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鈴木正道

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内なる他者

一サルトルにおける自由の疎外と解放一

鈴木正道

サルトルは,人間は本来自由な存在であるとした。しかしその自由は現実に は疎外されており,したがって人間は本来の〈authentique〉自由に至るため に,疎外を徹底的に解消しなくてはならないとも述べた。その可能性をサルト ルは存在論に関する試論,倫理学のための準備ノート,さらには伝記的著作な どを書くことによって探った。しかしこれらの著作における膨大な記述にもか かわらず,本来的自由に至る道が具体的にどのようなものになるかは,結局はっ きりしないまま残されたと言える。それは一つには,提起されている疎外から の解放の手段が著作によって微妙に異なるからであり,他方サルトルが展開す る,解放に関する考察が様々な問題点を含んでいるからである。本論では,把 握しにくいとされるサルトルの倫理的解放を,それを特に扱っている著作,

「存在と無」,『倫理学ノート』,『聖ジュネ』ごとに整理し直し,それぞれの問 題点を指摘し,さらにサルトルの自由と疎外に関する考えの可能性を探りたい。

なお倫理学に関する研究をサルトルは,その後1965年頃,また1970年以降死 に至るまで試みているが,原稿そのものの存否が明らかでなく,その内容に関 しては'憶測の域を出ないので,ここでは扱わないこととする。

疎外と解放

即自対自と実存主義的精神分析

1943年に発表された『存在と無』は「現象学的存在論の試論」という副題

が示すごとく(1),存在を現象学的視点から叙述することを目指している。サル

トルは存在を,意識を持った人間という存在(対自存在)と意識を持たぬもの

としての存在(即自存在)に分ける。意識をもたぬ存在はそれだけで十全であ

り,何の不足もないのに対して,意識存在は常に自分が不足した存在であるこ

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とを感じ,十全をめざす。そのために意識存在は偶然置かれた状況において常 に選択をしいられる。これをサルトルは自由と定義した(2)。しかし不足した自 由な対自存在として十全である即自存在になること,つまり即自対自を実現す ることは論理的に矛盾しており,またそれはいわば神であらんとする不可能な 企てであり,自由を疎外することになる。したがって人間はこのような不可能 な目標から解放され,本来的な自由を取り戻す必要がある。このための方法論 としてサルトルは「実存主義的」精神分析を「存在と無』の最後で提案した。

デカルトの伝統がしみついたサルトルにとって,フロイトの言う無意識は受 け入れがたいと同時に強い関心を引く概念であった。意識する自分こそ自分の 存在を確証する唯一の根拠であり,その意味で意識は対象を常に意識している はずである。無意識とは,意識の対象にならない意識の「何ものか」であり,

矛盾した概念である。しかしサルトルは,その「何ものか」が人間の意識には あることも感じており,これが1939年に発表された短編小説集『壁』に収め られた『エロストラート」の題材となっている(3)。結局サルトルは,人間はこ の「何ものか」を意識しているが,目の前にある本や過去の自分という明確な

形で意議しているわけではないとした。

人間が幼児期の体験に縛られているとき,サルトルによれば,それは無意識 のコンプレックスではなく,本人のあくまでも意識的で自由な「根源的選択

くchoixoriginel>」を表わしている。自らの自由によって自由を疎外している

というのである。この根源的選択を明らかにすることで,人間はそれから解放 され,本来的な自由を取り戻すことができるのである。

内なる他者と革命

『存在と無』は,実存主義的精神分析による根源的選択からの解放を提示し たものの,その具体的な記述は次に書かれるはずの倫理学的著作に委ねられた。

サルトルは1947年から1948年にかけてこの著作のために膨大なノートをとっ たが,それを完成させるに至らず,ノートは彼の死後『倫理学ノート』として 1983年に刊行された(4)。ここでは,人間に本来的な自由を取り戻させるはずの 方法が新たな視点から考察される。

『存在と無」において,根源的選択とは,自由な(従って不完全な)人間が 十全たる存在に一致しようとする虚しい企てであった。『倫理学ノート」にお いてこの自由を疎外する企ては特に「他者くAutre>」と称される。つまり私

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内なる他者 149 の企てでありながら私以外であるとされている。『存在と無』において,他者 とは私と同じ自由な存在であり,私を見つめることにより,私の存在を固定し て,私の自由を疎外する存在,しかし逆に私に見つめられることによって自由 を疎外される存在でもあった。『倫理学ノート』で問題となる他者は,私の内 側に宿り,私の自由を疎外する,様々な既成の価値観である(5)。これは民族学 にヒントを得た発想である。

