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口頭による伝達のストラテジー分析 : 「わかりや すさ」に関する考察

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口頭による伝達のストラテジー分析 : 「わかりや すさ」に関する考察

著者 蔭山 峰子

雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究

号 10

ページ 21‑40

発行年 2012‑03‑19

権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012767

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要 旨

本 稿 で は、 口 頭 に よ る 情 報 伝 達 の「 わ か り や す さ 」 を 決 定 す る 要 因 の 一 端 を 探 る こ と を 目 的 と し、 音 声 に よ る「 情 報 伝 達 の プ ロ 」 の 談 話 を 分 析 し 考 察 し た。 伝 達 の た め の ス ト ラ テ ジ ー と そ の 言 語 的 特 徴 に 焦 点 を 絞 り 分 析 し た 結 果、 一 般 の 日 本 語 話 者 か ら 一 定 の 評 価 を 受 け て い る 情 報 伝 達 の プ ロ の 談 話 に は、 聞 き 手 の 理 解 を 助 け る と い う コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 上 の 目 的 の た め に、(1)予 告 性 (2)反 復 性 (3)共 感 性 (4)平 易 性

(5)冗長性 (6)省略性の 6 つの特徴があることが示された。さらに、各項目にお いて様々な言語的特徴が観察され、どの特性も連続性を持って互いに機能し合っ ていることが明らかになった。

今回の分析から、聞き手が不特定多数で時間制限のある解説型パブリックスピー キングにおいて「わかりやすい」説明をするために、伝達のプロは、1.伝達すべ き内容は、その前にその都度何らかの形で聞き手に予告すること、2.説明に重要 であると思われる言葉や表現は、代名詞に置き換えず何度も反復すること、3.常 に聞き手の気持ちに寄り添い共有し、話し手との心的距離を感じさせないように 努めること、4.聞き手にとって難しいであろう漢語や専門用語を前もって予測し、

それらについてかみくだいて説明すること、5.聞き手が内容を理解するための適 度な時間的・心理的余裕を与えること、6.説明に重要ではない表現等の繰り返し は極力省略すること、を実践していることが示された。

キーワード

日本語 日本文化 口頭 伝達のストラテジー わかりやすさ  パブリックスピーキング

1  はじめに

2011 年 3 月に発生した東日本大震災によって、「情報を言葉で正しくわかりやすく伝 える」ことの重要性と困難さを痛感させられたのは、我々日本語教育に携わる者ばか

口頭による伝達のストラテジー分析

─「わかりやすさ」に関する考察─

Analysis of Oral Communication Strategy

─ A Study of Comprehensibility ─

蔭山 峰子

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りではなかったであろう。筆者が担当する学部留学生対象の口頭表現のクラスでは、「上 級話者として高度な伝達能力を身につけること」を到達目標の 1 つとしているが、上 述の出来事を機に、改めてその意味を問い直したいと考えた。

本稿では、口頭による情報伝達の「わかりやすさ」はどのように生み出されるのか という観点から、テレビでの時事問題のわかりやすい解説に一般の日本語話者から一 定の評価を受けている「伝達のプロ」による談話を分析し、どのようなストラテジー や言語的特徴が「わかりやすさ」を生み出すのかに注目した考察を行いたい。そして それらの分析を手がかりとし、上級学習者対象の口頭表現クラスが目指しているとこ ろの「高度な伝達能力」の意味を改めて考え直すとともに、口頭表現学習者への具体 的な指導の一助を得たい。

2  テレビによる解説型パブリックスピーキングについて

本稿で取り上げる談話は、大衆伝達、あるいはパブリックスピーキングと呼ばれる タイプに分類される。ここで述べるパブリックスピーキングとは、目の前に特定の相 手がいるわけではなく、大勢の相手あるいは不特定多数の聴衆がいる場合に、個人の 発話者が特定の事柄を語り伝えること(入谷(1981:157))と定義する。パブリックスピー キングにおける談話の特徴を考えると、不特定多数に迅速に情報を伝えることができ るという即時性がある反面、聞き手についての情報(既存知識、年齢、知りたいこと等)

が明確ではないこと、また話し手が行う発話に対してフィードバックの作用がないと いう制約がある。

入谷(1981:158)は、大衆伝達の手段として用いられる談話をその種類や形態から 1.説 得型 2.手順型 3.解説型の 3 つのタイプに分類している。1 は発話者の主観的な欲求 や意図を主として訴えることを説いていくもの、2 は一定の情報や知識に関する内容を 1 つ 1 つ順序立てて述べていくもの、3 は様々な事件や事柄の経過を客観的に述べ、そ れに対する発話者の主観的判断や解釈を加えながら説明していくものである。本稿で 取り上げる談話資料は、このうちの 3 に相当する。

また本稿で取り上げるのはテレビというマスメディアによる情報伝達の談話でもあ る。山本・大西(2003:82)は日本のマスメディアの歴史について、1870 年に紙に印刷 されたニュース(新聞)を皮切りに、1925 年にラジオ放送が開始され、テレビの放送 が始まったのは 1953 年であると述べている。またニュースの談話スタイルについて、「民 間放送会社の設立には新聞社のイニシアティブが働いたという経緯から、民間放送の ニュースは新聞社が提供し、それを放送局のアナウンサーがそのまま読んだ。そのた め初期の放送のニュースは新聞記事の語尾を『〜ました』と言い換える程度の書き言 葉に近いものであった。次第に民間放送局も独自取材によるニュースを放送するよう になり、耳で聞いて分かるニュースが追求されるようになり、テレビ独自の情報伝達 の談話スタイルが生み出された。」と解説している。つまり、本研究で取り扱うテレビ

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による時事問題についての解説型パブリックスピーキングの談話は、以上のような経 緯で書き言葉の影響を強く残すこととなり、それが現在の日本におけるパブリックス ピーキングの「わかりにくさ」の一要素を作り上げているとも言えるであろう。

3  音声言語と文字言語の違い

言語を媒体によって分けると、音声言語と文字言語に分けることができる。話し言 葉と書き言葉と言い換えることもできよう。本研究で取り上げるパブリックスピーキ ングのように不特定多数の聞き手に口頭で情報伝達を行う場合、文字言語の補助を借 りるとはいえ、基本的には主に音声言語つまり話し言葉が用いられる。

