[資料紹介] 組織と人間行動
その他のタイトル [Material] C. Argyris: Personality and Organization
著者 飯野 春樹
雑誌名 關西大學商學論集
巻 3
号 6
ページ 584‑601
発行年 1959‑02‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00021781
うであったように公式組織
( f o r m a l o r g a n i z a t i o n
のみに限る
)ことなく︑個人および非公式組織
( i n f o r m a l o r g a n i z a t i o n )
との関連をも含めて︑これを全体的に把握しようとする︒けだ
し︑現実に経験する経営組織における人間行動
( h u m a n e , b havior)
を統一的に説明ー従って予測と統制ー—しうる理論
を追求することが︑われわれの目的に外ならないからである︒ 今日われわれが経営組織の諸問題を考察するとき︑かってそ
│C hr is Ar g y r i s , P e r s o n a l i t y a nd Or g a n i z a t i o n ,
h T e C o n f l i c t Be tw ee n Sy st em n a d t he In d i v i d u a l (N ew o Y rk : H ar pe r,
1 9 5 7 ) .
p px i
.i i + 2 9 1 . ‑
組 織 と 人 間 行 動
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
公式組織が経営目的達成に対して合目的的に構成せられる経
営の中核体である限り︑組織理論の焦点が公式組織に合わされ
るのは当然としても︑伝統的組織理論では︑公式組織の静態的
構造のみを︑具体的な経営情況から独立的に取扱うという一面
性を免れなかった︒この意味において︑伝統的組織理論におけ
る人間行動の理解は︑合理的な経済人
( e c o n o m i c m a n )
に 即
し た も の で あ っ た ︒
かかる経済人的仮説に対して︑社会学ないし社会心理学的ア
プローチから批判を加えるとともに︑組織理論の実体充実にあ
飯
野
春 七
樹
第三章
組織と人間行動 第二章
公式組織 パースナリテイ
︵ 飯
野 ︶
係諸学派の研究成果である︒
たしかに人間関係論の貢献は大きいものがある︒しかし伝統
がある︒いわば人間関係人
( s o c
i a l
m a
n }
としての人間行動の
理 解 で あ る ︒ かようにして︑個人︑公式組織︑非公式組織それぞれの研究 は︑すでに相当の歴史をもっとしても︑現実の組織︑および︑
そこにおける全体としての人間行動の理論は︑いまだ必ずしも
多くを見出しうるわけではない︒
︵ 注 ︶
以下に紹介しようとするアージリス
(C. .
A r
g y
r i
s )
の 近
著 は
︑
かかる人間行動を組織行動
( o r g a n i z a t i o
n a l
b e
h a
v i
o r
) と名付
け︑多数の既存文献︵主に実証的研究︶の綜合によって︑理論 体系を構成しようとする好著である︒因みに本書の構成は次の
ご と く で あ る ︒
本書の基本的仮定と視点
論からみた人間関係論は︑その非公式的側面を偏重するきらい
個人的・集団的適応
第一線監督者
公式組織と健康な個人間の不調和の度合の減少
有効な管理者行動の発展
要約と結論
七
される数百におよぶ具体的な調査研究文献はすべて省略する︒
なお︑本文中のゴシックは各章の節見出しをいみする︒
︵ 注
︶ ア ー ジ リ ス は エ ー ル 大 学 労 慟 経 営 研 究 所 に あ り
︑ バ ッ キ
( E . W .
B a
k k
e )
と と も に 組 織
理 論
研 究 で 有 名 ︒
E m
e c
u t さ e
L e a d e r s h i p ̀
An
A p
p r
a i
s a
l o
f a
M a
n g
e r
ゞ
A c t i
o n ,
19 53 .
の ほ
か ︑
著 書
︑ 論 文 お よ び 中 間 報 告 冊 子 な ど 多 数
が あ
る ︒ る︒ハースナリテイ︵以下人格と訳す︶と公式組織の考察から始
まる︒紙面の制約と︑理論上の相対的価値から︑この部分は簡
第一章
本書の主題組織行動の分析は︑その基本的楷成要素であ 以下にその所論を要約して紹介しよう︒紙面の都合で︑引用 で
あ る
︒
第九章 第八章
的組織理論が組織の公式的側面に偏向した反動として︑組織理
第七章 第六章 第五章経営者の反応とそれが従業員に及ぼす影響
ずかって力があったのは︑
一 九 ︱ ︱
‑ 0
年代以降のいわゆる人間関 第四章
かように人格ほ︑その基本的部分としては同じ欲求や能力を 口他人への依存状態から相対的独立状態へ H 受動的活動状態から能動的活動状態へ る ︒
能 力
を 大
別 す
れ ば
︑ 認
識 能
力 (
k n
o w
i n
g )
︑
実行能力
あ る
︒
それは欲求と環境の間で機能す児︶の段階から成熟︵大人︶の段階へと発展する傾向をもっと われの文化における人間は︑ 人格に内在する欲求体系から生ずる︒ る︒ところで︑かかる成長過程の特徴を列挙しておこう︒われ 動する︒⑲心理的エネルギーの源泉は欲求のなかにある︒すな ず︑逆に自己を理解しなければ他人を理解しえないものであ められている︒人々は心理的ニネルギーをもち︑それによって行
さ て
︑
れ る
︒
一般にc人格はエネルギーを表示するという仮説が認 組織と人間行動
単に紹介することとしよう︒
人格は︑ある部分とそれらの相互関連の様式とからなり︑ 3
人格の部分は全体を︑全体は部分を維持するところの一つの組
織体である︒⑱人格は内的ー外的均衡を同時的に︑かつ動態