サルトルは,ミシェル・レーリスの『幻のアフリカ』(1934年)を引用する。

エチオピアの北部では,現存する人間を支配する,目に見えぬ兄弟のような

「ザール〈zar>」という存在が信じられている。古くからある土俗信仰である が,この地域にもたらされたキリスト教と混じった言い伝えでは,イブが,神 の悪しき視線を恐れて,自分の子供30人のうち最も美しい者15人を隠したと ころ,神は怒って,隠された15人の子孫が目に見えぬ者として,視線にさら された残りの15人の子孫を永遠に支配するようにしたということである (CM.p378)。サルトルは,これが,エチオピアの人々に限らず我々の内にあ る「何ものか」を象徴的に表わすと考える。それは私の内側に,特に私の幼少 期に植え付けられた価値観,倫理観であり,私は,それを見直すこともなく,

しかし自分の自由で選択しているのである。これから解放されぬ限り,私は本 源的な自由に従って生きていることにはならないであろう。

この疎外要因から解放される契機として,サルトルはマルクス主義に触発さ れて,革命を提案する。暴力的な祝祭としての革命の瞬間に,人々は己の内に 宿った既成の価値を破壊し,互いに自由を疎外しあう関係から,互いを認め合 う関係に移行する。言い換えれば,それぞれの人間が内なる他者を打ち砕くこ とによって,目前の他者との自由の相克を乗り越えることができるのである。

しかしこの瞬間は長くは続かず,革命の結果はすぐに体制化し,再び疎外の状 況に陥るから,・恒久革命が必要だとする(CM・pp429-430)。これは1960年 に発表される『弁証法理性批判』の第1巻でフランス革命の例によって敷桁さ れる論点である。このように,戦後の冷戦状況において書かれた倫理学の準備

ノートでは,政治的,社会的視野が一挙に広がっている。

内なる他者と気前のよさ

しかし,内なる他者からの解放の至高の契機として,サルトルは「気前のよ さ〈g6n6rosit6>」としての創造を提案する。I(''1ならぬ人間の行なう創造とは,

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無から有を生み出すことではなく,既にあるものに意味を与えることである。

このようにして出来上がった作品一行為〈oeuvre〉を他の人々に与えること くdon>,これが気前の良い行為である。作品を他者の自由な判断に委ねること によって,私は他者の自由を認めることになり,またそれを受け入れる他者は 私の自由を認めることになる(CM・ppl35-137)。こうして私は,目前の他者 と互いの自由を承認することにより,内なる他者から解放されるのである。と いうのも後のジュネ論で明確に述べられるように,既成の価値観である内なる 他者とは,目前の他者の漠然とした集合体だからである。

ただしサルトルはこの点に関しても民族学に啓発されて,気前のよさ-贈与 の問題点を指摘する。彼は,マルセル・モースの『贈与論』(1932~1934年)

における「ポトラッチ」を引用する。これは部族,家族などが相互に行なう贈 与合戦で,贈り物を送られた側,あるいは振る舞いを受けた側は,それを上回 る返礼を行なう義務があり,さらにそれを受けた側はそれ以上の返礼をする義 務を負い,こうして双方の破産に至ることもあるというものである。サルトル に言わせると,義務とは内なる他者である(CM.p・'99)。つまり与えるのは 私の内なる他者であり,相手に贈与や振る舞いを返すよう私を縛るのである

(CM.p、387)。相手に義務を負わせるという意味で,「与える」という「気前

の良い」行為は,相手の自由を疎外する。そしてこれは一部の部族社会でのみ 行なわれている風習ではなく,人間社会一般に様々な形であてはまることであ る。相手に恩を着せることは,相手に有形無形の返礼の義務を負わせることで あり,これにより,双方の間に支配と服従の関係が生じることは,我々が日常 的に感じている。

しかしサルトルは同時に,破産にも至る可能性を受け入れて与えるという行 為の破壊性(6)と社会革命の破壊性を結びつけているようにも見える。「祝祭,●●●。●

黙示録,,恒久革命,気前のよさ,創造,これぞ人間の瞬間である(CM.p、430;

強調はサルトル)。」創造の前提としての破壊,階級なき社会の前提としての所 有権の破壊。サルトル自身が,破産を顧みずに稼いだ金を気前よくふるまって いたことを思い出したい。

「社会」という他者

『倫理学ノート』が直接「存在と無』の続編として想定されたものの,準備 段階で終わったのに対して,1952年に発表された(1950年に雑誌に発表され

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内なる他者 151 尤もの(箙を修正し,さらに大幅に加筆したもの)『聖ジュネ・役者にして殉教 者』(剛は,完成した伝記的作品であり,またサルトルの哲学的思想の展開を盛

