兼職をめぐる法律問題に関する一考察 : ドイツ法 との比較法的研究
著者 河野 尚子
雑誌名 同志社法學
巻 65
号 4
ページ 1159‑1266
発行年 2013‑11‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014593
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二四五
兼 職 を め ぐ る 法 律 問 題 に 関 す る 一 考 察
― ―
ドイツ法との比較法的研究― ―
河 野 尚 子
目次
本稿の目的第一章 前提的考察 第一節 問題の所在 一 労働時間の通算制 二 契約上の兼職制限 第二節 労働時間の通算に関する問題 一 労働時間通算の有無 二 割増賃金支払の名宛人
一一五九
( )同志社法学 六五巻四号二四六兼職をめぐる法律問題に関する一考察 三 兼職の把握 第三節 契約上の兼職制限 一 従来の裁判例の傾向 二 兼職制限条項の有効性判断 ⑴ 兼職許可条項の有効性 ⒜ 懲戒事由該当性 ⒝ 不許可の合理性審査 ⑵ 違反の効果 ⑶ 学説 ⑷ ﹁今後の労働契約法制の在り方に関する研究会﹂の報告書 三 在職中の競業行為 第四節 小括第二章 ドイツにおける兼職に関する法律問題 第一節 基本法上の保護 一 職業選択の自由 二 正当化され得る兼職制限 第二節 労働時間の通算に関する問題 一 労働時間規制による兼職制限 ⑴ 労働時間の上限規制と通算制 ⑵ 休息時間規制 二 労働時間法違反の法律効果 一一六〇
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二四七 ⑴ 問題の所在 ⑵ 民法典一三四条による契約の無効 ⒜ 裁判例 ⒝ 学説 ⑶ 就労禁止 ⒜ 裁判例 ⒝ 学説 ⑷ 過料と刑罰 三 小括 第三節 契約に内在する兼職避止義務 一 問題の所在 二 労働義務から生じる兼職制限 三 付随義務から生じる兼職 ⑴ 連邦労働裁判所二〇〇二年二月二八日判決 四 競業行為による兼職制限 ⑴ 競合会社設立準備行為 ⑵ 在職中の競業行為 ⑶ 連邦労働裁判所二〇一〇年三月二四日判決 五 届出義務 六 小括 第四節 契約上の兼職制限条項
一一六一
( )同志社法学 六五巻四号二四八兼職をめぐる法律問題に関する一考察 一 問題の所在 二 契約上の兼職制限条項の適法性判断 ⑴ 裁判例 ⒜ 連邦労働裁判所一九七六年八月二六日判決 ⒝ 兼職禁止条項 ⒞ 包括的兼職許可条項 ⑵ 学説 ⒜ 包括的兼職許可条項への批判 ⒝ 創設的条項 三 小括 第五節 労働協約による兼職制限 一 問題の所在 二 裁判例 ⑴ 包括的兼職許可条項 ⑵ 制限的兼職禁止条項 ⑶ 競業行為による兼職制限 三 小括 第六節 約款を用いた労働契約による兼職規制 一 二〇〇二年債務法改正以降の問題 二 約款を用いた労働契約における普通取引約款規制 三 民法典三〇七条 一一六二
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二四九 四 限定解釈禁止をめぐる議論 ⑴ 民法学上の議論 ⑵ 労働法学上の議論 ⒜ 連邦労働裁判所の見解 ⒝ 学説 五 兼職に関する普通取引約款規制 ⑴ 兼職禁止条項 ⑵ 兼職許可条項 ⒜ 包括的兼職許可条項 ⒝ 制限的兼職許可条項 ⑶ 許可の撤回 六 小括 第七節 兼職制限違反の法律効果 一 使用者による違反の効果 ⑴ 違法な兼職制限条項 ⑵ 違法な不許可 二 労働者による違反の効果 三 小括第三章 日本法への示唆 第一節 比較法研究の意義 第二節 労働時間規制
一一六三
( )同志社法学 六五巻四号二五〇兼職をめぐる法律問題に関する一考察
一 労働時間の通算制 二 届出義務 第三節 契約上の兼職制限 一 契約に内在する兼職避止義務 二 契約上の兼職制限条項 ⑴ 包括的兼職許可条項の有効性判断 ⑵ 創設的条項の可能性 ⑶ 労働協約との関係 ⑷ 兼職制限違反の効果 ⑸ 立法構想
本稿の目的
兼職(兼業)とは、労働者が就業時間外に他の雇用関係で働くことをいう。近年、労働時間短縮や雇用の流動化に伴い、労働者が複数の使用者の下で働くケースが増加している。就業時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由であり、労働者には職業選択の自由(憲法二二条一項)が保障されている。兼職については、公務員に関する規制(国家公務員法一〇一条・一〇三条、地方公務員法三八条)が存在する一方、民間企業においては、これを特に規制する法律は存在しない。しかし、他方で、兼職については、以下に掲げる法律問題が存在する。 第一に、労働基準法三八条は、事業場を異にする場合にも、労働時間に関する規定の適用において、労働時間を通算 一一六四
