――目次――
1,
「魂」について,原田敏明,Toshiaki HARADA,pp.1-12.
2,
『社会的基督教』について,山谷省吾,Shōgo YAMATANI,pp.13-27.
3,
真言学の立場,即身成仏への検討,高神覚昇,Kakushō TAKAGAMI,pp.28-44.
4,
西域仏教美術の主流,三才笹吉,Sasakichi SANSAI,pp.45-60.
5,
プロメテウス神話の考察,火の起源に関する説話を中心として,土方辰三,Tatsuzō HIJIKATA,pp.61-71.
6,
高麗版白雲和尚語録について,江田俊雄,Toshio EDA,pp.72-92.
7,
平家物語に現れた末世観について,宮本隆運,Ryūun MIYAMOTO,pp.93-104.
8,
犠牲及び犠牲食の本質,戸川霊俊,Reishun TOGAWA,pp.105-116.
9,
民族学博物館を素通りする,宇野円空,Enkū UNO,pp.117-120.
10,
般若経に現れたるその原始形態について,特に最近の諸原形説をめぐつて,梶芳光運,Kōun
KAJIYOSHI,pp.121-144.
11,
基督教青年会最近の動向,中原賢治,Kenji NAKAMURA,pp.145-155.
12,
常盤大定博士の近業『仏教要典を見る』,稲葉茂,Shigeru INABA,pp.156-160.
13,
矢吹博士編『鳴沙余韻解説』を読みて,結城令聞,Reimon YŪKI,pp.161-163.
14,
新刊紹介,pp.164-178.
Posted in 1933
(昭和8)年
﹁魂﹂ に つ い て ヽ
原.田 敏 明
魂︵たま︶といふ語の原義はこれまで未だ明らかにされてゐない。恐らくは真たま︶といふ語と密接なる関係が ぁるであらうが、語原的にその何れが先行するか、もとよhごこれを充分に明かにすることは出来ない。しかし玉の性質が神秘的であるといふことから、一般に特殊な事物に内存すると考へられるやうなものまで、これをさし
て﹁たま﹂︵魂︶と解したと考へるよりも、玉と稀せられるやうなものが、一般に神秘的な性質∵即ち魂︵允古こといふ性質を特に所有するものとして、著しく意識されたところから、玉を特に﹁たま﹂と稀してその紳琵性警
表はしたものとなすやうな考が、宗教史的な見地から竺屠穏昔であるかも知れない。
これについては既に鹿持雅澄が、﹁たま﹂といふ語をその本釆の意味から云ふとー玉から出たのではなくJ実施 しく清明なるを賛へて云ったもので、玉をも﹁たま﹂とた1へて云ふもの畠の一であるが、その内で豊は極めて清明な蓋故に、白から﹁たま﹂といふのが玉の名の如くなつたもので雲と云って居るのは、確かに傾穂
ヽ■′
に慣する考といふべきであも。 ヽ
従って玉と魂との碕接なる閲係竺れ姦めるにしても・しかしそれを以て直ちに或る人のいふやうに、古代
人が勾言葉塊の宿るもの、若くは襲魂の形と思つて居たもの去うに考へるのは、柳か早計で雪やうに恩ふ
﹁魂﹂につ いて 訊けり︳
のである。叉或る人は魂の原型を抽象的にして佃鯉的なものとし、それが後にはその象徴であつた賦石小動物のl 骨などだけ之﹁たま﹂と呼ぶやう・になつたとするが、併し魂の苗代的な意味は、・それほどまでに事物そのものと ヽ ヽ ヽ ヽ/ 3 離れ、それから出たり入つたりしてもとのものと並存するやうなものであつたかどうか。 もとより古代日本の記録の上では、既にその時代が原初的な状態からは鎗程進んだanimism風の段階にあるの で、徒つで魂が佃鰹的に考へられてをる場合が少くないにしても、それは決して原初的な姿そのまゝではない。 而して吾々の考としては、これを要するにTy−。rの説くやうな、古代人や未開人の閲にある原始的な考の対象で ︶ ある褒姐といふやう計ものは、比較的に進んだ社食に於いて始めで規はれて来るものと思ふのであも 鋸 , の働きかけといふ意味に於いて、賜物などの﹁たま﹂と同一系統の語ともするのであるが、その所詮の常杏は暫 く措いても、確かに記録の上に托るところの魂は褒魂又は精嚢であると同時に、恨令それを善意の思意などと云 はないまでも、本居宣長もいふやうに功徳を稀へ、叉霧力、威力といふやうに靂の働きとしての力を示す場合が ︳ ある。 もと′∼一般に垂魂鶴念といふ中には、それ自身一の何題的な若くは人格的な存在である場合と、機能的な務 動的な存在としての一種の非人格的なものとを分けて見ることが招来る。そして眈にanimism的傾向を持った古 代日本人﹂殊にその記録にあらはれたところでは、一般に﹁たま﹂と稀せられるものがこれらすべてを包含した 内容を括ってゐる。従って人格的な襲魂も白山脛としての精嚢も、叉それらの働きとしての駆威即ち粟力、威力 ﹁魂﹂につ いて r 飢はといふやうな概念も等しく魂といふ語で衣はされてゐる。 l 、..■りヽ しかして此の魂の蓉動することをば常葉集では﹁たまちはふ﹂といふこともあるが、一般にその魂のl働き即ち ヽ 塵威の観念を我国では古く﹁みた・まのふゆ﹂といつたのである。恐らくはさういふ事象の働きとしての魂が却っ て此の﹁たま﹂の原義に近いものではあるまいか。 瑚 ヽ′ 而して此の﹁みたまのふゆ﹂といふ語の原義については、谷川士清は﹁蓋御賜之殖也﹂と云ってを㌔小山田 ︶ 、ミクマ︵へ 輿清は﹁御恩の発といふよし也﹂といつてをる鴫、此の﹁ふゆ﹂と.﹁はゆ﹂とが、賀茂虞淵あたりのいふやうに ヽ■′ ヽ 相通するものであるとすればl、その番現するとか増殖するといふ意味から、﹁みたまのふゆ盲魂の働きの費現と 解することが出来るであらう。倫且つ、この﹁はゆ﹂といふのは、﹁はやし﹂とも同一系統のものであらうが、従 って﹁はや﹂といふ語が箪に早又は映などの現代的意味以上に﹁優れたる﹂ことを意味し、更に﹁疾く烈しき猛 ヽ.ノ き﹂⊥種の神秘的な働きをさへ表はす鮎で軋、﹁みたまのふゆ﹂といふ時の﹁ふゆ﹂の本来の意味を暗示する軋の があるといふことが出来る。 然るにまた伴信友によるとTフユはフルフの義にて紳の褒の成案ひてことさらに幸ひ給ふを辱なみ稀へてミタ マノフユといへるなり﹂とあ竜l かくて彼の天武紀に﹁招魂﹂を﹁みたまふり﹂と訓み、叉延書式凹時祭のとこ ヽ■′ ■一. 1 ろに﹁鎮魂祭﹂む﹁オホムクマフリ﹂と訓んだ古本があるのも、それを古語であるとすれば、これによると招魂 とか鋸魂といふやうな漢語を以て記ざれたもの1内容は、必ずしもその漢語に該督するものでは無かったのであ ⋮ る。古い日本の招魂や銀塊は職員令の銘魂の襲解にT招離遊之運魂、釘身鰹之中将、故日銀魂﹂とあるのとは違 ﹁魂﹂につ いて lニ ク49
