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タイ人日本語学習者のための音声教育の現状と課題

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.はじめに

1.1 研究の背景

海外日本語教育機関で日本語教育に携わっているものとして、すべての学習者に高度な 日本語の運用能力を身につけてほしいという思いで指導している。しかし、授業ではどう しても発音よりも語彙や文法文型指導に偏ってしまいがちである。磯村(2001)の「海外 における日本語のアクセント教育が十分に行われていない」という指摘も過言ではないで あろう。

筆者が所属している教育機関では、4年間を通して日本人教師とタイ人教師による協働 体制で授業を行っている。日本人教師が文字や発音を、タイ人教師が語彙や文法を指導す

タイ人日本語学習者のための 音声教育の現状と課題

―教師の教育方法と学習者の取り組み方を 中心に―

タサニー メーターピスィット

1

要 旨

タイにおける音声教育は、体系的な発音指導が行われておらず、ノンネイティ ブであるタイ人教師にとっては、発音の指導が困難だと言われてきた。しかしな がら、ここ数年、さまざまな音声指導の専用教材も出てきており、学習者の発音 は以前よりよくなっている。本稿では、1)学習者による発音能力の自己評価及び 発音習得に対する意識、2)発音能力の向上のために実施している具体的な方法、

3)発音指導における教師の役割と認識、について調査し、それらの結果をもとに 考察を試みた。調査結果から以下のような現状と課題が判明した。1)7割以上の 回答者は自分の発音能力に自信がなく日本人の教師による個別指導を強く望んで いる。2)取り組んでいる効果的な発音練習法に関しては、「教室内の練習」、「メ ディア活用による練習」、「人的リソースとの接触による練習」という3つの方法 をとっている。3)教師は学習者のアクセントに対する意識化を促しているが、学 習者の主体的学習を希望している。

キーワード

タイ人日本語学習者 発音習得 教師の役割 発音指導 意識

(2)

るという分担指導体制を構築し、少しでも生の日本語に触れる機会を与えるよう努めて いるが、初級クラスの学習者数は1クラス30名前後いる上、指導すべき項目が多く、発 音指導が二の次になることが多い。2006年度以降の改訂カリキュラムでは、「日本語学概 論」、「日本語音声学・音韻論」という教科が新たに開講されている。前者では日本語の音 声学音韻論の明示的な知識を指導し、後者ではタイ語と日本語の音韻体系を比較する上に

「アクセントトレーニング」も実施している。これらの授業を担当するのは、ネイティブ スピーカーの日本人教師ではなく、タイ人教師である。

最近の学習者の日本語発音がよくなってきているという印象はあるが、学習者が日本語 の発音に対してどのように認識し、どのような学習方略を駆使しているか、客観的な調査 がなされたことはなかった。そこで、今後の授業改善の判断材料として、学習者の日本語 発音に対する意識を知る必要があると考え、調査を開始した。

1.2 先行研究

日本では発音研究が発展しており、数多くの研究成果が発表されている。戸田(2006)

は、発音習得には早期に学習を開始したほうが有利であるが、学習次第で、ネイティブレ ベルの発音能力を持つことができると述べ、また、「発音の達人」に共通点として挙げら れる特徴として、1)音声的側面に焦点を当て、メタ言語として日本語音韻を学習してい ること、2)発音に対する意識化がなされていること、3)豊富なリソース(例:テレビ、

ラジオ、ドラマ)を活用していること、4)音声化した発音学習法(例:シャドーイング、

音読)を実践し、継続していること、5)インプット洪水を経験していること、6)音声に 関心があり、自ら高い到達目標を設定していることがあると述べている。インプットの量 と質・発音学習に対する意識・学習方法を持てば高い発音習得度の達成は決して不可能で はない、という夢と希望を与えてくれる研究成果である。

スィリポンパイブーン(2006)は、タイ人日本語学習者の発音に対する意識を調べ、意 識的学習者の方が無意識的学習者より短い学習時間で高い正用率を示すことができ、習得 度の高い学習者はアクセント習得において、「アクセントの高低を聞き分ける基準を持っ ている」、「意識的自己モニターを行っている」、そして「音韻論的な観点から記号化し、

記憶している」と述べている。また、スィリポンパイブーン(2008)は、4タイプの学習 ストラテジー、「自己モニター型2」「リソース活用型」「模倣練習型」「他者意識型」のうち、

自己モニター型ストラテジーがアクセントの習得に有効であるというアンケート結果を報 告している。

近年、タイにおける日本語教育関係者も、日本語学習者が「日本語らしい発音」を獲得 するにはどうしたらよいのかについて関心を寄せ、学習者の発音の正確性を求めるように なってきている。シャドーイングに関連する数多くの研究成果が発表され、メーターピ スィット(2010a, 2010b, 2011)も、タイ人学習者の外来語の発音矯正にはシャドーイング が音読練習より有効な手段であると報告しており、タイの発音教育でもシャドーイング法 が注目されるようになった。

また、発音の研究成果を教育現場での実践に結びつけるために、日本語のアクセント、

(3)

いる。一方、グローバル化に伴い地球規模での人の移動が盛んになったことから、教室内 だけでなく、教室外でも日本語を聞く、話す機会が増えてきている。発音教材のほかに、

