• 検索結果がありません。

佛教学研究 第64号 008村上, 明也「源信における「無量寿三諦説」成立の再考」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "佛教学研究 第64号 008村上, 明也「源信における「無量寿三諦説」成立の再考」"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

源信における

寿

成立の再考

日 刀 相 hMl

問題の所在

源信における f無量寿三論説」成立の再考 ① 恵心常都源信(九四二 l 一

O

一七、以下、源信と略す)が長和三年(一

O

一四)に撰述した﹃阿弥陀経略記﹄ には、無量寿の一字ずつに空夜中を観じる﹁無量寿三諸説 L と呼江れる思想があっ、従来からその或立をめぐっ て様々な議論が行われている。 ② また無量寿三諸説は、﹃観心略要集﹄における﹁阿弥詑三諦説﹂の先駆をなす思想として殊に注目されてきた が、源信真撰としてほぼ間違いないと考えられる﹃阿拡陀経略記﹄の無量寿三議説と偽撰説が濃厚な﹃観心略要 ④ t和﹄の如何弥陀三諦説とには、内容的にも一事乞画する必要があるため、蕪量圭一一諦説の成立こそ、源一信市部土教だ け で な く 、 その後の叡山浄土教の展開を窺う上でも解明を急ぐべき問題といえよう。 さて蕪量寿三諦説の成立に関する先行研究は、以下の四点に集約できる。 ⑤ ①﹃往生要集﹄における﹁三身一体観﹂から成立 ⑤ 号源請

(

?

i

九九八)著﹃観経読顕要記﹄を手がかりとして或立 ⑦ ③﹃摩諦止観﹄や﹃大乗起信論﹄を根拠とした如来蔵説から成立 円 i つ d

(2)

④源信創出に疑義が呈され、 ③ 訂伝法円からの成立 それ以外の思想については積極 的に論じられていない。そこで﹃阿弥詑経略記﹄を詳細に検討してみたところ、他に重要と目される患想が所々 しかしながら、これら① i ④は﹃関誌詑経略記﹄ の , 無 量 寿 三 諦 説 の み を 扱 い 、 に散見され、無量寿三諦説だけが本書の要ではないと考えられてきた。 i原信における f無量寿三議説」成立の再考 の寸綿一⋮縁慈悲釈﹂という思想である。この﹁無縁慈悲釈 L は 、 ﹃ 阿 弥 の密意であること、﹃往生要集﹄が思想基盤となっていること、本有己心の六郎阿弥陀仏を顕すことなど、 多く﹁無量寿三諦説 L と軌を一にしており、﹃持弥陀経略記﹄の中でも特に重要な思想といえる。 したがって本語は、﹃阿弥陀経略記﹄の無量寿三議読と無縁慈悲釈の関係から浮かび上がってくる教学を見掻 ここで注目したいの辻、 ﹃ 阿 弥 詑 経 時 記 ﹄ 陀 経 ﹄ め、無量寿三諦説の成立を﹃註生要集﹄ の﹁三身一体観﹂に求める佐藤哲英博士及び花野充昭先生の主張をより 補強することを意図している。

一、先行研究の概観とその問題点

はじめにも述べたように、無量寿三諦説の成立に関する見解は、学者間で一様でない。そこでまず先行研究を 概観し、同時にそれらに対する問問題点も指摘してみたい。 佐藤哲英博士と花野充昭先生の晃解 無量寿三諦説が﹃往生要集﹄における﹁三身一体観﹂から成立すると主張されたのは、佐藤哲英博士と花野充 o o q u

(3)

昭先生である。﹁三身一体観﹂とは、寛和一疋年(九八五) ⑤ に完成した﹃往生要集﹄大文第四の観察門に、 阿弥陀 仏が三身を旦ハえた一仏であると説く内容を指している。そしてこのコニ身一体観﹂こそ、最晩年の ﹃阿弥陀経略 記﹄に至って三請を配するようになったと考えられてきた。 ところで筆者は、佐藤薄士らの見解に異議を挟むつもりはなく、 むしろこの主張に賛同している。そして今回 新たに﹁三身一体観﹂を一不す文が ﹃注生要集﹄大文第四の作穎門からも看取されてきたので、無量寿三諦説が ﹃ 往 生 要 集 ﹄ の観察門のみから成立したのではなく、作願門にも成立を担う根拠があったことを論じたい。 i原信における「無量寿三議説」成立の再考 福原隆善博士の見解 次 ζ 源清著﹃観経疏顕要記﹄を手がかりに無量寿三諦説が成立したとみるの辻、福原隆善博士である。すなわ ち 博 士 は 、 天台山外一派の人掃として著名な源清の ﹃観経読顕要記﹄に 色 身 嬉 ナ リ 也 。 法 門 報 ナ リ 也 。 実 相 法 ナ リ ・ 也 。 可 り 対 コ 空 最 中 一 一 。 応 身 ハ 如 チ 俵 ナ リ 。 又 タ 一 々 ノ 身 無 作 ナ 士 、 郎チ完工 中 ナ ヮ 。 皆 法 界 ナ ル ヵ 故 一 一 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一・四四二頁) ﹃ 顕 要 記 破 文 L で次のように答えたことを拠り所とされる。 とある文を、本書巻上の批評を担当した源信が 詑 ノ 中 -一 草 山 へ シ 云 コ 報 身 ハ 却 空 。 法 身 ハ 却 中 叶 。 恐 ク 八 日 疋 ノ 二 句 落 ル カ 歎 。 不 り テ 侯 げ 説 ヲ 知 コ 文 猶 ホ 未 J ノ レ ト 具 セ 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一・呂田二頁) こ こ で 源 信 辻 、 ﹃ 観 経 疏 顕 要 記 ﹄ 以下﹁報身は即空 L と﹁法身は郎中﹂との二 の﹁応身辻即ち仮なり﹂には、 匂が欠落しているとみたのである。 ⑬ 確かに﹃顕要記破文﹄は、無量寿三諦説の構成要素である三身と三議とを同時に列ねるが、本書にはまず﹃往 生 要 集 ﹄ コニ身一体観﹂がその背景にあるとい、える。 つ ま り 、 ﹁ 即 ﹂ で結ばれる三請を法報誌の三身に配釈す グ〉 Q d qJ

(4)

る場合、この三身も必ず﹁却一﹂でなければならず、 ここに﹃往生要集﹄ のコニ身一体観﹂が想起されるからで 占 め る 。 よ っ て 、 ﹃顕要記破文﹄以龍の の 萌 芽 ・ あ り と 認 め ざ る を 得 な い 。 ﹃往生要集﹄に﹁無量寿三講説﹂ 小出昌緯先生の昆解 また無量寿三諦説が ﹃摩詞止観﹄や﹃大乗詔信論﹄ ( 以 下 、 ﹃起信論﹄と略す)を根拠とした如来蔵説から成立 すると主張されたのは、 小山昌純先生である。先生の最大の論挺ほ以下の σ3 ﹃ 摩 認 止 観 ﹄ と ﹃ 阿 弥 陀 経 路 記 ﹄ 源信における「無量寿三議説J成立の再考 文にあると思われる。 ﹃ 摩 詞 止 観 ﹄ 一 念 心 ハ 即 チ 如 来 戴 ノ 理 ナ り 。 如 ノ 故 一 一 郎 空 、 議 ノ 故 一 一 即 俵 、 理 ノ 故 -一 郎 中 ナ リ 。 三 智 二 心 中 ニ 具 シ 不 可 思 議 ナ リ 。 ( ﹃ 大 正 義 ﹄ 四 六 ・ 一