両者の特徴を考えてみると、文字言語は、読み手が途中で理解不能になっても前に 戻って何度も読み直すことが可能である。それに対して音声言語は一過性であり、記 憶によってある程度保持することができるとはいえ、話すそばから消えていってしま うため、量的・時間的に限度があるという制約を持つ(谷口 1984:48)。

谷口(1984:47)はテレビ・ラジオのニュースをはじめ、口頭で複数の聞き手に情報 を伝える場合、伝達手段は音声であるにも関わらず文字による準備を行うことが多い ため、聞き手にとって耳だけでは受容しにくい書き言葉的な文を作ってしまう傾向が あると述べている。特に学習者にとっては、この音声言語と文字言語、つまり話し言 葉と書き言葉の使い分けができないことによる書き言葉の多用が、発音などの要因と 相まってわかりにくさを生み出していると考えられる。学習者の話し言葉と書き言葉 の使い分けの問題については本稿では触れないが、音声による伝達のプロが書き言葉 や難解な内容を口頭で伝達する場合、どのようなストラテジーを用いているのかにつ いては注目すべき考察対象としたい。

4  先行研究

話し言葉による談話のわかりやすさ・わかりにくさを決定づける要因を分析した研 究は、中〜超級学習者の談話の特徴から学習者の発話のわかりにくさの要因を探ると いう観点から論じられたものが中心である。谷口(1984:49)は上級学習者による解説 型談話を分析し、学習者の談話のわかりにくさの一般的要因について、1.音声による 伝達 2.語彙 3.構文 4.話の展開 の 4 項目のいずれかに該当する場合が多いとし ている。また伊豆原・嶽(1991)は、中・上級学習者を対象に、新聞・雑誌の内容を 口頭で聞き手に伝えるという情報伝達の談話を分析した結果、問題点として、1.談話 構成(話題の提示、文と文の続け方) 2.話し方のストラテジー(長すぎる文、指示語 の使い方等) 3.新聞・雑誌をそのまま引用することによる文体の誤用の 3 点を挙げて いる。

それに対し近藤(2004)は、上記の研究で得られたわかりにくさの要因は、日本語 指導者の観点から述べたものであって、一般の日本人が学習者の談話を聞いて同様の

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判断をするかは証明されていないと指摘し、上・超級学習者と日本語母語話者を対象に、

OPI(Oral Proficiency Interview)において物語の筋を述べた談話を一般の日本語母

語話者に評価させるという研究を行った。その結果、学習者の談話には内容の不十分 さに加えて、1.節と節を分ける際の前節の末尾における強勢の弱さ 2.文と文のつな がり 3.意味のないフィラーの多用 4.話の登場人物に対する曖昧な指示の多用(主 語の過剰な省略や代名詞の使用等)に問題があることが明らかになったと述べている。

また野原(2008)は、一般の日本語母語話者と母語話者日本語教師の評価という視 点から、中上級学習者の発話に対する「わかりやすさ」の判断要因を探ろうとした。

その結果、一般の日本語母語話者からは「内容」と「音声」、日本語教師からは「意味 的つながり」「言語使用の適切さ」「音韻的つながり」という因子が抽出され、「わかり やすさ」に対する受けとめ方の要因に両者の違いが認められたと述べている。

近藤や野原の研究のように、日本語指導者の視点だけではなく、一般の日本語母語 話者の観点からわかりやすさ・わかりにくさを捉えるという考え方は大変重要である。

本稿では、一般の日本語母語話者の観点からわかりやすさにおいて一定の評価を受け ている口頭伝達のプロによる談話を分析し、どのような要因がわかりやすいという評 価を生み出すのかを探りたい。それは学習者の口頭表現学習の見本例として参考にな るだけではなく、学生へのわかりやすい説明が常に要求される我々指導者自身にも有 益な資料になると考える。なお本研究は伝達ストラテジーに焦点を当てて論じるもの であるので、発音に関する要素は捨象して考察を進める。

5  使用する談話資料について

本稿で扱う談話資料は、東日本大震災発生直後の 2011 年 3 月 16 日にテレビ朝日が 放送した「そうだったのか!池上彰の学べるニュース」の特別番組である。同番組は 元NHK報道記者でフリージャーナリストである池上彰氏が、時事問題を一般の視聴 者に解説することを主旨としている。東日本大震災発生直後の 3 月 16、23、30 日放送 分は、特別生放送という形で各回 3 時間にわたり震災に関する番組が編成された。本 稿で取り扱う談話資料はそのうちの 3 月 16 日放送分である。

番組内では生で池上氏による震災の被害や原発事故などの解説が行われ、また刻々 と変化する原発事故に関する最新ニュースも伝えられた。進行は基本的に池上氏とア シスタントのアナウンサー 2 人によるものであるが、途中で津波・原子力発電の各分 野について専門家が出演し、疑問に答えたり補足解説を行っていくという構成となっ ている。

池上氏のテレビによる解説を談話資料に取り上げた理由は以下の 3 点である。

まず 1 点目は、池上氏の解説が、日本語指導者の観点からではなく一般の日本人に「わ かりやすい」と一定の評価を受けているということである。それは、当番組の 3 月 16 日放送分の視聴率が 18.0%を収めている((株)ビデオリサーチ 2011)ことからも示唆

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される。池上氏の談話の特徴を分析することによって、一般の日本語話者がどのよう な伝達方法をわかりやすいと認知するのかを知ることは大変興味深いと考えた。

2 点目は、テレビというメディアによる情報伝達の影響力の大きさである。NHKが 5 年毎に行っている「国民の生活時間調査」(2011)によると、国民がニュースを知る 手段は新聞よりもテレビのニュースであるということが分かっている。パソコンや携 帯などの電子メディアの普及が大きくなってきてはいるが、特に高齢者を中心に依然 テレビは支持を受けていることが分かる。若年層には電子メディアを利用してテレビ 視聴をするというケースも見られる。災害などの緊急時にテレビというメディアから の情報が非常に大きな影響力を持つことは容易に推測できる。このような多大な影響 力を持つメディアで話されている談話の特徴を明らかにすることで、「聴衆に正確かつ わかりやすく話す」とはどういうことなのか、その一端を知ることができるのではな いかと考えた。