り込んだ著作となっている。

ここでも内なる他者がテーマとなっており,社会的視点から明確に定義され ている。両親のいない子供として農家にひきとられたジャン・ジュネは,10 歳の時に里親の金をくすねているところを見つかり「泥棒」と名指される。そ れ以来彼は泥棒として対象化されて生きていくことになる。子供の彼を泥棒と して対象化したのは里親の視線(『存在と無』における,目前の自由な存在と しての他者)である。しかしそれ以降,感化院において,あるいは放浪した地 域において彼を対象化するのは単なる特定の個人の視線ではない。「この他者

●●●●●

は,社会の決議によって彼の内に宿されたのであり,何よりもまず集団的な表

現である(…)(SG,p、167;強調はサルトル)。」この他者は,個人の視線に還 元できないから,見つめ返すことで対象化できない。サルトルによると,幼く

して視線によって対象化されたジュネは,受動的な態度を身に付ける。これが ジュネをさらに同性愛の受身の側つまり女役にするのである。内なる他者は,

ジュネを泥棒そして同性愛の女役とみなす。彼を悪として固定するのである。

(言うまでもなく,当時のフランスの社会が同性愛を悪とみなしていたのであ る。)品行方正なる人々にとって悪とは自分以外のものであると言う意味で他 者であり,その基準がジュネの内側に宿ったと言う意味でジュネにとって悪は 他者である。ただしサルトルはこの内なる他者をあくまでもジュネ自身の選ん

だもの,つまり根源的選択として提示する。

サルトルによると,ジュネは内なる他者から最終的に解放されることになる。

ジュネは,文学作品という形で美を社会に提供する。品行方正なる読者は,ジュ ネの言葉の詩的な美しさに引き込まれ,一人称の語り手に同化する。そして自 分が泥棒,同性愛者になってしまったように感じる,あるいは少なくとも自分 がそうなりうることに気付くのである。その時読者の中に内なる他者が宿って いる。こうしてジュネと読者の立場は逆転する(SGp551sq.)。他方ジュネ は,社会通念としての善悪を言葉の世界である作品に投入する。ジュネが作品 を完成させてそれから離れた時,それはもはや言葉に過ぎぬものとなり,彼は 解放されるのである。彼は,善悪の概念に囚われて自分がまさに悪を宿してい

ることに気付いた読者たちを見下ろす(SGpp、625~628)。

しかしサルトルは,『聖ジュネ」の最後の部分で,読者たちも自分たちの内

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なる他者である善悪の基準から解放されうると示唆しているようである(SG pp645-662)。彼らはジュネの作品に悪を見出し,それが自分の内にもあるこ とに気付く。内なる他者としての悪を認識することはそれから解放されること を準備する。ジュネの作品は,品行方正なる読者を罠にかけるが,彼らを最終 的に解放へと方向付けるという意味で,贈与となるのである。

ジュネ論が結局ジャン・ジュネという特定の特異な人物を描いている以上,

この人物の解放は,サルトルによる一般的な倫理を直接表現しているものでは ないかもしれない。しかし悪と名指されたことを逆手にとって,悪を徹底する ことで本来的な自由に至る作家の手順と,『倫理学ノート』において記述され る,解放の契機としての暴力的祝祭である革命,つまり悪の爆発による既成価 値の破壊に共通点が見出されないだろうか。ただしジュネが相手を知らぬ間に 罠にはめて撹乱するのに対して,革命に参加する者は一挙に既成秩序を吹き飛 ばすのである。

解放の問題点

こうしてサルトルにおける,自由の疎外とその解放の理論を,それを主に扱っ た彼の著作ごとに概観した。『存在と無』では,不完全な存在が十全であらん とする空しい企てから解放される手段として,実存主義的精神分析が提唱され,

『倫理学ノート」では,自分の内側に宿した他者としての価値観からの解放の 手段として革命が主張され,さらに作品の提供という気前のよさが提案された。

そして『聖ジュネ』では,内なる他者が集団的価値観として明確に定義され,

作家の創作活動による解放の例が説明された。ここでこの理論に関して問題と なる点を指摘したい。

実存主義的精神分析,すなわち疎外?

