長谷川千春著 アメリカの医療保障⎜
グローバル化と企業保障のゆくえ⎜
⎜ 昭和堂,2010年2月,目次5頁,本文223頁,参考文献15頁,
あとがき4頁,初出一覧1頁,索引5頁=253頁 ⎜
1.本書の構成内容
本書は7つの章から構成されており,各章の内容(概要)は以下のとおり である。
序章では,本書の課題と構成および先行研究について論じている。本書の 課題は アメリカ医療保障システムの中核である雇用主提供医療保険に焦点 を当て,1980年代以降のアメリカ医療保障システムの変化とその意義を明ら かにすること を冒頭で明示し,アメリカ医療保障システムの特徴を4点に わたって説明している。そして,本論である第1章〜第5章の概要を簡潔に まとめ,先行研究として アメリカ福祉国家論 マネジドケア論 管理競 争論 を取り上げて批判的に検討し,本書の特色を強調している。
第1章では,アメリカ医療保障システムの全体像を提示している。具体的 には,①アメリカ医療保障システムの要である医療保険 ・医療扶助について 整理し,②医療保険 ・医療扶助の加入 ・適用の現状と特徴を析出し,③医療 費の負担構造から,アメリカ医療保障システムにおける雇用主(とくに民間 企業)の位置の大きさを確認し,④アメリカ医療保障システムの最大の特徴 である,雇用関係と医療保険の連関(雇用主が付加給付として医療保険を提 供するインセンティブとその歴史的背景)について検討している。
第2章と第3章では,1980年代以降に生じたアメリカ医療保障システムの 変容を体現する典型的企業2社を取り上げ,両社が行った医療給付改革を分 析している。1980年代以降におけるグローバル化の進展と国際競争の激化に 137
【書 評】
よって両社は雇用主提供医療保険に対するコスト抑制圧力を強めたのであり,
両社の医療給付改革をめぐる動きは企業の経営行動に左右されるアメリカ医 療保障システムの脆弱性を示しているのである。
第2章では,アメリカ医療保障システムの中核を担ってきた伝統的な大手 製造企業の典型である
General Motors社の医療給付の実態と改革について
分析している。そして,①医療給付改革は医療給付コスト抑制を目的として いること,②コスト抑制戦略の実行は全米自動車労働組合との労働協約に制 限される一方で,組合員よりも非組合員,退職者よりも現役被用者の医療給 付が切り下げられていること,③しかし,確立した医療給付プログラムを根 本的に変更することは容易ではないこと,などを明らかにしている。第3章では,非正規雇用を生み出し,また主要な雇用の受け皿となってき た小売 ・サービス業の典型である
Wal
‑Mart社の医療給付の実態と改革に
ついて分析している。そして,雇用主提供医療保険の変化は,もともと医療 給付の提供率が低い小売 ・サービス業の台頭という産業構造の変化およびパ ートタイム雇用を含む非正規雇用の増加という雇用構造の変化の2つの要因 も反映したものであること,などを明らかにしている。第4章では,アメリカ医療保障システムの脆弱性をもっともよく示してい る非高齢者の無保険者問題について,雇用主提供医療保険の空洞化を中心に 分析している。具体的には,1990年代以降における無保険者問題の深刻化は 雇用主提供医療保険の加入率低下が大きな要因であり,就労形態の多様化と 企業の医療給付改革によって貧困層 ・低所得層だけでなく幅広い層に起こり うる問題となっていることを論証している。
第5章では,企業が実行していったコスト抑制戦略を,1990年代以降にお けるマネジドケア ・プランの発展 ・普及との連関に着目して検討している。
具体的には,大企業がとりえたコスト抑制の方法は,①保険料が比較的安価 なマネジドケア ・プランを積極的に導入すること,②マネジドケア ・プラン を提供する保険者に対して競争入札を実施するなど保険料そのものを引き下 げうる医療保険購入戦略を実行し,保険者または医療提供者に医療費負担を
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シフトすること,③被用者の保険料拠出を増額することなどによって実質的 に医療費負担を被用者にシフトできるように医療給付プログラムを再編する こと,であったことを論証している。