3 点目は、日本語教育における指導への応用性である。相手にする聴衆の数に違いは あるが、「制限時間内で複数の聞き手に伝えたい情報を正確にわかりやすく伝える」と いう意味では口頭表現のクラスで学習者が行っている活動と共通しており、日本語母 語話者であり伝達のプロである池上氏の談話を分析することは、効果的な情報伝達の 一つの見本として口頭表現教育に貴重な資料となるであろうと考えたためである。

6  分析及び考察

谷口(1984:51)は、パブリックスピーキングにふさわしい伝達ストラテジーを、1.聴 衆の意識の流れを想定すること、2.時間とともに消え去ってしまう音声言語の制約を 緩和することとし、そのための工夫として「予告」(聞き手に次に来る情報に対する準 備をさせる)と「繰り返し」(聞き手に既に聞いた情報の確認をさせる)の 2 点を提案 している。

本談話資料を文字化し分析した結果、池上氏の談話の特性として、上記の 2 点(本 稿ではそれぞれ「予告性」、「反復性」と呼ぶ)に加えて、「共感性」(聞き手の気持ち に寄り添う)「冗長性」(実質的な伝達内容そのもの以外の言葉や表現を使用する)「平 易性」(難解な説明を易しく言い換える)「省略性」(伝達目的に不要な言葉や表現は省く)

の 6 つの特性が観察された。以下各項目について論ずる。なお、各項目を論ずるため に 6 つに分類したが、各要素がお互いに連続性を持って機能していることをあらかじ め断っておく。

資料の略語の意味は以下のとおりである。また例文中における各項目の解説該当部 分を下線で示す。

 池:池上   司:司会者   専:専門家

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6-1 予告性

本稿で述べる「予告性」とは、上記の谷口(1984:51)の定義に倣い、「後続の情報を あらかじめ相手に知らせること」と定義する。

谷口(1984:52)は、この予告の機能が談話の流れ全体にある枠組みを与え、本題へ と導入する標識的役割を果たしていると述べている。また特に音声言語の場合、受け 手がある程度コントロールできる文字言語よりも予告の機能を使う必要性が高いとし ている。話の内容を予告することは、聞き手が持っている「今談話全体の流れの中の どこに位置しているかという潜在的欲求」(谷口(1984:52))を満たし、聞き手に心理 的余裕を与え情報を咀嚼する準備をさせるという意味で、聞き手の理解を助けるのに 重要な要素であるといえよう。

6-1-1 内容全体の流れの提示

本談話の開始部分において、番組内で話す伝達内容の大まかな流れの予告をする発 話が見られる。このような形態はニュース解説だけでなく多岐にわたるジャンルのテ レビ番組に近年見られるようになった特徴であると思われる。本談話資料では開始を 知らせる挨拶の言葉の後、(1)のように番組の目的(正しい情報やその意味すること を正しく知ること、地震や原子力発電の基本的なメカニズムを知り余計な不安を払拭 すること、そして今後我々ができることを考えること)を明確にし、番組の内容の全 体的な流れ(前半は地震について、後半は原子力発電所について)について紹介して いる。このようにこれから述べる内容についての予告を行うことによって、聞き手は これから始まる番組の全体像を前もって知ることができる。

 (1)池: 正しく知る、いろんな仕組みがわかってくれば、余計な不安はなくなる んだろうと思うのです。そこで今日はですね、巨大地震に伴って地震の メカニズム、そして津波が発生しました、それが今後どうなるのかといっ た地震についてのパート、そして原子力発電所についてのパート、特に 放射能の違いもよく理解されていない方がいらっしゃる、そこを含めて 基礎の基礎からきちんとそれを解説します。そしてみんなでどうすれば いいのかということを考えていければと思っています。

6-1-2 後続する話題の提示

これは、新しい話題に入る前に、後続する話題についてその予告を行うものである。

このタイプの機能を果たす言語的特徴には大きく 2 種類の形式が観察される。1 つは(2)

のように間接疑問を用いて聞き手に疑問を投げかけることによってこれから話す内容 を予告し、その後フリップボード(わかりやすく解説するために文字や図を書いた板)

を用いて詳細な説明に移るという形態である。もう 1 つは、(3)に見られるように、

(8)

これから述べる話題についての結論を一文で先に述べることによって次の話題の予告 を行い、その後フリップボードを用いて詳細な説明に移るという形態である。どちら もこれから述べる話題について、問いを投げかける、あるいは結論を一言であらかじ め述べるといった方法で予告を行うことにより、聞き手を引きつけるとともに、聞き 手に内容についての予測の機会を与え、本題の理解への円滑な誘導を促していると言 えよう。

 (2)池: そもそもマグニチュードと震度とはどう違うのかという本当に基礎の基 礎から説明していきましょう。ちょっとこちらをごらんください。(間接 疑問使用による予告)

 (3)(チリ地震についての説明の後)

   池: これは、津波の被害も実はチリだけではありませんでした。こちらご覧 ください。(結論文使用による予告)

6-2 反復性

前節の「予告性」が後続する新情報についてあらかじめ言及するのに対し、「反復性」

は既に発せられた言葉や表現を繰り返し述べることによって、情報を整理したりまと めたりする機能を持つものと定義する。6 章冒頭で述べたように、谷口(1984:53)は これを「繰り返し」とし、音声言語の制約を緩和する手段として必要なストラテジー であると述べている。本節では、本談話における反復性の機能を果たす言語的特徴を 考察する。

6-2-1 フィードバックの役割をする聞き手の配置

2 章で述べたように、解説型パブリックスピーキングは、聞き手についての情報(既 存知識、年齢、知りたいこと等)が明確ではないこと、そして話し手が行う発話に対 してフィードバックの作用がないという制約を持つ。これらを補うべく、当該番組で は様々な手立てが講じられている。まず聞き手についての情報不足に関しては、放送 前にあらかじめ視聴者からの疑問を募り、そこで得られた視聴者の疑問や意見を基に 番組内容を編成している。番組内で視聴者の質問を実際に紹介する場面もあった。

