九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
倉橋由美子文学における女性像および女性論につい ての研究
劉, 苗苗
https://doi.org/10.15017/1785343
出版情報:Kyushu University, 2016, 博士(比較社会文化), 課程博士 バージョン:
権利関係:Fulltext available.
倉 橋 由 美 子 文 学 に お け る 女 性 像 お よ び 女 性 論 に つ い て の 研 究
九州 大 学 大 学院 比 較 社会 文 化 学府 劉 苗 苗 平 成二 十 八 年六 月
【凡 例】 倉橋
由 美 子の 作 品 の引 用 に つ いて
、注 記 をつ け て いな い 箇 所は
、『 倉 橋 由美 子 全 作品
』( 全 八 巻)
( 新 潮 社
、一 九七 五 年 十月
~ 一 九七 六 年 五月
)に よ り
、『 倉橋 由 美 子全 作 品
』未 収録 の 作 品は そ れ ぞれ 単 行 本に よ る もの で あ る。
目次 序
論 ...
1 第 一章
夏
・海
・ 太 陽と 女 性 性
...
7 第一 節 倉橋 由 美 子と
『 異 邦 人』 と の 出会 い ...
7 第二 節
『 異邦 人
』 と「 夏 の 終 わり
」「 蠍た ち
」「 パッ シ ョ ン」
「 醜 魔 たち
」「 悪い 夏
」 にお け る 太陽 と 死 ...
8 第三 節
『 異邦 人
』 と「 夏 の 終 わり
」「 暗い 旅
」「 蠍た ち
」「 パッ シ ョ ン」
「 醜 魔た ち
」「 悪 い夏
」「 犬と 少 年
」に お け る太 陽 と 性 ...
15 第四 節
「 太陽 と 海 と灼 け た 砂
」を 背 景 とし た 性 行為
― 神 話的 な 光 景 ...
19 第五 節 太陽 と 反 世界 と 女 性 性 ...
24 第 二章
性 的倒 錯 に 生き る 女 たち ...
37 第一 節
「 蛇」 に お ける 男 性 化 願望 ...
37 第二 節
「 貝の な か
」「 密 告
」「 死 ん だ 眼」 に お ける 同 性 愛と サ デ ィズ ム
・ マゾ ヒ ズ ム
...
43 第三 節
「 聖少 女
」「 迷 宮
」「 婚 約」 に お ける 聖 女 にし て 娼 婦 ...
49 第四 節 女嫌 い と
「第 三 の 性
」の 形 成 ...
53 第 三章
男 性化 願 望 の挫 折 と 結婚 ...
61 第一 節
「 パル タ イ
」「 婚 約
」「 暗 い 旅
」に お け る結 婚 反 対論 者 と して の 闘 士 ...
61 第二 節
「 結婚
」「 妖女 の よ うに
」「 ヴ ァー ジ ニ ア」 に お ける 見 合 い結 婚 ...
66 第三 節 精神 的 な 恋愛 観 と 現 実的 な 恋 愛観 の 狭 間 ...
71 第四 節 男性 化 願 望の 挫 折 と 結婚 ...
77 第 四章
倉 橋文 学 に 見る ボ ー ヴォ ワ ー ル受 容 ...
83 第一 節 ボー ヴ ォ ワー ル
『 第 二の 性
』 の受 容
―
「私 の
「 第三 の 性
」」 を 中 心に ...
83 第二 節
「 暗い 旅
」 にお け る ボ ーヴ ォ ワ ール 受 容
―『 女 ざ かり
』 と 比較 し て ...
94 第 五章
解 体し た 母 性神 話...
113 第一 節
『 アマ ノ ン 国往 還 記
』「 ど こ に もな い 場 所」
「 蠍 た ち」 に お ける 肥 満 した 母 親像 ...
113 第二 節
「 蠍た ち
」 にお け る 母 親殺 し ...
119 第三 節
「 婚約
」 に おけ る 我 が 子を 食 ら う母 親 ...
124 結 論 ...
141 参 考文 献 ...
144 付 録 初 出一 覧 表
1
序論 一
、倉 橋 由 美子 と そ の文 学 一九 一 一 年九 月
、日 本 最 初 の女 性 文 学雑 誌『 青鞜
』が 創刊 さ れ
、新 し い 女た ち が 文壇 に 登 場 し、 表 現 の主 体 と なっ た
。同 じ 女 性 文学 と し ても
、戦 後を 境 目 に し、 大 きな 変 貌 を呈 し て い る。 戦 後 にな っ て
、男 女 平 等教 育 の 中で 成 長 して き た 女性 作 家 たち が 自 分な り に 新 しい 表 現 の可 能 性 を探 り 出 そう と し た。 そ の よう な 時 代の 流 れ のな か で
、反 リ アリ ズ ム の 観念 的 小 説 の世 界 を 構築 す る こと に 成 功し た の が、 倉 橋 由美 子 で あ る。
「第 三 の 新人
」以 降の 新 世 代 作家 で
、石 原 慎 太 郎、 開 高 健、 大 江 健三 郎 と並 び 称 せ られ て い る倉 橋 由 美子 は
、一 九三 五 年 一〇 月 一
〇日
、高 知 県 で歯 科 医 の長 女 と して 生 ま れた
。土 佐 中 学校
、土 佐 高等 学 校 在学 中 か ら文 学 を 愛好 し 始 めた が
、医 学 部受 験 に 失敗 し
、一 年間 京 都 女 子大 学 国 文科 に 籍 を置 く が
、一 九 五 五年 四 月 日本 女 子 衛生 短 大 に入 学 し た。 翌 年 自分 の 助 手 にさ せ た いと い う 父の 希 望 に背 き
、ひ そ か に 明治 大 学 文学 部 仏 文科 に 入 学し
、斉 藤正 直 の 指 導を 受 け
、中 村 光 夫に 学 ん だ。 卒 業 後大 学 院 に進 学 し た が、 一 九 六二 年 父 を失 い
、大 学院 を 中退 し た
。一 九 六 四 年結 婚 し
、一 九 六 六 年よ り 米 国 のア イ オ ワ州 立 大 学に 留 学
、翌 年 帰 国 し た。 二
〇
〇 五年 六 月 一〇 日
、拡 張 型心 筋 症 によ り 六 九 歳で 没 し た。 主 な 作 品 には
、『 パ ル タ イ』
(一 九 六
〇
)『 暗い 旅
』( 一 九 六一
)『 ス ミ ヤ キス ト Q の冒 険
』( 一 九 六九
)『 大 人 の ため の 残 酷童 話
』( 一 九 八 四) な ど があ る
。ま た
、『 わ たし の な かの か れ へ』
( 一 九七
〇
) な どの エ ッ セイ
・ 評論
、『 新 訳 星の 王 子 さま
』( 二
〇
〇 五) を は じめ
、児 童 文 学 の翻 訳 も 多 く手 が け た。 倉橋 由 美 子は 一 九 六〇 年『 明 治 大学 新 聞
』に
「 パル タ イ
」を 発表 し
、当 時の 選 者 で ある 平 野 謙に
「 以 前大 江 健 三郎 の 処 女作 を『 東大 新 聞
』に み つ けた と き に似 た 興 奮を
、私 はお ぼ え た
」1
と 賞 賛 さ れ、 華 々 し いデ ビ ュ ー を 果た し た
。 デビ ュ ー 以 来 旺 盛な 創 作 活 動を 展 開
、 文 学 作品 を 続 々と 世 に 送り 出 し たが
、文 学史 上 に おい て
、倉 橋 の 作 家活 動 時期 の 区 分 につ い て
、 ま だ定 ま っ た説 は な い。
『 日 本 女性 文 学 大事 典