的に表示することによって︑すなわち︑諸部分間の内的適応
( a
d j
u s
t m
e n
t )
と ︑
全 体
と し
て の
人 格
と 外
部 環
境 間
の 外
的 適
応
( a
d a
p t
a t
i o
n )
と を
な す
こ と
に よ
っ て
︑ つ
ね に
全 体
的 均
衡 を
維
持 し よ う と す る ︒ か か る 固 有 の 自 己 維 持 傾 向 が 自 我 実 現 ( s e l f ,
a c
t u
a l
i z
a t
i o
n )
傾 向
と 呼
ば れ
︑ そ
れ に
よ っ
て 人
格 の
安 定
が 保
た わ
ち
︑ 人 が 欲 求 を 表 現
し ︑
欲 求
を 実
現 す
る た
め に
発 達
さ せ
る も
の は
能 力
( a
b i
l i
t i
e s
) で
⑱ 人 格 は 能 力 を も つ ︒
( d
o i
n g
)
︑ 成
裳 兄
能 力
( f
e e
l i
n g
)
の 三
つ で
あ ろ
う ︒
もっとしても︑かかる部分のユニークな統合物としての全体的
人格は︑各個人によって︑あるいは各人の成長段階によっても
異なってくる︒かかる⑱人格の組織体に自我という概念が与え
ら れ
る で
あ ろ
う ︒
自 我
( t
h e
s e
l f
) は
︑ も
し 不
安 ︑
対 立
︑ 欲
求 不
満
の ご
と き
脅 威
を 感
ず る
と ︑
一 般
に 防
禦 反
応 (
d e
f e
n s
e
r e a c
t i o n
)
を示す︒@防禦機構は脅威に対して自我を守るべく︑攻撃︑抑
圧︑投射その他の行為を示す︒
さて︑最後に︑人格はその成長につれて︑より多くの欲求や
能力を獲得するとともに︑それらを深化せしめ︑経験の世界を
拡大する︒⑱成長は部分の増加と︐私的世界の増加をいみす
る︒ただし自我の成長と自我の理解には︑社会的相互作用を必
要とする︒従って︑他の人々を理解しなければ自己を理解しえ
思 わ れ る ︒ す な わ ち ︑
一 般
に ︑
次のように非成熟︵幼
︵ 飯
野 ︶
七 四
︵ 飯
野 ︶
して取扱うに当って︑まさに受容せねばならぬ条件
で あ
る ︒
( g i v
e n s )
かかる発展段階に沿って成長せんとする努力が︑ 0 人格の基
本的な自我実現傾向に外ならぬのであり︑人間を組織構成員と
人格︵第二章︶にひき続いて︑組織行動の他の基本的構成要
素となる公式組織
( f o r
m a l
o r g a
n i z a
t i o n
)
の本質と︑それが
人格に及ぼす作用とが問われねばならない︒︵第三章︶
云うまでもなく︑公式組織のもっとも基本的な特質は︑その
合理性︑論理性である︒囚公式組織は合理的組織である︒その
構造は特定目的を反映しており︑各構成員ほ公式計画に従って
合理的に行動するよう要求される︒しかし︑果して公式組織の
合理性は貫徹しうるであろうか︒テーラーが精神革命を︑フェイ
組織と人間行動
七 五
︵ 注
1 )
組 織
的 ︑
管 理
的 能
率 は
︑ 組
織 構
成 員
に 割
当 て
ら れ
る 作
業 の
専
門 化
に よ
っ て
︑ 増
大 す
る ︒
︵ 注
2 )
管 理
的 ︑
組 織
的 能
率 は
︑ 上
位 者
が 下
位 者
を 指
揮 ︑
統 制
し う
る
が ご
と き
明 確
な 権
限 機
構 の
な か
へ 各
人 を
配 置
す る
こ と
に よ
っ
て ︑
増 大
す る
︒
︵ 注
3 )
管 理
的 ︑
組 織
的 能
率 は
︑ 専
門 化
し た
各 単
位 が
︑ 一
人 の
リ ー
ダ
ー に
よ っ
て ︑
計 画
さ れ
︑ 指
揮 さ
れ る
単
1
的
な 活
動 を
行 う
と き
に 増
大 す
る ︒
︵ 注
4 )
管 理
的 能
率 は
︑ リ
ー ダ
ー の
管 理
限 界
を ︑
相 互
に 作
業 上
関 連
す
る 五
ー 六
人 の
部 下
に 制
限 す
る と
き に
︑ 増
大 す
る ︒
それぞれの原理が個人に与える影響をごく簡単に指摘すれ
ば︑作業の専門化は︑個人差︑従って自我実現過程を無視し︑
個人にとって心理的に重要でない能力のみの使用を要求する︒
命令の系列によって︑リーダーに強力な公式権限が与えられる 伯自我意識の欠除から︑自我の意識と自我の統制へ 以上である高い地位を占める希渥ヘ 因家庭や社会での低い地位から︑同輩と比べて同じか︑それ
望 ヘ
固短い時間展望
t i
m e
p e
r s p e
c t i v
e )
からヨリ長い時間展 ではないか︒かかる観点から︑公式組織原理の人格に及ぽす影
響が検討される︒ここで⑱公式組織のいくつかの基本原理と
︵ 注
1 )
︵ 注
2 )
は︑作業の専門化
( T
a s
k S p
e c i a
l i z a
t i o n
) ︑命令の系列
( C h a
i n
︵ 注
3)︵ 注
4 )
o f C
o m
m a
n d
) ︑ 指 揮 の 統 一
( U n i
t y
o f D i r
e c ; :
t i o n
) ︑管理限界
( S
p a
n o
f C o
n t r o
l ) で
あ る
︒
国浅い一時的関心からヨリ深い持続的関心へ のうちに必然的に人間の抵抗を惹起する何物かが含まれる証拠 国少数の行動能力から多数の行動能力へ ョルが団結精神を強調せざるをえなかったのも︑公式組織原理
後の記述の便宜のために︑
(P ro po si ti on )
を先に述べておこう︒これらの命題は︑本書の
要約︵第九章︶であり︑アージリスの組織行動理論の基礎とな で
あ る
︒
ここで著者が提出する十個の命題
︵命題八︶他の経営者の行為は︑個人と公式組織間の不調和 ︵命題七︶ある経営者の反応は︑適応行動に内在する敵対関 ところで︑本稿は紹介を目的とするゆえ︑途中ではあるが以 の欲求と公式組織の要求との間の基本的不調和が認められるの 者が組織体としての自己実現をめざすならば︑⑲成熟した人格 組織と人間行動
