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山 崎

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(1)

ーーヱ5−  

101  

『安価な政府』の基本構成  

山  崎   怜  

Ⅰ  

われわれの以下の目的ほ『安価な政府』をめぐる諸規定についての検討と構成   とを通じて,いわゆる「自由主義段階」ないしほ「産業資本主義段階」におけ   る財政と財政思想の解明のための,分析指標と比較座標の視角の設定に・ある。   

これまで『安価な政府』の規定として常識化するものは,イデカ・ロギ−またほ   理論の内容に,経費や財政需要や租税総額やの絶対的縮小をあたえるもので,  

そのばあい,国家論の基本性格としてほ.『国家必要悪』をみて,経費なり阻税な  

りの縮減の意味を論拠づけるものであった。しかも,他方でほ.歴史上に現実化  

した産業資本時代の政府経費の,かならずしも減少しない事態に・接してほ,生   産力の発展や国民所得の増加を分母とし,分子に経費や租税総額をおいて,そ   の比率の低下のなかに.『安価な政府』を兵とめるのである。   

前者は他の経済力をいっさい考慮しない経費の絶対的な縮小であり,たんに  経費額や阻税額の動向が問題なのである紅反し,後者は絶対的な財政規模の累   増がみられても,それ以上の国民所得の成長があれば,成立しうるのであるか  

ら,後者でほ経費の絶対的膨脹と『安価な政府』とが両立しうる関係紅あるが,  

むろん前者ではそうであることはできない○したがって,われわれは,この牟   たつの『安価な政府』を区別すべきことを主張し,前者を〃絶対的な 『豪価な政   府』,後者を 相対的な 『安価な政府』とよぴ,便宜上それぞれを『安価な政府』  

(1) に.おける第1類型および第2類型となづけたい。  

(1)したがっていわゆる『高価な政府』とか「帝国主義段階」の財政規模をあらわすもの ●●●●●   

ほ,たん紅経費の絶対的膨脹七示されるのでなく,その相対的膨脹(経費規模の対国民   

所得比の上昇)紅よって樽殊歴史的紅表出されるのであり,「公的部門」の「私的部門」  

●●●●●●   

●●  把.たいする相対的比重の増加であらわされよう。   

(2)

第41巻 第2号   102  

−J6−  

ⅠⅠ  

そうかんがえると従来の主題に.かんする所説にうたがいをもたざるをえな   い。欝1に,ふたつの類型が学説(「要望」)と現実とに分化して特殊化され分断   されたままであるのほ奇妙である。とくに.,欝2類型がイデカーロギ一に.おいて   実存しないかのような説明はまったく理解しがたい。   

たとえば,「■『安価な政府』の要望と実現」を対象とす・る叙述のなかで,「要   望」としての『安価な政府』を,経費は「なるべくすくないこと」「租税ほなる   べく少額であることが望ましい」「国家経費を削減せよ」「租税総額の縮小を  

要求する」(武田隆夫・遠藤潮害・大内カ『改訂・近代財政の理論』および大内兵衛・武   田隆夫『財政学』)ものと規定しつつ,「実現」された『安価な政府』について.は,  

逆紅「経費絶対額ほ必ずしも減少していないばかりでなく,むしろ増大を示し   てさえいる」「経費はかならずしも縮小しないい一・般的紅増大する傾向をも   っていた.」事態に接して,『安価な政府』といって−も,「それほ自由主義段階の   財政のありかたをたん的紅しめすための・−・種の合言葉なのであり,ただたん疫   経費の縮小を意味するものではない」とし,『安価な政府』とほ「質的な意味に   おいて,すなわち産業資本の確立にともなう自由主義の財政上の現われとして  

とらえられる誉き」なのだから,「絶対額の増加を単純に・云々することほ・意味   をもたない」のであり,「財政的自由主義に.よらて税源が培養され」「国民所   得」や「貿易」が伸びる点にこそ,「実現」の意味カミある,すなわち「経喪を   国民所得との相対的関係において考察するならば」たとえ経費の「増大」がみ   られて−も,「その比重はしだいに低下してきている」点に「実現」をみいだす  

(前掲2著)、のほ,「要望」と「実現」と紅おける二元的把握,イデオロギー   と現実との無限の分裂的帝離であるというはかはない。そして,このばあい,  

かかる亀裂的な『安価な政府』の二元論の不安と動揺をみずから糊塗するために  

密やか鱒もちだされているのが,「財政的自由主義」とか「自由主義の財政上  

の現われ」という概念であることも容易にわかる。「■要望」としての『安価な  

政府』が「実現」するのは『安価な政府』それ自体としででは.なく,「財政的自  

由主義」としてであることに.注意されたい。   

(3)

103   『安価な政府』の基本構成   −J7−   

「実現」における『安価な政敵』の事実上の失踪ないしは「要望」と「実現」  

とに‥おける主辞のすりかえがおこなわれざるをえないのは,イデオロギー・また   は「要望」における欝2類型をとりあげないためである。「要望」に.おける第  

2類型への,かかる無視がひろく『安価な政府』研究史上における致命的な欠陥   であったことほいうまでもないが,これは従来の所説にたいするわれわれの第   2の凝問につらなる。   

そうした『安価な政府』のイデオロ−グの代表として挙名されたのは,周知の   ように,例外なくアダム・スミスであった。しかしイデオロギ−としての第1   類型を唯−「・の分析基準とするとき,スミスの数多い経費膨脹論的文脈紅直面し  

て当惑せざるをえない。そこで従来はふたつの反応がなされた。ひとつほ,ス   ミスのかかる文脈をあくまで無視しつづけるものであり,他のひとつは無視し   ないが故に,ああもいいこうもいうスミス像をきざみこむので,それはとらえ   どころのない不鮮明なものとなる。前者はスミスその人を忠実にとりあげない   という意味で,後者はたんに即自的にだけとりあげるという意味で,スミスの   規定的な解釈でもなければ歴史的な実像をきざんだものともいえないようなも   のであった。  

ⅠⅠⅠ  

上記ふたつの疑問は,われわれのかんがえでは,スミスをはじめとする産業   資本の財政規模論をまさしく「要望」としての欝2類型であると魂ることによ   ってのみ解決される。と同時に,「要望」としての欝1類型の方はスミスや本   来の産業資本にではなく,ぺインをはじめとするプルジ.ユ.ワ急進主義に固有の   発想法としておさえることが重要なコロラリとなる。   

そこでイデオロギ一に.おける第1類型たる後者の方からかんたんに説明しよ  

う。イギリスに.おけるいゎゆる急進主義が下院の代表選出方法の改革をめぐっ  

て生起し,名誉革命の3支柱(国王・上院・下院)のひとったる「下院」の純化  

と徹底化とにより,「革命」の原理的なリグァイヴァル(3支柱相互の牽制機能)を  

めざしたことから,政治史的に・はいわゆるパ−ラメンアリ・リフォ−ムと同一 

(4)

第41巻 第2号   104   一 題−  

異名にちかいものだったことはもちろんだが,それは同時にすでに.早く,いわ   ゆる「経済改革」と名称された,懐柔的な財政合理化プランや租税負担の軽減   運動を内包して−いただけでなく,とくに1790年から95年にかけて「議会改革」  

をやや横へおしやるような,あたらしい政治性格をおびてくる。それは「議会   改革」の目標とした「下院」だけでなく,手をふれてはならぬイ王制」と「上   院」(貴族)への批判の醸成であった。もはや「下院」の「腐敗」ほ「下院」  

