• 検索結果がありません。

民間医療保険の役割

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "民間医療保険の役割"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

民間医療保険の役割

⎜⎜ 日米の比較を通じて ⎜⎜

中 浜 隆

■アブストラクト

日本では,公的医療保険(社会保険)が主流であり,民間医療保険はその 補完的役割をおもに果たしている。今後,医療リスクが高くなり,公的医療 保険の保障範囲が縮小され,患者の医療費負担が増加するならば,民間医療 保険のニーズと役割はいっそう高まるであろう。

民間医療保険のおもな保障対象は,①公的医療保険における患者の自己負 担,②公的医療保険が保障しない医療サービス,③長期入院等による就業不 能に対する所得保障,である。そして,民間医療保険の特徴は,①保険期間 は長期であること,②現金給付方式が採用されていること,③定額払い方式 が採用されていること,である。

これらの点について,アメリカの民間医療保険(アメリカでは民間医療保 険が主流である)と比較し,その状況を考察すると,日本の民間医療保険は 今後もこうした特徴を基本的に維持しつつ,その役割を果たしていくことが 望ましいと考えられる。

今後の医療費の動向は,公的医療保険の改革と民間医療保険の役割(公的 医療保険と民間医療保険の役割分担)および保険会社の医療保険業務に影響 を与える基底的要因になるであろう。

■キーワード

医療保険,医療費,医療リスク

*平成18年10月28日の日本保険学会大会(中央大学)報告による。

/平成18年11月24日原稿受領。

(2)

1.はじめに

日本では,公的医療保険(社会保険)が主流である。1980年代以降,医療 費を抑制し,医療保険財政を安定化させるために,公的医療保険の改革が行 われてきた。しかし今後,少子・高齢社会がいっそう進展し,国民医療費が 増加することが予想されている。そのために,今後も公的医療保険の改革が 行われ,その保障範囲が縮小される(公的医療保険が保障しない医療サービ スが拡大する)かもしれない。しかし,公的医療保険の保障範囲は縮小され ても,公的医療保険(国民皆保険)は維持されるであろう。

民間医療保険は,公的医療保険の補完的役割をおもに果たしている。今後,

公的医療保険の保障範囲が縮小され,患者の医療費負担が増加するならば,

民間医療保険の役割はいっそう高まるであろう。

本稿では,アメリカの民間医療保険との比較を通じて,今後の日本の民間 医療保険の役割について考察する。そこで,以下ではまず,現在のアメリカ の医療保険制度の概要について述べておきたい。

アメリカでは,民間医療保険が主流である。アメリカの医療保険も,公的 医療保険と民間医療保険からなっている。しかし,公的医療保険(社会保 険)は,高齢者(65歳以上),障害者,末期腎不全者を対象とする メディ ケア のみである。医療保険以外の公的医療プログラムには,貧困者を対象 とする医療扶助の メディケイド ,現役・退役軍人と扶養家族を対象とする

軍人医療 ,先住民を対象とする 先住民医療サービス がある。

非高齢者一般を対象とする公的医療保険(社会保険)は存在しない。その ために,非高齢者の多くは民間医療保険に加入している。

民間医療保険は,団体医療保険と個人医療保険に大別される。民間医療保 険の多くは団体医療保険である。被用者と扶養家族は,雇用主が提供する団 体医療保険(雇用主提供医療保険)に加入している。雇用主は,保険者から 医療保険を購入するか,自家保険を採用している。

他方,雇用主が医療保険を提供していない被用者,自営業者,65歳未満の

(3)

早期退職者などは,個人医療保険に加入している。また,メディケアの給付 は十分ではないために,高齢者の多くは民間医療保険にも加入している。

2005年において,全国民のうち,公的医療プログラムの加入者の割合は 27.3%,民 間 医 療 保 険 は67.7%,無 保 険 者 は15.9% で あ る。無 保 険 者 は 4,658万人もいる(表1を参照)。

高齢者(65歳以上)では,公的医療プログラムの加入者の割合は95.4%,

民間医療保険は59.4%,無保険者は1.3%である。高齢者のほとんどはメデ ィケアの受給資格を有しており,無保険者はほとんどいない。しかし,メデ ィケアの給付は十分ではないために,高齢者の多くは民間医療保険にも加入 している。