ゆえに︑個人は依存的︑受動的となり︑自己の作業環境への統
制力を行使しえない︒指揮の統一の結果︑個人は自己の内在的
欲求との関連において︑作業目標︑目標達成の方法などをみず
から規定しえない︒管理限界は︑組織最下部の個人の統制力と
時間展望を減少させ︑また︑特定単位組織内での上下関係にお
いて︑緊密な監督を可能とするゆえに︑部下をして依存︑受
動︑従属感を強く感ぜしめる︒すべて個人の成長傾向ーー前述
した人格の条件に反せざるをえないのである︒
かくして︑もし以上のごとき能率を第一とする公式組織形成
の原理が適用せられ︑かつ︑その構成員として︑成熟した心理
的成長状態を求める個人が使用せられるならば︑すなわち︑両
︵ 飯
野 ︶
る も
の で
あ る
︒
︵命題一︶健康な個人の欲求と公式組織の要求との間には調
和 が
な い
︒
一︶個人の欲求と公式組織の要求との間の不調和の度
合に比例して︑阻害が増減する︒
︵命題二︶この阻害の結果︑欲求不満︑失敗感︑短時間展望
お よ び 対 立 を 招 く ︒
︵ 命
題 一
1 1)
ある情況下では︑欲求不満︑失敗感︑短時間展望
および対立の度合は増加する傾向にある︒
︵命題四︶公式組織原理の本質は︑すべての階層において︑
部下をして競争︑対抗︑同僚間の敵対を経験させ︑全
︵ 系
体よりも部分に焦点を向けさせる︒
︵命題五︶従業員の適応行動は︑自我の統合を維持し︑公式
組織との統合を妨げる︒
︵命題六︶従業員の適応行動は︑累積効果をもち︑組織にフ
イード・バックし︑それ自身を強化する︒
係を増大させる傾向にある︒
七 六
害
( d
i s
t u
r b
a n
c e
)
の結果︑健康な個人は︑日自我実現が妨げ
られるゆえに︑欲求不満
( f r u s t r a t i o n )
を経験する︒口中心的
えぬゆえに︑心理的失敗感
( p
s y
c h
o l
o g
i c
a l
f a i l u r e )
を経験す
る︒曰自己の将来の明るさと安定とを統制しえぬゆえに︑短時
間展望
( s h o r t
t i
m e
p e r s p e c t i v e )
を経験する︒国健康な個人
として︑欲求不満︑失敗感︑短時間展湿を好まぬゆえに︑対立
( c o n f l i c t )
を 経 験 す る ︒ ︵ 命 題 二 ︶
この不可避的な不調和による阻害は次の場合に増大するであ
ろう︒日従業員が益々成熟するにつれて︑口公式組織原理の適
用が厳格となるにつれて︑国個人が命令系列を下がるにつれ
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
欲求との関連において︑自己の目標と目標達成の手段とを定め すでに簡単ながら︑命題一と系一とは考察された︒かかる阻
七 七
える影響についての究明が試みられる︒ が︑現実にみられる個人および集団による適応行動
( a
d a
p t
i v
e
b e
h a
v i
o r
)
の存在を通じて行われるとともに︑それが組織に与
一般に欲求不満︑失敗感︑短時間展望および対立を経験する
とき︑従業員のとる道応の行動様式の主要なものは︑次のいず
れか︑あるいは︑その組合せと考えられる︒すなわち︑山組織
をはなれる②組織階梯を昇る③防禦機構を使用する④冷
淡
( a
p a
t h
y )
︑無関心となる固金銭その他の物質的報償を強
調する⑥子供に文化移入︵
a c
c u
l t
u r
a t
e )
をする︑などである︒
かかる部面の調査研究は最近とくに盛んであり︑本書にもその
多くが引用されているが︑具体的事例はすべて割愛するの外は
な い
︒
を経験すると仮定された︒第四章においては︑かかる仮定の証朋 ップの使用によって最少化されうる︒ 組織の要求のゆえに︑欲求不満︑失敗感︑短時間展望および対立 ︵命題十︶命題九に含まれる問題は︑現実指向的リーダーシ れモデルを想定して論理的分析が行われ︑健康な個人は︑公式 を 減 少 さ せ う る ︒
︵命題九︶職務拡張と従業員中心的リーダーツップも︑適応
行動が組織文化と個人の自我概念に組込まれてしまえ
ば︑それ以上には作用しない︒ 本書第
1
1
︑第三章において︑人格と公式組織につき︑それぞ
て ︑
四 仕
事 が
益 々
専 門
化 さ
れ る
に つ
れ て
︒ ︵
命 題
一 ︱
‑ ︶
らの個人的適応は︑すべて欲求充足的なものである︒人々はか
な
し゜
組織と人間行動
さて︑組織の要求が自己の欲求実現と対立する場合︑山従業
員は組織をはなれること︵欠勤︑退獄︶によって適応すること
がある︒しかし一般には︑組織内で適応する︒②組織階梯を昇
ろうとするのは︑依存的・受動的・従属的で︑能力の使用が不
要な組織下層の情況からの脱出をいみするゆえに︑一種の適応
機構とみなしうるであろう︒が︑誰もが社長になれるわけでも
そこで③防禦機構が使用される︒現実逃避︑攻撃︑退
行︑合理化︑投射などの行為である︒
最近とくに一般化している防禦機構の︱つで︑強調に値いす
るのは︑組織ないし作業に山冷淡︑無関心となることである︒
たえず欲求不満︑失敗感︑対立を経験する職場でも︑そこにと
以上において︑いかに囚個人は適応するかが示された︒これ
かる欲求充足的な適応行動︑とくに防禦反応と冷淡︑無関心の ーソン実験においても︑非公式集団の存在とその機能をめぐっ ての分析が少なからず行われている︒ て強化されるが︑経営者はこれに対して公式権力を行使しうる 集団を公式化
( f o r m a l i
z e )
し︑経営権のいくらかを剥奪して自
己の統制下に収めることにより︑経営への依存を減少せしめよ