』で は
、「 サル ト ル やカ ミ ュ や カフ カ
、安 部 公 房や 大 江 健三 郎 な どの 文 体 を意 識 し た方 法 意 識の ま さ っ た作 風 は、 三 十 九年 の 結 婚、 四 十 一 年か ら 一 年間 の ア メリ カ の アイ オ ワ 州立 大 学 大学 院 の ク リエ テ イ ブ・ ラ イテ イ ン グ・ コ ー ス での フ ル ブラ イ ト 留学 生 生 活を 経 て
、徐 々 に 変化 を 見 せる
。そ の頃 か ら能 や ギ リ シャ 悲 劇 に 関心 を 抱 くよ う に なり
、『 反 悲 劇
』に 影 響が 現 れ る」2
と 見な し
、作 風 や 影響 受 容 を根 拠 に し て、 結 婚 から ア メ リカ 留 学 終了 ま で の間
( 一 九六 四
~ 六 七) を 転 換期 と し て、 そ の 前 後の 倉 橋文 学 が 大き な 変 貌を 呈 し てい る と する
。 ま た雑 誌
『 昭和 文 学 研究
』 では
、「 便 宜上
、 倉 橋 由美 子 の 長い 作 家 活動 を 前 期・ 後 期 の二 期 に 分け
」 て おり
、「 前期 は 一 九六
〇 年 のデ ビ ュ
2
ー から 一 九 七一 年 ま で、 育 児 な どに よ り 作家 活 動 を「 開店 休 業
」し て い た 一九 七 二 年 から 一 九 七八 年 を 挟み
、「 城の 中 の 城」 連 載 を機 に 本 格的 な 作 家活 動 を 再開 す る 一九 七 九 年か ら 二
〇
〇五 年 死 去す る ま でを 後 期 と」3 し て いる
。 本論 文 で は、
『 昭 和文 学 研 究』 の 時 代区 分 に 従い
、 倉橋 の 文 学活 動 は 育児 な ど によ り 作 家 活 動を
「 開 店 休業
」し て いた 一 九 七 二年 か ら 一九 七 八 年 を転 換 期 に、 デ ビ ュー か ら 一 九七 一 年 まで を 前 期、
「城 の 中 の城
」連 載 を 機に 本 格 的な 作 家 活動 を 再 開す る 一 九七 九 年 か ら二
〇
〇 五年 死 去 する ま で を後 期 と する こ と がで き る と考 え て い る。
①前 期( 一九 六
〇
~一 九 七 一) 実 存 主義 作 家 カフ カ
、カ ミ ュ
、サ ル ト ル らに 強 く 影響 さ れ た この 時 期 は、 抽象
性・ 観 念 性 の強 い 作 品が 多 く 出版 さ れ た が、 結 婚や ア メ リカ 留 学 を経 て
、 日 本の 古 典 への 回 帰 が見 ら れ る
。主 な 作品 は『 パル タ イ
』( 一 九 六
〇)
『 暗い 旅
』( 一九 六 一
)『 ス ミ ヤキ ス ト Qの 冒 険
』( 一 九 六九
)
『 夢の 浮 橋
』
(一 九 七 一) な ど があ る
。
②転 換 期( 一 九七 二
~ 一九 七 八
)「 開店 休 業」 の 看 板を 掲 げ、 育 児に 専 念 し、 新作 の 刊 行 は ほと ん ど ない
。
③後 期( 一九 七 九
~二
〇
〇 五) 一 九 七七 年 に シェ ル・ シル ヴ ァ ス タイ ン『 ぼく を 探 しに
』 で 初の 翻 訳 に挑 む
。以 後、 文 学 活 動 の重 点 が 翻訳 作 品 に置 か れ るよ う に なり
、こ の 時 期に 完 成 した 小 説 作品 は 少 ない が
、 エッ セ イ 集や 翻 訳 作品 が 数 多 く出 版 さ れた
。 倉橋
の 前 期作 品 は カフ カ
、カ ミ ュ
、サ ル ト ル ら実 存 主 義 作家 の 影 響が 色 濃 く見 ら れ る が、 後 期と な る と、 そ の 抽 象性
・観 念 性 の強 い 作 風が 一 転 して
、イ デ オ ロギ ー や 神 話・ 伝 説
、古 典 作 品 の 枠 組み に よ っ て 現 実 を 裁 断 す る 作 品 群 へ と 変 化 し て いく
。 時系 列 を 追 っ て 作 品 を 読 ん で い け ば、 倉 橋 の 女 性 観 が 作 風 の 変 化 と 連 動 し て 大 き な 振幅 を 示し て い る こ と が 分 か る
。倉 橋 文 学に お け る女 性 像 の変 化 を 辿る こ と によ っ て
、そ こ に 表現 さ れて い る 女 性像 の 特 質 を総 合 的 に把 握 し 解明 し よ うと す る こと が 本 論文 の 目 的 であ る
。 二
、倉 橋 由 美子 に つ いて の 先 行研 究 及 び問 題 提 起 文 芸 誌 に よ っ て 倉 橋 由 美 子 の 特 集 が い く つ か 組 ま れ て お り
、「 高 橋 和 巳 と 倉 橋 由 美 子
」
(『 解 釈 と 鑑賞
』一 九七 一 年 八月
)、
「倉 橋 由 美子
」(
『ユ リ イ カ
』一 九八 一 年 三月
)、
「 追悼 倉 橋 由美 子
」(
『 新 潮』
『 文 学界
』『 群 像
』、 二
〇
〇五 年 八 月
)、
「 倉 橋由 美 子 の魔 力
」(
『 文 学界
』、 二
〇
〇 九 年 四月
) が 挙 げ ら れ る
。「 高 橋 和 巳 と 倉 橋由 美 子
」 は 批 評 史 を ま と め
、 政 治 と 性
、 表 現方 法
、カ フカ と の かか わ り 等、 倉 橋 を めぐ る 多 角 的な 問 題 を整 理 し てい る
。倉 橋 の生 前
3
に おい て
、文 芸 誌 が 倉橋 由 美 子を 特 集 する の は
、『 ユリ イ カ
』( 一九 八 一・ 三) が 最 後 で ある
。
『 ユリ イ カ
』の 特 集「 倉橋 由 美 子」 は『 解 釈 と鑑 賞
』の 特 集か ら 丁 度十 年 が 経過 し て いる が
、 そ の間 倉 橋 は育 児 に 専念 し
、新 作の 刊 行 はほ と ん どな さ れ てい な い
。注 目す べ き は『 夢の 浮 橋
』( 一 九 七一
)『 城 の中 の 城
』( 一 九 八〇
) が 刊行 さ れ、<
桂 子 さん シ リ ーズ>
が 開 始さ れ た こ と、
『倉 橋 由 美子 全 作 品』
( 全 八巻
)が 刊 行 さ れ、 そこ に 倉 橋自 ら に よる
「 作品 ノ ー ト」 が 掲 載さ れ た こと で あ る。 桂 子 さ んシ リ ー ズは
、そ れ ま での 作 風 とは 大 き く異 な り
、初 期 作 品 に 見 ら れ た カフ カ や カ ミ ュ の 直 接 的 な 影 響 は 見 ら れ な い
。 こ の作 風 の 大 き な 変 化 を ど う 捉 え るか が
、『 ユ リ イ カ』 の 特 集で も 寄 稿者 共 通 の問 題 意 識と な っ てい る
。 次に 倉 橋 に関 す る 文章 が ま と めて 雑 誌 に掲 載 さ れる の は
、『 群 像
』『 文 学 界
』『 新 潮
』の 追 悼 特集
(二
〇
〇 五・ 八) で あ る。 すな わ ち
、二 十 年も の 間
、倉 橋 を評 価 しよ う と い う試 み は 行 われ な か った の で ある
。そ の 間、 倉橋 は 作 品を 発 表 して い な かっ た の では な く
