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博士学位申請論文審査報告書

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(1)

嶋田 美奈 提出

博士学位申請論文審査報告書

論 文 題 目

ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの 促進要因

-戦略的アントレプレナーシップの視点から-

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嶋田 美奈 提出 博士学位申請論文審査報告書

『ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの促進要因

-戦略的アントレプレナーシップの視点から-』

I 本論文の主旨と構成

1.本論文の主旨

本論文は、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップに注目し、これを分析するための枠 組みとして戦略的アントレプレナーシップの視点を取り入れ、分析するための枠組みと、枠組みを構成する諸要因を 提示し、その上で要因間の関係について実証分析によって明らかにすることを目的としている。また、その結果から、

欧米を中心とした先行研究の知見との相違を分析し、さらに、知見の蓄積が少ない部分については新しい知見を加 えながら、日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップについて、その特徴等を考察し、

検証することを目的としている。

ファミリービジネスは世界各国に存在するが、日本は特に長寿企業が多いことで知られており、その過半数 をファミリービジネスが占めている。ファミリービジネスにとって、既存資源の有効活用による既存事業の再 活性化、新規事業の創造や新しいマーケットの発見、新規分野への進出などにより、企業内にイノベーション を創出して競争優位を獲得し、企業を存続させ、発展させていくために、コーポレート・アントレプレナーシ ップは必要不可欠である。また、長期に存続するファミリービジネスでは、一般企業以上に、既存企業として 存続することに意義を持っていることから、既存事業や既存組織を守りながら新しい機会の発見に努力し、イ ノベーションを進め実行するコーポレート・アントレプレナーシップを行うことで、時代や環境に適応しなが ら競争優位性を保持し存続してきているといえる。しかし、ファミリービジネスのコーポレート・アントレプ レナーシップの研究自体がまだ萌芽期にあり、先行研究の数が少なく、さらに日本のファミリービジネス研究 はようやく始まったばかりであり、日本独自の知見の蓄積が十分とはいえない。

ファミリービジネスでは、トップやファミリーの戦略的視点によるアントレプレナーシップがコーポレー ト・アントレプレナーシップの取組みに与える影響が、非ファミリービジネスよりも大きい。そのため取組み へのきっかけとなるトリガーの認識に対しても、トップやファミリーの戦略的視点によるアントレプレナーシ ップへの意思や行動、思考が、影響を与える可能性を否定できない。また、優秀なファミリー企業が永続した のは、事業発展のための企業家精神が旺盛であったためであり、ファミリービジネスでは、既存企業を存続さ せ発展させるためには、アントレプレナーシップをファミリービジネス内で高揚させ、再活性化させる必要が あると考えられる。このため、トップやファミリーのアントレプレナーシップへの取組みに対する戦略的な見 通しについても、考察する必要があると考えられる。

本論文では、このような問題意識から、ファミリービジネス研究、コーポレート・アントレプレナーシップの研究、戦 略的アントレプレナーシップの研究について先行研究のレビューを行った上で、ファミリービジネスにおけるコーポ

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レート・アントレプレナーシップの枠組みを構成する要因を示し、その要因を測定するための尺度を作成した上で、

要因間の関係について分析し、考察している。その上で、先行研究の知見との比較検討を行っている。分析枠組み を構成する要因として本論文が取り上げているのは、不確実性から利益を生むためのビジネスや機会について考 える方法や意思であり、アントレプレナー的行動を追求するよう導く価値、信念、態度である「アントレプ レナー的マインドセット」、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの成功に 必要とされる「戦略的プランニング」、組織レベルのアントレプレナーシップによるアントレプレナー 的行動傾向を、戦略的な視点から捉えた「アントレプレナー的オリエンテーション」、ファミリーに 関係するファミリーのスキル、能力、経験、伝統、ファミリー・ガバナンスなどと深くつながった ファミリービジネスに特有の経営資源である「ファミリネス」を含む経営資源、コーポレート・ア ントレプレナーシップに関するすべての戦略、行動、実行に対する責任を持つ「トップの役割」、コ ーポレート・アントレプレナーシップにおいてミドルのアントレプレナー的行動を促し、活動を促 進させる「組織要因」、そして組織レベルのアントレプレナー的な姿勢や態度、努力による成果の顕 現であり、イノベーション、リニューアル、ベンチャリングなどのコーポレート・アントレプレナ ーシップの実行に対するアントプレナー的成果である「アントレプレナー的パフォーマンス」であ る。これらの要因間の関係について、理論ベースで仮説を提示し、構成概念を測定する尺度について、