『存在と無」において,実存主義的精神分析は自由としての人間存在が本来 の自由を取り戻すための手段として提案された。フロイトの精神分析が,臨床 医として彼が集めたデータに基づいた手探りの実証研究であったのに対して,

サルトルの精神分析が,フロイトを踏襲しながら,思弁的にこれを改造したも のであった以上,その理論の実証性と「治癒」に対する有効性には当然疑問が 生じる。そもそもサルトルの場合,他者のまなざしは私の自由を対象化し,固

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内なる他者 153 定するのであるから,私を他者が分析して,私の根源的選択はこれであると指 摘した場合,私は果たしてそれから解放されるのだろうかという疑問が生じる。

分析という行為を贈与とみなしたとしても,私がその贈与によって疎外されず に,分析そのものを対象化して乗り越えるという保証はないのである。事実,

サルトルはフロイト流の精神分析における,医者による患者の対象化,支配と いう疎外を糾弾した(9)。

結局,『倫理学ノート』において実存主義的精神分析は解放のための方法と して発展させられることはなかった。それに対して「聖ジュネ』,および『ポー ドレール』(1947年),さらに『家の馬鹿息子』(第1巻,第2巻:1971年,第 3巻:1972年)では実存主義的精神分析が応用され,それぞれの作家,詩人の

「根源的選択」が追究される。しかしこれが彼らの解放を目的としていたとは 考えがたい。サルトルが彼らを理解するための手段として実存主義的精神分析 を用いたと言うべきだろう。事実ジュネ自身が,サルトルの本によって対象化 されてしまったと打ち明けている('0》。結局,実存主義的精神分析も,サルトル 自身が指摘した,フロイトの精神分析が持つ疎外の危険性を免れていないので ある。

恒久革命,すなわち不可能性?

本来的に自由な人間の自由を疎外する根源的な選択とは,結局社会状況の中 でなされたものである以上,それからの解放が社会の何らかの変革を伴うはず であると考えることは妥当であろう。レジスタンスを経て,冷戦状況において マルクス主義を研究していたサルトルがこれを革命と結び付けて考えるように なったのも驚くには値しない。しかし「存在と無』において提示された存在論 的なレベルの疎外が『倫理学ノート」において社会的なレベルに移行したこと によって唐突さが感じられることはいなめない。(勿論後者が完成したならば,

その移行の段階が提示されたかもしれないが。)

しかし何よりも,この革命による解放の具体的な過程が明らかではないuい・

そもそもサルトルが倫理学を完成させずに放棄した妓大の理由は,まさにそれ がイデオロギー的で現実性を欠くということであった112)。暴力的な祝祭におけ る一時的な高揚が,いかにして私の内に宿って私を支配する他者,つまり私自 身の根源的選択を解消するのか。社会制度が覆ったとしても,私の内なる他者 は,私にとっての「根源的な」選択であるから,一時的に「忘れる」ことはあっ

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ても,解放には至らないのではないか。

それでもサルトルは,疎外状況を生み出す制度が破壊されることで,一時的 にせよ疎外からの解放が達成されると主張する。問題は,そのあとに作られた 新しい制度がほどなく硬直して再び疎外状況を生み出すようになることである。

そこでサルトルは恒久革命を唱える。破壊の後に成立した制度が硬直したらそ れを破壊し,新たな制度が硬直したら再び破壊するというものである。ここで 素朴な,そして根本的な疑問が生じる。安定志向と言われる我々は言うまでも なく,フランス革命を体験した人々を祖先に持ち,レジスタンスを経て,冷戦 の狭間にいた当時のフランス人の多くにとっても,トロッキーに触発されたと 考えられるこのような思想を受け入れることができるだろうかという疑問であ る。サルトルの言う解放は,自分がその中にいる制度が朝令暮改式に変わるこ とを意味する。いくらそれが本源的な自由であると唱えても,またそれを忌避 することを自己欺臓と断罪しても,人々にとって耐え難いものではなかろうか。

気前のよさ,すなわち非サルトル的倫理?

上で述べたように,相手に返礼の義務を負わせる気前のよい贈与に,疎外的 要素があることをサルトル自身が認めていた。しかしサルトルはそれでも,返 礼を強いない創造としての贈与に本来的な自由の可能性を見ていた。私が相手 による私の自由の対象化をあえて受け入れて,相手に私の創造の成果としての 行為一作品を贈与として差し出し,受け取る相手はそれでも私の自由を承認す る。そうすれば私は相手の自由を疎外しないし,私は自分の自由の対象化を自 分の自由な意志で受け入れ,最終的に私の自由は相手によって認められること になる。しかし自由な意志で自分の自由の対象化を受け入れるなどということ は,『存在と無」でサルトルが述べていたサディスムや愛(相手に,自由な意 志で自分の自由の対象化を受け入れさせること)の逆転,つまりはマゾシスム (cfENpp413-463)であり,不可能性の追究となってしまうのではなかろ うか。