O

頁の中) ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ 無 ト ハ 者 却 空 、 量 ト ハ 者 即 張 、 書 ト ハ 者 即 中 、 梯 ト ハ 者 三 智 即 チ 一 心 一 一 具 ス 。 ﹃摩語止観﹄と﹃阿弥陀経路記﹄との鋳続部分が符合するという決定的な壊拠を突き付けられたわけ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 四

O

一 一 良 ) つ ま り 、 である。なるほどこの本文的一致は小山先生の主張を支えるに十分な論拠を与えており、 ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ の 盤 山 量寿三議説辻﹃摩詞止観﹄ の文を援用して創造されたといえよう。しかし、この二文の一致をもって、果たして 無量寿三諦説という﹁思想﹂が成立したとまで言い切れるだろうか。 小山先生の主張に従うならば、源信は晩年の ﹃阿弥詑経略記﹄に至つてはじめて、 ﹃ 摩 詞 止 観 ﹄ の如来議説に よる無量寿三議説を唱えたこととなり、 ﹁如来蔵﹂を﹁無量寿﹂に配当した理由については触れられてない c 繰 り 返 し 述 べ る が 、 ﹁即空部仮部中﹂の三諦が弥陀の党語である﹁無量寿﹂に配釈されるということは、﹁無量寿﹂ ハ υ a A τ

(5)

の仏身も当然﹁三身顕一﹂でなければならず、 したがって﹃摩詞止観﹄ の文に﹁祭量寿﹂の三字を挿入する思想 基盤こそ、﹃往生要集﹄の﹁三身一体観﹂にすでに容認せられるところであろう。 なお小出先生は、無量寿三諸説が衆生の己心に具わる六即阿弥陀弘を一示すことから、六即阿弥陀仏の直前に引 用される﹃起信論﹄をも無量寿三諦説の成立根拠とみているが、後述するように、源信が﹃起信論﹄を引用する 笛所は、無量寿三諦説ではなく、無縁慈悲釈という別の密意を一不す関係からである。そしてこの無縁慈悲釈にお いても、﹃往生要集﹄からの思想的連関が認められたので、無量寿三諸説の成立を﹃起信議﹄に求めることはで 源信における「無量寿三論説j 成立の再考 き な い 。 梅田麗紗先生の見解 最後に、源信が無量寿三請説を創出したことに疑義を呈し、自伝法門からの成立とみたのは、梅田屋鈴先生で ある。梅田先生は、﹃栴弥陀経略記﹄を源信真撰とする立場に慎重な態度をとられるが、近年の研究成果を考え 合わせても、本書は漂信真撰とみては注調違いないと考えられる。よって、梅田先生の主張は再検討を要するで あ ろ う 。 以上、先生方の論旨を私的に解した点もあるかと思うが、筆者の

E

的は佐藤捧士と花野先生の説を子語かりに、 無量寿三諦説の成立を﹃盆生要集﹄に求めることである。 A 砧 玄

(6)

﹁阿弥陀経略記

L

の基本的立場

﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ の 構 成 は 、

別を取り、初めの大意では本書の目的が端的に示される。 ( 一 ) 大 意 を 述 べ 、 ( 三 ) 文 を 分 け て 解 釈 す る 、 といった三門分 士 二 題 目 を 明 か し 、 初 メ 一 一 大 意 ト ハ 者 、 弥 陀 ノ 本 地 嬉 迩 ハ 難 一 り 量 リ 。 虞 ク 利 ユ 六 道 寸 。 極 楽 ハ 是 レ 其 二 匡 一 一 シ テ 、 頭 陀 ハ 並 日 ク 福 一 イ ァ 十 方 -一 一 、 源信における f無量寿三議説J成立の再考 是 レ 其 二 化 ナ ヮ 。 機 感 一 一 有 川 テ 時 、 今 偏 へ 一 一 讃 シ テ 説 ク c 是 ヲ 以 テ 至 以 コ ト 心 ヲ 七 日 、 観 一 J 紫 摩 -金 ノ 之 尊 容 イ 、 稽 い テ 名 ヲ 十 念 ス レ ハ 、 競 一 ﹂ 失 車 一 刀 ノ 之 苦 果 寸 。 劃 謝 劃 観 パ 刻 ぺ 到 刻 利 引 吋 剖 叫 i 品 川 山 ル -一 此 ノ 経 ハ 者 、 其 ノ 取 山 ナ リ 顕 ヲ 也 。 期 チ 息 ン テ 三 有 ノ 之 輪 廻 ﹃ づ 、 面 達 コ 七 賓 ノ 之 牽 -一 一 。 其 ノ 探 W ナ ヮ 密 ヲ 也 。 期 チ 廃 一 J 三 乗 ノ 之 保 護 ザ 、 以 テ 島 コ 一 賓 ノ 之 果 一 一 一 。 何 ト ナ レ ハ 者 若シ得コハ関三顕一出世本壊寸罵ソ執三五時八教入理ノ之謹説ザ。況ャ復タ初心ノ昔持、荷ホ不可退一 J 大 黄 ノ 之 道 ↓ 。 極 楽 ノ 後 日 、 那 ソ 可 け ム ャ 作 コ 永 滅 ノ 之 人 ゴ 説 ク 時 未 げ レ ハ 至 -フ 、 難 三 小 川 獲 一 J 開 示 悟 入 ノ 之 名 イ 、 賢 所 一 一 無 ω 疑 ヒ 。 錯 ホ 亦 タ 錆 コ 前 韓 按 致 ノ 之 箆 ゴ 印 己 。 寄 弓 ァ 扇 端 ノ 義 一 絞 コ ル 一 一 経 ノ 意 寸 。 網 ノ 目 非 げ レ ハ 一 -一 、 豊 -一 不 け ン ャ 得 乎 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -三 八 二 i 三八三頁) こ こ で は 、 七

E

間で紫摩金の尊容を観じ、 三悪道の苦果から脱すると述べ 阿弥陀仏の名を称えて十念すれば、 ら れ る も 、 それは無禄慈悲の功俸が莫大なためであるという。また﹃阿弥詑経﹄ ﹁ 顕 意 ﹂ は 、 三 界 輪 廻 を 息 め 、 グ〉 七 宝 の ム ロ に 達 す る こ と と し 、 ﹁ 密 意 ﹂ は 、 間三顕一を得知したならば、五時八教という入理の権説に執着 一 方 の することはないといっている。 つ ま り 、 天台五時判において 関三顕一を観じる﹁密意﹂だけは、第五時 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ は 爾 前 教 で ‘ 占 め る け れ ど 、 ﹃法華経﹄と同一同味であると解せよう。そしてこの ﹁密意﹂と﹁顕意 L を縦横無尽に論じていくのが ﹃ 阿 弥 陀 つ L 4 4 A

(7)

経 略 記 ﹄ の基本的立場といえる。 では密意の内容は何であるのか。それらを纏めて記せば次の如くである。 源信における F無量寿三諦説」成立の再考 争 ⑤ ③ ③ ② ① 以 在 不 言 十 般 法 無 金正 'τ苦~手 下テ セ生二フ 若 空 よル 不 =ブ ノ 、 、ノ ハ ヲ 者 、ノ 者 生 開 説 法 即;e

l

石専 ノ チ ヒ 法 此 テ 空 、, 若 手 者 ナ ノ 、 レ 為 金正 ーニ盆E 。 報 二 ス 却 上キ 宅 二 ク 人 身 法 チ 量 ナ レヲ ト 不 千主 7二;工二.ム Eノ

