新.しい外国語音声教育のあり方
一調音音声学的教育から音韻教育へ−
大高博美
1.はじめに
近年の言語理論の進展には目覚ましいもの がある。中でも特に音声学の分野での研究は 多大の成果を上げ,その成果は積極的に音声 教育の中に適用されてきた。音というものは 意味などとは違い,物理的現象として捉え考 察することが比較的容易だからである。周知 のとおり音声研究は,音声伝達の過程におけ る三つの段階によって「調音音声学(articula−
tory phonetics)」,「音響音声学(acoustics phonetics)」,「聴覚音声学(auditoryphone−
tics)」の三分野に分かれるが,実用的な目的 に最も有効な手段として教育の分野に取り入 れられてきたのは,何といっても調音音声学 である。調音音声学とは,音声器官をどのよ うに動かすとどのような音が生まれるかを研 究する分野である。この調音音声学に基づい た教育法では,まず簡単な発声器官の解剖学 的知識が学習者に与えられ,次に「調音者と 調音点の位置」と「調音方法(mannerofar−
ticulation)」を使って発音指導が行われる。
例えば[b](両唇音)と[Ⅴ](唇歯音)の違 いを教えるには,調音者と調音点の位置の違 いを教え,あるいは又[b]と[β]の違い を教えるには,「破裂」か「摩擦」かという調 音方法上の違いを教えるという具合である。
現代の音声教育は,このような調音音声学 的方法論をさらにより一層強固なものにする ために,様々な機械を用いた研究法(例えば
ダイナミ、ソク・パラトグラフイーという技法 によって舌の微妙な動きを観察記録してその 成果を教育面に応用する方法)を発達させた。
しかし依然としてその音声教育の基盤となる 目標は,学習者に「どのようにして正しい発 音をさせるか」にあり,認知レベルにおける 規則の集合である音韻体系の習得とは別の次 元にある。つまりそこには,音声教育といえ ば発音教育,そして発音教育といえば調音音 声学的教育という態度があり,「正しい発音 ができるようになれば正しい音韻を学んだこ とになる」という無意識裡に誤った仮説があ る。確かに調音音声学的アプローチで学習者 の発音を指導すれば,短期間で多大の成果を 上げることが可能である。例えば日本人が英 語の[S]対[β]や[b]対[Ⅴ]などの 発音法を習得することは,調音音声学的知識 が与えられれば,そう難しいことではない。
しかし一方,これらの音を聴き分ける能力の 場合はどうであろうか。[1]と[r]は区 分して発音できるようにはなったものの,依 然としてそれらを聴き分けるのは苦手である という英語学習者は多いのではなかろうか。
発音するのはその言語の音韻体系を習得して
いなくても可能だが,聴き分けるのはそれが
ないと不可能だからである。よって普通,聴
き取ることは発音法の習得よりもずっと難し
い。 rice と lice という語は,その綴り上
の違いと[r],[1]の調音法を知っていさ
えすれば,自分の耳には異なる音として聞こ
えなくても英語話者には異なる音として聞こ えるように発音できるが,もし /r/ と /1/
が相対立する音素として(つまり異なる単位 として)学習者の音素体系(音素体系は勿論 音韻体系の一部である)の中に組み入れられ でなければ,その学習者はそれらの語を文脈 の助けなしには決して聴き分けることができ ないのである。
これまでの我が国における外国語音声教育 の実際は,あまりに調音音声学的方法による
「発音教育 j ,つまり「どのようにして正し L 、発音をさせるか」という目的に終始してき た。しかしこれからの教育は,単なる発話者 の側だけに立った一方向からだけの「発音教 育」ではなく, I どうすればそのターゲット 外国語の音韻体系を習得させることができる か」という聴者の側にも立った,認知レベル での学習効果を目指す「音声教育」でなけれ ばならない。それは,単に外国語の語や文を 無目的に聞かせる教育ではなく,あくまで学 習者の発音メカニズムの中にその外国語の音 韻規則を習得させる教育である。いわば,母 国語話者により近づく為の教育ともいえるだ ろう。発音の仕方を教えるのは音声教育にお ける目的達成の為の一方法であり,あくまで 最終目標ではない。