非高齢者では,公的医療プログラムの加入者の割合は18.2%,民間医療保 険は68.8%,無保険者は17.9%である。無保険者のほとんどは非高齢者であ る。無保険者の大部分は,就労しているにもかかわらず所得が低く(しかし,

表1 医療保険の加入状況(2005年)

種 類 全国民 高齢者 非高齢者

46,987 (18.2%) 6,458 (2.5%) 34,737 (13.4%) 8,561 (3.3%) 177,823 (68.8%) 162,153 (62.8%) 17,131 (6.6%) 46,118 (17.9%) 258,329(100.0%) 33,862 (95.4%)

33,727 (95.0%) 3,397 (9.6%) 2,611 (7.4%) 21,078 (59.4%) 12,666 (35.7%) 9,650 (27.2%) 459 (1.3%) 35,505(100.0%) 80,249 (27.3%)

40,185 (13.7%) 38,134 (13.0%) 11,172 (3.8%) 198,901 (67.7%) 174,819 (59.5%) 26,781 (9.1%) 46,577 (15.9%) 293,834(100.0%) 公的医療プログラム

メディケア メディケイド 軍人医療 民間医療保険

団体医療保険 個人医療保険 無保険者 合 計

(注)①単位:千人

②複数の医療保険の加入者がいる。

③ 無保険者 は,先住民医療サービスのみの加入者も含む。先住民医療サ ービスは,連邦政府が先住民に医療サービスを提供する公的医療プログラ ムである。

(出典)DeNavas

Walt, Proctor and Lee

(2006) より作成

(4)

メディケイドの対象になるほど貧困ではない),おもに以下のために民間医 療保険に加入していない。

①雇用主が医療保険を提供していない(医療保険の提供は任意であり,法 律で義務づけられていない)。そして,所得が低いために,個人的に医 療保険を購入(個人医療保険に加入)することもできない(以下の②と

③の場合も同じである)。

②雇用主が医療保険を提供していても,パートなどのために医療保険の加 入資格がない。

③雇用主が医療保険を提供し,医療保険の加入資格があっても,被用者の 保険料負担が大きいために医療保険に加入できない(多くの団体医療保 険では,被用者も保険料を負担している)。

2.民間医療保険の保障範囲

日本では,民間医療保険は公的医療保険(社会保険)の補完的役割をおも に果たしている。近年,個人医療保険を中心にさまざまな商品が開発され,

販売されている。

民間医療保険のおもな保障対象は,①公的医療保険における患者の自己負 担(公的医療保険が保障する医療サービスで,患者が一部負担する医療費),

②公的医療保険が保障しない医療サービス,③長期入院等による就業不能に 対する所得保障,である。

上記①は,アメリカの民間医療保険では,高齢者が加入する医療保険がそ の役割を果たしている。高齢者のほとんどは,公的医療保険(メディケア)

の受給資格を有している。しかし,メディケアの給付は十分ではない(患者 の自己負担が大きい)ために,高齢者の多くは民間医療保険にも加入してい る 。

1) 2006年において,高齢者が入院した場合,メディケア(パート

A)におけ

る患者の自己負担は,①最初の60日間は952ドルまで,②61日目〜90日目の30 日間は1日当たり238ドルまで,③91日目〜150日目の60日間は1日当たり476

(5)

高齢者がメディケアを補足するために加入する民間医療保険は, メディ ギャップ保険 と呼ばれている。メディギャップ保険は,メディケアにおけ る患者の自己負担(メディケアが保障する医療サービスで,患者が負担する 医療費)をおもに保障しているが,メディケアが保障しない医療サービスも 保障している。つまり,高齢者が加入する民間医療保険は,公的医療保険の 補完的役割をおもに果たしている。

②は,アメリカの民間医療保険では,非高齢者が加入する医療保険がその 役割を果たしている。非高齢者一般を対象とする公的医療保険は存在しない ために,非高齢者の多くは民間医療保険に加入している。つまり,非高齢者 が加入する民間医療保険は,公的医療保険の代替的役割を果たしている。

③は,アメリカの民間医療保険では,所得補償保険がその役割を果たして いる。アメリカの民間医療保険は,保障対象によって,医療費保険(medi-

cal expense insurance

)と所得補償保険(disability income insurance に大別される(しかし,医療保険市場における所得補償保険のシェア(保険 料ベース)は小さい)。つまり,医療費保障と所得保障に対する医療保険の 役割は明確に区分されている。医療費を保障する医療費保険では,一般に保 険者は医療提供者(医師と医療機関)に保険金(医療費)を直接支払ってい る。