F

、 土 ノ 界 所 ノ 、 。 二ト 、ノ 菩 ー ト 縁 者 Z玉 生 実 チ 提 。 ノ

E般~I

花 フ 極楽 不 j身去

I

ナ 開 理 コ リ チ ナ ト ナ 。 此 リ

1

T

豆 日 ハ一一ナ 芸冒苧吾 。 ..レ 0 二 ヲEb 開 不 。 、ノ 諸 悲 法 理 芸自 チ 異 、ノ 設 旬 、 如 傍 ハ 界 性 者 説 非

2

、/ 利 ヲ ハ ナ 長

H

ナ中ス口 生 説 却 。 中 リ ト下フ ナ ち チ

f

共 ーナ 。⑬ ラヌ リ ア 是 監庁法 ナ 。 為 レ フ 常 身 。⑬ 即 二 ほ │ 亦 上ニノ チ 菩 身 、ノ 者 イ格 タ 也 住 モヨ 捷 菩 支日 。

f

、ノ レク

顕一三

解脱1 ト提 矢E口1 理 Zーエ ナ 長

P

ノ 、諸 否 ル ナ , 田むa、 部 / カ チ

1

紘 故

。⑫ "- チ 衆 トナ {.¥ 。

解 ハ リ 石一争+ー ーニ 説 者 也 ナ 、 ハ 能 。高 即 縁 大 。⑬ 故 徳 是 リチ ナ 殻 ニ 凝 レ 。 若 顧 然 応 部 経

i

身 チ ニ 羅 性 菩 比 五 蜜 常 ま全疋日 レ p、 ;住 ナ殻│乙 ナ 1) 若 掻 。

。⑬ナ--1

切 一見して明らかなように、① i ⑥にはすべてコニ議(即空、 即 仮 、 郎中)へもしくは﹁三徳(法身、般若、 解説ごが配釈され、密意向士の内容乙深浅差異はみられない。また① j 奇 の 文 頭 に は 、 ﹁観解﹂や﹁深観﹂なる 一 語 が 付 さ れ て お り 、 これら一連の文によって密意を構成していることもわかる。 ① 寸 此 ノ 中 庸 拍 子 ン 作 コ 三 諦 ノ 観 解 イ ﹂ q d A 吐

(8)

② ﹁ 若 シ 作 ヨ ハ 態 解 ザ ﹂ ③ ﹁ 若 シ 欲 一 一 ハ 穆 ヨ ン ト 深 観 ﹃ づ 者 L ④ ﹁ 又 タ 作 ヨ ハ 観 解 ご

e

﹁ 試 、 、 二 一 作 ヨ ハ 観 解 ご ⑥ ﹁ 又 タ 皆 ナ 観 解 ス L すなわち﹃阿弥陀経略記﹄におけるすべての密意を列挙することで、空・仮・中の密意である②﹁無量寿三諦 源信における「無量寿三議説J成立の再考 説 L のみならず、法身・殻若・解説の密意をも検討する必要性が生じてきたわけである。そこで源信壮年期の ﹃往生要集﹄と関係の深い③﹁無縁慈悲釈﹂について以下論じていくこととする。

無縁慈悲釈と

L

作願門

是 レ 無 縁 ノ 慈 悲 ナ サ 也 。 L と あ り 、 ﹃ 往 生 要 集 ﹄ 大 文 第 四 の 作 顕 門 に お い て 三 一 ニ ハ 縁 川 ス ル 理 ヲ 四 弘 ナ リ 。 理の四弘誓願と同義に捉えられてい句。 ﹁無条件の慈しみ L を意味する無縁慈悲は、 と こ ろ が 、 ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ の 無 縁 慈 悲 釈 は 、 ﹃在生要集﹄作穎門における事の図弘誓額とも関係の深いことが わかってきた。 ﹃阿弥陀経略記﹄と﹃往生要集﹄ の当該僅所及びその図を示しておきたい。 ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ 意 ニ 云 ハ ク 。 無 ト ハ 者 法 空 ハ 即 チ 所 縁 ノ 理 ナ ヮ 。 理 性 ハ 即 チ 日 疋 レ 法 身 菩 提 ナ ル ヵ 故 ナ ヮ 也 。 大 般 若 経 三 五 ハ ク 。 一 一 切 法 空 ヲ 説 ヒ テ 為 コ 法 界 づ 却 チ 北 レ 法 界 ヲ 説 ヒ テ 為 コ ト 菩 提 ↓ 一 五 二 品 。 縁 ト ハ 者 能 縁 ナ リ 。 即 チ 此 レ 般 若 ナ リ 。 般 若 ハ 即 チ 此 レ 報 身 ノ 菩 提 ナ リ 。 慈 悲 ハ 有 生 ナ リ 。 却 チ 是 レ 解 説 ナ ヮ 。 解 脱 ハ 即 チ 是 レ 志 身 菩 提 ナ リ 。 由 川 テ 匙 レ ニ 嘗 戸 へ シ 知 ル 。 無 禄 慈 悲 ハ 、 是 レ 即 チ - 144

(9)

-諸 傍 三 身 / 苦 肉 徳 ナ リ 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -国一二頁) ﹃ 往 生 要 集 ﹄ 言 プ ハ 縁 け ス ル 事 ヲ 西 弘 ↓ 者 、 一 一 一 ハ 衆 生 無 蓬 誓 願 度 ナ リ a 患 い へ シ 念 ス 。 一 切 衆 生 ニ 悉 ク 有 ゴ 錦 性 、 一 我 レ 皆 ナ 令 り ン ト 入 一 J 無 能 浬 繋 -一 一 。 此 ノ 心 ハ 即 チ 日 疋 レ 鏡 益 有 情 戒 ナ リ 。 亦 タ 是 レ 思 穂 ノ 心 ナ リ c 亦タ是レ縁国保性ナ H 3 磨 身 ノ 菩 提 ノ 国 ナ リ 。 二 ニ ハ 煩楢無差誓額断ナリ。此是レハ議律議戒ナリ 0 ・ 亦 タ 是 レ 斬 徳 ノ 心 ナ リ 。 亦 タ 是 レ 正 司 錦 性 ナ リ 。 法 身 ノ 菩 提 ノ 因 ナ ヮ 。 三 -一 ハ 源信における「無量芳三議説J成立の再考 法門無毒誓願知ナ

1

此 是 レ ハ 擢 善 法 戒 ナ ヮ 。 亦 夕 日 疋 レ 智 徳 ノ 心 ナ ヮ 。 亦 タ 是 レ

7

因 傍 性 ナ リ 。 報 身 ノ 菩 提 ノ 因 ナ リ 。 医 -一 ハ 無 上 菩 提 誓 顕 謹 ナ リ 。 此 是 レ ハ 顕 一 一 求 ス ル ナ リ 梯 果 菩 提 寸 。 由 九 一 テ 具 一 一 足 ス ル 一 一 訪 問 ノ 三 ノ 行 穎 寸 、 謹 一 一 得 ン 三 身 国 満 ノ 菩 提 寸 、 関

i

還 弥

I

.