またフィードバックの作用を生み出すために、番組では池上氏とは別にアシスタン ト的な司会を務めるアナウンサーを対話相手として登場させている。アナウンサーが 話題の切り出し、確認、情報整理、相槌打ち等の役割を担うことによって、池上氏が 一人で話し続けることや、聞き手の反応を無視した一方的な解説になってしまうこと を防ぐと同時に、言語的な反復性を生み出す役割も果たしている。このような司会の フィードバック的役割は、池上氏の発話量との比較からも明らかである。(4)に見ら

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れるように、司会アナウンサーの発話時間は話し手である池上氏と比較して極端に短 い。総発話文数を比較すると、池上氏 812 文に対して司会アナウンサーは 220 文、総ター ン数は池上氏 279 回に対して司会者 164 回であった。このことから、司会アナウンサー の 1 回のターンにおける発話量が非常に少ないことがわかる。これはあきらかに対等 な立場の者同士の自由な対話形態とは異なる。いわば、あらかじめ仕組まれた対話相 手である。また発話内容についても、司会者のそれには話題の切り出しの場合以外新 しい情報は含まれておらず、前の池上氏の発言内容を言い換えによって確認したり、

同意の表明、質問に対する応答等の補助的なものに終始している。しかしこのフィー ドバックがあることによって、聞き手である視聴者は情報内容を再確認でき、なおか つ情報理解のための処理に時間的ゆとりを持つことができる。また話し手側にとって も、目に見えない聴衆の代表であるアナウンサーに向かって話すという形態を取るこ とによって、一方的に情報を伝えるという形態を取らずに済む。さらにこのことによっ て、聞き手に正しく理解されているかを常に確認しながら話を進めることができると いう機能を果たしていると考えられる。

 (4)(CM後)

   司: 今回の地震に関して緊急地震速報をいうものがテレビやラジオだけでな く、携帯電話にも伝えられて、たぶん驚かれた方がいらっしゃると思う んですけれども、この緊急地震速報について、池上さん教えてください。

(話題の切り出し)

   池: はい。この携帯電話、特に新しいタイプ携帯電話はですね、この緊急地 震速報が入るタイプがあるんですね。

   司:あ、入らないものもある。(言い換えによる確認)

   池: 入らないものもあります。はい、私が持っている携帯電話は古いタイプ なので、それが入らないんですが、中にはこれが入ってね、すぐ身構え たという方も多くいらっしゃると思いますが、

   司:驚きますよね。(言い換えによる聞き手の気持ちの表明)

   池: はい。ではその緊急地震速報、これはどういうことか。震源から遠く離 れた人に地震が来ますよという警戒を呼びかけるというものなんですね。

まず地震の発生直後に震源などを推定して震度 5 弱以上の揺れが来る可 能性があるとした場合、強い揺れが予想される地域にそれを発表すると いう仕組みになっていまして、2007 年から運用を開始しています。で、

実は、運用を開始してから先月までに 17 件、17 回これがあったんですね。

ところが今回は一連の地震でもう 20 件以上。

   司:最近はほんと多いですよね。(同意の表明)

   池: もうひっきりなしに鳴るような状態になっています。であの、東京の 23

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区はですね、今回最初の揺れで、恐らく震度 5 弱以上にはならないだろ うと機械が判定したものですから、23 区まではこれが伝わらなかった、

しかし実際にはもっとゆれてしまった。というのはやはり誤差があるん ですね。ではこの仕組みを解説しましょう。地震の波といいますと、P 波S波って、これね、昔理科で習ったんじゃないかと思うんですが、・・・

   司:聞いたことはあります。(問いかけへの反応)

6-2-2 語彙や節の繰り返しによる文同士の結束性強化

4 章で述べたように、先行研究において、文と文の意味的なつながりやまとまりがわ かりやすさを判断する因子として抽出されたという結果が複数報告されている(伊豆 原・嶽(1991)、近藤(2004)、野原(2008))。これは結束性という概念に関わる領域 であり、伊豆原・嶽(1991:107)は、わかりやすい伝達において学習者が抱える問題は ここにあると述べている。ここで述べる結束性とは、「単語や文の単なる機械的な羅列 ではなく、何らかの目的のために組織化された文の集合体とさせているもの」と定義 する。

Halliday & Hassan(1976)は、この結束性の概念を文法的結束性と語彙的結束性に 大別し、両者とも更にいくつかの下位範疇から成る結束装置に細分化した。そのうち 語彙的結束性は、「単語の繰り返し」と「関連語」によって形成され、「単語の繰り返し」

は更に 1.上位語によるもの、2.同一語によるもの、3.一般語によるもの、4.同義語に よるもの、という下位範疇に分類されるとしている。

本談話で特に反復性という特徴を持つものとして注目したいのは、同一語による語 彙的結束性である。特に仕組みなどを解説する部分において、(5)のように、「所有指 示詞+前出の名詞の繰り返し」という形式が使用されている。同様に(6)のような「所 有指示詞+前出の節の繰り返し」の形式も見られる。このように、代名詞で置き換え ることなく前に出てきた名詞や節を繰り返す形式は、書き言葉においてはくどい印象 を与える。しかし話し言葉においては、このような明示的な反復性が文と文の結束性 を強化し段落を形成し、これが聞き手の理解度を高める機能を果たしていると考えら れる。

近藤(2004)は、修飾節のある登場人物(Ex.「抵抗してきた人達」)について、そ の後繰り返して指す場合、学習者の場合は代名詞が使用されたり省略が行われたりす るのに対して、日本語母語話者は省略をしたり代名詞を使わず、少し簡略した形に言 い換えたりもう一度繰り返したりする形で発話したと述べている。近藤の研究は被験 者に物語の筋を語らせるものであるため、人物が主な主題となる談話であると推測さ れる。本談話に見られる反復性は、物事を主題とした談話であるが、近藤の研究結果 と同様の現象が起こっていると考えられる。