現在,日本の公的医療保険の保障範囲(適用範囲)は広い。しかし,上記

①は,非高齢者(3歳以上69歳未満)の場合,2003年から3割(本人・扶養 家族,入院・通院とも)に統一され,かなり大きくなっている。したがって,

これ以上の患者の自己負担の引き上げには,国民の反発が予想される。

そこで,今後,公的医療保険の給付が抑制されるならば,その保障範囲が 縮小される(公的医療保険が保障しない医療サービスが拡大する)かもしれ ない。つまり,民間医療保険の保障対象は,①よりも②のウェイトが高まる であろう。

ドルまで,④151日目以降は医療費の全額である。①〜③において,医療費が 患者の自己負担を超過した場合,超過した医療費はメディケアから支払われる。

(6)

3.民間医療保険の特徴

民間医療保険(個人医療保険)は,おもに以下の特徴を有している。

第1に,保険期間は長期であることである。保険期間が5年と比較的短期 の商品もあるが,他方で保険期間が終身の商品もある。アメリカの民間医療 保険では,保険期間は短期(一般に1年)である。

第2に,給付方式として,サービス給付方式ではなく,現金給付方式が採 用されていることである。 サービス給付方式 とは,保険者は医療提供者 に保険金を直接支払い,加入者(患者)には医療サービスを給付する方式で ある。他方, 現金給付方式 とは,加入者は医療サービスを受けた時点で 医療費を負担し,事後的に保険者が加入者に保険金を支払う方式である。

アメリカの民間医療保険では,前章で述べたように,一般にサービス給付 方式が採用されている。

第3に,保険金支払い方式として,実損塡補方式ではなく,定額払い方式 が採用されていることである。 実損塡補方式 とは,加入者が負担した医 療費に応じて保険金を支払う方式である。他方, 定額払い方式 とは,入 院・手術・通院に対して1日当たりの定額給付金または一時金を支払う方式 である。

つまり,1日当たりの保険金が定額であるという点で定額払いである。入 院・通院日数が増加するにつれて,患者の医療費の自己負担も増加する。し たがって,保険金の支払い限度日数の範囲内で,加入者(患者)の医療費の 自己負担が増加すると保険金も増加するという点では実損塡補的である。

アメリカの民間医療保険(非高齢者が加入する医療保険)では,出来高払 い方式または定額払い(包括払い)方式が採用されている。 出来高払い方 式 とは,医療サービスの回数に応じて保険金(医療費)が支払われる方式 である。

上記のように,日本の民間医療保険では, 現金給付方式 と 定額払い 方式 が採用されている。 現金給付方式 であるために,医療費保障と所

(7)

得保障に対する医療保険の役割は明確に区分されない(医療費保障に加えて 所得保障の役割も混在しうる)。また, 定額払い方式 であるために,保険 金(1日当たりの定額給付金)は患者が負担した医療費(前章で述べた,① 公的医療保険における患者の自己負担と,②公的医療保険が保障しない医療 サービス)に応じて支払われない。

そこで,アメリカの民間医療保険のように, サービス給付方式 を採用 することが考えられる。サービス給付方式を採用すると,まず,保険者が医 療提供者に保険金(医療費)を直接支払うことによって,医療費を保障する 医療費保険の役割を果たす。

また,保険金が公的医療保険における患者の自己負担(全額)に対して支 払われる場合, サービス給付方式 でも 現金給付方式 でも,加入者は 医療費を最終的に負担する必要はないという点では同じである。しかし,

現金給付方式 では,加入者は自己負担額をいったん支払う必要がある。

それに対して サービス給付方式 では,その必要はなくなる。この点では,

加入者にとっては サービス給付方式 のほうがよい。

公的医療保険が保障しない医療サービスに対して保険金が支払われる場合 には,保険金が 定額払い(包括払い)方式 または 出来高払い方式 に 基づいて支払われても,検査や治療などに実際にかかった医療費に対してど れだけの保険金が支払われるかは,加入者には直接かかわらない。

しかし筆者は,現在の民間医療保険の特徴を今後も基本的に維持しつつ,

その役割を果たしていくほうが望ましいと考えている。

4.保険期間と医療リスク

日本の民間医療保険では,保険期間は一般に長期である。保険期間が5年 と比較的短期の商品もあるが,他方で保険期間が終身の商品もある。また,

保険期間が終身であり,しかも保険期間中に保険料が変更されない商品も販 売されている。

生命保険(死亡保険)の保険期間も一般に長期である。しかし,保険事故

(8)

