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真宗教学研究 第32号(2011)

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ISSN 1346 2156

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親驚と現代

『教行信証

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の課題 講 演 『教行信証』と二種回向の問題 長 谷 正 首 親驚聖人「真仮偽判」の現代的課題 武 田 龍 精 19 一宗教多元主義に基づく対話論的真理観を視座として 研究発表 現生正定緊 小 JIJ 直 人 38 摂取不拾の視点からー 真入社の課題 水 島 見 53 『真人』 13号について 専修にして雑心なるもの 義 盛 幸 規 68 真宗障害者杜会福祉の立脚点 頼 1尊 恒 信 78 一「向下的平等観」にもとつく社会福祉K位置についての考察一 真宗教学学会講演会一宗祖としての親鷺聖人ー 「念」仏の意義 原始仏教の「念」から「ただ念仏j まで 観心と信心 一天台僧から宗祖親鴛聖人へー 真宗教学学会三重大会記念大会 常に信の初一念に立て 現代と真宗 政教分離をめぐって 2010年度教学大会発表要旨

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真 宗 教 学 学

田 中 教 照 91 木 村 宣 彰 104 伊 東 慧 明 117 訓 覇 峰 雄 126 之》、

L 139

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講演 二

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年度 真宗大谷派教学大会

と二種回向の問題

親鷺の二種目向論の現状 『教行信証』と一種回向の問題 ただいまご紹介いただきました長谷です。﹁教行信証﹄ が現代にもつ意味を思想的観点から問うことがここで与 えられているテ

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マです。そこで、このテ

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マを親驚に 見られる二種田向の二様の理解をどのように考えるかと いう角度から追究し、そこからどのような問題が浮かび 上がってくるかを見たいと思います。 往相と還相の二種田向は親驚聖人の教えの根幹をなす ものであり、また浄土真宗の大綱であることは改めてい うまでもありません。しかし、回向とは何か、そして、 それがなぜ往相と還相の二種に分けられ、またそれぞれ

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がどのようなことを意味するのかということについては 了解は判然としておりません。とりわけ、還相回向とは 何かということについてこれまで種々の見解が併存して いて、どれが親驚の考えを正しくあらわすものなのか定 かではありませんでした。それはこれまでそうであった というだけではなく、今なおそうだといわなければなり ません。そういう次第で、寺川先生は、 親驚聖人の二種目向論については、一見すでによく 解明されているようにみえて、じつはその研究は決 して十分ではなく、本格的な研究はこれからではな いかとの思いを深くする ︵ ﹃ 親 驚 の 信 の ダ イ ナ ミ ッ ク ス ﹄ 一 一 一 頁 ︶

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2 と述べて御自身の見解を表明し、 幅広い視野での研究と率直な議論が本格的に進めら れることを、心から期待する︵同、一二六三頁︶ として、この問題に対する熱意を語られています。 この言葉は十七年前のもので、現在の研究状況は当時 と比べて大きく進展しているといわねばなりません。し かし、それだけに﹁幅広い視野での研究と率直な議論が 本格的に進められること﹂の必要は今日いっそう切実に なってきていると思うのであります。 これまで、親驚の二種田向、とりわけ還相回向の了解 について種々の見解があったことの理由の一端は、﹃教 行信証﹄における二種回向のアンバランスな叙述の仕方 にあるといわねばならないと思います。 親驚は﹁教行信証﹄﹁教巻﹂の目頭において、﹁謹んで 浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、 一一つには還相なり﹂と明言して、二種回向を対等に取り 扱 っ て い ま す 。 ところが、それに続く行・信・証の各巻において、親 驚は専ら、往相の凶向について述、べ、還相の凶向につい て は 7 祉巻﹂の後半になってやっと付録のようなかたち で取り上げています。しかも﹁証巻﹂では、 煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行 を獲れば、即の時に正定衰の数に入るなり、正定緊 に住するがゆえに必ず滅度に至る ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹄ 二 八 O 頁 ︶ と述べて、﹃教行信証﹄の主眼が往相回向を説くことに あることを明言しています。つまり、衆生が﹁信を獲て 正定緊に住し、必ず滅度に至る﹂ようにせしめる如来の はたらきが往相の回向であり、それを教、行、信、証に おいて論証するところに﹃教行信証﹄の眼目があるとさ れ て い る の で あ り ま す 。 そういうわけで、﹃教行信証﹄においては、実際のと ころ、往相田向と還相回向の取り扱いは同等ではありま せん。還相回向は 7 証巻﹂の後半になって出てきて、 ﹁ こ れ 利 他 教 化 地 の 益 な り ﹂ ︵ 同 、 二 八 四 頁 ︶ と い わ れ る だけで、それ以上の説明はされておりません。しかも、 往相凶向を説いた行、信、証の各巻では、その標挙とな る願文が掲げられているのに対して、還相回向では願文 は 直 接 掲 げ ら れ ず 、 ﹁註論﹄に顕れたり。かるがゆえに願文を出ださず 0 2 一 畑 の 註 ﹄ を 披 く べ し ︵ 同 ︶ と 述 べ て 、 還 相 同 向 に 関 し て は ﹁ 教 一 一 一 己 で は な く 、 目 雲 驚

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『教行信証Jと二種岡向の問題 の ﹃ 古 一 柵 註 ﹄ の 説 明 に よ っ て そ の 内 容 を 理 解 せ よ と さ れ て います。こうして、還相回向に関しては、往相回向に比 して取り扱いが別格というか、格下の扱いになっている 感があります。そういうわけで、還相回向とはどういう ようなことをいうのか、そして、それと往相と還相の同 向はどのような関係にあるのかに関して、暖昧で不明な ところが残り、その理解と判断は解釈者に委ねられてき ました。ここに、二種田向に関して種々の異なった見解 が生じてきた遠因があったといえます。 しかし、より大きな理由は、親驚の和讃に二種目向に ついて二様の理解を示す二群のものがあり、そのいずれ が親驚の真意をあらわすのか決めがたいことにあるとい わなければなりません。そこから二種岡向について対立 する見解が生じてくることになったといいうるのであり ま す 。 3 したがって、親鷲の二種凹向、とりわけ還相回向がど のようなことをいうのかを正しく掴むためには、和讃に おける二種目向の対立するこ様の理解をどのように捉え るかということの検討を避けて通るわけにはゆきません。 むしろ、その二様の理解の対立点がどこにあり、それら がどのように結びつくのかを明らかにすることが、親繍鳥 の二種目向の考えの根本を掴むためには不可欠な通路で あ る と い え ま す 。 親驚の和讃における二種回向の二様の理解と、それら の関係については、これまで先学諸師によって多く言及 されてきております。しかし、両者の関係についての徹 底した詳細な考察は充分なされたとはいえないように思 わ れ ま す 。 そこで、今日ここでお話しさせていただきたいと思い ますのは、和讃に見られる二種目向の三様の理解がどの 様に関係するのか、その考察によって親驚が二種田向、 とりわけ還相回向をどのように捉えていたか、そして、 それを明らかにすることで、﹃教行信証﹄における二種 目向の理解になお残る暖味で不透明なところに何らかの 照明を当てることができるのではないか、ということで あ り ま す 。 二種目向のニ様の理解 まず和讃に見られる二種回向の一一様の理解がそれぞれ 如何なることを示しているかを見ておきたいと思います。 異なった二様の理解を示す和讃は次の二群に分けられま す 。