2

F

i

柔~I タ 露五│

子炉乏

ナ 切 衆 生 ーヲ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 七 四 1 七 五 夏 ) 所縁の理

法 身 法身菩提

l

能縁の智 般若 報 身 菩 提 ! 小 i ! 諸 仏 三 身 万 徳 無縁慈悲 1 1

T

縁 ; 慈 悲

ii

利生衆生 解 脱 応身菩提

l

﹃ 在 生 要 集 ﹄ 度 鏡 益 有 情 或 ! ! 悪 徳 心

!

i

z

縁因仏性 応身国 断 摂律儀或 断徳心

;i

正因仏性 法身国 事の四弘誓願

j

智 摂善法或 報身国 知 日 恋 心

i

i

i

了図仏性

i

証 由レ具一一足前三仔額、一証一一得三身円満菩提﹂還亦広度一二切衆生﹂

﹁ 。

(10)

﹃ 往 生 要 集 ﹄ の事の酉弘誓穎は、﹁度﹂﹁断﹂長田﹂の前三顧に三緊浄戒、三語、三因仏性を配し、﹁証﹂こそが 前三顧を具足した三身円満なる菩提であるという。また﹃阿弥陀経略記﹄は、無縁慈悲を﹁無﹂、﹁縁﹂、﹁慈悲﹂ とに分け、そこに龍縁、所縁、利生、及ぴ三徳、三身を数法的に配釈する。 まず両主自のコニ身﹂に限って論じてみると、 ﹃阿弥陀経略記﹄は﹁無縁慈悲 u u 諸仏三身万徳﹂という関係から、 法報応の﹁三身菩提﹂を分出させており、他方、﹃往生要集﹄ が果となったものを﹁三身円満菩提 L と 呼 ん で い る 。 の事の四弘誓願には、﹁三身因﹂とあって、 その因 つまり、両書は三身の因果関係が逆転しているだけで、 務、信にむける r無量寿三議説J成立の再考 の構造自体は同じなので為る。 また﹃阿弥詑経路記﹄ の コ ニ 穂 ﹂ も 、 ﹃笹生要集﹄におけるコニ徳 L と関穏の深いことが窺える。しかしなが の三徳には患、智、断が、また﹁阿弥陀経略記﹄の三徳には法身、般若、解脱が使用されてお り、詞書の﹁三諒 L は名自からすでに異なっている。ところが、﹃阿弥詑経略記﹄の八年前に撰述された﹃一乗 @ 要決﹄には、天台の三国仏性を論じる僅所で以下のようにいうのである。 三 徳 ト 三 身 ト 名 異 ナ レ ト モ 義 同 シ ナ ル ヵ 故 ニ 今 用 け 之 ヲ 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 二 ・ 一 九

O

頁 ) ここは、﹃法華文句﹄引用亘後の割注に当たり、三身と三徳を同義異名に理解させていることがわかる。無論、 ② さらに﹃一乗要決﹄は三身と三因仏性の同一関係にまで言及するのである。 ら 、 ﹃ 往 生 要 集 ﹄ この三徳は法身・般若・解説を指し、 すなわち、﹃一乗要決﹄に三穂、三身、三国弘性の志想的達関が認められるということは、﹃往生要集﹄におけ る三徳、三身、三国仏性の関係が当然予想されねばならず、加えて ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ の ﹁ ・ 無 ﹂ 、 ﹁ 縁 ﹂ 、 ﹁ 慈 悲 ﹂ に 配される三徳や三身も、 その萌芽に﹃往生要集﹄ の作穎門があるとみて差し支えなかろう。 そ

p o

a 生

(11)

無量寿三詩説と

作顧問

次 ﹁ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ この思想は以下の文より導き出されたものである。 の無量寿三諦説について一言したい。 若 シ 作 守 一 ハ 観 解 イ 、 冥 コ テ 於 国 語 三 請 ノ 之 境 -一 一 、 高 徳 自 然 一 一 圏 ナ ル ヲ 、 名 プ 向 調 詑 錦 ↓ 。 衆 生 ハ 無 拾 ョ リ 、 従 川 一 国 生 以 果 ヲ 。 無 ト ハ 者 即 空 、 量 ト ハ 者 即 限 、 悌 ト ハ 者 三 智 即 チ 一 心 -一 具 ス 。 悪 い へ シ 知 ル 。 冨 融 三 書 ト ハ 者 即 中 、 観 ノ 之 智 、 主主 i原信における「無量寿三議説」成立の再考 有コ六郎防嬬陀傍 J 至 一 一 テ 下 一 一 骨 回 日 ヘ シ 知 ル O ( ﹁ 恵 全 ﹄ -四

O

一 頁 ) 円融三観の知日(仏) と円融三諦の境(無量寿) が 冥 合 し て 、 万認が自然に円かなることを阿弥陀仏 こ こ で は 、 と名づけ、衆生は無始以来、 医から果に至る存在であるため、 心に六郎阿弥陀仏を有しているという。 予てから蕪量寿三諦説は、佐藤哲英博士や花野充昭先生によって 叙上の如く、 ﹃往生要集﹄観察門における ﹁ 三 身 一 体 観 ﹂ から成立すると考えられてきた。その主張の根拠は以下の文である。 彼 ノ 悌 ハ 日 疋 レ 三 身 一 種 ノ 之 身 ナ リ 也 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄

-一

O

七 頁 ) 日 疋 / 故 二 二 世 十 方 / 諸 悌 ノ 三 身 、 在 一 J ノ 調 詑 二 身 -一 一 、 普門塵数/無量ノ法門、 不 レ 離 ナ ラ 不 レ 横 ナ ラ 、 亦 タ 非 コ 一 異 -一 一 。 非 己 責 ニ 非 以 蓮 -一 、 亦 タ 非 ユ 有 無 一 一 モ o 本 性 清 津 一 一 シ テ 心 ニ 一 一 口 / 非 ﹂ ッ 以 ヵ 無 一 行 一 モ 賓 。 傍 身 ノ 宮 内 徳 モ 亦 復 タ ' 怒 り 是 ノ 。 保 衆 ノ 法 海 、 国 融 ノ 高 徳 、 凡 テ 無 蓋 ノ 法 界 ナ ル モ 、 備 リ テ 路 絶 ヘ デ リ 。 警 へ ハ 如 一 J 如 意 珠 / 中 一 一 ハ 非 日 告 山 一 一 モ 賓 、 ( ﹃ 恵 全 ﹄

-一

O

七 頁 ) 所観ノ衆棺ハ即チ是レ三身即一ノ之相好光明ナリ也。諸悌開龍ノ之棺好光明ナり也。高徳富融ノ之相好光明ナリ也。

(12)

一色一香無り 色 ハ 即 チ 是 レ 空 ナ ル カ 故 一 一 、 語 一 J 之 レ ヲ 出 県 如 実 桔 ↓ 。 空 ハ 郎 チ 是 レ 色 ナ ル カ 故 一 一 、 謂 コ 之 レ ヲ 相 好 光 明 ↓ 。 非 す コ ト 中 道 一 一 。 受 想 行 識 モ 亦 復 タ 如 り 是 ノ 。 我 ヵ 所 有 ノ 三 道 ト 輿 一 一 禰 詑 悌 ノ 宮 内 諺 ↓ 、 本 来 空 寂 一 一 シ テ 一 謹 無 礎 ナ リ 。 願 ク ハ 我 得 け 傍 ヲ 斉 一 J カ ラ ン 聖 法 王 ↓ 。 己 上 ハ 依 一 J 観 経 ・ 心 地 観 経 ・ 金 克 明 経 ・ 念 俸 三 味 経 ・ 般 若 経 ・ 止 観 等 ノ 意 -一 一 。 ( ﹃ 憲 全 ﹄ 一 ・ 一