本稿の目的は,音韻体系,特に音素体系と いうものを詳しく考察することにより,具体 的音韻教育の方法を創出することにある。結 論としては,その一方法として「音色音階法」
の導入を提唱する。
2 .音韻体系と音声教育
現実界の音(声)はすべて「高さ j , I 強さ j ,
「音色 j ,そして「時間(長さ )j の四次元の 要素をもっている。日本語話者や英語話者の 作り出す音声も,音声学的(物理的)に見れ ば,それらはすべてこれらの四要素から成る
音である。しかし発話者側の音韻構造を通し て日英語を比べると,そこには大きな差があ る。つまり,日本語は普通「強さ」の概念を もたずに話される言語であるのに対し,英語 はこれをもっている言語である。これは重要 な点である。勿論日本語も音声学的に眺めれ ば「強さ」をもっている訳であるが、あくま でそこには「強さ次元」が意識されたものと して存在してはいないという点が重要なので ある。これは例えば,声楽のレッスンで生徒 が先生の戸の高さに自分の声の高さを合わせ ようとする際、その生徒の頭の中では高さ次 元のみが意識されて他の次元は意識されてい ないのと同様のものである。このように,日 本語話者は音韻を「高さ j , I 音色 j , I 長さ」
の三次元空間で作り出す(そして逆に,四次 元の要素をもっ音声は三次元に変換して認知 する)ことに慣れている為に,その英語は強 弱のめりはりのない平坦な感じのものになり やすいロ
音色次元に関係しているものは,所謂音素 と呼ばれるものである。例えば /a/ という 音素は,あらゆる「高さ j , I 強さ j , I 長さ」
の条件にも係わらず常に /a/ として存在で きる。これは音素というものが,音色次元の みで・規定を受けた単位だからである。一方,
もし音が高さ次元のみで規定を受けると,所 謂音階と呼ばれる体系ができあがる。例えば
「ミ」という音階音は,あらゆる「強さ j , I 音 色 j , I 長さ」における条件に係わらず「ミ」
として存在できる。音階音とは,高さ次元の みで、規定を受けた単位だからである。つまり 例えば「ミ」は,根音の τ 5 倍の振動数をもっ と L 、ぅ規定を受けている訳である。音素も音 階音も共に単次元における単位である為に,
勿論それらは心理的抽象的存在でしかありえ
ない。繰り返すが,物理的音は必ず高さ,強
さ,音色,長さの四次元的要素をもたなけれ
ばならないからである。このように見てくる と,音韻体系とは結局それら四次元の下位体 系から成り,それぞれの次元の体系は各言語 固有の規定を受けてできた単位から成ってい るということが分かる。
さて,母音体系,音階,色体系の三つを比 較してみると,おもしろい共通点に気づく。
音階とは lオクターブの音程をいくつの音で L 、かようにして分割して単位とするかという 規則であり,民族,社会等により異なる。又 色体系とは,スペクトルという有限の一次元 空間中に存在する無限数の色の連続体をいく つの色彩語でいかように分割するかという規 則であり,普通虹は七色に分割されるものの,
これも民族,社会等によって異なる。更に又,
母音体系とは,口腔という有限の空間内で作 り出される無限個の共鳴音をいくつの音でい かように分割して単位とするかという規則で あり,これも又語族,社会等によって異なる。
これは人聞が情報を分節化して捉えようとす る認知構造を普遍的にもっているからであ る 。
ここで重要な点は,音階教育も音韻教育も その存り方は原理的には同様だということで ある。どちらも共に,外界からの情報を分節 化して認知する為の単位を習得させる教育で ある。五音音階に慣れてしまった者にとって 七音音階を習得するのが困難なように,五つ の母音しか母国語にもたない者が 1 1 の母音を 区別するのも同様に困難なのである。又,受 ける規定の尺度が異なる為に日本音階におけ る五音ド,レ,ミ,ソ,ラが西洋音階中のド,
レ,ミ,ソ,ラとはあくまで異なるように,
英語の母音数は日本語よりも多いからといっ て,厳密な意味で英語は日本語のすべての母 音をもっているなどとはいえない。よって,
英語話者が日本語の母音を完全に習得するの も,やはり容易なことではないのである。す