って、﹁みたまふり﹂とは魂を振起しその威力を蟄現せしめることを意味したのである。. 而も支部に於ける、これに似た行事からそれを招魂又は鎮魂と書かれてゐたのであるが、それが後にその文字 ヽ ヽ ヽ ヽ に支配さ.れて﹁みたましづめ﹂といふ語も出来、かくて魂の威力を据わ興すといふ言たまふヱの意味は忘れ ヽノ ♪U られて発たものであらミl 之を要するにこれらによつて教へられるところは、古いところでは魂は二の働き、紳儲的な性能であクて、こ ヽノ 17− れは萬菓集にも﹁みたまひて﹂とか、﹁みたまたすけて﹂とあるやうに、魂の働きを蒙ること、これを恩綴即ち﹁み たまのふゆ﹂といひ、此の魂の働きを費現せしむる儀式を﹁みたまふり﹂といつたのである。 而してか1る思輯を蒙るのは、これを記録上の事貰に徹する時は、主として神武や皇阻の紳褒又は天皇の御嚢、 或は稀れに三賓ともなつてをるが、併しこれは宗教的封象観念が特殊のものに集中された進んだ段階に於ける現 象であつて、一般に魂といふ場合には、必ずしもこれらに限らない。そして更に一般的に凡て何等かの意味で特 殊の性能を持つとされるものには、そこにその働きとしての一種の魂を認めたのである。 ヽ かくて魂の古代形式はその超原の状態では、嚢魂とか精嚢といふよりも、むしろ事跡乃至事柄の性能といふべ きもので事物や事柄そのものを離れて別に存在するやうなものでは無いのであるが、併し故にいふ性能とは、吾 々の如く後代人が事物乃至事柄について考へるやうなものではない。 一懐古代人や未開人に於ける物といふものは、その人聞に封正する人間以外の物といふ方面は未だ明らかにさ れす、.凡ては人間の生活の内に取入れられ、それとの閥係に於いて考へられたものであ少、而してこれに人間自 ﹁魂﹂につ いて 四 9∂∂
身の働きを投影し、その人闇の生活に封する意味をばものそのもの1働きとする。従ってその働きたるやもの1 自然的働きではなく、人間に封しての働きであも この事物とそれに封して人間の意識する性能との未分の状騒が、■現算に存在するとされるもので、此の意味で は、古代人の意識に於いて存在するとされる凡有るものは、皆この性能即ち魂を措いては考へられないものであ るとも云へるq かく事物又は事柄の性能は、これに封する人間を中心にしたもので、従って此の意味では、凡て事物の存在は 極めて人陶的踊係に於いてゞあると云はねばならない。 而して特に此の人間的関係の大なるもの、従って事物の性能の特に意識されるもの、か1るものは、その他の ものよりも特にその注意を強く集中し緊張せしめ、従ってその封象に認められた性能を更に高調し、ために特に 他のものより直別されて来る。かくしてこれらのものは、その他のものよりもー屠多く、且つ強く人間的に見ら れ↓人間が意識するが如く意識し、人憫が行為するが如く作用するものとする。故に人間に特別の関係にある事 物並に事柄が、特別の魂、殊に人間的に考へられた性能を持つものとされる。 もとより此の場合の人間といふのは、近代人の吾々の考へるそれとは飴程その趣を異にする。而して厳密には、 濁りかく特に選ばれたる事物のみに限らすして、凡てのものが何等かの意味で、人間的に見られると謂ふことも 出来る。但し古い時代と後の時代と、又は賓生活に密接なる関係あるものに封する時と然らざる時と、その人間 の持つ人間といふ観念は二様でなく、極めて素朴なるものから極めて複雑なるもの、.又は高葡姦るものへと種々 RU ﹁魂﹂につ いて 五 β∂J
﹁魂﹂について ヽ 、 ヽ 、 _ _ ’ ヽ ヽ _ ヽ _ 六 にあり得る。而してこれが.その時に應じ事柄乃至事物に應じて反映するものといふべきである。 か1る棋援からすれば.魂もその蚤展には粒々の様相、種々の段階があつても、その凡てが何等かの意味で、 人格的な観念の反映でないも山はないともいへ、か1る状態が苗代文化に於ける紳の観念そのものでもあつた。 もとよりこの場合紳といふ字を用ひることは穏督でないが、さうトた魂が特に生活に即して特殊のものに封し て注意を集中しその紳秘性を高調するとき、そこに魂が佃鰹化されて紳秘的な力、更には精嚢とか塵魂といふや ぅなものにも該督する魂そのものとなる。かうした程度の魂が、吾々が現存の苗代記録に於いて一般に見る魂の 状態である.といつてよからケ。即ち同じく魂と呼ばれる.ものゝ内には番展的にも軽々の段階のものがあり、記録 の上では多少ともこれらを併せ有してをるといはねばならない。 、 而してこの言葉の欒遽は文一方、紳︵かみ︶といふ言葉に於いても同様にいふことが出来る。紳の語原が何で あるかは依然として不明であつても、その使用例からすると、紳は単にgOdに該草するもの1みならず、spirit 又は更にそれ以前の状態に相督するものもこれを認めねばならない? そして、g。dとしての紳が一般に人格的であるとされる意味からは、精層やそれ以前の状態に常る紳なるもの は、必ずしも人格的であるといふことは許されない。併し人格的といふことをかく狭義に解せす、時と場合とに より、算際生活に於ける人聞の観念は種々にあり縛るといふ立場からすれば、凡て如何なる紳も亦たこれを人格 的であると謂はねばならないのである。 たゞかくいづれ同じく人格的なる紳が、種々の株制を持つことは.一方には時と断とによつて人間の持つ人格 ヽ ヽ 9占β
観念に差異が生すること、及び紳とされ右封貌又はその擬性が、人聞の生活に対する踊係の如何にもよるのであ ︳ るが、文一耐にはか1る人格観念の畿展に伴って生する紳の観念の黎展である場合もあり虻のである。 .ヽヽヽ︳ かくて.魂には魂猫自に黎展の諸段階があるが如く、紳にも紳弼自にその畿展の諸段階があるのである。此の ヽ ヽ ヽ ヽ l ヽヽ 意味では、言葉の原義からは、紳といふ概念は魂といふ観念から牽展したものでなく、魂が紳呈なつたといふこ ●ヽ とは出来ない。併しこれについて或る人はいふ。日本の紳は昔の言葉で表せぼたまと科すべきものであつた。そ ヽヽ れがいつか紳といふ言菓で郵詩せられて釆た。 ヽノ ヽヽ︳9 或はた安として取扱はれ.戎所では紳として扱はれて居るのであるも ヽ 併し此の場合にいふところの魂の観念は、その紳といふ観念との問に、近代的な意味でのそれらの問の差別が 存したかどうか。古代人の言葉を近代的概念にまで引下して諭すること、即ち近代人のもつ観念を古代人の言葉 ヽ にまで常飲めるところに大きな危険が存するのではなからうか。たゞ言葉の使用上に魂とあるべきものが紳とお ヽヽ き欒へられてある場合も無いのではないが、併し事貫は更に別に主とか此賓とか、いづれにしても極めて人間的 ヽ ヽ ヽヽ な表現をなす言吏でおきれへられてを少、そして魂と帥との関係に於いては後者は屋上前者の下に添加されてを る場合がある。 これについては、一般に両親念の牽展をspiritからgO︼へ癌移したとするために、か1る見地から、例へば 椚壕油といふやうに雇といひ佃ほ且つ紳といふ字を添加するとこケに、相異った文化時期の相異った宗教意識岩 ヽヽ くは宗教的表免が渥翻してゐるやうにも考へられるが、併し此の場合、日本の苗代記録に見える襲や魂乃至抑な ヽ ﹁魂﹂につ いて 七 9占3
20 、 ﹁魂﹂について ヽ 飢 ヽ 凡 るものをこれを直ちに近代畢術語としてのs首it乃至gOdに該営せしめてその凡てを解拝するといふことは、 日本民族の宗教意識や宗教的表象が文化進展につれて生起した流動と欒相とを閑却tた固定的な考方ではあるま ヽ′ いか。 仮令稲魂が本来稽のspiritであつて、anthr。p。m。rphiNadeityでなかつたにしても、既に記録時代のそれに は、相常に人間性を備へたものであり、叉一方紳に於いても、紳とあるもの、それ・が直ちビantFOpOmOrphized ヽ deざであるとのみは断言し難い。これは紳といふ語の使用例から見たその内容によつても充分にいふことが出 来る。 、ヽ 而して紳の字はその起原的意味は別として、少くとも記録時代の多くの使用例では、命と殆んど同様で、屋上 取換へることも出来、ただその瀾ひられる場所によつて異なるだけであるが、その場合、多くは人格神に封する ヽ 尊敬の群として添加されるもので、か1る場合、紳といふ添加鮮の有無は、そのもの1人格性の黎規滑滅に関係 ︳ ない。紳といふ尊敬鮮の添加される人格的な紳名に於いては、紳字を除いた部分に既に人格性表示の語を含んで 、−ヽ をるのが一般で、紳といふ字を添へるのは、か1る人格性に封して添加される尊敬群であゎ、紳の字を添加した る薦めに人格性が生じたのでは無いのである。これを例へば、犬歯主神とか軽津主神といふ場合にも紳とあるた 、、ヽヽヽヽ めに人間的とされる以上に、既にぬしと人間的窒息味を示す語を含み、このぬしが却って大国魂とか耐寒のたま ヽノ ヽ におきかへるべきものであつた。而かも大国主神ともあると同時に大開魂紳ともある如く、魂の下に添加されて ︳ そか人格を持った紳の尊敬齢とされてをる。これらから見ると、魂そのものには精感といふやうな意味は充分に 9∂ノ r