うと試みる︒ここに労働組合結成にいたる根本的理由の︱つが り︑生産能率は低く︑組織との一体感を失う︒ 非公式集団の効果を知り︑その永続化を望む従業員は︑非公式 る欲求の数と重要性を減少させる︒作業には冷淡で無関心とな 基本的欲求の表現可能な場所とは考えず︑職場で満たそうとす 要性をおのずから低下させるのである︒かれらはもはや職場を かように︑欲求充足的な個人的適応行動は非公式集団によっ どまろうとする従業員は︑職場をめぐる諸要素のもつ心理的重 かかる現象に向けられていたのは周知の事実であり︑すでにホ ウンなどの形をとる︒人間関係論のもっとも中心的な関心が︑ スローダ
︵ 飯
野 ︶
それを維持せんと望み︑集団による是認と制裁
( s a n c t i o n ) に よ
って保証を得ようとする︒ここに非公式集団が組織せられ︑⑱
集団的適応があらわれるのである︒
従業員は︑対立︑失敗感などに冷淡︑無関心となって適応
し︑欲求不満には攻撃によって適応する︒前者は作業能率を低
下させるし︑攻撃や敵意は通常経営に向けられる︒従ってその
結果としての集団的適応は︑一般には︑集団による割当て制
限
( Q
u o
t a
R e s t r i c t i o n )
︑ずるけ
( G
o l
d b
r i
c k
i n
g )
︑
ゆえに︑必ずしも非公式集団の形成だけで安全とはいい難い︒
七 八
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
さらに︑二つの適応様式が指摘される︒従業員は職湯におけ
七 九
以上のごとく︑欲求充足的な各種の適応行動は︑通常相互に って︑かれらが将来受けるかもしれぬ欲求不満や対立を減少せ 関心のごとき問題に直面せざるをえないであろう︒ 動や非公式集団のノルムを⑥子供たちに文化移入することによ 最後に︑直接的な適応とは云えないとしても︑両親が適応行 には公式組織原理を使用せざるをえず︑従ってその官僚性の増 るべき必要はない︒ ととなる︒労働組合もまた適応機構とみなされるのである︒
もちろん労働組合とても︑ ︱つの組織体として存続するため
大とともに︑労組指導者も経営者と同じく︑組合員の冷淡︑無
る満足獲得の期待を放棄し︑賃金などの物質的報償を職場の不
満足に対する代価であると考える︒従って︑むしろ人間的ない
し非物質的要素を軽視し︑固物質的報償を強調するがごとき心
理的傾向を発展させることによって適応する︒この傾向は︑労
働組合の経済闘争によって強化されるだけでなく︑経営者の行
為によっても強化される︒従業員の適応行動の根本原因を衝か
ずに︑むしろ種々の職場外の物質的便宜供与に心を砕くばかり
か︑商品に対する宜伝活動によって金銭の重要性をつねに鼓吹
しているからである︒
初期の人間関係論者は︑従業員の金銭的報償の強調は経済的
なものであり︑それよりも人間的︑社会的要素の方が一層重要 しめようとすることである︒ 強化しあって永続化し︑集団的ノルムとなって再び適応行動を 強化することとなる︒かくなれば︑かかる適応行動は個人にと って正当な行動と認められ︑各人はノルムに従って行動するこ とを期待される︒個人の欲求︵第二章に示されたごとき︶にも とづく行動を個人的行動︑公式組織の要求にもとづく行動を公 式的行動とすれば︑このような集団によって是認された欲求充 足的な行動は非公式的行動と名付けうるであろう︒
本書の分析によれば︑非公式組織は︑個人の欲求と公式組織
との間の不調和から生ずる阻害を減少させる作用をもつ︒もし という主張のみが︑人間関係論の存在理由の︱つであると考え といいうるだろう︒人間的要素が物質的要素よりも重要である 権力によって︑かれらの非公式活動の多くを永続強化しうるこ 存在する︒いまや従業員は組織としての労働組合に存する公式 であると考えた︒しかし︑以上の分析が正しいとすれば︑従業 員の金銭的報償の強調は︑まさに重大な人間的問題に外ならぬ
ある︒国貨幣を熱望する︒四過失と無駄を生む︒と診断し︑経 従業員というものは︑本来︑日怠惰である︒口無関心で冷淡で 業員のとる適応行動を好まず︑異なった診断を下す︒すなわち︑
公式組織の論理と独自の自我概念から判断する経営者は︑従 策が吟味される︒ は︑第四章で分析された従業員の適応行動に対する経営者の対
本書第五章﹁経営者の反応とそれが従業員に与える影響﹂で
四
本章の分析は︑命穎五と命題六をもたらすものであった︒
組織と人間行動
健康な個人が最低水準の健康を維持し︑かつ︑公式組織がその 要求の最適表現をうるべきものとすれば︑非公式組織による従 業員の︑外見上公式的行動とは異なり︑敵対的であるかのごと
き行動も︑必要なものと承認される︒
かかる場合︑通常モラール・イソデックスとして好ましから ぬとみられる項目︵欠勤︑経営と作業の嫌悪など︶でも︑むし ろ︑従業員が心理的困難な情況下で︑最少の人格的満足と生産 とを維持しようとしている積極的なしるしと解釈しても︑等し
く正しいことが多いであろう︒
︵ 飯
野 ︶
営における好ましからざる問題の責任を従業員に帰する︒そし て︑経営者は︑通常︑田独裁的リーダージップの強化︑②経営 統制の強化︑③似非人間関係方策の採用︑などを対策として使 用しようとする︒これらの対策の根底にある凶経営者の支配的
︵ 注 ︶
な仮定というものほ︑やはり公式組織の論理と経営者自身の自
我概念から引き出されたものである︒
︵ 注 ︶
I l l
組 織 に お け る 人 々 の 関 係 を 規 定 す る も の は ︑ 組 織 図 と マ ニ ュ ア ル で あ る
︒
② 組 織 に お け る 人 々 の 行 動 は ︑ 明 白 な 諭 理 的 思 考 に よ っ て 左
右 さ れ る
︒
③ 部 下 は ︑ 論 理 的 誘 因 と 明 ら か な 伝 達 の も と に お い て の み ︑
組 織 の 目 的 と 情 況 が 要
求 す
る も の を 行 う
︒
山 経 営 者 が 問 題 解 決 に 責 任 を も っ ︒ な す べ き こ と を も っ と も
良 く 知 っ て い る の は 経 営 者 で あ る ︒