また相手が私の自由を承認する確証がないのに,自分の自由の対象化を受け 入れようとすれば,私にとって望ましくないことを自らに課すこととなり,私 にとってそれは結局義務,つまり内なる他者による疎外となるはずである。勿 論自由の疎外をとにかく受け入れるということは可能であり,それこそが気前 のよさとも言えるかもしれない。しかしそれはもはやサルトルの自由の倫理で

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内なる他者 155 はないだろう。サルトルにとって,目11lな存在である人間たちは同じ地平に立っ て相互に関係しあい,あくまでも疎外からの解放を求めるのである。自由の疎 外をも厭わず相手に与えるということは,相手に対する義務を無条件に受け入 れるレヴィナスの倫理,あるいは全てを空として受け入れる仏教の倫理となろ う。いずれにせよ気前のよさには相手の自由ばかりでなく自分の自由も疎外す る危険が伴うのである。

内なる他者からの解放は可能か?

しかしさらに根本的な問いが残る。そもそも内なる他者から解放されること などありうるのかという問いである。サルトルの言う内なる他者は,社会とい う集団的な価値判断が内面化した存在である。日本流に言えば「世間」や「皆」,

近頃では「市民」《'3)という名のもとに漠然としかし断然と権威を発揮する価値 基準である。私の内に宿る他者は私を対象化する,すなわち私は内なる他者の 価値観に縛られるが,逆にこの他者を対象化することはできない。というのも,

私の目前にいる生身の他者とは違って,集団的な表現としての内なる他者を,

私は特定化できないからである。私が「社会」から後ろ指をさされるのに対し て,私は「社会」を後ろ指さすことができない。社会が具体的に誰のことか特 定できずに,社会ではこれは通用しないとして,社会の基準に合わせようとせ ざるをえないのである。結局それはご近所の誰々さんの言っていることに過ぎ ないと納得しようとしても,その人に還元できない「社会」が背後におぼろげ にまた威圧的に浮かんでくる。

その意味でマスメディアは,現代において内なる他者を形成する大きな要素 であると言えよう。マスメディアによって「社会」が広がり,その拘束力は格 段と強くなった。読者や視聴者の代表をもって任ずろ記者やキャスターは,

「社会」という内なる他者を彼らに刷り込む。言っているのは,対象化されう る特定の記者やキャスターではなく「市民」や「庶民」もしくは「国民」とい うことになる。また記者やキャスターに限らずメディアに登場する様々な「評 論家」,「知識人」,街頭の人々の数の多さが,特定化不可能性,つまり対象化 不可能性を助長する。さらに日本においては記者,ニュース原稿執筆者や編集 者が匿名である(あるいは目立たないように表示される)ことが多く,それが 彼らの対象化を一層困難にしている1M)。

人々はこうしたメディアを自らの選択で受け入れる。彼らにはテレビを見る

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義務も新聞,週刊誌を読む義務もない。あくまでも自分の意志で受け手となる のである。しかし見ないでは,読まないではいられない。ついついスイッチを 入れてしまう。ページをめくってしまう。いやたまたま通りかかった巨大スク リーンにニュースが流れている。砺車の広告が目に飛び込んでくる。読者や視 聴者は,善悪の事例を「学習」し,提示された悪に「義憤」を覚え,場合によっ ては自分が悪として「社会に」糾弾される不安に駆られるのである115)。

こうした「社会」(あるいは「llt間」,「皆」,「国民」,「庶民」,「市民」)とい う形で私の内に宿った価値基準から,サルトルの言うように完全に解放される ことが極めて難しいのは言うまでもない。フロイトおよびその継承者たち(ラ カンを含む)にとっては,最初に出会う他者である親との関係が無意識を形成 する土台となる。コンプレックスとは,親に対する近親相姦的,場合によって は同性愛的な欲望が惹き起こす障害である。精神分析はそれを解き明かすこと でコンプレックスの解消を目指す。これは,無意識に沈んだ親との関係を明る みに出すことで変え,さらに親との関係が決定した,その後の他の人々との関 係をも変えようとすることであるが,その関係を一切洗い流してしまおうとす ることではない。それに対してサルトルは,幼児期の体験を重視するものの,

内なる他者を親に還元しない。内に宿った他者は「根源的」であっても,あく まで本人が選択する集団的な価値観であるから,徹底的に消去することが可能 であると彼は考える。しかしサルトルは,あるいは自分流の精神分析を考案し,

あるいは革命に期待し,さらには自他の自由を疎外する危険のある気前のよさ に訴えて解放の手段を色々提案するが,結局それらを具体的に深めるに至らな い。このこと自体が,サルトルにとっても内なる他者からの解放がいかに困難

であるかを示しているのではないだろうか('6)。

解放は常に正しいか?