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 (5)池: 制御棒というのはですね、この中性子が次々に出て行ってウランの核分 裂がどんどんどんどん激しくなりすぎないようにコントロールするんで すね。この制御棒が入ることによって中性子を吸収する。それによって ちょうど適度なように運転をする。そのための制御棒というのがありま す。さあ、そして具体的にどのようになっているかということなんですが、

次にこちらをご覧ください。極めて概略図ですが、はい。燃料棒があの ウランがどんどん分裂していきます。その時に莫大なエネルギーが出ま す。そのエネルギーをですね、この制御棒で量をコントロールしながら ここに水が貯められているわけですが、この水を沸騰させるわけですね。

で、いわゆる原子力発電所には大きく分けて 2 つのタイプがありまして、

 (6)池: ま、熱せられてあったかいものが上に上がってくる。で、対流してぐる ぐる回ってきます。で、上まで上がってきますと、ま、水があったりし て・・・。

6-3 共感性

本稿で言う「共感性」とは、聞き手の立場に立った聞き手との距離を縮める機能を 果たす性質を持ったものと定義する。

池上氏の談話において、常に聞き手の立場に立った発話が一貫して観察される。聞 き手の気持ちや意識の流れを常にあらかじめ想定し、それに沿って聞き手が求めてい る項目を聞き手が求めているタイミングで説明していく。それによって話し手と聞き 手の心的距離を縮め、共感を生み出す機能を果たしていると考えられる。この機能は 直接聞き手の理解度を高めることに貢献をしているというより、むしろ理解しやすい 環境づくりをする役目を果たすものであると言えるだろう。

6-3-1 聞き手の気持ちの代弁

池上氏の談話には、(7)(8)のように、聞き手が情報を聞いて感じるであろう気持 ちや反応を、話し手自らが代弁するという発話が多く見られる。テレビの情報解説番 組では、聞き手は不特定多数のその場にいない聴衆であり、また伝えられた情報に対 してすぐに反応を返すことはできない。そのような話し手と聞き手の間の心的距離と いう制約を最小限に抑えるため、話し手自らが聞き手の気持ちを代弁する。これによ り聞き手は、一方的な情報伝達を受けているのではなく話し手と対話をしながら情報 を得ているように感じられ、話し手と聞き手との間に架空の対話が生み出されている。

このような代弁が、話し手と聞き手の心的距離を縮め、聞き手の話し手に対する共感 を生み、ひいては話し手に対する評価を決定づける重要な後ろ盾となると考えられる。

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 (7)池: これはあの、爆発をしたと聞くと、大変驚く方多いと思うんですが、い わゆる原子炉を覆っている外側のコンクリートが爆発したというもので すね。

 (8)池: よく気象庁が津波注意報をこれまでも出してきました。でも実はその後 来なかったり、大したことがなかったりする。なあんだって思うかもし れませんが、・・・。

6-3-2 終助詞「ね」の使用

終助詞は話し手の聞き手への働きかけの態度を表明する機能を持ち(西田 1977: 258)、特に話し言葉による談話において重要な役割を担う。

池上氏の談話では、3 つの終助詞「ね」「よね」「よ」が使用されている。情報伝達は 基本的に情報を持つ者が持たない者に情報を提供する行為であるため、「よ」の多用が 観察されて然るべきであるが、本談話中最も多く使用された終助詞は「ね」で、池上 氏の総発話文数 812 のうち 319 文(39.2%)に出現している。続いて「よね」が 36 文(4.4%)、

「よ」が 23 文(2.8%)と続き、(9)に見られるように「ね」が最も多く、「よ」の使用 は最も少ない。

伊豆原(2003:1)は、終助詞「ね」について「話し手の認識に聞き手の同意を求め、

聞き手との間に共通認識領域を作り出すものである」と述べている。このことから、「よ」

の代わりに「ね」を使用することによって、情報を持つ者と持たない者という構図を 前面に出すことを避け、情報の提供により聞き手と情報が共有化・同一化できたこと を確認するという、話し手の聞き手に対する姿勢を示す機能を果たしていると考えら れる。

尚、池上氏の談話で使用されている「ね」の機能には、上記の機能とは別に冗長性 を高めるという目的で間投詞的な機能を持つものがあるが、それについては 6-5-1 で詳 述する。

 (9)池: ひとつの地震でもその揺れを感じるかによって震度というのは変わります。

ところがマグニチュードというのは、その地震自体のエネルギーなんで すね。ですからこれは絶対的な数字でありまして、震度はそれぞれ違っ てもマグニチュードの大きさは変わらないということですね。

6-3-3 直接話法の使用

池上氏の談話において、直接話法の使用が散見される。直接話法とは、「「○○○」

と言った。」というように実際の発話をそのまま引用した形式を使ったものである。し かし、池上氏の談話において見られる直接引用部分は、(10)(11)のように、誰かの

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話をそのまま使ったというよりも、説明の場のコンテクストに合った形で池上氏が作っ たものである。直接話法を多用することによる効果を考えるために、当該部分を間接 話法に置き換えてみると、内容的な相違は全くないが、当該部分だけが直接話法の場 合より若干客観的で硬くなり、話し言葉の談話としては全体的なバランスが少々悪い 印象となる。終助詞を用いることが可能な直接話法を利用して全体を話し言葉的にす ることによって、話し手が聞き手との心的距離を縮めようという働きかけをする機能 を果たしていると考えられる。

 (10)池: 震度 5 でもすごい揺れもあれば、大したことない揺れもあるよねという 声があり、震度 5 と震度 6 に関しては強と弱に分けました。

 (11)(原発事故発生当初、枝野官房長官が「事象」という表現を使っていたこと について)

    池: 私達からすると、これ「事故」じゃないの?って思うんですが、これは ですね、国際的なランクがあるんですよ。実際的にですね、ま、原子力 に関しての事故に関しては、下の方はこれ「事象」というんですよ。

    司:あ〜。

    池: で、一定以上になると「事故」になるんですね。なので、最初の段階で はまだこれがどのレベルになるかわからない時はいったん「事象」とい う言い方をするんです。で、後で国際的な機関が調べて、これは「事故」