⑤ 事 を な さ し め る 方 法 は ︑ リ ー ダ ー の 地 位 の 権 限 に よ る ︒ か
れ は 説 得 と 強 制 を も 用 い う る ︒
⑥ 組 織 下 層 の 従 業 員 は ︑ も し 企 業 の 経 済 問 題 を 理 解 す れ ば ︑
も っ と 違 っ た 行 動
を す
る だ ろ う
︒ しからば︑このような経営者の反応は︑従業員にいかなる影
響を及ぼすであろうか︒
第一に⑱強力なダイナミック・リーダーシップとそれが従 業員に与える影響である︒経営者の考えるダイナミック・リー
八 〇
( p r e
s s u r
e ' o r
i e n t
e d )
リーダーシップのことであり︑
ダ ー シ ッ プ で あ る ︒
( d i r
e c t i
v e o r
u t a
o c r a
t i c )
リ ー
1
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
部門間の競争︑心理的失敗惑︑自己の作業環境への統制力の喪
八
たと惑ずる︒また例えば予算統制のごとき管理技術は︑圧力︑ 第三に⑲人間関係の流行とそれが従業員に与える影響で あ
る ︒
をうる︑ために集団に参加するからである︒ 競う︑国短時間展望に直面する︑国心理的失敗感を経験する︑ 張から逃れ︑③圧力に対抗可能な集団への参加によって安全感 張︑不信の結果︑従業員は経営と闘うために新しい凝集的集団 ーダーシップが行使される場合︑部下は通常︑日受動的︑依存 さざるをえないのである︒とくに経営統制に由来する圧力︑緊 かかるリ
的︑服従的となる︑はすべての部下の欲求よりも︑組織とリー
ダーの欲求が中心的となる︑国リーダーの寵愛を求めて相互に
がごとき情況におかれることとなるであろう︒従ってダイナミ
ック・リーダーシップは︑公式組織が従業員に与える影響と同
じような作用をもち︑この方策が減少せしめようとする従業員
の適応行動の必要性を却って強化せしめるものといわねばなら
な い
第二はc一層強固な経営統制とそれが従業員に与える影響で ︒
ある︒すでに作業の専門化によって満足感を味いえない従業員
ほ︑強固な経営統制
( m
a n
a g
e m
e n
t
c o n t
r o l )
によって計画職
能が一層集中化される結果︑自己の職場での重要な決定に参加
する機会を失い︑自己の職務に対する統制力がヨリ一層減少し を発達させる︒けだし従業員は︑山各人への圧力を減じ︑図緊
先ず人間関係プログラムが広く行われるに至った理由として
指摘される一二点は︑日労働組合の成長が︑従業員の永年にわた
る不満を表面化し︑まずい経営を批判したこと︑ロメーヨーら
の ^
J
. ハ ー ド 学 派 の 調 査 結 果 ー │ ' 悪 い 人 間 関 係 が 生 産 性 を 低 下
させているーの影響︑国多くの経営者が社会的責任惑を発展
させ始めたこと︑である︒
いわゆる人間関係方策とは︑コミュニケーション問題を中心
とし︑参加制度︑提案制度の導入︑監督者教育︑福利厚生施設
の完備などが含まれるが︑そのほかにも人間関係専門家と称す 公式組織︑独裁的リーダーツップの与えると同様な作用を及ぼ 独裁的 門中心的な圧力などを経験させる︒かように経営統制もまた︑ ダーツップというのは︑従業員を強いて働かせるような強圧的失︑ライソと予算統制担当者との伝達障害︑組織中心的より部
従業員の現実についての情報は不正確となる︒公式組織︑独裁 経営者は従業員から孤立し︑
nミュニケーションは阻害され︑ であると考えられる活動を経営者に伝達すまいとする︒従って ろうと望むにつれて︑かれらは経営の価値︑目的︑態度に敵対的 させる傾向をもたざるをえないのである︒ して︑従業員が出来るだけ経営者との対立なしに組織にとどま しないゆえに︑却って経営者と従業員の間の距離と不信を増加 かくして人間関係方策も︑それが従業員の世界の現実と一致 て従業員に注入されればされるほど︑従業員はその適応行動が 二重のいみにおいて︑最高経営者に困難な問題を与える︒ 行動 1 経営の価値がコミュニケーショソ・プログラムによっ に︑事態は一層悪化することとなる︒かように人間関係方策は 入する︒ところが︑従業員が経営の価値に敵対的であると思う ぐべく再びコミュニケーシ三ンや人間関係方策を強化するゆえ 組織と人間行動
る人々の授ける種々の方策ーー人間関係の本質を見極わめずに
ーーがある︒それぞれに対する解説と批判は︑ここでは省略す
るが︑それらは一般に経営者の論理と自我概念にもとづき︑従
業員の態度の変更と現実糊塗を指向して導入されることが多
︑ ︒
しかし︑もっとも興味ある影響は︑かかる方策が管理者の孤
ヽ >立
( e x e
c u t i
v e
i s o l
a t i o
n )
という現象を生むことである︒公式
組織︑独裁的リーダーシップおよび経営統制は︑従業員の適応
行動を惹起する︒経営者はそれを好まず︑人間関係方策︑とく
にコミュニケーション・プログラムを問題解決の対策として導
経営に対して非合法であると思うーーをするにつれて︑そ
︵ 飯
野 ︶
的リーダーシップおよび経営統制によっても︑このような秘密
の 壁
( b a r
r i e r
o f s
e c r e
c y )
が築かれる傾向があるが︑似非人
最高経営者は現実の人間関係に資任をもち︑つねに人間関係
情況を正確に診断する必要がある︒しかしかれ自身が自由な伝
達を妨げる地位を占めているゆえに︑各階層に存在する秘密傾
向によって現実を知りえず︑また大抵の情報は部下によってゆ
がめられている︒しかも孤立感からくる欲求不満や緊張は︑か
れの診断能力をにぶらせる傾向があるばかりでなく︑孤立を防
以上第五章の分析によって︑ 経営者の採用する一二つの反応
は︑むしろ従業員の欲求不満︑失敗感︑短時間展望︑対立を増
大 せ
し め
︵ 命
題 三
︶ ︑