O

八夏) すなわち、三身一日拝観とは、三世十方の諸仏の三身、普門塵数の無量の法門などの円一瓢万徳をすべて阿弥陀一 仏に具えさせることで、衆生が観じる衆桔も、三身郎一、諸仏間体、万徳円融の相好光明であるという。また色 濠信における「無量寿三議説』成立の再考 一色一香も中道でないことはなく、自らの所有す 即是空のゆえに真如実相、空却是色のゆえに相好克明といい、 る三道と拡陀の万徳とは、本来的に空寂で一体・無碍であるともいっている。 と こ ろ が 、 このように三身を一体とみる考え方は、 ﹃在生要集﹄作顧問における事の西弘誓醸の﹁無上菩提誓 願証﹂にも説かれていた。 西 一 一 ハ 無 上 菩 提 誓 願 謹 ナ リ 。 此 是 レ ハ 願 一 一 求 ス ル ナ リ 悌 果 菩 提 イ 。 由 引 テ 其 一 一 足 ス ル ニ 前 ノ 三 ノ 行 額 ↓ 、 謹 一 語 シ 三 身 園 満 ノ 菩 劃 寸 、 還 リ テ 亦 タ 寮 ク 度 コ ル ナ リ 一 切 衆 生 ↓ 。 ﹁無上菩提誓願証﹂とは、前三顕を具足した三身円満なる菩提を証得することであるから、前の観察円のコニ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 七 五 頁 ) 身一体観﹂と詞様の旨が抽出されよう。 し た が っ て 、 無量寿三諦説成立の鍵を握る﹁三身一体観﹂は、 必ずしも﹃往生要集﹄観察門だけに説かれるも のでなく、作額門の菩提心釈からも看取することができるのである。 0 0 8 品 τ

(13)

玉 、

無量寿三詩説と無縁慈悲釈の関係

で は 、 無量寿三議説と無縁慈悲釈との関係は如何なるものであろう。 が 無 量 寿 三 諸 説 を 一 不 す ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ 前 段 に は 、 次のような興味深い記述がある。 於 一 J 問 調 陀 ノ 一 ノ 楚 語 ノ 中 一 一 、 合 ユ 無 量 光 ・ 無 量 士 宮 詩 ノ 義 之 壱 、 全 -四

O

O

頁 ) 源信における「無量寿三講説」成立の再考 阿拡陀の党語には﹁無量光﹂と﹁無量寿﹂ の二義を含むことが示される。また﹃阿弥陀経略記﹄はこの二義に 関して以下のようにもいう。 者 、 穎 コ 竪 ノ 利 物 ザ 。 経 一 J 無 数 効 干 、 額 コ 横 ノ 利 物 ﹃ づ 。 遍 ク 照 コ テ 十 方 イ 、 掻 コ ル ヵ 衆 生 ↓ 故 ナ リ 。 無 量 書 ト ハ 利 コ ル ヵ 衆 生 ザ 故 ナ リ 。 二 利 需 -一 国 ナ リ o 故 -一 帯 ﹀ 此 ノ 名 イ 。 穎コ横竪ノ益三 無 量 光 ト ハ 者 、 此 ノ 之 二 義 ハ 、 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -四

0

0

頁 ) 無量寿は﹁竪﹂ 無量光は﹁横﹂ の 利 物 を 顕 し 、 さら仁この横竪二利は常に円かであると の 利 物 を 、 す な わ ち 、 述 べ ら れ る 。 そこから﹃阿弥陀経略記﹄は、 一つの問答を挟んだ後、前提した無量寿三諦説を展開するのであるが、 こ の 盤 山 量 寿 三 諦 説 に は ﹁ 衆 生 ハ 無 始 ヨ リ 、 従 川 一 国 生 以 果 ヲ 。 具 一 一 有 コ 六 期 間 調 詑 錦 ﹂ 至 川 テ 下 -一 嘗 戸 へ シ 知 ル 。 ﹂ と あ り 、 六即阿弥 陀仏との関係が示唆されていた。六郎阿弥陀仏とは次のような内容を指している。 嘗 戸 へ シ 知 ル 。 彼 ノ 備 ノ 依 正 ノ 高 徳 、 雄 氏 未 げ ト 能 い 見 ル コ ト 、 法 性 ハ 常 無 始 ョ リ 己 来 夕 、 在 コ 己 心 ノ 中 -一 一 。 妄 想 遮 一 一 一 線 ヲ 、 園 ニ シ テ 、 賓 ニ 無 一 J 増 減 ﹂ 若 シ 未 け レ ハ 得 レ 間 ク コ ト 、 是 レ 理 即 ノ 高 徳 ナ

1

聴 聞 信 解 ス ル ハ 、 是 レ 名 字 ノ 蔦 徳 ナ り 。 是 レ 観 行 / 蔦 穂 ナ リ 。 蓮 曇 託 生 ノ 後 ハ 、 嘗 コ 棺 畝 ノ 真 徳 一 一 。 百 法 明 門 ノ 後 ハ 、 一 心 ニ 構 念 ス ル ハ 、 却 チ 分 異 ノ 高 徳 ナ リ 。 乃 至 究

(14)

克 ナ 日 ソ 。 如 げ 理 ノ 曜 日 へ シ 患 フ 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 四 一 五 頁 ) ここでは﹁阿詠詑仏の依正二報の万誌は、遠い昔から己心中に具わっているが、銀は妄想に遮られており、 まだ見ることができない。けれども、法性は増減するものではなく、常に円かである。もし聞くことができなけ れば理却万語、穂間信解すれ江名字万語、 一心称念すれ立観行万徳、蓮ム口託生すれ迂相凱万徳、 百法明門すれ立 分真万徳、そして すると往生を果たすためには、聴聞信解して (仏が)究寛万密である﹂といっている。 一心に称念しなければ ( 観 行 万 徳 ) 、 蓮 の 台 に 生 ま ( 名 字 万 徳 ) 、 i家信における「無量寿三議説J成立の再考 れる(抑制叡万慾)ことはできないが、究極的には六即阿弥詑仏での己心の弥陀と無量寿三諦説で観じるところの 無量寿仏とは何ら異なるものでな旬。 し か し な が ら 、 無縁慈悲釈によっても己心に六却阿弥陀仏という本有性を一不すことは可能である。﹃阿弥陀経 略 記 ﹄ は次のようにいっている。 念 沸 ハ 是 レ 行 ナ リ 。 故 一 一 ・ 亦 タ 得 レ 見 ル コ ト ヲ 。 何 一 一 況 ン ャ 身 後 ニ 生 コ 彼 ノ 冨 土 -一 一 。 設 ヒ 有 一 J ン モ 優 劣 ﹂ 何 ソ 言 げ ャ 無 行 分 。 黙 を 一 観 心 勝 レ タ リ 。 今 モ 事 タ 顕 一 以 後 一 一 。 副 ぺ 図 司 副 謝 パ 割 斗

1

割 引 ﹄ 到 割 引 ペ 倒 寸 。 今 重 、 一 不 テ 依 コ テ 教 文 一 一 、 雷 日 へ シ 助 ゴ 念 侍 ノ 一T ヲ 。 ノ , 有 , 一 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 四 一 五 頁 ) こ こ で は 、 どうして身体が生滅した後に弥陀の国土に生じるのかが問われており、 たとえ克仏したとしても、 これに対して源信は、たとえ優劣がるっても、意味のないことではないと述べ、観心が勝れているからこそ、 A る 仏に顕ずることを論じる。さらにそれ辻無縁の慈悲によって本有性を示すことであるともいう。 @ その後﹃観経﹄及び﹃起信論﹄を教証にして、我々の本有性を力説する﹃陪拡陀経略記﹄は、直後に六郎阿弥 ﹃超詰論﹄は無縁慈悲釈との関努において引用されたといえよう。 柁弘の文を展開するため、 つ ま り 、 この無縁 慈悲釈によっても六郎阿弥陀仏を示すことが明らかである。 1..-"¥