ウェブ上の学習リソース4も次々と開発され、今や学習者が興味さえ示せば際限なく学べ る環境になってきている。

このような状況の中で、タイにおける日本語学習者の発音習得及び教師の発音指導の実 態を把握し、今後の日本語音声教育に生かしたい。

1.3 本研究の目的

本研究は、以下の3点を明らかにすることを目的とする。

 1.学習者の発音能力の自己評価、発音習得に対する意識  2.学習者が発音能力の向上のために実施している具体的な方法  3.発音指導における教師の役割と認識

2.調査の概要

2.1 調査の方法

調査の方法は、質問紙調査を採用した。

アンケートフォームの作成には、グーグルドライブを利用し、電子メール添付により調 査協力者(学生)に送付し、10日以内に記入・返送するよう依頼する形で行った。調査 言語はタイ語で、筆者がタイ語の回答を日本語に翻訳した。

質問の形式は次の3つのタイプに分けられる。

1) 5段階評価のタイプ(5.非常にそう思う、4.ややそう思う、3.どちらともいえない、

2.あまりそう思わない、1.全くそう思わない)による評価を求め、この5段階評

価の数値を、平均値(mean)と標準偏差(SD:standard deviation )で示す。

2) 選択肢の中からの選択を求めるタイプ(複数回答可の項目も含まれる)。この場合、

結果を人数とパーセントで示す。

3) 自由記述のタイプ さらに詳細の意見を抽出するために、メールによるフォローアッ プインタビューを行い、5名の学習者に個別に発音習得に関する内省を述べてもらった。

また、教員に対しては、質問事項を自由に記述してもらった。調査言語は日本語で、回 答をそのまま掲載した。

2.2 調査協力者

調査協力者は、タマサート大学日本語学科の主専攻の学生2年次から5年次44名で、

その構成は以下の表1a、表1b、表1cのとおりである。今回の分析では、全体像を把握す るために、回答者の日本語能力レベルや日本滞在の経験などの個人要因を考慮した分析は 行わないが、参考情報として以下に示す。

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表1a 調査協力者の学年、日本語学習歴および学習時間数

学年 日本語学習歴(学習時間数) 人数 (比率) 比率 2年次 入学前既習者(約615時間) 12名 (27.3%)

36.4%

入学前未習者(約315時間) 4名 (9.1%)

3年次 入学前既習者(約1065時間) 9名 (20.5%)

29.5%

入学前未習者(約765時間) 4名 (9.1%)

4年次 入学前既習者(約1290時間) 5名 (11.4%)

20.5%

入学前未習者(約990時間) 4名 (9.1%)

5年次 入学前既習者(約1500時間以上) 4名 (9.1%)

13.6%

入学前未習者(約1290時間以上) 2名 (4.5%)

※ 総合日本語は90時間、ほかの技能別科目は45時間、留学期間中の学習時間は300 時間と仮定。主に母語で学習する科目はここに含まない。

表1b 調査協力者の日本語能力レベル

N1 3名

N2 8名

N3 27名

N4 4名

未受験 2名

表1c 調査協力者の日本滞在の経験

渡日経験無し 25名

1週間以上3ヶ月未満 9名

3ヶ月以上1年未満 7名

1年以上 3名

調査協力者の知識背景として、カリキュラムを紹介する。

本学のカリキュラムは基本的に5年ごとに改訂されるが、現在使用しているのは、2009 年改訂版である。カリキュラムの第1の目標に、「話す・聞く・読む・書く」の4技能を 習得し、それを活用して日本人とコミュニケーションをとることができるようにすること とあり、技能別のカリキュラムになっている。

総合日本語の授業は4技能を扱うこととしているが、発音教育に直接関連する授業には、

「聴解・会話1・2・3・4」、2年生を対象に開講する必須科目「日本語学概論」、3年次に 選択科目として開講する「日本語音声学・音韻論」がある。また、間接的に関係している のは、4年次及び5年次に選択科目として開講している「日タイ通訳入門」である。

それぞれのコース概要を以下に示す。

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表2 音声教育に関連のある教科

教科名 コース概要 履修条件

・会話聴解1 日常会話で必要となる会話を学ぶ。また、正しい発音を学ぶ。そ して、聞いた内容を理解する聴解練習を行う。

総合日本語 2 修了

・会話聴解2 意見を述べる上で必要となる表現や、フォーマルな場面での会話

を学ぶ。また、聞いた内容を理解する聴解練習を行う。 聴解・会話1 修了

・会話聴解3 社会問題に関する意見を出し合う上で必要となる表現を学ぶ。ま た、効果的に情報を用いた話し方を学ぶ。さらに、聞いた内容を 理解する聴解練習を行う。

総合日本語5/

聴解・会話2 修了

・会話聴解4 日本語によるグループディスカッション・プレゼンテーション・

スピーチを行う。また、必要な情報を聞き取る聴解練習を行う。 聴解・会話3 修了 日本語学概論 日本語を分析するために必要な音声体系、形態論、統語論及び意

味論等における日本語の言語学的特徴を学ぶ。 初級日本語学習の修 了後が望ましい 音声学・日本語

音韻論

日本語の音声及びその音声体系について学習し、研究分析を行 う。また正確に聞き取り、発音できるように練習する。とりわけ タイ人日本語学習者にとって問題となる音を研究、分析し、練習 することを重視する。