、代 表的 な 作 品に 数 え られ る
『 大人 の た めの 残 酷 童話
』『 アマ ノ ン 国往 還 記』 や<
桂 子さ ん シ リー ズ>
の 続 編と な る 作品 の 数 々を 発 表 し続 け て いた
。に も か かわ ら ず
、倉 橋 を 正 面か ら 捉 え、 論 じ
、 そ の 価 値 を 明ら か に し よ う と い う 大 き な 流 れ は 一 九 八 一 年 を 最後 に 途 絶 え て し ま う の で あ る
。
『ユ リ イ カ』 の 特 集以 後
、特 に 倉 橋 の 死去 に と もな い
、榊 敦 子 や 菅聡 子 を は じめ
、倉 橋 を 再 評 価 し よ うと す る 動 き が 高 ま っ て き た
。 二
〇
〇 八 年 三 月 倉 橋に 関 する 先 行 研 究 や 書 誌 情 報 をま と め た『 人 物書 誌 体 系 38 倉 橋 由 美子
』( 田中 絵 美 利、 川 島 みど り 共 編) が 刊行 さ れ て いる
。ま た 二〇
〇 九 年三 月『 昭 和文 学 研 究
』に よ っ て 倉橋 の 研 究動 向 が 取り 上 げ ら れて い る
。し か し
、現 在 に 至る ま で、 倉 橋 に関 す る 単行 書 は 高橋 斗 志 美の
『 倉 橋由 美 子 論』
( サ ン リ オ出 版
、 一九 七 六 年七 月
) の一 冊 の みで あ る
。高 橋 は
「パ ル タ イ」 か ら「 夢 の 浮橋
」( 一 九 七一
) ま での 作 品 を追 い
、 その 反 世 界的 構 造 を照 射 し よ うと 試 み てい る
。
「洋 服 精 神 で 押し と お し てき た 女 流 作 家」4 と 評 価 さ れる よ う に
、 倉橋 文 学 は 実 存主 義 作 家 か ら 栄 養 を取 っ て い た た め
、 抽 象 的 か つ 観 念 性 の 強 い 作 風 が日 本 の伝 統 文 学 か ら 外 さ れ て
、王 道 の 文 学と か な り距 離 を 取る 位 置 に 置か れ て いる
。そ の ため
、一 時 期 文壇 で は 収ま り の 悪い 作 家 とし て 時 には 非 難 され
、 時 には そ の 存在 を 無 視さ れ る とい う 扱 いを 受 け てき た
。 し かし
、い ろ いろ な ジ ャン ル
、い ろい ろ な 作品 が 寛 容 に鑑 賞 さ れ、 評 価 さ れ るよ う に なり つ つ ある 近 年
、倉 橋 文 学を 読 み 直す に は 絶好 の 土 壌が 与 え られ て い ると 考 え られ る
。休 業以 前
、
「 夢の 浮 橋
」( 一 九 七〇
) ま での 活 動 につ い て は比 較 的 に多 く 論 究さ れ て いる が
、 綿密 な 作 品 論は 少 な い。 以 上 の 背景 を 踏 まえ
、本 論 文は 倉 橋 の 小説 の 大 部分 を 取 り上 げ て
、以 下の よ う に問 題 提 起す る
。
4
① 性の 捉 え 方、 愛 と結 婚 と の関 連 性
、そ し て 母性 感 覚 とい っ た 点に お い て、 倉 橋 文学 に おけ る 女 性像 が ど のよ う に 表 現さ れ て いる か
。
② 作風 の 変 化と と も に、 倉 橋 文 学に お け る女 性 像 も変 化 し て いく
。そ の変 化 を ど う捉 え るか
。
③ そう い う 女性 像 の 変化 に は 海 外文 学 が どの よ う に関 わ っ てい る の か。 上記 の 三 点の 問 題 を考 察 す る こと で
、倉 橋 文 学を 再 検 討し
、再 評価 す る こと が 本 論文 の 目 的 であ る
。倉 橋 の 小 説の 大 部 分を 取 り 上げ
、そ こ に 表 現さ れ て いる 女 性 像の 特 質 を 総合 的 に 把 握し 解 明 しよ う と する こ と が本 論 文 の目 的 で ある
。 三
、本 論 文 の目 的 と 構成 本論 文 は
、倉 橋 由 美子 の 文 学作 品 に おけ る 女 性像 に つ いて 考 察 する こ と を目 的 と する
。ま た
、倉 橋 の 女 性像 の 形 成に 重 要 な 影響 を 及 ぼし た と 考え ら れ るシ モ ー ヌ・ ド・ ボ ー ヴォ ワ ー ル の作 品 を 取り 上 げ
、倉 橋 文 学特 に 女 性論 と の 影響 関 係 を 明ら か に した い
。 論文 の 構 成は 次 の 通り で あ る。 第一 章 で は倉 橋 文 学に お け る 夏・ 海・ 太 陽 を舞 台 と する 作 品 群を 取 り 扱い
、太 陽 に 焦点 を あ て、 太 陽 と 死、 太 陽 と 性と い う 二 つの 点 に おけ る 共 通点 を 確 認し な が ら、 神 話 的 要 素を 漂 わ せて い る 近親 相 姦 やレ イ プ とい っ た 相違 点 に 着目 し
、そ れ を 突 破口 に
、倉 橋 文 学 に おけ る 女 性性 に つ いて 考 察 する
。 第二 章 で は、 同 性 愛
、近 親相 姦
、サ ディ ズ ム・ マ ゾ ヒズ ム な ど、 ゆ が ん だ行 為 を 好ん で 行 う 女 主 人 公 に着 目 し
、 そ う い っ た 性 的 倒 錯 に 生 き る 女 主 人 公 たち の 言 動 を 分 析 す る こ と に よ って
、倉 橋が ヒ ロ イン た ち の倒 錯 的 愛を 通 し て表 現 し よう と し たこ と を 究明 す る
。倉 橋 は
「 貝の 中
」「 死 ん だ 眼」 な ど の作 品 に おい て
、 レス ビ ア ン・ ラ ブ
、ゲ イ
・ カッ プ ル
、そ し て 男 性間 の サ ディ ズ ム・ マ ゾ ヒ ズム
、聖 女に し て 娼婦 と い う モチ ー フ を取 り 入 れ、 男 性 に「 裏 を 提供 す る
」あ る い は妊 娠 す ると い っ た「 第 二 の性
」の 体験 を さ せ たり
、女 性 を 性 的 快楽 か ら まっ た く 無縁 の 存 在と し て 描写 し た りし て
、 性へ の 新 し い考 え 方 を提 示 し よう と す る。 第三 章 で は、 当 時
、見 合結 婚 を 蔑 視す る 社 会風 潮 が 流行 す る なか
、同 時 に 複数 の 人 間と 恋 愛 を 謳 歌 す ると い う 時 代 の 先 端 を 切 る 生 き 方 を 実 行 す る 女 主 人公 も 造形 さ れ る が
、 倉 橋 文 学 にお け る 女主 人 公 は「 結 婚
」と い う 作品 を 分 岐点 に
、結 婚 反 対 論 者か ら
、見 合 結 婚 の 実践 者 へ と 変 化 して い く
。 女 主 人 公 の 言 動 に は 当 時 の 流 行 要 素 や 社会 状 況 を 反 映 す る 要 素 が 盛 り 込ま れ た ため
、女 主人 公 の 言動 を 読 み解 く こ とは
、当 時の 社 会 状況 を 把握 す る に は絶 好 の 材 料を 提 供 して い る
。
5
第四 章 で は
、「 倉 橋 の 女 性論 の 基 本
」5
と 言 わ れ る
「わ た し の
「 第三 の 性