しかしさらなる問いが生じる。そもそも内なる他者から我々は何としても徹 底して解放されねばならないのだろうか。いやそれどころか,内なる他者から 完全に解放されることが望ましいのだろうか。内なる他者とは集団的な価値観 である。善悪,それに基づいた義務,権利などとして,共同体の成員が受け入 れる基準である。伝統や慣例を基にした必ずしも明文化されない形で,既にあ るものとして,幼少期から様々な教育を通じて,つまり他者として身に付ける

「何ものか」である。「椛利」や「義務」は法によって明文化されたものと思わ

(11)

内なる他者 157 れがちだが,本来共同体で暗黙に受け入れられてきたものを,共同体の内外に 認識させる場合,あるいはそれまで受け入れられていなかったものを新たに設 定する場合に,法によって明確化されるにすぎない。サルトルにとってこのつ かみ所のない他者性が自由の疎外を惹き起こす。実際彼は,短編集『壁」

(1939年)に収められた『一指導者の幼年時代』において「権利」に固執して 自由を見失った主人公を戯画的に描き,『倫理学ノート』では自由による反省 を経ない他者としての「権利」,「義務」を批判している(CM.p、497,pl99)。

しかしこのような他者としての価値基準は,時代,地域を問わずいかなる共 同体にも存在する。いやこれがなくして共同体は成り立たないと言ったほうが いいかもしれない。内なる他者のない社会(サルトル自身が暴力的な高揚の瞬 間,もしくは返礼の義務を感じさせない贈与という具合に極めて抽象的にしか 提示していない状況)とは,全ての成員が全ての規範を明確な議論によって事 あるごとに決定する社会となるだろう。完全にそのように運営される社会は言 うまでもなく理念的なものに過ぎないが,それに少しでも近い社会を作ろうと することは,実は多大な労力と困難を伴うのではないか('7;。いちいち全てを議 論しなくてはならない社会とは,生活不可能な社会ではないか。

ビエール・ルジャンドルは,共同体を成立させる根本的な規範とは,守るべ きものとして演出された形で成員に提示されるが批判的議論の対象にならぬも の,つまり「禁忌くInterdit>」であると述べる。彼に言わせると,西洋近代 においては科学によってこの「禁忌」を破壊することが進歩の証とされてきた が,実は科学自体が禁忌となってしまった。規範の根拠を,科学的手法の体現 者をもって任ずろ自分に置く傾向が一般的になったのである('8)。結果として自 由と自由は衝突し,調停の基準は共有されない。サルトルの名は引用されてい ないが,彼の自由の倫理に対するアンチテーゼであると言えよう。

いつの時代でもどの地域でも,根本的な規範は「科学的な証明」に基づいて はいない。そのまま受け入れるしかないという意味で「禁忌」なのである。こ れを議論の対象にして相対化してしまうと社会の存立が危うくなる。「汝殺す なかれ」を内なる他者として宿さない者にいかなる説得が可能であろうか。

内なる他者とは結局,それから解放されることは不可能な,少なくとも永続 的に解放されることは不可能な存在,それどころか人間共同体を作り,保った

(12)

めに不可欠な存在であるとも言える。しかしだからと言って,サルトルの自由 へ向けた倫理を否定してしまってはならないだろう。内なる他者は自由を疎外 するのであり,この疎外が自由と自由のぶつかり合う社会の均衡を保つにせよ,

共同体の成員にとって生を生きがたいものとするのである。

『倫理学ノート」が書かれたのとほぼ同時期の1949年に発表されたジョージ・

オーウェルの『1984年」は,内なる他者が絶望的に支配する社会を戯画的に 描いている。旧ソ連の圧政が表面化しつつも,西側諸国の多くの知識人たちが 社会主義に何らかの期待を寄せていた頃,オーウェルは近未来における統制社

会を社会主義国家という形で提示した。存否が明らかでないビッグブラザーが

全ての者を監視する社会,至るところに設置された「テレスクリーン」を通じ て,自分はいつ何時見られているか分からないのに,自分は監視人を見ること のできない社会('9),党の者同士が監視し合い,「反革命」分子を告発する社会。

ソヴィエト社会主義が崩壊して10年以上経った現在,「ビッグブラザー」は自 由主義社会における情報管理の恐怖を象徴している。交通手段,マスメディア,

インターネットの発達に伴う「社会」の飛躍的な拡大とともに疎外も規模を拡 大する傾向がある。私を見つめ,支配する他者は,もはや国中の人々ばかりで なく,世界中の人々を含む漢とした集合体である。そしてそれを統括する何も