だけの改革−・これを阻止しているのも「下院」でほない−でほどうに.もな   らず,「腐敗」の根源たる「署主制」と「上院」,ひいてほこれを許容する混合  

(2)  

政体としてのEnglis血Co王IStitution 全体への凝惑の念となったわけである。  

それを象徴的紅燃焼したのが93年のゴドゥィン『政治的正義』であるが,大衆的   な影響力と平明さで魅惑的な地歩をしめたのは,はかならぬぺインであった。  

財政規模と租税の重圧が,あたらしい背景のもとで急進主義の主要課題紅くわ   わる。かつてルソq・『社会契約』に.も称讃して引用されたRabelaisのこ.とば   一叫「国王は少額でほ暮らせない」や国王や王室は「■みる紅は地e c血eapest   family」だが,「維持するのはthe dearest」であるとしたTownshend夫人  

(8)  

の批評が,拡大深化してラディカルズに.おける隅の石となる。たとえば,ペイ  

レブイルリスI  

ンのいう把は,イギリスでほ「ひとりの人間〔国王坤扶養のための王室費だけ  

(4)  

で,アメリカの連邦政府の全経費より8倍も大きい」のであり,、また,かれに  よればフランスの租税ほ新制度のもとでは〔共和制下〕,ひとりあたり1鋸/リン   グをやや下廻るのに.,君主国イギリスではひとLりあたり48レリyグ8ぺンスで   あるし,しかもイギリスの歳入のやっと40分の1も民政紅充当されないのであ   る。あるいはまたいわく,「われわれほ世界の他の人戌には例のない重い国   債,租税負担,政府のexpensive な行政に,あえいでいる1…・‥百万家族をやや   上廻るだけを構成する7百万の住民が年々17百万ボンドもの租.税を支払うよう   な例はイングランドでこれまでついぞなかったと信ずる……\莫大な政府経費は   

(2)C..Bい RoylatlCe Kent,The English Radicals:AnHistoricalSketch,London,   

1899,p,㍑7.  

(3)〃崗..,p128 

(4)五十嵐豊作訳『人権論・第2編『(実業之日東社),1948年11月,63ぺ−ジ。   

(5)

105   『安価な政貯』の基本構成   ー・ユタ −  

(5)  

人々に.それを意識させ憤慨してかんがえこませるように.しむけるのだ」と。   

ここでくれぐれも注意を要するのほ,政府経費なり租税負担なりへのぺイン   の批判が絶対的な比較論に.終始することである。イギリスのレブィル・リスト   とアメリカの経費とが,あるいはイギリスとフランスの租税とが,かりに計算   にまちがいがないとしても,それ自体としで比較計量.されるだけで,そ・の経費   をみついだ経済力,国民所得,その分配状態が比較されない。「8倍も大きい」  

としても,経済力がそれ以上に.大きければ重圧や負担の意味はことなってく   る。そ・こでつぎのような批判がただらにおこらざるをえない 

諸国に.おける貧者と比較してイギリス人の状態はeaseでCOmfortであり‥U・ 

広大な富と物質的な繁栄は社会の各階層間にdiffuseし,それらを最下層階級  

でさえも′豊富に.あずかる」(アーサノー・ヤング)とか,「イングランドの状態は   世界のどの国民よりもよい」(Abb畠MoIellet)とか,さらにドゥ・トツクダィル   のように「数世紀紅あたりイングランドに.おける課税の唯一の不平等とほ,貧   乏階級の利益のために相ついで導入きれた不平等なのであっ宍:仙川18世紀で   は,イングランドの貧者こそは≡阻税の免除を享受したが,フランスに.おいては  

(り  

それを享受したのが金持だった」キされる,など。ヤングにすれば,ぺイン流   の方法ほ,不満分子の,ため紅する議論だったに.ちがいない。   

とほいえ,それに.もかかわらず,われわれに.すれほ,そういう絶対的な比較   論こそがまさに政府経費や宮蒐費の,莫大な租税の累増への批判と阻止を鋭角   に.し,ラディカルの名に.ふさわしい意義をもちえた当のものであった。ヤング   流の議論ほ(先進国の)政治史のなかでは現状是認におちいる。   

そういう絶対的な比較論をペインに.うながせた根本原因は,もちろんペイン   独得の史観と国家論であり,さらにそれを基礎づける経済思想であった。ぺイ  

ンに.よれば,社会の文明化とほ「政府」がしりぞいて社会が前面に.おしだされ   る過程であり,「政府」というものは元来非文明の権力形式なのであったから,  

(5)rカβAddγβざざα乃d加cJαγαfわ〝げ助言ぴβγざ〃J鞠αCβα形dエよゐβ咋γ;TカβA(才dγβ∫ぶ   

toihe Addressers‖ Cit in:C、,B・R.Kent,Ob.cii。,pp.128−29.  

(6)Cい B..R・Kent,∂タ1・CZ≠.,p,129.   

(6)

106  

第41巻 第2号    ー 20− 

(丁) 文明とは「統治」の減退であり「政府経費」の「減少」にはかならない。「世  

親王制」や「上院」や貴族制こそが戦争を拡大し軍備に・かりたて財政をふとら   せ課税の桂桔をつよめるとすれば,「暴政の遺物」たる「王制」や「上院」を  

(8) 廃止せよ。そうすることで,軍備を縮小し,漸次これを全廃せよ。公共経費を  

どく形式的な法的費用に.まで削減せよ。これをわれわれは政府経費の絶対的   な縮小の論拠としての政治的批判(公共経費の政治的必然性の欠如または脆弱)と  

よぶならば,他方では政治的批判のメダルの裏側たる経済的批判がありうるわ   けで,これはひとことでいうと,ぺインのばあい生産力体系の欠如ないしは   生産資本(生産的労働者を雇傭する)認識の欠落ということであって,莫大な政   府経費をささえている自信に.あふれた欝2類型的な,上昇する産業資本のヴィ  

ジョンとちがい,没落小生産者的立場に.たった租税負担(とくに間接税)への怨   嗟と土地所有にたいする累進課税とがうたわれる。「経済学」の欠如とそれに  逆比例する政治批判の隆起といいかえてもよい。ロック主義紅たちながら,′課   税権の人民主権性をうったえて,アメリカ革命の子となるぺインの基本視座ほ   ここにあった。   

かくしてぺインに.あっては,「社会は,どんな状態において:も,よろこぶぺ  

●●●●●●●  

きものだが,政府は,たとえ最長の状態においても,やむをえない悪にすぎな  

い」ように.,「統治が公正であれば」「租税ほすくない」し,「最少の経費  

(theleast expense)で最大の利益をもたらして,いちばんよく安全を保証し  

(9)  

てくれそうな政府がもっとも,のぞましい」こととなる。それと同時に・公債の   累積論難や重税批判は,ラディカルズに・おいてほ一腰的に・生産資本の「収入化」  

(第七類型)としでではなく,生活資料の騰貴や実質賃金の下落を通ずる小生産   者や貧者の直接の零落化として,しばしば人口の減退(たとえばプライス)とし   て論拠づけられ為。貧乏人の貧窮化,小生産者の没落ほ虐接に.政府の浪費に帰   せられるわけであるが,それをつなぐパイプがはかならぬ公債や租税なのであ  

(7)五十嵐訳,前掲,117−18ぺ・−ジ。  

(8)小松春雄訳『コモン・センス』(岩波文庫)。  

(釧 同,15−6ぺ−ジ。五十嵐訳,30ぺ−ジ。   

(7)