従って従業員の適応行動に内在する敵対
化 す
る ︒
間関係方策︑コミュニケーシ
aソ・プログラムは更にそれを強
八
あ る
︒
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
関係を増大させる傾向にある︵命題七︶ことを知る︒
してくるにつれて︑﹁第一線監督者﹂
( fi r s t, l i ne su pe rv is or )
の問題が浮び上ってくる︒なぜなら第一線監督者︑とくに載長 は二つの世界の接合点に位置しているからである︒これが本書 らも心理的に傷つくことはない︒しかし囚中間の人としての職
︵ 注 ︶
長 は
︑ 二つの世界の双方に捕われた人︑
(m argi na l m an
)
であるゆえに︑対立と欲求不満を感じ勝ちで
すなわち限界的存在
︵ 注
︶ 職 長 の お か れ る 情 況 は ︑ 通 常 次 の
ご と
く で あ る
︒
H 職 長 は ︑ 従 業 員 と 経 営 者 の 世 界 に は 差 異 が あ る こ と に 気 付 い て
い る
︒ はかれは︑⑮どちらにも属さない︑伽一方にのみ属する︑c両方 に 属 し て い る
︑ と 惑 ず る ︒ 国かれは従業員の世界に責任をもつが︑従業員はその活動のすべ
て を 知 ら せ な い ︒ 逆 に か れ は 経 営 者 の 一 員 で あ り な が ら ︑ 経 営
の す べ て の 活 動 を 知 ら さ れ
る わ
け で は な い ︒ 国かれは従業員および経営者︑あるいはどちらかの活動に参加し
よ う と し て ︑ 拒 否 さ れ る こ と が あ る ︒ そ れ が か れ に と っ て 重 要
経営者と従業員がともに自己の世界に安住するかぎり︑どち
八
で あ る ほ ど ︑ 欲 求 不 満 を 感 ず る
︒ 国かれが忠誠を示す側に対して敵対的であるような活動を支持す る よ う 求 め ら れ る と き
︑ か れ は
対 立
情 況 に 陥 る ︒ 因経営者および従業員︑あるいはどちらかが︑その決定をしばし ぱ 変 更 す
る と
き に
︑ 対 立 を 経 験 す る
︒ とともに︑日屈傭︑解雇︑懲罰などの重要問題を自身で決定で
きない︑口経営者と組合に相談せずに変更ができない︑国かれ の目標とそれが達成の方法との多くを一方的に定めえない︑詞 職場委員︑組合幹部︑上部組合の幹部などが︑職長の行為の多 くを修正したり︑妨害したりできるような世界で働く︑ことと
な る
かくして載長は︑労使二つの世界にまたがって︑対立や欲求 ︒
不満を経験するのみでなく︑組合の出現とともに︑公式権力と 行動の自由を奪われ︑緊張を経験せざるをえないのである︒職 長の地位はもはや愉快なものではない︒職長たちもまた適応行 動 を 示 す
︒
かかる情況と︑その結果として︑職長の有効性減退︑職長志 ーダーであり︑従業員の忠誠の中心である︒しかし組合の出現
第六章の主題である︒
合である︒労慟組合が出来る以前には︑職長は唯一の公式的リ
ところで︑経営者と従業員という二つの世界の感情が判然と
職長の直面する他の重要な問題は︑⑱労働組合の出現する場
596
で あ
る ︒
これまで︑健康な個人の欲求と︑公式組織およびそれに伴う 独裁的リーダーシップ︑経営統制︑似非人問関係方策との間の 基調的な対立が︑従業員の非公式的行動を招くことが論理的に 分析されてきた︒もし個人の変更を不可能と仮定すれば︑経営 的観点から見てマイナスの非公式的行動を軽減する方法は︑後
︵ 注 ︶
者を変更することである︒第七章においては︑そのうち公式組 織横造とリーダーシップの変更について論及される︒︵命娼八︶
︵ 注
︶ 健
康 で
成 熟
し た
人 格
を 求
め な
い 個
人 を
組 織
横 成
員 と
す る
こ と
も
︱ つ の 方 法 で あ る ︒ 事 実 ︑ 精 神 薄 弱 者 使 用 の 調 査 例 か ら み て
も ︑
こ の
方 法
は 有
効 か
も し
れ な
い ︒
先ず公式組織構造を変化させて︑従業員の自我実現の機会を 拡大するものに凶職務拡張
( j o b
e n
l a
r g
e m
e n
t )
がある︒その単
五
組織と人問行動
願者の減少など⑲職長問題に対して経営者は反応する︒例え ば︑種々の特別待遇によって︑職長に経営者の一員たる自党を 与えようとしたり︑教育訓練によって充分な知識とリーダーシ ップを習得させようとする︒しかし︑もし問題の根元を餌くも のでなければ︑職長にヨリ大きい緊張をもたせるにすぎないの
︵ 飯
野 ︶
ダーシップヘと移行させることが望ましいであろう︒ れわれの言葉では分権管理の導入である︒ が与えられねばならない︒ る時問週期 を増加すること︑換言すれば︑一単位の作業を完成するに要す 純な形では︑従業員各人の担当する高度に専門化した作業の数
( t
i m
e c y c l e ) を拡大することである︒これによる だけでも︑単調感の減少︑満足の増加︑モラールの改善などが 報告されている︒職務交代制
( j o b r o t a t i o n
) も同様な効果をも
つ で
あ ろ
う ︒
この種の職務拡張は︑心理的にあまり重要でない実行能力に 関するものであるが︑従業員の自我実現のためには︑認識能 カ︑感覚能力のごときョリ重要な能力の多くを表現しうる機会 て︑作業環境に対する一層の権力︑従って︑かれらの直接作業
︵ 注 ︶
菜境に作用すべき意志決定への参加が与えらるべきである︒わ
︵ 注 ︶ C . P .
M c
C o
r m
i c
k
な ど
の M u l t i p l e
M a
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n t ︑
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Management、J•N.