は一度限り発生し,定額の保険金が支払われる。それに対して,医療保険の 保険事故は反復して発生しうる。しかも1回の保険事故において,1日当た りの保険金は定額であっても,支払い限度日数の範囲内で,入院・通院日数 が増加する(患者の医療費の自己負担が増加する)と保険金も増加するとい う点では実損塡補的である。

つまり,医療保険の給付は生命保険と比較すると実損塡補的であるが,保 険期間は生命保険と同じく一般に長期である。

健康状態は年齢と相関関係があり,一般に羅病率と受診率は加齢にともな って上昇する。保険期間が短期であるならば,加入者にとって,健康状態の ために契約を更新できないという問題が生じうる。そのために,加入者にと って,保険期間は長期のほうがよい。

しかし,保険期間が長期であるならば,保険者にとって,生命保険の死亡 率に相当する医療保険の発生率は不確実的・流動的要素が比較的多いために 医療リスク の管理の問題が大きくなる。 医療リスク を適切に管理する ことが今後の最大の課題であろう 。

アメリカの民間医療保険では,団体医療保険も個人医療保険も保険期間は 短期であり,一般に1年である(保険会社は,生命保険会社が医療保険の多 くを引き受けている 。

2) 医療リスクの特性と管理については,本シンポジウムの司会者と他の報告者 の報告(本誌に掲載の論文)を参照。また,この点は,堀田(2006)も詳細に 分析している。

3) アメリカの民間医療保険のおもな保険者(自家保険を除く)は,ブルークロ ス・ブルーシールド,保険会社,HMOである。

ブルークロス・ブルーシールドは,各州で医療保険を引き受けている非営利 組織または営利組織である。多くの州では,1社が州内全域で営業している。

数社が存在する州では,各社は州内の所定の地域で営業している(営業地域は ほとんど重複していない)。

保険会社は,生命保険会社と損害保険会社が医療保険も引き受けている。ま た,医療保険を専門的に引き受けている保険会社もある。各州に多くの保険会 社が存在し,大手保険会社は全国的規模で営業している。

(9)

アメリカでは,医療費が増加し,それにともなって民間医療保険の保険金 支払額も増加してきた。医療費の増加は,国民医療費の対

GDP

比率の推移 と, 全項目 を上回る 医療 の消費者物価指数の対前年上昇率の推移に あらわれている。

国民医療費の対

GDP

比率は,1960年代初めから90年代初めにかけて上昇 し,1960年の5.1%から93年には2.6倍の13.3%になった。その後の1990年代 は安定的に推移したが,2001年から上昇している(図1を参照)。

消費者物価指数の対前年上昇率では, 医療 は1960年代後半,1970年代 前半〜80年代初め,1980年代末〜90年代初めに大幅に増加している。また,

医療 は1973〜74年と1979〜80年を除くすべての年で 全項目 を上回っ ている。

HMO

は,1980年代以降に成長した比較的新しい保険者であり,非営利組織 と営利組織がある。HMOについては,第5章でも述べる。

図1 国民医療費の対 GDP 比率

出典:CMS(2006

a

(10)

1970年代と80年代を比較すると,1970年代には 医療 全項目 ともに 大幅に増加しているが,両者はそれほど大きく乖離していない。それに対し て,1980年代には 医療 が 全項目 をかなり上回っている(図2を参 照)。

そして,民間医療保険から支払われた医療費の対前年上昇率も,1970年代 初め,1970年代半ば〜後半,1980年代後半に大幅に増加している。また,

1966〜67年,1986年,1994年を除くすべての年で上記の 医療 の対前年上 昇率を上回っており,しかも総じて大幅に上回っている(図3を参照)。

そのために,1970〜80年代(とくに1980年代)に保険者は,契約締結の段 階と保険金支払いの段階において医療リスクの対応・管理を強化した。保険 者の医療リスクの対応・管理は,契約締結の段階では アンダーライティン グ の強化であった。また,保険金支払いの段階では マネジドケア(管理 医療) の導入, マネジドケア・プラン の開発・販売であった。

アンダーライティングの強化は,リスクの高い申込者・加入者に対する新 図2 医療と全項目の消費者物価指数の対前年上昇率

出典:BLS(2006)