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4 第 一 の 理 解 は 、 ︵二南無阿弥陀仏の回向の/恩徳広大不思議にて/往 相回向の利益には/還相回向に回入せり ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹄ ﹁ 正 像 末 和 讃 ﹂ 五 O 四 頁 ︶ です。それに含まれるものとしては以下のものがありま す 。 ①往相回向の大慈より/還相回向の大悲をう/如来 の回向なかりせば/浄土の菩提はいかがせん ! 訂l ②如来の回向に帰入して/願作仏心をうるひとは/ 白力の回向をすてはてて/利益有情はきわもなし ︵ 向 、 五 O 二 頁 ︶ ③願土にいたればすみやかに/無上浬般市を証してぞ /すなわち大悲をおこすなり/これを回向となづ け た り ︵ 同 ﹁ 高 僧 和 讃 ﹂ 四 九 一 頁 ︶ ④還相の回向ととくことは/利他教化の果をえしめ /すなわち諸有に凶入して/普賢の徳を修するな ︵ 同 、 川 九 二 頁 ︶ り 第 二 の 理 解 は 、 三二弥陀の回向成就して/往相還相ふたつなり/これ らの回向によりてこそ/心行ともにえしむなれ 同 によって代表されます。これには以下のものが含まれま す 。 ①如来二種の回向を/ふかく信ずるひとはみな/等 正覚にいたるゆえ/憶念の心はたえぬなり ︵ 同 ﹁ 正 像 末 和 讃 ﹂ 五 O 二 頁 ︶ ②如来の二種の回向によりて、真実の信楽をうる人 は、かならず正定緊のくらいに住するがゆえに、 他 力 と も う す な り 。 ︵ 同 ﹃ 一 一 一 経 往 生 文 類 ﹄ 四 七 一 頁 ︶ ③如来の二種の回向ともうすことは、この二種の回 向の願を信じ、ふたごころなきを、真実の信心と もうす。この真実の信心のおこることは、釈迦・ 弥陀の二尊の御はからいによりおこりたりとしら せたまうべく候う。︵同﹃御消息集﹄五八九頁︶ ﹁往相回向から還相回向ヘ回入する﹂ものとして のこ種目向 第一の理解を一不す和讃群において三種回向は、﹁往相 同向から還相回向へ回入する﹂と捉えられます。いった い、往相から還相へ凶入するとは如何なることをいうの でしょうか。先に見たように、親驚は﹃教わ信一証﹂にお ( 一 )

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『教行信証』と二種同向の問題 いて、往相の回向を教、行、信、証を通して、衆生が ﹁ 往 相 回 向 の 心 行 を 獲 て 、 正 定 取 水 に 住

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、 減 度 に 至 る ﹂ ようにせしめる如来のはたらきとして捉えていました。 そのような﹁往相同向の心行﹂を獲た衆小心の上に証され る、もう一つの如来のはたらきが還相の回向とされ、こ の二つの回向の関係は﹁往相凶向の利益には還相回向へ 回入せり﹂といい表されてきました。ここに二種回向の 第一の理解があります。 では、そこでは往相・還相の二回向は具体的にはどの ようなことをいうのでしょうか。それは、往相の回向は ﹁大浬般市を証すること﹂へ向かい、還相の回向は﹁有情 を利益すること﹂、もしくは﹁普賢の徳を修すること﹂ となって現実化します。往相の回向が、衆生をして﹁浬 般市へ至らしめる如来のはたらき﹂であるなら、還相の回 向はそれに伴って衆生に現れる如来のもう一つのはたら きであって、それは﹁普賢の徳を修すること﹂、つまり 菩薩の徳を修することとされるのであります。 このような三種回向の理解は﹁教行信証﹂﹁行巻﹂の 有 名 な 一 言 葉 で 次 の よ う に 一 不 さ れ て い ま す 。 しかれば、大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かび ぬれば、至徳の風静かに衆禍の波転ず。すなわち無 5 明の閣を破し、速やかに無量光明土に到りて大般浬 般 市 を 証 す 、 普 賢 の 徳 に 遵 、 つ な り 。 知 る べ し 、 と 。 ︵ ﹃ 真 ︷ 一 不 思 ヱ 典 ﹄ 一 九 二 頁 ︶ 往相回向は﹁大般浬繋を証する﹂こととして、そして、 還相回向は﹁普賢の徳に遵う﹂こととして、それらが、 信を獲て大悲の願船に乗じた衆生の身上に証される如来 の二つのはたらきとされるのであります。 ここでは、還相回向は、往相回向の信を獲た者の身上 に生じるので、それは﹁往相から還相へ回入する﹂とい われるのですが、注目すべきことは、ここでは二種岡向 は信の証果として、信を獲た衆生の身上にあらわれる如 来のはたらきとされ、したがって、衆生の上に現れるの で、それは﹁衆生の生の相﹂として捉えられるというこ とです。これが二種回向のいわゆる伝統的理解を形成し てきたものです。ただし、ここで﹁衆生の生の相﹂とい う言葉の意味を確定しておかなければなりません。二種 回向を衆生の生の相として捉えることは、回向の主体が 衆生であるということを意味するものではありません。 如来の回向のはたらきが衆生において異なった仕方、あ るいは方向をもって現れるということです。 ただ、不都合なことに、伝統的理解では、﹁往相から

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6 還相へ回入する﹂ということが、死んで浄土へ至り、死 後、そこからこの婆婆世界に還ってくるというふうに、 神話的・比除的な形で表現され、それが文字通りに解さ れたために、比聡的表現のうちに含まれている真理が見 落されることになりました。 ﹁往相から還相へ回入する﹂ということを、﹁信に死 して﹂、﹁大悲の願船に乗じた者の上に、普賢の徳を修す るはたらさ﹂が現れてくる事実と受け取らないで、文字 通り彼の土へ往き、そこから此土へ還ってくることと捉 えて、それが内包する意味を見失ってきたのです。した がって、二種回向の第一の理解において注意すべきこと は、この比験的表現を文字通りに解して、これを非合理 だとして排斥するのではなく、文字通りの表現の殻を打 ち砕いて、そのうちに秘められている比聡的真理を取り 出すことでなければなりません。神話的・比験的表現を 文字通りの理解にひき降ろして否定するのではなく、文 字通りの理解を打ち砕いて、それを神話的・比聡的表現 へ 高 め る こ と で す 。 第一の理解に含まれている真理を掴んで、それを直裁 に表現したのは鈴木大拙です。大拙は、﹁浄土とは、そ こに留まっていては仕方のないところだ、浄土へ往った 者は、浄土を両横に抱えて直ちにこの世界に還ってくる のでなければならない﹂といっております。その場合、 大拙にとって、浄土とは、死んだ者が往く西方十万億土 の彼方にある極楽浄土ではなく、信において如来の心に 触れた者に聞かれる﹁報土﹂であり、﹁真仏土﹂として の無量光明土です。それは特定の限られた場所ではなく、 如来の﹁清浄心﹂が流れている広大にして辺際なき世界 です。浄土が、死んでから往く西方十万億土の彼方にあ る他界であるなら、そこへ往って還ってくることは容易 ではありません。来世に還ってくるといわれでも、その 保証があるわけではなく、往ったきり還ってこれないか もしれません。これはたしかに非合理です。 しかし、浄土が如来の心がはたらいている場所として の報土であるなら、信において如来の心︵願心︶に触れ た者は、ただちに此土へ還ってくることができます。そ のとき、浄土を横脇に抱えて此土に還ってくるというこ とは、浄土において如来の心に触れた衆生の身上に﹁浄 土﹂の徳が現れてくることとなります。大拙はそこに還 相回向を捉えています。これが﹁往相より還相へ回入す る﹂とする第一の理解のもつ真理です。 しかし、この第一の理解に対して、 二つの疑問が提示