」」 の成 立 と シ モ ー ヌ・ ド・ ボ ー ヴ ォワ ー ル から の 影 響に つ い て論 じ る
。「 わた し の「 第 三 の性
」」 以 外に も
、 倉 橋の 作 品 特に
「 暗 い旅
」に おけ る「 あな た が た」 の 関 係の 背 後 には ボ ー ヴォ ワ ー ル とサ ル ト ル と の 関 係と 同 様 な 性 愛 関 係 と 理 論 的 関 係 が 働 い て い る よ うに 思 わ れ る
。 ボ ー ヴ ォ ワ ー ル が 生 涯 を 通し て 実 践 す る 契 約 結 婚 を 取 り 上 げ た 作 品 と
、 倉 橋の 作 品お よ び エ ッ セ イ と を 比 較す る こ とに よ っ て、 倉 橋 の女 性 論 思想 を 明 らか に す る こと を 目 的と す る
。 倉橋 文 学 にお け る 母親 は 肥 満 した 体 つ き、 旺 盛な 食 欲
、不 気 味 な眼 な ど の持 ち 主 とし て 表 象 され る こ とが 多 い
。第 五 章 で は
、そ う い った 母 親 像 の造 形 に テリ ブ ル・ マザ ー の イメ ー ジ を 取り 入 れ た可 能 性 につ い て 検討 す る
。肥 満 し た母 親 像 以外 に は
、母 親 殺し が 大 き な共 通 点 と して 挙 げ られ る
。母 親 殺 し 以外 に
、母 が 我 が子 を 食 べる と い うグ ロ テ スク な 話 も 出て く る
。 母 親殺 し が 最も グ ロ テス ク に 描か れ た
「蠍 た ち
」、 そ し て我 が 子 を食 べ る 母親 を 描 い た「 婚 約
」を 中 心 に考 察 し
、ユ ン グ のい わ ゆ る母 親 の 元型 で あ る「 グ レ ート マ ザ ー」 そ し てフ ロ イ ト の「 同 一 視
」と い う 概 念を 援 用 し
、そ う い っ たグ ロ テ スク な モ チー フ が どの よ う な プロ セ ス を経 て 産 み出 さ れ たの か
、 また そ の 背後 に 潜 む倉 橋 の 真 意を 解 読 した い
。 この よ う な研 究 を 通し て
、 次 のよ う な 成果 が 期 待で き る と考 え ら れる
。
① 性 の捉 え 方
、愛 と 結婚 と の 関連 性
、そ し て 母 性感 覚 と いっ た 点 から
、倉 橋 文 学 にお け る 女 性像 を 全 体的 に 把 握す る
。
② 倉 橋の 女 性 像の 成 立 に影 響 を 与え た 海 外文 学 と の関 連 性 を 提示 す る
。
③ 倉 橋 の 女 性 論 思 想 の 成 立 に 決 定 的 な 影 響 を 及 ぼ し た ボ ー ヴ ォ ワ ー ル の 女 性 論 と の 影 響 関 係を 提 示 する
。
6
1
平 野 謙
「 今月 の 小 説( 下
)
」『 毎 日 新聞
』 東 京朝 刊
、 一 九六
〇 年 一月 二 九 日、 七 頁
2
市 古 夏 生
・管 聡 子
・浅 井 清
『日 本 女 性文 学 大 事典
』 日 本図 書 セ ンタ ー
、 二
〇〇 六 年 一月
、 一
〇五 頁
3
田 中 絵 美 利「 研 究 動向
倉 橋由 美 子
」『 昭 和 文 学研 究
』 五八 集
、 二〇
〇 九 年三 月
、 六四 頁
4
「 東 京 新 聞の
『 大 波小 波
』 が、 わ た くし の こ とを
、 洋 服精 神 で 押し と お し てき た 女 流作 家 だ とか
、 い って い ま した
」( 倉橋 由 美 子「 ロ マ ンと は 可 能か
」( 初 出『 文 藝
』一 巻 二 号、 河 出 書房 新 社
、一 九 六二 年 三 月)
『 わ たし の な かの か れ へ』 講 談社
、一 九七
〇 年 三月
、七 一頁
) と ある
。
5
谷 口 絹 枝「 倉橋 由 美 子[ パ ル タ イ] 論
―「 わた し
」の 存在 感 覚 から の ア プロ ー チ
―」
『 方位
』
( 熊本 近 代 文学 研 究 会) 一 三 号、 一 九 九〇 年 八 月、 一 四 二 頁
7
第一 章 夏・ 海・ 太陽 と女 性性 倉橋 由 美 子の 前 期 作品 に は
、夏
・海
・太 陽 を 舞台 と し て 登場 さ せ てい る 作 品が 多 い
。そ う い っ た 作 品 にお い て
、 理 由 の な い 殺 人 か 近 親 相 姦 あ る い は レ イプ が 行 わ れ る と い う 点 に お い て共 通 し てい る
。真 夏 の 海 岸、 砂 と 海と 太 陽
、そ の 中 で起 こ る 無意 味 の 殺人
、そ して 不 条 理 の観 念 と い っ た 点は い ず れ も ア ル ベー ル
・ カ ミ ュ
(AlbertCamus,
一 九 一 三
~ 一九 六
〇
) の『 異 邦 人』 と 奇 妙に 似 通 って い る
。し か し、 そ れ らの 作 品 は『 異 邦人
』と 異な り
、近 親 相 姦 ある い は レイ プ と いっ た 要 素が 付 加 され て い る。 夏・ 海・ 太 陽 と いう 舞 台 設定 を 考 える と
、 夏 は 陽 射 し が一 番 強 い 時 期 で あ り
、 そ し て 夏 の 陽 射 し が 照 り つけ る 広 々 と し た 空 間 と し て 海 は相 応 し い。 そ の ため
、夏 と海 は い ずれ も 太 陽を 際 立 たせ る 設 定と し て 提示 さ れ て いる と 考 えら れ る
。本 章 で は、 倉 橋 文学 に お ける 夏・ 海・ 太 陽 を 舞台 と す る作 品 群 を取 り 扱 い、
『 異 邦 人』 と 比 較し て
、太 陽 と 死、 太 陽 と 性と い う 二つ の 点 にお け る 共通 点 を 確認 し な がら
、神 話 的要 素 を 漂わ せ て いる 近 親 相姦 や レ イプ と い う相 違 点 に 注目 し
、そ れ を 突破 口 に して
、倉 橋 文学 に お ける 女 性 性に つ い て検 討 し てい く
。 第
一節
倉 橋由 美 子 と『 異 邦 人』 と の 出会 い 倉橋 は カ ミュ の『 異 邦 人』 に つ い て繰 り 返 し言 及 し て いる
。た と え ば、
「青 春 の 始 まり と 終 わり
」( 一 九六 六
)に お い て、 自分 の 人 生を 決 め た本 と し てカ フ カ の『 審 判』 のほ か に
、 カ ミュ の『 異邦 人
』を 取 り 上 げて い る
。仏 文 科 の学 生 時 代、 フ ラ ンス 文 学 と名 の つ くも の を 手 当た り 次 第読 ん で いた ら
、文 庫 本の
『 異 邦 人』 と 出 会 っ たの で あ ると
『異 邦 人
』と の 出 会 い を語 っ て いる
。そ し て、
「 真夏 の ア ルジ ェ の 海岸
、砂 と 海 と 太陽
、そ の なか で 響 きわ た る 銃 声、 理由 の な い殺 人
、裁 判 の 進行 に 対 する ム ル ソー の 拒 絶 と無 関 係、 そ し て不 条 理 の概 念
」 と いっ た も のの 魅 力 が「 田 舎 の 高校 で も っぱ ら「 教 養 主義