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二五一 することを規定しており、労基法三八条の行政解釈によれば、兼職の場合にも適用される(昭二三・五・一四基発七六九号)。労働時間の通算制を採用する現状として、法定労働時間を超えた場合の責任の所在が、本業または副業のどちらの使用者にあるのかという問題や、労働時間の管理・把握の問題が生じている。 第二に、労働者は、使用者の利益に配慮し、誠実に行動することを要請されており(労働契約法三条四項)、一定の範囲において兼職避止義務を負うと解されている
)1
(。特に、使用者は、労働者の兼職によって、自らの利益が侵害され得ることを懸念して、労働者の兼職を禁止し、あるいは、許可制の条項を定めることがある。この条項に違反した場合、懲戒処分の適法性が判断され、その際に契約上の兼職制限条項の合理性や兼職制限の範囲が問題となる。 このような兼職の法律問題は諸外国でもみられ、とりわけ、ドイツにおいては、兼職(
N eb en tä tig ke it
)に関する法律問題が盛んに議論されている)2
(。第二章第二節で紹介するように、ドイツでも、兼職を行う場合、労働時間を通算する立場を採用している。これに関して、法定労働時間を超えた場合の法律効果について、裁判例・学説で議論がなされており、我が国における労働時間の通算制の問題を検討するにあたって、示唆を与えるものと考える。 また、第二章第四節で紹介するように、ドイツでは、我が国と同様、労働契約で兼職許可条項を定める場合が多く、従来、契約上の兼職禁止条項について、職業選択の自由との調整を図り、使用者の正当な利益を侵害する場合に限定することを内容とする、憲法適合的解釈(
ve rfa ss un gs ko nf or m e g elt un gs er ha lte nd e A us le gu ng
)を採用してきた。 さらに、ドイツでは、契約に内在する兼職避止義務の範囲とは別に、契約や労働協約上の兼職制限条項の有効性について議論がなされている。それゆえ、契約に内在する兼職避止義務と契約ないし労働協約上の兼職制限の内容を分析することは、日本法における契約上の兼職制限条項の合理性判断において、大いに参考となる。 なお、契約上の兼職制限条項について、ドイツでは、二〇〇二年債務法改正により、普通取引約款規制が民法典(B一一六五
( )同志社法学 六五巻四号二五二兼職をめぐる法律問題に関する一考察
GB)に含まれ、約款を用いた労働契約に関しても適用されるようになり、この場合の兼職制限条項の適法性と違反の効果について、新たな議論がなされている。兼職制限条項の適法性の判断、違反の法律効果に関する議論は、我が国の契約における兼職法制の在り方へ示唆を与えるものと考える。 そこで、本稿では、我が国における兼職の場合の労働時間の通算制、契約上の兼職制限に関する問題の所在について明らかにした上で、ドイツの兼職法制における法律問題について考察を行い、我が国の兼職法制における今後の課題について検討を行いたい。
第一章 前提的考察
第一節 問題の所在 我が国において、公務員を除き )3
(、民間企業に関して兼職そのものを規制する法律は、存在しない。就業時間外に行われる兼職は、職業選択の自由(憲法二二条一項)によって保障されていることから、原則として自由に行われる )4
(。ただし、兼職は無制限に認められているわけではなく、労働時間規制や契約上の制限を受けることがある。
一 労働時間の通算制 労基法三八条は、労働時間に関して事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については、通算することを規定している。労働時間の通算制について、行政解釈は、複数の使用者の下で働く場合にも、労働者の生命・健康の保護を図るという観点から、労働時間を通算して計算するという立場を採用している(昭和二三・五・一四 一一六六
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二五三 基収七六九号) )5
(。この点については、使用者による労働時間の把握の問題を含め、その妥当性が問題となる。 二〇〇九年度の多重就労の管理の実態調査 )6
