドブック

(20)

第 2章 宇 宙 ステーション計 画 参 加 活 動 の全 体 経 緯

(21)

目 次

2.1 はじめに...2-4

2.2 世界と日本の宇宙開発利用の動向(1970年代から1980年代前半頃までを中心 に)...2-5 2.2.1 世界の宇宙開発利用動向...2-5 2.2.1.1 ソ連の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向...2-5 2.2.1.1.1 有人宇宙ステーション関連...2-5 2.2.1.2 米国の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向...2-6 2.2.1.2.1 スペースシャトル関連...2-7 2.2.1.2.2 有人宇宙ステーション関連...2-9 2.2.1.3 欧州の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向... 2-10 2.2.1.3.1 スペースシャトル搭載宇宙実験室(スペースラブ)関連... 2-10 2.2.1.3.2 有人宇宙ステーション、フリーフライヤ関係... 2-10 2.2.1.4 その他... 2-11 2.2.2 日本の宇宙開発利用動向... 2-11 2.2.2.1 全般... 2-11 2.2.2.2 ロケット、人工衛星分野... 2-11 2.2.2.3 有人宇宙活動、宇宙環境利用分野... 2-12

2.3 宇宙ステーション計画への日本参加に対する取り組み(昭和57年/1982年から)、

JEM予備設計終了(昭和62年/1987年)まで... 2-13 2.3.1 昭和57年の取り組み... 2-13 2.3.2 昭和58年の取り組み... 2-14 2.3.3 昭和59年の取り組み... 2-17 2.3.4 昭和60年の取り組み... 2-22 2.3.5 昭和61年の取り組み... 2-25 2.3.6 昭和62年の取り組み... 2-29

2.4 JEM 開発着手(昭和 62 年/1987 年)からロシア参加招請まで(平成 5 年/1993 年)... 2-31 2.4.1 昭和62年の取り組み... 2-31 2.4.2 昭和63年の取り組み... 2-31 2.4.3 平成元年の取り組み... 2-33 2.4.4 平成2年の取り組み... 2-36 2.4.5 平成3年の取り組み... 2-37 2.4.6 平成4年の取り組み... 2-39 2.4.7 平成5年の取り組み... 2-41

(22)

2.5 ロシア参加(1994年)から宇宙ステーション組立て開始(1998年)まで... 2-46 2.5.1 平成6年の取り組み... 2-46 2.5.2 平成7年の取り組み... 2-47 2.5.3 平成8年の取り組み... 2-50 2.5.4 平成9年の取り組み... 2-52 2.5.5 平成10年取り組み... 2-54 2.5.6 平成11年の取り組み... 2-56

2.6 2000年代初頭における宇宙ステーション計画の状況... 2-58 2.6.1 平成12年の取り組み(中央省庁再編前)... 2-58 2.6.2 平成13年の取り組み(中央省庁再編後)... 2-59 2.6.3 平成14年の取り組み... 2-60 2.6.4 平成15年の取り組み... 2-62 2.6.5 平成16年の取り組み... 2-63 2.6.6 平成17年の取り組み... 2-64 2.6.7 平成18年の取り組み... 2-65 2.6.8 平成19年の取り組み... 2-66 2.6.9 平成20年の取り組み... 2-66 2.6.10 平成21年の取り組み... 2-67 2.7 宇宙ステーション計画前半期のまとめと教訓(齋藤私見)... 2-67

(添付1) 宇宙ステーション協力ガイドライン抜粋... 2-72

(添付2) 宇宙ステーション計画IGA/MOU締結の経緯(詳細は第3章参照)... 2-72

(添付3) クリントン政権宇宙ステーション計画見直し検討報告書(ブルーリボンパ ネル報告書)要旨抜粋... 2-73

(添付4) 宇宙ステーション計画へのロシア参加のための統合計画概要抜粋... 2-74 参考文献... 2-74

(23)