でに習得しである体系が習得しようとする体 系に干渉するからである。ただ,単位数の少 ない体系の習得の方が多いものより易しいの は,原理的に当然であろう。例えば,英語話 者が日本語の母音の音色を完全に習得してい ない為に日本語の母音 [aJ を [~J と発音 しても,日本人はそれを [aJ として把捉し てくれるから,コミュニケーション上の支障 は日本語話者が英語を習う際に比べて少なく てすむ。
ソルフェージュのレッスンでよく間違って 出してしまう音は出そうとする音程に近い音 であるように,母音の習得においても中々区 別ができるようにならないのは, [記]と [~J や [ i ] と [ 1 ]のように体系中お互い隣接 し合う(音価の近し、)音である。ここでいう 体系とは,唇の形状と口腔内の舌の位置の二 つ(共に有限の範囲をもち,音色の決定に関 与している)が作り出す無限数の共鳴音を有 限個の単位音に分割し,それらをスペクトル のように一次元的に並べて考えたものである。
論旨を分かり易くする為に音素を母音に限 って論述してきたが,音素はすべて音色次元 上の単位として考えることができる。色は波 長の長さによって線的に並べて考えることも できる(光のスペクトル)が,一方「明度」
と「彩度」の次元をも合わせもっているよう に,音色の場合にも複数の次元が考えられる。
A 氏の声色と B 氏の声色が異なるのは生まれ ながらにもつ声の音色(つまり声帯の質や形 状が)違うからで, A 氏の「ア」と B 氏の「ア」
では音色上に差がある。にもかかわらず誰の
「ア」も, r ア」は「ア」として認知され,
又「ア」は,これも音色上の違いによって,
他の「イ」や「ウ」などの単位音から区別さ
れる。これは音色に少くとも二つの次元が存
在することを示唆している。よって,我々が
A 氏の「ア」を聞けば,その音声は A 氏のも
のだということと,それは「イ」や「ウ」な どではなく/ア/だということの二つの情報 を認知する訳である。母音は共鳴音という範 鴎における音色次元上の単位であり,無声子 音は無声喋音という範時における音色次元上 の単位である。又一方、有声子音は有声喋音 という範暗における音色次元上の単位であ る。共鳴音([ + s o n a r a n t ] ) と喋音([ ‑so
・n a r a n t ] ) の間には,前者が一定の波形をもつ のに対し,後者はもたない,つまり一定の高 さを有さないという違いがある。
3 . 音声教育における音色音階法
さてすでに先に、音素教育も音階教育や色 彩語教育と原理的には同様だと述べた。これ らはどれも外界からの情報を分節化して捉え る為の単位を習得させる教育である。ところ で,この世に所謂音痴と呼ばれる者が存在す るが,これは単位としての音階音の習得が未 習熟である為に起こるものである。同様に音 素体系の習得が未習熟だと,音色に関する音 痴ができあがる。音色音痴は,例えばある種 の異なる二音の音価を区別して聴き取ったり 発音することができない。又、たとえ発音す ることだけはできたとしても(前出の[1 ] と [r] のように),それは調音音声学的知 識があるおかげであって,頭脳が意識的にそ れらを異なる二音として発音させている訳で はない。よって教育する側は,学習者がそれ らのこ音を異なる単位の二音として習得する まで指導を続けるべきである。学習者の音韻 構造の中でそれらのこ音が異なる単位として 確立されれば,それらを区別して聴き取るこ とは勿論,発音する際もそれらを混同しなく なるであろう。音階の習得が一朝一夕には成 らないように(正確な音階,つまり音程を習 得している人が案外少ないのはカラオケの経 験からも分かるとおりである。)音素の習得
も易しいものではない。相当量の時間がかか るものであろう。しかしこの時間を惜しんで は,我々日本人の英語はいつまでたってもこ れ以上英語の母国語話者に近づくことはでき ないであろう。
では一体具体的に, どのようにすれば効果 的に外国語の音素体系というものを習得でき るのであろうか。従来は周知のとおり,所謂 最小対語 ( m i n i m a l p a i r s ) を交互に聴き取ら せる技法が採られた口例えば [ E ] と[記]
の違いを教えるのに b e d "[ b E d ] と b a d "
[bad] が使われる訳である。確かにこれは,