(によれば、労働時間の通算規定の認知度は六六・一%であるが、通算規定を適用して割増賃金を支払っているのは回答企業の一・四%にとどまる(﹁兼職社員はいない﹂と回答した企業を除くと四・三%)。労働時間の確認方法も、自己申告によるものがほとんどである。他方で、労働時間の通算を行っていない主な理由として、自社以外の労働時間の把握が困難であることが指摘されている。そして、他社から労働時間のデータを入手することが困難である一方、自己申告についても、労働者による兼職の申告が正確なものか否か不明であることが問題とされる。 また、労働時間の通算制を採用する場合、どちらの使用者が割増賃金を支払う義務を負うのかという問題も生じており、見解の対立がみられる。これらの点をふまえ、労働時間の通算制の妥当性、割増賃金支払の名宛人、兼職の把握に関する問題について、第二節で分析を行うこととする。
二 契約上の兼職制限 使用者は、労働者が兼職によって、企業の社会的維持や労使の信頼関係を侵害しないように、契約上で兼職を制限する条項を定めることがある。前述の実態調査 )7
(によれば、約六割の企業が正社員の兼職を禁止しており、﹁許可を必要とし、許可の基準はない﹂場合が、二三・〇%、﹁許可を必要とし、許可の基準がある﹂場合が、七・〇%などとなっている。そして、﹁届出を必要とし、届出が受理できるかどうかの基準がある﹂場合が、一・四%となっており、約三分の一の企業が制約つきで兼職を認めている。 この点、契約上の兼職制限条項は、労働者の職業選択の自由(憲法二二条一項)としての兼職の自由を制限すること
一一六七
( )同志社法学 六五巻四号二五四兼職をめぐる法律問題に関する一考察
を意味する。我が国では、とりわけ、契約で兼職の許可条項を定める場合に、許可を得ずに行われた兼職が懲戒事由に該当するか否かが問題とされてきた。その際、裁判所は、兼職許可条項を有効と解した上で、私生活の自由としての労働者の利益、および、職業選択の自由(憲法二二条一項)と使用者の利益との調整を図り、限定解釈を行っている。それに加え、近年では、兼職許可条項に基づく使用者の許可付与義務を肯定する裁判例もみられる(第三節二⑵)。 このように、契約上の兼職許可条項の有効性は肯定されるものの、労働者にとって、兼職の許可付与の基準が不明確であるため、兼職の自由がどの程度認められるのか、依然として問題がある。そこで、使用者の利益を具体化し、労働者の自由・利益を不当に侵害しないよう必要かつ合理的な範囲を明らかにすることを目的として、兼職制限条項合理性判断に関して、裁判例・学説がどのような見解を示してきたかについて、第三節で分析を行うこととする。
第二節 労働時間の通算に関する問題一 労働時間通算の有無 我が国の労働基準法(労基法)によれば、使用者は労働者を原則一日八時間、一週四〇時間を超えて労働させてはならない(労基法三二条)。この法定労働時間を超える場合、使用者は、事業場における過半数組合があればその組合、なければ過半数代表者との間で労使協定を締結し、行政官庁の届出を行うことにより、労働時間を延長し、休日に労働させることができる(労基法三六条)。 労働者が二以上の事業場で労働する場合、労働時間は通算して計算される(労基法三八条一項) )8
(。労基法三八条一項は、本来、同一使用者の複数の事業場で就労する場合の長時間労働から労働者を保護するための規定であったが、行政解釈は、複数の使用者の下で就労する場合も含むと解されている(通算説) )9
(。複数の事業場での労働時間の通算を肯定する 一一六八
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二五五 目的は、長時間労働による労働者の肉体的精神的疲労の回復を図るとともに、労働者が労働から解放される余暇の利用を確保することにある )₁₀
(。もっとも、兼職の事実を知らないまま法定労働時間を超えて労働させた使用者に労基法違反の責任を課すことは不公平となるため、行政解釈においても、使用者が兼職の事実を知らない場合には、労働時間の通算による法違反につき、故意が認められず、不成立と解されている。 これに対して、労基法三八条は、同一使用者の二以上の事業場で労働する場合の通算規定であると解すべきという見解もある(非通算説) )₁₁
(。この見解によれば、労働時間管理責任について、労働時間を通算しなくても、安全配慮義務の観点から労働者の健康に配慮する義務が生じる。 また、﹁今後の労働契約法制の在り方に関する研究会﹂の報告書 )₁₂