2.1 はじめに

国際宇宙ステーション計画への我が国の参加に関して、当初(1982 年)から組立てが本格 的に開始された 2000 年頃までの間、実施機関においてほぼ全体が見通せる業務に長期間 にわたって係わらせて頂き、貴重な体験をする事が出来ました。この極めて大規模で長期に わたる計画の全体像と推移の記録を残す事、及び体験を通して得た教訓のようなものをまと めて、今後の国際宇宙ステーションの運用利用、将来の大型宇宙開発利用国際協力計画や、

類似の科学技術分野での国際協力などに、少しでもお役に立てれば幸いと思っておりました。

こんな折、井口先生から有難いお申し出があり、記録の収集・整理と原稿化の作業を始めて 1 年半、なんとか読んでいただけるような資料にまとめる事が出来ました。(資料があまりに膨 大で、本資料ではプログラムおよびシステム全体を鳥瞰した記述レベル、要点のみに止めま した。従って、解りにくい点等あるかと思いますがご了解ください、詳しくは 3 章以降の内容や、

後述の参考文献、JAXA 資料もご参考にして頂ければ幸いです)。

取り組みを記述するに当たっては、当時の国際関係、社会・政治状況、先進宇宙開発国の 動向なども鳥瞰しつつ、可能な限り事実に即して、その内容と経緯を時系列的に、記述しな がら全体像も理解して頂くべく努力しました。もとより、政府、宇宙機関、研究機関、産業界等 の数えないくらい多くの方々が、宇宙ステーション計画参加活動に関与されておられますの で、記述が偏ったり、私の理解が十分でなかったりしている可能性も高いので、不十分な点が ありましたらご容赦頂きたいと思いますし、ご指摘いただければ幸いです。読者に、より理解し やすように、所々に、解説も含めて、個人的に感じた事や考えも挿入しました(コメントと表 記)。

宇宙ステーション、宇宙基地と両者の呼び名については、特定文書で用いられている場合 は、そのまま該当呼称を使い、その他は宇宙ステーションに統一しました。また、邦暦と西暦 の使い分けについては、国内活動に関しては前者を、海外活動については後者を、原則とし て用いました。

なお、私が宇宙ステーション計画から離れた後の記述は、JAXA1から提示された資料、及 び第 7 章を参考に、宇宙環境利用関係に重点をおいて簡単に記述しました。また、私の記述 が足りなかった部分、特に、国際協力関係の記述について、吉村善範さん作成の原稿案の 中から、その一部を本人の了解のもとで挿入しました、なお、該当部分には、(Y)を文章最後 に付け加えました。資料内容を検索し易くする為に、パラグラフ毎に脚注2のような記号を冒頭 に付けました。

以下に記述する内容は、次のような構成から成り立っています、①宇宙ステーション計画以 前の世界(ソ連、米国、欧州)と日本の宇宙開発利用の動向と、宇宙ステーション計画が誕生 した背景等、②昭和 57 年/1982 年から本格化した米国の宇宙ステーション計画立案作業と 予備設計段階の活動、こうした活動への日本の参加、取り組みの経過、日本実験棟 JEM 計

1 清水順一郎さんを通じての提供

2 Am:米国関係、Eu:欧州関係、Ca:カナダ関係、So:ソ連関係、Ru:ロシア関係、Po:政治、政 策、国際関係、Ge:一般、計画全般関係、De:開発、開発管理関係、Ut:利用関係、Op:運用 関係、HT:HTV 関係、Ce:セントリフュージ関係、Ma:有人関係、Sa:安全保障関係、In:産業界 関係

(24)

画がどのように決まって行ったかなど、③昭和 62 年/1987 年の JEM 開発着手から、ソ連崩壊 後にロシアの参加を日米欧加が共同招請した時期までの米国宇宙ステーションフリーダム SSF 計画の推移と日本の参加活動の経過、繰り返された米国の計画見直しと日本の対応な ど、④平成 6 年/1994 年からのロシアも参加した国際宇宙ステーション ISS 計画の推移と日本 の取り組み経過、ロシア参加に伴う混乱、JEM きぼうの運用・利用準備(事前宇宙実験、体制 強化等)取り組みの本格化、⑤ISS 組立てが本格的に始められた平成 12 年/2000 年以降の からの ISS 計画の推移と日本の取り組み経緯、コロンビア事故と ISS 組立て延期、その対応、