先行研究の知見があるものは先行研究の尺度を用い、構成概念の尺度がないものについては、概念的知見を中 心に尺度を構築している。

本論文は、分析枠組みを4つに細分化して分析し、考察を行っている。

本論文では、まずコーポレート・アントレプレナーシップに影響を与えるアントレプレナー的マインドセッ トについて、先行研究における理論的視点や実証結果、課題を整理し、さらにインタビュー調査の結果に基づ いて仮説を構築している。アントレプレナー的マインドセットとして変化への意思と意思決定包括性の2つの 次元を用い、ファミリービジネスのコーポレート・アントレプレナーシップのパフォーマンスとして用いるア ントレプレナー的パフォーマンスの向上に、その要因がどのように影響を与えるのかを分析している。さらに、

アントレプレナー的マインドセットとパフォーマンスの関係において、戦略的プランニングがどのように影響 するのかについて分析している。

次に、アントレプレナー的オリエンテーションとアントレプレナーシップ的パフォーマンスについて、先行 研究のレビューに基づいて知見と課題を整理し、仮説を導出している。そして、日本のファミリービジネスの アントレプレナー的オリエンテーションがどのような要因であるか、アントレプレナー的パフォーマンスの向 上に、それらの要因がどのように影響を与えるのかについて分析を行い、これまでの先行研究の知見との相違 について考察を行っている。

さらに、本論文では、ファミリネスについて先行研究の知見を整理して尺度を構築し、ファミリネスを含む 経営資源が、コーポレート・アントレプレナーシップの取組みにおいて、どのような束を作るのか、それが組 織のアントレプレナー的行動であるアントレプレナー的オリエンテーションに、どのように影響を与えるのか について分析し、考察している。そして、ファミリネスを含む経営資源を配分し、それらをコーポレート・ア ントレプレナーシップに必要な競争優位を獲得する資源とするために重要であろうトップの役割について、先 行研究の知見をまとめて尺度を作成した上で、分析している。さらに、抽出された因子とファミリネスを含む 経営資源の束の関係を検証し、コーポレート・アントレプレナーシップにおけるトップの役割とファミリネス を含む経営資源の束の関係について考察している。

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最後に、ミドル・マネジメントのアントレプレナー的行動に注目し、ミドルのアントレプレナー的行動を促 進する組織要因とアントレプレナー的オリエンテーションの関係について分析を行っている。ミドルのアント レプレナー的行動を促進する組織要因を測定する尺度を用いて、どのような因子がミドルのアントレプレナー 的行動を促進する要因なのかを分析し、同時に、ミドルのアントレプレナー的行動を促進する組織要因がアン トレプレナー的オリエンテーションに対してどのような影響を与えるのかについて、分析し、考察している。

本論文は、以上のような分析を通じて、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップについて、

その分析枠組みを構成する諸要因と要因間の関係について明らかにし、さらに先行研究の知見との相違を明らかに しようとしている。そしてこれによって、日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの特 徴や、日本のファミリービジネス特有の要因について知見を蓄積し、新たな知見を付け加えることを意図している。

2.本論文の構成

本論文の構成は、以下のとおりである。

第1章 はじめに 1.本論文の研究の背景 2.本論文の目的 3.本論文の構成

第2章 リサーチ・クエスチョンと分析枠組み 1.先行研究の知見と課題

2.分析枠組み

3.リサーチ・クエスチョン 4.研究対象とデータの収集 5.分析方法

第3章 ファミリービジネスの先行研究 1.ファミリービジネスの特徴

2.ファミリービジネスにおけるアントレプレナーシップ研究 3.エージェンシー理論

4.資源ベース論とファミリネス 5.スチュワードシップ理論

第4章 コーポレート・アントレプレナーシップの先行研究 1.コーポ―レート・アントレプレナーシップの概念 2.機会の発見とコーポレート・アントレプレナーシップ 3.組織学習からみたコーポレート・アントレプレナーシップ 4.組織要因とコーポレート・アントレプレナーシップ