だったよねという認定が後から降りるんですね。

6-3-4 聞き手の経験を喚起した上での説明

池上氏の談話では、主に詳細な解説の開始部に誰でも経験したことがあるような話 を持って来るという発話が観察される。聞き手の経験を喚起することにより、新情報 についての間口を広げ、聞き手が未知の話題に取り組みやすい状況を作ろうとしてい ると考えられる。

 (12)(マグニチュードの説明の開始部)

    池: え、中にはですね、高校生の時に対数というのを学んだことがあるでしょ うか、対立の対と書いて対数、非常に大きい数をわかりやすい数に置き 換える、マグニチュードもその対数なんですね。

 (13)(P波S波の説明の開始部)

    池: ・・・ではこの仕組みを解説しましょう。地震の波といいますと、P波 S波って、これね、昔理科で習ったんじゃないかと思うんですが、・・・

(解説続く)

(14)

6-4 平易性

本稿で言う「平易性」とは、難解な伝達内容を平易にする機能を持ったものと定義 する。

解説型パブリックスピーキングにおける聞き手は不特定多数の聴衆であるため、基 本的に聞き手の既存知識についての情報はない。そのため話し手は、平均的な聞き手 の一般的知識を想定し、その想定を超えると判断されるものには解説を加える必要が ある。

池上氏の談話には、難解な内容をできるだけ平易にかみくだいて伝達しようとする 様々な工夫が観察される。一般日本語話者がわかりやすいと判断する直接的な要因は この特性によるところが大きいのではないかと考えられる。

6-4-1 漢語・専門用語のかみくだいた説明

池上氏の談話では、(14)のように、聞きなれない専門用語や、耳にはするが実際の 仕組みはよくわからないという言葉、また音声だけで理解しにくい漢語等には必ず用 語の解説が付け加えられる。また(15)(16)で見られるように、番組中登場する専門 家の解説の中に十分な説明がないまま専門用語が使用されるケースが見られたが、そ れらの発話の直後には必ず池上氏が用語の定義などの補足説明を行っている。

一般的な日本語母語話者の平均的知識領域を適確に想定し、その領域を超えるもの には必ずかみくだいた補足説明を加えることは、日本語母語話者にとっても難しい作 業である。自分がよく使用する言葉であるから他人も当然知っているはずだという思 い込みがこのような説明を怠らせがちである。

学習者の口頭発表においても、専門用語や漢語が何の補足説明もなく使用される場 面がよく観察される。学習者のこのような専門用語や漢語の説明不足は、上記のよう な一般的日本語母語話者の平均的な知識領域や言語使用領域を把握していないことや、

漢語と和語の使い分け、書き言葉と話し言葉の使い分けが十分に出来ないこと等が要 因となっているのではないかと考えられるが、更なる研究の余地を残すところである。

 (14)池: まずはね、千葉県で見られた現象、こういう言葉が出ました。こちら「液 状化現象」です。(写真を見せて)これ自動車がですね、これ駐車場な んですが、水溜りのようになって、自動車がその下にもぐりこんでます。

これはどういうことですかと視聴者の方からも質問をいただきました。

液状化の仕組みをちょっと説明しようと思うんですが、こちらご覧くだ さい。(図を見せて)これ地面の下ですよね、例えば埋立地の様なとこ ろというのは非常に水気が多いわけですね。そこにこう砂などが入って いますと、普段はこのようにしっかり固まっています。え、がっちりし ているんですが、これが大きな地震で揺れますと、こういう風にバラバ

(15)

ラになってしまうわけですね。砂がバラバラになってしまいますと、そ の結果何が起きるかと言えば、下にこう固まってですね、水分が上に噴 き出してくる。これによってここの地盤が非常に緩くなり、こうやって 建物が傾いたり車が下に入ってしまったりする。(専門家の方を見て)

これが液状化ということでよろしいですね。

 (15)(気象庁発表の余震が起きる確率が下方修正された理由を尋ねられて)

    専: ま、あの標準的な余震の減衰のカーブがありますから、それに応じてで すね、何日経ったら何パーセント下がるというデータはあるんですね。

    池: わかりました。減衰ってことは減っていくということですね。減って衰 えていくと書いて減衰といいますが、その地震のエネルギーがだんだん だんだん弱まっていくカーブがある。それにあてはめるわけですね。

 (16)(今回のような事態は予想されていなかったんじゃないかという質問に)

    専: あのう、先ほどの絵にあったように、宮城沖とかですね、福島沖とか茨 城沖にそれぞれセグメントという地震を起こす場所があるということは わかっていたんですね。

    池: はい、セグメントっていうまた専門的な用語が出ましたが、はい、つま りそこでストレスがたまって大きくプレートが動くであろうという場所 はわかってたんですね。

6-4-2 身近なものに喩えた説明

池上氏の談話では、(17)(18)のように、複雑なメカニズム等について説明する際、

より身近なものに置き換えるケースが観察される。何に喩えれば聞き手が理解しやす いかを考えた上で提示された喩えなので、聞き手は難解な内容の理解が容易になる。

 (17)(震度とマグニチュードの違いの説明)

    池: よくこれはね、電気の明るさに喩えられることがあるんです。電球に置 き換えてみましょう。今電球何ワット、例えば 100 ワットの電球、近く は明るいですよね。それ離れますとだんだん暗くなります。この明るさ のことをルクスといいます。ワットは変わらないけれどもその場所に よってルクスが変わってくる。同じことなんですね。

 (18)(放射線と放射能の違いの説明)

    池:放射線と放射能の違い、よくですね、蛍にたとえるやり方があるんですね。

    司:はい。

(16)

   池: この蛍というのは光を出してます。いってみればこの光が放射線だと考 えてください。

    司:光自体が。

    池: はい。そしてこの光を出すこの蛍自体が放射性物質。そしてこの放射線 を出す能力のことを放射能という。

   司:形があるというものではないという風に解釈して大丈夫ですね。

    池:その通りですね。そして・・・(解説続く)

6-5 冗長性

ここで述べる「冗長性」とは実質的な伝達情報以外の部分で言語的要素を用いて全 体の発話分量を膨らませることにより、聞き手の理解を助ける機能を持ったものと定 義する。

