帝 国 憲 法 の 再 検 討
比較憲法史的考察を手がかりに
はじ め に 一︑ 前 提 とし て
﹁文 明
﹂ と 立﹁ 憲 主義
﹂
︵1︶ 近 代 国際 法 と
﹁文 明
﹂ 立﹁ 憲 主義
﹂
︶︵2 立 憲 主 義 国 家論 の 類二 型 二︑ 模 範 国 法 理論
︱
︱ シ ルュ チ をェ 手 が かり と し て
︵1
︶ ド イ ツ国 法学 の理 論 的 変 遷
︵2︶ シ ルュ チ のェ 国 法 学 理 論 三
︑ 帝 国 憲 法 立と 法 者 意 思 四
︑ 穂積 八束 と美 濃 部達 吉
︵1
︶穂 積 八束 の憲 法 解 釈 論
︶︵2 美 濃 部達 吉 の憲 法 解 釈 論 む すび
帝国 憲法 の再 検討
︱︱ 較比 憲法 史的 考察 手を が かり に︱
︱
橋 本 誠
一九二
法経研究四二巻二号︵一九九四年︶
一九 四
は じ め に 本
論 は︑ 一八 八九
︵明 治 三 二︶ 年 に公 布 さ れ た大 日本 帝 国憲 法
︵以 下 帝︑ 国憲 法 と いう
︶ の規 範 構 造 を立 法者 意 思 に 即 し て解 明 し よ う と す るも の であ る︒ そ の際
︑ と く に比 較 憲 法 史 的 な観 点 から の考 察 を重 視 たし いと 考 え て いる
︒ そ の 意 図 す る と こ ろを 若干 敷 衛 し て述 べて おき た い︒ 戦 前 以来 の歴 史 を有 す る帝 国 憲 法史 研究 には ︑ 一方 に︑ 清 水 伸 氏 稲︑ 田正 次 氏 な ど の業 績 に代 表 さ れ る憲 法 制 定過 程 の実 証 分析 が あ り 他︑ 方 に︑ 鈴 木 安 蔵 氏 長︑ 谷 川 正 安 氏 家︑ 永 二郎 氏 な ど によ る憲 法 理 論
︵思想
︶ 史 研究 を 見 る こ とが きで る
︒ 近 年
︑ 新 し い研 究 動 向 が 見 ら れ純︵ も の の︑ 憲 法 史 研究 は依 然 こ れら 諸 先 学 の業 績 を 出 発点 とし て進 め ら れ る ベ き あで る こ と は いう ま でも な い︒ こ うの ち憲 法 理 論史 究研 には 周 知 の論 争 存が 在 す る︒ すな わ ち︑ 伊藤 博 文 井︑ 上毅 憲ら 法起 草者 の法 理論
︵思想
︶ を
﹁正 統
﹂ 継に 承 す る のは 穂 積 八束 の解 釈 学 説 かそ れ と も美 濃 部 達 吉 のそ れ か︑ と うい 論 争 あで る︒ 前 者 は鈴 木
︑ 長 谷 川 両 氏 ら によ てっ 主 張 さ れ てき た いわ ば 通説 的 な見 解 であ り︑ 後 者 家は 永 二郎 氏 によ てっ 提 起 さ れ たも ので あ る︒ 通 説 的 な 立 場 は︑ と く に穂 積 八束 の過 度 に君 権 主義
・天 皇 主権 的 な 見解 を重 視 し
︑ そ れ が憲 法 起 草 者 の立 場 と共 通 す る も の で あ る こ と を 強 調 す縫
︒ これ に対 し 家 永 氏 は︑ 美 濃 部 の と る天 皇 機 関説 こ そ憲 制法 定 当 局 者 の真 意 合に す る
﹁正 統﹂ 学 説 であ り︑ そ の点 で はむ し ろ穂 積 説 の方 が異 端 的 存な 在 であ る 指と 摘 し た︒ この よう な論 争が 生起 たし 背景 には 憲︑ 法学 説 の 正﹁ 統﹂ 性を 評価 する 基準 とな る帝 国憲 法の 規範 構造 につ いて 十分 な解 明が なさ てれ こな か たっ とい う事 情が るあ
︒ つま り憲 法起 草者 が帝 国憲 法と てし 規範 化し た法 理論 とは いっ たい ど