日本政府の宇宙開発利用体制と方針の推移と NASDA の対応、JEM 組立て完了など、⑥宇 宙ステーション計画参加前半期のまとめと教訓(齋藤私見)。

まず、宇宙開発の経緯と時代背景等の全体像を、下図に示します。

2.2 世界と日本の宇宙開発利用の動向(1970 年代から 1980 年代前半頃までを中心に)

2.2.1 世界の宇宙開発利用動向

世界は、米ソを中心とした冷戦構造の下で、それぞれロケット、人工衛星、有人宇宙船 の開発や打上げ競争を、繰り広げていたが、時代は、国家威信から実用化を重視した計画 へと順次移行しつつあった。

2.2.1.1 ソ連の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向 2.2.1.1.1 有人宇宙ステーション関連

★So 人工衛星、有人宇宙船の打上げでは、米国に先行し、大きなインパクトを世界に与 えたソ連であった。しかし、こうしたソ連に逆転を目指す米国の有人月探査計画(アポロ計画)

が進行する中、これに対抗すべく、ソ連も超大型ロケットの開発に努力したが、大型ロケットエ ンジンなどの技術、経済基盤がまだ弱く、開発が順調に進まなかった(参考文献 6、7)。このた め、無人月サンプルリターン、有人火星飛行等もにらんだ有人宇宙ステーションを中心とした、

開発利用などに力点を、移したと考えられている(参考文献 7、9)

(25)

★So 第 1 段階の有人宇宙ステーションサリュートは、1971 年 4 月 1 号(第 1 世代)を打上 げ、以後 1973 年 4 月 2 号(第 2 世代)、1974 年 6 月 3 号(第 2 世代)、同 12 月 4 号(第 2 世代)、1976 年 6 月 5 号(第 2 世代)、1977 年 9 月 6 号(第3世代)、1982 年 4 月 7 号(第3 世代)を次々に打上げ機能性能の向上が図られていった。

★So 本格的有人宇宙ステーショ ンミールは、1986 年にコアモジュー ルが打上げられ、以後ミッションモジ ュールを追加しながら、利用拡大が 図られた。

★So 1987 年から 10 年間に実施 した利用ミッション分野、ミッション課題 数は、宇宙物理、地球物理、応用化 実験、医学研究、宇宙技術応用化、

材料研究、微小重力研究、基礎生 物学、リモートセンシング&環境、生物工 学の順になっている。

2.2.1.2 米国の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向

★Am 世界で初めて人工衛星(1957 年)、有人宇宙船(1961 年)打上げに成功し、社会主 義体制、科学技術、軍事的能力等の優秀さを宣伝したソ連に対抗するため、自由主義諸国 の代表を自認する米国が、国家の威信をかけ体制を整備し(1958 年 NASA 設立、アイゼンハワー 大統領決定)、遂行した計画がアポロ計画(人類初の月着陸、1961 年ケネディ大統領決定)

であり、ピーク時で米国の国家予算の約5%、20万人を動員した壮大な計画であった(参考 文献 8)。(コメント:NASA 及び契約企業にとっては、この計画があまりに華々しくかつ成功裏に 終わったこともあり、以後、この成功体験が忘れられない様子が感じられた。アポロ時代以降

(26)

の NASA 予算、人員の減少は激しかったことを考えると理解出来るところがあるが)

★Am しかしながら、一方で、米国はベトナム戦争(1964 年~1975 年)に苦しみ、1970 年代 は、より効率的・実利的な宇宙開発利用が必要とされる時代に入っており、アポロ計画は、予 定していた最後のフライトを待たずに中断された(アポロ 20 号までがアポロ 17 号で中止、ニク ソン大統領決定、参考文献 4)。