ぁっても.既に此らの場合にはその人問性を充分に備へたものを意味してをるとせなければならない。決して紳 の字を附加したから人聞的となつたとのみはいへないではなからうか。 叉日本書紀に倉招魂とあるやうなものについて見ても、これは古事記では字迦之御魂紳と書いてをるが、書紀 ヽ ヽヽ ではその紳を命の字にしてをる。これを以て見ても倉稲魂が充分人間的に見られてをるとせなくてはならす︰決 ヽ して紳の字を添へた蔑めに人間的となつたとのみはいふことは出水ない。却って文字使用の変遷上、命とあるも ヽ 、 、 ヽ ヽ り のが後せになつてますく紳の字に代へられ、これによつて封象の宗教性が檜してをるといふ事貫からする専 むしろ紳といふ字が附くことによつて規算の人間性を失って行くとさへいはねはならない。そして紳名の上でそ ヽ の文字の使用によつて人格性を増すものは、紳の字を添加すること以上に人間的な文字を使用することにある。 ヽ ヽ 即ち倉栢魂命と書紀にあるものが延書式になると岩字迦能費能命とあり、擁津風土記や御銭座倦記などになると ヽ■′ ヽ3 里芋賀能費紳となつてを聖叉御鎧座悟記は資料として造か後世のものであるが、それに見える楕延紳の如きも、 ヽ.′ 24 これを延書式大殿祭祝詞によると、屋胎豊字束姫命足柄襲也俗詞字賀能美多腕とある。この観詞が忌部氏関係の ヽ ものであり、その誌が相常に古いものであるとすれば、辛気姉と精嚢とが同一であることを知るととが出来1垂 、 が姫とおきかへられてをるものとせなければならない。これらによると魂といふ字におきかへられるものは決し ︳ヽヽ て帥ではなくして此賛といふ語であり、これによつて既に性をさへ持った存在となつてをる。 以上の如くして魂の信仰に於いては、仮令その原初的形態としては二般にいはれるやうな意味でのanthTOp? ヽ m。rphiz。ddeityではなかったにしても、少くとも日本苗代の記録に見るところは∵等Lく魂といつても既にそ ﹁魂﹂につ いて 九 9∂∂
ヽ _ ﹁魂﹂につ いて ヽ ヽ _ 持 一〇 の原初形態より遠ざかつたもので、或る意味では所謂persOna−beingで、むしろ此の方而がその主なるものであ るといふべきである。
ヽヽ
ヽヽ かくして魂と紳とは、その本義からは、頚達の二段階を示すものではなく、礎つで必ずしも魂から紳へ縛るも のでは鯉いのである。佃ほ尊敬蔚としての紳が紳の人格性を表示し、魂と封立してそれと異る、即ちそれの畿展 した段階を示すに至つたのは飴程後代のことで、古いところでは、神秘的存在に封して、その神秘性表示の言葉 であつたに過ぎなかったのである。これに封して魂も亦たその本来の意轟からは紳秘的事象の性能若くは窺威そ のものに外ならなかつたのである。 畢覚、魂は必ずしも一般にいふspiritに該常するものでないが、これと同じく紳も亦た一般にいふgOdとし ての帥に該督するものではない。従釆gOdとspiritとの直別には、或はその崇拝者の有無、個性の有無、或は ヽヽ 俵踵の有無など指摘せられるが、併し日本古代に於ける魂と紳との問には、か1る直別は明かにし難い。固よ少 gOdとSpiritとの問にもこれらのもの1明確なる橿別が出来るもので比無く、此の意味では、両者は或は程度の 差別に過ぎないだらうが、今生に直接に関係する個性に就いて、その名前の粘から云へば、紳といふのは一般に 固有名を持つに至つたものを意味し、而して大鰐に於いて精嚢は一時的にその普通名詞によつて崇拝されるが、 その最初の意味が失はれて、礪占的な固有名詞となると、既に紳の域に達する。聞かに固有名を持たない精嚢の 崇拝されるやうな段階は、それ自身の固有名を持つた紳の崇拝されるものより原始的である。もし輪姦が固有名 ヽノ を以て表はされるに至るとその漫然性が無くなり、秘めて明瞭な、擁めて人格的なものとなる。 タうβそしてこれは苗代日本の記録に於いては普通名詞に紳といふ字が添加されてもそのために人格的な紳を表示す るといふやうな場A‖は却って稀れで、木紳、海神など科するものも、その内容は自然物そのものを直ちに画聖絶 するものに近く、殆んど木葉招魂などとあるのと大差なくむしろ一骨その個性の妙いやうな場合さへあるのであ る。併しか1る場合の紳乃至魂の何れにしても.特にそれらが崇拝の封象として重要な位混を清めるやうになる と、封象が特殊の場合に固定しそのまゝの名が一個の固有名詞ともな†従って帥としての内容を描ちても来る ヽ ヽ ヽ ヽヽ のであるが、それにも増して紳としての人格的内容を表示してをるものは、主とか、彦、姫とか、その他種々の 人格性指示の語が添加され又置換されて居る場合である。 尊貴.旦ritよりg。dへの蚤展はその人格性の蟹展にあるのであらうが、吾々は、これを日本古代の記録に於 いて、特にその紳名に関して、その内容並びに形式から紳観念の費展の跡を辿ることが出来るやうに思ふが、そ れに関しては別に稿を改めて述べること1する。︵昭和八年八月稀︶ 旺 1、庫持誰澄、﹁宝輪考﹂︵高菜集古義八ノ四五六︶。 2、中山太郎氏、﹁日本巫女史﹂一六五−六。 3、折口信夫氏、﹁古代研究﹂民俗寧第二ノ九九五。 4、Ⅰ・爪くy−冒u111・r諾︼ざnc︻iO2me已已esdanニe∼SOCim−針in一芸eu−e∼、p・冨 5、.谷川士清、﹁日本書紀通謹﹂巷五ノ三四丁り。 6、小〓田輿清、﹁松屋叢考﹂︵日本随筆大成八ノ六六六︶。 7、本居宣長、﹁古事記侍﹂九︵全集lノ五二九㌔ ﹁魂﹂につ いて ■ ク∂7
/二〇八︶。 盟、拙稿﹁紳と命﹂︵明治聖徳記念撃骨紀要第三十八眈所載︶参照。 ⋮て﹁日本書紀﹂国史大系一ノ一二。 ﹁姓書式﹂︵同す三ノ二五九、二八九︶。 ﹁摘洋風土記﹂﹁古風土詑逸文上ノ一三︶。 ﹁御輿座停記﹂︵国史大系七ノ四三九︶。 24、﹁御銀座倖記﹂︵同七ノ四三九︺。 ﹁延書式﹂︵同十三/二六七︶。 25、JeくOnS・ldeP Of GOd−p・−P ﹁魂﹂につ いて 8、﹁萬葉集﹂巻十一ノ望毒 9、飯田武郷、﹁日本書紀通梓﹂一′六一四にょる● 10、惑ハ茂虞淵、﹁冠節考﹂︵全集二ノ一三二六−七︶。 11、本居宣長、﹁記停﹂七︵全集一ノ四〇五︶。 12、伴信友、﹁比古婆衣﹂二十︹全集四/四三田︶。 13、﹁改訂国史大系﹂一ノ六四二。 14、伴信友、前掲書︵全集凹ノ四三五、四三六︶。 15、﹁令義解﹂︵国史大系十二ノ二八︶ 16、折口信夫氏、前掬香二ノ八八四。津田左右吉氏、 け、﹁高菜集﹂五′S8沌十八ノ会芝 鵠、内藤告之助氏、﹁史寧﹂解六番三蚊五〇。 19、折口信夫氏、前偽書、二ノ丸七五。 別、松村武雄氏、﹁紳話寧論考﹂八五−六。 21、経津立と経洋魂とが密接なる闊備にあることは、 眈に飯田武郷はこれを同一のものとさへしてをる︵﹁日本書紀通樺﹂一 ﹁日本上代史の研究﹂三三九・し三四〇。 ヽ 9ββ
、
﹃融合的基督敦﹄について