(11)

契約引き受けと契約更新の拒否の増加,リスク(保険料率)の細分化,契約 更新時における契約内容(保障範囲と保険金額)の変更,契約前発病の免責 の強化であった。

契約前発病の免責 の強化は, 遡及期間 と 除外期間 の長期化で あった。 契約前発病 とは,保険契約の責任開始前の一定期間中に診断ま たは治療された症状である。 遡及期間 とは,契約前発病とする期間であ る。 除外期間 とは,保険契約の責任開始後の一定期間であり,契約前発 病から生じる保険金支払いを免責とする期間である。

つまり,さまざまな医療リスクの対応・管理は,医療費を抑制して保険金 支払額を抑制することに帰着する。保険金支払額を抑制しないと,保険料率 を引き上げなければならなくなる。しかし,それは保険引受競争において不 利に作用する。各州では,多くの保険者(ブルークロス・ブルーシールド,

保険会社,HMO)が医療保険の引受競争を展開している。

図3 民間医療保険から支払われた医療費の対前年上昇率

(出典)CMS(2006

b

)より作成

(12)

5.医療費の抑制とマネジドケア

アメリカの民間医療保険では,一般に サービス給付方式 が採用されて いる。つまり,保険者は医療提供者(医師と医療機関)に保険金(医療費)

を直接支払っている。

民間医療保険は1930年代に生成し,発展していった。そして,1970年代ま で,医療保険のほとんどは,保険金(医療費)が出来高払い方式に基づいて 支払われる出来高払いプランであった。 出来高払い方式 は,保険金支払 額を増加させる要因となった。そのために,医療提供者が行う医療サービス を保険者が積極的に管理する マネジドケア が導入された。

日本において,今後,公的医療保険の保障範囲が縮小され(公的医療保険 が保障しない医療サービスが拡大し),それに対応して民間医療保険の代替 的役割が高まることになるならば,民間医療保険から支払われる医療費の割 合は増加する。そして,民間医療保険においても サービス給付方式 を採 用するならば,保険者は公的医療保険に代わって医療費を抑制しなければな らなくなる。

それでは,アメリカの民間医療保険で導入された マネジドケア は,日 本の民間医療保険で受け入れられ,定着するであろうか。

マネジドケアでは,保険者は,医療提供者を選択し,医療提供者が行う医 療サービスと医療提供者に支払われる診療報酬について医療提供者と交渉し,

契約を締結している。また,保険者は,医療提供者の医療行為と治療内容が 適切である(あった)かどうかを審査する 診療内容審査 を実施している。

それには,診療前,診療中,診療後の審査がある。

こうしたマネジドケアの手法を用いて医療サービスを提供し,保険金を支 払う医療保険がマネジドケア・プランである。それには,HMOプラン,

PPOプラン,POS

プランがある。

HMO

の特徴は,以下の点にある。第1に,HMOは,契約を締結した医 療提供者から加入者に医療サービスを提供し,医療提供者に診療報酬を支払

(13)

っていることである。つまり,HMOは保険者でもある。

第2に,加入者は,HMOの医療提供者から医療サービスを受けなければ ならないことである。しかし,患者の自己負担はわずかである。また,加入 者は,医療相談や初期診療を行い,そして必要に応じて患者に専門医を紹介 するプライマリケア医( ゲートキーパー と呼ばれている)を選択しなけ ればならない。

第3に,医療提供者に対する診療報酬は,一般に定額払い(包括払い)方 式に基づいて支払われることである。

PPOは,保険会社などと契約を締結し,従来の診療価格を割り引いた診

療報酬で加入者に医療サービスを提供する医療提供者のグループである。つ まり,PPOは保険者ではない。

保険者は,医療提供者に対して一定数の加入者を確保し,出来高払い方式 に基づいて診療報酬を支払う。そのかわりに,医療提供者は,割り引いた診 療報酬(割引率は一般に10〜20%)で加入者に医療サービスを提供する。

PPOは,以下の点で HMO

と異なっている。①加入者は

PPOの医療提

供者を選択する必要はない点,②ゲートキーパーとしてのプライマリケア医 は配置されていない点,③診療報酬は一般に出来高払い方式に基づいて支払 われる点,である。加入者は,PPO以外の医療提供者も選択できる。しか し,それを選択した場合には患者の自己負担を大きくすることによって,

