21世紀教養プロジェクト・書評
その他のタイトル Book Review
著者 窄山 太, 石田 慎二
雑誌名 人間健康学研究 : Journal for the study of health and well‑being
巻 1‑2
ページ 55‑57
発行年 2011‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00023293
書 評 55
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世紀教養プロジェクト・書評】 して考えるきっかけを与えてくれる。福 澤 ー 吉
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『論理表現のレッ スン』日本放送出版協会(生活人新書)本書『論理表現のレッスン』は、タイトルが示 すとおり、論理をテーマとしている。著者の言うと ころによれば、本書は、論理という枠を通して自分 の考えを整理し、その整理したものを評価するため の視点を提供するものである (pp.5‑6)。そして、
論理という枠を理解するために、「語と語、句と句、
文と文の関係性にこころを向け、その関係性に注意 を集中すること」、加えて、「『論理的に思考する』
のではなく、『思考を論理的に表現する』ことが大 事である」という観点から (p.6)、「話し合いや議 論が生産的で有効なものとなるような工夫」 (p.9) が提案として述べられる。
論証に関する本書の説明はいずれもが明瞭であ り、論証を使えるようになることが、コミュニケー ションを学ぶ上での目標の一つであることを、あら ためて気づかせてくれる。
話し合いやディスカッションの場面を思い浮か べれば、例えば、いつ、どのような場所で、どのよ うな人に対して、どのような内容を、どのような態 度や話し方で話すのかというような、話をしていく 上で重要となるいくつかの項目がある。自分が言い たいことをどのように言えば相手に伝わるのか、ま た、どうすれば相手の言いたいことを理解できるの かは、その人との会話を成立させたいと思うならば 重要な関心事の一つとなる。自分が話す内容を相手 との関係において明確にするだけでなく、なぜその ような主張になるのかという点から相手の話を理解 することが、会話を成立させるためには必要となる。
しかしながら、話をする際に、こうしたことを どのくらい気にして話しているだろうか。さらに言 うと、自分の言いたいことを話し相手にわかるよう に伝えようと努めているだろうか。このように考え ていくと、他者とコミュニケーションをしていく上 で、自分や相手の考える道筋としての論理の内容を 知っておくことの意味は大きいといえよう。本書は、
こうした日頃あまり気に留めることもなくあたりま えに行っているコミュニケーションを振り返り、そ
本書は、序章および終章を含めると、全部で 8 つの章から構成されている。
序章 (pp.19‑40)では、「主張直撃型議論」と「無 根拠型議論」を取り上げ、これらには本書のテーマ である論証という発想が欠落していることを指摘す る。
そして、この論証が第1章から第6章において説 明される。第1章「観察語 vs理論語」 (pp.41‑ 58)では、ことばには「使い方(明示条件)を決め ないでも使える語」としての「観察語」と、「使い 方を決めて使う語」の「理論語」があると説いてい る (p.50)。その上で、第2章 (pp.59‑70)では、「問 い(理論語)が世界を切り取る」 (p.70)という立 場から、「理論的に負荷のかかった質問」がもつ意 味について述べている。
第 3章では、「論証とは何か」という章題のもとに、
論証を「なんらかの根拠があり、それを理由になん らかの主張、結論が提示される」 (p.74)ことと意 味づけ、主張と根拠のペアーを見つけて、それらを 切り分けることが重要であるとする (p.101)。そし て、続く第4章「論証と論拠」 (pp.119‑138)では、
裏に隠れている根拠の存在を指摘し、これを表に出 ている根拠と区別するために「論拠」と呼ぶととも に、これは表に出ている根拠を意味づける役割を果 たすものであると説いている。
第5章 (pp.139‑156)では論証の核となる「演 繹的論証と帰納的論証」が述べられ、前者を「仮に そこで用いられている根拠が正しいとするなら、そ こから導かれる主張・結論も必ず正しいと言えるよ うな論証」 (p.143‑144)、後者を「用いられた根拠 からなんらかの推測をし、主張・結論が出されるよ うな論証」 (p.145)と定義している。続く第6章「論 証の妥当性・推測カ・健全性」 (pp.157‑178)では、
論証は「主張・ 結論が信頼できるものであることを 示したいから」 (p.158)行うものであるということ を前提に、論証を受け入れるかどうかは「論証プロ セスが妥当性かどうかということ」、そして「そこ に用いられている根拠に信頼性があるかどうか」で 評価することが必要であるとする (p.162)。
最後に、終章「論証の評価」 (pp.179‑215)では、「論 証を再構成する 5つのルール」 (p.190)や「論証を
56 人 間 健 康 学 研 究 第1・2号 合 併 号
評価する 2つの段階」 (p.203)が述べられる。また、
「本書におけるキーワード」や「論証評価のための チェックリスト」 (pp.216‑217)が掲載されており、
それまでの内容を今一度整理する際に役に立つ。
本書では、以上のように、論証とはどのような ものかということが、わかりやすく述べられている。
また、観察語と理論語の違い、根拠と論拠の区別、