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されるので、それに立ち入って見ておきたいと思います。 一つは、先にも述べましたが、還相の回向を衆生の身上 に見て、それを﹁衆生の生の相とみなすことは、衆生を 回向の主体とすることではないか﹂、という疑問です。 この疑問は問いの立て方が間違っているので、どこに間 違いがひそむのかを明らかにして斥けられなければなり ま せ ん 。 『教行信証』と二種同向の問題 たしかに親驚聖人は、還相回向は他力であって、﹁行 者の願楽にあらず﹂︵﹁真宗聖典﹄四七七頁︶と述べてお ります。しかし、他力とは自己の外からはたらきかけて くる外力ではなく、自己を超えた如来のはたらきが自己 の内奥にはたらくことです。如来のはたらきは衆生の外 に衆生を超えているのではなく、衆生の内に衆生を超え るのでなければなりません。そのことを、西田幾多郎は、 外在的超越あるいは対象的超越に対して、内在的超越と 名づけて、宗教における超越は内在的超越でなければな らないと述べています。如来は衆生の内奥にはたらくと いう仕方で衆生を超えているのであって、衆生の外には たらくという仕方で衆生を超えているのではない。﹁た とえば阿修羅の琴の鼓する者なしといえども、音曲自然 な る が ご と し ﹂ ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹂ 一 九 三 頁 ︶ と い う 曇 驚 の 言 葉 7 が示しているのはこの内在的超越という事実です。如来 は我々の内にあって我々を超えており、したがって我々 は如来をそれ自体として見ることはできません。しかし、 見ることのできない如来のはたらきが衆生に到来しては たらいていることを、我々は衆生の身上に鳴る音曲によ って知ることができるのです。この誓えは、如来のはた らきが衆生において現実的になるという神通応化のはた らきを還相回向として語っています。回向のはたらきを 衆生の上に見ることは、衆生を回向の主体とすることで あるとする考えは、この内在的超越という宗教的事実を 見落とすか、無視するところから生じてくると思われま す 。 第一の理解に対して提示されるもう一つの疑問は、 ﹁還相回向は菩薩のはたらきであるがゆえに、衆生はこ れを行ずることはできないのではないか﹂というもので す。たしかに、﹁還相回向の願﹂である第二十二願にお いて呼びかけられているのは、﹁他方仏土の諸菩薩衆﹂ であって、﹁十方衆生﹂ではありません。実際のところ、 還相回向のはたらきを行じうるのは菩薩であって、衆生 ではありません。だからといって、菩薩は衆生とは別存 在であり、衆生は菩薩になりえないとはいえません。そ

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8 のことは、例えば﹁阿弥陀経﹄において﹁極楽国土に生 まれる衆生は皆是れ阿韓政致なり。その中に多く一生補 処あり、その数はなはだ多し﹂といわれていることから 知られます。ここで、浄土に生まれた衆生のなかに﹁一 生補処﹂が甚だ多いといわれています。﹁一生補処﹂と は弥勅菩薩で等正覚のことですが、親驚は﹁還相回向の 願﹂を﹁一生補処の願﹂と名づけていることを見逃して はなりません。ここで、還相回向という菩薩のはたらき が衆生においても可能になることが語られています。 同じことは、第十七願の諸仏称名の願が、衆生ではな く、十方世界の諸仏に向けられていることに関してもい えます。そこで称名するのは諸仏ですが、だからといっ て、衆生は称名に無関係というわけではありません。諸 仏の称名に交じって衆生が称名し、衆生を超えた諸仏の はたらきに衆生が参与するのでなければなりません。還 相回向が菩薩の願であるからといって、衆生とは無関係 だといえないように、諸仏称名が諸仏の行だからといっ て、衆生に無縁だとはいえません。 こうして、二種田向の第一の理解が示すのは、如来の 心︵願心︶が信において衆生の心に出現してその奥深く に浸透するなら、それはやがて本願力となって衆生の身 上に現れるという事実です。見えない如来のはたらきが 効力をもつのは、それが衆生において現実的となること によってです。これが﹁仏荘厳﹂の最後でいわれる仏の ﹁不虚作住持功徳﹂が意味することであり、また﹁仏法 力不思議﹂といわれることに外なりません。これが第一 の理解のもつ真理です。そして、衆生が教・行・信・証 を介して如来に摂取され、浬般市を証するに至らしめられ るところに往相の回向があるなら、そのことによって如 来が衆生のうちに宿り、その身上においてはたらくよう になるところに還相の回向があります。そこに、﹁すな わちかの仏を見れば、未証浄心の菩薩、畢寛じて平等法 身 を 得 証 す ﹂ ︵ ﹁ 真 宗 聖 典 、 ﹄ 二 八 五 頁 ︶ と い わ れ る と こ ろ が あり、仏の﹁不虚作住持功徳﹂が還相回向を表す八地に おいていわれている所以があります。 ロ獲信の構造と﹁教行信証﹂ これまで見た二種回向の第一の理解は、往相回向の心 行を獲て正定緊に住する者の身上にあらわれる如来のは たらきとして、二種回向を捉えるものでした。そこでは、 二種回向は衆生の上に見られる如来のはたらきの二相と して、﹁衆生の生の相﹂に見られました。そのことを一不

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せ!ム り 大 」 不 と 思 い 議 う に 和 て 『教行信証』と二種回向の問題 それに対して第二の理解は、 弥陀の回向成就して/往相還相ふたつなり/これら の回向によりてこそ・心行ともにえしむなれ ︵ ﹁ 真 宗 聖 典 ﹄ ﹁ 高 僧 和 讃 ﹂ 四 九 二 貞 ︶ という和讃に見られます。二種回向は、ここでは衆生の 信を成立せしめる根拠、あるいは原因とされ、衆生の生 の外に衆生を超えたものとみなされます。 周知のように、この第二の理解が﹁教行信証﹄におけ る親驚の二種回向の正しい理解を一不すものであると主張 されたのは、寺川俊昭先生です。先生はその見解を、第 一の理解を通俗的として否定するという、極めてラディ カルな仕方で表明されております。そこで、先生の言葉 によって、この第二の理解の要となるところを見ておき たいと思います。 先生は次のように述べられています。 親驚聖人が浄土真宗の大綱として一不し、独自の了解 を展開した二種田向については、それは必ず教行信 証と連関させ、それと一つのものとして了解すべき 9 でありまして、教行信証と切り離して二種回向を理 解したり、しばしば見聞するように二種回向を二種 田向だけで考察したり、まして往相・還相だけを論 ずる、いわば︿二相論﹀とでもいうほかはないよう な見解を主張することは、親鷲聖人の二種回向の適 切な了解とはいえないと、私は考えざるをえないの で す 。 ︵ ﹃ 親 驚 の 信 の ダ イ ナ ミ ッ ク ス ﹄ 八 三 員 ︶ そこから、二種目向の眼目は次のところにあるとされ ま す 。 真実教に出遇って行信をえ、その行信によって本願 の行信道に立つという、きわめて力動的な信仰体験 のところに自証される恩徳として、往相・還相とい う如来の三種目向があると理解すべきです ︵ 同 、 八 八 百 円 ︶ こうして、この二種回向は衆生が真実教に出遇って行 信を獲て、本願の行信道に立つこととして、必ず教、行、 信、証と連関させて理解しなければならないとされます。 そ し て 、 信心の獲得によって現生に正定来の身となって、 ﹁煩悩を具足しながら無上大浬繋にいたる﹂人生を 生きるということですが、そういう人生を実現する

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10 ものが︿行・信・証﹀にほかならない 同 、 七 九 頁 ︶ と表明されます。こうして先生は、﹁衆生の獲信﹂を中 心にして、如来の二種回向を教、行、信、証において見 るところに﹃教行信証﹄の要があるとされるのでありま す 。 二種田向が獲信を中心にして捉えられるとき、還相回 向は﹁証﹂ではなく、﹁教﹂に捉えられます。そして、 そこでは往相回向から還相回向に回入するという見解は 否定されることになります。ここに、寺川先生の見解の 独自なところがあります。先生は、還相回向を 釈尊をはじめとする祖師たちに親驚が感得した﹁師 教の恩厚﹂を思想化したもの ︵ ﹃ 親 驚 と 読 む 大 無 量 寿 経 ﹄ 上 、 二 一 四 頁 ︶ であるとされ、次のように述べられます。 往相の回向の思徳にたつ親驚は、名号の獲得によっ て自然法爾に正定緊に住し、浬繋無上道に立って、 ﹁無辺の生死界を尽くさん﹂という志願に生きよう とする大乗の仏者である。同時に、還相の回向の恩 徳を憶う親驚は、深く師教の恩厚を憶念しつつ:: 感謝の中での促しを、全身に感じている親驚である ︵ 向 、 二 一 六 頁 ︶ こうして、往相と還相の二種田向は衆生に﹁往相回向 の心行﹂を獲得せしめる如来のはたらきとされて、獲信 を中心として二種田向が捉えられます。この二種田向の 理解を表すと見なされるのが、﹁弥陀の回向成就して/ 往相還相のふたつなり/これらの回向によりてこそ/心 行ともにえしむなれ﹂という和讃です。 このように、獲信を中心に二種回向を捉えるとき、二 種回向は善導の﹁二河警﹂と重なるものとなります。善 導の﹁二河壁こは、東岸から発遣する教主・釈尊と、西 岸から招喚する救主・阿弥陀知来の声を聞いて、旅人が 白道に踏み入る決断をする瞬間において獲信を捉えるも のであり、それゆえ﹁信心擁護﹂の誓聡といわれており ますが、それは釈迦と弥陀の二尊によって信心の成立を 捉えたものとして、獲信の根拠に二種回向を置く第二の 理解と重なってくるのであります。 先に述べましたように、寺川先生の還相回向論の特色 は還相凶向を﹁教﹂に捉えるところにありますが、先生 はその見解を曽我からヒントを得て立てたと述べられて おります。そこで、還相回向を﹁証﹂から﹁教﹂へもっ ていき、﹁獲信によって仏道に立つ﹂ことを中心として、