日本語学概論または 言語学概論を履修し ていること 通訳入門日タイ 通訳理論と方法について学習する。タイ語を日本語に、日本語を

タイ語に通訳する技能に重点を置く。 総合日本語6の修了 後/JPLT N2以 上 の取得者が望ましい

「日本語学概論」は、必修科目として毎年後期に開講される。但し、この科目の代わりに、

言語学科の「言語学入門」を履修することも可能である。

「日本語音声学・音韻論」は、選択科目であるため、学習者の希望者数が少ない場合、

開講しないこともある。つまり、毎年開講されているわけではない。

「日タイ通訳入門」は、職業日本語の1つの科目であり、総合日本語6の修了者に対し、

選択科目として開設されている。希望者が多いため、前期後期とも開講している。この授 業では、16週のうち最初の4週は、発音トレーニングとしてシャドーイング、音読、ディ クテーションなどを導入している。

2.3 調査項目

調査項目については前述のとおり、以下の3項目を設定した。

1. 学習者の発音能力の自己評価、発音習得に対する意識 2. 発音能力の向上のために実施している具体的な方法 3. 発音指導における教師の役割と認識

3. 調査結果と考察

ここでは、質問紙調査の結果を概観するとともに、調査結果に対する考察を行う。

3.1 学習者の発音能力の自己評価、発音習得に対する意識

まず、今学期リスニングスピーキングの練習にどのぐらい時間をかけているかについて

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尋ねたところ、発音練習に費やす時間は学習者によりかなりの相違があることがわかっ た。表3に示されているように、36.4%の学生が特に練習していないと回答しているが、

「ほとんど毎日、機会を見つけて練習する」と回答している学生(13.6%)を始めとし、

60%以上の学生が定期的に練習を行っている。

表3 学習者の発音練習に費やす時間

ほとんど毎日、機会を見つけて練習する 13.6% (6名)

週に2–3時間 22.8% (10名)

週に1時間程度 13.6% (6名)

週に10–30分程度 13.6% (6名)

たまにしかしない/特に練習していない 36.4% (16名)

調査回答者44名に日本語発音能力を自己評価してもらった結果を表4に示す。この表 4から、ほぼ8割が発音能力に自信がないことが窺える。

表4 学習者の発音能力の自己評価

日本語がまだ正しく発音できないことがあり、

自分の発音にはまだ自信がない 36.4% (16名)

日本語が正しく発音できるが、流暢には話せない、

なんとか通じる程度 40.9% (18名)

日本語が正しく発音できるが、すらすら話せて、ある程度通じる 13.6% (6名)

日本語が正しく発音でき、流暢に話せて、適切な音調で話せるが、

まだ不自然なところがある 6.8% (3名)

ネイティブのように発音できると思う 2.3% (1名)

次に、タイ人日本語学習者にとって破擦音「チ、ツ」、濁音「ガ行、ザ行」、拗音、促音

「ッ」・長音「−」の聞き取りや発音が難しいと多くの研究で指摘されているが、これらの 単音の聞き分けと発音の能力についての自己評価から、以下の回答を得た。

表5では、学習者にとって習得が困難と思われる5つの発音のうち、聞き取りも発音も 難しいのは、やはりタイ語にない「摩擦音と破擦音」及び「清音と濁音」であった。「拗音」

と「短音と長音」は比較的に容易に習得できるが、聞き分けも発音もほとんど問題と感じ ていないのは、「促音」であるといえよう。

次に、学習者の日本語の発音に対する認識について質問した7項目の結果を表6に示す。

表6では、ほとんどの学習者は「コミュニケーション能力を高めるには、発音の正確さ が重要だ」と認識しており、「ネイティブの発音をめざす必要はなく、伝えたい内容が通 じればいい」と考えている学生は少ない。ここで、ネイティブの発音を目指す気持ちが十 分窺える。

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表6 日本語の発音に対する認識

日本語の発音に対する認識 平均値

(mean) 標準偏差値

(SD)

コミュニケーション能力を高めるには、発音の正確さが重要だ 4.75 0.49 ネイティブの発音をめざす必要はなく、伝えたい内容が通じればいい 2.57 0.93 文法や漢字に比べ、発音は比較的学習しやすい 3.02 1.05 発音を間違えても、モデル音源があれば、自分で矯正できると思う 3.98 0.90 発音ができなかったり単語がわからなかったりしたら、聞き取れない 3.61 1.02 不自然な発音を指摘されたことがあるが、今は改善している 3.20 1.13 不自然な発音を指摘されたことがあるが、まだ改善できない 3.14 1.15

日本語にはタイ人にとって習得困難な「音声」があるが、発音体系は比較的単純で開音 節であるため、発音の面では学習しやすい言語であるという認識がある。モデル音源があ れば、自分で矯正できると思っている学生もかなりいる。但し、発音ができなかったり単 語がわからなかったりしたら、聞き取れないと思っている学生も多い。つまり、単音やア クセントが聞き取れても語彙力が不足していれば、その発話が理解できない場合もあると 考えている。

発音能力に関しては、「自分の発音に正確に発音できない音があるか」という問いに対 して、発音の仕方はわかるが練習してもまだ難しいと思う日本語の発音として次のものが あがっている。

 1.個々の単語のアクセント  84.1%(37名)

 2.タイ語にない単音 72.7%(32名)

 3.プロミネンス、音調 65.9%(29名)

 4.濁音 61.4%(27名)

 5.イントネーション 59.1%(26名)

表5 単音の聞き分けと発音に対する自己評価

自分の発音能力に対する意識 平均値(mean) 標準偏差(SD)

摩擦音と破擦音 聞き分けられる 2.91 1.07 正確に発音できる 2.57 1.17 清音と濁音 聞き分けられる 3.02 1.17 正確に発音できる 2.98 1.21 拗 音 聞き分けられる 3.48 1.11 正確に発音できる 3.27 1.15 短音と長音 聞き分けられる 3.61 1.10 正確に発音できる 3.77 1.03 促 音 聞き分けられる 3.95 0.96