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5.組織のアントレプレナー的行動

6.ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップ

第5章 戦略的アントレプレナーシップの先行研究 1.戦略的アントレプレナーシップ

2.アントレプレナー的マインドセット 3.戦略的アントレプレナーシップの資源

4.戦略的アントレプレナーシップとファミリービジネス

第6章 質問票調査の分析対象であるファミリービジネスの特徴 1.インタビュー調査の分析結果と概要

2.インタビュー調査の結果 3.質問票調査の分析対象

4.質問票調査の分析対象企業の概要

5.社内のアントレプレナーシップ活動に関する調査結果

第7章 アントレプレナー的マインドセットとアントレプレナー的パフォーマンス 1.はじめに

2.ファミリービジネス研究におけるアントレプレナー的マインドセット 3.アントレプレナー的パフォーマンス

4.ファミリービジネスの変化への意思 5.ファミリービジネスの意思決定包括性 6.戦略的プランニング

7.方法 8.分析結果 9.考察

第8章 アントレプレナー的オリエンテーションとアントレプレナー的パフォーマンス 1.はじめに

2.アントレプレナー的オリエンテーションの研究動向 3.アントレプレナー的オリエンテーションの次元

4.アントレプレナー的オリエンテーションとアントレプレナー的パフォーマンス 5.方法

6.分析結果 7.考察

第9章 ファミリネスおよびトップの役割とアントレプレナー的オリエンテーション 1.はじめに

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2.ファミリネス

3.ファミリネスとアントレプレナー的オリエンテーション 4.トップ・マネジメントの役割

5.ファミリネスとトップ・マネジメントの役割 6.方法

7.分析結果 8.考察

第10章 組織要因とアントレプレナー的オリエンテーション 1.はじめに

2.コーポレート・アントレプレナーシップにおけるマネジメントの役割 3.ミドルのアントレプレナー的行動を促進する組織要因

4.方法 5.分析結果 6.考察

第11章 結論 1.分析結果の総括 2.貢献と今後の課題 参考文献

II 本論文の概要

第1章では、日本のファミリービジネスに関する研究の背景、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプ レナーシップに関する研究の背景を説明した上で、本論文の目的および構成を示している。具体的には、ファミリ ービジネスが各国経済に与える影響についてデータを示し、各国でファミリービジネスの研究が盛んに行われ ているが、創業200年を越える長寿企業が世界58カ国中、最も多く存在する日本でファミリービジネス研究の 蓄積が十分ではないことを示している。また、長期的にファミリービジネスが存続し発展するために必要な組 織行動であるコーポレート・アントレプレナーシップの必要性を示し、ファミリービジネスにおけるコーポレ ート・アントレナーシップ先行研究の蓄積が十分ではないこと、非ファミリービジネスより、トップやファミ リーの戦略的視点によるアントレプレナーシップがコーポレート・アントレプレナーシップの取組みに与える 影響が大きいため、戦略的視点をもったアントレプレナーシップがファミリービジネスでは必要であること、

既存企業を存続させ発展させるためには、アントレプレナーシップを組織内で高揚させ、再活性化させる必要 があり、そのためにも戦略的視点をもったアントレプレナーシップがファミリービジネスでは必要であること を示している。それを受けて、本論文の目的は、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナ ーシップの分析枠組みを提示し、構成要因と要因間の関係について、実証分析によって明らかにすることであ ると述べている。また、先行研究の知見と比較検討した上で、日本のファミリービジネス特有の要因について

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も考察することを本論文の特徴として挙げている。

第2章では、第1章で示された目的に基づいて先行研究の知見をまとめ、課題を提示し、さらに本論文にお ける分析枠組みとリサーチ・クエスチョンを提示している。同時に、研究対象となるサンプルとそのデータの 収集方法、分析方法について述べている。