」的 読 書を し て きた わ た しの 内 部 を
、は げ し く 灼 いた の で し た」6 と 当 時 覚え た 猛 烈 な 感動 を 述 べ て おり
、 何 度 も繰 り 返 し 読 ん だと
『 異 邦人
』に 対す る 賞 賛を 惜 し まな か っ た。 そ れ に、 倉 橋 が愛 し た作 品 だ け を集 め た 書 評集
『偏 愛 文 学館
』に お い て
、「 カ ミ ュ の『 異 邦人
』は 戦 後 翻 訳さ れ た外 国 文 学 の中 で も 断 然輝 き を 失わ な い 名作 の ひ とつ で す
。そ れ に 今で も ま った く 古 くな っ て いま せ ん
。こ れ も 他 の「 敬 し て 遠 ざけ ら れ て いる
」 名 作 と は大 い に 違 うと こ ろ で す
」7
と 後 年 に なっ て も 依 然 と して
『 異 邦人
』 を 高く 評 価 する 姿 勢 を崩 し て いな い8
。 また
、倉 橋は
「 異 邦 人の 読 ん だ『 異 邦 人』
」( 一 九 六八
)に おい て
、「 わた し は まず 翻 訳 で『 異 邦 人
』を 読 ん だ
」9
と は っ きり 述 べ てい る
。『 異 邦人
』の 邦訳 は 窪 田啓 作 訳
、中 村 光 夫
8
訳 など い く つか の バ ージ ョ ン があ る
。倉 橋 は エ ッセ イ に おい て
、窪 田 啓 作訳 に 高 い 評価 を 与 え てい る
。た と え ば
、「 異 邦 人 の読 ん だ『 異邦 人
』」 にお い て
、「 窪 田 啓作 氏 の『 異邦 人
』 は たし か に 名訳 の 一 種だ っ た
」と し
、大 学 で『 異邦 人
』を フ ラ ン ス語 の テ キス ト に し て日 本 語 に訳 す と いう 中 村 光夫 の 翻 訳授 業 を 受け た 時 も、
「み ん な 窪田 氏 の 訳文
を「 参 照 し なが ら
」 訳 すの だ
」10
と 当 時を 振 り返 っ て 語 って い る
。そ れに
、「 偏 愛 文学 館
」に お い て
、「 窪 田 啓 作 氏の 邦 訳 の文 体 が あま り に も見 事 な ため で
、( 中 略
)邦 訳 は い ささ か 格 調高 く な り 過ぎ て い るの で す
。と は い うも の の、 カ ミ ュの フ ラ ンス 語 の 文体 を お 手本 に し て日 本 語 で 小説 を 書 け ばこ う な る、 と い うわ け で、 こ れ は当 時 小 説を 書 こ うと し て いた 人 た ちに 大 変 な 衝撃 を 与 え たは ず で す( 少 な く とも わ た し自 身 は そう で し た)
」11
と 窪 田 訳か ら の 影響 を 明 らか に し て いる
。そ して 当 時 の出 版 状 況に 前 述 した
「 文 庫本
」と いっ た 表 現 を考 慮 す ると
、倉 橋が 仏 文 科 時 代( 一 九 五 六年 四 月
~ 一 九 六
〇 年 三 月) に 出 会 い
、 愛読 し て い た の は 新 潮 文 庫 版 の 窪 田 啓作 訳
( 一九 五 四 年) で あ ると 考 え て差 し 支 えな い だ ろ う。 第
二節
『 異邦 人』 と「 夏 の終 わり
」「 蠍 たち
」「 パッ シ ョン
」「 醜魔 たち
」「 悪 い夏
」」 に お け る太 陽と 死
① 殺 意を 引 き 起こ す 要 因と し て の太 陽 か らの 逃 避
『異 邦 人
』は
、一 九 四
〇 年五 月 に 書き 上 げ られ
、後 の 一 九四 二 年 ガリ マ ー ル社 か ら 刊 行さ れ た、 人 間 社 会に 存 在 する 不 条 理を テ ー マに し た アル ベ ー ル・ カミ ュ( 一 九一 三 年 一 一月 七 日
~一 九 六
〇年 一 月 四日
)の 小 説 で ある
。刊 行 後 絶 賛さ れ る こと に よ って
、カ ミ ュ は 短い が
、 ま こ と に 栄 光に 満 ち た 文 学 的 生 涯 に む け て 出 発 し た
。 通 常 の 倫理 的 な 一 貫 性 が 失 わ れ る 男 ム ル ソ ー を 主人 公 に
、 理 性 や 人 間 性 の 不 合 理 を 追 求 し た カ ミ ュの 代 表 作 の 一 つ と し て 数 え ら れる
。 あ ら す じ は以 下 の 通 り で あ る
。 ア ル ジ ェ リ ア の ア ル ジ ェ に 暮ら す 主 人 公 ム ル ソ ー の も と に
、母 の 死 を知 ら せ る電 報 が 養老 院 か ら届 く
。母 の 葬 式の た め に養 老 院 を訪 れ た ム ルソ ー は 涙 を流 す ど ころ か
、特 に 感 情 を示 さ な かっ た
。葬 式 の 翌 日、 海 水 浴 に行 き
、以 前 同 じ 事務 所 で タイ ピ ス トと し て 働い て い たマ リ ー・ カ ル ド ナと 関 係 を結 び
、映 画 を 見て 笑 い 転 げる な ど 普 段と 変 わ らな い 生 活を 送 る が、 あ る 日、 友 人 レエ モ ン のト ラ ブ ルに 巻 き こま れ ア ラ ビア 人 を 射殺 し て しま う
。ム ルソ ー は 逮捕 さ れ
、裁 判 に か け られ る こ とに な っ た。 裁 判 で は母 親 が 死 ん で か ら の普 段 と 変 わ ら な い 行 動 を 問 題 視 さ れ
、 人 間 味 の かけ ら も な い 冷 酷 な 人 間 で あ る と糾 弾 さ れる
。裁 判 の最 後 で は
、殺 人 の 動 機を
「 太 陽 の せい だ
」と 述 べた
。死 刑 を宣 告 さ
9
れ たム ル ソ ーは
、懺 悔を 促 す 司祭 を 監 獄か ら 追 い出 し
、死 刑 の 際 に人 々 から 罵 声 を 浴び せ ら れ るこ と を 人生 最 後 の希 望 に する
。
「『 異 邦人
』の 哲学 的 翻 訳」
( サ ルト ル
)と いわ れ る『 シ ー シ ュポ ス の神 話
』の あと が き に おい て
、清 水 徹は
「 小説
『 異邦 人
』の 前 身に あ た る 未発 表 の 作品
『幸 福 の 死
』12
の 主人 公 は メル ソ ーMersault
と い う のだ が
、こ の 名前 は「 海メール
」mer と「 太 陽
ソ レ イ ユ
」Soleil
を 意 味し て い る と い う 説 が あ る
。 こ れ に な ら っ て 類 推 を つ づ け れ ば
、
『 異 邦 人
』 の 主 人 公 の ム ル ソ ー
Meursault
とい う 名 前は
、「 死 ぬ
ム ー ル
」meurs
と「 太陽
」Soleil
を 意 味す る と いう こ と にな る だ ろ う」 と 述 べ てお り
、「 ム ル ソー
」と い う 主人 公 の 名 前は 暗 示 的で あ り
、太 陽 と 死 の関 連 性 を 示唆 し
、ム ル ソ ー の生 涯 を 象徴 す る もの と 指 摘し た う えで
、「
「海
」と
「太 陽
」と
「 死
」 と は
、 カ ミ ュの 全 世 界 を つ ら ぬ く
― そ し て と く に 出 発 の こ ろ のカ ミ ュ が 繰 返 し 語 っ た