未知の言語の音素体系を習得する上で,有効 な方法のーっといえる。異なる母音を一組ず つ習得していけば,最後にはすべての母音を 習得できるからである。これは音楽の音階教 育 で い え ば オ ク タ ー ブ を 七 音 で 分 割 す る 際,それぞれの音の高さを「ド対レ j , r レ対 ミ j , r ミ対ソ j , r ソ対ラ」ー・・ーのようにして 教えることに相当する。これはこれで価値の ある方法である。しかし実際音楽では,もう 一つの方法が音階教育で行われている。むし ろこちらの方法が一般的であろう。それは l オクターブを「ド,レ,ミ,ファ,ソ,ラ,
シ , ド」と全体の中で各音の位置を習得させ る方法である。これは周知のとおり,学習者 に相対音感を植え付ける上でかなり有効な方 法である。音階教育におけるこの有効な方法 は,音素教育にも考えられるものである。例 えば日本語教育においては, r ア,イ,ウ,
エ,オ」を一つの音色の音階のようにして聴 き取らせたり,発音させたりすればよい。一 方英語においては,母音の数が日本語の倍以 上もあるという点で,全体をーまとめにして 聴き取ることが難しいという問題がある。人 間の短期記憶能力には限界があるからであ る。しかしこの問題は, [ i : , 1 , e ,詑],
[ u : , U, : : > : , D] , [e , d , : : > : ] , [a , 1 ¥ ,
。]のように,母音全体をいくつかのグルー プに分けて聴き取る練習をすることで,ある 程度解決される。この際気を付けなければな らないのは,音のグループ化が恋意的であっ てはならないという点である。つまり,例え ば、[前舌]と L 、ぅ範時において順次[高舌]
から[低舌]へ, というように所謂 n a t u r a l c l a s s ができあがるように母音全体を分割し なければならないのである。これは,音階教 育においても lオクターブが常に低から高 へ,あるいは高から低へと規則的に分割され るのと同様である。以上のような,各母音を ある程度ーまとめにして聴き取る練習をすれ ば,学習者は次第に音色次元上に単位として の音価を形成するであろう。この練習の最終 目標は,勿論すべての母音をーまとめに聴き 取れるようになることであり,又同時にそれ らを皆区別して発音できるようになることで ある。よって最後の仕上げとしては,学習者 にすべての母音を続けて発音させて学習の成 果を見ることが考えられる。
一方,子音の場合はどうであろうか。この 場合も基本的には母音の場合と同様の方法論 が考えられる。つまり子音全体を[有声]と [無音]のグループに分け,それぞれのグルー プで各子音を聴き取る練習をする訳である。
例 え ば [ f, 0 , s , n , [v , d , z , 3 J
等のグループが考えられる。ただ子音の場合,
す べ て が [ + c o n t i n u a n t J ではないという問 題がある。破裂音や破擦音である。しかしこ れらも母音と一緒に音節として発音すること で,大きな問題ではなくなる。例えば [pa , t a , t s a , k a J , [ b a , d a , d 3 a , g a J 等のグルー プが考えられる。この場合気を付けなければ ならないのは,必ず同じ母音を使うというこ とである。周知のとおり,子音は次に続く母 音の質によって音声学的に変化するからであ る 。
4 .最後に
音素体系を習得したからといって,それだ けで正しい発音と聴解の能力が身につくもの では決してない。これは先にも言及したよう に,正しい発音と聴解能力の取得には正しい 総体的な音韻体系の習得が前提となるからで ある。音素体系はあくまで音韻体系の一部で ある。日本語話者は前述したように,音節を
「高さ J , I 音色 J , I 時間」の三次元で作るの に慣れている為に, I 強さ」次元をもっ言語 を聞いてもこの次元をつい無視してしまいが ちである。又,日本語には高さ次元で規定を 受けた二種類の単位 /H/ と /L/ が存在す る(所謂ピッチアクセントのことで,二音音 階と見倣すこともできる)が,これは日本語 独特の音韻規則である為に,日本人が英語を 学ぶ際,あるいは逆に英語話者が日本語を学 ぶ際,困難をもらたす原因のーっとなってい る。このように各言語には固有の音韻規則が ある為に,外国語の音韻規則の習得は決して 易しくはないのである。母国語の音韻規則が,