のかがいるが,特定化できないのだ。

このような状況において,我々は不可欠である内なる他者と不可能な折り合

いをどうつけていけばよいのだろうか。サルトルの提示するジュネの解放にヒ ントがあるように思われる。ジュネは自らの作品を気前よく「社会」に提供し

たが,実は読者を罠にはめ,読者の心に潜む悪を自覚させた。彼は読者の内な

る他者となったのである。こうしたジュネの贈与は,サルトルによれば,ジュ

ネにとっても読者にとっても解放の契機となりうる。自分の内に宿った他者に

気づくことはそれからの解放の前段階となるのである。しかし読者が解放され

ない限り(完全な解放は一時的にせよありえないだろう),この毒入りの贈り

物は内なる他者として読者の自由を疎外することになる。結局,何らかの形で

自らが相手の内なる他者となることによって,相手の自由を疎外し,それによっ

て自らの自由をいくらかでも取り戻すこと。しかし相手の解放への可能性を基

礎付けつつ,自らの疎外も受け入れること。この相互性の承認こそ,自らの内

にあって自らでない「何ものか」と付き合って,自らの周囲の数多くの他者と

自由をせめぎ合わせながら生きていく-つの手段かもしれない。実はこれこそ

(13)

内なる他者 159 サルトル自身が実践したことではなかろうか。彼が提供した膨大な作品,『現 代」などのメディアは,気前のよい贈与であったと同時に,当時の人々のみな らず次の世代の内なる他者となったと言える。さらには,名の知れない数多く の「市民」が投書,投稿,街頭インタヴュー,インターネットという様々な手 段によって「作品」を発信し,社会の内なる他者を形成しつつ,自ら疎外され ているのである。

《注》

(1)Jean-PaulSartre,LEt”αノe〃、α"t・Essafab"l0/OgieP"`"0腕、"olOgi9"e,

Gallimard,1943,《Bibliothequedesld6es》,1970,以下ENと略す。

(2)「存在と無」において動物に関する記述は特にない。しかしサルトルは,目11l な選択を,人間を人間とあらしめるものとみなしているから,サルトルにとって 動物は即自存在であると考えられる。存在を二分法で切り,動物に意識を認めな いという点でサルトルの考え方はデカルト的伝統に忠実であると言える。

(3)rエロストラート』の執筆に関してシモヌ・ドーポーヴォワールは述べている。

「私たちの矛盾の一つは,私たちが無意識を認めなかったにもかかわらずⅢジー ドもシュルレアリストたちも,また私たちの抵抗とは製腹にフロイト自身も,全 ての人間の内に『砕くことのできない闇の核』があることを私たちに確信させて いたことである。社会燗例や決り文句を突き破るには至らないが,時としてとん でもない具合に破裂する何ものかである。」SimonedeBeauvoir,LcJFb花cde ノ1A9℃,Gallimard,1960,p,135.

(4)Jean-PaulSartre,Qzh池潅PC”皿"e〃lomle・Gallimard,《Bibliothequede Philosophie》,1983;以下CMと略す。

(5)これを本論では目前にいる生身の他者と区別して「内なる他者」と称する。サ ルトル自身はどちらも《Autre》,《autrdM(autrui》と称しており,「内なる他 者」という用語は川いていない。

(6)『存在と無」においては,ポトラッチの破壊性と他者に対する拘束性が所有と いう観点から触れられている。ものを破壊することも与えることも,自由に処分 するという意味で私の所有を確固とするのである。Cf.ENp、655.

(7)Bi6Jわ,1箙ann6e,n.5,maLjuinl950,pp3-5;Les71e7”sMbdemes,n゜57.

juilletl950,ppl2-47;no58oaoqtl95qpp、193-233;n゜59,septembrel950、pp、

402-433;n.60,octobrel950,pp、668-703;n.61.novembrel95qpp848-895;

n.62,d6cembrel950,pplO38-IO70、CfMichelContatetMichelRybalka,Les Ec河応desαγZ",Gallimard,1970,pp227-228

(8)JeanPaulSartre,Sα”Ce"efCbPPz6dだ〃elMzmノバ《⑮uvrescompl6tesde JeanGenetl》,Gallimard,1952,[1981];以下SGと略す。

(9)例えば『自由への道』第2部『猶予』において,フィリップの母親ラカズ夫人 が彼の精神分析医および義父,雑誌編集者を非難する場面(CfJean-PaulSartre,

(14)