― 三 つ の主 題
」13
で ある と 強 調し て い る。 ま た
、そ れ に続 き
、太 陽 と 死の 関 係 性を 以 下 のよ う に 述 べて い る
。 き
ら め く陽 光 は
、た し か に、 自 然 への 愛 を さそ う
。そ こ に は 感 覚の 陶 酔 があ り
、生 の 祝 祭が あ る
。だ が
、す べ て をつ ら ぬ くか に 思 える 陽 光 も、 物体 に 当 たれ ば 影 をつ く り だす こ とを
、カ ミュ は 見 落と し て い ない
。燦 々と 降 り 注ぐ 陽 光 の下 に 立 つ人 間 は
、足 も と に、 自 分の 肉 体 の死 の 宿 命を 告 げ る 暗い 影 を 見い だ す だろ う
。世 界 の 現 前と
、そ こに お け る生 の 燃焼 を も たら す 太 陽は
、同 時 に、 明晰 を 求 める 意 識 の光
、あ く なき 絶 対 糾問 の 象 徴 でも あ り、 そ れ ゆえ に
、い っ さ い を明 確 な 統一 の も とに 把 握 す るこ と は つい に 不 可能 で あ ると 告 げる
、い わば
「 死
」の 予 告 者で も あ るの だ
。生 の 悦 び が 同時 に 死 への あ く まで も 醒 めき っ た凝 視 で もあ る と いう
、徹 底 的 な 矛盾 の 同 時的 現 存
、そ れ がカ ミ ュ にお け る「 太 陽
」と
「 死
」 との 相 関 関係 な の だ。
( 二
〇 四頁
) カ
ミ ュ は父 親 を 戦争 で 亡 くし た た め、 母 と兄 と 共に
、母 方 の 祖 母の 暮 ら す労 働 者 町で あ る ベ ルク ー ル 地区 の リ ヨン 街 に 転が り 込 んだ
。困 窮 し た 不 自由 な 生 活を 強 い られ た が
、海
、空
、 太 陽と い っ たア ル ジ ェリ ア 海 岸の 自 然 の美 に 囲 まれ 育 っ て きた
。 極度 の 貧 しい 生 活 の故 に
、 一 層、 自 然 に対 し て 豊か な 感 受性 を 持 つよ う に なる
。し かし
、カ ミュ は 一 九三
〇 年
、肺 結 核 の 最初 の 発 作に 襲 わ れ、 一 七 歳の 青 春 はた ち ま ち結 核 と いう 死 の 影に 脅 か され た
。そ う し て 生 と死 の 問 題を よ り 切迫 し た もの と 感 じ、 死 ぬ こと へ の 恐怖 や
、生 き る こと へ の 愛 とい う 狭
10
間 に苦 し み なが ら
、カ ミ ュ は 人間 の 存 在を 生 と 死と い う「 二 つ の 確実 な 明証 の 緊 張 した 対 決
」 の うち に あ る存 在 と し、
「 死へ の 恐 怖は
、生 へ の羨 望 に つ なが っ て いる こ と
」、 あ るい は
、
「 生き る こ とへ の 絶 望な く し て、 生 き るこ と へ の愛 は な い」14
と 認識 す る よう に な った と 思 わ れる
。 ア ル ジ ェの 光 と 輝 か し い 美 は
、 貧 し い 生 活 に 追 い 込 ま れ る幼 年 時 代 の カ ミ ュ に 貧 困 に 耐 え る力 を 与 える
。そ れ と 同様 に
、「 こ の太 陽
、こ の 海、 若 さに 躍 動 する ぼ く の心
、塩 味 の す る ぼく の 肉 体、 そ し て
、情 愛 と 栄 光と が 黄 と青 の な か でめ ぐ り 会う 壮 大 な背 景
」15
と 語ら れ る 豊か な 地 中海 自 然 は、 結 核 と自 殺 の 固定 観 念 に悩 ま さ れて い る カミ ュ を 救い だ し
、生 き る 希 望と 勇 気 を見 い だ させ る
。美 し い 地 中海 の 自 然は カ ミ ュに と っ て、 こ の世 界 と 融 和さ せ る 天 国だ っ た
。そ う い っ た青 春 体 験を 背 景 に、 死 ぬ こ と への 恐 怖 や、 生 き る こと へ の 愛は カ ミ ュ の 初 期 作 品を 貫 く テ ー マ の 一 つ に な っ て い る
。 そ し て カ ミ ュが 愛 し て い た 太 陽 も 生 の 燃 焼 をも た ら すと 同 時 に、 影 を 作り 出 す よう に 死 を予 告 し てい る
。即 ち 太 陽は 生 の 象 徴で あ り な がら
、死 の象 徴 で もあ る
。そ の 点 は『 異邦 人
』に お け る 太陽 の 描 写に も 裏 打ち さ れ てい る
。
『異 邦 人
』に し ば し ば登 場 す る海 水 浴 の場 面 で は、
「 私 は太 陽 に よっ て 爽 快に な る のを 感 じ
、そ れに 気 を とら れ て いた か ら だ。
(中 略
)沖 に 出て
、我 々 は 浮 き身 を し た。 顔を 空 へ 向 け てい る と
、私 の 口 も とま で 流 れて 来 る
、水 の ヴ ェ ー ルを
、太 陽 が払 い の けて く れ るよ う だ っ た。
( 中 略
)マ リー の 体の ほ て り と、 太 陽 の 熱と の せ いで
、わ た しは す こし う と う とし た
」
16
と 描 か れ るよ う に、 太 陽 は海 水 と 結び つ い て心 地 よ い 存在 と な り、 ム ル ソー に 幸 福感 を 与 え てい る
。と こ ろ が
、そ れ 以 外の 場 面 では
、太 陽の イ メ ージ は 一 転し て
、幸 福 感 を もた ら す ど ころ か
、攻 撃性 を 帯 びる 死 の シン ボ ル と化 す
。た と えば
、マ マ ンが 埋 葬 され る 場 面に お い て
、「 陽 の 光が 満 ち
」て
「 タ ール を き らき ら さ せた
」、
「 足 が 道に は ま りこ ん で
、き ら め く タ ール の 肉 を押 し ひ ろげ
」る とい っ た 描写 か ら
、太 陽 は いか な る 物質 を も 溶か し て し まう 存 在 とし て 描 かれ て い るこ と が 明ら か で ある
。参 列者 の 顔 から は「 汗の し ずく が 額 に 玉を な
」 し て流 れ る なか
、「 私
」は 太 陽 の煌 め き に堪 え が たく
、「 こ め か みに 血 が 脈打 っ て いる の を 感 じ」 る
。 また
、ム ル ソー が ア ラビ ア 人 を射 殺 す る場 面 に おい て
、「 マ マ ン を埋 葬 し た日 と 同 じ太 陽 だ った
」と いう 表 現 に示 さ れ てい る よ うに
、す でに 死 の イメ ー ジ がか も し 出さ れ て いる
。「 太 陽 の 光 は ほ とん ど 垂 直 に 砂 の う え に ふ り そ そ ぎ
、 海 面 で の き らめ き は 耐 え ら れ ぬ ほ ど だ っ た
」「 熱 く なり 過 ぎ た砂 は
、今
、私 に は赤 く 見 えた
」、
「 太陽 は い ま圧 倒 的 だっ た
。砂 の 上 に
、海 の上 に
、ひ か り はこ な ご なに 砕 け てい た
」、
「 額 に 痛み を 感 じ、 あり と あ る 血管 が
、 皮 膚の し た で、 一 ど きに 脈 打 って い た