外国語を学ぶ際無意識裡に干渉するからであ る。よって教育する側は,学習者がそのター ゲット言語の音韻規則を意識できるような教 育をしなければならない。つまり換言すれば,
学習者は母国語の音韻規則とターゲット言語 の音韻規則を意識的にスイッチすることを学 ばなければならないのである。例えば,日本 人が単音節語の m i l k "[ m I l k J を [ m i r
山k
山 ]と三音節に発音しがちなのは,音素 /1/ と
/r/ を音色の異なる単位音として区別でき
ていないからなのではなく,日英語聞のリズ
ム上の違いを意識していないからなのであ
る。このように,正しいリズムの習得なしに
は,単音レベルではともかく,二音節以上か
ら成る語を正しく発音することは不可能なの
である。
最後に結語として述べるなら,これからの 外国語音戸教育では音韻教育が独立する教育 分野として確立され,もっと時間がこれに費 やされるべきである。繰り返すが,あくまで その言語の音韻体系を教えることが,外国語 音声教育の最終目標だからである。
である。よく知られているように, onset/ c o d a 機能 を果たす子音部分は peak 機能を果たす母音部分に滑 らかに移行する。つまり,スペクトログラムにおいて 子音から母音への音色変化においては載然とした連結 性が見られないのである。にもかかわらず心理的(音 韻論的)には同ーの音素 /k/ として存在できるのは,
上記の装飾音付音符の場合の「シ」が物理的には異な ( 注 1 )例えば [ k a ] の [k] と [ k i J の [k] には って具現されても心理的には同ーの「シ」として存在 音戸学的違いがある。後者の [k] は前者より硬口蓋 できるのと同じである。この意味て
o外界の情報を処理 化している。にもかかわらず我々は,それぞれの [k] する為に我々が自己に内蔵する音韻体系は,かなり整 は同一音素 /k/ に属すると感ずる。これは両方の 然と抽象化された単位によって構成されているといえ
[k] が音韻レベルでは同ーの単位として存在してい る 。
るからである。因みにこれと同様の現象が音楽におけ ( 注 2)
W英語教育~(大修館) 1 9 8 8 年 2 月号の小論 る高さ次元においてむ見られる。
(A)
ー仏‑‑‑‑J←ト一一
ーす一~一一一一
(B)
‑P 一一年十一一
~~
上の(
A),(
B)で,装飾音「デ」は o n s e t 機能をもち,本 音 r J J は peak 機能を果たしている。よってこれら は高さ次元における音節と呼べるものである。装飾音 は(
A),(
B)において共に「シ J の音価(高さ次元上の) をもち,本音は(
A)では「ラ J ,(
B)では「ソ」である。
装飾音も本音も記符上の音価は明瞭に示されている。
つまり認知レベルでは点としての単位が載然と連結さ れているのである。ところが実際にこれらを楽器で(例 えばバイオリンで)弾いてみると,高さと時間の関係 における物理的変化は以下のようになる。
仇 (B)
j j
装飾音「シ」は弾かれた瞬間から
(A)では「ラ」の高さ に向かい,
(B)では「ソ」に向っている。つまり時間
Oから
tnまでの聞の高さの物理的変化量が、
(A)と
(B)で は異なるのである。これは,先に述べた [ k a ] 対 [ k i ] の [k] のような音色音節における現象と同様のむの
「英語教育における歌の効用」を参照。
参考文献
安藤由典 (978)
W楽器の音色を探る~(中公新書) Crompton , Andrew. (98 1) S y l l a b l e and segments
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5
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金田一春彦 (96 7 ) i 音節、モーラ及び拍 J W 日本語音
韻の研究~(東京堂出版)
大高博美 (98 7 ) i 日本語の音節構造とリズム」月刊
『言語~
6 月号(大修館)
(988) i 音節とは何か、モーラとは何か」
月刊『言語~ 3