不登校問題に対する政策的対応の現状と課題
一東京都の不登校発生率地域差に対する社会構造的要因に注目して一
岩 田 香奈江
1.問題の所在
学級崩壊やいじめ自殺などの教育危機の深刻化や,ゆとり教育とその撤回な ど学習方針をめぐる議論,そして教育基本法の改正や日の丸・君が代といった 政治的側面をめぐる議論など学校教育に関する話題は近年事欠かない.その中 で,かつて大きな社会問題となっていた「不登校」は,目新しさを失い,どの 学校・学級にも当たり前に生じている事態として,日常化してしまった.一方 で,フリーターや,ひきこもり,ニートといった若者に関する社会問題は,
次々と注目をあび,若年層の雇用問題は2000年以降,政治的課題として取り上 げられることも増えた.しかし,若者の社会的排除という視点から捉えると,
不登校という「教育問題」は,これらの若者の就労をめぐる「労働問題」と密 接に関連していると考えられる.本稿では,東京都を事例として,マクロデー タを用いた分析により,90年代以降の不登校急増に対する社会構造的要因の影 響について検討し,文部科学省による不登校に対する対処の問題点について論
じたい.
2.行政による不登校問題の対応の現状
一「誰にでも起こりうる不登校」答申後の不登校急増
最初に,教育行政における「不登校」問題への対処の経緯について,不登校 発生率の推移とともに振り返ってみよう.伊藤(2003)によると,戦後教育の 開始から高度経済成長の始まる60年までのいわゆる「戦後」の時代において,
「長期欠席」は経済的理由によって生じるものがほとんどであり,1960年代に
入っても, 「登校拒否」という「症例」が精神科医により心理的な病理として
紹介され始めたものの,まだまだ特殊な事例として認識されていたようだ.
「登校拒否」が社会的に注目され始めるのは,1970年代以降のことである.文 部科学省が教育機i関対象に悉皆で毎年行っている学校基本調査では,1966年か ら理由別に長期欠席者の数を集計している.全国の小・中学校と,次章で分析 を行う東京都内の小・中学校の理由別長期欠席生徒数のうち, 「学校ぎらい」
「不登校」に区分されている児童・生徒数を,それぞれ全児童・生徒数で除し て算出した不登校発生率をグラフにしたものが表1である1).1970年代半ばから 徐々に「学校ぎらい」に分類される長期欠席児童・生徒数の割合の上昇がみら れ始めたことを受け,文部省は「生活指導上の問題」として,精神科医の問題 定義・枠組を取り入れることで, 「登校拒否」を子どもの精神的な問題,病理
として「治療」する試みを実施する.少年非行が大きな社会問題であった時節 柄もあり,「登校拒否」は青少年の逸脱的な事象として捉えられ,病院や相談 室の対応だけでなく,強制施設なども設置された.しかし,1980年代の「登校 拒否」そして「不登校」をめぐる論争を受けて, 「登校拒否」に対する文部科 学省の認識が大きく変化する.登校拒否の急激な増加,そして精神科医や登校 拒否の子どもを持つ親たちによって学校外での学びの場(フリースクール)を つくる運動が活発になる中で,学校にいかない子ども達を「病理」としてとら える「登校拒否」という問題認識に対して,異議申し立てが行われた.それら の論争を受け,平成4年に文部省が出した,いわゆる「誰にでも起こりうる不 登校」答申(文部省初等中等教育局長1992)とは,逸脱的状況としての意味合 いが濃い「登校拒否」から, 「不登校」へと認識の転換が行われた点で画期的 であった.
