中浜隆著 アメリカの民間医療保険
⎜ アメリカの財政と福祉国家7,日本経済評論社,2006年6月,
目次5頁,図表一覧2頁,略語一覧1頁,本文245頁,参考文 献23頁,あとがき3頁,初出一覧1頁,索引3頁=283頁 ⎜
Ⅰ 公的保険と民間健康保険
朝日新聞はアメリカの医療について次のようにいう。 日本のように全国 民が加入する公的医療保険はない。公的保険には税金で賄う貧困層向けのほ か,老後の制度もあるが働いて保険料を払っている間はサービスが受けられ ない。多くは勤め先の負担で民間の医療保険に入る。しかし,保険料は高く,
どの保険にも加入していない人は4,700万人,全国民の16%に上る(2005 年) (2007年3月25日,朝日新聞)。
一方,前日本医師会長の植松治雄氏による混合診療に関する意見では 米 国の医療制度は私的保険が支配 (2004年11月23日,日本経済新聞)となる。
中浜教授は アメリカは民間医療保険が主流である と。中浜教授のは公正 な表現であると思う。たしかに,公的保険は特別なものを除いてなく,民間 医療保険が担い,しかも多くは大企業の自家保険が担っている。その結果,
無保険者は5,000万人に近いともいわれる。ところが, 数頁で語りつくせる ほど,アメリカの民間医療保険は甘くはない (磯部広貴 アメリカの民間 医療保険 (2005年,保険毎日新聞社)といわれる。
ところで,以上の新聞記事でわかるであろうか。新聞記事を責めるつもり はない。こういう説明はアメリカでもなされている。日本の人も多くがこれ にならっている。簡単に正しく表現することは容易ではない。
まず 公的保険には税金で賄う貧困者向けの であるが,これはもともと 貧困者を対象とするメディケイド(州が運営,連邦が援助する)であり,
1965年に成立した社会保障修正法19編によるもので,これとは別に高齢者を 147
【書 評】
対象とする医療保険メディケア(修正法18編による)がある(働いている間 に保険料を納める)。しかし,メディケアは保険の給付が制限されていた。
一方,メディケイドは貧困な高齢者を含めて総合的な扶助を提供するが,当 初からそのウエイトは低いはずであった。しかも,後に貧困高齢者の薬剤に 対する責任がメディケイドからメディケアに移るにつれて,メディケイドの 費用は減少するはずであった。しかし,立法の欠陥もあり,そうはならなか った。メディケアはナーシングホームの費用を対象としなかったこともあり,
中流であるはずの受給者は貧困に陥り,そこで大抵の高齢のメディケイドの 受給者は主たる保険者としてのメディケアに二重登録していた。この場合,
メディケイドはメディケアのカバーしなかった費用のみをカバーした(メデ ィケアPart A(入院ケア),Part B(医師その他のサービス))。後に1997 年 の 均 衡 予 算 法 に よ っ てPart C(Medicare+Choice)が 追 加 さ れ た。
Medicare+Choiceの目的はメディケアの加入者に選択肢として多くの種類 の医療保険を用意し,民間保険者と医療提供者をメディケアに参加させ,競 争させることにより給付内容の改善,または保険料の低減をはかるものであ った。Part Dは2003年のメディケア処方薬近代化法により創設された。
ところで,1997年の均衡予算法により社会保障法21編が追加された。メデ ィケイドの受給資格を有しない低所得の世帯の子供の医療のために 州児童 医療保険プログラム (SCHIP)が創設された。こうしたことがメディケイ ドまでも保険プログラムといわしめた理由ではないであろうか。
当初,補足的とすら考えられていたメディケイドは費用面でも大きく拡大 していった。しかし,主流は民間健康保険である。この場合,ある程度,社 会保険の代替をさせるために,種々の調整など大変な努力がなされねばなら ない。こうした面をも考慮に入れた視点をもって,より公正な目で民間医療 保険をみようとしたのが,中浜教授の アメリカの民間医療保険 である。
Ⅱ 医療費の急増,マネジドケアの展開とそれへの対応など
本書の構成は以下のとおりである。序章 本書の分析視角と構成,〔第Ⅰ