第3章では、ファミリービジネスの先行研究についてレビューを行い、ファミリービジネスの特徴としての 所有と経営の一致、事業承継、非ファミリービジネスと比較した場合のファミリービジネスの競争優位性につ いて整理している。また、ファミリービジネスの研究で主要理論として用いられているエージェンシー理論と 資源ベース論、スチュワードシップ理論について整理している。さらに、これらの理論によって先行研究で示 されたファミリービジネスの特徴や長所、短所について整理している。その上で、ファミリービジネスにおい てコーポレート・アントレプレナーシップに取組むことの必要性を説明している。

第4章では、いまだその定義が明確にされていないコーポレート・アントレプレナーシップの概念を整理し、

定義を提示している。また、コーポレート・アントレプレナーシップに必要とされる経営資源やマネジメント の役割、組織のアントレプレナー的行動と、アントレプレナー的行動を組織に促進するための組織学習と組織 要因について考察している。さらに、なぜコーポレート・アントレプレナーシップに取組むことがファミリー ビジネスにとって必要なのかを考察し、その上で、ファミリービジネスのコーポレート・アントレプレナーシ ップの取組みを考察する上で必要な分析枠組みを提示し、この枠組みで欠けている要因について考察を行い、

戦略的アントレプレナーシップの視点の必要性を説明している。

第5章では、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの枠組みとして、戦略的 アントレプレナーシップの視点を用いるため、戦略的アントレプレナーシップの概念、組織がアントレプレナ ーシップに取組む際に必要とされるアントレプレナー的マインドセットと資源について整理している。また、

本論文で提示する分析枠組みに取り入れる構成概念として、アントレプレナー的マインドセットを示し、戦略 的アントレプレナーシップの視点を用いて、ファミリービジネスのアントレプレナー的行動を分析する場合の 課題としてファミリーレベルという分析レベルの問題について記述し、考察を行っている。さらに、ファミリ ービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの分析枠組みを提示している。

第6章では、第7章以降の章で具体的な実証分析に入る前に、インタビュー調査の事例としたファミリービ ジネス7社の特徴と、質問票調査の分析対象であるファミリービジネス112社のデータを分析し、全体的な傾 向やファミリービジネスの概要や、コーポレート・アントレプレナーシップの取組みの概要等について整理し、

その特徴を記述している。質問票調査の結果から、日本のファミリービジネスでは、破壊的イノベーションや 従業員などの組織メンバーによるボトムアップによる自律的戦略行動、創発戦略からなるイノベーションでは なく、トップ・ダウンによる意図した戦略行動による持続的イノベーションが中心となっている傾向が高いこ とが示されている。コーポレート・アントレプレナーシップに取組む際も、トップがアントレプレナーであり、

そこで発見された機会により、コーポレート・アントレプレナーシップに取組んでいることから、誘発された 戦略プロセスからなる機会探求行動や優位性探求行動を行っている傾向が高かった。また、既存事業を重要視 する傾向が高いことから、既存事業の価値を損なうことなく、伝統を守りつつ現行製品や現行サービスを改良 し、市場環境の変化や顧客の嗜好に合わせていくには、持続的イノベーションが適していることが示唆されて いる。

第7章では、分析枠組みを構成する要因のうち、アントレプレナー的マインドセット、戦略的プランニング、

アントレプレナー的パフォーマンスについて先行研究をレビューし、それら要因間の関係について実証分析を

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行っている。アントレプレナー的マインドセットを構成する要素としては、変化への意思と意思決定包括性の 2つが発見されている。変化への意思はアントレプレナー的パフォーマンスの向上に正の影響を与え、さらに 戦略的プランニングは変化への意思とアントレプレナー的パフォーマンスの間を媒介することが示されてい る。欧米の先行研究とは異なる結果となったのは、日本のファミリービジネスでは、欧米よりも既存事業を重 視する傾向が強い可能性があり、事業存続、組織の存続のため、絶えず変化を求め、それを組織の戦略として 検討しているためと推測されている。意思決定包括性も先行研究と異なり、アントレプレナー的パフォーマン スに負の影響を与えることが示されているが、これは日本と欧米のファミリービジネスにおけるファミリー・