谷口(1984:59)は、音声言語の場合、特に原稿を準備して行うパブリックスピーキ ングの場合には、書いた文章よりも意識的に冗語性を増やすことが必要であると述べ ている。

また梅村(2006:71)も、日本語母語話者と学習者の口頭による要約談話を比較した ところ、日本語母語話者の口頭による要約は、語句の言い換えやメタ言語等の使用に よって原文を膨らませている部分が多く、口頭による要約では、書くことによる要約 に比べて、意識的に冗語性を増やすことが要求されることが明らかになったと述べて いる。

無駄のない練られた書き言葉をそのまま口頭で読み上げてしまうことは、聞き手の 情報処理のための十分な時間の確保を奪い、心理的余裕を失わせ、結果的には聞き手 の理解を妨げる危険性を高めることにつながると考えられる。本談話において、限ら れた時間の中で効果的に冗長性を高める言語的特徴が観察される。

6-5-1 連体修飾による名詞化の回避

池上氏の談話では、2 つ以上の文を一文化した連体修飾による名詞化がほとんど観察 されない。連体修飾による名詞化は、発話量を圧縮できる分情報量も増やせるため書 き言葉の談話では多用されるが、話し言葉においては聞き手の情報処理に余裕を与え ないため、わかりやすさを犠牲にする危険性がある。本談話では、先述の(14)のよ うに、特に詳細な説明が必要な場合において、文を極力単文化し、命題は 1 文につき 1 つに抑えようとする姿勢が見られる。また文と文の接続には、指示詞や「て形」「〜

んですが」という表現が使用されている。これらの言語的特徴により、結果的に発話 量自体は膨らみ、発話時間も増えることになるが、そのことが聞き手の理解度を上げ るための大きな手助けとなっていると言えよう。

(17)

6-5-2 情報伝達に関わるメタ言語表現の使用

ここで述べる「情報伝達に関わるメタ言語表現」とは、話者がその談話の中で今何 を伝えているのかについて言及した表現と定義する。梅村(2006:71)は、日本語母語 話者の口頭による要約の談話を学習者のそれと比較し、日本語母語話者の談話には聞 き手の理解を助けるためにメタ言語表現が効果的に使われる部分が多いと述べている。

また西条(2001)は、メタ言語が実際に談話理解に役立っているのかについて、日本 語母語話者 20 名を対象に行った聴解実験において、談話中の命題は全く同一でも、メ タ言語があるテキストを聞いた群とメタ言語のないテキストを聞いた群との間で、命 題の再生に有意差があったと述べ、この結果からメタ言語には談話の構成要素相互の 関係についての心理的枠組みを発信者と受信者が共有するように働きかける役割があ るとしている。

池上氏の談話においても(19)(20)の例のようなメタ言語表現が観察される。この ようなメタ言語の使用により聞き手の中で実質的な伝達内容が整理され、それが結果 的に聞き手の理解を助けることにつながっていると考えられる。メタ言語表現は 6 − 1 で述べた予告性の特性にもつながっており、メタ言語表現を冗長性を作り出す機能と しての要素として分類するべきかどうかについてはまだ研究の余地がある。

 (19)池: こちらに東北地方の地図がありますので、これでおさらいしておきましょ う。

 (20)池:液状化の仕組みをちょっと説明しようと思うんですが、・・・。

6-5-3 間投助詞「ね」の使用

池上氏の談話では、冗長性を生み出すためのものとして機能していると思われる間 投助詞の「ね」が出現する。このタイプの「ね」は 6-3-2 で述べたような話し手と聞き 手との間に一体感や共有感を持たせようとするものとは異なる機能を持つ。池上氏が

「ね」を使用した回数 319 のうち、間投助詞の「ね」であると判断されるものは 91 回 出現しており、「ね」の全使用回数の約 28.5%を占める。間投助詞の「ね」は句節末に 観察され、(21)のように、本談話においては「です」を伴って現れることが多い。宇 佐美(1999)は、Brown & Levinsonのポライトネス理論1によって「ね」の機能・用 法を考察し、その中でこの間投助詞「ね」について、注意喚起と発話埋め合わせ(フィ ラー)の 2 つの機能を持つと述べている。池上氏が意識的にこの「ね」を使用してい るのか無意識なのかは定かではない。しかしいずれにせよ、情報伝達の談話において 間投助詞「ね」を句節末に入れることにより、話し手には内容を自己モニターしなが ら後続の発話の準備のための猶予を、そして聞き手には情報を処理する猶予を与える という複数の効果を生み出していると考えられる。一音節という最小の発話時間で多

(18)

くの機能を果たす間投助詞の「ね」は、時間の制約を持つテレビによるパブリックスピー キングの談話において非常に効率的な言語的素材であると言えよう。

 (21)池: 特にですね、気象庁が使っている気象庁マグニチュードというのと、ま、

国際的に使われているモーメントマグニチュードというのがありまして ね、・・・。

6-5-4 擬音語・擬態語、感動詞の使用

池上氏の談話には、(22)(23)で見られるように、話し言葉特有の言語的特徴であ る擬音語・擬態語や感動詞が観察される。これらの存在は実質的な伝達内容そのもの には影響を与えないが、内容を生き生きとしたものにさせる演出効果的な役目を果た していると言えよう。これらの言語装置を用いることによって、実質的な内容をただ 淡々と伝達するのではなく、聞き手に興味を持たせ、内容が身近な理解しやすいもの であると感じさせることができる。番組中登場する専門家 2 名の談話にはこれらの言 語的要素が全く出現していないことから考えると、池上氏が意識してこれらの言語装 置を使用しようとしているのではないかと推察される。

 (22)(図を見せて津波が発生するメカニズムを説明する)

    池: え、先ほど見ましたように、こちら側が右側が海のプレート、左側が陸 のプレート、海のプレートが沈み込むことによって、陸のプレートが引 きずられて下にもぐるんですが、一定の段階でこれがぴょんと跳ね上が る、その時にここに海水があるわけですから、この海水がいっぺんに上 にドンと押し上げられます。(中略)普通の波というのは、えっと、か ぜによって起きるわけですから、表面がちゃぷちゃぷと揺れているわけ です。(擬音語・擬態語使用)