PPOの医療提供者を選択させようとするインセンティブを加入者に与えて

いる。

POS

は,HMOと

PPOの特徴を組み合わせたものであり, HMO

/

PPO

ハイブリッド オープンエンド

HMO

とも呼ばれている。

加入者が

POS

の医療提供者を選択する場合は,HMOの加入者が

HMO

の医療提供者を選択する場合と総じて同じである。加入者は,POS以外の 医療提供者も選択できる。それを選択する場合は,PPOの加入者が

PPO

以外の医療提供者を選択する場合と同じである。

マネジドケア・プランは,1970年代に普及し始め,1980年代と90年代に増

(14)

加した。2006年において,被用者が加入している医療保険の種類とその割合 は,出来高払いプラ ン3%,HMOプ ラ ン 20%,PPOプ ラ ン 60%,POS プラン13%,HDプラン4%である(図4を参照) 。医療保険のほとんどは マネジドケア・プランであり,PPOがもっとも大きな割合を占めている。

マネジドケアにおいて,保険者は,医療提供者を選択し,医療サービスと 診療報酬について交渉する。また,医療サービスに対して診療内容審査を実 施する。保険者にとっては,これらにコストがかかる(それは,マネジドケ

図4 保険種類別の被用者の加入割合

(出典)Kaiser Family and HRET(2006)

4)

HD(high deductible

)プランとは,高額の自己負担が設定されている新し いタイプの医療保険である。

(15)

アによる医療費の抑制を減殺する)。医療提供者にとっては,医療行為と診 療内容の自主性に制約を受ける。

他方,加入者(患者)は,医療提供者の選択に制約を受ける。つまり,加 入者は,保険者(加入している医療保険)が指定した医療提供者から医療サ ービスを受けなければならない。保険者が指定していない医療提供者から医 療サービスを受けた場合には,医療費の全額を負担しなければならないか,

保険者が指定した医療提供者から医療サービスを受けたときよりも自己負担 は大きくなる。

マネジドケア(マネジドケア・プラン)は,医療費の抑制に一定の役割を 果たした。しかし,最近では,それほど効果をあげていないようである。ま た,1990年代以降,マネジドケア(マネジドケア・プラン)に対する加入者 と医療提供者の批判が高まっている。それを受けて,医療提供者の選択の制 限と診療内容審査を緩和した保険者もいる 。

日本の民間医療保険において,公的医療保険が保障しない医療サービスを 加入者が受けた場合, サービス給付方式 を採用するならば,アメリカの 民間医療保険のように,保険者は医療提供者と診療報酬について交渉しなけ ればならなくなる。また 現金給付方式 を採用していても, 定額払い方 式 ではなく 実損塡補方式 (加入者が負担した医療費に応じて保険金を 支払う方式)を採用するならば,この場合も保険者は医療提供者と診療報酬 について交渉しなければならなくなるであろう。

公的医療保険と民間医療保険の診療報酬は,異なる可能性が高い。実際,

アメリカの公的医療保険(メディケア)と民間医療保険の診療報酬は異なっ ている。つまり,メディケアの診療報酬は民間医療保険よりも低く設定され ている。換言すれば,民間医療保険の診療報酬のほうが高い。

5) 加入者と医療提供者の批判は,医療提供者の選択の制限と診療内容審査が比 較的厳しい

HMO

プランに対して大きい。

マネジドケアの医療費抑制と問題点については,大利(2004)と渋谷・中浜

(2006)の第5章(安部論文)を参照。

(16)

また,保険者が医療提供者を選択することは困難であろう。保険者が医療 提供者を選択すると,保険者が指定した医療提供者のなかに加入者が医療サ ービスを受けたい医療提供者が含まれない可能性が生じる。日本では,医療

(受診)の平等性に対する国民の意識は比較的強い。医療提供者の選択に制 約を受けると,加入者の不満が生じるであろう。

6.医療保険の改革

第4章で述べたように,アメリカでは,1980年代に保険者はアンダーライ ティングを強化した。それは,リスクの高い申込者・加入者に対する新契約 引き受けと契約更新の拒否の増加,リスク(保険料率)の細分化(料率格差 の拡大), 契約前発病の免責 の強化であった。

そのために,団体医療保険(おもに小雇用主医療保険)と個人医療保険の 入手可能性(availability)と保険料負担可能性(affordability)が低下し,