- 1

5

0

(15)

-それではなぜ源信は﹃河弥詑経略記﹄ において密意なる無縁慈悲釈や無量寿三諦説を説いたのであろうか。 ここで注目したいのは、 無量寿三諦説が阿弥陀の党語﹁無量寿﹂を表すのに対し、 無縁慈悲釈にはまさしく ﹁ 無 量 光 ﹂ の別名が付与されていることである。 ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ は 、 無縁慈悲釈を論じる信所において以下のように述べている。 彼 ノ 諸 ノ 知 来 、 難 日 知 コ ト 衆 生 ハ 本 来 空 寂 ↓ リ ト 、 ( 中 常 -一 放 下 一 如 空 ノ 無 数 ノ 光 明 マ 循 ク 照 コ 如 空 ノ 十 方 衆 生 ↓ 0 ・ : 略 : : ・ 是 ヲ 為 一 点 禁 縁 ノ 慈 嘉 一 一 取 ス ト 諸 ノ 衆 生 寸 。 四 一 頁 ) ( ﹃ 恵 全 ﹄ j原信における F無量寿三論説」成立の再考 こ こ で は 、 諸の如来が無数の光明を放って十方衆生を照らすのは、 無縁慈悲が諸の衆生を摂取することと同じ であるという。 また﹁無縁慈悲I光明﹂を示す文が以下の三笛所において確認された。 不 レ 出 一 J 無 縁 慈 悲 ノ 光 ノ 外 斗 。 憲 戸 へ シ 知 ル 。 十 方 三 世 ノ 傍 衆 ノ 法 界 ハ 、 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -四 一 二 頁 ) 行 人 陣 地 一 ニ 一 へ シ 念 顧 す 由 コ ヵ 無 縁 慈 光 明 ノ 所 照 -一 一 故 -一 詩 レ 穎 ユ コ ト ヲ 自 信 身 本 三 身 性 寸 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -四 一 二 買 ) 但 シ 行 住 坐 臥 繋 コ 念 ヲ 彼 ノ 題 -一 一 、 稽 い 名 ヲ 、 一 心 一 ぶ 必 シ 、 深 ク 信 シ テ 、 願 げ 生 観 わ 一 ァ 傍 以 一 J 無 縁 慈 ノ 威 光 イ 照 何 ? ? 十 方 片 山 、 ヲ コ ト ヲ 後 -一 。 是 レ 為 コ 往 生 極 集 ノ 綱 要 ゴ さらに ﹃ 阿 弥 陀 経 略 記 ﹄ は 、

σ

〉 ( ﹃ 恵 全 ﹄ @ ﹁ 陪 片 山 説 フ コ ト ヲ 阿 嬬 陀 傍 イ 、 執 一 一 持 セ ム ニ 名 競 ご を 解 釈 し て 次 の よ う -西 二 二 頁 ) ﹃ 陪 弥 陀 経 ﹄ に も 述 べ る 。 一 言 わ ハ ﹁ 関 げ 説 ゴ コ ト ヲ 問 題 陀 傍 イ 、 執 主 持 セ ム ニ ト 名 競 日 亡 者 、 観 一 J 一 ァ 彼 ノ 無 量 光 明 等 ノ 義 子 、 稽 い 名 ヲ 、 心 一

4

u

ス ノ ミ 耳 。 今 勤 ユ 勝 因 ザ 。 故 -一 知 げ 是 ノ 説 ク 。 非 一 メ 全 ク 遮 コ ル ニ ハ 彼 ノ 但 信 ノ 稽 念 寸 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ -四 二 ニ 頁 )

(16)

すなわち、﹁関げ説ココトヲ阿譲陀傍寸、執一一持セムニ名競ごとは、無量光などの義を観じて、名を称、ぇ、 心に念じ るだけであるという。 @ なお﹃阿弥詑経﹄は亘後に﹁若シ二吾、若シハ二 E ・ : ・ : ( 中 略 ) : : : 一 心 不 乱 ナ ラ よ と い う 七 E 聞の念仏行に ついて述べており、この経文に対しても源信は﹁無縁慈悲﹂を読み取っていたことを銘記しておかねばならない。 なぜならば、﹃阿弥詑経略記﹄ の大意には﹁七日間で紫摩金の尊容を観じ、阿弥詑弘の名を稔えて十 A ふ す れ ば 、 三悪道の苦果から脱する﹂とあるものの、 それらはすべて無縁慈悲の莫大な功徳に支えられるからである。 源信における「無量妻子三諸説j成立の再考 さらに、ここで﹁無縁慈悲﹂と﹁光明 L とに密接な関係が認められたとなれば、無縁慈悲釈は﹃往生要集﹄作 願門だけでなく、観察門の﹁是レ三身郎一ノ之相好光明ナヮ也。﹂という文からも非常に大きな影響を受けているこ とが指摘できよ九。 加えて、この無量寿三誇説、無縁慈悲釈、ムハ即阿弥陀仏を図示してみると興味深い関係性が窺える。 未得間 理 部 聴関信解 名 { 子 即 一 心 稔 念 観行即 阿 弥 陀 仏 ︿ ﹀ 六 即 阿 弥 陀 仏 /無量光(横

)i

無 縁 慈 悲 釈 ¥ 百法明門後 111 分真即 蓮台託生後

ii

相叡却 成 仏 究寛即 そもそも天台教学の一行位論は初住、換言すれば円教の分真即を重視し、六郎阿弥陀仏の中では﹁百法明門後﹂ がそれに当たる。 すると、﹃阿弥陀経略記﹄には在生の正因となる無縁慈悲釈を論じ終えた次の項目﹁感果﹂において、以下の F D

(17)

如く論じられていた。 今 示 コ ハ 因 果 イ 、 唯 タ 在 コ 上 品 マ 、 二 一 。 其 ノ 理 可 り 然 ル 。 すなわち源信は、極楽に往生する国果のうち、正因(禁縁慈悲釈) 一 ・ 四 二 ニ 頁 ) ② による惑果を上品者に浪定するのである。 そこで筆者は﹃観経﹄上品下生段の﹁得一

J

E

法明門マ住コ歓喜埠一一可という記述を基に、源信の師でるる慈恵 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 大部良諌(九一二 i 九八五、以下、良源と略す) ﹃九品在生義﹄を検討してみたところ、 ﹃ 観 経 ﹄ の当該菌所 グ〉 が次のように解釈されていた。 源信における「無量寿三諸説J成立の再考 今 以 一 J 宗 義 寸 更 一 一 稗 シ テ 云 7 0 ﹁ 注 ユ ト ハ 歓 喜 地 一 一 一 ﹂ 者 。 : : : ( 中 略 ) : : : 若 シ 望 子 爵 教 一 一 一 嬉 ケ シ 云 げ 住 コ ト 初 金 一 一 一 。 今 約 宅 周 意 -一 二 一 = 民 生 ユ ト 歓 喜 地 -一 一 。 ( ﹃

E

仏全﹄二四・二

O

三頁の上) 良源は﹃観経﹄上品下生設の﹁歓喜地﹂を明らかに円教の初住(分真即)と捉えるのである。 ﹃ 九 品 往 生 義 ﹄ の文は、源信が正因による惑果を上品以上に定めた直接的な根拠とみて間違いないが、 こ の ﹃九品往生義﹄に六時読を論じることはない。 ﹁吾法明門後﹂を分真却に割れソ当てた源告は、 ﹃ 阿 弥 詑 経 ﹄ よって、良源の教学を継承して の密意である無量 寿三誇説や無縁慈悲釈などの観心行に本有己心の六即阿弥陀仏を組み込むことで、独自の一大思想を完成させた の で あ る 。