山 谷 省 吾
∵
﹃祀倉的基督教﹄は、近代文明の産んだ基督教の一つである。従来の基督教と近代文明とは、放りにかけ離れ て了つた。近代文明は自己の原理によつて、その欲する健に自由に琴津を途げたが、その結兼基督教とは造に障 った地鮎花道到達した。基替歌は近代文明から遠く取残された形である。そして近代史明の中に蕃はれ、それに 興味を持って居る近代人にとつて、基督教は殆んど問題視されす、如何に基督教が大草で宜悟をなしても、人々 は全く顧みなくなつた。この悲しむべき事情が、終に基督者のある人々を奮起せしめたのである。彼等は一方近 代文明の持つ意義を熟考すると同時に︰他方基督教そのものに封して反省を加へはじめた。かくして生じた形の 基督教の一つが﹃社食的基督教﹄である。 近代文明の中で特に人々の関心を引いてをるのは﹂云ふ迄もなく杜倉の問題である。それは十八世紀の末には 政治革命となつて硯はれたが、十九世紀から廿世紀紅かけては主として経済紙紐に摘して生じ、そして資本主義 の批評と社食主義の確立、個人主並の排斥と集国主義の是認なる形をとつて費展しつ1ある。今日吐合に於て人 人に認められ勢力を得るに至る為めには、この祀脅の中心問題に封し強い興味とある態度とを持つこと、殊に進 ﹃社食的某督敦﹄について 9βク︼四 ﹃恥骨的基督敦﹄について 歩的な祀倉原理を何等かの形で支持することが必要である。− 基督数倍者の中にも、祀合間題に封して進んだ 思想と態度とを持つ者がゐた。彼等は、この間題の解決上浦足が行く様な具合に基督教を見直し解繹し直す必要 を痛感した。もし基督教がこの一大塔壁を突破し得ないならば、基督教は存在の債値を持たない。この難問を解 決して行くのが、現代の基督教に課せられて居る最大の任務である。かくして彼等は古い基督教を、近代祀命の 要求に應じる様な新しい形に作り直さんとした。その結果出東上ったものが﹃祀倉的基督教﹄に外ならない。 既に﹃社食的基督教﹄と銘を打ってゐる以上、古い基督教ならざるある特殊の原理を持ってをる筈である。勿 論その主張者の中には色々の色彩がある。ある者は基督数は古くから配合的である。祀禽的ならざる基督教はな い、だから、別に新しい原理を立てるを要せす、その社命的な方面を新時代に合ふ様に働かせれば足少ると云ふ。 がそれでは﹃政令的基督教﹄とはならない。又竹に木をついだ様に、古いものにある新しい原理を附加したので もいけない。古いものを新しい原理によつて解樺し直した基督数でないことには、﹃吐合的基替歌﹄とは云へない。 その原理は必ずしも明白瓜 め得る新原理がないならば、﹃社食的基督教﹄は成立しない。然らばその原理は如何なるものだらうか。 〓 ヽ︳ ヽ︳ 先づ第一に、﹃統合的基督数﹄の立つべき史観と云ふものがある。それは例へばパウロがロマ書の中で発展させ てをる史観など1は全く異るもので、近代の祉食草から釆たものである。祀食草乃至は唯物史軌と踊蓮を持って をる鮎に、この派の基督教の特徴があると思ふ。 9β0
ヽ■こ ヽ■こ 即ち批倉の牽展は、原始祀禽から槽力址倉を経て市民祀倉へと進んでをる。そして今は市民祀命の末期に相常 し、終に新なる配合帥ち配合主義的祀禽へ持向せんとしてをる。此は動かす可らざる寧貫である。そして宗教の 蟄展も、この祀合の蟄展段階に應じて進んでをる。原始社食にはl−テミズムや組先崇拝の如き宗教が行はれ、 樺力祀倉に於ては律迭主義の宗教が行はれ、市民祀脅に於ては信仰本位の宗教となる。.− 之を基督敦について 見れば、中世の基督教は欧洲封建配合の武断専制主義と堅く結合してをる。だからロマ法王の権力による宗教支 配が、自然的に行はれ、一般の人々もそれに封して別に不思議とは田山はなかった。封建配合が君臣上下間の秩序 の社食であるのに呼應して、カト∴リック教も法王と司祭と平信従の問の秩序の宗教である。宗教の基調が服従であ ったのは、封建祀禽で忠義がその根祇を形づくつてゐたからである。宗教上の耗階制は、中世の如き国民の自由 のない社食に於てのみあり得る。教倉の教理が無批評的に受理され∴示教生前の基礎とな少得たのも、理性の自 由なる活動のない中世の祀倉にのみ見料る現象である。 然るに中世の終りに至す封建諸侯は、−.接頭せる都市とその中に育った市民階級の偽めに、勢力を失ひ、更に新 粧して立ち上った諸閑寂と国王の前に平服するの止むなきに至つた。そして近代的諸国家の算棟は次第に自由な る市民の手に膵したのである。個人主巷は彼等の立つ原理であり、理性を接断として彼等は勇敢に眈成の諸勢力 に封して戦つた。政治上、経済上の自由主義は、彼等の生命であつた。この新興の市民階級の宗教がプロテスタ ンティズムである。その侶仰の自由、個人の良心の尊厳を主張した鮎に於て、権力者の抑塵に封して倍数の自由を 封抗させた鮎に於て、教合の教理の無批評なる受信に封しての内に働く聖怒による投書の解樺の椎戚を力説した ﹃批骨的基密教﹄について 9βJ
扇骨的基督敦﹄について 二 鮎に於て、ブロテスタントの宗教は正しくブルヂヲアジーの宗教である。新しき時代に於て、政治的・経済的に清 澄に働き、資本主義によつて多くの富を集積し、華柑なる生活を営んだのは、カトリック教徒ではなく、ブロテス タソトであつた。資本主義と民主々義とはプロテスタントの主義である。プロテスタソティズムは近代図表の宗教 としてそれに守られ若くは認容されて、自内の日登阜架して来た。− 然るに今や市民階級は没落に瀕して居る。 その背後にブロレクリヤートの大群がおし寄せて居る。彼等はやがて支配者になる喋らう。姦本主義吐合は終少 を告げて、社食主義の吐合が来るだらう。その時、市民階級の宗教たる従来のブロテスタソティズムは、必然的に 過ぎ行くに相逮ない。個人主義的祀禽と持合せる個人主義的・信仰中心的基督教は、集圏的・協力的社食の宗教と はな少得ない。が新時代と雉、宗教は必要であり、基督教は必要である。この新時代の基督教が﹃祀曾的基督教﹄ に外ならない。かi﹃虻合的基督教﹄は新しい社食主義の時代から多大の影響を受け、極言すれば決定されてを る、そこにその特色がある。 ヽヽ 第二に、か1る事情に基き、新に生れた基督教は、従来のプロテスタソティズムの紋隋を指摘し、それが設隼や ヽヽヽヽ 新時代の宗教に非ざることを誇明せねばならない。彼等の出費鮎はポレミックでなければならない。そのボレミッ ヽヽヽヽ クがどの方面に向けられるかは、像想することが出水る。その非難の一つは、プロテスタントが飴りに個人主義 ヽ 的であつて、社命の故に眼を閉ぢて居る鮎である。即ち個人が救はれさへすれば以て足れりとし、個人の霧魂の ことにのみ束をとられ、自分丈有頂天になつて喜んで居る。即ちそれは猫善主義であ少、璽魂の遊戯である。宗 教はそこでは紳と集魂との紬係に局限されてをる。信仰によつて帥と口分とが結ばれてさへ居れば、それ以上要 βげβ