(においても、労基法三八条一項について、使用者の命令による複数事業場での労働の場合を除き、複数の使用者の下で就労する労働者の健康確保に配慮しつつ、適用から除外することを提示されている。そして、国、使用者の集団が労働者の過重労働を招かないよう配慮し、労働者自身の健康に対する意識も涵養していくことがより妥当ではないかと述べられている。 もっとも、非通算説に対する批判として、使用者が兼職の事実を知らない場合、通算説を採用しても、労基法三八条違反の故意がないため法違反が成立せず、支障はないとの指摘が考えられる。しかし、非通算説の立場からは、企業の行為規範として、企業に無用かつ過度の法的責任を課していることに変わりはないとし、労働契約の適正な運営の促進や、企業の労働法コンプライアンス推進の観点からも非通算説を採用すべきであるとしている )₁₃
(。
二 割増賃金支払の名宛人 労基法三八条一項について、行政解釈は、複数の使用者の下で就労する場合も通算制を採用する立場を採用している
一一六九
( )同志社法学 六五巻四号二五六兼職をめぐる法律問題に関する一考察
が、法定労働時間を超えた場合、どちらの使用者が、労基法三七条に基づき、割増賃金支払い義務を負うのかが問題となる。 昭和二三年の行政解釈によれば、割増賃金を支払う義務を負うのは、実際に法定労働時間を超えて労働させることになった事業主であると解されている(昭和二三・五・一四基収七六九号)。具体的な例として、午前中に副業先で三時間就労を行い、その後、七時間本業先で就労する場合、本業の使用者が法定労働時間外の二時間につき、割増賃金を支払う義務を負う。 他方で、厚生労働省労働基準局の別の解釈 )₁₄
(によれば、当該労働者と時間的に後で契約した事業主が割増賃金を支払う義務を負うと解される。この見解は、後で契約した事業主は、契約の締結にあたって、その労働者が他の事業場で労働していることを確認した上で契約を締結すべきであることを理由とする。ただし、例外として、他の事業場で特定の時間、労働していることを把握している使用者の場合には、契約締結の時期は関係なく、労働時間を延長する者が割増賃金支払義務を負うとする。 このように、前者の見解と後者の見解に共通することは、割増賃金を支払うにあたり、兼職の労働時間の時間帯や長さ等を使用者が事前に把握しておく必要がある点である。しかし、後者の見解は、原則として、後で契約した事業主のみが兼職の労働時間に関して確認しておくことを必要としている。前者の見解と異なり、先に締結した労働関係の使用者については、割増賃金を支払う義務は生じないことから、割増賃金支払義務の観点から労働時間を確認しておく必要性はなくなる。割増賃金を支払う者をどちらか一方の者に限定すると、他方の使用者は割増賃金支払義務を負わず、その使用者に対する長時間労働の抑制機能を果たせていないこととなる。割増賃金が、時間外・休日労働を抑制することを目的としている点を考慮すると、労働時間規制に即した解釈を行う必要がある。 一一七〇
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二五七 三 兼職の把握 労基法三八条一項の目的を考慮すると、使用者はそれぞれ、過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から、労働時間の把握や管理をする義務を負うことになる。しかし、労働者の兼職の有無や労働時間の程度について尋ねる義務が使用者にあるといった明確な規定は存在せず、私的領域にある他の就労先の労働時間等について、どの程度の情報を労働者に求めることが可能かについても明らかではない。実際に、実態調査 )₁₅
(によれば、正社員、非典型労働者ともに、兼職について何らかの把握を行っている企業は約一割で、ほとんどの企業では兼職について正確に把握されていない。 他方、労働者は誠実義務に基づき、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないよう配慮する義務を負う )₁₆
(。この点に関して、使用者が労基法三八条違反とならないように、労働者が、兼職の有無、兼職の労働時間について報告する義務が生じると解することも可能であるが、これを肯定するか否かについても明らかではない。
第三節 契約上の兼職制限一 従来の裁判例の傾向 兼職をめぐっては、職業選択の自由(憲法二二条一項)によって保障される労働者の兼職の自由と兼職を規制する業務上の必要性への配慮との利益調整が問題とされてきた )₁₇