このような答申がうまれた背景には,不登校に関する社会学的研究の影響も 大きい.答申を審議した中教審「学校不適応対策調査研究協力者会議」の委員 でもあった森田(1991)や,竹川(1993)ら教育社会学者は,社会全体の私事 化,すなわち「自分の私的な領域を確保したいという人々の欲求の現れ」が不 登校をもたらすとし,社会全体の文化的な誘因の存在を指摘2),個々人の病理
として捉える方策の限界を示した.この答申を受け,教育行政の不登校問題へ
の対応は, 「学校は,児童生徒にとって自己の存在感を実感でき精神的に安心
していることのできる場所一「心の居場所」一としての役割を果すことが求め られる」 (文部省初等中等教育局長1992)という認識のもとに,学校内の相談 体制の充実や,適応指導教室の設置などが勧められていった.
しかし,問題認識は転換したものの,その具体的方策は,対症療法的に終始 したものである点は変わらなかった.心理関係の専門家が中心的に携わってき た経緯から,「不登校」という状況に陥った子どもに対して個別に適切な「指 導」を行うというのが基本的な対処方法とされている.子どもたちの「心」を 重視する方策に力が入れられ,問題の根本要因を社会的に解決しようという視 座はあまりみられないのである.
最新の不登校対策の骨子となっている平成17年の文部科学省通知「不登校へ の対応の在り方について」 (文部科学省初等中等教育局長2005)も,平成4年 t
の「誰にでも起こりうる不登校答申」の流れを基本的に汲むものである.「不 登校」を「心の問題」としてのみではなく,「進路の問題」としてとらえ,
「社会的自立」を促すという基本方針のもと, 「不登校の解決目標は,児童生 徒の将来的な社会的自立に向けて支援することである」ことを強調し,「本人 の進路形成に資するような指導・相談や学習支援・情報提供等の対応をする必 要があること」と述べられてはいるが,具体的な施策をみてみると,民間施設 やNPO等との連携も含めた適応指導教室の整備や,スクールカウンセラー,心 の教育相談員,メンタルフレンドの増員などによるカウンセリング体制の強 化,単位制高校など中学卒業後の受け皿の充実といった従来の取り組みとそれ ほど変化があるものではなく,基本的には「優等生的息切れ」的不登校に対す る心理対応が主たる方策となっていることがわかる(文部科学省初等中等教育 局長2005).
ここでもう一度図1をみて欲しい.「誰にでも起こりうる不登校」答申が出
される前年の1991年から2000年にかけての約10年間で,全国,東京都のいずれ
においても,特に中学校における不登校が急増し,その発生率は2倍以上と
なっている.そして,最新の通知が出された2005年以降も高水準の推移が続
き,2006年度には不登校発生率が過去最高を記録しているのだ.このような状
況を鑑みると,文部科学省の心理対応中心の不登校対策の有効性に疑問の念が
生じる.子どもの「心」に注視し,子どもの居場所を確保するといった方向性 だけで,不登校対策は十分なのであろうか.次節では,東京都を事例として,
市区町村別不登校発生率をもとに,社会構造的な要因に着目しつつ,不登校が 急増した90年代の変化について考察する.
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一←全国小学筏年閃50日以上 十全国中学筏年関50日以上 十全国小判交年面30日以上 十全国中学筏年聞30日以上 一◇一東京都内小学牧年岡50日以上 一ロー東駅蓼内巾学校年閏50日以上 一▲一聚京蔀内 」学校年陶30日以上 一〇一棘部内中学鮫年闇30日以上
図1小学校・中学校不登校発生率の推移(全国・東京都)
3.不登校発生率の地域差に関するマクロ分析
本節では, 「不登校」を個々人の病理もしくは生き方といった個人の問題と して捉える視点ではなく, 「社会的事実」と捉えた上で,90年代の不登校増加 の要因について考察を行う.「自殺を,別々に考察されるべき,たがいに孤立
した個々の出来事とのみみないで,所与の時間単位内に所与の社会の内部に起 こる自殺を全体的に考察」 (デュルケーム1897=1985:25)したデュルケーム の自殺に関する古、典的な社会学的実証研究に習い,市区別のマクロデータを用 いて,東京都内の中学校不登校発生率の地域差に着目する.