107   『安価な政府』の基本構成   ー・2∫ −  

(1∩) るから,租税総額の絶対的縮小が「要望」されるのは当然であろう。要するに 

ぺインに特徴的な構造は,社会は政府に先行し,政府に.優先し,社会は「善」  

\t11  

となり,政府は「悪」を前提してのみ生起する。SocietyとGovernmentは破裂   して一切口をのぞかせる。   

それだから,方法的に・は,政治経済学に.おけるふたつの主要範疇たる「生産   力」と「国家」と、の欠落により,それはすぐれて「時論的」となり,時論的た  なればなるはど,「批判的」性格はするどくなるが,歴史的パ⊥スぺクティグ   は欠落する。第1類型の主唱者たちは「批判的時論家」だった。  

ⅠⅤ  

スミスは,ぺインとはじつに対庶的に.,「社会」(CivilSociety,Civilized   Society)と「政府」(CivilGoveInment)との,相互に他者を欠いては存続しえぬ  

ような,内縁的な相互依存と二人三脚的進行とを強調した。「生産力」ゐ発展   と財産=所有の発生と蓄積,「政府」の成立,それに.よる「生産力」のいっそ   うの発展と蓄積の増進。「政府」みずからが財産所有者であるかぎりは,「政   府」は「生産力」を喰いつぶして−これを阻止するだけでなく;みずからを崩壊   させるけれども,財産=所有を「市民」のものたらしめさえすれば,「政府」  

は「市民」の作出する彪大な富によって,財産=所有の保護者としての自己を  

qO)われわれは,ここでほ小生産者急進主義の頂点たる−歴史との断絶とアメリカ革命    への純粋期待−ぺインのみを典例として一説明したけれども,カートライトやジ.‡プや   

トク−・ク,プライスやワイプィル,その他の当時「ぺインの徒」と′よばれた人々,さら    にはいわゆる EnglishJacobinicalRadicalsとされた人々,また右よりのウィッグ左    派などの人々など,それぞれの個性と思想構造のらがいをもつ人々が原書体制と産業革    命体制,戦争の継起(とくに・対アメリカ革命,対フランス革命干渉戦争とその国内戦時   

体制)に明示的に,かつ政治的匹.批判した語群像を第1類型に.包括するわけだから,こ    の第1類型内部の諸状況は算2類型との対比からも,また『■安価な政府』の基本構成紅と    っても重要なデーマとなる。この小論でそれらを正面から分析する余裕はないが,あと    で若干のことほをついやすであろう。なお附言するまでもないが,ケントは「ラディカ    ルズの特質ともなり」,19世紀にはいって「ジ′ヨクジフ・ヒュ−ム紅おいて極点に達す    る,penuriousecononyへの熱狂の開始」をぺインにおいてみる。C.BR.Ⅸent,Ob.   

C〟.,pp.129−・30.  

仙 山崎 怜「=安価な政府 をめぐる諸解釈に.ついて」(『香川大学経済論讃』第38巻第6   

号,1966年2月),22−4ぺ−ジ。   

(8)

108    欝41:巻 欝2号  

− 22− 

本来的に確保しうる。財産=所有をまもるという「政府」はあるが,みずから    所有者たる「政府」というのは,だから形容矛眉なのであり,「政府」匡.まも   

られてこ.そ財産=所有ほありうるが,「政府」によって噴いつぶされる財産苧    所有ということほありえない。「市民社会」あっての「市民政府」であり,   

「市民政府」あっての「市民社冬」である。スミスの鱒判の矢ほ財産所有者と    しての,あるいは財産の直接の運用者としての「 政府」鵬範疇的軋ほ成立し    えない「政府」に.はなたれたのであって,けっして「所有」をまもる本来的な   

「政府」(すなわら「市民政府」)にむけられたわけではない。むしろ後者の強化    こそ,かれの真意であった。  

そこでスミス流の相対的な比較論が登場する。欝1に.,「文明国でいちばん  

\いやしい人物」の「生活条件は,富魚の人のもっと法外なぜいたく紅くらぺれ    ば,うたがいもなくきわめて単純で手軽にみえる紅ちがいないが」(つまり文明    社会こそは階級格差のある社会なのだが),「ヨーロッパの君主のくらしが,勤勉    節約な農夫のそれより零さる程度は」(いうところの格差の度合は),「後者の   

くらしが,1万人のほだかの野蛮人の生命と自由の絶対的支配者である,おゃ  

(12)   

くのアフリカの国王のそれ紅まさるはどでは,ないということ.」,あるい蛛第2    に,「文明社会払おいてほ,貧乏人はみずから調達するとともに.支配階級の莫    大な督惨に.たいしても供給する。煽情な地主の虚栄」は「農民の勤労に.よっで    えられ」,「金持は……ストックを利子つきで貸し,商人を犠牲に.して,あらゆ  

仕分 水田 洋訳『国富論』<上>,世界の大思想14,1965年6月,1gぺL−ジ。『講義』でほ「プリ    テン紅おける普通の日傭労働者がイソディアンの君主よりも賢沢に暮らしている」,「ヨ    ーロッパの王侯でも,平屈湛対して,後者が野蛮民族の薗長に優越するはどまさってほ   

い寧い」(高島善哉・水田 洋訳『グラスゴク大学講義』1947年11月,322−23ぺ−汐)   

とされ,『草稿』では「プリテンまたは.オランダ紅おいて,㌣トとりのふつうの日傭労働者    がどのような仕方でこれらのものを供給されているかをみれば,かれの贅沢が,1千人    の裸の蛮人の生命と自由との絶対的支配者たる多くのインディアンの王侯の贅沢より    も,ずっとまさっていることに気づく」,「まったく,高貴な人の,それよりずっと浪費    的な贅沢にくらぺれば,かれの調度品〔文明社会に.おけるもっとも卑しい人々のくらし〕   

ほ.,うたがいもなく簡単で無造作にみえる紅ちがいない。けれども,おそらく,ヨーロ    ッパの王侯の調度品ほ,勤勉で倹約な農民のそれにくらぺて,後者が北アメリカの野蛮    民族の酋長の調度品紅まさるほどに.は,まさっていない」(水田 洋訳『■国富論草稿』   

<世界古典文庫>,19娼年11月,35,37−8・ぺ−汐)と。   

(9)

『安価な政敵』の基本構成  

109    ・− g3 −  

る種類の下劣で卑購な遊蕩紅ふける。遊惰で安逸な宮廷の従臣たちほ,同様に・,  

かれらを維持するための税金を負担する人々の労働に.よって,衣食住をえてい   る」し,「10万家族の社会には,全然労働しない百家族が……存在していて,  

かれらは暴力あるいはそれよりおだやかな法律の圧力紅よって,そ・の社会にV、  

る他のいかなるⅠ万家族が使用するよりも多くの,その社会の労働を使用して   いる」だけではなく,「この莫大な噴い込みのあとに.残されたものも・‥…・労働   する者が,もっともすくなくえる」という「これほど抑圧的な不平等のただな   かで,文明社会の最下層の,もっともさげすまされている人たちでさえ」,「地   主も,高利貸も,収税吏もいない」かつ「各廟人は,自分自身の勤労の全生産   物を享受する.」野蛮人,「もっとも尊敬されもっとも活動的な野蛮人が到達し  

うるよりも,すぐれた豊富さと潤沢さとを,ふつう紅享受している」わけであ  

(18)  