演繹と帰納の区別など、レポートや論文を書く際に も理解しておきたい内容が盛り込まれており、大学 生としてスタディスキルを身につけていく上でも、
ー読しておきたい書物であるといえる。
なお、本書以外にも、著者には『論理的に説明す る技術』(ソフトバンク・クリエイテイプ、2010)、『議 論のルール』(日本放送出版協会、 2010)、『科学的 に説明する技術』(同、 2007)、『わかりあう対話10 のルール』(筑摩書房、2007)、『議論のレッスン』(日 本放送出版協会、 2002)といった類書がある。これ らの書物においても「主張・根拠・論拠」という著 者の主張が、イラストを使用するなどによって丁寧 に述べられており、あわせて参照されることをお勧 めしたい。
窄山 太(関西大学人間健康学部助教)
赤川学
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『子どもが減って何が 悪いか!』ちくま新書いわゆる「 1.57ショック」以降、少子化は解決 を要する社会問題として取り上げられるようになっ た。 1990年代以降、少子化対策として様々な施策 が進められる中で、本書は非常に挑戦的なタイトル がつけられている。しかし、その内容は感情的に展 開されているのではなく、序章から第 8章まで実証 的なデータを用いて検証を行い、著者の提言が展開 されている。
序章の「世に溢れるトンデモ少子化言説」では、「男 女共同社会が実現すれば、少子化は防げる」という 言説の統計的根拠のひとつとなっている「女性の労 働力率が高い国ほど出生率も高い」という国際比較 のデータに対して、サンプルの選び方次第で結果が 異なるとして、それが恣意的に選ばれたものである
ことを指摘している。
本第1章〜第3章では、少子化対策(出生率回復 策)として男女共同参画社会の有効性を強調する言 説に対して、リサーチ・リテラシー的な分析を通し て「身も蓋もないツッコミ」を行っている。第1章 の「男女共同参画は少子化を防げるか」では、「国 際比較」に基づく主張、「国内比較」に基づく主張 を、第2章の「子どもを増減させる社会的要因は何 か」では、「個票による分析」を検証している。
第 3章の「夫の家事分担は子どもを増やせるか」
では、夫の家事分担が増えれば子どもの数が増える という仮説、「子育ての経済的負担が大きいから、
仕事と子育てを両立するのが難しいから、女性は結 婚しない、子どもを産まない」という「産みたくて 産めない」仮説を検証している。
第4章の「男女共同参画は少子化対策ではない」
では、序章から第 3章までを踏まえた上で「男女共 同参画社会が少子化対策として有効でないとした ら、男女共同参画は必要ないのか」、「男女共同参画 社会は、少子化対策と結びつくべきなのか」という と問いを検証している。結論としては、いずれの問 の答えも「否」であり、男女共同参画は少子化対策 であるべきでないと主張する。
第5章の「少子化の何が問題なのか」では、少子 化のメリット論、デメリット論に関して検証してい る。著者は、少子化は「多少、問題である」という 立場をとっているが、「少子化がもたらす弊害を子 どもの数を増やすことによって解消するのではな く、子ども数が増えないことを前提としながら、あ らゆる制度を、選択の自由に対して中立的に設計し ていく必要がある」と主張する。
第 6章の「少子化はなぜ止まらないのか」では、
そもそも少子化はどのような要因によって進展する かという少子化のメカニズムについて検証してい る。さらに、現在の少子化対策が、出生率回復に対 して「逆効果」となっているのではないかという仮 説を立て考察を行っている。
第7章の「子育て支援はいかにして正当化される か」では、私的な行為である出産や子育てに対して、
国や地方自治体が社会的なサービスとしての子育て 支援を行う理論的根拠は何なのか、どのような根拠 や理念に基づく子育て支援であれば正当化されるの かについて検証している。
書 評
第 8章の「子どもが減って何が悪いか!」では、
本書のまとめとして著者の主張を展開し、「子ども の数は、減ってもかまわない。そのかわり、ライフ スタイルの多様性が真の意味で確保される『選択の 自由』と『負担の分配』に基づいた制度が設計され ていれば、それでよい」と最終的に主張する。
本書は2つの視点で読むことができる。ひとつは、
少子化問題を考える素材のひとつとして読むことあ る。これは本書の主目的となる部分であるが、上述 したように従来の少子化に関する言説を批判的に検 証しており、少子化問題を考える上で示唆に富む内 容となっている。著者の主張を無批判に受け入れる ことは避けなければならないが、本書を読むことに よって少子化問題の議論を違った視点から見ること ができるようになるだろう。
もうひとつの視点は、リサーチ・リテラシーを学 ぶ素材のひとつとして読むことである。少子化問題 に限らず、世の中にはいろいろな社会調査が溢れて おり、それをもとに政策提言などが行われている。
近年、そのような社会調査などを批判的に解読する リサーチ・リテラシーの必要性が提唱されているが、
本書はリサーチ・リテラシーを実践的に学ぶことが できる内容となっている。リサーチ・リテラシーに ついては、谷岡一郎氏の著書『「社会調査」のウソ ーリサーチ・リテラシーのすすめ一』(文藝春秋、
2000年)が有名であるが、併せて読むとさらに理 解が深まると思われる。
本書は、少子化問題に関心のある人はもちろん、
これから学ぴの扉を開こうとする大学生など、多く の方々に読んでいただきたい一冊である。
石田 慎二(関西大学人間健康学部助教)
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