⑬拠り”Sm柳α"es9zdes,Gallimard,《BibliothequedelaPl6iade’'1981,p864),

あるいは『シチュアシオン』第9巻に収められた「テープレコーダーの男」にお

いて,「患者」が精神分析医を逆に対象化して「分析」してしまう事例(Cf

Jean-PaulSartre,《L'Hommeaumagn6tophone》S”α"0打s,IXGallimard,

l972ppP329-337)を参照のこと。

(10)CfJeanCocteau,ノDWmQlJLeHzss6d銃"‘Gallimard,1984,p391;Annie

Cohen-SolaLSaアノ”,Gallimard,1985,p、415を参照。

(11)確かに後に「弁証法理性批判』第1巻(1960年)で,例えばパステイーユ襲 撃の際に形成された「融合集団」が疎外からの解放の場として提示される。それ までただそこに居合わせたという以外のつながりしか持たない(つまり互いに他 者である)人々が,共通の目的に駆られて暴力を媒介にして一体化する(つまり 同じ者となる)。しかしここでは根源的選択すなわち内なる他者による疎外とい う視点は扱われず,互いに無関係な他者と他者の関係という人間疎外が扱われる。

(12)CfSimonedeBeauvoir,LaFb極叱sChoseaGallimard,《Soleil》,1963,

p218.

(13)佐伯啓思は,『「市民」とは誰か」において,日本の「市民」という概念の特権 的なニュアンスと明確性の欠如を論じている。その意味でこの本は「市民」がい かに日本人の内なる他者となっているかを明らかにしていると言える。Cf佐伯 啓思,『「市民」とは誰か:戦後民主主義を問いなおす」,PHP研究所,「PHP新

書」,1997.

(14)記者や編集者の安全のために匿名が採られることもあるが,そうでない場合で

も匿名が多い。また取材者,執筆者,添削者が別々であることも多いが,それで も文責者を決めることもできるし,関わった者全員の名を載せることもできるは ずである。結局マスメディアに携わる人間が,匿名性の効果を意識的に,もしく は直感的に利用しているからではないだろうか。.

(15)マスメディアの送り手も,匿名,あるいは実名を伝えていても顔の見えない無 数の受け手から送られる批判を受けており,これが内なる他者となって彼らを疎 外していると言える。他方インターネットの場合は,送り手が膨大な数に及び,

彼らの匿名性も実名性も徹底する傾向がある。全くどこの誰だか分からない場合

もあれば,氏名,顔写真,履歴など事細かに公開する送り手もいる。不特定多数 の送り手と受け手がそれぞれの基準に従って交信し,それぞれが互いに全くかみ 合わない「世間」や「市民」を想定する場合も生じると考えられる。しかし少な くとも現在において,マスメディアとの大きな違いは,積極的に機械を操作しな い受け手には情報が伝わりにくいと言う点にある。従って比較的限られた人々の

内なる他者を形成するとも言える。もっともこうした受け手が他の人々に情報を

伝え,彼らの内なる他者の形成に二次的に関わることも多いだろう。

(16)実際サルトルは,『ポードレール』(1947年〕においては根源的選択にしがみ

つく詩人を断罪しているのに対して,『家の馬鹿息子」(1971年,1972年)にお いては,それがいかに越えがたいものであるかを認めている。

(17)フランシス・フクヤマは,共同体成員の信頼感という「社会資本」が多い国で

は,伝統,慣行などの不文律が法律や契約などの細かい明文規則を簡略化し,効

(15)

内なる他者 161 率の良い産業活動が可能になり,結果として巨大資本による企業が生まれやすい

と述べている。CfFrancisFukuyama,T7wst、7汎eSocjtzノW7mesq"atheC”α‐

tjo〃Q/PmSpe流砂,FreePressPaperback,1996.

(18)CfpierreLegendre,S脚rla9"estjo〃dog腕α胸WCC〃OCC〃e"ムFayard,1999.

「禁忌」の定義に関してはp244

(19)これはジェレミー・ベンサムが紹介するパノプティコンの近未来版と言える。

パノプティコンは,放射状に独房が配置され,中心に監視所が設けられた刑務所

(もしくは監視を要する精神病院や学校寮など)である。監視人は ̄度に全ての 独房を見ることができないが,光の効果で独房からは監視人の影しか見えないの で,服役者は自分が実際にいつ見られているのかを知ることができない。Cf MichelFoucault,S脚γUeillerejm冗肱Mzissα"“deJtzP流so",Gallimard’1975,

《Tel》,2000,pp234-235.

(フランス文学,思想・経営学部助教授)

参照

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