る。いいかえれば,まずスミ.スは「文明祉会」に.おける「労働」と「享受」と   の逆比例たる貧富の落差をとりあげて,これを読者に/たたきつけながら−こ  

こまでは第1類型的手法とまったく熱っぽいはど類似するのだが,比較の焦点   は,第1に.そうした「抑圧的な不平等」に・坤吟する「■文明社会」の卑しい被支   配者たる労働者でさえ野蛮な社会での生殺与奪の権をにぎる支配者とくらぺて  

よりゆたかである,一方の支配者よりは他方の被支配者の方がゆたかであると   いう力点は比較の眼を「文明社会」の階級支配にではなく,支配にもかかわら  

ず,下層社会にまでいきわたる全般的富裕という,「文明社会」の生産力視座  

紅むかぁせる。第2に川中吟する被支配者の生活条件と階級支配のない全労働収   益を事受する「尊敬された」野蛮人のそれとを比較してなおかつ前者がゆたか  

(14) であるという,おなじく「文明社会」の生産力視座に収赦する。ふたつの巧妙  

個 水田訳,前掲『草:稀』,46−52ぺ−ジ。『講義』でほ「富める者がいり…‥物資の調達」をし,   

「農民の勤労によってささえ.られる。野蛮国では,各人は自分の労働の仝収益を享受す    るが,しかもかれらの窮乏は他のいかなるところよりもほなはだしい」(高島・水田訳,   

前掲『講義』,323ぺ・一汐)という。  

8亜 「生産力」と「所有」をめぐる野蛮な社会と「文明社会」との比較のさい,前者は生    殺与奪の棒をにぎる絶対的支配者たる国王・君主・し酋長で代表させるばあいと,たんに    無階数社会(「地主も,高利貸も,収税吏もいない」),したがって政府もない(公私に・与   

る収容と搾取のない)社会とみなすばあいとがあり,この両者は凱、 

(10)

費41巻 第2号   110  

ー 2虻 −−  

な逆説は,とうして「文明社会」の階級性をまず強訝して−−しかもこれほでき   るだけ強調されなければ論理の効果は小さくなるとする用意周到な装置である  

−−それに.もかかわらず,「全般的富裕」が析出される,かれの根本発想(生   産関係範疇の生産力範疇への断続的移行)となった。   

これは,もちろんスミス政治経済学の原点であり,スミス経済思想のさまざ   まの重要コロラリほここから摘出しうるわけであるが,当面のわれわれはふた  

つの系論に.注意を喚起したい。第1。絶対的な比較論からは,改革は宮廷や富  

者の権力縮減という,輪切りにした政治目標の樹立に.よっ\て,すなわち政治的  

思惟に・よって企図されうるが,「生産力」を導入して相対鱒な比撃論をこころ  

みてしまえば,改革ほ「■生産力」の歴史的解放とならざるをえないし,「文明   社会」の擁護と批判ほその生産力体系の歴史性をめぐってなされざるをえな   い,すなわちたんなる政治(思想)的思惟は無力となり,歴史意識をはらんだ   経済(思想)的思惟が成立せざるをえない。第2。無階級の野賓な社会の「も  

っとも尊敬されもっとも活動的な野蛮人」よりも,もっとも「抑圧」された「文   明社会」の「最下層」の連中の方が「すぐれた豊富さと潤沢さとを,ふつうに  享受している」とされるばあいの,「文明社会」の「不平等」ないしは階級性   に.おける貧富が,たんに私人間に.おける「地主」と「農民」,「金持」と「商   人」,「支配階級」と「貧乏人」といったかんけいだけでなく,「宮廷の従臣」  

と「税金を負担する人々」,「収税吏」と「下層階級」†というかんけいをふくむ  

ことである。野蛮な無階級社会では財産=所有がなく,したがって政府も「収   税吏」もないが,「文明社会」では「税金」のパイプでまきあげてほ「遊惰で安   逸な宮廷の従臣」が費消のかぎりをつくし,「ヨーロッパの〔文明社会の〕王侯   の調度品」や「ヨ㌧−ロッパの君主のくらし」がある紅もせよ,しかもなお「文  

て−叙述される。それであるから,あるいは,「もっとも尊敬されもっとも活動的な野蛮   人」とは,さきの国王・君主・酋長に.あたるものであろうが,ここでのわれわれは対比  

の便宜上みずから率先して労働しその成果を享受する(収奪や搾取やをうけることのな   い)平等な個人のうちの,とく′にすぐれた人物のひとりとみなした。かかる流動化ほス  

ミスの相対的な比較論紅とってはむしろ効果的でさえあったとはいえ,所有形態の歴史  

的・論理的再構成紅おいては,重大論点である。   

(11)

『安価な政府』の基本構成   − 25−  

111  

明社会」の搾取された「下層階級」が「もっとも尊敬され」た搾取されること   のない野蛮人よりもゆたかなのである。これは,とりもなおさず,つぎのごと   き−・般的な命題にひろがる。野蛮な社会では政府経費はゼロであるにもかかわ   ら・ず,人々の生活ほ貧しく,「文明社会」では王室費をふくむ政府経費の膨大   さに.もかかわらず,人民は「潤沢」−もっとも贅沢な野蛮人に・比して∴−−で   ある。野電な社会では政府の必琴性もなければ,それを維持する物質鱒基礎も   力もないが,「文明社会」に.あっては政府の政治、的な必然性もあるし,それを   経済的に.ささえて,なおかつ人民はゆたかなのだ,と。   

こうして,欝1類型とは反対に.,かの「生産力」と「国家」との,意識的な   装填がなされた。「■経済」と「政治」との調和的な相互依存の必然性,「経費  

(15)  

の必然性に.おける政治的必然性と経済的必然性との偲応形式」の,まさに,こ   れがプロクトタイプであった。それは.,政府経費や宮廷費やをそれ自体として   痛罵しつづける第1類型とことなり,膨大な公共経費を維持して,なおみずから   の「潤沢さ」を確保する「文明社会」の分業と生産力をこそ称讃し誇示する。  

租税総額の縮小ではなくて増大を,この増大を無理なくささえる民間の経済力   をこそ自負する。これを弁証するための,歴史的パースぺクティグにとむ,生   産力の自己展開としての「市民社会史」(それはおのずから経済史だけでなく,法   制史,政治史,技術史,科学史,哲学史などをふくむ)がうまれる。「批判的」性格   は「時論的」ではなく,「歴史的」となり,カテゴリッシ.ユ.にいえば「経済主   義的」(いわゆるか沼cプ的判断)となる。  

Ⅴ  

「財産の支配は,必然的に,まず第1に国家にむかっていき,そしてこれを   解体しなければならぬ。ないしほすくなくとも,というのは財産は国家を欠き  

●●●●●●●●●●●●●●●  

えないのであるから,これを空洞に・くりぬかねばならぬ。アダム・スミスは  

1776年,その『国民の富の性質および原因にかんする研究』を刊行し,もって財  

鮎)山崎 怜,前掲。   

(12)

−26−・   欝41巻 第2号   112  

政学を創設することにより,産業革命と時をおなじくしてとの中身のくりぬき  

(16)  

をはじめた。」これは〜・般紅理解される以上に,じつ紅名言である。なぜなら,欝   1に_「財産は国家を欠きえない」ことを前提に.,スミスの国家論を,その「解  

体」論としでではなく,「中身のくりぬき」論として:,「経済主義的」な「空   洞」論紅したてた眼識であり,第2紅そうした「くりぬき」てそ・が政府縮小論   とは反対紅.,あたらしい経済学的旋回を土台として政府の再構成をここ.ろみた   事情を表白する,「財政学の創設」という指摘である。「くりぬき」のことば   はど,スミス政治経済学体系の意図と実体とをいいえて妙な表現をわれわれは  

