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『紫式部日記』の語彙について−形容詞・形容動詞 を中心に−
著者 瀬尾 喜子
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 14
ページ 13‑23
発行年 1991‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/10604
﹃紫式部日記﹄の語彙について
1 形 容 詞 ・ 形 容 動 詞 を 中 心 に ー
一︑はじめに
紫式部の書いた﹃源氏物語﹄は︑およそ千年経った今でも︑人々
に親しまれ︑読み継がれている︒このように︑物語の集大成とも評
される長大な作品を書いた紫式部という人に︑私は興味を覚え︑そ
の人となりを探ってみたいと思った︒
そこで︑紫式部のものの見方や考え方︑価値観というものを︑
﹃紫式部日記﹄の語彙(特に︑形容詞・形容動詞)の分析を通して
探っていこうと思う︒特に︑この作品は︑﹁批評的反省的精神に満
ちている﹂と︑評されている(注1)ことから︑紫式部の考え方が
比較的明確に表現されていると思うので︑この精神に注目しながら
進めていきたい︒
なお︑テキストは︑群書類従本を底本とする池田亀鑑・岸上愼二・ 瀬尾喜子
秋山度校注﹃日本古典文学大系19﹄(第二八刷)とする︒
それでは︑まず︑作品について︑簡単に説明しておこう︒
﹃紫式部日記﹂は︑一条天皇中宮彰子のもとでの紫式部の宮仕え
の記録である︒成立は︑寛弘七年(一〇一〇)の夏か秋ごろ︒内容
は︑大きく︑日記的部分と消息文的部分の二つに分けられ︑寛弘五
年(一〇〇八)の秋から︑同七年(一〇一〇)正月までの記録︹日
記的部分︺の間に︑式部の同輩女房たちに対する容姿についてのこ
と細かな批評や︑和泉式部・赤染衛門・清少納言など才女評︑自ら
の心境や進退についての内省思索などの︑随想的な内容︹消息文的
部分︺が挿入されたような構成になっている︒
式部の宮仕えは︑夫宣孝と死別後︑三十才も過ぎた頃だったので︑
優遇されてはいたが︑﹁身の憂さ﹂と孤独感にさいなまれ︑不安な
毎日を過ごす生活だったようである︒
二︑形容詞・形容動詞について
索引(注2)をもとに︑この作品の形容詞・形容動詞について抜
き出したのが︑表11︑2である︒そして︑これをもとに︑形容詞
について意味分類を行ったのが︑表13である︒
形容動詞については︑専ら︑ものの性質・状態を表す語であるの
で︑特に︑分類はしなかった︒
分類の観点は︑・式部の目が︑主にどこに向けられているかという
ところにおいた︒内面的なもの︑すなわち︑そのときの気持ちや心
の動きについて注目しているものが︑Aの感情を表す語で︑そこか
ら︑式部が宮仕え生活をどんな気持ちで送っていたかが︑うかがえ
るだろう︒一方︑外面的なもの︑すなわち︑自分のまわりのもの
(いろいろな事物・事象)について注目しているものが︑Bの状態
を表す語で︑式部のものの見方・考え方が探れると思う︒そして︑
Cの感情と状態の両方の用例が見られる語については︑一つの語の
用例の中で︑Aに入る用例もあれば︑Bに入る用例もあると思われ
るもので︑どちらのグループとはっきり決められなかった語である︒
これについては︑後で︑具体例を挙げて説明したい︒
ところで︑現代語における形容詞の意味分類については︑客観的
な性質・状態の表現をなすもの(属性形容詞)と︑主観的な感覚・ 感情の表現をなすもの(感情形容詞)とに分けるのが一つの方法と
して知られている(注3)︒本研究でも︑この分け方を参考にしな
がら︑分類を行ったわけだが︑意味のとらえ方において︑主観的な
判断も多く︑客観的な基準というものは見出せなかった︒しかし︑
語彙の面から︑作者のものの見方や感じ方を探るという点で︑この
分類は︑ひとつの試みと考えている︒
それでは︑具体的に︑それぞれの分類項目について考察を加えな
がら︑説明していこう︒
まず︑Aに属する語は︑四四語ある︒喜怒哀楽などの感情を表す
語のグループだが︑含まれる語の表している気持ちで︑プラスの意
味と︑マイナスの意味にわけてみると︑圧倒的に︑マイナスの意味
を表す語が多いことがわかる︒
プラスの意味は︑﹁心引かれる﹂﹁早く見たい﹂など︑対象を興味・
関心をもって︑好意的に見ている状態や︑安心し︑また︑楽しく喜
ばしいと思っている状態で︑﹁あらまほし﹂﹁うしろやすし﹂﹁うれ
し﹂﹁こころやすし﹂﹁こひし﹂﹁たのもし﹂﹁なつかし﹂﹁ゆかし﹂
などの語が挙げられるが︑それぞれの用例数は少ない︒一方︑マイ
ナスの意味は︑ある対象に対して︑面倒だ︑気にいらない︑嫌だな
どと好ましく感じていない状態や︑﹁気がひける﹂﹁つらい﹂などと
思っている状態で︑﹁はつかし﹂﹁こころもとなし﹂﹁にくし﹂﹁おそ
ろし﹂﹁くるし﹂﹁むつかし﹂﹁わづらはし﹂など︑Aグループの中 一14
一
では用例数の上位を占める語が多い︒マイナスの語が多いというこ
とは︑物事を悲観的否定的にとらえることが多いということにつな
がり︑やはり﹁批評的反省的精神﹂に満ちているということができ