まず,中学校不登校発生率の地域差について,地図で確認してみよう.図1
と同じ「学校基本調査」の理由別長期欠席者数のデータを用いて,東京都内の
市区別不登校発生率を算出し,生徒・児童数が1000人以下である町村部を除い
た,49市区の不登校発生率を地図に色分けしたものが図2である.1991年段階
では,福生市を除き全ての市区が100人当り2人以下の発生率の範囲に納まって いる.ただし,23区内に関しては,中心部の不登校発生率が低く,周辺部が高 い傾向が見られる.また,市部に関しては,北西部の不登校発生率がやや高い 傾向が若干,確認できる.つづいて,不登校がピークを迎えた2000年度間の中 学生の不登校発生率を同様に色分けした地図を見てみよう.49市区全体の平均 は100人中2.68人と約2倍となり,単純に計算すると,どの学級にも最低一人は 不登校の生徒がいるという状況まで事態が悪化している.しかし,地域別に不 登校発生率を比較してみると,発生率が100人中2人以下という低水準にとど
まった地域もある一方で,発生率が100人中4人以上という地域も生じている.
90年代に生じた東京都内の不登校の増加傾向には,かなりの地域差が認められ るのである.それでは,どのような地域で10年間に不登校発生率が急増したの であろうか.倉沢・浅川(2004)の東京圏の空間構造に関する分析によると,
都心部から西南にかけて「上層ホワイトカラー・専業主婦ベルトといった社会 的上層の生活空間」 (倉沢・浅川2004:24)が広がる一方で,23区東部はブ ルーカラー系の住宅地区が多くを占め,また市部についてはホワイトカラー系 の人口再生産地区とブルーカラー系の人口再生産地区がモザイク状に拡がると
されるが,全般に,ブルーカラーの集住している地区と不登校発生率の高い地 区が重なっているのである.
この点を確認するために,不登校発生率と社会指標の相関を確認してみよ う.1991年と2000年時点での町村部を除いた東京都49市区別の不登校発生率 と,1990年と2000年の『国勢調査』結果をもとに算出した社会指標の相関係数 をもとに,不登校増加に対する社会構造的要因について検討したい.地域特性 を示す指標としては,松本(2004),松本編(2004),倉沢・浅川編(2004)
を参考に,人口学的変数として,年少人口比率と老年人口比率を,社会経済的 変数として上級ホワイトカラー比率とブルーカラー比率,自営業主比率,高等 教育修了者比率を,都市化に関する変数として人口増加率と人口密度を,家族 に関する変数として,核家族世帯比率と単身世帯比率,女子労働力人口比率を
用いた.
その分析結果が表1である.マクロデータ問の相関係数のため,有意性検定
結果には理論的意味はない点,また,個票データを用いた場合よりも係数が大 きく算出される点を考慮し,1991年度間と2000年度間で,係数に大きな変化が あったものに着目すると,一目瞭然なのは,社会経済的変数の相関係数の大幅 な上昇である.ブルーカラー比率は1991年度間の0.448から2000年度間の0.643 まで上昇,上級ホワイトカラー比率に関しては,−0.472から一〇.701という非常に
高い値を示している.1991年から2000年にかけて,不登校発生率と社会経済学 的変数の関連が地域レベルで強まったのである.東京都における不登校の急激 な増加は,ブルーカラー層が多く居住する,相対的に低階層な地域で生じてい
たのである.
1991年平均1.14人/100人標準偏差0.51
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旬10人 〜ZO人 〜30人 鱒40人 噌50人
2000年 平均2.68人/100人 標準偏差0.89
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図2 東京都内中学校不登校発生率
表1 東京都内中学校不登校発生率と社会指標の相関
少人口比 老年人口指数
上級ホワイトカラー比率 ブルーカラー比率 自営業主比率 高等教育修了者比率 人口密度
人口増加率(5年間)
核家族世帯比率 単身世帯比率 女子労働力人口比率
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