(ユ7) 他紅知らない。   

ところで,それほつぎのごとき視角の提起につながる。いわゆる「不変の主   題」の1節たる,「国家を最低度の野背から最高度の富裕紅みちぴくため紅必   要なものは,平和と軽い税と,正義がいくらかまもられていること以外紅は,  

はとんどない」にいおいて,「平和」とは,「富裕」の実現紅よっておのずから   確立するのではなく,軍隊(とくに軍事技術に「分菓」化した常備軍と兵器)紅よ  

って維持される,いわば−・種の武装平和であり,「正義」とはむろん「司法」  

(裁判)制度であり,「軽い(easy)税」とは単純にすくないという意味ではなく   て,支払い易い租税のことであるから,こ.の「主題」め底意ほ,「はとんどな   い」とともに.上記3政策の必然性(軍事費と司法費の必然性およびこれをささえる   租税の必然性)の論定でもあったのである。経費の必然性と収入の必然性。とり  

もなおさず「市屈政府」の必然性。とすれぼ,「主題」の論証たる資本蓄墳論   をめぐって,深刻な反省が要請される。資本ほ.,年々消費する価値を,利潤を  

くわえて再生産する「生産的労働者」に.よって維持・補填・拡大し,原料や道   具や生活資料を消費しながら価値や所得を喰いつぶして再生産外消耗化する  

㈹エンゲルス『イングランドの状憩』,1844年。  

(用 かつて初期スミス財政思想の構成に着手したさい,わたくしがこの1文を冒率にかか    げたのは,そういう微意にもとづくものであったし,それ乾さきだ・ら,すでにこの点を    重視した小論文をかいたこともある。参照,山崎 怜「アダム・スミスの財政論(Ⅰ)−   

初期スミスの財政論−」(『■香川大学経済論叢』算32巻第2号,1959年7月),同「ア   

ダム・スミス『グラスゴク大学講義』研究序説(ⅠⅤ)−財政論の位置と内容−」(『六甲   

台論集』第3巻第3号,1956年10月)。   

(13)

113   『安価な改称』の基本構成   ・【 27−・  

「不生産的労働者」紅よって−縮小するとされたはあい,だから社会の労働者を   すべて「生産的労働者」たらしめよ,とスミスはいったのでほない。かれにと  

っての核心は,「生産的労働者」の維持のためのファンドが年ごとにふえるか   否かの1点であり,したがって「生産」と「7肖費」とのバランスに.おける前者   での,年々における不断の「正」こそ・カ三間題なのであった。まさに「消費こそ   いっさいの生産の唯−・の目的」なのであり,そうした「消費」を本来的にささ   える「生産」をとらえたにすぎない。そこで,「生産的な人手と不生産的な人   手との比率」ないしほ「資本と収入との比率」こそが,貧乏な国では,「生産   的な人手」と「資本」とがすくないために,富裕な国に.比して,「不生産的な   人手」と「収入」が絶対的にはすくないにもかかわらず,大であり,富裕な国   でほこれとまりたくの逆のかたちで,小となるとする方法で,スミスの蓄積論  

(18) は兵藤化される。「住居の収入のうちで資財の利潤からひきだされる部分は,  

つねに,貧乏な国よ.りも富裕な国の方がずっとおおきいのでほあるが,・それは   そ・の資財がずっとおおきいからであってニ,資財に・たいする比率では,利潤は一 

(19)  

般紅ずっとすくない」の1文を,「資財」を生産力または国民所得に,「利   潤」を観税または財政支出紅.よみかえて,これを玩味すればよい。   

それだけでほなく,価値=剰余価値論から蓄積論,さらに.政府論紅上向して,  

みずからの体系を「政治経済学の体系」と規定した第4篇の,まことに意義ふ   かい冒顔紅,「欝1紅,人民に豊富な収入または生活資料を提供」し,「第2  

に.,国家またほ共同社会に.公共の業務に十分な収入を供給する.」,いいかえれは  

(20)  

「それは,人民と主権者とをともに.富裕にすることをめざす」のが,「政治経   済学」であると表明したこ.との含蓄は,欝4蔚と欝5篇とを,「一方は商業の   体系,他方は農業の体系」に」示されるヨーロッパの史的帰結が「人民に豊富な   収入」をもたらすことを阻止または遅延させるのみならず,文明社会での「公   払8)1司家の契機を捨象した従来の蓄積論研究は,スミス研究をふくめて,いちじるしく抽   

象的であって,それは政治経済学体系の上向展開のため紅も,スミスの総体認識のため    にも,古典経済学の歴史的で主体的な把超匿も,重大な欠漏部分のひとつである。  

㈹ 水田 洋訳『国富論『<上>,前掲,285ぺL−ジ。  

鋤 同,353ぺ一汐。   

(14)

ー2β−   算41巻 第2号   114   共の業務紅十分な収入を供給」しえていない−・安定的に.一根拠を,国家規  

定を導入した上向段階紅おいて歴史的・理論的に.あきらかにするものである  

(21)  (22)  

旨,あらかじめ予告した点にあった。これ以上くわしくのぺる余裕ほないから, 

ここでスミ.スの1又を引用して,かれの基調を知るよすがと・したい。「現在の  

〔ブリテンの〕租瀧制度に・とって名誉なことは,それほこ.れまで,勤労にたいし   て−ひじょうにわずかな困惑しかあたえなかったから,もっとも高価なthe most   expensive戦争のあいだでさえ,個人の倹約と尊慮な行動とは,貯蓄と蓄積と  

に・より,政府の浪費と乱費とが社会の総資本につく、うたすぺての破れ目を補修   することができたようにおもわれる。グレイト・ブリテンがこれまでたたかっ   たもっとも高価な、戦争であるさきの戦争のおわりのときに,いぜんとおなじよ  

うに,その農業ほ繁栄し,製造業ほ多数かつ完全に.操業しており・,また商業蛛   広範であった。それゆえ,勤労のそれらすべての部門を支持していた資本は,  

いぜんに・存在した鼠と等しかったにちがいない。平和〔回教〕以来,農業はさらに  いっそう改長されたし,家賃ほ国のすべての町や村で騰貴し,これらは人々の   富と収入との増加の証拠であった。また古くからの租税の大部分,とくに.消費   税および関税の主要部門の年々の鼠は,持続的に・増大してせており, 

費の増大,したがって−その消費をそれだけが支持することのできる生産の増大   の,おなじく明瞭な証拠である。グレイト・ブリテンは,.半世紀まえに.はだれ   もささえ.ることができるとは信じなかった負担を,容易に支持するように.おも  

(23) われる。」   

以上紅よって,「軽い税」とほ税そのものの縮減というよりは,税負担カの   増大に・よるのであり,分業と資本蓄積とが自信にみちて措定されるわけであっ  

但1)第4篇と第5篇の盈的な大きさは,じつは『儲国民の富』の体系構成上における質的な    重要性にかんれんする。  

銅 山崎 怜「アダム・スミスといわゆる 安価な政府 」(『香川大学経済学部研究年報』   

5,1965年号,1966年3月)をみよ。  

細 水田 洋訳『国富論』く下>,世界の大息想15,1965年7月。ここにのぺられた論理が   

「利潤」を戦費におきかえた,例の「価値を存続する」という単純再生産論の上向的具   

体化である点にとくに・注意されたい。それだから,「もっとも高価な戦争」を維持し   

た,戦時中の生産力をそれほものがたる。   

(15)