よの う な も の あで る の かが 未解 明 の問 題 とし て残 さ れ て いた の であ る︒ そ れ えゆ 憲︑ 法 起 者草 見の 解 に天 皇機 関 説 的 な 特 徴 を指 摘 し た家 永 氏 の研 究 は︑ か か る問 題 解の 明 に向 け た第 着一 手 とし て大 き 意な 義 有を す る も の であ たっ と いわ な け れば なら な い︒ し か し︑ そ の後 見 る べき 論 争 の発 展 も な く︑ 上 記 の課 題 依は 然 と し て残 さ れ た まま とな てっ るい
︒ こ のよ う な基 本 認 識 たに てっ
︑ 本論 は帝 国 憲 法 の規 範 構 造 を
︱︱ 立 法 者 意 思 即に し て
︱︱ 解 明 す る こ とを 目 的 とす る︒ そ の際 不可 欠 な のは
︑ 憲 法 起 草者 が 摂 取 し たド イ ツ国 法 学 理論 に つ いて 検の 討 あで る︒ 憲 起法 草 者 が摂 取 した ド イ ツ国 法 学 理論 と はど のよ う な 容内 のも ので あ たっ の か︑ そし て憲 法 起 草 者 は イド ツ国 法 学 を いか に我 が物 とし 帝︑ 国憲 法 の中 に規 範 化 し た の か︒ か かる 比 較 憲 史法 的 な検 討 が本 論 の中 心 的 な課 題 とし て位 置 づ け ら れ る︒ 最 後 に︑ 本 論 の構 成 を 示 し
︑ そ こ で の課 題 を 示 し おて こう
︒ まず はじ め に︑ 本 論 に先 立 てっ
︑ 帝 国憲 法史 に関 す る前 提 的 理解 と し て確 認 す きべ 諸 点 に つい て触 れ てお き た い 2
︶︒
続 てい
︑ 憲 法起 草 者 摂が 取 し た イド ツ国 学法 理論 の基 本 構 造 を 示 すも のと し て シ ルュ チ ェ 権﹃国 論
﹄を 取 上り げ
︑ そ の概 要 を解 明 す る
︵一こ
︒ そ の際 考の 察 の範 囲 は シ ルュ チ ェ 国 法 学 理論 の全 体 には 及 ば な い︒ も っぱ ら彼 立の 憲 主 義 国家 の法 理 論
︱︱ 具体 的 には 国︑ 家 論 と立 憲主 義論
︱︱ に限 定 さ れ る︒ そ の考 察 を 踏 まえ
︑ 我 々は 次 帝に 国憲 法 の規 範 構 造 立を 法 者 意 思 即に し て解 明 す る 曾 じ︒ ここ で の考 察範 囲 の 限 定 は シ ルュ チ のェ 場 合 と 様同 あで る︒ そ し て最 後 に︑ 以 上 の考 察 を も と に︑ 憲 法 制定 以 後 の憲 法学 史 に つい て
︱︱ 穂 積 八束 と美 濃 部 達 吉 を 対象 と し て
︱︱ 若 干 の検 討 を 試 るみ とこ にし た い
︵四︶︒
︵1
︶ 清 水伸
﹃明 治憲 法成 立 史 上︵
︶
︱ 独 澳 に おけ る伊 博藤 文 の憲 法 調 査
︱
﹄ 原書 房 ︑ 一九 七 一年
︑
﹃明 治憲 法 成立 史
︵中
︶
︱ 伊藤 博 文 によ る 治明 憲 法 原案 の起 草
︱
﹄ 原 書 房︑ 一 九 七 四年
︑ 明﹃ 治 憲 法成 立 史
︵下
︶ 1 枢 密院 おに け る明 治 憲法 制 帝 国憲 法 の再 検 討
︱
︱ 比較 憲 法史 的 考 察 を 手 が かり に
︱
︱ 一九 五
3 2
︵ 4
︶
︵ 5
︶
︵ 6
︶
法 経 研究 四 二巻 二号
︵一 九 九 四年
︶ 定 会議
︲⊥ 原書 房 ︑ 一九 七 三年
︑ 等
︒ 稲 田正 次
﹃明 治 憲 法 成 立史
﹄
︵上︶
︵下
︶︑
有 斐 閣 ︑ 一九 七
〇年 ︑ 一九 七 二年
︑ 等
︒
一九六 鈴
木 安蔵
﹃比 較憲 法史
﹄勁 草書 房 ︑ 一九 五 一年