発音できる 4.05 0.94

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個々の単語のアクセントが一番難しいと言っているのは、おそらく日本語のアクセント はタイ語の声調とは違い、個々の単語に固定しているのではなく、単語の組み合わせに よって変化する相対的なアクセントだからだと思われる。例えば、文化の「ぶん」と文系 の「ぶん」は同じ「ぶん」でも、前者は頭高型で、後者は平板型になっている。一々覚え るのは大変ということであろう。また、半数以上の学生がプロミネンス・音調、イント ネーションの習得も難しいと考えている。

発音学習に必要な基礎知識として、1)タイ語と日本語の発音の違いについての知識、2)

発音記号の知識、3)アクセント辞典の検索知識について尋ねた結果を表7に示す。 

表7では、調査協力者の過半数がタイ語と日本語の音韻体系、発音記号、アクセントを 調べる手法がわかり、発音学習に必要な基礎知識を持っている傾向があるということがわ かった。

表7 発音学習に必要な基礎知識

発音学習についての基礎知識 平均値(mean) 標準偏差(SD)

タイ語と日本語の音韻体系の違いがある程度わかっている 3.43 1.19 発音記号がわかり、それによって発音できる 3.43 1.11 アクセント辞典、発音のウェブサイトで発音のパターンを

調べることができる 3.34 1.03

海外では紙媒体のアクセント辞典の入手が難しい。インターネットでアクセントが調べ られるサイトはいくつかあるので、時折紹介している。その中で学習者がどれを活用して いるかについて尋ねてみた。結果は、以下のとおりである。

 1.日本語教育用アクセント辞典(http://accent.u-biq.org/) 16名

 2.オンライン日本語アクセント辞書 (www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/ojad/) 9名  3. 日本語能力試験出題基準語彙表

(http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/data/noryoku.html) 1名  4. 授業で使用した単語集 1名

 5. 利用したことがない 17名

回答者の中に、アクセント学習のためにインターネット上での情報を有効に活用してい るものもいるが、全く利用していない学生もまだ多くいるということがわかった。

学習者の自主性、主体性を養うには、教師が発音学習に最低限必要な知識を身につけさ せ、発音学習に役立つ情報提供を行うだけでなく、定期的にその活用を促すことも必要で あろう。

次に、発音指導に対する学習者の要望について尋ねた。結果は以下のとおりである。

表8 音声指導に対する要望

音声指導に対する要望 平均値(mean) 標準偏差(SD)

教室で発音指導、発音矯正をしてほしいと思う 3.43 1.19 不自然な発音を個別に指導してほしいと思う 4.50 0.70

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ほとんどの学生は教師に対し、発音指導、発音矯正を強く求め、特に個別指導を強く望 んでいる。そして、タイ人教師よりも日本人の教師に発音を教わりたいと日本人教師に依 存する傾向が窺える。

丁寧な指導ができれば一番であるが、大人数の発音指導でも対応できるように、自学自 習ができる環境を整える必要があると考える。e-Learning 教材の活用も有効な手段の一つ と考える。本学では2011年度より早稲田大学戸田貴子教授監修のオンデマンド日本語発 音講座を「日本語学概論」の授業において活用している。オンデマンド教材により日本語 の発音を学んだ学生は、学習内容について次のように述べている。

 「日本語で授業を受けることができ、大変勉強になりました。具体例が豊富で音声 付きなので、リスニングの練習にもなります。」

 「直接日本人講師から標準的な発音を学習でき、大変勉強になり、退屈しません。」

 「講師の後について話す練習ができ、自分の発音が少しずつよくなったと実感しま した。サブタイトル付きですので、分かりやすいです。例、図、音声、ビデオ、そし て場面の説明などもあって、大変わかりやすかったですし、実用的だと思います。」

 「大変興味深い講座です。自宅で学ぶことができ、交通費の節約にもなり、楽に学 習できます。」

3.2 発音能力の向上のために実施している具体的な方法

学習者が発音能力を向上させるために、どのような発音学習方略を用いているか、自由 記述で回答してもらい、以下4つの項目に分類した。

3.2.1 取り組んでいる効果的な発音練習

取り組んでいる効果的な発音練習法に関しては、「教室内の練習」(24名)、「メディア 活用による練習」(22名)、「人的リソースとの接触による練習」(15名)の順となっている。

「教室内の練習」が最も多く、半数の学習者の発音練習方法は、テキストの音源を聞い て、模倣練習を繰り返すということである。

「メディア活用による練習」とは、ドラマ、アニメ、音楽などを見たり聞いたりして、

そこで使われる表現、発音、イントネーションを覚えるという方法である。ここに日本の ポップカルチャーの影響が大きく現れている。今では、日本へ留学してインプット洪水を 受けるということをしなくても、自宅にいながら連続テレビドラマを字幕つきサウンドト ラックで楽しめるからであろう。

「人的リソースとの接触による練習」とは、日本人学生あるいは教師以外の日本人と接 することにより自然なネイティブの会話を聞くという方法であるが、最近ではこの機会が 増えている。

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3.2.2 自分のリスニングスピーキング能力を固めるために取り入れた活動

発話能力の向上に有効であり、実践している活動について尋ねた結果は以下のとおり で、回答数の多い順に並べ替えている。

上位5項目から、シャドーイングが浸透していることがわかった。また、日本人との接 触場面を活用して自分の発音が相手に伝わるかどうかを確認している学習者が多いことも 浮き彫りになった。