終章では,本論である第1章〜第5章の各章の結論をまとめている。そし て,それをふまえて本書の意義を4点にわたって述べ,今後の課題を2点ほ ど提示している。
2.本書の評価
本書は,アメリカ医療保障システムを具体的 ・体系的に分析し,その全体 像を提示した労作である。アメリカ企業は,1980年代以降におけるグローバ ル化の進展と国際競争の激化によって雇用主提供医療保険に対するコスト抑 制圧力を強め,医療給付改革を行ってきた。本書は,アメリカ医療保障シス テムを担ってきた企業(雇用主)に視座をおき,アメリカ医療保障システム の中核である雇用主提供医療保険の実態を具体的に分析することによって,
アメリカ医療保障システムの変容(脆弱性の顕在化)を論定している。
上記を含め,本書の特色はおもに以下の点にあり,高く評価できる。第1 に,雇用主としての企業に視座をおいていることである。第1章でも,医療 保障システムを構成する医療保険と医療扶助をたんに並列的に説明するので はなく,雇用関係とリンクした医療保障という観点からアメリカ医療保障シ ステムを見事に整理し,その特徴と全体像を提示している。
第2に,企業(雇用主)に視座をおいたことによって,アメリカ医療保障 システムを具体的に分析できていることである。アメリカ医療保障システム は,それに具体的関心をもち,経済的利害関係をもつ主体である企業(雇用 主)によって多分に規定されているのである。アメリカ医療保障システムの 具体的な分析は,なかでも第2章と第3章で取り上げた
General Motors社
とWal
‑Mart社の医療給付の実態と改革によく見て取ることができる。
第3に,アメリカ医療保障システムの発展を歴史的にとらえ返す視座とし て,企業(雇用主)と医療保険の連関を分析することの重要性を示している
保険学雑誌 第 609号
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ことである。第二次大戦後のアメリカ医療保障システムの確立は,雇用主提 供医療保険の発展 ・普及によるものであった。雇用主提供医療保険は,医療 保険の提供だけでなく給付内容も雇用主の裁量に基づいているために,医療 保障の不安定性を内包していた。しかし,雇用主提供医療保険に加入できな い貧困層に対しては,医療扶助で対応していた。こうしたアメリカ医療保障 システムは,1970年代まではそれなりに機能していたのである。
しかし,1980年代に始まるアメリカ企業を取り巻く経営環境の変化とそれ に対応する企業の経営姿勢の変化は,雇用主提供医療保険を中核とする医療 保障システムを変容させた。筆者はそれを,グローバル化の進展と国際競争 の激化(企業の経営環境の変化)
→産業 ・雇用構造の変化,雇用主提供医療
保険に対するコスト抑制圧力の強まり→ General Motors社とWal
‑Mart
社の医療給付改革,企業のコスト抑制戦略の実行(企業の経営姿勢の変化)→非高齢者の無保険問題の深刻化(医療保障システムの変容=脆弱性の顕在
化)という論理展開によって解明している。また,筆者は1990年代以降のマ ネジドケア ・プランの発展 ・普及(第5章)を上記の論理展開のなかで明確 に位置づけている。そして,筆者は終章の後半で2つの今後の課題を提示している。1つは,
引き続き企業の事例研究(IT関連産業やサービス産業の企業(とくに中小 企業)の医療保障の実態)を推し進めることである。もう1つは,雇用主提 供医療保険の実態をふまえ,医療保障における企業の役割を軸にして政府
(連邦政府,州 ・地方政府)の医療保険改革を分析することである。
これらの研究はたいへん興味深くかつ重要であり,具体的 ・体系的なアメ リカ医療保障システムの全体像をよりいっそう鮮明にするであろう。筆者の 今後の研究成果を大いに期待したい。
(評者:小樽商科大学教授 中浜隆)
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