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二種回向を教、行、信、証において捉えることで、﹃教 行信一証﹄のいわば﹁建築術的構造﹂を明らかにしようと されたのであります。 二種目向の統合的理解 『教行信証』と二種目向の問題 しかしながら、このように二種回向の対立するこ様の 理解があることをどのように考えたらよいのでしょうか。 いったい、この三様の理解の何れが親驚の二種回向の考 えを正しく表しているのでしょうか。 しかし、この対立する一一つの理解をそのように二者択 一的に問うのは適切ではないと思われます。なぜなら、 この一一様の理解を示しているのは親驚自身だからです。 したがって、この二様の理解のいずれが正しいのかと問 うのではなく、この二様の理解を共に認め、それらがど の様に関係するのかを問うのでなければなりません。そ こから聞かれてくるのが両者の統合的理解です。それは、 第二の理解に立ちながら、そのうちに第一の理解を包み 込んで、自らを拡張したものとして第三の理解を一不すも 11 の で す 。 一一種田向の三様の理解を統合的に把える際に要求され てくるのは、信を獲信という局面においてだけではなく、 信前・信後を含んだ、その深まりにおいて捉えるという ことです。いいかえるなら、信を﹁正定策に住する﹂と いう﹁位﹂においてだけでなく、﹁往生﹂という宗教的 生において捉えることです。二種回向の第一の理解は、 二種回向、とくに還相回向を信の証果として信後に捉え るものでした。一方、第二の理解は、獲信の構造を明ら かにするものとして、還相回向を獲信の根拠として、信 前において捉えるものでした。しかし、このように信を 固定し、獲信以前、獲信の瞬間、獲信以後というふうに 分割することは人為的であり、信の生きた姿を無視する ものとして抽象的といわなければなりません。生きた信 は、信前、信後を含んだその全体、その深まりにおいて 捉えられるのでなければなりません。そこに﹁往生﹂と いわれる﹁宗教的生﹂が見られてきます。信を深まりに おいて反省的に捉えることは、信を﹁難思議往生﹂にお い て 捉 え る こ と で す 。 信を往生という宗教的生から見るとき、信前・信後と いう区別は溶解して、先に対立すると見えた一一種回向の 二様の理解は繋がって相互に融合するものとなります。 そして、二種回向の恩徳によって成立するとされた﹁往 相回向の心行﹂は、それが深まりゆくなかで、おのずか

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12 ら﹁往相の回向﹂から﹁還相の回向﹂へ回入するものと 捉えられてきます。信を空間的に分割するのではなく、 時間において生きるものとして、その深まりにおいて捉 えることで、対立するものとみえた信の諸局面は一繋が りのものとなります。 信の統合的理解において、先に挙げた二つの和讃、 ﹁弥陀の回向成就して/往相還相のふたつなり/これら の回向によりてこそ/心行ともにえしむなれ﹂という和 讃と﹁南無阿弥陀仏の回向の/恩徳広大不思議にて/往 相回向の利益には/還相同向に回入せり﹂は、それぞれ その意味が拡張され、相互に含み合うものとなります。 そして、注目すべきことは、親驚自身がそのような理解 を示しているということです。 ﹁弥陀の回向成就して/往相還相のふたつなり/これ らの同向によりてこそ/心行ともにえしむなれ﹂という 和讃は、二種回向によって心行が成立することを一不すも のとして、第二の理解に属すると見なされてきました。 しかし、﹁心行ともにえしむなれ﹂ということは、単に 獲信の瞬間だけではなくて、信前と信後を共に含んだ信 の生の全体についていわれ、信の生全体が二種同向によ って成り立っていることを述べていると理解されます。 すなわち、﹃教行信証﹄の全体、教・行・信・証の各巻 のみならず、真仏土巻や化身土巻を含んだ全体、浄土真 宗の全体が﹁心行えしむなれ﹂の一語によって統合され、 その一語を二種田向が支えていることをこの和讃が示し ていると解されてきます。そうすると、この和讃のうち に、もう一つの和讃群によって一不されている意味、すな わち﹁往相から還相へ回入する﹂という意味も含まれて きて、こうして当初対立するように見えた二つの理解は 重なり合うものとなります。 親驚自身がこの和讃をそのような統合的意味で理解し ていたことは、この和讃に対して親驚が次のような左訓 を附していることからも知られます。 弥陀の回向成就して 往相還相のふたつなり これらの回向によりてこそ 心行ともにえしむなれ ︵往相はこれより往生せさせむと思し召す回向なり、 還相は浄土に参り、果ては普賢の振舞ひをせさせて、 衆生利益せさせむと回向し給へるなり︶ ただ、この左訓を左訓にすぎないという理由から附録 のようにみなして過小評価する見方もありますが、しか

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し、これを過小評価すべきではなくて、むしろそこに親 驚の統合的理解の意図を読み取るべきであろうと思いま す 。 『教行信社』と二種同向の問題 では、二種凶向の統合的理解においてどのようなこと が見えてくるでしょうか。それは、如来の二種出向のは たらきが各人の往相凶向の心行を成立せしめつつ、さら に、人から人へ、個から個へと衆生の歴史的世界を貫い て展伝してゆく様が見られてくるということです。その ことは、二種回向によって成立した往相回向の心行は、 ﹁往相回向から還相回向へ回入する﹂という出来事を介 して、衆生の歴史的世界を貫いて感伝してゆくというこ とです。如来の回向のはたらきが、そのように二種田向 を介して、釈尊から世親、曇驚、善導、法然、親驚へと 伝わってきたということに日が向けられてくるのであり ま す 。 13 そこで注意すべきことは、﹁往相回向から還相回向へ 回入する﹂という理解は、回向を﹁衆生の生の相﹂にお いて捉えるものであり、したがって通俗的理解の名残り を示すものであるからとして捨て去られるのではなく、 回向のはたらきが衆生の歴史的世界を貫いて展伝してゆ く際にとるリズムを現すものとして不可欠と見なされて くるということです。音楽にリズムがなければならない ゆえんは、音楽は有限な時間を貫いて流れるからですが、 同様に、如来の回向のはたらさも、それが人間の歴史的 世界を貫いて伝播していくときには、往相から還相へ凶 入するというリズムをとるのでなければなりません。そ こに二種田向の二様の理解が統合的に捉えられねばなら ない所以があります。 そ し て 、 このことを示しているのが、﹃教行信証﹄の ﹁総序﹂における親驚の一言葉です。そこで親驚は、﹁た またま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ﹂と語って、自分が 行信を獲たことの背後に、釈尊にまで遡る伝統があり、 それが人から人へと伝わって現在の自分にまで届いてい ることに思いを致し、深い感謝の念を表明しています。 そして、行信を獲たことの源の﹁如来大悲と師、王知識の 恩徳﹂に対して、﹁身を粉にしても報ずべし/骨を砕き ても謝すべし﹂と述べています。そこで注意すべきこと は、親驚は、思徳に対する感謝の念はそれに報ずる行為 を伴うのでなければならないと捉えていることです。恩 徳に対する感謝はそれをただいただくだけではなく、そ れに報ずるという行為に結びつくことで全きものとなる。 そういうことから親驚は、如来の回向のはたらきが釈尊