無保険者の割合が増加した 。

アメリカでは,保険業はおもに州政府が監督規制を行っている。1980年代 に低下した小雇用主医療保険と個人医療保険の入手可能性と保険料負担可能 性を改善するために,1990年代に州政府は医療保険の改革を実施した(現在 も引き続き行われている) 。おもな改革の手段には, 新契約加入保証

契約更新保証 契約前発病の免責に対する制限 料率規制 がある。

新契約加入保証 と 契約更新保証 は,保険入手可能性を改善するた めの手段である。 新契約加入保証 と 契約更新保証 によって,保険者 が新契約引き受けと契約更新を拒否することを禁止し,小雇用主と個人に新 契約加入と契約更新を保証している。 契約前発病の免責に対する制限 は,

加入者の保険保障を高めるための手段である。 遡及期間 と 除外期間

6) 小雇用主医療保険(small employer health insurance)とは,一般に被用 者50人以下の雇用主が被用者と扶養家族に提供する医療保険をいう。

7) 2004年時点で,小雇用主医療保険の改革はほとんどの州政府が,個人医療保 険の改革は多くの州政府が実施している。

(17)

を一定期間内に制限することによって,保険者が保険金支払いを過度に拒否 することを禁止している。

料率規制 は,保険料負担可能性を改善するための手段である。保険者 がリスクを細分化することを禁止し,料率の格差を抑制している。

料率規制 はもっとも重要な手段である。小雇用主と個人は, 新契約 加入保証 と 契約更新保証 によって新契約に加入し,契約を更新するこ とができる。しかし,保険者が小雇用主と個人のリスクをできるだけ正確に 料率に反映させるならば,リスクの高い小雇用主と個人の料率はかなり高く なる。そのために,小雇用主と個人は,実際には新契約に加入し,契約を更 新することはできなくなる。

料率規制 は,料率の格差を抑制するものであり,料率の絶対額を全体 的に抑制するものではない。そのために,料率規制によって料率の格差を抑 制しても,医療費の増加によって料率が全体的に上昇すると,料率規制の効 果(リスクの高い小雇用主と個人の料率の抑制)は減殺される。したがって,

リスクの高い小雇用主と個人の保険料負担可能性を確保するためには, 料 率規制 とともに 医療費の抑制 も必要である。

日本では,公的医療保険(社会保険)が存在しているために,無保険者は ほとんどいない。しかし,今後,公的医療保険の保障範囲が縮小され,患者 の医療費負担が増加するならば,民間医療保険に加入する必要性はいっそう 高まる。この点は,第1章で述べたように,アメリカにおける現在の高齢者 の状況と同じである。

他方,保険者は,医療リスクに対応・管理し,保険金支払いを果たし,経 営を安定化させるためには,適切なアンダーライティングを行っていく必要 がある。しかし,アンダーライティングが過度に行われることになれば,民 間医療保険の入手可能性と保険料負担可能性の確保が求められるであろう。

上記のアメリカの医療保険改革(医療保険規制)には,高齢者が加入する医 療保険も含まれている。

(18)

7.医療保険の収益性

加入者にとって,民間医療保険の保障範囲はできるだけ広く(公的医療保 険における患者の自己負担とともに,公的医療保険が保障しない医療サービ スもできるだけ保障対象とし),しかも保険金は実損塡補方式に基づいて支 払われる(つまり,加入者の医療費負担はできるだけ少ない)のがよいであ ろう。しかし,それは保険金支払額を増加させ,したがって保険料を増加さ せる。加入者は保険料を所得から支出する。

結局,加入者は所得に応じた保険料負担が可能な範囲で,自己のニーズに 合った保障内容と保険金額の商品を選択することになる。このことは,個人 保険(家計保険)に総じて当てはまる。

他方,保険者にとって,民間医療保険に対するニーズの高まりは,大きな ビジネスチャンス(業容の拡大,収益機会の増大)であろう。近年,医療保 険の新契約件数と保険料収入は増加しており,業容は拡大している。今後,

平均寿命が伸張し,医療リスクが高まり,しかも公的医療保険の保障範囲が 縮小されるならば,民間医療保険に対するニーズはいっそう高まり,医療保 険市場はさらに拡大するであろう。

しかし,保険の収入(純保険料)に対して,原価(保険金)は事後的に確 定する。純保険料を計算するさいに基づく 予定発生率 に対して,保険金 支払額を左右する 実際の発生率 は将来,どのように推移していくであろ うか。医療保険の保険期間は長期である。そして,医療保険の発生率は,生 命保険と比較すると不確実的・流動的要素が多い。医療保険の収益性は,今 後長期的に判明していくであろう。