S c
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の
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n な
ど が
指
摘 さ
れ て
い る
︒
次 に
︑
部 下
の 依
存 ︑
す な
わ ち
︑ 職務拡張の第二種とし
従属感を減少させるものとして︑
八四権威
的︑独裁的リーダーシップを⑱参加的ないし従業員中心的リー
組織と人間行動
︵ 飯
野 ︶
しかし民主的リーダーシップとは︑リーダーシップの欠除を ーシップの型をいみする︒ 中心とする非公式的リーダーシップに益々接近してゆくリーダ 的﹂﹁従業員中心的﹂リーダーシップとは︑個人の欲求充足を 考えられるものを獲得しなければならない︒ 理論的には︑リーダーは組織によって公式的リーダーシップ わ せ る も の で あ り ︑
﹁ 参
加 的
﹂ ﹁
民 主
いみするものでも︑経営権の放棄をいみするものでもない︒自
由放任型のリーダーシップは︑民主的︑独裁的リーダーツップ
のいずれよりも︑むしろ緊張と不安を創出するものである︒ま
た民主的リーダーシップが唯一の解答ではない︒真のリーダー
シップ機能は︑個人をして最適の自我実現を獲得せしめ︑かつ
組織をしてその目的を達成せしめることにある︒従業員中心的
リーダーシッブは個人の欲求を充足せんとするものである︒し
からば組織の要求は如何︒ここでc参加的リーダーシップと経
営統制の関連につづいて︑⑲個人的欲求対組織的要求が論ぜら
八五 者は一っの多元的連続体の両極端に位置するわけであり︑現実 の情況分析に利用して有効であろう︒ところで︑ゴードン
( T .
G o
r d
o n
) : t !
︑集団中心的︵個人中心的︶リーダーシップの有効
性 を
主 張
し ︑
少数の公式的リーダーに樅限を与えておくより
は︑集団による自決が望ましいという︒従って︑その構造的基
礎として︑各階層における意志決定への公式的参加を可能にす
る機構が必要とならざるをえないであろう︒
もし︑かかる経営者行動の変化と︑必要な構造的変更とが可
能であると仮定しても︑参加的リーダーツップは成功しうるで
あ ろ
う か
︒
すでに第四章でみたように︑現実には従業員の多くは︑冷淡
で無関心となろうとし︑欲求の数と効力を減少せしめ︑小作業
集団および労働組合によって非公式的適応行動を維持︑強化し
ようとしている︒かかる状態が増大するにつれて︑個人欲求中
心的リーダーシップの成功する可能性は減少せざるをえないで
︵ 注 ︶
あろう︒ここに⑲参加的ないし従業員中心的リーダーシップの た︒しかし︑組織を構成する個人もまた︑最少限の自己表現と それが従業員に与える影響はすでに論じ る︒この種のリーダーシップは公式組織の自己表現に焦点を合全に組織目的達成を指向する公式組織のモデルをつくれば︑両 を与えられているゆえ︑従業員の欲求を理解せずにリードしう いま︑完全に個人的欲求充足を指向する個人中心的集団︑完 れ ね ば な ら な い ︒
ない︒有効なリーダーシップは多くの条件に依存する︒
︱ つ の
動は組織︵その公式および非公式的側面︶と非常に交錯してい 発展の基礎を考えるならば︑第一の指導原理として︑個人の行 妥当する人間関係原則を適用しようとしても効果的ではありえ 本書における理論構成から囚有効的なリーダーシップと人間 は疑問視されている︒現実は多元的であるゆえ︑その一局面で と呼ばれるものに外ならない︒ 組織と人間行動
限界が存在するといわねばならない︒もし個人が独裁的リーダ
ーシップに依存的︑慣習的となっておれば︑むしろかかる情況
下においてヨリ有効的に生産する︒参加的リーダーシップより
独裁的リーダーシップを用いる方が︑生産性が高いという調査
結果がしばしばみられるのは︑このゆえである︒今日のごとき
人間関係情況にあっては︑むしろ従業員も経営者も従業員中心
的リーダーシップに抵抗するに違いない︒︵命題九︶
︵ 注
︶ 職 務 拡 張 お よ び 参 加 的 リ ー ダ ー ツ ッ ブ が 前 提 す る 個 人 は
︑ 欲 求 に よ っ て 高 度 に 動 機 づ け ら れ て お り 最 ︑ 高 の 自 我 実 現 を 望 み ︑
個 人 と し て も 集 団 と し て も 自 己 の 行 動 に 責 任 的 た ら ん と す る 人
人 だ か ら で あ る ︒
本 書 の 分 析 で は ︑ つ ね に 比 較 的 成 熟 し た 個 人 が 組 織 楠 成 員 と
な る と 仮 定 し い て る こ と を
︑ つ い で に 強 調 し て お く ︒ た だ し ︑
第 四 章 に 示 さ れ る 非 公 式 的 行 動 は ︑ 第 二 章 で 分 析 さ れ た 人 格 に
修 正 を 加 え る
︒
最近では︑唯一最善のリーダーシップが存在するという考え
正しい方法は存しない︒どのリーダーシップの型をとるかは︑
︵ 飯
野 ︶
る ︒ ッ 的リーダーシップと呼びうるであろう︒現実中心的リーダーシ かかるリーダーシップの名称を求めるなら︑それは⑱現実中心 リーダーのいる現実の情況の正しい診断にまつ外はない︒もし
プ
( R
e a
l i
t y
l e
a d
e r
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i p
o r r e
a l
i t
y ,
c e
n t
e r
e d
l e a d e r s h i p )
に
は︑何力条かの﹁人を導く方法﹂の処方箋はない︒ただ一っ
リーダーは先ず現実を診断し︑しかる後に︑適当なリーダーツ
ップの型を用いることである︒われわれの言葉でいえば︑情況
的思考にもとづくリーダーシップに外ならないであろう︒
定される対立︑欲求不満︑失敗感を減少させるために︑管理者行
動におけるある種の変更が望ましいとされた︒しからばかかる