『安価な政府』の基本構成   ー29−  

115  

て,そうしたかれの第2類型像を鮮明に.かつ集約的に吐露した脈絡は『講義』で   の叙述であった。「文明国の政府は,野蛮な国よりもはるかに・費用がかかる  

(muchmore expensive)。そし7:−・方の国が他方の国よりも費用がかかるという   とき,それは前者が後者よりも進歩しているというのと同一Lだ。政府に・費用が   かかり,人民が抑圧されていないというのは,人民が富裕であるということで   ある。文明国では,野蛮な国に.は用のない出資が必要で,軍備・艦隊・要塞お   よび公共の建物や裁判官・収入官吏が維持されなくては,ただちに∴混乱がおこ   

(24)  

る。、」   

こうみてくれば,プル汐,コ.ワ急進主義を不問にふしたまま,スミスに.第1類   型をもっぱらみいだそ・うとするこれまでの諸解釈がはなは.だ不透明な様相をも   つの紘当然であった。スミス派は社会夷約説を拒否する自然史的国家論をうち  

(25)  

たて個別的利益説をしりぞけることに.歩調をあわせて,ここでも現実主義的な   一原始蓄積の成果をくりこしつつ産業革命の政治体制を擁護する−『安価   な政府』をおしたてたのであり,象徴的なことのひとつは,かれらが『安価な政  

(2(i)  

府』というこ.とばをみずからは使用しないで,政府経費め浪費性や政策的規制   の拒否を論定したことである。同時に,第2類型とは,ときに・連合し,ときに   は/混濁しつつ進展したのがプルジ.ユ.ワ急進主義なのであり,すでに.ふれたごと  

く,それこそが第1類型の夷正の唱道者たちなのであった。ぺインを頂点とす  

錮 高島・水田訳,前掲『講義』,431−32ぺ−・ジ。われわれは,スミスの原像を未完成の    ままだけにかえっで如実に.表白するものとして,『■講義』と『草稿』紅魅惑されでいるだけ    に.,新全集に収録される講義ノ−トの公刊紅,キャナンやスコットの発見にもまして,   

息づまるおもいがする。  

佗5)籍2頬型が【般に.ロック主義(自然権と課税権の個別的結合)を拒否したのにたい    し,第1類型はしほしばこのロック主義を自覚的紅みずからの武器にしたてたことが,   

国家論の基礎論理の対比あるいは利益説における対比として重要となる。参照,山崎 怜   

「スミス財政思想の基礎視角−・イギリス近代思想償おける国家の把握とアダム・スミ  スー」..(『財政学の課題』千倉書房,1962年9月);同「個別的租税利益説と全般的租税    利益説」(『日本財政学会ブレティン』くⅠ>,日本財政学会);同「明治・大正期に.おける    スミス租税弗1原則解釈の諸類型−ひとつの接近一−」(『香川大学経済論叢』第39巻    第2号,1966年6月)および序説的パーー・スぺクティヴとして,同「ケイムズ細の租税根    拠論(Ⅰ)」(『香川大学経済論叢』第37巻算2・3合併号,1964年8月)。  

幽 たとえ.ば,スミスはこれまでの資料でみるかぎりは,とれを使用したことはないが,   

それは偶然ではあるまい。   

(16)

116   第41巻 第2号   

ーー3り −  

るかれらほ,明示的に『国家必要悪』をうちだすとともに・,生産力論,ことに資   本の生産力論をT固有に.−−−もたないかたちで,原始蓄積や産業革命に・,当   面のexecutiveには絶望的な,別の国や他の歴史段階や思想史上では,また   運動史的にほモニ。Lメソトゥルな対抗をこころみたのだった0  

VI  

もはや当然ながら19世紀に‥おける財政改革の主流派の所説の基軸は,スミス   的な第2類型の時論的・政策的な応用であった。サー・へンリ・パーネルが  

「租税の圧力は国民所得一租税がそこから支払われる社会の諸階級の所得か   らなる−・を十分に考慮することなく,たんに租税額とのかんれんで俗に評価   されるよう.だが,これは国民に儲饗する租税の度合にかんする,あやまった結   論をもたらすのである。なぜなら,もし1国の所得が租税が増加するよりも大   きな比率で増加しつづければ,阻税圧力は.,その〔絶対■)額はまえ.よりも2倍も   しくは3倍となるけれども,より小さくなるだろう。そこで不断に国民所得を   増加させれば,社会に・たいする真実の租税負担をふやさずして,いまよりも租  

(27)   (28〉  

税をすこぶる増加させうる」として生産力と資本蓄積とを高唱したり,サー。  

S・M・ピ、−トクが経費にみあう十分な財政収入を確保して,かつ租瀧負担を軽  

(29)  

滅する方法のひとつとして−,生産と消費をふやすことを力説するのも,ある、い   ほマカロックが「ar・tsの発展する国では,臣民にたいする負担を真実に追加す   ることなく,歳入として政府に.もちさられる臣民の生産物の割合が規則的に増  

(30)  

加するこ一とはど明白なことはない」というのも,いずれも欝2類型の例であ   り,またかのピ−ルやグラドストクンやが,関税の整理と税率の軽滅をテコに 

C27)SirH。Parnell,〉OnFinancialRqfbrm,London,1830,pp・2−3 

(28)J∂摘.,pp.15−20,304−5 

伽)Sir S..M.Peto,7baiion:Zts Lev.yand Exbendiiure,PdSiand Fuiwe,   

London,1863,pp.4・−9、ピーートゥは過去20年間に.おける租税負担め増加を「租税    の増加盈からではなく,その威課,配分,徴収の方法から生じた」(∫∂査d.,p…11)とす    るが,税の絶対的な分盈ではなく,その課税方法碇論点をみいだそうとするのも,第2    類型の特質のひとつ。  

(3α.丁〃RM,Cullock,A r7・♂αfZぶβ〃〝才ゐ♂Pγ∫乃C≠〆β1ざαガ♂ Prα√桁〃J∫形ノ ね脇机招(が   

rα∬α如乃α邦d〃之βダ〝紹dよ〝g5.γぶfβ研,1845,p 5 

(17)

『安価な政府.』の基本構成  

117    ー3ユ ーー  

経済力,輸出増卯を期したうえで,税収をふやそうとした政策もまた第2、類型   の政策実践であった。第2類型ほ学界や政界や実務界に.おける支配的な潮流と   みていいわけなのだが,フランスのセイの影響もうけて,相磯を「惑のなかの   選択」とみた,かのリカ−ドゥでさえも,「過去20年間におけるイギリス政府   の莫大な経費である紅もかかわらず,人民の側での生産力の増大がこれをつぐ   なってあまりある。・・し巨大な〕租税を支払ったあとでさえ,人民の収入ほお  

し:ll)  

そ・らく有史以来,今日がもっとも大きい」とのぺて,みずからの第2類型性を  

(32)  

誇示した。この叙述をパーネルが引用するのも,じつに印象的である。   

また−・方,第1類型は運動としての歴史形成上の意義をにない,財政規模と   阻税総額の累増阻止に−・役かったのであり,第2類型を袈面からささえたはか   りでなく,欝2類型と結合して,とりわけ経費浪費性への批判と公債論難に共   同行動をとったの鱒から,ひとりの人物の所説に・もそうした混痛がみられるこ  とを銘記しなければならない。スミス,リカードク,パーネル,ピートク,マ   カロックのそれぞれ紅,その基本型と混在要素とをみいだし構成する必要があ   

(83)  