1ヾ 1ヾ ︳ヽヽ︳ヽヽヽ 求しない。そして信仰を重要祀する結果、行焉を無税する。賓践を軽んじる。基督教が愛の教へであることを忘 れる。然し彼等がかく猫で有頂天になつて見る間に、社食は彼等から離れて了ひ、そして彼等の主義上許す可ら ざる憩の泥溜に陥って釆た。然も彼等はそれを救はうとはしない。彼等にとつては祀倉は如何様になつても問題 にはならない。自分が紳の前に正しければ、それで足りてをる。何と云ふ恐ろしい自己主義だらう。かlるもの が果して基督教だらうか。見よ社食は苦しみ、人は悶えて居る。それに封し救の事を延すのが基督着ではないか。 − かゝる調子の攻撃を浴せかけるのである。 ヽヽヽヽ︳ヽ一ヽ︳ヽヽ その二は、プ。テスタントの飴りに保守的であゎ、吐合的認識の不足して居る鮎である。彼等は現状維持を以 て理想とし、事勿れ主義を飴りにも強く奉じ過ぎてゐる。それは彼等がプルヂョア若くはプチ・プルヂコアたる富 然の結果かも知れないが、それにしても彼等は飴りに祀倉的正義感を炊き、勇束を快いてをる。正養は基督教の 欒らざる主張ではないか。キリスtトは常時の支配者たる。ハリサイ人と勇敢に戦ったではないか。がその一つの原 因は、彼等の批倉に封する認識不足に遜る。彼等は祀倉の何たるかを解しない。又其の資本主義祀合に如何に戦 慄すべき罪恵が蔓延してゐるかを知らない。彼等の理性は飴りに弱いからー巧なる資本主義者の手管を看破する ことが出来ないのである。その責は彼等の怠慢にあり性情にある。 ヽヽヽヽヽヽ︳ その三は聖書主義の間隔である。聖書を重んじその教へ以外に出ることが日米ない。がこれは聖書に封する誤 った態度から来る。聖書そのものが既に時代の産物である。時代は刻々移る。然らば翠軍の解樺も時代と共に担 って然るべきではないか。紀元第一世紀の基督教困世は、ロマの世界と隔絶の状態にあつ冤彼等はこの世では ﹃杜骨的基常数﹄について 9β∂
﹃敢骨的基督敦﹄について l八 殆んど認められす、従ってその希望女彼岸においた。それは常然のことである。だから聖書には終末脱が支配的 である。然し二十世紀の文明とそれに封する基督教の地位は、全然臭って居る。聖書には吐合思想が見えてゐな い。然しそれだからと云って、我々も基督数的社食思想を抱いてはならぬと云ふ結論は出ない。聖書は法律や規 則ではない。その通りを行へば足りるなどと考へるのが根本的誤謬である。 ヽ︳︳︳ヽ その四は教合の横顔である。教倉の棟崩は現代に灘て知れ亘って居る串貫である。一との軟骨も禽月が減少し一 酷衆が減少し、その維持に汲々たる有様である。救命のこの表徴は社食的原凶に基いて居ることを、彼等は知ら ないのだらうか。即ち最早や自由な市民の時代は過ぎ去って、ブロレタリヤートの大衆時代になつてをる。然る にこの大衆に眼をくれす、依然亡びの過程にある市民階級を相手にしてをるから、彼等の衰扱があるのである。 宜しく態度を改めて、大衆と手を握って進まねばならない。 これ等が、﹃社食的基督教﹄の試みる前時代の基督教への攻撃である。それは必ずしも彼等のみの専有物ではな ヽヽヽ く、筍くも現代の基督教と教昏とに不満を抱く者の常に口にする桝である。彼等の攻撃の特徴は祀倉的なる瞭準 から為される鮎にある。従ってその反呵建設的な積極的な主張を濠恕する。 ヽヽ 第三、然らばそれは如何なる鮎に於てあらはされてをるか。 ヽヽヽ その一は紳の閲である。﹃社食的基督教﹄が、紳の図をその綱領の第一に掲げるのは、常然である。新時代の人 の眠を以て見る時、仰の閲は直ちに新祀命として解樺され縛るからである。がその内容に於て終末観的要素を収 宴b、現世的・地上的の汀も爪じと為した所にその特色がある。この場合に於ても概念構成に助けを輿へたのは配合 9βヰ
畢であつた。即ち﹁部分祀合己︵Ge邑−s︹訂P AssOCどiOn︶に封する﹃共同社命巨︵Geヨeinsc訂声COヨm呂ity︶ の観念である。共同配付とは謂はゞ紳ながらの結合であつて、人聞的な組織や〓的を持たす、心と心とが正接に 解れ合ひ交り合ふ吐合、その基調はあく道道徳的である社食を指す。それは此世にあつてl部はあらはれ、一部 は障れて居る如き配合である。この吐合を紳と結びつけて見る時、紳の支配のあらはれと信する時、そこに紳の 図が生じる。共同祀倉は各特殊困、例へば国家や数倉や家族や産業国鰹の基礎に蛸はれる根本的・一般的結合で ある。基督教の愛の貫行を以てそれを軸に迄引き上げる時、紳の図は拭大し且つ強化し行くのである。 牡基数徒関西聯盟夜行﹃杜骨的基督敦﹄掬載綱領参昭⋮。 その二は紳である。帥は人格であり叉精神であり更に生命であると云ふ鮎に於ては、従来の紳観と大差はない。 只社命と関連して見る関係上、そのミアンスに相違の出奔ることは否まれないだらう。紳の生命は人間の生命に 通ひ、紳の精紳も人間精赫に通うて居る。人間が仰の子だと云ふのは、紳と同質的存在だからであつて、只人闘は 不完全帥は完全な所に差があるのみで臥る。この思想に汎神論的傾向が狙いことは辞はれないと思ふ。従って紳 は内在にして同時に超越だと説いてはあ■るが、その本格的な所はむしろ内在的な朗にあると見られる。少くとも オルソドクシに於て説かれる帥の超越性とは非常に異ってゐる。そこでは紳は世に封して存在する他者であつて、 厳密な意味では世に内在するとは云ひ難い。只紳は世の創造者であり、文人問は帥の救を受ける可能性があると云 ふ緯度に於て内在性ありと云ふに止る。統合的基督教はむしろプロテスタソティズム中自然紳畢的傾向の自由紳畢 の後稚者である。両者共に大鯉人間の力殊に理性によつて帥を知力、然る後之を信じる鮎に於て、利通じてゐる。 ヽ ﹃粧甘的基督教﹄について 別路
﹃祉骨的基督敦﹄について 二〇 、1−−− 〓︶ その三は信徒の使命としての紳の国賓現である。﹃紳の困の貰現を以て基督教徒の根本使命なりと信す﹄。そして ヽ その貰現は愛の生餌に於て、殊に﹃社食化愛﹄に於て可能である。宗教改革が﹃信仰のみ﹄を詮いたのに封し、 愛を断然力詮した所に、此派の基督教の特色がある。愛は然し社命に於ける貫践であつて、それを外にして例へ ば軸への鰭祥とか所稽などには重きがおかれてゐない様に見える。そして殊に顕著なのは十字架の賢践なる思想 である。﹃紳の囲の賞現はイエスの十字架に顕れたる噸罪愛の賓践に伐りてのみ可能な少と信じ自ら原罪愛の生活 ︵二︶ 着たらんことを期す﹄。イエスと共に苦しみその苦難を郁ふと云ふ思想、又は十字架を模範とする思想は古くから 基督教に存在してゐたが、﹃自ら腰非愛の生新者たる﹄ことを前景に持ち出t、こ⊥に我等は立つと公言したのは、 ﹃祀倉的基督教﹄の特徴であつて、大に注意すべき鮎だと思ふ。従って十字架の意義もキリスト降誕の意義もー従 来の解樺とは甚だ臭って居ることを認めざるを得ない。 旺 ︵一︶ 上掲綱領第一。 ︵二︶ 上鱒綱領餅二。 其他﹃擁理﹄の信仰や﹃救﹄の鰻験等に閲しても叙べるべきであらうが、こ1には省略する。 以上の叙述は中島重、菅園舎氏等の著書、並びに雑誌﹃配合的基督敦﹄によつて居る。特に私は中島氏の所説に重きをおい た。同氏の著書には﹃帥と共同社食﹄﹃敢骨的基督敦と新しき紳の鯉胎﹄等の外に、﹃日本憲法論﹄並びに最近の﹃祉骨哲撃的 法理撃﹄がある・ 三 併沼