表9 リスニングスピーキング能力を固めるために取り入れた活動

インターネットなどで聴解やシャドーイングの練習をする 35名

気に入っている歌を聴いている 32名

語彙や表現のシャドーイングをする 27名

教科書のテープやCDで本文の会話を練習する 24名 日本人と話してみて、自分の発音が相手にわかるかどうか、確認している 21名 教科書のテープやCDで語彙、表現を聞く練習をする 16名

インターネットでニュースを視聴する 14名

興味のある内容を聞き取る練習をする 14名

聞く話す能力を伸ばすことについて教師の指導を求める 11名 自分の発音について、友人や先輩に確認している 9名 教科書以外の副教材のテープやCDで聞く練習をする 7名

3.2.3 自分の発音の改善につながる練習法

自分の発音の改善につながる練習法はどれかについて尋ねた結果は、以下のとおりで ある。

表10 発音の改善につながる練習法

教員の後についてリピーティング 38名

アニメやドラマなどのメディアを通して発音練習 36名

シャドーイング練習 35名

聴覚、視覚を合わせた練習(パラレルリーディング+アクセント+リズム) 28名

ディクテーション 16名

アクセント、への字つきのテキストを見ながら音読練習 15名 発音記号を見ながら音読練習(オーラルリーディング+アクセント記号) 9名

音読(オーラルリーディング) 6名

ここでも、教員の後について発音練習をすること以外に、メディアを通しての発音練習 と、シャドーイング練習が上位を占めている。

現行のカリキュラムにおいて、学習者はどの教科で発音指導を行ってほしいかについて

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尋ねた。結果は以下のとおりである。

表11 発音指導を行ってほしい教科

聴解・会話

1–2 聴解・会話

3–4 総合

日本語1–3 総合日本語

4–6 総合日本語

7 日本語学

概論 日本語音声学 音韻論

37 28 18 16 14 26 37

つまり、発音指導をしてほしい教科は2年と3年に履修する「聴解・会話1–2」、「聴解

会話3–4」の授業と、3年次に開講する「日本語音声学音韻論」の授業である。総合日本

語の授業では発音指導を強く期待していないことがわかった。

次に「有効な発音練習の活動」について得た回答を、以下の6つのタイプに分類するこ とができる。

表12 有効な発話練習の活動

1.教師、テキスト、CD、聴解発音練習 19名

2.映画、ドラマ、バラエティ番組 19名

3.日本人あるいはクラスメートとの対話 12名

4.歌、音楽 5名

5.インターネット、ニュース 3名

6.スピーチ、発表、語劇、通訳 3名

大別すると、教室内の言語学習を好むタイプの学生と、教室外の言語活動を好むタイプ の学生がいると言えよう。また、自分の発音をモニターするために、ネイティブの日本人 やクラスメートとの対話を通して聞き比べることにより、自分の発音を再認識することが できると考える学生もいる。

3.2.4 フォローアップインタビュー

さらに、個別に5名の成績優秀で積極的な学習者に音声教育について意見を求めるため に、メールによるフォローアップインタビューを行った。紙数の関係で2名の学生(Aと B)の回答を紹介する。調査時にタイ語で回答されたものを、筆者が日本語に翻訳した。 

A(男子学生、既習者、日本語能力N1、留学経験なし)

B(女子学生、既習者、日本語能力N2、関西に留学中)

Q1 ネイティブの発音は重要だと思いますか。

A:正確な発音ができるに越したことはありませんが、「単音」よりも、「語彙」、「文法」、

「待遇表現」のほうが重要かと思います。しかし、その前に、音声教育においては、子音、

母音、アクセント、イントネーションを抑える必要があります。タイ人にとって習得が難 しいと言われている単音の「つ」と「す」や、「す」と「ず」の区別などは多少間違えても、

語彙や文脈からは、推測できると思います。ただし、大勢の前で話をする場合は、特に注

(12)

意を払う必要があると思いますし、明瞭で正確な発音ができれば、自信もついてきます。

B:とても重要だと思います。日本に来て初めて気づきました。発音がよくないと、通じ なかったり誤解されてしまったりすることが起きてしまうからです。教室の中では、教師 や友人が理解しようと努力してくれているので、なんとか通じているような錯覚に陥りま すが、外の日本人とのコミュニケーションをする場面では、こちらの日本語の訛りに時間 を掛けて理解してくれようとする人はあまりいないのではないかと思います。タイ語を話 す外国人の話を聞く時も、集中して耳を傾ける必要があります。

→ 二人とも、発音学習に対する意識が高く、学習方法を持ち、自己モニター力があると 考えられ、戸田(2006)で述べている「発音の達人」の素質があると言えよう。

Q2 日本語の音韻体系を学習したことがありますか。

A:ここに入学する前は、日本語の音韻体系を学んだことがなく、教師のあとについて発 音練習をしていました。それぞれの音の調音点、調音法がわかりませんでした。正しい発 音の仕方がわからなかったので、発音が重要であるとは思いませんでした。でも、「日本 語学概論」「日本語の音声学・音韻論」の授業を受けてからは、考えを改めさせられました。