」と 描 か れる よ う に、 陽 射 し が増 し て
、攻 撃 性 を帯 び
11
て くる こ と が読 み 取 れる
。そ して ア ラ ビア 人 が 抜い た 匕 首か ら ほ とば し る 太陽 の 光 は「 刀
」
「 刃」
「 剣
」に た と えら れ る こと に よ って
、太 陽の 攻 撃 性が ピ ー クを 迎 え るこ と が 如 実に 表 象 され て い る。
「 額 に鳴 る 太 陽の シ ン バル と
、そ れ か ら 匕首 か ら ほと ば し る光 の 刃 の、 相 変 わ らず 眼 の 前に ち ら つく ほ か は、 何 一 つ感 じ ら れな か っ た。 焼 け つく よ うな 剣 は 私 の睫 毛 を か み、 痛 む 眼 をえ ぐ っ た。 その と き
、す べ て が ゆら ゆ ら し た。 海は 重 苦 しく
、激 し い息 吹 を 運 んで 来 た
。空 は 端 か ら端 ま で 裂け て
、火 を降 ら す か と思 わ れ た」17
と い った 細 部 描写 か ら も
、「 太 陽 のせ い だ
」と 述 べ られ た 殺 人の 動 機 の一 因 と して
、太 陽の 攻 撃 性が 顕 然 と して い る こと と 言 えよ う
。 ムル ソ ー は最 初
、精 神 的 に 苦痛 を も たら し 続 ける 太 陽 に打 ち 勝 とう と 試 みる が
、失 敗 に 終 わ る。 そ の 後
、ム ルソ ー は「 太陽 や 骨 折り や 女 たち の 涙 か ら逃 れ た い」 と思 い
、影 と憩 い と を 岩陰 の 涼 しい 泉 に 見出 そ う とす る が
、ま た も やア ラ ビ ア人 に 遭 遇す る
。事 態 を 回 避し よ う と する ム ル ソー で あ るが
、太 陽の 攻 撃 がエ ス カ レー ト す るう ち に
、次 第 に身 体 全 体 の自 由 が 奪 われ
、冷 静 な判 断 力 どこ ろ か
、犯 罪 を 犯 して は い け ない と い う理 性 ま でも 壊 さ れ る。 ム ル ソ ーは 発 砲 する こ と によ っ て
、よ う や く太 陽 を 汗と と も にふ り 払 うこ と が でき る の であ る
。
②<
反世 界>
の シン ボ ル とし て の 太陽 の 希 求 倉橋 は 夏・ 海・ 太 陽を 舞 台 とす る 作 品を 数 多 く生 み だ した が
、そ の 中 で
、理 由 の ない 殺 人 が 頻出 し て いる
。そ れ は真 夏 の 無意 味 の 殺人 と い った
『異 邦 人
』の 要 素 か らの 影 響 が 大き い と 考え ら れ る。
「夏 の 終 わり
」は 一九 六
〇 年『 小 説 中 央公 論
』一 一 月 号に 発 表 され た
、石 と 海 を 灼 く太 陽 の 支配 す る 真夏 が 舞 台と な る 短編 小 説 であ る
。「 わ た し」 は「 妊娠 や 出 産、 そ し て 結婚 と い っ た 考 え は 石と 海 を 灼 く 太 陽 の 帝 国 に あ っ て はな に よ り も 喜 劇 じ み て み す ぼ ら し い も のだ
」
( 一六 頁
)と いう 観 念 の持 ち 主 であ る が
、自 分 が 妊 娠 して い る とい う 勘 違い に 陥 ると
、恒 常 的 な嘔 吐 の なか に 押 し込 め ら れ、 追 い 詰め ら れ る。 そ し て世 界 を 拒 絶し は じ め、
「 管 理人 の 死
、父 の 死
、そ して 妹 の 死さ え も 望 んだ
。お び ただ し い 死だ け が この 軟 体 動物 の よ う に砂 を な めて い る 海に ふ さ わし い
」( 一 七 頁
)と 宣 言 し、 お び ただ し い 死を 持 っ て嘔 吐 を 中 和し よ う とす る
。 その 結 果 Kは 溺 死 させ ら れ るこ と に なる
。 Kを 溺 死 させ る 場 面で は
、太 陽 が 重 要 な役 割 を 果た し て いる
。『 異邦 人
』に お け る 太陽 の 攻 撃か ら 逃 げよ う と する ム ル ソー と は 対照 的 に
、「 太 陽が 支 配 する 光 の 領域 に 出 たと き
、わ た した ち は さら に 太 陽を 求 め て泳 が ず には い ら れな か っ た。 防 波 堤を 過 ぎ
、岬 を ま わ ると
、 わ たし は 冷 たい 潮 流 に乗 っ て いる の を 感じ た
。頭 を 並 べ てい る 妹 と眼 を み あわ せ た とき
、わ た しは 突 然 の決 行 を 決意 し た
」( 一 七頁
)。 この 思 い 付き に よ る決 行 は 一見
「 焼 け つ く真 夏
12
や 真昼 の 灼 熱が も た らす 有 毒 で燃 え る 狂気 を 表 す」18
と いう 太 陽 の象 徴 性 に証 拠 づ け られ る が
、し か し
、八 月 の 太陽 は 夏 の衰 弱 を 告げ る と とも に
、太 陽 に 象 徴さ れ る 狂気 や『 異邦 人
』 に 描か れ る 攻撃 性 を 失い つ つ ある
。
「蠍 た ち
」は 一 九六 三 年一 月『 小説 中 央 公論
』に 掲 載 され た
、近 親 相 姦、 母 親殺 し
、完 全 犯 罪 と い っ たグ ロ テ ス ク な 主 題 が 取 り 扱 わ れ る 作 品 で あ る
。 倉橋 自 身 が 言 う と こ ろ の K
― L 型小
説19
の 典 型 で、 K と L とい う 精 神上 双 生 児の 姉 弟 を 主人 公 と する
。L とK は 共 犯し て
、 完 全犯 罪 で ユカ リ・ Q・ S を殺 し た 後、 家 に 戻 り、 糞 まみ れ の 母親 を 首 吊り で 殺 す。 溺 死 さ せ られ る ユ カリ
、L に唆 さ れ 殺し あ う こと と な る「 赤 豚 親子
」、 吊し 上 げ られ る 母 親 とい う よ うに
、
「 蠍た ち
」 には 死 の イメ ー ジ が氾 濫 し てい る
。 無意 味 な 殺人 と い った 点 に お いて は
、「 異 邦人
」と 共 通 し てい る が
、し か し
、死 の 現場 に い ずれ も 太 陽が 顔 を 覗か せ て いな い 点 にお い て は、
『 異 邦人
』と 異な っ て いる
。た とえ ば ユ カ リを 海 に 誘っ た 日
、「 台 風 が 接近 し て いる ら し く、 海 は 高い 波 を たて て う ねっ て い まし た
。
( 中略
)彼 女 が水 死 す るに は 絶 好 の荒 模 様 でし た
」( 三 三 頁
)と 述 べ ら れて い る
。そ の 相 違 は 殺 人 方 法 によ る ほ か
、 オ ホ ー ツ ク 海 や ベ ー リ ン グ 海 に 流 れ る北 海 道 の 海 が 舞 台 と な る こ と とも 関 係 して い る と推 測 さ れる
。S 半 島の R 漁 港に つ い た日
、「 陽 は ま だ高 か っ た のに
、 そ れは 天 の 一角 に あ って
」、
「わ た し たち の 太 陽と は 思 えな い 衰 弱し た 光 を放 ち