以上、佐藤博士らの主張を手掛かりに﹃阿拡陀経略記﹄ の無量寿三諦説が ﹃ 往 生 要 集 ﹄ の影響を受けて成立す ることを論じてきた。これまでの要点を纏めれば、以下のようになる。 q t υ F 2 3

(18)

﹃阿弥詑経略記﹄に説かれる計六つの密意にはすべて三請や三徳が配釈され、従来注巨を集めてきた無量寿三 諦説が﹁三諦の密意﹂に麗することから、﹁三徳の密意﹂をも検討する必要性が生じてきたのである。そして、 コ ニ 徳 の 密 意 ﹂ の中でも﹃往生要集﹄にその萌芽が認められる蕪縁慈悲釈を考察することで、次のような事実が 浮かび上がってきた。 そもそも﹃在生要集﹄作穎門は﹁理の四弘誓額計無縁慈悲﹂と捉え、また事の四弘誓顕では、﹁度﹂﹁断 L ﹁ 智 ﹂ の 前 三 顧 に ﹁ 法 ﹂ ﹁ 報 ﹂ ﹁ 応 ﹂ の﹁三身国﹂や﹁三徳﹂を割り当てている。また﹃陪拡陀経略記﹄ の無縁慈悲釈に 源信における「無量寿三議説」成立の再考 おいても﹁無 L ﹁縁﹂﹁慈悲﹂に﹁法﹂﹁報﹂﹁応﹂の﹁三身菩提﹂やコニ諺﹂を配釈することから、この無縁慈悲 釈は﹃往生要集﹄作願門をその薦芽として形成されたといえよう。また﹃間拡陀経略記﹄が﹁無縁慈悲 H 光 明 ﹂ と解する点より鑑みれば、 ﹃往生要集﹄観察門の﹁三身郎一ノ之桔好光明ナリ也。﹂などとの志想的連関も否定で き な い 。 無量寿三諦説は、 ﹃往生要集﹄観察門の﹁三身一体観﹂から成立すると考えられてきたが、事の四弘誓 他 方 、 穎の﹁無上菩建誓穎証﹂ の内容が﹁法 L ﹁ 報 ﹂ ﹁ 応 ﹂ の三身を円満に証得する菩提を論じていたので、作顕門にも ﹁三身一体観﹂を読み取ることができよう。 さらに﹃阿弥陀経略記﹄は、阿弥陀の発語である﹁無量光 L に無縁慈悲釈を、﹁無量寿﹂に無量寿三諦説を担 わ せ 、 ﹁ 先 寿 二 無 量 ﹂ の観心行と本有己心の六即阿弥陀仏とを結び付ける一大思想を展開していた。そして、こ の観心行の修習を﹁上品者 L に規定するのは、良源が﹃観経﹄上品下生段の﹁歓喜地﹂を円教初住(分真即)と 解釈することに多大な影響を受けており、上品者による﹁修困惑果﹂を光寿二無量(修国)の分真部阿弥陀仏 ( 感 果 ) にまで纏め上げたことこそ、源信最晩年に発揮した独自の思想といわねばならない。 し た が っ て 、 ﹃ 関 弥 陀 経 時 記 ﹄ の無縁慈悲釈と無量寿三諦説法、 ともに阿弥陀仏の﹁光寿二無量﹂を示し、﹃在 F D

(19)

生要集﹄作顧問い及び観察門をその萌芽としていることからもわかるよう ζ 、 無量寿三誇説の成立を﹃在生要集﹄ コ ニ 身 一 体 観 ﹂ に求める佐藤詳士と花野先生の主張を補強したことはもはや明白であろう。 [附記︺本小論は平成十八年度山内慶華財団の援助による研究成果の一部である。 山昌純先生には貴重なご助言を賜った。衷心より感謝を申し上げます。 /また執筆に際して、 龍谷大学小 謙信における「無量寿三諸説」成立の再考 註 ①﹃阿弥陀経略記﹄は、長和三年(一

O

一回)三月九日に成立したとされる。(小山昌純﹁源信撰 関する考察

i

東京大学総合図書館所蔵写本を墓に!﹂、﹃西山学会年報﹄十匝号、二

O

O

四年) ②阿拡陀三諦説は、﹃観心略要集﹄に﹁念コトハ傍ノ名イ者、其/意云何ン。謂ク於一 J 陪 揮 陀 / 三 宇 一 一 一 、 可 げ ナ ヮ 観 コ 空 依 中 ノ 三 諦 ザ 。 彼 ノ 拘 ト ハ 者 郎 チ 空 、 橋 ト ハ 者 郎 チ 根 、 柁 卜 ハ 者 部 チ 中 ナ リ 也 。 宜 ( / 自 性 清 浮 / 心 ハ 、 凡 聖 一 年 ホ げ 掃 テ 因 果 ノ 不 レ 改 - E 三 世 一 一 常 住 一 一 ン テ 、 二 謹 一 一 不 レ 動 セ ラ レ 、 日 疋 レ 中 道 ナ リ 也 。 百 界 千 如 、 三 千 世 間 ノ 諸 法 、 森 然 ト ン テ

f m

幻 有 ナ ル ハ 者 、 是 レ 俵 諦 十 リ 也 。 西 句 一 一 推 検 ス ル ニ 不 レ 存 立 一 法 三 、 亡 一 一 浪 ス ル ハ 三 千 寸 、 是 レ 却 チ 空 ナ リ 告 。 ﹂ と あ る 内 容 を 指 し て い る 。 ( 酉 村 開 紹 ・ 末 木 文 美 士 ﹃ 観 心 略要集の新研究﹄(百事苑、一九九二年、六頁)) ③酉村潤紹・末本文美土守前掲童日﹄に詳しい。 ④すなわち、末木文美士爵士は﹁﹁無量寿﹂の三字に空仮中を割り当てるのは、いささかこじつけ的だとしても、一 応それぞれの漢字の意味を生かしていると言うことができる。これに対して、雨露陀三諦説においては、単に配当し たというだけで、全く根援が考えられない。それ故、﹃阿弥陀経略記﹄の無量寿三諦説から、﹃観心略要集﹄の阿弥陀 三諦読の需には一線が引かれると考えられる。﹂と指摘している。(﹃平安初期仏教思想の研究 i 安黙の思想形成を中 心として│﹄、春秋社、一九九五年、四九五頁) ⑤佐藤哲英﹃叡山浄土教の研究﹄(百華苑、一九七九年、一六四頁)や花野充昭 英﹃前掲童目﹄所枝、三三

O

頁 i 三三酉頁)を参黒。 ⑥福震詮善﹁日宋天台諦土教の交渉 i 諌言の源這記に対する見解を中心に l ﹂ ﹁ 一 m L 全 乙 又 土 各 己 こ 5 z P 3 5 ・。増田二三 H

﹄;

﹁中古天吉文献と念仏思想﹂ ( 佐 藤 哲 ( ﹁ 叡 山 学 院 誹 究 紀 要 ﹄ 五 号 、 一 九 八 二 F h d

(20)