B:音韻体系を学習したことがあります。でも、時期が少し遅いような気がします。最初 の段階で発音指導を受けなかったら、矯正が難しくなります。

→ 両者の背景知識は異なっているが、音韻論的知識と発音の早期学習の重要性に関して 意見が一致しているようである。

Q3 発音(アクセント、イントネーションなど)を体系的に習得/教育するほうがよい と思いますか。

A:アクセントもイントネーションも重要な要素ですが、多少アクセントの訛りがあって も、話の流れで文脈の支えがあるので、理解を妨げるほどの問題にはならないと思いま す。しかし、イントネーションは、話者の意思(受容、否定、疑問、主張)や感情(うれ しい、悲しい、驚き、緊張など)を表示するものですので、非常に重要だと思います。例 えば、「じゃない」「だろう」のイントネーションがちょっと変わるだけで、かなり違う意 味になってしまいます。ここを強調して指導すれば、正しく使うことができます。相手の 日本人にも伝わりやすくなるでしょう。従って、発音教育において、重要度の順位をつけ ると、イントネーション、アクセント、単音(ミニマルペア)の順になると思います。

B:必要だと思います。体系的に学習しないと混乱してしまいます。今でも混乱していま すが。関西に留学しています。学んできたことと正反対になっていますので、どれが標準 の発音かわからなくなってしまいました。アクセントを間違えると、違った単語になって

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→ コミュニケーションの観点から、発音習得の重点をどこに置くべきかは、議論の余地 があるが、各地の方言も含めた発音習得の必要性が出てくるとも考えられる。

Q4 教師が学習者の不自然な発音に対し、いつ指摘指導するのがよいと思いますか。

A:初級の段階から文字とともに、単音の発音を徹底的に指導、それから、単語を覚える 時、正しいアクセントと一緒に学ぶといいでしょう。

B:私は、発音に気をつけていますので、間違えたらすぐ教えてほしいのです。それでな ければ、あとで正しく発音できなくなりますから。自信をなくしてしまう人もいるかもし れませんが、逆に考えると、直してもらって矯正できたら、自信がついてくると思います。

安心して話せるという信頼感も生まれるのです。

→ 一般的に、正しい発音は最初の段階から学習すべきだとされているが、段階が進んだ 学習者に発音の間違いを指摘する際は、それぞれの状況を考慮して対応する必要があるよ うである。

Q5 発音学習は、ネイティブの教師に習ったほうがいいと思いますか。

A:一長一短ですね。標準語を話す教師に教われれば、正確な発音を学習できると思いま す。しかし、ネイティブスピーカーの教師は、学習者にわかるように、発音体系を説明で きません。学習者にもよりますが、その教師の発音を聞いて一生懸命に真似て練習すれば、

よい発音を身につけることができるでしょう。しかし、初級の学生はまだ日本語がわから ないので、タイ人教師のサポートが必要だと思います。タイ人、日本人の協働作業が必要 だと思います。

B:はい、賛成です。タイ人教師はいけないということではないのですが、ネイティブの 発音を吸収したいです。

→ ネイティブ教師に発音指導を受けることが望ましいが初級レベルの学習者にわかりや すく説明できるという点でタイ人教師も指導に関わることが期待される。

Q6 あなたの効率のいい発音の学習方法を教えてください。

A:まずは、単音の発音の仕方を学ぶ、それから実際に発音してみる。第三者で指導でき る人に自分の発音を聞いて評価してもらう。正しく発音できるようになるまで、改善しま す。それ以降は、自然に正しく発音できるように繰り返して練習します。

アクセント型は、オンライン辞典などを利用すれば、いつでも確認できます。最初は型 を覚える必要があります。発音記号を理解できたら、それぞれの単語のアクセントパター ンを覚えていきます。実際に発話してみることが大切です。日本人との対話や音声メディ アも利用すれば、音に速く慣れてきます。

イントネーションは、「上昇、下降、平ら」それぞれ意味と使用場面など基本的な知識

(14)

が身についたら、実際にどのように使われるか、よく観察し、自分で実践して、使ってみ ます。日本人と対話する機会を増やすことが一番いいですが、そのような機会が作れない 場合、自分で練習します。テレビ番組にはゲームショー、インタビュー、アニメ、ドラマ、

など、様々な練習材料がありますので、どんどん活用して、観察してみるといいでしょう。

日本語を習い始めた頃、このような発音教育に関するテキストがあればなと思いまし た。これまでは、試行錯誤を繰り返し、自分の中で少しずつルールを作り上げてきました。

音韻体系を学習する機会を得てからは、どこに目をつければよいか、はっきりわかるよう になりました。従いまして、教室では、理論から実践へという順番で導入するほうがいい でしょう。ある程度理解できたら、主体的に練習量をこなしながら、発話能力を磨いてい くのが一番いいです。

B:早く日本人のように自然な日本語が話せるようになりたいです。日本に来て半年が過 ぎましたが、まだ改善していないような気がします。ネイティブの日本語を大量に聞き、

それを模倣し、難しい発音に注意して練習しています。日本のドラマシリーズを見るのが 好きです。一人で見て出演者のせりふの真似をするように練習しています。

以上、学習歴や学習経験が異なる学習者Aと学習者Bは、発音教育における学習目標 が高く、自己モニター能力が高いように思われるが、学習方略については、個人差が現れ ている。

以下に教師の発音指導に対する考え方を述べる。

3.3 発音指導における教師の役割と認識

本学の日本人教師の採用は、1年ごとに契約更新することになっているので、平均2− 3年で教員交代になることが多い。カリキュラムは決まっているが、授業シラバスは比較 的柔軟なものになっている。学習項目、教材選択、授業の運営や評価法など、担当教師に 一任している。