 (23)(3 月 15 日に静岡で起きた地震について)

    池: これ富士宮ですよね。で、あれを揺れた時に、うわっ、今回の地震があっ ちに移ったんじゃないかって考えた視聴者がいたんですが。(感動詞使 用)

6-6 省略性

ここで言う「省略性」とは情報伝達に必ずしも必要ではないものを省くことにより、

聞き手の理解を助ける機能を持つと考えられるもののことを指す。前節の「冗長性」

と矛盾しているかのようであるが、本談話資料では、番組の時間制約上省いたほうが 聞き手の理解を助けるのに効果があると判断された言語要素は省かれているのが観察

(19)

される。

6-6-1 「〜ということ」の省略

本談話資料では、話し言葉であるにも関わらず動詞の常体(普通体)の使用が見ら れる。(24)(25)のように、特に物事の展開等について順を追って説明するときなど に集中して観察される。この文体は形式上書き言葉に見られる常体(普通体)と同じ であるが、ここでは「普通体+ということです」の「ということです」が省略された ものだと考えられる。本談話において、非省略形式の「〜ということです(ね)」とい う文末形式も見られるが、テレビ放送時間内に伝えるべき内容を話してしまわなけれ ばならないという制約上、上記の形式が繰り返されるのを避けるための処置であろう。

これによって、聞き手が実質的な内容に集中できる機能を果たしていると考えられる。

 (24)(火力・水力・原子力発電所ではどのようにして電気を起こすかついて説明)

    池: ・・・これ、タービンですね、これ、タービンをですね、タービンが回 ることによって発電する。火力発電所は重油や天然ガスを沸騰させて タービンを回す。水力発電所は水をいきなりタービンにぶつけて回す。

だからこの発電の仕組みはおんなじなんです。え、この燃料棒でお湯を 沸騰させて電気を起こす。これが原子力発電所ということになっていま す。

 (25)(地震により原子炉内で起きたであろうことについて説明)

    池: え〜ここが高い熱を持っているということは、ここにある水がどんどん どんどん水蒸気になってしまう。水蒸気に変わることによって、ここの 水の量が減ってくる。

6-6-2 名詞に続く「です」の省略

話し言葉の談話においては、文末に「です」「ます」の丁寧体が使われるのが一般的 であるが、本談話において、名詞に続く「です」が省略される形式が観察される。

 (26)池: で、ミリシーベルトとマイクロシーベルト、ミリシーベルトというのは マイクロシーベルトの 1000 倍。

 (27)(原子力発電所における燃料棒の露出について)

    専: その前に、やっぱり出てしまいますと、このジルカロイというこの金属 の表面で水素ができる。

   池:あ、ジルカロイというのが、要するに燃料棒を覆っている管。

(20)

    専:管。

   池:その合金の名前ですね。

6-6-3 情報伝達の目的に直接関わらない情報の省略

ニュース解説などの番組内で専門家を招く場合、専門家の所属や専門領域等につい て簡単に紹介するのが一般的であると考えられるが、本談話ではそのような情報に関 する発話は一切見られない。番組の本来の伝達目的や実質的な伝達内容に焦点を当て るため、これらの情報は省かれたものと考えられる。本談話資料では、司会者によっ て専門家についての最低限の情報(所属大学と名前)が伝えられた後、池上氏の発話 は簡単な挨拶のみにとどめられている。

 (28)司:ここからは関西大学河田さんにお話を伺います。

    池:よろしくお願いします。河田さんね、(続く)・・・。

7  まとめと今後の課題

本稿では、一般の日本語母語話者の視点で「わかりやすい」と評価を受けている口 頭伝達のプロによる解説型パブリックスピーキングの談話を分析し、「わかりやすさ」

を生み出すと考えられる特性を「予告性」「反復性」「共感性」「平易性」「冗長性」「省 略性」の 6 つに分類し、各特性の言語的特徴について考察した。

本研究の分析からまとめると、聞き手が不特定多数で時間制限のある解説型パブリッ クスピーキングにおいて「わかりやすい」説明をするために、伝達のプロは、1.伝達 すべき内容は、その前にその都度何らかの形で聞き手に予告すること、2.説明に重要 であると思われる言葉や表現は、代名詞に置き換えず何度も反復すること、3.常に聞 き手の気持ちに寄り添い共有し、話し手との心的距離を感じさせないように努めるこ と、4.聞き手にとって難しいであろう漢語や専門用語を前もって予測し、それらにつ いてかみくだいて説明すること、5.聞き手が内容を理解するための適度な時間的・心 理的余裕を与えること、6.説明に重要ではない表現等の繰り返しは省略すること、を 実践していると言えるであろう。伝達のプロが身に着けたこれらのストラテジーは、

情報を口頭で正しくわかりやすく伝えるために、一般の日本語母語話者のみならず日 本語学習者にとっても、貴重な見本材料となると考えられる。

今後の課題として、2 点挙げられる。まず、上記で明らかになった特性とその言語的 特徴が、伝達のためのストラテジーとして一般化できるか、更に複数の伝達談話を分 析していく必要がある。さらに、本談話資料を学習者の口頭による伝達談話と照らし 合わせ、上記で明らかになった特性のどの要素が学習者に不足しているのか、どの要 素が習得可能なのか、また習得できるとして、具体的にどのような指導が効果的なの か等、学習者の口頭表現教育への応用性についても、今後更に研究を進めていきたい。

(21)

1  ポライトネス理論とは、“polite” という一般用語とは異なり、「円滑な人間関係を確立・維持 するための言語行動」(宇佐美 2002)と定義される、語用論の枠組みの中での概念である。

参考文献

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資料の出典

『そうだったのか!池上彰の学べるニュース』:2012 年 3 月 16 日放送分 テレビ朝日

『2010 年国民生活時間調査報告書』:2011 年 2 月 NHK放送文化研究所(世論調査部)

『視聴率データサイトマップ』:2011 年 3 月 16 日 株式会社ビデオリサーチ http://www.videor.co.jp/data/ratedata/backnum/2011/vol12.htm

参照

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