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14 から自分に至るまで、個から個へと歴史を貫いて流れて きた恩徳を思うことで、自分もまたそうしなければなら ないという使命感を抱いています。その使命感が﹁往相 回向から還相回向に回入する﹂という和讃において表明 されているのであります。感謝の念はそれが全きもので あるとき、それに報ずるというはたらきを伴うのでなけ ればならないということが二種回向の二つの理解、すな わち、﹁二種回向によって信を獲る﹂という理解と、﹁往 相から還相へ回入する﹂という理解とが必然的に結び付 くことを示しています。親驚は﹁往相から還相へ回入す る﹂という事実を介して如来の回向のはたらきが衆生の 歴史を貫いて現代にまで感伝し、伝播してきたことに深 く思いを致しているのであります。 信と同じように、感謝の念も人間において人聞を超え たものといわなければなりません。それゆえ、それは個 にとどまらず、個を超え出てゆく性格を持っています。 ただいただくだけの感謝は自己本位的なものにすぎませ ん。感謝の念は、それが真なるものであるとき、自己を 超え出て、他者に及ぶという性格を持っています。その ことは、感謝の念においてはたらいているものが、人間 の心ではなくて如来の心であるということを意味します。 ここにも二種回向のご様の理解が一繋がりのものとして 捉えられねばならない理由があります。 四 歴史的世界を感伝するもの としての二種目向と浄土の荘厳 二種田向の統合的理解において見られてくるのは、如 来の回向のはたらきが、往相と還相の交互転換というリ ズムをとって、衆生の歴史的生を貫いて伝播してゆく様 で す 。 真宗の教学者の中で、曽我ほど二種目向についての 様々な見解の閑を揺れ動いている人はいないかと思われ ますが、そのことは、曽我ほど二種田向の複雑で微妙な 局面に分け入って深く思索した人はいないということを 示してもいます。曽我は中期の有名な﹁聖教と自己の還 相回向﹂という論考において、還相回向を﹁教﹂に捉え るという破天荒な見解を示しました。周知のように、曽 我のこの見解にインスピレーションを得て、第一の理解 を通俗的としてしりぞけ、第二の理解が﹁教行信証﹄の 正しいこ種回向の理解を一不すものであるという見解を首 尾一貫して主張されたのは寺川先生であります。ところ が、曽我自身は後に、その自分の見解を変え、晩年には、

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『教行信証」と二種同向の問題 第二の理解に第一の理解を取り込んだ第三の統合的理解 に移っているように思われます。曽我は次のように述べ て い ま す 。 往・還二廻向の問題について、聖人は晩年に新しい 境地を聞かれたのではないか ︵ ﹁ 曽 我 量 深 選 集 ﹄ 第 一 一 巻 一 五 O 頁 ︶ そして、その﹁境地﹂を表すものとして曽我は 南無阿弥陀仏の回向の/恩徳広大不思議にて/往相 回向の利益には/還相回向に回入せり ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹄ ﹁ 正 像 末 和 讃 ﹂ 五 O 四 頁 ︶ という和讃に特に注目しております。 いったい曽我は﹁親驚の晩年に聞かれた新しい境地﹂ としてどのようなことに注目しているのでしょうか。そ れは、南無阿弥陀仏となって衆生の世界に出現した如来 の回向のはたらきが﹁往相回向から還相回向へ回入せ り﹂というリズム、あるいは弾みをとりつつ、衆生の歴 史的世界を貫いて感伝し、伝播してゆくことに、親鷲が 改めて深く思いを致すようになってきたということだと いいうるのではないかと思います。 そこで注目されてくるのは、曽我の﹁大還相﹂という 考えです。曽我は如来のはたらきを広く﹁大還相﹂と捉 15 ぇ、往相も還相もその中に含まれるとして、 往相は既に大還相の中に成立し、そこから又第二次 の還相が出て来る ︵ ﹃ 曽 我 量 深 講 義 集 ﹄ 第 一 巻 、 二 一 七 頁 ︶ と述べております。そして、如来の﹁大還相﹂が、往相 と還相というかたちのもとで現れることで、衆生の信を 成立せしめつつ、さらに、衆生の信において﹁往相から 還相へ回入する﹂という第二の還相となって展開し、還 相から柱相へ、そして往相から還相へと、運動と休止と が入れ替わるという具合にリズムをとりつつ、人間の歴 史的世界において、釈尊から世親、曇驚、善導、法然、 親驚、そして我々へと感伝してきでいることに注目して います。そのようにして、如来の﹁大還相﹂は二次的還 相を通して、衆生の歴史的世界にはたらいているのであ り ま す 。 如来の大本のはたらきが﹁大還相﹂とされ、そのなか で二種回向が捉えられてくるとき、﹁二種回向﹂は﹁浄 土の荘厳﹂と重なってきます。浄土の荘厳とは、純一な 如来の清浄心が、国士、仏、菩醸の三種、二十九種荘厳 となって、多様な形をとりつつ衆生の歴史的世界に出現 し、そこに映ってきらめいている様を記述したものです。

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16 如何なる形にせよ、如来の心が多様な形をとって衆生の 世界に出現することが﹁大還相﹂であります。如来の心 がそのように多様な形をとって衆生の世界に出現する所 以は、それを介して、衆生がその根源の如来の清浄心に 触れて純化され、生死海を超出して、浬繋へ至らしめら れるためです。そこに﹁往相の回向﹂があります。如来 の願心が行・信・証という形をとって現れることで衆生 を浬繋を証するに至らしめるが故に、それは﹁往相の回 向﹂といわれるのであります。 しかし、そのようにして、衆生の心が如来の清浄心に 触れて浬繋へと向けられる一方、衆生の心はそのことに よって、さらに現実の世界にとどまり、歴史的世界の底 に入りこむエネルギーを得てきます。そこに第二次の ﹁ 還 相 回 向 ﹂ が あ り ま す 。 純一なる如来の清浄心が多様な荘厳の形をとって衆生 の世界に現れ、それらの多様な荘厳を介して、衆生が一 なる清浄心へと至らしめられるという二重の運動は、浄 土の荘厳では﹁広略相入﹂と呼ばれます。この広略相入 の展転は、如来のはたらきの﹁還相・往相﹂を言い換え たものに外なりません。﹃浄土論註﹄を著した曇驚が ﹁二種回向﹂を説いた人物であることはゆえなきことで は あ り ま せ ん 。 五 結 論 最後に、二種回向の統合的理解においてどのようなこ とが浮かび上がってくるかを見て終わりたいと思います。 二種回向の第三の理解においては、﹁往相回向の心行 を獲て﹂﹁正定衆の自覚﹂に立つことが強調されました。 それに対して、統合的理解においては、正定緊の自覚は ﹁往生﹂という宗教的生の観点から捉え直されてくると いいうるのではないかと思います。その宗教的生の内実 が﹁往相回向より還相回向へ回入せり﹂という事態に外 な り ま せ ん 。 正定衰の自覚が強調されたのは、二種岡向が獲信を主 眼において捉えられたからでした。しかし、﹁正定緊に 定まる﹂のは現生においてであり、それゆえ、正定策に 住するとは浬般市の証得に至るの展望をもって現生を生き ることであるとき、正定緊に住することは往生という宗 教的生のなかで捉え直されてくるのでなければなりませ ん 。 いったい、﹁往生﹂とは何か。それは﹁浄土に生まれ る﹂こと、浄土を自己の生きる場とすることです。では、