8.今後の民間医療保険の役割

アメリカにおいて,民間医療保険に大きな影響を与えたおもな要因は,医 療費の動向(医療費の増加)である。それは,保険者の医療保険業務を変化 させた基底的要因といっても過言ではないであろう。医療保険業務の変化と

(19)

は,アンダーライティングの強化,マネジドケアの導入,マネジドケア・プ ランの開発・販売である。

日本では,現在,民間医療保険は公的医療保険の補完的役割をおもに果た している。今後も,基本的に補完的役割を果たしていくが,代替的役割を果 たす必要性も高まるかもしれない。今後の民間医療保険の役割は,公的医療 保険の改革内容によって変わりうる。公的医療保険の改革内容は,医療費の 動向にかかっている。また,医療費の動向は,民間医療保険における商品の 開発・販売,医療リスクの対応・管理,医療保険の収益性にも影響を与える であろう。

つまり,医療費の動向は,今後の公的医療保険の改革内容とそれにともな う民間医療保険の役割(公的医療保険と民間医療保険の役割分担)および保 険会社の医療保険業務に影響を与え,それらを方向づける基底的要因になる であろう。

(筆者は小樽商科大学商学部教授)

参考 献

堀田一吉(編著) 民間医療保険の戦略と課題 勁草書房,2006年。

大利 功 アメリカのマネジドケアの盛衰 保険学雑誌 (日本保険学会)第587 号,2004年。

渋谷博史・中浜 隆(編) アメリカの年金と医療 (渋谷博史監修,シリーズ ア メリカの財政と福祉国家 第3巻)日本経済評論社,2006年。

中浜 隆 アメリカの民間医療保険 (渋谷博史監修,シリーズ アメリカの財政 と福祉国家 第7巻)日本経済評論社,2006年。

Bureau of Labor Statistics

(

BLS) .

2006

. Consumer Price Indexes. Wa- shington, DC

:U.S. Department of Labor, BLS.

Centers for M edicare and M edicaid Services

(

CM S) .

2006

a. National Health Expenditures Aggregate, Per Capita, Percent Distribution, and   Annual Percent Change by Source of Funds  

:Calendar Years 2004‑

1960

. Baltimore, MD:U.S. Department of Health and Human Services,

CMS, Office of the Actuary.

(20)

⎜⎜.2006

b. National Health Expenditures by Type of Service and Source of Funds

:Calendar Years2004‑1960

  . Baltimore, M D:U.S. Department of Health and Human Services, CMS, Office of the Actuary.  

DeNavas‑Walt, Carmen, Bernadette D. Proctor, and Cheryl Hill Lee.

2006

. U.S. Census Bureau, Current Population Reports, P

60‑231

, Income, Pov- erty, and  Health Insurance Coverage in the United  States : 2005. Washin- gton, DC

:U.S. Government Printing Office.

Kaiser Family and HRET.

2006

. Employer Health Benefits : 2006  Annual

Survey. Menlo Park, CA, Henry J. Kaiser Family Foundation;Chicago,  

IL, Health Research and Educational Trust.

参照

関連したドキュメント

社団法人 日本医師会 中医協・医療経済実態調査(保険者調査)について(2008年7月9日 定例記者会見)

延滞金 4,870 一般被保険者医療給付費延滞金 3,405 退職被保険者等医療給付費延滞金 122

題について論ずる。論述は,入院・手術時の定額給付を主たる給付とする典

【統計関係】 医療給付費

無配当 無配当 各特約の詳細については「ご契約のしおり・約款」をご覧ください。 ■ 各特約の給付金の受取人は、被保険者 *

前期高齢者の発生した医療費は市 町村国保の財政負担にならないために, その分の医療費は市町村国保を含めて,

(16) 国民年金の制度は、全国民共通の年金(基礎年金)となった。 基礎年金制度

考察 入院給付指数は保険年度が深くなるにつれ上昇しており、死亡保険と同様、選択効果が認 められる。年齢・性によって入院給付率・入院給付日数に差があり、コストを意識しつつも、 危険選択に性別・年齢別の工夫が求められよう。給付日額が高額になるにつれて支払いが悪 化する点は多くの論文で指摘されている。また、主契約が保障性の高い場合は貯蓄性の高い