(。 まず、使用者が、就業規則において、労働者の兼職を禁止し、懲戒事由としているケースが多くみられる。大部分の企業では﹁服務規律﹂と称される従業員の行為規範として、就業規則において兼職許可条項(﹁社員は会社の承認を得ないで在職のまま他の職業に従事してはならない﹂など)を定め )₁₈
(、かかる条項に違反した結果、懲戒処分がなされ得る。
一一七一
( )同志社法学 六五巻四号二五八兼職をめぐる法律問題に関する一考察
懲戒処分の有効性が争われた場合、懲戒事由該当性および懲戒処分の相当性が問題となるが、本節二⑴⒜で後述するように、懲戒事由該当性については、契約上の兼職許可条項に違反したか否かによって、判断される傾向にある。加えて、契約上の兼職避止義務に違反し、使用者に損害を与えた場合は、債務不履行に基づく損害賠償責任を免れないが(民法四一五条、四一六条)、労働者の行為が不法行為(民法七〇九条)の要件を満たせば、同様に損害賠償責任を負う場合もある )₁₉
(。 しかし、一方で、兼職は労働者の就業時間外の行動であるから、使用者が労働者の職業選択の自由(憲法二二条一項)を不当に制限している場合もある。そこで、最近では、使用者による契約上の兼職許可条項に基づく不許可が違法な場合に、労働者が使用者に対し、兼職許可および損害賠償請求を求めるケースもみられる(本節二⑴⒝・⑵) )₂₀
(。
二 兼職制限条項の有効性判断⑴ 兼職許可条項の有効性⒜ 懲戒事由該当性 主に問題とされてきたのは、就業規則に許可条項があるにも関わらず、無許可で兼職を行う場合である。前提として、兼職許可条項に基づき、使用者が兼職の許可を付与しない場合、労働者の私生活の自由や職業選択の自由(憲法二二条一項)を制限するため、その条項の有効性が問題となる。 本節一で述べたように、従来の裁判例では、懲戒処分の有効性が主に争点となっていたため、懲戒事由該当性判断の場面で、兼職許可条項が有効であることを前提とした判断がなされてきた。具体的には、本来の業務を不能または困難としたり、企業秩序を著しく乱すような兼職でない限り、兼職許可条項に違反せず、懲戒事由に該当し得ないと解する 一一七二
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二五九 傾向にある。特に議論がなされているのが、競合他社での兼職についてであるが(本節三で後述する)、その他に懲戒解雇事由該当性が争われたものとして、以下の裁判例があげられる。 懲戒解雇事由該当性を肯定したものとして、ジャムコ立川工場事件 )₂₁
(があげられる。本件は、休職中に給与を一時支給されていた労働者が、別の店を開店・営業していたことを理由に懲戒解雇されたケースにつき、懲戒処分の有効性が争われている。本判決では、兼職を開始する動機、営業状況、兼職の今後の継続性の有無等が考慮されている。本件は、長期にわたって兼職先で経営する意思が労働者にある一方、今後本業の使用者のもとで就労する意思はなかったものとして、会社の職場秩序に影響し、かつ被告従業員の地位と両立することのできない程度・態様のものであると認め、解雇事由を肯定している。したがって、休職中の兼職に関しては、とりわけ、休職後も本業の使用者のもとで就労するという労働者の意思がない場合に、職場秩序に反するものと解される。 また、小川建設事件 )₂₂
(は、建設係の事務員が無許可でキャバレーの会計係として兼職を行っていたことを理由に、懲戒解雇にすべきところを通常解雇にとどめるとして、通常解雇の意思表示をなしたケースについて、解雇の有効性が争われている。この判決は、企業秩序を侵害する行為であり、兼職が毎日六時間かつ深夜に及ぶもので、本業の労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いこと、実際に就業時間中の居眠りが多く、残業を嫌忌する等の態度がみられたこと等を考慮している。 さらに、懲戒事由は肯定するものの、懲戒解雇処分の相当性を否定する裁判例もある。タクシー会社において、運転手が父親の経営する新聞販売店の仕事を無断で行ったことを理由として、懲戒解雇された事案 )₂₃
(では、タクシーを出庫させて新聞販売店へ出勤するなど、企業秩序に影響を及ぼし労務提供に支障を来すことから、懲戒事由該当性は認められている一方、懲戒解雇の対象とする程の相当性はないと判断されている。
一一七三
( )同志社法学 六五巻四号二六〇兼職をめぐる法律問題に関する一考察
このように、本業と両立しない兼職や、企業秩序を阻害するような兼職については、懲戒事由該当性が肯定される。ただし、具体的な事業上の侵害がなく、本業の労務の誠実な提供に何らかの支障をきたす可能性がある場合にも、兼職制限を肯定すべきか否かについては、議論の余地がある )₂₄