現在、総合日本語の授業では、次のような発音指導を行っている。

 1.アクセント記号付きの単語集にもとづいた新出語彙の発音練習  2.テキスト本文の音声教材による自主練習

 3.テキストにある会話の一部を音読課題とした練習およびテスト

聴解・会話の授業では、ロールプレイを中心に発話練習の機会を与えている。不自然な 発音があれば指摘し、コミュニケーション能力を養成するが、発音矯正のために時間を設 けることはない。教師以外の日本人と「会話をする」プロジェクトを企画するようにして いる。

また、以下の5つの項目についても意見を求めた。

1.学習者の反応/意識について

・ アクセントの回では、手を使ってリズムを取ったり、山や谷のようなマークで書き

(15)

・ クラスで紹介したウェブサイトには、教材の全ての音声が入っており、自主学習で きるにもかかわらず、あまり浸透していない様子だった。

・ 発音の重要性への意識は、学年が上がるにつれて高まるようだ。

・ 『発音アクティビティ』の反応はよく、熱心に練習していた。

・ 発音することがクラスで話すことに直結しているから、意識が自然に高まるようだ。

・ 新出語彙にアクセント記号をつけ、クラス内で読みあわせを行ったところ、アクセ ントを意識化できた。

2.発音指導の問題点について

・ ほとんどが授業冒頭の「導入」で時間を割く程度で、学生の自律・継続学習を促す ものではなかった。

・ クラスの人数が多く、個々の学生に指導が及ばない。

3.指導する際の留意点について

・ 主に発音とアクセントの意識化。

・ 発音は個別の努力なので、まず何回も聴いてなれるよう指導した。

・ 語彙の読み合わせでは、教師より先に学生に発音させて、間違えているところを聴 くよう意識した。

4. 学生の流暢さ、発音の正確さを向上させるために今後必要な工夫について

・ 継続すること。

・ 正確な発音を数多く聞いて慣れ、そこに自分の発音を近づけていく努力を続けること。

・ 成績に結びつかなくても学生にとって楽しい方法を工夫し、今より初級段階から発 音指導を行うこと。

・ 初級の段階から意識化を行うこと。また単語レベルだけではなく、ある程度まとまっ た文、会話内でのアクセント練習が大切。

・ 自分の声を録音して聞いてみること、それについて少人数でフィードバックを受け られるようにすること。

5.指導の成功例/失敗例について

・ シャドーイングを紹介した後、それを継続した学生から「自分の習慣になっていて、

とてもよい。」と言われた。

・ 学生の間違った発音を指摘して指導することで、返って萎縮させ、話す自信を失わ せてしまったのではないかと思うことがある。

・ ビデオプロジェクトでは、他の日本語学習者(中国、セルビア)が話す日本語を聞 く機会があり、自分達の発音にも意識が向いた学生がいた。また、自分の発音をビ デオや音声で何度も聞く機会があったことはよかった。

学習者は、発音面において教師に依存する傾向があるが、教員は、学習者の努力次第で 発音が上達すると認識しているようである。教師は必要に応じて発音指導をしているが、

学習者の発音の弱点を的確に指摘するには、時間的に限界があるようである。

発音指導の改善すべき点として、「今より初級段階から発音指導を行うこと」、「初級の 段階から意識化を行うこと」「単語レベルだけではなく、ある程度まとまった文、会話内

(16)

でのアクセント練習が大切」があげられている。これらは学習のタイミングと、学習内容 については、まだ改善の余地があることを窺わせる貴重な指摘である。

4.まとめ

本調査の結果をまとめると、次のことが明らかになった。

1.学習者の発音能力の自己評価、発音習得に対する意識

7割以上の回答者は自分の発音能力に自信がない。特に学習者にとって聞き取りも発音 も難しいのは、タイ語にない「摩擦音と破擦音」及び「清音と濁音」であった。単語のア クセントが一番難しいと考えているが、単音やアクセントが聞き取れても語彙力が不足し ていれば、その発話が理解できない、という問題意識も持っている。「コミュニケーショ ン能力を高めるには、発音の正確さが重要だ」と認識し、発音学習に必要な基礎知識や発 音改善への向上心がある。しかし、まだ努力の余地が残されているようである。現にイン ターネット上の発音学習を支援する教材を全く利用していない学生もまだ多くいる。ま た、発音指導、発音矯正は、日本人の教師による個別指導を強く望んでいるところを見る と、学習者は音声において教師の指導に依存する傾向があることがわかった。

2.発音能力の向上のために実施している具体的な方法

効果的な発音練習法としては主に、「教室内の練習」、「メディア活用による練習」、「人 的リソースとの接触による練習」という3つの方法をとっている。

聴解力・発話力を高めるために、シャドーイング法を取り入れている学習者が多くい る。発話改善につながる練習法に関しては、「教員の後についてリピーティング」という 教師に頼る気持ちも現れているが、「アニメやドラマなどのメディアを通して発音すると いうように、楽しく学習したいという心理も常に働いているといえる。

3.発音指導における教師の役割と認識

発音指導については、発音指導のために特別な時間を設けることなく、教師による個人 指導も行われていないが、市販の発音教材を活用しながらアクセント指導を行い、学習者 のアクセントに対する意識化を促している。ただ、発音能力の向上は個別の努力が必要で あると考え、学習者の主体的学習を希望している。総合日本語の音読課題は学習者の発音 意識を促す役割を担っているが、カリキュラムでは、学習者の発音教育について到達目標 などが明確化されていないので、まだ改善の余地がある。