るだろう︒
なお︑ここで挙げたマイナスの語については︑﹁にくし﹂などの
ように︑対象が自分の期待した様になっていないのでいやだと思う
気持ちと︑﹁はつかし﹂のように︑自分がまわりと比べて少し劣る
のでいやだと思う気持ちの両方の見方でとらえている︒
それから︑マイナスの意味の語の中で︑特に﹁うし﹂については
﹁こころうし﹂﹁ものうし﹂などの複合語も見られ︑注目すべきとこ
ろである︒本文の用例を見てみると︑﹁世をうしと思ひしみて(四
七六⑬)﹂﹁すべて世の中ことわざしげく憂きものに侍りけり(五〇
一⑪)﹂など︑世の中のことを﹁うし﹂と嘆き︑﹁なほかかる有様の
うきことを語らひつつ(四七六⑤)﹂のように宮仕え生活が辛いと
訴えている︒このことから︑式部の﹁身の憂さ﹂や︑不安でやりき
れない気持ちを推し量ることができるだろう︒
また︑語数の面からみてみると︑表i4のように︑分類Aの語は︑
異なり語数に対する延べ語数の割合が他と比べて低い︒このことか
ら︑式部は︑作品の所々で述べる微妙な心情を︑少しずつ言葉をか
えて表現しようとしていたことが考えられる︒
次に︑Bに属する語は一四五語ある︒主観的︑客観的ということ ﹁しろし﹂について︑内尾久美
氏が︑その用例の多さはこの作品の特色
を思わせるものであると述べている(注
6)が︑それは︑この作品の内容が︑敦
成親王誕生前後の記事を中心に展開して
いることに関係するのではないだろうか︒
﹁白﹂が︑現在と同じように清潔なイメi にこだわらず︑ものや人の性質・状態などを表す語を集めている︒
ここでは︑色彩を表す語に注目してみよう︒まず︑色名は︑この
作品では︑﹁あをし﹂と﹁しろし﹂の二語がみられる︒古代日本語
には︑赤・白・青・黒の四種類しか色名がなかったそうだが(注4)︑
それでは装束の細かな色合いはどのようにして表されたのだろうか︒
本文の装束の描写の部分からいくつか語をひろってみると︑﹁紅﹂
﹁紅梅﹂﹁萌黄﹂﹁柳﹂﹁山吹﹂﹁葡萄染﹂﹁蘇芳﹂といった語が使われ
ている︒根来司氏が示している(注5)﹁具体的な物の名←それに
よる色の指示←色の名﹂という色名の成立過程がここでも確認でき
る︒
そして︑色名に加えて﹁こし﹂﹁うす
し﹂など濃淡を表す語も︑色の深みなど
微妙な色合いを表すのに使われているこ
とがわかる︒
また︑
4一表
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捷 ABC
ジを持ち︑敦成親王の誕生という神聖な出来事と結びつくのだと思
う︒現に︑用例の約半数が︑この敦成親王の誕生に関する記事に集
中している︒中宮彰子の容体が変わると﹁白き御帳に移らせ﹂︑御
産が無事に済んで親王誕生の御祝が一段落ついたとき︑﹁人々︑い
ろいろさうそきかへたり﹂する︒色名一つに注目してみても︑様々
な宮廷の様子が読み取れる︒
最後に︑分類Cについて述べてみたい︒
このグループの語は︑先で述べたように︑本来ならAかBのどち
らかにいれるべき語だけれども︑どちらの要素も持ち合わせている
と判断し︑別に項目を設けたので︑一二語とたいへん少ない︒
例えば︑﹁あいなし﹂という語がある︒本文中に四例あるが︑そ
のうち二例は︑﹁何となく嫌だ﹂︑﹁あじけない気持ち﹂と自らの気
持ちについて述べ︑あとの二例は︑﹁あいなく﹂という形の副詞的
用法で︑﹁そぞろに﹂︑﹁わけもなく﹂の意味で︑胸がつまった状態
や︑心の状態を表している︒
また︑﹁ゆゆし﹂では︑﹁恐ろしい﹂︑﹁空恐ろしい﹂という気持ち
を表す用例と︑﹁縁起でもない﹂︑﹁とんでもない﹂など︑事象に対
する評価を表す用例とが見られる︒
ところで︑Aのグループについての考察のところでマイナスの意
味とプラスの意味について触れたが︑Cのグループの語の感情を表
す意味において︑プラスとマイナスについて考えてみると︑プラス が三語と︑マイナスが九語で︑やはりマイナスのほうが多い︒ここ
でも︑Aのところで述べたことが︑あてはまるだろう︒
それでは最後に︑形容動詞について少し考察してみよう︒
まず︑用例の多いものから順に並べてみると︑﹁いかなり﹂﹁こと
なり﹂﹁をかしげなり﹂﹁あはれなり﹂﹁ことわりなり﹂﹁こまかなり﹂
﹁はなやかなり﹂﹁えんなり﹂となり︑美を表す語(線を引いた語)
が比較的上位を占めていることがわかる︒
また︑﹁1げなり﹂﹁1やかなり﹂﹁iらかなり﹂などの語
が多いことも注目できる︒断定を避けて︑﹁なんとなく〜だ﹂﹁〜の
ようだ﹂というような娩曲表現が多いのは︑式部の好む所なのだろ
うか︒このことは︑形容詞にもあてはまり︑﹁ものー﹂﹁こころー
ー﹂﹁1げなし﹂などの語が挙げられる︒そして︑これらの語形
には︑造語が多く︑作者独特の表現が生まれやすいと言えるだろ
う︒
三︑批評語について
それでは︑先の意味分類の結果をもとに︑式部の批評精神につい
て︑さらに考えていきたい︒
まず︑三つに分類した形容詞の中で︑Bグループに注目する︒そ
して︑その中から︑事物の善悪・美醜・是非などについて︑式部自 [
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