(。 一方、懲戒事由を否定するものとして、大学教授が無許可で語学学校の講師を行ったことを理由に懲戒解雇された事案 )₂₅
(では、授業等の労務提供に支障は生じていないことから、懲戒事由該当性が否定され、懲戒解雇は無効であると判断されている。 また、休職中の兼職につき、病気休職中の工員が知人の工場で手伝いを依頼され、かつ、自らの体を慣らす目的もあって約一〇日間従事したこと等を理由になされた懲戒解雇の有効性が争われた平仙レース事件 )₂₆
(があげられる。本件は、懲戒事由が否定されており、就労の目的、期間、労働条件等からみて、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものであることから、就業規則に禁止する規定に該当しないと判断されている。 したがって、兼職許可条項に形式的には違反する場合であっても、職場秩序に影響せず、かつ、使用者に対する労務提供に支障を生ぜしめない程度・態様の兼職については、兼職を制限した就業規則の条項には実質的には、違反しないものと解される。
⒝ 不許可の合理性審査 最近では、労働者が使用者に対して、兼職を許可しなかったことに合理性がなかったとして、兼職の許可および損害賠償請求を行うケースもみられる。マンナ運輸事件 )₂₇
(は、就業規則上の兼職許可条項に基づき、使用者Y社に対し、アルバイト就労の許可を求めた労働者Xが、Y社の不許可を理由にアルバイト就労ができなかったことによって得られなか 一一七四
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二六一 った収入および慰謝料を請求した事案である。本判決は、兼職許可条項の有効性について詳細な検討をしており、以下のとおり、兼職(兼業)が原則自由である一方、一定の範囲で限定的に兼職を制限することができると判断している。 ﹁労働者は、勤務時間以外の時間については、事業場の外で自由に利用することができるのであり、使用者は、労働者が他の会社で就労するために当該時間を利用することを、原則として許されなければならない。 もっとも、労働者が兼業することによって、労働者の使用者に対する労務の提供が不能又は不完全になるような事態が生じたり、使用者の企業秘密が漏洩するなど経営秩序を乱す事態が生じることもあり得るから、このような場合においてのみ、例外的に就業規則をもって兼業を禁止することが許される。 そして、労働者が提供すべき労務の内容や企業秘密の機密性等について熟知する使用者が、労働者が行おうとする兼業によって上記のような事態が生じ得るか否かを判断することには合理性があるから、使用者がその合理性判断を行うために、労働者に事前に兼業の許可を申請させ、その内容を具体的に検討して使用者がその許否を判断するという許可制を就業規則で定めることも、許されるものと解するのが相当である。ただし、兼業を許可するか否かは、上記の兼業を制限する趣旨に従って判断すべきものであって、使用者の恣意的な判断を許すべきものではないほか、兼業によっても使用者の経営秩序に影響がないような場合には、当然兼業を許可すべき義務を負うものというべきである。﹂ また、不許可の合理性を認める基準として、﹁⋮過労にしても機密漏洩にしても、どの程度の危険性があって不許可としなければならないかは、Y社の業務内容、兼業許可を申請する労働者の担当職務の種類や内容、兼業として勤務する就業先の業務内容や担当職務等を具体的に検討すべきである﹂と判示している。本件は、過労のケースであり、具体的判断として、本判決は、アルバイト就労時間数により、過労を生じさせるか否かについて、不許可としたことに合理性がある就労と、不許可としたことに合理性がない就労と区別して判断している。その結果、Y社の著しく不合理な不
一一七五
( )同志社法学 六五巻四号二六二兼職をめぐる法律問題に関する一考察
許可についてのみ、不法行為に該当するものとされている。 このように、本判決では、私生活の自由を根拠に、兼職を原則自由とする一方で、就業規則の兼職許可条項について、労働者が提供すべき労務の内容や企業秘密の機密性等について熟知する使用者が、兼職許可の付与の是非を判断することには合理性があるとして、有効性を肯定している。その上で、使用者の恣意的な兼職不許可や、使用者の経営秩序に影響がないような場合については、兼職を許可すべき義務を肯定している。なお、就業規則上の兼職許可条項に基づき、使用者が兼職の許可を違法に付与しなかった場合の効果については、次項で後述する。