ガバナンスの相違であり、日本は欧米ほどファミリーメンバーによる株主の数が多くなく、包括的に意思決定 を行うためのコストをかけるより、オーナー経営者の意思決定に一任、依存する傾向が高いためと推測されて いる。

第8章では、アントレプレナー的オリエンテーションとアントレプレナー的パフォーマンスの関係について 実証分析が行われ、アントレプレナー的オリエンテーションを構成する要素として、革新性、競争上の積極性、

先進性およびリスクテーキングの4つを発見している、また、競争上の積極性以外の3要素は、アントレプレ ナー的パフォーマンスに正の影響を与えることが確認された。革新性、先進性およびリスクテーキングは、欧 米の先行研究で開発された3つの尺度と同じであり、日本のファミリービジネスの組織のアントレプレナー的 行動を測る尺度として、この3つの因子が有効であることを明らかにしている。日本のファミリービジネスに おけるコーポレート・アントレプレナーシップでは、競争上の積極性がアントレプレナー的パフォーマンスに 影響を与えなかった理由として、ファミリービジネスは地域に根差している企業が多く、地域や他企業との共 存共栄をしての協働により発展しているためと論じている。また、先進性が正の影響を与えるという結果につ いては、長期に存続している老舗としての先行者優位という点から、顧客のニーズや変化を捉えて対応し、先 行者優位の保持するために新しい機会の探索に努めているためとし、リスクテーキングについては、イノベー ションや新規事業への取組みが既存事業に負の影響や損害を与えないことを重要視し、その上でリスクを取る だけでなく、リスクをコントロールし軽減させるよう積極的に対応していると推測し、日本のファミリービジ ネスのアントレプレナー的行動の特徴を提示している。

第9章では、ファミリネスを含む経営資源とトップの役割について、先行研究を整理して尺度を構築した上 で、実証分析を行っている。ファミリネスを含む経営資源の束として、財務資本や社会関係資本を中心とした 環境対応資本、人的資本やプロセス資本、組織的資本からなる蓄積保持資本、人的資本、存続資本からなる親 族・従業員資本があることが示されている。これらの束のうち、アントレプレナー的オリエンテーションに正 の影響を与えるのは、環境対応資本と蓄積保持資本であることが発見されており、環境対応資本が利益を得る ための重要な資源である理由を、既存事業を守り、新しい機会を事業化するための財務環境の必要性、ブラン ドやファミリーの名前による信頼性、地域やステークホルダーとの関係による協働による事業展開や発展であ ると解釈している。

トップの役割として、アントレプレナー的ケイパビリティの育成、アントレプレナーシッププロセスの促進 と管理、組織マネジメント、既存組織の維持と管理、組織のコミュニケーションを発見している。本論文の分 析対象ではトップ・ダウンによる誘発された戦略プロセスによる持続的イノベーションが中心である傾向が高 いため、これらの因子が抽出されたと推測している。また、長期に存続するファミリービジネスほど、コーポ レート・アントレプレナーシップに取組まなければ存続が難しくなり、変化に柔軟に対応できる組織作りが必 要であるため、既存組織に対する因子が抽出されたと説明している。環境対応資本は、トップの役割の要素と

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して、アントレプレナーシップケイパビリティの育成、アントレプレナーシッププロセスの促進と管理、既存 組織の維持と管理に影響を与え、親族・従業員資本は、組織のコミュニケーションに正の影響を与えることも 発見された。

第10章では、ミドルのアントレプレナー的行動を促進する組織要因とアントレプレナー的オリエンテーシ ョンの関係について実証分析を行っている。その結果、組織的環境、報酬と成果のサポート、マネジメントサ ポートおよび時間的制約という4つの因子を発見し、欧米の先行研究で開発されたCorporate Entrepreneurship