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﹁浄土に生まれる﹂とはどういうことか。それは西方十 万億土の彼方に至ることではありません。我々が生きる 世界に、如来の清浄心が流れ込み、我々はそれを呼吸し て生きることができるようになるということです。生物 は空気のなかに合まれている酸素を呼吸することによっ て、地球において生きています。それと同様に、我々が 生きている裟婆世界に、如来の清浄心が吹き込んでくる、 そして、それを呼吸することによって人聞は裟婆世界に 生きてゆくことができるようになる。そこに浄土に生ま れ、浄土において生きるという﹁往生﹂の意味がありま す。浄土が﹁報土﹂といわれ、報土に生きることが﹁難 思議往生﹂といわれるのは、そこを流れる如来の清浄心 によって人聞が生かされる不思議をいうものに外なりま 『教行信社Jと二種岡向の問題 せ ん 。 ﹁浄土の荘厳﹂といわれるものもそのことに外なりま せん。浄土の荘厳とは、人間の生きる婆婆世界に如来の 清浄心が形を変えて映ることであり、その形を通して衆 生が人聞が如来の清浄心に触れ、やがて浬般市を証する至 るということです。﹁安楽固に生じることは畢克成仏の 道路だ﹂といわれるのはこのことに外なりません。 そのように、如来の清浄心としての本願が種々の形を 17 とって人間の歴史的世界に現われ、本願力となってはた らくところに如来の大還相があり、衆生がそのような如 来のはたらきに乗託して生きるところに﹁難思議往生﹂ としての宗教的介があるのであります。 しかし、形なき如来が人間の歴史的世界に形をとって 現れ、衆生を利益するという還相回向の思想の根本にあ る事態は何も浄土仏教だけに固有というわけではありま せん。ここでくわしく述べることはできませんが、キリ スト教において﹁隣人愛﹂という思想が示しているのも 同じ事態です。キリスト教では、﹁神への愛﹂と﹁隣人 の愛﹂を神の主要な二つの命令とし、その二つを統括す るものとしての﹁神の愛﹂を加えて﹁愛の二二性﹂と呼 ばれていますが、この﹁神の愛﹂、﹁神への愛﹂、﹁隣人 愛﹂という愛の三|一性は、真宗において、如来の回向 心、往相回向、還相回向と対応するということができま す。この世を超えた神に向けられた神への愛は、人間の 世界においては隣人愛となって現れるのでなければなら ないと、キリスト教は説いています。神への愛によって 人聞は神の愛に摂取されると、神の愛は今度はその人間 のうちに宿って隣人愛となって現れます。このことは、 浄土仏教において﹁如来の回向に帰入して/願作仏心を

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18 うる人は/自力の回向を捨て果てて/利益有情はきわも なし﹂と誕われていることであり、﹁往相回向から還相 回向に回入する﹂といわれていることに外なりません。 二種田向の統合的理解において注目されてくるのは、 ﹁難思議往生﹂という宗教的生であると述べました。曽 我が親驚の晩年において聞かれてきた新しい境地として 注目しているのがこの宗教的生であるといいうると思い ます。信はそこでは﹁正定緊﹂という﹁位﹂だけにおい てではなく、その﹁深まり﹂において捉えられます。そ こにおいて﹁往相回向から還相回向に回入する﹂という 事態に目が向けられて来るように思います。﹃教行信証﹄ の現代的意義はこの側面をより広く、そして深く掘り下 げることにあるといいうるのではないかと思います。 私の話はこれで終えさせていただきます。ご静聴あり が と う ご ざ い ま し た 。

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講演 二

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年度 真宗大谷派教学大会

親驚聖人

﹁真仮偽判﹂の現代的課題

| | 宗 教 多 元 主 義 に 基 づ く 対 話 論 的 真 理 観 を 視 座 と し て 111 現代の視点 親驚聖人「真仮偽判」の現代的課題 ただ今ご紹介にあずかりました龍谷大学の武田でござ います。今回、本年度の真宗大谷派教学大会に、私ごと き者をお招きいただき誠に光栄に存じます。関係各位の 諸先生に深く感謝申し上げます。 親驚聖人と現代社会ということで、私が考えておりま すことは、われわれにとっての現代世界、今二十一世紀、 まさにこの現代という歴史的現実の視点でございます。 そうした現代社会において宗教を捉えようとする場合、 周知のごとく、多様な切り口が考えられます。例えば、 グローバル化と宗教、アジアの近代化と宗教、現代宗教 19

の変容、虐げられた者の宗教、ジエンダ

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論と宗教、宗 教の社会学という問題、そして終末と救済の幻想という もの、さらに新宗教運動、新新宗教、また世俗化の問題、 あるいはナショナリズムの世俗性と宗教性等々です。 龍谷大学が平成元年に創立三百五十周年を記念して公 開シンポジウムを開催いたしました。当時、理工学部が 新設され、記念事業の一環として、﹁人間・科学・宗教﹂ という三つのキーワードで、一つのプロジェクトを企画 しました。宗門立の大学に理系の学部が設置されるのは 一体何を意味するのであろうか、ささやかながら研究課 題のひとつに掲げさせていただきました。私にとりまし て、そういうわけで﹁宗教と現代﹂という枠組みで、親

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20 驚聖人が開顕された﹁浄土真宗﹂を考える場合、これま での時代には見られなかった特異性を視野に入れて、私 自身が信心体験に究極的にかかわるひとりの念仏者とし て、次の三つの事柄を研究テ

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マとして掲げてまいりま し た 。 第一に、現代は﹁宗教多元主義が自覚的に認識されな ければならない時代﹂ではないだろうかということです。 諸宗教間対話が、最近は地球規模で行われて来ておりま すが、他宗教との対話への積極的な参加は次第に避けて は通れないようになって来ました。そうした今日的状況 において、宗教多元主義は宗教間対話の根本理念のひと つであろうと思います。﹁宗教聞の平和なくしては国家 聞の平和はない、宗教問の対話なくしては宗教聞の平和 はない﹂、これはご承知のとおり﹁地球倫理の実践﹂を 全世界に強く要請している、カトリック神学者で﹁地球 倫理研究所﹂の所長でもあるハンス・キユングが提唱し、 一九九三年九月間日、シカゴにおいて開催された、私も 出席していたのですが、第二回の﹁万国宗教会議﹂で採 択 さ れ た ﹁ 地 球 倫 理 官 二 一 一 け ﹂ で し た 。 地 球 倫 理 に 関 し て は 賛百両論ありますが、地球倫理の実現に向かって進むた めの、一つの不吋欠なる視庄が宗教多元主義ではなかろ うかと考えております。 第二に、現代は﹁宗教と科学の︿あいだ﹀が根源的に 問われなければならない時代﹂ではないかという深刻な 課題です。およそ八十年前ですが、ハーバード大学のア ルフレッド・ノ

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ス・ホワイトヘッドという数学者でも ある哲学者が簡明に指摘したように、仏教とキリスト教 が衰退したのにはこつの理由による。一つには、仏教も キリスト教も共に、それぞれ白ら自己充足的な教義の内 に閉じこもってお互いに対話をして来なかったこと。八 十年前ですから、恐らく今日ほど宗教対話は盛んではな かっただろうと思います。先ほど申し上げた第二回の ﹁万国宗教会議﹂がちょうどその年より百年前の一八九 一二年に第一回が聞かれております。したがって、宗教者 の集まりは、すでにその頃から始まっておりますけれど も、現代のように宗教対話関係の国際学会がアメリカに もヨーロッパにも日本にもあって、年次大会が開催され ているという時代ではなかったわけです。 さらにホワイトヘ y ドが指摘する両教衰退のもう一つ の原同は、仏教もキリスト教も、彼が﹁第三の伝統﹂ 吾 巾 吾 可 門

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包 王 。 ロ と 呼 ん だ

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然科学、特に十七世紀以 降の西洋科学に対して、仏教はあまりにも無関心を装い、

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親驚聖人「真{反偽判」の現代的課題 キリスト教はあまりにも闘争してきたという事実であり ます。また、阿谷市川円泊先生は、﹁宗教と科学という問題 は、現代の人間における最も根底的な問題である﹂と語 っておられます。これは宗教者にとっても科学者にとっ ても今世紀最大の緊急課題のひとつであります。 そして、第三に掲げました研究テーマは、第二の課題 から派生するわけですが、現代は﹁科学技術からもはや 逃れることのできない時代﹂ではないか。科学技術の進 歩によって生じてきた地球全体にとって最大の負の脅威 は、やはり核兵器だと思います。私自身も四歳七カ月の 折に広島市内で爆心地から一一キロ以内で原爆に遭い爆風 に吹き飛ばされた体験をもっております。核兵器の恐ろ しき、核爆発から発生する放射能汚染は、私の脳裏深く、 未だ忘れずに強烈な地獄絵図として刻み込まれているわ けですが、単に記憶だけではなくて、被爆した身体が、 六十五年経った今も、放射線によって蝕んでいくという 生物学的事実は、皆さんも、何度も繰り返されてきた原 爆・水爆実験、さらにはチェルノブイリ原発によってよ くご存知だろうと思います。 神学者ヘンリ