⑵ 違反の効果 労働者が兼職避止義務に違反した場合、先に⑴⒜で紹介した従来の裁判例では、違反の効果として、懲戒処分の有効性が争われてきた。前提として、懲戒権の法的根拠については、判例・通説によると、懲戒は労働契約上当然に予定された措置ではなく、それを行うためには労使間の特別の合意を要すると解される(契約説) )₂₈
(。したがって、懲戒処分には、就業規則の法的根拠を要し、就業規則の懲戒事由(例えば、会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇われたとき、会社の規律または秩序を乱した場合)に基づき、使用者は懲戒処分を行うことが可能となる。 他方、就業規則上の兼職許可条項に基づき、使用者が兼職を許可すべき義務に違反した場合の効果が争われたケースは、従来ほとんどみられなかった。しかし、⑴⒝で紹介したように、マンナ運輸事件 )₂₉
(は、兼職許可条項の有効性を肯定した上、使用者の恣意的な兼職不許可や、使用者の経営秩序に影響がないような場合については、兼職を許可すべき義務を明確に肯定している。そして、本判決によると、使用者による不許可が、﹁兼業による支障を真摯に検討するという姿勢を明らかに欠くもの﹂として、執拗かつ著しく不合理な場合、単なる労働契約上の許可義務違反を超えて不法行 一一七六
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二六三 為に当たるとしている。その結果、不許可に合理性がない場合には、契約上の許可すべき義務だけでなく、不許可による収入相当額の損害額を肯定している。 ところで、前掲マンナ運輸事件は、包括的な兼職許可条項に基づき、上記の場合に限定して兼職を許可すべき使用者の義務を肯定する根拠として、私生活の自由としての労働者の利益を掲げている。そもそも、契約自由の観点から考えると、包括的な兼職許可条項の場合に、労働者の私生活の自由を根拠に兼職を許可すべき使用者の義務を肯定すべきであろうか。そして、兼職を許可すべき義務を肯定する場合、いかなる義務内容を構成するのかが問題となる。
⑶ 学説 契約上の兼職制限条項の有効性判断につき、労働契約法は、兼職の規制に関する規定を設けなかったため、従来からの解釈に委ねられることとなるが、こうした解釈は労働契約法七条や一〇条の﹁合理性﹂要件の適用として行われる )₃₀
(。 また、当該規定が憲法二二条に基づく職業選択の自由を著しく不合理に制限する場合、競業避止義務の有効性の判断で用いられている合理性審査 )₃₁
(と同様に、民法九〇条(公序良俗)違反として無効という効果が生じることも考えられる。 学説においても、労働時間以外の時間をどのように過ごすかは基本的に労働者の自由であるべきこと、職業選択の自由の保障、就業形態の多様化を考慮し、兼職制限を使用者の正当な利益の確保の場合に限定している )₃₂
(。使用者の正当な利益の確保については、具体的に、適正な労働遂行の確保、競合他社への企業秘密の流出の防止、企業の社会的信用の確保が掲げられている )₃₃
(。
一一七七
( )同志社法学 六五巻四号二六四兼職をめぐる法律問題に関する一考察
⑷ ﹁今後の労働契約法制の在り方に関する研究会﹂の報告書 契約上の兼職制限条項の有効性判断における立法論として、﹁今後の労働契約法制の在り方に関する研究会﹂の報告書 )₃₄
(によれば、労働者の職業選択の自由、就業形態の多様化にかんがみ、労働者の兼職を禁止したり、許可制とする就業規則の規定や個別の合意については、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とすることが提示されている。ここで、やむを得ない事由としては、兼職が不正な競業に当たる場合、営業秘密の不正な使用・開示を伴う場合、労働者の働き過ぎによって人の生命又は健康を害するおそれがある場合、兼職の態様が使用者の社会的信用を傷つける場合等が含まれることを掲げている。このような規定が導入されると、裁判例で採用されてきた限定解釈は行われず、やむを得ない事由に当てはまらないような契約上の条項は違法と解され、無効となる。
三 在職中の競業行為 在職中の競合他社での兼職が問題となる場面として、競合他社での就労の他に、競合他社の設立またはその準備行為、競合他社の利益を図る行為 )₃₅
(、従業員の引抜き・転職の勧誘 )₃₆
(があげられる )₃₇