る。   

第1類型と第2類型との対比は,また,政治主義的な『安価な政府』と経済主  

義的なそれとに.わけられる。前者は権力そ・のものの縮小紅むかうが,後者は権  

力の縮小よりも,それをささえる経済力を強請するからである。とすれば,プ  

ル汐.コ.ワ革命が政治主義的に.なされた後進国フランス(の分析)にこそ・前者が,  

経済主義的になされたイギリス(の分析)に.は後者が支配的(な分析基準)でほ   なかったか,という想定が可能となる。現に19世紀フランスの激浪のなかで  

(について)は,gOuVernementえbonmarch6がひとつの標語(分析基準)で  

Bl)Tnc TForksdJJd Corl・ぐS♪otEdc〝CCOjLbL・id RicaYdo,ed byPSraffa,VOllI1    011tJtぐPrLtLCip[ぐS qf Pohtica[EcoILO]N.yG7EdTaxGtion,Cambridge,1951,p.151・  

即 印象的といえば,パーネル紅.よる,『1エソサイクロぺディア・ブリタニカ』のSupple一   

皿ent中の Taxation 項目からの引用(SirH」Parnell,Ob.cii.,pp..15−16)が,じつ    は,さきのマカロックの1文をもつパラグラフである点もみのがせない。その『租税』の   

執筆者たる当のマカロックは,この論説を1餌5年の自著に再録したのだった。  

脚 紙幅制限めため,くわしくは他の機会紅ゆずる。   

(18)

一−β2−   算41巻 第2弓   118  

(34)  

あったとすれば,Cheap Governmentなるイギリス語ほむしろ逆説的にいう   とフランス(の分析)から逆輸入されて意識されたのではないか。とはいえ,  

それはイギリス自体ではもはや社会用語(分析基準)としての価値をもちえず,  

再度,輸出されて後進国のドイツや日本で,不当に非難されたり美化されたり   する標語(分析基準)となったのではないか。とくに.,「近代化」に.おける最   後進国たるわが国においてこそ,敗政叙述の基準としてくりかえし検討の対象  

となったのではないか,とおもわれる。だから,かかる経緯が『安価な政府』  

として第1類型のみを当然視する傾向のうまれるのはやむをえないが,しかし   それをスミスにまでお/つかぶせるのはあやまりであるし,それであるのに歴史   上の分析には事実上,第2類型を密造するのはいっそうの混乱であった。   

もし以上のわれわれの叙述が前提されるならば,さいご紅ひとつのマーージナ  ルな問題を提出してもゆるされるだろう。『安価な政府』ほ本来,私有財産をま  

もる費用の廉価を追求する。それほ私有財産を欠如しては成立しえない。だ   が,・一方,私有財産はスミスのいうように,生産力の進展に逆比例して不平等   化せざるをえないのだから,費用は高価に.なる−すくなくとも絶対的には  

・・−−こともおおうぺくもないとすれば,第1類型は生産力を否定するか,私有   錮 マルクスとエンゲルスは,大月版選集の索引によれば,『安価な政府』に.ついて6回言   

及したが,おおくのばあい,それらはフランス語で表現され,「フランスで安い政府が    評判がわるいように,イギリスでは安いパンが評判がわ争い」(第2巻,380ぺ一汐),   

それは「7月革命のときでもプルジ.コ.ワジ叶の旗だった」∴(第5巻,5ぺ−ジ),中世の    市民は「金のかから顆教会」をめざしたが,今日のプルジ.コ.ワジー・は「金のや、からぬ政    府」をめぎす(第16巻,24ぺ−ジ),コンミコ.−ンほ常備軍と官僚制を絶滅して「プルジ  

ユワジーの合富美」たる『安価な政府』(このば凱、イギリス語)を実現(第11巻,332,   

336ぺ−ジ)・  「ヨ−ロツパに・おける次の人民反乱,共和主義的自由と翼価な政府とのた    めの次のヨ一口ツパの運動」(第8巻,2ぺ−汐)という。なお安い政府,安い宗教,   

安いパンは.,1832年5月28日のバ・−ミンガム行進のさい旗峨に.かかれた, Cheap Gov−   

ernment,CheapReligion,andCheap Bread(C巾MいWakefield,Li.fあpfThomas    Attwood,Ⅹiv,1885,p・231・Cit・in小NED,VOll・ⅠⅠ,0Ⅹford,1893,p.306)に.一    致して,興味ぶかいが,マルクスとエンゲルス紅.よって,それがフランスを軸紅仝ヨ一   

口ツパ的視角からする,「革命的な」スポットをあびた点紅注意されたい。  

フランスにおける『安価な政府』の使用例のひとつとして,ブルー・ドンは『租税論』の最    終ぺ一一汐に・,「大衆の福祉と安価な政府と自由との其の条件が何であるかを学びとられ   

んことを」(P・−J・Proudhon,The∂Yiede L Imb6i,1861.Lacroix 畠d.1868,p…   

285)とかく。   

(19)

119   『安価な政府.』の基本構成   − 3β −   財産を否定するかしなければ絶対的な縮小という,みずからの理念は実現しえ 

ないし,否定すれば自己の存立基盤もなくなる。こうして第1類型というの   ほ,矛盾概念でしかない。そうならざるをえない理由の根本は,もともと「安   い」とか「高い」などという概念が商品と需要者との双方の側紅おける価格と所  

得との相対的なかんけい紅発する功利主義的性格をもつからである。タグより  

「安い」ものはないというのは.,貧しさを前提してほ.じめて成立しうる。ぺイ   ンもまた純粋代議政体における政府経費を容認したのであった。に.もかかわら   ず,それが政治主義的な性格をもつのは,世襲制を否定することの結果として   の経費の減縮であり,いいかえれば,ぺインの『炭価な政府』は政体変革の結果   としてのみ生起しうるのだが,そうすると,人戌が買うべき商品としての政府   が,「高い」ばあいの政府(世襲制)と「安い」ばあいの政府(代議制)に.政体   的に.峻別されるのだから,これはたんに.「高価」とか「安価」とかいう値段の   塁的相違ではなく,まず政体の相違なのであった。これは,たんなる価格の比   較でほなくて,商品の質の比較であった。   

それであるから,さしあたって政体を同一・とする政府値段の比較論がでてく   るならば,『安価な政府』は政体変革もしくは政治改革の問題(商品の質)から,  

たんに政府値段の高低の問題に眼をそらす経済主義と化して−ともかくも商  

品の値段の格安を自己の懐中を不問に.ふして希求する絶対的縮小型のもとで  

一筆場する。それは,宮廷の,戦費の浪費を遮二億二此判して,節倹と税金の   縮小を主張するが,それさえ実現すればよいとする経済主義であり,他の政治課   題に.ほみてみぬふりをするのだが,しかし,絶対的縮小は部分的に.は満足されて  

も,長期・全体的紅はつねに.うらぎられる傾向に.ある。したがって,この経済   主義は,絶対的縮小の実現のために.も政治変革に身をゆだねるか,右旋回して   第2類型に上昇するかしかない。一方,第2類型ほそれが経済主義であるかぎ  

り,これを味方として利用しようとする。第2類型が分子の縮減よりも分母の  

累増を強調するとはいえ,しばしば分子ほ放任すれば危険なはど膨脹するかた  

むきを不断紅もち,したがってこれへの警戒心と可能な,しかし現実的な削減と  

を要求したのは産業資本として当然であり,すでに.のぺた「共同行動」の所以   

(20)

120   第41巻 第2弓   

ー34−・  

もまたここにあったが,同時に,いざとなれば政府経費とそ・れをささえる経済   力との両者の必然性をもちだして・,そうした第1類型(絶知的縮小)内部に∴お   ける経済主義をはぐらかすのであった。   