5

.今後の課題

現在の学習者の学習方法、教員の指導方法は10年前のものとは違い、少しずつ向上し ている。学習者が自ら実施している発音練習方法を覗くと、アクセントの習得に必要な自

(17)

ことがわかった。発音能力に自信のある人材を一人でも多く育てるには、使用教材および 指導法の更なる工夫が必要である。「すぐに使える教材」をはじめ、ウェブ上に提供され ている学習支援コンテンツや発音リソースを紹介するだけにとどまらず、定期的に活用を 促進し、リソース活用を習慣付けるようにすれば、発音能力の向上につながることが期待 できよう。また、教師は、学習者がネイティブ並みの発音ができるようにすることのみに 重点をおかず、コミュニケーション能力を高めるには、発音面においても「聞き手への配 慮」が必要であることを指導するように心がけるべきである。そして、タイ人が苦手とす る「発音の語句」を集め、伝わりやすさを客観的に練習できる「トレーニングキット」と、

自分の発声能力を測定できる「チェックテストキット」があれば、発音指導の効率化が大 いに期待できる。今後の課題は、聴解と発音の「トレーニングキット」と「チェックテス トキット」の研究開発であり、タイ人日本語学習者に特化した効率のよい学習方法、指導 法、評価法の研究が待たれる。

1 めーたーぴすぃっと・たさにー(タマサート大学教養学部日本語学科・准教授)

2 スィリポンパイブーン(2008:25)では、「自己モニター型」の定義として、次のように説明さ れている。日本語を聞く際アクセントの高低に注意を向けて聞いたり、自分の発音をモデル発音 と比較し自分のアクセントが正しいかどうかを確認したり、間違いに気づいたり、それを修正し たりすることや、アクセントが再生できるように音声的情報を記号化すること。

3 「すぐに使える教材」には多種あるが、本学で主に活用しているのは以下のものである。

a. 戸田貴子(2004)『コミュニケーションのための日本語発音レッスン』スリーエーネットワーク b. 河野俊之・串田真知子・築地伸美・松崎寛(2004)『1日10分の発音練習』くろしお出版 c. 斎藤仁志・ 吉本惠子・深澤道子・小野田知子・酒井理恵子(2006)『シャドーイング 日本語

を話そう 初〜中級編』くろしお出版

d. 斎藤仁志・吉本惠子・深澤道子・小野田知子・酒井理恵子(2010)『シャドーイング日本語 を話そう中〜上級編』くろしお出版

e. 中川 千恵子・中村 則子・ 許舜貞(2009)『さらに進んだスピーチ・プレゼンのための日本語 発音練習帳』ひつじ書房

f. 中川千恵子・中村則子(2010)『初級文型でできるにほんご発音アクティビティ』アスク出 版

cとfは、タイ泰日経済技術振興協会のTPA PRESSから2012年にタイ語翻訳版が出版されている。

4 ウェブ上の学習リソースには多数あるが、本学で主に活用しているのは以下のものである。

a. 東京外国語大学留学生日本語センターと情報処理センターとの共同開発による日本語をまな ぶためのe-Learning教材

http://jplang.tufs.ac.jp/account/login

b. 早稲田大学遠隔教育センターのオンデマンド講座、早稲田大学大学院日本語教育研究科日本 語教育学戸田貴子教授監修の外国人日本語学習者向け教材 「コミュニケーションのための日 本語発音レッスン」

Course N@vi https://cnavi.waseda.jp/index.html

c. U-biqの日本語教師によって作られた日本語教育用アクセント辞典であり、単語の発音記号

を調べられるサイト http://accent.u-biq.org/

d. 日本語教師・学習者のためのオンライン日本語アクセント辞書(OJAD)教科書別の単語の

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アクセント検索機能及び音声付きで練習できるサイト http://www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/ojad/

5 母音の無声化、撥音「ン」の異音の聞き取りと発音も難しいとされるが、今回の調査では扱わな いことにする。

参考文献

磯村一弘(2001)「海外における日本語アクセント教育の現状」『2001年度日本語教育学会秋季大会 予稿集』、pp. 211–212

スィリポンパイブーン・ユパカー(2006)「アクセント習得における意識的学習の役割―タイ語母語 話者の場合―」日本言語文化研究会論集2006年第2号、pp. 17–28

スィリポンパイブーン・ユパカー(2008)「日本語アクセントの学習における自己モニターの有効 性―タイ語母語話者に対するアンケートの分析から―」音声研究第12巻第2号2008年8月、

pp. 17–29

タサニー・メーターピスィット (2010a)「シャドーイングの効果に関する研究―外来語の発音矯正の 観点から―」『2010世界日本語教育大会論文集』, 2010年7月30日〜8月1日台湾、CD-Rom収 録no.519、pp. 1417–2–5

タサニー・メーターピスィット (2010b)「外来語の発音矯正に対するシャドーイング法の効果と限 界」The International Symposium “The Application of Shadowing Method on the Acquisition of Second Language Speech” 2010, 3 August 2010 National Taichung Institute of Technology, NTIT台 中(発表資料)

Tasanee Methapisit (2011) Effectiveness of Shadowing for Improving Japanese Pronunciation of Loanwords. Japanese Studies Journal , Vol.27 No. 2. Institute of East Asia Studies, Thammasat University, pp. 67–79 (in Thai)

戸田貴子(2006)『第二言語における発音習得プロセスの実証的研究』平成16–17年度科学研究費補 助金研究成果報告書

参照

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