変更の方法如何︒通常︑管理者教育
( e
x e
c u
t i
v e
d e
v e
l o
p m
e n
t )
す な わ ち
︑
第八章の主題であ 以上第七章において︑組織下層の健康な個人が経験すると仮 ことができたのである︒ かようにして︑いまやわれわれは命題八︑九︑十に到達する
八六599
︵ 飯
野 ︶
︵教育︶に焦点を合わさねばならぬことである︒このいみは︑
況の特質との両者の考慮を要することである︒
織目的が達成されるために両者が融合しなければならぬと仮定 し︑しかも︑両者がつねに自己実現に努めることを知るなら ば︑有効的なリーダーツップ行動とは︑個人と組織とが同時的
に最適の自己実現
( o
p t
i m
u m
s e l f , a c t u a l i z a t i
o n )
を獲得しう
︵ 注
1 )
るように︑両者を融合することである︒融合を最大化するため には︑すでに指摘したごとく︑現実中心的リーダーツップが必
︵ 注
2 )
要である︒管理者は先ず現実を診断し︑当該情況で有効的なリ
ーダーシップ行動を決定しなければならない︒
︵ 注 1 ) バ ッ キ
( E .W i g h t B
a k
k e
) は ︑ 個 人 が そ の 欲 求 を 充 足 す る
た め に 組 織 を 利 用 し ︑ 同 時 に 組 織 が そ の 要 求 を 達 成 す る た め
に 個 人 を 利 用 す る 過 程 を 融 合 過 程
( t h e f u s i o n p r o c e
s s )
と
組織と人間行動
の間の基本的不調和によって惹起されるということである︒組 多くは︑根元的には︑比較的成熟した個人と健康な公式組織と 理論構成からえられる基本的命題は︑組織における人間問題の
ここで有効的なリーダーシップの定義が必要である︒本書の
管理者の正しい発展には︑人格の特質と︑管理者の行為する情 るゆえ︑管理者教育は︑特定の組織的脈絡における人格の発展
八 七
かかる教育過程がもっとも効果的に遂行される方法と︑管理
呼 ん で い る ︒
︵ 注
2 ) 効 果 的 な 診 断 を 妨 げ る も の ほ ︑ 日 組 織 の 公 式 お よ び 非 公 式 的
側 面 の 間 に あ る 秘 密 の 壁 ︑ 口 ゆ が め ら れ た コ ミ ュ ニ ケ ー ツ ョ ソ ︑ 巳 冷 淡 ︑ 無 関 心 な 従 業 員 ︑ で あ る ︒ 以上の分析から⑱有効的なリーダーシップの基本的なスキル
として︑山自己を知る
( s e l f , a w a r e n e s s )
︑②効果的に診断す る︑③個人が成長し︑ヨリ創造的となるように助成する︑④依 存的で︑冷淡︑無関心な従業員に対処する︑⑤経営という競争 的世界︵昇進に関する心理的競争をいみする︶に生存する︑ス
キルが必要と考えられる︒
いうまでもなく︑もっとも強調さるべきものは山と②であ る︒他人を理解するには自己を︑自己を理解するには他人を理 解しなければならぬことは第二章ですでに指摘されている︒従 って︑管理者教育は︑管理者自身と︑かれが与える他人への影 響を知る有効な方法の教育から始められねばならない︒現実に は大部分の管理者行動は権威的︑独裁的︑強圧的であるゆえ に︑c独裁的リーダーシップ行動の根元についての心理学的調 査結果などを知らしめることは︑その行動を変化せしめるのに
有 効 で あ ろ う ︒
しかし︑著者自身もその序文で断っているけれども︑本書で 則﹂の理解において卓越したものがある︒
あ ろ
う ︒
であり︑高く評価されるべきであろう︒なかんずく︑適応行動隣接科学によって提供される組織行動の諸原理を擬取すべきで る︒アージリスの著書は︑その点において︑むしろ特異な存在 もちろん︑本書の社会学的批判ほ︑紹介者の能力と背乗から みは少なからず成功を収めている︒ った︒かれは︑現実の組織における人間行動を︑個人的︑公式 アージリス著﹁人格と組織﹂の概略は以上のごときものであ
六
組織と人間行動
者教育におけるスクッフの役割について︑それぞれ⑲管理者教
育のためのいくらかの指針︑⑲管理者教育におけるスタッフ専
門家の役割についての指針︑として論ぜられるが︑すでに予定
の紙面を超過したので︑割愛することにする︒
的および非公式的行動の分析によって記述しようとし︑その試
最近︑人間関係論と名付けられる分野での研究成果は骸しい
蓄積をみせているけれども︑それらが論理的一貫性をもって体
系化されている理論構造は必ずしも多くを見出しえないのであ
としての非公式組織の解朋と位置づけ︑
析︑さらにわれわれがいう﹁情況的思考﹂ないし リーダーツップの分
﹁ 情
況 の
法
の考察が組織内部のある局面に限られ︑組織のもつ社会的︑経
済的︑政治的環境との関係に及ばないこと︑組織変動
( o r g
a ,
n i z a
t i o n
a l
c h
a n
g e
)
お よ
び 音
巫 志
辻
50
仁逗志程
( d e c
i s i o
n , m a
k i n g
p r o c
e s s )
の考察が省略されていることは︑行動科学の未発達
と︑それがもつ限界とに禍いされているとはいえ︑淋しさを感
ぜざるをえない︒とくにコミュニケーションや意志決定の理論
が︑最近とくに著しい科学と技術の発展によって︑組織理論の
中心的課題となりつつあるとき︑かれの理論からの分析が墓ま
れる︒さらに公式組織の伝統的な諸原理を所与として提出して
︵ 注
1 )
いることに批判の余地があるばかりでなく︑非公式組織の救済
に力を注ぐあまり︑公式組織がやや不当に取扱われている印象
を 受
け る
︒
して遠く及ばぬところである︒われわれは︑経営学の立場から︑
ところで︑アージリスは︑個人的行動︑公式的行動および非
公式的行動からなる組織行動を^イボールになぞらえている︒
ウイスキー︑ソーダ︑氷はそれぞれ異なった成分をもつが︑一っ
︵ 飯
野 ︶
八八