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・ネルソン・ワイマンは、原爆が広島 に投下された翌年、一九四六年すでに彼の名著﹃人間的 21 善 の 源 泉 ﹄ M 1 M N

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遺言。。えのなかで、そ の始めのほうに次のようなことを書いております。 広島の原爆投下は、歴史を真つ二つに分けた。それ までとその後では、世界がまったく異なっている 0 .・その投下以前の時代に適合した政治経済秩序は、 来るべき時代にとって自殺行為をおこなったのであ る。同じ破壊的行為は、教育や宗教にまで及んでい る 。 すでにわれわれは﹁核の時代﹂に突入しているわけで すが、仏教思想に対しても根元的なパラダイム・シフト がすでに起こっているという歴史的事実を認識しなけれ ば な り ま せ ん 。 以上三つのうち、本日は、第一の研究テ

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マ に かかわる、﹁親驚聖人﹁真仮偽判﹂の現代的課題宗教 多元主義に基づく対話論的真理観を視座として﹂を テ!マとして、日頃考えておりますことをしばらくお話 させていただきたいと思います。 さ て 、 宗教が真に現成する場とはどこか 宗教が真に現成する場とは一体どこであろうか。﹁宗 教は、事実の底に考えられるものでなければならない﹂

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22 とは西田幾多郎が宗教を捉える原点です。宗教的要求と は、﹁自己の生命に就いての要求﹂である。有限相対的 自己の覚知と絶対無限との合一であり、自己変革と生命 革新とが、真正なる宗教がもたらす実地の明証です。絶 対現在における﹁絶対無﹂の自覚が、最も深い意味での 宗教的体験の事実であり、われわれの客観的知識と考え るものの根底でもあります。大乗仏教の真意は、かかる 事実の底に徹することでなければならないと西田幾多郎 は 述 べ て お り ま す 。 先ほど申し上げたホワイトヘッドは、﹁宗教ヴィジョ ン﹂について、次のように語っております。 宗教とは、眼前の事物の移り行く流れの彼岸や背後 や内奥に在る何ものか、実在しながらも現実化され るのを待っている何ものか、遠い彼方の可能態であ りながら最大の現在的事実である何ものか、すべて の移り行くものに意味を与えながらしかも捕捉し難 い何ものか、掴めば至上の福となるがしかも手の届 かない何ものか、究極の理想であって望みなく探究 を続けなければならない何ものか、のヴィジョンで ホ γ h v o ﹂のホワイトヘッドの宗教ヴィジョンが、念仏者のひ とりとして様々な宗教者との対話の場へと、私をして積 極的に関与せしめてきた宗教ヴィジョンであります。 西谷啓治先生によれば、宗教は﹁何時でも、各人自身 ︵ 6 ︶ にとっての各人自身の事柄﹂であり、﹁生そのものにと っての大問題﹂であり、﹁実在の自覚、実在の実在的な ︵ 8 ︶ 自覚﹂という視点から捉えようとされます。実在を自覚 するとき、実在自身の自己実現、実在の実在的な実現 ︵ 門 店 EN 白 C Oロ︶が成り立ちます。人聞が真の実在をリア ルに求めていくことが﹁宗教的要求﹂にほかなりません。 意 識 l 自意識の場から、それ以前の生命や感応の場に還 るのではなくて、意識の場を通してしかもそれを突破し、 そこから振り返って意識の場をも見られるような地平が 求められてきます。デカルト的な﹁我考ふ、故に我あ り﹂という自己意識の場が、一層根源的な自己の場へ突 破されてはじめて、その真理性が確保されます。﹁宗教 のみがもっ独自な意義﹂とは、西谷先生によれば、宗教 が﹁通常の自己というあり方そのものの含む問題性に対 する、実存的な摘発﹂であり、宗教は﹁我あり﹂という ことを究明する大きな、根源的な﹁我考ふ﹂の道であっ たというところにこそ見出されておられます。 一層根源的な自覚というのは、自己存在の最後の限界

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からの自覚であり、虚無の自覚であり、自己自身が虚無 そのものになりきることに他なりません。デカルトの方 法懐疑と﹁大疑現前﹂といわれる宗教的懐疑とのうちに、 哲学と宗教との根本的相違が見られております。 実在自身の自己実現として、西谷先生は、浄土教にお ける二種深信、口称念仏、現生における入正定緊、即得 ︵

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︶ 往生について論じられています。 宗教多元主義とは何か 親驚聖人「真仮偽判」の現代的課題 きて、宗教多元主義とは一体何か、ここでしばらく考 えてみたいと思います。宗教多元主義については、様々 な宗教学者、宗教哲学者、神学者が論じております。日 本では恐らくジョン・ヒックが論じた宗教多元主義が一 番有名ではないかと思います。例の遠藤周作の小説﹃深 い河﹄において、私も感動をもって読みましたが、遠藤 周作があのようなストーリーを描いたその元のところに ヒツクの宗教多元主義的な発想があるということを遠藤 自身が述べています。 本日は、昨年のギフォード・レクチャーでハーバード 大学神学部のダイアナ・エックが講義をした中で論じた 宗教多元主義に閲する﹁四つの理念﹂について、ご紹介 23 させていただきます。それらは大事な理念であろうと私 は 思 い ま す 。 まず第一に、よく多元という概念は多様性と結びつけ られて考えられると思いますが、多元主義は単なる多様 性ではなくて、多様性に積極的かつ果敢に関わりをもつ ことが多元主義であります。地球上には異なる民族の数 ほど宗教が存在すると言われておりますが、こうした現 状をこれまでのように多様性の事実として受け止めるだ けでは多種多様な諸宗教の聞に、エツクの言葉を借りれ ば、﹁小さな通路をつけるだけに終わるような、宗教的 ゲット

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﹂を作り出すに留まるに他なりません。 したがって、多様性は所与のものですが、多元主義は 所与のものではありません。グローバルな現象をただ単 に所与なるものとして状況認識するのではなくて、多元 主義は、積極的に可能な限り多くの宗教に主体的にかか わり、それを通して達成される一つの﹁成果・成就﹂の 事態を指します。実際に現実的な遜遁や関係を持つこと が必要であり、それを持たないような、単に所与の事態 としての﹁多様性﹂の認識は、﹁かえってわれわれの社 会のなかにますます緊張の増幅をもたらすだけである﹂ とエツクは述べております。

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次に第二の理念ですが、多元主義はただ単なる寛容と いうことではない。そうではなくて、相違の境界を超え て他者を理解せんとして実践的に探究することであると 言っております。世界平和が論じられるとき、しばしば 他の宗教に対するいわゆる﹁宗教的寛容﹂が重要である と主張される場合があります。確かに寛容、特に﹁宗教 的寛容﹂は、われわれの現代社会において要請される、 いわば公共の美徳と三守えるかもしれませんが、単に寛容 の精神を懐くだけでは、﹁宗教的相違や類似にあふれる 世界を安定させる土台としてはあまりにも脆弱﹂すぎる のではないでしょうか。寛容の精神によってわれわれ相 互間の無知を拭い去ることはできないと思います。単な る寛容の心はむしろ逆に、エックの言葉を借りれば、 分裂と暴力というこれまでの古い形態をもたらして きたような固定観念や部分的真実、さらには恐怖と いうものをせいぜい残してきただけであって、それ 以上には進展しない。 と厳しく批判しておりますが、 ま す 。 24 まさにその通りだと思い したがって、第三に、﹁多元主義は相対主義ではない。 現実参加の出会い﹂です。多元主義は一見相対主義のよ うに考えられますが、しかし、単に相対主義と捉える立 場は、先ほど﹁多様性﹂について見ましたように、ある 種の傍観者的で消極的な姿勢に陥りがちではないでしょ うか。多元主義は今日ではまさしく﹁新しいパラダイ ム﹂です。エックは、﹁われわれのうちにあるもっとも 深い差異を、宗教的違いさえも、隔離させ閉鎖させるの ではなく、それらさまざまな相違を相互にかかわらせる こと﹂であるといいます。そこに宗教多元主義の大変重 要なポイントがあります。 最後に、第四の理念は、宗教多元主義はどこまでも ﹁対話﹂に基づいて実践されなければならないというこ とです。ダイアローグを積極的に遂行するためには、自 分の考え・信仰内容を的確に対話のパートナーに伝達し ていく一つの重要な手段である言語が必要になってきま す。対話と出会い、あるいは対等な条件での意見交換、 あるいは批判と自己批判を媒介し伝達する共通言語が要 請 さ れ ま す 。 これは余談ですが、かれこれ二十数年前、四十歳代前 半の頃ですが年何度か国際会議のパネルディスカッショ ンにパネリストとして出席したのですが、その折に、英 語を当然の如く発表や議論や質疑応答などで使うことに