、 基慣教は冥想的・隠退的宗教ではなく、竪資な種付遺徳と斉践とに生きてをる宗教である。只自らで紳の前に 正しきむ以て満足すべきではなく、非道徳的行為に滅び行く親配合の駕めに、敢然起ってその救済に雷らねばな らない。現社命の内に正義と愛との支配を灘致せねばならない。即ち封祀倉的貰践を私共は要求されてをるので ある。もし基督教が現祀昏に巣喰ってをる多くの罪悪を認めす、又は認めつ1も之と哉ふ勇気を快くに至らば、 基督教の生命は去少、教合は死せるものとなるだらう。然し現在の基督教と教骨とは放して封祀禽的任務を志し てゐるだらうか。むしろ個人主義に走少、自己のことのみで満足してはゐないだらうか。﹃吐合的基督教﹄はこの 鮎に鋭い批評を加へ、統合的に惰眠を貪れる現代の基督教を虞向うから覚醒させんと執勤して居る。私はそれを 多とし、そしてそこに共鳴を見出す着である。﹃統合的基督教﹄の理論がこの鮎を糠所として立てられてゐる事情 に、私共は十分の理解を持つてゐる積りである。がその理論の行き方と内容とに於て、基督教そのもの1把捉に 於て、私共の首肯し得ない節々があるのは遺憾である。 ︳︳ ヽヽヽ︳ヽヽヽヽヽヽ︳ヽヽヽヽヽヽヽ 第一、﹃杜合的基督教﹄は草間的認識と飴少に密接に関係してをる。そこでは宗教が草間によつて決定されてゐ ると云っても、敢て過言ではないと思ふ。私の意味するのは即ち祀倉撃である。それは主張する、− 謂はゞ草 間の王座を占めてをる社命畢の結論に、我々凡ては服従しなければならない。それと相容れない様な宗教の立て 方は容認されない。﹃祀倉的基替歌.﹄の奉じて居る祀倉蟄虚の段階とそれに相應する宗教の、基督教の頚展段階と は、吐合単によつて基礎づけられた動かし難い眞理であつて、将来の基督教は新しいこの牽展段階の上に据ゑら れねばならない。誰しも据ゑられた基礎の外に基督教の建築を立て1はならない。そしてその基礎は社命畢であ ﹃縦令的基常数﹄について ク♂7
﹃祉骨的基常数﹄について 二ニ. る。私も社食はこの派の人々の主張する様な方法で大恨牽展して行くものだらうと考へる。然し基督教の各種を その各々にあてはめて簡単に片附けて了うのは不賛成である。それは第一に宗教をこの世の文化の一つと見、そ れ等と同一の動きを宗教も亦すると定めるのであつて、そこに大なる誤謬が構って居る。勿論それは宗教の理解 そのもの1相違に起因して居って、見解の相異な少と云へばそれ迄だが、然しある程度迄宗教の超越性を認めて 居る人々にとつては、宗教をこの世の文化と同一硯することは出水ない筈である。沈んや宗教の本質を以て文化 と全く興るもの、即ち他者なる紳との関係なりと見る者にとつては、祀合畢的蟄展の諸段階の中に基督教の各派 を入れ込んで了うことを、どうして安富と見ることが出水やう。それのみではなく、この見解は事貴にも反する。 例へば封建的権力祀倉は過ぎ去って居るにもか1はらす、カトリックの信者が依然として勢力を持って居るのは何 故であるか。英国や亜米利加のやうな自由主義の固にも、その信者の相常の数に達するのは何故か。牛カトリック 的な英国監督救命の存在又は彿蘭西革命後に於ける同図のカトリック支配の如き現象は、どう詑明するのか。叉原 始基督教の遊動を社食畢的に説明しやうとする種々な試の失敗は、私共は之を認容せざるを得ないではないか。 私は勿論、基督敦の様な宗教が畢間によつて影響され左右されるのは止むを得ないと思ふ。紳凱の進化とか基 督教の番屋とか云ふ言実は、誤解はされ易くはあるが、正常だと思ふ。然し拳間を本として、基督教をそれに合 う様に解樺してはいけない。又社食状腰に都合のよい様に基督教を立て直してもいけないと信じる。それでは宗 教そのもの1猫立性はなくなつて了うではないか。私は冒粧合的基督教﹄が必ずしもそこまで進んで居ると云う のではない、少ぐともイエスの㌫教を他の一中心鮎として出費する以上、との傾向は可なり規正されると瓜ふ。 9侶
、 然し何と云っても、立場は人本主義的である。人聞の政治思想、人聞の祀倉思想更に人闇の批身の動きが本とな って、聖書は解せられイエスの宗教は見られて居る。聖書の構成は人閲の変求によつておきかへられて居る。こ の鮎が私には不満である。 ヽヽヽヽヽヽヽヽヽlヽ︳ヽヽ︳ヽ︳ヽヽ 第二、﹃個人的基督教﹄と﹃統合的基督教﹄との封筐は、貰際の事貰に反する見解の一束を試論の中に持ち込む ことにある。現に政令的基暦数に於ても、個人とその人格とは決して止揚されてはゐない。現に﹃紳の固に適は Lき人格を造る﹄ことが、その綱領の一に掲げられて居る。それと同様に、古くからの基督教、所謂﹃個人的基 督教﹄とても、配合を見ないではない。現にイエスは隣人愛を以て紳への愛と並べて、信者の為す最も大切な任 務と教へて居る。そして時と場所とによつて勿給差はあるが、このイエスの教訓は常に守られて釆て居る。只現 代はより強く封社食的義務を高調すべき時であると云ふに過ぎない。がそれを高調する蔑めには、基督教の建て 方を欒へて了はねばならぬ、それでないと、決して現代人の需要を沸すことが刑爽す、基督教は現代人から置き 去りにされて了うだらうと、彼等は主張する。が琶き去りにされるつらさに、基督教を改革しやうと云ふ立場に、 私は承服することが出来ない。それは飴りに俗過ぎる。紳を祀昏に迄引下すことになる。そして刻々欒化して行 く祀倉に應じて基督教を建て直して行くとしたならば、基督教は政治的・経済政策的な一箆派・一主義の如きも のとなつて了う虞がある。私の見る朗では基督教には時代を超越したあるもの、即ち﹃永遠的なもの﹄があつて、 欒化する時代の中に毅然と立ってゐなければならない。もし基督致そのものが時代と共に刻々移り行くものとな れば、それこそ人に顧みられす、捨てられて了うに至るだらう。社命的進歩に伴はないが故に宗教改革を必要と ﹃牡命的基牢奴﹄について 9ββ
すると云ふ主張は一見尤もの様で、誤つて居る。
試論は常に同じ所に囲って来る。例へばプロテスタンティズムを以て個人主義宗教と印銘を打つのはよいとして
も、か1る語の意義をよく考察しておくことが大切である。近代杜倉がルックーを産んだか、ルックーが近代社命を産んだかと云ふ問題は別として、ルックーの個人主義と啓蒙思想の個人主義とは全く別物である事箕に、我々は
注意を向けねばならぬ。ルックーの個人主義はカトリヅクの教倉主義・法王主義に射し、各人が紳の前に安住を負う
●
ものであつて、資本主義などの中核を形成せる牽柑主韮又は利益主義と同一硯してはならない。否、紳の前に己
れを是jEする者は、同時に祀禽的には己れを捧げて人の焉め祀合の焉めに蓋す着である。ルックーは紳の囲を説かなかったか。隣人へ扮愛を教へなかったか。香、彼は敢にも優って人の焉め社食の焉めに奉仕して居る。そして
この精帥11それはイエスの宗教の眞陪であつた− は、彼に拭くブロテスタントの守って来た所である。勿論 彼等の多くが人本主義・世俗主義の辟蒙思想−それは希臓主義の復興に外ならない 一 に根ざす個人主張におし流され、資本主義文明の囚虜となつたのは甚だ痛ましい出来事である。彼等は宗教を捨てたのである。が然し
この資本某誌の急流の中にあつて、基督本来の精紳に立ち搾り、敢然時流に抗して戦った者のあることを知らね
ばならない。Wi−ber許c2−HOWald、E︼z・守y−汐OtllこヨーーiPmS、R2.kes−Mauric?声ings−ey−Lud−OW等彼等は個人主義の国英米の展中で基督の愛にはげまされて配合的哉に一生を過した。彼等の仕事は不完全であゎ、最早新
時代の用を馬さなくなつたものもあらう。然し彼等の粘紳は各時代に艦じて働くべきであ少、且つ働くであらう。