Assessment Instrument(CEAI)の尺度と同じ因子が2つ、尺度名は異なるがオリジナル尺度の質問項目を多く

含む類似の因子が2つである。また、これらの因子が、組織のアントレプレナー的行動の測定尺度であるアン トレプレナー的オリエンテーションに影響を与えることを確認している。この結果、ファミリービジネスにお けるコーポレート・アントレプレナーシップの取組みを、ミドルのアントレプレナー的行動から促進させるた めには、ファミリービジネス内のアントレプレナー的行動を促進する組織的な環境の整備と、アントレプレナ ー的行動に適応できる組織作りを行うことの重要性、ファミリービジネスの特徴である、時間的ゆとりや長期 的視点の必要性を示している。日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップで は、アントレプレナー的オリエンテーションに影響を与えるミドルのアントレプレナー的行動を促進する組織 要因は、まず報酬と成果へのサポート、ついで組織的環境が重要な要因であり、トップからのサポートだけで なく、成果に対する評価や報酬システムが示されるなど組織的な環境の整備や従業員相互のサポートや組織的 サポートが、ミドルのアントレプレナー的行動を促進する重要な組織要因となっていることを示している。そ の理由として、組織内メンバーによる協働の重要性を示し、それにより組織的サポートや組織的環境の整備が ミドルの職務の自律性を促すと説明している。さらに、ファミリービジネスはブランドやファミリーの名前が 企業イメージとリンクして世間に浸透している傾向が組織的環境や組織メンバーに配慮する意識を高めると 解釈している。

III 審査要旨

本論文の審査結果は、以下のとおりである。

1.本論文の長所

本論文には、以下のような長所が認められる。

(1)従来のコーポレート・アントレプレナーシップの分析モデルに、これまでほとんど考慮されていなか った戦略的アントレプレナーシップの視点を取り入れたことが本論文の理論面での大きな長所である。ファミ リービジネスでは、既存企業を存続させ発展させるために、企業家精神であるアントレプレナーシップをファ ミリービジネス内で高揚させ、再活性化させる必要があり、トップが有する戦略的思考や意思決定スタイル、

イノベーション志向などが大きな影響を与えるが、従来のコーポレート・アントレプレナーシップの分析モデ ルでは、このような視点とそれに伴う分析枠組みを構成する要因が抜け落ちていた。本論文では、戦略的アン トレプレナーシップの視点を取り入れることによって、アントレプレナー的マインドセットと戦略的プランニ ングという要因をコーポレート・アントレプレナーシップの分析枠組みに組み込んでいる。その上で、アント レプレナー的マインドセットから、ファミリネスを含む経営資源、トップの役割、ミドルのアントレプレナー 的行動を促し、活動を促進させる組織要因を経て、アントレプレナー的パフォーマンスに至るプロセスに関し

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て、それら要因間の関係について、理論ベースで仮説を提示することに成功している。

(2)実証面での長所としては、ファミリービジネスのコーポレート・アントレプレナーシップに関する先 行研究が所有構造や事業継承、家族関係がパフォーマンスや資源配分に与える影響に関する事例研究がほとん どであったのに対して、本論文は大量のサンプルを用いた数少ない研究であることがあげられる。創業から30 年以上が経過している企業で、日本青年会議所、ファミリービジネスネットワーク、東都のれん会、銀実会な どに所属する、もしくは所属していたオーナー経営企業であるファミリービジネス112社を対象として、日本 でこれまでに行われていなかったファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップについ て、欧米の先行研究で既存の尺度がある場合には、それらの尺度の日本のファミリービジネスへの適用可能性 について実証的に検証し、既存の尺度がない場合には新たな尺度を作成して、分析を行っている。

(3)主として欧米のファミリー企業を対象とした先行研究と、サンプルに含まれる企業の属性および測定 尺度を可能な限り対応させているために、先行研究の結果との比較が可能なことも本論文の長所の一つである。

その上で、欧米の先行研究の結果と比較して、日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプ レナーシップが欧米のそれとどこが違うかについて新たな事実を多数発見している。その上で、なぜそのよう な違いが生まれるのかについて考察を行っており、今後日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・ア ントレプレナーシップに関する理論の一般化を進める上で有用な示唆が多数示されている。