(。競合他社での兼職を規制する場面では、兼職避止義務違反であると同時に、競業避止義務違反と重複する類型と解されるが、裁判例においては、競業避止義務として類型化されている場合が多い。 例えば、兼職が明らかに使用者の正当な利益を侵害する場合には、契約に付随する競業避止義務に違反するものと判断される )₃₈
(。競合他社の設立準備行為に関する裁判例 )₃₉
(によれば、取引会社が会社に対して供給停止を通知することを知りながら、これを会社に通知せず、その後、取引を中止したまま、別の競合会社の設立手続を進めていたことにつき、競業避止義務違反に基づく損害賠償請求が認められている。 一一七八
( )兼職をめぐる法律問題に関する一考察同志社法学 六五巻四号二六五 もっとも、使用者の正当な利益を侵害する可能性がある場合にも、懲戒解雇の有効性が肯定されることがある。労働者が在職中に競合会社の取締役に就任した事案 )₄₀
(では、たとえ労働者が当該競合会社の経営に直接関与していなくても、経営上の秘密が漏えいする可能性があること等を考慮し、本業の使用者の企業秩序をみだし、又はみだすおそれが大きいと判断している )₄₁
(。 さらに、在職中に競業を営むことを目的として、会社設立・取締役就任、店舗の開業準備、従業員の雇用、店舗で販売する製品の準備、店舗ホームページの掲載等の準備行為につき、雇用契約に関する誠実義務に違反するとした裁判例 )₄₂
(
もある。この判決に対しては、使用者の正当な利益を侵害するほど、信頼関係を裏切る目的と態様で行われたものでないことから、競争の自由の範囲を逸脱し、誠実義務に違反する行為と解すべきではないとの批判もある )₄₃
(。 このように、使用者の正当な利益を侵害する可能性がある場合にも、兼職制限は正当化される。ただし、兼職の制限は、職業選択の自由(憲法二二条一項)を制限することを意味するので、労働者の自由・利益との間で適切な調整がなされる必要がある。
第四節 小括 本章では、我が国の兼職に関する法律問題として、労働時間の通算制、労働契約上の兼職制限について分析を行ってきた。具体的に以下の問題点について、ドイツ法との比較法的考察を行う意義があると考える。 第一に、労基法三八条一項について、行政解釈は、長時間労働を抑制し、労働者の健康の確保を図るという観点から、複数の使用者の下で就労する場合にも労働時間の通算制を採用している。しかしながら、通算説については、どの使用者が割増賃金を支払う義務を負うのかという見解の対立があり、さらには、労働時間の管理・把握が困難であること等
一一七九
( )同志社法学 六五巻四号二六六兼職をめぐる法律問題に関する一考察
が指摘されていた。この点、ドイツにおいても、我が国と同様に労働時間の通算制が採用されており、法定労働時間を超えて労働させた場合の違反の効果について議論がなされている。それゆえ、ドイツの労働時間法制との比較を行った上で、我が国における労働時間の通算制の問題について検討することは意義があると考える。 第二に、労働者の兼職は、職業選択の自由(憲法二二条一項)によって保障されているところ、我が国の裁判例は、労働契約上の兼職許可条項の有効性を肯定したまま、労働者の私生活上の自由を根拠に限定的な解釈を行っている。他方で、﹁今後の労働契約法制の在り方に関する研究会﹂の報告書が提示するように、契約上の兼職制限条項について、やむを得ない事由がある場合を除き、無効とする立法論もあるため、検討する意義がある。 これに対し、ドイツでは、契約上の兼職制限について、付随義務から生じる兼職制限だけでなく、労働契約および協約上の兼職制限条項の有効性をめぐって議論がなされており、とりわけ、約款を用いた労働契約に関しては、違法な兼職制限条項の法律効果についても議論がみられる。このような点につき、我が国における、契約に内在する兼職制限の判断基準、および契約上の兼職制限条項の有効性審査をめぐる問題について、示唆を与えるものと考える。さらに、我が国でも、契約に内在する兼職制限だけでなく、その範囲を超えて兼職を制限する合意の有効性判断の在り方を検討する余地もある。 また、我が国では、特に、競合他社での兼職のケースをめぐって、具体的な影響が使用者に生じていなくても、利益侵害の可能性がある場合に兼職制限が肯定されるか否かが問題とされている。この点、ドイツにおいても、兼職制限を正当化し得る使用者の正当な利益の程度・範囲について議論があるため、使用者の正当な利益と労働者の自由・利益との間で適切な調整を模索する際に、示唆を与えるものと思われる。 そこで、このような我が国の兼職の法律問題について、比較法的視点を提示するために、ドイツ法において、兼職制 一一八〇