︑
﹃日 本憲 法 学 の生 誕 と発
﹄展 法律 文 化社 ︑ 一九 六六 年
︑
﹃日 本憲 法 学史 研 究
﹄ 勁 草書 房︑ 一 九 七五 年 等︑
︒ 長 谷 川 正安
﹁憲 法 学 史
﹂ 上
︑ 中 下︑ 鵜︑ 飼 信成
・福 島 正夫 川・ 島 武 宜
・辻 清 明 編
﹃講 座 日本 近 代法 発達 史
︱資 本 主 義 と 法 の発 展
︱
﹄ 六
︑ 七︑ 九
︑ 勁 草書 房 ︑ 一九 五 九 年 ︑ 一九 六
〇年
︑
﹃昭 和憲 法史
﹄ 岩波 書 店︑ 一 九 六 一年
︑
﹃日 本 憲 法学 の 系 譜
﹄ 勁 草書 房 ︑ 一九 九 二年
︑ 等︒ 家 永 二郎
﹃美 濃部 達 吉 の思 想史 的 研究
﹄岩 波 書 店 ︑ 一九 六 四年
︑
﹃日 本近 代 憲 法 思想 史 研 究
﹄岩 波 書 店 ︑ 一九 六七 年
︑
﹃歴 史 のな か の憲 法
﹄
︵上
︶︑
東 京 大 学出 版 会 ︑ 一九 七七 年 等︑
︒ 従 来
︑ 帝 国憲 法 に対 し ては
﹁絶 対 主義
﹂
﹁外 見 的 立 憲 主義
﹂
﹁立 憲 主義 的 要 素 と非 立憲 主義 的 要 素 の並 存
﹂な ど の性 格 規定 が行 わ れ てき た︒ 現在 の憲 法 教 科書 を 見 ても
︑ そ の多 く が同 様 の記 述 を行 てっ いる そ︒ う たし 中 で︑ 最 近︑ 憲 法 評価 の見 直 し が行 われ る うよ にな てっ き た のが 注 目 さ れ る︒ 例 えば
︑ 歴史 学分 野 で は︑ 鳥 海靖
﹃日 本 近 代史 講 義
・明 治立 憲制 の形 成 そと の理
﹄念 東京 学大 出版 会︑ 一 九 八八 年︑ 同
﹃日本 近代 史
︱ 国際 社会 の中 の近 代日 本﹄ 放送 大学 教育 振興 会 ︑ 一九 九 二年 尾︑ 藤正 英
﹁日本 史上 にお ける 近代 天皇 制
︱ 天皇 機関 説 の歴 史的 背景
︱
﹂
﹃思想
﹄七 九 四︑ 一 九九
〇年 憲︑ 法学 の分 野で は︑ 小嶋 和司
・大 石員
﹃憲 法概 観
﹇第 四版
有斐 閣︑ 一 九九 二年 横︑ 田力
﹁近 代天 皇制 の形 成 と日 本思 想 の諸 特徴
︱ 明治 憲 法体 制把 握 のた めの 憲法 学 から の 一試 論﹂
︵植 野妙 実子 編
﹃憲 法構 造 の歴 史 と位 相﹄ 南 雲堂 ︑ 一九 九 一年
︑ 七九
〜 一一 六頁
︶︑等 々︒ それ ら に共 通し て認 めら れる 特徴 は帝 国憲 法を 立﹁ 憲主
﹂義 と性 格規 定 てし いる とこ ろに ある と いえ よう 本︒ 論も 帝︑ 憲国 法を コエ 憲主 義﹂ の規 範的 表現 であ ると 理解 す る点 で︑ これ ら の論 者 と同 様 の立 場 にた てっ
るい た︒ だ︑ かか る立 場 に立 脚す る以 上︑ 我 々は 次 のよ うな 問 いに 対し てこ たえ なけ れば なら な い︒ 帝国 憲法 いは かな る
﹁立 主憲 義
﹂論 を採 用し
︑ いか な る規 範構 造 とし てそ れを 具体 化し た のか 本︒ 論 が検 討し よう とす る課 題 まは さ にこ れで あ る︒
︵7︶ 例 え ば
︑ 前 掲
・鈴 木
﹃日 本憲 法学 史 研 究
﹄ 次は のよ う に述 てべ いる
︒ コ憲 義法 解
﹄ に表 明 さ れた 主権 概念 主︑ 権 の所 在
・ 源 泉 に関 す る見 解 は︑ 憲 法学 的 概 念 構 成 と いう 点 から 批 評 す れば 必︑ ず し も論 理 的 精に 密 明︑ 確 では な いが し︑ かし 問 題 を ど︑ のよ う に解 し て いた か︑
ぃか る.な.