★Am 米国の宇宙開発は、大統領を頂点として、政治決定の重みが他国より強い。このた め、参考に下記に歴代大統領、NASA 長官の推移図を示す。

図2-5 2.2.1.2.1 スペースシャトル関連

★Am アポロ計画の目標達成が近づく 1960 年代終頃には、ポストアポロ構想が広く研究さ れていた。宇宙ステーションと月面基地、火星探査、宇宙ステーションとスペースシャトルの 3 案があったが、資金的にはどれも実施できる環境になかった(参考文献 4)。検討の重点が置 かれていたのが、完全/部分再使用型スペースシャトル、宇宙ステーション、スペースタグ

(軌道間輸送機)で、これらはセットで検討されていた。

★Am ポスト・アポロ計画を立ち上げるに当たり、NASA は、国際協力の範囲をハードウェ ア開発まで広げると共に有人飛行計画のシステムまで広げる事とした。1969 年に、NASA は 欧州、カナダ、日本に宇宙ステーションとスペースシャトルを中心としたポスト・アポロ計画への 参加を呼びかけた。(Y)

(27)

★Am ニクソン大統領(共和党、1969 年就任)は、将来の宇宙開発目標に関する政策声 明の中で再使用型宇宙輸送機に高い優先順位を与えた(1970 年 3 月)、1971 年にニクソン 大統領が任命したフレッチャー長官がスペースシャトルの現実的案の検討を主導。スペースシャ トルは、米軍(DOD)がこの計画を支持したことから、決まったといわれている。その後、ニクソ ン大統領が、スペースシャトル計画を承認した頃(1972 年、現固体ロケットコンフィギュレーシ ョンは、1973 年 2 月に NASA が確定)には、スペースシャトルを4機整備し(1機約100回のフ ライト)、1980 年代から 1990 年代に計約 600 回のフライト(NASA、DOD、他ミッション)、定常飛 行段階でのフライト当りの費用は 8.5M$(当時のレート)が想定されていた

★Am カーター大統領(民主党、1978 年就任)は、就任後、国家予算引き締め政策をとる と共に、国家安全保障会議に対して、宇宙政策の再検討を指示。米国の宇宙政策基本方針 を明確化した上で(軍事、非軍事の重複投資をやめるなど)、政策検討委員会を設置して審 議。この結果を非軍事宇宙政策として発表、①応用・科学・技術開発分野間でのバランスを 確保、②有人宇宙活動により最も効率的に遂行できる見込みがある場合に有人宇宙利用を 実施、③アポロ計画に比肩できるような大型技術計画に着手する事は不可能かつ不要、④ 具体的事項としては、太陽発電衛星や宇宙材料工場の開発は時期尚早であるが、それに至 る過程としての科学及び基礎技術を重点とした計画を進める、など。これに対して、議会の宇 宙開発推進派や航空宇宙業界から失望と反発が起こったとされている。(以上、参考文献 4)

★Am NASA は、宇宙材料処理プログラムを推進した。その長期目標は、①宇宙の科学的 利用を通じて物質の基礎的プロセス及び特性の理解を深める事、②製品ないし材料を開発 することによって宇宙の材料関係活動の効果を実証する事、③材料科学及び技術研究のた めユ-ザをスポンサーとする宇宙利用を開始する事、④民間資金による軌道上の製造オペレ ーションを実現する事であった。具体的には、1978 年からの 5 カ年間の飛行研究段階、1982 年からの製造開発段階、1989 年以降の産業利用段階を想定していた。(参考文献 16)

★Am 1980 年頃には、スペースシャトルミッションモデルは、12年間で460回、標準打上

(28)

げ費(プライス)は 23.8M$/フライト(1978 年レート)(参考文献 12)となっていたが、スペースシ ャトル初号機及び 2 回目の打上げが 1981 年、3回目が 1982 年、4 回目が 1983 年と続くに従 って、その課題も明らかになって来ていた。

★Am 一方、スペースラブは、1983 年 11 月の初飛行(ESA/NASA 共同フライト)後、1985 年 5 月にスペースラブ 3 号、同 7 月にスペースラブ 2 号が飛行したが、後述のチャレンジャー 事故により、スペースラブによる本格的な宇宙実験は、大きく遅れることとなった。