源信における「無量寿三諸説」成立の再考 年、一九六頁) ⑦小山昌純﹁諜信撰﹃阿弥詑経略記﹄の無量寿三諸説について﹂(﹃印震学仏教学研究﹄五一巻・一、二

OO

二 年 ) ⑧梅田富鈴﹁口伝法門に於ける源信の埠位﹂(﹃龍谷学報﹄コ二七号、一九三六年) ⑤﹃往生要集﹄は永観二年(九八医)冬十一月に起筆され、寛和一五年(九八五)夏四丹に完成をみる。つまり末文に ﹁ 永 龍 二 年 甲 申 冬 十 一 丹 、 於 一 J 天 台 山 延 暦 寺 首 梼 最 院 一 一 。 撰 一 一 集 シ 斯 / 文 ザ 、 明 年 ノ 夏 匝 月 、 畢 一 す り 子 其 / 功 ↓ 実 。 ﹂ ( ﹃ 恵 全﹄一・二六八頁)とある記述に基づくものである。 ⑬本書の撰述年辻不明であるが、長穂三年(九九七)から同五年(九九九)項に成立したと考えられている。(速水 備﹃諌語﹄(人物叢書、吉川弘文舘、一九八八年、一七五頁)や末本文美士﹃大乗仏典︿中国・自本篇﹀﹄第十九巻 (安然源語、中央公論社、一九九一年、三二回頁)を参謂) 。﹃恵全﹄一・三八二夏。またこの﹃阿弥陀経略記﹄の三門組織辻湛探述とされる﹃法華大意﹄からの欝響を受けて 成立したという指揚がある。(小出昌純﹁源信撰﹃阿露陀経略記﹄に関する考察 i 東京大学総合図書館所議写本を基 に

i

﹂ 一 一 二 五 頁 1 コ二七頁) @﹃恵全﹄一・三九五頁 ⑬﹃恵全﹄一・四

O

一 頁 ⑬﹃恵全﹄一・四一一頁

9

﹃恵全﹄一・四二四頁 ⑬﹃恵全﹄一・四三一一員 ⑫﹃恵全﹄一・西三四頁 ⑬ ﹃ 往 生 要 集 ﹄ は ﹁ 拐 さ 一 行 相 ト ハ 者 、 纏 シ テ 語 い ハ 之 ヲ 、 願 げ 作 円 ン ト 傍 -一 会 ナ リ 。 亦

JS

上 ハ 求 コ 菩 提 イ 下 ハ 往 ラ 衆 生 イ 心 い う 尉 ン テ 語 い ハ 之 ヲ 四 弘 誓 願 ナ ヮ 。 此 レ ニ 有 コ 二 種 ﹂ 一 ニ ハ 縁 川 ス ル 事 ヲ 毘 弘 麗 ナ リ 。 是 レ ハ 郎 チ 衆 生 縁 ノ 慈 ナ リ 。 或 ハ 復 タ 法 縁 / 慈 ナ ヮ 色 。 二 -一 ハ 縁 川 ス ル 理 ヲ 四 弘 ナ ザ 。 是 レ 無 縁 / 慈 悲 ナ リ 也 。 ﹂ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 七 回 頁 ) と い い 、 医 弘 誓 願 を 次 の よ う に 理 解 し て い る 。 事の四弘誓願!衆生縁及ぴ法縁の慈悲 理の四弘誓顕

l

無縁の慈悲 ⑬この毘は、すでに小山昌純先生の﹁源信撰﹃阿弥陀経略記﹄に関する考察

i

東京大学総合図書館所蔵写本を基に

戸 。

F h d

(21)

源信における F無量寿三諦説」成立の再考

i

L

に紹介されている。(三二二百九を参顛) ⑫﹃一乗要決﹂の巻頭 ζ ﹁ 寛 弘 丙 午 の 歳 冬 十 月 ﹂ 議 の 著 作 で あ る 。 ( ﹃ 恵 全 ﹄ 二 ・ 一 一 員 ) @三身と三国弘牲との関係については、﹃摩詞止観﹄を引用して﹁止観第五-二モノ。憲悌ハ従コ縁因一生、ン、 医 一 生 シ 、 法 傍 ハ 従 吋 一 正 国 一 生

7

0

己上﹂といっている。(﹃恵全﹄二・一九一頁) @このような理解はすでに小山昌純先生によって指摘されている。(﹁源信撰﹃阿拡陀経略記﹄の無量寿三諦説につい て ﹂ 一

O

西頁を参照) 命 す な わ ち ﹁ 説 経 三 五 ク 。 心 一 一 想 げ 錦 ヲ 時 ハ 、 是 / 心 即 チ 是 レ 三 十 二 相 ・ 八 十 捷 形 好 ナ リ 。 日 疋 ノ 心 詐 梯 ス 。 是 ノ 心 是 レ 錦 ナ リ ト 。 又 起 ι 里 親 ニ 説 ク 。 一 切 衆 生 ノ 心 霊 異 知 ノ 中 -一 具 コ ト 過 恒 河 沙 数 諸 悌 / 功 語 寸 前 本 意 文 L とある。(﹃悪全﹂一・四一五頁) のゆ﹃浄全﹄一・五四頁 ③ 右 詞 ③﹃往生要集﹄が光明に関して言及するの誌観察門の当該箇所だけではない。すなわち、雑略観には﹁設ノ一一/光明、 遍 ヲ 照 一 J 十 方 世 界 ↓ 、 念 傍 ノ 衆 生 ヲ 掻 取 シ テ 不 レ 捨 - 7 ﹂ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 一

O

八 頁 ) に 続 い て 、 ﹁ 我 モ 亦 タ 在 コ 彼 / 掻 取 / 之 中 一 一 一 。 煩 幡 障 い テ 眼 ヲ 、 難 民 不 け 能 い 見 ル コ ト 、 大 悲 無 げ ン テ 倦 キ コ ト 常 -一 照 コ 我 ヵ 身 ↓ 。 ﹂ ( ﹃ 恵 全 ﹄ 一 ・ 一

O

八頁)という有名な一匂があ る。ここで源信は、光明に摂取されることと大慈悲に燕らされることを同時に列ねており、当箆所も﹃阿弥陀経略 記﹄の無縁慈悲釈に大きな影響を与えたといえよう c む﹃阿弥詑経略記﹄における往生の決定や現生による菩提からの不退転などについて辻、小山昌純先生の﹁諌信撰 ﹃阿弥詑経路記﹄における現生不退転説の思想的震調 L が詳しい。(村中祐生先生古稀記念論文集﹃大乗錦教患想の 訴究﹄所収、二

O

O

七 年 、 山 喜 一 房 需 書 林 ) ⑮﹃浄全﹄一・四八頁 とあることからもわかるように、 源信六十五 寛弘三年 ( 一

O

O

六 ) 報 保 ハ 従 寸 一 了 キーワード 源信 ﹃ 往 生 要 集 ﹄ 六郎阿弥陀仏 可 研 一 弥 陀 経 略 記 ﹄ 無量寿三諦説 無縁慈悲釈 ヴ t z u

参照

関連したドキュメント

2 学校法人は、前項の書類及び第三十七条第三項第三号の監査報告書(第六十六条第四号において「財

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

信号を時々無視するとしている。宗教別では,仏教徒がたいてい信号を守 ると答える傾向にあった

レーネンは続ける。オランダにおける沢山の反対論はその宗教的確信に

山階鳥類研究所 研究員 山崎 剛史 立教大学 教授 上田 恵介 東京大学総合研究博物館 助教 松原 始 動物研究部脊椎動物研究グループ 研究主幹 篠原

保安規定第66条条文記載の説明備考 表66-12電源設備 66-12-1常設代替交流電源設備①

保安規定第66条条文記載の説明備考 表66-12電源設備 66-12-1常設代替交流電源設備①

1アメリカにおける経営法学成立の基盤前述したように,経営法学の