主.権.
造 ︒構.
当.を ︒ 然 ︒の.
こ ︒と.
と.し.
て.憲.
法.条.
規.の.
解 ︒釈.
を.し.
て.ぃ る.か に
︐ い て.は いヽ と.ん.
ど.
疑.ぃ を ︒ぃ る.れ.
余.地.
の.な.
ぃは 明.ど.
自 ︒で.
あ.る.
︒ そ.し.
て.こ.
点.の.
で.ぃ
︑ わ.た.
↑ し.ハ 明.治.
憲.法.
制 ︒定.
者 ︒の.
立.法.
意.図.
・理 ︒ 由 ︒を.
︑ も.っ.
と ︒も.
正.統.
的.ぃ う.け ︒
︐ ぎ.
そ.ヽ の.理.
イヒ.論.
を.は か た.っ.
も.の.
と.し.
た.穂.
積.ル 東.︑
︐ ぃ 上.で.
杉.慎.
の.吉.
憲.法.
学.説.
お.に る.け.
見.解.
と.︑ 本.争 的 ︒に
ぃ 全 く 一致 し て いる こ と は明 ら か あで り
︑
︵略 美︶ 濃部 学 説
︑ そ をれ 代 表 者 と す る立 憲 義主 学 派 の基 本的 見地 と は︑ 多 く の 重 要 な 点 で︑ 異質 的 あで る こ と は︑ 改 め て力 説 うし る︒
﹂
︵四 五〜 四六 頁
︑ 傍点 引は 用者
︒ 以下 同 じ︒
︶
︵8
︶ 前 掲 家o 永 日﹃ 本近 代 憲 法 思想 史 研 究
﹄ は次 のよ う に うい
︒
﹁憲 法 制 定 と ほぼ 時 期 を 同 じ く し︑ カア デ ミズ ム憲 法 学 の内 部 に 二 つの 相 対 立 す る学 派 が成 立 し
︑ わい ゆ る天 皇 主 権 説 対 天皇 機 関 説 の思 想 的 対立 が 露 呈 す る
︵略
︶が
︑ こ こ 注で 意 し な け れば な ら な い のは 専︑ 制 主 義 的傾 向 の強 主い 権 説 学 派 が 正統 派 で立 憲 主 義 的 色 彩 の濃 機い 関 説学 派 が 異 端 派 であ っ た の で 決は し てな く 両︑ 派 もと にそ れ れぞ 異 な たっ 領 域 にお いて 家国 権 力 イの デ オ ロギ ー 代を 表 す る役 割 を演 じ て いた 考と え ら れ る のみ な らず む.︑ し.ろ.
憲.法.
制.定.
の.当.
者.局.
た.る ︒ 伊.藤.
藩.ら.
閥.官 ︒ 僚.政.
首.府.
脳.部.
自.身.
お.に て.い はヽ 内.心 機.関.
説 ︒の.
方 ︒を ︒ 採.
用 し て いた と認 めら れ る ふし が多 い︑ と うい 事実 であ る︒
﹂
︵九
〇
〜 九 一頁
︶
︵9
︶憲 法 史 研 究 に おけ る比 較 法
︵史
︶的 観な 点 の必 要 性 を 説 いた も のと し て︑ エバ
・P
・ル ト コフ スカ
﹁近 代 皇天 制 の再 検 討﹂︑
伊 藤 隆 編
﹃日 本 近 代史 の再 構築
﹄ 山 川 出 版 社︑ 一 九 九 二年 ︑ 一五 一頁 以 下︑ があ る︒ 帝 憲国 法 の再 検 討
︱
︱ 比較 憲 法 史 考的 察 を手 が か り に
︱
︱ 一九 七