2.2.1.2.2 有人宇宙ステーション関連

★Am アポロ計画中断で、不要となったサターンロケット第 3 段目を宇宙実験室に改造し、

米国として始めての有人宇宙ステーション「スカイラブ」を打上げ(1973 年 5 月)、各種科学研 究を実施した(5 月、7 月、11 月宇宙飛行士打上げ)。この時の本格的な有人宇宙実験で、そ の有効性、可能性を示し、この分野での期待が高まるきっかけを作った。なお、最初の宇宙 実験は、アポロ計画で行われ、その後、1975 年のアポロ/ソユーズテストプロジェクト ASTP で も行われた。

★Am これら初期段階の宇宙実験の結果から、高純度結晶、超強度合金、高純度医薬品 など産業分野への宇宙利用の期待が高まる事となった。

★Am 1970 年終わり頃から、NASA の恒久的宇宙ステーション概念研究として、①JSC を 中心とした SOC(宇宙運用センター、静止軌道が将来の宇宙活動の主たる運用領域となり、

大型で複雑な宇宙システムが必要となると予想し、これに対処するための軌道上運用施設)、

②MSFC を中心とした S&A Platform(科学応用プラットフォーム、科学および応用ミッションをスペ ースシャトルのサービスを受けながら実施する軌道上施設)の概念研究が盛んに行われた。

(コメント:後に、レーガン政権によってスタートを切ることになった宇宙ステーションは、この両者 の機能と新技術開発テストベッド機能を併せ持つ巨大なシステムへと発展する事になった)

★Am レーガン政権(共和党、1981 年就任)になって 1982 年に策定された国家宇宙政策 には、「宇宙における米国のリーダーシップを維持する」、具体的には、「宇宙輸送における 世界的リーダーシップ」及び「宇宙科学、応用及び技術といった重要な面における米国のリ ーダーシップ」と明記されている。また、宇宙計画は、ハードウェア中心の計画ではなく、用途、

効果を十分に考慮したユーザフレンドリなシステムでなければならないとの指令が大統領府

(29)

から出されていたとの事であった。

★Am レーガン政権になって、ベッグス NASA 長官が就任、同長官は、上院での承認ヒヤリ ングにおいて、個人的ビジョンとして、常時有人宇宙ステーションの建設を次の主要ゴールと する旨、発言した。(Y)

2.2.1.3 欧州の有人宇宙活動、宇宙環境利用動向

戦後、米ソに大きく遅れをとった欧州としては、米ソと個別に協力しつつも、長期的には自 立し、対抗することを志向し、国際協力を続けながらも着実に、独自の宇宙開発利用技術や システムの開発を続けていた。

2.2.1.3.1 スペースシャトル搭載宇宙実験室(スペースラブ)関連

★Eu NASA からのポストアポロ計画参加の呼びかけに対して(1969 年)、欧州は、①機体 の一部を開発する、②軌道間輸送機(タグ)を開発する、③研究応用モジュールを開発すると いう3つのオプションを 1971 年~1972 年まで 20M$を投入して検討を行い、「タグ」開発が望ま しい貢献と考えていた。しかし、欧州の検討期間中に、米国側の考え方が明確化され、①欧 州の技術レベルがまだ不十分、②クリティカルな部分を外国に依存したくない、③安全保障 上の問題などの理由から、米国案は研究応用モジュール(宇宙実験室)の開発というもので あった。しかも、この案は、“take it or leave it”と言う提案であった。欧州では、フランスを中心 に独自能力開発に集中する案と、西独&イタリアを中心とする有人宇宙飛行用ハートウェア 開発参加案について、激論が交わされた後、所謂パッケージディール(アリアン打上げ機開 発、スペースラブによる参加合意)が成立した。(Y)