こうして帝1類型内部での政治主義と経済主義の帝離と分化の問題が惹起ざ   れる。ことばをかえていえば,「議会改革」と「財政改革」との帝離である。  

すでにふれたように, r議会改革.」を横へおしやるのはぺインもその例外ではな   いが,かれのばあいには,「議会改革」の無力をみぬいで早々とイギリスを見   捨てること紅よる,政体交換の政治主義なのだが,イギリス臣.民たる∈・とをつ   づけた他の鱒とんど多数の者はそうはいかない0おそらく,グェイチのとりあ  

(35)  

げた「経済改革対議会改革」のデーマがこの間隙をぬって提起された。いわゆ   るロッキンガム・ウィッグたちは,アメリカ独立戦争の過程から生じた藍税と   戦費を批判し,浪費的な経費と支出の腐敗を攻撃した。クラーク,ダニング,  

バーク,リッチモンド公らのそれぞれの「財政改二軋」其の動議のはか,とくに・ワ  

(36)  

イヴィルのひきいたヨークシャ遊動が有名であったが,経済問題に・のみ集中し  

(S7) 

て「議会改革のより広汎な計画」に.関説しないその1請願によれば,「国債の   巨大な増加,重税の累積,王国のトレイド,マニ.ユ.ファクチ・ふア,および地代   鱒急速な衰退.」をもたらした戦争,行政府における腐敗,高給,不当な年金な   どのむだづかい,国王のunconstit11tionalな権力を廃絶・抑止すべきなのであ  

(38)  

った。セイヴィルやターナ−やバー・クもこれを支援・協力した。だが,知られ   ているごとく,「経済改革」は他の広汎な改革,「議会改革」なしに・効果をも   たぬとかんがえたワイプィルをはじめ,運動内部に.経済改革派から普通選挙に   いたる右から左までの意見のちがいをうむし,外側ではカートライトなどの議  

(35)G.S.Veitch,The Genesisqf Zbrliamentar.yRqfbrm,London,1913・Chapter   IIIEconomicalReform veY・SuS Parlianentary Reform(1778−I1782),ppい 52−82・  

(誠 グ.ェ.イチに.よれば,ヨ−クレヤがなぜ「経済改革」にふさわしかったかの理由の算1    は,そこがロッキソガムの本拠地であり,発2に同派の有能な指導者ラフか−ドの選出    地であり,第3にはその地の地租がフリーホールダー・に異常な負担となっていたととで   

ある。G.S.L Veitch,Ob.cit.,pp.56−・7 

(37)「議会改革」に.ひろげないのはロッキソガムへの畏敬にpよった。G・S・Veitch,Ob 

¢存.,p.59n7 

髄)G.S.,Veitch,Ob.cii.,pp.59−8.   

(21)

『安価な政府』の基本構成  

121    ー 35 −  

会改革派が経済改革派を嘲笑し,他方,ロッキンガムやバーークやは議会改革に   猛反対だった。こうして正臭正銘の経済主義に.だまされ,議会改革派の衝撃を   

うけながら,ヨーイトレヤ運動の経済主義は両極分解のうえ花火のように.きえて   いった。もとよりワイプィル自身は元来それ捻ど経済改卦「一・本やりでほなかっ   たし,ヨークシャ運動の規定もまたかなり検討を要すぺきものが多々あるが,   

この運動のなかから,The true answerto this reasoningis that a good  

BtlVernmeniis a che・2♪one and thatif we are wellgovernedweshallnot  

(89)  

be oppressed, の1文がうまれ,またワイプィルによって 1ess expensive  

(4D)  

Governmentof America, とか,あるいは「 almost tota11y exempt from   taxes they(inhabitantsofAmerica二〕support their Government with the  

(41) frugalityof alittle SwissRepublic, とか, thef:heap expence at which  

it〔GovernmentinAmerica〕is supported,Whencompared with thelofty  

(42)  

and expensive grandeur of our European Courts, などのタ−ムが続々と   っくりだされた。ぺインの所説とのかんれんからも,また,第1類盛の構成か  

(伯)  

らも,政治主義と経済主義の帝離二統一・の問題がうかびあがる/のである。いわ   ば「議会改革」に.水をさす『安価な政府』,「議会改革」と平行し補強しつつ主   張される『安価な政府』,「議会改革」の微温性紅あきたらない『安価な政府』の   

8暑が錯雑にからみあう。し狩ゝも風雲急を告げる歴史段階の千変万化の進行を   背景とするのだから,プル汐ふワ急進主義における『安価な政府』の事情は単  

純でない。けれども欝1類型としての『安価な政府』がそれなりに功利主義的政   府観紅もとづく1種の経済主義であって,欝2類型的な超経済主義とゴドゥィ   

ン的な㈲g∂〝βγ兜沼β乃fとに.挟撃されて成立したものとかんがえてよい。それは,  

CS9)C.Wyvill,PoliiicalPabers,ii,1794,p.60.・Cit・in:W.Rい Ward,The ′    助gJgざゐエα乃d7b方言兜才加戯gカねβ紹fゐC卵油〝.γ,0Ⅹfo【d,1953,p.は6・  

舶 C.Wyvill,Aβげお犯Cβげかr.タrg¢β,αガ♂fゐg勒/br桝βγざq/■β〝gJα〝d,1792,   

p 70 

姐.抽玖,pい 68 

㈲.抽玖,p.67.  

㈹ したがって,もとより第2類型内部紅おける同様の窄離=統一・の問題も生じ,これま   

た両類型の対比に.とって:重要となる。   

(22)

122   欝41巻 第2号   

− β6 −  

その名のとおりプル汐・コ・ワ急進主義なのであり,そういうものとしての政治主   義であった。歴史の歩みは,かかる欝1類型と,ときには−・連の財政改革−  

(44)  

バーークやピットなどの−とをからませたり,ベンサムやミルの哲学的急進主   義とをむすびつけ,あるいは第2類型の開明派と溶融して,それぞれの身元を   抹消した。   

こうみてくると,「すべての財政計画のなかで最良のものは,.できるだけ経   費を支出しないことであり,また,いっさいの租税のなかで最良のものは,額   の最小のものである」とするセイの発言が何を反映一政治主義フランスに  おける政治改革と経済改革の帝離=統−・をめぐる相克−するかはあきらかで   あるし,当のイギリスにおいて・『安価な政府』なるター・ムが1部の急進主義の運   動をのぞいては,主要著作や議会の討論に.おいてはとんど顔をださぬのもうな   づけるであろう。  

ⅤⅠⅠ  

まだまだ舌たらずの感をぬぐいえないが,すでに予定枚数をはるかに.こえて   いるし,さしあたりの主目的が第1類型と第2類型の範疇化であって,両類型   内部紅おける問題や両類型間に.おける共同=離反というグァイタルなかんけいq   一両類型の設定はこの点を真に.解明するためにこそなされるのではあるが  

−に・いまは夢中する与とはできなし、。   

さいごに.,われわれの試論的な構想に.よる『安価な政府』の分析指標と比較座  

標を18世紀末に.成立した2原型紅照準をあわせて総括的に・摘記しよう。  

(α)分析基準  

(Ⅰ)財政構造  

(め 経費政策  

(i)絶対的縮小と相対的縮小  

舶 ベンサムは,周知のように.,よい政府とはもっばらaptitudeを最大乾し,eXpenSeを   

最小紅しようとするもの,というのをつねとした。Cf・C・B・R:Ⅹent,OPn cii.,p 

224n 

参照

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