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部〕医療保険制度の全体像,第1章 公的医療プログラム,第2章 民間医 療保険,〔第Ⅱ部〕保険引受競争とアンダーライティング,第3章 保険引 受競争の激化(このなかに医療費抑制とマネジドケアがある)第4章 アン ダーライティングの強化,〔第Ⅲ部〕小雇用主医療保険の改革,第5章 医 療保険改革法,第6章 保険入手可能性の改善,第7章 NAICモデル法 の料率規制,第8章 各州の料率規制,第9章 再保険プール,第10章 個 人医療保険の改革,終章 民間医療保険とアメリカ型福祉国家。
公的医療保険(メディケア)の受給資格を有しない非高齢者の多くは民間 医療保険に加入している。そして民間医療保険に加入している非高齢者の多 くは雇用主提供の医療保険に加入している。しかし,その費用は膨大である。
自動車のビック3は医療費負担の減少の交渉が再建のカギだといわれる
(2007年4月2日,日本経済新聞)。その他の65歳未満の退職者,自営業者な どは個人医療保険である。非高齢者2億5,362万人のうち,政府の医療保険 加入者は4,341万人(17.1%)民間医療保険加入者1億7,671万人(69.7%)
このうち雇用主提供医療保険加入者1億6,182万人(63.8%)個人医療保険 の加入者1,653万人(6.5%),無保険者は4,467万 人(17.6%)(中 浜37‑38 頁)。この無保険者が最近増加した。要するに雇用主はブルークロス,ブル ーシールド,保険会社,HMO(保健維持機構)から医療保険を購入するか,
自家保険を採用することにより,被用者医療保険を提供するが,大企業は複 数の医療保険を,中小企業は1種類の医療保険を提供している。なお,多く の州がHMOなど保険会社に州保険料税を課するが,自家保険には,1974 年被用者退職所得保障法の制定以来,州保険料税は課されない。また企業は 保険者から医療保険を購入する場合,事前に保険料を支払うが,自家保険の 場合に医療費が請求されたとき払う。その結果,自家保険は増加した。
こうしたHMOなど民間健康保険は当初,メディケアと同じく料金サー ビス制(Fee-for Service)を採用した。この場合,被保険者(患者)は医 療提供者(医師と医療機関)を自由に選択できたが,当然,医療費は急増し ていった。保険金の支払額を抑制する必要が出て来たが,そのために,医療
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提供者が患者に提供する医療サービスを積極的に管理するのが,マネジドケ ア(管理医療)である。それは医療サービスと医療提供者を積極的に管理す るもので,医療費の支払いと医療サービスの提供を統合し,費用効率性をサ ービス提供の効果と結合することを目的とする保健および行動的な保険サー ビスの総合的体系である。それは医療サービスの提供をHMOなど保険者 が提供者と交渉してきめる,あるいは医療提供者の選択に対して基準を設け て制約する。費用効果的な医療の保証,診療内容審査などを行うものである。
マネジドケアプランに加入している被用者の割合は1992年には55%に増加し た。一方で1,500社もの保険会社などの競争は激しく,医療損害率(medi- cal loss ratio)(直接医療に対し,間接的な運営費などに支出された保険料 当りの比率)はきわめて高く1994年にアメリカで一人当り187ドルを費やし たが,カナダでは42ドルであった(樫原 アメリカのメディケアとマネジド ケア 週刊社会保障 2234号,2003年2月参照)。
こうしたことと,マネジドケアプランにおける医療提供者の選択の制限や 診療内容の審査に対し患者などからの批判は高まった。中浜教授は純保険引 受損益などの傾向も詳しく調べている。アンダーライティングの強化では,
危険選択の導入と料率の個別化など詳細にあつかわれている。そうしたこと で医療保険改革法の項では,小雇用主医療保険改革に関し,全米保険監督官 協会(NAIC)は各州政府に対してモデル法を全米基準として提示したので,
殆どの州は保険法を改正しているなど詳細に説明している。
何にも増して強調しなければならないことは本書はこれまでのものとは全 く異なり,公的保険とのつながり(この関係はアメリカでは特に重要であ る)を含めて全容と問題を知ることができるようにした傑出した文献である ことである。そして終章ではアメリカ福祉国家における位置づけをした。文 献の渉猟はきわめて広範である。教えられるところはきわめて大きい。
(評者:山口県立大学大学院健康福祉学研究科教授 樫原 朗)
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