(4)本論文では、ファミリービジネスにおけるアントレプレナーシップのパフォーマンスを、アントレプ レナー的パフォーマンスによって測定しているが、この点も本論文の長所として評価できる。従来の研究では、

パフォーマンス尺度として財務業績をあげるものがほとんどであった。しかし、財務業績は短期的な分析に陥 りやすく、また既存事業の影響もあってコーポレート・アントレプレナーシップの実態を正確に反映したもの ではない。本論文は、これらを踏まえファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの パフォーマンスとして、非財務的パフォーマンスであるアントレプレナー的パフォーマンスの測定を試みてお り、高く評価できる。

2.本論文の短所

本論文に関して、以下のような短所を指摘することができる。

(1)本論文では、先行研究で既存の尺度がない場合には、新たな尺度を作成しているが、それらの尺度の 信頼性や妥当性について、検証が必ずしも十分ではない。また、すべての質問項目に同じ回答者が答えている ために、質問項目の順番や形式で可能な限り対処を試みていはいるが、コモンメソッド・バイアスが生じてい る可能性は排除できない。

(2)パフォーマンスとして非財務パフォーマンスの指標であるアントレプレナー的パフォーマンスを用い ているが、アントレプレナー的パフォーマンスはトップのアントレプレナーシップに対する意思や考え方、行 動に影響を受ける可能性を否定することはできない。また、アントレプレナー的オリエンテーションと高い相 関がある可能性が指摘されている。そのため、今後は客観的指標として、財務的パフォーマンスを取り入れた 分析も考えられる。

(3)質問票でデータを収集しているためにやむをえない面があるが、本論文の分析はクロスセクショナル なものとなっており、長期に存続するファミリービジネスに対する時間的な概念や事業承継や事業知識の伝承、

伝統などの問題を十分に組み込めていない。今後の研究として、時間軸を含めた分析も行う必要がある。

(4)本論文では、欧米の先行研究の結果との比較から、事後的に日本のファミリービジネスにおけるコー

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ポレート・アントレプレナーシップの特徴を浮き彫りにしようとしているが、必ずしも理論ベースの一般化が 十分ではない。今後は、これらの発見事実を踏まえて、事前的に理論ベースで仮説を構築する方向で研究を進 めることが望ましい。

3.結論

本論文には、以上のような長所と短所があるが、短所は上述した長所を損なうものではなく、むしろ今後の 研究課題ということができる。

論文提出者・嶋田美奈は、1985年3月に聖心女子大学文学部心理学科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究 科修士課程、早稲田大学大学院商学研究科修士課程、ついで同博士課程に進学し、2010年3月に単位取得退学 をした。その後、2010年4月より、学校法人メイウシヤマ学園ハリウッド大学院大学ビューティビジネス研究 科准教授に採用され、2013年4月より同大学院大学の客員教授となり、現在に至っている。経営学、サービス 経営学、ファミリービジネス論、リスクマネジメント論などの科目を担当し、教育・研究活動に熱心に従事し ている。

論文提出者は、大学院在学中からファミリービジネスの分野を真摯に研究し、学会活動では関係学会におい て優れた研究報告を行い、『日本経営学会誌』などの査読付きの学会誌にも論文を発表している。本論文は、

そうした論文提出者の長年にわたる、日本のファミリービジネスのコーポレート・アントレプレナーシップに 関する理論ベースの実証研究の成果をまとめたものであり、同分野に関する研究に理論面でも実証面でも多大 な貢献をなすものといえる。

以上の審査結果に基づき、本論文提出者・嶋田美奈は「博士(商学)早稲田大学」の学位を受ける十分な資 格があると認められる。

2013年 1月20日

審査員

(主査) 早稲田大学 教授 坂野 友昭 早稲田大学 教授 博士(商学)早稲田大学 大月 博司 早稲田大学 教授 博士(商学)早稲田大学 藤田 誠 日本経済大学 教授 後藤 俊夫

参照

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