★Eu こうして、西独&イタリアを中心として検討されたスペースラブ概念が、ESRO(欧州 宇宙研究機構)プログラムとなり(1973 年)、同年 ESRO/NASA 間で、スペースラブの開発運 用利用についての了解覚書が交わされた(なお、了解覚書の傘協定としての政府間協定 IGA が、米国と欧州 9 カ国との間で結ばれている)。1975 年には、スペースラブの開発がスタ ートし、欧州にとって最初の有人宇宙分野への参入となった。ちなみに、ESA(欧州宇宙機 関)は、1975 年に ESRO と ELDO(欧州ロケット開発機構)が統合され、設立されている。

★Eu スペースラブは、10 年間、50 フライトに耐えられるよう設計されており、プログラム経費 は、約 690MAU(1979 年レート)、おおよそ 2 千億円であった。(コメント:欧州側には、これだけ の投資をしたにもかかわらず、NASA は 1 回しか無償スペースラブ飛行を割り当ててくれない 事、スペースラブの運用は、NASA が握っているなどの不満が残こる協力であったとの意見が あり、NASA と宇宙ステーション協力に当たって、欧州側の考え方をまとめる上で重要な教訓 の一つとなっていたとの事であった)

★Eu 1983 年 11 月の ESA/NASA 共同のスペースラブ初飛行の後、1985 年 10 月に西独 が中心となって宇宙実験 D-1(NASA とは有償契約)を実施している。

2.2.1.3.2 有人宇宙ステーション、フリーフライヤ関係

★Eu 1970 年代終わり頃には、スペースラブの軌道上実験期間を延長し、最終的に有人 宇宙ステーションへと発展させるシナリオ、概念の研究が NASA と共同で行われていた。

★Eu 1983 年には、長期宇宙実験等を実施する無人フリーフライヤ EURECA が、ESA プロ

(30)

グラムとして承認され、1992 年 7 月にスペースシャトルで打上げ、1993 年 6 月にスペースシャ トルで回収されている。

2.2.1.4 その他

★ 世界的に物質特許の考え方が広がり、材料製造等の国際競争が激しくなってきていた、

なお、日本では、物質特許が昭和 51 年に導入されている。

2.2.2 日本の宇宙開発利用動向

宇宙ステーション計画において実務的業務を担当する事になった NASDA の主要な活動と 予算、人員規模等の経緯は、宇宙ステーション計画、宇宙環境利用、日本の有人活動の全

体的流れを理解してもらう上でも必要と考えられるので、下図にこの経緯を示す

図2-8

2.2.2.1 全般

宇宙開発委員会が決定した最初の宇宙開発政策大綱は、昭和 53 年 3 月のものであるが、

この中で「可能な限り、世界における宇宙開発活動との調和を図りながら我が国の宇宙開発 を進めること、大型宇宙ステーション計画等にも可能な限り積極的に参加し、世界の宇宙開 発に対して相応の分担と協力を行っていく」とされている。

1980 年代前半における NASDA の宇宙開発利用は、草創期から自立期に移行しつつある時 期であった。以下に、主要な活動まとめる。

2.2.2.2 ロケット、人工衛星分野

★Ge 草創期 1970 年代 一技術導入、実用衛星打上げー

図 1-1  国際宇宙ステーション計画の主なマイルストーンと経緯
表 4-2  宇宙飛行士の種類と役割  名称  英文名称  役割  宇宙ステーション 指揮官  Station  Commander (SC)  •  軌道上搭乗員の安全とステーション本体の保全に対する最終責任  •  軌道上搭乗員に影響する、安全性、規律に関する 方針の実施指揮  •  軌道上搭乗員活動の調整  宇宙ステーション 運用飛行士  Station Operator (SO)  •  宇宙ステーション本体のシステム操作、維持、改修 •  ランデブー、近接操作、マニピュレータ操作、船外 活動  •
表 7.1-1  目次の「各節」と「報告等」の対応  目  次  報告書等の対応  7.2.1  節:  「JEM(きぼう)の開発着手と利用促 進活動」(昭和 60 年(1985)頃~平成 4 年(1992)頃) 1
表 7.1-2  記法及び略語一覧  (ABC 順)

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