﹃社食的基督敦﹄について 97()、 ブロテスタンティズ・可をその純粋な形に還し、新時代に所用させよ。それが現代にあつて私北ハのなすべき任務だと 信じる。侶令世が祀倉主義となつても、このことに壁りはない。 ︳ヽ ヽヽヽヽ︳ヽヽヽヽヽヽ 第三、﹃祀禽的基督教﹄は、基督教の紳観を思ひ切って欒へた。中島氏の語を借りると、それは大乗俳教と吐合撃 とによる欒吏である。祀基主義は、社食に封する働を以つて間接に紳の焉めの働と見るのでは、承知が出来ない。 社命への働は直接に紳への奉仕とならねぼならない。社食運動そのものが直ちに、紳への祀秤でなければならな い。もし徒死の基督教の考へてゐた様に、紳と杜倉とを別個の存在と見るならば、祀倉に封する働はいきほひ如 くなる。その結果次第に祀倉に無閲心とならざるを得ない。だから、紳を祀倉と見、内在的。汎紳静的な紳翫を 立てることによつて、仝醍の主義は救はれるのである。然し私は懸念する。か1る紳観で果してよく社食活動に 力を輿へ得るだらうか。盛んな吐合活動への刺戦がか1る帥から出て乗るだらう。しかも力の瀕を人間にあ少と し、紳を人間の働の目的と見る場合にはそれで差支あるまい。がそれでは結局紳は人間に封して消極的存在とな り、紳秘主義の如きものになりはしなuだらうか。基督数の所動主董はむしろ超越的な生ける力の帥から牽生す る。基督教に於る静寂主義は、紳の汎紳諭的鯉駿に伴ふ。併教に於ても同じである。即ち汎細論的内在論は人を 無差別貌に陥れ、祀倉活動を管しく鈍らせるのが自然である。勿論祀昏に働かける熱の旺盛な開はか1る紳観で 足少るであらうが、果して持績的に人心を刺戟して主義の目指す所に向け得るだらうか。 四 基督教と云はす一般に宗教は飴りに彼岸的である。だから吐合改革の如きこの世的な仕事には適しないのみか、 ﹃杜骨的韮督数﹄について 〟7J
﹃枇骨的基督政﹄について一 ≡小 品耶・ 非常に妨害になる。マルキシズムあたりからの宗教排撃はか1る理由に基いてゐる。をれを束にして宗教畢者の 側に於ても、調和的な新設を蟹表した人もあつた。﹃祀基数﹄も、社命改造の蔑めには従来の基督教は屈まとひに なるから、思ひ切って改造したのであるが、その結果彼岸的色彩が非常匡薄くなり、塞督教の博就を飴りに離れ 過ぎて了つた。さう云ふ種類の基督教も成立し得るであらうが、そして政令改造には都合がい1ではあらうが ︵?︶、果して宗教として多くの人を満足させ得るだらうか。彼岸の世界との関係が明かに浮び出ないことには、人 問の宗教的要求は充されず、社食的又は個人的不安は静められないのではあるまいか。今から三十年前、自然科 挙の勢力に宗教が抑歴され膠であつた猫乙にヤトー︵l邑︸○︶がHて、ヘサケルやオストワルトのモ﹂lズムと並ん で此岸的基督教を高唱したが、いつとはなしに消えて了つた。私は﹃癒基数﹄がその轍を踏むとは思ひ度くない。 然し宗教の個人的方面や彼岸的要求を、かく軽絶しては、物にならないと思ふ。﹃祀基数﹄の教へは倫理の教へや 社食運動と遠くない。その主張者達は基督数的信仰を持ってゐるのだから、他に移少行くことはないとしても、 新に入り来る人々が、同じ様な信仰を持ち得るだらうか。如何なる形にもあれ、基督教の信仰を得る蔑めには、 個人と彼岸的な紳との紺係を明瞭にしておく必要がありはしないだらうか。﹃祀基数﹄の特色は基督教と杜倉民主 主義との結合にある。すると杜氏主義が倒れる時は、祀基主養も倒れることになる。そして我々は社食改造主義 として吐合民主々義は甚だ棟温的であるとの非難を常に聞く。か1る閲に立って﹃祀基数﹄はよく己の勢力を維 持し得るであらうか。もしこ1に一人の配合改造に熱心な青年がゐる時、彼等は﹃祀基主義h位では満足すまい。 彼等にはやがて宗教が邪魔になるだらう。彼は宗教をすて1極左にまで走るのであらう。現に軍規基斬教祥年命 97β
、 同盟の運動がそれを謹明して居る。もしか1る極端な連中が州た時、それを喰止め得るに足る高い増壁が存在し て居るか。人本主菜に基く文化運動・祀食違動の一種に近い﹃杜基数﹄にその力があるだらうか。私はこの瓢を 危む着である。 最大の闊心事は紳と紳の図とである。その瓢に於て私共は一致して居る。只紳と紳の図とを飴りに現世的・此 岸的に見過ぎてをる鮎に於て、私はこの道動に嫌牒なく思ふ。或は云ふだらう、だから配合的に無定見・無力な のだと。確かにさう見えるだらう。それは止むを得ない。然し、私達も私達の立場から全力を以て同一の目擦目 指して努力して居る積りだし、又努力せねばならぬ。私達はイエスの二つの大なる誠、紳への愛と隣人への愛と を信徒のモットーとして遵守しやう。雨着は無踊係ではなく、一は他を深め他は一を力強くする。 附 記 ﹃敢骨的基督敦﹄が新時代の要求に腱じて我園に産れたことは、甚だ意義のある事件であつて、それについては慣重に冷 静に考へねばならぬと思ふ。殊に中島君の如き寧者が、頭を傾けてその慧泄を立て本質を把握せんとして居る努力に封し、 又その方両の同志が集って都骨地に腱村に使命の銘めに活躍して居る事に射し、敬意を排ふぺきだと思ふ。賀川豊彦氏や 砂山元次郎氏の如き人も、この派の運動と釈い関係に立って居る。只遺憾なの′は数年前から輯けられてゐた東京基督数奇 年骨の運動が極端に走り、盲目的になつて、終に昨年の夏解散するの止むなきに至ったことである。そこに多大の教訓も 戎してゐるだらうが、叉この道動の妨害にもなつたに相違ない。人々が﹃敢基﹄の連動に対して無理解な批評や非難を加 へるのも、一つにはか1る失敗があつたからであらう。然し公平ね人は今少しく落ち付いて己れを反省しっ1、﹃敢骨的基 督敦﹄の主張に耳を傾けて然るべきである。 ﹃杜骨的基常数﹄について 973
∵ 凡そ彿教をいかに昧ひ、いかに研究するかといふこ とは、吾等件数徒にとつては極めて重要なる課題であ l ることは改めていふまでもない。然るに古来この件教 を認識し把握する方法に就ては幾多の異った拳詮があ るが、いまそれらの一々を検討し吟味してゐる飴裕も ないから、私は端的に次の如き三種の方法を提示した いと思ふ。即ちそれは教理諭・彿陀論・成俳論の三方面 よりの研究であつて、次の如くそれは俳の設ける教、 彿とは何ぞやの教、俳となるの教として俳敬を眺めた ヽ.′ るものである。けだし右の内で前二者はつまり彿教の 説明傾理であ少、成俳論こそまさしく俳教の要求原理 虚言撃 の 立場
眞言寧の立場
− 郎 身 成 彿 へ の 検 討1
と柄すべきである。勿論、俳教の内には前三者が各々 契機として胎薦されてはゐるが.端的に仰教とは何ぞ やといつた場合、吾等は何らの躊躇も友く成仰の教な 少と答へるべきだと信する。従って俳教の常馬である この成仰の問題を度外祀しては、到底俳教への正賞な る認識は不可能であると共に、俳教への研究そのもの も亦た鮎隋なき芸能に過ぎないといつても敢て過言で はないのである。この意味に於て彿教研究の眞の生命 は成俳数としての彿教を検討することに於てのみ把捏 しうるのである。これを今試みに日本俳教に就て見る も、各宗各派何れもその機械をこそ興れ、その根本目 的は所詮戒仰である。例へば此土入艶を理想とする囲 高兇 昇
97ヰ1ヾ 謂自力聖道教にしても.柵此往彼を倍保とする他力将 士教にしてもヾその最後の到着鮎は等しく成彿である。 而かもその成俳たるや単に自己一人のみの成彿ではな 、い。一切衆生の名に於ての成体である。即ち﹁我等輿 衆生皆共成彿道﹂であ少、﹁同額菩提心往生安楽図﹂で ある。けだし二乗の宗教であゎ∴阿羅漢の宗教なれば ともかく、少くとも菩薩の宗教であるわが大乗俳教は、 それがたとひいかなる形態をとるにしても何れも成俳 を以てその最後の理想とせざるものはない。か1る観 鮎よりしても吾等沸教徒としては、つねにその研究の + 過程に於てか1る問題への十分なる摘心と注意とを怠 ってはならないと同時に、厳暦なる意味に於て一切の 研究をば悉くこの間題への思索と悼験とに還元すべき だと息ふのである。ところでいま督面の問題である眞 言密教に就てみるに、密教が沸教でないならばともな く自ら大乗俳教の精華を以て誇れる眞青草が成彿を理 想としてをることはあまりに首然なことである。香、 畢官密教は自ら即身成俳を以て自家の枚本的立場とし 虞言寧 の 立凄 この卯身成仰の誼不を以て顛密二一教の批判の湛水的な 規準とまでしてゐるのである。 この意味に於て眞言拳の立場を諭することは、尊貴 即身成彿への検討になるのであるから、私はこの小論 文に於ては主として眞言教拳の旗械廃る釦身成体の問 題を基調として、それが果して樺尊自覚の内琵といか なる関係にあるかの問題を吟味すると同時に、私の所 謂沸教アントロボロギーの立場から更にこれを検討し てみたいと思ふ。 経 ︵一︶ 拙著﹃彿敦序説﹄及び現代彿教学訴匪解一巻拙稿 ﹃彿教寧概論﹄参照 〓 元水俳教畢は哲畢と宗教との揮融せるものである。 故にそれは単なる哲畢でも宗教でもないと同時に、哲 畢でもあり宗教でもある。いま虞言単に就ても同株な ことがいひうる。即ち眞言草に於ては教相と事相とが それである。﹁教相は覚の所在を示し、事相は可修の道 二九 97占