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親驚聖人「真仮偽判Jの現代的課題 何ら反省されないまま使用されます。英語という一言語、 すなわち西洋の一言語を、そういう場で使うことは、ある 意味では、いわゆる言語帝国主義一吉宮

E F

門 戸 日 吉 江 田 口 印 ヨ であるといえないでしょうか。英語を母国語とするパネ リストのなかでも良心的な先生方は﹁その通りだ﹂とお っしゃっていましたが、通常はまったくの無視です。こ のような状況は、特に宗教間対話の場ではフェアではあ り ま せ ん 。 日本仏教を語るといった場合に、日本語という﹁言 葉﹂は大変重要です。同時に、日本仏教は漢文で書かれ た経典を根底に据えております。漢文は大変重要な一つ の仏教思想の表現媒体として、思想伝播の貴重で不可欠 な手段を担っていると思います。 ですから、例えば日本仏教を語る場合、全部英語で語 らなければならないということになれば、行問、ニュア ンスを伝えるのには、やはり英語を母国語としているパ ネリストには敵いません。こうした言語の障壁があるた めに宗教対話が、否応なく阻害されているのではないか と 思 い ま す 。 25 四 宗教多元主義・真理問題と親鷺聖人 ﹁真仮偽判﹂との接点 さて、宗教多一冗主義の視座から親驚浄土教を考察せん とするとき、少なくとも教判に閉じて見るかぎり、二双 四重判も真仮判もともに直接には接点がありません。間 接的には大いにかかわるにもかかわらず、直接的には ﹁偽﹂の範臨時に属すると判定されたもろもろの外教や外 道の諸宗教・諸思想が問われてまいります。 親 驚 聖 人 は 、 偽とは、すなはち六十二見・九十五種の邪道これな と 規 定 さ れ て お り ま す 。 さ ら に ﹁ 浬 繋 経 ﹄ ︵ 大 衆 所 関 口 問 ︶ 一切の外は九十五種を学 世尊つねに説きたまはく、 びて、みな悪道に趣く。 と説かれる丈が引用されます。そして同時に﹃法事讃﹂ が 引 用 さ れ る な か 、 九十五種みな世を汚し、ただ仏の一道のみ独り清 げん 閑 な り 。 と断定されます。さらに、﹁化身土丈類﹂の要門釈の説

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26 意出願と呼ばれる段に、始めのほうですが、 しかるに濁世の群萌、穣悪の含識、いまし九十五種 の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへど も、真なるものははなはだもって難く、実なるもの ははなはだもって希なり。偽なるものははなはだも ︵ 日 ︶ って多く、虚なるものははなはだもって滋し。 と、要門が九十五種の邪道を脱却しながらも、なお真実 ではないことが論じられます。 さらに、﹁化身土文類﹂の﹃阿弥陀経﹄隠顕釈を結し て 、 しかれば如来、世に興出したまふゆえは、恒沙の諸 仏の証護の正意、ただこれにあるなり。ここをもっ て四依弘経の大士、三朝浄土の宗師、真宗念仏を聞 きて、濁世の邪偽を導く。 と、濁世械悪に埋没せる邪偽を真宗念仏へと教導せんと さ れ て お り ま す 。 以上が、門内の方便を開顕した後に、親驚聖人は、門 外の仮偽を弁釈されることによって、聖道が仮であると 規定して外教の偽相を詳説されます。 しかるに正真の教意によって古徳の伝説を披く。聖 道・浄土の真仮を顕開して、邪偽・異執の外教を教 誠す。如来浬般市の時代を勘決して正・像・末法の旨 際 を 開 示 す 。 とおっしゃっておられます。 親驚聖人において、﹁聖道・浄土の真仮を顕関して、 邪偽・異執の外教を教誠﹂された根本基準とは、一体何 で し ょ う か 。 ま ず 、 二 善 ・ 二 一 福 の 定 散 諸 差 口 は 報 土 の 真 因 と は な ら な い。なぜならば、﹃観経﹂諸機の三心は自利各別にして 利他の一心ではないからとし、さらに、﹁化身土丈類﹂ の要門釈を結釈するに次のような勧誠をもって結ばれて おります。ここは非常に大事なところだとわたくしは思 っ て い る わ け で す が 、 り ょ う こ ん しかれば、それ楊厳の和尚︵源信︶の解義を案ず るに、念仏証拠門︵﹁往生要集﹄下︶のなかに、第 十八の願は﹁別願のなかの別願﹂なりと顕聞したま へり。﹃観経﹄の定散の諸機は、﹁極重悪人唯称弥 陀﹂と勧励したまえるなり。濁世の道俗、普く自ら 己が能を思量せよとなり、知るべし。 と述べられ、それに続いて、﹁大経﹄﹁観経﹄三心一異の 問答がおこされて、それに答えられて、 諸機の三心は自利各別にして、利他の一心にあらず。

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如来の異の方便、欣慕浄土の善根なり。これはこの 経の意なり。すなわちこれ顕の義なり。 次 に 隠 彰 の 義 を 、 あ ら わ ﹁彰﹂というは、如来の弘願を彰し、利他通入の 一心を演暢す。達多・閤世の悪逆によりて、釈迦微 笑の素懐を彰す。章提別選の正意によりて、弥陀大 悲の本願を開閑す。これすなはちこの経の隠彰の義 h u F も 親鷺聖人「真仮偽判」の現代的課題 勧誠にいわれる﹁別願のなかの別願﹂たる第十八願、 そして﹁濁世の道俗、善く白から己が能を思量せよ﹂と いう極重悪人、さらにそれに続く問答にいわれる﹁利他 通入の一心﹂の隠彰義にこそ、現代における宗教多元主 義に基づく宗教間対話に、ひとりの念仏者として積極的 にかかわっていく原動力が見出されるのではないでしょ う か 。 27 このように宗教間対話に積極的に従事する実践的体験 を実地に積み上げていくプロセスの中で、はじめて宗教 多元主義的真理観に基づく真仮偽判が実証されるのでは な い で し ょ う か 。 宗教多元主義の立場から、次の三点について留意して おきたいと思います。まず第一に聖道門が﹁仮﹂である と規定されたこと。さらに第二に仏教以外の宗教ならび に思想がすべて﹁邪偽・異執﹂と断定されたこと。実は このことが、親驚浄土教の立場において、世界宗教対話 ならびに宗教多元主義への積極的な方向に対して、ある 種の障害のひとつとなっている教義的原因ではないかと い う こ と で す 。 それを克服するためには、私は次の二つの宗教多元主 義的方法が考えられなければならないのではないかと思 い ま す 。 第一に﹁真仮偽判﹂自体の成立根拠が一体何であった か、それが再び吟味されなければならないということで す。そして第二に親驚浄土教の核心であり、絶対真実で あるとされる阿弥陀仏の﹁本願﹂自体の救済法の成立根 拠が一体何であったか、再吟味されなければならないと 思 い ま す 。 第一の点についてですが、教法が、正像末三時にわた って貫通するか、閉塞するか、その可否が、聖道・浄土 二門に真仮を断定する現実的根拠として見据えられてい ることが、真仮判の根拠を考え吟味する示唆となるので はないでしょうか。このことは、真仮判が、けっして単 なるドグマとして下された教判ではないことを意味して

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