」、
「 黄 い ろ い矮 星 の よう な 太 陽」
( 二三 頁
)と 述べ ら れ るが
、そ れ と 一 線を 画 す るよ う に
、翌 日 の 太 陽 は「 金 色
」で
、「 よ く燃 え て い
」( 二 六 頁) た
。そ の二 カ 所 以外 に
、太 陽に 関 す る描 写 は ほ とん ど 見 当た ら な い。
「蠍 た ち
」の 後 継 作と し て 位 置づ け ら れる
「 パ ッシ ョ ン
」は 一 九 六三 年 九 月に
『 小 説中 央 公 論』 一 八 号に 発 表 され た 短 編小 説 で ある
。倉 橋は
「 全 作 品」 に 付 され た 自 作解 説 に おい て
、
『 異邦 人
』と の 関 連 性に つ い て、
「例 に よ って こ の 小説 の お 手本 を あ げる と
、ま ず『 異邦 人
』 の 後半 の 部 分が そ れ に当 た る
。特 に 裁 判の 場 面 と、 ム ル ソー が 御 用司 祭 に 向っ て 怒 鳴 ると こ ろ は明 ら か にお 手 本 にな っ て いて
、こ れと 似 た こと を こ の 小説 で 書 く必 要 上
、「 ぼ く
」は 小 説 の 前 半 で むや み に 人 を 殺 さ な け れ ば な ら な か っ た
。 こ の 点 はム ル ソ ー が 太 陽 の せ い で 人 を 殺さ な け れば な ら なか っ た 事情 と 軌 を一 に す る」20
と 明言 し て いる
。
「パ ッ シ ョン
」で は、 至 る 所、 死 の イメ ー ジ が充 満 し てい る
。無 意 味 な 殺人 と い っ た点 に お いて は
、『 異邦 人
』と 一 致 して い る が、 しか し
、太 陽 と 死の 関 連 にお い て は、 殺人 に 太 陽 が 強く 関 与 して い る『 異 邦 人
』と は 異 なっ て お り、 太 陽 の影 は あ る が、 事 件の 発 生 と決 定 的 な 関連 性 を 持ち 合 わ せて い な い。
「 黒 い 太陽
」「 血 の よう な 日 の出
」「 濃 縮ジ ュ ー ス のよ う な 黄い ろ い 光」
「黄 疸 病 みの 顔 を し た大 き な 夕日
」と い う太 陽 に 関す る ご く僅 か な 表 現か ら
13
見 れば
、い ずれ も 暗 くて 強 烈 な表 現 で ある
。例 えば
、「 日ご と に ぼく の 頭 のよ う に 黒い 太 陽 が 空 を ひ ろ げて と お り
、 よ く 灼 け た 砂 の う え か ら 海 の な か ま で海 水 浴 に き た 人 間 で い っ ぱ い でし た
」と あ っ て
、海 水 浴 に来 た 人 間を 殺 す 遊び を 繰 り返 す と いう 叙 述 の直 前 に 来 る描 写 で ある
。「 黒 い」 と 表現 さ れ る太 陽 は 単な る 情 景描 写 だ けで な く
、「 ぼ く
」の 心 理 とも 重 な り 合っ た 描 写に な っ てい る
。情 景 描写 を 通 して
「 ぼ く
」の 内面 に あ る不 気 味 さ
、虚 し さ
、寂 寥 感、 孤 独 感が 暗 示 され て い る。 また
、一 九 六 五年 一 一 月に
『 日本
』( 八 巻一 一 号
)に 発表 さ れ た「 醜 魔た ち
」に お いて も
、 死 のイ メ ー ジが 氾 濫 して い る
。睡 気の 翼 が「 ぼく
」を お お う時
、「 ぼ く の なか ば 麻 痺し た 思 考 のな か に はい つ も あの 岬 が あっ た
」。
「 ぼ く
」は い つ も岬 の 向 こう 側 の 世界 に 憧 れ を感 じ て いる
。つ いに 夢 の 中で
、失 敗を 繰 り 返し て い くう ち に
、「 ふ い にぼ く は エク ス タ シイ の 鳥 と 化し て 飛 翔し
、あ の 岬 の むこ う 側 をみ
」る
。「 ぼ く」 が 夢見 る 岬 の向 こ う 側に
、「 ど こ に も ない 場 所 にそ び え るね あ ん の城
、想 像力 の ラ ンプ か ら 発す る に せの 光
、理 由 の な い風
…
…
」 と 描か れ る《 無
》の 城 が 待 ち受 け て いる
。《 無
》の 城 を 照 らす の は「 闇 の な かに 繋 留
、が ら ん どう の
、骨 ば か り の、 蒼 白 の太 陽
」で あ る
。し かも
、よ く見 る と その 太 陽 は「 巨 大 な廃 星
」 と して
、「 荒廃 の 棘 を輝 か せ てゆ っ く りと 自 転 して い る
」の で あ る。 廃 星と 化 し た 太陽 は 向 こ う側 の 世 界に 存 在 する な ら ば、 現実 社 会 の太 陽 は「 にせ の 太 陽」
、「 日 々の 希 望 が その 運 行 を空 に え がき だ す 幻の 太 陽
」( 三 三頁
)と し て捉 え ら れ る。 死の 場 面 にお い て
、太 陽 は 事 件 に関 与 し てい な い が、
「 ぼ く」 の 夢 見る
《 無
》の 世 界 の 象徴 と し て提 示 さ れて い る
。
「悪 い 夏
」は 一 九六 六 年八 月 に『 南 北
』( 南 北 社
)一 巻 二 号に 発 表 され た
、女 流 作家 L を 主 人公 と す る物 語 で ある
。「 L の 体 内に お こ った 内 部 感覚 の 変 調は
、こ こ 数週 間 の う ちに 頭 脳 をの ぞ く あら ゆ る 臓器 に ひ ろが っ て
、そ れ は いわ ば
、緩 慢 で は あ るが 着 実 な「 死
」の 萌 芽 に よる も の では な い かと お も われ た
」と 語 ら れ る冒 頭 か ら、 死 が 物語 の 基調 と な し て漂 っ て い る。 癌 を「 も っ とも 戦 慄 的で 魅 力 的な 可 能 性」 と し
、ま た「 藤 椅子 に も たれ て 目 を閉 じ
、 疲 れた 瞼 を 指で 撫 で なが ら
、近 づ い て くる も の
、L の 内 臓を 侵 し 腹腔 に ひ ろが り は じ めて い る「 死」 を 待 ち 受け た
。L は 下腹 部 一 帯の 鈍 痛 が消 え て いな い こ とを た し かめ て 一 種 の安 堵 を おぼ え た
」( 一 三七 頁
)と いっ た 叙 述か ら
、L は 自 分の 死 に 接す る
、ま たは 死 を 垣間 見 る こ とに 快 感 を感 じ
、 それ に 対 する 欲 求 を実 感 す るこ と が 読 み取 れ る
。 死の イ メ ージ が 氾 濫す る も のの
、太 陽に 関 す る描 写 は 少な い が
、い く つか の 役 割 をは た し て いる こ と が分 か る
。た と え ば
、「 太 陽の 衰 退
、活 力 を失 い は じめ た 海
、引 潮 に 似 た逗 留 客 の 減少
…
… あら ゆ る 徴候 が 強 盛を 誇 っ た夏 の 退 位の 近 い こ とを し め して い た
」( 一 七 八頁
) と い う 自 然 の衰 弱 を 描 く 場 面 で は
、 太 陽 は 季 節 の 移 り 変 わ り や時 間 の 変 化 を 表 す 象 徴 と し