虞言畢 の 立場 を教ふ﹂といつてゐるが、理論の哲畢たる教相と貫践の 宗教たる事相とを古来串の両輪、鳥の蟹翼に誓へ、両 者乗修を力説してゐることはむしろ常然のことである といはねばならぬ。ところでいま事教二相の二方面よ り選言教畢の立場を反省するに、教相に於ては即事而 眞であり、事祁に於ては郎身成体だといひうると思ふ。 即ち眞言畢の哲畢的基礎は即事而眞であゎ∴宗教的根 摸は餌身成俳である。換言せば釦身成仰の哲畢的表現 が即事而眞であ少、即事而虞の宗教的表現が郎身成身 である。而かも眞言拳の基調が他の一般大乗敷革と同 様に宗教的賓践たる成俳の問題にある以上、所詮眞言 畢の根本的立場は即身成俳の一句にある詣である。即 ち郎身成体の幣拳的基礎づけが即事而眞にあるが故に 古来虞言寄教がつねに即身成俳の一句を自家の根本旗 暇として高揚せることは、けだし常然のことである。 果して然らば眞言単はいかにしてこの輿へられたる松 本命題を詮明するであらうγ・まづ吾等は順序として この問題の検討より始めねげたらぬ。 り 三〇 おもふに﹁一切衆生悉有仲仕﹂の思想は﹁如来常任無 有壁易﹂の思想と共に、古来わが大乗教拳を一貫せる主 潮である。勿論件数々珊史上に於ては、この彿性問題 を契機として三乗一乗の評論があ少、叉た一切皆成詮 と五性各別誼との封立もあるが、とにかく悉有俳性思 想は一般に大乗俳教の通念となつてゐる。然るにわが 眞言密教はか1る一般的通念を更に一歩進めて、いや その思想を徹底せしめて積極的に﹁一切衆生皆是属慮 遮却﹂を高調するのである。尤もそれまでへの思想蚤 展の過程を一應詮明すべきであるが、此虚では端的に 何故に一切衆生は皆是れ大日であるかの説明に止めて おきたいと思ふ。 けだし眞言据教におけるこの間題への管掌的説明 は、所謂六大・囚鼻・三密の三大諭である。三大論に裁 ての一々の説明は省略しておくが、この三大論の組結 こそ眞言単即ち日本密教の印度・支部の密教に封する 一大特徴であつて、そのまさしき提唱者こそ弘法大師 であるといはねばならぬ。 よ貯〝
ヽヾ さて今この三大論の建前よりすれば、客観の世界も 五‖等仙人も∵切の存鹿の本鰹は六大であり一その現象 は四虔であり、その作用は三密である。即ち一切所見 の境界は皆足れ過一切虚の大日の身、一切所聞の音聾 は悉くこれ法身の詮法である。従って一佃の人間とし ての吾等の存在はそのま上ハ大所成の法身としての存 在である。別言せば一個の自然的存在たる吾等の肉牌 は地水火風基の五大桝成であり、思惟的存在としての 吾等の精紳は九識を内容とする識大所成である。故に 培教の立場よりすれば、われらの肉身は金剛界里奈羅 ︵く与adll巴u ma凰a−a︶であ少、精神は胎薙界畳茶羅 ︵Garbha牢sadh巴u ma孟a一a︶■である。従って金牌人 間としては両部不二の鼻薬薙である。印融は里奈羅を 定義して﹁諸俳理智之慣性、衆生色心之安和﹂−貴哉、 諸彿法性身心、衆生具紺色心、理々無数、智々無遼、胎金 ● 南部之貞茶羅也︵曳茶羅私妙︶といつてゐるが、自覚の 有無はともかく衆生色心の貫粕はそのま1金胎南部理 智不二の塵芥羅である。か1る意味に於て本鰹論的立 長音寧 の 立法 場からいへば、凡翌不二であり我如大日であつて、そ こには義も迷悟染浮め差別はない。だが然しそれはあ くまでゾルレンとしての問題であつてザインとしての 問題ではない。現象論的立場よりすれば凡夫は凡夫で あり、俳陀は俳陀である。凡聖は不二ではなくて而二 である。而二をして不二たらしめ、ザインをしてゾル レンたらしむる宗教的貫践の問題が雷然故に起って来 るのである。虞言単における本有︵性︶と修生︵修︶とは まさしくこの間題を取救ったもので、この場合両者の 何れを密教拳の立場とするかに就て、古来棟嶺・野山・ ︶ 4 東寺の畢者問に相常識論もあるが、宗教としての布教 の生命は何んといつても本有家よりも修生家の方によ 少多くの安常性があると思はれるのである。しかもそ の修生の根本問題は、尊意衆生本具の塵芥羅を開期す ることに外ならない。換言すればそれはいかにして六 大法身としての自己を把握するかの問題であつて、端 的にして如何にして﹁貫の如く自心を知るか﹂といふこ とである。而してこの如実知自心こそそのま1即身成 ︼こ一 β77
虞言寧 の 立場 彿の境界だといはねばならぬ。 旺 ︵ニ︶ ﹁事相行人、敦相期露難加。敦相単著、宰相無智坪 数。一偏是邪執也。二相必可レ兼﹂諾流通用口決︵﹃興 教大師仝集﹄五大九貫︶ ︵三︶ 由爽密教思想には大建二つの著しい潮流がある0 1は員言乗︵買Pntra・yぎP︶ 又は虚言道︵Mantra・ n−ya︶であり、一は金剛乗︵くajra・y抑np︶又は金剛 道︵くajra・nPya︶である。前者は大日経系に属し、 後者は金剛頂経系に属する。而して両者の著しき相 逸鮎に裁ていへば、虞富来は蜜柑諭系であつて中敷 彿敦に等しく空の思想をその基調としてゐる。これ に封して金剛乗は簸起諭系であつて喩仰彿敦に親し く有の思想に立胸してゐる。両かもこの二種の敦系 が前者は喜血⋮長︵㌢bhak呂Simba︶にょつて、後者 は金剛智︵くajrabOdhi︶ によつて夫々支那に倖へら れてゐるが、更に両者は不空︵Anさgl−Pく与る 及び 悪果を経てわが弘法にょつて日本に停衆したのであ る。かくて弘法に到りて有空の二大教系は巧みに止 揚され、南部不二を基調とする員言畢は始めて建設 きれたのである。この意味に於て日本密教と支那・ 印鑑の密教とはその間非常に距離があるのであつ て、かの六大・四皇・三密の三大論の哲撃的組織は仝 主ニ 然彼れにはなく、阿辛勝大詮を耕記法的に発展せし めたる六大謹大詑に於て始めて見るべきもので、わ れらは貧相・簸起の粋たる撃天南一乗の止揚として 日本の密教を眺めんとするものである。僻この間題 に就ては拙著﹃矯敦概論﹄解三尊教理諭の項を参照。 ︵四︶ わが国の密教革界には中古以水、本宿派と修故紙 との二大畢波が生じた。前者は本木具有を意味する 本有門︵性︶に立脚㌦、後者は修習出生を意味する修 生門︵修︶に立脚する。無論両者は各嬢一義であり、 一法の雨義ではあるが、背畢上の理論問題としては ともかく、宗教的賓鰻問題としては何庭までも修生 を中心としてみることが安富である。而して本有派 の代表的学者としては高野山の遺範、東寺の三賓 ︵頼棄・呆賓・貿賓︶及び鋤修寺の遺棄等である。これ に射して修坐汲を代表するものとLては根来の穀 稔・聖憲並に高野の宥快等が数へられる。 三 けだし由来﹁自己を知れ﹂といふ命題は、ヘレニズ ムの核心であると共に、奥義書哲草の根本題目でもあ り、又た同時にそれはわが大乗件数畢を一貫せる主潮 でもある。 97β